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はてなキーワード: ユダヤ人とは

2012-01-27

ユダヤ人のことわざ―ユダヤ3千年の知恵』 A. ランツベルガー

・金のために結婚する者には不良の子が育つ

・不幸を悲しむのは、不幸が起こってからでも遅くはない

・真に貧しい者としてとどまっているのは、知性のない者だけ

・敵には助言を求め、その助言の反対のことを行え

貧乏人と病人忠告はいつも真意がある

無知が支配するところでは、自分に英知があっても何の役にも立たない

金持ちとは、自分の富から収益をあげ、その富を楽しむ者である

・知者が間違うときは、恐ろしいほど根本的に間違う

・すべて金で買うことができるが、知性だけは買うことができない

・善と悪を区別できるだけでは、まだ賢者とは言えない。

 二つの悪の中から小さい方の悪を選ぶことができる者が賢者である

・すべての人に対して一様に親切な者は、たいていはまた、すべての人に対して一様に不親切である

・年をとっての破壊建設であり、若いとき建設破壊である

・一文もとらずに治療する医者は、一文の値打ちもない医者

・人は仕事がないと政治に関わり始める

利害関係ができたときにはじめて、友人かどうかが分かる

医者に尋ねるより病人に尋ねよ

貧乏自尊心は折り合わない

2011-12-24

「まじめの罠」より「スラックティビズムの罠」のほうがいいな

スラックティビズム(英: slacktivism)は、「怠け者(slacker)」と「社会運動(activism)」とを掛け合わせた合成語である努力負担を負わずに、社会運動めいたことをする行為を指す。

この用語は、社会意味のある影響を与えていないのに、社会にとって良い活動をしたつもりになる自己満足行為について、軽蔑を込めて使われている。こうしたスラックティビスト(スラックティビズムにあたる行為をする人)たちの行為は、多くの場合、個人の努力負担を必要としない。

勝間さんの「まじめの罠」よりこのキーワード1つのほうがインパクトもあるしわかりやすいな。




「まじめの罠」は今年の買って後悔した本ベスト3。勝間さんどうしちゃったんやろうなぁ・・・

http://www.amazon.co.jp/review/RMBB6WAL98ESK/ref=cm_cr_dp_perm?ie=UTF8&ASIN=4334036465&nodeID=465392&tag=&linkCode=

これ、大人向けの本なんですか

「まじめの罠」というキーフレーズの下、世の中のさまざまな失敗例が語られます。ですが、その「まじめ」が定義されていません。

最初ユダヤ人を大量に処刑したアイヒマンの例が出てきますアイヒマンはまじめだから残虐な行為を行った、と著者は思いたいようです。ですが、違いますミルグラムの本を著者は紹介していますが、ミルグラムは誰もが簡単に他人に「服従」することを心理学実験で示しました。アイヒマンがまじめだったとしても、それが原因ではありません。二つのことが同時に起こったり、一つのものの中にあっりしても、一方が原因で一方が結果とは言えません。「まじめの罠」という著者の結論は著者が紹介したミルグラム実験結果と矛盾します。読まずに想像で判断したのか。ネット安直な解説を真に受けたのか。読んだけど理解できなかったのか。とにかく、自分で紹介した本の中身を理解していません。これはかなり恥ずかしいと思います

クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』も「まじめの罠」の例に紹介されていますクリステンセンの主張はまじめにやると失敗する、ではありません。長くなるので詳細は省きますが、その産業に属する企業群を支配する経済的な力学が働き、まじめに努力したとしても、やがて新興のベンチャーに負けてしまうというのがクリステンセンの考えです。まじめに努力しなかったらもっと早く負けてしまうのは言うまでもありません。ラーメン店競争が激しい中、自分の味を求め新規開業する。これはまじめですか。いいえ、「わがまま」です。自分の好きなことをして儲けたい。そんなに世の中は甘くありません。意図的か無意識か、「まじめ」の定義が変わります。このやり方ならどんなものでも「まじめ」と言えてしまます



著者は「まじめの罠」というキーフレーズで、あれも説明できるよ、これも説明できるよ、と言いたいのですが、現実は著者の考えるほど単純ではありません。テレビ水戸黄門のファンは多いと思います代官越後屋は徹底して悪い人、搾取される百姓町人は徹底して良い人。単純だから良いのです。仕事で疲れて帰ってきて、複雑な心理ドラマを観たいと思いますか。この本は普段活字を読まない人には読みやすいと思います論理が単純だからです。ですが、現実世界水戸黄門とは異なります。単純で分かりやすいことと、正確であるということが一致することは稀です。だからこそ、物事を複雑なまま捉えて分析しないといけないのです。でなければ、どんな難しい理論もたとえ話で説明できてしまます著者に望むことは引用する文献をしっかり読むこと。著者にオリジナリティがなかったとしても、忙しくて専門書を読む時間がない人のために、原著を原語で(経営学心理学の本は誤訳が非常に多い)精読して、読者に噛み砕いて説明してくれるなら価値はあると思います。逆に、いい加減な理解で読者に間違った知識を与えてしまうなら、読者は修正に時間が掛かります。その意味でこの本は星一つにせざるを得ません。買うお金、読む時間、間違いを修正する更に長い時間。大変な出費です。

この本には「私(著者)を嫌う人」の紹介とその批判がありますが、その定義も著者に都合の良い、やたら感情的で、論理性に欠如するような議論をする人たちに描かれています自分論破しやすい「私を嫌う人」像を作り、それを批判し、結果として自分正当性を主張する。読者はその定義がそもそも正しいか自分検証してほしいと思います

この本でたった一つ良かった点。自分の間違いを認めるのに躊躇してはいけないということ。人間自分の間違いを認めたくありません。とくに高いお金を出した場合価値があると思いたいものです。今までの投資無駄になりますから。ですが、例えば今まで毒を薬だと信じて高いお金を出して買って飲んでいた人たちも、毒だと知ったらすぐに飲むのを止めるでしょう。正しいことを知ろうと思っても、間違ったことを覚えるなら、毒と変わりません。

2011-11-23

銀行は、たくさんの人々からお金を預かる。

人々は、銀行お金を預けていれば盗まれる心配が無いので、安心している。

しかし、銀行屋は、人々から預かったお金勝手横領し、それを他の人々に

高利で貸し付けて儲けている。

銀行屋も利益が無ければ生活できないので、仕方が無いんじゃないの?」と

私は思っていた。

しかし、今の時代お金が無ければ事業も始められないし、

当然国家も動かす事は出来ない。

世の中が不景気になり、不良債権が増えても最後公的資金注入という形で、

結局尻を拭くのは一般の人々である

儲けすぎた時には国債を買い、さらに国から利子を取る。

国というのはつまり我々一人一人の事であり、どちらに転んでも結局は

回りまわって税金という形で我々のお金銀行屋に搾取され続けているのである

別に銀行で働いている人達が悪いというのではなく、「利子」という発想が問題なのである

キリスト教」や「イスラム教」では、「利子」を取る事を禁止していた。

「利子」というのは、本来存在しないお金である

「利子」を取ると、必ず椅子取りゲームになって、「勝ち組」・「負け組」が発生し、

効率化を追求し過ぎるあまり環境破壊戦争へとつながってしまう。

しかし、「ユダヤ教」だけは、「選民思想」というものがあり、

ユダヤ人以外の他の民族からは「利子」を取ってよい」とされた。

まり、「自分さえ良ければいいのだ。」という思想である

システムを作る思想が間違っていれば、必ず問題が発生する。

ミヒャエル・エンデ作の「モモ」という物語では、灰色の男達が「時間貯蓄銀行」なるもの

を作り出し、人々から心の余裕を奪い、奪った時間を葉巻にし、それを吸って生きていた。

ここで、灰色の男達は、「我々のおこなっている事は絶対人々に知られてはならない。」と

言っていた。今の資本社会システムを作り出した思想が知られてはまずいという事なの

である

モモは、灰色の男達に対抗するため、マイスター・ホラとカシオペイヤの力を借り、

少しの間だけ時間を止め、(つまり銀行券お金)を無効化して)

灰色の男達を一網打尽にしてしまう。

いきなりお金紙くず化すれば、世界は大混乱してしまうので、この本の著者が

提言しているように、地域通貨流通させ、今出回っている銀行券なるもの価値

徐々に下げていくというのは、理にかなっていると思う。

また、経済を成長型の陽経済銀行券)と非成長型の陰経済地域通貨)に分けて

バランスを保つという発想も日本人には受け入れ易いと感じた。

残念ながら、マスコミ真実を伝えてはくれない。

マスコミ大元スポンサーである銀行にとって都合の悪い事を公開できないかである

従って、マスコミが垂れ流す新聞テレビネットから情報的外れな事ばかりで、

(たとえ理解しているとしても)的を射た本質的な問題をズバリ指摘したりはしないで

あろう。

今の金融システムは、一部の人間達が「利子」という名目で多くの人々から

巧妙に富を吸い上げ、その富の力によって世界を支配するための手段になって

しまっている。そのために戦争が起きようが、環境破壊が進もうが、

彼らにとっては関係無いのであるしかし、ほとんどの人達にとってこれは

無視できないことである

2011-11-21

ヒトラー我が闘争を否定し、ヒトラーを崇拝する者を逮捕して処刑する。

それはつまりヒトラーのやり方を彼らヨーロッパ人とユダヤ人が認めている証しに過ぎないのだ。

私はヒトラーを崇拝しろとは言わない。

だが、ネオファシズムだのネオナチだので批判して追い込むのは、ヒトラーと同じ手法で嫌いだ。

2011-10-03

ユダヤ人のことわざ―ユダヤ3千年の知恵

人は仕事がないと政治に関わり始める

2011-08-24

差別と言うことにしたがる人たち

http://anond.hatelabo.jp/20110823091052

よくあることですよ。批判→それは○○差別だ!みたいなことって。

捕鯨反対運動人種差別だ!って言う人はいるし、イスラムでの人権侵害批判に差別だって言う人もいる。

一番、顕著な例はイスラエル批判と反ユダヤ主義の関係でしょうね。イスラエル批判や、アメリカイスラエル支持政策を批判する声はもちろんアメリカ国内にもあった。それらがことごとく反ユダヤ主義だって潰された結果どうなったか

アメリカ財政ブッシュ政権時代に急速に悪化したわけだけど、これはブッシュ政権が「テロとの戦い」に乗り出したせい。第二次大戦直後にはアラブからも歓迎されていたアメリカの介入が、テロ攻撃をしかけられるほど対米感情の悪化を招いたのは、イスラエル支持政策のせい。アメリカイスラエル支持政策に傾いたのは国内ユダヤロビーのせい。

まあ、あれだね、ユダヤ人ドイツには寄生しなかったけど、アメリカには寄生してすっかりダメにしてしまったね。

目の前に因果関係事実があるのにこれもまた反ユダヤ主義どうだってことにされるんだろうけどね。


イスラエルユダヤ批判の中には、事実関係因果関係に基づいた批判もあれば、単に反ユダヤ感情から出ているのもあって、じゅっぱひとからげにして「○○差別だ!」っていうこと自体おかしなことなのね。これはこれ、それはそれと仕分けてみないと。

「○○差別だ!」って言っている人たちは逆に言えば、じゃあ、韓流ごり押しの実態がひとつでもあれば、じゅっぱひとからげに批判されるってことだからね、おバカさんだからそこまで頭が回っていないかもしれないけど。

フジテレビデモ右翼街宣車が来ていた?

からなに?そこにいた人たちがすべて右翼っていいたいわけ?(笑)

じゃあ、その右翼韓国が手配したんじゃないの?(笑)

2011-08-19

http://anond.hatelabo.jp/20110819211136

昔そういう妄想をしたことがあるよ

女性専用車両バッシングされて男性専用車両も出来たがホモ痴漢が増え、

ホモバッシングの末ホモナチス下のユダヤ人よろしくホモとわかるバッジをつけることを義務づけられ、

さらに社会的ホモ弾圧されて最終的にホモたちが最後の反撃に望む・・・

というところまで

2011-08-15

誰も死なせないために、ネガコメ論争について考えることをやめない。

ネガティブなことは言ってはいけないのか」論争に終止符を打ちたい

http://anond.hatelabo.jp/20110813021554を書いたものです




たくさんのコメントブックマークありがとうございます

もうちょっと書きたいことがあるので書きます




コメントトラックバックの様子を見ていた。

ぼくらはけっこう慎重なもんで、

「○○についてどう思う?」という問いかけを目にすると

「ああい場合もあるし、こういう場合もあるんじゃないか

という考え方に持っていこうとする。




じっさいそれは素晴らしいことだとおもう。

なにか大きな疑問があって、それに対して必ず正解があると考えることのほうが危険なのかもしれない。

もっと優しく、賢く、謙虚になろうと思ったら、自分勝手に結論をゴリ押ししないで

あまねく人と可能な限りとことん話し合うほうがいいのかもしれない。

そういうのをなんて言う?構造主義的?

現在属している共同体文化価値観に従って決定することを避けられないから、

ぼくたちはとんでもない誤りを犯している可能性が常にある。

慎重に慎重を重ねても、結論を出すのに「慎重になりすぎる」ということはないのかもしれない。




しかし、ぼくはもう待てない。

そうこうしてるあいだに誰かが死んでいるかもしれないから。




間違った部分を一つ一つ改善することなしに(長期的な)幸せなどあるものか。

というコメントを頂いた。


ぼくは長期的な幸せを望む。


間違った部分とは何か、という疑問についてはもっと考える余地があるかもしれないが、

ぼくたちはおそらくみんながみんな、

なるべく誤魔化しや、

その場しのぎでない、

恒久的、

永続的な幸せを望んでいると思う。




しかしたら、前回の増田で例に挙げた、世界の多様性を示す例(ニューギニアアフリカの話)は

「間違った部分」なのかもしれない。根絶すべき人間の悪性なのかもしれない。




よく考えてみてほしい。




ナチスユダヤ人大量虐殺は「世界の多様性」と言ってしまっていいのだろうか?

9.11の同時多発テロは他人が介入すべきでない文化なのだろうか?




こういう例は枚挙にいとまがない。

うーん。そういうことにYESと言える人はあまりいないような気がする。

基本的人権というシールが、いつからか(先進国の人が考える)全ての人にへばりつくようになった。

このシール大事にする人は、生きていい人と死んでいい人という区別があるのは認められないと言って、

テロジェノサイドを非難するような気がする。




慎重に慎重を重ねてものを言うなら、

「人を殺してはいけない」という価値観ですら狭い考え方でしかいかもしれないし、

それにもし、第二次世界大戦連合国側が負けていたなら、

「人を殺してもいいじゃん」という価値観が(先進国で)普通になっていたかもしれない。

そうじゃなくなったのは、人間の理性が悪を打ち破ったからではなくて、たまたまだという気がする。




奇しくも今日終戦記念日であるらしい。

ぼくは戦争のことなんてなにも知らないけど(体験してないのに知っていると言ってしまうのはウソである気がしてる)

戦争はいけない」という価値観を受容して(強制されて)生きている。

そんなぼくが「戦争してもいい」という価値観を持つ人のことを理解できるわけがない。

理解できると言ってしまうのはウソな気がする。




からぼくはいまの環境価値観に則って問題を考えてみよう。

戦争のことを知らないぼくが、戦争はいいとか悪いとか言っても説得力がないが、

少なくともぼくらは、大量虐殺はいけないと言ってもいい。テロはいけないと言ってもいい。

そう考えることしかできないと思う。




さて、間違った部分とはなにか?

ネガティブな発言を減らしていくということは、

間違った部分を正していく行為なのかもしれない。

それが長期的な幸せを作っていくのかもしれない。




ぼくが言いたいのは、

ネガティブな発言をしてはいけない」という社会的合意が先鋭化されて、

ネガティブな発言をやめられない人は生きていてはいけない」という主張に変わり、

実際に人が死んでいるかもしれないということだ。




もう一度言うが、ぼくは長期的な幸せを望む。

ネガティブな発言をみんながやめられるということが

少なくともぼくらの共同体では正しいことならば、そうする方が望ましい。

ハッタリの幸せはいらない。

しかし、短期的にはその考え方のせいで人が死んでいるかもしれないということならば

話は別だ。




ぼくらは結局わかりにくいやり方で人を殺しているとおもう。

いちばん救われるべきだった弱いあの人を、ぼくらみんなが団結して殺した。

死因は自殺で、直接手を下したのはその人自身だったとしてもだ。




それはちょっと考え方が突飛すぎるだろうか?

考え過ぎだろうか?自意識過剰だろうか?

そうであるならばそれが一番いい。

ぼくひとりが間違っているのなら、それでいい。

殺されている人はいないのだから




自己責任が重視される社会

がんばらなければいけない社会

他人を傷つけるくらいなら自分を責める人がいて

自分が傷つくくらいなら他人を責める人もいる。

かなりの人が閉塞感を覚えているのだけど、その社会を選んだ(選ばされた)のはぼくらである

民主主義によって、多数決でこの社会が選ばれた。少数派を殺そうという選択だ。




最近はもう少数派と呼べるほど無視できる数ではなくなっている。

弱い人が、

虐げられた人が、

ネガティブな発言をやめられない人がどんどんどんどん増えている。

その問題を優しくて、賢くて、謙虚な人たちがどうすればいいかとうんうん考え込んでいる。

はてな民」たちはそういう人たちだと思っている。ありがたい。




しかし、あーでもないこーでもないと選択を先延ばしにしている間にも

世界は止まることがない。



つねに何かが選択されて、何かが切り捨てられていく。

切り捨てられていく中に弱い人達が含まれている。



もう待てない。

ぼくは、こんなふうに話し合っていくことが、

いつか世の中全体を変えるだろうと思っていた。

弱者を救済するための装置として、ベーシック・インカムに期待していた。



もう待てない。




長期的な幸せもいいが、まずは人を殺さないでほしい。

がんばって死ぬくらいなら、がんばらないで生きてほしい。

地面をはいつくばって生きるしかない人にとどめを刺さないでほしい。

ぼくらは死ぬために生まれたとでもいうのか?




蛇足かもしれないけど、

資本主義社会というのは、言ってみれば個人の自由を最大限尊重する社会だ。(その代わり平等ではない)

逆に人の自由を最大限奪ってしまものは「死」だ。

なにしろ死体になってしまうと、自分ではなにもできなくなるからね。

まあ、だから個人の自由を認める気があるなら、

資本主義を持続させようとするなら、一番避けるべきは誰かを殺すことじゃないかと思う。




それで、ぼくは「ネガティブな発言をやめろ」という言い方は誰かを殺すかもしれないと思うし、

解決するためには慎重に考えて、こうやって話し合っていくことが長期的な幸せにつながるのかもしれないけど、

考えれば考えるほどその間に人が死んでいってるかもしれないと思っているのだ。




まず「殺さない」ということだけでも、先になんとか決定できないだろうか。

ぼくは非道い人間である

ネガティブ発言を許せない誰かが狂ってでも、殺すことはやめようと言っているのだから

その人はもしかしたら有能で、社会をより良くしてくれる救世主かもしれないが、

それでも誰かが死ぬことよりはマシだと思っているのだ。



理由は単純で、ネガティブ発言を許せない人よりも、

ネガティブ発言をやめられない人のほうがすぐ死んでしまいそうな「気がする」から

(どちらの側であっても心に余裕がないのかもしれないけど)。

ぼくは常に一番「死」に近そうな人の味方でありたい。

強い人は強い人で楽しんでくれたらいい。




ていうか、ぼくが殺されたくないからこんなこと書くんやけどね。

クズ人間であっても、最低限生きていることくらいは許してほしい。

すいません。言い方を変えます

ぼくを殺さないでください。




上から目線で「あーしろこーしろ」と言いたくない。

ほんとは殺さないことが人のあるべき姿かどうかなんて、ぼくにもよくわからない。

このままのペースで世界の人が増え続ければ、間違いなくエネルギーや食糧が枯渇するから

あんまり人は増えないほうがいいという説を読んだことがある。

死んでいく人が増えることはいいことなのかもしれない?

でもぼくは死にたくない。これ以上誰かが死ぬのも見たくない。




一番死に近い人にとって、生きながらえるための最後命綱が、

ネガティブ発言」に込められているかもしれないと思ったのだ。それを奪わないでほしい。

もっと前向きな解決法があったらいいなーと思うけど、



「こんなふうにしてみようよ☆(ゝω・)v」


と言われて、

自然に従えるほどぼくは素直じゃない。リア充怖い。

ぼくに必要なのは、一緒に泣いてくれる誰かだ。

後ろ向きなままでは前向きな方法は毒にさえなる。

まずは、死にそうな人を心穏やかにすることが先じゃないのかな。それも死ぬ前に。




ダメだ…支離滅裂ですいません。

これはちょっとさすがに自分でも意味がわからない。書けば書くほど冗長なだけになる。

http://d.hatena.ne.jp/yukkun1986/20110811/1313037111

ぼくのブログですが、よかったら補足程度に読んでください。

2011-08-05

http://anond.hatelabo.jp/20110805111640

色なんて簡単に付けられると思うんだけど.

その結果が中韓なんかの一部に見られる日本排斥的思想でしょう?

彼らが「自分達を差別してきた国の言葉を今でも使い続けるなんて差別的だ!」と言い出したらどう反論するの?

(これは日本帝国主義を擁護するものではない,それが終わったあとの話)




私は,「ほとぼりが冷める」ことは許容してもいいと思ってる.

無理にそうする必要はないけれど,そうなったものを再度拾ってきてあげつらう「べき」ってのはどうかな.

そして,繰り返すようにその結果は差別内面化ではなくて消滅.

これは,「嫁」という言葉が既にそうなったことの証明ではないけれど,そうなりうる,とは言えるはず.




さらには,こうしたことがありうるのは

ほとぼりが冷めたら,またユダヤ人虐殺していいなんてことにはもちろんならない)

表現が持つ差別性は,表現そのもの差別性が付随するのではなくて,

そこにある文脈や社会による意味けが本質であることに由来するのだと考える.

従って色付けによる差別性なんて場合によってはあっさり消えうるものだと思うし,

そうだとしたら,そんな意識はむしろ積極的に消えてくれたほうが健全

そんな意味意識存在は,ある種差別思想の温床,リスク要因でしょう?

差別撤廃のための努力は,それより先にもっと本質的で実体的なものに向けられるべきじゃないかな.




本論もひどく感情的だけれど,以下より個人的な感想

じゃあ「チョン」も,そうして差別性が消えるべきだと考えるかと言われれば,全く同じように消えるべきだと思ってるけど

なかなか消えないと思う.なぜなら「朝鮮」と「チョン」との音の類似性があるから

同様に「ひにん」も難しいと思う.が,「えた」は場合によっては消えて何か別の意味を持ちうると思ってる.

(強調するけど,無理に何か意味を当てて'再'利用する必要はない.

なるとすれば,それは意識されではなくて文化偶発的にそうするべき.)

同じように,近くない将来だろうが南北朝鮮が統一されて何か「高麗」みたいな国名になることがあると,

チョンが健全に復権する可能性も,私は見出す.

「嫁」とか,「穢多」という漢字をみるともちろん連想はするんだけど,感覚的に音のそれより緩い.





嫁なる言葉が使われるのは,その音への愛着が大きいのではないかと予想している.

小さい頃覚える「お嫁さん」は,子供にとって「およめさん」だから

2011-08-01

http://anond.hatelabo.jp/20110801075307

嫌なら黙って見なければいいだけ

自分は見ないとわざわざネット上で書き込む事は、韓国に対する差別意識を焚き付け、他人にも強要する行為

自分ユダヤ人ガス室に送りますネットに書き込んで問題がないとでも?

2011-07-25

http://anond.hatelabo.jp/20110725015309

ユダヤ人がいたせいで社会が混乱した」と考えれば問題ない

http://anond.hatelabo.jp/20110725014721

その美しい思想は、余剰が前提に無いと成り立ちませんよ。

「余剰が足りない」という理由で障害者病人ユダヤ人から抹殺下のがナチスって理解してる?

あと、美しいとか美しくないとか関係ないから。家族を守るってのは本能的なものなんであってね。こちとら、血を分けた兄弟のこととあれば、危害を及ぼす者がいれば殺してでも殺されてでも庇う覚悟はできてるんだよ。思想とかそんな高尚なものなんていらん。そんな下らんもんは犬にでもくれてやれ。そういう話だよ。

http://anond.hatelabo.jp/20110725013141

なぜユダヤ人を殺しても良いという「きっかりライン」を思いついた?

根拠はなんだ?

たとえば凶悪犯罪者とかだろ。

http://anond.hatelabo.jp/20110725012555

きっかりラインを決めれば、罪にならない殺人だってあるんじゃないの?

たとえば「ユダヤ人は殺してもいい」とかかね?w

2011-07-10

http://anond.hatelabo.jp/20110710044348

元増田です

君は思考が極端だね。まず、「差別」という言葉の使い方が極端すぎるよ(今は没交渉になってしまった「活動家」の先輩の言葉遣いを思い出す)。

いや、「差別ですよ。大抵の原子力関係者だって温暖化石油枯渇が心配される中「原子力人類を救う」という使命感と誇りを持って仕事しているわけです。それを誇ることが許されないばかりか、もんじゅのように「原子力関係者には嘘を含め何を言ってもよい」という風潮がはびこっている。「全て原子力村が悪い!温暖化CO2原因説は国際原子力村の陰謀だ!」みたいな陰謀論に至っては「全て国際ユダヤ人が悪い!」というのと同じようなパラノイア的なものを感じます(そういえば、広瀬隆ユダヤ陰謀論者、温暖化懐疑論者でもありました)。

一方、石油業界関係者普通の人と同程度に、自分仕事に誇りを持つことが許されているはずです。あれだけ叩かれてる官僚でさえ、個々人を叩くような人はまあいないでしょうし、誠実に語れば「世間で言われているより実際の官僚はずっとまともなんだね」ぐらいの反応は得られるでしょう。「お前ら全然残業してないでいい給料もらってるんだろ!」と言われて「いや、そうではなく労働基準法適用対象外なのでサービス残業強要されているだけだ」と説明して「公務員村の情報操作だ!」なんて反応が返ってくることは考えられない。この違いはなんですか?

そう、飛行機などが安全でないことと、原発が安全でないことは重みが違うんだ。(「重み」という言葉遣いがおかしいかもしれないが……「重大性」かな。この暑苦しい夜に、重苦しすぎるが。)

それがまずおかしいと思います。どう考えても「あなた」が飛行機で死ぬリスク原発事故で死ぬリスクは前者の方が高い。土地が使用不能になるという話にしたところで、ダムだの空港だの区画整理だのと大して変わらない(時間の長いオーダーで見れば使用不能とは言えないという意味も含めて)。実は原発リスクというもの既存ものリスクと変わらないし、予測不能なほど巨大なリスクという意味ではCO2と温暖化というもっと強烈なもの比較対象として存在しうる。

というわけで、原子力だけを特別扱いするのは合理性に欠ける感情論しかありません。その意味で、脱原発か否かという議論は原子力と「それ以外」の得失を比較して行われるべきです。それがない議論はまともな脱原発議論とはいえません。

何より、飛行機鉄道は、事故ったら隠すことはできない。(北朝鮮のような独裁国家ではどうかわからんが。)

原発だって隠せませんよ。放射能なんて1ベクレル(1ベクレルって原子核1個が1秒間に崩壊する放射能ですよ。超・超微量です単位で計測できてしまうのに。事故に至らない「事象」を隠しうるという意味では飛行機鉄道だって同じことです

原発は、それを建設する計画の時点から、「安全」を強調して地元を説得した。地域の住民はそれが一番気になるからだ。これと比べることができるのは、「飛行機などの安全」ではなく、……そうだな、「金融商品の元本割れのリスクの説明」ではないか

化学工場ガスタンクを建てる際だって「安全です」と説明されるでしょうがそれに文句を言う人はいないですよね。人工物に「絶対安全」があり得ないことは誰でも知っているかです。実際、命の危険という意味では化学工場ガスタンクの方がよっぽど高いです原発だって当然同じように理解されるはずです

一方、金融商品は「絶対元本割れしない」ようにすることができます法律上、そういう契約を結ぶことは可能だからです。だから「元本割れはしません」といえば嘘になる。ここが全然違います

事故隠し・データ改ざんをしておいて、「安全だ」も糞もないだろう。

JALも同じことをしていましたが、それでもなお「安全だ」と主張することは可能でしょう。

それにJCOが「原発でないこと」など、一般人には正直、どうでもいい瑣末なことなんだ。同じ「核(エネルギー平和利用の)施設」で、何かあったら原発でもJCOでも周辺には同じ結果をもたらすものなのだから

全然「同じ結果」ではありません(JCOでは土壌汚染は皆無。これは原理的にそういうもの)。JCOと原発を同一視するのは、石油精製工場で爆発事故が起こったらなぜか火力発電所が責められるような話ですですがまあその辺は別にいいでしょう。「客観的にみて、JCO事故以前は『原発は安全』と主張してなんの問題もなかった」と言い直してもよい。それ以降にしたって、原子力業界の死者数が他の業界に比べて非常に少ないことは変わらないですし。

あ、ついでに思い出したので言いますが、1991年美浜事故もんじゅナトリウム漏れ事故、JCO事故などのたびに「原発安全神話崩壊」は騒がれていたはずです。これでもなお「マスメディアは『絶対安全』を国民プロパガンダしていた」というのなら「嘘つき」か「健忘症」のどちらか一方だとしか言いようがないと思います

美浜は何度も"事故"が発生しているが、「国際評価尺度」で「事故」扱いされる「レベル4」以上になったことはない。2004年ではなく、1991年の蒸気発生器伝熱管損傷が「レベル2」だ。

それはその「事故」が放射能事故に限られているかですプラント事故という意味では2004年二次冷却水漏れ事故は電力業界全体を揺るがす大事故であったことは間違いない。あの事故火力発電所でも起き得るものだったのだから猶更です

2011-07-04

http://anond.hatelabo.jp/20110704005715

⇒全世界ユダヤ人協会は、今すぐシェイクスピアを提訴して謝罪と賠償を要求するべきだと思います

って、本当にそういう事有ったような気がする。ベニスの商人排斥運動

ヴェニスの商人を読んだんだが、あれウザいリア充物語だな


バサーニオーとか、借金があるのに金持ち美人女に惚れて、んでこの女をゲットするためにさらにカネを欲しがって、

んでリア充友だちのアントーニオーにカネ貸してと無心する。

アントーニオーは、それこそ歯の浮く様なセリフで俺とお前の仲じゃないかいくらでも貸すぜとか言う。

(アントーニオー「きみはぼくという男をよく知っているはずだ。それなら、ぼくの友情を遠巻きに攻めたてるような暇つぶしはやめにしてくれ。

言語道断だよ、きみにたいするぼくの好意を秤にかけるなどとは」)

⇒何だよ借金こさえときながら、女を落とすためにさらにカネを欲しがって、しかもそれを友だちにたかるとかって。

 しかキモいんだよ友情のこれみよがしな語りとか。J-popかよ。



んでアントーニオーは船に投資して手持ちの現金がないから、信用貸しをアテにしてユダヤ人シャイロックに融通を申し出る。

⇒なんだよ、心の友の言うことなら全財産だって貸してやるさ!とか威勢のいいこと言って、やることは結局別口のカネの無心じゃないか

しかもなんだよ、無心のアテってのが、昔っから蛇蝎の如く嫌っていたユダヤ人相手とかって。他にいねえのかよ。

 さんざバカにしていた人間にカネたかるとか。あり得ねえだろ。

シャイロック「アントーニオーさん、今日までいったい何度になりますかな、あんたは取引所でこのシャイロックの顔さえ見ると、

 きっと毒づいてきなさった、…おれのことを、やれ邪教徒の、やれ人噛み犬のと。そしてこのユダヤ人着物に唾を吐きかけなさった…」)



で、この金持ち美人のポーシャが、これまたリア充にお似合いの手合いときてる。

リア充同士で惹かれ合うってのはまあ分かるわ。

だけど、バサーニオー以外の求婚者に対して言う、こき下ろしの文句のまあ極悪なことときたら。

(ポーシャ「そう、あの方は文字どおりの頓馬…」

「ああいう人たちと結婚するくらいなら、口に骨をくわえた死人の首と暮すほうが、まだまし。…」

「たとえ気ちがいのように愛してくれても、こちらはなんのお返しする気がないのだもの。…」

「まあ、どんな悪い籤を引こうと、あの人の手にだけは落ちたくない。…」)

⇒なんだよ口に骨くわえた死人の首と暮す方がましとかって、どんなに人を嫌ってたってそうそう口の端に出てくるような言い回しじゃねえよ。

 こんな感想ナチュラルに吐き出せるとか一体どんな神経してんだ腐ってんだろ頭とか根性とかいろいろ。

 あり得ねえよこいつどう考えたって童話に出てくる意地悪婆の役どころだろこのアマ



それでシャイロック千載一遇リベンジをしてやろうとしたときの、リア充クリス教徒のみなさんの罵詈雑言は本当に酷かった。

よく禁書にならないもんだと思うよ。

(「この因業爺め、こんな野良犬は見たことがない」

 「相手はユダヤ人だ、渚に立って、盛りあがる高潮に鎮れと命じるようなものではないか

  狼に向かって、なぜ仔羊を食い殺して牝羊を泣かせたかと問うても仕方はない。」

 「きさまの欲の深いこと、狼さながら、血に飢えて飽くことを知らぬではないか。」)

⇒全世界ユダヤ人協会は、今すぐシェイクスピアを提訴して謝罪と賠償を要求するべきだと思います



小学生ときとか読書感想文なんて誰が好きこのんで書くかとか思ってたけど、

なんか無性にヴェニスの商人読書感想文書きたくなってきた。

原稿用紙とかに。久々に。

2011-06-19

歴史修正主義者用テンプレ

その場にいた人物を含む複数の人物の証言から判断するに、[事件の場所]において[事件の加害者]あるいはその関係者が、

[事件の被害者]に[事件の内容]をしたという情報は、まったくのデマである可能性が高い。かれら全員がウソをついているのでないかぎり。

「その場にいた人物を含む複数の人物」の範囲を恣意的に狭めることで、あらゆる事実デマと判断することが可能となります

適用例)

その場にいた人物を含む複数の人物の証言から判断するに、南京において旧日本軍あるいはその関係者が、

戦闘員を虐殺したという情報は、まったくのデマである可能性が高い。かれら全員がウソをついているのでないかぎり。

その場にいた人物を含む複数の人物の証言から判断するに、アウシュビッツにおいてナチスあるいはその関係者が、

ユダヤ人虐殺したという情報は、まったくのデマである可能性が高い。かれら全員がウソをついているのでないかぎり。

2011-06-16

http://anond.hatelabo.jp/20110616114333

とは言っても、今言った投資リスク・リターンのバランスについて5歳くらいの段階で会得したウォーレン・バフェットってユダヤ人は今アメリカ大陸覇者として君臨しておるがな。

2011-06-15

http://anond.hatelabo.jp/20110615173517

・少数精鋭のスパルタ人式

・血筋にこだわらないユダヤ人

江口愛実とか初音ミクとかを嫁・子供に出来る仮想家族

鋼鉄子宮から人類を産み出すバイナリー・ドメイン

どれがいいかな?

2011-05-21

そこまでして…という論理

少しずつ思想統制されていった果ての例が太平洋戦争だったりユダヤ人虐殺だったり文化大革命だったりするからねえ。

はいえ、国家やその体裁がゼロでいいってわけでもないけれど。どーにも難しいね。はぁ。

http://anond.hatelabo.jp/20110521095315

2011-05-20

http://anond.hatelabo.jp/20110520104231

作ってる人 > 声優さん > 買ってる人 > ちょっと下の階層に楽しもうとしてる人 > アンチ批評家

はなくて、



売れてる作り手 > (越えられない壁) > 消費者 > (越えられない壁) > 声優批評家 > 売れない作り手 > (越えられない壁) > 消費者に媚びない作り手 > 消費者に媚びない声優消費者に媚びない批評家



基本的に自分たち(=消費者)が気持ちよければいいので、消費者を尊重してくれる存在を求める。

お客様好みの作品を作ってくれる監督とか、お客様に優しい可愛い声優とかね。

でも自分自身は売れてるものに迎合したい(多数派でいたい)ので、売れてる作り手には絶対服従。



こんな感じでしょ。



元増田の言う「批評家をトップに置く序列」なんて、

ユダヤ人が支配する世界」みたいなものにしか思えない。

批評家をトップに置く序列」なんてどこに存在していたんだろうね。

2011-05-08

世界歴史 ヨーロッパ近世の開花 中央公論新社

(気になったところだけメモ


スペインハプスブルク家の2重の契り

統合したばかりのスペインの国力を強化し、国境を挟んで緊張関係にあったフランスと対抗するために、ハプスブルク家に近づいた。フェルナンドとイサベルは生んだ子供のうち2人をハプスブルク家の人と結婚させた。その子供の1人がヨーロッパのかなりの領土を支配したカルロス1世(カール5世)だった。スペインは思いがけぬ形でハプスブルク帝国もいただくことになった。



カルロス1世が用意した官僚制

→多民族、多文化、多言語、他宗教国家だったスペイン(4分の1はスペイン語が話せなかった。ユダヤ人社会。またイスラム系住民はまだ底辺労働力として居残っていた)。毎日開かれる王の諮問会議。報告書、稟議書などの大量の文書。数千人の役人が働いていた。スペイン大学役人養成機関として発展し、16世紀始めに11あったカスティーリャ大学はその後の100年で33にも増えた。イギリスはそれと比べると官僚制を発展させず、大学の数も19世紀にいたるまでオックスブリッジの2つだけだった。



ポトシ銀山から銀を持ってくる能力

→銀塊をリャマの背に乗せて港近くまで運び、そこから小舟に移して北上パナマ縦断するためにまたラバに載せ替えて陸上移動、大西洋からやってきた、トレジャーフリートと呼ばれる船団に載せてスペインに向かう。季節、季節風も加味してこうした計画を周到に用意する。信じられないほど高度なオペレーション能力が必要とされる。



16世紀価格革命真相

→16世紀を通じて西ヨーロッパ物価は平均して5倍に高騰。スペインヨーロッパにもたらした銀が原因とされているが、違うとされている。原因は王室貨幣悪鋳・公債発行。そして人口がこの時急速に増えたものだから食料価格が高騰したことが原因。



印刷

金属活版印刷は1450年にドイツ発明。そこから1476年にイングランドに導入。カスティーリャには1473年に導入。わずか20年で違う国にまで技術が伝播した。この技術移転スピードほとんど現在と引けをとらないのではないか



イングランドスペイン産業システムの類似性。

→同じ羊毛生産を主力産業にしていて、フランドルへの原料供給国だった。イングランドロンドンの独占商人組合が一手にそれを集め、アントワープに出荷。カスティーリャでもおなじような独占組合が羊毛の生産・出荷を支配。北部の内陸都市ブルゴスに集積、フランドルに出荷していた。



スペイン経済的衰退の理由

アメリカから得た富を装飾や豪遊につかったというのは誤解。むしろ、絶えず起こっていた戦争オスマン帝国との戦争フランスとの継続的な戦争宗教改革の勢力、独立を目指す北イタリアネーデルラントの勢力などなど)への出費のせいだった。



アルマダの経緯

→同じ新宗教国家として、イギリスエリザベス1世はネーデルラント独立紛争に介入。7000人の兵を送る。1588年、スペイン王フェリペ2世は英国作戦を計画。大量の兵力を送り込み、ロンドンを一気に制圧する予定。当時スペイン領土も富の綿でも大国。小国イギリスに勝ち目なし、と当時銀行家たちは踏んでいたが、まさかの敗戦



オランダ発展の経緯

→16世紀半ばから新教によるオランダ独立運動が始まって30年。南部アントワープスペインの焼き討ち→北部アムステルダムに大量の人口移動、資本商業もここに集約。スペインの劣勢も追い風となりこの地の発展が促された。貿易国家として栄えた上、アントワープ以来の繊維産業も追随を許さない。



オランダによるイギリス嫉妬から名誉革命に至る経緯

→海洋商業国家オランダを潰す目的で制定したクロムウェルの航海条例(1651年)→翌年から20年に渡る断続的な戦争。→1672年にはルイ14世が陸・海で攻撃、オランダパニックに陥り経済も壊滅的打撃。数々の緊張が続く中、オランダイギリス侵攻を計画する。1688年、500隻の船、2万人の陸軍兵を伴ってオラニエ公ウィレムがロンドン上陸イギリス国王の座に収まった。これが、名誉革命のもうひとつの側面である

2011-03-30

http://anond.hatelabo.jp/20110330200848

ネットでは、東電社長以下、平社員およびその家族内定者まで同罪、死刑に値するとの評価だ。

日本国民全員東京電力によって取り返しのつかない被害を受けたからな。

ユダヤ人ナチスを憎むのと同じこと。

2011-02-09

http://anond.hatelabo.jp/20110209180937

ドーキンス読んでてその台詞が出てくるなら大笑いだがドーキンス読んでないならまあまず読んでおこう。

ユダヤ人とかはその次の段階の話だ。

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