はてなキーワード: 内面とは
確かに韓国ではプチ整形というなの立派な整形が流行しているようだが、自分の場合は整形には激しく抵抗がある。
親からもらった体に傷をつけたくはないし、なによりその行為によって自分が自分を完全否定するような気になる。
だけど周囲からの評価は低かった。親も兄弟と比較すると劣っている自分のことをそれとなく認めていた気がする。
外見がダメなら内面、能力、他の面で何とかなるものはないだろうかと必死になった。一応一人でも食っていける。
最近までそんな事は思い出さなかったが、当時の音楽を何度も繰り返し懐かしいなあと思って聞いていたある瞬間。
思い出してしまった。
もてなくて片思いばかりしていてふられてばかりで、それ以前もかわいいとは言われたことが無く過ごした幼少期。
だから、
人間は、他者の行動については、その人の内面(特性など)に原因あると考えるのに対して、自分の行動については、その原因が自分の外側(特殊な事情など)にあると考える傾向があります。この傾向を特に「行為者・観察者バイアス」と言います。例えば、職場の同僚がなんらかの悪い成果を出した場合、僕たちはそれを「努力が足りないせいだ」と考えたりするのに、自分の成果が悪いと「周囲の環境のせいだ」と考えたりします。他者の特徴については、色々と触れる機会があるものの、他者の置かれている背景(事情)というのは、理解する機会がなかなかないことが原因なのかもしれませんね。そう思うと、周囲の人に対して、自分の置かれている立場や状況を、しっかりと説明して理解してもらう努力も必要ということが見えてきます。
わかっててもハマる・・・。悔しいビクンビクン
(元ネタ:http://www.bengo4.com/bbs/read/104409.html)
当時大学に通いながらアルバイトをしていた私は、家族の紹介で都内のある会社(A社)が主催する所謂自己啓発セミナーにボランティア・スタッフとして参加しました。
当初ボランティアの内容はセミナー当日に会場を設営するなど簡単なものでしたが、1年ほど続けた頃、A社の社員から営業活動を求められました。具体的には、A社が指定した人物を勧誘したり、説明会を企画して人を集めるといった内容でした。
加えて、セミナー申込のキャンセルを少なくすることも活動の一環でした。A社としては申込みはあくまで任意としていますが、実際は強引な勧誘も多々あり、後日キャンセルを申し出る人は多いのですが、そうした場合に再度説得することもボランティアの活動でした。
申込数やキャンセル率には目標があり、達成できないと叱責されることもしばしばありました。そもそも昼間は大学に通っていますので、ボランティアは夕方以降の参加となり、叱責が深夜に及ぶこともありました。
ボランティアを続ける中で、私自身もセミナーに参加するよう求められました。勧誘してくる者が身内ということもあり、断れずにいくつか参加しました。セミナーの基本的な内容は講話と「シェア」と呼ばれる参加者の内面の吐露、ロールプレイングのようなものなどで構成され、3〜4日間、2時間に1回30分程度の休憩をはさみながら朝8時〜夜8時まで行われます。上級のセミナーになると週に1度、夕方に2〜3時間程度を2ヶ月続けるというものもあります。
上級のセミナーを開始後しばらくしたある日、全く何もする気の起きない日が続くようになりました。後日、大学のカウンセラーのすすめで精神科を受診し、うつ病と診断されました。大学は留年、アルバイトは休職扱いとなり、1年間を療養に費やしました。
発症の時期や精神的ストレスの度合いを考えれば、A社での活動がうつ病の引き金となった可能性が極めて強いと思うのですが、責任を追求することは出来るのでしょうか?
ちなみに、セミナーに参加する際には「セミナー中、過度な精神的ストレスを感じる場合があり、自己の責任で参加する」旨の同意書に署名を求められます。
相手を楽しませるためにはコミュニケーションスキルを磨いたり、
内面を磨いている女がいるっていうけど、本当にいるのかよ
掲示板で知り合った女のメル友メールで何回かやり取りしたけど、
セックスアピールしかとりえがないような女としか出会ったことないんじゃないの?
もしくはそんな女しか目に入ってないんじゃないの?
内面を磨いている女は内面を磨いている男と同じくらい普通にいるから。
心理学の調査では女性は男性の顔を強く意識し判断材料とするのに対して、
男性は女性の体型やスタイルなどを重視して恋人にしたいかどうか選択するという結果がでました。
男は女を顔で判断するというが、心理学の調査では女の方が顔で判断するケースが多いと書いてあった
顔で判断するなと女はよく言ってるが、お前たち女が顔で男を判断しているのにそれはないと思う
私も悪いところがあるので、決して相手だけ悪かったとはいいません。
…が、一方的に悪者扱いされて、でも周囲に「反論したりしたら泥沼だよ」と言われて我慢した分のうっぷんをここで晴らさせてください。
あまり面白いものではないのかもしれないので、気分悪くなりたくない方、あと時間のない方(長いっす)は回れ右、でw
私は、恥ずかしながら小説を書いたりするのですが、ある小説コンテンツ上で公開した小説に「すごい面白かったです。漫画化していいですか?」と書き込みしてきたのがその相手でした。
ほかにも面白かった、というコメントはあったのですが、実際に絵がうまい人に、漫画化までしてもらえる、というので、私は舞い上がりました。
彼は、自分の境遇とその主人公が似ていると言っていて、かなりのスピードで、実際に漫画を描いてくれました(でも、完璧主義らしくて気に入らないところがあったとか言って消されて結局見てませんが。。。)
なので、私も資料探しなんかに協力していたのですが、そのうちにいろいろ話がもりあがり、ほぼ毎日メールをするようになりました。
ところがあるとき、突然彼が登録していたSNSのアバターを女性のようなものに変えたので、その意図を問うたら、謎を解いたうえで自分に会いに来い、と言ってきたのですが、いろいろ問い詰めているうちに結局性同一障害で、体は女なのだ、と告白してきました。
そして今まで話をしていた内容のほとんども嘘だ、と。
それでも私は仲良くなった相手だし、その時はまだ常識のある人物のように感じられたので、いろいろと嘘をつかれていたことを全部水に流して、そのあとも付き合いを続けていくことにしまた。
けれどおかしくなってきたのはそのあとです。
ちょうど去年の今頃くらいからでしょうか。
彼の作っていたSNS上のサークルに参加したのですが、メールでやり取りしていた時とは違い、気に入らないことがあると雑談版に書き込み、その後とにかく攻撃的なメールを携帯にしてきて、ぼこぼこにされたのです。
そのあまりの内容に、私が泣きながら電話をして謝って仲直りをして、を繰り返していました。
はっきり言って今思えばその内容も、矛盾だらけだったし、「それ私悪くないじゃん」的な内容や、彼が勝手に事実を捻じ曲げて発言していたり、自分が言ったことを責任転嫁していた部分も多かったのですが、人格否定するような言葉の羅列に打ちのめされてしまって反論もできずにいたんです。
そのため、もう縁を切ろう、と毎回思いました。ですが、相手は自分を信じていろいろさらけ出してくれたのだし、それを突き放すのはいけない、と我慢して電話をしてつなぎをつけていました。
そうして、ほぼ月一で、ほとんど喧嘩、というより人格否定のオンパレードのメールが来きて、それに私が電話して謝って、の儀式が続いていたある日、突然『忙しいから』と彼がサークルを脱退しました。
その直前にサークルメンバーへのバッシングを書き連ねていた彼は、新たにサークルを立ち上げる宣言をしていましたが、それらのコメントも全部消したうえで突然の脱退……
管理人は直前に私に委譲されていましたが、実質上の管理者の脱退でサークルは混乱しました。
けれどつながってすぐぶち、と切られる始末。
メールも送ったら「アドレスが不明です」といったエラーメールが返ってきて、ほんの一昨日送った時には通じたメールがアドレス変更されて通じなくなっていたのです。
加え、SNSでは私はブラックリストに入れられて彼のプロフも見れない状態となり、完全に連絡が取れなくなってしまいました。
しかも彼は別のサークルを立ち上げ、そこで楽しく新しいメンバーと活動を始めただけでなく、ブラリしてない旧サークルの一部のメンバーだけそこに誘ったり、していて、私もブラリされたほかの子も「ああ、切り捨てられたんだな、と実感していました」
そんな扱いをされてはもうしかたない、と、私を含めたサークルメンバーは、見切りをつけて自分たちで新しいサークルを立ち上げよう、と動き始めたのです――が、その矢先です。
大体1か月くらいたったころですかね。
それも、恐ろしく普通の感じで。
「ちょっと忙しかったから全部シャットアウトしてたんだ、うん。携帯壊れたからここに連絡くれ」
と番号付のメールが来ました。
ガチャ切り、アドレス変更、理由のわからぬブラックリスト入り、突然のサークル脱退。
それで、かなり頭に来ていた私は、完全に無視していたのですが、そうしたら私の小説を上げていたHPブログ、ヤフブロ、どころかアメーバピグのメッセージも送ってきたうえ、私のピグライフの庭にまで出没し、私の名前のわかるところすべてにコメントをしてきました。
バッシングもあれば、すがるようなコメントもあり、日と時間でコロコロと内容の変わるメッセージやコメントがずらずらとならんだのです。
私はペンネームをそのままハンドルネームにしていたので、簡単に追跡できる状態だったとはいえ、ほとんどストーカー状態で付きまとわれ、しかも彼自身の開設したブログで「あいつの書いている小説は俺の盗作だ」とか「サークルの世界観も似たようなの知ってるしな。パクリと言われないといいけど」といったバッシングには、精神的に参ってきてしまいました。
そこで、サークルで関係したメンバー全員で文面を考え、彼がよくメンバーにやっていたように「返信不要」とつけた一方的なメールを送り、絶縁状を叩きつけたのですが、そうしたら今度はトーンの変わったメールが全員に送られてきたのです。
「このたびは迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。一言電話で直接お詫びをさせてください。それができなければ自分は存在する価値がないため、今日中に自殺します」
いや、こけおどしと分かっていたんです。仲間には放っておけ、という人もいました。
でも、自分のせいで死なれるなんていやだ、と思い仕方なく電話しました。
ですが、そこでまた、さらに恐ろしいことを言われたんです。
「いや、実は一回会った時(一回リアで会ってたんです)からマジで好きで、どうしてもつなぎ取りたくて、でもやり方がわからなかったからあんなやり方したんだ」
――正直、馬鹿じゃないの、と思いましたよ。
たとえどんな理由だとしても、一生懸命書いた小説を盗作扱いされ、世界観を馬鹿にされ、それで好きと言われて「本当に???」と喜ぶ女がどこにいよう。
その時はとりあえず、すでにリスカしたとかいう相手を刺激しないように、と温和な感じで話をしましたが、もう話をする気ないことは伝えていました。
でも、私の中にはぐるぐると「盗作」「パクリ」という言葉が渦巻いていました。
何時間もかけ、創意工夫を凝らして書いたものをそういわれるのがショックで、それに正直、相手のことはもうどうでもいいと思っていたし『ネット絶ちする』と言っていた言葉を試す意味で、ブログにこの落ち込みを書いていました。
「お前、ブログに書くな言うたやろ。それに、今思えば俺だけが悪いわけじゃないし、手打ちするなら今まで、俺が更けてるとか、描いてる絵は老け顔が多いとか言ってきた件についてそっちが謝ってこい」
とのこと。
古い喧嘩の内容を蒸し返して…というなら、まあブログに書いた私も私なので納得がいく。
でも、自分が老け顔だ、とか絵が老け顔が多い、と最初に言ったのは自分なのに、それをその場のノリでいじっただけの私が悪いことになっていて、それを謝ってこいという。(逆に何かで私がいじられたことも多々あった)
しかも、前の件って一方的に縁を切ってたのは自分なのに、古い昔の件があるから私が悪いっておかしいでしょ。
あと、
「謝ったら許してやっていい」
あの時は私が「許してやる」はずの立場なのに、なぜ下から私が「許してもら」いに行かねばならないのか。
「俺は精神的に普通じゃないんだから、変な行動をするかもしれないって言ってあっただろ」
それらがあまりにばかばかしかったし、周りみんなから無視するようにアドバイスされていたので、数分おきに入っていた着歴もブログコメントも全部無視していたら、
「もうお互いのことは忘れよう」
とか
みたいな内容のメールが来て、それを最後に連絡は途絶えました。
ようやく連絡が途切れてほっとしているものの、おかげで2作ほど盗作扱いされた小説はあげられなくなりましたし、もやもやしたものが私の中に残りました。
そうしてしばらくもやもやしていたのですが、ふとした拍子に「ボーダー」という存在を知り、ああ、全くあてはまるな、と思ったのです。
来歴の嘘をつき、相手の同情を誘う。
きつい言葉を叩きつけ、激怒するくせに、少しするところりと機嫌が変わって普通に接してくる。
逆にきつい言葉を言われたり、無視されたりすると、自分の存在自体を否定するような言葉を言って消えようとする。
何かあると自殺をほのめかす。
自分が悪かったことを捻じ曲げ、相手のせいにする。
などなど。
でも、今境界性人格障害について知ったのちは縁をきれて本当に良かったな、と思っています。
なんていう考えの人間のそばにいられはしないし、そんな人が支配するサークルではやっていけませんからね。
彼曰く、私は悲劇のヒロインらしいですが、別に同情なんてほしいと思ってません。
ただ腹が立つので吐き出す場がほしいだけです(笑)
そして私の場合、吐き出すのに一番いい方法が文章を書く、というだけです。
これ見つかってまたメール面倒ですが、その時はその時です。
マジックワードだよ
「負け組側に復讐させにくいように唱えて治安を保つ防御呪文の一つに過ぎない」
マジックワードの使い方が上手い人は社会的に制裁や復讐を受けるようなへまはまずしないよ
遠まわしにdisって人からやる気と自信を無くさせる言葉は→口撃呪文
自分の頭で物を考えず、先人の格言やネットでちょっとカッコいいセリフをRTしまくるような
人間は日々それとは気づかずに他人に何がしかの「呪い」の呪文をかけている(確信犯もいるけどね)
私は何がしかの防御呪文にまんまと引っかかって自分の内面に問題があると思い込まされて
泣き寝入りして我慢してる人々に「それマジックワードだよ」と目から鱗を落としてあげたいだけ
憎い相手より将来幸せになる見込みも能力もない人達に「憎むな」「呪うな」「妬むな」とは言えない
魂の奥底までくすぶった憎しみというものは何十年経っても消えないこともある
「人を呪わば穴二つ」
そんなマジックワードに踊らされて、自分の内面に原因があると思い込まされて
生きる気力を奪われて自殺する善良な人々多いよね
生きる気力を奪われたらその意識をコントロールできている以上は人を憎んでも呪っても構わないと思う
嫌なことをされて魂の尊厳を奪われその回復の見込みが立たない時は、相手を自分と同じ位置かそれ以下まで引き下げないと
癒されないこともある
傷つけられ、傷つけ、傷つけられ返されることが分かっていながら憎むことでしか前に進むことができなくなった人達もいる
尊厳を奪われたまま泣き寝入りして生きるというのははたからみて「負け犬乙」としかいいようがない状況を見るたびに
強がって平気なふりをする人たちに
「お前の中では魂は傷ついてないつもりかもしれないけど、いい人ぶって我慢しつづけて人格はボロボロにされて後一押し誰かが押せば
魂が歪んで元に戻らなくなってしまいそうじゃないかい?」「あなたを不幸にしたことであの人たちは楽しそうな顔をして
あなたがつぶれるか消えれば忘れ去るかまた次の嫌がらせする対象を探し出すんだ」
とつぶやきたくなる
やりきれない気持ちをどうやってやり過ごすのか、それは同じ事をすること
特定の誰かに向ける言葉でなく、憎しみを薄めてジワジワと流して後は忘れること
大きな枠にはめて「レッテル」を貼って見下したり、「ほのめかしメソッド」使ったり
ネット以外の世間一般で認められてる範囲なら他人を憎んでも構わないのですよ?
他人からちょっと嫌なことをされたら、誰かにちょっとだけ甘えて嫌なことをする
愚痴でもいいし嫌味でもいい お互い様だ それでやっと相手からされた嫌なことも
自分がした嫌なことも受け止められるようになってくる
何でも自分1人の内面で嫌なこと受け止めようとして外に出さないといつかその魂壊れて
修繕できなくなる恐れがありますよ?
いつも集団で毎日嫌なことを言われている人達に、人を憎むな呪うななんて言葉は
「呪い」に人生振り回されずに「呪いたい」という感情と付き合うというには
Twitterで個人特定されない程度にぼかして毒舌のつぶやき吐くのもいいんじゃないでしょうか
「ポジティブ教」の信者から見れば、ネットに「呪い」の言葉があふれているのは気に入らない
みたいだけど、人生良いことばかりが常に続くわけでもないしね
自分自身の内面を見つめなおす事も大事だが、一歩下がった所から、何か考えることを留保して、冷静になるまで待ったほうが良いこともある、ということを学びつつある。
どんなに自分が冷静である、思考に自身があると思っていても瞬時に思いつくものは、やはり感情的なものであり、冷静さに欠いている。
もちろん、瞬間的な感情の発露も大事だが、それを殺さない程度にその感情の発露のプロセスを一旦眺めることも必要な気がしている。そういったプロセスを丁寧に眺めることで、実は目前の課題を乗り越えるヒントになりえるからだ。
今の自分にとって、本当に必要なことを、一旦立ち止まって問う、という習慣を身につけたい。
セックス終わったあとはすぐにテキパキと後処理をして、できるだけ存在感を消しながら一人で風呂に行くようにしていたのだけど、
その振る舞いについて今日彼氏にガチギレされた。前にも一度厳重注意されていて、またやったからさすがにキレられた。
彼いわく、終わった瞬間速攻モードチェンジされて隠密機動みたいにシュバシュバ動かれると本気で幻滅すんだよマジやめろっつーか俺をナメてんのか!みたいな話なんだけど、
ナメてるどころか幻滅されたくなくて愛を失いたくなくてやってることなのでどうすればいいかわからずえぐえぐ泣くしかなかった。
賢者タイム怖い!
滾る性欲の補正がかかっていないと私の顔なぞ見れたものじゃない。
私にとって「賢者の曇りなき眼を得た彼氏がじっくりと私の顔を見ること」が今現在トップに君臨してる恐怖だ。
この恐怖を植えつけたのは、つい最近まで喪女だった私の友達のような存在「まとめブログ」であり、
数多書き込まれた"賢者タイムに感じる女の醜さ、無価値さ、ゴミクズぶり"を目にするたびに、それは洗脳のように私の意識に刻み込まれた。
賢者の男に顔や身体を見られてはならない!自尊心を破壊されてしまう!
これが行き着いたところは「彼氏の賢者タイムが怖いからセックスも正直怖い」「終わったら速攻一人で風呂に逃げる」という状態だった。
それについて彼氏にも説明したのだけど、ああいうこと書いてる奴は肉食系男子だのDQNだので俺とは違う属性の奴だから一緒にすんな、男を十把一絡げにすんな!!と怒られて、
そのとき一応は納得したそぶりを見せたのだけど、内心貴様も男である以上射精したらプロラクチン出てるだろうが!出てる以上幻滅は免れないだろうが!
DQNじゃないからイッた途端に帰れブスとか言い出さないのはわかってるが、私が怖いのは貴様の内面なんだよコラ!!!!という思いは拭えないままだった。
私は男を理解している物分りのいい女なのか、彼氏をDQNと十把一絡げにしている失礼な女なのか、それともひたすらナルシストなブスなのか。
ま、ナルシストなブスなんだろう。わかってんだよクソどもが!!どいつもこいつも不細工の癖して「性的弱者」と見ると上から目線で分析して説教してきやがって!!うぜえんだよ死ね!!
いやもう本当に賢者タイムなんて知りたく無かったよ。射精した途端にプロラクチンが出て性欲が消滅し、女を醜く臭くウザく感じる男が沢山居るなんて知りたく無かったよ。
多分彼氏にどんだけ説教されたところでこの恐怖感は拭えない。どうすりゃいいんだ。面倒くさい女は捨てられろってか。うっせーよもう死ねよ不細工。みんな死ねバーカ。
中学高校と英語赤点だった。もう本当に簡単な文でもわからないレベル。英文法はパズルにしか思えなかった。
MtG をやって、少し英文を覚えた。ネットで調べ物してたらなんとなく何を書いてるか見当つけられるくらいにはなった。MtG でわかった事は、必要性に追われ、情報が経験と結びつけばアホでも覚えるということだった。小学生がポケモンを覚えるようなものだ。
そのあと、ネトゲで外人とチャットしてたらまた少し英語が(チャットで)通じるようになった。この通じるってのは、正しい英文を書けるって意味じゃない。ネトゲでは、その場で共有している話の流れや時間や場所やそういったコンテキストがある。これが学校で暗記としてやった英語とは大きな違いだった。でも、よく考えたら僕らが使っている言葉というのは、共有されたコンテキスト下に無い方が珍しい。FPS や MMORPG でわかった事は、共有されたコンテキスト下でやりとりする分には、正しさよりも返せるかどうかの方が重要だし、文としてあまり正しくない言葉でも、しゃべる必要がある時に何もしゃべらないよりは役をなすということだった。
通じるということのありがたみ、楽しさを知れたのが大きかった。学校時代は、英語が通じるかどうかは 0 or 1 で、間違ってるくらいなら話さない方がいいと思っていた。言葉は間違わないためにあるのではなく、少しでも通じるためにあるのだと当たり前のことに始めて気づいた。この 0 が 0.1 になる経験はとてつもなく大きかった。
そのあと、Flickr 等のコミュニティで沢山の人から英語でコメントをもらうようになった。自分の作品について言われてるわけだから当然理解したいし、僕の作品についてのそれぞれの人からの感想というコンテキストがはっきりしていて、ここでも必要に追われることと、共有されたコンテキストという条件にうまく当てはまっていた。
どう思ったか何を感じたかという文章が沢山書き込まれ、知らない表現も多く必死に調べながら読んだ。不思議と、感情のこもった言葉は記憶に残りやすかった。難しい言い回しでも、その意味がわかった時、「僕にこんなことを言っていてくれてたんだ!」と思うと、それが頭に残る。当然逆に「ばかやろう!こんちくしょう!んなことわかってんだよ!」でも頭に残るのだけど。
こうした作品に対するやりとりで学んだのは言葉の方向性のようなものだ。気持ちの方向性というか意思の方向性というのかな。言葉の一つ一つには今の自分の気持ちはこっち向きでこのくらい、とかこのくらい離れてる気持ちとか、このくらい近づきたい気持ち、という何かベースになるものがあると思う。日本語に翻訳してしまうと沢山の関係ない意味があるように思いがちだけど、それは表面的なもので・・・うまく言えないな。新しい言葉を覚える時に日本語訳を覚えるんじゃなくて、その気持ちの向きと強さを感じるようにするというのかな。気持ちのある言葉を投げかけられると、それが結びついて記憶に残るから、引き出しが増えるのかもしれない。
そうすると、自分の言いたい事を英語にするときも、日本語にしてからその通りに英語にするんじゃなくて、自分の中にある気持ちの向きと強さを直接英語にできる時があってびっくりする。多分これは英語力とはあまり関係ないと思う。語彙がなくても、そういう感覚がわかれば、そういう風になってくる気がする。
(追記: 僕がそう強く思い始めたのは、Flickr や deviantArt でコメントをもらうようになってからだ。おそらく、写真や絵といった言葉ではないものについて言葉をもらうことで、その作品が与えた事――これは日本語でも英語でもないもっと原始的なもの――につながる言葉という視点を得られたのだと思う。当然、小説でも一般の会話でも言葉は他者の内面で理解されてそれぞれに意味を発するので、本質的には絵や写真となんら変わらない。ただ、言葉を使ったコミュニケーションがあまりにも一般化されていることが、言葉も表現でしかないことを人に忘れさせ、自分の思う通りに伝わって当然の魔法のようなものだと慢心させてしまうのだと思う。)
僕は学校英語教育を否定したいわけじゃない。正しい英語を学ぶ事は必要だし。僕が言いたいのはそういうことではなくて。
学生時代の時は英語が使い物になるには "正しい英語を覚える→英語でやりとりできるようになる→英語で考えられるようになる" という順序をふまないといけなくて、前の段階がうまくいってなければ、到底次の段階にいくわけがないと思い込んでいた。
でも実際はそうではなくて、その三つは全て平行してるんじゃないかなって。学生時代に、英語の必要性に追われたり、もしくはすごく英語が役にたったり、ちょっとでも伝わって 0 が 0.1 になる経験や英語で気持ちが直接伝わってくる経験をしていれば、英語に対する印象も取り組み方も、当然正しい英語を学ぶことについてのやる気も、違ったんじゃないかなって。
そうしたものは、学校ではカバーできないから、あなたの努力と向上心がたりなかっただけですよ、勉強の出来る人はみな当然それもやってるのですよ、と言われると反論できないのだけど。僕が中学生だった時には、FPS や MMORPG はまだ一部の人の遊びだったし、スカイプなんてなかった。今ならもっと敷居は低いのかな、とは思う。
crowserpent こういう回路で、いじめの経験とミソジニーは繋がっていくんだよね…。
crowserpent 私自身が当の「はてなの非モテ論者」だから、「慰撫を期待して裏切られた」という文句には私のことも入ってるのかもしれない。まぁ「慰撫を期待されても困る」と言えばそれまでなんだけど。
crowserpent ただ、この人に考えて欲しいのは、そうやって「男性の内面を断罪」している(ように見える)人たちが、この人と同じように、いじめや侮辱や偏見に晒されてきたかも知れないってことなのね。
crowserpent 「女性を人間扱いしない男性ばかり見てきた。いじめの被害を受けた男性ですら、慰撫してくれる対象としてしか女性を求めない。期待した自分が馬鹿だった」 …そんな風に思ってる人も居るかもしれない。この人を見て、この人と同じように。
http://anond.hatelabo.jp/20120103032728
「いじめを受けた」や「女性差別された」などの理由に限らず、世の中には数多くのストレスがあって、数多くのトラウマがあって、
本当に数多くの人々が慰撫を求めていて、それぞれ自分のことでいっぱいいっぱいだから無償で人を慰撫する余裕なんてないんだよ。
しかし現代には心療内科があり、カウンセリングというものがある。
有償でならトラウマを吐き出し、他人の力を借りて傷ついた自分を自ら慰撫する機会は与えられるんだよ。
「期待した自分が馬鹿だった」っていうのはクレクレ厨の居直り断罪に過ぎず、「手ひどく傷ついているから慰められたいが病院には行かない」っていうのはただのケチだと思う。
自分が手ひどい傷つき方をしていると思うなら自分で病院に行け。
もちろん、常に強者で常にいじめる側だった人間は、傷つけられることもなく、苦悩して時間を無駄にすることなく、病院に金を払う必要も無い。
ブサイクに生まれついたやつがイケメンに並ぶためには、髪型やら服装やら整形やらに多大な費用をかけなきゃいけなかったり、
生まれつき頭が悪い奴が、生まれつき頭がいい奴に並ぶためには、塾や家庭教師なんかに多大な費用をかけなきゃいけなかったりするのと同じだ。
生まれつきのカードが良ければ人生は有利に進み、生まれつきのカードが悪ければ金で補完するしかない。
でも金で補完できるようになっただけ現代はマシだよ。今まではカードが悪ければ無能、不要として葬られていただけなんだから。
それに国や自治体も一応はカードが悪い奴のことを支援しようとしてる。精神疾患で病院通いしてる人間の通院代を補助したりね。自治体ごとに色々制度はあるけれども。
http://anond.hatelabo.jp/20111231182558
http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20111231182558
2012年になってしまったけど、わだかまりが残ってると気持ち悪いから追記しておく。
crowserpent こういう回路で、いじめの経験とミソジニーは繋がっていくんだよね…。
crowserpent 私自身が当の「はてなの非モテ論者」だから、「慰撫を期待して裏切られた」という文句には私のことも入ってるのかもしれない。まぁ「慰撫を期待されても困る」と言えばそれまでなんだけど。
crowserpent ただ、この人に考えて欲しいのは、そうやって「男性の内面を断罪」している(ように見える)人たちが、この人と同じように、いじめや侮辱や偏見に晒されてきたかも知れないってことなのね。
crowserpent 「女性を人間扱いしない男性ばかり見てきた。いじめの被害を受けた男性ですら、慰撫してくれる対象としてしか女性を求めない。期待した自分が馬鹿だった」 …そんな風に思ってる人も居るかもしれない。この人を見て、この人と同じように。
<こういう回路で、いじめの経験とミソジニーは繋がっていくんだよね…>
繋がりません。
crowserpent氏がこの回路を用いてミソジニーを形成しただけで、自分にはミソジニーは無い。
ミソジニーが形成されるには、イジメで傷ついた自己の弱さを、マチョイズムによる強さの誇示によって補填するために、女性への支配欲や蔑視を強化する回路を用いる必要があるけども、自分は傷ついた弱さを弱さそのものとして受容して欲しいと願う感情が優位だったから、マチョイズムの対極にあって、ミソジニーは形成されなかった。あと、元増田記事にも書いたが、俺は巨大な散弾銃で属性を撃ちぬく行為が嫌いだ。憎悪を抱くなら憎悪の対象を流れ弾が無いように限定して撃ち抜きたい。
<「女性を人間扱いしない男性ばかり見てきた。いじめの被害を受けた男性ですら、慰撫してくれる対象としてしか女性を求めない。期待した自分が馬鹿だった」 …そんな風に思ってる人も居るかもしれない。この人を見て、この人と同じように。>
これは、「あなたは自らを被害者だと思いつつも、一方では女性に対しては支配欲の発露や性的モノ扱いを行う加害者でありミソジニストである…その事に気づいてみたらどうでしょう」といった『当て付け』を意味するコメントだろ。
イジメでの傷を受容してくれるなら、男性でも構わなかったし、直接的な人間同士の関わりよりは遥かに代償的になるけども『社会的メッセージ』でも構わなかったと明記している。つまり、実際の所、自分の内面にあった欲求は、誰か、あるいは社会的に弱さを受容して貰うことで、傷ついた尊厳の回復することであって、それは女性に対する支配欲の達成では回復されないものだった。
それに『この人を見て、この人と同じように』などと指摘されるまでもなく、自分と同じような立場にある人が女性に限らずいることは理解している。
というより、男/女に限らず居るだろ。小学生時代に『キモイ』とイジメられた、その後思春期に入り性別異和を抱いた、でも自分キモイという意識があって性的な自己表現が困難で生きるのが苦しい、だとか、そういった更に拗れてる人間も、おそらく存在するはずだ。『キモイ』とイジメられると、自らを恋愛などに繋がるセクシャリティの自己表現をすることが許されない、『性的無価値者』と規定してしまう意識が生まれる。ジェンダー規範に従えば、性的無価値を金銭などで補填し女性に対する支配欲で解決できる喪男より、価値を男性に見出してもらう事が必要な喪女のが苦しいだろうことは理解できるし、ジェンダー規範に自らの性的価値で立ち向かっていかなければならない『LGBTのT』は更に圧倒的に深刻だと推測できる。
性別異和とまでは至らずとも、肉体的性別と精神的性別の配分は別物だし、そのような個人の持つ絶妙さを全て一蹴して黒く塗り潰すのが『キモイ』という言葉であって、どや顔で『女性にも居るんですよ?』だとか、どれだけ下らない指摘をしているんだと思う。
従って、この全く的はずれな『当て付け』は、私の内面を精査して構成されたというよりも、むしろ、単純な恋愛社会とジェンダー規範に沿って構成されたと見える。
あるいは、crowserpent氏が、元増田記事を鏡としてcrowserpent氏の内面を発見してしまったわけですね。
他者の内面を断罪したがる人は、自分の内面を他者に見出してるだけだ。
だいたい、『ただ、この人に考えて欲しいのは…』この文面は『私も以前こう考えていましたが…』と書き連ねても、同じ意図は表明できたはず。
自分の元増田記事の主な意図のひとつは『勝手に人の内面に過失を見出すのはやめてくれ』という内容だった。『散弾銃でミソジニー、悪、などと指摘してくる正義の人達がいた』と書いたけども、その記事へのコメントで、まさに直接に内面を断罪する銃で撃たれたのは酷い。さすがはてなだと思った。
crowserpent氏のようにはてなの論者は、自省の形式を取ることで自らを無敵化しつつ、『自省』を『他者』に押し付けて、内面の悪を『発見させる』論法を用いるから、極めて邪悪だ。
15年以上前の話、小学校低学年だった頃、クラスの女子にイジメられていた。キモい、ウザい、死ねとイジメられていた。
暴力的なイジメはなかった。常に精神的な言葉や態度に依るイジメだった。
今思えば、肉体的な暴力的なイジメだったら、反撃できたと思う。言葉によるイジメには反撃出来なかった。『女の子に暴力を奮ってはいけない』という道徳律に縛られていた。
女子に対する言葉による反撃は何の意味もなかった。一対多では端から勝ち目がなかった。
学校ではずっとイジメられていた。小中とずっと、女子にイジメられていたから、いつの間にか自分は『そういう立場に置かれている存在』だと思い込んでしまった。
本当は思い込まなくてもよかった。塾では普通に皆と、和気藹々と会話できていた。でも、学校の場の空気が自分をイジメられっ子の立場に押し込んでいた。
イジメられ続けたまま、小中学生時代が終わった。小6の時に自殺しようと思ったけど、出来なかった。今思えば此処で終わらせておけば楽だった。
結局、誰も助けてくれなかった。教師は事なかれ主義から、明らかに俺のことを見て見ぬふりをしていた。親はイジメられている俺を不甲斐ないと怒鳴るような人間だった。母親は『男なのにそんなだと馬鹿にされるよ』が口癖だった。
高校に入り、ネットなどを見始め、身近にある友人関係や家庭は破綻していたので、身近でない、遠方にある社会的な話題に触れることが多くなった。
思えばコレが間違いだった。ただ、自分にはどうしようもなかったと思う。身近な人間が誰も助けてくれなかったし、悪意を向けてくるのみだったから。政治社会的な話題を用いて、自分を慰撫するしか無かった。つまり、たとえば悲惨な家庭環境にある人間が、「虐待は悪」という社会的メッセージを読んで、救われるという流れだ。その頃の自分は、無意識に「女子からのイジメ」を慰撫できる社会的メッセージを探していたのだと思う。
ネットで、自分と同じ立場の人間が居ないか、イジメの話題で調べるようになった。結果として、吸引されるように、喪板などを見始めた。
『そういう立場に置かれている存在』の女性からのイジメ経験談が書きこまれていて、似たような人がいることを知って、多少救われた気がする。
『そういう立場に置かれている存在』に名前が付けられていたことを知った。『非モテ』だった。
そのうち、「はてな」も見るようになった。「はてな」で知ったことは、ミソジニーなどの単語や、ジェンダー論や非モテ論で、男性は強者であり、社会的に自省するべきと規定される存在だと言うことだった。
これには、イラついた。
だが、自分と同じような立場にある『そういう立場に置かれている存在』を名指しして、「政治的に正しい人達」がその内面を断罪していた。女性に対する恨みなんて無かった。ただイジメから来る惨めさから、後退しているだけなのに、散弾銃でミソジニー、悪、などと指摘してくる正義の人達が居た。全くの他人に対する指摘だとはわかってるけど、散弾銃の弾が自分にも当たってて痛かった。
どこか自分が悪い気がしてきた。でも自分は悪く無いと思っていた。自分はどう考えても強者ではなかった。イジメられていた弱者だった。でも自分の内面が断罪されているように思えた。本当は誰かに慰撫して欲しかった。身近な人間でなくても、単なる社会的メッセージでもよかった。誰もしてくれなかった。『キモイ奴は一人で死ねば』だとか『男性は強者で自省すべき』だとかそんな言葉しか無かった。
はっきり言って、『弱者』『少数派』と認定されて社会的に慰撫して貰える『社会的弱者』が羨ましかった。自分はマイノリティにすらなれない、イレギュラーだった。
このような話題や、議論を見ている内に、悪性サイクルに取り込まれた。
こんなことはもうやめる。馬鹿だった。
自分はただ、イジメられている時に、助けて欲しかっただけだった。
身近な人間は誰も助けてくれなかった。遠方から発せられる、社会的なメッセージは、男性は強者であり悪いと断罪していた。
非モテだとか、弱者男性だとか、ジェンダー論だとか、本当は、全てどうでもよかった。
そもそも『モテ』や『非モテ』には一切の興味がなかったし、恋愛はどうでもよかった。自分は草食系どころか霞食系だった。社会構造などもどうでもよかった。ジェンダーもどうでもよかった。政治思想的に男性を断罪する人達が指摘する『内面』は、自分には一切関係のないものだった。他人が勝手に内面にありもしないものを見出して来たから、もしかしたから自分にもあるのかもしれないと思い込んでしまっただけだった。女性に対する恨みなんて存在しなかった。身近な人間が誰も助けてくれなかったから、政治思想に何か縋れるものがあるのかもしれないと思い込んでしまった。自分は馬鹿だった。
女子からのイジメによって発生した惨めさが、子供の頃に解消されず、いつしか政治思想的な話題に吸引されて、悪性サイクルに取り込まれていたに過ぎなかった。
本当にばかみたいな話だ。
こんなことは、2011年ですべて終わりにする。