「アーレント」を含む日記 RSS

はてなキーワード: アーレントとは

2011-06-25

もう素直に恋人が欲しい

死にたいってか、自己嫌悪ってかそこまではいかないが、悔しいというか、もうわからん。もう素直に恋人がほしい。

きょうミスド言って勉強してたら、となりにきれいな年代の女の人が来てさ。で、きれいな女性がくるとね。だからソワソワしちゃんだよね。どうしようもなく。自分からしかけられたら最高なんだが、まぁ、できるはずなくて。看護系か何かの勉強してたからそれをツカミにってのも無理があるし。で向こうからしかけられることなんてないしね。でさ、そういう人ミルとさ、自分恋人だったらなっと思うわけでさ、高望みって言われてもさ、嗚呼

特にかわいさとか求めていないんだよ。でも、きれいなひとは好きなんだよ。嗚呼、そういうひとみてるとさ、潤うじゃん心。みてるぶんには、さ。ってことはやっぱ関係性望んでないのかなんて。それなら、アイドル二次で充分ジャン。でも、それも夢中になれなくって、宙ぶらりん。

そんなだから勉強は集中できないわけでさ、一生懸命向こうもやってたからがんばれなんて心じゃ応援してんだけどさ。4、5時間くらい。その途中でさ、その子の友達が来てさ、会話はじめてしちゃってさ、もうきになってシャーないよね。店員がカフェオレのおかわりもってきたけど、「いりませんけっこうです」の声の音階がかなりみだれてたよね。譜面に起こしたらきっと、教授らへん、変な顔すると思う。しかも二人の会話でさ、男の名前出てきたりすると悔しいくてさ、嗚呼。ほかにも大学なのか専門学校なのかとかきになってさ。

で結局、そのこが返った一時間後ぐらいに僕は帰ってさ、なんもなかったな、なんてさ。

二十年くらい生きて来たけどさ、もうどうなるのって、気が気じゃなくてさ。まあ、ただの臆病なのはわかってんだけどさ、女性に関する過去トラウマはあってさ、それがブレーキかけてたりすることあってさ。でも向こうから傷を治してくれる天使はこの浮世にはいなくてさ。

そんな自分でもひと肌恋しくってさ、最近孤独だと抱擁ができないから駄目みたいなことをいったのはたしかアーレントだっけか。ひと肌恋しさゆえにマッサージ師を定期的に雇ってたのはグールドだっけか。

 誰かを愛したい。アニーサンバッディトゥラ♪ってビートるずも歌ってるやん。愛した経験がない。愛する人がいない。一方通行であれ通わす心がない。寂しい。なんで何の不自由もなく恋愛できるやつおんの。そいつらを「XXXしたいくらいさ!!」とわめき散らしたのはちょうど一週間前か。

 結局、また魔魔と話すしかないのか。こんな愚痴がいくつ増田にかきこまれたのだろうか。星の数ほどあるとおもう。

 シコればすっきりしたと思うけれど、今日はなんかそれだと負けた気がするので、文章でやりきれない感情を発射してしまいました。すみません。こんな感情のくりかえしばっかのLIFE であth。

タイポなどの指摘不要です

2010-11-13

久しぶりにアーレントよんだ。

ちくま文庫で一番薄い『暗い時代の人々』。

二番目に安い、1400円。

それでも京極夏彦の四倍ぐらいコスパ悪い。

本当は仕事の分野を勉強しなきゃいけないけど、

現実から逃げて難しい本がよみたくなったの。

翌朝のトイレがヤバいのわかってて

あえて辛い料理たべたくなる感じ?

しかし、文章が回りくどい。

ドイツ語ネイティブって頭の中知恵の輪がつまってんじゃない?

ってぐらいウネウネした文章。

そんなんだから二回も戦争に負けるんだよ!と

何度本をなげつけたくなったか。

アーレントユダヤ人だけど。

でもさ、このおばちゃんブルジョアチートが鼻につくけど

時代の中で苦労してきても絶対絶望しないから

ちょっと元気になれるよね。

2010-01-18

小沢秘書逮捕民主党司法対応

ttp://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2010/01/post-2ed3.html

小沢氏が独裁者であるとは私は思わない。しかし、民主党員の誰一人として表立って小沢疑惑に異議を述べることができない現行の民主党政権の状況では、その道を辿りうる素地があるかに見える。民主制度とは、そもそも衆愚から独裁者を生み出しやすい制度であるがゆえに、絶対的な権力に何重もの歯止めを掛けるようにできている。それが機能しなければ、民主主義は守られない。

 私は、小沢氏は民主党幹事長の職を辞すべきだったと思うし、鳩山首相はその配慮を見せるべきだったと思う。少なくとも、鳩山首相はたとえ一つの政党内であれ、各種争論が起こりうる、ハンナ・アーレントが複数性と呼ぶ多様さへの寛容を示すべきだったと思う。

2009-09-05

伊藤計劃虐殺器官』の“大嘘”について

伊藤計劃虐殺器官』についてのネタバレがあります。

っていうかネタバレしかありません。

いきなりラストシーンから引用したりするので未読の人は気をつけてください。

 

     ※     ※     ※

 

 ・今日の虐殺(2) - 伊藤計劃:第弐位相 http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20070710/p1

エピローグで主人公はあることについて大嘘をついているかもしれなくて、事実はどうなのか、は一応それまでに触れられているかもしれない、

わかりました。わかりましたよ。

「大嘘」というのは、

 ぼくは罪を背負うことにした。ぼくは自分を罰することにした。世界にとって危険な、アメリカという火種を虐殺の坩堝に放りこむことにした。アメリカ以外のすべての国を救うために、歯を噛んで、同胞国民ホッブス的な混沌に突き落とすことにした。

 とても辛い決断だ。だが、ぼくはその決断を背負おうと思う。ジョン・ポールアメリカ以外の命を背負おうと決めたように。(p.281)

で、「事実」というのは、

「そのジョン、って人は、終末に惹かれているように聞こえるね」

 ぼくは言って、ジョン・ポールの好んだ風景想像しようとする。ひたすら屍体の山を築き上げながら世界を移動するこの男が好んだ、廃墟物語

 ジョン・ポールが夢見ているのは、そんな廃墟と化した地球の姿なのだろうか。無人の宇宙ステーションとして太陽の周りをぐるぐる回り続ける、宇宙船地球号。異星人が立ち寄って、かつてここに文明があった痕跡を認めるも、その主人はすべて死に絶えて、ただ整然とした建築だけが地上に突き出ている。(p.99)

ジョン・ポールサラエボクレーターの縁に立った。そこで妻と子供を失ったこの男がどのような感情に襲われたのかは、当然ながら記録からは想像するしかない。しかし、とぼくは思った。自分が魅かれていた小説風景が、そこに現前しているのを見たとき、人はなにを思うのだろうか。(p.108)

 ぼくは、その光景想像して、不思議な安らぎに包まれている自分に気がついた。

 それは、ぼくが見る死者の国の夢と、そう変わらない風景だったからだ。(p.100)

です。たぶん。

 

     ※     ※     ※

 

281ページでグダグダ語っているのは“プラカード”にすぎません。

 ・さすらいびととして死ぬこhttp://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20060124/p1

最後に映し出される在りし日のWTCを以て、ブッシュ批判をすることだろうか。帝国主義告発することだろうか。

 もちろん、そうであってもいい。けれど、そういうことはラストシーンを見ればわかることだ。そういうのは、いわばプラカードみたいなもので、誰にでもわかるように大きな字で書かれているものだ。多くの人は「そうだろうな」とあらかじめ自分の中にあった同じ結論と同じテーマを再確認するだけだろうし、そうでないひとびとは、抑止力としての暴力を信奉し続けるひとびとは、まったく意見を変えることなく反発するだけだろう。

 

主人公クラヴィス・シェパードは、ただ夢で見た“死者の国”をアメリカに現出させたいだけなのです。

彼は“世界精神型”なのです。

 ・「ゾディアックhttp://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20070702/p1

ある物事を主人公たちに見せつけることそのものを目的とし、その見せ付ける過程が映画になってゆく、そんな悪役を「世界精神型」と呼ぶ。

そのわかりやすい例はというと、やはり「パトレイバーシリーズの帆場と柘植だろう。帆場は或る「風景」を見せつけ、しかる後に別の風景を現出させる「東京に対する悪意そのもの」だ。帆場は映画における憎悪として純化された階梯へステップアップすべく、映画冒頭で自殺し、キャラクターであることすらやめてしまう。

「2」の柘植もまた、世界精神型の敵役だ。よく柘植目的を「平和ボケした日本に『普通の国になれ』と目を覚まさせるために」なんておポンチな勘違いをしている人がいるけれども、それはぜんぜん違う(まあ、普通映画見てればわかるようなもんだけどね)。柘植目的は、劇中でも語られている。東京という空間戦争という時間を現出させること。都市舞台戦争を演出することだ。人々の前に、日常とは異なる時間を描き出すこと。それこそが目的なのだ。それをすることで政治的にどうこう、とか国民意識を変えよう、とかヘボいレベル柘植コミットしない。それは演出家では無いからだ。

世界認識の変革を迫るヴィジョンを演出することで、ある事物の本質を抉り出すことそのものを目的とし、どんな現世利益的な欲も動機や目的にはしない、そんな悪役。世界を支配するのでもなく、政治的な目標を達成するのでもなく、金をもうけるのでもなく、ただある世界観を「われわれ」の世界観暴力的に上書きする時間を演出する、それだけを目的とした悪役たち。それが「世界精神(ヴェルト・ガイスト)型」の悪役(というか、敵役、と言ったほうがいいのかもね)だ。

この種の悪役は日本映画アニメにはけっこう多い。黒沢清の「CURE」なんかもそうだし、

 ・ダークナイト奇跡 http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20080723

この映画ジョーカーは悪意そのもの、人間の心理のどぶ底を浚ってくるクズ拾いのような世界精神(ヴェルト・ガイスト)型ヴィラン、金や権力など目もくれず、ある世界に人々を誘うことそれ自体を目的とするタイプ観念型悪役、すなわち、

の系譜に連なり、その中でもジョーカーは、上記の存在がどちらかといえば「社会」そのものをターゲットにしているのに比べ、心理の集合体、個の集合体としての世界を抉り、新たな世界観を観客に見せつけるどぶ底の狂言回しとして描かれている。

 

シェパードの感じた安らぎは終末の安らぎです。

 ・宇宙戦争 http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20050701/p1

「A.I」で人類滅亡の唄を描いたスピルバーグは、この映画で再び終末を描く。通信が途絶し、軍隊は通り過ぎてゆく。外界と遮断され、地下室に閉じこもったまま、外の世界を知る術はない。見事なまでに終末SF王道っぷりだ。世界が「寂しく」なってゆくこと。世界からさまざまな要素が抜き取られ、閑散とし、やがて風の音のみが唄う風景がやってくるだろう。そんな終末への憧れを、スピルバーグ怪獣映画として描く。

 人がゴミのように死んでいくなか、世界は寂しくなっていく。怪獣世界を蹂躙し、我々は反撃の機会すらロクに与えられず、ただただ暴力の羅列を観ているしかない。そして、世界が終わる。

終末は、個人の視線から世界の断絶として描かれる時にのみ、それ独特の感動を生み出すのだ ──「ターミネーター」で、嵐が来るというガソリンスタンドの主人の言葉に答えを返すサラ・コナーの表情を観ていてなお、反撃する人類大統領活躍する軍隊を、カタルシスを描け、と阿呆のように要求する者は、終末の喜びを理解せぬ者たちだ。個人の視線から世界の終りが描かれることの喜びを、冷戦が終わってから久しく忘れていたこの感動を、「宇宙戦争」はひさびさに味わわせてくれる。世界が終わることの安らぎを。

 

     ※     ※     ※

 

虐殺器官』は、主人公が自分の夢を実現させる手段を手に入れて家に引き篭もるというお話なのでした。

こう書くと“ボンクラ”っぽいですが、まあ事実ボンクラですよね。作中で男友達とジャンクフード食いながら「プライベート・ライアン」をリピートして見てたりして。

あと、帆場/柘植ジョーカー自分ヴィジョンを実現させる手段を自力で調達していたのに対し、シェパードは他人からタナボタ式に譲り受けただけ、というのもヘタレっぽいというか。

ボンクラ少年がボーイ・ミーツ・ガールして世界に直結するセカイ系と似たようなもんで、ボンクラ特殊部隊員がボーイ・ミーツ・デウスエクスマキナ世界に直結ですよ。

 

     ※     ※     ※

 

ところで、ジョン・ポールを巡るドラマはいかにも“弱い”ものです。

彼の理屈は、第一部に登場した“標的A”の理屈とほとんど同じです。

「虐殺だと。われわれの平和への願いをそのような言葉で冒涜するのか。これは、われわれ政府国民に対する卑劣テロリズムとの戦いなのだ。」(p.43)

そうすることで、彼らとわれわれの世界は切り離される。殺し憎しみあう世界と、平和世界に(p.265)

ようするに、“彼ら”がいると“われわれ”に危害を加えてくるかもしれないから根絶やしにしましょう、平和のために、と。テンプレート通りの虐殺指導者ということです。

補足ですが、「決断を背負おう」だの「アメリカ以外の命を背負おう」だのも含めてテンプレです。

 ・http://d.hatena.ne.jp/flurry/18000920

イェルサレムアイヒマン」においてハンナ・アーレントは、ナチスの処刑者たちが自らの恐るべき行為に耐えた方法を正確に説明した。彼らのほとんどは全然邪悪ではなかった。彼らは自らの行動が犠牲者に屈辱や苦しみや死をもたらすことを知っていた。この苦境に対する彼らの逃げ道はこうであった。

「『私は人々になんと恐ろしいことを行ったのだろう!』と言う代わりに、殺人者たちはこのように言うことが出来た。『職務を果たすときに、なんという恐るべきものを私は目撃しなければならないのだろう! 私の肩に背負われた務めの、なんと重大なことよ!』」

 このようにして彼らは、誘惑に抵抗するためのロジックを反転することができた。彼らの「倫理的」な努力は「殺さず、拷問せず、恥をかかせないという誘惑」への抵抗に向けられたのだ。こうして、哀れみや同情という自然倫理的衝動に背くという、まさしくその行為こそが、倫理的に崇高であることを証明するものとなってしまった。職務を果たすことは、誰かに危害を加えるという重荷を引き受けることを意味したのだ。

 

こういうテンプレ発言に対しては作中でシェパードやウィリアムズツッコミをいれていたのですが、ジョン・ポールに対してはなんのツッコミも入りませんでした。いわばボケっぱなしの状態なわけでして、ここは読者が「おなじかよ!」と突っ込むところです。

「なんのことはない、やっぱり普通の虐殺者だ。『正しさ』の狂信者ですよ」(p.67)

どんな戦場でも、どんな悲惨でも、同じような人間が同じようなことを言う。コメディ番組みたいだ、とウィリアムズはぞっとするほど朗らかな声で笑った。繰り返しはギャグの基本だからな、とつけ加える。(p.209)

 ・ぼくとあなたはちがうということ http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20060211

こういう人の思考回路は、テロリストのそれと一緒です。

要するに、人が一人一人ちがうものだということをすかっと忘れて「アメリカ人」とか「朝鮮人」とか「アラブ人」とか「中国人」という民族国家の(が大体の場合雑にいっしょくたになった)ラベルでしか人間を観ていないからです。

 

小説ラストで主人公までもが繰り返しギャグに参加しやがった……と思いきやそれは“大嘘”だったというのはすごくいいですね。

 

ジョン・ポールを巡るドラマはいかにも“弱い”。

作中で虐殺されていった人たちのドラマには触れず、アメリカ人の死だけに寄り添う。「被害者のなかに日本人はいませんでした」と添えるニュースのような居心地の悪さ。人は見たいものしか見ない。

そしてこのことは織り込み済みだったと思われます。

 ・http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20050130#c1107181793

それは私が安手のスパイ小説アメリカ製の戦争アクション映画思春期を過ごしたからです。私は歴史そのもの、政治そのものを扱いたいというよりは、関心のあるフィクション群を相互にリンクさせその関係性を説明するツール、としての世界歴史に関心があるんだと思います

 ・プライベート・ライアン http://web.archive.org/web/20070307060600/www33.ocn.ne.jp/~projectitoh/cinematrix/roadshow_12.html

 この映画の、センチメンタル物語的部分を「この映画の弱点」だとする人がいる。

 ニューズウィークや文春などの映画評をみても、この「物語的」部分には納得しかねる人は多いようだ。確かに、そのような場面で泣いている観客もいたし、そうしたセンチメンタリズムを、これまでのスピルバーグ作品の文脈で解釈しているような貧弱な感性では、確かにそうした拒否反応がでるのも当然だ。

 だが、いやしくも映画評論するものなら、その「物語」の弱さをここぞとばかりに非難するのではなく、逆に怪しむべきだ。

 この映画物語は、きちんと体裁の整った、泣こうと思えば泣けるセンチメンタリズムを内包したものだ。

 しかし、あの戦闘シーンの、凄絶という言葉ではとても語り尽くせない臨場感の前には、あまりに弱い。

 だが、私はふと思った……スピルバーグは、物語を「弱い」ものとしてあえて導入しなければならなかったのではないか、と。

 物語がいかに「容赦のない映像」の前に無力であり、白々しいものであるか。それを指し示す為に、あえて無力な物語を導入したのではないか。スピルバーグ自身がそう考えているかどうかは知らないが、少なくとも、この映画の「物語」は、私の中で「映像」の鮮烈さを、暴力性を、補強する対比の機能を果たした。

 それは私の中で「弱点」ではなかった。

 オマハ・ビーチの映像を前に、物語の無力さを徹底して暴き出す、演出装置のように見えた。

 あの映像の前に物語はいかにも無力だ・・・物語はなにも「語れ」はしない。ただ、見えるものの凄絶さ、映像的な描写のみが、観客に何かを「語り得る」、その事を伝える為の「無力な物語」なのではないか。

 

大森望は『虐殺器官』の帯に、

あなたはこの結末に耐えられるか?

と書いたようですが、私としてはまったく逆で、あの結末でなかったら耐えられなかったと思います。冒頭のオマハ・ビーチのない「プライベート・ライアン」みたいなものですからね(それと最後のアレがない「未来世紀ブラジル」)。

 

     ※     ※     ※

 

虐殺器官』は、世界スターバックスドミノピザ世界)が塗り替えられはじめるところで終わります。世界が変わってしまう予感に満ちたシーン。

これに対応するのは、劇パト1の自衛隊レイバー暴走/劇パト2のベイブリッジ爆破/ダークナイトマフィア会合にあらわれたジョーカー、といったところでしょうか。

いわば『虐殺器官』とは、帆場が飛び降りる場面/柘植東南アジアで闘う場面/ジョーカー銀行強盗をする場面、を延々と描写した小説なのです(編集の都合上、帆場の来歴をたどるシーンもあったりしますが)。

作者が存命ならば、後藤隊長のようなキャラクターの登場する続編が読めたかもしれないですね。

2009-07-10

意にそぐわない動きをする人の使い方

20人を超える組織になってくると指揮する人の意にそぐわない行動をとる人がでてくる。

困ったことに個々の能力としては優秀。でもチームワークに欠ける。

そんな問題児(?)がいたときにどう判断するのかが指揮する人には悩ましい。



そんなことを考えていた時に、ガンダムの総指揮者?の富野由悠季監督へのインタビューをみかけた。

その中で、こんなのがあった。

政治哲学者ハンナ・アーレントの話にもおよび、彼女が指摘している通り、「独自に判断できる人は限られている」、と痛感できる感性を育ててもらえたという。

意にそぐわない人は実はこの「独自に判断できる人」なのではないか?と思った。

だとしたら、貴重な存在なわけだ。



それから少し考えを変えてみた。

独自に判断できる人には、独自に判断して動くための仕組みを用意すべきじゃないか?

動くための場を用意して、自由に動いてもらう。

「場」の設定だけは指揮者コントロールする。



なんか歴史上もこんな事例があった気がする・・・がどういう話だったか。

歴史好きの人教えてください。

2009-05-30

日本文系、とりわけ法学部教養がない。

(この手の本を読んでいる人が、読んでそうな本を他にも挙げてほしい)


日本文系、とりわけ法学部教養がない。


理系学生書斎安藤忠雄建築事務所研究所)みたいな資料の山だとしたら、

文系(特に法)学生書斎立花隆ネコビルwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww


規模だけでなく質でも文系(特に法)は見劣りがするね。

何度か連中の自宅に招かれたから、ちょっと参与観察してみたんだ。

冗談半分でさ。

仔細に文系 (特に法)学生本棚とか見てみると、これがもう滑稽なんだwwwwwww


面白いから蔵書タイトルを全部メモしたんだけど、

まずいきなり机の上に開いた状態の宮台真司権力の予期理論』!(笑)

プゲラを抑えるのに必死だったぜ。


続いて 何度も読んだ形跡のある伊藤柴田司法試験論文対策即席要点集(笑)。

お前サル かよ、それでも人間かよ、って問い詰めたくなったね(苦笑)。


他にもオママゴトみたいな社会学大辞典(笑)

カントマルクスをはじめとする岩波文庫300冊程度(笑)(日本語であって原文ではない)

オクスフォード英英辞典シソーラス(笑)

小林康夫『光のオペラ』(笑)

我妻民法(笑)佐藤憲法(笑)前田刑法商法(笑)新堂民訴法(笑)

山本国際法(←物凄い日本語w)

○○学がわかるシリーズ(プッ)

ソシュール言語学講義』(笑)

ダンスマガジン(お前ホモかよww)

スティグリッツ経済学 (笑)(しかも原文じゃなくて翻訳

ウィトゲンシュタイン論理哲学(笑)

アリストテレス詩学(笑)(せめてギリシャ語で読めよな)

フーコー『知の考古学』(笑)(「パンのように売れた」ベストセラー

三島由紀夫文庫(笑)

仏露独蘭伊中国語辞典(笑)

トクヴィル(笑)大江 健三郎(笑)コーポレート・ファイナンス(笑)ドストエフスキー文庫(笑)西尾行政学(笑)

柄谷行人文庫(笑)フロイトの技法(笑)Yale Law Journal(笑)ハンナ・アーレント(笑)浅田彰(笑)『構造と力』(笑)

別冊ジュリスト判例百選(笑)大前研一ワラシェイクスピア文庫(笑)

田中行政法(笑)中公『世界歴史』(お前高校生かよw)マンデル貨幣理論、(笑)

岩井克人ヴェニスの商人資本論』(プッ)


女子大生(特に法)が読む雑誌と大差ないMarie Claire(笑)

magazine litteraire(笑) Cosmopolitan(笑)Critical Inquiry(笑)

Le Monde(笑)The London Economist(笑) American Economic Review(笑)

Fortune(笑)Foreign Affairs(笑)Yale Law & Policy Review(笑)

The New England Journal of Medicine、Michelin(笑)


これだもんねぇ。

他にも数百冊 持っていたようだがあとは推して知るべし。

で、トドメ


ピーター・ドラッカー(笑)


ピエール・ブルデュー(笑)


フォーリン・アフェアーズ(笑)


ハーバードビジネス・ レヴュー(笑)


知の論理!!(笑)


もう俺その場で大爆笑。

プゲラー止まらなかったぜwww



参考までに連中の持ってた理系テキスト挙げようか。


ま、予想通りだけど、杉浦・ 解析入門(高校4年生の一般教養にはいいかもね)

岩波講座・現代数学の展開 (なぜかモジュライ理論、Lie環、Weil予想、コホモロジーw)

リーマン・アティヤー・岩澤・シュバレーヴェイユセールブルバキ・ウィーナーなど書店で目につくもの(持ってるだけね、知的ファッション

The Cell教育ママに 買わされた赤い電話帳ね)

東京化学同人分子細胞生物学』(ゲノム解析ブームの名残だろうな)

岩波数学辞典第3版(お前、万引きしたヤツだろ?これ)、

ノイマンゲーム理論経済行動』(笑)

プリゴジーヌ『散逸構造』(笑)

ファインマン 物理学講義(笑)


これだもんねぇ。

他にも何十冊か持っていたようだがあとは推して知るべし。


で、トドメ


日経サイエンス(笑)


ニュートン(笑)


大学受験過去問東大京大理系)(笑)


数学セミナー!!(笑)


もう俺、こんな連中と面識あるなんて、恥ずかしいね。

あいつらよく平気で外を歩いてるもんだ。

せめてNatureくらい読めよな、

文系(特に法)なんだからさwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww



2008-12-17

my nature is ...

消したようなのでバックアップしておく。

http://anond.hatelabo.jp/20081216205541

僕の周りにいる人間はみんな馬鹿でして、ああこいつなんて頭が悪いんだと思ったことは数知れず、いや、数はどうでもよいのですが、僕が人を見下すことにかけてずば抜けた才能を持ち合わせているのかについて多少書いておこうかと。

小学校に入学したときから卒業するまで、ずっと「今学期先生クラスみんなの前で名指しで何回褒められたか」を数えることを欠かしませんでした。授業中積極的に手を上げた、1回、進んでクラス委員を引き受けた、1回、今学期は12回だったので前より減ってしまったな、とこのような調子でした。クラスみんなの前でというのが大切な条件であり、例えば班を組んでいる中で褒められたものは数に含めません。どのように振舞えば先生に褒められるか考え、意図した行動で褒められればよしやったという気分になりました。3年生と4年生のときには、帰りの会でその日のクラスメイト善行を褒め非のある行いを諌める制度がありまして、そこでもできるだけ僕の名前が出るよう、音楽時間には楽譜の読めないクラスメイトのために楽譜カタカナのド・レ・ミを振ってやったり、給食係の後片付けを手伝ったり、分度器を2セット持ってきて忘れたクラスメイトに貸し与えたりと、さまざまな恩を振りまいていました。恩のパターンを増やしてできるだけクラスメイトが僕を褒めやすくするよう気をつけ、また適度に僕もクラスメイトのよかったところを褒め、褒められてばかりの状況にしないよう気をつけました。おかげで先生の僕に対する心証はすこぶるよろしく、三者面談ではクラスの中心になってよく頑張っていると必ず褒められ、毎学期の通信簿も上々の出来でした。いや、さすがに小学生の僕でも意図してここまで厭らしく点数稼ぎを行っていたわけではなく、どのような振る舞いをすればよく見られるのかということを意識しないまでも身体に染み付け、そう振舞うように僕は自律していたのでありました。

僕が勉強しなくてもよい成績を取れることに気がついたのは中学生の時分でありまして、テスト前に1週間くらい勉強すれば普段はなにもしなくても簡単に高順位が取れる、勉強時間では周りの生徒より少なかったかもしれません。そのころは親や先生や友人にちやほやされて気をよくしていたものですが、高校に入ってからは同じやり方で学年トップが取れるようになりまして、周りの皆様は僕のことをさらに頭がよいとみなすようになったものですから、すっかり天狗になってしまい、それと同時に頭がよいことは僕のアイデンティティであり触れえざる自尊心のよりどころとなりました。これで周りの人間普通に接することができれば僕は普通秀才君になれたのですが、元より卑しい性根の持ち主ですから、必死に勉強して自分より成績の劣る生徒を見下すことに快楽を覚えるようになって、それでもその卑しい性根を表面に出さなければまったく問題のないことなのですけれど、そんなことできるわけもなく、勉強の話になるとどうしても自分を売りたくなってしまいます。河合塾模試で全国20位くらいになったときが絶頂期でした。教壇の前で先生から模試結果と図書券をもらった日には、一日中にこにこと気色の悪い笑みを浮かべ、友人が僕に模試の話題を振ることをまだかまだかと期待していたのでした。そんなことをしながら僕は自尊心をさらに肥大化させるのですが、臆病な自尊心尊大羞恥心といったところでしょうか、恥をかかされることを極度に恐れ、周りもそれは察していたようで何か壊れやすいガラス細工の置物のように僕を扱うようになりました。

それなりによい成績を維持し続けることができたので、大学も難関と呼ばれるところに合格し晴れて入学、さあ知の世界とやらにはどんな人間が集まるのかと期待していたものの、1年くらいたつと、あれっ、どうも違う、こいつらは自分と同じくらいの学力のはずなのにどうにも頭が悪いらしいと感じるようになりまして、そうなるとさあ持ち前の腐った性根の出番だ、友人との会話にちょっと難しい言い回しを使ってみたり、アーレントだとかフーコーだとか少しかじっただけの知識をべらべら披露してみたり、そうすると友人は僕のことを頭がいいと尊敬するようになるので、僕の悪癖は余計に拍車がかかるのでした。小難しい言い方をするやつは頭がいいと見せかけたいだけで本当は馬鹿だなんてよく言われますが、これは案外あたっているような気がします。

大学生はみなTOEICを受けるというので僕も受けてみところ、1回目は何も対策を採らずに740点くらい、世間では皆様が730点を突破するのに必死こいているのに僕は易々と通過してしまい、2回目は3日勉強して830点くらい、何だ簡単ではないか、TOEICが難しいといっている連中馬鹿ではないのかなどと今でも思っているのですが、とにかく程ほどの得点が取れたのでTOEICには飽きてしまいました。TOEIC830点なんて何のことはない、実はTOEICで流れてくる英語が聞き取れるだけで、普通英語英会話教室の教師のようにゆっくり話してもらわないと聞き取れませんし、会話などできるわけもなく、外国人教官に質問するときはあらかじめ質問文と対応を考えておいてそれをそのまま述べるという情けない有様でした。それでいてリスニングスピーキングの特訓をして英語力をつけようともしないのです。なぜならばれて恥をかく心配がほとんどないから。己が羞恥心それだけが汚されないために勉強してきた人間なのです。そのような恐れがなければ当然努力するはずもありません。

僕の怠惰性格はとうとう大学へ通うことすら妨げるようになりました。と、ここで疑問に思われる方もいらっしゃるでしょう。「大学へ行かないで引きこもるのは恥ではないのか?」そこは舌先三寸、まず「自殺したい」と言って心療内科にかかって抗鬱剤などを処方してもらい、家族教官に「鬱になった。医者に薬を出してもらった」などと言えば、大概は「無理をしてはいけない、しばらく休むといい」と心配してもらえます。最近はこのように鬱でもないのに医者にかかって「自分は鬱だ」と言い訳をする人が増えているらしいのですが、自分の両親は落ち込んだ表情と声色を使って「鬱で死にたくなった」と言っておけば簡単に信じ込むことは心得ておりましたので、当初の見込みどおりに鬱を装い実家帰省、こうして日本にまた一人のニート誕生したのでありました。いや、人を騙すのは簡単だ、両親が二人とも馬鹿でよかったと、そんなことをたまに考えることがあります。

未だに僕の邪悪な性根、穢れた精神は誰にも知られておらず、嫌味なやつと思われることはあってもここまで腐りきっていることは誰も想像できないでしょう。裏表のある人なんてのはかわいいもので、外見は変哲もない人間、中を見たら中はダニゴキブリ、ハエ、蟲、蟲、蟲、糞便、尿、吐瀉物、血液、汚泥、悪臭、ありとあらゆる汚物が満ち満ちており、誰も想像しえぬほどの穢れた、醜く、忌まわしき、獣の、ああ、言葉では言い尽くせないほどの本性を僕が隠し持っていると考えるだけでも、気持ち悪い、殺したい、殺したい、殺したい、なんとかしないと。

鏡で自分の顔をずっと見つめていると段々おかしな気分になってきて、鏡に写っているのは本当に自分の顔なのか、実はそうでもないような気がしてきて、そんなはずはないのだけれど、物理法則は絶対のはずなのだけれど、頭の中が掻き回される感触、ぐるぐる、ああ気持ち悪い、見ていると吐き気がする。

少し落ち着きました。ついでにネット上での活動も懺悔ついでに書いておきましょう。一丁前にウェブサイトブログも運営しておりまして、そこでもまた例のごとく、どこかで聞きかじった知識をつぎはぎしてさも自分で考え出した理論であるかのように雄弁を、そうネット上では雄弁をもって披露していました。それらしいことが書いてあるので馬鹿がどんどんブクマしてくる、まともな人が見れば「これはひどいタグをつけるところでしょうが、若干のアカデミズムをちらつかせておけば文盲を引き付けることは十分容易いのです。「こいつら本格的に馬鹿だなあ、これでネットリテラシーとか言ってたりするのかなあ(笑)」などと思いながら、一方では人がたくさんいる掲示板を首尾よく荒らす方策などを練っていたり、はてなにいくつかアカウントをつくって気に入らない記事にネガコメ攻勢をかけるなど、裏ではネットの荒れ模様を作り出すことに労力を費やしていました。2ちゃんねるで6年くらい続いていたスレッド糞スレ化することに成功したときは快感でした。FAQに載っているような質問をパターンを変えてしつこく繰り返す、自分で投稿した質問に対して「テンプレ読め、ぼけ」などの煽りを入れるとたいてい誰かが加わってくれます。自作自演と見破られないように手を変えながら同じことを、徐々に間隔を詰めて繰り返し、返答の煽り具合も過激にしてゆけば、次第に通常の質問でも荒れ出しついに人がいなくなってしまうという手法でした。かなりたくさんの人数を操作できたので非常に満足しました。よもやあの○○さんがこんなことをしているとは思わないだろう、あはははは。

ネットは僕の本性を活かすには恰好の舞台でありました。リアルな僕の存在を知られる可能性は警察沙汰にならなければ限りなく0に近いので、僕は本性に従った行動をほぼ無制約に起こすことができ、それは大変素晴らしい所でした。甘美。エクスタシー。こんな馬鹿げた駄文匿名でなければ流すことはできないわけでありまして。

人間はみな、かくも恐ろしき二面性を持ち合わせているのでしょうか。僕はいつからか自分の本性に薄々感づいていましたが、自分内面を覗いてみたついさっきはっきりそれを自覚したため、言葉にして綴ってみたら気持ちの悪い感覚が離れず、自分の身体の中はどうなっているのだろうか、本当に筋肉があって臓器があって人間の身体なのだろうか、皮膚を切ってみたら肉は少し見えたけれどバラバラにしないと本当のことはわかりそうにないので、しかし自分でバラバラにして自分の目で中を見るような器用な技は持っておらず、諦めるしかないのかなあ。考えれば考えるほど、螺旋階段を下りるように、闇の底へ、もう戻れない、何もないのか、いつまで続くんだこれは。

2008-03-15

anond:20080315145308

本当だ。消えないうちにグーグルキャッシュからサルベージしておこう。

グーグルキャッシュ初版なので違うところがあるかも。

プラトン国家』 

アリストテレス形而上学』 

ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』 

ヘーゲル精神現象学』 

デカルト省察』 

パスカル『パンセ』 

ライプニッツ『単子論』 

カント純粋理性批判』 

キルケゴール『不安の概念』 

スピノザエチカ』 

ルソー社会契約論』 

バークフランス革命省察』 

ジェイムズ『宗教経験の諸相』 

ニーチェ権力への意志』 

フッサール論理学研究』 

ハイデガー存在と時間』 

サルトル存在と無』 

ベルグソン時間と自由』

レヴィナス『全体性と無限』 

フロイト快感原則の彼岸』 

ラカン精神分析の四つの基本概念』 

レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』 

フーコー言葉と物』 

ソシュール『一般言語学講義』 

チョムスキー『文法理論の諸相』 

ヴェイユ重力と恩寵』 

アーレント精神の生活』 

ブーバー『我と汝・対話』 

ウィトゲンシュタイン論理哲学論考』 

ミンスキー『心の社会』 

ライル『心の概念』 

アドルノホルクハイマー啓蒙弁証法』 

ドゥルーズガタリアンチ・オイディプス』 

ウェーバープロテスタンティズム倫理資本主義精神』 

デュルケム『自殺論』 

バタイユエロティシズム』 

モース『社会学人類学』 

キャンベル『千の顔をもつ英雄』 

マクルーハンメディア論』 

ブローデル地中海』 

ウォーラステイン『近代世界システム』 

アダム・スミス国富論』 

ゾンバルト恋愛と贅沢と資本主義』 

ベンタム『道徳立法の原理序説』

ミル『自由論』 マルクス資本論』 

アルチュセール資本論を読む』 

シュンペーター経済発展の理論』 

ケインズ雇用・利子および貨幣の一般理論』 

ヴェブレン『有閑階級理論』 

ポランニー『大転換』

ボードリャール消費社会神話と構造』 

オルテガ『大衆の反逆』 

ミルズ『パワーエリート

リースマン『孤独な群衆』  

イリイチシャドウ・ワーク』 

ベル資本主義の文化的矛盾』 

ネグリ『構成的権力』 

バーマス『晩期資本主義における正統化の諸問題』 

アンダーソン『想像共同体』 

バレーラマトゥラーナ知恵の樹』 

ルーマン社会システム理論』 

ロールズ正義論』 

ハイエク『法・立法・自由』 

ブルデュー資本主義ハビトゥス』 

オング『声の文化と文字の文化』  

M・ポランニー『暗黙知次元』 

クーン科学革命の構造』 

ポパー『推測と反駁』 

サイードオリエンタリズム』 

メルロ=ポンティ知覚現象学』 

フッサール論理学研究』 

ラッセル西洋哲学史』 

フロム『自由からの逃走』 

ベイトソン精神生態学』 

ベンヤミンパサージュ論』

デリダ『グラマトロジーについて』 

クール時間物語』 

ペンフィールド『脳と心の正体』 

スローターダイクシニカル理性批判』 

フレイザー金枝篇』 

シュミット政治神学』 

クラウゼヴィッツ戦争論』

ドラッカー『「経済人」の終わり』 

リップマン『世論』 

マンハイムイデオロギーユートピア』 

ブルームアメリカンマインドの終焉』 

ヴァイツゼッカー『ゲシュタルトライス』 

パノフスキー『イコノロジー研究』 

クーン科学革命の構造』 

ホワイトヘッド科学と近代世界』 

ソンタグ『反解釈』 

ドーキンス 『利己的な遺伝子』 

ギブソン生態学的視覚論』 

フランシス・フクヤマ歴史の終わり』 

ケストラー『機械の中の幽霊』 

ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』 

ホーキング『ホーキング宇宙を語る』 

イーザー『行為としての読書』 

イーグルトン『文学とは何か』 

ホフスタッター『ゲーデルエッシャーバッハ』 

ド・マン『ロマン主義レトリック』 

シオラン歴史ユートピア』 

ブランショ文学空間』 

ガダマー『真理と方法』 

ローティ哲学自然の鏡』 

セラーズ『経験論と心の哲学』 

パーソンズ社会的行為の構造』 

ジジェクイデオロギーの崇高な対象』 

アガンベンホモ・サケル』 

ダマシオ『生存する脳』 

クワイン『ことばと対象』 

マッキンタイア『美徳なき時代』

こういう時、トラバツリーが各所に残る今の仕様は便利だ。

ツリー内主要エントリ

2007-02-15

道徳形而上学原論』が読みやすいと思いますよ?

だから「カント嫁/とは言わないが」ってかいてあるじゃん

流れで読まないと意味がないので本田透の『喪男の哲学史』読んでからの方がいいかも。

両方フツーにおもしろい

あとハンナ・アーレント経由で『判断力批判』とかな。

http://anond.hatelabo.jp/20070215174124

- 転職ならen
- 派遣ならen
 
1ページ中1ページ目を表示(合計:9件)