はてなキーワード: 啓蒙とは
あの党に投票してくださいとかいうお願いの電話なら目的が分かるが
選挙に行きましょうというだけの啓蒙活動をしている奴は謎だよな
そんなこと投票用紙に書いてあるのに
円高とデフレ。
これがあるから若者の給料は上がらず、国の借金は相対的に増え続け、景気は悪くなり続ける。
なのに、円高もデフレも何も有効な対策を打たないまま、財務省は野田総理をマリオネットのようにコントロールし、消費税の増税を実施しようとしている。借金の実高も、消費の冷え込みも承知の上で、それでも増税をするんだ。なぜ? 貯金も財産もない若者には「死ね」と言われているようにしか聞こえない。
けれど、きっと財務省や日銀のえらい人は、そんな素朴な疑問に対しても、僕の想像もつかないような専門用語で、哀れむように、蔑むように、理路整然と解説して「だからインフレターゲット政策は誤りなのですよ。私たちの啓蒙が足りませんでしたかねえ」というような顔をするのだろう。いや、彼らにそんな暇はない。どうせ説明を求めても「愚民に説明しても無駄だ」くらいの心持でいるのだろう。
そして、今の円高とデフレを放置している理由は、僕の理解を正直超えている。財政なんちゃら学的に見て、それが妥当だからなのか?
それとも、インフレが暴走することで、査定が下がることを恐れているのか?
デフレ政策を維持し続けてきた大蔵日銀OBのメンツを守りたいからなのか?
デフレによって、相対的に自分の給与や退職金、天下り先で手に入る金を維持増加させたいのか?
デフレによって、天下り先が維持される原因が生じ、それこそが彼らにとっての利益なのか?
全くわからない。だが、物心ついたときから、デフレと不況と、財務官僚に国民の声なんか届かないという無力感に、影に日向に僕はさいなまれ続けてきた。
そして、財務官僚は増税反対論を敷くマスメディアや論客に、税務調査で脅しを掛けるという。
権力を使ってまで、若者の雇用を間接的に殺してまで、増税がしたいのか。
この構造は、霞ヶ関の奥の院、密儀の神殿で、長老の如き老人たちの手で行われており、所詮、僕のような若い庶民には、何の異議申し立てをしても無駄なのだろう。
そして、無理に騒ぐ人間には、権力を使って合法的に圧殺するのだろう。そして、彼らは若者の声を「愚民どもが扇動されているな」とあざ笑いながら、政治家を言いくるめ、マスメディアを脅して、増税を押し通し、不景気を招くのだろう。そして彼らは、天下り先で高い給与と退職金を得て、仕事のない若者を横目に「努力が足りない」と呆れながら、安楽な余生を過ごすのだろう。
この20年、好景気とやらを殆ど見たことのないまま、どこかの頭のいい老人たちの手によって、僕らは翻弄されてきた。それに異議申し立てをする能力も手段もないまま。
ハシズムが勃興する理由の一つは、この学習性無力感を癒す可能性が僅かでも感じられたからだろうと僕は思う。頭のいい大学のセンセイなんかは「それはナチスやファシスタ党の勃興と同じ理由だ、眼を覚ましなさい」とご丁寧に忠告してくれるのだろう。
でも、もう遅い。この国に刻み込まれた、学習的無力感の反動が、これから荒れ狂うだろう。暖かい場所で、オーソリティと給与を得てきた大学のセンセイの言葉は、実にむなしく響くよ。
http://anond.hatelabo.jp/20120119002919 以外の部分。
「目的は?問題の対象は?落とし所は?行動者は?君等が理不尽だって言ってることって大人に入ってもあるよ?
今から大人になろうってのに、そこ避けて通りたいってどういうこと?
◆「就活しないといけないの?」
就活と比べてビジネスする方がハードル高いって言うなら就活すれば?
それでも就活を選ばないといけないのかな?
就活デモを発展させてちゃんとビジネスにすればいいんじゃない?
→「就活しないといけないの?」って問にちゃんと答えられないで
やりたがってるんじゃないの?
「就活してもいいししなくてもいいしと思う」。
「他の人は」「多くの人は」「マクロ的には」みたいな口を利くな。
「経団連がー」「実態として」みたいなわかったような口も聞くな。
◆全面に敵がいる状態で戦うのってつらいよ?って言ったときに
「頑張ります」って返答をするな。アホなのか?
→誰が味方になってくれそうか?どうすれば就職生の一部でも参加したくなる活動を考えられる?
◆なぜ自分は選ばれないのだろう、と考えると劣等感を持ってしまう。
そうじゃなくて彼らは人の選び方がわかってないと考えれば
眼の前に道がすっとひらけるのではないか?
同様に、注文が多い人事は、学生を観る力がない。
何のためにやっているのかわからない煩雑な手続きを多くする企業なんて
ただのバカじゃなくて、圧迫などなんでもないじゃん。
大学に行ったってだけ、でたいして働きたくもないのに面子のために就職しようとして
ほんとに真面目で働きたい人の職の口を圧迫してるよね。そういう目線を持ったことある?
「宮内くんが女をいらっとさせる理系男子9つ」の条件を満たしすぎていてワロタ。
「具体的には?」とかほんとに言いやがったーしかも目上にwww
あと、岡田が一生懸命「普通の人でもできる方法」を考えてるのに
「岡田さんは成功されてるからそう思われるかもしれないですけど」ってふざけんなwオレならこの時点で殴るわ。
さすがに岡田も(#^ω^)ピキピキしとるがな。 「こいつ、偉そうに仕切るなー」とか言われとる
だから「企業はもろもろの事情を考慮してくれないと」ってなんだよ。
でも、「辛いから変えてください」って言っても、
相手に何のメリットがないなら変えてくれないよね。
「優しくしてくれるならやりたい」って下心が見え見えだよね。
就活そのものをどう変えていこうってのが具体的になってないよね。
仲間を作って対応しよう
「みんながこう言ってる」って言うな。
一緒に考えて欲しいなら、対応できる話をしろ。
自分が何を求めているのか、私にどう行動して欲しいのか言え。
「こういうのがあればいいな」ってオレにできないことを頼むな。それは不満じゃない。愚痴だ。
おい、いきなり放送が切れたぞ。リクルートこええwww
そういう大変な人もいるのだろうけど、だからといってその症状を「うつ」に分類する、「うつ」と称する必要ないだろうと思うわけですよ。
従来のうつ(本当はこんな表現使いたくないが・・・)は、ここ数年の啓蒙によって、多少は認知され、社会のサポート体制も充実してきた。
しかし、依然としてうつ病の基準は本人の申告とそれを基にした精神科医の診断しかない(血液検査で○○の値が異常とか、レントゲン写真で××に異常とか、客観的な根拠がない)。
そのために、詐病や甘えといった疑いや批判のまなざしを向けられているのが現状。
そこに、ほとんどの人がちょっと見ただけでは、怠けや甘えとしか見えないものを「これもうつ病です」なんて持ってこられたら、従来のうつ病への疑いのまなざしは、明らかに大きくなる。
私はそれが許せない。
考えてみると、「新型うつ」の「新型」の方も問題だ。
10年後も「新型」って言うの?
20年後、30年後は?
それは貞操が低いっていうのかね?
一度だけ遊んでみたりする(もちゴムつける)事が貞操概念が低いと断定するのが、もうねww
男なんていつだってセックスできればあわよくばなんて思ってる奴は世にザラにいるだろw
ただ圧倒的大多数はそれを出来ないだけwwwww
風俗とか行く奴の方が気がしれねーwww
風俗とか普通とかいう増田がいる中で女に貞操概念とかいうのはどうなんだろうwww
女だって同じだよ。あと腐れなく、誰にも知られず、イケメンとちゃんとゴムつけてのセックスなら一度位やってみたいだろww
ブサ彼氏しか知らないなんてそれでいいのかとか常に思ってるだろうよww
日本は性文化消費先進国として『性』への態度をはっきりさせるべきなのだと思う。
■性は消費されるという問題から逃げないこと。
性は消費されることがある、ということを正しく啓蒙すること。今までこれをなあなあにしていたから、反社会的組織に下駄を預けることになったり、ポルノグラフィと非実在創作物との関係をうまく説明できなかったりしている。その結果として、望むと望まざるとに関わらず性文化を提供する側に立っている人間への対応が遅れてしまっている。日本で性を消費物として扱っている企業はほぼブラックな労働形態を強いられている中小企業であり、若者向け産業界が萌えという言葉で浸食しているという現状だ。
きちんとした『性産業』や『性風俗』の再定義、それに従事する人間への対応が必要ではないか? 例えば日本で売春婦は立派な職業である、ということを、いま制度設計する必要があるんだと思う。何故国家をあげてそのような仕事をする必要があるのか? というと、おそらく、国が認めた職業じゃないと従軍の部分が説明つかなくなるから。これをやらないから援助交際を含めた素人の無秩序な淫行が蔓延しているわけだし、暴力団の収入源にもなっている。暴力団を撲滅させたところで働く場所として無秩序さが高まり、不幸になる人間が増える可能性は否定できない。そういう国としての姿勢を明らかにしないと、なんとなく『慰安婦という一方的な奴隷じゃねえ、売春婦という国が認めた職業だ』と言ったところで誰も納得しないんじゃないか?
一方で、生産の根源としての性を正しく伝えなければならない。男性性・女性性の相互理解、性科学的な観点からの正しい知識の継承と啓蒙。妊娠出産に対する社会の関心を高め、子育てへの理解と環境の改善を促す。生きることに関わる情報が子どもに対して先回りして伝わる可能性は、現代社会ではとても高い。そのような状況に対応するために、性教育についても、小学校から担任に任せるのではなく、専門教員による指導が適切であろう。最低でも助産師を担える程度の看護師、保険医であることが望ましい。医者溢れ、看護学校卒業生溢れ対策、女性の雇用創出にも繋がるかもしれない。非常勤教員化するのであれば、地域警察の青少年課などでも働くことで、知識や経験を蓄えることが出来ると思う。収入も上がるし。
こういう地道な努力を正しくやり続けることが、慰安という職能への理解を生み、さらには少子化の抑制につながるかも知れない。慰安婦の人たちを救うのは賠償というお金ではなく、多分『あのとき慰めてくれてありがとう』という男達の言葉なのではないだろうか。
相手『Aという行為をしてください。でないとBという危険性があります』
私 『Bという危険性は論理的にはありますが、確率論的には極めて低確率で現実的ではない』
相手『なぜ、Aをしてくれないのですか?でないとBという危険性があります』
相手『なぜ、Aをしてくれないのですか?でないとBという危険性があります。そしてBはとても危険なのです』
・・・以後 言い争い。 不毛だった。Aをしたくないから、Bという危険性について述べていると思われたらしい。
Aをしないとは一言もいっていないし、Aはするものという前提だというのが伝わらなかったらしい。(上の文章は、割愛しているが実際には簡単にAはOKというのは伝えているがつ伝わらなかったらしいので再現するためにこういう書き方をしてみた。)
仲介に入ってくれた人 『Bが危険かどうかは置いといてAはするべきだよね? 相手はAを啓蒙したいだけだよ』
私『はい、Aはするべきですし、そもそも、Aについて実施の啓蒙を始めたのは私のほうが先何ですが・・・どこでそんな誤解を・・・』
私『Aは危険性云々ではなく、思いやりなどマナーで広めて広まるものなのでそれで十分だと思われ、危険性で相手に強制するのはやりすぎ』
仲介に入ってくれた人 『手法の問題は、それぞれに任せたらどうかな、危険性があるのも嘘ではないし』
私『うーん』
仲介に入ってくれた人 『それに、Aの広め方にこだわると Aが広がらなくなるよ。それを望むわけではないだろう?』
私『はい。』
賛成派どうしで言い争い・・・
不毛につきる。
Google が公表したオプトアウトの方式は「アクセスポイントの所有者に対して、名称 (SSID) を末尾が " _nomap " で終わるように変更することを求める」もの。たとえば SSID が " Jitaku_AP " だった場合、無線LAN機器の設定から " Jitaku_AP_nomap " に変更することになります。
ブコメには「Googleが勝手に盗んだのにこっちがオプトアウトしなきゃいかんとは何事だ」というものが多いが、それらは問題を根本的に誤解している。
(もしかすると総務省、ストリートビュー車の無線LAN傍受でGoogleに指導。再発防止策と日本語で周知を要求 -- Engadget Japaneseの件と混同している人がいるのかもしれない。これはビーコン信号ではなく通信内容そのものを傍受していたという話で、基本的には別件である――但し、法解釈によっては同じ問題ともなり得るし、根底に共通している部分はある。これは論点がズレるので、ここでは完全に別件として扱う)
そもそもの問題は、Wi-Fiの仕様において、Wi-Fi機器のMACアドレスが強制タレ流しになっていることにある。これは例えばSSIDステルスの設定でも止めることはできない。
つまり、あくまでGoogleは垂れ流されている情報を集めたに過ぎないということである。垂れ流されているものなら勝手に集めてもいいのかという論点はあり得るが、その点についてはGoogleだけを責めても全く意味がない。誰であれ収集は可能だからだ。「しかし、他の誰がそんなことをするのか?」との反駁には「はい、PlaceEngineがしています」が答えになる。仕組みは全く同じだ。PlaceEngineは、Googleのような巨大企業でなくてもこの技術を商用レベルにまで持って行けるということを既に証明している。
つまり、この問題は「GoogleのDBから削除してもらう」だけでは全く解決しない。
(追記: どうもこの節の表現は誤解を招いたようだ。「できるからやってもいい、Googleは悪くない」という意味ではない。その議論があること、今後も必要なことは承知の上で、そもそも「できる」こと自体が根本的な問題であり、しかも各国の現行法において確実に違法な行為ではないということが重要だ。何度でも言うが、Googleを憎んでも問題は全く解決しない。あくまでここでは問題の本質を理解することと、現実的で効果的な解決方法について考えたい――もちろん、GoogleやAppleやMSなどを相手取って世界中で訴訟を起こす、というのも一つの手だろう。今のところ強制力を持ちたいなら勝訴の判例を作るしかないし、勝訴すれば抑止力を備えた最強の解決手段になる。どうぞ。)
(a) 「申し出のあったMACアドレスは削除し、今後も登録しないようにする」という対応
技術的にはすぐにでも対応可能。ただし、本人以外の手によって無差別に大量のアクセスポイントを削除するという妨害行為を防止できないかもしれない。
PlaceEngineを利用していない人(PlaceEngineの存在さえ知らない人を含む)に対して、そのような手段が用意されていることを周知しなくては問題は解決したといえず、十分な周知は困難と思われる。
新たなアクセスポイントを購入するごとに削除手続きをする必要があることについて納得しない者が、「私のものは登録するな」という主張で争ってきたら対応できない。
(b) 「SSIDステルス設定にしているアクセスポイントは、登録拒否の意思があるとみなして、登録しない仕組みとし、また、既に登録されているものは次回検出時に自動的に削除されるようにする」という対応
技術的には容易に可能。しかし、そのような仕様であることを周知しなくてはならない。PlaceEngineを利用していない人(PlaceEngineの存在さえ知らない人を含む)に対して周知しなくては問題は解決したといえない。
(c) 「暗号化設定されているアクセスポイントは登録せず、他は削除する」という対応
暗号化していないアクセスポイントは特定の相手方に対してのものではないとみなすことで、電波法59条の問題をクリアできるかもしれない。
しかし、これを採用すると登録アクセスポイント数が減ってしまい、位置の測定制度が低下する。
(d) 所有者の同意を得たアクセスポイントしか登録せず、他は削除する」という対応
まず、ブコメで要求されているような「オプトイン」の仕組みは(d)だが、これは実現性に乏しいと考えられる。どうやってオプトインするんだという問題もあるわけだが、そもそも「誰でも収集できる」のだから、個別にオプトインなど根本的に不可能であるし、無意味でもある。例えGoogleが独自にオプトイン方法を用意したとしても本質的な問題は全く解決しないばかりか、ユーザに「Googleでオプトインしなければ安心」という誤解を与えかねないという懸念もある。
(b)や(c)についてはサービスプロバイダ側の設計の問題であり、ユーザは関与することができない。
今回Googleが提案した方法は、(a)の改良型(あるいは(a)~(c)のハイブリッド)というべきものである。再掲。
Google が公表したオプトアウトの方式は「アクセスポイントの所有者に対して、名称 (SSID) を末尾が " _nomap " で終わるように変更することを求める」もの。たとえば SSID が " Jitaku_AP " だった場合、無線LAN機器の設定から " Jitaku_AP_nomap " に変更することになります。
オプトアウトという意味では、(b)のSSIDステルス法も同様である。それよりも_nomapが優れているのは、これが「うちのAPをマッピングしないでくれ」という明確な意思表示となるからだ。
SSIDステルスや暗号化をオプトアウトフラグとして扱うかどうかは単に実装に期待するしかないが、_nomapがデファクトになれば、万一オプトアウトが実装されずにマッピングされた際「俺は一般的に合意されている方法でマッピング拒否の意思表示をしていたぞ!」と法的に主張できる可能性がある。Wi-Fiの規格に変更を加えるものでもなく、この用途以外に意味を持たないことから、デファクトとして広まりやすいだろう。確かにSSID変更が困難なケースは考え得るが、しかしこれ以上に簡単な代案は私には考えられない。
解決しない。
ここに挙げたどの方法を採ろうとも、原理的に「サービスプロバイダのマナー」程度にしかなりようがないからだ。オプトインですら、である。robots.txtを無視するクローラを根絶することができないことにも似ている。そしてそれは、Googleの責任ではないし、Googleに責を負わせても全く意味がない。
最初に述べた通り、そもそもの問題は「Wi-Fi機器がMACアドレスをタレ流しにしている」ことであり、これはWi-Fiの仕様改訂で対応しないとどうしようもない。また、対応したとして、新方式へ完全に置き換わるまでには気が遠くなるほどの長い時間が必要だろう。WEPすら未だに根絶できないというのに。
また、Wi-FiはMACアドレスをタレ流しているぞ、これは防げないぞ、という啓蒙ももっと必要だろう。一般ユーザには何のことやらさっぱりわからないと思うが、それでも啓蒙しないよりはマシである。
一つ付け加えるなら、個人的には、デファクトとなり得るオプトアウト方法を提示したGoogleさんはもうちょっと褒められてもいいと思う。これはAppleやPlaceEngineが今までしてこなかったことだ。
ちなみに、Google Location Serverでは既に「2つ以上のMACアドレスがDBとマッチしないと位置情報を返さない」などの様々な対策を実施済のようである。これにより、もしMACアドレスやSSIDが漏れたとしても、その所在地をこんな方法で正確に掴むことは困難になっている。PlaceEngineは知らない。
もう一つ。この問題は、Wi-Fiだけに起こりうる問題ではない。ひろみちゅ先生は本来この問題をRFIDの普及によって起こりうる問題として予測していたそうである。この辺りもっと知りたい方はgoogle:高木浩光 PlaceEngineとかして勝手に読んでください。
PlaceEngineより、Googleの提唱する_nomap方式のオプトアウトに準拠する旨のリリースが出た。
PlaceEngineデータベースにおける無線LANアクセスポイント(AP)情報の取り扱いについて
Google社から、Google Location Service のWi-Fi位置情報データベースから無線LANアクセスポイント情報を削除するためのオプトアウト方法(SSIDに"_nomap"文字列を追記する方法)が公開されました。
PlaceEngine サービスにおいても、Google社のオプトアウト方法に準拠する形でPlaceEngine位置推定データベースから該当するAP情報を削除する運用を実施する予定です。具体的な実施時期や運用方法については、別途お知らせします。
また、PlaceEngineサービスにおいては、以前より、主にモバイルルーターなどに対応するため、オプトアウト(削除)したいMACアドレスをサポート窓口へ送付して頂く方法などをとっておりましたが、こちらについても引き続き運用していきます。(「位置推定の改善」をご参照ください)
これこそがまさにGoogleの狙った効果だ。素早くデファクトになり得る。すると次の段階として、Wi-Fi機器の製造者が設定画面に「☑位置情報サービスからオプトアウトする(SSID末尾に_nomapを付加する)」のような項目を用意することが標準化する、などといった流れに進むことも期待できそうだ。これには一層の啓蒙活動が必要になるが、十分に現実的な範囲だ。
そして、「Wi-Fiだけの問題ではない」と書いた通り、あっさり同種の別問題が持ち上がってきた。今後、この手の問題はゴロゴロ出てくるだろう。そもそもどこまでが許される範囲でどこからが許されないのかといった大枠の議論も含め、どんどん問題にして世界中で合意やルールを形成してゆく必要がある。先は長い。
えっちなファイルをまるで「ぼくのかんがえたさいきょうのぷろやきゅうちーむ」みたいに厳選する行為はネット上ではごくありふれたものだとされているが、あれってぶっちゃけ現物の権利者か、もしくはその手のファイルのコレクターに誘導されてるだけだと思うんだよね。
「違法にダウンロードしたファイルは削除しましょうね」と啓蒙するより「どうでもいいファイルは一度見たら消すのが真の情強(キリッ!」と煽る方が効果的だもん。
本当の「情強」なら、膨大な数・容量のファイルを保有しつつ、見たいと思ったファイルがいつでもすぐに開けるような体制を構築してるはずでしょ?
なんでこんな事を書いたかというと、「見たい時はその都度ネットから落とせばいーし。いちいち保存するとかハードディスクの無駄遣いだしー。」と吹いてた知人が、あてにしてたアップロードサイトが閉鎖(移転?)しちゃって、まるでネットを始めたばかりの中学生のようにお目当てのファイルを手に入れるために日夜無駄な時間を費やしてるのを最近耳にしたから。
大阪駅の一風堂当りで演説してる人からただでもらったので読んでみた。
ひとことで言うと「大人のためのセカイ系中二病のススメ」という感じ。
誤解がないよう、本の内容の前にwikipediaを引用しておく。
設立当初は霊言集の刊行などによる「霊知識」の普及を中心とした啓蒙活動が展開され、信仰に関することが説かれることはあまりなかった。後に、教団内で組織ができるようになるが、多くの会員は入会する前に持っていた信仰に従い、会を指導(支援)しているとされた「高級霊」(例:日蓮宗系の人は日蓮、浄土真宗系の人は親鸞)を信仰していた。1989年からは、「三宝帰依」など信仰心について説かれるようになり、1990年「信仰と伝道」の法話が説かれ、1990年からは組織的な伝道活動が開始されるようになった。また、宗教法人となった1991年には、『月刊Asahi』4月号で幸福の科学の紹介記事が掲載されたほか、東京大学での野外講演「黎明の時代」(5月)、東京ドームでの「御生誕祭」(7月)、講談社フライデーへの抗議行動(9月)などで世間の耳目を引いた。1992年12月には、会員でも代理本尊の一つである「家庭御本尊」を安置することが可能となった。1994年4月10日には、主宰により「方便の時代は終わった」と宣言され、根本経典や基本書の『太陽の法』が改訂され、教団の運営体制の整備が進むとともに、三宝帰依を中心とする信仰へと移行し、1994年6月からは三帰誓願式が始まっている。
現状は、仏教の中でもとくに浄土真宗をベースとした教義を説いている印象を受けた。
他力信仰、来世での救済をベースとした互助組織のようなカタチをとっている。
言ってみれば戦国時代における石山本願寺から、武力的要素を引いたようなものである。ってそれ引いたらもう別物か?
今までの宗教は、仏教しかりイスラムしかり、発祥した地域の束縛を受けているとし、
それゆえに争いが絶えない。特に旧いものを新しいものが倒そうとしてしまう傾向があるとして諫め、
そういったものを、より広い視野から、至高存在「エル・カンターレ」によって調和・調停させる。
これによって未来の最終戦争を防ぎ、地球平和を実現しようというのが最上の目的。
要するにセカイ系。
ただし、普通のラノベと違って、そこそこ現実感覚があるため主人公一人だけというのは無理があると理解している。
また、大人は若者と違って基本的に殺し合いや戦争といったものに憧れよりも嫌悪を抱く。
そのために補足が行われている。
・その一は「一人で戦わない」こと
「大勢の人間が一つに集まって、セカイ系の主人公の役割を一緒に果たそう。みんなでセカイの敵と戦おう」と促す。
・そのニは「武力を持って戦わない」こと。
平和を目的とし、手段にしても「争いの調停者」という形を取る。武力介入しないソレスタル・ビーイング?・・・うーん。
・その三は「支配するのではなく模範となる」ことを目的とする。
世界宗教によって世界を統合し、争いをなくすことが目的なのだが、自らが世界に広がろうとはしない。
あくまで日本に理想の宗教国家をたて、モデルケースとして運営することで、世界がソレに倣うように仕向ける。
なぜ日本にモデル国家を建国するかというと、日本は未熟ながら、最も理想を実現するのに適した下地だから、だそうです。
こうやって中途半端に自分のコトを賢いと思っている大人の心をくすぐるのが上手だな、と感じた。
何事も斜めに構えてケチを付けるけれど、ちょっと合理的な説明を返されるところっと信じてしまうタイプの人ははまっちゃうんだろうな。
成り立ちからして明確な教義を持ってスタートしたわけではないことから、信仰によって他者を排斥するということはあまりない。
唯一のルールは教祖である大川隆法を信仰することであり、ソレ以外を強要されることはない。かなり自由。
(逆に言えば、他の「個人崇拝」型の宗教や論理的に厳密な人間を極端に嫌う)
「幸福の科学」という言葉にあるように科学についても寛容、というより手段や戒律に厳格な要素は少ない
あくまでも幸福を実現することが目的であり、その目的にかなうのであればそれは全てエル・カンターレの意に沿うものである。
それは他者への愛(作中では「慈悲」)と大いなる存在への感謝(作中では「信仰」)によって成し遂げられる。
要するに目的が正しいならなんでもありってこと。
大事なのは「信仰心=大いなる存在を信じ、その愛に感謝すること」をもって生きることだけであり、
その基礎さえできていれば他の宗教についても非常に寛容。
社会全体の幸福を増大させる限りにおいて自由を尊重し、格差社会も肯定する。
彼らは「みんなで不幸になりましょう」という教義を持った異端なんだそうです。詳しい説明はなし。
セカイ系の文脈で見れば、明確に戦うべき敵が存在する。それは「世界の幸福量を減らす存在」である。
非常に漠然としているが、それだけ個人によって想像力を働かせる余地があるということでもある。
幸福実現党の人たちが、実にいろんなバラエティに富む政策提言をしているのはこのあたりのユルさがポイントか。
人間を霊的な存在と捉え、より高次な視点から世界全体を把握する
あくまで天上界から見ての善悪を重視する。一番大事なのは信仰を持つことであるとする。
ちなみに、人間が霊的な存在であるということを認識し、ソレを極めると過去の偉大な霊との交信なども可能になるらしいです。
世間一般では「幸福の科学=大川隆法が○○の霊との対話をしてなんかテキトウなこと言ってる」というイメージがあると思うが
あの対話はこの「人間は霊的な存在」=「霊的な存在には制約がない」=「現世と来世の境界も超えられる」という教義によるらしい。
現代の日本や世界情勢の分析について、中途半端に現実的で、そこからはじまる怒涛のオカルト臭い説明がなんとも言えない。
http://anond.hatelabo.jp/20111014085505
まず、さっきも載せたこれ↓リンク切れてるのもある
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元里子の人と里親の集団や個人と、それぞれネットでサイトを運営されてますが、どうして意見がこうも違っているのでしょう?
検索ワード 「試し行動 里親会」 「里親 名称」 で検索してみて下さい。
まず、最近の「試し行動」については、某大手A新聞が記事にしてしまっているというのを知恵袋の質問で読んだから、検索する事になりました。
hatenaやtwitterや、北海道信の社説にまで、それがある事になっていて、驚きました。
巧妙に里子側をかばっているように見せながら、「試し行動がある」のを前提に話を進めている。
「試し行動の存在」は確定事項みたいですが、確定して得をするのは誰でしょう?
虐待された子供は養育里親には委託されない。虐待された子供は専門里親の元に預けられ、専門里親はごく僅かしかしない。
というのは、神戸新聞の虐待事件と関係ない時期の里親の人を好意的に取材した記事にも確認できるので、事実でしょうけど
そうすると、里親の一部の団体や一部の個人の主張は、妙だと言わざるを得ない・・・と思うのですがどうでしょう?
2年ほど前の「里親 名称」問題でもなかなか香ばしい方々もおられるようで。。。
わんにゃんななしさんたちと揉めてます。
http://logsoku.com/thread/yuzuru.2ch.net/dog/1250786840/
神戸新聞該当記事 http://www.kobe-np.co.jp/rentoku/kurashi/200805kazoku/04.shtml
魚拓 http://megalodon.jp/2011-0917-1859-33/www.kobe-np.co.jp/rentoku/kur...
検索画面 http://www.webpagescreenshot.info/img/689658-916201170826PM
北海道新聞 http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/314000.html
魚拓 http://megalodon.jp/2011-0825-1422-34/www.hokkaido-np.co.jp/news/ed...
里親に紹介されてるものの画像保存 http://www.webpagescreenshot.info/img/811417-917201110445PM
新聞でも里子さん虐待の発覚しにくさを指摘した人の意見を取り上げたものも
産経新聞 http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110614/crm11061417000034-n1.h...
魚拓 http://megalodon.jp/2011-0821-0024-13/sankei.jp.msn.com/affairs/new...
一日にメール数千通の実力を持つ人もおられるようだから・・・(本当かどうかはわかりませんが、わんにゃん名称の時に数千通のメール送る集団も居ると上の方に貼った某巨大掲示板過去ログにあります)
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抜粋
なぜ、こんなに違うか、このカテゴリーのネットのサイトに詳しい方々はどう考えますか?
それぞれ、サイトを運営して啓蒙活動?に励まれていらっしゃいます。
どうして、意見が180度違ってくるんでしょう?
「試し行動 里親会」 http://goo.gl/klBX3
http://logsoku.com/thread/yuzuru.2ch.net/dog/1250786840/
わんにゃん名無しさんによると、一日に数千通のメールを送る実力があるらしいですが、それってすごくないですか?
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朝日のサイトに試し行動があるとすぐに載せられる。庇いつつあるかないかわからない事を載せるところに何らかの意図を感じる。里子ではない人との比較実験して、統計を取っているのだろうか?
http://astand.asahi.com/magazine/wrnational/2011083000015.html
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里親支援の人は、はてなブログからtwitterまで、幅広く居る。
このあたりにも、主体が子供じゃなくなっている事が現れている。
なぜ、公費で、親子ごっこを支援してやらねばならないのだろう?
里子も迷惑してるのに。虐待ほどではなくても、居づらかった話や、虐待的な過去の扱いやつらさの書き込みもあるのに。
公費で親になるというエゴを満たさせている。
こういうのを何て言うんだろ?紺屋の白袴じゃちょっと違うな、う~ん何だろ
こういうの、こんなに後追いする事は無いと思う。しかしやっぱりこれを見て、科学に言及してこんな事書いてそれがちっとも実践されてないなんて!!!
(Φ皿Φ)クワ!(Φ皿Φ)クワ!(Φ皿Φ)クワ!
そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれない、何か判断するには情報が少なすぎるという事がわかる人は意外と少ない、という事か
科学的って言うのは、何回やっても同じ結果が出るとか、各種の比較実験や、対象を比較してみるとか、例えば虐待された人の中でまた虐待を繰り返す人がいた、としても、虐待された人は虐待を繰り返す、というのが理論として確立されるためには、虐待されてない人との比較をして、はっきりとした差が確認されて、初めてその理論が検証され確立した事になる。
(Φ皿Φ)クワ!なブクマの中の一人の人が、「このリストは、機械的にニセ科学を見分けるためのものではない。「リストに載ってないから本物」などという判断は、それ自体科学的ではない 」と言っている。これこそが科学的態度というもの!!(Φ皿Φ)クワ!!(Φ皿Φ)クワ!!
疑似科学は前から叩く方も色々言われてる場合もあったな。叩き方や決め付け方がものすごい上からで、自然科学教の権威を振りかざすみたいなので。
問題なければエセでも擬似でも良いんだけど、問題あるから言うわけで、その問題をちゃんと言えるかどうかも、問題かも。
どこが問題と言えなくて、頭ごなしに怒ったり叩いたり、からかったり、誹謗中傷したり、しているのも、あんまり科学的でも学問的でも無いという事なのだろうなぁ。。。
上の科学的って言うのは、の補足
実験して 検証 したり 例に出したのは統計の取り方について だけど
その前に、仮説を立てる、のがあった 仮説を立てて、それが正しいかどうか、実験して検証する。仮説を立てて、それに沿うような結果ばっかり持ってきても科学的とは言えない。だから、比較実験をしたりなどして、客観的にわかるようにする、と。
疑似科学叩きがなぜ科学的でなかったかは、これらをあまり踏まえてない言い方で言っていたからではないか?
ちょっと感情的ではないかというような事を言われていた人がいたのを、水エセ科学騒動の時にも見た。
しかし、私はその人はわざとやってるのかと思っていた。人に訴えかける時、あまり冷静に客観的な事ばかり書いていると、あまり興味を持たれなかったり、退屈されたり飽きられたりしてしまう。冷静で理知的で理路整然とした文章、好む人は好むだろうし、そういう条件を満たしつつ面白いと多くの人に思われる文章を書ける人もいるだろうが、理路整然だけでは、人の興味を引きつけるのは、難しいのではないだろうか?
水エセ科学は、人の道徳心や神秘性を好む心に訴えかけ、うまく引っ掛けていた。あれに対抗するにはある程度道化師的に見られても、感情的に大げさに表現するキャラクターが必要だったのではなかろうか?
それと、その方は某巨大掲示板も見てるようだったので、ついそれのノリが出てしまったとか
でも、あれだけ感情に訴えるようなパフォーマンス的な部分が無ければ、あれほどの騒ぎになったのだろうか? それを考えるとやっぱり戦略としては成功だったんだろう。
しかし、ここで更に考えると、一つのパラドックスに気付く事になる。
つまり、多くの人に訴えかけるためには、大衆的になる事も時には必要である、しかし、それをやりすぎると科学的態度からかけ離れてしまう。科学的でないものを科学的ではない態度で批判する、という事になり、お互い科学的ではないのだから、一体何が問題なの?みたいにならない事もなかったりしてw
そうは言っても、厳密に言えば科学的態度と言えないというのと、全く科学的根拠が無い実験や検証データからもそれが科学的でないと証明できているもの との非科学ぶり具合を同列に語ってはいけないのかもしれないが。
疑似科学を否定する効果的な方法が、科学的態度の啓蒙ではないと言う事が何とも皮肉だなぁと思った。
最初の(Φ皿Φ)クワ!と、内容が離れてしまったが、まあいいか。
こういう(Φ皿Φ)クワ!な人が出るのも、その事と関係ない事も無いかもしれないから、まあいいか。
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ここで結びにしようかと思ったけど、何が(Φ皿Φ)クワ!なのか自分も全然わかるように書いてないなと気付いた。
自分の場合、客観的に証明できる事は少ないのがわかるから、どう言って良いかわからなくなっていた。偏見も多い。それについて、ものの見事に(Φ皿Φ)クワ!な事を言ってくれた。
だから、証明しようが無いのだが、ネットの文章を見ただけで、そこまで決め付けられる程の情報がない事に気付かなかった科学者(?を目指す人?)とは、言えるかもしれない。
http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/DocSeri/20071128/1196234450 覚えておきたい、ニセ科学リスト - 妄想科學日報
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相互リンク(Φ皿Φ)クワ!!
http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20111004183757
これのコメ少し続く ネット上などで見て検証できない状態の場合、言うとしても、その可能性が高い、までだと思うけど、( 言うと言うのは、本人にじゃなく、そう言えるかどうか )
自分だったら、物理的に不可能な事をしていたら、その可能性が高いと考えるが、あの「体の調子が悪いんです」を読んだだけで、「うわぁ、これは心の調子が悪い」と言いたくなるのは、この人から見て物理的に不可能に匹敵するような事があの文章にあったという事なのだろう。 何かはわからないが。
しかし、今気付いたが、この人は私がどういう状態でどういう状況だと思ったのだろう? 所謂そういう病気の人というのは、自分で自分がおかしい事に気付かなく、自分の事を客観視できないから、自分で辻褄があっていると思っていても、論理的整合性に欠ける事を書く事もあるだろうし、自分で事実だと思っている事も本人の思い込みや妄想の類であるという事もあるだろう。
私は、「体の調子が悪いんです」の中で、心療内科の薬を内科の薬と言われ、内科へ行くなら漢方のクリニックを止めると言われたと書いていた。 精神を病んだ人が、病んでいるのに気付かず、精神科にかかっているのに自分は内科にかかっている内科の薬を飲んでいる、と言っているのではなく、心療内科のうつや不安に効く漢方薬を内科の薬かもしれないと、区役所民生の人間に言われた、という話だ。
その前に精神的に動揺していたり、不安定な様子は書いている。書いているが書いているから不安があるから漢方を処方する心療内科に通い薬を貰っていたのだ。 だから、辻褄はあっているじゃないかと思うが、一体どの部分がどのように、「うわぁ」だったんだろう。
書いていて、あれ?!と思ったのは、「うわぁこれは心の調子がおかしい」がおかしいのは、”だから、そう言ってるじゃないか!”という事だ。 心の調子と言ってしまっていいかどうかわからないが、精神的に不安定な様子を書き綴っていた。書けるという事はそれを客観視できると言う事だ。だから、何で”うわぁ”になるのかわからない。 体の調子が悪い に対して言ったのだろうけど、両方悪いと言っているのに、なぜ?
下のは「うわぁ」には直接関係無いけど補足
そこには、書いてなかったが、私は精神科と内科とケースワーカーが要る大きい病院で内視鏡検査も含め、親からの保護のために先に入院( 親とは離れて暮らしているが年末に凄い目にあった ) も検討できるところを望んでいた。少なくとも内視鏡は最初に申請した時にも、ずっと体に痛みがありだるさがある時もあり、ずっと前にある病院で、血糖値が糖尿病の境界域になっていると言われた事があり、それ以来ずっと体調は悪いまま、暮らしているという事を告げて、それについては内科的治療をするという話になっていた。説明はロクに無く、ここなら行けると医療券を出されたのは、キリスト教系の病院だった。そんなに近いわけでもなく電話したら内視鏡科はいつも暇なようで、明日でも検査できると言われた。大きい公立の病院だと内視鏡の検査は予約が要り、すぐ次の日というわけには行かないので、大丈夫かなと思った。内科に行けなくされてからだが、質問サイトで聞いてみたらやはり同じ事を言われた。
申請時の担当者には年末に親がした事も、業者経由で送ってきたFAXや弁護士の内容証明を添えて見せて、区役所はどう判断されますか?私は親が狂っているのか狂ったふりをしているのかわからないんです、と言った。普通じゃないとあっさり言われ連絡しないと言われた。 ( しかし、これも後から考えると、連絡しないだけで済ましても意味が無いのでおかしい。連絡しないのは虐待から逃げている場合居場所がわかる事を恐れているからで、既に居場所がわかっている人を、普通じゃないと認めた人から何をされるかわからない場所に置いておくのはおかしいから、どこかに保護する事を普通は考えるのではないか? )
申請時、担当者は、一つの症状に一つの病院という原則も説明しなかった。病院を替わろうとしたらこれを言われた。そうだとしたら最初に罹った病院以外行けなくなってしまうので、慎重に選ばなくてはいけないのに、そんな重要な事を言わないなんて、民間なら説明義務違反なのに。
それで病院に関して余計迷うようになり、中々決められなくなった。 何しろ本当に長い事病院に行ってない。 病院で怖い目にあった事がある。 その事に関して相談に行っても怖い目にあったりもした。
やっと、公立の大きい総合的な相談もでき住んでた所からも近い所に行く事を決めたのに、内科の薬ではないものを「内科の薬かもしれない」「漢方のクリニックを止めなければいけない」「精神科に行くなら一つの症状に一つの病院だから漢方クリニックは止めなければ」と、ツムラで保険は効くけど、扱ってない病院もあるから、そこの精神科が扱っているかどうかわからないから、薬は漢方クリニックで貰わないと困ると言ったのに、民生係長はそう言い続けた。総務に苦情を出したからだ。
しかし、長い事全く内科的にも精神科的にも治療を受けてない状態の人間が病院に通いにくい状態にして、後で問題が起こるとは思わないんだろうか? そもそも診断は医者がするものだから、通うかどうするかは医者が診断し判断する事なのではないか? 内科の薬”かも”しれない、という言葉についてもだが、もしそうだと言うなら、医者か薬剤師に文書でツムラの漢方「桂枝加龍骨牡蠣湯」は内科の薬です、と書いた証明書を出してくるべきじゃないのだろうか?
総務に苦情を言ったら、それまでもハイハイ聞いてたのに、民生に説明させるとか、民生の事は詳しくはこちらにはわからないとか。じゃあだったらなんで、ハイハイ聞いてたのか?
ちなみに、ツムラ 桂枝加龍骨牡蠣湯 この適応症のところ、ここまでじゃなくて、普通に不安感やうつ状態でも出すのに、強烈に書いてあるので、処方箋薬局の人が人によっては何となく退いてるようでちょっと気になった。けど、とにかく内科の薬ではなく神経の薬です。
http://www.info.pmda.go.jp/go/pack/5200035D1030_1_08/5200035D1030_1_08?view=body#22 ツムラ桂枝加竜骨牡蛎湯エキス顆粒(医療用)販売名コード5200035D1030 承認番号(61AM)1165
バックに圧力団体がいないから嘗められていると思う。無茶苦茶言われてる。 録音してるのに。 電話を録音できるアダプタを、起き上がれるようになったら一番に大須に買いに行った。 これが無かったら、弁護士にしてもその他団体にしても、無駄にショックを受けまくりなだけだった。 録ってて良かったー 弁護士が最初は訴訟すると言ってたのが、交渉じゃなかったら降りると言ったのも、ばっちり! 記録してる。
年末にあった事
頭が悪いのに、必死になって頭が良い振りを使用としている上司がよく使う言葉
・啓蒙
お前の言葉は「蒙きを啓らむ」ことは無いけどね。
普通に「広める」で良いと思うけど。
・逆に~~
部下の提案の常に反対を言う。ある奴がAと進言してBだろって言われてたから、
別の奴がBを進言したらAだろって言われてた時はワラタ
・組織としては~~
噛み付いてきた
は無いんじゃないw
そこに何だか、変な空気と言うか、パワハラ、モラハラ的なものを感じる。
http://anond.hatelabo.jp/20110930092150
噛み付いてきた、まで言うから、体面を重んじる役所みたいな印象 と書いたけど
( これも人格攻撃とまではならないだろう )
その前にも、噛み付くにあたるような相手の人格を否定したり攻撃したりするような事をしたわけではなく、矛盾を感じる部分や、実際に無理な部分はそう言っただけなのに、””噛みつかれた””と受け取ってしまうところや、””手を差し伸べてやった”” と書いてしまうところは、非常に問題ではないだろうか?
フォローを取り消して、社会問題として考える意識や、人権意識がないのは残念というツイットは、そいつ宛ではないけどしたが、それは人格否定じゃない。何で噛み付いたになるのかわからない。
噛み付いたと言う方は、ひたすら自分のいう事を鵜呑みにしてくれる存在というのを、求めていたのではなかろうか? 求めていたというか、そういう人なんだろう。 普段からずっと。
そういう奴も論って行こうwww
弁護士についても、ページで見たら、弱者救済に関してよい事を書いてある所はあったけど、そこを信用してよいかわからないから、みんあで見張るという形を取れば動くかもしれない、というところは見つけてる。 そこまで話が行かなかったが。。。
これだって、全然考え方が違う。弁護士には一部悪い人が居ても信用できる人間と強固に言い張ってくる。そういう人は居てもそこに行き着くまでが危ない。だから、みんなで見張ろうという論理になるのだが、そうはならないらしい。
一人で行かない、証拠を残す!!
これは確かな事だと思う。今回だって、ある政党の無料相談で弁護士は賠償金数十万の訴訟は嫌がるとか、費用対効果 もっと言うと労力対報酬だわな と平気でぬけぬけとぬかしやがったので、それ以来必ず録音する事にした!!!
録っといて良かった。www
その政党の相談も支部に紹介されて行ったのに、弁護士は議員より力を持ってるのか、威張り倒していた。あの政党は、まず内部から浄化した方がいい。 何かする力があるとは思われて無いだろうけど、外に向けて言ってる事は、自分とこが協力関係にある弁護士に言った方がいいんじゃないのかwと思う。
まぁ一応ファイナンスとかアカウンティングとかも多少分かるけど(マーケティングはなんかしょうもない啓蒙本読んだことある程度)、
その辺の知識には全くこれっぽっちも知的好奇心湧かないんですよね。経営学とかは何かたまにHBRとか読んだり「戦略サファリ」とかはまとまってて良い本だと思うけど、
興味あるかって言われるとまぁ無い。
人脈も重要なのは分かるんだけど、アントレプレナーだかなんだか知らんが、業種とかビジネスの内容とか関係なくとにかく起業が目的みたいなのは全く理解不能ですね。
病院行った方がいいって言う人、どういうところか知ってる?
まあそれは、酷いところも良いところもあるって事で、置いといて、それを言おうとしたんじゃなくて
精神科だけじゃなくて、心理療法も、あれって広義の意味では人権侵害を含んでる
事になる。法律的には。
だから、本当は治療の前にカウンセリングなんかでも、カウンセリングを受けることを納得して受けます、みたいなものを書かされたりという事もあるらしいと聞いた
書いたこと無いけど
なんでそれを書かせるかと言うと、訴えられたら治療者側が負ける可能性があるからだろう
実際損害賠償請求になってるの見たことある。カウンセリングで。
なんか変なものを心理なんとかって流行らせるから、そういう態度が当たり前みたいに思われたり、変な権利みたいに勘違いされちゃってるかもしれないけど
カウンセラーや心理療法家のやってる事って、プライバシー権の侵害を含んでるから、嫌だったら、犯罪者でも黙秘権があるのに、それはプライバシー権の侵害です!とはっきり言った方がいい。
カウンセリング受ける状態の人や、受ける必要がある状態って、自主性や主体性がなくなってるからそれを取り戻すという意味合いがある思う。 抑圧により、自分の意思が自分で確認しにくい状態
そういう人に付け入ったり、利用したり、騙したり、洗脳したりするのは、割と簡単だったりするんじゃなかろうか
不適応症状起こしたわけじゃない顔面神経麻痺で、市立病院の口腔外科(ほんとは耳鼻科で診ないといけない)→違う市の大学病院の神経内科→そこの神経科 と回されてカウンセリング
親の職業や学歴、友人の数や、もっと何だったっけな、プライベートな事も下調べのようなもので、聞かれた。 ア、成績だ! 成績は?と聞いてくる。そんなの自己申告だし、どういえばいいのかと思った。
色々聞いた後、自分の性格についてどう思うか?と聞く。 なんかその前からの質問も、クライアントに内省を強要しているような、印象を受けたし、圧迫感がない事も無かったが、 顔面神経麻痺と親の職業と何の関係があるの?と思えるけど これが不適応状態にある人なら、全てをクライアントの内面に原因や責任を求めているかのようで、なんかおかしいなと思った。 顔面神経麻痺は病気だからそれ以上でも以下でもないけど、不適応症状だと本人も悩んだりしてるかもしれないのに、それをさらに追い詰めるような事や、勘違いされそうな事を質問として並べるのもおかしい。
顔面神経麻痺は、ほぼ治って左右の眉が思いっきり上げた時に、1ミリくらいずれるというものだった。それで何かストレスでも?なんて回された日には、かなわない。
http://anond.hatelabo.jp/20110906150347
読んだけれども全部は内容を把握できてないかもしれません。アダルトチルドレンというのは、ずっと前にも自分の今は使ってないgreeの中にも書いたのですが、アダルトチルドレン オブ アルコーリック の前の部分だけを取り出したもので、アルコール依存症患者とともに子供時代を過ごした人(今は大人)について、を指す言葉で、その人たちが大人になった時に同じような精神症状を示し、それがどうも過去に起因するのではないかと、精神医学の分野の人たちではなく、アメリカで心理療法家や臨床で精神的な問題を抱えた人に心理的なアプローチをする実際に身近にいる治療者たちから、言われ始めそのような研究や論文も(英語の論文サイトで見た事もある)少しはできたりしてたらしいです。(少しはと書いたのはアメリカが元だけど、そんなにアメリカで持て囃された理論でもなかったと思うから)
しかし、虐待の連鎖については、調べてみたら有意な差は認められなかったという結果が出た事もあったと、日本の精神科医のサイトで見たこともありました。(この元の論文は探してるけどまだ見つけてない)
日本では、虐待の連鎖も理屈や理由や統計は求めらずに一部専門家が言ったら、確定事項みたいに流布してしまっています。ACの流行の盛りは過ぎたと思ったのに、質問サイトではいまだに虐待の連鎖を心配して、被虐待者が自分が将来虐待するのではないかと相談しています。被虐待者に不安を与えて信者にして儲けようとしている人もいるかもしれないと思ってしまいます。日本の精神医学の学会ではACというものには懐疑的らしいです。なぜかというと、アダルトチルドレン オブ アルコーリックの人の症例や理論を拡大解釈し過ぎだし、誰にでもあるような事や、大して問題とも言えない事まで問題視する本をAC理論を唱える関係者がを出したりしてたからです。
虐待により精神的な問題を抱えるようになった人たちがいるのは事実だと思います。その人たち(自分もかもしれませんが)に適切な治療の場やサポートが与えられる必要はあると思います。AC本批判の医者の中にも極端な考え方をしている人も居ると思います。 精神症状の原因を外部に求めるのがいけないという書き方の本もありますから。どちらとも決め付けられない事だと思います。
こんなふうに意見が別れるのも、抽象的でどちらとも言えないもの決め付けられないものを、AC本は決め付けてしまっているからだと思います。
極端な考え方のものはともかくとしても、精神医学系の学会が、ACという考え方に関して疑問視していたと知って、書かれた疑問も読んで、ほっとはしたものの、なんだ、自分が思ってた事と同じではないか!もっと早く言ってよ!!と思ったことはありました。
認識の問題とか、自分の回復のために、そのような問題を書き綴って確認作業のような事をするのは、本人にとって害はないからよいと思いますが、お金を払って治療を受けに行くと、信者にされる可能性もあると思います。
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昼間に書き始め、途中でやめて、また書いているので、最初言いたかった事とずれてしまったかも。
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こういう問題について書こうとするとよくわからなくなってくる。
ただ、アダルトチルドレン オブ アルコーリックは、アルコール依存症患者とともに育った子供時代を持つ大人を指すので、例えてみれば、中国残留日本人孤児の人たちが今は大人なのに孤児と呼ばれているので、中国残留孤児だった大人と正確に呼び、その後半部の「孤児だった大人」の部分だけで呼んで「孤児だった大人」「孤児だった大人」と呼んでいるようなものだと思うから、何だかこっけいな感じがしてしまうのですが・・・
今自分が書いたものでも、つい「アダルトチルドレン」と繋げて書いてしまいました。 これを言うなら「アダルト チルドレン オブ アルコーリック」とすべきでした。その方がわかりやすかった。子供だった大人、どんな子供? アルコール依存症の人と一緒に居た、ということだと思うんで、そこから、心は子供体は大人、とか 見た目は大人なのに中身は子供で、そうなってるのは本人のせいではない、みたいな理論とか、大人になれない子供とか(これは批判のように捉えて嫌がる自分はACだと思ってる人もいるみたいだけど)、子供時代を失った子供とか(これはある意味そうなんでしょうけど、それを指摘して何になる?当事者でもない専門家が親切にもあなたは子供時代を失ってますよ~と言ってくるというこっけいさ。それって親切なの?かわいそう攻撃じゃないの?) 子供時代に大人の役割をさせられた子供とか(これもそうかもしれないけど、それをACと称する事に、関係者がお布施を募る事ができる以外、何の意味があるかわからない) ...etc
これらの状態を アルコール依存症の人と一緒の子供時代を送って育った大人、とどう結び付けていけるのかわからない。
アダルト・チルドレン という響きが、聞こえが良かったのではないか? 自己愛的傾向を持つ人々の心を掴むのに、格好のネーミングだったからではないか?
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子供時代に受けたトラウマが、精神症状を引き起こす事はあると思います。それを否定するものではありません。それに対しては個別にそれぞれの現在の状態に合わせて対応するべきだし、親に限らず他人から受けたトラウマで精神症状が引き起こされる事はあるでしょう。親と言う人と接するのは、自意識や自我が発達してなくて判断力がない時期からだから、混乱させられやすいという事は言えるかもしれません。
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アダルト・チルドレンというものを考える上で、こういう事も念頭に置いた方が良いのでは無いかと思ったので書いてみました。
心に傷を持つ人、空虚なものを持つ人、家庭に問題があった人、孤独な人、こういう人は都会に出たら、何とか商法や、壷や絵を買わされやすい傾向にあると思います。怪しい宗教なんかも付け入ろうとするかもしれません。(孤独なお年寄りが布団売りつけられるようなものです。)
それよりはマシかもしれませんが、本買ったり心理療法に通わされたりするのも、同じような面もあるのではないかと思います。
手を変え品を変え、有名人を引き込んだり、NHKで有名作家にカウンセリング体験を語らせたり・・・
これで得をするのは誰でしょう?
.
追記
アダルト・チルドレンがキーワードになってたので、読んでみたら
今はACは、機能不全家庭で子供時代を過ごした子供たちの総称になっているそうです。
機能不全という言葉で用いられている機能というものが、そもそも抽象的なものでしか無いので、そのあたりが問題ではないかと思います。
自助団体 (自助という言葉が適当かどうかわかりませんが、そう自身で名乗られているので) からも、AC本の人には抗議文が送られていると、はてなキーワードで見ました。やっぱりねw
わかるとは思いますが アダルトチルドレンではなく、キーワードがACなので、リンク貼っときます。 http://d.hatena.ne.jp/keyword/AC
追追記
837 : 没個性化されたレス↓ : 2010/04/20(火) 00:09:36
ACを商売にしてる人はACに根拠が無い事がばれてくると今度は
「負の連鎖」とか「虐待の連鎖」というこれまたまっったく根拠の無い概念で
新たなお店を開いているようです
838 : 没個性化されたレス↓ : 2010/05/01(土) 18:57:32
根拠あるでしょ。十分に。
839 : 没個性化されたレス↓ : 2010/05/02(日) 13:58:54
ACに根拠があるかどうかに関わらず、
(傷付きやすく騙されやすい)ACをターゲットに商売をする人たちは
距離の近い親の本質を暴くことは、世の中の危険な人の本質を見抜くよりも簡単。
世の中、表面的にはイイ顔をしてても、中身は毒親みたいな搾取的な
結果として騙されたり、時間を無駄にすることだって多いのかもしれない。
840 : 没個性化されたレス↓ : 2010/05/08(土) 19:27:01
それに騙されて身動き出来ない人がいるということ。
>ACが自身の主体性を取り戻し、社会性を得ることの難しさに、
ウソ概念で騙されているんだから主体性を取り戻せるわけがない。
カネを搾り取ったがもうカネも出て来なくなったら主体性を取り戻せという。
AC業者の糞なやり方には本当に腹が煮えくり返る。
986 : 没個性化されたレス↓ : 2010/06/29(火) 22:37:15
アメリカのソーシャルワーカー達がアダルトチルドレンという無根拠なレッテル貼りを始めてから
もう40年という月日がたってしまった。
それを利用したAC業者やマスコミが被害を拡大させて、日本でも30年近くこの無根拠な概念が暴威をふるった。
このAC概念は無根拠なくせに極めて専横的で疑いを許さなかった。マスコミとAC業者がそうさせなかったのだが。
AC概念は人々を苦しめ、裁き、断罪し、この概念のくびきのもとで生きる事を強い、いささかの救いの道をも与えなかった。
ACは無根拠であるが故に疑いを許さなかった。ヒットラーのように。北朝鮮のように。
AC収容所の人間は小石のようなあきらめをしゃぶり乾きを癒すしか無かった。
ACに根拠は無いのに。
そして強制収容所の人々が「ここにいるから私は友と知り合えて生きていること許される」と心理的な合理化をするように
「ACを知ったからこそ私の人生がある」と合理化をするようになる。
商業主義の暴虐に痛めつけられ囚われの身となった人の心が、最後の誇りを失わないようにするために
強制収容所に30年幽閉された人が解放されてもとまどうように。
30年と言う月日をAC商業主義の暴虐に晒された心に「ACには何の根拠も無い」
と言われてもすぐには受け入れらないのはもっとなことだ。
このスレも次スレもこうしたAC被害者のリハビリをどうするかという問題も検討されるべきだろう。
http://logsoku.com/thread/academy6.2ch.net/psycho/1035617398/
某巨大掲示板のログですが、学問板なので、それなりにそれなりのモノの見方をする人も出てきてますが、残念ながらACと言われる人を責めるレスも時々あります。しかし、それに反論レスもあります。反論するのはAC理論が正しいとは思ってない人たちの場合も多いです。AC理論は否定するけどACと言われる人たちの中には精神的な症状がある人がいるのも事実だろうという認識です。
AC理論を唱えて儲ける専門家たちは、自分たちにとって一番楽な状態の人しか相手にしません。具体的な事をしなくて良くて、心理的なものの具合だけを診ていれば良い状態の人、過去の事で精神的に問題がある人、これらの人たちなら過去の事だから、今現在具体的に人権救済しなくてよいわけだし、ただでさえ、親の事で肉体的な暴力でもない精神的心理的抑圧なんて、そんな昔の事で・・・と言われるのが落ちで、グチや不満ではなく本当にわからなくなったり混乱したりして話したとしても、親の変な話をするというふうにしか受け取られなかったりする傾向にあるから、そういう専門の心理の療法家しか、自分たちの事をわかってくれない!と思いつめさせそこに依存させたり、信仰させたりする事もできる。
自分たちのところに来ない人たちの事はサバイバーと呼び、さも来ないのが変みたいに思わせる。
成人後も困った親から逃げている人たちもいる。そういう人は助けないのだから、おかしい。
413 : 没個性化されたレス↓ : 2007/11/22(木) 10:43:37
おばさんになってからの自認でしたから、既に生き辛さへの改善は進んでいたのですが、
嗜癖と自責の負のループに陥っていたのですがACと自認した途端、解放されました。
2. 思考の偏りの起因を知り、改善が進む。その際自己嫌悪から解放される。
AC論が正しいとしても、正しくないとしても、また自称だとしてもそれが役に立てば良いのではないかと思います。
極論、機能不全家族が原因で無いとしても、その考えに辛さを預けて進めれば良いのでないかと。
ただ、ACが免罪符であってはならないのでしょう。自己の努力が不可欠であり、その時こそ、AC自認が有効に働くと思います。
(意外にこの特効薬を求めてACを知りたがっている人が多いような気がする)
今抱えている問題は過去に起因していても、今の自分の問題であるという事ですよね。
414 : 没個性化されたレス↓ : 2007/11/26(月) 09:00:50
>413
誤った疑似科学的概念が人に仮の安定をもたらすというのはよくあることだ。
ここは学問板なので出て行ってもらいたい。
またそうした方が幸せは長続きするだろう。
それに耐えうる概念のみが生き残る。
事に気づいているからこそ、
415 : 没個性化されたレス↓ : 2007/11/26(月) 09:52:07
仮の安定ですか。
仮の概念により得た安定の方が私にはしっくりきます。勘違いなのかな?
そういう意味でも学問板に書く資格が無いのは確かでした。本当にそうですね。
申し訳ありませんでした。
416 : 没個性化されたレス↓ : 2007/11/26(月) 11:59:34
>415
例えば「全ては神の思し召し」ということで安定する人もいる一方、
そこと格闘しなんら安寧を獲得せずこの世を去る人もいるわけです。
AC概念は控えめに言って「視点を固定した時そう見えるだけという誤認」にすぎません。
それでもよければどうぞ。
親に対して、細かい指摘ができる(細かく正当な指摘ができると言う意味)はてなブログの方でも、心理療法家についてはあまり疑ってないみたいだったけど
この方の親程度に自分に都合が良い事をするその手の専門家はくさるほどいると思う。
精神科医でも、ACとはまた別の話で、NHKでもうつ病の薬について、医者がわかっていて儲けのために依存させる事もあるかのような特集も前やっていたのを見た。わかっててやったかどうかはわからないが、今は規制されてると思うけど、リタリンで依存症を起こし、離脱症状などでわけがわからなくなりまだ若くて健康だったのに、自殺されてしまった方の遺族が訴訟を起こしていたのもニュースで見たことある。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1271342947 目を通すだけでも通してほしいのですが、(タイトル)
抜粋
>心療内科、精神科に行ったら、もっと惨めな気分にさせられ実際泣いて帰ってきた…
>これはあくまで私の私見ですが、
>精神科医の半分強、カウンセラーのほとんどが、ほんとうはその本人がケアを求めていると私は思っています。
>「あなたは甘えている」
>という言葉の裏には、
>「私はあなたより苦しいのに、なんであなただけ治療を受けられるんだ!私だって甘えたいんだ!」
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1425822034 うつ病の診察中に精神科医からの言葉に精神的ショックを与えられました。
はてな日記の親の心理的搾取を理性的に指摘されている方も、機能不全という言葉は信じて使ってらっしゃるようでしたし、自分が精神科医にかかった時に、医者に言われた事で、微妙な事でカチンと来た事や無駄なアドバイスだと思ったと言うような指摘は書いてありましたが、精神医療の構造的な欠陥 (昔 医師会の当時の会長に「家畜経営」と言われた精神病院の経営の仕方など、自分たちの利益のためなら人を壊す事も構わない、人間を獲物にしてる) までは、関係ないからという事もあるでしょうけど、全然言及されてません。
弱みがある人間が行けば、いい餌食にされる可能性は、弱みの無い人より高いと思います。 悪い医者ばかりではないと思いますが、精神医療はいろいろと矛盾を内包して闇の部分が多すぎます。
ACというものについては、学問板といっても、2chなのでスレ内では、自称とか言って責めるような意見も煽りとして存在してました。しかし、アダルト チルドレン オブ アルコーリック でも アダルト チルドレン オブ アビューシブ ペアレンツ でも アダルト チルドレン オブ ディスファンクショナルファミリー でも アルコール依存症の人と一緒に子供時代を過ごし大人になった人 という意味や、虐待する両親の元で子供時代を過ごした大人 という意味や、機能不全家庭で子供時代を過ごした大人 という意味なら、ACは居る、存在している、と言えると思います。
しかし、AC専門家?サイトで13の特徴とか、非科学的な啓蒙活動をするのは、間違っているのではないかと思うし、そこに挙げられているようなACというものについてなら、居ない と言えるのではないかと思います。
意外と良い意味で使われていた。
しかし、私は○○の流れを見はる団体のボランティア募集が、当時雑誌がまだあったフロムAのボランティア欄に載ってたので、行った時、悪い意味でのプロ市民ぶりを見せ付けられて、大変ショックを受けたという事もあった。
細かいしょうもないパワハラは、ともかくとして、他に聞いてる人が居ない時に、もうすぐ被選挙権がある年齢になる、とか、市長が時々来るとか
そういう事言うのって、何なんでしょう?
プロ市民て、市民である権利を主張する事によって利益を得る事を生業にする人、というような意味 (裁判応援を有料でやってる人とか。交渉するわけじゃなく応援や事務的な事などをやってるのか何かわからないけどそういう人は居る)と、市民活動などで名を売って選挙に出るとか、そういうのを批判がましく言ってたから、まさにそのとおりだったわけで・・・
こういう活動は、大事だと思うから、この話をどこかに書いたら、それ見たことかみたいに言われてしまうかと思うと、どこにも書けず、もんもんとしていた。テレビでそこの代表を時々見たが、そのたび何ともいえない抑うつ感を覚えた。こういう人が居るから、私がごくリベラルな普通の意見を述べただけで、ブサヨと言われるんではなかろうか?とさえ思った。
最近弁護士の非行批判や告発の動画をyoutubeで見たら、ユニオンの酷さも語っていた。その横では同じように弁護士を告発している立場の人が、ユニオンは自分も関わってるから・・とか、そういう事はないようにしようと話し合ってるとか、組織によってはそういう事はあるかもしれないと批判を認めるような事も言っていた。それを見て、啓蒙的な事を言っている人たちに啓蒙や啓発が必要という事が、残念ながら時々あるが、その手の人たちを啓発する事は不可能かと思っていたから、暗澹たる気分になっていたが、言えば通じたり、言うだけでタブー視される事もあるが、その横で聞いていた人のように、受け付けてくれる事もあるんだなと思った。
でも、上に書いたような事は証拠もないし、不特定多数に公では言わない方が言いと思うが。
これを見て、親の異常性を検証してみてくれませんか?
http://sky.geocities.jp/oooquree/fax.html
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1071335035 魚拓http://megalodon.jp/2011-0916-0253-28/detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1071335035(javascript止めると見られます。お手数ですが)
この人(私の親)は、正常だと思いますか?
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1171366716 魚拓 http://megalodon.jp/2011-0918-1309-31/detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1171366716>
この親をどこかの病院で診て貰うわけには行かないのでしょうか?また、私はどうすれば良いのでしょうか?
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1271354767 魚拓 http://megalodon.jp/2011-0918-1324-05/detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1271354767
みんなで検証してみて下さいませんか?この親は正常なのでしょうか(親を責める気はありません)
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FAXの内容の異常性
1ページ目「あなたには優しいおばあさん」の部分。故人についての苦言を可愛がられていた人に対し言っている。苦言も事実かどうか不明。
はなさんの部分。
「私は○○の3人目の妻」自分の子に子の父の2回の離婚歴を業者経由のFAXで知らせるって、普通の神経なんでしょうか?
■http://anond.hatelabo.jp/20110904165823
今朝書いたもの
http://anond.hatelabo.jp/20110918085134
回答があったと思ったら、>毅然とした態度(反抗期にバットで殴りつけるような)がないからだと思います。私は、記憶がなくなるまで酒を飲んで、無免許飲酒運転をし、泥酔して暴言を吐き、暴れる父に小学生の頃からケリを入れていましたので、あなたの感覚は理解できません。
と書かれました。
理解できないはずですよ。
>自分をキチガイだと思っています。現に、統合失調症で通院してますし。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1471473574
質問の答えになってません。質問はこれでした。↓
里親に問題ある人格の人が居る、という事は実は実親にも同じ事が言える場合もあり、里親制度に問題があるなら実親制度にも問題がある・・・・のではないか?と大衆を啓蒙するのは難しいと思われますでしょうか?実親制度と言うのは、比喩的に使っただけです。制度ではありません。
この質問サイトが真底怖くなってきました。はてな質問ではありません。
前から知恵遅れと言われてたところです。無料だし情報の精度に期待してはいけないのはわかりますが、とうとうここまで来たかと思いました。リンク先にはもっと過激な事も書いてあります。
問題は変わらない。
あるブログに書き込みかけて承認待ちになっている長文がある、それを入れようかと思ったけど、それはちょっとやめる。
その方は、啓蒙的と言うか割と理屈が通用するところにいらっしゃる方のようで、そのような事も書けるのだろうなと思った。
こういう問題を考える時、現実との兼ね合いという問題が出てくるような気がする。
現実との兼ね合いって、理想が比較的通用する世界というか階層(ほんとはあっちゃいけないのかもしれないけど、人間は平等なのだからw)と、そうでなく現実にまみれた階層
うまく説明できないけど、地域性もあったりするかもしれないし、一概には言えないと思うけど
いや、言葉が悪すぎる、なんて言えばいいんだろ???
その前に、ストックホルム症候群というのを、ご存知だろうか?
ぐぐってみればすぐわかると思うけど、ストックホルムの銀行が強盗に襲われて、立て篭もりなどあって、犯人たちと銀行員が接触があったら、銀行員が犯人たちを庇うような心理状態に陥ってしまったというようなエピソード。
これは、特殊な環境下での特殊な心理として、片付けられてるけど、実はそうでもないんじゃないかと思う事がある。
生存を希求する本能や生存を第一義に考える心理の表れとして、特殊な環境下で生き延びるために、そのような心理状態に陥ったのだ、という事になってる。
通常の言葉で言うと近いのは、強い者におもねる様な心理、だろう。それがもっと強烈に本人たちさえ意識できないような状態で起こった、という事だと思う。
このような犯罪者を好意的に見るような事には、特殊な環境でなければ陥らない、というのも本当だろう。
しかし、人間の中に、生きのびるためには強い者におもねりたいという心理や、本能のようなものが入っているからそうなるのだろう。
そういう心理は、ストックホルムの銀行内だけじゃなく、常日頃から日常的に活用されているような気がする。
勝てば官軍とか、金や権力のある人や、社会的地位がある人が、《エライ人》のように見えたり、VIPって感じに見えたり
あぁ、思い出した、こういう言い方は?
「人は生活を守ってくれるものを、庇う考え方をする」とか「人は倫理より欲望を優先させる生き物」
ある程度教育を受けて理屈に合った事をやってれば良い人と、プロ奴隷みたいに生きなきゃいけない人
何の力も学もない庶民は、その場面場面での強い力みたいなものを、無意識に読んでしまうんじゃなかろうか。
親についても、批判について、すごく話がややこしくなってるのは、ある種の人々にとっては、親というものに対する子供の側からの批判というのが、現実的な力対(VS)力や立場ない状態での理想みたいに見えて、それでごにょごにょ思うんじゃないだろうか?(色々なケースがあるから全部自分に置き換えなくて良いと思うんだけど、なぜか書いてる人がすごく思いいれてた)
自分の中で、ストックホルム症候群のような状況ではないから、それほど顕著ではない矛盾みたいなものに、何となく気付いてしまいそうな刺激だから、エマージェンシーシグナルみたいなものが体内を駆け巡るみたいな
ちょっと違うかな
あるブログに(はてなじゃない)書こうとして承認待ちなのは、里親批判に里親のエゴの部分を指摘すると、里親側から反発がありブログ上で議論が白熱して、里親側も○さんに敵意丸出しですね、とか書いていた過去のエントリのやり取りを見たところ。
里親と言っても、露骨な虐待をしてる人ではなく、里親全部を非難される事に反発を感じていたり、里親志望の人たちで、里親志望の人にきつい批判をブログ主がしたら、別の里親だった人が敵意丸出しと書いていたというところでした。
それを見て思ったのは、エゴのない愛情はないので、身内のエゴだと許されるが、里親だとそうも行かないのだなぁという事でした。
里親は公費が給付されているし、一般の養育里親には実親に虐待された人が託されるわけではないし、実親と暮らすまでの間、託される場合もあるから、そりゃ身内と一緒にしてはいけないんだけど
そう思ったのでした。
身内のエゴでも、本当はおかしいんだけど、そういえばなぜなんだろう?と考えたら
里親制度がおかしいという事は本当は実親制度もおかしいのだろう。(理想を言ったり、神経質な見方をすれば)
おかしいけれども、エゴが身内だという事で、限度にもよるだろうけど、ものすごい暴力とかはっきりと虐待がわかるような状態じゃないと、かなりの部分馴れ合いのうちに、なあなあで済まされて行ってるんだろうなぁと思いました。
理想的な愛情を持つ親もいるでしょう、冷静な親もいるでしょう。余裕がある親もいるでしょう。
しかし、現実との闘いで傷ついた親たちには、なかなかその余裕がなかったりする現実というのもあるのかもしれないと思いました。