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はてなキーワード: 東京とは

2012-02-12

http://anond.hatelabo.jp/20120212134238

様々な悩みに対応する窓口を紹介するサイト

○ いきる・ささえる相談窓口 (独立行政法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 自殺予防総合対策センター

さまざまな問題で悩んでいる方や、その方のことを心配しているご家族や友人の方のために作成された都道府県指定都市別の相談窓口一覧があります

http://ikiru.ncnp.go.jp/ikiru-hp/ikirusasaeru/index.html

いのち暮らし相談ナビ (特定非営利活動法人NPO法人自殺対策支援センターライフリンク

相談窓口情報検索できるサイトです。対象地域は、順次拡大中です。

http://www.lifelink-db.org/index.html

悩み別 相談窓口情報等を紹介するサイト

○ 働く人のメンタルヘルスポータルサイト こころの耳 (厚生労働省

-心の健康確保と自殺過労死などの予防-

専門の相談機関医療機関のご案内、悩みを乗り越えた方の体験談、心の病や過労死に関する基礎知識、心の健康度や疲労の蓄積度を診断するセルフチェックリストなどがあります

http://kokoro.mhlw.go.jp/index.html

 

10代・20代メンタルサポートサイト こころメンテしよう (厚生労働省

10代、20代の方向けのメンタルヘルス情報サイトです。ゆううつな気分、やる気がなくなる、不安な思いなど、こころSOSサインに気づいたときにどうすればいいのか、など役立つ情報を分かりやすく紹介しています。ご家族や、教職員の方々向けのページもあります

http://www.mhlw.go.jp/kokoro/youth/index.html

○ みんなのメンタルヘルス総合サイト厚生労働省

こころの不調・病気に関する情報をまとめた総合情報サイトです。病気や症状の説明や、医療機関相談窓口、各種支援サービスについての紹介など、治療や生活に役立つ情報を分かりやすく提供しています

http://www.mhlw.go.jp/kokoro/index.html

 

○ 返済に困った場合相談窓口一覧 (金融庁

債務整理借金問題)についての相談先、ヤミ金融についての通報相談先、登録賃金業者にかかる苦情・相談先、その他の法律相談についての相談窓口一覧があります

http://www.fsa.go.jp/soudan/index.html

配偶者から暴力被害者支援情報内閣府

配偶者から暴力に関する支援情報をまとめたサイトです。法律や支援制度相談窓口などを紹介しています

http://www.gender.go.jp/e-vaw/index.html

暮らし相談窓口のご案内 (内閣府

子育てについてのご相談犯罪被害等についてのご相談交通事故被害者やその家族の方で、損害賠償問題、生活福祉問題等でお困りの方からのご相談等、内閣府が所管する分野のうち、特に国民の皆様が日々の暮らしを送る中で直面する悩み事についての相談先をまとめてあります

http://www.cao.go.jp/soudan/soudan.html

いじめ相談の窓口 (文部科学省

24時間いじめ相談ダイヤル(0570-0-78310)、いじめ相談機関情報、全国の児童相談所相談窓口等の情報があります

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/06112210.htm

○ ひとりで悩まずにご相談ください。 (法務省人権擁護局)

毎日の生活の中で、これは人権上問題ではないだろうかと感じたり、あるいは法律上どのようになるのか、よく分からなくて困ったことはありませんか。そのような場合に気軽に相談できる場所として、法務省人権擁護機関が開設している人権相談所があります相談無料で、相談の内容については秘密を厳守します。

http://www.moj.go.jp/JINKEN/index_soudan.html

 

電話相談

こころ健康相談統一ダイヤル内閣府

0570-064-556(相談対応曜日時間道府県によって異なります。)

電話をかけた所在地都道府県政令指定都市実施している「心の健康電話相談」等の公的な相談機関接続します。

平成241月現在、31都道府県政令指定都市北海道岩手県宮城県福島県茨城県栃木県群馬県東京都神奈川県石川県福井県山梨県長野県静岡県愛知県滋賀県京都府兵庫県和歌山県広島県山口県徳島県愛媛県福岡県佐賀県長崎県宮崎県鹿児島県沖縄県札幌市京都市)に共通の電話番号を設定しています

http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/link/kokoro/kokoro_dial.html

日本司法支援センター法テラス

コールセンター 0570-078374(おなやみなし)

通話料:全国一律3分8.5円 (PHSIP電話からは、03-6745-5600)

平日 9:00-21:00、土曜日 9:00-17:00

法テラスは、労働問題多重債務問題など法的トラブルの解決に役立つ法制度や、相談窓口を紹介しています

http://www.houterasu.or.jp/index.html

警察安全相談窓口 (警察庁

#9110(対応時間都道府県警察によって異なります。通話料がかかります

警察では、犯罪等による被害の未然防止に関する相談その他国民安全と平穏についての相談に円滑に対応することができるよう、警視庁及び各道府県警察本部に警察相談専用電話を開設し、全国統一番号「#9110」番に電話をかければ自動的に接続されるようになっており、相談の利便を図っています

http://www.npa.go.jp/safetylife/soudan/madoguchi.htm

金融サービス利用者相談室 (金融庁

0570-016811ナビダイヤル) (IP電話PHSからは03-5251-6811

平日 10:00~16:00

金融行政に関するご意見・ご要望貸し渋り貸し剥がし、口座の不正利用、金融の円滑化等の各種情報提供を承ります

http://www.fsa.go.jp/receipt/soudansitu/index.html

行政相談総務省

0570-090110 (おこまりなら まるまる くじょーひゃくとおばん)

通話料:全国一律3分8.5円

PHSIP電話などの場合は、リンク先にある管区行政評価局及び行政評価事務所の電話番号におかけください。)

総務省行政相談は、国の行政全般について皆様の苦情や意見要望をお聴きし、公正・中立の立場から関係行政機関などに必要なあっせんを行い、その解決や実現の促進を図るとともに、皆様の声を行政制度及び運営の改善いかしています

また、ご相談無料で、特別な手続もなく、お気軽にご利用いただけ、相談者の秘密は、固く守ります

http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/hyouka/soudan_n/kyokusyo_madoguchi.html

自殺予防いのちの電話日本いのちの電話連盟)

毎月10日にフリーダイヤル無料)の電話相談0120-738-556)を行っています。(午前8時から11日午前8時まで)全国のいのちの電話一覧もあります

http://www.find-j.jp/network.html

http://www.find-j.jp/

東京自殺防止センター特定非営利活動法人NPO法人)国際ビフレンダー東京自殺防止センター

電話相談が中心ですが、必要な場合面接手紙による相談にも応じます

03-5286-9090

年中無休

夜8時から 翌朝6時まで

ただし 毎週(火)は夕方5時から翌朝6時まで

http://www.befrienders-jpn.org/index.html

チャイルドライン (特定非営利活動法人NPO法人チャイルドライン支援センター

チャイルドラインは18歳までの子どもがかける電話です。

0120-99-7777(フリーダイヤル

通話料:無料携帯PHS OK)

毎週月~土 ごご4時~ごご9時

http://www.childline.or.jp/

震災関連情報電話相談心のケア等)

首相官邸 災害対策のページ (首相官邸

首相官邸災害対策のページです。首相官邸から災害関連の政府活動情報を掲載しています

http://www.kantei.go.jp/saigai/index.html

東日本大震災心の相談電話東日本大震災心理支援センター一般社団法人日本臨床心理士会

0120-719-789(フリーダイヤル

(従来の 03-3813-9960 もご利用いただけます。)

実施期間】7月1日(金)~未定

実施曜日】月、火、木、金(※水、土、日は休み

実施時間】夜7時から9時まで

【ご相談頂ける内容】

被災者の方々の、被災に伴う精神的な悩み・問題に関すること

支援活動に関係する方々の精神的なサポートに関すること

PTSDに関する啓発的支援

原発損壊に伴う各種不安に対する啓発的支援

相談員臨床心理士

http://www.jsccp.jp/center/tel.php

いのちの電話震災ダイヤル一般社団法人日本いのちの電話連盟)

不安な気持ち、つらいこと。話してみませんか。

発信地域限定岩手県宮城県福島県茨城県にお住まいの方の相談窓口です。

0120-556-189(こころ いちばんやさしく)(フリーダイヤル

通話料:無料

毎日13:00~20:00(9月11日(日)~)※毎月10日は除く

いのちの電話では、毎月10日は、自殺予防いのちの電話0120-738-556(フリーダイヤル)を実施しています

http://www.find-j.jp/free.html

http://www.find-j.jp/

こころ無料電話相談社団法人日本産業カウンセラー協会)

全国の避難施設に移っている被災者の方々とそのご家族関係者のための無料電話相談です。

0120-216633

毎日13時~20時(4月1日(金)から6か月間の予定)

http://www.counselor.or.jp/news/110331.html

東北地方太平洋沖地震メンタルヘルス情報サイト独立行政法人国立精神・神経医療研究センター

災害時のこころケア等に関する情報が掲載されています

http://www.ncnp.go.jp/mental_info/index.html

○ 大震災支援情報サイト日本トラウマティック・ストレス学会

心理的支援(こころケア)を行うために必要な情報を集めたサイトです。

こころケア活動は、被災地域のニーズに応じた持続可能なものであることが重要で、十分なアセスメントと準備が必要になります

http://jstss.blogspot.com/

○ ほっと安心手帳内閣府

災害経験した方、家族や友人を支える方向けの心のケア手帳です。

http://www8.cao.go.jp/souki/koho/anshintetyo.html

ボランティアこころケア だれもができる災害時のこころケア (PDF形式) (日本赤十字社

http://www.jrc.or.jp/vcms_lf/care1.pdf

災害時のこころケア (PDF形式) (日本赤十字社

http://www.jrc.or.jp/vcms_lf/care2.pdf

東北地方太平洋沖地震等による災害激甚災害の指定及び被災中小企業者対策について (PDF形式) (経済産業省

上記災害は、広い範囲で甚大な被害が発生しているため、激甚災害法に基づく激甚災害として指定されることとなりました。本指定等を受けて、被災中小企業者対策として、災害関係保証の発動、小規模企業向けの設備金融資の償還期間の延長、事業協同組合等の施設の災害復旧事業に係る補助、災害復旧貸付の金利引下げ等の措置を講ずることとしました。措置の対象は「全国」となります

http://www.meti.go.jp/press/20110313003/20110313003-1.pdf

 

相談窓口 - 内閣府http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/link/soudan.html より転載

2012-02-10

なぜ高専に入ろうと思ったか

高専在学中, OB, OG人達高専に入ったきっかけとか、どういう系統のことが好きなのとか詳しく知りたいからできれば高専関係の方はブログに書いてほしいなーとかチラッと思った #kosen_opportunity


なんていうのがTLに流れて来てたので暇つぶし高専入学志望動機を思い出してみた。

なお、当時書いたであろう入学志望動機は現存してないのでやっぱり記憶を。

中2当時はご多分にも漏れ

人と違う何かをしたいとかそんなことを思ってたようで

漠然普通高校行きたくないな とか考えてた。

中3で

理科先生から高専存在を教えて貰う。

普通高校行きたくないし 電子工作好きだし 高専にしよう。

当時電子工作がすごく自分の中で熱くて

パチンコ液晶買ってモニタにしたり

old macを安く買ってPLLの定数変更してクロックアップに勤しんでみたり

そんな中学生でした。

住んでるのが東京なので育英高専と航空高専受験

育英高専普通に合格

育英合格の日に航空高専の願書提出

育英決まった時点で受験勉強なんてものは一切せずに

航空高専不合格

ということで育英高専入学あいなりました。

ってのが育英に通うきっかけでした。

ちなみに志望学科

育英が電気工学科→電気工学

航空が電子工学科→航空

にしたような。機械とかあんまし興味なかったですしね

復興庁、正式発足=野田首相らが看板掛けへ

東日本大震災から復興施策の司令塔となる復興庁が10日、正式に発足し、東京都港区赤坂の民間ビルに設けられた本庁で、野田佳彦首相や初代復興相に就任する平野達男復興担当相らが看板掛けを行う。設置期限は2020年度末までで、本庁、地方合わせ常駐職員約250人体制でのスタートとなる。

 復興関連予算の要求・配分を一元的に担うほか、被災地規制緩和や税財政上の特例を認める復興特区住宅の高台移転などに使える復興交付金も所管する。 

しかしたら、この記事を読んだ諸君は、「なんでもうすぐ一年にもなるというのにもっと早く立てなかったの?」とか、「なんで東北に立ててないの?」とか思いの方もいるやもしれません。

が、考えて欲しい。彼らが東北に立てた復興庁とやらに自ら足を運びたがるか?、ということだ。彼らが復興庁通勤するためには、東京にあるということは絶対条件なのだ

ついこないだもNEC社員と思しき人間宮城県のしょぼい街に異動になって阿鼻叫喚だったろう?「まともな人間」にとって東京以外というのは田舎しかない。ましてや出世から外れようとエリートであることには変わらない彼らが、どうして田吾作と一緒に汗水流して復興してやらねばならんのだ?というのが、大方の本音であろう。

というわけで、霞が関の外に庁舎が立てられたというだけ、被災者諸君はありがたやありがたやと拝まなければなりません。これは決定事項です。

小林賢太郎について思うこと

もう10年かそこらくらい、ラーメンズや、小林賢太郎単独の舞台や作品を見ている。

この間も最新作の「うるう」(小林賢太郎演劇作品、KKPに分類されている)を観てきた。

もちろん、彼らしい、素晴らしい作品だった。彼が38歳のおじさんに片足突っ込んでいる年齢とは思えないくらいの体力を舞台から感じられて、ファンとしてすごく嬉しかった。

でも、思うところがある。

ここのところ、小林さん、新しいことやってない気がする。

Potsunen、小林賢太郎テレビは同じ仕組を使って新しい話を繰り出してることが多い。(もしかしたら目立つので多いと感じるのかもしれない)

うるうもそう。まだ東京公演と大阪公演が残ってるはずだからネタバレは避けるけど、僕はこの舞台の随所に散りばめられた「笑い」は彼が「創りだした」「過去手法」を使ってる部分が多かったと感じた。

僕はもうそろそろ小林賢太郎がつくりだした「新しい」「表現方法」を使った「笑い」を見たい。

そして、うるうを観て、小林賢太郎は、自分自分自身を収束させようとしているのかなと感じた。

過去自分が創りだした手法を用いて表現し、客席を笑わせる彼を観て、自分も声を上げて笑いながら、ふと、そう思った。

僕の杞憂かもしれないけれど。

いうなれば、ロックバンドの解散前みたいな感じだ。ライブで昔の曲をやり、昔からのファンはしみじみする。解散ライブではそのバンド集大成、総集編みたいなセットリストで〆る。

ラーメンズ本公演が何年もやらないのは、ファンとしては当たり前のことだ。いつまでもゆっくり待ち続ける。

上に書いたことは僕の思い過ごしであればいい。切に願う。

ちなみに、僕は「男女の気持ち」が一番好きなコントです。

2012-02-09

http://anond.hatelabo.jp/20120209105309

別に、手堅さを求めたわけじゃ無いよ。

数年後つぶれるならそれでもいいと思っている。

将来無くなるか良くて現状維持の地方の底辺SE続けるよりは

バブル崩壊するかもしれないけど

東京行って次につなげやすいスキルを得られたり

仕事探しやすい環境にいた方が

マシだと判断した。

ソーシャル博打だとは思うが、

今何もしないのはそれより分の悪い博打だと思った、

他に自分ベットできそうな場所が見当たらなかった、

というのが転職の経緯。

タイミングは、確かに遅いと思う。

もっと早ければ良かったのは間違いないが

どうしようもない事情があった。

事情が解消ししだい動いてこのタイミング

http://anond.hatelabo.jp/20120209093004

いや、たかネット口喧嘩で、Midasに宣言通り殺してもらうために(笑)神戸から東京に乗り込んだのはD_Amonのほうだよ。こっちがはてサ。Midasはよくわからん人だな。

http://anond.hatelabo.jp/20120209090732

議論自体は割とどうでもいい感じなんだけど、その流れで、お前が卑怯者だ、いやお前のほうこそ卑怯者だ、という言い合いになったみたいなんだね。

で、「卑怯者を殺すべきというなら住所教えろ、俺がそっちに言ってやるから殺してみろ」「○○××に住んでるから来れるものなら来てみろよ」「よしちゃんと待ってろよ行ってやる」ってことで、2/5もしくは2/6に神戸から東京まで出てきたのだが、本人不在、そのまま帰る、ということになったらしい。

で、そんな無駄な金があるならどこかに寄付するか東北に金を落として復興に貢献しろよ、意識の高い市民様、と俺は批判しているわけ。こいつらの議論の本題にはなんの興味もないや。それ以前に行動がバカ過ぎるから

はてサがっかりした話

http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20120207

http://d.hatena.ne.jp/D_Amon/20120208

こんなくだらない口げんかで相手に脅し掛けるためだけにいくら使ったんだこの人。

時間と金を掛けてこんなことやりにいって、楽しかったんですか。何か元が取れたんですか。

本人すら何も得ていない、当然周りも何も得られない、本当に完全に金と時間をドブに捨てただけだよね。

どうせ捨てる金なら、震災復興やら恵まれない子供やらのために寄付したりとか、他にもっと有意義な使い方はあったろうに。あるいは、東北の被害の少ない地域旅行に出かけてお金落としてくる方がはるか有意義だろうに。

Midasに「殺せるもんなら殺してみろ」と言いに行くことがそんなに大切だったのか。チャイムがちゃ押しして誰も出てこなくてさあ帰ろうかって時、さぞドヤ顔をしていたのだろうな。

交通機関に何使ったかしらんけど、新幹線かな? こんなくだらないことのために電力を浪費。馬鹿じゃなかろうか。

そしてこんな馬鹿な戦果を喜んでるブクマお馬鹿さんたちも実に馬鹿だなあと思う。

まりにも虚しい気分になったので、どこかに募金にでも行くわ。貧乏なもんで神戸東京間の交通費ほどには出せないけれど。

2012-02-08

http://anond.hatelabo.jp/20120208181854

地震に関しては、誰かが特別な情報を握っているというわけでもないし、ただの湯でガエルなんじゃないか

あと、自分たちだけ先に逃げると後ろ指をさされるというムラ社会的な足の引っ張り合いがあるのかもしれない。

まー東京にいなければ、あっという間に広告がとれなくなって、地震より前につぶれてしまうからな。

東京直下大地震だー23区は壊滅だー火の海だーと騒いでる雑誌本社編集部東京都内からいっこうに出て行こうとしない件。

こいつらが夜逃げし始めた頃に行動を起こせばいいんじゃないかな。

2012-02-07

なんか、いま、ガイアの夜明けで1時間500円の商品券ボランティアという話をやっている。

最低賃金法が気になったので調べてみたら700円ぐらいだった。

どうなんだろう・・・グレーだな。

そんなことより、東京最低賃金が837円だった。結構高くなったな。

データを見ても人口減少の深刻さは不明。 なぜ人口を増やす政策を総動員したいのか

http://diamond.jp/articles/-/16007

何十年か前は人口爆発による資源食糧不足のほうが心配されてたわけで

後知恵で「なんで増やさなかったんだ」というのは滑稽なように思う

たぶんそういう過去の経緯もろくに知らずに書いてるんだろうけど

それと一人当たりGDPスルーして国全体の数字で豊かさを見るのもおかし

GDPの大きさで豊かさ決まるなら精度やら産業構造今のままで形式的に47都道府県ごと別の国にしたら生活苦しくなるなるとか思ってんだろか

中国インド貧乏だし出生率の高い中東アフリカ貧乏な国ばかりなのになぜ人口増加=豊かと思えるのやら

日本国内で見たって高出生率低所得沖縄、低出生率所得東京ってな状況なわけだし

そもそも失われた20年ですら労働者一人当たり成長率は平均2%ぐらいあるわけで50年で総人口が半減しても国全体のGDPは減らないし

あと「人類の5000年の歴史の中で、1人が1人を支える社会が存立し得た事例は寡聞にして知らない」とかかいてるけど

養われる人口が老人だけだと思い込んでるからこういう勘違いをしてしま

子供妊婦も養われる側なので少子化高齢化が同時に進むと総人口に占める労働者の比率は大して変わらない

実際日本を含め就労率が50%前後の国は普通にあるわけですでに一人の労働者が一人の非労働者を養ってるのが現実

サッカー

ほんとに素晴らしい。

信じられないこと、まったく不可能だったことが可能になったのです。

日本はやはり偉大な国、世界一の国です。

                          ――東京日本人主婦感想

世界女子サッカー界の頂点を決めるためにFIFAが作った手段が日本の手によってドイツで大成功を収めた。

この啓示的な日に我々が忘れてならないのは、日本女子サッカー界が必要とするものをよく認識し、日本サッカー界全体自らを支配し律していくことである

                    ――当時の日本首相 菅直人メッセージ

それは、ひどく不気味な光景だった。

日本という国は、復興の遠大さと原発事故の恐怖に辟易しながら暮らす数万の被災者全員よりも、

数千kmも離れた地にいて玉蹴りをしている、たった十数人の女達のことのほうをずっと心配していたのだ。

得体の知れない感情がこみ上げてきた。

                       ――福島被災者の手記

2012-02-04

数字だらけのホッテントリ 厳選!12タイトル

今日久しぶりにざっとホッテントリを見たら数字だらけだったので、

ちょっと数字の入ったタイトルだけ抜き出してみた。




・えっこれも無料?商用利用できる画像ダウンロードサイトまとめ15

東京ベストコーヒーショップ25

Dropboxの容量を無料で誰でも4.5GBも増加出来るよ!

au iPhone海外パケット通信で請求76万円に陥ったワケ

Dropboxの容量を無料500MB増量させる方法

フリーランスとか大手とか言ってないで「ソニーの開発18か条」を今こそ振り返ってみよう!

週間に時間しか働かず月に500万円稼ぐ人の仕事術。

海原雄山を唸らした至高の家庭料理テクニック35

・[保存版]読むだけで文章力が劇的に向上する良質記事まとめ選+α

Twitterでパワーユーザーになるための100方法

英語の発音力を楽しく手軽に伸ばせるスピーキング

バレンタイン必勝!厳選チョコレシピ5




恥ずかしくなるくらい狙った見出しばっかで、完全に週刊誌中吊り状態。

そのうち、まとめサイトまとめサイトが出てきてもおかしくないような状況。

これだけステマとか騒がれててよく飽きないよな、と思う。

年金流用のリスト



社会保険庁本庁の幹部用公用車、出張費、事務所備品など(180億円)

社会保険庁公用車247台(4億円) 職員の外国出張費(1億6500万円)

千葉社会保険大学校内にあるゴルフ練習場建設・維持費(1200万円)

ゴルフクラブの購入費(20本、6万6000円)

校内のテニスコート体育館の維持費(計409万円)

東京社会保険業務センター内のテニスコート建設費(422万円)

全国の社会保険事務所に導入した利用ゼロ印刷機(921台,1億5030万円)

社会保険庁年金広報費(10億600万円)

年金資金運用基金への支出、交付金(計3兆3600億円)

グリーンピア建設費と借入金利息・管理費(3800億円)

年金福祉施設老人ホーム建設・維持費(1兆5700億円)

住宅融資事業費(9300億円)

年金資金運用基金グリーンピア建設住宅融資資金の名目で出資金(1兆800億円)

職員の事務費充当(5300億円)

職員の健康診断費(3億7000万円)

勤労者福祉施設維持費(100億円)

社会保険庁新築した職員宿舎(10億円) ※家賃東京都心3DKで2万円

年金関連施設の職員向け宿舎(28億800万円)※家賃東京新宿区3LDKで月6万956円

社保庁職員宿舎の整備・維持費(42億円)

社会保険庁長官交際費(250万円)

社保長官香典費(1年につき28~50万円)

社保庁職員の交通事故賠償金(15件、1800万円)

保養基地運営法人への支出(2兆円、総額5兆6000億円の使途判明)

年金資金運用基金厚生年金事業振興団総裁退職金(各4000万円)

厚生年金病院建設費(全国68カ所、112億1900万円)

福祉施設建設費(169カ所、92億1400万円)

大規模年金保養基地(グリーンピア)の職員向け宿舎建設費(15億2600万円)

年金資金運用基金(旧・年金福祉事業団)の職員向け宿舎建設費(2億6500万円)

社会保険庁職員用のマッサージ器(6070万円、計395台)

年金流用の累計は6兆7878億円。

2012-01-31

http://anond.hatelabo.jp/20120131035936

東京地判平成11.8.30「どぎまぎイマジネーション」事件

ときメモ商業アンソロコナミから訴えられた事件は聞いた事あったけど、同人ビデオもあったのか。

しかときメモアンソロ事件については「アレは商業から訴えられただけ。同人ならOK」と言う謎解釈がはびこってるけど

(同じく有名なポケモン同人事件も「ヤクザ海賊版商売だと思ってパクったら素人同人女一人出てきただけと言う任天堂が大恥かいた事件。

普通な同人を訴える会社なんて有り得ない」と言う解釈が多い)

この判例はもう言い訳出来ないね。まさか「ビデオから駄目、本ならOK」なんて解釈する奴は出ないだろうし。

http://anond.hatelabo.jp/20120131024144

 エロ同人事実上黙認されるもの

 

いやちょっと待てw

一つ上で書いたことは今回のディズニーの件とは関係ないですよ。まず、著作権が存続している間は著作者人格権どうこう以前に著作権上の問題が当然存在しまから同人活動は決して合法ではありません(多くは親告罪ですが)。また、商業キャラを用いて利益をあげた場合商標権侵害となるケースがほとんどだと考えられます

一方で、著作者人格権を根拠として商業/非商業わず創作活動を制限するケース、つまり「俺のキャラの性生活を勝手に描くなんて侮辱だ!やめてくれ!」というような法的主張はあまり聞かない気がします。その辺まだちょっと詳しくないですが(※1)。著作権商標権のみならず人格権についてもきちんと主張しておかないと、何十年後か、著作権の切れた自分キャラクタが合法的に好き放題レイプされてしまうかもしれません。

また、あくまで一般的「エロ表現の話をしたのであって、「首を刎ねて殺す」という表現は全く別ですよね。

他人の著作物虐殺するなど常識で考えて許される表現ではない、どうあれ侮辱的な表現であると私は思うのですが、その認識がどんどん薄らいで今回のように「ディズニーが訴えないならミッキーの首を刎ねても悪くないよね、作者さん叩いてごめんね」なんてめちゃくちゃな認識が広く蔓延してゆくと、いつか本当に「自分の作ったキャラクタの首を刎ねられたくない権利」が消滅してしまう可能性も考えられるのです。だから我々は、断固として「そういう問題じゃねえ!」と叫ばなければいけません。



ありましたね。

4-4.同一性保持権/Webで著作権法講義

性描写がない作品を元にして、性描写を内容とする作品を作成、販売したことを理由に、同一性保持権の侵害を認めたケースがあります東京地判平成11.8.30「どぎまぎイマジネーション」事件)。被告は、同人文化の一環としての創作活動であり、違法ではないと主張しましたが、退けられました。

同一性保持権については著作者の『意に反して』とされ、著作者の主観的意志がキーポイントになります著作権者死亡後の争いにおいては、その意志を推測するしかありません。故に、うっかり事実上黙認したまま死んでしまうと、別に意に反してなかったよね!という既成事実が形成され、同一性保持権を失ってしまう可能性があるでしょう。

一方、名誉声望保持権ではその名の通り著作者の『名誉又は声望を害する』行為について禁じています。よって、著作者の死後、該当行為特に名誉を傷つける行為ではないという認識が一般的になれば、社会的状況が変化したと見なされ権利が消滅する可能性があります

しつこいようですが、知財関係の権利はきちんと行使しないで黙っていると、権利を失ってしまうということが往々にしてあるのです。

2012-01-29

情強大阪のおばちゃん

今宵は、先日、大阪堺筋線に乗ったときお話です。

ちょっとだけお話の内容にビックリいたしました。

それでは、ちょっとだけ、隣に座ったご婦人たちの会話に耳を傾けてみましょう。

カランコロン


「昨日の徹くんカッコえかったなぁ」

最近、顔も引き締まってきたし」

(中略)

あっきーのラジヲ聴いた?」

若狭湾のがやられたら琵琶湖も終わりやて」

(中略)

「おとといの新聞たっちゃん写真入りで載っとったで」

神戸女子大合気道のせんせやろ。若いころに出会いたかったわ」

(中略)

「水曜のアンカー見た?青山さんがちょっと英語をしゃべってはったんやけど、かっこええわぁ」

「うちは、山本さん派やさかい

「今週もええこというとったで」

「知り合いの日本の中枢にいるインテリジェンスって誰やねん。毎週はなしの中にでてきはるけど」



カランコロン


大阪のおばちゃんは、東京に住んでいる情強兄貴と同じ情報ソースをご覧になっているご様子です。なんだかすごいですね。

それでは、また、次回をおたのしみに。

2012-01-28

0増5減

激変緩和措置というのはまあ理解できなくはないんだけど

神奈川県人口大阪府人口になったのに神奈川18小選挙区大阪19小選挙区ってのはだめじゃね?

少なくとも東京2増と神奈川1増は必要じゃないか

地元にいる。明日からまた東京に行って、生活を改めて始めなきゃいけない。うまくできるか不安だ。人が苦手でしょうがないもんで。

嫌いな人が苦手だけど、好きな人は大好きでその人との関係に依存して生きることになるのが

怖いんだよー。

人間関係から解き放たれた人間になりたい。

そのためには、慕ってくれる人を増やすのがいいのかな?

仕事も探さなきゃ

勉強もしなきゃ

尊敬される人になって

人間関係の悩みを持たない人間にならなきゃ

地元にいる。明日からまた東京に行って、生活を改めて始めなきゃいけない。うまくできるか不安だ。人が苦手でしょうがないもんで。

嫌いな人が苦手だけど、好きな人は大好きでその人との関係に依存して生きることになるのが

怖いんだよー。

人間関係から解き放たれた人間になりたい。

そのためには、慕ってくれる人を増やすのがいいのかな?

地元にいる。明日からまた東京に行って、生活を改めて始めなきゃいけない。うまくできるか不安だ。人が苦手でしょうがないもんで。

2012-01-27

村上春樹の猛々しい想像力 (3/3)

Sam Anderson

2011年10月21日

1 - 2 - 3

翻訳は、村上の作品を組み立てる原理だとさえ言えるかもしれない。

彼の作品は翻訳されているだけでなく、翻訳についてのものだと考えられるのである

村上ストーリーにおける至上の愉しみは、とても普通の状況(エレベータに乗っている、スパゲッティを茹でている、シャツアイロンがけしている、など)が

突然非日常不思議電話を受ける、魔法の井戸に落ちる、羊男と会話する、など)へ変貌するのを見ることだ。

言い換えるならそれは、登場人物が存在論的に盤石な立場から完全な異世界へと投げ込まれ、

たどたどしくも二つの世界の間をとりもつことを余儀なくされる瞬間だ。

村上作品の登場人物はある意味でいつも、根底から異なるいくつかの世界あいだで翻訳をしている。

平凡と奇妙、自然超自然田舎と都会、男と女、地上と地下。

言い換えれば、彼の全作品は翻訳の作業を劇に仕立てたものなのだ



村上の車の後部座席に戻ろう。

私たちは東京を離れ、ベッドタウンに入った。

多くの企業本社や、巨大な船のかたちをしたラブホテルを通り越していく。

およそ1時間後、風景は急峻な山道になり、私たちは村上の家に到着した。

木の生い茂る丘の上、山と海の間にある、こぎれいだが平凡な外観の二階建てだ。



靴をスリッパに履き替え、村上に連れられて彼のオフィスへと入る。

自らデザインした小部屋であり、『1Q84』のほとんどはここで書かれた。

同時にそこは彼の膨大なレコードコレクションの住処でもある。

(10000枚くらいだろうが、怖くて実際に数えてはいない、と彼は言う)

オフィスの幅広い壁二つは、床から天井までアルバムで覆いつくされている。

山々に向けて突き出している窓の下、部屋の端には巨大なステレオスピーカーが君臨している。

室内のもう一つの棚には村上人生と作品にまつわる思い出の品々がある。

彼が『海辺のカフカ』で殺人者として想像したジョニーウォーカーを描いたマグカップ

はじめてマラソンを完走したときの、くたくたの彼を写した写真1991年ニューヨーク市にて、3時間31分27秒)。

壁にはレイモンド・カーヴァー写真、グレン・グードのポスタージャズ巨匠の肖像がいくつか。

村上もっとも好きなミュージシャンテノールサキソフォンスタン・ゲッツ写真もある。



私はレコードをかけてもらえないかと頼んでみた。

村上はヤナチェクの「シンフォニエッタ」を取り出した。

1Q84』の始まりを告げ、その物語のなかで繰り返し鳴り響く曲である

作品で示唆されるとおり、渋滞で聞くにはまさに最悪の音楽だ。

それは速く、アップビートで、劇的──まるで普通の曲が5つ、ペンキの缶のなかで決闘しているかのようだ。

同時にそれは熱狂し、ねちねちとした、暴力的な『1Q84』の冒険の主題曲として、もっともふさわしい。

村上はその奇妙さを買って「シンフォニエッタ」を選んだという。

「一度だけそれをコンサートホールで聴いたことがある」

オーケストラの後ろにトランペットが15人いた。変だった。すごく変だった……その奇妙さがこの本によく合う。この物語にこれ以上よく合う音楽は思いつかない」

彼は何度も何度もその曲を聴いて、そして開幕のシーンを書いたという。

シンフォニエッタを選んだのはまったく人気がない音楽だったからだった。でも本を出版してから日本では人気が出た。小澤征爾さんに感謝されたよ。彼のレコードがよく売れたからね」



シンフォニエッタ」が終わると、私は最初に買ったレコードは何か覚えているかと尋ねてみた。

彼は立ち上がり、棚をごそごそと探して、一枚のレコードを手渡してくれた。

「The Many Sides of Gene Pitney」。

カバーを飾るのは、華やかな姿の Pitney。60年代前半のアメリカクルーナー歌手である。はまだらのアスコットタイに艶のある赤いジャケットを着て、髪型は崩れ落ちる波を凍らせたようにみえる。

村上は13歳の時、このレコード神戸で買ったという(当初のものは擦り切れたため、何十年か前に買い直している)。

針を下ろすと、流れ出す Pitney の最初ヒット曲「Town Without Pity」。

劇的な、ホルン即興とともに Piteny の歌声が黙示録的な叫びを歌う。

若者にはつらいことがある、たくさんある/分かってくれる人がほしい/助けてくれよ/土と石でできたこの星が壊れるまえに」



終わると村上は針を上げ、「バカな歌だ」と言った。



1Q84』というタイトルダジャレである

言語をまたいでオーウェル引用したものだ。

日本語では、9は英語のQのように発音される)



1Q84』を書いているあいだ、『1984年』を読み直したかと尋ねてみた。

彼は読み直したといい、それは退屈だったという。

(これが悪い評価だとは限らない。野球のどこが好きかと尋ねた際、彼は「退屈だから」と答えた。)



近未来小説は退屈なものばかりだ」と彼は言う。

「始まりはいつも暗く、雨で、人々が不幸せそうにしている。コルマックマッカーシーの『The Road』は好きだし、よく書けているけれど、でも退屈だ。暗いし、人間人間を食べるし……ジョージ・オーウェルの『1984年』は近未来小説だけど、この本は近過去小説だ」

1Q84』について「我々は同じ年を反対側から見ている。近過去なら退屈じゃない」



オーウェルに親近感を覚えたかと尋ねた。



オーウェルと僕はシステムについて同じ感じを受けていると思う」と村上は言う。

ジョージ・オーウェルは半分ジャーナリストで半分小説家だ。僕は100パーセント小説家だ……メッセージを書くことはない。よい物語を書きたい。自分政治好きな人間だと思うけれど、政治メッセージを誰かに向けることはない。」



はい村上はここ数年、彼にしては珍しく、政治メッセージを大々的に言明している。

2009年、批判のなか彼はイスラエルエルサレム賞を受賞しに行き、そこでイスラエルパレスチナについて語った。

この夏、彼はバルセロナでの受賞式典の機会を利用して日本原子力行政を批判した。

彼は、福島第一は二度目の核災害だとした。

一度目はまったくの被害者としてだったが。



バルセロナの演説について尋ねると、彼はパーセンテージを少し修正した。



「僕は99パーセント小説家で1パーセント市民だ」と言う。

市民として言いたいことはあるし、求められればはっきりと言う。あのときまで原発について明確に反対する人はいなかった。だから自分がやるべきだと思った。自分にはその責任がある」

演説に対する日本の反応は概ね好意的だったという。

人々は津波の恐怖が改革への媒介となってくれることを、彼と同じように、期待していたのだ、と。

「これは日本にとって転機になると、日本人ほとんどが考えていると思う」

悪夢だけれど、変化のチャンスでもある。1945年以来、僕たちは豊かになるために働いてきた。けれどそれはもう続かない。価値観を変えなければならない。どうやって幸せになるかを考えなければならない。お金でもなく、効率でもなく、それは人格目的だ。いま言いたいことは1968年から僕がずっと言っていることなんだけれども、システムを変えなければならないということ。今は、僕たちがまた理想主義者になるべきときなんだと思っている」



その理想主義はどんなものか、アメリカ合衆国モデルケースとして見ているのか、と尋ねた。



アメリカはもはやモデルケースだとは思われていないと思う」

「いま、僕たちにはモデルケースがない。モデルケースを作り上げなければならないんだ」



地下鉄サリン事件阪神大震災、そして今回の津波……現代日本の数々の災害は、驚くほどにまで村上的だ。

地下での暴力的な衝動、深く隠されたトラウマが大量破壊を引き起こすものとして現れ、地上の日常を襲う。

彼は深さのメタファーを多用することで知られる。

登場人物たちはカラの井戸に降りていき、東京の地下トンネルに生きる闇の生き物に出会う。

(彼は別のインタビューで、井戸のイメージをあまりに何度も使って恥ずかしくなったため、8作目以降、できるだけ使わないように心がけたと話している)。

彼は自分創造性も、深さとしてイメージするという。

毎日机に向かい集中力に満たされたトランス状態の中で、村上村上キャラクターになる。

それは、自らの無意識洞窟たる創造性を探検し、見つけたものを忠実に報告する、普通の人物である



「僕は東京に住んでいる。ニューヨークロサンジェルスロンドンパリのように文明的といっていい世界だ。

 魔法じみた状況、魔法じみた物事に出会いたければ、自分の中に深く潜るしかない。だから僕はそうしている。

 魔法リアリズムとも呼ばれるけれども、自分の魂の深みのなかでは、それは単なるリアリズムだ。魔法ではなく。

 書くときには、非常に自然で、論理的で、リアリスティックで、合理的に感じる。」



執筆しないとき自分はどこまでも普通の人だと村上は強調する。

彼の創造性は「ブラックボックス」であり、意識的にアクセスすることはできないという。

彼はシャイであり、メディアにあまり登場したがらない。道端で読者から握手を求められた時にはいつも驚く。

人が話すのを聞くほうが好みだと彼は言う。

実際に、Studs Terkel の日本版のようなものとして彼は知られている。

1995年サリンガス事件があったとき村上被害者65人と被疑者らを1年かけてインタビューし、

その結果を分厚い2冊組の本として出版した。

のちにそれは『Underground』として、大幅な簡略化をしたうえで英語翻訳された。



この会話が終わったとき村上ランニングに誘ってくれた。(「僕が書くことについて知っていることのほとんどは、毎日ランニングを通して学んだ」と彼は書いている)

彼のランニングスタイル個性の延長のようだ。

身軽で、安定していて、実践的だ。

たがいの走り幅がつかめて1、2分たつと、村上自分が単に「丘」と呼ぶところに行ってみないかと尋ねてきた。

それは試合の申し込みか警告のように聞こえた。

そんな言い方をした理由はすぐに分かった。

というのもまもなく「丘」を登り始めることになったからだ。

もはや走るというよりは、急な坂にさしかかって足をとられているというほうが近く、

地面が傾いたランニングマシーンのように感じられた。

道の終わりに向けて一足踏み込むと同時に私は村上に向けて「大きい丘でしたね」と言った。

そこで彼は指をさして、先にジグザグ道が続いており、私たちはまだほんのひと曲がり目を終えたにすぎないということを教えてくれた。しばらくして、二人の息が切れ切れになってくると、このジグザグ道には終わりがないのではないかと心配になってきた。

まるでどこかの村上世界にある無限階段のように。

上へ、上へ、上へ。

しかし、やっとのことで、私たちは頂上に着いた。

海ははるか下に見えた。

それは秘められた巨大な水世界日本アメリカあいだの、人が住まない世界だ。

その日見たかぎり、水面は静かだった。



そして私たちは下りを走り始めた。村上は村を通る道に誘ってくれた。

大通りのサーフショップ漁師の家がならぶ界隈を通り過ぎた(彼はそのあたりの庭に古くからの「漁師神社」があるのを指差して教えてくれた)。

空気は湿っていて塩のにおいがした。

私たちは並んで浜まで走った。

村上がかつて名もない翻訳者だったころセントラルパークでジョギングをともにしたジョン・アーヴィングについて話をした。

セミについても話をした。

何年も土のなかで生き、地表にぽっと出て、わめき、最後の数ヶ月を木の上で過ごすのは、どんなに変だろうかと。

私がおもに覚えているのは、村上の安定した脚のリズムだ。



走り終えて家にもどると、私は村上の来客用バスルームで着替えた。階下で彼を待つ間、食堂エアコンの風を受けて立ち、大きな窓からハーブと低い木のある小さな裏庭を見ていた。



数分後、庭から迷い出た変な生物が私の視界に入ってきた。

最初それは鳥 – おそらくはその飛び方からして変な毛をしたハチドリのようにみえた。

が、すぐに2羽の鳥がくっついているようにみえだした。

飛ぶというよりはふらついているといった感じで、体の一部がそこかしこから垂れ下がっているようだった。

最終的に、それは大きな黒い蝶だと私は結論づけた。

見たことがないほど変な蝶だった。

浮かびながら、異星の魚のようにひらひらしつづけるその姿に幻惑させられ、

私はそれを既知の何かに分類したくなりかけたが、成功することはなかった。

それはひらひらと、およそ村上と私が走った道を引き返す形で、山から海に向けて飛び去った。



蝶が去ってまもなく、村上階段を降りてきて、食堂のテーブルに静かに腰を下ろした。

見たこともない奇妙な蝶に遭遇したことを伝えると、彼は自分ボトルから水を飲み、私を見上げて言った。

日本には色々な蝶がいる。蝶に会うのは変なことじゃない」

2011年10月21日

1 - 2 - 3

村上春樹の猛々しい想像力 (2/3)

Sam Anderson

2011年10月21日

1 - 2 - 3

どうやら村上は、この本のアメリカ版をそのとき初めて目にしたらしい。

そういう文化交流はえてして少しぎこちなくなるものだ。

日本では『1Q84』は2年を掛けて3巻に分かれて発表された(村上は2巻目で一度終わりにしたが、一年後にもう数百ページ付け足したのである)。

アメリカでは、一巻のモノリスとして組まれ、秋の読書イベントに発表が設定された。

YouTube ではきらびやかトレーラームービーを見ることができ、

一部の書店では発売日10月25日に深夜営業が予定されている。

Knopf は英語訳を急がせるため、二人の訳者に手分けして翻訳をさせた。



村上にこれほど長い作品を書くつもりがあったかと尋ねると、なかったという。

これほど長くなることが分かっていれば、書き始めなかったかもしれないともいう。

彼はタイトルや冒頭のイメージ(この作品の場合は両方だった)が浮かんだ時点で、机の前に座り、

毎朝毎朝、終わるまで書きつづけるのである

1Q84』によって彼は三年間収監されたという。



といっても、この大作はごく小さな種から生まれた。

村上によれば『1Q84』は、人気を博した彼のショートストーリー『四月のある晴れた朝に100パーセント女の子出会うことについて』(英語版では5ページ)を増幅させたものに過ぎないという。

「基本的には同じなんだ」と彼は言う。

少年少女出会う。別れてしまった後、二人は互いを探し合う。単純な物語だ。それを長くしただけ」



実際には『1Q84』は単純な物語ではない。

筋書きを要約することすら、少なくともこの宇宙人間言語をもって雑誌の1記事で書くとすれば不可能だ。

物語は行き詰まりから始まる。

青豆という少女が、タクシーに乗って東京の周縁に掛かる高架の高速道路を行く。

そこで渋滞に巻き込まれ、身動きがとれなくなる。

タクシーラジオからある歌が流れる。

チェコスロバキア作曲家レオシュ・ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」だ。

渋滞に巻き込まれたタクシーの中で聴くのにうってつけの音楽とは言えないはずだ」と村上は書く。

しかしそれは神秘的な深さで彼女共鳴する。

シンフォニエッタ」は進み、タクシーは動かない。

運転手は青豆に変わった迂回路を提案する。

高架高速道路には非常用脱出口が設置されている、そして、普通の人には知られていない脱出口への階段がある、と彼は言う。

本当に絶望しきっているのであれば、そこから地上に降りることもできる。

青豆が考えていると突然、運転手が村上一流の警告を口にする。

「見かけにだまされないように」と彼は言う。

降りていけば、彼女にとっての世界根底から変わってしまうかもしれない、と。



彼女はそうして、世界は変わった。

青豆が降りた世界歴史の軌跡がわずかに違っていた。

そしてわずかではない違いとして、月がふたつあった(ちなみに彼女遅刻した約束というのは暗殺約束であったことが明らかになる)。

そしてその世界にはリトル・ピープルと呼ばれる魔法の種族がいる。

彼らは死んだ盲の羊の口(詳しく書くと長くなる)から生まれ、オタマジャクシの大きさからプレーリードッグの大きさにまで育ち、「ホーホー」と合唱しながら空中から透明な糸を紡ぎだして「空気さなぎ」と呼ばれる巨大なピーナッツ型のまゆを作る。

1Q84』の狂気はおよそそのような流れだ。

この本ではなかばあたりまで、このように浮世離れしたした超自然ガジェット(空中に浮かぶ時計、神秘的なセックス麻痺など)が繰り出されてくるので、

私は行間にエクスクラメーションマークを置きたくなった。



この数十年、村上は自身が「本格小説」と位置づけるものを書こうとしていると言い続けてきた。

一例として彼は『カラマーゾフの兄弟』を挙げて目標にしている。

その試みこそが、三人称の幅広い視点から描かれた巨大小説1Q84であるように思われる。

怒り、暴力惨事、奇妙なセックス、奇妙な新現実を抱えた本であり、

日本のすべてを取り込もうとするかのような本である

偶然ぶつかることになってしまった悲劇にも関わらず(あるいはその悲劇のなかでこそ)、

ひとりの人間の脳に詰め込まれた不思議を提示して、本書は読者を驚嘆させる。



驚きを覚える本の数々をこれだけ読んだあとでもなお、私は村上の本で驚かせられた。

そのこと自体が驚きだったと村上に伝えると、彼はいものようにそれを受け流し、

自分想像力を入れたつまらない花瓶でしかない、と言い張った。



「リトル・ピープルは突然やってきた」という。

「彼らが何者なのかはわからない。その意味づけもわからない。

 僕は物語の虜だった。選択したのは僕ではなかった。彼らが来て、僕はそれを書いた。それが僕の仕事



村上の作品は夢のようであることが多い。

明晰夢を見ることがあるかと尋ねると、

覚えていられたことはない、という。

目覚めたときには消えている、と。

ここ数年で覚えていられた夢は一度だけ、それは村上春樹小説のような繰り返す悪夢だったという。

その夢の中で、影のような未知の人物が「奇妙な食べ物」を料理してくれていた。

蛇肉の天ぷら芋虫パイ、そしてパンダ入りライス

食べたいとは思わないが、夢のなかでは彼はそれに興味をひかれていて、まさに一口入れようというとき目が覚めた。



2日目、村上と私は彼の車の後部座席に乗り込み、彼の海辺の家へ向かった。

運転したのはアシスタントの一人である身ぎれいな女性で、青豆よりわずかに若かった。

私たちは東京を横切り、青豆が『1Q84』で運命的な下降をした高架高速道路の本物へと向かった。

カーステレオではブルース・スプリングスティーンカバーした「Old Dan Tucker」がかけられていた。

アメリカシュールレアリズム古典である



車中で、村上は冒頭のシーンを思いついたときに考えていた緊急脱出口のことを持ち出した(青豆と同じように実際に渋滞に巻き込まれていたときにそのアイデアを思いついたという)。

次に彼は存在論的に複雑な仕事をした。

実際の高速道路で、小説中であれば青豆が新世界に向けてくだっていったであろう場所を正確に特定しようとしたのである

彼女用賀から渋谷に行こうとしていた」車窓をのぞきながら彼はいう。

「だから多分このあたりのはずだ」

と言ってこちらを向いて念を押すように

「それは現実じゃないけれど」

と付け加えた。

それでも、彼は窓の方に戻って実際に起こった出来事を話すように続きを語った。

「そう」と指差して「ここが彼女が降りていった場所だ」

キャロットタワーと呼ばれる、およそ巨大なネジが刺さった高層ビルのような建物の前を通り過ぎた。

村上はそこでこちらを向いて、もう一度思いついたように、

「それは現実じゃないけれど」と言った。



村上フィクションは変わったやり方で現実漏れ出す。

日本に滞在した5日間のあいだ、私は村上東京にいたときとは違って、実際の東京で落ち着くことができなかった。

村上東京、それは本物の東京を彼の本というレンズで見たときの姿だ。

私はできるかぎりその世界時間を過ごそうとした。

村上天啓を得たあの場所神宮球場へ行き、

客席の上の方で二塁打が打たれるたびに注目した(私がもらった天啓もっとも近いものは、枝豆を喉につかえさせて窒息しかけたことだった)。

また、私はローリングストーンズの「Sympathy for the Devil」とエリック・クラプトン2001年アルバム「Reptile」をかけながら、神宮外苑という村上お気に入り東京ジョギングルートゆっくりと走った。

私のホテル新宿駅に近い。そこは『1Q84』でも重要役割を果たす、交通機関ハブ的な場所だ。

登場人物たちが好んで使う集合場所中村屋で私はコーヒーを飲み、カレーを食べた。

そしてフレンチトーストタピオカティーの向こうで東京人たちが交わす会話に耳をひそめた。

そうしてうろつくあいだに、村上小説が極度に意識しているものごと、すなわち、偶然かかる音楽、上昇と下降、人々の耳の形といったものを、私も極度に意識するようになった。



こうして私は、村上巡礼者の列に連なることになった。

実際、彼の小説中の説明をもとにして料理本を出版した人もいるし、

登場人物が聞いた音楽プレイリストオンラインでまとめている読者もいる。

村上は、明らかに喜んだ様子で韓国のある会社西日本への『海辺のカフカ旅行を企画したこと、

ポーランド翻訳者が『1Q84』をテーマにした東京旅行ガイドブック編集していることを教えてくれた。



こうした旅自体が、形而上の境界を越えてしまうこともある。

村上は読者から彼が生み出したもの現実世界で「発見」したという便りを受け取ることがよくあるという。

たとえば、彼が作り出したと思っていたレストランや店が東京に実際ある、など。

ドルフィンホテルというのは『羊をめぐる冒険』で村上が生み出したものだが、札幌にはそれが複数ある。

1Q84』の発表後、ありえない名字として作り出したつもりだった「青豆」という名字家族から村上は便りを受け取ったという。

彼はサイン本を一冊その家族に送った。

ここでの要点と言えるのは、現実漏れ出す虚構、虚構に漏れ出す現実というものが、

村上の作品についてはほとんどの場合、作品そのものだということだ。

彼は私たちを世界から世界へと往還させる。



世界から世界への往還──それは翻訳の作業を思い起こさせる。

翻訳は、様々な意味村上の作品を理解する鍵となる。

彼は一貫して日本作家からの影響を否定してきた。

作家活動の初期には、「日本人という呪いから逃れようとしているとさえ語った。

その代わり、十代の若者として、西洋小説家の作品を貪ることによって、文学感受性を培った。

その中にはヨーロッパ古典ドストエフスキースタンダールディケンズ)もあったが、

彼が生涯を通して繰り返し読んだのは、とりわけ20世紀アメリカのある種の作家たち、

レイモンド・チャンドラートルーマン・カポーテ、F. スコット・フィッツジェラルドリチャード・ブローティガンカート・ヴォネガットなどだ。

処女作に取りかかったとき村上は奮闘し、標準的でない解決法に行き当たった。

本の冒頭を英語で書き、それから日本語翻訳し直すのである

そうやって自分の声を獲得したと彼は言う。

村上を長く翻訳しているジェイ・ルービンによると、村上の作品の特徴のひとつは、

たか英語原作から翻訳されたかのように読めることだという。

2011年10月21日

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村上春樹の猛々しい想像力 (1/3)

Sam Anderson

2011年10月21日

訳注:長文注意。誤訳あったらごめんなさい。教えてもらえたらあとで直します)

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この夏、私は初めての日本への旅行を企てた。

村上春樹の作品世界にほぼ浸りきってやろうというつもりだった。

ところがその目論見は外れることになる。

私は村上の作品の影響下にあるまま、東京に降り立った。

期待していたのは、バルセロナパリベルリンのような街だった。

そこでは、市民はみな英語が達者で、さらにはジャズ劇場文学シットコムフィルム・ノワールオペラロックといった、

西洋文化のあらゆる枝葉に通じている……そんなコスモポリタン世界都市を私は期待していた。

誰かに聞いておけば分かっていたはずなのだが、実際の日本はまったくそんな場所ではなかった。

実際に足を踏み入れることができる日本は、どこまでも頑固に、日本的だった。



そう思い知らされたのが地下だったというのは、我ながらよくできていたと思う。

東京での初めての朝、私は村上の事務所に向かっていた。

アイロン掛けたてのシャツに包まれ、なんの躊躇もなく地下鉄の駅へと降りて行くや否や、

私は迷子になり、助けを求めようにも英語話者を見つけることができなかった。

最終的には(電車を乗り間違え、馬鹿げた値段の切符を買ってしまい、必死のジェスチャーで通勤客を怖がらせたあと)、

どうにか地上に出てはみたものの、もはやインタビューの時刻はとうに過ぎている。

私は絶望して、目的もなくあちらこちらへとさまよい歩いた(東京にはほとんど標識がないのである)。

そして蜂の巣状のガラスピラミッドのような建物の前で途方に暮れていたとき

ついにユキという村上アシスタントに見つけてもらうことができた。



このようにして私は東京の地下の洗礼を受けたのである

まりにもうかつな、アメリカ人的な私は、村上のことを現代日本文化を忠実に代表する人物として考えていた。

実際には彼は私が思っていたような作家ではなく、日本は私が思っていたような場所ではなかった。

そして両者の関係の複雑さは、翻訳を介して遠くから眺めていたときには想像しえないものであることが明らかになっていった。



村上の新作『1Q84』の主人公の一人は、自らの人生最初記憶に苛まれており、誰に会ったときにも、あなた最初記憶はなにかと尋ねる。

やっと村上に会えたとき、私は彼の最初記憶について尋ねた。

それは3歳のとき、初めて家の門の外に歩き出したときのことだという。

彼は道をてくてくと渡り、溝に落ちた。

流されていく先にあるのは、暗く恐ろしいトンネル

そこに差し掛かろうかというとき、母が手を差し伸べ、彼は助かった。

「明確に覚えている」と彼は言う。

「水の冷たさ、トンネルの闇、その闇のかたち。怖かった。僕が闇に魅かれているのはそのせいだと思う」

村上がこの記憶を語るとき、私は既視感とともに心の中でくしゃみをするような気持ちを覚えた。

その記憶には聞いた覚えがある、いや、不思議なことにその記憶自分の中にある、と感じた。

ずっとあとになって分かったことだが、私は確かにその記憶を持っていた。

村上は『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭の脇役に自分記憶を写し込んでいたのだ。



村上を初めて訪問したのは、日本にしてもありえない夏の厳しさの最中

週の真ん中、蒸し蒸しする午前中のことだった。

それは非現実的なまでの災害の余波を受けた夏だった。

4ヶ月前に北日本を襲った津波で2万人が命を落とし、

いくつもの街が破壊され、原子力発電所メルトダウンした。

その結果、電力、公衆衛生メディア政治にも危機が到来した(当時の首相の辞職によって、5年間に5人目の首相が生まれることになった)。

日本を代表する小説家である村上に会いに来たのは、

大作『1Q84』の英語訳(そしてフランス語訳、スペイン語訳、ヘブライ語訳、ラトビア語訳、トルコ語訳、ドイツ語訳、ポルトガル語訳、スウェーデン語訳、チェコ語訳、ロシア語訳、カタルーニャ語訳)について話すためだった。

この本はアジアで数百万部を売り上げ、

まだ翻訳が出ていない言語圏ですらノーベル文学賞の噂が囁かれていた。

62歳にして30年のキャリアを持つ村上は、日本文学最高峰としての地位を確かなものにしている。

疑いなく、彼は母国の表層とかたちを世界に伝える、想像世界大使となった。



そのことは、関係者には非常に大きな驚きだったと言われている。



村上は常に自分日本アウトサイダーだと考えている。

彼は不思議社会環境最中に生まれた。

アメリカによる戦後占領を受けた1949年京都日本の前首都である

「これ以上の文化混交の瞬間を見つけるのは難しい」と John W. Dower は1940年代後半の日本について書いている。

「これほど深く、予測不能で、曖昧で、混乱していて、刺激的なものは他にない」という。

「瞬間」を「フィクション」に置き換えてみれば、村上の作品を完璧に説明することができる。

彼の物語の基本構造は、互換性のない複数の世界に根を下ろした普通の人生であり、

それはそのまま彼の最初人生経験の基本構造でもある。



村上は成長するまでのほとんどを神戸郊外で過ごした。

そこは、さまざまな言語の喧騒に包まれた国際的な港湾都市である

彼はアメリカ文化、とくにハードボイルド探偵小説ジャズに没頭して十代を過ごした。

そうして反逆のクールさを自分ものにし、

二十代のはじめには大企業の序列に入り込む代わりに、髪を伸ばしヒゲを生やして、両親のすすめを押し切って結婚し、借金をして「ピーターキャット」というジャズクラブ東京で開いた。

掃除をして、音楽を聞いて、サンドイッチを作って、酒を注いで、

彼は約10年間をその仕事に費やした。



作家としての村上キャリアの始まり方は、彼のあの作品スタイルそのものだった。

どこまでも普通の設定で始まり、どこからともなく神秘的な真実が主人公に降りかかり、その人生根底から変えてしまう。

29歳の村上地元野球場の芝生でビールを飲みながら、デイヴヒルトンというアメリカ人助っ人バッター二塁打を打つのを見ていた。

平凡なヒットだったが、ボールが飛んでいくのを見て村上天啓に打たれた。

自分小説が書けると気づいたのである

そんな望みはそれまでなかったが、いまや圧倒的なまでだった。

そして彼は書いた。

試合が終わった後、書店に行きペンと紙を買って、

数ヶ月のちに『風の歌を聞け』を書き上げた。

それは名もなき21歳の話し手が語る小さく凝縮された作品だったが、冒頭から村上らしさが見えていた。

アンニュイとエキゾチシズムの奇妙な混合。

わずか130ページで、その本は西洋文化をぶつ切りにして引用してみせた。

名犬ラッシー』、『ミッキーマウスクラブ』、『熱いトタン屋根の猫』、『カリフォルニア・ガールズ』、ベートーベン第三ピアノ交響曲フランス映画監督ロジェ・ヴァディム、ボブ・ディランマーヴィン・ゲイエルヴィス・プレスリー、『ピーナッツ』のウッドストックサム・ペキンパーピーターポール&マリー。

以上はごく一部に過ぎない。

そしてその本には(少なくとも英語訳には)日本芸術引用がまったくない。

村上作品のこうした傾向は日本批評家をしばしば苛立たせている。



村上は『風の歌を聞け』を権威ある新人賞に応募し、受賞した。

そして一年後、ピンボール機を取り上げた次の小説を出したのち、執筆時間のすべてを費やすため、ジャズクラブを畳んだ。



時間のすべて」という言葉には、村上にとっては余人とは異なる意味がある。

30年を経て、彼は僧侶のように統制された生活を送っている。

すべてが作品を作り出すのを助けるように調整されている。

彼は毎日のように長距離を走り、泳ぎ、健康的な食生活を送り、夜9時には床につき、朝4時に起きる。

そして起床後5、6時間は机に向かい執筆に集中する(2時に起きることもあるという)。

彼は自分の事務所を監禁場所だとみなしている。

「ただし自発的な、幸せ監禁だけれど」



「集中は僕の人生もっと幸せものだ」という。

「集中できないとき、人はあまり幸せではない。僕は考えるのが速くないけれど、何かに興味を持てば、それを何年も続けられる。退屈することはない。僕はヤカンのようなものだ。沸かすのに時間はかかるけれど、いつまでも熱い」



そうした日々の湯沸かしが続いていって、世界でも類まれな作品群ができあがった。

30年の歳月を経て積み重ねられたそれには人を虜にする不思議さがあり、様々なジャンルSFファンタジーリアリズムハードボイルド)と様々な文化日本アメリカ)をつなぐ位置にある穴を埋めている。

どんな作家にも、少なくともこれほど深くまでは、埋められなかった穴だ。

時とともに村上小説は長くシリアスになる傾向が強くなった。

シットコム引用もその傾向に調和している。

そして今、とりわげ激しく長い湯沸かしの結実として、もっとも長く、奇妙で、シリアスな本が上梓された。



低く深い声で村上たくみ英語を操る。

彼は翻訳者を通して会話するのが嫌いだという。

なまりは強く、落ち着くべき箇所で動詞の活用が劇的に現れたり消えたりする。

はいえ相互の理解に支障を来たすことはまずない。

特定の熟語("I guess" 「ではないか」、 "like that"「というような」)が、ときたまおかしな位置で使われることがある。

安全言葉いから逸脱するのを楽しんでいる節が彼にはあった。

英語即興の遊びをしているように感じられたのである

私たちは東京にある彼の事務所で席を持った。

その事務所は半ば冗談ながら村上製作所と名付けられている。

数人のスタッフが靴を履かず他の部屋で作業をしている。

村上は青いハーフパンツと半袖のボタン付きシャツで現れた。

彼のキャラクターと同じように、アイロン掛けしたばかりのように見えるシャツだった(彼はアイロンけが好きだという)。

靴は履いていない。

彼はペンギンのある本の表紙を模したマグカップブラックコーヒーを飲んだ。

その本とはレイモンド・チャンドラーの『ビッグスリープ』、彼の昔からお気に入り小説であり、今日本語訳をしている小説でもある。



話を始めながら、私はあらかじめ用意していた『1Q84』をテーブルの上に置いた。

村上純粋にびくっとしたようだった。

その本は932ページあり、ほぼ30センチのその厚みは本格的な法律書を思わせるほどだ。



「大きいな」と村上は言った。

電話帳みたいだ」

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