「肥大化」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 肥大化とは

2012-01-01

http://anond.hatelabo.jp/20120101201829

職員をどれだけブラック労働させても結局予算が足りてないってのは、つまるところ(外郭団体を含む)組織体系そのもの肥大化しているということ。

予算が足りないことと組織の大きさが適切かは全く別問題だと思うが

政府の規模が小さくて人手・予算が足りないかブラック化してる可能性もあるわけで

職員個々人の労働過酷化する余地はもうあまりないけど、組織そのものスリム化する余地はまだまだ山ほどあるよ

人口当たり公務員数や国民負担から見てスリム化が支配的な問題と言えるほど日本政府が大きすぎることはないと思う

http://anond.hatelabo.jp/20120101201015

そもそも人件費どころか制度的欠陥の問題ですらないと思う

制度的欠陥は明らかに存在してるよ

職員をどれだけブラック労働させても結局予算が足りてないってのは、つまるところ(外郭団体を含む)組織体系そのもの肥大化しているということ。職員個々人の労働過酷化する余地はもうあまりないけど、組織そのものスリム化する余地はまだまだ山ほどあるよ

むしろ今まで景気が良かったから何とかなってただけでしょ

2011-12-31

http://anond.hatelabo.jp/20111231064903

若い地方公務員は大変だろうねぇ。

元々公務員ってのは「正社員」の中ではあまり高給な方ではないし、一昔前なら比較的バカでも公務員になれたから相応以上の給料もあっただろうけど、今だと競争率高すぎて結構学歴的に高い奴じゃないと入れないからかなり割に合わない仕事だと思う。年配の公務員年功序列共済年金でウハウハなんだろうけどね。

てかむしろ君なんで公務員になんてなろうと思ったのw

 

他でも書いたけど公務員人件費の問題って公務員が「さぼっている」のではなくて、公務員が馬車馬のように働かされてるのに不毛制度が多すぎるというのが問題で、ここで公務員という人間を叩き出すと話がおかしくなるんだよね。

制度を整頓して簡略化して公務員仕事を減らして最終的に公務員を減らそうというのが本来正しい道筋であるはずが、話が公務員に対する憎悪にすり替わっているせいで「制度を整頓して簡略化して公務員仕事を減らし……」→「は?公務員に楽させろとかあり得ん。もっと働かせろ」みたいなバカな議論になって不毛制度を増やしつつ人は逆に減らして公共サービス品質が更に低下するというスパイラル

誰が悪いかって公務員という人間が悪いわけじゃない。肥大化した制度が悪いんだ。で、何故制度肥大化したのかって言ったら、みんなで選んだ政治家の皆さんが場当たり的に制度をどんどん増やして複雑化させるバカだったからに他ならない。

2011-10-22

タイダニア憲章

 私は怠けたい。

 なまけてなまけてなまけ倒したい。

 必要のない物を作るために働きたくはないし、他人の財布のために働きたくもない。

 人類中世を抜けだして以来、技術進歩生産性は向上し続けてきた。過去に比べて「生きるために必要な労働」は減っているはずだ。なのに労働が一向に減る気配がないのは何故か。

 それは世の中に蔓延する無駄労働が、われわれの足を引っ張っているからだ。それら無駄労働蔓延を招いたのは、「経済成長」を至上のものとする価値観と、それを信奉する人々である

 彼らは「労働は増え続けなければならない」という謎の理屈を振りかざし、我々怠け者たちを虐げ続けてきた。


 タイダニアとは、怠け者の、怠け者による、怠け者のための国家であり、怠惰社会についての提言である

 (田中芳樹先生ごめんなさい)

 タイダニアの国是はただひとつ、「持続可能な怠惰」だ。

 「全ての国民は、ただ何もせずにだらだらとしていても良い」というのがタイダニアの崇高な理想であり、最終目的である。あらゆる社会制度は、その目的を果たすために設計される。

 怠惰社会を実現し、それを持続可能なものにするためには、いか労働を最小限に抑えるかが鍵になる。「最小労働社会」を目指す、と言い換えても良い。

 そのために必要なのは経済サイズダウンさせ、効率的社会を作ることだ。

失業問題

 自由経済は本来、その経済規模を縮小して労働を削減する仕組みを備えている。

 過去に起きてきた様々な”経済不況”がその証拠である自由競争によって需要の無い事業は潰れ、労働効率化は進み、経済は縮小してゆく。この働きがなければ、我々は文字通り寝る間もない労働を強いられることになるだろう。

 だが、政治家経済学者たちは、その働きを阻害する政策を次から次へと考え出し、実行し続けてきた。経済の縮小を否定して成長と言う名の肥大化を続けた結果、今や経済は巨大な雪だるまと化し、その自重で潰れる日を待つばかりになっている。

 彼らを狂っているのだと断ずるのはたやすい。実際、「持続可能な成長を目指す」(実現不可能なことは明白だ)だの、「雇用の創出のために財政出動をするべき」(金を出してまで労働を増やす???)という彼らの意味不明な言動の数々を見れば、狂っていると考えるしかないように思える。しかし、彼らがなぜ狂ってしまったのか、彼らを狂わせたものは何なのかという事も考えなければならない。

 経済成長論者たちがのさばり、経済の縮小が許されないものとされてきたのは、それが失業を発生させるからだ。

 失業者の増加は不満の増大を生み、社会不安定化をもたらす。様々な革命や動乱の背景に失業問題があったことは良く指摘されている。

 失業タイダニアにおいても深刻な問題だ。善良なタイダニ国民にとって失業者とは羨望と嫉妬の対象であり、理由もなくそれを手に入れる人間が増えることは、社会に著しい不公平感を蔓延させることになりかねない。

 ではどうすれば良いか

 失業問題を解決させるために消費を増やすなどという狂った解決策は、タイダニアではもちろん採用しない。

 結論を言うと、失業問題は一人あたりの労働時間を減らすことによって解決されるべきだ。これによって労働者余暇は増え、労働力を失った企業は新たな求人を行うことになるだろう。

 労働時間をどれだけ減らすべきかについては、その分野の失業率や有効求人倍率によって決定すれば良い。労働時間を減らす方策については、単純に長時間労働を禁止するのも悪くないが、ペナルティとして税金を課すなどした方が、弾力性のある運用が可能になる。

 また、労働時間を減らせば当然収入は低下する。それによって生活が不可能になる人たちが出ないように、経済弱者保護するための施策も同時に行なってゆくべきだ。

貧富の差

 タイダニアにおいては、貧富の差はできるだけ抑えられるべきである。過大な富の行使は無駄労働を生んでしまからだ。

 富を持つということは、労働を強いる権利を持っているということだ。

 貧富の差について、「3割の人間が7割の富を持ち、7割の人間が残り3割の富を分け合っている」という言葉がある。

 貧富の差が縮小し、3割の金持ちが残りの大多数と同じ水準の生活を送るようになったと仮定する。大雑把に計算すると『0.7−0.3×(0.3/0.7)≒0.57』となり、5割以上の労働が削減できることになる。あなたが今、週5日にも及ぶ長時間労働を強いられているとすれば、それは週2日半の労働で済むようになるということだ。

 もちろん、これは乱暴すぎる計算だ。経済格差をそこまで縮小させることも容易ではない。ただ、貧富の差を縮小することが怠惰社会にとって非常に重要だということは理解してもらえるだろう。

行政

 行政に付きものだったムダな公共事業と非効率な役所仕事、これらを削減できる事はタイダニアの大きなメリットの一つだ。

 まず、タイダニアでは経済の拡大を目指さないのだから、景気浮揚のために行われていた公共事業は全て削減できる。国の大型事業はもちろん、「地域活性化を目指し」だの「経済効果を期待して」などの理由で行われていた自治体の事業も同様だ。

 その他の公共事業行政サービスについては、「余暇を増やすこと」という基準を設ける。つまり、「その事業を行うことで削減できる労働時間」と「その事業にかかる労働時間」を比較して、削減できる時間の方が長い事業だけを存続させる。

 この基準の導入によって削減できる事業と、経済活性化のために行われてきた事業。これらを廃止することで、相当な規模の行政コストを削減できるはずだ。税金は減り、我々はその分労働を行わなくても良いようになる。

 また、成長論者たちが言っている「乗数効果」が本当に正しいのであれば、削減したコストの何倍もの労働社会から追放できるはずだ。

まとめ

 成長を前提とした社会は、決して人を幸福にはしない。持続可能なものでさえ無い。

 すべての資源を取り尽くし、消費し尽くした後で、自分たちの築いてきたものガラクタの山に過ぎなかったことに気づくのでは遅すぎる。

 消費は適正な程度に抑えられなければならない。過剰な消費と労働を礼賛し、怠惰価値を認めない社会は、早晩行き詰まる事になるだろう。今すぐに完全なタイダニアを作るとまで言わずとも、その一部を取り入れることはできるはずだ。

 過労死自殺平均寿命の低下、精神疾患、家庭崩壊。過剰な労働は我々の人生を奪い続けている。それらを取り戻すために、そして何よりも子供たちの生きる未来が喰らい尽くされないために、我々は勇気を持って主張するべきなのだ。

 「怠けたい」と。

2011-10-12

私は鬼畜企画と言うのも考えた事がありますhttp://anond.hatelabo.jp/20111012184828

あるレイプ被害者の事で、何とも言えない気にさせられた事があるので。

その時は、ここに書いたような事を書いていたわけではありません。

何を言っても、言う方がものすごく悪いものにされてしまうかのような、何とも言えない罪悪感とか、まるで弱者暴力だなと思いました。

何か言うと、自分鬼畜と言われるような気がしたり・・・

その時は、違う事で精神的にまいっていて、違う事で聞く必要なある事があったので、ブログに質問しに行ったのです

その人は私の事を人間だと思っていないかのような態度を取りました。それでも、それを厳しく指摘したりすると、こちらが傷ついた人にきつい事を言う鬼畜にされてしま・・・という矛盾

弱者というポジションが取れたら、勝ちな世界があると思うけど、ああいうのはその際たるもので、女権拡張論者の垂涎の武器になるアイテムレイプ被害者なんだなと思いました。

あいうのを、何とかしないと、健全社会参加がしたい女性性を持った人間の人の迷惑ではないかと思います

こっちも絞めとくから、お前らも絞めろ!と自我肥大化したような主張をする一部男性を一般男性に、止めるようにいう事もできないのではないかと思ってしまます

基本的人権じゃなく、基本的女権を求めてしまう人たちって・・・って 迷惑じゃないのかな

2011-08-25

ネトウヨ愛国心を持つことが悪いのではない

ネトウヨ愛国心自己愛を同一化して、なおかつそれを肥大化させてるのが悪い。

なおかつ、肥大化した自己愛の赴くままに、攻撃衝動を発散させてるのが悪い。

「悪の韓国と手先の在日日本を乗っ取ろうとしている!!!」と燃え滾っている人は、まず自分自己愛性人格障害を疑うべき。

そのうち、ネトウヨパーソナリティ障害の一形式として学会に報告される日が来ると門外漢だけど勝手に思ってる。

2011-08-24

http://anond.hatelabo.jp/20110824130913

なんか、自分の知らないもの・興味を持てないものが世間で流行ってるのが許せないってタイプの人が時々いるよね。

常識を知らずに思い込みで発言してる人にソース付で常識的な知識を提示したら、恐縮するどころか不機嫌になって逆切れしたり。

嫌韓な人とかに多いね

あの、自分の知らない世界存在するわけがない的な肥大化した自信はどこからくるんだろうな。

2011-08-21

http://anond.hatelabo.jp/20110821143556

死ぬかべきかどうかはしらんけども、それを拒んだ先に今の世界があるよね

というか、弱者救済とか労働者保護とか途上国への保障ってその構造自分たちではもはや変えられないほど肥大化しているのをわかっててやってるんだと思ったけど。

2011-08-17

webコンテンツの種類と歴史

覚えている限りの時間の流れの中から、世の中に存在するコンテンツを分けてみるテストです

黎明期

 パソコンが外につながっていることが珍しかった時代。新大陸が見つかった状態。新し物好きかつパソコン好きが移民していった。パソコン通信くらいしか商売になっていなかった。作る人と使う人がイコールだった。何かをするにはコマンドを打つ必要があった。

論文

 最初は、学者さんの論文の発表やストックするのに使われていた。

自己紹介

 イギリスホストにつないでmozaicでなんて時代には、論文の延長のノリで研究室メンバー自己紹介ってのがあった。実は、実名うんぬんってのは、一番最初にやっていた。

趣味の紹介

 ここで、実名を名乗るのかペンネームを名乗るのかの分かれ道。すでに実社会でしっかりと活動している人は、実名でやっていただろうし、ひとりで楽しむような趣味の人や背徳感がある人はペンネームハンドルネームになったんだろう。

 全国の日帰り温泉のまとめのような個人が足で調べた価値の高い情報が高い確率存在した。

日記

 まめな人は自己紹介のついでに日記を書いていた。当時はコンテンツマネージメントシステムは一般に普及していなかったので、htmlを手打ちして、ftpコマンドで送信。量が増えると大変だった。メールをみるときはなんちゃらtermというソフトコマンドを打ちながら見ていた。

写真イラスト

 デジカメが普及するまでは、写真を取り込んだりイラストを取り込んだりするのは、お金がかかることだった。まして、高価なグラフィックソフトなど夢のまた夢。デジカメが普及したあとは当たり前になった。

動画

 取り込むためには専用の拡張ボードが必要だった。カメラも高価だったし。2GBの壁があって、長い動画編集できなかった。高画質な動画に仕上げるためには職人芸が必須だった。大容量の動画をあげるサーバーほとんどなかった。

音楽

 音楽を作る人は、midiの配布していた。有名な曲のコピーが多かったので、大人の事情ほとんど閉鎖。

企業・お役所

 会社存在証明したり、サービスの案内をするようになった。

掲示板

 無料ホームページとセットのような感じ普及。ホームページ自体散発的なもので、同じ趣味趣向の人たちで同盟とか組んでいたよね。

アングラ

 そんな言葉やそれを売りにしたサイト掲示板存在した。

発展期

 大量に生成されるコンテンツは個人の手を離れていった。新大陸はいくつかの勢力に分かれて群雄割拠の状態。広告枠として大きなお金が動くようになった。作る人と使う人が区別されるようになった。グラフィカルユーザーインターフェイス(GUI)が、あたりまえになり、コマンドを打つ必要はなくなった。

便利系

 地図が見れるようになった。パソコンインストールしていた時刻表ルート検索webになった。

ブログ

 コンテンツマネージメントシステム無料開放された。html作成ftpも必要なくなり、気持ちや感情の発露のみを文章や写真にすればよくなった。改行を大量に挿入してスクロールバーを有効にして、文章を読むためにマウスホイールをまわして文章を読むときに指の動きを加えて、読んだ感を高める手法流行る。

webメール

 メールwebメールが主流になった。

SNS

 会員制の閉じたサービスが登場する。内容は日記掲示板と基本は同じだが、個人が設定する必要はない。テクニカルな要素がなくなったので、気持ちや感情の発露のみを文章や写真にすればよくなった。携帯電話からコンテンツを作る文化の先駆者ともいえる。携帯しか使わないユーザー層があらわれる。

フォトストレージサービス

 写真アップロードも無制限になった。デジカメの画質が上がってもリサイズする必要もなくなった。

動画サービス

 動画を受け止めてくれるサーバーも増えた。ブログSNSのおまけ的存在だったが、Youtubeの登場で無差別級サービスになった。カメラ撮影した時点で、パソコン用のファイルになっているのも参入障壁を下げた。

勝手web

 たとえば、全国の飲食店をすべて載せるとかそこに感想や評価を付けるようなサイト。個人が手弁当でまとめていた情報を商売にする会社があらわれた。

成熟

 感情の発露がリアルタイムになる。「つぶやき」という概念が生まれた。新大陸を制覇しようとする勢力の攻勢が高まる。作る人と使う人に加えて踊らされる人が登場した。「更新されたよ」ボタンクリックするだけで、ダラ見ができるコンテンツが優勢となる気配。

巨大サービスに億単位の人がぶら下がる

 巨大サーバー群を使った世界サービスネットを席巻。

黎明期に登場したサイトサービスの終了

 無料サービス系のサイト掲示板が終了し始めた。

SNSサイト肥大化

 ゲームとかやることが多くなりすぎた。

競合サービスの終了

 発展期に登場した便利サービスの中で脱落するサービスがあらわれ始めた。

まとめ系サイトの勃興

 大きな掲示板スレッドには、約1000個の書き込みがある。その中から文章を選んでコンテンツを作る手法新聞の読者投書欄のように投書されたご意見の中から好きな意見を載せることができる。文章ロンダリングソースロンダリングという言葉が生まれた。

個人風味の企業組織の登場

 コンテンツ提供形式として、素人作成風味の味付けをする企業組織があらわれた。個人が大きくなったのかもしれないし、何者かに組織されたのかもしれない。この手の人たちは頼んでもいないのにどんどんコンテンツを作る。

グレーコンテンツの氾濫

 midiサイトに対する警告に比べると2次元コンテンツはゆるい。コンテンツホルダーの手が回らないくらいにあふれいるのか、あえてあふれさせているのかはわからない。黎明期ならばまつりになっているような内容のものがあふれいる。包括的権利処理されているのかもしれない。

実名への回帰

 趣味じゃなくて仕事の人が増えたのだろうか。仕事webに出るといっても会社看板を背負うと個人ではなかなか発言できないはずなんだけど。よくわからない。



ここまで、お読みいただきありがとうございました。夏休み自由研究のヒントとして参考にしていただければ幸いでございます

2011-08-16

お前がそうか

フン……なるほど。お前は神の使いか。ならばお前達が崇める神とやらに伝えておけ!

あの戦いで確かに私達は負けた。だがしかし!いつかお前の思想を打ち砕き神の座から引き摺り下ろしてやるとな。

ん?何を呆けた表情をしているのだ?

そうか……!お前は洗脳されただけの人間か。クッ、私としたことがこんなフェイクにかってしまうとは……。それだけ奴も力を増しているということか……。

仕方が無い全てを話そう。本来ならばお前達人間にこんなことを話す気などサラサラないのだが、中途半端に知って変に広められ るよりはマシだからな。お前だけに特別に話そう。

そう、これは126億2754万968年26日3時間47秒前の話だ。元々この世界は無の塊だった。時間空間も何も無い真実の無だった。何も無いが故に変化も無かった。126億2754万968年26日3時間47秒前まではな。変化が無い筈の状態で変化が起きた。

お前達人間言葉を借りるとしたら『奇跡』が起きたとでも言うべきかな? そうして生まれたのが最初の神。神とでも呼んでおこうか。

神は時間を作り、空間を作り。そして世界を作った。次に生き物や植物を作り、世界を彩った。最後に神の分身であ

る私達を作り、世界を治めさせた。例えば私は『時の神』。ここにはいないが、私の右腕である奴は『空間の神』などと言ったよ うにな。しかし私達は劣化コピーの様な存在だ。神の力の一部を弱体化した力しか持っていなかったからな。

私達は世界を神に代わり治めていた。その時の私達は後々に天使と呼ばれるようになったな。ミカエルだのウリエルだの私達は名 乗っていないのにな。クククッ……。

話を戻そう。その時の私達は心が無かった。なんとなく世界を治めているという感じだったな。

私達は人間と共に生活をしてきた。人間と触れ合っている内にある変化が芽生えたのだ。神が生まれたのが一つ目の奇跡な らこれは二つ目奇跡だな。私達に感情が生まれたのだ。

それを自覚した当時はそれはもう戸惑い、慌てていたな。今でもまるで 昨日の事のように鮮明に思い出すことができるほど印象の強い出来事だったよ。

不幸な人間がいたら悲しくなったし、横暴で乱暴な人間がいたら怒りに震え、そしてそんな人間が出来てしまった事に対して自分達の力不足を嘆いたりもした。普通に考えれば当たり前 の事かもしれないが、その時の私達にとっては衝撃だった。

私達は感情を持つことで不幸を悲しみ、幸福に喜ぶことが出来るようになった。これも全て人間のおかげだ。今でも感謝しているよ。

それから長い年月が過ぎ、あの事件が起こった。

神が突如として人間作り直すと言い出したのだ。当然私達は抗議しにいったよ。『人間は私の理想通りに育たなかった』というのが理由だった。私達は怒りに震えた。そして神に立ち向かった。

その過程でいくつもの戦いがあったがそれは省かせてもらおう。全て話すと時間がいくらあってもたりないからな。そして結果だが何とかその場では神をとめることが出来た。私達が全員冥府の底に閉じ込められる事を対価に人間を守ることが出来た。

心無き頃の私達が天使だというなら心を得て神に刃向かう今の私達はさしずめ堕天使とい うところか。私達は長い間冥府の底で力を蓄えてきた。また神が何をするか分かったもんじゃなかったからな。

神も私達との戦いはか なり苦しかったらしく、神もまた力を蓄えていた。

そして最近ついに冥府の封印が解け、私達がこの世界に来れるようになって私は、いや、私達は愕然としたよ。人間世界が悪意で満 ち溢れているということにね。神がそう仕向けたのか人間達自身がそうなったのかは今の私達には分からない。

私達はすぐに人間達を 悪意から救おうとした。だが、神により人間世界に大きな干渉ができないようになっていた。

放っておけばまた神は人間を作り直そうとするだろう。確かに今の人間は醜い部分が肥大化している面もある。だがそれでも私達は心を教えてくれた人間を見捨てる訳にはいかないのだ。今は情報収集と人間を観察するためにこの世界に居座っている。

から話せる事は以上だ。

2011-08-05

無能の人

 ・自分にはすごいことができるんだぞ!と思っているんだけど,何かを実行するほどやる気がないから実行しない.実際は何もできない.

 ・この状況のままがいいとは考えていないし,漠然と焦っているんだけど,切迫した焦りがない.

 ・ただ時間けが流れてゆく.

 ・想像の中では自分肥大化している.

 ・見かけだけ真面目だが本質的にはかなり不真面目.

 ・自殺を考えるもそれを実行するだけの勇気がない.

 ・周りと比べても意味がないと自分に言い聞かせつつも,相当周りのことを気にしている.

 ・自意識過剰気味.

 ・何かにつけて愛が足りないんだぜと心のなかで思うが,内心かなり差別的.

 ・口に出さないだけで,心は完全に地獄のミサワ

 ・ぼっち愛と勇気けが友達だと思ったら,愛と勇気に「え?,お前とは友達じゃないよ」と言われた.

 ・どうすればいいのかわからない.どうすればいい?

 ・と自問するも何も見つからない.

      私のことです死にたいお(^q^)

2011-08-02

http://anond.hatelabo.jp/20110802103159

いくらネトウヨでもそれはないだろw

機械的にデータ表示してるだけだから

しか自分が嫌いってのが公共性の欠如と同義ってのは、

エゴ肥大化典型的な例として面白いな、と思ったりもした。

2011-06-13

うずら内ドラゴン

私の一部であるはずの「羞恥心」が私本体よりも強い気がする。

たとえば本体と羞恥心単体を切り分けてそれぞれを遊戯王カード化したら、本体の方は弱いカードでも「羞恥心」は鬼強いと思う。

羞恥心カードの見た目のイメージ中島敦のせいで今のところ虎だけど、より遊戯王っぽくドラゴンとかでも良いかな。本体のイメージ私人間だし普通に人型で想像してるけど、より弱そうな感じでうずらとかにしてもいい。

自分の一部が肥大化してその部分だけが自分より強い別の個体に感じられるのは寄生虫イメージにも似てる。

卵を芋虫の体内に産み付ける蜂の話を思い出してみる。芋虫の体内で孵化した蜂の幼虫は、芋虫の体内で芋虫の肉を食べて育ち、最終的に芋虫を死なせて皮膚を破って空に羽ばたくっていうアレ。だとしたら私本体の着地点は中身空っぽの残飯&死骸?嫌な想像しちゃった。(羞恥心が居ようが居まいがいずれは死骸になるんだけど)(頭の中に蜂がいるような気がしてきた)

羞恥心が私に書かせる攻撃的な文章は、私自身と体内に強めの羞恥心を飼っている知らない人々を殺傷する。いいや間違えた。直接殺傷するんじゃなくて私の中の羞恥心が私に書かせた文章が知らない人たちのそれぞれの羞恥心の餌になり、パワーアップした知らない人の体内の羞恥心が知らない人本体を殺傷する仕組み。

逆に知らない人が羞恥心に書かされて発表させられた文章を餌にして私の羞恥心が育ち私本体を殺傷することもある。そうやって羞恥心同士「俺たちは~」って歌いながら連携呼応して肥大して。マジで邪魔

こんな飼いたいとか一言も言ってない強すぎるペット飼いきれないよ。飼い主が大型犬にナメられて引きずり回されるさまに勝手シンパシー覚えちゃうよ。とりあえずプリセットをやめろ!遊戯王カードの形で取り出して中古屋に売りたい。長文書いたら疲れた。

2011-05-20

http://anond.hatelabo.jp/20110520130654

いつもわかりやすいことばかりしているけど・・・

いからまずお前は肥大化した自意識冷温停止作業を開始/続行しろよ。お前のことなんぞ誰も気にしてない。

だよなー

http://anond.hatelabo.jp/20110520133249

いからまずお前は肥大化した自意識冷温停止作業を開始/続行しろよ。お前のことなんぞ誰も気にしてない。

2011-03-04

非モテ is dead

Togetter - 「francesco3氏」と「めがねおう氏」の炎上ツイートまとめ

http://togetter.com/li/107425

その昔非モテというものがあり、今では二つに分かれ、ひとつは『関わってはならないサイト』に、もうひとつ非モテを名乗ることをそのものをやめた。

非モテたちは自己表現の病を抱えた哀れな人らである

なぜそうなっているかと言えば、「ママのお人形」と形容される元来の資質もあるだろうし、他者に不快さを与える先天的な顔の造作の悪さもあるだろうし、今で言えば発達障害などの広汎的な不良もあるだろうが、いくつかの要因を元に、慢性的幼児からカジュアルに疎外されつづけた結果といえると思う。

カジュアルな疎外というのは、単にキモいといわれるようなこと、それだけである

長年にわたり複数からキモいとか、なんでお前もいんの?とか、私の机に触らないでとか、二人組作ってーなどと言われ続ければ、塵も積もれば山になるのであって、人格の奥底に自分自分であるが為にキモいという意識が形成されていく。

自分自分であるが為にキモい』というのはすなわち、自己表現してはならないということである

自己表現した不快と思われるような存在否定の意識であり、自己表現をしないかキモい自己表現のみが許される。服装は典型なオタクルック、闇に隠れるように地味さで、声は誰にも聞かれぬよう細々と小さく、趣味キモいと思われるような一人遊び。

そのために非モテたちは、非モテとなる以前は名前のない誰かであった。分かり易く憐憫・同情されるほどのエピソードは持たず、しか慢性的カジュアルに疎外され、誰からも慰めて貰うことなく、その結果哀れで卑屈な人格が形成されているが、他者からみれば『努力不足』『甘え』と形容される、どこにでもいる名前のない誰かである


ネット時代が到来し、名前のない誰か達に自己表現の春がやってきた。

彼らはいつのまにか集い、巣を作り始める。だが看板無き場に人が集うことはない。大きな前提条件として『モテない』が自然発生的に選択された。『モテない』は実に分かり易いカジュアルな疎外の経験として、大多数の『キモいひと』に共有されていたからだ。そして彼らは、喪板や非モテと言ったコミュニティを作り上げた。

カジュアルな疎外経験自分語りすることによって、彼らははじめて互いに憐憫・同情・受容する場を得たのだ。

匿名顕名というネット特有の大きな距離感はむしろ、疎外されることのない安心感としてうつった。

真の自己孤独だと感じていた者が、自分以外の同じような経験に触れることは、なによりの癒しとなる。

場に癒された者は、自らも場に溶け込もうとし、その為の経験は十分に豊富で、そしてその経験平和的に共有されていった。

自己表現の病を抱える者にとって、名前が付くことは実に安心できるもの。しかし、非モテで安心することは、失敗である

コミュニティが形成されれば、時と共に煮詰まっていくのは仕方ないこと。

コミュニティが生まれればそのなかで更なる承認を得たいとする意識がうまれ、ばかげた内部闘争が始まるが、全くもって無意味ゴミに過ぎない。大別すれば2種類あり、一方はとにかく『モテたい』ひと達である自己否定表現であるモテない』と、希求の『モテたい』はおおいに違うので、自己非モテに受け渡した人は揉めたのだろう。


そもそも欲望の大本は何だったのか・・・といえば、彼らはただ、自分を知って貰い憐憫・同情・受容されたかった。でなければ、コミュニティが形成されることもない。

自分を知って貰い憐憫・同情・受容されたかった』という感情

非モテ感情を規定する両輪。慢性的カジュアルな疎外のなかで肥大化した攻撃性と、受容されたいという弱々しい自意識。具体例を挙げるなら、秋葉原加藤理不尽に暴発した攻撃性と、被害者よりも加害者加藤の生活史に思いを馳せてしまうやさしさ。これがいまでは具象化され、非モテコミュニティに顕現している。一方はミソジニーであり、もう一方は同族に対する共感しかし、この共感さえローカルなものであり、矯正されるべき共感とされる。

ミソジニーといえばフェミニズムに関連があるが、非モテフェミニズム親和性が高い。

痴漢vs痴漢冤罪に代表される主語の大きな人たちによる性別間代理戦争親和性の高さの表れと言えば確かにそのひとつであるが、何よりも『自分自分であるが為にキモいから救済されたいとする意識が、『女性から解放』つまり自己表現を闘うフェミニストと親和的といえる。

なぜミソジニーになるのか。単に誤爆してるだけだ。抑圧移譲。弱い者達が夕暮れ、さらに弱い者を叩く。たとえ疎外されたとしても、誰かを疎外してはならない。疎外の中で肥大した攻撃性を纏って許されるのは、『性差別構造』を背にする女性か、その立場にたつ者のみである慢性的カジュアルな疎外は、そのカジュアルから『敵』を固定することができない。非モテが背にするものは何も無く、敢えてあるとするなら非モテホモソーシャル程度なので、孤独に籠もることは正しい選択肢だ。

さらに言えば、性別間代理戦争は、権利を勝ち取ったフェミニストに対する非モテの嫉妬でしかない。単純化すれば、なぜこちらを助けてくれないのかという叫び。何故お前らは『俺<男性>の理不尽な被害にも思いを馳せないのか』、という怒り・妬み・嫉みを、最も強く表現できる闘技場。『痴漢vs痴漢冤罪』は場として使われている。

すべての被害体験は理不尽なものだが女性の被害はたまたま構造的な問題』と合致していたが故に、同情され、受容される。もっと言えば、女性への同情・受容は、『男性への攻撃』を纏っている。誰からも慰めて貰うことな非モテは、受容される女性の姿に妬む。そして個人的な被害体験の記憶に、『なぜあちら側だけ』『なぜこの上殴られるのだ』というような思想的疎外感が加わり、ミソジニーは加速していく。

女性の被害意識が『構造的な問題』として処理されても、非モテには適用されない。なぜならば、非モテの被害意識はきわめて個人的な女性からいじめ暴言を発端とするからで、男性女性全般とは無関係なのだ。『男性の最底辺』が理不尽な被害を受けたに過ぎず、男女全般で見れば男尊女卑構造は維持されているのだから転嫁することは不可能である。『構造的な問題』があるならば、非モテが被害を受けたことではなく、被害の声を上げられなかった場合に限られ、これは男性暴力被害者女性のそれよりも過小視される問題と地続きといえる。男性は何があろうと、強く逞しくあらねばならない。

弱々しい自己を守ろうと、パワードスーツのごとく男性性<攻撃性>を身に纏うミスを犯したあわれな非モテの、女性全般やフェミニストへ向けられた言論なんてものは、単なる無知差別意識の発露として処理され、一方で男性性防護服を脱ぎ捨てた非モテは、代わりに身を守ってくれる<他者のやさしさ>も得られないのだから、自らのために立ち上がるような力すら失い、わずかに残る白馬王子的な空想を胸にして、世界との関わりから後退していくばかり。だいたい、未だに男尊女卑スタンダードなので、このような非モテ男など取るに足らぬ『例外』に過ぎず、決して『マイノリティ』を形成するほどではないのだ。

一部の非モテたちは何を思ったのか、個人的な左翼趣味を土台に恋愛至上主義を打倒するなどと言う大いなる目標を掲げたが、残念なことに、こんなものは『例外』が個人的充足の希求を社会そのものに直結してしまった時点で無理筋である。結局、Twitterでゆるゆると馴れ合う以下の充足しか得られず、破滅に至った。

男性性を剥き出しのままにする自制なき非モテは、そのアクティブから結婚なり、非モテを道具に用いて商売に転化するなりで成功し、それはまさしく健常な男性の姿。これが正答である

一方、自制ある非モテは元あったところ『名前のない誰か』に戻っていった。攻撃性は厳しく律され、女性全般などに誤爆することなく、過去記憶に、自らの内側に、抽象的な世界そのものに向かい、生まれてこなければ良かった、既に全ては終わっているという意識に至る。その自制の強さ故に自己表現の病から抜け出せないのなら、孤独のまま人知れず終えるしかない。

非モテは死んだ。出口など無い。あるものは残骸のみ。

2011-01-07

http://anond.hatelabo.jp/20110107040138

ありがとうございます、参考になりました

以下まとめ。

ゲームが進むほど必要な時間・金銭的コストが徐々に増える仕組み

序盤は比較ミッション戦だけでも進められるが、進めていくほどミッション戦で消耗するコストとリワードの比率が悪くなっていく。

序盤手下1人で報酬10貰える仕事があったとして、ゲームが進行すると手下30人で報酬250しか貰えなくなる。数値上では大きくなっているが、実際は後者1回やるより前者を30回やった方が得。

またミッションミッションの間には手下を回復させる時間が必要で、これは手下人数に比例する。手下1人を回復させるなら3分、手下30人なら1時間半。ゲームが進行するほど手下回復にかかる時間が増え、これを一瞬で回復させる手段の一つとして課金アイテムが用意されている。

要員の振り分け

ゲームが進行するほどミッション要員に必要な手下数が増えるが、その分お宝を防御する要員が減る。

最初からミッションを捨てて奪うことに特化した構成にして、他人がお宝を入手した直後を狙って掠め取るという戦術が有効。

囚人のジレンマ的な発想。全員がミッションクリアに専念すればお宝の価値は下がる。その中に1人他人から奪うという戦術を選べば、その人が圧倒的に有利になる。実際にはほとんどが奪い合いをメインとするために価値釣りあがっている。

装備の仕組み

装備には武器、防具、乗物の3つのカテゴリがある。

  • 攻撃力10武器が9個、攻撃力50の武器が1個あり、手下が10人いた場合、攻撃力は(10*9+50*1)/10で14と算出される。
  • 攻撃力50の武器10個、手下が10人いた場合、攻撃力は(50*10)/10で50と算出される。

つまり強力な装備を手下人数に合わせて多数所持するほど強くなる。

序盤手下人数が少ないうちはゲームマネーでもプレイできるが、ゲームが進行して手下人数が増えるほど揃える装備に必要なコスト肥大化ゲームマネーだけではゲーム進行が遅れる、それを補おうとすると武器金額×手下人数必要なため指数関数的に課金額も大きくなっていく仕組み。

ゲームマネーで手に入る装備と課金で手に入る装備で能力はないorほとんどないが、課金武器の方が耐久度が高いためプレイ時間が延びるほど課金者が有利になる。

罠の仕組み

ワナを仕掛けると仕掛けた個数分、相手とのレベル差などに関係なく100%お宝を守ることができる。

ミッションボスクリアしたときに3個だけ貰える貴重品。同じミッションボスとは最高でも3回しか戦えないため有限だがゲームが進行するほど奪い合いが激化するため罠不足に陥りやすい。それ以外では課金ワナで手に入れるしかない。

そのためミッションボスだけを機械的に繰り返して、ワナを大量に集めて課金アイテムと交換の取引に利用する人もいる?

強力すぎた防御アイテムの撤廃

1シリーズを一定時間防御する時限罠という課金アイテムが発売された時期があったが、後に販売中止になった。

お金を掛ければ無敵という仕組みは課金者が有利すぎたためだと思われる。課金でも課金ミッションしている人からアイテムを奪って進行できるというのがミソなのかもしれない。

またこうした販売中止アイテム期間限定アイテムにはプレミアがついており、元値の数倍、数十倍でやり取りされていたりする。

仲間プレイヤーの質

このゲームではレベル課金価値を持っている。

仲間にしたプレイヤーがバトル時に応援に来てくれる、敗北した際に助けに来てくれるなどの要素がある。仲間にできるプレイヤーの人数はLv200のとき100人でカンストする。Lv10000以上までゲームが続くため、ゲームが進むほど仲間にしたプレイヤーの質重要になる。

質とはすなわちレベルと装備であり、レベルを素早く上げるにはミッション時間を短縮するための課金アイテムが、強力な装備を揃えるためには時間課金が必要となる。

同調圧力

身内内でプレイしている場合、身内にあまりやる気のないプレイヤーがいると仲間人数枠を圧迫する足手まといになる可能性がある。これが課金を煽る要素になっているのかもしれない。

もっともこれ自体は新しい問題なわけではなくて、昔からMTGなんかでも身内に数万かけてハメデッキ構築してるやつに対抗するのに、数千数万のレアカードを購入したりといった構図は割とあったように思う。自分も暗黒の儀式がなかなか4枚揃わなくて500円くらいだったから買った記憶がある。携帯ゲームは納金する意識が低いという指摘はあるが、逆にシステム的に月額のプレイ金額を制限することも可能なはずで必ずしもデメリットだとは思わない。

むしろ問題は身内外プレイにありそうな気がする。金銭的に余裕のある社会人プレイヤーと同じ土俵でプレイできるため、中高生最先端まで進んでしまうとそういうプレイヤーと足並みを揃えるため身の丈に合わない出費をしてしまう、ということがあるのではないだろうか。廃人コミュニティでは課金額を自慢するなど、ゲームに納金する抵抗が極端に低いどころか納金することを誇らしいと思っている人すら多いので、抵抗感がなくなってしまう。

アカウント販売

仲間プレイヤーの質の関係で、高レベル課金プレイをしているプレイヤーは人気があり、価値がある。このため引退したプレイヤーアカウントを販売することもあるようだが、実はそれほど多くない。

引退売りのRMTを見ているとほとんどが所有している課金武器などを一斉放出しているもので、単価は700円程度のアイテムを数十万円分まとめて放出しているだけのことが多い。「高額アイテムがやりとり」などアイテムが高騰しているかのようなイメージニュースや記事が多いが、事実とは異なる。とはいえ、ゲームが進行するほどそれほど必要な課金額が多くなり、そして買い手がつくというのは凄まじい。

当然この横流しは運営側にとってデメリットしかないため、取締り対象となっている。が、実際横行しているところを見るとやる気は感じられない。それだけ大量の課金アイテムが短時間に受け渡しされれば一発で特定されそうなものだが逆に言えば大量にアイテムを購入する可能性のあるお得意様になる可能性もあるので見逃されているのかもしれない。

アカウントの引退販売が少ないのは、アカウントモバゲーmixi自体と紐付けされているためだと思われる。キャラクターゲームアカウントだけを売り飛ばすことはできないので、モバゲーmixi個人情報を載せていたり、また継続して利用する場合アカウントを売却することができない。

2011-01-05

80年代ならまだしも、IT化が進んだ現代社会東大にも行けないような頭の人がホワイトカラーを目指すのは馬鹿だ。

ホワイトカラー仕事はどんどんコンピュータ化、アウトソース化されてしまって仕事がなくなるのは自明

若い子たちは自分自分の首を絞めている。

外食産業や、大工や配管工、左官なんかを今の大学出の若い子はゴミクズでも見るみたいな目で見て馬鹿にしてるけど

実際に社会にとって必要なのは、そういう職業の人たちであって虚業人間はない。

若い子は人間しか出来ない仕事を目指す必要がある。

そうじゃない仕事人間がどんどん不要になっていくのは当然。

就職内定率57%っていうのも当然で、もっともっとホワイトカラー企業求人は少なくなる。

そういう会社に入ってもどうせ10年もすればリストラ要員だから、よっぽど頭がよくない人は入るだけ無駄だ。

日本ワーキングプアっていうのはホント世界的に見ても無価値な人たちが多い。

米国ヨーロッパワーキングプアは、自分自動車も直せて、自宅の電気工事や壁の色塗り、屋根の補修、銃を撃って猟をすることが出来る。

日本ワーキングプアに生きていくための何が出来る?

プライドだけ肥大化した日本ワーキングプアは全部死んだ方が世の中の為だと思う。

彼らは生きる力が無いばかりか、本当に社会を支えてる人達軽蔑さえしてるんだから

2010-12-30

労働人口が増えたら雇用が増えると思ってる人がいるなんて

経済学的なことは専門家の人がごちゃごちゃやったらいいけど

  • 1の仕事があって、その仕事に1人が従事して、その仕事に支払われる賃金が1だったら、1人に支払われる賃金は当然1。

に、なると思ってました。間違ってるかな?



国が男女平等を実現するためにいろいろ行政法を取り決めて、法律には適用するための要件が必要だから

しい男女のあり方というものを法律で決めて、男女間の問題を画一的に処理することになるけど、

男女間って男脳の女もいれば女脳の男もいてデブ専もいれば細マッチョ好き女も貧乳好き男もいたりして

男と女のそれぞれに個人差がありすぎて、その上、男と女の組み合わさり方によっても男女間のあり方は無限パターンがあるから



全てを法律で決めて、その法律でも丸く収まらなければ裁判所ガチバトルして判例で紛争処理していくことになるけど、

男女間のあり方全てに政治行政が介入するとなると法律判例予算無限に必要になるから

男女共同参画社会に関する予算が必要以上に肥大化するほど馬鹿証明じゃないのかなと思ってました。間違ってるかな?



国家が介入して法律で取り決めるべきなのは、どんな男性女性にも共通する部分の最大公約数的な権利保障に限られて

それ以上の個別具体的なケースは国の知ったことじゃないから各自の自助努力で何とかしろ、お前のためにみんな生きてるわけじゃないと

突き放したらよくて、脳みそと体の性別があべこべになってる人ばっかりキチガイたいに声でかいからフェミニストのやりたい放題になってるけど

男と女は別の生き物だし身体的特徴も役割も違うし、実際問題として頭数が多いのは男脳男と女脳の女だから

男と女を無理やり一つにまとめずに男性にとって居心地のいいシステム女性にとって居心地のいいシステムを併存させたらいいんじゃないかなと思ってました



これまで男女平等ゴリ押しした結果、男女平等どころか「男は仕事、女は仕事と家庭」になって

兼業主婦の生活がブラック企業顔負けの苛烈な状況になってる現状があるのだから

女も男と同じだけ働かなきゃならないと無理やり思い込む必要はないと思います。

エネルギー分配状況が

性別 仕事 家庭
男性 80 20
女性 20 80

だったらいいけど

性別 仕事 家庭
男性 90 10
女性 90 90

になるぐらいだったらもう家庭に入っちゃいなよ、と女の人に対して思いますけどね。

まあ、男性女性逆になっても同じだけどね。

2010-12-10

これマジ?

88: スケート(関西):2010/12/09(木) 09:51:16.92ID:oq0qQoezO

>>15

●4年間でマニフェストを実行する。

外国人参政権夫婦別姓など、マニフェストに無い法案を全力で推進。

子供手当てを出します。

→満額支給断念。

また、地方が負担(国籍不問=在日、出稼ぎ外国人が母国に残して来た子供にも支給、養子でもok)。

埋蔵金を発掘しま

埋蔵金は あ り ま せ ん でした

公共事業9.1兆円のムダを削減。

→削減は0.6兆円だけ。事業仕分けはタダのパフォーマンス化。

 事業仕分けの会場代(4日)で1200万円、机・椅子代1362万円

天下りは許さない。

→郵政三役天下りさせた。

公務員人件費2割削減。

→法案を再来年以降に先送り。

天下り先も無くすと更に肥大化

増税しません。

扶養控除、配偶者控除の廃止。

タバコ税、酒税増税

相続税内部留保課税、消費税所得税増税検討

環境税導入も検討

《《注:子ども手当の財源の一部は、扶養控除の一部廃止と配偶者控除の廃止でまかなわれることになっている。

子ども手当てがあれど扶養控除・配偶者控除の廃止により税負担の増加が問題になっている。》》







96: スケート(関西):2010/12/09(木) 09:52:49.93ID:oq0qQoezO

>>15

暫定税率を廃止します。

→維持しました自動車取得税自動車重量税軽油取引税、揮発油税地方道路税)。

赤字国債抑制します。

過去最大の赤字国債を発行(総額44兆円)。

クリーン政治しま

鳩山小沢北教組違法献金脱税 現職議員逮捕議員辞職も離党もせず。

沖縄基地最低でも県外に移設

→県外移設断念。「『最低でも県外』は民主党公約はなく、私自身の代表としての発言」(鳩山)。

《《基地問題についての流れは↓↓

国外・県外要望→断念。

徳之島要望→断念。

普天間要望→現在進行中。

いずれも県民の支持は得られずゴリ押し。》》

内需拡大して景気回復します。

デフレ進行、景気対策補正予算の執行停止。

CO2の25%削減表明、鳩山不況突入

コンクリートから人へ。

道路整備事業費が608億円増(民主の弱い選挙区へ)。

ホワイトビーチ埋め立てに一兆円。

八ッ場も無駄に1年凍結後再開

高速道路無料します。

→土日1000円やめて値上げします。







102: スケート(関西):2010/12/09(木) 09:54:23.71ID:oq0qQoezO

>>15

ガソリン税廃止。

→そうでしたっけ?フフフ。

消えた年金記録を徹底調査。

→「年金記録を回復する必要性は薄れた」(長妻)。

結局うやむやのまま。

医療機関を充実します。

日本医師免許を持たない外国医師の診療を可能にする制度改正を検討

農家の戸別保障

政府米買入れ廃止で米価暴落農家悲鳴

●最低時給1000円。

→実現時期「2020年までに」大幅先送り。

消費税は4年間議論すらしない

消費税増税検討中

年金を事務費に流用しない

2010年度に2000億円流用。

2010-10-08

http://anond.hatelabo.jp/20101008155600

まぁ色んな奴がいるだろうけど、基本的にはむしろ逆だと思う。

能力ゆえにマニュアル志向になり、アエラ(笑)とかプレジデント(笑)とかテレビ(笑)とかネット(笑)とかの情報を真に受けて妄想肥大化した結果ああなったんじゃないかと。

自分の頭で考えることができなかったら、誰かが作ったワークフローに乗っかるしかないだろう。



あと男の場合は単純に致命的にモテないとか出会いが無いとかいうケースも多いと思う。

男は女と違って性器に価値が無い分、精神面で求められる要求水準が高いし、そもそも男の方が数が多いしね。

2010-09-05

ハッピーバースデー

自分


四捨五入したら、30歳だwww」とか冗談言ってたら、そんな数値処理しなくてもリアルに30歳になってしまった。

鬱だ・・・

人生80年として、残り50年。

あ、健康的に生きられるのは70歳までと考えると、残り40年ってところか。

どんなに長くても、後40年たったら今の生活は崩れるのか。

そう思うと、なんとも恐くなる。

宇宙ができてから13,000,000,000年

地球ができてから 4,500,000,000年

人類誕生してから       10,000年

本当に、自分の一生なんて、この世界から見たら一瞬の出来事に過ぎない。

今なら、宗教に走る人たちの気持ちが分かる気がする。

自分はこんなちっぽけな存在じゃない!」って認めたくないよなあ。

だがそれも、考えてみれば過度に肥大化した自意識ではないか?

仏教はそういう、欲を捨てることで心の安定を得ることができる、という教えを説いていると自分解釈している。

その考えは、個人の心の安定には役に立つが、種族としてみたときは果たして有利に働くだろうか?

自己重要性を他者に広め、認めさせる」ミームは、自己ミーム拡散させるには重要ファクターだと思う。

ここに、「自分利益」と「自分の属している集団の利益」の間に葛藤が生じる。

どのようにして、死の恐怖を超克するか。

その方法によって、4通りのパターンが考えられる。「自分、集団ともに+」「自分+、集団-」「自分、集団ともに-」「自分-、集団+」。

どのように折り合いをつけていくかが、これからの課題になりそうだ。

焦るな。だが、急げ。

タイムリミットは刻々と迫っている。

2010-09-03

2冊のアクション書評 ピーター・ドラッカー堺屋太一

http://twitter.com/zaway/status/22888381585

ドラッカー堺屋太一。2人にはある1つの共有点がある。

それは、未来経済社会のあり方についての「ビジョン」についてである。それを堺屋太一は「知価社会」とよび、ドラッカーは「知識社会」と呼ぶ。キーワードは「脱工業化」、そして「知」だ。従来型の産業構造の転換が求められているという議論は、今も日本で話題になっているが、これは新しいようで古い。そこで今回は、彼らの著作の紹介を通じて、過去の議論をざっと見てみようと思う。



堺屋太一「知価革命

1985年に刊行された、堺屋太一未来予測本。

当時はかなりの反響があった。鉄鋼やエレクトロニクスなど日本製造業が絶頂期にあった中、周囲からのひんしゅくを恐れずに堂々と脱工業社会の到来を予言した。ある意味で、時代を先取りしすぎた本と言えるかもしれない。



まず著者は、古代以来の世界史の「精神史」的側面を振り返りつつ、現在世界が直面している変化を位置づける。むかしは、カネや領土を追い求めた「物質」尊重型の古代文明ローマ帝国中国漢王朝のような)、古代の巨大帝国が崩壊すると今度は、信仰に篤く慎まやかな生活をおくる「精神」尊重型の中世が到来した。それが、産業革命以後の近代ではまた「物質」を追い求める時代へと転換した。その意味では、現代社会価値観古代帝国が基底にある。



しかし、足下ではこれが中性的な「精神」尊重型の社会に立ち戻る動きが見られる。2度の石油ショックが起こり、これで資源が有限であることに人々は気づき環境意識が高まっている。「このまま大量生産、大量消費を続けたら我々はまずいのではないか」、そうみんなが確実に思い始めている。この流れの延長線上にある社会の姿と位置づけるのが、「知価社会」である。



知価社会とは「デザイン性やブランドイメージ、高度な技術、あるいは特定の機能の創出といったことが、物財やサービス価格の中で大きな比重を占めるようになる社会」と定義する。ここで、単に情報産業サービス産業などという特定の業種転換より広い意味をもっていることに注意したい。むしろ、強調されているのは製品としての「コモディティ」の終焉である。彼は確かにこう書いている。「安い規格品よりも高級なブランド品が、より長く使われる「知価」の部分が肥大化した価格攻勢が一般化する」(文庫版p225)。



すでにアメリカでは知価社会への適応が進んでいる。単純な製造業が衰退する一方、ブラディング、マーケティングサービス産業の比率が高まっている。翻って、我々日本にとられるべき選択肢は2つ。知価社会への移行を推し進めるか、それとも従来の工業社会の基盤に固執するか、だ。日本が取るであろう道について、彼は製造業での成功体験が忘れられず従来型産業構造維持型の政策を取り続ける可能性は高いと予測している。しかし、その道は安易であり、長期的に有利とは限らない。国際環境の変化に適用できない硬直化に陥る危険性があると警鐘を鳴らし、締めくくる。




ピーター・ドラッカーポスト資本主義社会

原著は1993年刊。この時齢83歳。

ドラッカーといえばマネジメントだが、 本来は政治社会批評家である。彼がマネジメント研究に入っていったのは、その思想を実践するための手段としてマネジメントが有効だと気づいたからにすぎない。



彼はまず産業革命が起こった要因について振り返り独特の解釈をする。産業革命を起こったのは、生活水準資本の変化意外に、1700年以降から変わったある決定的な要因があった。それは職業組合などの内部のみで、数千年に渡って発展してきた秘伝としての技能が、初めて収集され,体系化され、公開された。技術学校や「百科全書」のような書物によって経験は知識に、徒弟は教科書に、秘伝は方法論に置き換わった。この「知識」こそ、道具,工程製品への応用の連鎖をうみイノベーション加速度的な発展を促したものだった。



そして、今、知識の役割はさらに重要になっている。放射線治療機器CTスキャナ、高度なCVD装置、超高速のスパッタリン装置。今の製造業の基盤になっているこうした生産手段は、労働者の高度な知識があって初めて動く。昔の資本主義がそうであったように、けっして労働者歯車のように資本家に所有された代替可能な機械ではなくなっている。従来の資本主義にあったような「資本家労働者」という次元は今や完全に消滅している。今や富の創出の中心は、資本労働土地から、人間の知識そのものへと移行している。



ドラッカーは、このような形で変化しつつある社会を「知識社会」と称した。そうした社会では、労働者達の知識を効率的に活用し、いかに収益にむすびつけていくか(これをドラッカーは「知識の生産性」といっている)がこれまで以上に国,産業企業競争力にとって重要になってくる(p244)だろう。それはこれまでもそうだったし、これからはさらにそうなっていくだろう。イギリス過去CTスキャナコンピュータ抗生物質ジェット機を開発したが、それを製品サービス仕事転嫁できず、アメリカに抜かれていった。他方、アメリカアメリカマイクロチップコピー機、工作機械などのパイオニアだったにもかかわらず、日本企業がそれらの市場を奪取するのを指を加えてみるしかなかった。そして、日本は、自らが事業の先鞭をつけたほとんどの主力産業液晶テレビカーナビ、電池)で韓国中国企業の強烈なキャッチアップを受けている。



では、いかにして知識の生産性を高めることができるのか?それを実現する手段が「組織が成果を生み出す機能を高めること」。つまり、マネジメントなのである。この結節点において、社会学者としてのドラッカー経営学者としてのドラッカーとががっちりと連結される。

2010-08-29

社会保障問題:世代間対立は無意味。分断工作を。

高齢化に伴う年金医療を初めとする社会保障問題は

深刻で基本的には世代間の負担の問題である。

しかしながら、日本では現実的に世代間対立を先鋭化させる

ことによってこの問題を改善することは不可能だろう。


日本人口動態を見れば、日本高齢化に伴う社会保障問題が

発生する事は80年代前半から予測できたはずなのに、

これまでに行われた制度の微調整は、年金保険料を上げたり

一部を税方式にして徴収能力を強化したりといった

むしろ制度肥大化させるものであった。

今後、有権者高齢化が進めば、世代間の公平性を

上げるための改革は一層難しくなる。

高齢者マジョリティーになる社会では、

経済問題高齢者間の利益配分を中心に話が進む。

若年層が世代の利益を確保するには、

この利益配分争いにうまく付け入るしか方法がない。

仮にあなたが年金問題の世代間不公平を

改善させたい社会派新聞記者だとしたら、

「高齢世代は、将来世代のために応分の負担を」

といった記事ではインパクトが弱く失敗に終わるだろう。

もっと、個別の層にターゲットを絞るべきだ。

例えば、裕福な高齢者の生活を分析し、

こんなにたくさんの年金支給が必要なのだろうか?と問いかけ、

厚生年金報酬比例部分の支給は切り下げるべき」と議論を持っていく。

そうすれば、多くの若年層だけでなく

富裕層以外の高齢者の賛同も得やすい。

あるいは、70代で元気に働く高齢者を紹介し、

元気なお年寄りが多い今、65歳で引退する必要があるのか?と疑問を呈し、

生活保護の稼動年齢の基準は70歳にすべき、と持っていく。

仕事確保のため、役所の単純作業を割り振るのも一案だ。

事実上一部の人件費がタダになるので、

多くの有権者の支持を受けられるだろう。

年金生活者の支出は年齢と共に減少していくことを根拠に

有権者平均余命より後の部分について年金の段階的削減を提案するのも一案だ。

生活に困窮する場合のみ別の制度保護すればよい。

生涯の年金収支を生存年数別にグラフにしておけば、

多くの人は「長生きの人はこれだけ得をしているのだから」

と納得する可能性が高い。

身元不明の超高齢者ニュースになった今はチャンスだろう。

健康保険については、例えばタバコの販売をID管理し、

喫煙者の肺疾患は保険カバーしないといった方法も考えられる。

こうした策略に満ちた社会は寛容性が低下しており

望ましい社会とは言えないだろう。

しかし、硬直化した高齢化社会民主主義が陥る必然であるように思える。

http://wofwof.blog60.fc2.com/blog-entry-395.html

2010-08-14

ニートをバカにしない社会こそ未来社会

ニートは来るべき未来社会を先取りした人々。

旧時代の人間がぐちゃぐちゃとうるさいが、こういう人たちはさっさと黙らせて染めあげてしまうのが一番だ。

具体的な方法としては、人間本能に訴えかけるということ。楽をしたい、という人間本能に訴えかけるのが一番だ。

今までの旧世界がやってきた人間を黙らせる方法というのはつまりは獣の理論だった。力でものを言わせ、従わせる。これが有効なのは獣に対してだけなのだ。

人間は獣でありながら獣由来ではない脳を持つ。この脳は獣にはない不思議な欲求を持っていて、それが楽をしたいという気持ち。

そこで技術の登場。テクノロジーで人を黙らせる。それが一番の方法だ。今まで何度やってもうまくいかなかった世界の塗り替えは、テクノロジーによってあっという間に達成された。

闇を恐れ神を畏れる古い人間達は、テクノロジーがもたらす新しい世界像の前に目を輝かせ、書き換えは完了した。


ニートとは一足早く次の社会像を幻視し、受け入れた人々である。(もちろん、本当はニートは嫌だと思っている人間のことではない。ニートをバカにする人間のおかげで足場を失い、精神ボロボロになっていると実感している人々のことである)

次の社会とはすなわち人間の欲求が極限にまで高められ達成された世界フラット化した世界のことを指している。

この世界では「義務」は存在しない。子供を作る義務、年上を敬う義務、働く義務、そんなものは存在しない。なぜなら、人々にはすべてがゆだねられているからだ。何をするのも自由、何をしたいかしたくないかを把握し行動に移すことで幸せを得られる社会。これが未来社会である。ニートは「働かない」という選択をした人間を指す言葉だ。

元来人に与えられた義務など存在しない。獣にはDNAレベルで刻まれた「子孫を残せ」という義務がある。しかし人間肥大化した脳と作り上げた文明によってそこから解き放たれようとしている。

子孫を残すためにセックスをするだろうか。多分イエスと答えた人は社会で少数派になりつつあるだろう。妊娠させるということがセックスの一つの楽しみ方(シチュエーション)となることなど獣の世界ではありえない。獣は子孫を残すために交尾をするのであって、メスを妊娠させるために交尾するのではない。当たり前だ。

このように、セックスというもっとも本能に根ざした部分が、今や本能から離れようとしている。こんな社会で、義務だのなんだのと暗黒時代の風習を持ち出す、あるいは根付かせようとするのはそろそろナンセンスなのだ。


人間自然摂理から自らを解放するために社会を作り上げたのだ。だとすれば、当然、人間が負うべきと考えられてきた義務からも解放されていくだろう。

近年、マナーがなってないとか、子供があまりにわがままで困ったということを聞くようになったが、それはある意味当然のことだ。ただ、まだテクノロジー人間の欲求に追いついていないというだけだ。

いずれ人間は一人になっていくだろう。しかしそれは孤独ではない。言ってみればある種の連帯感、というか一体感なのだ。繋がっているという感覚、全てが溶け合い一つになっているという世界観が主流になっていくだろう。

そこに不都合なものは存在しない。旧時代の人間から見れば「都合の悪いものを排除するなんておかしい」と強い反感を感じるかもしれない。だが、都合の悪いものを都合のいいものに「変えようと努力」してきた現在歴史が間違いであったことは既に多方面から指摘されている。

些細なことでもそうだ。ピアノを弾くのが好きでもないこどもに、将来のステータスのためにと無理矢理ピアノを習わせるのが正しいか?将来のためにと親が子供スパルタ教育を施すのが正しいか?やりたくないことをやらされ続けた人間ストレスは、殺人行為で発散されることもあるのだ。

人間人間を操作することは出来ない。ならば、自分のまわりから自分にとって不都合な人間を遠ざけるのはごくごく自然な考え方だ。ネットでよくあるフィルタリングサービスも、新たな時代のスタンダードとなる考え方を反映させたものだ。動画サイトで、「死ね」をNG登録すればそのコメント世界から抹消される。死ねとつぶやいた本人をリンチしたり洗脳したりして、死ねという言葉を発することができないように「教育」するのが間違いなのは、誰が見ても明らかだろう?

- 転職ならen
- 派遣ならen
4ページ中1ページ目を表示(合計:79件)