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はてなキーワード: 西洋とは

2012-01-30

#クリミア戦争勝敗を分けたもの#

兵站看護学機雷なども重要だが、

それ以上に蒸気船と帆船の戦いにおいて、蒸気船の高い操舵力による

黒海での圧倒的有利が、難攻不落であるはずのセバストポリ要塞孤立させ、

戦略的に圧倒的不利になったロシアはついに敗れる。

→次は蒸気船の中でも外輪船VSスクリュー船、で争う。

 対日本、対中国程度であれば外輪船でもスクリュー船でも大差なく勝つが

 同じ蒸気船同志なら、圧倒的にスクリュー船が勝つ


#ヨーロッパは昨日までの敵と平気で同盟を結ぶ#

からこそ、条約重要になる。

日本だって戦国時代はそうだったのだが、スケール感が違うので少し戸惑うね。



#島津斉彬江戸遠征計画(未遂#

井伊直弼は信念を持って粛清を始めている。本人の胸中に入ってんのやましさもないのだ。それがどれほど恐ろしいことかお前にわかるか?ただの悪意や傲慢なら少し恫喝をかければおとなしくなる。我が身が可愛いだろうからな。覚悟を決めた男にそれはきかない。これからの井伊は果てしなくエスカレートするだろう。権力を持った人間はやりたいことがどこまでもかなってしまうからな。しか権力を掴んだ男は気づかぬうちに権力奴隷に成り果てるのだ。私はな、自分で言うのも何だが権力奴隷にならずにすんだ。正義権力に酔ってお由良派を粛清するために血刀を振るっていたならば、今頃薩摩全土は死屍累々、私自身どこかで非業の死に倒れ、島津は滅亡し今の近代化など微塵もなかったであろう。だからこそわかる井伊家は日本を血で染め、日本そのものを滅ぼしかねん。使いたくもない権力であったが、ひと暴れせざるを得まい」(島津斉彬



戦をせぬ戦というものがある。今回の騒ぎは糸をほぐせば簡単にとけるものだ。京の天子様をあまりにも現実から遠ざけてきたことが間違いなのだ西洋人は禽獣ではないこと、我が国は国際社会と堂々渡り合える力を秘めていること、それを伝えて孝明帝の心が休んじられれば日本平和に開国できるのだ。その自信を持てず西洋に一番怯えておるのが250年惰眠を貪り続けてきた江戸幕府である!どれほど格好をつけ、居丈高に振舞おうとも、いや水戸様のように居丈高になればなるほどその怯えは日本全土、全国民に伝わってしまう。幕府の自信のなさを朝廷は見ぬいておられる。意味不明西欧の脅威とこの国の責任押し付けられる帝は溜まったものではない。砲一つない御所にお住まいの帝が開国不承知を叫ばれるのは当然ではないか。帝に安堵していただければ御所空気は一変する。京の攘夷派も納得し一滴の血も流さず開国への道がひらけるはずだ。(この真意を知るのは西郷橋本左内など側近のみ)




#江戸時代役人2#

「この国の役人不思議ですね

 自分たちの責任自分たちの責任だって連呼してました

 どこの国の役人だって、出歩いたこっちが悪いと言いはるでしょうに

 警護の不手際だと自分から言い出すなんてありえないですよ」




#坂本龍馬#

ようわからんが、ちょっとしたきっかけや自信で

人間は大きく変わるんやないかのう。

特別な人間などだれもおりゃせんが、一人ひとりは自分がかけがえのない人間じゃ

自分を大切にする人間は、他の人間も大切だとわかる。

いつも前へ前へと突き進んでいくものには、

目の前に何が待ち受けていようと恐れることはない。

人生は楽しく生きなきゃ、もったいないわ!

そうやって生きるには、身分制度ちゅうおかしなもんが邪魔じゃあ。

なんで人間をそんなにわけるんじゃ。

わしゃあこの国を全部変えちゃる。謀反人の血を持ってすりゃあできんことはない

2012-01-29

#吉田松陰 の松下村塾講義#

「君たちは何のために学問をするのか 何のためにこの松下村塾に来ているのか?

 日本のため人々のためといいますが、具体的にはどういう人々ですか?

 分かる人はいますか?

 的を見ずに矢を放っても的には当たりません 目的のない学問はすべてが無駄になります

 宛先のない手紙はどこにも届かないのです 学問も同じです

 何のために学問をするのか、それは学問をしたくてもできない人のためにするのです!

 人々のためとはそういうことです 諸君が松下村塾に来るのは 松下村塾にも来れない人々のために来ているのです

 それがわかれば一分一秒もおろそかにはできないはずです みんな私の代わりに力のかぎり戦ってください」

吉田松陰講義は平地にありながら最新の情報に溢れており、藩校である明倫館をしのいでいたとされる。

松陰京都で知り合った勤皇思想家梅田雲浜安政の大獄第一の逮捕者もこの頃松下村塾を訪れ各藩の政治状況を伝えたりしている)

はいえ罪人の開いた私塾であるから白い目で見られ、上士の子である高杉晋作や久坂義助などは親の目を盗んで通ってくることになる。

(その他の生徒は貧農の子伊藤俊助、足軽の子品川弥二郎、中間の子山県小助など。)

松陰は一方的に教えるのみではなく、様々なテーマを与えて生徒に調べさせ、

順番に教えあい、その時は松陰も生徒となって学ぶ。これは野山獄時代と同じ。

学問といっても磁極を論じたりしているのであるからしょっちゅう凄まじい議論となり、

先生も生徒も一緒になって朝まで大激論を戦わせたりするのであった。

したがって、松下村塾には遅刻も早退もない。各自の都合で来れる時間に来て、時にはその場で働きながら学ぶといった様子であった。

働きながら学び、学びながら働く。松下村塾は常に熱気にあふれていた。

物置を改造した松下村塾はあまりにせまく、毎日入りきれない生徒が庭にあふれていた。

桂小五郎はこの時江戸にいて、吉田松陰とは往復書簡による師弟関係)




#薩摩 精忠組#

斉彬復帰後も、改革が第一優先であり

お家争いを防ぐため、「高崎崩れ」の犠牲者救済は、政治バランス考慮して後回しにされ、

結局流罪にされた者は2年以上放置されることになる。

この当時は、お家の安定が個々人の身分より優先されるのは、むしろ武士であれば当たり前、という時代だった。

斉彬は参勤交代から帰国し、洋式の事業も見通しがつき、斉興・久光派も落ち着きを取り戻してから

ようやく高崎崩れの流罪者が赦免され流罪からかえってくることに。



#西郷隆盛の建白書に見る 田舎武士知的水準#

斉彬に直訴状を書いた。

最初農政改革を訴えるおとなしいものであったが、

書いているうちに、まず百姓の上に胡坐をかき、私服を肥やす役人どもへの怒りにうつ

さらに元凶たるお由羅派をなぜ処罰しないのか、という批判に及び、

勢いはどんどんエスカレートしてついには蛮学に湯水のごとく金を使う斉彬への彈劾となった。

(基本的にこの当時の武士というのは全員無知である。何も知らされていないから当たり前だが。

 特に薩摩武士は武芸や忠誠がやかましく、下級武士である西郷は狭い学問でも実力は下の下であった。

 だから、目についた農村の貧しさについて、その歴史も理解できず、目の前のことがすべてになってしまう。

 西郷はこのあとも、斉彬の意図を全く理解できず、そのくせ忠義と称して暴走を繰り返している

 しかしこれでも農村の痛みに気づいただけまだましな方というから、どれだけ当時の武士

 ものを知らされず、また忠義と称して暴走しやすい困った気質の持ち主であったかよくわかる。

 江戸時代に行われていた偏った儒学や忠孝の教えでは、基本的にこういう愚か者を作ることしかできない)


しかし、島津斉彬は彼を用いた。そのくらい「手駒としては仕える」人物だった

 「考えは180度違っているが、それは今後の教育でなんとでも変えられる

  おいそれと変わらぬのが、そちが持って生まれた無私無欲の心 そこを見込んだ。今日からわしの片腕となってもらいたい」

 水戸斉昭さえ制御しようとしていた斉彬は、自分が死んだ時や、動きを制御しきれなかった時の危険については一切考えていなかっただろう。


→私はこの頃の西郷のような直情径行ガ忠義という概念とセットに成った、視野が狭くすぐに他人に攻撃的になる人間が嫌いだ。

 西郷に関しては当時のことだから納得はできるわけで、現代でもたまにこういう奴がいるのを見ると吐き気がする。




#隠居以外に散歩という概念がなかった江戸時代#

「これといった目的もなく、落ちているものを探すのでもなくただなんとなく歩いているのですか?

 我が国でも風流人はそういうことをしますが、それは楽隠居道楽です。

 ハリス殿は日本に遊びに来ているのですか?

 あるいは無法者、ゴロツキ、怠け者のたぐいです。

 江戸で何もせずに歩いているだけの人間など、挙動不審とみなされしょっぴかれても文句は言えませんな



#ハリス日本評#

 「日本役人世界最悪と言える 犬が何も考えられないのと同じ」

まぁこはいいけど、やれ風呂はだめだの山菜は食えないだの、ヤンキーはほんとにwww

 

 「この1年は何だったんだ…国際社会常識を知らぬ無知な国が相手だ。

  彼らには経緯を持った対話を重ねて教えていくしかない。そう思い私は之までずっと耐えてきた。

  しかし彼らは頑として心を開かなかった それがどうだ たった一艘の軍艦を見た途端

  あなた国賓としてお招きしたいときたもんだ

  向こうは大砲に動揺した 私も相手が怯えるように話した

  誠意ある百万の言葉が、1門の大砲に負けるのか………

  ハリスよりペリーが正しいのなら、言葉はなんのためにあるのだーーーー!」




#攘夷志士の怖い習慣#

西洋かぶれと目をつけた町人などを数人で寄ってたかって辻切り・試し切り

水戸から江戸に上洛しようとしてとうせんぼされたらいきなり切腹とかする

2012-01-28

#竜馬とたけち#

竜馬と武市半平太。ともに岡田以蔵能力や人柄を認めつつも、

身分制度に疑いを持たないため、将来彼を自分の手足として使うことを当然と考える武市と

そもそも身分制度に頓着がないため、純粋な友人として見ている竜馬の違いは大きいのう





#大村益次郎の知恵#

「竹竿台場江川台場も役に立たぬ意味では同じです。画餅にすぎぬ。

 もともと実現不可能なものを命じられているのであれば、幕府差し出さねばならぬ図面や設計書もうんと立派なものにする。

 図面さえ出しておけば幕府安心し納得する。5~6年以上かかる大工事の計画書でなければいけません。

 なに、心配入りません、3年待たずして必ず状況は変わります。程無く幕府も砲台設置は無意味と気づくでしょう。」




#大村益次郎天才性#

吉田寅次郎はアホな人ですね。

 天下の佐久間象山に就いておきながら、なぜ蘭学を学ばない、なぜ科学を収めようとしなかったのか!

 蘭書を読み科学を学べばわざわざ命を捨ててアメリカに行く必要はない。」

 あの船の動力室を見れば、西洋合理主義オランダの国力も手に取るようにわかる。

 未来を開くことができるのです・・・

→多分これが可能なのは佐久間象山大村益次郎のふたりだけで、

 吉田日本の中ではとても優秀ながら、これが出来なかった、というか普通できないか海外に行こうとした。

 子供の頃から山鹿流を極めて、外国合戦するという視点に囚われていたか

 逆にそれをUnlearnするのはなみたいていのことじゃ難しいというのもあったと思う。

 大村益次郎福沢諭吉レベル合理性というのは、なかなか難しい。

 しか吉田松陰合理性の鬼ではないどころかその逆に非常に忠義や友情と言った人間的なものに強かったか

 教育者としては短い人生歴史に名を残すほどに多くの人に影響を与えているというのが面白い



#大塩平八郎大阪民に与えたプライド#

大阪には、庶民のためにここまで命を投げ出す人がおったんか、と何やら胸が熱うなったな。

それまでわしにとって大阪出世前の足場に過ぎず、いずれ若い頃学んだ江戸に戻って一旗揚げるつもりやったんやが

何やしらん、大阪の町と底で暮らす人々が愛おしゅう思えてきてね

「この土地に骨をうずめるのも悪うないか」と思って、大阪で異形を開き、適塾スタートさせることにしたっちゅうわけや。


#アロー戦争#

アヘン戦争が最も愚かな戦争であれば、こちらは戦争と呼ぶのもおぞましいヤクザのゆすりたかり。

アヘンで荒廃した国を蹂躙し、さらに絞り足りぬといえに土足で入り込んで略奪放火までしていくとか。

西洋列強の恐ろしさ強欲さが顕になった虐殺略奪劇。

勝利後の条約がまたひどくて、お前紳士の国とかそれ歴史教科書見ながらいえんの?レベル

(ただ、当時の補給線・調達や、兵隊の編成事情を見ても多少は納得する部分もある。

 アングロサクソン系はもともとどうしようもない野蛮人であり、それをよく知っているからこそ

 自分を律する啓蒙主義みたいなのも流行ったんだと考えると、今やたら紳士ぶってるのもわからんではない

 何から何まで尊敬できるような国ではないのは確かだけれど)

特にロシア領土拡大・不凍港獲得は、開国後の日本威圧することに。

アヘン戦争とか見てると、本当にこの当時のゲスヤクザイギリスを相手にしないためにも

 鎖国というのは全く不合理ではなかったかも、と思えてくるから困る。

 当時のイギリスゲスさ強欲さ残忍さなどどれをとっても、松前商人はるかに上回るレベル。(ただし頭も良いから余計たち悪い)

 (日本が侵略されなかったのはこちらを食べつくすのに忙しかたからと、日本はそれほど旨みがなかったから、なんだろうか)

→にも関わらず、イギリスはなぜか日本に対しては国と国としての対応をシてくれている。(フェートン号事件をはじめ3件くらい海賊行為があったけど)

 実際オランダと同じように、軍艦を一隻無料で寄贈してくれたりとよくわからない。

 オランダロシアとことを荒立てないみたいな駆け引きがあったんだろうか・・・なぜ他の国も辛抱強かったんだろうか、とかいまだによく分からない。

2012-01-27

村上春樹の猛々しい想像力 (2/3)

Sam Anderson

2011年10月21日

1 - 2 - 3

どうやら村上は、この本のアメリカ版をそのとき初めて目にしたらしい。

そういう文化交流はえてして少しぎこちなくなるものだ。

日本では『1Q84』は2年を掛けて3巻に分かれて発表された(村上は2巻目で一度終わりにしたが、一年後にもう数百ページ付け足したのである)。

アメリカでは、一巻のモノリスとして組まれ、秋の読書イベントに発表が設定された。

YouTube ではきらびやかトレーラームービーを見ることができ、

一部の書店では発売日10月25日に深夜営業が予定されている。

Knopf は英語訳を急がせるため、二人の訳者に手分けして翻訳をさせた。



村上にこれほど長い作品を書くつもりがあったかと尋ねると、なかったという。

これほど長くなることが分かっていれば、書き始めなかったかもしれないともいう。

彼はタイトルや冒頭のイメージ(この作品の場合は両方だった)が浮かんだ時点で、机の前に座り、

毎朝毎朝、終わるまで書きつづけるのである

1Q84』によって彼は三年間収監されたという。



といっても、この大作はごく小さな種から生まれた。

村上によれば『1Q84』は、人気を博した彼のショートストーリー『四月のある晴れた朝に100パーセント女の子出会うことについて』(英語版では5ページ)を増幅させたものに過ぎないという。

「基本的には同じなんだ」と彼は言う。

少年少女出会う。別れてしまった後、二人は互いを探し合う。単純な物語だ。それを長くしただけ」



実際には『1Q84』は単純な物語ではない。

筋書きを要約することすら、少なくともこの宇宙人間言語をもって雑誌の1記事で書くとすれば不可能だ。

物語は行き詰まりから始まる。

青豆という少女が、タクシーに乗って東京の周縁に掛かる高架の高速道路を行く。

そこで渋滞に巻き込まれ、身動きがとれなくなる。

タクシーラジオからある歌が流れる。

チェコスロバキア作曲家レオシュ・ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」だ。

渋滞に巻き込まれたタクシーの中で聴くのにうってつけの音楽とは言えないはずだ」と村上は書く。

しかしそれは神秘的な深さで彼女共鳴する。

シンフォニエッタ」は進み、タクシーは動かない。

運転手は青豆に変わった迂回路を提案する。

高架高速道路には非常用脱出口が設置されている、そして、普通の人には知られていない脱出口への階段がある、と彼は言う。

本当に絶望しきっているのであれば、そこから地上に降りることもできる。

青豆が考えていると突然、運転手が村上一流の警告を口にする。

「見かけにだまされないように」と彼は言う。

降りていけば、彼女にとっての世界根底から変わってしまうかもしれない、と。



彼女はそうして、世界は変わった。

青豆が降りた世界歴史の軌跡がわずかに違っていた。

そしてわずかではない違いとして、月がふたつあった(ちなみに彼女遅刻した約束というのは暗殺約束であったことが明らかになる)。

そしてその世界にはリトル・ピープルと呼ばれる魔法の種族がいる。

彼らは死んだ盲の羊の口(詳しく書くと長くなる)から生まれ、オタマジャクシの大きさからプレーリードッグの大きさにまで育ち、「ホーホー」と合唱しながら空中から透明な糸を紡ぎだして「空気さなぎ」と呼ばれる巨大なピーナッツ型のまゆを作る。

1Q84』の狂気はおよそそのような流れだ。

この本ではなかばあたりまで、このように浮世離れしたした超自然ガジェット(空中に浮かぶ時計、神秘的なセックス麻痺など)が繰り出されてくるので、

私は行間にエクスクラメーションマークを置きたくなった。



この数十年、村上は自身が「本格小説」と位置づけるものを書こうとしていると言い続けてきた。

一例として彼は『カラマーゾフの兄弟』を挙げて目標にしている。

その試みこそが、三人称の幅広い視点から描かれた巨大小説1Q84であるように思われる。

怒り、暴力惨事、奇妙なセックス、奇妙な新現実を抱えた本であり、

日本のすべてを取り込もうとするかのような本である

偶然ぶつかることになってしまった悲劇にも関わらず(あるいはその悲劇のなかでこそ)、

ひとりの人間の脳に詰め込まれた不思議を提示して、本書は読者を驚嘆させる。



驚きを覚える本の数々をこれだけ読んだあとでもなお、私は村上の本で驚かせられた。

そのこと自体が驚きだったと村上に伝えると、彼はいものようにそれを受け流し、

自分想像力を入れたつまらない花瓶でしかない、と言い張った。



「リトル・ピープルは突然やってきた」という。

「彼らが何者なのかはわからない。その意味づけもわからない。

 僕は物語の虜だった。選択したのは僕ではなかった。彼らが来て、僕はそれを書いた。それが僕の仕事



村上の作品は夢のようであることが多い。

明晰夢を見ることがあるかと尋ねると、

覚えていられたことはない、という。

目覚めたときには消えている、と。

ここ数年で覚えていられた夢は一度だけ、それは村上春樹小説のような繰り返す悪夢だったという。

その夢の中で、影のような未知の人物が「奇妙な食べ物」を料理してくれていた。

蛇肉の天ぷら芋虫パイ、そしてパンダ入りライス

食べたいとは思わないが、夢のなかでは彼はそれに興味をひかれていて、まさに一口入れようというとき目が覚めた。



2日目、村上と私は彼の車の後部座席に乗り込み、彼の海辺の家へ向かった。

運転したのはアシスタントの一人である身ぎれいな女性で、青豆よりわずかに若かった。

私たちは東京を横切り、青豆が『1Q84』で運命的な下降をした高架高速道路の本物へと向かった。

カーステレオではブルース・スプリングスティーンカバーした「Old Dan Tucker」がかけられていた。

アメリカシュールレアリズム古典である



車中で、村上は冒頭のシーンを思いついたときに考えていた緊急脱出口のことを持ち出した(青豆と同じように実際に渋滞に巻き込まれていたときにそのアイデアを思いついたという)。

次に彼は存在論的に複雑な仕事をした。

実際の高速道路で、小説中であれば青豆が新世界に向けてくだっていったであろう場所を正確に特定しようとしたのである

彼女用賀から渋谷に行こうとしていた」車窓をのぞきながら彼はいう。

「だから多分このあたりのはずだ」

と言ってこちらを向いて念を押すように

「それは現実じゃないけれど」

と付け加えた。

それでも、彼は窓の方に戻って実際に起こった出来事を話すように続きを語った。

「そう」と指差して「ここが彼女が降りていった場所だ」

キャロットタワーと呼ばれる、およそ巨大なネジが刺さった高層ビルのような建物の前を通り過ぎた。

村上はそこでこちらを向いて、もう一度思いついたように、

「それは現実じゃないけれど」と言った。



村上フィクションは変わったやり方で現実漏れ出す。

日本に滞在した5日間のあいだ、私は村上東京にいたときとは違って、実際の東京で落ち着くことができなかった。

村上東京、それは本物の東京を彼の本というレンズで見たときの姿だ。

私はできるかぎりその世界時間を過ごそうとした。

村上天啓を得たあの場所神宮球場へ行き、

客席の上の方で二塁打が打たれるたびに注目した(私がもらった天啓もっとも近いものは、枝豆を喉につかえさせて窒息しかけたことだった)。

また、私はローリングストーンズの「Sympathy for the Devil」とエリック・クラプトン2001年アルバム「Reptile」をかけながら、神宮外苑という村上お気に入り東京ジョギングルートゆっくりと走った。

私のホテル新宿駅に近い。そこは『1Q84』でも重要役割を果たす、交通機関ハブ的な場所だ。

登場人物たちが好んで使う集合場所中村屋で私はコーヒーを飲み、カレーを食べた。

そしてフレンチトーストタピオカティーの向こうで東京人たちが交わす会話に耳をひそめた。

そうしてうろつくあいだに、村上小説が極度に意識しているものごと、すなわち、偶然かかる音楽、上昇と下降、人々の耳の形といったものを、私も極度に意識するようになった。



こうして私は、村上巡礼者の列に連なることになった。

実際、彼の小説中の説明をもとにして料理本を出版した人もいるし、

登場人物が聞いた音楽プレイリストオンラインでまとめている読者もいる。

村上は、明らかに喜んだ様子で韓国のある会社西日本への『海辺のカフカ旅行を企画したこと、

ポーランド翻訳者が『1Q84』をテーマにした東京旅行ガイドブック編集していることを教えてくれた。



こうした旅自体が、形而上の境界を越えてしまうこともある。

村上は読者から彼が生み出したもの現実世界で「発見」したという便りを受け取ることがよくあるという。

たとえば、彼が作り出したと思っていたレストランや店が東京に実際ある、など。

ドルフィンホテルというのは『羊をめぐる冒険』で村上が生み出したものだが、札幌にはそれが複数ある。

1Q84』の発表後、ありえない名字として作り出したつもりだった「青豆」という名字家族から村上は便りを受け取ったという。

彼はサイン本を一冊その家族に送った。

ここでの要点と言えるのは、現実漏れ出す虚構、虚構に漏れ出す現実というものが、

村上の作品についてはほとんどの場合、作品そのものだということだ。

彼は私たちを世界から世界へと往還させる。



世界から世界への往還──それは翻訳の作業を思い起こさせる。

翻訳は、様々な意味村上の作品を理解する鍵となる。

彼は一貫して日本作家からの影響を否定してきた。

作家活動の初期には、「日本人という呪いから逃れようとしているとさえ語った。

その代わり、十代の若者として、西洋小説家の作品を貪ることによって、文学感受性を培った。

その中にはヨーロッパ古典ドストエフスキースタンダールディケンズ)もあったが、

彼が生涯を通して繰り返し読んだのは、とりわけ20世紀アメリカのある種の作家たち、

レイモンド・チャンドラートルーマン・カポーテ、F. スコット・フィッツジェラルドリチャード・ブローティガンカート・ヴォネガットなどだ。

処女作に取りかかったとき村上は奮闘し、標準的でない解決法に行き当たった。

本の冒頭を英語で書き、それから日本語翻訳し直すのである

そうやって自分の声を獲得したと彼は言う。

村上を長く翻訳しているジェイ・ルービンによると、村上の作品の特徴のひとつは、

たか英語原作から翻訳されたかのように読めることだという。

2011年10月21日

1 - 2 - 3

村上春樹の猛々しい想像力 (1/3)

Sam Anderson

2011年10月21日

訳注:長文注意。誤訳あったらごめんなさい。教えてもらえたらあとで直します)

1 - 2 - 3

この夏、私は初めての日本への旅行を企てた。

村上春樹の作品世界にほぼ浸りきってやろうというつもりだった。

ところがその目論見は外れることになる。

私は村上の作品の影響下にあるまま、東京に降り立った。

期待していたのは、バルセロナパリベルリンのような街だった。

そこでは、市民はみな英語が達者で、さらにはジャズ劇場文学シットコムフィルム・ノワールオペラロックといった、

西洋文化のあらゆる枝葉に通じている……そんなコスモポリタン世界都市を私は期待していた。

誰かに聞いておけば分かっていたはずなのだが、実際の日本はまったくそんな場所ではなかった。

実際に足を踏み入れることができる日本は、どこまでも頑固に、日本的だった。



そう思い知らされたのが地下だったというのは、我ながらよくできていたと思う。

東京での初めての朝、私は村上の事務所に向かっていた。

アイロン掛けたてのシャツに包まれ、なんの躊躇もなく地下鉄の駅へと降りて行くや否や、

私は迷子になり、助けを求めようにも英語話者を見つけることができなかった。

最終的には(電車を乗り間違え、馬鹿げた値段の切符を買ってしまい、必死のジェスチャーで通勤客を怖がらせたあと)、

どうにか地上に出てはみたものの、もはやインタビューの時刻はとうに過ぎている。

私は絶望して、目的もなくあちらこちらへとさまよい歩いた(東京にはほとんど標識がないのである)。

そして蜂の巣状のガラスピラミッドのような建物の前で途方に暮れていたとき

ついにユキという村上アシスタントに見つけてもらうことができた。



このようにして私は東京の地下の洗礼を受けたのである

まりにもうかつな、アメリカ人的な私は、村上のことを現代日本文化を忠実に代表する人物として考えていた。

実際には彼は私が思っていたような作家ではなく、日本は私が思っていたような場所ではなかった。

そして両者の関係の複雑さは、翻訳を介して遠くから眺めていたときには想像しえないものであることが明らかになっていった。



村上の新作『1Q84』の主人公の一人は、自らの人生最初記憶に苛まれており、誰に会ったときにも、あなた最初記憶はなにかと尋ねる。

やっと村上に会えたとき、私は彼の最初記憶について尋ねた。

それは3歳のとき、初めて家の門の外に歩き出したときのことだという。

彼は道をてくてくと渡り、溝に落ちた。

流されていく先にあるのは、暗く恐ろしいトンネル

そこに差し掛かろうかというとき、母が手を差し伸べ、彼は助かった。

「明確に覚えている」と彼は言う。

「水の冷たさ、トンネルの闇、その闇のかたち。怖かった。僕が闇に魅かれているのはそのせいだと思う」

村上がこの記憶を語るとき、私は既視感とともに心の中でくしゃみをするような気持ちを覚えた。

その記憶には聞いた覚えがある、いや、不思議なことにその記憶自分の中にある、と感じた。

ずっとあとになって分かったことだが、私は確かにその記憶を持っていた。

村上は『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭の脇役に自分記憶を写し込んでいたのだ。



村上を初めて訪問したのは、日本にしてもありえない夏の厳しさの最中

週の真ん中、蒸し蒸しする午前中のことだった。

それは非現実的なまでの災害の余波を受けた夏だった。

4ヶ月前に北日本を襲った津波で2万人が命を落とし、

いくつもの街が破壊され、原子力発電所メルトダウンした。

その結果、電力、公衆衛生メディア政治にも危機が到来した(当時の首相の辞職によって、5年間に5人目の首相が生まれることになった)。

日本を代表する小説家である村上に会いに来たのは、

大作『1Q84』の英語訳(そしてフランス語訳、スペイン語訳、ヘブライ語訳、ラトビア語訳、トルコ語訳、ドイツ語訳、ポルトガル語訳、スウェーデン語訳、チェコ語訳、ロシア語訳、カタルーニャ語訳)について話すためだった。

この本はアジアで数百万部を売り上げ、

まだ翻訳が出ていない言語圏ですらノーベル文学賞の噂が囁かれていた。

62歳にして30年のキャリアを持つ村上は、日本文学最高峰としての地位を確かなものにしている。

疑いなく、彼は母国の表層とかたちを世界に伝える、想像世界大使となった。



そのことは、関係者には非常に大きな驚きだったと言われている。



村上は常に自分日本アウトサイダーだと考えている。

彼は不思議社会環境最中に生まれた。

アメリカによる戦後占領を受けた1949年京都日本の前首都である

「これ以上の文化混交の瞬間を見つけるのは難しい」と John W. Dower は1940年代後半の日本について書いている。

「これほど深く、予測不能で、曖昧で、混乱していて、刺激的なものは他にない」という。

「瞬間」を「フィクション」に置き換えてみれば、村上の作品を完璧に説明することができる。

彼の物語の基本構造は、互換性のない複数の世界に根を下ろした普通の人生であり、

それはそのまま彼の最初人生経験の基本構造でもある。



村上は成長するまでのほとんどを神戸郊外で過ごした。

そこは、さまざまな言語の喧騒に包まれた国際的な港湾都市である

彼はアメリカ文化、とくにハードボイルド探偵小説ジャズに没頭して十代を過ごした。

そうして反逆のクールさを自分ものにし、

二十代のはじめには大企業の序列に入り込む代わりに、髪を伸ばしヒゲを生やして、両親のすすめを押し切って結婚し、借金をして「ピーターキャット」というジャズクラブ東京で開いた。

掃除をして、音楽を聞いて、サンドイッチを作って、酒を注いで、

彼は約10年間をその仕事に費やした。



作家としての村上キャリアの始まり方は、彼のあの作品スタイルそのものだった。

どこまでも普通の設定で始まり、どこからともなく神秘的な真実が主人公に降りかかり、その人生根底から変えてしまう。

29歳の村上地元野球場の芝生でビールを飲みながら、デイヴヒルトンというアメリカ人助っ人バッター二塁打を打つのを見ていた。

平凡なヒットだったが、ボールが飛んでいくのを見て村上天啓に打たれた。

自分小説が書けると気づいたのである

そんな望みはそれまでなかったが、いまや圧倒的なまでだった。

そして彼は書いた。

試合が終わった後、書店に行きペンと紙を買って、

数ヶ月のちに『風の歌を聞け』を書き上げた。

それは名もなき21歳の話し手が語る小さく凝縮された作品だったが、冒頭から村上らしさが見えていた。

アンニュイとエキゾチシズムの奇妙な混合。

わずか130ページで、その本は西洋文化をぶつ切りにして引用してみせた。

名犬ラッシー』、『ミッキーマウスクラブ』、『熱いトタン屋根の猫』、『カリフォルニア・ガールズ』、ベートーベン第三ピアノ交響曲フランス映画監督ロジェ・ヴァディム、ボブ・ディランマーヴィン・ゲイエルヴィス・プレスリー、『ピーナッツ』のウッドストックサム・ペキンパーピーターポール&マリー。

以上はごく一部に過ぎない。

そしてその本には(少なくとも英語訳には)日本芸術引用がまったくない。

村上作品のこうした傾向は日本批評家をしばしば苛立たせている。



村上は『風の歌を聞け』を権威ある新人賞に応募し、受賞した。

そして一年後、ピンボール機を取り上げた次の小説を出したのち、執筆時間のすべてを費やすため、ジャズクラブを畳んだ。



時間のすべて」という言葉には、村上にとっては余人とは異なる意味がある。

30年を経て、彼は僧侶のように統制された生活を送っている。

すべてが作品を作り出すのを助けるように調整されている。

彼は毎日のように長距離を走り、泳ぎ、健康的な食生活を送り、夜9時には床につき、朝4時に起きる。

そして起床後5、6時間は机に向かい執筆に集中する(2時に起きることもあるという)。

彼は自分の事務所を監禁場所だとみなしている。

「ただし自発的な、幸せ監禁だけれど」



「集中は僕の人生もっと幸せものだ」という。

「集中できないとき、人はあまり幸せではない。僕は考えるのが速くないけれど、何かに興味を持てば、それを何年も続けられる。退屈することはない。僕はヤカンのようなものだ。沸かすのに時間はかかるけれど、いつまでも熱い」



そうした日々の湯沸かしが続いていって、世界でも類まれな作品群ができあがった。

30年の歳月を経て積み重ねられたそれには人を虜にする不思議さがあり、様々なジャンルSFファンタジーリアリズムハードボイルド)と様々な文化日本アメリカ)をつなぐ位置にある穴を埋めている。

どんな作家にも、少なくともこれほど深くまでは、埋められなかった穴だ。

時とともに村上小説は長くシリアスになる傾向が強くなった。

シットコム引用もその傾向に調和している。

そして今、とりわげ激しく長い湯沸かしの結実として、もっとも長く、奇妙で、シリアスな本が上梓された。



低く深い声で村上たくみ英語を操る。

彼は翻訳者を通して会話するのが嫌いだという。

なまりは強く、落ち着くべき箇所で動詞の活用が劇的に現れたり消えたりする。

はいえ相互の理解に支障を来たすことはまずない。

特定の熟語("I guess" 「ではないか」、 "like that"「というような」)が、ときたまおかしな位置で使われることがある。

安全言葉いから逸脱するのを楽しんでいる節が彼にはあった。

英語即興の遊びをしているように感じられたのである

私たちは東京にある彼の事務所で席を持った。

その事務所は半ば冗談ながら村上製作所と名付けられている。

数人のスタッフが靴を履かず他の部屋で作業をしている。

村上は青いハーフパンツと半袖のボタン付きシャツで現れた。

彼のキャラクターと同じように、アイロン掛けしたばかりのように見えるシャツだった(彼はアイロンけが好きだという)。

靴は履いていない。

彼はペンギンのある本の表紙を模したマグカップブラックコーヒーを飲んだ。

その本とはレイモンド・チャンドラーの『ビッグスリープ』、彼の昔からお気に入り小説であり、今日本語訳をしている小説でもある。



話を始めながら、私はあらかじめ用意していた『1Q84』をテーブルの上に置いた。

村上純粋にびくっとしたようだった。

その本は932ページあり、ほぼ30センチのその厚みは本格的な法律書を思わせるほどだ。



「大きいな」と村上は言った。

電話帳みたいだ」

1 - 2 - 3

#吉田寅次郎の思想#

・「ことは長州藩内の問題ではない。寅次郎個人の問題でもない。一藩の軍学師範約束を違えることは、長州満天下に恥をさらすことです。最大の不忠なのです!私人としての寅次郎がどうなろうとも、私は公人として立派な行動を取らねばなりませぬ」


・「僕は気が狂っているかもしれません。しかし狂うぐらいに行動して初めて道は開けるのです。家族にも私の突き進む道を見ていただきたい。きっと褒めていただけるはずだ」


・愚かな人間とは自分の信念を曲げてしまう男のことです 自分で一旦決めたことなら生涯をかけて貫かねばなりません


金子くん、使命を見失ってはいけません 私達が守ろうとしているのはあの人々の平和笑顔です

 私も一瞬君と同じ気持ちになりました 我々が命がけで苦労をしているのに、と

 のうのうと遊ぶあの庶民に怒りが込み上げそうになりました。

 しかしだからといって、彼らも苦しまねばならんと思うのはトンデモない誤りです 驕りです!

 私達が守るべき庶民が愉しむ姿に怒りを覚えるのは本末転倒であります

 何のために戦うのか それを忘れてはなりません それが武士なのです

 自らの意思で死地に飛び込むのが武士なのです 我々は決して「戦ってやるのだ」などと思い上がりをいだいてはなりません

 

 逆に、どれほど苦しかろうと事情があろうと、戦うべき時に戦わずのうのうとしている武士を許してはいけません

 我々が武士である以上、それを肝に命じておきなさい


・我米国に渡らんと欲す!我米国に渡らんと欲す!我米国に渡らんと欲す!(投夷書)



密航計画が幕府に知れるのは時間の問題。ならばその前に自ら名乗り出よう。

 「逃げ隠れしたと思われては僕達の誠実さが伝わらない」死刑覚悟密航を企てたとわかってもらわねば役人の心を動かすことはできない。

 私から何かを説くわけではない。私の姿を見せるだけでいい。

 命をかけてこの国の前途を憂えている人間がいると知れば、その人がまた真剣にこの国を考えるようになる

 そんな人を増やすのが、これからの私の使命だ、喜ばしいことではないか

 私は無理だったが、その人達が私の夢を継いでくれる 絶望などないさ


・にげれば僕達は悪いことをしただけの人間になります

 僕は誓って悪いことはしておりません 命を捨てて貴国の船を訪ねたことはいまでも英雄的な行為であったとおもっております

 英雄けが牢に入る資格を持つのです

 ただ、こうして牢にいると顔を動かせないのが辛いであます 

 まさかさらし者になるとは思わなかった

 この状態では悲しい顔を見せればそれが他の理由でも人々は僕をダラしない、情けない罪人だと思うでしょう

 といって怖い顔をしてもニコニコ笑ってもトンデモなくふてぶてしい悪漢だと思われてしましま

から僕はどんな表情もできない… まだ英雄であることに慣れていないのであります・・・



#佐久間象山鎖国制度評価#

 「我が国の祖法」とおっしゃるが、

 我が国の歴史を見るに、学問文字仏教儒学すべて海外より伝来したもの

 そもそも聖徳太子はるばる波濤を越えて隋に試写を使わされ それが遣唐使となりて交流が栄えたところから始まっております

 江戸幕府における鎖国令についても

 これは三代将軍の御代 寛永年間に起こった島原の乱に原因を持つ非常時の措置にほかなりません

 二百余年を過ぎてなおこれに執着するのは弊害のみが多く国家発展の妨げとなり

 神奈川条約が結ばれた今、鎖国事実上死文となっているのではありませんか?

 徳川幕府そのものがすでに町民中浜万次郎くんを直参に登用し重用されているのですよ

 本年よりは急ぎ多くの優秀な若者外国に送り、異国事情を学ばねばならぬ時ではありませぬか?

幕府側の対応自首してこなければこんな問題起きなかったのに」w



#坂本龍馬岡田以蔵#

「以蔵、怒る!詳しく怒れ!何に、どういう訳で怒るのかをよくかんがえて怒らんか!」

「以蔵、お前の言うとおりだ、わけのわからん上の勝手カラクリでわしらはすきにされてるんだ。お前のおかげで分かったぞ!」

エライ人も偉くない人も同じだということを教えてくれる人が偉い人なんじゃ」

「以蔵、もうすぐ世の中は変わる。お前も何でもやれる時が来る。だから短気を起こすな」

→刀振りかぶってる相手に両手広げて真正面から抱きついてくる人間は斬れない。お前には負けた



#日本が勝てない理由#

 戦の相手は米国だ 黒船が撃ってきたらどうやって戦うんだ?

 それぞれの藩が自分の持ち場だけで戦う よそが買っても負けても知らぬ存ぜず それで勝てるわけ無いだろう!

 藩が互いに連携を取らなければ作戦すらタテられないというのに 各藩が共同戦線を組むのは幕府が禁じている

 各藩が仲良くなったら将軍家より強くなることを恐れている 幕府馬鹿か!

 目の前に巨大な敵が出現しても各藩は互いの顔色を伺い前の敵より後ろの将軍家に睨まれるのを恐れている

 結局江戸湾防備にしても 形だけのことしかしない 幕府も各藩も、国が消えれば全部なくなってしまうのに自分のことしか考えられない

 こんなことではこの国は他の国と戦争なんかできない この国を変えなきゃどこにも勝てない!

 この国を何とか一つにまとめなければすべてが滅びる 



#日の丸の旗の話#

 海軍の創設に際して、薩摩が強く主張し、幕府が反対した日章旗であるが、

 面白い事に鳥羽伏見の戦いにおいては、

 幕府日の丸を掲げ、錦旗を掲げた薩摩日の丸賊軍として攻撃目標にした。

 以来戊辰戦争あいだじゅうは日の丸皇室に背く悪の象徴として、官軍の手によって踏みにじられ引き裂かれ焼き捨てられたのであった



#大災害が起きても、大飢饉が起きても、幕府地方を支援することはない#

 安政東海地震 M8.4 五ヶ月前に安政伊賀地震、翌日に安政南海地震一年後は江戸直下型地震

 しか幕府には蓄えがないし、そもそも幕府は他の班を助けるという発想自体を持たない。

 幕府が支援するのはあくまで御三家親藩だけであり、

 たとえば天明の大飢饉の際には、白河藩は餓死ゼロであるのにたいし、付近岩手藩は最も餓死者が多い結果になった。

 しかもその最中将軍家の祝賀パーティーなどがあったわけで、

 これをみても、徳川日本代表や支配者などではなく、ただの一番強い藩でしかしかなかったことがわかる。

 この不安定さのせいで、思想の取締や、政道への口出し禁止、参勤交代外様藩の力を弱めるなどの措置が取られたわけで

 どうせなら、徳川家が名実ともにもっと強大な支配者として君臨していれば、話は変わったかもなー。



#開明の志を持っている藩は多いが・・・#

 薩摩藩を筆頭に

 九州肥前佐賀藩鍋島直正宇和島藩の伊達宗城

 越前福井松平春嶽下総佐倉堀田正睦水戸徳川斉昭など。

 それはいい。しかし私が知りたいのはその先だ。

 お互いに競争をするのはいいが、みんな自分の班のことしか考えていない。

 私は攪拌の江戸湾警備をこの目で観てつくづく情けなくなった。

 三百も藩があって、それが互いの垣根を取っ払って力を合わせ、西洋列強に立ち向かう方法はないのか?

薩摩西洋化にした所で所詮一昔前を追いかけているに過ぎない。

 イギリスアメリカの最新兵器に比べればおもちゃのようなものよ。

 攘夷も開国も、どちらも無理なんだ。このままじゃどっちにしろしてやられる

 この国が生まれ変わる方法ひとつしかない 貿易だ。

 しかし、やつらは数百年ずっと相互貿易文明を発展させ富を蓄え、その力で東洋へ次々と乗り出していった

 そんな連中を相手に 訳もわからず国を開いて交易を開始してもいいように食い物にされる。

 だからまず船だ! 一隻でもいいから最新鋭の蒸気船を購入するんだ。

 それに志ある若者を乗せる!航海術を覚え、世界の海に乗り出すんだ

 世界中に物を運び文明を知り、やがて貿易国家としてこの国を栄えさせていく

2012-01-26

#オランダ最後の商館長クルチウスからみた日本#

あなた方は無知です。9年前に国王ウィレム2世は親身になって日本のことを心配し、親書を特別船で届けました。親書には世界の情勢が詳しく説明されていたはず。いずれこういう日がかならず来ることを懸命に日本に訴えてきました。それに対する貴国の返事はこんな手紙は二度とよこすな、というものでした。去年私が長崎にやってきた時も、特別船でペリーより依頼された親書と、私の詳しい説明を添えてお渡ししました。一体この1年・・・いや9年の間、あなたがたは何をしていたのですか?」

「今から蒸気軍船を購入しても、航海士はいるのですか?一隻につき訓練された水兵が100人近く必要ですよ。今蒸気船を買った所で港の飾りにしかなりません。戦うつもりならもう遅きに失しています!」

最初は腸が煮えくり返ったが、今は奴らが可哀想で仕方ない。自業自得だがこれから辛酸を舐めることになるだろう。三百年の付き合いだ、少しは何とかしてやらねばなるまい。本国に手配して蒸気軍船4~5隻をプレゼントしてやるか。今は商売抜きで尽くしてやるさ。この美しい長崎を、列強の砲火から救ってやりたいからな」


#佐久間象山の開国論#

オランダからの密使が来る前から島国の海防の困難さを悟り大船建造禁止令を撤廃し、オランダより軍艦を購入して海軍を育てる必要性を説いていた(海防八策)彼からみると、阿部正弘の改革はすでに手遅れで勝負にもならない。

その上で黒船の戦力を見抜き、負けても大きな被害にはならないという見込みを立てた。この前提をもとに、1年以内に江戸湾近くの住民を避難させた上で日本から戦闘を仕掛け、脅しには屈しない姿勢を見せつつ、あっさり負けて戦力差を思い知ることが開国のもっとも望ましい形である、とした。

これは長州薩摩外国艦隊戦争をして開国に目覚め、その後の日本リーダーシップを握ったことを考えても妥当な判断ではあるが、この時に彼の考えを理解する人はイなかった

→彼の献策は検討されることもなくお蔵入り。

 幕府内で活躍は出来なかったが

 勝海舟吉田松陰のほか、橋本左内河井継之助などを門弟として育てる



#尊皇攘夷水戸様の怒りが伝言ゲームで広がった形?#

水戸斉昭は全くの鎖国論者ではなく、貿易でとませることも技術の導入も必要だとは考えている。

他の藩よりはやく大船建築や、蘭学推奨をしていることから松平定信ほど頭が硬いわけではない。

しかし、西洋船が自由に日本に来ることは反対で、片道貿易などを考えていた。

もちろん、そんな身勝手で一方的な開国案が受け入れられるはずもないのだが斉昭にはそれがわからない。

自分の都合の良いところだけ取り入れたい」という姿勢中華思想と変わらないのだ。

そうして意見をはねつけられた不満と怒りを藤田東湖などの側近にぶちまけ

側近はその怒りを弘道館など学問所でぶちまける。

若者たちはそれを水戸学を慕ってくる全国の志士にぶちまける。

かくして彼の怒りは全国的に攘夷志士として広まっていく。

過激な発言はするがバランス感覚も持つ水戸斉昭の思想のニュアンス

伝言ゲームによっては失われ、過激な部分だけが広まっていく

実は水戸上層部保守派がしめており、水戸学が攘夷思想として暴走するのを抑えようとするのだが

これがかえって水戸藩内に深刻な対立分裂を引き起こすことになる。


#シーボルト手紙#

プチャーチン

クリミア戦争の影響で君の航海も何かと苦労が多いことだろうとお察しする

しかし戦に巻き込まれた力を奪われたりしてはならない

君はあくまで日本との平和外交に徹してもらいたい

相手国を武力で倒すより相手国の信頼を勝ち取るほうが遙かに難しく重要なことだ

君もロシア軍人なら高田屋嘉兵衛のことは知っているだろう

1812年、この時もロシアナポレオンフランス軍を迎え撃つ大戦争のさなかにあった

こういう時代の気分は必ず伝染する

モスクワと正反対の極東においても日本ロシアが小競り合いから開戦直前の緊張状態にあった

その時ロシア軍艦にたまたま捕らえられた船商人のカヘエは

捕虜のみでありながら両国の間に立ち戦争回避することを決意し

言葉もわからぬ相手とほとんど身振り手振りでこの難題をやり遂げたのだ

42年前のカヘエの奇跡を忘れてはならない このような優れた日本人もいるのd

そして君にはロシア高田屋嘉兵衛となってもらいたい

目的日本との平和なる国交樹立だ その一点を決して忘れないでもらいたい

ロシア政府戦争よりも日本を開国させることが重要であると考えればこそ

ちのに事務戦費を削っても我々に送金してくれているのです



#江戸時代学者に対する仕打ち#

三国通覧図説には「日本橋より唐おらんだまで境なしの水路なり」とあります

こんな正論を述べた人物に焚書・幽閉死で報いるとは

海国兵談の末尾にもこうあります「この書で述べた計画を今から幕府が五十年かけてやり遂げれば

日本の将来は何の心配もなくなる」と。

それを幕府は六十年間無視しこんにちを招いた。

鎖国けが問題だったわけではない。鎖国していてもやりようはあったのだ

六十年前のことならまだ諦めもつくが

天下の蘭学者高野長英を死なせたのはわずか4年前です

これまで幕府は逆コースを撮り続け最も大事な人物ばかりを迫害し殺し続けてしまいました

その人達のおかげでこの国が救われたというのに

二度とこの失敗を繰り返すわけにはイカぬいよいよ国際社会の荒海に乗り出したのだから

(といったそばから水戸斉昭www60年前だったら彼の主張は正しかったし

 彼はあくまで国防を主張してたのに、勝手攘夷の話に持って行くんじゃねーw)

2012-01-24

学者権力者に憎まれるのは、それを学ぶというだけで政治にくちばしを入れることになるからだ。権力者にとって政治自分たちだけの聖域だ。批判する市内に関係なく、政治という独占物に触れてくるものを決して許さない!蛮社の獄は現代も続いているのだよ、勝君・・・


「何時の時代もそうだが為政者悪事を企むとき、それを決して表沙汰にはせず、関係ないものとさも関係があるように結びつける。まさに蛮社の獄がそれだった。庶民のキリシタンに対する畏怖心や、幕府始まって以来の大塩平八郎クーデター事件。世間が騒然となっているさなか、警戒心などを巧みに煽りそれは実行された。科学的な精神の持ち主である学者たちは、国家転覆を企む妖術師の集団であるかのようなイメージ作りが行われたのだ」


「立ち向かう心ある人はいなかったんですか?」


「そうなったら、インテリほど臆病なもんでな、関わり合いになるのを恐れ、ほとんどの学者が口をつぐんだ。本気で戦ったのは松崎慊堂先生位なもんだろう。決定していた渡辺崋山殿の刑がかろうじて軽減されたのも、松崎先生の同等たる正論の結果だ。」



「発言するってなぁ、大事な事ですねぇ・・・勇気もいるけれど」


※思想の自由が全くなかったかのように言われている江戸時代でも、公儀がプライバシーをほじくり出してわざわざ謀反人を創りだすなどという形で罪人を仕立て上げたのは、この蛮社の獄の時を除いて他にはない。(最も過酷思想統制が庶民に向けられたのは、日本太平洋戦争突入していった昭和年代である


「洋学を汚らわしいと申されるが、たとえばどの点が汚れておると?ほう、わからんし分かりたくもないと? 無知を自慢されるとは珍しい。中身も知らず、洋夷に武士道が負けるはずがないとお考えなら、剣術稽古の必要もありますまい。大和魂ここにありと胸を張って西洋の砲弾を受けてご覧なさい。」

「忠義には上中下がございます。主君に背かず言いなりになる。これは下の下なり。主君の望みを叶える、これが中。上は主君を真の名君にする。そのためにはたとえ不忠者と罵られようと命をはって諫言する。主君が諫言を受け入れねば天下万民のため主の非を止め、然る後腹を切って主君に詫びるほかありませぬ。」

2012-01-01

コミケ江戸時代からあったら・・・

2 :カタログ片手に名無しさん :04/11/12 15:59 ID:???

田沼意次政権時代は野放しで自由にやれて

松平定信政権時代は完全に中止。

水野忠邦政権時代はわざと開催して参加者一網打尽に。

徳川家康場合自分で参加してそうでもある。活字印刷に興味あって実践したりしてたし。

  

  

12カタログ片手に名無しさん :04/11/13 01:16 ID:???

大名と農民だとサークル当選率が全然違う。商人賄賂でスペースを確保。

徹夜組は辻斬りのターゲットになるので、命がけ。

安藤北斎は壁。

ナマモノジャンルは初代海老蔵×初代団十郎とか。

  

  

15 :カタログ片手に名無しさん :04/11/13 08:24 ID:???

壁には、大勢ならんで、古絵草子屋へ売りに走るのですな。大坂や京のサークルは、千石船は危ないから、牛、馬で搬入

  

  

17 :カタログ片手に名無しさん :04/11/13 08:44 ID:???

印刷フルカラーはないものの、30色指定とか信じがたい技術が。しかも木版。

  

  

23カタログ片手に名無しさん :04/11/13 21:02 ID:???

綱吉動物ジャンルに手厚い保護。犬は独立コードに。

  

  

48 :カタログ片手に名無しさん :04/11/20 07:58 ID:???

江戸市中から駕籠屋集めてくるのも大変そうだな。会場周辺には蕎麦屋や寿司屋屋台とか?

  

  

59 :カタログ片手に名無しさん :04/11/23 17:33 ID:???

水戸さまは旅行ジャンル古参で大手だよ。

自分創作の「南総里見八犬伝」の続編がでるかどうかか気になるよ。書き手がもういい年だからな。

息子の嫁さんに代筆頼んで口頭で書くそ創作熱には頭が下がるよ。

  

  

61 :カタログ片手に名無しさん :04/11/23 18:47 ID:???

大手や、版元の搬入面白い江戸御府内からは大八車だが、遅れると5人位で引いてくる、

越後あたりからは馬に積んでくる、馬子が引くので、スピードが出ない、締め切りが早いぞ。

飛脚ピコ手向けだ。関八州から高瀬舟神奈川からは八丁艪、蝦夷から弁財船、

大坂大友屋は樽廻船で3日で新刊をコミケに運び、締め切り遅れの大手新刊をコミケに間に合わせた。

  

  

94 :カタログ片手に名無しさん :04/12/12 05:17 ID:???

城は宿でも合宿所でもねぇぞ!!

  

  

104 :カタログ片手に名無しさん :04/12/13 13:17 ID:???

「飾り物」サークル手作りのかんざしとか売ってるって聞いたけど、できはどうかな?お歯黒アートもやってくれるんだよね。

  

  

106 :カタログ片手に名無しさん :04/12/13 16:37 ID:???

平賀源内さんとこの櫛はいつも行列だよ。

  

  

137 :カタログ片手に名無しさん :04/12/22 03:06 ID:???

田沼意次商人から金を取ると称して同人から金を取るらしいな

しかも大手サークルは株仲間を作って冥加金を納めているので非課税らしい。

田沼も大手も逝ってよし

  

  

138 :カタログ片手に名無しさん :04/12/22 07:44 ID:???

>>137

田沼はその金で水路の開削したり埋め立て地作って行列場所を確保するのが目的からなぁ……

一概に逝ってよしとも言えん。金持ってるのは商人と大手、こいつらから出させようってだけの話でさ。

  

  

145 :カタログ片手に名無しさん :04/12/25 02:16 ID:???

墨がだめなら四隅を減らせばいいのです、とか言って、

円形の本作ってる小坊主見かけたんだが。

  

  

152 :カタログ片手に名無しさん :04/12/26 04:34 ID:???

とにかくショイコを背負ってる馬鹿デブがウザすぎる!!あいつら一体何考えてるんだ!? 痛てーんだよ!

持ってた予備の風呂敷で首締めてやろうかと思った。

  

  

200 :カタログ片手に名無しさん :05/01/14 01:32 ID:???

歌川国芳が「蛸」同人作ったってね。

  

  

211カタログ片手に名無しさん :05/01/31 02:46ID:1WXMCW.U

平塚宿あたりからぶっ通しで来る連中は品川宿で風呂に入ってから来てくれ。

あと、丑寅時間帯は来場禁止だって法度諸注意に書いてあるだろ。欲嫁。

  

  

223カタログ片手に名無しさん :05/02/01 19:29ID:qu/Tjqwk

葛飾北斎サークルに大行列、一人1限で一日が費えるとか

  

  

264 :カタログ片手に名無しさん :05/07/05 21:59 ID:???

たのむからさあ、朝っぱらからいきなり小判はやめてくれない?

ウチの本、一冊20文なのに。ちゃんと両替屋に行ってから来てくれよ。

  

  

265 :カタログ片手に名無しさん :05/07/05 22:43 ID:???

なんで江戸サークルは銀貨を断るんや?

いちいち両替商にいって両替すると手数料取られるし、面倒くさいわ。

西洋じゃ銀が主流なんやし、嫌な顔せんといてや。

  

  

266 :カタログ片手に名無しさん :05/07/06 23:24 ID:???

それを仰るのなら、上方の方でも小判を使わせて下さいよ。

  

  

272 :カタログ片手に名無しさん :05/07/08 19:51 ID:???

版木を自分で彫ってるから2年に1冊作るのが限度だよ……。

   

  

302 :カタログ片手に名無しさん :05/10/04 17:04 ID:???

江戸時代でも全国的に識字率高かったし、元々閑職の武士が仲間内で書いていた戯作(通俗小説)の流行を受けて

金のある町人達も書き手になっていったって話だし印刷技術さえ何とかなればコミケも可能だったんだろうな。

  

  

348 :カタログ片手に名無しさん :05/12/21 00:49 ID:???

百姓なんだけど米や味噌と交換はあり?ナマモノダメなら炭でもいいけど。

  

  

350 :カタログ片手に名無しさん :05/12/21 10:04 ID:???

手荷物増えるから米との交換は勘弁。反物なら綿でも可、なんだけど。

つか会場で物々交換場所欲しいな。

  

  

351 :カタログ片手に名無しさん :05/12/21 15:15 ID:???

会場で木版刷るの、いいかげん規制してもらえんかなー。

酷いところだと彫刻師まで連れてきて、木くずがひどいのなんの。まったく、番士は何をしているのか。

  

  

380 :カタログ片手に名無しさん :06/01/06 05:21 ID:???

うちはどれも1冊数文なんでマジで困った。

小判なんぞ貰っても釣りがないかたばこ1包と交換してもらった。

素直に文句言ったら「番頭にバレないよう夜中に店抜け出してきたけど、

両替屋がどこも閉まってて…」ってこぼしてた。お役人も会場内の公認両替処増やしてやれよ。

でもたばこが上等の薩摩物だったんで許す。百姓は一般でもサークルでもこういう時強いな。

しょい籠の中に柿や芋満載して、それで本代払ってる強者見た。

  

  

407 :カタログ片手に名無しさん :06/01/25 19:18ID:unG.ZtxQ

井筒屋御老中さま、これはコミケにて手に入れた品物で

    御座います、お納め頂きたく願います

田沼意次「おおーーーこれは、リリカルなのは本ではないか

     しかエロ井筒屋GJーーーーーー!!」

2011-12-28

眠れないので、誰にも話したことのない話をする。

眠れないので、誰にも話したことのない話をする。それは僕の人生についての話だ。

僕の一番古い記憶は、二歳のときものである。祖父に手を引かれた幼い自分が、夏の祭ばやしの中でぼうっと立っている。そんなはっきりとしない風景のような記憶

その夏祭りと同じ年、祖父はまだ50代という若さで死んだ。大の酒飲みでもあった祖父が居酒屋からの帰り道に道路のど真ん中で泥酔して寝ていたところ、通りかかった車にひき逃げされたのだそうだ。犯人は結局見つからず、警察役人的な処理の仕方に家族は憤りを感じたらしい。そういうこともあり、僕の一番古い記憶は、僕がもっている祖父に関する唯一の記憶でもある。

ただ、この祖父との夏祭り記憶はおそらく後から作られた記憶なんじゃないかと、僕自身は思っている。なぜなら、祖父に手をひかれている記憶のなかの「幼い僕」は、記憶の観察者である「僕」のほうを見ているかであるふつう自分自身の記憶であれば、自分の顔がその記憶風景の中にあるはずがない。僕が一番古い記憶だと思っているその祖父との思い出は、一人称記憶ではなく、三人称写真的な風景なのだ。多分、祖父が死んでずっと後、僕が物心ついた頃に祖父との夏祭り写真をみせられたか、もしくは親類が思い出を語ってくれたことで自分の中で作られた記憶なのではないかと思っている。

祖父に関するもう一つ記憶に残っている話がある。それは僕の父が語ってくれた父の記憶だ。祖父がひき逃げされた数ヵ月後、御巣鷹山日航機墜落事故がおきた。日本中の人々の関心を呼んだその事故報道を見ながら僕の父は一人の目撃者や証言者もなく数ヶ月で忘れさられてしまった祖父の事故を思い、命の価値は同じはずなのにどこか不公平だと感じたそうだ。その話を父から聞いたのは僕が中学生くらいのときだったと思う。多くの人の命が失われた大きな事件なのだからそんな田舎ひき逃げ事件より注目を集めるのは当たり前じゃないかと、思ったのを覚えている。

僕の話に戻ろう。祖父との夏祭り記憶の次に覚えているのは、幼稚園の庭のすみで幼なじみ男の子と二人、もくもくと遊んでいる僕の姿だ。これも記憶というより、印象といったほうがちかいかもしれない。幼稚園では他にも友だちがいたはずなのだが、僕はいつもその幼なじみとばかり遊んでいた。他のこどもたちは幼稚園の庭の真ん中でみんなで仲良く遊んでいる。ただ、僕とその幼なじみけが庭のすみっこで別のことをして過ごしている。そういう記憶だ。

僕は自分マイノリティであるという漠然とした自意識をもっている。そういう自意識はおそらくこの幼稚園時代からもっていたのではないかと、特に理由もないのだが、なんとなくそう思う。はっきりとは覚えていないのだが、そんな幼稚園時代を過ごしたという印象だけ残っている。

その後僕は幼なじみと同じ小学校にあがった。幼なじみをKと呼ぼう。小学生になった僕はKのほかに、新しくJという友達ができた。Jは別の幼稚園に通っていたのだが、帰り道がKと僕と同じなので自然と仲良くなったのだと思う。なにをして遊んでいたのかはあまり具体的に記憶にないが、学校の帰り道やお互いの家、近所の公園などで過ごしていた記憶がある。たぶん、他のこどもたちも同じように過ごしていたんじゃないだろうか。幼稚園のころよりかは幾分交友関係が広り、幾分マイノリティでもなくなった。

だが、マジョリティではなかった事だけは確かだ。小学生だったことがある人はわかるかと思うが、子供のなかでは子供なりのカースト的な階層があるものだ。上位階層に所属しているのはもちろんスポーツが得意な子供である野球サッカーではエースで、なおかつ顔がカッコイイというWという同級生がそのカーストの頂点で君臨していた。僕は早生まれということもあってか運動がまるきりダメで、そのためカーストの中では下位に位置している存在だったが、意識して階層の外にいるように、つまり上位のやつらやその友人たちとはあまり接触しないように過ごしていた。交友関係が広がったとはいえ、マジョリティだとは言えない存在だった。要するに僕の自意識マイノリティのままだったのである

スポーツがまるでダメと書いたが、そのおかげでマジョリティになれなかった僕はスポーツというものに対してどこかしら卑屈な感情をもっている。マジョリティへの嫉妬が、スポーツができないという事に転嫁され、それがスポーツそのものへの憎悪に近い感情になり、その結果スポーツは僕にとって禁忌になった。自分がどこからしら劣っているのはスポーツができないからであり、その元凶であるスポーツには近寄ってもいけないという発想である運動ができない子供はみな同じような感情を抱くものなのだろうか? スポーツが僕の中で禁忌であるというこは特に誰にも話したことはないので、他の似たような子供はどう感じているのか正直よくわかない。

これは成人した後、それも社会人になってからの話だが、会社の同僚と学生時代部活の話をしているとき、僕はおどけた調子で「運動したら負けだと思っている」と当時ネット上で流行していた言葉をもじってスポーツに対しての卑屈な感情冗談めかして言ってみたことがある。だが、その時話をしていた元サッカー部という同僚がそれを素直に受け取ってしまい、おそらく彼には僕と同じようなスポーツに対してのコンプレックスがないのであろう、結果、彼の気分を害してしまった。その人自身は運動会系というより文化系人間だったので、僕の原体験を共有できるもの勝手に思ってしまった自分が悪いのであるスポーツに対して当たり前のようにコンプレックスをもたない人間を目の前にし、自分はやはりマイノリティなのだと再認識をした。

子供時代の話に戻ろう。

僕達の育った町は自然あふれる田舎でもなく、かといってビルが屹立する都会でもなく、よそから引っ越してきた人達がつくったマイホーム国道鉄道沿いに立ち並ぶ、いわゆる郊外と呼ばれる場所だった。「だった」と過去形で書いたが、現在でもその風景は変わっていない。駅の前には商店街や、小さな個人書店や、同級生の親がやっている歯医者国道沿いにはファミリーレストランや大きめのおもちゃやさん、そして西洋の城を中途半端に模したラブホテル。この国のどこででも見られるような平凡な風景だが、誰にでもそうであるように子供の頃の僕にとってはそこは唯一の場所であった。

他の小学校のことはよくわからないが、僕の通っていた小学校には他の町に遊びに行ってはいけないという「きまりごと」があった。僕の家は隣町との堺がちかく、同じ町の友達の家に遊びに行くのにも隣の町を一部横切っていったほうが近いといったようなところに僕は住んでいた。「きまりごと」はまもらないといけないと素朴に信じていた小学生の僕は、友達の家に行く途中隣町をちょこっと横切るだけでも、ちょっとした罪悪感を感じていたものだ。まして電車にのって別の町まで買い物に行くなどどいうのは親同伴でなければ許されない事だと、そう固く信じこんでいた。

断章

2011-12-26

[]年末だし、Amazonショッピングカートの整理しようぜ

以下はショッピングカートに入れておいたけど買わずに削除することにした作品一覧。(☆はAmazonじゃなく書店で買った本)

これだいたい自分がなんの職業についてるかバレそうでやだね。 




社会

第三の波 (中公文庫 M 178-3)

富の未来 上巻

レクサスオリーブの木グローバリゼーションの正体〈上〉

フラット化する世界 [増補改訂版] (上)

余震(アフターショック) そして中間層がいなくなる

アメリカ大都市の死と生

いま〈アジア〉をどう語るか

☆困ってるひと

ソロスは警告する 超バブル崩壊=悪夢シナリオ

文明の生態史観ほか (中公クラシックス)

グレート・リセット―新しい経済社会大不況から生まれる

波乱の時代(上) - アラン グリーンスパン

フリーフォール グローバル経済はどこまで落ちるのか

繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史(上)

ヨーロッパ史における戦争 (中公文庫)

中世覚醒アリストテレス発見から知の革命

天使はなぜ堕落するのか―中世哲学の興亡

イスラームから見た「世界史

西洋哲学史 1―古代より現代に至る政治的・社会的諸条件との関連における哲学史 (1)

帝国グローバル化世界秩序とマルチチュードの可能性

信用恐慌の謎―資本主義経済の落とし穴




ファシリテーションシリーズ

チーム・ファシリテーション 最強の組織をつくる12のステップ -

教育研修ファシリテーター

チーム・ビルディング―人と人を「つなぐ」技法 (ファシリテーションスキルズ) - 堀 公俊

アイスブレイク入門

人間関係づくりトレーニング

白熱教室の対話術

ご機嫌な職場

ゲームストーミング ―会議、チーム、プロジェクト成功へと導く87のゲーム

ロジカル・ディスカッション

☆ディシジョン・メイキング―賢慮と納得の意思決定術

☆話し方入門 新装



マネジメント

インフォーマル組織力 -組織を動かすリーダー論理

☆ミンツバーグ教授の マネジャー学校

MBQマネジメント・バイ・クエスチョン

事実に基づいた経営―なぜ「当たり前」ができないのか?

なぜリーダーは「失敗」を認められないのか―現実に向き合うための8の教訓

マネジャーの実像 「管理職」はなぜ仕事に追われているのか

危機を超える経営―不測の事態、激変する市場にどう対応するか

人生にとって組織とはなにか (中公新書)



◆人事・モチベーション

「見せかけの勤勉」の正体

仕事楽しいかね? -

モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか

モチベーション企業研究

図解 きほんからわかる「モチベーション理論 (East Press Business)

人を伸ばす力―内発と自律のすすめ

やりとげる力 - スティーヴン プレスフィールド

破壊創造の人事

すべての仕事を紙1枚にまとめてしまう整理術

リーダーの値打ち 日本ではなぜバカだけが出世するのか? (アスキー新書)

「働きたくない」というあなたへ

減らす技術 The Power of LESS

熱狂する社員 企業競争力を決定するモチベーションの3要素

経験から学ぶ人的資源管理 (有斐閣ブックス)

日本人事 NIPPON JINJI~人事のプロから働く人たちへ。時代を生き抜くメッセージ~

会社は変われる! ドコモ1000日の挑戦

働きながら、社会を変える。――ビジネスパーソン子ども貧困」に挑む

「発達の最近接領域」の理論教授学習過程における子どもの発達

心の仕組み~人間関係にどう関わるか〈上〉

☆わたし、公僕でがんばってました。




自分の演出

孤独と不安のレッスン (だいわ文庫)

あなたの魅力を演出するちょっとしたヒント (講談社文庫) -

対話のレッスン

コミュニケーション力を引き出す (PHP新書)

演劇入門 (講談社現代新書)

演技と演出 (講談社現代新書)

見城徹 編集者魂の戦士―別冊課外授業ようこそ先輩

自分を磨く「嫌われ仕事」の法則

勝てる広告営業。―50のキーワードで知る

「しがらみ」を科学する: 高校生からの社会心理学入門 (ちくまプリマー新書)

料理のマネジメント キッチンを制する者がビジネスを制す!

人は「動き」だ!―なりたい自分を演出する40の方法





マーケティング

パブリック―開かれたネットの価値を最大化せよ - ジェフジャービス; 単行本

幸せ未来「ゲーム」が創る

「ヒットする」のゲームデザインユーザーモデルによるマーケット主導型デザイン

グレイトフル・デッドマーケティングを学ぶ

ペンド・シフト ― <希望>をもたらす消費 ―

シェア <共有>からビジネスを生みだす新戦略

メッシュ すべてのビジネスは〈シェア〉になる






◆その他

幸福優位7つの法則 仕事人生も充実させるハーバード式最新成功理論

残念な人の仕事の中身 ~世界中の調査からわかった「組織で評価されない人」の共通点

すべての仕事を紙1枚にまとめてしまう整理術

☆その数学が戦略を決める (文春文庫)

いまファンタジーにできること(グイン

ベストパートナーになるために―男と女が知っておくべき「分かち愛」のルール

新・絶望に効く薬

一般意志2.0 ルソーフロイトグーグル

刑務所図書館の人びと―ハーバードを出て司書になった男の日記

千の顔をもつ英雄〈上〉

はじめて考えるときのように―「わかる」ための哲学的道案内 (PHP文庫)

☆料理の四面体 (中公文庫)

結ぼれ - R.D. レイン

インテリジェンス人生相談 [個人編]

あるヨギの自叙伝





◆読み物

☆華竜の宮 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

ダイナミックフィギュア〈上〉

父っちゃんは大変人 (新潮文庫) -

おしまいの日 (新潮文庫)

スニーカーエイジ

チェンジアップ―「三振にもポリシーがある!」

☆ひとびとの跫音〈上〉 (中公文庫)

MOTHER(マザー)―The Original Story (新潮文庫)

MOTHER2―ギーグの逆襲 (新潮文庫)

☆空の都の神々は (ハヤカワ文庫FT)

ゼウスガーデン衰亡史

方法序説 (角川ソフィア文庫)

悲しみよこんにちは (新潮文庫)

生贄のジレンマ

逆光〈上〉 (トマス・ピンチョン小説)

戦闘妖精・雪風(改) (ハヤカワ文庫JA)

Carver's dozen―レイモンド・カーヴァー傑作選 (中公文庫)

埋葬 (想像力の文学)

モレル発明

塩壷の匙 (新潮文庫)

☆姫椿 (文春文庫)

☆お家さん〈上〉 (新潮文庫)

マインド・イーター[完全版] (創元SF文庫)

タタール人の砂漠 (イタリア叢書)

ストレンジ・プラス 1 (IDコミックス ZERO-SUMコミックス)

ロマン劇場ヒッパルコスの海 (双葉文庫名作シリーズ)

聖なる血 (扶桑社ミステリー) - トマス・F. モンテルオー

此花亭奇譚 1 (IDコミックス 百合姫コミックス)

虫と歌 市川春子作品集 (アフタヌーンKC)

スノウブラインド - 倉野 憲比古

マルタの鷹 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

少年の国―MYSTERY OF NEW RELIGION

ソドムの百二十日

悲惨物語

人間昆虫記(秋田文庫

2011-12-20

http://anond.hatelabo.jp/20111220013933

切腹は遥か昔からある武士価値観

貞操云々は明治になってから入ってきた西洋価値観江戸以前は無かった。



歴史習ってない中学生の集まりか?今日増田は。

2011-12-07

http://www.amazon.co.jp/dp/4480424628/ref=pd_sim_b_2

西洋近代を否定しなくても、近代科学を否定しなくても、私有財産を否定しなくても、市場を否定しなくても、変動相場制を否定しなくても、不平等を否定しなくても、文化相対主義に走らなくても、モラリズムに走らなくても、なおサヨクの「志」を生かす道はあるのだ、ということを教えてくれる本


ちょっと興味あるな


いや、というか「左」であるのになんで西洋近代や、近代科学や、私有財産や、市場や、変動相場制を否定したり、文化相対主具へやモラリズムやらに走らなならんねん。そっちの方がわからん

ブクマでこういうコメントあったけれど、私のサヨクさんのイメージって実際そんな感じだから仕方ない。いろいろ否定しつくして自分を浮かび上がらせようとするからじゃないの?

2011-12-05

橋下氏の文化への姿勢は、「選択と集中理論」で説明できる

 橋下新市長が、オーケストラへの補助金カットするのではないか、ということで、

 オーケストラ(市内に4つもある)が危機感を強めているらしい。

 元々府知事時代にも補助金カットしており、この文化補助金への姿勢の違いが、

 平松旧市長との「仲違い」のスタートだったらしい。

 「はてな」では橋下批判派が多いが、2ちゃんねる(&まとめサイト)では圧倒的に橋下支持が多数。

 「所詮補助金無しで生きられない文化は必要ない」

 「文楽は兎も角、オーケストラなんて西洋レプリカしか出来ない、

  こんなの国内に1箇所あれば充分」

 「こういう団体に大阪市から天下りが横行している。こういうのを徹底的に叩くべき」

 「市の外郭団体一網打尽にするのが橋下の狙い。

  そのために目に見えて判りやすいオーケストラをまずターゲットにした」

 「オーケストラって、日本ではアッパークラス向けの教養なんだよな。

  ローワークラスに支持される文化でなきゃ、税金投入できないよね」

 などなど。

 勿論自分は橋下支持であるが、橋下批判の中に

 「橋下はお笑いイルミネーションマラソンは推進している。

  これはダブルスタンダードじゃないのか?」という批判がある。

 半分もっともな気がするが、半分間違い。

 橋下が狙っているのは、イベント文化の「選択と集中」というコトなんだと思う。

 要は、オーケストラ補助金を出しても、東京二番煎じ三番煎じにしかなれない、

 「ナンバーワンにもオンリーワンにもなれない」ということを、橋下は判っているんだろう。

 日本観光客、いや世界観光客が来訪地を選定する際に、

 「二番のスポット、三番のスポットを選んで来訪する」ということは、あまり考えづらい。

 音楽専門家なら兎も角、一般人ならまずは「一番のスポットをチョイスする」

 であれば、努力しても一番スポットになれそうもないオーケストラへの投資は、

 言ってみれば「捨て金」になる、ということになる。

 

 あるいは人材獲得競争でも同じ。音楽を目指す人材が、まず志望するのは「一番の交響楽団」であり、

 二番手以降の楽団は「一番を落っこちた人間が、仕方なく来る」ということになる。

 その点、「お笑い」は、現時点では一番手としてブランド化がなされており、

 それをエッジ化、先鋭化することによって、一層の観光流入が期待できる。

 イルミネーションマラソンは、東京神戸二番煎じ、の面は否めないが、

 まだまだ逆転可能であり、「御堂筋」という舞台装置を最大限に活かせば、

 「ナンバーワン観光資源」になる可能性を秘めている。

 ただその意味では、「文楽」への補助金カットは、

 「オンリーワンへの投資カット」ということになるので、議論が分かれるところ。

 橋下氏の判断は「オンリーワンであるが、あまりにもニッチなので、コスパが悪い」という

 ことなんだろうが・・・

2011-11-25

西洋学問に汚染されたイカレタ経済学者のいうこと聞いてると、そのうち水道局まで民営化されそうな気がするので独り言を残しておこうと思う。



彼らは口癖のようにいつもこう言う。

市場競争原理を利用して、より質の高い水を低コストで利用者にお届けする」

「水利権に喰らいつく官僚公務員から 権利を取り戻せ」

「自由に競争させろ、規制を撤廃しろ」

そう言った詭弁を使い回し、自己利益を増大しようとする。



そして、彼らの言うとおりにこの何十年間やってきた結果、起きたことは

・過剰なコストカットによるサービス品質安全)低下

・寡占による価格の上昇

過疎地離島においての事業撤退

とかそういうことが起こった。



もちろん、公共サービス民営化したら、その事業において利益は残るようになった。だが、それはその事業においてのみの金銭的成功である社会全体としては大きな遺恨を残すことになる。



例えば、イギリス水道局の民営化によって 多大な利益多国籍企業にもたらした。しかし、利益を出すのに、まず大量の人員を削減しなければならず、配管の資材や工事コストも最大限に抑えられた。一見、聞こえが良いが、イギリスではコストカットによって水漏れ工事が多発し、全体の約40%以上の水が漏洩して失われている言われている。しかも、彼らはコストを最優先する生き物なので、新たに水資源を確保する工事コストとブッ壊れた配管をなおす工事コスト、どちらが安いか見積もって とりかかる。その為、前者が安い場合は、大事な水資源破壊を引き起こす。さらに、水質汚染まで深刻化し、イギリスではまともな水道水供給されていない。



それだけではない。工事する業者は一番いところが選定される為、今まで受注していた地元密着型の企業は選ばれず、大手外資本がそれに参入することになる。これも競争原理が働いている。だが、これによって地方雇用は激減、治安は荒れ放題、結果 雇用促進や治安維持費などの歳出が増大し、それが財源を圧迫する始末



こうした、社会全体としてはデメリットの方が大きいものを「コウリツカ」の名の下に弱者切捨てを行うのが今の時代の「グローバルタンダート(笑」というわけだ。最近ではコイズミさんとかタケナカさんとかノダさんとかハシシタさかが有名。そして、それを後押しする知識人のなんと多いこと。ウンコ投げつけてやりたい気分ですわ、マジで

2011-11-13

http://anond.hatelabo.jp/20111113083242

前の前の「自我のあり方が~」を書いた増田です

明治以降、西洋米国のどういう部分を取り入れたかについては、

貴方の方が詳しそうです


私は、欧米が最も良いと思ってあの文章を書いたつもりではありませんでした。

貴方が仰るように、むしろ欧米こそが全て良いという話は嫌いです

日本的な教育の良さは何か、欧米的な教育の良さは何かを考えないでする議論は不毛だと思います


ただ決定的に違うのは、宗教的な態度が全く違うことは確かだと思います

欧米個人主義一神教的な価値観に支えられて強化されている側面が強いと思います

実際の信仰別にして、生活にまでしみ込んでいる宗教的な価値観が個人の自我の発達を

承認するように出来ていると思います

個人は強くあるべき、ということは文化宗教的な前提として発達してきた部分がある。

それを余り考慮せずに日本で同じことをすると、どうなるか。

自我を強く強く、個人を強く強く、すればするほど日本の土壌では支えるものや人が少ない

ことになるんじゃないかと思います。出る杭は打たれる、のが基本ですから

それでは心がもたない人が増えるのは当然だと思います



そういうのは自分の体験から考えたことですが、

他国と比べることの意味は、それぞれの制度の成り立ち、意味効果を基にして、それが現下の自国の制度にどのように取り入れることでどのような展望が開けるか、という、きわめて具体的な提案の中にしかないと思うんだけど、とりあえず「西洋と違うからダメ」という議論は感傷に過ぎないよね。

には極めて同意です

が、なかなかその行為意味や深い部分まで考えて取捨選択するのは難しい気もします。

実際は取り入れてみてやってみて問題が出てきて初めてその意味がわかる、

ということが多い気がします。

http://anond.hatelabo.jp/20111113042531

日本教育が徹底して「日本的」であることはその通りと思う。

けど、

教育からして日本日本式だよ。西洋とは違う。

園児の頃から「綺麗に整列して先生が決めた通りの振り付けのダンスを皆合わせて踊る」事を教え込む国だもの

これは違う。明治のはじめにはそれが「西洋的」だったんだよ。江戸時代の人たちには、「整列」や「号令」の概念もなかった。西洋式の軍隊を作るためには、体育をそこからはじめて教え込まないとダメだった。だからそういう「西洋的」教育をしたんだ。一説には、右手と左足を同時に出す「西洋的」歩き方をしていなかったという人もいるし(「ナンバ」とかでググるおk)、足並みそろえて歩くという経験もおそらくなかったため、その教育重要だった(たとえば、明治5年「歩兵内務書」には士官兵卒に対して「体術歩法教授及ビ距離ノ測量等ヲナサシメ、長短緩急共ニ一様ノ歩法ヲ取ラシム可シ」とある)。



もちろん、それが西洋の「軍隊的」ではあっても「学校的」であったかというとそうではないので、「西洋軍隊体育」が「学校体育」の基礎になったこと自体は近代日本事情によるものではあるけれども、園児にそういうことを教え込むのは単なる明治の名残り。



もっとも、日本教育日本的で何がいけないのかは若干よく分からない。「西洋教育といっても、ドイツフランスイギリスだけに絞ったって教育制度は各国事情により異なる。それが当たり前じゃないかと思うんだけど。

他国と比べることの意味は、それぞれの制度の成り立ち、意味効果を基にして、それが現下の自国の制度にどのように取り入れることでどのような展望が開けるか、という、きわめて具体的な提案の中にしかないと思うんだけど、とりあえず「西洋と違うからダメ」という議論は感傷に過ぎないよね。

http://anond.hatelabo.jp/20111113034242

西洋的に教育をやっているはずが、無意識レベルでは全くの日本式でやっています

教育からして日本日本式だよ。西洋とは違う。

園児の頃から「綺麗に整列して先生が決めた通りの振り付けのダンスを皆合わせて踊る」事を教え込む国だもの

西洋式(と言うかアメリカ式)なのは小学校6年→中学校3年→高校3年→大学4年、と言う表面的な部分だけ。

http://anond.hatelabo.jp/20111112181142

ここに挙げられているいやなところというのは、日本人自我のあり方が

海外で一般的なそれと大きく違うことに起因していると思います

日本では個人の自我を発達させて自分意見を持つことよりも

もっと大きな集団、会社だとか、学校クラスだとか、地域の集まりだとか、そういう大きな集団単位での

自我(もはや自我と読んでいいのかわかりませんが一応自我します)を尊重するようになっているんだと思います

ですから、個人がどうしたいか、私はこうしたい、という思いを押し殺してでも集団の規律を優先することが多いのです

そうやって、その組織は大きくは崩壊せずに(はぐれ者はいるかもしれませんが)維持されます



その分、押し殺した個人の自我のわだかまりを出すはけ口が必要なんで、

他人の成功をねたむような、陰口をたたいたり、飲み屋愚痴ったりします。

愚痴は言いますが、組織全体としては本当に崩壊させるようなことには殆どなりません。

組織体制は本当に強固だと思います

とても保守的だとは思いますが、それによって皆ゆるやかになんとなく組織に守られている感覚があると思います

まあ、そうはいってもなんとかなるだろうとかい安心感

組織にいるならば、他人はなんだかんだで助けてくれる存在である、という感覚があります

個人を押し殺して不合理なことをしているようですが、見返りに集団から保護という安心感を得ているともいえます



みんな、だいたい、無意識的にそうしています

海外の人が、当然のように個人の自我を尊重している(と思う)ように、

私たちは個人の自我よりも、集団の自我を尊重するように、もう子供のころから無意識的に訓練されています

訓練させてきた人たちも、殆ど意識せずにやっていると思います

西洋的に教育をやっているはずが、無意識レベルでは全くの日本式でやっています

性別のことも、西洋の男女同権の流れを取り入れたものの表面だけで、

昔の男尊女卑の感覚も抜け切れずにごちゃごちゃになっているのだと思います



世界的にみたらとても特殊な個人のあり方だと思います

それが日本長所でもあるし、欠点でもあると思います

外国から来たら自分の国の特徴や信念や倫理に照らし合わせて良い悪いと思ってしまうかもしれませんが、

恐らく貴方の国でいたときにいいことと嫌なことがあった(であろう)ように、

この国にもちょっと別なあり方でいいことと嫌なことがあるっていうことだと思います




勿論、そうでもない育ち方をしてきた人も、どんどん増えていると思います

それはそれで大きな問題として存在しているのでしょう。

ただ、基本的には、日本人ってのは大体無意識的にそうなるように生活してきている、

と思って頂いて、日本人に接して頂けると、不合理に見える行動もひょっとすると

理解されるかもしれない…と、思います




あと、英語に関しては言語構造が全く違う他にも、

英語で会話をする機会も必要な機会もほぼ皆無であるためだと思います

教育者ネイティブの会話をできるわけではありませんし英会話出来なくとも基本的には問題なく生きて行けるという認識があります

私も全く会話できません。悲しい限りです


>>

外国人です日本に住んで4年になりました。

来たばかりのころは日本人は優しくて魅力的な国だと思いましたが、長くすんでいるといやな所にも気がつきました。

いい人もたくさんいるけれど、みなさんに知ってほしくて書きます

1.マナーに異常に厳しいが、融通が利かずユーモアがない(ジョークやいたずらをしないけど、靴を並べないと怒る)

2.自分の気持ちに素直じゃない。損得で行動する(いつも本当の気持ちで行動しない)

3.自分成功しないんじゃなくて、他人が成功するのが悔しい(成功している人の悪口をいう。でも悪いことや失敗している人の悪口はいわない)

4.ブランド物など他人と比べる、相対的な方法しか幸せを計れない(私の国では考えられないくらいみんなブランドものを持っている!)

5.差別はないけど、いい人でも仲間はずれにしたりいじめたりする(みんなだれかのことが嫌いなのかな。怒っている。)

6.おいしい食べ物でも文句を言う(なんで?おいしいのにといつも思っている。日本人はとにかく文句をいうが何もしない!)

7.感情表現が変(愛してるというと軽いといわれるがほんとなのに。私や私の外国人友達もよく軽いといわれる)

8.性別の特徴をみとめない(男は強くて、女は弱い。そういうことをいうと怒る。でも女は男より綺麗でしょ?)

9.英語が話せない(日本人小学校から勉強している?私は日本語が2年ではなせる)

10.みんな元気になるのは学校仕事が終わってから(みんないやなのになぜやる?)

2011-11-12

http://anond.hatelabo.jp/20111112181142

外国人のふりをした日本人なのかどこか近くて遠い国の人なのかわかりませんが特に反論したい点をいくつか

>1.マナーに異常に厳しいが、融通が利かずユーモアがない(ジョークやいたずらをしないけど、靴を並べないと怒る)

茶化したりジョークごまかすのが全てにおいて正しいという認識おかしです

>5.差別はないけど、いい人でも仲間はずれにしたりいじめたりする(みんなだれかのことが嫌いなのかな。怒っている。)

これは洋の東西を問わずどこでもありますね。「日本から特に酷い」というものでもありません。

>7.感情表現が変(愛してるというと軽いといわれるがほんとなのに。私や私の外国人友達もよく軽いといわれる)

ダイレクト表現すること=正解 というのは文化押し付けに他ならないです



あえて「日本人の」と書くあたり荒れることを期待する程度の低い人間であることが容易に想像できますね。

外国人を騙った日本人でないとすれば酷い西洋文化押し付け自己中心的人種差別的なゲス野郎にしか見えません。

2011-11-09

信用できない統合医療・補完医療代替医療を見分けるポイント

西洋医学に対して~と、頑なに現代医療のことを「西洋医学」と蔑称する。

・●●の語源ギリシア語で云々、と名称にさも権威があるかのように自称する。イメージ戦略からか何故かギリシア語が多い。

・トータルで、全身の調和、身体全体を見て、と個別部位に集中しない治療であることを強調する(頭痛に対して足などかけ離れた部位に刺激を与える治療などに根拠を与えるためと思われる)

・その一方、癌やアトピー更年期障害など現代医療で劇的に改善ができない特定病因に効果があることを匂わせる。癌が含まれる確率は非常に高い。

自然治癒力を高め、という一節が入る場合が多いが、その医療行為が具体的に自然治癒力の向上にどう効果があったのかを示すデータがあがったためしはない。

自然ナチュラルロハス、といった耳触りのいい言葉が多用されるが、それらの単語を厳密に自己定義することは無い。大体がその医療行為にとって都合のよい状態をもって"自然"と称することが多い。

・どこかのオマージュなのか「近年見直されている」という接頭語がつく。

・現代医療西洋医療記述される)と併用されることは薦められないが、同種の代替医療との親和性は高く、単独の代替医療行為だけで医院開業されていることは稀である

2011-11-07

2009/12/21 22:53

&gt;何かできないことがあったときに「あぁ…早生まれから。他の子より育ちが遅いから」「仕方ないね」「かわいそうに」と親から言われることによって、それが本人の中にも内面化されるんではないかという分析だった。

えー、ご存じの通り(ですよね?)早生まれの私ですが、敢えて「異議あり!」と言わせて頂きます^^;というのは僕の場合、親から言われたことはなくて、自分で後から早生まれは損だ」と思ったからなんです。もし敢えて親のせいにするのであれば「早生まれなんだから仕方ないよ」ぐらい言って欲しかったな、ということになるのかもしれません。

経験談の一例ですが、幼稚園から小学校にかけて、周囲に比べてダントツ運動能力が低かったんですですが、高校を出る頃にはいつの間にか体力テストなんかでは全国平均を普通に超えられるようになってました。まあ元々運動や外遊びが好きな子供ではなかったですけど、別にその後人と比べて特に運動していたわけでもなかったので。で、子供の頃は実年齢の差がかなり大きかったのではないかなということに気づいたのはかなり後になってからでした。無駄運動苦手コンプレックスを持ってたもんだと後悔したものです

ところで、N さんが誰だか見当がつかない私です

2009/12/23 01:06

そういえば、悪名高き私の母校では全学年を通して異様に4・5・6月生まれが多かったです。僕はどちらかというと年齢以上にガキなので、周囲のマセ具合に余りついて行けなかった記憶があります(苦笑)

あと聞いた話だと、少年サッカー英才教育世界では、選手がやはり4・5・6月生まれに偏っていたので、選抜に誕生月を考慮するようになったとかいう話も聞いたことがあります

そういうことから、すくなくとも一部の分野においては、無視できない程度の影響があるのかなとは思っています。ただ、どれも男の場合の話であるのは事実ですね。女性はその辺どうなのか、面白いデータがあれば欲しいですね。たぶん誰か既に研究してるんでしょうけれど。

例のあだ名ゆえにあのお方が「Nさん」であることを完全に失念していました^^;まあ、何となく「先輩」が女性であるという先入観があったのも事実ですが(何でだろう?)。まあでも確かに、女性だったらおめでたの話があるのにもかかわらずお酒を飲んでいるはずがありませんね。

いずれにせよ、おめでたいことで。

2010/06/03 23:09

そういえばドイツでもシュレーダー政権ができたてのとき首相が党の実力者を追放して一波乱という一幕がありましたね。そのときの状況と今の日本の状況は似ているのかどうか……。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%8C

2010/06/14 01:06

たぶん noctifer さんの同期の「実家尼崎の人」がデジタル化したデータ持ってると思いますよ。僕も自分が 3 回生ときの録音をその人にもらったので。

ちなみにこれ、一年掛けて準備したのに散々ボロクソに言われた演奏で、僕の中ではまさに「黒歴史」だったんですけど、5 年ぶりに聴いてみたら意外にも、自分としてはそれなりに納得のいくものだったので愕然としました。あれ以来自信なくして楽器だんだん触れられなくなってたのはいったい何だったんだろう……、と。というか音楽以外すべてにおいても自信喪失してしま悪循環に陥ったきっかけみたいな一件だったので、あれをもっと早く聴いてればひょっとしたら少しぐらい人生変わったかもなー、なんて思ってます。要はその録音を聴かなかったこと自体が「黒歴史」でしたという情けないお話ですが(苦笑)。

2010/06/15 02:00

ああなるほど、定演以外の録音でしたか。そりゃさすがに尼崎の人に頼んでも持ってないですよねえ。

ところで全然関係ないですが、今日聴講した某研究会で、僕の2年下の「ヘアスタイルが独特の人」に会いました。彼は今年D3でしたっけ?月日が経つのはなんとやらとはこのことですね。

都合が許さず彼の晴れ舞台を見られなかったのはなんとも残念です。こんど会ったらよろしくお伝え下さい。

2010/06/30 02:49

明日(もう今日仕事なのに眠れないので思わずひとこと。

前回までの大会と違って、今回は自分が主力選手と同世代だから身につまされるものがありました。仮に自分にあの方面の才能があったとしても、この段階で最盛期なんてとても無理だろうなとか思うと、前回大会までとは違った意味で感慨深いです

それでよく考えてみれば、サッカー選手生命から考えて、僕らと同世代の選手ほとんどは今回が最後のチャンスだったわけですよね。今までよりも、負けて悔しがる選手の姿が一歩だけとはいえ身近に感じられて、その分切なくなりました……。

2010/09/07 22:14

論文添削するには内容を理解できないといけないわけですから、それをタダでやってくれる人となると本当に貴重ですよね……。

思うに、大人に言語を教えるのは経済的にも効率がよくないですよね。色々な場に応じてそれなりの言葉かいができて、なおかつ幅広いスタイルの文章を読んで書ける人なんて、なかなか語学教師をやろうとは思わないでしょうし、そういう人を雇うには相当なお金がかかって当然、生徒の側もそれだけの教師を探すには苦労するわけですから

子供の頃から母語の習熟に準じて第二言語を(できれば複数)学べると、言語というものを相対化できるという意味でいいんでしょうけどね。(現状は英語崇拝と英語憎悪二極化およびその裏返しとしての日本語特殊論、そしてそれ以外の外国語への無関心がはびこっていて本当によくないと思う今日この頃

2010/09/11 11:27

こんにちはー。

絶対音感」って能力、実は個人的には言語能力と近いんじゃないかなと思ってるんですよね。少なくとも僕の場合は、ですが。実際、無調性に近い音楽を聴いていると途中で音がわからなくなったりずれてしまうことが多いですし、無調性は無調性でもそれなりに慣れているウィーン学派系よりも、あまり聴かないブーレーズとかのフランス現代音楽系とかのほうが苦手だったりするので。

あと、E-dur と F-dur を間違えることはほとんどないのに D-dur と Des-dur の区別にはたまに自信がなくなることがあるなど、多分にピアノの鍵盤(というか頭の中でつけている「読み仮名」的な音名)に引きずられる傾向があるんですね。いってみれば、日本人は /t/ と /d/ の区別には苦労しないが /l/ と /r/ には苦労するというような話なんですが、まいさんはそういう傾向ってないですか?

そういえば、高校生ぐらいの頃は基準音を 2Hz ぐらいの単位で聴きわけられたものでしたが、古楽を聴くようになって以来その能力はほぼ完全に破壊されてしまいました。

ちなみに僕も音に「色」のイメージがありますけど、その正体はかなり情けないものでして、おそらく子供の頃に買ってもらったおもちゃの鉄琴です。一音ごとに色分けされていたのですが、その印象を未だに引きずっているんですよね。

2010/10/04 01:13

こんにちは

個人的には欧米でどうして "Hentai" 文化があんなに抑圧されてるのかが気になりますねー。ホラー世界では日本よりよっぽどどぎつい表現社会的に許容されている風土で、ポルノの方面になるとフィクションであってもある種の表現はまかりならぬ!というのは、日本に生まれて暮らしている限り根本的にどこかで理解できない面があると思うのですが、だからといって「ピューリタニズムの伝統」で片付けてしまうのも一方では乱暴な気がするんですよね。

似たようなことは、捕鯨問題とかその他の文化摩擦のときにも色々感じることではありますが、その辺のことで「住んでみてわかったこと」って何かありました?

なんか日記の内容よりも個人的な興味優先の質問ですみません。

2010/10/04 21:35

>実際には日本エロゲ守備範囲の広さはそんなのを凌駕しうるわけですが、それでもアニメでは女性はそのように子どもっぽく可愛く描かれる事が多い(ただでさえ若く見えるアジア人ベースにしているのでなおのこと)

なるほどありがとうございます。確かに現代の日本人はおしなべて幼形成熟的なものが好きですね。女性に限らずジャニーズ系とかも結構そういう気がしますが。向こうから見れば余計子供に見えるというのは盲点でした。

しかし個人的にもっと疑問なのは、その "Hentai" 文化を変なものとして片付けるのでなしに、禁止してしまおうという考え方の方なんですよね。そしてそれを日本でも禁止せよと圧力をかける動きもあるようですし。米国は基本的に他者に寛容を是としているのだと思ったら、ときどきいきなりその逆の面が見えることがあるので、いったいあのあたりはどういう感覚なんだろうなあと思いまして。

2010/10/05 00:03

&gt;考えられるのは、ひとつ宗教的背景。

うーん。やっぱりそれなんでしょうかねえ。だとすると捕鯨と "Hentai" はちょっと性質が異なる問題なんですね。

どうも最近英語圏メディアを読むようになればなるほど、日本に対する悪意や蔑視が一部高級メディアにでも平気で蔓延していることに気づいて憂鬱なんですが、その根っこは必ずしも一つではなさそうですね。

やっぱりこういうと何ですけど、欧米アラブ違和感を持っている(あえて「蔑視している」とは言わない)のと同じような意味日本から欧米(といっても色々温度差はあるでしょうが)を見たとき違和感があるんだなあと最近思うんですね。あんな趣味を持っているぐらいなんだから当然私は西洋かぶれ的人間なんですけど、例の "The Cove" 以来やっぱりあばたはえくぼじゃなくてあばたなんだなということにようやく気づきだしたわけでして、その背景には最近ちょっと興味を持ちつつあるんですが、どうもなかなか一筋縄はいかなさそうですね。欧米の天地は複雑怪奇なり。

ところで話は変わりますが、意外なところで結婚ラッシュが始まりそうな噂を耳にしました。詳しくはそのうちお聞き及びになると思いますが……。お楽しみ(?)に!

2010/12/21 22:18

あれ、あそこバーベキューだめになったんですか?「新条例」がなんなのか気になります

2011/03/07 23:25

どうもお久しぶりですー。

&gt;知らない人が20人以上という状態で3時間おしゃべり持ちこたえたのは我ながらよく頑張ったと思う(たぶん英語スキルというより社交スキルの問題)。

純粋に質問なんですが、こういう状況ってよくあるんですか?

最近あちらこちらで、アメリカでは(あるいは「国際社会」では)そういう状況で人間関係を作れるかどうかがものをいう、そういう場でやっていけないと通用しない、みたいな主張をよく見るもので。

本当だとしたら語学力以上に絶望的に高い壁だなあと思いつつ、そういうことを書く人は大抵すごく社交的だからたまたまその人の回りでそういうことが起こりやすいだけのようにも思えるし、その辺の真相が少し気になってまして。

2011/04/07 08:36

確かにkeinなら冠詞ですけど、英語だとkeinはnotではなくてnoですからねえ、うーん……。

ちなみに僕もnotが副詞だって初めて知った、といいますか、そんなこと考えたこともありませんでした。

2011-10-11

知人が小学生の子供を亡くしました。病気発見から約1年の闘病を経てのことでした。その子病気はグレードⅢの脳腫瘍で手術ができないタイプのがんだったので、放射線抗がん剤による治療しか選択肢がなかったそうです

知人は子供の死後にブログで1年間の闘病生活の成行きを公表しはじめました。そこには、最初はただの体調不良でかかりつけの小児科にかかったこと、すぐさま大学病院検査入院することになったこと、がんとわかって別の大学病院に転院したこと、日に日に悪化していく我が子の体調への不安絶望、なにか打てる手はないものかという知人夫婦の苦悩、インターネットで見つけた「統合医療」で「重大な脳疾患の子供が完治した」ことに一縷の望みをかけるさま、(医師の制止を振りきって)大学病院退院し遠方の統合医療医師のもとに向う様子、などが綴られています

ブログに登場する「西洋医学」の医師たちは、当時の病状と治療方針、薬の効果副作用治療限界、今後のあり得る成行きについて、最大限誠実に説明しているようですしかしその誠意は知人には届きません。知人に届くのは「決して大丈夫といってくれない」「我が子の今この時の苦痛を取り除けない」「強い副作用のある薬をたくさん飲ませなければいけない」「我が子が次第に元気をなくしていくのに、医師は何もできない」といった、ただただ西洋医学先生が執り行う西洋治療限界とそれへの不信や不満、であったようです

一方の「東洋医学漢方勉強統合医療のクリニックを立ち上げた名古屋のO先生」は、電話で経緯を聞いただけで「なんとかなります、一度いらっしゃい」と請け合います。そしてクリニックに赴いた知人に対して「この程度なら大丈夫」「原因不明の脳の難病の子供を助けた」と話すのです。そして知人は続けます。「先生不思議機械で体のあちこちに金属の棒を当ててあらゆる臓器の数値を測定しました」「遠赤外線で体を温め免疫力をアップする施術を受けました」と。

知人は以前からいわゆる代替療法や「ナチュラルもの」への親和性が高い人でしたから、このような成行きはある意味当然のことだったのかもしれません。もとより治癒の見込みの殆ど無い病気ですから、なにをやっても(やらなくても)所詮は同じことだったのかもしれません。であれば、残されたものが「できることは全てやった」「これでよかった」と悔いを残さないことこそが一番大事なのかもしれません。

しかしやはりぼくには件の「統合医療医師」の悪辣さがどうにも我慢なりません。彼(女)はいったいどんな心持ちで「大丈夫、なんとかなる」と言ったのか、何百キロも離れた土地に「一度いらっしゃい」と軽く呼び寄せたときいったい何ができるつもりでいたのか、「不思議機械金属の棒」を子供の体に当てながらなにを思ったのか、何の効果ももたらさないだろう「施術」を施して高額の治療費を受け取ることに何の良心の呵責も感じなかったのか。

ブログはまだ半年前の日付までしか進んでいません。なので、半年から今日までの間に事態がどう進展したのか、ぼくはまだ知りません。それでも最終的に知人の子供は亡くなりました。それが事実です。もしも例えば彼らが根気よく「西洋医学」の治療を続けていれば、治癒はともかく寛解の時期が訪れて、短いながらも一時的にでも学校に戻れる日がきたかもしれない、そうでないかもしれない。ぼくには「統合医療医師」がなんの裏付けもなしに、ただ己の商魂からいい加減な安請け合いをすることで、一人の子供の一縷の可能性を奪ったように思えてなりません。

知人は子供の死後、同じような難病を抱えた子供たちとその親を支えるボランティアに参加しています自分と同じ境遇の親子と関わりながら、我が子にしてやってよかったこと、できなかったこと、してやりたかったことをひとつずつ思い起こしながら伝えること。それはきっと今の知人に必要なことなのだと思います子供を亡くした親の気持なんてぼくにはきっとわからないし共感もできません。だけど知人にはできるだけ早く、元気に穏やかに暮らせるようになってほしい。今ぼくが望むのは、知人が己の確かな経験をもとに、他所の誰かに「西洋医学限界」や「統合医療の素晴らしさ」を軽々しく吹聴しないことです

2011-10-09

違うの探してたら、Dr.林もSSRI商人的傾向がとわかる質問と回

回答が見つかってしまったwww  (おかしい何度やっても入らない。字数制限?)  (的傾向に訂正しておいた)

http://anond.hatelabo.jp/20111008211730

http://logsoku.com/thread/pc11.2ch.net/net/1239615317/ ここのスレにも出てみんな信じてしまってるけど

この文章という情報だけでは、一般読者もドクターも、同じ条件なのに、最後が驚いたという感想ブクマに多いのに驚いた。http://b.hatena.ne.jp/entry/kokoro.squares.net/psyqa1087.html

サトラレ物理的にありえないが、この場合は何とも言えないと思う。



権威主義的な科学者っぽいことを言う人が、ニセ科学リスト作ったら群がる人が多いはずだ

http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/DocSeri/20071128/1196234450

この中で>このリストは、機械的にニセ科学を見分けるためのものではない。「リストに載ってないから本物」などという判断は、それ自体科学的ではない。 2010/11/28

と言う人こそ科学的だと思うが、見える範囲では一人しか居ない。これについてはブログに本人も補足してた。この意見を載せていた。( これは、エセ科学科学的に検証したのではなく、権威はこういうものを嫌ってますよという空気感を綴ったものではなかろうか?とあとで思った )



ドクター林の相談は、小説や読み物としてなら、最後の謎解きとかどんでん返しのようで、面白いのだろうけど、そういう受けを狙った怪しいラベリングしかないと思う。

文章を見た時点で持ってる情報は、ドクターも読者も同じはずなのに、読者は、ドクターなら文を見ただけで判断できる情報を持っていると錯覚しているし、本人もそれを狙ってやっているのではないか

それこそ、エセ心理学みたいw 小説なんかでは、目がどっちに流れたらウソを話している可能性が高いだの、顔に手をやったらどうのこうとか、心理学者分析まがいの事をやるシーンも出てくるが、あれは小説からフィクションから! 多少はそういうものを調査したり統計取ったり実験したりして、それに基づいてるものもあっても、統計には例外があるし決め付けられるものではない。 民間で資料としてマーケティングのようなものに生かすのに、調べたりというのはあると思う。 そういうものの流用とか、面白おかしく話したりとかはあるかもしれないが、マトモな心理学者はどこに手をやったらどうのこうのなんて、そんな占いや当てものみたいな事は言わない。


通りがかった精神科医と言う人は、精神分析もエセだと言っていた。ここ→http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20110922173823 ツリーに繋がると長くなるからブクマ



まさかとは思いますが、に繋がるのはむしろ、矛盾に満ち満ちた精神医療に根を張った既得権益者の不当利得を守るための権威付けや一般の人の洗脳、ではないですよね?ではなかろうかw

だって、これ↓

http://ameblo.jp/momo-kako/ とか さっきも貼った被害者相談サイト掲示板 http://seishiniryohigai.bbs.fc2.com/ 

ここは政治家に陳情もし、国会で質問させてるhttp://seishiniryohigai.web.fc2.com/seishiniryo/renrakukai/jisseki.html  精神病院ではなく、向精神薬のだけど



うつ病の新しい薬ではようつべでも、こんな動画もあるくらい、前から製薬会社の薬売り営業とか言われてたのは知ってた

http://www.youtube.com/watch?v=v9-rcwiZuOA  抗うつ薬SSRI・攻撃性の副作用隠蔽して宣伝する製薬会社 >抗うつ薬SSRIの説明が製薬会社宣伝ビデオNHK報道番組全然違ってるんだけど患者馬鹿にしてるの?

探してたら怖いものを見つけてしまったw

http://www.youtube.com/watch?v=LiPX4g3REqU 【犬を撲殺】抗うつ薬SSRIによる攻撃性の副作用が怖すぎる件【Dr.林】

これの元の林氏のサイトのが中々見つからなかった。その動画はいつもある先生の回答がなかったから、探してたら、これだったw やっぱり・・・

http://kokoro.squares.net/psyqa1709.html >林: 抗うつ薬(SSRIとは限りません)による自分や他人に対する攻撃性の副作用については、これまでの回答をまずご参照ください。

これは、6ブクマしか付いてない http://b.hatena.ne.jp/entry/kokoro.squares.net/psyqa1709.html おいおい言ってる人はいるけど

SSRIに対する認識がコレだよwww

そりゃエスパーになるわけだwww



SSRIについては、犬じゃなくて、隣の主婦に襲い掛かったという動画・・・

http://www.youtube.com/watch?v=JwQMzrfYFXI SSRI副作用・攻撃性で発狂して刃物を振り回して逮捕された姉



関係ないがこういうのを見て、チバレイはなんと言うのだろう? あの人は何をのんでたんだろう? うつ病精神科来訪キャンペーンに出てたけどw



薬は、一時的に安定剤を使用するのが効く場合もあると思うが、怖いんだなぁ

知らなかったけど、うつ病の薬以外でも、断薬サイトブログや本があるくらい、大変らしい。

薬と言うのは、西洋薬はとくにそうらしいけど、基本的に毒なんだけど、それを少量取り込んだり、少しの期間使い事によって、良い効果を得ようとする、というものとして考えられるらしい。 それは言い過ぎとしても、副作用と言うのはあるからそれも考えないと。



つけたし

よく読んでみたら、副作用否定ではなく副作用指摘とも見える事も言っている。でも、やっぱりよく読むと・・・責任の所在を曖昧にしたり、まどろっこしい言い方で(いつもの断定的口調はどうなったのだw)言葉に厚みを付けていつもと比べ物にならないくらい冗長に説明してる。

ブクマの中の1コメントの人が、おいおい言ってるのは、副作用のせいにするという事かもしれないような気もしてきた

林氏は、一見SSRIの批判もしてるようにも見えることを書いているし、・・・

しかし、いつもの調子とえらく違う。 製薬会社私企業なので仕方なくて、医者と患者が問題なように書いてある。

でも、一番それで儲けたのは、それを出した製薬会社じゃないの?




やっぱり製薬会社批判は言いたくない事なのではなかろうか?

まさかと思いますが、一番に利得を得ていて、不当なのは知っているけど、力ありそうなので遠慮しているが、徐々にばれつつあるので、その知識も入れとかないといけないけど、自分が睨まれるのは困る、という色んな利害の兼ね合いを考えた結果の煮え切らなさ、いつもにはない慎重さ、ではないですよね? 無いと思います・・・

みたいなw

2011-09-22

真理は外で保管される

http://anond.hatelabo.jp/20110815225307

ということで先日はじめて台湾に行ってきた。



なんやかんや言って香港などよりも、下手すれば中国本土よりもずっと中国的なところだと思った。




故宮博物館に秘蔵されている歴代中国王朝の文物。

忠烈祠に合祀された抗日英雄の一人一人の名前と、

中正紀念堂に書かれた儒教思想および日本翻訳され中国にも輸出された近代西洋思想に基づく孫文の訓示。

仏教寺院で熱心に参拝する台湾人たち。

美しい繁体字を皆達者に書く。

下手な中国本土の都市よりも美しい北京語を話す。

地名には忠孝とか信義とか儒教思想が色濃く反映されている。

南京路とか重慶路とか中国都市を基にした地名が非常に多くニューヨークなどと同じく植民地地名そのものだった。

中国ではすべて横書きに統一しているが、台湾日本と同じく新聞など模範的な文章は縦書きで書かれる。

漢民族伝統文化中華文明を忠実に継承している。

高雄とか便当とか日本の影響もところどころ目に付く。




香港では北京語は通じない。少なくとも、香港人北京語を聞き取りはできても話せず英語のほうがよほど通じる。

名前も英名が公式に使われる。

台湾中国でも最近は英名を名乗る人が増えたけど香港ほど公式ではない。

日本人ならダニエルとかマイケルとかメアリーとかキャサリンとかとても名乗れないだろう。

英国植民地面影が色濃く残る香港ポルトガルのそれであるマカオアジアの国とは思えなかった。

住民はアジア人の顔をした西洋人に見えた。



白人だらけ、ムスリムも多いタイや、

英語母語としもはや漢字を読むことすらできない中国人ムスリムインド系の街であるシンガポールは、

すでにアジアなのかどこなのかわからない無国籍国家という印象だった。

ベトナム中国フランスとが混交していてカオスな雰囲気を醸し出していたし。



台湾では見た目で台湾人ではないとわかる人はほとんどいない。

観光客中国人日本人かどちらだからだ。

日本語が通じる人もこれまで行ったどこの国よりも多かった。




片言の中国語で、英語筆談の助けを借りながら住民と会話した。

我喜歓台湾と書いたら嬉しそうに笑った。



人類を支配するだけの文明を持ち得たのは英語が史上初だ。

少なくとも西洋言語のみが全人類に受け入れられる世界共通言語になり得る。

何かを否定するにもそれを手段として使わなければいけないという時点で、それを否定できないことが証明されてしまう。

何が入用で何がそうでないかの判断はこのように割合容易につく。

言語アイデンティティ帰属意識、同胞意識)の確立の手段、という重要機能を持つが

それがコミュニケーションの手段という機能を上回ることはない。





文化は発祥した地よりもむしろ影響を受けた衛星で保管されることも多いのではないかと思った。

どこの文化圏でも土着の文化よりも舶来の文物を珍重し上位に置く一定の傾向がある。

土着の文化は卑近で生々しいのに比べ舶来のものは「よく理解できない」ために神秘的だからだ。

日本語では大層難しく聞こえる漢語や外来語が、中国西洋では子供でも使う日常であることは多い。



儒教思想や陰陽五行思想はむしろ朝鮮本家中国よりも忠実に継承されている。

お箸単独で食事をするのもやたらお辞儀をするのも深々と頭を下げるのも日本人特有の風習であるし、元号も今や東アジア日本しか使っていない。

死に際で万歳をしたのも日本人だけだ。

唐服に影響を受けあるいは呉服起源を持つ?和服も今や日本の象徴である

国家元首名前元号名前漢籍から採るということも中国ですらしてない。





台湾沖縄韓国に失われた中国日本の文化の残滓が脈々と生きているように、

そして日本台湾韓国中国のそれがそうであるように、

文化起源を離れて独立して継承されていることも多々あるのだ。

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