はてなキーワード: 感覚とは
大学院では研究というものを学んできたわけですが、それにより、ニュースで良く出る「○○を新発見した研究が発表され、論文誌に載った」といった話の裏がちょっと見えるようになりました。理系の話です。
大学の研究者は基本的に税金で研究費と給料をもらっているわけですが、実績を出す必要があります。実績というのは簡単には雑誌に掲載された論文数、学会での発表数などです。自分の立場を守ったり生活していくために、色々手を尽くすわけです。
論文を載せる雑誌には、有名なところだとサイエンスやネイチャーがありますが、そのほかにも数え切れないほどの雑誌があります。論文を雑誌に投稿するときには査定があり、査定者からここを直せだとかここ間違ってるんじゃないとか言われて、修正をかけたりして、受理されると掲載されます。雑誌によってその査定の程度は違いますし、信頼できる研究しか載せないお堅い雑誌やら、インパクトのある面白そうな論文ならOKという雑誌もあります。したがって、雑誌に掲載されたからといって、それらが全て正しいことを言っているわけではありません。雑誌のレベルが高いほど信頼性が高まる程度の認識が適切だと思います。
研究者は実績を積むために、内輪で雑誌を1冊出したり、自分の手が届く程度の雑誌に一杯投稿したり、研究費を取りやすい研究テーマ(いまだと温暖化とか太陽電池とか)に絡めたりして、どうにかして稼ごうとします。なので、特にレベルが高いと言われる雑誌以外では、恣意的な議論や不適切な条件設定であることも多いです。
新しい研究成果が発表された、というのは、その研究者がそれを主張しているだけであり、認められたということではありません。雑誌に掲載された、というのも同じです。
そのような、他人の主張が正しいか否かを判断するのは自分自身であり、そのためにはその分野についてしっかりと勉強する必要があります。勉強をせずに感覚だけで判断を下すことはできません。一々勉強していられるかと思うかもしれませんが、多くの学問は繋がっていることもあり、勉強を積み重ねていくと、今まで知らなかったことを学ぶのが容易になってきます。
世の中、センセーショナルなものはお金になります。自分に判断する力がないと、お金を稼ぎたい人の手のひらで踊らされることになります。あるいは、洗脳的な言葉や宗教等にハマってしまうことにも繋がります。
広く勉強することとある分野を深く勉強することで、情報を鵜呑みにせずに自分で判断できるようになり、そうなる必要がある、ということが大学院で実感として学べました。
なるほど
そもそも「彼氏・彼女」が、さん付けすべき代名詞かどうかという感覚の違いがありそうだ。
なぜわざわざさんをつける。
「彼さん」と言うのは完全に誤りだと感じるんだが、「彼氏さん」ならいいとされてるのか?なんか変じゃね?
その言葉は本当に本音なのでしょうか?
小学生の話を聞いてる時でも「私がこういってほしいと思ってることに合わせてるかも」って考えちゃう時もあるしね。
ここでいう本音はわたしが勝手に定義したもの。本文で述べたような「構造の中で本音の位置にあるもの」を、便宜的に本音ってことにしてる。(図をかきながら説明できれば手っ取り早いんだけどね)
言った言葉を土台として、そこからいろいろ話が伸びてくれれば、その土台となった部分が本音だったんだろうって思うことにしてる。
あと特徴として、感情が表に出てる時の話は、まとまりがなくてぐちゃぐちゃしてることが多い。
そういうものを「これは本音だから」ということでこちらが黙って聞く。
相手も本音のつもりで、真剣に喋ってもらう。そういうお約束ごとみたいなものでもある。
そういう訳で、厳密な定義はない。使えりゃいいんだよ、程度の大雑把な感覚で捉えてる。
そもそも価値って何なんでしょうか?
価値には人によって変わるんじゃないでしょうか?
そのとおり。大事なのは「何が価値か」ってことよりも「価値はどこで発生するか」っていうことと「どういう時に価値を感じるか」だ。そして「どこで」は言葉を受けた人の心の中、「どういう時に」はそれが自分にとって役に立った時or気に入った時だ。「価値って何か」の答えは、この2つの条件を満たしたもの、ってこと。この考え方は、ブランディングの本から拝借したもので、私オリジナルってわけじゃないです。
受け手が意味を理解できること、そしてできれば役に立てられることによって価値が生じるんだ。
そのために、言葉と受け手の大事な所と結び付けられるように工夫する必要があると考えてる。
だから、
これについて、あなたなりの考え方もあると思うけれど私自身はただ言葉にしただけのものに価値は認められない。
そこに価値があるっていうのは簡単だけど、それじゃもったいないと思うんだ。
だから、本人がぐちゃぐちゃしたものをただ言葉にすることで価値があると感じたなら、本人にとっては価値がある。
でも、そのままだと周りの人には伝わりにくいと思う。
気持のぐちゃぐちゃした部分って、すごく大事なものになりうる、と思ってる。
それは、自分には使い方がわからなくても他の人が使い方を理解して教えてくれるかもしれない。
でもそこで終わりにするんじゃなくて、
それを自分でもよく振り返って使い方を考えてみたり、
他の人に見てもらえるようにちょっと一手間かけるといいかなってこれはおすすめ。
それでね、すごいな、と思うのは、こういうのって教えなくても皆できてるんだよ。
私はいちいちノートに書かないと自分の本音を自分でチェックして分析して、とかできないんだけど
むしろ生徒の方が、そういうの上手にできてる事が多いの。
もちろん語彙の問題とか考え方が単純だとかいろいろあるけど、ちゃんと自分にとって大事な事を考えてるの。
そういうのを聞くのって、私にとってはものすごく価値があることなんだよね。
むき出しの本音見たくないのにTwitterしても誰もフォローできないんじゃ
美人のほうがいい、というかブスは(感覚として)人間ですらないからな。
ブスすぎて性交できない女など、貞操を問われる以前の問題でしょう。
あれからtwitterなどを経由してKanon問題とかいうのを中心に
いままで知らない世界をまわったりしてずっとモヤモヤしてたのだけれど、これですごくすっきりした。
あくまで個人的には、だけど。もちろん違う人の意見は尊重する。
http://ueshin.blog60.fc2.com/blog-entry-183.html
回想や思い出から若くして青春を捉える思考法って、なんか人生まちがっていると思うんだけどなぁ。そりゃあ、老人の人生だ。
この物語は愛する人の死によって、愛することの大切さや命がけの愛があぶり出されるわけなのだが、
私はどうもドラマという虚構に、死という壮絶さはいまいちフィットしないと感じるというか、虚構の死には没頭できないようになっている。
われわれは「虚構の埋没」を笑った世代である。
愛の別れはせいぜい空港どまりだった。いまの世代は虚構に埋没して、冷めた距離をおかなくなっているのだろうか。
死を笑ってはならないという神聖不可侵性を、物語にあたえるのである。
たしかに軽薄で、深みのない物語はもうたくさんだという気もするのだけど、
感動をつくれるからといって、死を乱発するのも問題だろう。
あくまで私はこれで納得した。
その上で、ゲーセン少女を素晴らしいと言ってる人の感覚をあえて理解しないことに決めた。
これでもう決着。
結局私は自分自身がどう思ってるのかがちゃんと言えれば満足だったわけで、
他の、自分と違う考え方をする人には興味なかったんだ。残念だけれど。
・ずっと迷ってた。
わたしも日々ちゃんと普通に生きてるよ。
あの時のことは、今でも毎日思い出すけれど。
そのたびに、辛い思いをするけれど。
それでも、朝起きて、ご飯食べてる。
もしわたしを見つけたら、声をかけてくれるかな?
・あ…
雪…
…
……
そっか…
そっかぁぁ…
じゃあ、春希くんがこれからどうすべきか、
わたしに聞かなくてもわかるんじゃない?
こんなところで、わたしにかまってる暇なんか…
・春希くん、わたしの昔のこと、知ってるでしょ?
今の彼女の気持ち、わたしがどう感じてるかわかってるでしょ?
なら、今のわたしが求めてるものもわかるでしょう?
・ねぇ、春希くん。
今…あなたが一番守ってあげたいのは、誰?
うん…
うん……
やっと、言えた、ね?
いろいろ、意地悪なこといってごめんね?
彼女を、守ってあげてね?
昔のわたし、救ってあげてね?
あなたは、治せる人を治してあげてね。
彼女を貸してくれませんか?
もう関係ないはずのわたしがこんな事言うなんて、
お門違いも甚だしいってわかってます
それでも、一度だけ話をしたい。
彼女の悩みを聞いてあげたい。
彼女のこと、知りたい。
絶対に、春希くんには迷惑をかけません。
・杉浦小春さん。
そこまで頑張って…
あと、そうやって自分ばかり責めないで。
ほんと、春希くんに聞いたとおり。
…そんなところまで、彼そっくりなんだから。
・・春希くんが選んんだんだよ。
わたしは、いられない。
それでも、どうしても会いたかった。
…ながいこと付き合わせて悪かったね?
けれど、もう帰る時間だよ。…もちろん、春希くんのところにね
・危なかったなぁ。
思わず、途中でやっちゃうところだった
でも、もういいよね…
ノルマ、果たしたよね。
姉として。そして元カノとして…
二週間も我慢したんだから…もう、いいんだよね?
ちょっと外見や声がロリすぎてそこは趣味じゃないにせよ性格は最高に好み。
でもストーリはかなり不満。
いや、春希に取ってはそのほうがキツイってのはよくわかる、わかるけど、
やっぱり、大ダメージを負っているのは、
決定的な責任を負ったり決断を強いられているのは小春と雪菜であって、
そこに対して主人公がいまひとつカラを破れなかった印象。
主人公の決断も、状況による強制、それによる周囲の後押しって感じが強い。
こんだけスペックが高い主人公なら、もっとできるはずって期待してしまう
というか、そう想ってしまうのは、なんか饒舌すぎて余力あるように感じてしまうから。
自分に厳しいって言うよりは、Mな状況に対する自己陶酔やらうぬぼれが強すぎて
お前そんなこと考えてるヒマがあったらもうちょっと動けよ、って思う。
まあ、このもどかしさというか、主人公の腰が引けてる感じが、
ファンタジーアースゼロが好きという事で、ついメールしてしまいました。
私もファンタジーアースゼロを最近始めて、ハマってます。
この前、戦争していたら、連携がきれいに決まってスカッとしました。
○○さんはファンタジーアースゼロではどのキャラクターでプレイしてますか?
(しばらく、ゲームの話題で盛り上げる)
アクションゲームの話が出来る方ってあまり身の周りにいないので、もし良かったらメル友になっていただけませんか?
わざとじゃなければ、ものすごい噛み合わなさ具合だ。
「金を使ったら、なくなる」ということを、実感として理解できるような金の使い方をしなさい、ってことなんだけど。
手銭で払うことで「こういうことをすると金を失うのだ」と体に覚えこませる。
まーそういう形にできないものは仕方がないけどな。
子供の頃から金を管理していながら、ソーシャルゲーの課金の仕方に不快感を覚えないというのが俺には良く分からない。
100歩譲って定額課金はともかく、重量課金はあり得んと思う。
だって、そのゲームをプレイするのにいったいいくらかかるのかが、本当のところ分からないわけでしょ?そんなものに金を払っちゃう人が金を管理できているとは言えないと思うぞ。
話が合わないと思ったが
つまりソーシャルゲーユーザーは「その時点では金が無いけど、後払いだからと金を使ってる」と思ってるわけだ。
「元々金は十分に持っていて、その余裕の中から月いくらまでと決めた小遣い範囲内で金を使ってる」とは発想しないわけだ。
この辺りから増田の普段の生活や、親にどう躾けられたのかが透けて見える。
子供が大きくなっても本人に金の管理を一切させず(お年玉などの大きな収入は全て親が取り上げて管理する)、
月々の僅かな小遣いしか持たせない親って居るよね。「大金を持たせたら無駄遣いするから」と。
ああいう躾の仕方って貯金の仕方が分からない、金があればあるだけ全て使ってしまう子に育ってしまう危険性が高いよなと思う。
そして「金があればあるだけ全て使ってしまう」が当たり前だと思っている人は
「後払い=金がないのに金使ってる」と取るんだろう。
彼女は単に「タブーに関してモノを言う俺格好いい」「本音こそが大事なんだ」っていう、典型的な大二病。
ずっと増田やってるからよくわかる。過激なことを書いて叩かれでもなんでもはてブ数がたくさんもらえたりすると
「俺の言ったことはやはり社会にインパクトを与えるような大事なことなんだ」って勘違いしてしまうんだよ。
で、その中から「賛成のコメントが6RTあるから、やっぱり俺は正しいんだ」って思っちゃうんだよ。
もうイケイケだから、ドーパミン出まくってるからネガコメなんて、目に入らない。
悪化すると、あえて露悪的に、あえて過激に、って暴走してしていく。
だんだん話が妄想めいてくる。そうするとますます叩かれて、それを喜ぶようになる。
で、ある時ふと我に返って顔が青ざめる。
シラフの時に考えるとなんでこんな馬鹿なことを、って思うけえど馬鹿な時期ってのが、暇な大学生にはよくあるんだ。
今から思い起こすと恥ずかしいし、それが増田じゃなかったら貧困とか関係なく死にたくなるけど
こういう病気にかかっちゃうことはあるんだよ。しょうがないんだよ。
いろいろ満たされなくて、つい魔が刺しちゃうんだよ!わかってよwww
twitter時代に入ってから、わたしのような大二病は増殖していく一方だ。
なぜなら、ブログと違って説明ぬきで感覚的なことを言うのがアリになってきてるから。
知的レベルの低い人間でもこれに参加できるようになってきたから。
筑波大程度でアッパーミドルとかいっちゃう微妙なレベルのコは、恋愛が満たされるくらいしか自分を救う方法がない。
誰にも愛してもらえないなら、愛される自分を妄想するしかないじゃない。
いろんな鬱屈抱えてるんだよね。そういう子がtwitterなんか与えられちゃったら・・・そりゃ発症するでしょJK.
大二病の治療に必要なのは「そういうことをいうのはタブーだ」ということじゃない。
それは彼女の病気をより悪化させる。もちろん肯定しても駄目だ。
本質的には彼女の惨めな承認欲求やら愛情欲求を、身近な人が癒してくれるのを待つしかない。
それまで、ネットでは間違った承認や愛情を与えてあげたくなる気持をぐっと我慢しなければいけない。
っていうか、ぶっちゃけ、放置してあげるのが一番彼女のためになる。
どうせ就活の時に現実思い知るから、放っておいてもいいかなー、とか思うしね。
こういう奴が要る限り、就活って改善されないのも仕方ないよなーって思ってしまうね、どうしても。
ただもう、大二病をこじらせた挙句「だだ漏れ最高」とか言い出すアーパーな女が出てきて、
野獣先輩のMADを探し回っているときに、偶然『クチマン爺』という新キャラを見つけてしまい、深く名前の意味を考えずにそのまま画像検索してしまった結果、精神を病んでしまったことがある。最初は「老人でホモでバキュームフェラかよwww」と思ってしまったが、画像を見ているうちに「うわぁ・・・」という思いが頭の中を駆け巡り、慌ててブラウザを閉じるも、クチマン爺が若い男性のチンポを美味しそうにフェラしていた顔が脳裏に浮かび上がり、仕舞には自分のチンポまでフェラされているような奇妙な感覚になって、吐きそうになった。
何度も女性のエロ画像を見て、何とか自分の精神をあちら側からこちら側へと連れ戻すことは出来たが、それにしても恐ろしい体験だった。
あのようなAVが出ているということは、需要はあるのだろうか。もしかしたらキワモノ好きのために取った、誰も興奮しないただのスナッフビデオなのかもしれない。あの年の男性の口中の気持ち悪さは異常なのに、その中でフェラされて快感を感じる人間なんて本当にいるのだろうか。
あのAVはホモでもドン引きするらしい。ホモは死ぬまでホモだが、人間というものは人生の終盤で、自分の生きてきた証を見せなければならない。あんなものは、人間の生きた証ではない。
興味が沸いたら、みんなもGoogle画像検索で『クチマン爺』と検索して欲しい。これが『クチマン爺』という一固体が人間として生きた証だ。あなたはこれを受け止められますか?
http://togetter.com/li/254721を読んで、ブコメにまとめるには量が多いので、こっちにまとめる
「生活保護受給者に「社会権」を持たせる必要はない」とか普通に若者が言うしTwitter外でも言う人いますからね。私の周りにも・・・。このような「生活保護バッシング」の今を見てると生活保護を受けてる人の就労は極めて難しいと思うよ。逆にこの状況をみると即時就労する気もうせるのも納得。
そういえば、pukumaだかなんだか忘れたけど、どっかの研究員だかが同じような主張してたなあ
誰かが何かの権利を持っていないことを指して、権利を「与えられていない」と言うか、権利を「奪われている」と言うかでニュアンスがだいぶ違ってきますね。
「権利と義務はバーター」っていう言葉、まあ間違ってはいないけど、「社会権や生存権は納税、勤労、教育の義務とバーター」っていうと変だよね
私ね、思うんだけど、生活保護って労働制にしたらイイと思わない? 1日自転車どれだけ片付けたとか、駅などの公衆の掃除とか。 病気で動けない人以外は参加させるって言うのかな。そしたらそこから社会復帰のキッカケになるかも。
これ自体はベーシックインカムあたりの落とし所のひとつにはなりそうだなあと思う。というのも、そういう制度を導入するにあたって、勤労の代わりになるものは何かさせないとたぶん反発する人は絶対に折れないから。
思い方の問題なので、その人間の生い立ちなどにも関係します。 そこから逃げて、痛い現実を受け入れられない甘えが思考にあるのです。
こういう思想って受験とか他のところでも散見されるよね。特にセンター試験を受けずに入ってきた人らに対しての見方は近いんじゃないかな。「俺たちはこんなに睡眠時間削って勉強して試験に臨んでいるのに、なんなんだあいつらは」みたいなね。ちなみに僕は部活して帰ってきてからの一時間ぐらいの勉強時間だけで旧帝入りました。でも今は親のすねかじりだけどね。甘え乙
というか、根性と気合がないと健常者にすらなれないジャパンマジジャップ。
真の健常な日本人ならB29見てから竹槍余裕でしたってことっすよ(16連射)
精神疾患は甘えって言ってる奴は会社で「なんであいつ休みなんだよ!何も進められないじゃねーか!」とリスク管理していない確率90%
甘えって言ってなくても今の企業ってそんなもんじゃないかなあ 僕がバイトしてた小売は夕方バイト一人とかザラ。代わりいないよ。インフルエンザでも出勤しよう
差別されるのは「される側が悪い」論ですな。
いじめられるのは理由がある。レイプされるような服装してるからだ。万引きされるようなザルセキュリティなのが悪い(ぷんすか
その人は病院ですよね?
僕はウナギだ
ってのはあほらしいけど、「日光を浴びてビタミンDを生合成しましょう!」というと違和感がない。違和感はないが、こういう勝手にできるものを「しましょう!」だなんて言われても鼻くそほじりたくしかなりようがない。そういえばこの人福山雅治が「生活保護は甘えじゃない」って言ったら折れるのかなあ。ただイケ壁殴
いるよ。というか100%除菌できないのになんで売り物にしてるんだ!という意見さえあるよ。小売怖いよ。
実際、今日昼のテレビで「ヒルナンデス」という番組をやっているのを観てて思ったんだが、
ぶっちゃけ、最近のテレビって、庶民に新しい何かを提供するって機能を完全に放棄して、
今まで恋人とか家庭の価値だった部分にずかずか踏み込んできて、掠め取ろうとしてるよね。
なんで昼から他人のキャッキャウフフ見なきゃいけないんだと思うけれど、
あれって多分擬似的にでも内側に入り込んだ感覚をモテルなら相当楽しいんだろうな。
視聴者からすれば、テレビのキャッキャウフフと、目の前の異性やら家族やらとの付き合いで
どっちが楽しいかを選択できる状態になってきてる。
ぶっちゃけ、普通の人間が、金にも話術にも優れたテレビの人間と勝負して勝てますか、と。
というより、AKBに限らず、こんだけ視聴者に媚びまくってくれるテレビがあることを考えたら、
それと比較して、恋人とか家庭とかを苦労して持っても、割に見合わないよね。
恋愛とか家庭の価値ってもういろんなところにアウトソースサれまくってるし、
余計な幻想抱かなければ、実質的な価値って勝間和代が言ってる内容くらいしかないんじゃないかな。
個人的に結婚したい相手はいるのだが、正直、「得るもの」を期待してやるもんじゃねーな、と。
どっちかというと、単に相手が好きだからいっしょにいたいとかそういう話であって、
はなしのどっかに「僕が考えた~べき」が入っちゃう人が他者批判始めるともう収集つかないという典型例。
必然性があるならともかく、あとからベターな可能性をもって登場人物を責めるとか批評じゃなく二次創作だろ。
自分の中の二次創作を持って他者批判とか馬鹿じゃねーの?もう一度言うよ?馬鹿じゃねーの?
ただ、彼らには彼らの言い分があって
なら自分はそれで満足しちゃう程度のレベルなんだから満足してればいいだろ、と。
この手の駄サイクル批評連中を見てるといらっとする。
内容について突っ込む以前の問題だ。
その態度が気持ち悪い。申し訳ないけれど今回も途中までしか読んでない。読む気がしない。
満足してるなら、いいと思ったところを書けば?
少なくとも、自分に誇りがあるなら、二次創作を批評と言いはるのはやめろよ
誰と戦ってるの?その誰かと戦って勝つことが目的なの?
作品より、外部での戦いに興味があるみたいな態度自体が、作品の価値を自分で否定してるようなもんだよね。
恋愛とか結婚にどの程度の価値付けをしているかのところは興味深い内容だった。
その気になれば伴侶が見つけられる、という人脈や、人探しの能力の証明と
あとはセックスがただで出来るようになる、その程度の価値しかない、と。
だから、システマチックに恋人やら結婚相手探しをして、さっさと結婚してしまえ、と。
で、ダメだったら、さっさとやめて、もっと良い条件で探せばいい、その程度のものだと。
結婚なんかに絶対的な価値をおいて、あーだこーだ理想化してるやつは馬鹿だ真面目の罠だと。
同感どいうわけではないが、ひとつの考え方として素晴らしいと思った。
その考えと行動が一致しているというのがさらにポイント高い。
(自分の行動の結果を正当化しようとしてこういう本を書いたという見方が正しいのだろうけれどそこはツッコまない)
実際、今日昼のテレビで「ヒルナンデス」という番組をやっているのを観てて思ったんだが、
ぶっちゃけ、最近のテレビって、庶民に新しい何かを提供するって機能を完全に放棄して、
今まで恋人とか家庭の価値だった部分にずかずか踏み込んできて、掠め取ろうとしてるよね。
なんで昼から他人のキャッキャウフフ見なきゃいけないんだと思うけれど、
あれって多分擬似的にでも内側に入り込んだ感覚をモテルなら相当楽しいんだろうな。
視聴者からすれば、テレビのキャッキャウフフと、目の前の異性やら家族やらとの付き合いで
どっちが楽しいかを選択できる状態になってきてる。
ぶっちゃけ、普通の人間が、金にも話術にも優れたテレビの人間と勝負して勝てますか、と。
というより、AKBに限らず、こんだけ視聴者に媚びまくってくれるテレビがあることを考えたら、
それと比較して、恋人とか家庭とかを苦労して持っても、割に見合わないよね。
恋愛とか家庭の価値ってもういろんなところにアウトソースサれまくってるし、
余計な幻想抱かなければ、実質的な価値って勝間和代が言ってる内容くらいしかないんじゃないかな。
個人的に結婚したい相手はいるのだが、正直、「得るもの」を期待してやるもんじゃねーな、と。
どっちかというと、単に相手が好きだからいっしょにいたいとかそういう話であって、