はてなキーワード: ブログとは
最近の洗剤はめちゃ性能が良くて油が良く落ちるから、残ってる問題として
・鍋やフライパンなどのこびり付き(これは食洗器でも駄目なので考えない)
・水の冷たさ
・スポンジの臭さ
があり
洗い物用の水を温水にしてスポンジを大量購入大量消費すればそこまでストレスではない
件のブログは読んでない
YouTubeチャンネル経由で発生した、ストーカー(以下Sで統一)の時系列まとめ
Sは1000通以上の一方的な長文メールを送り、「不同意性交等罪がまだなかったけれど訴えたい」「70万円欲しい」「警察署に相談へ行くよ」と脅しを掛けてきて、無限に複数アカウントを作って、迷惑行為を配信中にしておきながら、「そっとしておいてください」と居直り、どうしようもない状態になっている。
こちらの要望としては、「今後一切関わらないでくれ」の一点だけである。
ちなみに僕自身は、YouTube26000人/TikTok10000人、無名で細々と生きる男だ。
Sが自発的に、「〇〇見たい?」「〇〇したい」「やりたい」などと書き、脱いだ写真/動画を送信してくる
この時点では、『ちょっと積極的な普通の明るい子』だと思っていた為、不快感はなし
■札幌で会う
流れで枕を交わす
翌日以降、ご飯を食べて街巡りし、電話/DMを続けてみたが、生い立ち、会話のテンポ感、文化的ベクトルなど、相性が合わなかった為、付き合うには至らず
■自然消滅(SがLINE/Twitterをブロックしてきた)
■会って半年後に突然、長文で告白DMが送られてくるが、「彼女は作らない」と断った
元カレからの求婚に悩んでいる、ホストにナンパされて添い寝した、茨城出身の彼氏ができた、男の車に乗り込んだらホテルに連れて行かれた、うつ病になった、休職するなど
「やりたい」「結婚してください」「会えなかったら自〇する」など、一方的な感情の暴走が始まる
遠距離だったが、顔と性格と生き様が可愛かった為、復縁や曖昧な状態も含めて、長い事、仲が良かった
この事を、事後的にYouTubeで語ると、「同い年の子を選んだのが悲しい!」と、Sの暴走はますます過激化
■会う約束もなしに、Sが飛行機で札幌に来たが、完全に無視をした
■昼夜問わず長文DM、求めてもいない自撮り画像/18禁動画が届く
YouTubeライブの際も、何十回もブロックしたところで、「責任をとって」「捨てられた」などと、複垢を用いて、長文の迷惑発言を連発する
※4年で3回しか会っておらず、恋人関係にもセフレ関係にも、一秒もなっていない
「付き合う事は100%ない。他者との境界線について学んで、ちゃんと自分の人生を生きて」と説得するべく会う
関わりの拒否を求めたかったが、聞き耳を持たない様子だったので、「あくまでも友達ね、100%、絶対確実に、何があっても、恋が発展する事はないよ。両想いになれる相手を探してね」と強めに伝えた
「当時は、不同意性交等罪がなかった。そのせいで、わたしの悲しさをみんなに伝えられない」「警察署に相談へ行きます」「訴えて70万円くらい欲しい」といった風に、脅しを掛けてくるようになった
そう考え、実行するのは自由だが、枕を交わすまでのDM/LINE/Skypeのやり取りはすべて、SSDに保存してある為、むなしい訴えになるだろう
あまりこんな事は言いたくないが、会う前から、ほぼ全裸の動画を送ってきたり、Sから馬乗りになって来ておいて、望み通りの関係に至らなかった瞬間、曖昧ながらも金銭的な願望を口にして、『不同意性交等罪』を連呼するのは、脅迫行為なのでは?
さらには、「わたしの考えを否定して、関わりを拒否をするのは人権侵害だと思います」などと、暴論までぶちまける始末だ
■「一度デートしてくれたら終わりにする、この関係を忘れられる」との事で、短時間ながらも、最後の最後に会う
この時、僕の失敗として、「わたしはストーカーじゃないよね?」の問いに、Sの心を落ち着かせるべく、「ストーカーではないけれど、どんなに連絡して来ようと、会うのはこれが最後だし、どうしてもタイプじゃないから、恋愛の可能性は0.1%もない。ちゃんと自分の人生を取り戻してね」と伝えてしまった事で、Sは都合良く、前段の言葉、『ストーカーではない』だけを脳裏に焼き付け、自己正当化を覚えてしまった
■そうこうして今に至るまで、「二度と関わるな」と伝え続けているが、「これは関係の前進だ」「どんなに怒られてもエンタメだ」と歪んだ解釈をする為、心底迷惑している
まず一つ言える事として、僕は社会の道外れ者、本名/顔出しの配信者として生きている為、こんなリスクは織り込み済みだ。
山もあれば谷もあり、光もあれば闇もあり、躁もあれば鬱もある。
そら持たざる者が、ありったけの力でネット世界を走っていりゃ、大問題の一つや二つ、当たり前に発生するだろう。
でもその分、心優しき視聴者さん達が、ヘリコプターに乗せてくれたり、タクシーを貸し切りにしてくれたり、焼肉や寿司をご馳走してくれたりと、数々の救いを与えてくれる。
僕は元より社会不適合者であり、ずっと不安定な人生を歩んでいる為、なんなら、明日死んでも良いと思っている。
……と言ったように、狂いを受け入れている僕だから、アホみたいなストーカーが出現しようと、「こんなもんは人間社会のちょっとしたエラー」と捉えて、心を守れる訳だが、もしもこれが、普通の生活をする労働者だったら、どうなるのだろう?
こうした、ごくごく一般的な男女関係において、自分の思い通りにならないと分かった瞬間、『不同意性交等罪』を叫び、金銭的な願望を喚き、「裏切られた」「捨てられた」と集まりの場で騒ぎ立てる。
そのような女性に引っ掛かった場合、相当に苦しいのではないだろうか?
ちなみに僕自身、社内恋愛、ブログオフ会、チャットサービス、ネット掲示板、ホスト、ストリートナンパ、YouTube、TikTokなど、あらゆるところで、様々な女性と絡んで来たけれど、ここまでおかしい奴には、はじめて遭遇した。
本件のストーカーは、「わたしは一途な乙女」という自己認識があるのかもしれないが、はっきり言って、かなり醜悪なモンスターでしかない。
神学校がルーツの中学/高校に通っていたらしく、意識的には、「純潔なわたし」を保とうとしているが、育ちによる自己愛の不全や、現状に対する不満により、無意識に野蛮になってしまい、その二律背反を解消すべく、「わたしを汚した!」という幼稚なピュアさを誇るのだろう。
表現の自由がある国ゆえ、何をどこで叫ぼうと、どうぞご勝手にといったところだが、出会い頭のホストと添い寝し、街でナンパされて雑に付き合い、求めていない卑猥な写真を大量送信し――など、純潔とは程遠い行為をしておいて、自分に不都合が生じた時だけ、「純潔なわたしをもてあそんだ」「レペゼン地球みたいな奴らと同類」などと、高潔さを気取りながらヒステリーを起こす。
そして、数え切れないほど、「タイプじゃないから付き合えない」と伝えているのに、「理由が分からないから辛い」とゴリ押しして、被害妄想を膨らませ、悲劇のヒロインになってゆく。
『タイプじゃないから付き合えない』を曖昧な言葉として許さないなら、残酷非道なワード選定でもって、地獄の果てまで叩き込んでしまうが大丈夫か?
もちろん、対人関係はリスペクトありきゆえ、そんな愚かな真似はしない訳だ。
その為、仲良くなれない理由を問われるたび、「話のテンポ感が合わない」「文化的ベクトルが違う」「雰囲気がマッチしない」「好きになれるキャラじゃない」などと、小出しの答えを投げ込むのだが、「あの時のわたしは、本当のわたしじゃない。本心で接していないから、そう思うのは間違っている」といった寸法で、可能性を無限拡張してしまう。
はっきり伝えておくと、無限のパラレルワールドに、無限なるあなたが存在していたとしたら、こちらも無限のお断りをするくらい、根本からタイプじゃないので、「あの時に、ああしていれば」と考えるのは無駄でしかない。
ここらで、一度と言わず、何十、何百、何千、何万度と冷静になって考えて欲しいのだが、この約4年間で3回しか会っておらず、元彼でも元セフレでもなく、何かを貢がせた訳でもない、すこぶる浅い関係にも関わらず、一方的に配信を見て、妄想して、暴走して、「貴重な時間を奪われた!」「なぜ責任を取らないんだ!」などと、いつまでも発狂するのは、幼稚園児の駄々っ子と変わらない。
なにをとち狂っているのか知らないが、『デートして枕を交わす』=『絶対に付き合う』という異常なる図式が、大脳に刻み込まれているのだろうか?
肉体的な相性が合わなかった場合は?
そうした諸条件がうずまく中で、運命が味方する事もあれば、死神が舞い降りる事もある。
それこそが男女関係――残酷なる色恋沙汰……本能の営みって奴だ。
『愛とは差別』なる言葉もある通り、誰かを好きになる世界とは、誰かを嫌いになる世界でもある……という事を、ゆめゆめ忘れるな。
こちらとしてはこの数年、散々、DMや配信のコメント欄で、好き勝手に言われ、それでもSの本質には触れず、傷つける事なく、なんとか去ってくれるのを期待していた。
しかし、Sの蛮行はおさまりを見せない為、致し方なく、こうした文章を書いている。
また、ストーカーの狂った解釈で、「これだけ本気で書いてくれるのは、きっと愛が残っている証だ」などと、さらに厄介な存在になるかもしれない。
だからこそ伝えておくが、容姿、人格、雰囲気、脳内メカニズム、あなたの発する生物情報のすべてが嫌いだから、好きになる事は不可能だ。
動物的にも人間的にも受け付けない為、今後一切、関わらないで欲しい。
さらに言えば、僕をイメージする事で生じる、あなたの微弱な波動すら不快でしょうがない。
一刻も早く、僕に関わろうとするのを辞め、自分の道を歩んで欲しい。
※ストーカーへ、本文に関する、あらゆる感想/意見/反論は、断固として受け付けません。
個人情報も記載しておらず、なんの名誉毀損にもならないゆえ、たとえ、「わたしの本心と少し違う」などと感じても、知ったこっちゃない。
そもそも論、あなたは家族でも友達でもありませんから、あーだこーだと御託を並べたところで、一文字残らずノイズでしかなく、まったくもって興味を持てません。
ネットではやたら神格化されているから、よほど面白いんだろうと思って読んでみたら「?」だった。
テレビ見て芸能人に嫌味書いてるだけで、よくあるブログと大差ないよね。
雑誌の1コラムならいいかもしれないけど、まとめて読むと「性格悪いな〜」って胸焼けしちゃった。
なんでこの人は嫌いな芸能人を逐一チェックしているんだろう。
芸能人を崇めてないと論評してやろうって考えにならないよね。
なんかそういう価値観が完璧に古くて、読んでも「どうでもいい」としか思えない。
「藤井フミヤがかっこつけてた!ほんとは田舎者なのに!」みたいなコラム読まされても「だから?」としか思えんのだが。
コンプレックス丸出しで他人の足を引っ張っているだけなのに、「鋭い批評ですよ?」みたいな顔しているところが完璧にダサい。
あとテレビを流し見しているからか、ほとんどうろ覚えで書いてるよね?事実確認してないよね。
もし存命で今もコラム書いていたら今ならすぐ炎上して10年前にはライター生命なくなってると思う。
「ナンシー関ならどう書くだろうか」なんて、ツイッター見てれば近いこと言ってるやつなんて無数にいるだろ。
なにがいいんだ、これ?
某Web漫画のオタク友達に彼氏がいた話を読んで自分がいつも抱えてる「女友達はどれだけ相手を好いていても彼氏とい世間的上位存在には勝てない」気持ちを再熱させてしまった。
そして、この気持ちをどうしたらいいんだろうという思いでインターネットを徘徊していたらあるブログにたどり着いた。
その記事は親友に彼氏ができるのが悲しいという内容でそうだそうだと共感しまくってたのに、数年後の記事でその人は普通に彼氏ができてベタ惚れだった。は?なんやねん。
どうやらその人は色々うまくいかないのを打破しようと諦めてた恋愛に挑戦したらしい。
私も挑戦したけど楽しい友達付き合いとか趣味に男が勝てることなんかなくて無理だったよ。
もっと人生つまんなくなって孤独になれば恋愛が楽しいと思えるのかな?
もう30年以上も生きているのに女友達より親密な異性が現れてそれに身を委ねることが理解できない。
でも女友達にとっては私が1番じゃなくて、私にとっては1番なんだよな。どうしたらいいんだろうね。
冬のアリア旅、4泊5日、1200キロ走破で充電12回の内訳に対する所感(*1)
これの前の記事が 冬の電気自動車の遠出は本当に厳しい。航続距離も減るし、とにかく充電スピードが落ちます だったのでEVというのは主語がでかいし、ちょっとなということで書こうと思った。
表題どおりなんだけれど、どこで充電するかで快適さ含めて変わってくる。たしかに冬はEVにはちょっと厳しい季節なんだけどさ。
記事内にあるように「一番充電できたのは浜松SAにある大きな充電器で30分で33kWh、一番少なかったのは道の駅の古い充電器で30分で10kWhでした。」これが諸悪の根源。
実は浜松SAの充電器は国内最大級でMAX150kwhの出力がでるものと、90kwhがでるものが設置してある(*2)
道の駅にある充電スタンドはMAX20kwh(*3)だったりがざらだったりする。
EVの充電は0%に近いほど高出力帯で充電ができて、満充電に近いほど出力を落とさなくてはいけない。水槽に水を入れるのに最初はバケツでいけるけどそのうち、灯油ポンプでゆっくりいれて最後はコップでいれるようなもの。
アリアは最大130kW(*4)での充電に対応しているので、浜松で30分充電して20kwh程度ということはかなり余裕がある状態で充電をしていたのではないかと推測される。
ちなみに、勝間氏のアリアは満充電で500km走るとのことなので90kwhの電池容量を搭載しているモデルということになる。(*5)
そこで「どこの充電スタンドはどれくらいの出力がでて、何口用意されている。
出発地点はどこだから、40%くらいになるのはこの辺、ということはどこそこのスタンドで充電しよう。」
これは正直かなりめんどくさい。かなりめんどくさいのだけれど、EV過渡期ということもある。
酸っぱいぶどうかも知れないけれど、気にしないといけないくらい長距離運転するなら計画立てて運転するくらい必要だと思うし、ちょうどいい休憩にもなるのであまり困ってない。
ちなみに、EVは長距離高速移動すると街乗りするよりも電費(≒燃費)が悪くなる。(*6)
ということで、保有車は 2022年納車のTesla model3 LR (82kwhの電池積んでたはず)(*7)なのでその例をあげる。
なお、Teslaは最大で250kwhの出力がされるスーパーチャージャーという充電ネットワークを自社で敷設している。
それってどんくらい早いのというと、空に近いと15分間で250km分くらいは充電できるくらい。なので、日本政府はChademoをやめてNACSに統一しましょう。(*8)
例に出すのは、一昨年の年末(2022-2023)の移動記録(*9)
スーパーチャージャー(以下SC)の利用をメインで計画した時のもの。
自身は主に関西から九州までの移動でこの時は路面凍結するくらい寒かったので今回の記事とまあ同条件かなと。
自宅から倉敷SCに移動 206km 53%消費 (3.8km/kwh)
倉敷SCから広島SCに移動 157.8km 44%消費 (6.9km/kwh) 雪の関係で下道いった記憶がある。
広島SCから別府市まで移動 352.5km 84%消費 (4.2km/kwh)
別府市の日産でchademo充電 9分 5%→12% 外気温6.5℃
宿を出てちょろちょろ移動
別の場所に移動してお代わり充電30分 33%→61% 外気温10℃
大分市から熊本城前の商業施設へ移動 158.3km 39%消費 (4.0km/kwh)
山鹿市からめかりPAに移動 170.5km 39%消費(4.3km/kwh)
めかりPAで充電 30分 20%→44% 外気温8.9℃ (めかりは40kw出る)
めかりPAから広島SCへ移動 192.4km 40%消費(4.8km/kwh)
広島駅から倉敷SCへ移動 153.5km 34%消費(4.51km/kwh)
倉敷SCから自宅近くのスーパーマーケットへ移動 210.2km 47%消費 (4.4km/kwh)
chademo充電器がピンキリなので充電に時間かかるのと、効率よく充電できてないのが勝間氏の不満につながっているのではなかろうかと思う。
まとめてて思ったのだけれど、アリアのエネルギーマネジメントがいけてない説あるかもしれない。
ちなみに、上記のとおり長距離を運転するばかげた計画を立てていますが、
「オートパイロット」という名前の自動運転のふりをした”運転支援システム”は名前はともかく優秀に感じております。
運転の疲労度が全く違う。これに関しては、2021年時点で日産、トヨタ、ホンダと乗り比べて全然違ったのでテスラにしたくらいある。(*10)
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(*3):20kwhでも急速充電と呼ばれています。おかしい。
(*4):とはいっても、この最大って数パーセントからある程度たまるとだんだんおちていくので爆速充電できるわけでもない。
(*5):アリアは65kwhモデルと90kwhモデルの2種類の販売のようだ。
(*6):ガソリン車は長距離を走ると車重が減るので負荷が減る。また、高速移動すると空気抵抗の影響が大きくなる。ゆえにEVはとても流線形をしている。
(*7):Teslaは数車種しか売ってないように見えて買う時期でマイナーチェンジが入ってたりする。
(*8):chademoはガラパゴス規格なんですよ。。。 北米版の日産車でもNACS充電できるようにしてたりするんでマジでお願いします。
(*9):Tesla車はテレメトリーデータをサーバに送信している、そのデータを取得して保存できるサービスがある。ちなみに自身はTeslaMateを自鯖で運用中。昨年11月から止まっててかなしみ。
(*10):長距離運転するので運転支援メインで考えてました。スバルは燃費がいけてなかったのでアイサイトは見送り。現時点レクサスに積んでる運転支援が良いらしいので試してみたい。テスラの車線認識は白線消えてても認識してるのですごい。
思索の文章だと30分ぐらいかけて、あーでもないこーでもないと考えながら書くこともある
レビュー系の、文構造を整理したまともなやつ書こうとするとこの前2時間かかってびっくり
私は女性アイドルのヲタクをしている女で、所謂女ヲタってやつです。
あまり好きな言葉ではないけど、最近、所謂“モチベ”というものが下がってきた。
理由は色々あるんだけど、上手く言葉にできなくて何ヶ月もモヤモヤしている。
言語化するためにそれこそブログに書いてみようとチマチマ下書きを続けていたけど、あまりしっくりくる表現が見つからない。
あのヲタクはきっと好かれてるんだろうなとか、
最近若い女性のヲタクも増えてきたから、私なんかよりそういう人達に応援されたほうが本人も嬉しいよねとか、
考えるのはそんなことばかり。
ブログが上がれば一目散に読みに行き、
「ブログ上がった……コメントしなきゃ……」と思うようになってしまった。
何を言われても「どうせ他のヲタクにも同じことを言っているんだろう」と思い、
漏れ聞こえてくる他のヲタクとの会話には「どうせ私には同じことは言ってくれない」と思うようになった。
現場があるのに行かなかったらそれはそれで行かない選択をした自分に病むんだろうと思う。
だから、束の間の現場のない今の期間、少し推しメンから離れてみようと思う。
ブログも読みたくなった時に読めば良いし、伝えたいことがないならコメントしなくてもいい。
ヲタクをやめたいわけでも、推しメンを嫌いになりたいわけでもない。
会えるだけで嬉しかった、推しメンの一挙手一投足が愛おしく、全ての言葉が私を優しく包み込んでくれていた時の自分を取り戻したい。
一つのことに集中できずに色んなことを同時にやってしまうタイプの発達障害もいるのに、何故か「発達障害はみんなマルチワークが苦手なんです!一つのことに過集中してしまうから!」と言われてるのマジでおかしいやろ。
「N=1じゃなくてN=2なんです!つまり、これはもう間違いなく全人類に当てはまると言えるのでは?」みたいなこと平気で言うやん?
大丈夫かよ……。
たとえばお前ソシャゲのガチャ2回引いて、2回とも最高レア出たら「このガチャは壊れているので最高レアしか出ません!凄いゲームです!」っていきなりブログに書くんか?
頭おかしいやろ?
なんなん?
暴論ばっかじゃん世の中。
ほんま相手にしてられないわ
同じ内容なら他のブログより増田よりよっぽど伸びやすいなと感じる。
何度も振り返る価値のある愛蔵版的な情報源なら確かにブクマはいろんなドメインに分散してついている。
しかし時事ネタや日記を書いてるようなまとめ記事やブログやSNSをブクマするタイプの人は、その枠の半数近くを増田に割いている奴が大半だからだろう。
だから他のドメインに比べれば当然複数人が同じ記事(増田)をブクマするという被りが発生する可能性が高いわけだ。
そうしてホッテントリ入りしやすい構造になり、またさらに伸びるという良循環?悪循環?というわけだ。
単に増田のほうが伸びやすいから増田に書く、反応されるという目的を満たすならブログ持つより増田に書く方がコスパいい、という、増田で名乗ってくるような自己顕示欲ゾンビがいるのが嫌なら、時事ネタ等をブクマしたい欲求を満たすときは意識的に他のドメインから多くブクマして、自分の中で増田をブクマする割合を今までよりも低くしようということを、みんなで協力して運動として行うことだ。50%も増田にブクマしてる人は、まずは40パーセントに減らす。
そういう運動が実を結べば、増田から増田に書けば伸びるみたいな理由で書く増田らしかなぬ文化圏の人は自然消滅するだろう。
しかし「俺がやってもみんながやんなきゃ意味がない」って思う人が多くて、結局運動として意味があるほどやる人が出てこなくて、効果が出ないから結局誰もやらなくて変革なんて起こらないんだろうな。
サイバーメガネさんとかピピピさんとかが話題になってた頃にはてなやってて、今は見るだけだけど、あのときは、匿名ダイアリーの価値がよくわかってなかった。
元カノから1万4千字のDMが来て、罪悪感でSNSをやめてから、自分の感情を表現する場所がなくなった。
もうSNSには戻りたいと思わないけど、ブログやnoteをやるほどではないし、掲示板を日記に使用するのも少し違和感があると思ってたら、はてなの匿名ダイアリーがあった。
先日、昔の職場の同僚と北千住の焼き肉に行って、近況報告や昔話などした。
同僚っていっても自分は20代で相手は40代で、そこそこ金を持ってる人
自分は金が欲しいと思っているので、その人の考えや生き方を参考にしてる。
それに勉強家だった。
一通り肉を頼んでご飯と酒を1,2杯飲んでもっぱら金の話しかしてない。それでどういうわけか秋葉原のコンカフェに行くことになった。
昔行ってた良心的な価格のコンカフェ系列を知ってたので、そこに行くことにした。
秋葉原もコンカフェも1年ぶりだった。今では当たり前にいる客引きの多さに感心しながら、目的のコンカフェに行った。
昔行ってた店舗は潰れたのを知っていたので、同系列の姉妹店に行った。
SNSやってた頃に見知った名前の嬢が対応してくれたので、キャスドリと2人分のドリンク頼んでから、潰れた店舗や今の店舗に在籍してた子の昔話・転生話とか自分がホームベーカリーでライ麦パン焼いてる話とか話自体は他愛ない話をして1時間で切り上げた。
色んな話をしたと思う。
アルコールは3杯も飲んでない。
そんなに酔ってないはずなのに、楽しかった。生きる喜びを感じた。
節度を守って楽しむ、というのはこういうことなのかもしれない。
それに何歳になっても勉強や研究をしようとする人には頭が下がる。
自分の身にしみた。
田舎に引っ越して籠城するという話をしたが、 どんなに生活レベルを落としたとしても兵糧はせいぜい3年か4年ほどしかなく、 それが尽きた時には自殺するしかない。
このブログで一番見られているのは 自殺法に関する記事なのだが、 おれが考えるに、最強の自殺法は拳銃自殺だ。 拳銃自殺はもっともカジュアルで、もっとも安全で、もっともクリーンな自殺だと思う。
日本で合法な自殺方法としてもっとも有力なのは首吊りだが、 首吊りにも失敗リスクがあり、失敗した時には確実に障害者となる。 そのため、ある哲学者は自殺する際に、わざわざ頸動脈を切ってから首を吊っている。 確実に死ぬためだ。 途中で折れない良い枝を見つけるのも簡単ではない。 だって、実験が出来ないんだから。
おれは、痛いことはしたくないし、リスクも負いたくない。 もう投了しますと言ってるのに、どうして痛めつけられなければいけないんだ? 社会に散々痛めつけられたから自殺すると言ってるんだ。 楽に逝かせてほしい。
目を瞑って、自分の人生で最高だった時のことを思い出しながら、 ゆっくりトリガーを引いて、自分の特A脳を撃ち抜きたい。 おそらく痛みもなく、一瞬で意識がなくなるだろう。
で書いたが、積極的安楽死は合法にすべきであり、 そうすることで人間は、失敗を恐れずにチャレンジ出来るようになると思う。 「やらないで後悔するより、やって後悔した方がいい」などという言葉が生まれてしまうということは、 やらないで後悔している人が多いことの証左であり、 日本人は特にそうであろうと思われる。 戦いの中で散っていった武士の人気があるのも、 自分が出来ないことをやっていることへの憧れだろう。
チャレンジして失敗しても日本には生活保護があるという人がいるが、 それは受給出来るか不確実だし、人によっては生きるより辛いということにもなる。
勝負して、死んだら諦めてさくっと死ねばいい。 もしそう割り切れるならば、みなさんは何がしたいだろうか。
このように、死ぬことが簡単でないことがチャレンジを阻害し、 おれはそれが日本経済の低迷に繋がっていると考えている。
理工学系の優秀層が起業しないことが新しい産業を生み出すことに失敗している要因であることは間違いない。 もちろん、日本の風土として、失敗に対して寛容でないというのはあり、 それが影響していることも間違いないが、 最悪ケースでも拳銃を引いて死ねるのであれば、 もっとチャレンジする人間が現れるのではないかと思う。
実際、銃の所持が許可されているアメリカでの銃の用途はダントツで「自殺」なのだ。 自殺が容易に出来ることも、アメリカ人が人生に対して楽観的で、 チャレンジ精神が旺盛な理由の一つに間違いない。 ⇛ アメリカでの銃の用途、1位はダントツで「自殺」
最悪こいつを殴ればいいと思ったらクソ上司に腹が立たなくなったというのと同様に、 アメリカ人は自分の人生の終わりをいつでも決められるから人生を謳歌出来るのだ。
もちろんおれの籠城計画は全く無計画なものではなく、 かなりの確信と、大量のプランBも持った上で行う予定だ。 しかし、完全に運に見放された本当の最悪ケースになり、自殺するしかないとなったらどうしようか。
今現在、地球上におれのような健康な人間を安楽死してくれる国はない。 だから拳銃自殺するとすれば、海外に行って違法に銃を入手した上で自殺するか、 あるいは自作するかだろう。 おれの能力があれば、銃の自作もおそらく出来る。 今は3Dプリンタなどもあるから、頭を撃ち抜くための銃であれば きっとそこまで苦労せず作れるはずだ。