はてなキーワード: ブルデューとは
横から参戦してみるよ!つまんなかったらごめんね!
単語の語感がキツいか否かは問題では無いでしょう?ですます調ならヒステリックではないのですか?それは頭が悪いとしか言い様がありません。
"意図せずに"炎上し、数多くついたブコメを見て、「は、いや俺予防線張ってるし」だとか「文意を汲み取れないバカは困るね」だとか「いやキャラだし」だとか思われたのだと思います。
しかし完全にはスルーできないあなたは反撃します。決してブコメと同じ視線には立たないとアピールし、自分はこの次元にはいない、という上から目線を保つように心がけながら。
でも心穏やかではなかったのでしょう。その苛立ちはエントリーに現れます。どうしても突き放して皮肉や笑いに昇華しきれない部分があったのでしょう。
あなたは心から"御愁傷様です"だとか"絶望しましょう"だとか言えますか?私には心からそう言えはしないのだと思います。心から言えるのならば、もっと違った言葉を使うでしょう。
先の部分には過剰さが見てとれます。苛立ちが見えます。勢いと感情に任せないと、あなたがそのような言葉を使うことは出来ないのでしょう。だってあなたこそが最も絶望なんてしていないのですから。認めましょう?でも私の本体を、尊厳を傷つけられてたまるものか、とでも思ったのでしょう。
キャラと自己弁護だけではプライドが守りきれなかったのですね。どこの誰かもわからない、多分ブルデューもイリイチも読んだこともないだろう人間に、頭が悪いと言われることが堪らなく悔しかった。違いますか?
悔しくなければ、スルーします。スルーしなかったのは何故ですか?わざわさ一人を選んでエントリーで反論したのは何故ですか?
反証が難しそうなコメントを選んだのでしょう。頭の硬さと悪さを"具体的に"示すのは容易ではありませんからね。
冷静さを失った結果、貴方は見誤りました。なんとブコメの主はブルデューもイリイチも読んだことがあったのです!失礼ながら私は笑わせてもらいましたけど。
しかもヒステリックな部分まできちんと指摘してくれています。あなたはその部分から何故ヒステリックさを感じられるかもわからない程に冷静さを失っているのです。残念ながら。
先に述べた通り、ヒステリックさが感じられる要因はその過剰さですよ。勢いがつきすぎて少し言い過ぎてるんですよ。全く関係ない他人が見たら妙な不自然さが感じられるくらいに。
あ、あと"頭が堅い"についてはブルデューの文章をそのままお経みたいに復唱するしかできないところですよ!それが絶対ですか?確かにその言葉は教育のある本質を表すものであります。しかし実際にはもっと色々な側面があるのではないでしょうか?そういう部分を全て捨象してしか話をしない、できないので、頭が堅いと言われるのです。伝わりますか?
俺わかってるぜスタンスで書いてみたんだけどどーすかね。全然違うなら違うでいいですけど。
同感ですが
もと社会学徒としていちおう擁護しておくと、昔の日本の社会学(1970年代くらいまで)はそこまで無内容
ではなかった、と、元増田が批判の念頭に置かれているであろう宮台氏自身がどこかで言ってました。
まあ、エンゲルス、ウェーバー、デュルケーム、パレート、高田保馬、ブルデュー、ミルズ、あたりを読んで
おけばそれ以上フォローする必要もない、底の浅い学問だとは思っています。
そもそも社会学というのは(コントとか)理系のオチこぼれが「おれたちは理想社会を設計するぞ」と間違った
自信のもとにはじめた学問なので、しったかぶり病にかかっているのがデフォルトだし、学者の世界というのは
「やる意味ねー」と思っても「先人とは違うこと」をしないと生きていけないので、結果的にどうでもいいことを
本当だ。消えないうちにグーグルキャッシュからサルベージしておこう。
パスカル『パンセ』
ライプニッツ『単子論』
ジェイムズ『宗教経験の諸相』
レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』
ブーバー『我と汝・対話』
ライル『心の概念』
デュルケム『自殺論』
キャンベル『千の顔をもつ英雄』
ポランニー『大転換』
オルテガ『大衆の反逆』
オング『声の文化と文字の文化』
ポパー『推測と反駁』
フロム『自由からの逃走』
デリダ『グラマトロジーについて』
ペンフィールド『脳と心の正体』
ソンタグ『反解釈』
フランシス・フクヤマ『歴史の終わり』
ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』
イーグルトン『文学とは何か』
ガダマー『真理と方法』
ダマシオ『生存する脳』
クワイン『ことばと対象』
マッキンタイア『美徳なき時代』
ツリー内主要エントリ
ふっるーい本の中に、渦中の問題の本質が書いてあって、なんだか愕然とすることあるよね。ブルデューは守備範囲じゃないんだけどさ、アダムスミスやケインズの段階で今だに問題とされていてしかも誤解の蔓延している事柄が見抜かれているのをみると、一体何やってんだろうって思うよ。
ずいぶん久しぶりに社会学の書棚にいったらブルデューの『結婚戦略:家族と階級の再生産』という本の翻訳が出ていたのでついつい買ってしまいました。
下の引用は旧来の家中心の婚姻システムが崩れ、自由恋愛システムが立ち現れ始め、農民=ダサイ、都会人=イケてる、という対立が明らかになってきた時期のフランスのど田舎の農村について記述です。それが1962年に書かれた論文のものだということを考えると、今になって「恋愛資本主義」だなんだとさわいでいるのがばからしく思えてきました。
「クリスマスのダンスパーテーが、とあるカフェの奥のホールでおこなわれている。(・・・)フロアの周縁につっ立って暗い塊をなしている一段の年長の男たちが押し黙ったまま見物している。(・・・)独り者が皆、そこに揃っているのだ。(・・・)クリスマスや元日のダンスパーティーでは、独り者たちは何もすることがない。(・・・)独り者連中は夜中までそこにいるだろう。パーティーの明かりと賑わいの中、ほとんど無言のまま、近づくことのできない娘たちを見やりながら。そのあと彼らはカフェの奥に行き、向かい合って飲むことだろう」(pp.7-8)
「たとえ少しでもぎこちなかったり、無精ひげが生えていたり、みっともない身なりをしていれば、農民は即座に『ふさぎの虫にとりつかれた、不器用な、気むずかしい、時には、下品な、女にたいしてつっけんどんな』、社交的でなく無愛想なフクロウと見なされてしまうのである」(p.136)
「自らの身体に関する惨めな意識は、(都会人とは異なり)農民を自分の身体から切り裂き、内向的な態度にさせる。こうした態度こそが臆病さとぎこちなさの根源にあり、彼にダンスを禁じ、女性の前で単純で自然な態度をとることを禁じるのである。結局のところ農民は、自らの身体に当惑しているために、我を忘れさせ、自らの身体を衆目にさらすようなあらゆる機会のなかで、気詰まりやぎこちなさを感じてしまうのである」(p.137)
「経済的・社会的条件が結婚への適性に影響を及ぼすのは、主として男性がこうした条件について抱いている意識を媒介にしてなのである。要するに、自覚のある農民とは、軽蔑的な意味での農民として自らをとらえる機会をいくどとなく持たされてしまった農民なのである」(p.138)
単に裕福な家庭の子が進学で有利というだけでなく、
文化資本(上品で正統とされる文化や教養や習慣等)の保有率が高い学生ほど高学歴であることを統計的に証明した。
またその子供も親の文化資本を相続し、同じく高学歴になることも統計的に証明した。
彼はこれを文化的再生産と呼んだ。特権的文化の世代間継承と、学校がそれに果たす役割を解明。
社会構造が再生産され変化するメカニズムについて考察し、現象学的主観主義を発展させることも目指した。
「客体化された資本」(家庭の中にある文化的なもの、本、楽器、美術・骨董品、蔵書等)、
「身体化された資本」(ハビトゥス;慣習行動を生み出す諸性向、「構え」「ふるまい」)
の3つの客体がある。
[フィンランド教育][ゆとり教育][詰め込み教育][つめこみ教育]
Amazon.co.jp: 封印される不平等: 橘木 俊詔, 斎藤 貴男, 佐藤 俊樹, 苅谷 剛彦: 本
上層の出身階層で育った子弟は、その家庭環境からして教育を受けることをはじめとして、
低い階層の子弟ではそれが弱くならざるをえない。
「落第しない程度の成績でよい」と考えている比率は、低い階層の子弟ほど高い。
私は短大のときの私と何か変わった訳でもないのに、扱いが変わる
[書評]私、おバカですが、何か? 偏差値40のかしこい生き方(深田萌絵): 極東ブログ
本当に食べていくだけで精一杯だったんです。そんな鼻つまみ者扱いが、
大学が決まっただけで「あ、早大生なんですね」って周囲は好意的に受け入れてくれるようになったんです。
決して「早稲田大学が日本一の大学です!」、「学歴がすべてです!」なんて思っているのではなく、
ある程度の大学にいるというだけで、社会的な信用度が大きくなり、
有名大学って入ってみるとお得な身分だなって、つくづく思います。
それまでの「え、○○短大卒なの?」って眉をひそめられていたのとは違う現実を突きつけられる。
社会って、不思議な世界で、私は短大のときの私と何か変わった訳でもないのに、大学の看板があるだけで扱いが変わるんですね。
「社会は、人々に機会を均等に与えるべきだ」という理念があるはずなのに、現実はまったく違います。
でも、大学の看板ひとつで、今まで得られなかった幸運やチャンスが巡ってくるなら、有名大学に行くのって悪くありません。
首都圏の高校では新入生の半分が学費を払えないために退学するところもあると報じていた。
asahi.com(朝日新聞社):地デジ受信機支給へ 生活保護107万世帯に - ビジネス
足立区の小中学校に通う児童生徒の成績は、いずれの教科でも東京都全体の平均点を下回り、都内23区中最低ラインだった
有名大学付属校ライフ、トータルでおいくら? お受験ブランド校・学費比較!
16年間
1700万円
幼稚舎出身の著名人
幼稚舎教育の大きな特色に、「6年間担任持ち上がり制」があります。
入学から卒業までクラス替えがなく、基本的には担任も替わりません。
「幼稚舎の歌」
福澤の 大先生の
お開きなさった 慶應義塾
東京大学入学者の70%以上が上層ノンマニュアルの子弟 - shift-jis
専門・管理職としてくくられる
上層ノンマニュアル(医師、弁護士、大学教授などの専門職や、大企業、官公庁の管理職、および中小企業の経営者など)と呼ばれる階層の出身者の割合が、
すでに1970年代から一貫して、ほとんど大きな変化もなく、高い値を示していることである。
この20年間に、公立高校から東京大学に入る者の割合は、70%から50%へと大きく変化した。
かわって、私立高校の出身者は、30%から50%へと大幅な増加を示す。
しかしたとえ、どのような高校を経由してこようとも、もともとの出身階層の構成比率自体にはこの間ほとんど変化が生じなかったということである。
・・・東大入学者は、私立高校の出身者の寡占状態を生み出すずっと以前から、すでに特定の社会階層出身者の寡占状態となっていたのである。
家庭の所得が高いほど、また親の学歴が高いほど、子どもの成績がいい
東大入学を有利にしているのは、「上層ノンマニュアル」の財力だけではない。
先の調査で示した20年間に、公立高校から東大へ入学する者の割合は70%から50%に減少した。
つまり、東大入学者の出身校が教育費の安い公立から高い私立へと移行しても、保護者の職業構成は全く変わっていないのだ。
これは、財力以上の文化力、すなわち、眼に見えない「階層」が、そこに存在していたことを示している。
苅谷氏によれば、「家庭の所得が高いほど、また親の学歴が高いほど、子どもの成績がいい」という事実は、学者の間では一種の「常識」だったという。
しかし、そうした事実は、高度成長が始まる直前の1950年代後半から90年代後半まで、まるで存在しないかのように無視され続けてきた。
家庭が裕福なほうが高学歴を得やすいという話をしているのだが?
単純に進度が速いのだ。
多くの有名私立高校では2年の終わりか3年のはじめで終了させてしまう。
単純に早く終わるというだけでも、
ぎりぎりまで受験範囲の学習に追われるよりもアドバンテージはあるし、
演習などの受験対策も行なってもらえる。
東大は
お金持ちが多く、
東大入学者の保護者の職業構成を、「東京大学生活実態調査」に基づき、20年にわたって調べたデータが紹介されている。
医師、弁護士、大学教授などの専門職や、大企業・官公庁の管理職、および中小企業の経営者などの
「上層ノンマニュアル」が約7割を占めている。
苅谷氏は『大衆教育社会のゆくえ』の中で、「SSM調査(社会階層と社会移動全国調査)」において、
尾嶋史章氏が1990年にいわゆる一流大学(旧帝大、東工大、一橋大、神戸大、東京外大、大阪外大、早稲田大、慶應大)の親の職業を調査し、
上層ノンマニュアル(医師、弁護士、大学教授などの専門職や、大企業、官公庁の管理職、および中小企業の経営者など)の出身者がどれくらいか分析した調査結果を紹介し、次のように分析している。
戦後生まれの若い世代である第三コーホート(四六~五五年生まれ)と第四コーホート(五六~六五年生まれ)の比較である。
入学者からすれば、第三コーホートの多数は、いまだ私立の六年生一貫校が隆盛をきわめる以前の、公立高校優位の時代に入った世代といえる。
(中略)この世代と、私立高校が有力になっていく次の世代とを比べると上層ノンマニュアルの親をもつ割合は、ともに七五%とまったく差がない。
つまり、東大だけではなく、それより範囲を広げた「有力大学」への入学チャンスをみても、私立高校が有力になる以前から特定の階層の出身者が入学者の四分の三を占めるという「寡占」状態が存在していたのである。
(450万未満が10.1%、450万以上~750万未満が18.2%、
750万以上~950万未満が15.2%、
950万以上~1050万未満が22.6%、
1550万以上が10.6%)また、
注4)飛びぬけて年収が多い層があるため中央値はもう少し低いと思われるが、それでも
【東大生≒富裕層】中高一貫私立出身が半数以上、親の年収高水準 東大の学生実態調査★2
東京大学の学生のうち、中高一貫私立校の出身者が初めて半数を超えたことが、同大が実施した
2002年の学生生活実態調査で分かった。親の平均年収は相変わらず1000万円以上の高い水準だった。
調査を担当した市川伸一教育学研究科教授は「公立高校出身の学生も大勢おり、
http://anond.hatelabo.jp/20070826235204
夫の学歴が高卒で、妻の学歴が大卒、結婚の同類婚指数は0.19
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裕福でないと大学にいけないという幻想 - odz buffer