はてなキーワード: 知的とは
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天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。
生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。
殺すのに時があり、いやすのに時がある。
(中略)
私は知った。
人は生きている間に喜び楽しむほか何も良いことがないのを。
また、人がみな、食べたり飲んだりし、すべての労苦の中にしあわせを見いだすこともまた神の賜物であることを。
私は知った。
神のなさることはみな永遠に変わらないことを。
それに何かをつけ加えることも、それから何かを取り去ることもできない。
神がこのことをされたのだ。
人は神を恐れなければならない。
(中略)
私は見た。
人は、自分の仕事を楽しむよりほかに、何も良いことがないことを。
だれが、これから後に起こることを人に見せてくれるだろう。
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男が男としての本能とやらに忠実なのは、本質的にはそれが最も幸福だからだよ
もちろん、成長し知的で生産的で社会的な活動を行う事も幸福だろうけど
それに身を任せる事以外に何一つ良い事がないからこそ
そうするだけだ
社会の前提は持続性。21世紀の展望がない今、老人は若者について考慮せず、若者は刹那主義に走る。年金未納率は40%超であり、それなりの規模でこの思想は信奉されている。
ドイツがギリシャに抱いてる気持ちと大体同じ。イエスの寓話ですらブドウ園に来なかったものに1デナリを渡そうとしたわけじゃあない。いやリアルでパンが分けてもなくならないのならいいですけどもw・・
働けないことが問題?
実のところ最適な答えはパンでなく、仕事を分け合うことだと思っている。労働の再分配はやりがいの再分配。QOLや「文化的」と突き詰めた時の答えが生保や年金だとは思わない。もしそうなら孤独死とはなんなのか。ある意味、安楽死の方がマシかもわからない。
「労働」のハードルが上がりすぎ。9時~6時で働けるやつは聖人君子かと思うわ。年金制度ってようは肉体労働がメインだった頃にできた制度っしょ?知的労働はいくつになってもできる気がするが。本当にどうしようもない人は相当少ないんでは?
むしろ老人ホームの害悪はボケになりやすいことだったりする。慰問とか行っていたが、入居したころは普通でも、1,2、年たつとすごいぼけてしまう人がいる。(つか慰問って言葉がすごく嫌いなんだけど)
あと小学生の時にショックだったのは別れ際に握手して回ったときに手を離さないおじいちゃんがいたこと。屋根や食事があっても想像を絶するさみしさがあるわけじゃない?それでブンカ的生活とか笑わせるなと。
国家による保障はどうしても機械的にならざるをえない。あくまで最後の砦であって、その前にやるべきことがあるんじゃないの?自助・共助・公助というと月並みかもしれないが、特に共助が弱いと思っている。
なんでこんなに税金はらわにゃならんのだっていうのももっともだし、逆に払ってるからそれでいいでしょというもんでもないと思う。
~権という考えは大事だとは思うけど、それでスパッ、スパッと物事を切り分けて解決する問題でもないっしょ。もうちょっと見方を変えてみたい。
出願は金(15,000円)出してフォーマットさえ守っていれば誰でも可能。権利化するには審査請求といって出願してから三年以内に請求する必要があります。
一方で実用新案は出願されれば自動的に登録される14,000円+(2,100円+100円×請求項の数)×3[三年分の登録料]。
しかし権利を受けるに値するかどうかは判断されていないため、権利を主張するときは別の請求が必要となります。
ここでは今日一部で話題になっていた、ヤバい特許・実用新案を列挙いたします。他にもあったら教えてね。あると思うけど。
これだけ書いておきながらPDFをアップロードすることの是非がわからなかったので問題があれば即刻削除します。
http://webphilia.org/pat/JPA_2002238300.pdf
http://webphilia.org/pat/JPA_1995138598.pdf
"3ヶ月目満月に至る"
http://webphilia.org/pat/JPA_1995138599.pdf
"はて年金支払前で金はなし。"
http://webphilia.org/pat/JPA_1993171504.pdf
http://webphilia.org/pat/JPA_2001042765.pdf
"「黄金埋蔵はアッと言う間にされたらしい」"
http://webphilia.org/pat/JPA_2007233427.pdf
http://webphilia.org/pat/JPA_2002291299.pdf
素敵な読み物
http://webphilia.org/pat/JPA_2001057800.pdf
"世界じゅうの会社で、そのような能力者を、たよっているから、パソコンインターネットで、情報を、うながしては、ならない。"
http://webphilia.org/pat/JPA_2003033099.pdf
"自立用でする温度と時刻目盛の羅針盤の思考用ノート用具(1)に図星的用ノート(2)の星形の思考用ベクトル用具(11)を設ける。実体用ノートの温度(3)、睡眠時間(4)と日出没時方位角(5)です
る実態用ノート(6)を設ける、温度用ノートの風力(7)、気圧差(8)と等圧線距離(9)でする思考用ベクトル(10)を設ける"
http://webphilia.org/pat/JPU_1994005482.pdf
"パンとおにぎりの両方を食べたい時、パンとおにぎりを別々に買わずに済むためのパン。"
http://webphilia.org/pat/JPA_2005143294.pdf
"映画が、女優藤純子が主演または、準主演しているものであることを特徴とする、人格形成の方法。"
http://webphilia.org/pat/JPA_2007307046.pdf
絵
http://webphilia.org/pat/JPA_2011215148.pdf
なお、この内容は id:doublet さんの twitter を元に少しだけ文献を加えました。
思うんですけどね、ぼく、脳にチップを埋め込んで知識を頭に直接ダウンロード的な世界が本気で到達しないかなーと思ってるんですよ。でも一言で知識といっても。全知識のことでは無く、いわゆる理科学系的な知識のこと。
そのような未来感に対して在野の方は「知識を頭に叩き込んでも知識の使い方を覚えられない」という文句がでるんですが、僕はそんなもの詭弁に過ぎないと思うんですよね。
何故ってそもそも人ってあなたみたいな偉そうな人が言うほど馬鹿じゃないよって思うし、論理とやらは数学でも良く出来た人文系の本でも読めば会得できるものだと思うからです。
加えて理系的知識のみ頭に直接叩きこんでも構わないというのは、理系的知識が(複雑系的な言説が代表する最先端の知を除いて)すべてがファクト(らしい)だからです。
例えそれが原理的に「ファクトらしい」ことであるとはいえ、少なくとも恣意的では無いんですよね。それでですね、そしてそんなファクトらしいことをファクトとして扱って科学はここまで技術化され人類の進歩発展に帰依してきた(ここれ辺が人文知とは異なるところです。人文知はその恣意性が暴力的な力を持っている。そしてその暴力性が人文知の力。すなわち文脈を書きかえること。個人にとって一見関係無かったものを一つの視座を持って関係づけ、切実なものにする。それが人文知の力、だと思ってます。)(一方理化学的な知識にも別種の暴力性が当然あります。そのことに自覚的でない科学者はみんな根本的には自分勝手なクソ野郎なんだと思います。残念ながら。)
うう、かっこの中の話で本筋から遠ざかった…。
ぐだぐだ言ってきましたが、ここまで言ってきたことは一言です。基本的な理系知識というものは大抵が世代を超えて一個の人間がまた改めて一から学ぶほど価値があるわけではないということ。
いわゆる理系学生の中に以下の現実に気づいて憂鬱な気分になっている人は多いと思うんだけれど、若いころの時間を使って結果の分かりきってる学生実験をする価値なんて99%以上無いんですよね。
え、実験道具の使い方?レポートの書き方?全部別プログラムでやらせた方がよっぽど効率的です。だってどちらも理系的な知識を使わないじゃないですか。どちらかというと体育と国語ですよ。
そりゃ回数重ねてれば何かの偶然で新しいことが起こるかもしれないけれど、そこに若い学生の時間を使うのはいかがなものかと思います。どちらかというならこれから寿命がますます伸びた年配の方がおやりになればよい。しかも年配の方々は数が増えるのは分かりきっていることなのだから。可能性の伸びしろとしてはそちらの方が全然優位なはず。
そしてぼくはそのような年配の方(時間があって、科学とかゆるく好きで、しかも高校の教科書的な所から大学の2~3年程度の知識が頭に一括ダウンロードしてある方)が自由に研究を趣味的にできるような場がこれからあると良いなーと思います。
知識があったとしても大抵は無駄な研究もどきなるとは思いますいが、それでいいんです。無駄は文化になります。文化は物語化されてブランド足り得ます。
今までに比べてはるかに安いコストで、気軽に研究できる。しかも初めから自分の興味のある分野を。これってとてもいい社会だと思います。それにそのようなある種のハードルを下げるにはとても良くて、実際的に何がいいのかというと人材流入のハードルが下がれば在野の人の既得権の縛りが解かれる+競争激化+多様性が増しイノベーションが起こりやすくなるんですよね。(その弊害は例えばPixivなんかで散見されますね。すなわち雇用の問題。)
これからデジタルに親和性の高い世代が高齢者になったり、ある程度英語等でコミュニケーションで来て人材の移動性が高まる時代に、それを実現できたら、かなりのその地域引いてはその国のブランドになりえるし、いいことだと思うんですよね。
日本というのは自然災害がその立地条件からして根本的に多い国だし、今回の放射能ははそもそも強いと思われていた農作物のブランドの(程度はどうであれ少なくとも方向性として)下落につながった。その後の日本政府の立ち振る舞いも同様に日本全体をパッケージとして観たときのブランド価値は下がったと思う。
つまり日本というのは根本的に他国に比べブランド価値が強くなければ優秀な人材を引っ張ってこれない国だと思うんですよ。例えばわが身ひとつで立身出世しようと考える優秀な中南米人が「日本は色々災害とか身の危険あるけど○○があるからここで仕事をしよう」と思ってくれないとダメなんですよね。でなければきっとこれから日本という国は戦えなくなる。(経済的に豊かでなくなってくると無駄の確保ができなくなります。無駄の重要性は上に述べてきたとおり)。
さて、ここまでメリットばかりあげてきましたが批判も数多く考えられます。例えばその筆頭にしてもまっとうなものが「科学の発展が加速したらますます倫理の側が追いつかなくなるじゃないか」というものです。
しかし、僕はこの観点も保証できます。なぜなら時間に余裕のできたものは、退屈な事実の再確認や荒唐無稽な技術への信仰ばかりするのではなく、確かな今を見据える人文知的なものを学びたくなる欲求が高まるはずで、加えて言えば知識の記憶に費やす時間が短くなれば余暇が創出できるので、そのような歴史、思想史、哲学史を学べる機会は増えるはずなんですよね。たとえあなたが時間があるから大丈夫(=自身の倫理を構築できる)とは限らないなんては思えなくとも、学生実験をやるよりはよっぽど有意義な時間が過ごせるとは思いませんか?
以上のことがもっとも実現可能性の高い場はラボをシェアするという理念の元運営されているいくつかの団体だと思います。なぜなら人材の流動化がこれから激しくなる時代に情報系のものを除く理化学系研究が根本的に抱える問題とは研究はラボというその場でしかできないことで、その土地でしかできないならその場にしかいられない。そこをシェアをすることでより開放するサービスが圧倒的に人々に受け入れられるだろうからです。
また実現に向けて初めに脳内に知識ダウンロード、と言いましたが、それより若干コストは高くなるかもしれないけれど海外のよく勉強したにもかかわらず文系就職しそうな元理系学生とか先生に雇って、そのサポートに比較的リーズナブルに提供できれば十分今まで述べてきた未来の足場としては実現可能だとも思います。
私は女なので女性向けの二次エロを消費しているけど、これは本当にそう思う。
色黒で筋肉質でテカテカしたいかにもDQNな奴と、白豚のようなオッサンの二択しかない。
また、AVで食っていくという生き方を選んでいる時点で人間的に軽蔑してしまう。
演技力も無いので「知的なイケメン」という役を演じることもできない。
三次元エロは私の性的ファンタジーを何一つ叶えることができない。
しかし二次元は違う。性的ファンタジーを叶えるために生まれたキャラクターだから。
DQNか白豚の二択という悲惨な三次元に比べ、二次元キャラは属性がとても多くて選び放題。
AVに出ている時点で清純派ではないので"清純派AV女優"は破綻しているが、
同様に三次元の知的なイケメンはAV男優などやるはずが無いが、二次元ならその夢がかなえられる。
また異性からの性的ファンタジーを受けとめるのは三次元の人間にとっては苦痛だが、
二次元キャラは苦痛を感じない。なぜならそもそも性的ファンタジーによって生まれているから。
イケメンというわけでもなく、気の利いたことを言えるわけでもなく、洋服にも映画にも音楽にも疎い親友が、結婚した。
合理的で、部屋には異常なほどモノがなく、かといって無機質で冷たいわけでなく、いつものほほんと暮らしていた彼が結婚した。
彼に、男としての魅力がどこにあるのか?
彼は女性の気分を舞い上がらせるような話術の才はない。
ぐいぐいひっぱるような男らしさもない。
知的ではあるが、彼の知的さは、数学の点数が恐ろしくいいという程度の評価だったと思う。(東大模試、東工大模試で上位にのるくらいだった)
二十代中盤から日経新聞を読み始め、ずっと読み続けているため、今でこそ経済ニュースに関してはかなりのものになったが、経済に結びつかない話はさっぱりだ。
でも、自分だけは知ってる。
憎しみや嫉妬という感情を持ち合わせていないかのように見える。
押し殺しているのだとしたら、それとて立派だ。
少なくとも親友の僕を完全に騙し通してる。
蹴落とそうとか、出し抜こうという意識がない。
まるで数学の問題でも解くように、すいすいと段取って、さくさくとことを進める。
クールにでもなく、熱くもならず、いつもどおりの朗らかな顔のまま。
彼が結婚する話を聞いて、彼のことを評価する人間が、自分の他にいたという事実が、とても嬉しかった。
「彼の素晴らしさが解る女性がいて、それが嬉しい。彼みたいな人間は世界中に二人といない。あなたはいい買い物をした。」ということを、彼の奥さんの前で口に出した。
その瞬間、「あ、失言かな?」
って思った。
「アイツにはもったいない綺麗な嫁さんだ」
と言われているであろう感じだったので。
俺のその言葉が彼の嫁を感動させたらしい。
後日だが、彼が「えらく喜んでいたよ」と教えてくれた。
彼は不可解そうな顔をしてた。
彼は裕福だ。
家が裕福だし(欲が異常になかったから、そうは見えなかったけど)
勤務先だって経団連会長を輩出するような大企業だ。(致命的に論文能力がないので、昇進試験には苦労してるようだが)
それでも、あんな性格(俺からすると最高なんだけど)だと女とは無縁だったんだろうなと。
頑固で、古風で、寂しがり屋で、たまに情緒不安定になったりもするみたいで、面倒くさそうな感じもうけたが、それも彼の仏のように合理的で広い心で包み込めるだろう。
つまり、つまりはだ、アスペルガーだって、仕事ができて、高収入で、家が資産家で、底抜けに優しくて、無欲ならば、他がどうであっても、結婚くらい出来る可能性もあるってことだ!
http://anond.hatelabo.jp/20120103142318
http://anond.hatelabo.jp/20120103150939
女性が成人ロリコンに嫌悪感を持つのは、精神的・知的に成熟しているべき大人が自分のエゴで「母体死亡」に繋がるような危険な出産をさせたがっているように見えるからだと思う。
小説やマンガで、少女が大人になったことのメタファーとして初潮の表現ってたまにある。
「ツツツーって血が足を伝って流れて、女の子がショック受けて泣く」みたいなやつ。
でもあれって嘘ですよね。
初潮って、おしっこ拭いたらちょびっとティッシュに経血がつくくらいのごくごく軽いものなんだよね。
血が伝うほど量が多くなってくるのは1年~2年後くらいだったかな。
個人的な体験から言ってるだけだけど、小6の初潮から20歳くらいまではじわじわと重くなり続けた印象。
初潮後はまだ生理が軽いっていうのは、赤ちゃんを育てるためのベッドである子宮内膜を作る能力がまだまだ未完成ってこと。
妊娠能力ってそれだけ長い時間かけて成長し続けてるというわけ。
だから、自らの体験から初潮がどんなものか知ってる女はみんな、
「初潮=妊娠可能のサインなんだからセックスしておkなはず」というお説を聞くと
なんとなくいやーな気持ちになる。
こっちの都合は無視なんだな、って感じですよね。
そもそも、女子中学生は「最も繁殖にむいているであろう年齢」ではない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E4%BB%A3%E3%81%AE%E5%87%BA%E7%94%A3
10代という低年齢母による出産は、早産や早産に伴う出産時低体重などのリスクが高い発生率を示す。10代の少女の多くは、ホルモンバランスが整っておらず、母体としての発育が不十分な場合が多い。
10代の母の発達不十分の骨盤が出産時に母体、子供ともに危険を及ぼす医学的に示唆されている。そのため出産は帝王切開によって行われる場合が多い。発展途上国などにおいて十分な医療を受けられない場合、それは乳児の死亡、または母体死亡へ繋がりえる。
女子中学生を妊娠させる男は未成年だろうと成人だろうと許せない。
女性が成人ロリコンに嫌悪感を持つのは、精神的・知的に成熟しているべき大人が自分のエゴで「母体死亡」に繋がるような危険な出産をさせたがっているように見えるからだと思う。
未成年が未成年に欲情するのは「近くに居させられてるからしょうがない」「若いから若年出産の危険性を理解できていなくてもしょうがない」みたいな理由で寛容になりがちなのかもね。
面白いねー!「非正規雇用と正規雇用の差」という表現が特に秀逸。
その差は、その相手に自分の最も弱い部分である「性」を見せられるかどうかで決まってしまうのだと思うよ。
就活を考えるとき、キャリアアップを考えるとき、将来の展望について考えるとき、人は厳しい言葉で喝を入れられることを求めてる。
冷静で、客観的で、理知的な存在から自分のことを厳しい目で評価してもらい、成長することを求めている。
でも「性」について人は厳しい言葉を求めない。性的に劣っている部分について冷静に指摘されても受け止めきれない。
能力は叩けば伸びるけど、性は叩けば潰れてしまう。だから恋愛のパートナーとしては避けられるのだと思うよ。
そして同様のことは男が女を選ぶ際にも行われているのではないかな。
グリーは海外にこの金を搾り取るシステムが通用するか試すという。
いろいろ試すのはいいことだ。
このふたつをとりあげていた。
1つ目の「ソーシャル」これはNHKの言葉の使いかたが間違っている。
ソーシャルゲームは何もモバゲーのような携帯電話のゲームだけではない。
仲間と一緒に遊ぶのが面白い、他の人と協力してボスキャラを倒す
ゲームの楽しさを、こう利用者は語っていた。
アホだ。貴重な時間を使ってしまっていることに気づいていないのだ。
自分に必要なことよりも不必要なことに時間を使ってしまっていて
幸せになれると思っているのか。
幸せ=充実感=自分が生きていて他の人に役立っていると実感すること
他の人のために役立つには、何か仕事をしなければいけない。
自分が他の人のために働き、その人のために良いことをしたからお金をもらえる
仕事をするには3つ必要なことがある
学校でまなぶこと
他人のために働く
早いうちに始めるのに越したことはない。
なりたい将来の自分について「紙に書きましょう」
気づこう。
やる必要のないことはできるだけやめることだ。
遊ぶことは必要な場合もある。知的作業の後20分以上遊んだほうが
うまく利用してください。
NHKの放送では、100円で一定時間待たなくてもプレイできたり
欲や怒り嫉妬を発生させてお金を知識のない弱者からむしり取る。
おいおいと思ったが、DeNAも気をつけなければいけない。
しかし
知識のない大人がモバゲーを遊ぶのは
学習や仕事に使えば、これほど役立つ効果のあるものはめずらしい。
例えば
そういうのでもいいと思う。
対戦ゲームで欲を煽るより、協力してお互いのプレイヤーがいいことをする
そういう流れにするべきだ。
http://d.hatena.ne.jp/fujipon/20111125#p1
ぼくたちはつい○○○という社会現象と、「人々が離婚をしたがらなくなった」という一人ひとりの考え方や気持ちの変化に置き換えてしまうんだ。そして、そういうふうに問いを置き換えてしまっていることに気がついていない
ぼくは社会現象について、一人ひとりの心に原因があると考える直感的な理解を「心でっかち」な考え方と呼んでいます。いろんな社会現象を理解するために、とりあえずすべてを心の問題として置き換えるところから出発して、なぜそんな心の問題が生まれたんだろうと考えるやり方です。
多くの場合、「心でっかち」は、それほど目立たないかたちで私たちの常識の中に入り込んで、私たちが現実を見る目を微妙に曇らせてしまう。その結果、私たちは社会を正しく捉えることができなくなり、見当違いのやり方で社会問題の解決をはかるようになってしまいます。「頭でっかち」の典型は現場を知らない学者先生ですが、「心でっかち」の典型は、誰にでも受け入れられるようなもっともらしい「説教」を垂れ流している一部の評論家の人たちですね。とくに、現代社会の問題をすべて「心の問題」で説明できると考えている人たちです。
そして、これまで「心の問題」だと思い込まれていたことの多くが、統計的なイメージ操作や、「先入観を植え付けられることにより、みんなが雪崩をうって、その傾向を強めていくこと」によってつくられているのだ
http://d.hatena.ne.jp/nakamurabashi/20111124/1322071507
なにが「俺たちの」インターネットを破壊したのかっていったら、そりゃ人数ですわね。ふつうの人たちが増えたっていう。「俺たちの」インターネットっていびつ極まりないもので、異形の人たちが奏でるあたまおかしい音楽を、それを求める人たちが必死で追いかけてたような、そんな時代があったわけです。真性さんマジキチ扱いされてるよ。なに言ってるかわかんないらしい。絶望的な社会不適格者が社会とのあいだで起こす軋轢のぎぃぎぃという音。それが聞こえない人たちがいっぱいいるらしいよ。びっくりだね。インターネットは変わった。
http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2011/11/post-474d.html
知的影響から自由なつもりの実務屋は、たいがいどっかのトンデモ経済学者の奴隷だ。虚空からお告げを聞き取るような、権力の座にいるキチガイたちは、数年前の駄文殴り書き学者からその狂信的な発想を得ている。
いろいろと繋がってるなー。
正直席を替えてもらっただけじゃどうにもならないんだよね。
なんであんなに人に迷惑をかけるんだろう。
知的にもちょっと問題ありそうだ。だけどこういう学校だししょうがない。
だけど知的に発達が遅れてるからって言ったって授業妨害していいわけないだろ。
先生も扱いかねているようだし、席を替えて欲しいって言ったときの反応もなんかそんな感じだった。
勉強したくて授業とってるわけで、君の鉛筆を拾ったりする為にいるわけじゃない。
その声がすごく耳障りだし、ゲヘゲヘ笑われると気持ちが悪い。
先生の話を中断するのもやめてほしい。
だけれどそうやって言ったら悪者になってしまうんだということ。
一回ちょっとだけ静かにして、って言ったら周りが全員こっちを見て何ともいえない顔をしていた。
なんだろう「えっ? それ言うの?」みたいな。
自分がすごく悪者になっているように思えた。本人は知ってか知らずかいつものようにニタニタゲヘゲヘして、まあ当然だけど改善もない。
それから先生にお願いして席を替えてもらって、とりあえずすぐ隣ではなくなって彼のお世話をする必要はなくなった。
でも相変わらずニタニタゲヘゲヘの笑い声とか、全然関係ない質問で授業は中断される。
なんかほんと嫌になる。皆何も思わないんだろうか。今でも「障害者に注意した健常者」みたいな扱いなんだろうか。すんごいムカつく。
別に障害者は学校くんなとかじゃなくて、人に迷惑をかけないようにしてくださいよ。
鉛筆落とすのだって一回や二回じゃない。何とかしようよ工夫しようよ。それはみんなで考えることじゃない。自分で考えてくれ。
頼むからさ、平穏に勉強させてよ。声はしょうがなくてもその関係ない質問はあとでしてくれよ。
皆が皆君の事を思っているわけじゃないよ。授業は君だけの為にあるんじゃない。こっちだって金払ってんだ。
大体君は、車椅子に乗ってるじゃん。わかりやすいよね。いつも加配の先生がついてるよね。一人でいるときは、困った顔をして「うーんうーん」って唸ってるよね。
そうするとそこらへんで人だかりがひそひそし始めて誰かが来るよね。
絶対手伝ってやんないから。手伝ってくださいって言えないじゃん。困った顔して、誰かが「手伝おうか」って言うのを待ってる。すっごい嫌。
言うのが15年おせえよと突っ込まれるだろうけど。
最近じゃTwitterが代表格だけど、あれでなんでデマがいとも簡単に流布するかというと、デマに踊らされる事に対するリスクが全然無いからだよね。
流した情報がウソだと分かっても、流した本人、拡散した人達がちっとも痛い目を見ない。だからデマは今日もどこかで生まれてる(はず)。大概は匿名だから実生活には影響無いし。
あと、デマに踊らされないように気をつける事に対して何のリターンも無い。「それウソだろ」と突っ込んでも「だから何?」としか思われない。むしろ大勢と一緒に踊り狂った方が、一時でも連帯感を得られて気持ちが良かったりするわけで、それに水を差す人はむしろ白眼視されてしまう。まあ別にそういう連中に疎ましがられても困るような事はないだろうけど。
ネット上のデマの流布を本気で何とかしたいと考えているのであれば、「デマに踊らされる」=「かっこ悪い。イケてない」とか「デマに踊らされない」=「知的でクール。かっこいい」みたいなイメージ作りに専念した方がいいと思う。デマに踊らされてる人の大半は、それがデマかどうかなんて別段気にしてないわけだから。
ある「特徴」が、特定の国や民族に本当に当てはまるものか、そして固有のものかを、
学問的に検討もしないで「〇〇的」「〇〇人的」なんて言ってしまうのは
知性で言えば短絡的としか言いようがないし
例えば
何か架空の悪い「特徴」を
それは不正確かつ差別的な言説だってことぐらいはわかりますよね?
もしくは
それと同じです。
だいたい
もしくはそこそこ知的に誠実な人でなら、
誰でもわかっている基本ですよね。
で。
日本人のいやな特徴
こんなのは
狂った民族主義者が言う「世界に冠たる日本人」式の言説と全く同レベルのたわごとですよね。ひっくり返しただけ。
こんなのを真顔で聞く人は居ない筈です。
つまりブックマークで言えば4割弱ぐらいが手のつけられない馬鹿ですが
wolf00 日本
thesecret3 ダメなとこといえば、こんなもの、あっそ?というだけでいいのに、変に反発しちゃうとこじゃないかな。。 2011/11/12
これが酷い。
「反論するところが日本人的」という非難を被せる馬鹿さん達は、
それが循環論法であることにすら気付かない自分の知能の低さを心配すべきです
その知能の低さもまた「日本人」なんかとは無関係な、全く個人の問題ですから。
もしこいつらが反論してきたら
「あー そういうとこがwolf00的なんだよなー だから駄目なんだよお前は」と言っておけばいい。
あと平素から「日本人的なるもの」みたいなタグ使ってる人も居ますが
あれも馬鹿丸出し・差別根性丸出しだから大概にしたほうがいいと思います。
…しかし、こんな出来の悪い山本七平にいまさら釣られる奴がいっぱい居るはてなという村は
言われてるほどインテリ揃いなのでしょうか本当に。
働きたく無いとは言わない。
ぶっちゃけ、無いと言えるだろう。
少なくとも、能力と努力に全く報われないIT業界からは逃げ出したい。
会社を辞める事は簡単だが、それはそれで「無職」「無収入」というストレス源が発生する。
同業の連中を見ているが、やはり人員の入れ替えは激しい。
そして、決して上層部には行けない。
もしIT業界から転職して年収が上がる、地位が上がるというなら、それはとんでもない人物に他ならない。
そして、社畜というか、そういう連中が業界人を貶めているから。
身近なところで考えてみる。
ネットは繋がって当たり前と思われている。
繋がるまでの努力は実は思ったほど報われない。
儲かるのはISPやサービスコンテンツの連中だけで、それらを構築する連中は報われない。
例えば、エレベータやエスカレータ。CMや時々事故でニュースになるように、製造している会社とメンテナンスしている会社は違う。
製造している会社は売り切りだが、メンテナンス会社は、製造会社が売れば売るほど、仕事が増える。
本とか、著作権や印税というシステムが有るが、時間が経っても、売れれば印税がクリエイターに入ってくる。
ところがプログラムは同じく知的な「作る」作業をしておきながら、何故か売り切りである。
どこに違いがあるんだろうか?
ワークライフバランスというのが重要である。
残念ながら、自分は仕事人間では無いし、自分のコアビリーフとしては、自分の時間の方が遙かに優先度が高い。
しかし、それでは1日の大半を過ごす会社で、人間関係が悪化してしまう。
それは、新たなストレス源となる。
他人から見る自分の事など気にしない、与えられた範囲の業務を淡々とこなし、自分の給料分以上の仕事はしない。自分の利益とならない事には首を突っ込まない。という人間であれば、それも可能かもしれないが、私の神経はそこまで図太くない。
1日の大半を敵視されながら過ごすのは、かなり困難だと思う。
何かを手に入れるためには、何かを捨てなければならないが、今、それが「今の会社」だろうか?
次の生活の糧が見つかるまで、自分を優先し、会社過ごすか、あっさり辞めてから次の生活の糧を探すか。
幸いな事に、養うべき人はいないから、その選択も可能といえば可能である。
何かの訓練をしながら、今の会社を勤め、という手もあるかもしれない。
その場合も、今の会社をないがしろにする事になるから、人間関係は悪化の一途だろう。
今の状況を打破するには、やはり何かを捨てざるを得ないのは確実である。