「レトリック」を含む日記 RSS

はてなキーワード: レトリックとは

2012-02-14

http://anond.hatelabo.jp/20120214224924

肉付けが面白いとも思わないのだが、

そういう稚拙レトリックをすることが、「頭を使った」と思える不思議世界にお住まいの方がいるわけなんだな。

少なくとも一人は。

著作祭な表現は下品だとは思うけどさ。

2012-01-22

http://anond.hatelabo.jp/20120121115303

楽天の商品ページを日本語処理する際の概要について。

これは、「事務職リーマンwebサービス作ってみた話」のトラックバックに対するトラックバックです。


サイズデータ抽出の正確性について

もちろん、この手のアルゴリズム処理に「完璧」は存在しません。

ですが、拾った結果の品質を数百個ばかり、サンプリングで調査した範囲では、商品サイズを拾える商品のうち、9割を大きく超える率で、正しいサイズを拾えていますので、

「たまにはミスってますが、おおよそ役に立つ」

レベル認識率は十分に達成していると思ってます

もちろん、検索できる商品数が尋常じゃないので、サイズ抽出ミスっていそうな商品を狙い撃ちで探すと、結構見つかったりはしますが。


ちなみに、上記の「商品サイズを拾える商品」という表現には、レトリックがありまして、結構楽天ではサイズ画像のみで記載されている商品もありまして、そういうものは、当然、検索できない商品となっています

まあ、これは仕方が無いところです。




商品サイズ抽出について

サイズは、正しくサイズを拾えるよう、複数の書き方パターンサイズ候補を抽出しています

おおまかには、

  ・幅XX × 奥行YY × 高さZZ(センチ)

  ・幅×奥行×高さ(単位センチ・・・・・・XX × YY × ZZ

 の2パターンで、このパターンを軸に、さまざまな派生対処しています

 この派生(というかノイズ要因)が滅茶苦茶いろいろなパターンであって、相当手を焼きました。



拾ったサイズ候補に対応するサイズ単位センチミリ)の抽出

 実はこれも、簡単そうに見えて、結構、面倒なところでした。

  ・サイズ記載部分から遠く離れた部分に(単位ミリ)とか書いてある場合がある

  ・センチミリを混在してサイズ記載している場合がある

 など、さまざまなパターンがあり、結局、サイズ記載箇所の前後を見て、距離などから重み付けを調整して、サイズ単位を拾っています

 また、そもそもサイズ単位が記載されていない(意外とよくある)場合は、サイズ値の大きさを見て推定したり、(例えば、家具カテゴリサイズ表記に小数点があれば、それはきっと、ミリではなくセンチだろう、など。)全く見当が付かん、というときには、決めで処理したり、仕方なくあきらめたり・・・といった処理をしています



正しい商品外寸の指定

 サイズを拾うだけでは、梱包サイズとか、引き出し内寸とか、ノイズが多いので、これらは、重み付けを行い、一番重み付けが高いものを外寸サイズとして拾っています

 この辺の重み付けは、ある程度、作りこんでいますが、もちろん、完全ではないので、今後のブラッシュアップが必要な部分です。



型番など等で、そもそも違う数字を拾ってしまうこと対策

 こちらは、型番等で誤反応を起こしやすい、W/D/Hでの記載サイズのレーティングを少し下げて対処しているのですが、初めのほうにトラックバックを頂いた方もご指摘されているとおり、それでもある程度引っかかっちゃいます

 タイトル中の型番を検索外すとかの手も無くはないのですが、型番って意外と本文中にも多くて、例えばテレビ台とかで、本文中にテレビ型番をズラズラ列挙されて、それが反応した時もあります

 一応、異常値についてはレーティングを下げたり、サイズ数値取れずで処理はしています・・・みたいなところではありますが、検討すべき改善箇所です。



意外と多い、店舗側のサイズ記述間違い対策

 ex)「幅800×奥行400×高さ100センチ」の棚・・・など。

 こちらは、最終的なサイズ数字を見て、「サイズ単位の書き間違い・拾い誤り推定」の判定を入れておりまして、判定に抵触したサイズについては、正しいと思われる単位に変更・救済しております

 もちろん、フォローにも限界があったり、フォローを行って二重遭難する場合もあるんですが、検証してみたところ、ほんのわずかな二重遭難よりも、誤り救済を行ったほうがはるかに結果がよかったので、処理を入れてます



楽天自体がサイズ検索対応することリスクについて

このリスクは、着手する前によく検討しました。

ただ、結論から言うと、サイズ情報に対する、楽天市場側の動きはほとんど無いと読んでおります

なぜなら、圧倒的にニーズが高く、ハードルも低いと思われる、送料込み価格検索すら、彼らは実現できてないからです。

恐らく、楽天側では、出店側に登録させる情報を、いじりたくないと思っているのではないでしょうか。

しかも、サイズ情報は、楽天が扱っているほとんどのジャンルの商品にとっては、それほど重要性の高くない情報です。

ごく一部のジャンル向け以外は重要性の高くない追加の登録情報なんて、楽天はあまり実装したくはないのではないでしょうか。


・・・と、そういう読みをしてますし、さらに、読みが外れて楽天対応を行ったとしても、別に私は片手間でやっているだけなので、それほどペナルティが大きい訳ではありません。

ということで、「許容できるリスク」と判断しています



以上、カグサイズのページ処理の内容部分の説明でした。

それではー。


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幅x奥行x高さ(家具サイズ)で商品を検索できる、楽天市場家具カテゴリ専門の検索エンジン

カグサイズ検索

http://kagusize.com

2012-01-04

プログラミング初心者たわごと

JavaScript って生き物っぽいって思ったのがきっかけだった。

なんか菌?に遺伝子いれてたんぱく質生産させるやつ? Function は菌の細胞膜prototype遺伝子で、だから prototype全然関係ない違う生物遺伝子を生きてる菌に入れちゃったり。そうすると全然ちがうたんぱく質生産されたり。prototype にべべーっとコピーして追加するのなんてまさしくそれっぽい。

インスタンスからじゃないと複製できないのも生き物っぽい。

インスタンスって言い方になにか違和感があるなあ。

だってプロトタイプベースって、生き物しかいない世界じゃない?基本的に。インスタンスってのは生き物じゃない設計図があってそれにしたがって出来た生き物がインスタンスってイメージあんだけど。プロトタイプベース世界にはそんな設計図も生き物じゃないものもないよね?なのにわざわざインスタンスっていうのに何か違和感ご都合主義的なもの感じる。クラスは型で、インスタンスを実体だとかなんとかって氾濫してるせいかな。多分この辺の用語が JavaScript をわかりにくくさせてる気がする。

僕の感覚では、オブジェクトってのは生き物で、クラスベースってのは神が設計図に基づいて生き物を生産してる世界で、インスタンスベースってのは生き物が生き物を複製してる世界イメージだ。多分、原始の生物インスタンスベースみたいな世界で、海の中にうようよしてたんだろうな、とか。

オブジェクトじゃないものは、生き物じゃない死んでるたんぱく質RNA の破片みたいな。それだけじゃなにもできないみたいな。それだけじゃ命がないから、生き物の殻に詰めるってのが JavaScriptコンストラクタイメージ

Perl の bless したらこれはもう命入ったよ生き物だからねっあとは勝手にしてねってのも、Python名前空間さえあればなんとかなるよねってのも、JavaScriptハッシュさえあれば世界作れるよねってのも、みんなどこか似ている。ちゃんと OOP を理解できてるかは別としてもこの三つはわりとすぐやりたいことができた。昔 Java の本を買ってきて挫折したのにくらべたら、なぜかずっとわかりやすかった。(bless という命名はすごく洒落てる)

全然関係ないけど、Django日本語リファレンスは何か萌えるラクダ本日本語訳はむかつくのに。

プログラミングを始めたばっかりの時は、なんだか難しい用語の意味を理解しないと OOP がわからないと思ってた。それは僕らの住んでる世界とは全然関係のないプログラミング技術ってやつだと思ってた。

でも多分違う。

世界が動く仕組みさえあれば、あとは作り手に世界の成り立ちを抽象化する表現力さえあれば、世界勝手表現されていくし、動き出してく。たまたま僕らの世界オブジェクトもので溢れていて、プログラミング言語進化すれば世界に似るのも当然だろう。いや逆か。プログラミング言語世界に似てきたから、オブジェクトなんていう世界に似た概念が出てきたってことか。なんだか難しい用語ってのは、その表現の一部分の技術名前をつけてるだけなんだな、と。例えば何とか歌唱法や何々画法とか何とかレトリックとかパースの取り方みたいなのと同じ。それは表現を理解する手助けにはなるけど、その意味を知る事がイコール表現力をあげることにはならないんだよね。これに気づくのに遠回りしすぎたなあ。

(知識を得るだけで、100% 還元される人もいるかもしれないけど、そんなのは一部の天才だけだと思う。殆どの凡人はそうはいかない。とはいえ、元の錬度が低ければ、コツをいくつか教わるだけでいきなりうまくいくこともある。ただ、それをまるまんま実力だと思うのは、どんな分野でも危険だ。恋愛テクニックやらを必死に読んでる連中が男女間の深い人間関係を上手くやれてるとはちょっと想像できない!)

プログラミング表現力を上げるにはどうすればいいんだろう。きっと他と同じだろうな。いい表現を沢山味わって、世界をよく観察して、どう成り立ってるかどう動いてるか、私達はそれをどう認知しているのか、考えることかもしれない。漫画家を志す人が美術解剖学を学んだり、優れた画家が絵筆で世界を生々しく描写するように、優れたプログラマ世界のなりたちをプログラムに写し取ったり、世界の仕組みを作る事が出来るのだと思う。

やっとプログラミング面白くなってきた初心者より。

2011-11-23

http://anond.hatelabo.jp/20111123005555#tb

極めてどうでもいい話だ。

暇な人は、下を読んだらいいよ。


>「坂口綾優がGoogle+日本一になったのは、彼女顔写真に冴えない男たちの性欲が殺到したかである。取り繕って美談にするな。

顔のかわいいか否かの是非は、個人の認識による。

性欲の表現レトリックとして見るか、単なる裏心を隠す美談と断定するかで、その人の見方が問われると思います

高学歴美人女子大生である坂口綾優を『普通女子大生』扱いすることで、本当に普通な人々を抑圧するのは言葉暴力である

高学歴美人というのも、増田見解不要な語句だよね。

で、本当に普通な人々を抑圧するって、増田の言う本当に普通な人々に該当する普通な人々っているの?

結局、どこの大学だろうが某かのレッテルを貼っちゃうでしょ。

そして、レッテルを貼った以外のそれらを一般化して、あたかもそういう人が存在するかの如く書き綴ることに疑問を感じる。

普通女子大生定義と、増田普通の人々定義が、どこかすれ違っているように思える。

学生としての普通大学生は、大学勉強をするのが学生としての普通(というか当たり前)なので、普通女子大生でかまわないのでは。

学校をさぼって何かしていたら、きっと普通学生とは言われないのではないでしょうかね。

坂口綾優のGoogle+をやっている動機は『就活のため』ではなく、『他者から承認による興奮や感動を得るため』だ。自分を偽るな。」

修辞学的なことを習った方がいいと思う。

自分を偽るなって何を偉そうに言っているのか全くわからない。

仮に表面で『就活のため』と言っていても、『他者から承認による興奮や感動を得るため』と彼女認識していたら、何も自分を偽っていないじゃないか

2011-10-25

偶然全然違う言葉検索でまたpha氏が出て、こう書いた http://anond.hatelabo.jp/20111025034432

http://d.hatena.ne.jp/oooquree/20111024/1319464061

これは自分ブログで、ここに載ってるリンク先に書き込んだ。それも入らないかと思って、自分の二書き込みしといた。このリンクの人は載せたようだ。

このリンクブログの人は、phaのブログ引用していた。



テレビ局とか、今まで出てたメディアになるべく送っておこう

報告と言う形で



何がいい人だ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!




弱者に次ぐ、卑怯なポジション





この人らがやってる事って、言葉に厚みを加えて、それなりのレトリックやそれなりのインテリなら知ってる事を使って、自分達の怠けを肯定してるだけじゃないのか?

怠けは、犯罪じゃないし、社会主義国家じゃなく自由主義国家なので、刑務所にも入れられないし、勤労の義務があっても、そうしないからと言って、罰則があるわけじゃなし、あの美しい弁護士法みたいなもんだw

別に勝手に怠けてればいいのに、なぜかすごく熱心に勤勉に、変な理論 もしかしたら間違ってるのわかってて発信してるんじゃないかと思うような理論を、発信してるwww  (働かざるもの食うべからずについての、誤用ではないけど、元々は貴族階級に使ったというのを言うのと言わないのでは、だいぶ違うと思う 註↓ )



この人が書いてる事は、元々気にする必要もない事が多い

まるで、アダルトチルドレンを気にする人を、引っ掛けて、気にする状態にしてから、気にしなくて良いと、説いてる人たちみたい。



だってニートというのではなくて、普段からスポーツジムにばかり行って、勤労してなくて、その前はヨーロッパを回ってて、日本に帰って、会社を友人たちと立ち上げるかという話はあっても、あまり進んでなくて、ジム図書館にいるという人が、普通にmixiを書いてた。

資産家らしかった。(親が)



今は、こういう人は日記を閉じて書いてるかもしれない。人が少なかった頃は普通に書いていた。特に煽られたりもしていない。





他にも、

何を書こうとしてたかトイレに行ったら忘れてしまった

また思い出したら書く

2011-10-16

http://anond.hatelabo.jp/20111016031351

元増田です

軽く酔って書いた文章に意外とブクマついてびびった。


実際に付き合ってみたら、思っているようないいものではないってのは分かってる。

それでも愛されたいし、今のつまらない日常よりはずっといいと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20111016092812

メンヘラと付き合ってた経験談。

いい時もあれば悪い時もある。その落差が激しい。

出会いネットを使え。相手に気に入られればどんな手を使ってでもお前を落としてくるはずだ。

たとえお前がどんな環境でもだ。

アドバイス感謝

とりあえず適当馴れ合い出来る場で擦り寄ってみる。

付き合ってる期間は幸せかもしれんがお前自身も病むと思ってくれ。

別れたあとの脱力感で今俺は若干死にたい

昔あった恋愛トラウマで、メンヘラ一歩手前まで病んでた時もあったか大丈夫だと思いたい。

トラウマがある程度払拭できてきて、恋愛をしてもいいかなって感じ。

メンヘラじゃなくてもいいんだろうけど。

http://anond.hatelabo.jp/20111016110859

普通の女と付き合って、徐々に壊すのが一番手っ取り早い。

相手を思いやらない言動の数々をジャブのように打っていけば確実にどこかで壊れる。

どうなんだろうなーそれ。

束縛したりするDV男の気持ちはわかるんだけど。

http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20111016031351

「不治の病の女の子純粋恋愛がしたい」みたいな感じだな。

そんな感じかも。

サナトリウム的な傷の舐め合いみたいな。

そんなに束縛されたいかなあ。生きるために仕事をして、それだけで精一杯なのに。女の子、一生のうちにそんなに必要かなあ。

単純に強く愛されたいんだと思う。

生きていく上で恋愛が必要だとは思っていない。

不治の病気や過度のツンデレとか電波もあわせて、そういう欠点自分けが受け入れて守ってあげられて、だから独占・支配できる的な思考・嗜好なのかと思っている。

そうなのかもなあ。

2人だけの世界が欲しいって感じかな?

うちの子兎共はそれで苦労したクチ。ヤンデレなんてファンタジー有史以来負け惜しみだとかレトリックだとか思考停止だとか睨まれるけど「普通が一番」とは言ったもんでね。凡人は一生をかけて普通を目指す。

ファンタジーなのは分かってる。

それでも愛されたいし愛したい。

2011-10-12

http://anond.hatelabo.jp/20111012101244

横だけど、元増田表現が飛び抜けて悪いとは思わない。

強調したいがあまりの冗語法(つまりレトリック)の一種なんだろうと思う。

さすがに「頭痛が痛い」とかならともかく、「白い雪」レベル表現ではないかと。

それをあげつらって全ての人格を否定するような人間とは友達になりたくないなあ。

論理的には正しいんだろうけど、慣用的表現としてはどうだろうね。

2011-10-04

130人中10人に甲状腺機能に変化 #反原発 派が発狂

今更「現実が始まった」とか言ってる奴何なの。とっくに始まってるよ。下手なレトリックを弄して危険を煽って、やる事は東北農家100人自殺に追い込み、復興の妨害。役に立たない連中だな。

2011-09-06

http://anond.hatelabo.jp/20110906192716

あれは初体験で後悔しちゃった系女子を慰めるためのレトリックだろ。

まり、嘘。

2011-08-31

http://anond.hatelabo.jp/20110831141619

自明ではないんだけど、社会には現実にこういう言説があって、それが支配的なわけでしょ

現実に」とか「なわけでしょ」とかいわれてもなあ。

ソースを示さない人が好むレトリックオンパレードだと思う。




仮にあなたの根拠無き気分に従うとして、

あなた自明でないと認めたとおりそれはまさに気分、流動的な一つの考え方だから

人口がしぼむのはある程度許容すべきじゃない?」って考えの人が増えればいいのだと思う。

民主的に。




緩和しようとしてる主体は、「育児福祉政策」であり、前述の言説の主体だよ

俺や俺と同じ非婚者とは立場が違う人達だ、以上の論点は無いと思う。

からもきちんと主語を書いてね。

2011-08-24

レイシスト」は単なるレトリック

ネトサヨがよくつかうフレーズの「レイシスト」だけどさ。

幼い子供韓国人の血が流れているというだけで殺すのと

強大な韓流を推し進める存在に抗議するとでは

全然違うんだ。

前者は確かに屑な行為だが、後者には卑劣さを全く感じないね

それをたった韓国人というキーワードだけで結びつけて

同一視させようと企んでいるネトサヨって一体なんなの?

2011-08-21

宇野常寛批評用語の名前空間リソースを浪費しすぎ

最後に、宇野は「〈いま・ここ〉だけが無限に広がるこのリトル・ピープルの時代の新しい世界においては、私たちは〈いま・ここ〉に「潜る」こと、徹底して内在的であることが逆説的に超越に接近してしまう」と語るけど、このレトリックって、大澤真幸麻原彰晃に対して指摘した、

徹底した俗物性、過剰なまでの〈内在性〉が、逆に、麻原の〈超越性〉の根拠になっているのではないか。(大澤真幸『虚構時代の果て』)

とまったく同じなのだけど、これは本人的には大丈夫なのかしら。

ttp://blog.livedoor.jp/toshihirock_n_roll/archives/51653048.html

たとえば『完全自殺マニュアル』の鶴見済氏やオウム真理教麻原彰晃は、「革命」を失った今、世界を変えるのではなく自分を変えようとしたわけですよね。ドラッグや「修行」によって。麻原は鶴見さんほど徹底できなかったヘタレから革命のでき損ないに走っちゃったわけですしかし、彼らのやったことはまさに「内在」的なアプローチだったと思う。だって世界変革を「諦めて」自分チューニングするんだから

でも、ぼくがこの本で書いた「拡張現実の時代」においては、先ほどのゲームの例が代表するようにネットワーク的なものに支援されて超越―内在といった図式自体が崩壊していて、徹底的に内在することが超越に近づくというモチーフが頻出する。「ここではない、どこか」ではなく「いま、ここ」に留まったままゲームルールを書き換えるための想像力の行使に焦点を合わせているわけ。それはそのまま「虚構の時代」(鶴見・麻原)と「拡張現実の時代」の違いでもある。ここもポイントで、「外部」を断念するというとすぐに鶴見・麻原的なものを年長世代自体は想像しちゃうけれど、それは90年代時間が止まっている思考ですね。21世紀的な現実は「徹底して内在することによる超越」が、自意識チューニングではなく現実コミュニケーションとして創作物の生成や社会変革の可能性の方向に向かっている。これがまさに「仮想現実から拡張現実へ」ということ。

ttp://synodos.livedoor.biz/archives/1813624.html

いやいやいや。。。ちょっとウノさん、何言ってるんです・・・・。「内在」っていうこれまで批評用語としては、「超越-内在」っていう二項対立の一項として使われてきた用語を、かなり強引に自分タームの「内在」(これってむしろ「組織インサイダー=内在者」っていう意味に近いと思うんだけど)に引きつけて使ってて、不要名前空間コンフリクトを起こしてる気がする。まさに、

文系評論はすぐに一般名詞専門用語化する傾向がある。しかも、その本だけでしか通用しない専門用語をすぐにつくっちゃうのだ。”壁_temp”とか、”想像力_temp”とかい名前にしてくれればわかりやすいのだが、我慢して慣れてみよう。

http://d.hatena.ne.jp/kawango/20110818

っていう奴。今まで現代思想界にはCritique.naizaiっていう広く使われてる変数なり関数なりがあったのに、そこにまた紛らわしいUno.naizaiっていう変数なり関数なりを持ってきてて、そこでCritique.naizaiをUno.naizaiと間違えてコンパイルした人に、「お前はUnoパッケージインポートしてないから俺の本が読めてない」って文句言うのはちょっと無理筋過ぎないか


まあ、用語の問題を脇に置けば宇野常寛の言いたいことも分からなくはない。現代思想社会理論がこれまで、超越(トップダウン理想主義的な社会モデル)か、内在(個々人の内面インナースペースからの改革)か、という二項対立に拘泥したきたのに対して、組織の内在者=インサイダーが、組織へのハッキング的なコミュニケーションによるアプローチをかけることによって、ゆるやかに社会を変えていきましょう、ってのが彼の言いたいことなんだろうなあ、と思う。だけどそこで、現代思想のこれまで数十年の歴史のある用語体系に土足で踏み込んで、「内在」なんていう一般名詞を無理やり自分タームで使うのは無理筋だし、これまでその用語体系を使ってきた人の名前空間を不必要に混乱させる振る舞いだと思う。せめて「内在者(インサイダー)的アプローチ」くらいの用語にしておいてくれれば分かりやすいのにねえ・・・

2011-07-19

人生を半分投げた

人生を半分くらい投げたらロックンロールな気分は消えて、酩酊したいような気分で、でも別に学校行きたいなんて思うわけもなくて、ああ最後までなんかちょっと違う感じだったよなとか思いながら、最初から最後まで医学生ぽくないって言われたこと思い出しながら、なんとなく憂鬱な気分で、でも留年してくそ暇な時間を過ごしているときにおれは別に暇だとか退屈だとか感じていなくて確かいつもこんな感じだったよなって思う。わけわからない気分。勉強するつもりで買った本は全然頭に入らなくて、いやレトリックの本はなんとなくあたまのなかで形にはなったんだけど特に文章としてまとめられるような感じじゃなくて、なんにもわからなくなっちまった憂鬱な気分を抑えるために外に出て歩いて、いつも思い出すのは運動好きな体育教師が心を病んで辞職したこと。結局運動健康になるし憂鬱な気分を吹き飛ばすけれども、一時しのぎのものにすぎなくて、最低な今日。時々凄くはかどる日があるけど今日はぜんぜんそんな日じゃなくって、何がどうなのか僕はわからなくて人生の何にも向いていないような気がする。こうやってひきこもってへんてこな文章を書いて永遠に無視され続けるんだって、もちろん保坂和志が書いたように小説がそういう感情を負の側面に持っていくということは確実にあって、覗き込む心が覗き返してきてそのせいで頭が痛くなり心が暗くなり心配事があふれだす。自己啓発本読んで片付けようとした部屋は相変わらず汚いままで、明日になったら全部捨てようとかそんなことを思う。捨てよう捨てようと考えてずっと捨てられないのは僕の部屋がいろいろな余計なもので溢れているせいで、殆どものは捨ててしまえるのになって思う。だけどおれはぜんぜんすててこなかった。そういう事なんだと思う。永遠に読むことのないであろうドイツ語プリントルーズリーフビニール袋を捨てることが出来なくて、いい加減に捨ててしまわなければと思う。僕はものに囲まれすぎた。こいつらが思考をごちゃごちゃにする、なんてことはなくて、いや、ないのかどうかはわからないが、相互作用でどっちがどっちというわけではないのだろう。いずれにせよおれはとても物を片付けるのが苦手だから物は少ないほうがいい。有名なコピペ鉄道模型を捨てられて、殆ど全てを捨ててしまった夫のように、スーツケース一枚だけの荷物にしてしまえばいいのだ。父は僕にボランティアにいくのはどうだろうと思った。たしかにそれは納得出来ることだったが、ボランティアボランティアを求めているのであって、おれの更生を求めているわけではない。できればシェアハウスでどうにかこうにか生きたい。思い出した、昔のこと。長距離走でおれは結構得意だったから前の方走っていて、後ろのヤンキーがぜーはーいいながらスピードをあげてきて、苦しそうな顔をしながら走って粘ってくるのがすっごいつらくなって、おれは走るのが辛くなった、別にペースをあげたからとかそういう話じゃなくて、なんだか泣きたくなってしまったのだ。それでおれはちょっとだけペースを落として、彼の声が聞こえないところまで下がったら、おれはこのまま頑張り抜こうとかいう気持ちが無くなってしまった。別に同情しようというのではない。ただそれがおれにとってはつらかったのだ。同じことが今も起こっている。年上の再受験生がひいこら言って、生活かかっていて、そんな中でおれはなんだか嫌になってしまって、そういう競争を強いるしくみが・・・。もちろんこれは軟弱なのかも知れない、真っ先に潰されるのかも知れない。そして長距離走のときみたいに、おれはどんどん転げ落ちていくのかも知れない。

2011-07-16

http://anond.hatelabo.jp/20110715005718

元増田です

大元の記事よりもレトリックが雑になってきているようです

最初はそれなりにいい線いっていたのに、ここにきてもう投げやりというか、反論のための反論というか、急速に劣化ウランしてます

劣化ウランって「天然ウランより放射能が落ちた」ってことなんですけどね。まあ投げやりになったのは思い切り事実ですが。

事実」をもとに語る気があるのかと思ったら結局あなたも「理系が悪い」の人だったので落胆しました。だいたい私が最初の記事に「理系」って書いたことに過剰反応する人がいること自体意味不明なんですが(「自然科学の分野に専門性がある」とか役人言葉で書けばよかったんですかね)、はっきり言って「ブルータスお前もかです

オウム真理教信者人間燃料棒はモノです人間相手なら断罪するのは慎重さが必要だと思いますが、燃料棒相手にそこまで遠慮する必要はないでしょう。あそこで遠慮したことで、「メルトダウン隠蔽説」の発生という大損をしたわけです

オウムだって破れかぶれであのあと毒ガステロする危険があったし、実際未遂事件は何件か起こしましたけどね。「新宿駅青酸事件」とかでぐぐってみてもらえたら思い出すと思いますが。

(本論と直接関係ありませんがオウム事件のくだり「化学薬品が大量に見つかった時点でもうほぼ真っ黒」という発言は気になりますね。そうやって河野さん一家も冤罪で酷い目に遭いました。人間相手にはくれぐれも慎重に頼みますよ。モノ相手はバッサリやっちゃってください。)

自慢じゃないですが当時中学生のガキの俺でも河野さんは冤罪だってわかってましたけどね。河野さんが犯人だとしたら、ガスに最も暴露されるはずの当人が比較的軽症でしかも防護設備がどこにもなかったんだから。あれも「文系」の失態ですね。オウム場合サリンを合成できるだけの薬品しかも製造設備が揃って出てきたんだから確定でしょうよ。一方でですね、同じ福島第一原発事故の中でも「モノ相手にバッサリ」やった結果、測定ミスを見落として再臨界デマが流れたりとかそういうことも同時並行で起こってたことをお忘れですかね。やっぱり緊急性が高くない情報はきちんと確認できてなければ断定なんてしたらいかんのですよ。

まあどっちにしても、あの「メルトダウン発表」(というか発表の趣旨自体そもそもメルトダウンがどうこうじゃなくて水位計の機能が回復したって話なんですが)が衝撃的だったのは、私にとっては「あれだけ水を入れてもまだ水が燃料棒に届いてなかったこと」だった(つまりまともに水が入らない原因が何かあるということ)のに、燃料棒が損傷していることが水位計からも裏付けられた、って話がここまで大袈裟に受け止められること自体本当に理解できないですね。

まあ、そういう「文系」の言葉遊び世界はよくわかりませんわ。麻生漢字読み間違いの一件も、「自分言葉で語らずに聞きかじりの付け焼き刃を格好付けて語っている」ということの象徴として当初叩かれてたのに、民主党政権グダグダになったら「麻生漢字を読み間違えたという些細な落ち度を元に首相の座を終われた」なんていう風にいつの間にか歴史修正されてるみたいですしね。日本にはマスコミという「真理省」があるということですね。日本の天地は複雑怪奇なり、ですわ。皆さん本当に頭がおよろしいので私には到底ついていけまへん。

もっとハッキリ言わせていただくならば、九電が今回やったことっていうのも、ウソじゃないんですか。

ウソですよ。大馬鹿ですよ。あれも「理系」じゃなくて「文系人間がやったことですけどね。正直、私が一番原発に対して懸念を持っていること(くどいようですが私は推進派だなんて名乗った覚えありませんからね)は、ああい馬鹿人間が動かしているということですよ。ただし、ああいコピペメール構成ってのは基本的にナイーブ系反原発派を含む「市民運動」の常套手段なのであって、「お前が言うな」でしかないんですがね。

流通していないか大丈夫って、今になってセシウム基準値オーバーの牛だって流通したことが出てきたじゃないですか。あれもウソじゃないんですか。

そりゃまあ、全頭検査をしないってことは「確率的に」流通することはあり得ますよ。ああいうことが一件や二件あっても不思議はないだろうな、程度。こんだけの混乱状況なんだし。正直、俺はあの話全然興味ないので逆に聞きたいんです職場食堂で昼休みに流れてるNHKニュース見て「あー今日もこの話しとるなー」ぐらいに思ってる程度なんですが、世の中ではあれでそんな騒ぎになってるんですかね?。

信頼というのはそういうもんです。推進派は、そこがまるでわかっていないんです。かわいそうなくらい。だから原発自動車比較したり、死者の数を出して、どうだ安全だろといったりするんです

じゃあどうやったら推進派が「信頼」を勝ち取れたでしょうか。絶対無理だったと思いますよ。ナイーブ系反原発派のプロパガンダは卑怯でありなおかつわかりやすすぎるし、坂本龍一だの宮崎駿だの村上春樹だの、ああいう一般受けする文化人広告塔に担ぎ出せた時点でもう勝利確定ですよ。

そりゃまあ第二次大戦前のドイツ民主主義勢力が「信頼」を勝ち取るのと同じぐらい難しかったと思いますよ。第一次大戦軍人目線では完全に負け戦でも一般人には被害がまだ及んでなかったわけで、「アカユダヤ陰謀だ!」と言われれば信じたくなるというのは非常にわかりやすい人間心理でしたしね。

広瀬隆の著作が「だまされようがありません」というのは、(あなたレベルなら)だまされようがないということです

まあ、一読をお勧めしますね。賛否はともかく、それなりに楽しめると思いますから。私にしても全部同意するほど無批判な読み方はしていません。

それを「楽しめる」という神経がわからないですね。あなた9.11陰謀論とかの本読んで楽しめますか。

私にこんなにもコンプレックスを与えている、あなたを含む「理系エリートは凄くあってくれなくては困るわけで、それが凄くないもんだから、もうプンプンですよ。

そりゃまあ「逆恨み」としか言いようがないですが。まあ俺自身が「金融」とか「コンサル」とか「MBA」とかの人たちに対して多少とも似たような感情を持っていたり、それで色物でない「経済学者」の人にルサンチマン誤爆したりしてないとは言わないから多少は同情しますが、まあ誤爆された方からすればお門違いもいいところとしか言いようがないですね。

2011-07-15

http://anond.hatelabo.jp/20110714005634

レスが遅れてすいません。

ううむ。理系文系の対立みたいな残念な方向に流れてきてしまいました。仕掛けたのは私のほうかもしれませんが。

京都弁なのは一向にかまいませんが、大元の記事よりもレトリックが雑になってきているようです

最初はそれなりにいい線いっていたのに、ここにきてもう投げやりというか、反論のための反論というか、急速に劣化ウランしてます

オウム真理教信者人間燃料棒はモノです人間相手なら断罪するのは慎重さが必要だと思いますが、燃料棒相手にそこまで遠慮する必要はないでしょう。あそこで遠慮したことで、「メルトダウン隠蔽説」の発生という大損をしたわけです。これは表現の細部の問題で、後でいいますが、こういうのが信頼を作りだすにあたって重要なんです

(本論と直接関係ありませんがオウム事件のくだり「化学薬品が大量に見つかった時点でもうほぼ真っ黒」という発言は気になりますね。そうやって河野さん一家も冤罪で酷い目に遭いました。人間相手にはくれぐれも慎重に頼みますよ。モノ相手はバッサリやっちゃってください。)

原発派が物理限界を超えて放射能拡散する可能性を語ったせいで「だまされた」ことを批判されていましたが、今度は、逆に、物理限界を超えて炉心の水位が保持されなかったことについては、裏付けが取れるまで断定しないことを良とする。せっかく「物理限界」についてのあなたロジックをもとに議論を展開しているのにスルッとかわされてしましました。なんともやりきれません。

あいつらの中に悪い奴おるんちゃうか、だからあいつら悪い奴や」とは言っていません。「推進派が嘘をつきましたか?否。」と言いきるのは極端ということです。この点はあまり突っ込みたくなかったので、控えめに「かもしれない」で終わらせたつもりですが、もっとハッキリ言わせていただくならば、九電が今回やったことっていうのも、ウソじゃないんですか。流通していないか大丈夫って、今になってセシウム基準値オーバーの牛だって流通したことが出てきたじゃないですか。あれもウソじゃないんですか。と言いたい。それが意図的かどうかとか、実害があるないかいかは関係ないんですよ。あの船場吉兆だって、あんなの食っても到底死にませんよ。でも信頼失ったらオワコンになるんです。信頼というのはそういうもんです。推進派は、そこがまるでわかっていないんです。かわいそうなくらい。だから原発自動車比較したり、死者の数を出して、どうだ安全だろといったりするんです。ずっとこの調子なんですから。そんな議論で到底信頼は得られませんよ。

誤解のないように言っておきますが、わたしは原子力だけを特別扱いしているわけではありません。たとえば、メキシコ湾を汚染した油田だってあい事故起こすのは許されません。自動車だって免許は持っていますが、自分は下手くそなので(制御できる自信がないので)運転はしません。

広瀬隆の著作が「だまされようがありません」というのは、(あなたレベルなら)だまされようがないということです

まあ、一読をお勧めしますね。賛否はともかく、それなりに楽しめると思いますから。私にしても全部同意するほど無批判な読み方はしていません。

原子炉時限爆弾」の冒頭で出てくるのは、1960年政府原発事故の影響を試算したの極秘文書で、これが日本列島をすっぽり覆う被害予想になっているんですが、これなんか、あなたミスリードしたナイーブ系反原発派をミスリードしたのは実は政府そのものというネスト構造だったのではないかと思えてきますよ。原発の「安全神話」もその崩壊も、推進派と反対派の弁証法じゃあないでしょうか。

まあ、私が極端な「理系コンプレックス濃厚なのはご覧の通りですが、私にこんなにもコンプレックスを与えている、あなたを含む「理系エリートは凄くあってくれなくては困るわけで、それが凄くないもんだから、もうプンプンですよ。上から目線などとんでもない。どんなにパニクっても、おが屑突っ込むみたいな無意味なことを弁護するのはやめてほしい気持ちでいっぱいです。あと、文系の連中ごときに手足縛られて、安全対策ができないっていうのなら、団結して職場放棄しろといいたい。「理系」には、モノを握っているという、そういう力が有るはずです。そういうのが「理系」の良心でしょう。原子力を制御できても、文系のアホ連中は制御できないって情けない話じゃないですか。

日本原発は止まるか止まらいか

原発推進派の安全神話にだまされたと思った人。

原発反対派のオーバーウソにだまされたと思った人。

その2極の間の無数の中間。

結局、ナッシュ均衡で決まるんじゃないでしょうか。

2011-07-10

http://anond.hatelabo.jp/20110710101649

なぜ嘘ばかり書いてまで批判するのか。嘘しか書けないなら批判するのはやめなさい。きみの方がまるで朝日新聞の悪いところを濃縮したような性格をしている。


次に、「~な人はいる」などと疑問を強化を試みます。(「~な人はいる」と言いながらそれが誰かということには一切触れない。)

URLを示して、それが誰かということは明らかにしている。きちんと読んでくれ。

次に、出典不明のあやふやなデータを並べ立ててみる。

URLを示して、出典を明らかにしている。きちんと読んでくれ。

(ゆとり世代を擁護するはずが、ゆとり教育を擁護していますゆとり世代の擁護は諦めたのか)

最初からゆとり世代を擁護していない。日記タイトルも「ゆとり教育が使えない人間を生み出すのは嘘」であってゆとり教育の擁護を意図している。錯誤を書かないでくれ。

これって、天声人語レトリックそのままですね。

うまく日記自体を批判できないからといって「天声人語」を持ち出してイメージ低下を狙うのはやめてくれ。


まりきみは、嘘を重ねた上に、根拠もなく「論法を積み上げているつもり」「論法すり替え」といった批判を連ねて批判した気になっている。

まるで天声人語レトリックだ。






というように、

意味不明な批判をしてから、こちらの日記天声人語に准えることで、その意味不明な批判を補強した雰囲気を狙っている。

きみは、「朝日新聞」「天声人語」といった悪のイメージをなすりつけることになれてしまって、嘘・まやかし適当な文章しか書けなくなっている。そういった卑怯な修辞は即刻やめなさい。見ていて気持ち悪い。

http://anond.hatelabo.jp/20110710020804

ゆとり社員が使えるかどうかはわたしには判断できないが、元増田の文章を読むと朝日新聞教育一定の成果を収めているように思われる。

(´;ω;`)「どれだけ頑張っても仕事ができません。ホウレンソウがどうこう言われます

http://workingnews.blog117.fc2.com/blog-entry-4096.html

新入社員や二年目の社員が使えないという記事。

まず記事を引用します。

しかし、ゆとりが報告も出来ず、常識知らずで、上長相談しない使えない人間を生み出すのは本当だろうか。

次に「本当だろうか」疑問を提議します。

ゆとり教育が平均学力の低下を招く、という一見自明事実にも疑問を持つ人はいる。

次に、「~な人はいる」などと疑問の強化を試みます。(「~な人はいる」と言いながらそれが誰かということには一切触れない。)

昔のセンター試験よりも現在センター試験の方が難化しており、かつ、平均点は変わらない。

次に、出典不明のあやふやなデータを並べ立ててみる。

だが、それ以上に、ゆとり教育を受けることと使えない人間が出来上がることとの因果関係ははっきりしていない。

ゆとり教育で授業時間が減ったことが、なぜ、報告も出来ず、常識知らずで、上長相談しない人間を生み出すのか

授業時間が減ったからといってホウレンソウができなくなる道理はない。

論法を積み上げているつもりになっています

ゆとり教育のせいにするより、家庭や地域社会環境をよくする方が常識を教えるのには役立つのではないか

貴重な提言を装った論理すり替え

要するに今の親世代が自分の子供すらまともに育てられていないだけだ。

それなのにゆとり教育を叩いていては、改善は望めないのではないだろうか。

擁護する対象が少々ずれてみたり。

(ゆとり世代を擁護するはずが、ゆとり教育を擁護していますゆとり世代の擁護は諦めたのか)

ゆとり教育を叩いている人は、日本をよくしたいのではなくて、ネットに耳ざわりの良い意見をぶち上げるという気持ちの良いオナニーをしたいだけではないかと勘繰ってしまう。

最後に飛躍した論理に着地してみるものの、自信がないので「勘繰ってしまう」とやや弱めの結言。

これって、天声人語レトリックそのままですね。

いや、よくかけていますよ。天声人語よりクォリティーは高いぐらいだ。

2011-06-11

村上春樹カタルーニャ国際賞スピーチなんて全然すごくない。

村上春樹カタルーニャ国際賞スピーチが賞賛を浴びてるけど、僕はすごいスピーチとは思わない。エルサレム賞の「壁の卵」のスピーチの方が、何億倍もすごかったと思う。

本題に入る前に、まず先に参考にした資料を列記しときます

村上春樹さん:カタルーニャ国際賞スピーチ原稿全文(上) - 毎日jp(毎日新聞)

http://mainichi.jp/enta/art/news/20110611k0000m040017000c.html

村上春樹村上春樹エルサレム賞スピーチ全文(日本語訳) : 47トピックス - 47NEWS(よんななニュース

http://www.47news.jp/47topics/e/93925.php

一部には原爆原発を一緒にするレトリックに批判が挙がってるけど、別にこの部分には異論はない。科学的にいうと全然違うかもしれないけど(急性被爆とかうんぬんかんぬん)、文学表現としては有りだと思う。

僕が違和感を覚えるのは、そこの部分じゃなくて、「我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?」「理由は簡単です。「効率」です」という部分。

「効率」って言葉は一見抽象的なようで、安易に単純化した概念だと思う。

問題は深刻で真実は闇に隠されてて、立ち向かうのには、「壁と卵」のスピーチ言葉を使うと、もっとよい嘘をつくべきなのに、「効率」は出来の悪い嘘だと思う。

「効率」という嘘が、どのように出来が悪いかというと、この原発問題を簡単に乗り越えられるような印象を与えるということ。僕らが「効率」を捨てさえすれば、二度とこのような問題は起きないと錯覚するということ。

そんなに簡単に乗り越えられることが可能なんだろうか。僕らが「効率」だけを求めて生きてきたから、このような事故引き起こししまったんだろうか。たとえそうであっても僕らは簡単に「効率」を捨てることができるのだろうか。

しかしたら、福島の人に希望を持たせるためにあえて出来の悪い嘘をついたのかもしれないけど、そんなことは他の人に任せるべきで、村上春樹仕事ではないように思える。春樹以外の人にだって出来ることなのだから

春樹にしか出来ないこと、それは問題を抽象化して、別の形に置き換える作業だと思う。それは単純化と別方向の作業で、非常に難しいし、理解されないかもしれない。問題をさらに複雑にしたと批判を浴びるかもしれない。

でもそれが、「壁と卵」で春樹が言ってた小説家仕事じゃないかな。そしてそれは「嘘を紡ぐプロ」として自覚している春樹にしか出来ないことだと思う。

※追記 エルサレム賞リンクが間違ってたので修正しました。指摘ありがとうございます

2011-05-09

原発推進者にみる既視感

震災の影響で福島原発が爆発を起こし、甚大な放射能汚染を引き起こしている。

それまでの「絶対安心です」という宣伝文句は嘘だとわかり、その上に、万が一の事故への対策がほとんど取られていなかったことが暴露された。

そして、東電政府の、事故後のあまりに不誠実な対応と嘘の上塗りに、私たちの原発への信頼は地に落ちた。

人々は不安に駆られている。

これから原発建設は、事実上可能になるだろう。




ところが、この段階に陥っても、まだ、

原発は本来なら安心だ」

東電幹部に人材が枯渇していた。原発自体の安全神話崩壊したわけではない」

福島原発は、たまたま外部電源が低地にあったのが悪かった」

地球温暖化を止めるためには、原発が絶対必要だ」

などと主張している人々がいる。

そして、原発をこれから建設し、原発で発電を続けようと訴えている。




崩壊した神話にすがりついて、滑稽な主張を繰り返す、一流の専門知識を持った人々……。

彼らの姿をどこかで、つい最近まで見かけた気がした

デジャブ(既視感)だ。

なんだったっけ?




思い出そうとして思い出せないもどかしさ。

隔靴掻痒とはこのことだったが、つい先日、佐藤優の本をたまたま読んでいたときに思い出した

彼らの態度は、ソ連崩壊したにもかかわらず、

「本来の社会主義は違う」

ソ連経済が傾いていたときに、それを立て直す人材たまたま得なかっただけ」

ソ連の体制は、本来の社会主義国家のあり方と異なる」

資本主義の弊害は明らか。それを改めるためには、社会主義革命が絶対に必要だ」

と、いつまでも主張している社会主義者たちと同じじゃないか




理想がいくら高邁であろうと、それが地に落ちれば、人々は顧みない。

しかも、地に落ちたあとに知ったその実態はあまりにも醜悪だった。

恐怖による支配、ノーメンクラツーラの無法ぶり、嘘で塗り固められた報道破綻した財政、ずさんな会社経営環境汚染、人心の破壊エイズ蔓延……崩壊した社会主義国の実態はおぞましいものであり、そして、世界社会主義革命への幻想を捨てた。




原発も同じだ。

いったん事故が起こると、一県が壊滅状態になり、膨大な被災者が出ることが判明した




加えて、日本世界有数の地震大国であり、その周辺に、敵意と高度な軍事力を持った国を持つという特徴がある。

そのような危険土地に、原発という危険な施設を建設すること自体、おかしな話だった。




しかし、事故が起こりさえしなければ、現実に目を背けていられた。

でも、もう、事故は起こってしまったのだ。




その上、その実態たるやひどいものである

燃料となるウランを採掘するために、産出地の土壌が汚染され、採掘者や周辺の人々の健康に大きな悪影響を与えていること、

内部で働いている人々の被爆管理がかなりいい加減であること(それは現在の作業員への扱いをみていてもよくわかる)、

つまり、弱い立場の人々を食い物にしないと、原発は存立し得ないということ、

全発電量に大きな割合を占めているといっているが、これはレトリックで、原発は発電量を調整できないので火力発電などを調整した結果だということ、

原発地球温暖化を防止するというが、放出エネルギー3分の1は発電に使われずに排熱として海水を温めており、結果、膨大な海水温の上昇に貢献していて、むしろ地球温暖化貢献していること、

なにか起こって被害を受けても、責任者責任逃れに終始し、責任を取るつもりがないこと、

廃棄物をうまく処理する方法は確立されておらず、処理に莫大な費用が必要なため、時間が経てば立つほど、指数関数的に予算が増えていくこと等々……。

そして東電が、まるでソ連のKBGのように、情報を遮断し、われわれに真実を隠してきたことも。




わかればわかるほど、原子力発電というのは問題だらけじゃないか




ソ連崩壊したあとも、あの手この手社会主義者たちは言い訳を繰り返す。

社会主義という思想自体は悪くないといい、それまで褒めたたえたくせに、旧社会主義国罵倒し、そして、残り少なくなった社会主義国へすがりつき、ようやく命脈を保っている。




最近、異常な天災地球を覆っている。

管理技術レベルが未熟な国家でも、原子力発電所建設計画が数多く進められている

自然災害人災かどちらかが原因で、甚大な原発事故が、近いうちに世界のどこかでもう一度、起こるだろう。

その時には、世界中脱原発に向かう。

確実に向かう。

日本は、その尖兵となっただけなのだ。

事故が一度起これば、その被害が甚大なものであることがこれだけ証明された以上、脱原発は、世界の流れになるのだ。




しかし、その段階にいたっても、原発推進者たちは、

原発は安心なのだ」

と、性懲りも無く、題目のように繰り返しているに違いない。

今も社会主義共産主義を信じている人々のように。

2011-04-05

http://anond.hatelabo.jp/20110405163008

本旨に沿った反論というか指摘として

R2M 原発, エネルギー 「5.9円/kWh程度と、低コスト。これは廃棄費用計算に入れている。」 まずこの段階で微妙に。「ウラン235は30年、プルトニウムはほぼ無限プルトニウムって国際的に自由に売買される?

Carnot1824 核拡散リスクと余剰プルトニウムが抜けているよ。 2011/04/04

Zarathustra1951-1967 経済, 安全事故 "原油2004年から2011年の間に5倍"とだけ挙げて、天然ガスに触れないという小賢しいレトリック1つで信頼性が下がる。というより原油価格2011/2004で5倍ってどういう種類の原油WTIだと2倍強でしかも"円高"なんすけど?

JULY 科学技術 なんか、惜しい資料だなぁ。原発に都合の良い書き方をしているのが目についてしまう。水力や風力の環境影響を書いておきながら、原発は希に事故が発生する程度でスルーしていたり。あと出展が分かるものが少ない。

good2nd 原発 もうどいつもこいつも、いつまでもコストっていうなら原子力関係の補助金ホントにやめようぜ。いくら突っ込んできたと思ってんだよ。

mojimoji 最後に一番笑った。「過去事故による損害賠償も、今後は防止できるなら計算に含まない」。事故が「防止できるなら」という仮定は、半世紀余の原子力政策史の中で、ただの一度もマジメに検討されなかった。 2011/04/05

tei_wa1421 いまだに原発安い厨が、そもそもこの震災の前から稼働率が6割切ってる時点で安いってのが寝言だと分かるんだが 2011/04/05

fujiyama3 高速増殖炉はあの有様だし、最も扱いが難しい使用済み核燃料の廃棄方法がそもそも決まって無いのに「廃棄コスト計算に入れている」とか言われても。

抽出すれば、

おそらく、どこまでをコストに算定するかなど、前提としているものが彼らとは異なっている可能性もある。

これにはブコメでも反論があるが、あなたはどのソースからこの結論を導くに至ったのかがきになる。

  • 「水力や風力の環境影響を書いておきながら、原発は希に事故が発生する程度でスルーしていたり。」という指摘に対しての公平性を保った修正。

しかにこれは不公平なので、あなたが知りうる限り平等記述しなおしたほうが良い。






また、あなたが以前に書いた記事?の方のブコメ

logic_master 福島県で失われる富を算定しない議論は全てカス 2011/04/04

とあるように、原発エネルギー資源としてもういちど候補に挙げるならば、こういったコストも勘定に入れるべきだ。

あなたの主張は「これからエネルギー資源を考える上で役立つ情報」について書いているけど、「今回起こった事件でかかるコスト」についての反論はこれからエネルギー資源を論じる上でも有用であるし、彼が論旨読み違えているとはいえ、答えておいて損はないはず。





最後に、

基本的に揚げ足取りスター付けて慰めあっているようなIDは無視して構わないが、質問や指摘には建設的に応えるべきだ。

特に、出典の少なさは私も気になる。

あなたもすべての情報を持っているわけではないのはわかっているから、知りうる限り、補足できる限りの情報は示して損はないと思う。

それでも罵倒するようなIDはさすがにゆとり脳として切り捨てても構わないが、ここまでいい情報を書いておいてその最後の補足で終わってしまうのは惜しい

もっとも、補足するにせよなんにせよ、あなた勝手ですから、私の意見を反映させることも、好きにしてください。任意です

2010-12-27

http://anond.hatelabo.jp/20101227233402

「口出すんなら金出せ」むしろ「口出していいから金出せ」って言いたいのだと思うよ


極論なのは言いたい事にインパクトを持たせ、注目を集めるためのレトリックに過ぎないから真に受けるべきじゃない

2010-12-07

http://anond.hatelabo.jp/20101207155058

「同じだろう」というのが、単なる元増田disるためのレトリックかもしれないわけで

単純な同定ではないかもっていう疑いの気持ちがないのもそれはそれでおっかないよ。

2010-11-14

http://anond.hatelabo.jp/20101114193153

っていうか、「彼ら」とか「自分たち」とか分けたら、そりゃ利害対立するよ。ただのレトリックだ。

「皆さんの税金マイノリティに分配するくらいなら、給付を削って財政再建します」って政策のほうが、

マイノリティを助けるために増税します」よりも受けがいいのは当たり前だ。



自分たち」が「彼ら」のような境遇になる可能性を考えて、「彼ら」のためにお金を使うのは、

それだけの余裕が「自分たち」にある時でなければ、到底無理な話だ。

最初に、

外国人少数民族女性被差別部落障害者貧困者(ホームレス・労務者)等の属性に当てはまったら、

と、マイノリティ女性を分類しているわけだから、マジョリティの数が多いかのような論の展開はおかしい。

残りの男性から「マイノリティ」や大企業従業員や公務員創価学会員を取り除いたら、大して数は残らんだろう。(残る最大勢力は、老人か)

だから政治家は代弁しない。(老人の代弁はする)

宗教はいった方が早いよ。

2010-10-20

http://anond.hatelabo.jp/20101020000424

詭弁意味って改めて言われると悩むわ。

使い方変だと思うならおれバカなんだろ。

レトリックくらいの意味で使ってるが。

2010-10-14

自由か規制かどっちかでしか議論できないのは語彙の問題か?

それとも二分論で十分だと思っていて必要性を感じないから語彙が増えないの?

そういうのはウヨサヨだけだと思ってたのでちょっとビビる


表現規制派は、『自分達は表現規制派ではないが、このような表現表現規制派に目を付けられるから、自主的に表現規制せよ』と唱えているのですね。このレトリックは全く馬鹿げている。表現規制派を出汁にして表現規制を求めるあなた方こそが、表現規制派に責任を擦り付けることで自らの責任回避して、表現規制という結果だけを求める、最悪の表現規制派じゃないですか。

言いたいことはわかる。



でもさ、規制には反対だ、

かといって表現の自由って言葉を正しく理解しないで(つーかわざと誤解して)いる

ヒャッハーモヒカンと一緒にされるのも心外だ。そういう立場人間を示す言葉はないの?

極論ぶちまけて何か議論しているつもりの人たちって

おそらく圧倒的多数であるこういう人たちを

日和見とか傍観者とかすごいネガティブな呼び方してるよね。

でも自分たちが周りからネガティブな目で見られる存在であるって自覚があるの?

第三者を想定した議論ができない人ってなんなの?ルール無用なの?草野球なの?自然に帰れ。

人工物のキワミであるネットで野性児のようにふるまうのは感心しないな。



実行とか行政に関する現実的な落としどころを無視して

どっちかの両極端に無理やり区分けしたがる空論理萌えおこちゃまが多いせいで、

大多数の人間の熱が冷めてしまうんじゃないの?




右翼の批判も左翼の批判も簡単だ。

自分の考えを述べたときに「で、結局お前はどっちなの?」っていう

人の話を聞かないところが大嫌いなんだよ。




極論を極論であると自覚していない人には議論は難しい。

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