はてなキーワード: 卒業とは
工学系の学生向けなので、すべての学生に役に立つかは分かりませんが。
一番最初は、「研究ノートをつける」ということだと思います。自分が今日何をやったのか、何が分からなかったのか、などを書いておくことで、自分はやってるんだ感を出すという事と、時系列的に何をやってきたのかが明確になるので、修論を書くときに便利になります(分野によって違うかと思いますが、修論は普通の論文と構成が違っていて、序論、問題設定、アプローチ1、実験、考察、アプローチ1の問題点を改良(アプローチ2)、実験・・・まとめ という風になっていると思います)。あと毎日何をやったかまとめることによって、問題が整理され、新たな解決法を思いつくネタにもなります。
私自身は、普通のキャンパスノートを研究ノート替わりにつかっていますが、だいたい1ヶ月1冊のペースで使い終わります。
・平日はなるべく研究室にいく
M1のあいだは講義があって、講義が終わってから研究室いくの面倒だなと思うこともあるかもしれませんが、なるべく行くようにして、少しでも(それが論文を30分読むとかだけでも)研究に関連したことをやることによって、習慣付けされることを狙うということと、研究室に顔を出さないとやる気のないやつというレッテルを貼られたり、研究室にいかないことによって疎遠になって後々行きづらくなるということから避けられます。基本的に先輩たちは教えるのは好きなので、早い段階から周りと慣れておくと、研究もスムーズにいきます。
私はここに関して失敗した人間で、配属当初はボスのことがすごく嫌い(自分の興味のある研究テーマを悉く否定(否定理由:私はそれあんまり好きじゃないんだよね)され)で研究室にいくのがイヤだったのと、ちょうど1つ上にあたる先輩同士が、裏で貶しあってたりしている様をみて人間的に好きになれなかったのもあり、殆ど図書館でひたすらM2の先輩が卒業するまで図書館で論文や参考書を読み漁る日々でした。しかし、図書館でいくら論文をよんでみたところで、所詮学部からあがってきたばかりの学生の能力では、論文の表層しか読み取れないという問題もあり、今思うと非常に非効率的だったと思います。
・サイクル化する
研究をやっているとどうしても、もうちょっと・・・もうちょっとだけ・・・とやってしまい帰るのが遅くなり、睡眠時間が削られる、或いは、活動時間がずれていく。というような悪循環に陥ることがあります。なので、なるべく何時には研究室から帰るという時間を決めておいて、研究をこなしていくとよいと思います。
私自身もそれをやってしまい、昼夜が逆転しかけたことがあります(もちろん、そんなときはゼミの時間に起きれるはずもなく、ボスから怒られました)。なので、今はなるべく21時には帰宅、1時間ほどお風呂でリラックスして、22時から3時間~4時間論文や本を読む時間にあてて、1時~2時に寝て、4時半におきるという生活をしています。
サイクル化を達成するための方法として、公共交通機関をつかって学校へ通うというものが考えられます。公共の交通機関には最終便という制限があるので、それまでに終わらせないと帰れないわけです。自家用車だと、いつでも帰れるという心境が油断を生み、だらだらとすごしてしまいがちになります。
・学校には泊まらない
忙しくなると泊まったりしますが、泊まるというのは非常に効率的じゃなかったりします。その理由は、
(1) きちんと布団で寝ないと疲れが取れない
(2) 遅くまでのこってみたところで、殆どだらけていて意味がない
などがあります。
他にも色々あると思いますが、私はこんなところです。
視野が狭くなるってのもあるけど
やっぱり昔のほうが面白かった気がするのはよくある老害的なものだろうか
3,4年前のはてブって
っていうような記事が多かった気がする。
KLabの記事だったり、Unohの記事だったり、はてなの記事だったりとか
あのころのスーパースターの人たちは凄くなりすぎてブログに記事を書かなくなってしまった
特に、naoyaさんとか、amachangとかははてブを卒業しちゃったなーという感じがある
(かいてもブクマされないようなことをやっているのだろう)
http://anond.hatelabo.jp/20100207000211
これを書いたものです。若干、感情的に書きました。
>そういう企業を下に見てる人はベンチャーしたほうが良いと思います
自分が就活していて感じたのは、企業の方が自分たちを下に見てるんじゃないかと
いくら人事が「僕たちと君たちは対等な立場なんだから」って言っても建前にしか聞こえない。
だって、買い手市場になって去年とは全く違う状況なんだから。
この時点で、雇う側(企業)>雇われる側(学生)と言う構図が出来てる。いつの時代もこの構図はあまり変わらないのでは?
そりゃ、説明会で質問タイムになっても、会場が( ̄- ̄) シーン…ってなるわ。
その状況を見て、「積極性に欠ける」「主体性が無い」とか言われても困ります。
はっきり言って就活はバカらしかった。
大嘘ついて内定ゲットもあったし、正直に熱意を持って本音を言ったらアウトっていうのあったし。
頑張れば頑張るほど報われるっていうのも実感できなかった。
それは、今まで学生生活4年間リア充で努力してきたやつが落ちているの見てても思った。
でも、行きたい企業、したい仕事が出来る企業に段々落ち始めると、希望が絶望ではなくて失望に変わる。最後は絶望ですけど(笑)
そうなったら、企業に求めるものは変わってくるのが本音ではないかと。
気持ち悪いと思われる方も多いだろうから、注意して頂きたい。
元々仲が良かった。姉とだけじゃなく、母と兄を含めた(母子家庭)4人全員が仲が良かった。
抱き合ったりなどのスキンシップは普通の事だし、中学生、高校生になっても家族全員で映画に行ったり、深夜まで語りあったりしていた。
その時点で他から見れば変な家庭なんだろうが、しかし、自分の異常性はそういうレベルの物じゃなかった。
初めて疑問を持ったのは、高校生の時に、姉とセックスする夢を見て夢精した時だった。
何かの間違いだと思った。それまで姉に欲情した事など一切無かったのだから。
あれは姉じゃなかったはずだ、と思い込もうとした。しかし、それから何度も、姉とセックスする夢を見た。
当時、私は誰かと付き合ったりした事が無く、セックスしたいという欲求は平均的な高校生と同様にあったはずなので、その欲求が、引き起こした事に違いないと思う事にした。
誰かを好きになって、付き合って、セックスを経験すればこの夢ともおさらば出来るはずだと思った。
だが、まずにして私には誰かを好きになるという事が出来なかった。学校の人間だけじゃなく、TVに出ている女性芸能人などにも、付き合いたいという欲求を持った事が無かった。(性的欲求を覚える事は多々あったが)
それなら好きじゃなくても、付き合うという事を経験して、セックスさえ出来れば治るかもしれない。
私は、他の3人の家族とは違っていて、優しさと献身に満ち溢れていて、誰からも好かれ、悪であるなら誰とでも戦う、という素晴らしい人間性の真逆だった。そういう自分をひた隠しにして、女性となんとか付き合おうと必死に努力した。
しかしまた夢を見てしまった。それ所か、普段姉と接する時に邪な感情を抱いてしまった事があった。
そして、初めて姉と弟がセックスするエロ漫画でオナニーしてしまった。(今までは絶対しなかった)
私は、寝ている時寝言で大声を出すらしく、それを聞かれるのが怖くなった。
そして、姉の体をジロジロ見たり、姉で妄想したりするようにまでなりたくはなかった。
だからそうなる前に卒業と同時に家を出た。
私は、姉とどうにかなろうとは思ってはいない。
この間、家に帰って姉の車を借りた時だった。一枚のプリクラを発見した。
彼氏とキスしていて、プリクラには2年目の記念と書いてあった。
それを見ても「ああ、そうか」と思っただけで嫉妬心などはなかった。
姉は幸せになるべき女性であり、結婚出来たら良いなと本当に思った。
ただ、私はひたすらに怖い。姉を愛してしまい、未だ姉以外の誰も愛せない自分が。
これから一生姉への思いに囚われて生きていくのかと思うと、怖くて仕方が無い。
まあ、仕方ないさ。
創価学会も末端のほうはほぼいい人ばっかりだし、狂信的な人に当たらなければ心配することはないだろう。
働いて借りた金を返すんだ。
そうしたら晴れて創価学会をやめさせられる。
99 :名無しさん@お金いっぱい。:2009/12/04(金) 11:44:01 ID:KFHHkOP90
一人残って残務整理してる人が出て詳しく教えてくれるから。
112 :名無しさん@お金いっぱい。:2009/12/05(土) 20:55:26 ID:HDAnvbx0O
18億円だ、上場だ、筆頭株主だとかtwitterで語ってるよ。
そんなこと語るよりイレギュラーズアンドパートナーズの公式サイトがなぜ更新すらしないのかとか、
富士化学工業がどうなったのかとか、ユーフォロスがどうしてシーエーモバールグループからはずされたのかとか、
プレイングドラマはなぜ破綻したのかとか、そういう普通の会話をして欲しい。
217 :名無しさん@お金いっぱい。:2009/12/21(月) 21:43:50 ID:UNWnmi5wO
静かだねえ。山さんの化けの皮がツイッターで剥がれたから?
218 :名無しさん@お金いっぱい。:2009/12/22(火) 10:28:46 ID:N2BMc6Rk0
だってツイッターだとゲーム買ったとか全然100億持ってる人には思えないもんねw
30代でうだつのあがらないサラリーマンだよ
224 :名無しさん@お金いっぱい。:2009/12/23(水) 12:43:07 ID:vhT8O3K30
一億入る月もあればない日もあるんですよね、とかw
そろそろ奥さん怪しみだすぞw
265 :名無しさん@お金いっぱい。:2009/12/27(日) 19:17:02 ID:Gb9cfoRH0
錚々たるメンバーの中に一人だけ中小企業の社長が混じってます。誰でしょうか。
http://blog.livedoor.jp/ld_10th/archives/51350660.html
ダイニングキッチンに案内されて奥さんと子供が出てくる会社です。
268 :名無しさん@お金いっぱい。:2009/12/28(月) 15:43:34 ID:O3nOSe8I0
いままさに同じことを書いておりました… 要は、私のファンドが勉強料としてドバイに投じた35万ドル
は逃げ遅れたので4万ドルになっちゃったってことだ。 RT @tekusuke @kotarotamura とはいえまあ茶化す
だけではアレなので一つ示唆をピックアップすると、やっぱりここ
ドバイで損したとか段々嘘がしょぼくなってきましたよ
290 :名無しさん@お金いっぱい。:2010/01/02(土) 07:25:15 ID:ZKA9AsmO0
http://twitter.com/kirik/status/7164495492
マジですか。羨ましい。つか、年明けたらブラゲやアプリの相談させてください。案件ばかりで手が足りません…。 RT @BON_NOB
↑華麗なる遍歴で人脈もさぞ豊富であろうカリスマ投資家がツイッターで仕事相手を探してます
288 :名無しさん@お金いっぱい。:2010/01/02(土) 06:36:12 ID:31hM1Tai0
あと、秋葉原の、結構有名なパーツショップやショップブランドが年末販売が大不振で資金ショートしそうなので助けてくれという話が幾つか。大変だな。
助けてくれといわれて大変だなってなに? 逆に危ないって風評をばらまいてるw
357 :名無しさん@お金いっぱい。:2010/01/16(土) 10:39:59 ID:02dhMgCp0
< てっきり断るもんだと思っていた。よく引き受けたなあ。天下国家のためだからとか、そういうカタルシスなのかしら。京セラ自体が微妙なのに。政治任用されちゃったら、ウィルコム株だのKDDIだの触りづらくなると思うんだけど、いいのか。
カタルシスの使い方おかしくない?学ねーよなぁ
441 :名無しさん@お金いっぱい。:2010/01/27(水) 07:18:47 ID:qSh1Ewbw0
> 一応、私の立場など。
> 就職活動は、4年で留年したので氷河期中に二度やりました。
> 失われた10年真っ只中で、当時は就職氷河期と言われていました。
> いまの新卒さんのほうがよほど厳しい就職戦線を迎えているように思います。
> 96年は留年するつもりのなかった二度目の4年生で就職活動に出遅れたものの、
> それでも複数内定を得るなど、比較的恵まれていました。
> もっとも、せっかく入った会社は半年で辞めてしまいましたけれども。
> 全体で見て、新卒は年間8名から10名ぐらい理数系を中心に採用しています。
> 文系は、英語と数学ができる人のみの採用に絞っている形です。
資産数百億とか言ってたのと比べると大分ショボイ経歴になっちゃったけど
それでもなおフカシ全開なのが笑える
442 :名無しさん@お金いっぱい。:2010/01/27(水) 07:20:33 ID:qSh1Ewbw0
会社名も出さずに何言ってもな
本人としてはこれでも「出せるものから出して」いるつもりなんだろうか?
443 :名無しさん@お金いっぱい。:2010/01/27(水) 07:32:31 ID:qSh1Ewbw0
様々あったねえ・・・
探偵として大企業の内偵調査をしたり2ちゃんの副管理人になったり
頭痛が痛いねえ・・・
> 全体で見て、新卒は年間8名から10名ぐらい理数系を中心に採用しています。
出た!奥義「全体で見て」
いったいどこの「全体」なんでしょうねえ・・・
> 文系は、英語と数学ができる人のみの採用に絞っている形です。
444 :名無しさん@お金いっぱい。:2010/01/27(水) 12:24:01 ID:+mahZhfO0
フカシをしてるわりには「全体で見て」と逃げをつくってるところが
いつものごとくな芸風ですな
445 :名無しさん@お金いっぱい。:2010/01/27(水) 14:47:51 ID:ABNscoLT0
かもしんまいよ。全体で見てガチでやってますから。
↑そして現在まで部下の具体的なエピソード、自分の会社での忘年会の話など一切なし!
嫌われてるの?幽霊なの?w
478 :名無しさん@お金いっぱい。:2010/02/03(水) 03:42:56 ID:NbRhQf/D0
あの論調で世論を誘導しても、完全に動きを止める世論ができない限り小沢逮捕は免れませんからね
http://twitter.com/kirik/status/7983677465
494 :名無しさん@お金いっぱい。:2010/02/03(水) 20:17:03 ID:wrm9LQVP0
http://www.4gamer.net/games/000/G000000/20100202054/
あんまり知られていないので説明をしておくと,私どもの役割というのは,外注の中でも比較的独特な部分であります。
プロジェクトの立ち上げの中でも開発期間の比較的短い(15か月以内)ゲームなどのインタラクティブ性のある軽量級
コンテンツを対象として,企画立案から計画の策定,エンジンの開発・カスタマイズと提供,プロトタイプ制作ぐらいまでが守備範囲になっております。
中でも,最近相談が多いのは据え置き機と携帯電話3キャリア以外で伸びている分野――すなわちiPhone向けやブラウ
ザゲーム向けの企画相談と,OpenSocial向けのアプリケーションを含めた軽量級アプリの企画,それと上流の相談では,プロジェクト
向けに必要な資金調達とか東欧北欧などの安価な海外開発外注会社の斡旋・運用の相談などです。どうも暴言ばかり吐いてる変な
奴と思われがちのようだが,ちゃんと仕事はしているんですよー。
一回ぐらいはそんな仕事もしたかなー?て感じの記事w
495 :名無しさん@お金いっぱい。:2010/02/03(水) 20:19:25 ID:I0P5St4G0
まだこんなこと言ってんのか。ほんと山さんはスゲェな。
496 :名無しさん@お金いっぱい。:2010/02/03(水) 20:22:43 ID:wrm9LQVP0
iphone向けのアプリを一つぐらいは作ったかなー?て感じはするw単価1万ぐらいで・・
他は寝言だねw
http://anond.hatelabo.jp/20100206170350
5年前の話でよければ。
中学を卒業するとき、周りでメアド交換する子が多いとかで、娘が携帯持った(本人いらないと言い続けてた)。持ち出したら、すげー勢いでメール使うようになった。月額1万超えたことがあったんで「高い」と文句言ったら、娘は自分でいろいろプランを調べて6千円くらいに抑えてきた。ワンギリして、相手から電話をかけさせることもあったので、それは「友達として義理に欠けすぎ」と諭してやめさせた。来年、就職するんで、そしたら携帯電話の代金は娘の口座から引き落としになるよう手配する。
どのみち、子供の生活は親が丸々見てるんだから、携帯電話代だけ別とは考えてない。生活費の一部として出してる。制限していないのは話し合いの材料にするため。子供ってのはわがまま言うもんだから、耐性つけながら徐々に制限していこうと思って。
閲覧制限は別にしてない。子供ビビリだから、妙なサイトには行かないから。
いわゆる「溺愛親」ってのだね。こいつの親。この先、こいつ、誰に対しても「俺に配慮して当然」って態度を取り続けて、能力のわりには重用されなくて「誰も俺を認めない」とか言ってゴネるんだろうねえ。親の間違いは子供の人生狂わせる。くわばらくわばら。他山の石としておくよ。
【橋下知事に直言】(上)「政治手法は『いじめ型』」 神戸女学院大教授、内田樹さん
http://sankei.jp.msn.com/politics/local/100204/lcl1002040807000-n1.htm
「学力」のとらえ方を間違えている。学力は文字通り「学ぶ力」であり、学びへの欲求が活発に動いているかどうか。テストの点はその一部にすぎない。
確かに良い事を言っているように聞こえるが、これは昔からよくあるインテリのごまかしである。学力がテストの点数だけでは測れないにしても、それと「テストで点数を取れなくても良い」というのでは話が別だ。
日本の現状を見てみよう。「テストの点数では測れない学ぶ力」がどれだけ進学に影響を与えているのか。最近ではAOなども増えてきたとはいえ、依然大多数のテストではその点数により選抜が行われている。そして、こうした競争を勝ち抜いた者たちの多くが、難関国家試験に合格したり一流企業に就職したりして高給を得ている一方で、偏差値の低い大学に進学した者はFランと馬鹿にされ、中学、高校までしか出ていない者は中卒、高卒としてバカにされる。「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」と言った福沢諭吉の時代と同様、現代もテストによって評価される学力によってその本人の地位が規定されている。
「学ぶ力」が本来の学力ならば、「自主的に学ぶ姿勢」を重視した総合的な学習の時間がなぜ問題となったのか。それは日本人が「学ぶ力」の重要さを頭では知りながら、本当のところは豊かな生活をしたければ「テストで測られる点数」がなければどうしようもないということを理解しているからである。
すぐに数値で成果を求める姿勢は、ひと昔前に流行った成果主義、能力主義的発想であり、知事自身の成功体験から導かれたものだろうが、成功体験に固執すると他のさまざまな教育実践の方法に対して非寛容になる。いろんなタイプの子供がいて、いろんな能力の発現の仕方があるということを認識する必要がある。
こうしたタテマエが教育現場でまかり通り、社会の現状とはとかけ離れている状態こそが、橋下知事の指摘している問題なのではないか。
西洋における平等の概念は、決して「あらゆる人間は平等だ」という認識に立つのではない。人間は肉体的な条件はもとより、知能的にも情操的にも一人一人が違うのだし、それはごく当然のことである。こうした彼らにとっての平等とは「機会の平等」に他ならない。だからその平等は「優勝劣敗」という厳しい現実を前提としている。
ドイツでは比較的早い段階で進路が決定し、(いわゆる)勉強の得意なものはギムナジウムへ、不得意なものは専門学校へと進学する。そして自らの専門をじっくりと勉強し、自分の得意なことを身につけ、優勝劣敗の社会の中で生き残るためのスキルを身につけている。ドイツでマイスターが称賛される事情の裏には、こうした機会の平等に基づく優勝劣敗の原則と、そうした競争の中で名を上げてきた者に対する尊敬があるのである。
日本人はこうした教育制度を見て「一度落ちこぼれたら二度と戻って来られない制度」だと批難するが、本当にそうだろうか。社会の流動性が高く「一億総中流」と言われた時代は今は昔。所得格差は広がる一方で、政治家も二世三世が当たり前だし、医者の息子が病院を引き継ぐという話も珍しくない。このような状況で公教育が
という考えに走ったらどうなるか。金持ちは自費で子供により一層の勉強をさせ進学の機会を拡大させる一方で、経済的に苦しい家庭の子どもたちは、例え才能を持っていたとしても一生進学することはできなくなる。すると社会の流動性はより一層失われ、より一層の社会的格差を生む事になる。これこそ機会の平等の損失であり、本来的意味での不平等である。
現代の日本では、教育現場でタテマエとして身分も職業も超えた無差別平等が成立している。それにより全ての者が平等という原点からスタートし、努力さえすれば受験という競争を好成績で突破することが出来るようになっているという。すなわち「みんな平等なのだから受験勉強が出来無いヤツは努力が足りないだけなのだ」ということである。
ところが、現実には優勝劣敗という厳しい結果が待ち受けている。環境的にも肉体的にも異なったものを持って生まれてきた我々に、個人差がないはずはないからだ。そこで、タテマエとは逆に自由競争であるはずの受験に敗れたものは劣等者と見られ、その人たちは一段低く見られることになる。
そしてそれがまた、競争の激化を生む。こうして優越者たるインテリは現状を変える事なく偽善的に「競争」を批難し、劣等者は「平等」という正義の仮面を被ってお互いの足を引っ張りあう。ネットでは自分の方が多少でも有能であるということを確信したいばかりに、他人をFランとバカにし、こき下ろす。
色々なタイプの子供がいて、色々な能力の発現の仕方があるのならば、なぜ勉強の出来る子はもっと勉強をさせ、勉強の苦手な子供からは別の才能を伸ばしてあげるという教育が出来無いのだろうか。その為には、子どもたちを「みんな平等」だから「やればできる」と誤魔化し続けた挙句、就職活動で無残に放り出すのではなく、早い内から自分の才能を確認出来る場を与えることが必要なのではないか。その意味では、橋下が教育に対して言っていることは少なくとも評価出来ると思う。
しかし、内田さんがなぜ「いろんなタイプの子供」や「いろんな能力の発現の仕方」を認める一方で「学問に携わる」という能力だけは認ないのか、謎である。なるほど、全ての人間には等しく教育を受ける権利がある。しかし、義務教育を負えてもなお、大学まで行かなければ一国民としてきちんとした教育が受けられないというのであれば、それは教育制度の欠陥でしかない。中学や高校を卒業した後、専門知識をじっくりと習得していれば世界的なレベルになっていてもおかしくない若者たちの未来を、グダクダと学校に拘束し続けることで奪っているのである。「大学全入時代」が持つことの意味を、もう一度考えた方がいいのかもしれない。
僕は社会人5年目、某大手メーカーに開発職として勤務している。
(つっても一次面接の人事部の付き添いみたいなもの。)
を体験してる。
しかしびっくりするくらい「ハァ?」ってな人が多い。
今日はそんな人の紹介。
1:
「僕は○○の資格を取るつもりです」「卒業までに○○するつもりです」
一番多いのはこれ。何で取っても無い資格ややってない行動を面接でアピールするんだ?
そもそも「つもり」って何も保証ないじゃん!!
というかそれ言うくらいだったら、
何で学生3年間のうちに資格取らなかったの?行動しなかったの?
口先だけは逆効果だよ!!
(ここで言う資格てのは簿記とかそういうのね、卒業が取得条件とかの資格はもちろん除く)
2:「何で弊社に興味をもったの?」という質問に対して
「御社の○○○○○(←就職向けパンフレットの文句)という社風に魅かれました!」
嘘こけー!!
いや、いいんだよ、社風に惹かれるってのは、
でも違うじゃん。
こっちが知りたいのは、何で「弊社のパンフレットを取ったのか?」ということだよ。
「○○という製品が好きで」とか
「よくCMでみて」とか
「○○のような製品を開発したくて」とか
「おばあちゃんでも知ってるくらい大手だから」とか
「給料高そうだから」とか
「知らなかったんですけど、合同説明会でご縁があって」
といった本音っつうか、本当の動機だよ。
絶対こっちのほうが好感持てる。
社風とかいう人に対する次の質問はこれ
「なぜ弊社が○○という社風だと知ったのですか?」
「インターネットで見ました」
「なぜ弊社のサイトを見ようと思ったのですか」
「えっ…。」←給料が高そうだと思った的な発言はやましいと思ってて言えない。
ほらー、ボロが出た。
正直に言えばいいんだよ。給料が高そうだと思ったなんてやましくない。
「給料」なんて最も選ばれる選択基準だよ?
やましいことなんてなんもないよ!
まあ何が言いたいかって、
面接では正直に言いましょうってことだね!
サンフランシスコ講和条約で日本国籍を離脱しなければならなかった特別永住外国人?
日本が敗戦国になったとき、それまで日本の一部とされ、居住地や職業選択の自由が与えられ、内地に移住しさえすれば被選挙権が与えられ、帝国議会の議員になった者までいた朝鮮は、敗戦の責任から逃れる為に、独立を宣言した。日本国内にいた朝鮮人も、日本人ではなく第三国人であると主張し、戦勝国と同等の権利を主張した。
敗戦国となった日本は、ポツダム宣言(1945年)で海外領土の放棄を義務付けられ、放棄された地域が独立国として建国していく過程で、朝鮮人は敗戦国民であるよりは、新興国家の国民である方が豊かな生活ができると判断し、移住していったのである。日本にいた朝鮮人は、敗戦国日本に帰化する事を選んだ極小数を除いて、すべて、満州からの引き揚げ船の逆便で朝鮮半島に帰っていった。まさか、引き揚げ船が片道は空船で運行されていたと思っているのだろうか。引き揚げは日本人の海外領土からの引き揚げであると同時に、日本国内にいたそれらの地域出身者の引き揚げでもあったのだ。
そうやって成立した新興国の中で、唯一、自立できなかったのが朝鮮半島である。日帝統治以前は土人国家であったのだから、日帝が居なくなれば、ろくな統治が出来なくなるのは当然であった。朝鮮半島の北側には、ロシアの傀儡である金日成が中国共産党の協力を得て、北鮮を建国した。ロシアは満州を侵略したついでであり、伝統的な南下政策の都合であるし、中国は、朝鮮半島に橋頭堡を築かれると、北京が簡単に攻撃されてしまうという軍事上の理由から、陸上兵力の簡単な移動を不可能にする為に、ロシアでもアメリカでもない緩衝領域を作りたかった。アメリカとしても、朝鮮半島に橋頭堡は築きたいが、連合国である中国やロシアにも相応の分け前を与えなければならず、朝鮮半島を南北に分割して、それぞれの衛星国を建国するという話に落ち着いたのである。
それらの打算から、北鮮はロシアと中国の国家承認を得て独立し。南鮮はアメリカの保護を受けて独立した。そして、それらの後ろ盾と、アメリカの補給線の長さから、南鮮への侵略戦争に勝ち目があるとして、北鮮が南下を始め、朝鮮動乱(1950年)が発生した。
この朝鮮動乱によって、一度は日本から出て行った朝鮮人が、日本に密入国してきた。この時点では、難民条約(1954年ジュネーブ条約)はまだ存在しておらず、日本は、独自の人道的判断から、戦争避難民の一時受け入れを決定し、日本国内での永住許可を与えた。
いわゆる特別永住者とは、この永住許可を得た者とその子孫であり、サンフランシスコ講和条約(1951年)とは、一切関係が無い。
サンフランシスコ講和条約は、放棄領土に関しては、日本が台湾や朝鮮を独立国として承認したという条約であり、それらの地域出身者で日本国内に継続して存在していたいわゆる第三国人に、平和条約国籍離脱者という正式名称を与え、それらの国籍に移設しただけである。ポツダム宣言によって、それらの人々は第三国人として日本国籍から分離されたのであって、あえて日本国籍を喪失させられたとするならば、ポツダム宣言の時点であると言える。サンフランシスコ講和条約によって、平和条約国籍離脱者は特別永住許可者になったのだが、この対象者は、敗戦国に居続けたという点で希少な存在であり、極少数であったし、帰化する意思が高く、ほとんどが帰化済みである。
引き揚げ船の逆便で朝鮮半島に帰還した朝鮮人は、朝鮮半島に上陸した時点で朝鮮国籍を取得しており、その時点で、第三国人ではなくなっている。本人の意思で、朝鮮国籍を取得したのである。朝鮮動乱によって日本に密入国してきた朝鮮人に対しても、同じ特別永住許可が出された為に、混同が発生している。戦争避難民に対する人道上の措置と、海外領土の放棄に伴う処理とが、混ざってしまっているのである。朝鮮動乱の避難民は帰化する意思が無く、また、第三国人としての悪行も知れ渡っており、不良民族として区別の対象となっている。
日本の海外領土の放棄はポツダム宣言に拠ることを踏まえれば、根拠が無いばかりか、根本的な歴史認識において間違えている主張であることは明らかである。おそらく、ポツダム宣言もサンフランシスコ講和条約も、本文を読んだ事が無いのであろう。
これが、市井の個人であれば、距離をおいて関わらないようにすれば済むのだが、これだけあからさまな間違いを、国会議員、それも国務大臣が堂々と公言してしまうという点で、致命的である。誰か止めなかったのかとか、ブレインとなるべき政策秘書は何をやっていたのかとか、まともなブレインが居ないほど人望が無いのかといった感想が出てくるし、そもそも、ちゃんと日本の学校を卒業したのか、近現代史や公民の単位を取れたのか、学歴偽装じゃないのか、といった疑念がわいてくるのであった。
外国人は外国に国籍があるから外国人なのであり、国籍国において市民権・参政権を行使するのが筋である。日本の参政権は日本国民固有の権利であり、日本に帰化し、日本の秩序に従い、日本の為に血肉を捧げる事でしか入手できない。それが出来ない特別永住者は、速やかに許可を取り消し、朝鮮半島に帰還させるべきである。
間違った知識や判断が出てこないように、正しい歴史を広める必要がある。情報を捻じ曲げると、事実すら捻じ曲げられてしまうのだ。
妄言は、個人の愚行である。妄言を妄言であると誰も指摘できなくなるのは、社会の愚行である。戦争を愚行であると非難する人はいるが、戦争の原因は、歴史や国境や国民性の認識がゆがめられて対立が発生する事にある。妄言を妄言であると指摘できなくなる言論の統制こそが、間違った民意を発生させ、戦争の根本原因となるのである。
言論を慎むとは、その言論が間違っていない事や、人々を幸福に出来る事を心がけることであって、口を噤むことではない。ましてや統制でもない。地位にふさわしい見識を持たない者は、その地位を汚さない為に、進退を弁えるべきである。
コンピューターは大好きだった。
学生の頃からサーバーとかプログラムをやってたおかげで、SIの会社に入社してからはちょっとしたヒーローだった。
寝る間も惜しんで働いて、案件を片っ端からざくざく片付けた。
元々スケジュールも厳しいので納期優先だ。みんなそれを望んでた。
適材適所に合わせて効果的な言語、環境、フレームワーク、ライブラリを選んで組み合わせた。
ライブラリやフレームワークにバグがあれば自分で直した。OSS万歳だ。
本もばりばり読んだし、勉強会にもたくさん顔を出した。
結果を残してきたつもりだった。
これがSEの生きる道だと信じてた。
そうして何年かが過ぎて、案件の山が落ち着いてきたころに異変が起きた。
周りが一斉に今まで構築したシステムが保守できないと言う。うわ。顔がマジで怖い。
遊び半分でシステムを作られても困ると言う。デザインパターンやフレームワークは趣味ですか。そうですか。
一から十まで書いてあるドキュメントや、コードの中身も手取り足取り教えてくれないと無理らしい。
技術を自慢したいだけなんじゃないかとか言う。自慢するならもっと別の使ったのになあ。
いやー、さっぱりわかんないんですよねー。という声があちこちから聞こえてきた。
今までがんばってきたことがばからしく思えてきた。
当時彼らは何をしてたんだろうか?
技術を覚えることよりスパゲッティの山と格闘することがお望みか?
自分が出来ない理由を他人に求めてるようにも思えたが、もう何も言わないことにした。
過労と後ろから撃たれたダメージで病院に通い、ひっそりと会社を辞めた。
今?もちろんコンピューターは好きだ。でもコードはかけなくなった。思考が5分と続かない。
良くできる今年卒業の学生の皆さんへ。どうか出過ぎないように。
頼れる仲間無しで、絶対に一人で本気出してはダメ。絶対。
http://anond.hatelabo.jp/20100203021910
僕が彼女に言えない事
僕は昨日まで童貞だった。(正確に言うとそうじゃないかもしれないんだけど)
昨日までってことはつまり、昨日卒業してきたってことだ。
別に童貞が恥ずかしいことだとは思ってなかったので、彼女にも自分が童貞だってことを隠していなかった。
それで昨日、なんかいい雰囲気になって、それまでは軽く触れるくらいだったキスが明らかにエロい感じのものになった。
で、結局スキンシップが加速して最後までしてしまった。
そこまではいいんだ。
もしかしたら自慢話と受け取られるかもしれないし。
問題があるとしたら僕はキスや愛撫が(あくまで童貞としては)上手かったことだろう。
彼女にも「初めてとは思えない」と言われた。
それもそうだろう女性相手は初めてだけど、女性が相手じゃなければ初めてじゃない。
男とならいくらでもしたことがある。
これは僕がウリセンという、男が男に体を売るというバイトをしていたから。
(略)
でもウリセンやってましたなんて言って、振られるだけならまだいいけど、彼女はショックを受けるかもしれないし。
彼女のことは好きだし、多分彼女も僕のことを好きだろうし、振られたくないし、傷つけたくないし。
僕はどうすればいいんだろう。
もし良ければ皆さんの意見聞かせてください。
意見、というか、問題の切り分けだけ少し、しておくね。
たぶん、問題は大きく二つに分かれるよね。
ひとつは、「どうすれば、彼女との関係を荒波を起こさずに維持できるだろうか?」という問いかけ。
もうひとつは「ウリセンであったことを、隠したままで自分自身が納得出来るのだろうか?」という問いかけ。
とりあえず、前者を「関係維持志向」、後者を「真実承認志向」と名づけてみる。
まず、関係を維持しようと考えた場合の具体的な検討内容は
・「彼女がどういう人なのか」という、彼女という人の<現在の>メンタリティをどう考えるか。
・それと、元増田さんと彼女さんとが、いま現在の段階でどの程度まで深い信頼関係を築けているか。一緒に過ごした時間の長さとか、どこまでぎりぎりの会話をしたことがあるか、とか。
といった要素になるのかな。
どちらも、詳しくはわからないけれど、彼女さんが、ゲイとか、バイとか、そういう世界にぜんぜん縁がなくて、それを「想像」してみることもないような普通の人だった場合、反応は予想がつかないよね。言わない方がいいかも。
はてぶでcheapcodeさんのお書きになられていた
1.本屋に走る 2.SEXテクニック本を大量購入 3.実はこれで予習して…と恥ずかしそうに告白(おもむろにではなく、何度か問い詰められてから、観念した風で) お互い、知らない知らせない方がいい事はある。
という方向とかがベストな世間知、ということになるかもね。
その一方で、「ウリセンであった」という<真実>をかくしておけるのかどうか、という問いかけで考えた場合には、問題の見方が、まったく変わることになるよね。
特に、結婚だとかも見据えて、長期的な関係を構築しようという場合は、たぶん、「言えない秘密を抱えていること」に息苦しさを感じてしまう可能性は出てくると思う。いまの彼女さんが、数カ月とか、せいぜい1年、2年で別れるような関係だとしか思えないのならば、わざわざ言う必要はないとは思うけれど、本当に、長期的に人生をかけてお付き合いをしていく相手ならば、清濁合わせて飲み込んでくれることは期待したいよね。(ウリセンが、「濁」だとはたいしておもわないけれど)
こういう発想をするのであれば、ウリセンでした、ということを逆に言ってしまったほうがいい、ということになるかもしれない。そういうことを飲み込めない相手とは、人生をかけてお付き合いをできないかもしれない。こういうふうに考えてもいい。
ただし、これはやっぱり年齢の問題もある。
良い家庭で生まれ育ってきた、素朴な20才前後ぐらいの日本の女の子がいきなり、ウリセンの話を聞いたら、やっぱりショックかもしれない。
数年して、いろんな世界を知って、いろいろな世界を飲み込めるぐらいの許容度が彼女についたであろうと思える瞬間を見計らって、告白する、というでもいいのかもしれない。
数年しても、「ウリセンだった」という事実を飲み込めるような期待すら持つことのできない程度に、性規範について保守的な感覚を捨てることのできなさそうな子であるならば、それは早いうちに見限ってしまったほうがいい、ということもあるかもしれない。
そういった部分で相手のことを判断しながら、「どのぐらい長期的にお付き合いをしていくか」を、お付き合いをしながら決めればいい、と。そういう発想はありだろうとは思う。
ただ、やっぱり、「お付き合いを続けながら相手の感覚を理解していく」にせよ、その過程で何度か体を重ねるわけだから、「そんな体でわたしと寝たの?」ということを問題にしてしまうような子かもしれない。そう考えると、お付き合いを続けながら、相手との関係性を調整するにせよ、何にせよ、やっぱり体を重ねることには慎重になったほうがいい、ということはあるかもしれない。「本当は、あんまり、セックスが好きじゃないんだ」とかなんとか、そういうフリをして、何かしらの手は打っておかないと、いざ告白する段階になってそれまでの行動で、元増田さんの「誠実さ」が測られてしまうかな、とは思う。
以下、余談。一応の補足みたいなもの。元増田さんへのコメントというよりは、はてブ的なコメントへの予防線です。
真実承認志向のコミュニケーションの取り方について「僕の全てをわかって!」志向だと、揶揄する人もいる。この手の指摘は一面での事実ではあるとは思うけれど、本当に長期的に付き合っていく相手の場合、「重大な真実」を隠し通すことが、本当に長期的な関係の維持に貢献するのかどうかは、なぞだよね。すくなくとも、どっちかは苦しむことになる。
もっとも、関係が浅いうちに、いきなり言ってしまうことには慎重にはなってよいと思う。
それとあと、本当にどうでもいい細部にわたる「僕の全て」は理解してもらおうというのは、困ったちゃんではあると思うけれど、今回の元増田さんの苦しみはそういうものではない。
関係の浅いうちに、理解する能力のない人に「ぼくのこれをわかって欲しい」と訴えかけることは、効果を発揮しないと思うし、ムダでもあるし、不幸でもあると思う。
だけれども、深い関係を結ぼうという相手に。理解する能力を信じられる相手に、「おねがいだから、ぼくの重大な問題を、理解して欲しい」ということは、特にわがままでもなんでもない。
言うべきか、言わざるべきか。それは、ものごとと人の「重さ」によって、変わりますよねっていう。
あと、もちろん、秘密を守れないことを「弱さ」だと考えるような世界観の人もいるだろう。秘密を守る自分に「強さ」を感じることができて、そういう自分の「強さ」を自分自身で肯定することができるのならば、それでもいいかもしれない。だけれども、そういう「強さ」を肯定する世界観の中で生きられない人もたくさんいる。そういうことに、想いを馳せることもせずに、秘密を守ることのできない人を、ただ「弱い」と断罪する権利は、誰も持っていない、と思う。
…と、以上のような、まあ、ごく当たり前程度のことを少し考えました。あまり参考にならないかもしれませんが。
(転載したなう : http://d.hatena.ne.jp/maskin-monotonicity/20100203/1265198211)
中二病、便利な言葉だと思うけどなあ。ファイブスターストーリーズとかいうマンガがあるけど、このマンガを他人に説明するときは
と言えば納得してもらえる(納得できない人はwikiでも調べてみてね)。
特に私は、「死」とか「生きる意味」など「○○とは何か?」的な哲学的問いを出す人に対して、「そんなこと考えるのは『中二病』の証拠」「早く卒業して大人になれよ」と上から目線でもの申す輩が我慢ならない。
こういうのは中二病の用例としてはあまり一般的ではないから、それをもって絶滅させたいというのはちょっと賛同しかねる。そしてこの件は、中二病という言葉のせいではなく、あなたのいうところの「哲学的な問い」に答えず、馬鹿は余計なこと考えるな、と言われるのが不快なだけではないのかと思う。付け加えるなら、あなたのやっていることは言葉狩りであり、思考パターンがその手の人と全く同じであって、だからその問い自体についても「早く卒業して大人になれよ」と言いたくなってしまうのではないかと推測される。
ご承知の通りこのタームは伊集院の原義を離れて、自虐・自嘲だったものが他者を嘲笑する言葉に変わった。
特に私は、「死」とか「生きる意味」など「○○とは何か?」的な哲学的問いを出す人に対して、「そんなこと考えるのは『中二病』の証拠」「早く卒業して大人になれよ」と上から目線でもの申す輩が我慢ならない。
こんなの思考停止以外の何物でもない。一時期はてなワールドで流行った(?)「キモい」となんら変わりがないと思う。
「そういうのを『高二病』って言うんだよ」って思った人はもっと思考停止してるよ。
僕は昨日まで童貞だった。(正確に言うとそうじゃないかもしれないんだけど)
昨日までってことはつまり、昨日卒業してきたってことだ。
別に童貞が恥ずかしいことだとは思ってなかったので、彼女にも自分が童貞だってことを隠していなかった。
それで昨日、なんかいい雰囲気になって、それまでは軽く触れるくらいだったキスが明らかにエロい感じのものになった。
で、結局スキンシップが加速して最後までしてしまった。
そこまではいいんだ。
もしかしたら自慢話と受け取られるかもしれないし。
問題があるとしたら僕はキスや愛撫が(あくまで童貞としては)上手かったことだろう。
彼女にも「初めてとは思えない」と言われた。
それもそうだろう女性相手は初めてだけど、女性が相手じゃなければ初めてじゃない。
男とならいくらでもしたことがある。
これは僕がウリセンという、男が男に体を売るというバイトをしていたから。
そこではもちろんキスもするし愛撫もする。
僕の後ろは処女じゃないし、客に入れたこともある。
上で、正確に言うと童貞じゃないかもしれないって書いたのはこれが原因。
そんなわけで童貞のくせにそれなりのキスやそれなりの愛撫をすることができるようになってしまった。
もちろん彼女はそんなこと知らない。
でもそんな僕を彼女はひどく疑ってしまったようで、「こんなこともあろうかとイメージトレーニングをしていた」などと僕は苦しい言い訳を吐く羽目になった。
自分でも何が言いたいのかよくわかんないけど、彼女に不信感を持たれたままじゃ嫌だし。
でもウリセンやってましたなんて言って、振られるだけならまだいいけど、彼女はショックを受けるかもしれないし。
彼女のことは好きだし、多分彼女も僕のことを好きだろうし、振られたくないし、傷つけたくないし。
僕はどうすればいいんだろう。
もし良ければ皆さんの意見聞かせてください。
追記
ここまで反応があると思ってなかったので驚いてます。
反応してくださった方々に感謝。
で、みなさんの意見も参考に考えた結論。
とりあえず今は伏せておこうと思います。
そして、できるなら言わないままでおこう。
もし、言っても多分僕らにとってプラスにはなりえないと思うから。
隠しておいて僕が息苦しくなるだとか、彼女に対して引け目を感じるだとか。
そんなことなら僕が我慢すれば言いだけなので。
大事なことを先送りにしたような感じもするけど、今の僕ではこれが精一杯かな。
学校を卒業してから、ひとりで自営業をしていたが、なんだか寂しくなったのと、売上が落ちてきたので思い切ってバイトを始めた。
私は、コミュニケーションが苦手で表面上の付き合いは十分に、それこそリア充かって位に出来るものの、一歩でも学校や会社を出てしまうとメールや電話での連絡をどうすれば良いのかわからず、プライベートでの友達付き合いをほとんど経験した事がなかった。
ここでなんとかそういった所を改善、あわよくば彼女なんか出来たらなと思って数カ月間過ごした所、なんだかモテ期がやってきた。
職場の女の子が頻繁に話しかけてくる。休憩時間をできるだけ合わせてくる。一緒に帰ろうと誘ってくる。
女の子の親しい友達は私とその子をくっつけ様としてくるし、「あの子、君の事が好きらしいよ。」なんて話も聞かされてしまった。
女の子本人の方も色々な相談をしてきたり、かなり積極的にアピールしてきてくれたので、新年会の後に私から告白し、付き合う事になった。
しかし、それから1度のデートもしないまま1週間でフラれてしまった。
彼女の理想と事前に考えていた私の実際の性格が随分違った為に「やっぱり好きじゃないと気がついた」とはっきり電話で言われてしまった。
突然言われた訳ではなく、何日か前というか付き合って3日目位から既に雲行きが怪しい気がしていたのでショックでは無かったけど、それと同時に自分でも色々気がついた。
・コミュ力不足による会話途切れを防ぐ為に、心にも無い事を色々と口にしていた。これにより彼女の中の私の人物像を大きく崩してしまった。
・今まで良い男が居なくヒドイ目にばかりあってきたと、草食系の私に相談してきた彼女だけど、好きなタイプはやっぱり遊びが上手い肉食系の男だった。
・彼女もそうだけど、私自身も彼女の事はそこまで好きになってはいなかった。告白したのは周りの雰囲気に押されてしまったところがあった。
最初の会話途切れを防ぐ為の言葉は、私としては冗談のつもりだったのだけど、彼女は言葉通りに受け取ってしまう人だったので、本当に失敗した。
表面上のコミュ力だけではやっぱりボロが出てしまうんだなと痛感させられた。
肉食系の男共のあの直接的な表現力は二十歳を超えてからでも身に付けられるものなのだろうか。
それが必ずしも良いものとは言えないけど、一刻でも久々に彼女が出来たのが嬉しかった分、今回の出来事は正直少し悔しい。
それでも簡単な会話で振られてしまうのならば、簡単な会話で振り向かせる事も可能ではないのだろうかと、前向きな考えも浮かんできている。
76歳の祖父が不登校気味の15歳の孫に「学校に行くのが嫌だったら、一緒に死のうか」と猟銃を突きつけたら孫は必死で逃げ警察に通報、祖父逮捕。という事件。
http://mainichi.jp/area/hyogo/news/20100202ddlk28040453000c.html
その記事についたブックマークコメントに祖父擁護が散見されるのが気になります。
http://b.hatena.ne.jp/entry/mainichi.jp/area/hyogo/news/20100202ddlk28040453000c.html
「仮に不登校気味の孫を思う情景だとしたら、いいじーちゃんじゃねーか。」
「ちょっとした荒療治だとおもうんだけどなぁ…子供も親をたよらずいきなり110番とは…」
「孫のいきなり110番っていう発想がおかしい.家族とここまでコミュニケーションが出来ないというのは怖い.」
「こういう荒療治そのものは否定できない。」
まず確認しておきます。他人に銃口を向けてはいけませんね。たとえ弾が入っていなくてもです。空っぽのつもりで人に向けて撃ったら入っていて死亡、という事件はたまに起きています。タマだけに。いやすみません。人に銃を向けるような人間に銃の保有許可がおりていることに戦慄します。
次に、不登校は問題ではありますが、登校拒否児になるよりはいっそ殺した方がマシ、学校 or DIE!!というレベルでは全然ありませんね。その子にも学校に行けない事情行かない事情があるわけで、事情を解消するなり迂回するなりを手伝ったり見守ったりするのが親や家族の役割でしょう。まだ15歳の子供です、悩んだり迷ったり遠回りしてもいい。始まりと終わりを直線で結べない道が、この世にはあります。学校に行かないくらいで殺され(そうにな)る謂れはありません。
「学校に行くのが嫌だったら、一緒に死のうか」
ちょっとおかしいですね。
「学校に行くのが嫌だったら、一緒に死のうか」
ミルコが、お前は何を言っているんだと言いそうです。
「学校に行くのが嫌だったら、一緒に死のうか」
ローカルニュースの老人大学卒業式を見ながら、卒業したらどこへいってしまうのだろうともやもやしたことを思い出します。
「学校に行くのが嫌だったら、一緒に死のうか」
祖父も「人参食うのが嫌だったら、一緒に死のうか」などと脅されて育ってきたのでしょうか。
「学校に行くのが嫌だったら、一緒に死のうか」
もしかして孫が「死ぬのは嫌だから学校行くよ」という展開を想像しているのでしょうか。
「学校に行くのが嫌だったら、一緒に死のうか」
だったら孫の気持ちが全然わかってません。
「学校に行くのが嫌だったら、一緒に死のうか」
銃口突きつけられた孫の気持ちは「爺ちゃんに殺される!!」「爺ちゃんボケよった!!」のどちらかあるいは両方です。生命の危機に直面しながら学校のことについて冷静に考えられる人は少ないでしょう。不登校の話はふっとんだ。
死ぬのは嫌だから通報するよ。何も責められることではありません。羽曳野で猟銃殺害事件もありました。祖父が孫含む家族4人を殺した千葉の事件もあります。親を頼る?孫は銃に弾が入っていないことを知りません。猟銃より強い親なら頼もしいですが、親に知らせたところで一家全員殺害が関の山と考えたとしても不思議はないでしょう。
荒療治にも程度というものがありまして。
ふつうこんなことで猟銃突き付けないだろ。家族とここまでコミュニケーションが出来ないというのは怖い。
殺人未遂容疑というのは少し気になりますが。
最後に、たったこれだけの記事で
「猟銃ぶっ放したい気分は良く分かる。」
と書いている人は今すぐプリントアウトな。
私は重度のジャニオタだ。
お気に入りのタレントの番組は必ず録画してチェックするし、CDやDVDも通常盤と初回限定盤をリリースの度2枚ずつ購入する。
雑誌も毎号買う。
たとえ白黒1ページ分しか出てなくとも、お気に入りのタレントの名前があれば迷わずレジに向かう。
グッズ代(勿論グッズは全種類2つずつ購入する)やホテル代・交通費などの遠征費、コンサートに着ていくための服を買うお金等、一度のツアーにはかなりの額を使っている。
他のジャニオタはどうか知らないが、私はこんな感じだ。
こんな感じで楽しい毎日を送ってきたのだが、最近ジャニーズに対して以前ような情熱を持てなくなっていることに気付いた。
何でだろう、理由はわからない。
冷めてきたってことかな?
よくわからなかったので試しに1ヶ月、テレビとラジオをチェックするのを止めてみた。
びっくりするほど普通だった。
もっと寂しいもんかと思ってたけど、そんなことはなかった。
今それがとても悲しい。
ジャニオタをするにはお金がかかるから、いろんなバイトを掛け持ちした。
ジャニオタだと馬鹿にされないよう、ファッションや美容も頑張った。
今じゃスイーツ()に同化できる程度にはなったと思う。
ジャニーズに夢中で成績が下がったと言われたくなくて、勉強も頑張った。
学費免除にしてもらえる程度には好成績をキープしたし、資格だって取った。
こうしてみるとジャニオタになったことで自分自信にもメリットが沢山あった。
まぁ趣味にメリットを求めるのはどうかと思うけど、結果的にはよかったと思う。
なんだか長年連れ添った恋人と別れる時のような気分だ。
切ない。
「ねえ」
下校中に呼びとめられて、ふり返ると近所に住むひとつ年上の女子が立っていた。五年生の三学期、二月になったばかりの寒い日。朝は集団登校をしていたので、お互いに顔見知りだった。だけど、まともに会話したことなんか一度もない。その彼女が声をかけてくるなんてめずらしい。戸惑う僕に彼女は言った。
「あんた、今度の日曜日、ひま?」
なぜそんなことを訊くのだろう。そう思いながら、とくに予定はないと正直に答えると、
「じゃ、日曜日うちに来て」
「え、なんで?」と口ごもる僕に、彼女は「予定ないんでしょ」と詰めよる。僕は弱々しくうなずいた。すると彼女は「昼の一時に。待ってるから」とだけ告げて行ってしまった。返事も聞かずに。
日曜日、約束の時間ぎりぎりまで行くかどうか迷った。外で遊びたかったし、夕方には見たいアニメもある。だけどやっぱり、すっぽかすのはまずいよね。後が怖いし、さっさと行って、さっさと帰ろう。そう決めて、はじめて彼女の家にお邪魔した。
出迎えたのは、なぜかエプロン姿の彼女だった。そして家族の人にあいさつした後、なぜか台所に通された。テーブルの上に調理器具と大きな板チョコレートがあった。
「これからチョコを作るから、手伝って」
ああ、なるほど。そういえばもうすぐバレンタインだ。だから、チョコを作るというのは納得できた。けれど、ひとつ解せないことがある。
なんで僕が手伝わなきゃいけないんだ?
そんな疑問などお構いなしに、彼女はお湯を沸かして包丁でチョコをきざむと、小さなへらを差し出した。
「はい、これ。かき混ぜて」
僕は湯せんでチョコを溶かす仕事をおおせつかった。作業する間、会話はほとんどなかった。ときどき彼女が本を見ながら指示を出して、僕は作業に没頭した。
やがてどろどろになったチョコレートを型に流しこんで、トッピングにカラフルな砂糖をまぶす。あとは冷蔵庫に入れ、冷えて固まるのを待つだけ。
彼女の部屋で待つことになった。そのとき、質問をしてみた。
「誰にあげるの?」
「別に、誰も。クラスの子たちが作ってたから、わたしも作ろうと思っただけ」
僕はますます混乱した。あげる相手もいないのに、なんでわざわざこんな面倒なことをするんだろう。そして、なんで僕が手伝わなきゃいけなかったんだろう。
その後はマンガを読んで過ごした。あいかわらず会話はなかった。
二時間ほどたって台所に戻ると、ハート型のチョコレートが完成していた。それを見て彼女は言った。
「手伝ってくれたから、味見させてあげる」
彼女の手作りチョコ(僕も手伝ったけど)は、ちゃんとチョコレートの味がした。「どう?」と訊かれたので「おいしい」と当たり障りのない返事をした。
「ほんと? じゃあ、もっとあげるから、おみやげに持って帰っていいよ。どうせあげる人もいないから」
こうして生まれてはじめて女子にチョコレートをもらった。義理でも本命でもないチョコレート。彼女はそれを、きれいな紙に包んでくれた。
家に帰って、家族の誰もいないところで、もらったチョコを食べた。なんとなく気恥ずかしかった。それから少し悩んで、包み紙を机の引き出しにしまった。
週が明けてから彼女と顔を合わせても、しゃべることはなかった。どんなふうに声をかければいいかわからなかったし、向こうも話しかけてこなかった。ホワイトデーが来ても、どうすればよいのかわからなくて結局何もしなかった。
三月に卒業して四月に中学生になった彼女は、僕が卒業するより前に、県外に引っ越した。彼女の家でチョコを作った日以来、僕たちは言葉を交わしていない。
それから何年も過ぎた今、僕たちにはもう何の接点もない。なにしろ彼女の名前すら覚えていないのだ。
それでも彼女のことを思い出す。彼女はあの日のチョコ作りの成果を、どこかで発揮できただろうか。そうであればいいのだけど。
引き出しの奥には、まだ包み紙がしまってある。
そんな僕は、大学を卒業後、上京し一人暮らしをしながら仕事をしている。
母が病気になった。
命に別状はないものの、僕は心配で心配で、なぜ東京に就職をしたのだろうかとさえ思った。
ウチの家庭は、父が遠洋漁業の漁師をしており、母が全て弟と僕の面倒を見て育ててくれた。
そんな父は、世間知らず
母は遊ぶことをせず、兄弟二人を育ててくれた。
恥ずかしながら、父と母の強さを知ったのは、社会人になって2年目くらいのこと。
それまで、世間知らずの父を嫌い、真面目過ぎる母を誇りに思ったことが無かった。
しかし、仕事をして一人で生活をしてみると、自分が小さな頃から、両親にどれだけ大切に育てられてきたのかを実感するようになった。
今は、両親を、すごく誇りに思っている。
たぶん、就職するのが1年遅れていたら、母のことを思い、僕は東京で仕事をすることを選ばなかったと思う。
就職する際に母は、ただただ心配だけしてくれていた。
「使い捨てられるんじゃないの?」
と言われたのを覚えている。
今でも、母に電話をすると
「心配しなくて大丈夫」
と言う。
ものすごく心細いはずなのに、いつもそう言う。
自分の性格は母の性格にとても似ているから分かるのだが、母は人に心配をかけるのがとても嫌いなのだ。
「忙しいんだから無理しなくていい」
とも言う。
そんな、事情もあり、並の覚悟で東京で仕事をしているわけではない。
同期になど、負けられていられないので、仕事は頑張っている。
母の強さに、少しでも近づくために頑張って仕事をこなしている。
やはり、母は強い
35歳。
就職氷河期であり、かつフリーターブームに乗って、新卒で就職せず。
しばらくアルバイトしている途中、引っ張られて地元の小さな広告代理店に就職。
私の学歴からすると、あり得ないような規模の企業だったが、高校や大学時代の友人と
会う機会がめっきり減ったのと、仕事が面白かったので、苦痛だと思うことはなかった。
しばらくして、東京に出ようと思った。
小さな企業の正社員よりも、フリーターしていたときの方が稼げていたし、
そう思ったんだ。
それでいいと思っていた。
勤めて3年目の会社を辞めて、上京して、コンビニでフリーターをしながら、日々を暮らしていた。
始めて自分の選択が失敗だったかも知れないと思ったのは、それから5年後の友人の結婚式の時。
33歳になっていた。
友達は、車を何を買うのがいいか、という談義で盛り上がっていたのに、私は全くついていけなかった。
車を買うという発想がそもそもなかったから。
そんな所得じゃなかったから。
それまで気づけなかった私って、馬鹿なんだろうか。
どう思う?
それとも、それが人生というものなのだろうか。