はてなキーワード: 地中海とは
根拠は↓
1.原作での庶民的な描写
・友人の治療費が払えなかった
・裕福ではない友人がいた(上流階級出身なら、下々の者と知り合う機会があまりない)
・ゾルディック家の富豪っぷりに驚く
・値切り交渉に長けている
2.アニメでの出身地の描写(参考程度)
・旧作では地中海沿岸みたいな国の一般家庭出身ぽい。
・新作では子供のとき下町っぽい所に住んでいる。新作はトガシが口出ししてるらしいので、多少信憑性があるかも?
・気さくで素直、かつ世話焼き
・チンピラ的言動
(レオリオの性格なら、友人のためにできることは全てやったはず。実家が裕福なら、調度品をちょろまかすくらいできただろう)
A.元々は由緒正しい家だったが、落ちぶれた
庶民の友人がいたことから、遅くともレオリオの子供時代までには家は零落していたはず。
自分の奴隷や使用人に、わざと「王」「貴族」みたいな名前をつけてニヤニヤしてた奴が歴史上に存在した。
(2011/12/03追記)
・本誌が発売されてしばらく経ったので、ネタバレについての警告を削除。
・江戸時代までは完全に下魚扱い。ヅケが発明されてようやく少し見直される
・美味いもの扱いされるのは70年代から。それまではマグロ輸出額>輸入額ってくらい大事にしてなかった
・地中海沿岸では昔からメジャーな食べ物。旧石器時代の洞窟からマグロの骨でできた釣り針が発見されている
・日本人は捨ててしまう卵巣もカラスミにして食べるほどマグロ食文化が発達
・ちなみに戦前の日本ではツナ缶は100%輸出製品。国内で食べられるようになるのは戦後になってから
世界各国
・70年代から世界各国でマグロ消費量が増加するが、増えた分はほぼすべてツナ缶。刺身や寿司などの日本食ブームは誤差程度。ツナ缶だからむしろアメリカ食ブーム
前回はオレが若手の頃のA部長のやんちゃぶりいや豪快ぶりを紹介した。
だが、このA部長、誰もがその遊びぶりに文句を言えないぐらい、仕事の優秀さは伝説的な人だった。
オレたちの部は、A部長がやってくるまでは、他の部署と比べてけっして利益の額は多くなかった。
A部長は就任早々に独自の戦略を立案し、徹底的に実行していくことで、わずか3年程度で全社でも稼ぎ頭の部署に育て上げた。
「いいか、タケシ。仕事で大事なのは、徹底的な論理的マインドとほんの少しの気合だ」
というのが彼の口癖だった。
当時、イケイケだった日本企業の中で、論理を前面に押し出すのは、かなり異端だった。
今思えば、A部長は当時から、既にアメリカやヨーロッパのビジネススタイルだった。
オレが米国出張中のある案件の交渉でグチャグチャになってしまい、deal breakの瀬戸際のピンチだったことがある。
今のようにEmailもなく、テレックスでのやりとりが主流だった時代、超高価だった国際電話をアメリカからA部長にかけて、指示を仰いだ。
オレは要点を要領よく説明し、A部長に
「どうすれば良いか?」
と聞いたところ、一言、
「タケシ、任せた」
と言われてあっさり電話を切られた。
その時は「何と無責任な上司だ!」と思ったが、オレはそこから巻き返して、何とか形にすることが出来た。
数年してから、オレは
「バーで仕事の話をするとは、低俗極まりない。5分だけ特別だ」
「オマエの国際電話での状況説明を聞いたら、オマエにしては珍しく、論点が全て整理されていた。強気が売りのオマエに足りないのは、逃げない勇気だけだった。獅子が子を崖から落とすじゃないが、オレは上司としてオマエの退路を断ってやったわけだ」
「そうは言っても、もし失敗していたら・・・」
「商社マンは信頼の上に成り立っている職業だ。その上司のオレが部下を信頼しなくてどうする?That’s allだ。さぁ、仕事の話はここまで」
と言われ、来日している著名なオペラ歌手のコンサートの話に戻ったのは今でも鮮明に覚えている。
とにかく豪快なオヤジだったが、自分のフィロソフィーを持っていた。
オレが若いころから、彼は常々オレにMBA留学をPUSHしてくれていた。
普通は部署に穴が開くから、なかなかこういう理解をしてくれる上司はいない。
何より
「勉強して仕事が出来るなら、苦労はない。あんなのは海外かぶれの奴が行くもの」
とMBA自体、怪しいものだと言う風潮もあった。
多くの企業にとって、エース級は社内に温存して留学させず、どちらかと言えば二番手グループで苦労した奴の夏休みのご褒美みたいなものだった。
きっとヨーロッパを周遊中に、各地で世界中のエリート連中と出会う中で、重要性を感じ取ったんだろう。
「タケシ、部署のことは心配せず、そろそろ社内の制度を使ってMBAを取って来い。」
「これからの時代は、MBAが国際ビジネスのパスポートになる。何より、オマエはまだまだ頭が足りない。英語で死ぬ気でディスカッションして、世界中に仲間を持て」
と言われた。精神力だけが取り柄だったオレに、頭脳を鍛えるきっかけを与えてくれた。
「でも、オマエは文化の香りがしないから、ヨーロッパと言うタイプじゃない。アメリカのスクールだな。ヨーロッパのスクールの推薦状は書いてやらない」
と言われたのは、納得行かないんだけどさ(笑)。
それでも、あの一言はいまだにオレの人生を変えた貴重な言葉だよ。
オレがビジネススクールから戻ってしばらくすると(オレは海外特命案件をを担当し、A部長とは違う部署になった)、社内ではA部長が次の人事で役員になるという噂があった。
「いくぞ、タケシ」
「役員の件は本当ですか?」
と聞いてみた。
「相変わらず酒の席上で仕事の話とは低俗な。それも極東の一企業の社内人事の話しなんて、オマエは何をしにアメリカに行っていたんだ?」
とあっさり切られたが、
「留学してマネジメントが何か少しはかじっただろ?オレには向いてないよ。晴耕雨読なんだな」
と言って、それからまったく脈略なくフランスの歴史やら農業の話を延々と聞かされた。
そうしたらさ、ある日、いきなりA部長は早期退職してしまったんだ!
オレは海外に出ていて送別を出来なかったんだが、しばらくすると、オフィスにどこかの海でA部長がサメと泳いでいる写真が送られて来た。
一緒に入っていた手紙によると、何でも、その後、フランスで暮らしていると言うじゃないか!!!
最初はビックリしたが、あの人らしいと言うかなんと言うか、地中海のクルーザーの上で美女を囲んでいるA部長の姿が容易に想像出来て、にやけてしまった。
名誉とか出世に興味を示さず、潔いgoing my wayな男の格好良さを感じたものだ。
あんな豪快なビジネスマンは、もうあの人が最後かもしれないな。
その後、世の中は変わり、コンプライアンスだといろいろと制約条件が増え、会社がどんどん個人を管理し、性悪説にたった人事管理が行われるようになった。
いや会社だけではなく、社会全体が出る杭を容赦なく打ち付けるようになってしまった。
実に生きにくい世の中だ。
A部長のことだから、こんな時代になることを見越していたのかもしれないな(きっと、今の時代ならA部長みたいなことをしていたら、仕事が出来ても処分されていただろう・・・)。
しかし、時代がどんなにルール社会や批判社会になっても、制約されすぎた圧迫の人生を送ってはならないと、オレは思う。
社会を安全かつ効率的に動かすためのルールであって、そんな手段としてのルールによって不必要に自分を制約しすぎたり、また稚拙な批判に怯える必要はない。
A部長も、あんな生き様だから、敵は多かった。最も本人は、敵だと認識していなかったようだが。
「S部長が経営会議でA部長について批判発言をしたみたいですよ」
「S部長って、いいワインをコレクションしてるんだろ。オレをワイン会に呼んでくれないかな?」
と言う感じだった。敵すらも愛してしまうと言うか、そもそも敵と言う概念が無かったのかもしれない。
一方で皆さんはどうだろうか?上司や先輩、客先の顔色ばかり見て、何とか失敗しないようにと、縮こまっていないか?
オレはこのブログでも言い続けているが、小さい失敗でくよくよしてないで、他人の目ばっかり気にしてないで、自分勝手に大胆に全力で人生という長いレースにぶつかって良いんだ。
困難も、苦しみも全身でそれを受け止めて立ち向かえば、きっと楽しい人生になる。
だから、恐れることなく、自信をもって、人生という壮大なレースにまい進して欲しい。
もう一つA部長を見習うべきところは、自分のフィロソフィー(哲学)やプリンシプル(主義、信条)を構築するということだ。
MBA的な研修で小手先のフレームワークや技術を学ぶのはほどほどにして、20代半ばぐらいからは、自分の振る舞い、判断の基軸となる哲学、信条をしっかりと作り始めるべきだ。
これは短期間でできるものではない。
膨大な量の知識と教養を身に着けて、そして、これまでの出会いや経験から、「人はどうあるべきか?」という自分なりの人の理想像を練り上げる大掛かりな行為だ。
哲学、歴史、文学、論理学などさまざまな分野のものをフルに動因して、この機軸は作り上げられる。
もちろん答えなんてないし、生きている間、それらは揺るぐことはなくとも、より深遠なものに円熟し続けるものだ。
A部長はずっとオレら若手にこのことの重要性を、夜に飲みながら教えてくれようとしていた。
オレも部下にこういう大胆な生き方、自分の哲学、主義を持つことを伝え、後世を育てて行くべき歳になってしまった(心は永遠に若手だ!!)。
ただ、これは手取り足取り教えることはできない。A部長とオレがそうだったように、いろいろな人との会話を通じて、つかんで行くしかないんだ。
オレも、こんな豪快な奴が少ない時代だからこそ、若い皆には、何とかオレの生き様を、ブログやTwitterで積極的に伝えてきているつもりだ。
またオレの部署の若手の部下らには、夜の遊び方は十分すぎるほど教えているつもりだ。
でもオレは、A部長と今ならビジネスの手腕なら良い勝負になるかと思うが、いかんせん、芸術、文化面がまだまだ弱い(笑)。
もっともA部長は、そんな勝負すら眼中にないだろうが。
「タケシ、ビジネスなんてほどほどにして、本を読め、音楽を聴け、食を味わえ、旅をしろ。何より今夜も人と出会え」
最近多くのメールでどういう上司がいたかということをよく聞かれる。思えば変人が多かったな(笑)。
一番印象に残っているのは、俺が25歳から30歳の頃のA部長だ。
最近はだいぶ社内の上下関係もカジュアルになって来ているが、当時は若手社員が部長と気安く話すなんてなかなか許されない雰囲気だった。
レポートや報告を上げるにしても、逆に何か部長から指示が降りてくるにしても、常に自分の直属の主任、課長、次長、そして部長と言う階層を通じて行われる、明確な序列があった。
「おい、タケシ!ちょっと来い」
と言ってオレを部長席に呼び出したり、向こうからオレの席にふらりとやってきたりして、オレをかわいがってくれた。
また若僧のオレにも
「オマエがオレなら、どうする?」
と忌憚ない意見を求めてくれた。
A部長は当時、今のオレと同じくらいの歳だったと思うが、体型はスリムで、どんなに暑くてもスーツをきれいに着こなし、精悍な顔つきだった。今で言えば、かなりのイケメンで(当時、まだイケメンなんて言葉はかったが)、社内の女性らの中でも評判だった。
今の時代なら、GQやLEONとかの雑誌に出ていても不思議ではない、チョイ悪なオヤジだった。
すごいのは、このルックス以上にキャラクターが深くて濃いんだ。
哲学、文学、芸術とワインをこよなく愛し、食事に行けば、シェリー酒から始まり、赤ワインをたしなみながら、高級そうな葉巻を片手に、平気な顔をしてサルトルの実存主義について語る。
ヨーロッパ的な気品があって、高貴と自由があいまった雰囲気をこよなく愛する人だった。
でもさ、何かと理由をつけてすぐヨーロッパに出張してしまうんだ(俺も同行させられることが多かった)。
と言って、自分は2週間くらいヨーロッパを周遊するんだから、困ったもんだよ(笑)。
もちろん、本人は「視察」だって言い張ってたけどな。
電子メールや携帯電話なんてない時代だったから、A部長がヨーロッパ周遊で不在の間、A部長に指示をあおぐのは大変だった。オレら若手は、A部長が泊まりそうなホテルに、片っ端から電話させられたもんだ(笑)。
A部長の緊急決裁が必要になり、どうしてもつかまらないA部長を探して部署メンバー総出で、居場所を突き止めるべくフランスのToulouse中のホテルに電話をしたこともあった(前々からToulouseでフォアグラと白ワインを飲むのがいいと言っていたので)。
しかし、結局、どのホテルに電話してもまったく見つからない。本当は権限規定違反なのだが、最後は次長が代理決裁して何とかした。
それから数日すると、真っ黒に日焼けしたA部長が会社に現れて、「地中海の島で彼女とエンジョイしていた」とのことだった。オレたちは日本であわてまくっていたのにさ(笑)。あの時はあきれてものが言えなかったな。
こんなA部長の破天荒ぶりを書くと、ただの遊び人、趣味人にしか見えないかもしれない。
しかし、仕事はすさまじくでき、社内だけでなく取引先や競合企業からも敬意を集めていた。
当時は、朝から晩まで働くようなモーレツ商社マンがもてはやされていた。しかし、ヨーロッパ人を自称するA部長は、そういう連中を「バリューレスな社蓄」と呼び軽蔑していた。
「今すぐ資料をしまえ」
と言って、ことあるごとにオレら若手を食事に誘い出した(その後、会社に帰って仕事しなきゃいけないから、ますますモーレツ社員をやらざるを得ないんだけどさ・・・)。
食事の席では、普通なら社内政治や昔の武勇伝を聞かせる上司が多い中、A部長の口から会社や仕事の話しが出ることはなかった。
文学論、芸術論、音楽論、人生観までをゆっくりと語ってくれた。ウィスキーの飲み方、酒の種類、ワインのテロワール、ホステスへの接し方、葉巻の吸い方など今の遊びの基礎はすべてA部長に教わった(笑)。
九州の田舎村からニセ慶應ボーイになってバブル期に調子に乗りまくっていたオレは、「こんな洗練された人がいるのか」と憧れだったものだよ。
おっと、A部長の仕事ぶりを書くつもりが、ついつい遊び話になってしまった。
だが、この記事を書いていたら、オレもBourgogneワインを飲みたくなって来た(笑)。
続く
まず、今回の東日本大震災でお亡くなりになった方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々のお見舞いを心から申し上げます。
次に、僕のスペックです。都内の大学に通う学生(新二年生—ちなみに一浪—)です。所属学部のカリキュラムによって、ほとんどの授業を英語で行って、レポートも英語でたくさん書きました。といっても、僕の英語の能力はだいたいTOEIC700点前後だと思います(TOEICはうけたことがありませんが、学校で受けさせられたテストなどで換算するとこのくらいです)。700点前後なので、あまり大したことは言えた身ではないのですが、英語については昨年度かなり自分でも悩み、考えたし、また、TOEICなどのスコアだけで英語の実力のすべてが測れるとも思っていないので、僭越ながらも英語についての意見を述べさせてもらいます。(ちなみに未だ日本から出たこと無いです)
最後に、書こうと思った動機について。主に二つ。ひとつは、日本人の英語熱が、去年のユニクロ、楽天の英語公用語方針表明から、加熱の一途を辿っていることを受けて、自分—英語が公用語の学部で学んでいる自分—が何か良い意見を述べることができればいいなと思ったから。あとひとつは、自分の英語に関する考えを今の時点で言語化して整理しておきたいという考えがあるからです。
英語学習者の多くは「英語ができるようになりたい」や「英語上達!」などと言います。が、少し待って下さい。その宣言って少し漠然としすぎではないでしょうか。ここで、試しにあなたが今思っているその「英語」に修飾語を二つ付けてみて下さい。例えば、ある会社員の場合は、practicalと businessを足して、”Practical business English” (実践的ビジネス英語) となります。こうすることで、あなたが必要な英語がもっと鮮明になるでしょう。さらに対策だって立てやすくなると思います。子供が語学を身に着けながら成長するときの様に、日常の様々な場面での遍く英語表現を身に着けることは大人には困難です。しかし、範囲をうまく絞れば、そこに特化して勉強することで仕事で困ることが少なくなると思います。
僕は昨年度、英語を話す日本人を数十人ですが見てきましたが、およそ二つのグループに分けることができます。それは、日本語を話すときと同じ感覚で英語を話している人と、英語を話すときは全く別の口の開け方や筋肉の動かし方、さらには呼吸法までする人たちです(帰国子女の方々は幼いころの海外経験の中でこれを自然に身に着けているように思われます)。タピオカドリンクを飲むときは、コーラを飲む時に使うストローじゃ飲めないように、英語を話すときも日本語用の発声方法を脇に置いて、英語用の発声フォーマットで話さなくてはならないのです。先に示した前者の人々はだいたい、声が小さいぼそぼそとしたしゃべり方をします(もちろん発音は滅茶苦茶チョッピーです)。これは、はっきりいって意識の問題だと思います。発音やアクセントの前に態度(attitude)の問題だと思います。
これは上とだいぶ関連があるのですが、英語を真剣に話そうとすると多かれ少なかれ「欧米人っぽさ」や、悪く言えば「ネイティブかぶれ」が現れてしまいます。だが、これらに対して嘲笑したり、からかったりしてはいけないと思うのです。日本人の間で「かぶれ」に見えてしまうことも、英語話者同士では普通の事なのです。だから、間違っても日本人によるつまらない価値観から、その人の外国語に向かおうとする態度を軽蔑してはならないと思います。お互いにとってマイナスにしかなりません。
英語がわからないから話が理解できない、と思ったことがある方。それは本当に英語が問題でしょうか?例えば、去年流行った「ハーバード白熱教室」。この番組はiTunesやYouTubeで無料で見ることができます。僕も、視聴していて三周目も終わろうとしている頃ですが、まだよく理解できているとは思えないです。『これからの「正義」の話をしよう』も、その原著である”Justice-what’s the right thing to do-”も持っていて一通り読みましたが、未だ理解できたという確信がありません。なるほど、「テメエがアホなんだよm9(^Д^)プギャ―」という意見もあるでしょう。しかし、サンデルの授業内容がそれなりに高度なことも事実ではないでしょうか。日本語で聞いたとしてもそれなりに高度なことには変わりません。それをさらに外国語でとなると余計に理解が難しくなってしまいます。自分の英語読解/聴解能力を疑う前に、言語に拘わらずそれを理解できる知的基盤が備わっているか。それをただ「英語が分からない」と悲観する前に、確認する必要があると思います。
某経済評論家などを「達人」と見做している英語学習者は、いつまでたっても英語ができるようにならないと思います、失礼ながら(インタビューもそんなにあてにしちゃいけない)。そもそも、本当に英語できる人間は、日常のほぼ全てのタスクを英語でこなしているような人たちではないでしょうか。論文であれ、企画書であれ、会議であれ、学術発表会であれ。そういう本当の「達人」らは、われわれ一般人に指南するような立場を超越していらっしゃいます。さらに、そういう人たちはあまり表に出ない人たちです。なぜなら、一流のビジネスパーソンは週刊誌の英語特集に顔だすくらい給料安くないし、言語学など学問分野の一流たちもそんなところに出て自分の株をさげるようなことをしないでしょうから。
では誰をロールモデルにするのか。はっきりいってツールである英語にロールモデルが必要であるとは思わないのですが。強いて言うなら、『英語達人列伝』の中から探すといいと思います。これを読めば、「日本人は英語ができない」といった言説が神話であると思え、すこし勇気が湧いてくると思います。
英語学習において、発音を磨くことは何かと批判の対象になります。恐らく、それは英語学習における贅沢品と受け取られるからでしょう。目玉焼きも焼けない人間が高級イタリア料理「カルパッチョソースのデミグラス和え 地中海の新鮮な貝の奏でるムースとともに」(※こんな料理はありません)を作ろうとするように捉えられてしまうのかもしれません。
しかし、僕は発音も大切だと思います。磨けるなら磨いた方がいい。じゃあ、どのくらいまで磨くか。もちろんネイティブレベルとは言いません(発音向上批判がネイティブ信仰批判と結びつけられることも多い)。が、強いて言うなら「自分の発音に自分で酔えるくらいまで」としておきます。英語を話している時の自分がいつもと少し雰囲気違うな、とか仕事できそうだな、くらいに思えるくらいです。語学学習は基本的に孤独な作業であると思います。周囲に誰も人がいない部屋で黙々と音読…そんな状況で心を支えるものが、わずかながらのナルシシズムだと思うのです。ここで注意しておきたいのは、自分の発言を瞬時に考えて話す「スピーキング」と音読教材を見ながら話す「スプリクト読み」の際の発音能力は個人の中でも違いがあるということです(ここでは詳述しません)。
昔NHKで「英語会話」の講師をしていた東後勝明氏はこう言っています。
「発音が大切だ」と言えば、すぐに、「本国人のような発音の必要はない。日本人なのだから日本人の発音で十分」と反論が返ってくる。「単語を覚えたほうがいい」と言えば、「単語だけを覚えても何もならない。その使い方を覚えなければ駄目」と言われてしまう。うっかり「会話ができなければ」などと言おうものならたちどころに「ただペラペラしゃべれるようになるだけではかえって人間が軽薄に見えて困る」と一蹴され、「それより、内容のあるものが読めることだ」とか「話す内容が大切」ということで会話の重要性は影をひそめてしまう。
「文法をしっかりやりなさい」と言えば、「文法に頼る英語力には限界がある」とか「文法を教えすぎるから、英語が使えなくなっている」と、これにもまた反論が出る。それでは「実際にありそうな自然な対話をそのまま暗記してみれば」と言えば、「会話はそんなに準備されたせりふ通りにはいかない。そんなものをいくら暗記しても役には立たない」と誰かが言う。… ( 東後勝明 「聞き、覚え、使う」 現代新書編集部 『外国語をどう学んだか』 講談社 1992)
要するに、唯一絶対の方法なんてありませんよ、ということであり、たとえ少し間違った勉強法をしてしまっても、それほど差はないですよ、ということ。やりかたで戸惑って学習不安なんて愚かだと思いませんか。ネットで情報収集だけに一生懸命になっている方、とりあえずブクマして満足している方。
世界に飛び出ていく為のツールである英語を、日本の企業や学校の基準に合わせてどうするのでしょうか。会社や学校の要求に応えることが重要であることは言うまでもないですが、これから英語を勉強して身に着けるということは必要不可欠であるということ。すなわち、グローバル化によってかつては「あった方が有利」だった英語から「ないとダメ」というように変化してしまったのです。だから、これから英語学習する人――特にビジネス面の方々――は、外国、とくに韓国、中国にライバル意識を持って外国語を学ばなければならないのではないでしょうか。
英語に関することで今問題だな、(というか、もったいないな)と思うのが巷の「英語学習」と、学問としての「英語教育」との乖離です。この春休みに入ったころに、集中して現在刊行中の「英語教育学大系」シリーズ(大修館)を読んだのだが、個人的に得るところが結構あった。そういった学問分野での研究成果をうまく巷の「英語学習」に反映させればいいと思うのだけれど、実際「英語学習」者たちの間でウケてしまうのはTOEIC900点をとった人たちのアドバイス記事。もったいない。
これ500B!超えたらblog再開させようかな…なんてw
訂正
帰国子女の方々は生まれつき後者の姿勢が備わっているきがします→帰国子女の方々は幼いころの海外経験の中でこれを自然に身に着けているように思われます
ヨーロッパ中世とはどんな時代だったのかを、独自性と一般性を交えて、絶妙なバランスでまとめている。
本書の主要な記述の中で、特に気になったところだけ簡単にメモ。
・封建制度が成立するまで
→ローマ帝国崩壊後、ゲルマンによるヨーロッパ治世は次々に短命に終わった。(東ゴート、フランク、西ゴート、ヴァンダル王国)。背景にはゲルマンが信仰するアリウス派とローマ人が信仰するカトリックという宗教面の対立があった。上手く国がまとまらないままに、9世紀頃からノルマン人の侵入が始まる→略奪による領土の荒廃→国防は機能せず、地場の権力者が城壁を作ってごく小さなテリトリーの防衛を行う→そこを中心に農民があつまり、商人があつまり、騎士が集まる。自治の中心が地場の領主にシフト(国王の形骸化)。
→ヨーロッパの騎士はドライな権力関係で主君とつながる。日本の武士は忠義で主君に仕える。従って「二君に仕えず」が絶対だった日本とちがって、ヨーロッパは一人の騎士が複数の主君と契約を交わすのはざらだった。戦争の時でも、ヨーロッパの騎士は「●日間まで出陣する」と契約書に書いていれば、たとえ戦闘は継続していても、途中で帰ってしまった。
→地中海商業は破壊されずに維持された。一方で、話し言葉としてのラテン語は、人々にリテラシーを身につけるボトルネックとなった。
→皇帝の方が一段上。皇帝はキリスト教の神に認められた支配者。
「騎士道」の盛衰
→封建制の発達とともに、先頭の仕事が少なくなった兵士たちの間に生まれた。騎士が時代遅れになるのは、1400年頃の100年戦争期あたりから弓矢や大砲の技術が発達しすぎて、鎧の防御では間に合わなくなったためだ。彼らはぜいたくを美徳とした点において日本の「武士」とは違う。また、騎士は無学だった。文字が読める人間はほとんどいなかった。
「十字軍」の疑問。なんで、400年以上も前から取られてたエルサレムをとつぜん取り返そうとしたのか。
→背景にはヨーロッパ全土へのキリスト今日のて。土着の神々をキリスト教の「聖者」として吸収(例えば、サンタクロース)。
十字軍の帰結。
→封建領主に対する王権の強化。代わりに法王の権力は結局十字軍が失敗したことから凋落。
なぜその後イギリス、フランスがまとまってきたのに、ドイツはまとまらなかったのか。
→ドイツの皇帝は海外侵略に熱心で、内政をおろそかにしていたから(特に地中海遠征。たとえばフリードリヒ一世(1152-90)のシチリア遠征)
1976年刊。米国を代表する歴史学者ウィリアム・マクニールの主著で、その後のグローバルヒストリーの研究にも絶大な影響を与えた。ジャレド・ダイアモンドのベストセラー「銃・病原菌・鉄」のタネ本の1つとしても知られる。
本書で中心となるメッセージは、次の1点に集約される。「疫病の流行が、世界史の重要な決定要因でありつづけてきたのにそれが無視されてきた」ということ。昔の人類がいかに疫病に苦しめられてきたか、また疫病が歴史上の事件にいかなる影響をあたえてきたか、医学の発達した現在においてはそれらを実感することは難しい。史料の乏しさも手伝って伝統的歴史学ではこの重要な要因が無視されてきたことをマクニールは冒頭、痛烈に批判する。数少ない史料を補完するように、彼は一流の歴史家として培った卓抜な想像力を武器に、議論を展開していく。例えばこんな具合に;
・インド地域での諸王国はなぜ、なぜいつも外部から簡単に征服され、その征服王朝も短命だったか。その背景には、高温多湿な気候がはらむ高い厄災リスクが、各王朝の国力(人口)を削いできたからではないか。カースト制度も同様に、病原菌に侵された原住民への隔離意識というものがそもそもの発端にあったのではないか(上巻p160)。
・欧州の文明の中心が地中海世界から北部へと移動していったのは、長い間くりかえされてきたペストの影響が大きい(上巻p209)。西暦634年から、急速に拡大していったイスラム勢力に対して東ローマなど欧州勢が簡単にやられてしまったのも、542年以降に地中海世界に繰り返し起こっていたペストによってかなりの国力をそがれていたのが一因だ。
・その後、欧州でしばらく活動を休止していたペストは、なぜ14世紀になって思い出したように全ヨーロッパで猛威をふるったのか。それは大モンゴル帝国の影響がある。もともとヒマラヤ山脈を本拠地としていたペストは、モンゴルの同地への征服活動の結果中国に広がり、それが交易路に乗って1348年のヨーロッパに到着し大流行した。実際、1331年にペストは中国で流行。ユーラシアの草原部は1346年を軌に人の流れが止まった。その地にいた人が病気ですっかり死んでしまったからだ(下巻4章)。
・16世紀初頭。スペイン人が新大陸アメリカに侵入してきたとき、アメリカ原住民は天然痘などに為す術も無く犯され人口は20―25分の1に激減した。これは無理もない。ユーラシア、ヨーロッパ、アフリカ間の広大な土地がもたらす生物多様性の中で、繰りかえしの厄災をくぐり抜けてタフになったヨーロッパ人に比べると、アメリカ原住民はただの無垢なヒトにすぎなかった(下巻5章)。
そして現在、天然痘、ペスト、コレラなどの医学的対処法が完成し、新大陸アメリカのように無垢な住民が大量に存在する未開拓エリアも存在しない。つまり、私たちは数千年の人類文明史上初めて、疫病による大量死のリスクが消滅した時代に生きている。このことはもっと認識されていい一方、気を抜いてもいけないと著者は警告する。マッドサイエンティストたちが、有毒かつ伝播性の高い病原菌を作りだす危険性もあるし、地球温暖化の進行は我々と病原菌とのバランス(均衡)を崩すかもしれない。また今後起こりうる地球外生命体との接触は、我々人類に全く新しい疫病をもたらすかもしれないのだ(下巻6章)。
強く感じさせられるのは、この難解かつ前人未到だったテーマに果敢に挑んだ著者の気概だ。特に、紀元前のころの疫病の影響については有用なデータがほとんど存在しておらず、事実上推測することしかできていない。普通の研究者ならば、こんな局面に直面したとき「やっぱりこのテーマ止めようか」となる。あるいは周囲からそのように諭される。にもかかわらず、これだけ自信をもって堂々と議論を展開している所に、何だか読んでいて勇気すら与えられる。清々しい本。
ワシントン条約の報道において、日本のメディアは国民に何を隠したか
ttp://katukawa.com/2010/03/ワシントン条約の報道において、日本のメディア.html
情緒的な論調で、消費への危機感を煽る一方で、欧米の世論を保全に向かわせた次の3つの事実を、日本のマスメディアは、国民に知らせなかった。
2.地中海では漁獲枠よりも多い不正漁獲が存在し、ICCATもそれを認めている
タイセイヨウクロマグロの資源状態については、ここにまとめた。資源は危機的に減少しているというのはICCATの研究者の一致した見解である。日本の報道は、インターネットで公開されているICCATの資源評価について一切ふれずに「絶滅危惧ではない」という日本の政府関係者のコメントを垂れ流すのみ。FAOの専門委員会では、日本政府が派遣した一人をのぞいて全員がワシントン条約で規制をするのに十分な証拠があると認めたのである。国民が公平な判断をするためには、こちらの声も紹介すべきである。南アフリカにはButterworthという研究者がいる。IWCでは一貫して、捕鯨の肩を持ち、英米からは「日本より」と批判されることが多かった人物である。彼ですら、マグロの規制には賛成したのである。
スイーツ(笑)な女の子が増えてきたせいか、私もそうだと決めつけられる。
すてきなお店でごちそうになると、決まって、ここのスイーツは有名なんだと連れてきてくれた男の人に言われてしまう。
上司だったり、取引先の人だったり、彼だったり。
お店を選ぶ理由はきまってスイーツ。
有楽町のお店まで来て、私が食べたいものはスイーツだっていうの?
すてきなディナーを楽しむのなら、やっぱりワインぐらい選んでいるお店がいい。
高い必要はないけれど、ちゃんと選んで身の丈にあった、料理に合うワインを出すお店がいい。
席に座ると、メニューが運ばれて来てどこのワインだって書いてある。
「もし、魚料理にするならこちらがいいですね」
うん、それでいい。
前菜だってちょっと気が利いたものが出てくるところがいい。
クスッと笑ってしまうようなかわいい料理だったり、ぽーっとしてしまうようなおしゃれな料理だったり。前菜はディナーコースの一番初めだから、ちょっと気を引く、なんだろうと好奇心を掻き立ててくれるものが出てくると嬉しい。
「これ、なんですか?」
「キノコの一種なんです」
へぇー。
すこしだけ会話がはずむ、ふしぎな料理が出てくると、なにが出てくるんだろうと、会話がはずんでしまう。
パンが出てくると、メインディッシュがはじまる。
ちょっとかわいいパンを選んで、噛んでみる。
胡桃が入ってる。
伝統的なパンなんです、とウェイターがにこやかに笑う。
そんなにうれしそうな顔をされると、こちらまでうれしくなる。
スープにつけてたべる。
いい匂いがすると、シーフード。
ムール貝だ。
「なんか、こういうのが出てくると地中海って感じだよね」
「けっこうスペインってシーフードなんだよ」
「ワインに合うね」
にこってなる。
「最後はパエリアだよ」
「なに?」
「うーん、シーフードの炒めご飯というの?」
そんな料理がでてくるのか。
胡桃のパンを囓る。
メインディッシュは鮭のソテー。
庶民的だけど、空腹は満たされる。
やはり料理人がいいのかな、クリームのソースがおいしくて、ついパンですくってしまう。
夢中になっていて、はしたないかもと、はっとする。
視線を上げるとにこにことされて照れてしまう。
「ここ、イカスミも有名なんだよ。
イカスミだったら、すくっちゃうな」
そうだよね。
そして、真打ち登場、仔羊のスペアリブ。
もう、おぎょうぎなんて気にせずかぶりつく。
おいしい!
こんなお店に連れてくるんだからよっぽど食いしん坊だと思われているはずだ。
だから、もう食いしん坊でなにが悪いって、骨までしゃぶる。
「ガーリックかな?」
それでおいしいのか。
ワインのおかわりがつがれる。
大きなお皿から小皿へよそってたべる。
もう、いっぱいかなあ。
けっこうたべたよ。
ウェイターが、食後のオーダーを聞く。
デザートは何ですか?
大丈夫? たべれる? だって。
大丈夫。
さいごのデザートは女の子にとっては、別腹。
だって、スイーツ、大好きだもん!
こんな、フルコースのあとのデザートはさいこー!
でも、違うの。
このデザートがいいの。
こんなすてきな食事の最後に出てくる、料理にぴったりあった、すてきなデザートが好きなの。一時間も、二時間もすてきな食事をして、その最後に出てくるデザートが好きなの。
なんとなく、気が向いたし、夏休みだし、暇だし、実家の荷物整理してて当時のノートなどが出てきたから、自分の大学受験浪人時代の記憶を増田に投下。
塾や予備校にいった経験がなかったので、同級生の話を聞いて、家から通いやすく、授業料が免除になりやすいという代ゼミ(代々木校)に行くことにした。試験を受けて、結局、75%免除になった。これが結構でかかった。
代ゼミでは、フルタイムで授業を受ける学生を「本科生」と呼ぶ。自分が入ったのは本科のTKコース。東工大向けコースな。
東工大の理由だけど、地球科学やりたかったけど、東大に対する食わず嫌いと、北海道大学と京大は遠いっていう絶妙な混ぜ具合の結果。
基本は平日午前2コマ、午後2コマ。1コマ90分。
水曜の午後だけは1コマだったと思う。
そして土曜午前に2コマ。
本科生は代ゼミが主催する模試のうち、いくつかを無料で受けられる。
ちなみに3学期制だった。
後になってから知ったことだけど、難関校向けコースほど、講義間の教室移動が少なく、科目を担当する教師が人気講師になるという傾向がある。これが、講義の時にいい席が取れるかどうかにつながる。友人から聞いた話では、この椅子取りゲームの不毛さが他の予備校から揶揄されているそうだ。
自分は、普通に朝からずっとど真ん中一番前に座ってたし(9時講義開始で8時過ぎぐらいに来て予習していた)、人気講師の講義を受けたいとか思っていなかったからあんまりそうした問題はなかった。
それでも、東工大コースで行われる人気講師の講義のときは、東工大コースじゃない人にど真ん中一番前を取られたりしてて、なんともいえない気分になったことはある。8時に教室開くのに、8時前から待ってる奴がいるのよ!
4月の最初のうちは、どの講義も教室が満杯だった。クラス担任の職員さんが最初の挨拶で、「まずゴールデンウィーク明け。そして夏休み明け。クラスの人数が減っていきます。悲しいことですがそれが事実です」という内容の話をしていたことを覚えている。(確か、担任から「今、東工大コースは120人」と聞いた気がする)
実際、文系科目を中心にどんどん人が減っていった。自分は何も考えず“コース料理”は全部おいしく頂いたわけだけども、ツウな代ゼミ生は、同じ英語でもコースで用意された英語ではなく、好きな講師の英語を受講しにいくらしい。
なので、まあ夏休みも明けたら、コースの通常講義でも、人数の差が笑えるぐらいになっていた。
それからさすがに東工大コースだけあって、男10対女1ぐらいの比率だった。最終的にはフルタイムで講義を受ける女の子は3人ぐらいになるんだわ、これが。
そういう感じなので、教室の雰囲気は講義次第、講師次第でまったく変わる。
それから男女比的に女は女で固まってた。みんな友達を作りに来てるわけじゃないので、休み時間に世間話するぐらいの関係だったけど、ひょんなことから、女の子の一人と仲良くなったら、他の女の子とも仲良くなった。浪人時代は、ほとんど女の子とばかりしゃべってた。
女の子と親しくなった話。ゴールデンウィーク前ぐらいだったと思う。隣にいた奴が「授業についていけない。おれ、もう、死にたい」とか言い出して泣いてしまったので、「俺もしょっちゅうそう思ってる」「まだ10ヶ月あるから頑張ろう」とか必死になだめてたら、後で、女の子が「大変だったね」と声をかけてきた。
それがきっかけでその子とよく話すようになったら、他の女の子ともよく話すようになった。
その「死にたい」って言ってた奴は2学期からは来なくなったので、まさかと思ったら東工大コースよりひとつ下のコースに変わっていた。やっぱり自分のレベルにあったところにしたいということだった。それもありだと思った。
| 平日 | |
|---|---|
| 7時頃 | 起床 |
| 8時過ぎ | 代ゼミに到着。予習か復習。講師に質問しにいくなど |
| 9時~12時 | 午前の講義 |
| 12時~13時 | お昼。天気がいいと明治神宮で食べてた |
| 13時~16時 | 午後の講義 |
| 17時頃 | 帰宅 |
| 17時半~19時 | スポーツジム。水曜は15時過ぎに帰るのでプール |
| 19時半 | 夕食 |
| 21時~23時 | 予習・復習 |
| 24時 | 就寝 |
| 土曜 | |
|---|---|
| 7時頃 | 起床 |
| 8時過ぎ | 代ゼミに到着。予習か復習 |
| 9時~12時 | 午前の講義 |
| 午後 | デート |
日曜は模試があれば、模試に行って終わったら模範解答で答えあわせと次の日の予習。ある意味、平日に近い。
模試がない日は、午前・午後使って一週間分の復習。デートとか、草野球もあったり、結構遊んでいる感じ。
こう、規則正しい生活を送れたのも母のおかげですね。
教室でも、ぱっと見た感じ何人かは彼氏・彼女持ちだった。お昼休みに携帯で甘い会話してたりとか。自分の付き合ってた彼女は、高校の同級生で向こうは現役で大学入ってて、最初はものすごく負い目というか、いろんなネガティブな感情があったけど、僕も向こうもそれぞれの日常で居場所を見つけて適応していった。向こうも「君がッ 大学受かるまで携帯電話を持たないッ!」って感じで、保守的で義理堅い子でよかった。ちょいオタだけど。このままこの人と続いて結婚しました。これ、ノロケな。
1学期も終わりに近づき、「夏期講習どうするの?」なんて話をしてたけど、普通に代ゼミ経験値の低い僕は「東工大」が冠につく授業を取った。そしたら別次元だった。まわりが……ほとんど……現役生……。現役生ばかりの教室に緊張感はない。真剣に講義を受けてたら、講師から「君は本科生か」と言われて、教室で浮いてしまったこともあった。ちなみに、ツウの代ゼミ生は、夏期講習は人気講師のオリジナル講義を受けるらしい。
夏休みに父に「どうせなら東大ぐらい受けろよ」と煽られて、東大受けてみるかと思って、志望校を東大理Iに変更。年の途中からコースを変えるとなると、結構お金がかかるようだったので、東工大コースのまま、2学期から夕方に行われている東大現代文・古文・数学・英語を増やした。物理と化学がないのはお金の問題と東工大コースの講義で充分だと思ったから。必然的に午後の時間がなくなったから、2学期からはジムには行けなくなった。そしたら入試の頃までに10kgほど太った。浪人で太る人、痩せる人いるけど、僕は激しく太るほうだったね。
で、この夕方の講義にものすごくかわいい女の子がいて、その子のことを東工大コースで絶賛したら「その子は後輩だわ」ってことで、あとで紹介してもらった。でも、馬が合わないオーラが出まくってた。そういうこともあるさ。
他の予備校のことを知らないから、比較してどうとはいえないけど、個性的な人が多かったと、社会人になっていくつかの研修やセミナーを経験した今でもいえる。
印象に残っている人について
小太りのお兄さん。大学の非常勤では食っていけないことを漏らしていた。メルカトル図法の世界地図に気候分布を色分けで塗ったものをノートに書いていて、それをその講師に見られて「地中海性気候のCsのsって何のことですか?」と聞かれたので「sommer trocken(ゾンマトロケン)、夏に乾燥」と返したらびっくりされた。あなたが講義で言ってたことですよ!このときに作ったノートは妹が継承した。
コビルドの英英辞書をもって講義を受けてたら、「君、それ一冊あれば、僕は要らないよ」といわれたので、それ以降、講義では机の上に出すのを控えた。「朝、講義前に来れば英作文の添削をする」と公言してたので、公言した以上添削しろよという感じで毎週添削してもらいにいった。
「僕の講義を録音して、繰り返し聞きながら、マネしなさい。最低50回」・・・マジで利く。これが周りで大ヒット。
「東工大受けるお前らなんか、どうせ、英語捨ててるんだろ?」「サイボーグ雨宮」など、数々のゆるい話題を振りまき、講義の時間を癒しに変えた人。1コマぐらいこういうのがあっても良いと思う。
エロサイボーグ雨宮。本当に息を吐くようにエロトークをかます。気をつけてないと、エロトークだとわからず、「あれ、わかりませんでしたか?お子ちゃまですね」といわれる。「数学的一昨日法」「数学的人生法」は傑作だった。
クラス担任の職員さんから「この人の講義には絶対に遅刻しないこと。居眠りしないこと」と注意されてたけど、最初はヤクザかと思ってびっくりした。実は、小心者のいい人。「意識の低い奴はいらねぇんだよ!」といってチョークを投げたことも。本科の最終講義は、自分の大学生の時の話をするのが恒例らしい。ゲーム屋のバイトの話が面白かった。「第一志望に落ちたら第何志望でもいいから大学にいけ。2年も予備校にくるな。大学にいってから頑張れ」と。
土曜午前にサテライトで中継講義(教室に入りきらないため)。あまりの人気っぷりに、一度、「生亀田見ようぜ」ってことでクラスの友達と一緒に始発に乗って椅子取りに参加したけど、それでも一番前から10列目ぐらいだった。話を聞いたら、一番前の人は前日より前から並んでいるらしい。マジ無理。ノート作成術は役立つ。
津守先生の英語で毎週英作文を添削してもらったと書いたけど、2学期のある日、機嫌の悪かった兄に「お前が受かるってことは、他人が落ちるってことだ。お前なんか受かんないほうがいい」といわれて大喧嘩になって、酷い有様になったけど、もう癖になってたのか泣きながら次の日に添削してもらうために英作文を書いていた。
「東大」を冠する講習と、馬場先生の英語のオリジナル講義を取る。さすがに冬期講習ぐらいになると、現役生も本気なので緊張感が違う。逆に本科生は元気がなくなる時期。自分もつらかったので、クラスの友達と一緒に馬場先生の講義をとって心の栄養に変える。4月からずっと大学受験中心の生活だったから倦みと緩みが出てくる。これは油断とかじゃなくて、体の底から湧いてくる倦みと緩み。泥の中にいるような感じになる。成長を実感できなくなる。現役生のパワーに負けるようになる。こればっかりはどうしようもない。乗り切れるかどうかって話。
3学期になると、本科の講義はほとんどないのと同じになる。夏休み明けより暗い顔が多かったのは、仕方のないことだろう。最終講義では「頑張ってね」みたいな話で送り出される。講師が大学生だったときの話、自分が夢をつかめなかったことなど。クラス担任は大学の数学の教科書を見せてくれた。
自分は東大じゃなかったら東京理科大という方針でいた。東京理科大のセンター利用なら確実に受かるので、これを滑り止めにして、国立の本番前に調整として早稲田の教育・理科を受ける。なんで早稲田の理工にしなかったかというと、東大に落ちた場合に早稲田に行こうとは思わなかったし、教育のほうが試験が簡単だったから。親からは「早慶の両方受けなくていいのか」とか、「早稲田にも入学金を納めなくていいのか」とか再三聞かれたけど、方針は譲らなかった。模試は最高でC判定(合格率40%ぐらい)だったけど、この頃には、だいぶ吹っ切れてて、つみあがったノートを復習する日々。ダメだったら、ダメでいいじゃんと、普通に思っていた。
話には聞いていたけど、浪人生がその自慢のノートを広げている姿を見ると、現役生は顔の色を変える。本当にそうだったから、笑った。だって、ノートが全然違うもの。10ヶ月間必死にまとめてきたんだもの。模試の結果からセンターの得点率は9割はいけるなと思ってたら、ピッタリ9割だった。僕のころは東大を受ける場合は800点満点で、8割ぐらいが足切りラインといわれていた。
総合723点で、国語が147点だったのがギャグだったけど、他で落とさなかったから良かった。好きだったから無駄に一生懸命勉強した地理は85点。現役時代と変わらない得点。試験なんてそういうもんだ。
次の日、自己採点で集まった東工大コースの面々。みんな一様に暗い。一番よく話してた子は数学で大失敗をしたといって、無表情になっていた。そういうことはある。
あるときの東工大模試で化学だけが異様に簡単だなと思って、次の日クラスで話したら「めちゃくちゃ難しかったよ!」とか言われたことがある。結果が返ってきたら化学が全国3位。たまたま自分のホームランゾーンの試験だったってこと。だから逆だってもちろんある。試験が空振りゾーンにくるときが。
東大の入試っていうのは、今もそうか知らないけど、あいうえお順に受験番号が決まる。だから、前年見た顔をまた見ることがあるという。同じ教室に高校時代の友人が二人いてびっくりした。「そういえば名字似てるしね」とかいって笑って挨拶した。
2日間かけた試験だったけど、得点率でいうと、英語が満点、国語が8割、物理と化学が6割、数学が3割という感触だった。数学が空振り。当落線上ギリギリだなって思いながら気分は後期試験に。
でも、後期試験対策の手が付かない。僕は既に燃え尽きて灰になっていた。
アメフト部のウォリアーズが胴上げすることで有名な東大の合格発表。普通に見に行って、普通に合格を確認して、普通に生協の合格者用の袋をもらってその場を去った。途中後輩に会って「落ちました」と聞いた。僕の態度から後輩も僕が落ちたと思ったらしい。そのくらい僕は醒めていたし、合格者用の袋はもらってすぐにかばんにしまっていた。
兄に言われたことだが、自分が受かったことで誰かが落ちたのはまぎれもない事実だ。
「そういう態度は逆にいやらしいですよ」と後輩に言われた気がする。
そこは、どうなんだろう?僕は「勝ってガッツポーツをしない」という武道の古臭い考えは好きだ。
ただ、この場合、僕は武道的な考えから喜ばなかったというより、喜ぶ元気もないぐらい疲れていたんだと今は思う。
という感じ。
現役の人は、これから頑張れ。
(ブックマーク数がとんでもないことになったため、元増田はうかれている。なので匿名ダイアリーなのに、ペンネームまで書いてしまった。タイトルに大きく、須江岳史、と。しかし、プロの小説家でもない一人のプータロウが書いた文章がこんなにもてはやされることを、すこし疑問にも思っている。ちょっと足を伸ばして図書館に行けば、小説の書き方についての本はいくらでも手に入るはずだ。何かを学び取る目的ではなく、長すぎるからブックマークしておいた、というのなら、納得する。というかこの論は物語と小説をニアリーイコール扱いしていて、小説論としてはちょっと古いというか、語りという小説の大問題がスルーされていて厳しい。という指摘も当然のことで、普段、一人称の小説ばかり書いている自分には、人称とか視点とかいった物語を語る上での問題について取り組む実力は無い。「小説は自己表現なんだから、各々が語りたいように語ればよいと思う」のような言葉で、逃げることしか出来ない。僕の小説の実力がどの程度かは、http://texpo.jp/texpo/disp/16732を読めばわかると思います)
Ⅰ、小説概論
まず話の筋の作り方を考え、次にそれをどのように小説として表現するかを見、最後に小説を書く上での国語的諸注意事項を述べる。
そもそも小説がどのような構成要素から成り立っているかを考える。
まず、小説だけではなく物語一般の話の筋がどのように出来ているかを考える。
多くの物語は、欠損-充足の形を持つ。多くの物語は主人公に何かが足りない状態から始まり、それが満ち足りた状態で終わる場合が多いということである。
また、満ち足りた状態にたどり着くためには満ち足りた状態になるための行動が必要になる。そして行動をとるためにはその機会が与えられないとならない。
ここまでをまとめると、物語の筋は
欠損 – 機会 - 行動 - 充足
となる。
具体例としては、
少女は城で行われる舞踏会に行き、王子に会いたかった(欠損)。そして王子に会うことが出来た(充足)。
ただ、物語の面白みのためには、充足が起こらないほうが良いかもしれない。行動の結果が、充足の起こらない失敗に終わり、それが新たな欠損となり次の話の筋を紡ぎだすこともありうる。
よって、物語を構成する基本的な四つの要素は
欠損 - 機会 - 行動 - 結果(充足または失敗)
であるとする。この一連の流れが組み合わさることによって、物語は出来上がる。
具体例としては、
少女は城で行われる舞踏会に行き、王子に会いたかった(欠損)。そして王子に会うことが出来たが、十二時の鐘がなったので帰宅しなければならない(失敗に終わった結果、新たな欠損)。
少女は名乗り出て靴をはく(行動)。
後味の良し悪しの面から見て、最終的には充足で終わった方が良いように思われる。
また、欠損があって、それを解決する機会を与えられれば物語が始まることがわかる。
また、欠損を細分化したうえで見つかる欠損というのも考えられる。
たとえば、
鬼を退治するためにはお供を仲間にしなければならない。お供を仲間にするためには黍団子を持っていなければならない。
黍団子を持つためにはおばあさんから黍団子をもらわなければならない。
おばあさんから黍団子をもらうためには黍団子の材料を買ってこなければならない。
というように。
このようにすれば物語はいくらでも引き伸ばすことが出来る。書くべき物語の分量によって、どの程度まで細分化できる欠損なのかを慎重に選ばなければならない。
一つの物語で充足される欠損は一つとは限らないし、主人公たちの欠損が充足されるとも限らない。『ロミオとジュリエット』では、主人公たちの恋愛は成就しないが、キャピュレット家とモンタギュー家の関係が、対立から和解へと移り変わる。
物語は、話の筋それ自体で面白いことが最善であるけれども、それが出来ない場合には伏線によって面白さを増幅させるしかない。
ここでは、仮に伏線には四種類あるとする。
ⅰ)質問―答えⅱ)ある現象/行為への意味の付加―行為/現象の再現
ⅲ)行為・現象―行為・現象のリフレイン
ⅳ)思い込み―認知
それぞれ、順を追って説明する。
物語冒頭に置かれた質問に、ラストシーンで答えることで感動を増す。
具体例:どうしてキノはこの汚い世界を旅しているの?(冒頭の質問)
ある現象・行為にはある意味が隠されている、と登場人物が語り、その現象・行為が実際に現れる。
『アヒルと鴨のコインロッカー』だと、
『「(とにかく面倒だから、神様を閉じ込めて、全部なかったことにしてもらえばいいって。そうすれば、ばれない)」』(70ページ)という免罪の方法を提案して、実際に物語の最後付近でそれを行っている。
物語の中で起こった行為・現象が物語の終盤で再現されることにより、面白みが増す。
『アヒルと鴨のコインロッカー』だと、
『聞いてるわたしにも、どうやらこの姉弟がレッサーパンダを盗む気らしい、ということはわかった。』(216ページ)『動物園を振り返って、「さっきの子供たち、うまくやり遂げるかな?」と。』(222ページ)
というようなレッサーパンダを盗むという行為があった上で、
『「あれ、レッサーパンダだ」』
『「盗んだんだよ、あの子供たちは」』(339ページ)
間違った方法を目的を得るための方法だと思い込み、それが間違いであったことに気づく。多くの場合、気づくまでに行ってきた行為が主人公に、行為の目的とは反対の結果を持って跳ね返ってくる。
物語の筋が悲劇的に終わっても、ⅰ、ⅱ、ⅲの伏線が幸福を含意していると悲劇性を和らげることが出来る。
目的達成を阻むものが、あるものだと仮定して行動していたが、その仮定が正しくなかったことに気づくタイプの伏線。多くの場合、気づく前の行動が気づいた後に本来の意味とは反対の意味を持って主人公に跳ね返ってくる。
認知は、約束―報いの伏線によって引き起こすのが最も容易である。
主人公の目的を阻むものは四種類ある。カッコの中の左側は存在場所、右側は存在原因を意味する。
(自己,自己)例:主人公の性格の欠陥(他者,自己)例:主人公に対して恨みを持っている敵
(他者,他者)例:絶対悪
敵の仮定が4パターン、真実の敵が4パターンあるので、認知型の伏線には全てで16パターンあることになる。
これは、『あらすじ.com』の三匹のモンスターの概念を内包している。
(自己,自己)狼男(自己,他者)対応しない
(他者,自己)フランケンシュタイン
(他者,他者)ドラキュラ
物語には六種類の登場人物がある。
主体:物語の主人公。欠損を解決する。送り手:主人公に、欠損を解決する動機を与える者。
援助者:主人公に、欠損を解決する能力を与える者。
受け手:欠損の解決の享受者。
敵対者:主人公の欠損解決行動を阻む者。
それぞれ、同一人物が複数の行為項を演じても良いし、ひとつの行為項に複数人が入っても良い。たとえば、送り手と援助者が同一人物であることは大いにありうる。また、それぞれが必ずしも人間である必要もない。
欠損ごとに行為項モデルは立てられるので、ある場面では敵対者であった存在がある場面では援助者になることもありうる。
物語に出てくる全ての欠損について、行為項モデルの六つの登場人物を生めることが出来れば、それ以上の登場人物は物語に必要ではない。
物語の冒頭やクライマックスを盛り上げるためにシチュエーションは使われる。
面白いシチュエーションとは、即ちギャップである。
それは場所と行動のギャップであるかもしれないし、それまである登場人物のそれまでの行動とはかけ離れた行動かもしれない。いずれにしろ、「~であるにもかかわらず」という言葉で表される。
たとえば、「日ごろ温和な性格であるにもかかわらず、暴れ狂う」とか「静粛でいなければならない図書館であるにもかかわらず、暴れ狂う」とか、「たかが100円のアンパンを食べてしまっただけのことであるにもかかわらず、暴れ狂う」とか。
物語を組む順番として、『欠損-伏線とシチュエーション-細分化されていない欠損の話の筋-細分化されていない欠損の行為項モデル-細分化された欠損の話の筋-細分化された欠損の行為項モデル』といった順番で組んでいくのがスマートに行く。なぜならば、欠損がなければ物語は動き出さないし、伏線とシチュエーションは話の筋や行為項モデルあとから考えるとそれらに縛られて上手くいかないからである。
①、主人公が向かう目的を定める。②、主人公が見舞われる危機を定める。または、どのようなギャップがある状況に立たされるかを決める。
③、危機・ギャップが何故起こるのかを決める。(伏線の回収の仕方を決める)
④、危機がどのように回避されるのかを決める。(伏線の回収の仕方を決める)
⑥、必要ならば、下位物語にも①~⑤を施す。
⑦、物語(下位物語も含む)の適所に、ギャップによる面白みを与える。
⑧、整合性を与える。
また、どのような魅力的な登場人物・伏線・シチュエーションでも物語の自然な流れを妨げるなら切り捨てるべきである。
場面では、人物、場所、時間が描かれる。人物、場所、時間のうちのいずれかが変わったとき、場面が転換されたという。また、場面は一人称であれ三人称であれ場面に登場する一人の人物の視点を通して描かれることが多い。
場面の特徴として、行為・現象の一回性が挙げられる。場面は、一度しか起こらない行為・現象を場面に登場する人物の感覚を通じて読者に体験させる。
場面の始まり方として、人物・場所・時間を指し示して始まる場合、登場人物の行動から始まる場合とがある(台詞から始まる場合は、登場人物の行動から始まる場合の特殊例とみなす)が、そのいずれにせよイメージすることが出来るか否かが読解の容易さを決めるので、場面の開始からまもなく人物・場所・時間を明らかにしなければならない。
小説を読む上では情景をイメージしやすいほうが読解が容易であるといわれているので、色彩や位置関係を表す語を使って場所や時間を説明するべきである。
場所・時間の説明は描写法的だといえるが、その場所・時間におかれたものを登場人物の行動の目的語にすると、スムーズに場面を始められる。
何かが起こるたびに、その場面に登場している人物全員の反応を描くべきである。また、その感情は、どのような身体的動作を持って表情として表されたかを描くべきである。なぜならばイメージしやすいほうが読解が容易であるからである。
要約法は、登場人物が何度も行った行動や何度も起こった現象を記述する。場面法とは違い、複数の時間や場所をまたがる事が出来る。そのため、時間や場所の離れた場面と場面をつなぐのに要約法は用いられる。
要約法は場面と場面とをつなぐためにしか存在しない。
場面法が動画だとすれば、描写法は静止画である。
描写法は、場面が行われている空間にあるものを描写する。場面が行われているなか描写がはさまれると、場面の時間を止めることが出来る。
台詞は音楽で言えばフォルテ、地の文は音楽で言えばピアノのような効果を持つ。多くの場合、台詞はカッコにくくられる為に強調されるが、台詞続きの中で地の文が出てくると大きな強調効果を持つことがある。たとえば強調すべき台詞をあえてカッコでくくらずに地の文で処理することで大きな強調効果を与えることができる。
台詞と台詞の間の間をつなぐために、地の文をおきたくなることがしばしばある。こういったときのために、場面の情景を刻々と変化させるとか場面の登場人物に場面開始と同時に何か動作をさせる方法がある。
書き手の中で起こった感動が読み手の中でも起こるためには、文が書き手の意図するとおりに伝わらなければならない。誤読を少なくする方法をここでは述べる。誤読を避けるために、修飾語と被修飾語、主語と述語は可能な限り近づける必要がある。
「私は走る車に飛び乗る」のような文は、読者が「私は走る」と理解した後で、走っているものは車だと改めて理解する。このような事をなくするために、「走る車に私は飛び乗る」のように主語と述語を近づける必要がある。
主語と述語の対が二個以上あり、どちらかがどちらかの文の成分になっているような文を複文という。
「私はリンゴを片手で握りつぶす彼はとても握力が強いと思う」というような文は読解が難解である。これも、主語と述語を出来る限り近づけ、「リンゴを片手で握りつぶす彼はとても握力が強いと私は思う」とすると読解が容易になる。また、複文を単文(主語と述語の対が一つである文)に分解し、「彼はリンゴを片手で握りつぶす。彼は握力がとても強いと私は思う」というようにすると、誤読は少なくなる。
日本語は上から下に修飾が行われるため、様々な不都合な事が起こる。
「美しい獣と女」は、美しいのが獣だけなのか、獣と女の両方が美しいのかが判然としてない。美しいのが獣だけである場合は、「女と美しい獣」のように順序を入れ替えるか、「賢い女と美しい獣」のように両方に修飾語を与えてしまう方法がある。
「地中海で育った少年からもらったトマト」は、トマトが地中海で育ったのか少年が地中海で育ったのかはっきりしない。トマトが地中海で育ったのであれば、「地中海で育った、少年からもらったトマト」のように読点を打つか、「少年からもらった地中海で育ったトマト」のように順序を入れ替えればよい。ただし後者の場合、地中海を少年からもらったように誤読される可能性が無くもない。
ガーデンパス文や修飾の範囲の判然とない文を作らないために、長い修飾を伴う語を文の始めに持っていく方法がある。
「僕は地中海で育った、青白い肌をした細身の少年から貰ったトマトを食べた」よりは「青白い肌をした細身の少年から貰った、地中海で育ったトマトを僕は食べた」の方が誤読が少ないとされる。
一文の中に含まれる用言(形容詞、形容動詞、動詞)と難読語の量、読者の視線の移動距離に依存して、文章の体感時間は定まるとされている。
たとえば①、「彼が作った美しいサッカーボールを僕は強い力で蹴飛ばす」よりは②、「彼が作った美しいサッカーボール。それを僕は強い力で蹴飛ばす」の法が一文に含まれる用言が少ないために体感速度が短いとされる。③、「ええい、お前は畢竟、俺が死ぬのが怖いだけだ」の『畢竟』が難読語だと見なす人にとっては④、「ええい、お前は結局、俺が死ぬのが怖いだけだ」の方が体感速度は短いかもしれない。また、⑤、「やわらかいネコ」よりは⑥、「柔かい猫」の方が、視線の移動距離が少ないために体感時間が短いとされる。
小説の場合、論説文とは違い改行は自由に行える。
行を改めたときは一段下げる。
「しかしカギカッコで新たな行が始まるときはその限りではないというのが最近の主流である。また、主流では閉じカッコの前では句点は打たない」
――また、三点リーダー(…)とダッシュ(―)は二つで一つの扱いをする……。
大規模にアフリカの農地を借り上げ、植民地として食糧増産計画を実現する野心。
マダガスカル政府は130万ヘクタールの農地を無償で99年間、韓国の大宇財閥に貸し付け、そこを農場に転用させて大増産を行えば外貨が入り込み、現地の雇用も増え、農業技術も進展し、食糧が豊富になるという夢のプロジェクトに乗った。これを持ちかけたのは韓国だった。
「それは新植民地ではないか」とマダガスカル政府への反対運動が拡がり、クーデタが発生して政権が転覆、韓国の野望は潰えた。
http://www.anzen.mofa.go.jp/info/spot_top5.asp?id=119&num=3
英誌『エコノミスト』(09年5月23日号)に拠れば、狙われた農地で失敗した例は他にも中国が狙ったフィリピンとモザンビークの例がある。
フィリピンで借り受ける予定だった農地は180万ヘクタールの土地だった。
失敗例はほかにもサウジアラビアがインドネシアと交渉し、50万ヘクタールの土地を借りうけ農地にする予定だった。
しかし当該国家では、「新植民地主義」などという批判はすくなく、地主らが積極的に外国企業に農地を貸している国が多い。
筆頭はロシア、ウクライナ。とくにウクライナは40万ヘクタールの農地使用権をモルガン・スタンレイに売った。
「キング・アブドラ・イニシャティブ」という農業プロジェクトはマレーシアに米農家をつくり、すでに国王は「マレーシア産、サウジ胴元の米」を食した。
食糧不足により世界的に農地借り受けプロジェクトは拡大しているが、ダントツなのが中国である。すでに米国に広大な養豚場を立ち上げ、この用地はゴールドマンサックスを通じて、中国はなんと5億ドルを投下している。
全世界で中国が獲得した農地は明らかになっているだけでも数百万ヘクタールにおよぶ。これを追っているのが韓国、UAE、サウジ、カタールなど。
▲基本的な食糧には目もくれず、バイオ燃料を狙うヘッジ・ファンドが露骨に介入
とくに中国が投資したなかでコンゴの280万ヘクタールが飛び抜けて目立つ。史上空前の規模である。ここではヤシ油が生産される。
アフリカが如何に貧困と雖も、ひとつの国が外国にこれほど大規模な土地を提供するのは中国向けが最大である。
ザンビアでも200万ヘクタールの農地使用が交渉中、すでに現地の養鶏の四分の一は中国資本と言われる。
しかしながらザンビアでは中国の遣り方に不満をもつ民衆が立ち上がり反中国暴動が発生している。あまりに露骨な農業の搾取であり、政権への賄賂は腐敗の象徴ではないか、という批判が巻き起こっている。
このような新植民地主義的な海外農地への進出は、表面的に見れば「食糧不足の解消」である。
だが、ベンチャー・キャピタルや新興ヘッジ・ファンドが混在し、面妖な農業ビジネスがまかり通っている。
旧来の小麦、芋、バナナなどに目もくれず、かれらはトウモロコシなどエタノール燃料(とうもろこし)の増産を狙う気配が濃厚であり、なにしろ値上がりの見込める品種しか興味がない。
過去一年、大豆は78%値上がりした。米は130%。一方で世界各地では食糧のストックがそこを尽きつつある。
タイミング良く格好の解説書がでた。
国際情報通の浜田和幸氏が書いた『食糧争奪戦争』(学研新書)である。浜田氏は、この本のなかで、異様な食糧ブームの背景を次のように描く。
「今世界はかつてない食糧生産における危機に直面している」が、「食糧生産国の間では農作物の輸出制限が強まってきた。食糧の値段は高騰を続け、貧しい途上国に於いては食糧を確保することが日々困難となりつつある。100万人単位で餓死者がでるという悪夢のような状況が現実のものとなり始めている」
と警告する。
国連FAOも「十億人を超える人々が満足な食事をとれていない事態が続けば、途上国を中心に政治的に不安定な状況が生まれ、治安の悪化やテロの引き金になる可能性が大いに懸念される」
と事務総長が警告を発した。
第一は食糧不足で、むしろ太っているアメリカのアグリ・ビジネス。とくにカーギルやモンサント、これに乗じて食種の種子の特許を独占しようとするビル・ゲーツやらヘッジ・ファンドの魑魅魍魎的な動き、他方で家庭菜園をつくって防御に走るアメリカ国民だが、その家庭菜園の率先役がオバマ夫人だという矛盾。
第二に「自然災害を装ったテロの可能性が否定できない」という指摘である。
つまり「ヨーロッパや地中海地方を襲う異常な熱波や寒波、またアフリカを襲う大規模な干魃、そしてスカンジナビア半島を飲み込む氷河期の到来」が危険視されるものの、じつは「人工的に(干魃が)生み出されているという説」が流れており、「背後には一部の政府機関や民間企業がかかわっている」という空恐ろしい現実が指摘されている。
いったい、そうなると先進国で最悪の食糧自給率を誇る日本はどうするのか?
第一は「耕地面積の減少」であり、工業化による減反、中国の農業地帯では農地をごっそりと工業団地にしたが、「乱立してきた工業開発区の規制に」、中国政府は重い腰をあげて、ようやく「04年末には5000ヶ所あまりの開発区が撤廃された」ものの減反に劇的な歯止めがかからず、そこで中国は「海外に農場を確保する動きを加速させる」。
都市に就労する農民の群れに関しては説明が不要だろう。
ADON-K@戯れ言: 【韓国】 最新鋭潜水艦「孫元一艦」に重大欠陥
http://adon-k.seesaa.net/article/89718281.html
ここで言う騒音ってスクリューのキャビテーションなのか、軸そのものの振動音なのか・・・何れにしても、「ものづくり」の弱さが出てますな。
因みに、日本の船が使う最近のソナーは非常に性能が良く、日本海を航行中に中韓の奴が写ったりします。騒音以前の問題かと・・・(笑)。
ADON-K@戯れ言: 【アサヒ】鯨は日本の伝統食?【コラム】
http://adon-k.seesaa.net/article/92282651.html
欧米の「鯨保護」がどれだけ海洋生物の食物連鎖をおかしくしているか・・・。今はミンク等の小型・雑食鯨類の間引きをして、ナガスなどの大型・ヒゲ鯨類の数を増やさないと、食物連鎖のピラミッドが崩れてしまいます。要は、図体の馬鹿でかいイルカをいくら増やしても、人間の食物需要と競合するだけで、意味が無いって事。
実際、米国さんの食料官庁あたりでは、鯨の間引きやタンパク資源としての活用を考えていますからねぇ。でも、一番頭にくるのが特亜の国々で、ナガスはとるは、日本船の偽装はするは・・・シー・シェパードよりそっちを沈めて欲しいです。
ADON-K@戯れ言: 【日韓】 韓国の裁判所「日帝強制徴用の管轄裁判権は韓国にある」~日本企業への個人の賠償請求権は有効
http://adon-k.seesaa.net/article/92283496.html
最近、日本の公共・安全保障部門の関連企業に、大陸側からの個人賠償要求が異様に多いですよ・・・まだ開示しちゃいないけど。今回の記事、この流れをさらに加速することになりそうですね。
辟易した企業の中には、「国際親善・国際貢献」って名目で技術や資金を「寄付」しちゃう所も出てくる可能性大です。特に天下りの多い企業が。だからって、今中国に喰われそうな某電力会社(笑)を批判しているわけではありませんが。
ただ、この動き、私は国家レベルでの煽動ではないかと疑っております。わが国の知財・資金・資源を簒奪するための・・・。何れにしても、これからは大陸側が民事請求してくる企業について注意深く見守る必要がありそうです。おそらく、ニュースにもならない「ハイテク中小企業」辺りが狙われる可能性大かと。
「お前の祖父が特亜人に違法行為を働いたのだから、子孫のお前が償え!」
・・・私もこんな事言われたこともあったっけ。
ADON-K@戯れ言: 【中国】「北京五輪ボイコットを口にするような政治家は尊敬できない」…IOC調整委員長
http://adon-k.seesaa.net/article/92380564.html
うちの親父が国際金融やっとたので、話をしたらこんな事を言っておりました。
オリンピック開催国ってのは「国際資本が必ず儲けられる地域」というトリプルAの投資価値を持つブランドだそうで、端から「市民の熱意」なんぞ関係無いとの事。いや~、未も蓋も無い。
で、開催国には世界中からジャブジャブ投融資が行われて、その一部がIOCにキックバックされ、世界の誰もそれを否定しない・・・。IOCを超優良の投資アドバイザーに作り変えたサマランチは天才だと言っておりました。
そうやって考えると、彼らIOCが一番恐れることってのは、大会が傷ものになって中国の投資価値が下がる事ですな。何せ、銀行や投資家は「開催国」というブランドを信じて莫大な金額を中国に投融資してますから、これがコケるとIOCの「信用」はガタ落ち(≒命取り)です。
中国がこの調子だと、下手すりゃ投融資が焦げ付く可能性すらあるので、IOCの理事あたりは青い顔をしている事でしょう。
もっとも、IOCに煽られて馬鹿みたいに間接投資をした日本の銀行の方が、もっと顔が青いかも。下手すると、サブプライムよりやばいかも知れません。その辺に日本政府の歯切れの悪いコメントの原因があるのかもしれませんね。
ADON-K@戯れ言: 【日韓】 独島本部「漁船拉致や漁具放置非難は、日本の韓国人蔑視が原因」
http://adon-k.seesaa.net/article/97306028.html
日本の漁船拿捕がない理由は簡単で、一つ目はルールを守る。二つ目は沿岸高付加価値漁業・増養殖漁業への転換が進んで、それなりに飯が食える。そしてトドメは漁業補償と漁業許可を組み合わせた社会システムで、特亜諸国からの拿捕リスクを減らしている事でしょう。因みに、小生の個人的な経験を5つご紹介します。
1.かの国による日本海のゴミ投棄は日常茶飯事かつ、「家庭排水」等という生やさしい物ではない。かの国はその実態調査を頑なに拒み、我が国EZZでの調査にも執拗に妨害を行うことから、ABC廃棄物の投棄の可能性も否定できない。
2.我が国が日本海海底の資源調査や海底測量をすると、半島漁船(あるいはその振りをした特殊船)が間違いなく妨害にやってくる・・・。連中が投棄した漁網・漁具で何度冷や汗をかいたことか。
3.操業中の日本漁船を追い出すため、しばしば半島漁船は漁労具(しかも違法の流し網を!)を流して追い出そうとする。当然、流した違法漁具は「日本の違法操業の証拠」と言い立てる材料にしている。
4.かの国では日本漁船への偽装が「当たり前」である。偽装船は鯨の密漁(あるいは過激環境団体への挑発)を始め、ロシア沿岸警備隊などによる日本漁船の誤認拿捕を誘引している。まぁ、ロシアの場合、日本の方が金持ちなのを知っていて「わざと拿捕する」から余計に質が悪い。因みに、偽装パターンは北も南も対して差はない。・・・というか、漁船を新造すると「おまけ」で日本の国旗が付いてるのは何故?
5.かの国の漁船に搭載されたGPSは記録を短時間で改竄可能なものが多く、操業記録としての信頼性は無いに等しい。始めから日本で密漁することを前提に作られたとしか思えない漁労装置を見ると目眩がする。現地船舶に乗船して確認済み。
かの国が「海賊行為」を言い立てるなど、片腹痛い・・・。以上、駄文失礼しました。
ADON-K@戯れ言: 【中国大地震】被災からわずか1週間、倒壊した小学校をスピード再建・・今度は耐震・防火性能もバッチリ
http://adon-k.seesaa.net/article/97412205.html
罹災した方々に心より哀悼の意を表します。早く平穏な生活に戻れる事を願っております。
ところで、フジサンケイのビジネスアイで、四川大地震からレアメタル供給に不安が出ているという記事が出ていました。世界のレアアースメタルは生産量の90%を今回の地震の発生地域に依存しています。今回の地震ではこれらの生産インフラも壊滅的な打撃を被っていると考えられ、資源屋の間では、中国は資源価格暴騰の引き金を引きたくない為に海外の救助隊を国内に入れないのだ、と噂されています。まぁ、本当のところは不明ですが。
何れにせよ、銅や鉄といったコモンメタルと異なり、「市場」という物が存在しないレアメタ・レアアースはこれからタイムラグを置いて世界的な価格暴騰になると予想されており、世界的な「メタルショック」が来る可能性が否定できなくなりました。ガチにリチウムボタン電池が一個千円という時代も覚悟する必要が有りそうです。
最近、国でも慌てて資源調査技術の研究開発に予算をそそぎ込もうとしているようですが、マジに「ものづくり国家」を維持して行きたいのか、本気で不安です。日本の場合、JOGMECの民間向け備蓄じゃ明らかに不足(たしか18日分?)です。
本気でやるなら、1.日本海のコバルト・クラストや熱水鉱床のブラックスモークの探査と回収、2.国内の石炭炭坑と銅鉱の再開(残渣物にレアメタ・レアアースが非常に多い)、3.都市鉱山の本格的な利用、ここら辺をしっかり技術開発しないと・・・。
駄文失礼。
ADON-K@戯れ言: 【電凸】独島本部「漁船拉致や漁具放置非難は、日本の韓国人蔑視が原因」について電凸シマした
http://adon-k.seesaa.net/article/97413934.html
電凸お疲れさまです。ある意味予想された回答ではありますが、海保の現場の方々も大変なご苦労をされているようですね。心から敬意を表します。
ところで、知り合いにサンマ資源の調査員がいるんですが、最近は日本海の調査は怖いと愚痴をこぼしてます。日本EZZの内側にいても、隣国の武装巡視艇が接舷を試みたり、調査データの開示を要求することが有るそうで・・・。理由は色々らしいですが、「テロへの対応」何て~事を言った事もあるそうな。
前々からその手の無法は聞いていますが、どうやら日本人による資源開発は「テロ行為」らしいです。昔の国際会議で投げつけられた言葉をまざまざと思い出します。今後はこの手の嫌がらせがもっと酷くなるんでしょうね。
「今や、大学・公設試が海洋資源の探査技術を開発することは不可能に近い。下手に動けば国際協力を理由に外国人研究者の受け入れを強要されるし、下手に成果が出ると開発行為≒悪意ある知材侵害という理屈で訴訟に巻き込まれる。」
「日本は自国EZZの海洋資源ですら大陸側諸国に開発権益を奪われかねない状況だ。」
大学という別天地にいる方々ですら、このように感じてるんですねぇ。
駄文失礼。
ガス田掘りです。日帰り出張疲れるー。
>夜行灯様
えっと・・・もしかして思いっきり同業者の方でしょうか? 何処かでお会いしていたりして。取り敢えず「あの方」ではないとだけ言っておきます(笑)。
あと「資源」についてですが、彼女は彼女のスタイルで宜しいかと。今は調査データが必要ですし、何より使い切れる人材が不足してますから。
国内では、水産調査にはそこそこエンジニア・研究者もいるようですが、海底資源の調査人材となると致命的に不足しています。海洋計測機器に至っては、若手・中堅世代の開発者がそっくり欠乏しており、主力が60歳~70歳代だったりします。
その理由は、日米貿易摩擦が深刻化した1970年代から、政府・関係機関が海洋調査機器の調達を海外から行ったため、国内の産業・エンジニア・研究者の何れもが育たなかった為だそうです。某国営放送の「Xなんちゃら」で小笠原沖に落ちたH2ロケットの探査プロジェクトが紹介されていましたが、ソナー開発者の方々の年齢を知った時は絶句でした・・・。
正直、私も是非とも日本純血の調査船舶が実現される事を心から希望していますが、如何せん、作る人間も使う人間も「不足しすぎ」と考えています。ROVにしろ、海洋計測機器にしろ、最近漸く面白い技術や特許を生み出す人材が出ているようですが、「調査船」と言う形に集約されるまでには、まだ時間がかかるでしょう。私もまだまだ若造、もっと精進しないと・・・。
駄文失礼
ADON-K@戯れ言: 【韓国】日本が34年かかったズワイガニ養殖、韓国は3年で成果
http://adon-k.seesaa.net/article/98227732.html
この問題、いつものパクリと笑い話に出来るほど軽い話ではないと考えます。下手すると、日本海における食糧生産活動のとんでもない障害になる可能性があるのでは?
もっと言うと、日本で放流されたり増養殖された生物が韓国に流入して韓国由来の生物種に影響を及ぼすとか言って、わが国の正当な海面利用・海底利用を妨げる事に躍起になってくる事を危惧しております。「魚の放流を認めてやるから自由に取らせろ、ついでに金も出せ」とか言ってきそうな予感。
残念ながら、過去にはサケマス増養殖で似たような事例(技術移転の強要)がありましたし、今もスケトウダラ資源でそこら辺は揉めています。これに緑豆あたりがくっつけば、我が国ははじめからギブアップ。こんな時期に、福田さんも「日本海を地中海に見立てる」なんて、3年前にやったあの修羅場を自ら再現させる気なのか・・・。
乱文失礼
ADON-K@戯れ言: 【日韓】日本外務省ホームページ、韓国を否定的に紹介 衛生状態が悪い、交通マナーも悪い・・・
http://adon-k.seesaa.net/article/99233977.html
うむ、私の体験では全て事実です。外務省もさすがに言うべき事を言うようになったかと・・・。
最近、外務省や国交省の中韓朝に対する雰囲気が変わってきた様に感じます。ごく一部なのでしょうが、ようやく、言うべき事を言い、やるべき事をやり始めたような。
つい最近も、とある国連会議で中韓朝が「沖縄は日本の不法支配地域だから大陸の意向に沿った政権で独立させろ」とか、ライブでやってくれました。これまでにも、記録に残らない場所で連中は主張していましたが、最近は米国さんが同席している場所で言い始めたり、我が国に対して軍事オプションを平気でちらつかせたり、学術研究の場でもそんな内容を主張したり・・・。そろそろ我々も毅然とした対応を見せるべき時期なのでしょう。
まあ、太平洋に進出したい中国のあの行動は想定内として、下半島国家のアクションには首を捻るばかりです。
駄文失礼
ADON-K@戯れ言: 【韓国】LGディスプレー社長「パナソニックとの合弁希望。第8世代LCDライン建設はパナ社だけでは困難。LGの助けが必要」
http://adon-k.seesaa.net/article/102677363.html
洞爺湖サミット終わって、戻ってきました。
マスコミは出していないようですが、MB氏は我が国に対して先端技術と資源開発技術について技術供与をかなり執拗に迫っておりました。MB氏そのものは常識的な経営者のおっさんでしたが、同行者連中のレベルの低いこと・・・手ぶらで我が国から技術や資金を浚っていく気だったようです。まあ、札幌で騒いだ在日よりはそれでもまともでしょうが。暴力デモができないからって、大学の校舎に落書きするんじゃねぇ!
今回のお話で思い出した個人的な経験ですが、ここ5月くらいから半島国の会社が商工会議所や青年会議所に相当な積極さで接触してきます。どうやら、全国各地の中堅企業との事業連携を題目にしているようですが、ちと尋常でないので調べてみたら出るわ出るわ・・・企業倒産直前の駆け込み詐欺としか言いようのない案件が山ほど。
どう見ても、技術や資金を吸い上げて、負債や責任を日本側に押しつけてドロン!を決め込むとしか思えません。
今後半島の経済環境が悪くなるにつれ、甘言に負けて借金漬けの不良企業を背負わされる日本企業が増えることを憂慮する次第です。
駄文失礼
ADON-K@戯れ言: 【竹島問題】「日本政府がついに、してはならない選択をしてしまった」韓国与野党が日本を一斉非難、政府の強力対応求める
http://adon-k.seesaa.net/article/102905242.html
ガス田掘りです。
さて、外交は互恵主義が前提ですよね。我が国も大使の一時召還と、それに伴うサービスの劣化を強いるべきでしょう。
具体的には、大使館のランク下げ(決済事項の等級下げ)と、ビザ無し入国の一時停止ですな。あとは、半島に進出した日本企業の財産保全と在韓邦人の保護に注力する事でしょう。まあ、夫れで様子見という所ですかな。
ところで最近、竹島の影で東海(中国名)の資源探しの準備が進んでいますが、今頃になってキャンキャン噛み付いてくる半島国がいますな。
因みに、開発海域のちょい上側に我が国と半島国の共同開発水域ってのがあるんですが、ろくな調査も進んでおらず、大した資源も無さそうで、余りうま味が無いんですよねぇ。機材は日本の金で散々買い散らかしたようですが、データはウリナラのものだ!って散々わめいた挙げ句、後は・・・皆さんのご想像の通り。
これまで散々「共同開発させてやるニダ!」等と恩着せがましく言ってきた(我が国が謙りすぎた嫌いもありますが)のが、そのエリア外で日中開発を行い始め、しかも有望鉱脈の可能性が出た途端、資金も出さんと言うわ言うわ・・・。
ま、中国との共同開発も余り本意じゃないですが、それでも「無いよりはマシ」。我々が欲しいのは半島の「脳内資源」じゃなくて、リアルな資源なんで・・・。
ついでに一言。人類が世代レベルで資源・エネルギーの供給で一息付けるのは、北極海の本格的な開発が出来てからでしょう。ですから、そのインフラが整うまでの10年くらいが資源枯渇のしんどい時期になると思います。私達が我が国の海底資源に期待するのは、この10年くらいの苦しい時期をしのぐ事で、複数世代を賄う程の事は出来ないと考えております。もし本格的に日本が資源立国の道を歩みたいなら、南海トラフなど水深1,500m以深の海域の本格開発が必要でしょう。
駄文失礼。
ADON-K@戯れ言: 【米国】議会図書館が‘独島→リアンクール岩礁’に変更推進
http://adon-k.seesaa.net/article/103023156.html
ガス田掘りです。
この記事を見た感想ですが、米国さんは実にスマートに中立を宣言していますね。すばらしい。
オリジナルの記事も読みましたが、軍事衝突まで進むなら仏あたりの信託統治領にでもするぞ、というブラフにも読み取れます。少なくとも、日本からの軍事オプションは(自衛・警察行為を除いて)なくなりましたね。
あとは、半島側がどれだけ国内を抑制できるかだけでしょう。もともと、朝鮮戦争も李承晩の不見識と過大な野望から起きたものですし、かの李承晩ラインだって取り込み詐欺みたいなもんです。一度、半島には愚かな負債を清算してもらう良い時期なのかもしれません。
駄文失礼。
ADON-K@戯れ言: 【中央日報】麹で酒を造る技法を日本に伝授したのは百済から渡った須須保利
http://adon-k.seesaa.net/article/103398706.html
ガス田掘りです。
以前、半島で日本酒がブームとか言う記事があったので、ウリナラ起源の記事がいつか出るぞと思っていたら・・・法則発動でしたねぇ。
ところで、古事記(岩波)を手にして入るんですが、単に酒を帝に献上しただけで、神様になった訳じゃないような・・・?
駄文失礼
ADON-K@戯れ言: 【竹島問題】韓国駐日大使が「島国日本」と不適切発言…”度が過ぎる”と国内与党からも苦言
http://adon-k.seesaa.net/article/103396822.html
ガス田掘りです。
世界中の島嶼国家を見下した発言、どう見ても大使と名乗る人間の言葉ではないですな。例え召還されたとしても、まだ解任されたわけでは無いのだし、解任されたとしても言うべきではない。
イギリスを引き合いに出した事と、発言の直後に「非公開」にした事から、余程過激かつ不見識な発言をしたのでしょう。非常に興味があるので、是非リークして欲しいです(笑)。
駄文失礼。
ADON-K@戯れ言: 【竹島問題】日本外務省「韓国警備隊員の独島常駐、容認できない」
http://adon-k.seesaa.net/article/103395958.html
ガス田掘りです。ちと組織名には自主規制(笑)をした上でコメントをば。
竹島の問題は、単純な領土問題ではなく、その周辺海域とそこに連なる大陸棚権益が連動します。連中は、我が国のEZZだけでなく領海・領土にまで水産資源・海底資源の権益を主張しており、今回は我が国に対して明快な軍事オプションを突き付けた訳です。非公式ながら、日本海シーレーンの安全保障まで抱き込んで。
最近、下半島からの産業技術の移転要請何ぞという記事が出てますが、これはそう言う背景あってのことで、明治の時代なら速開戦しても可笑しくない内容です。私としては、官僚は良く自制していると思いますよ。
従って竹島の問題は、もはや外*省だけの政策マターじゃ無くなりました。確認できる限りで、対半島強硬派のバックには*交省、経*省がそろいましたからねぇ。特に*産省はエ*庁のボスが政務次官になってから凄いですよ。地方の経*産*局の幹部人事何ぞをご覧あれ。今回の件では制服組(非公式ながら)にもシンパが多いですし、今回は国の金庫番たる某官庁までもが・・・。
詳しくは2~3年後あたりに書き込むとして、この意味は大きいでしょ?
駄文失礼。
ADON-K@戯れ言: 【漁業】日本が今年に入り、韓国漁船を14隻拿捕(日本漁船の拿捕は2005年以降無し)
http://adon-k.seesaa.net/article/103400662.html
さて、韓国漁船の質が悪いとつくづく感じるのは下記3点。(以前、何処かで書いたっけ?)
1)ロシアや中国で日本漁船を偽装したり、逃走中に日本の漁船団に(レーダー視認レベルで)潜り込もうとする。
2)違法漁具を併記で海中投棄する。特に逃走中。
3)データの改竄が可能なGPS機器を搭載していて、航路記録の信頼性が全くない。
こうなると、海上保安庁や水産庁でも「現行犯逮捕」しか無くなるわけで・・・。不思議なことに、連中は逃走中に漁具を捨てても魚を捨てない。だから拿捕件数が増えるのは至極当然なんだけど、それって半島クォリティ?
駄文失礼。
ADON-K@戯れ言: 【竹島問題】 和田春樹「独島、ギブ・アンド・テイクで解決」~領有権の代わりに漁業権認ると説得せよ
http://adon-k.seesaa.net/article/105758613.html
ガス田掘りです。お久しぶりです。陸の世界はいいですなぁ。
さて、この学者さんの発言、突っ込み所がありすぎて何ですが、三つ感想を。
1.「漁業する権利を確かに保障・・・(以下略)」ってのは絶対にありえません。漁業権ってのは飽くまで国家主権の管理下に成り立つ「経済権益」の一つに過ぎません。領海・EEZで外国船舶が経済行為(例えば漁業)を行う場合、主権国は己の都合でいつでも白紙に戻せるし、一方的な武力行使も警察権、防衛権の一環として許される。主権とは斯くも重いのです。
だから他国で漁業を行う国は権益維持のために多額の「間接補償費(笑)」を必要とします。・・・まぁ、まともに払うのは我が国日本位ですがね。(ちなみにかの半島国は我が国領海・EZZでの漁業活動に対し、ビタ1文払っておりません。)
半島に主権が渡れば、漁業権だけでなく、ありとあらゆる海洋経済活動から我が国を締め出しにかかるでしょう。
2.更に噴飯ものなのが、「日本が`北東アジアの平和と安全を一緒に具現して行くパートナー・・・(以下略)」と言う一節。日本海の西半分(竹島周辺海域)を半島国の感情的なコントロールに置くことがどれほど国際的なリスクを生むか。仕事の同僚(ロシア人、元軍人)いわく、「なぜ日本は実力で取り戻さないのか。半島に日本海シーレーンを任せるくらいなら、俺たちが(竹島を占拠して)出張る」とのたまってくれやがりました。でも、間違いなく本音でしょう。
かの半島国は我が国領海を半島国の海底開発海区に設定した挙句、我が国の領海主権の放棄を要求したり、昨今の軍事演習で仮想敵国を我が国にしている事を考えると、パートナーなどとんでもない話です。
3.最後に一番気になるのが、最近の首相の発言です。国民と領土、そして国民財産、それを第一に守るのが国家主導者の存在意義のはずなのに、簡単に中韓との共同開発や自国権益の開放(?)を口にします。何だか自分の任期満了で事足れりとでも考えているようで、最近の官房につめるキャリアはイエスマンばかりと、某省の知人がこぼしていました。よく、駄目サラ親父が急に管理職に昇格したりするとこんな現象を起こしますけど、首相がそれやっちゃぁ・・・。
駄文失礼
ADON-K@戯れ言: 【韓国】大統領室長「韓日海底トンネルに検討の用意」…ハンナラ党金議員「推進の意思は日本の方がはるかに強い」
http://adon-k.seesaa.net/article/108991747.html
お久しぶりです。海底トンネルの話は、いつも忘れたころに出てきますね。つい最近も、某国連機関の非公開セッションで似た話が出ました。それに絡めていくつか感想と駄文をば。
>月虹殿
小生も同様の危惧をしております。過去に半島国と「技術交流(笑)」という半強制的な技術供与をさせられた事がありますが、連中が要求してきたのはどう見ても分不相応な広軌・路接圧のトンネル。しかも運用面では管理ライン云々の話など、月虹殿のご発言とそっくりだったので仰天した次第。
>すあたり殿
麻生氏がいる理由・・・思うに、国内での利権団体の暴走とK明orミンスとの癒着を抑えるためと見ております。日本JCやLOMでも度々話題に出ますがご本人は面倒事とお考えのようで。
ところで最近、かの国は国連機関や国際学会などで「日本による対馬の不法占拠」と頻繁に口にしているのをご存知でしょうか? どうやら竹島の不法占拠に対する代償行為と主張したいようで、日本を知らない幾つかの国がそれを信じてしまうという笑えない事態が起きています。
その一方で、半島と対馬はもっと緊密になるべきだと主張し、海橋や海底トンネルを「日本の金で」作らせようと画策してもいます。国内(特に九州地方)では英仏海峡トンネルのような大規模な公共事業を夢見る方もいるようで、コントロールの難しい非常に危なっかしい話です。
残念ながら、日本ではこう言う議論の場に大学の先生を出すことを美徳と勘違いしているようで、ほとんど議論というか喧嘩にならず、言い包められてばかり。マスコミから見れば瑣末な組織・会議なので取材対象にはならないのかもしれませんが、半島の主張が既成事実となって対馬への軍事侵攻に繋がらないか、本気で心配しています。
駄文失礼
ADON-K@戯れ言: 【企業】世界のトップクラス入りした現代自のエンジン技術 レクサス、BMW、ベンツなどの技術をじっくりベンチマーキング
http://adon-k.seesaa.net/article/111762792.html
お久しぶりです、皆様。ガス田掘りです。年越しで実家に戻ってきました。日本はいいなぁ。でも来年5日にはまた出張・・・orz。
さて、小生が突っ込みたいのは「特許を出願」という一節です。自動車のエンジン分野に限定しても、国内外合わせて200件にも満たない出願数って少なすぎですよね?
文明国ならたいていの国は100万円相当の現金があれば「出願」はいくらでもできます。調べてみたら、現代の場合もほとんどは出願だけ(≒出しただけ)の何ちゃって特許ですな。しかも、よく調べてみると下半島民国オリジン(出願人と発明人が共に下半島人・企業)と言い切れるのは半分程度。
結論。劣化がひどすぎて国内レベルでも出願できんのでしょうね。特許はあくまで産業技術の独占権ですから、学術論文と違って「ウリナラ」が通用しませんので。
駄文失礼。
ADON-K@戯れ言: 【国際問題】世界の主要船員組合 韓国向け航海をボィコット 主要船主もこれを容認-英FT
http://adon-k.seesaa.net/article/111897383.html
あまりに突っ込みどころ満載のこの事件ですが、小生が一番気になったのは、あれだけ大きな曳航物を曳くタグボートが進入していて、航路管理局から何も警告が出なかった事です。
かの国でも色々言い訳をしているようですが、どうやら半世紀前の(主観的には1世紀前の)沿岸監視体制しか稼動していないようですね。我が国の資金で結構良い道具は揃えている筈なんですが。そんな物騒な海域でLPGや原油を運ぶなんて、自殺行為もいいところです。
本事件に関連してかどうかはしりませんが、2ヶ月位前から我が国の航路監視システムを提供しろと執拗にかの国の一部が騒いでおります。正規購入ならまだ救われるのですが、どう見ても我が国の税金を使う気満々。しかも、日本海の通商安全保障をダシに使った恐喝紛いを各方面にやらかしてます。当方はスルーしてますが、どうなる事やら。
・・・私事ながら12
今、日本海に埋蔵される海底資源ってのは、メタンハイドレート(以下、MH)のように岩盤上に蓄積するタイプと、大陸プレート接合面での熱水鉱床から出た溶存金属が積層したタイプに分かれるんですよね。
で、両者とも我が国の領海~EEZ(経済的排他水域)に集中しています。
(もっとも、調査が進めばユーラシア大陸側にも見つかるかも知れませんが。)
こいつがEEZ境界とかだったら大陸側諸国もイチャモンをつけれるのですが、どう見ても付けられないぐらいに、日本よりになっています。
3年ほど前、我が国でも新潟沖から北海道奥尻までの水深200m~500mの水深帯にMHの大規模鉱床が見つかったのですが、同時期、ロシアのサハリン・プロジェクトで、日本の商社がガス田掘削の技術をどんどん蓄積していっている。
こいつは米国さんから見ると、エネルギーという首枷から日本が離れていくことを意味しており、あまり嬉しくない状態となりました。
とは言え、小泉さんとブッシュさんが仲良しなので、あまり表立って動くこともできない。
そこで目を付けたのが、国連海洋法条約の「閉鎖海又は半閉鎖海(+附則書IIIあたり)」の項目です。
要はこれ、地中海とか黒海とかを対象に、複数の国の領海を含む内海(外洋に面さない海)では沿岸国みんなで仲良く配分しなさい、という中身なんですが、こいつを日本海の資源開発に応用しないか?とやってくれたわけです。
皆さんにとって、国連海洋法条約とか経済的排他水域(EEZ)って余り馴染みがない言葉ですし、知っている人でも「領海の延長」を管理する法律くらいにしか思わないはずです。
ところが、この海洋法条約、「資源権益を主張する国は永続的な資源利用(特に水産)と情報開示」が「義務」なんです。
もし多国間で資源紛争となった場合は、「管理能力≒資源情報の開示」が調停の基準になります。
この義務を不履行あるいは処理能力無しと見なされた場合、EEZ権益は相手国に渡ってしまうという恐ろしい条約です。
・・・もうご想像が付くと思います。
これはエネルギー資源を持たない北朝・南韓と、強烈な経済成長と人口増加を支える次の資源を探していた中国にとって「干天の慈雨」となり、強烈な日本バッシングが起きたわけです。
2年前、国連の海洋資源管理委員会(正確には、その太平洋部会)が開催された時、こんな要求が出てきました。
凄いでしょ。
これ、ガチで出たんですよ。
で、その前後に、北朝鮮のミサイル・核実験、ロシアのサハリン1開発利権のお召し上げ、インドネシアのガス田利権の喪失(正確には、中国による政治的強奪)があったわけです。
これで日本の天然ガスの供給が多いに滞り、北海道ガスと北九州ガスは苫小牧のガス備蓄を取り崩す可能性すら出てきました。
当然日本は拒絶し、一度は席を立とうとしたのですが・・・ライスさんが「この会議で平和裏にまとまることを望む」なんてのんきに言ったお陰で、席を立つことも出来ない。
更にまずいことに、日本では南西海域に対して中・韓に配慮して海洋調査をしてこなかったんですねぇ。
ここで、ブスブス煙を噴いていた尖閣諸島の領有問題と、例の海底ガス田開発(春暁)が一気に外交の表舞台に出てきました。
そう、中国が日本に全面屈服を求めてロンボク海峡とマラッカ海峡に軍艦を出したのです。
これに北朝・南韓・ロシアも付随し、オブザーバーのカナダも調停を諦める程でした。
正に日本は絶体絶命、崖っぷち後一歩。
片やオイルショックも吹っ飛ぶ「ガスショック」、片や軍事安全保障の放棄ですからね・・・。
傍観していた米国さんもさぞ慌てた事でしょう。
何せ、どっちの選択でも台湾~グアムという米国が死守している軍事ラインに中国の軍艦が堂々と侵攻出来るのですから・・・。
そして、一部の軍艦(潜水艦だったか?)が台湾太平洋沖に出たとのニュースが飛び込み、会議は一気に緊迫化します。
現地時間某日午後4時30分、日本側回答期限の30分前、皆様おなじみの、あの閣下が、麻生ローゼン閣下が吠えて下さいました。
「なぜ核兵器を持たないかの議論を・・・」
あの発言です。
あれが何故あのタイミングで?
それが偶然なのか必然なのか私には判りませんが、少なくともあの発言がプレスを通じて一気に拡散し、日本側の回答期限は無期限延長となりました。
そしてその翌日・・・米国のライス国務長官が訪日し、「閣下のエスコートで」韓国の盧武鉉大統領と面談をしました。
これで決まりです。
大陸側諸国が仕込みに仕込んだ対日カードが、彼らにとって最悪のシナリオである「日本の核武装」というジョーカーを伴って全て突き返されたからです。
そして、それを米国が黙認していると・・・。
結局、この会議も議題も全て記録からは抹消されました(凸電しても無駄)。
もはや、大陸側諸国にとって我が国の海洋資源は収奪の対象でしかないことを、少しでも皆様に実感していただければ幸いです。
そして、日本海における平和な国家交流は最早あり得ないことをお分かりいただけると幸いです。
非常に残念ですが。
最後に、某大陸国の代表が日本側に向けた言葉で締めくくらせていただきます。
「日本海の平和的・協調的な開発を妨げる者、妨害の意志を誘発せしむる技術の開発者は、全て軍事的懲罰の対象にすべし」
ヨーロッパの某国でドクター3年目をやってるときに、大学のアドミニストレーションで受付をやっていた地元の女の子(ソフィア、10歳下)と軽い気持ちで付き合いはじめた。
俺がドクターあと少しで終わってやっと日本に帰れるっていうときに、遠距離3年半含めて当時4年半つきあってた日本の彼女(3歳下、国立大卒の医者で俺より稼ぎがいい)が、「キャリアアップのためにアメリカに留学します☆」とか言い始めやがったのがきっかけ。結婚して家庭もって・・・って考えていたのに。あまりに腹が立ったんで、前からちょっとかわいいなと思ってたこの子を適当に口説いてみたら、あっけなく向こうから好かれてしまった。正直びっくりした。
ソフィアは静かな女の子で、複雑な家庭環境で育ったらしく、感情の起伏が激しくて、メンヘラーっぽい。昔は相当荒んだ生活を送ったらしく、そのせいで高校もドロップアウトしたって言っていた。でも、今はすっかりまじめっぽい外見だし、若くて髪の毛さらさらでかわいいし、冗談がよくわかるし、料理うまいし、病気のときに看病してくれたし、なにより処女だったんで、最初の数ヶ月は本当にやばいくらい好きで、毎日セックスしまくった。去年の正月休みも、日本の彼女に約束していたのに、論文が忙しいとか言って帰国せず、ソフィアと地中海に行った。その一方で、日本の彼女とも切れなかった。ずっと自分をけなげに待ってくれている。なにより自分の仕事に自信を持ってがんばっているところがかわいい。医者ってやっぱりかっこいいわ。遠距離だけど、日本に帰るたびに、やっぱりこの人だろうな、と毎回思う。
ソフィアには始めから、日系の会社に就職希望だからあと一年しかいられないよ、と言っておいた。ついでに、日本に医者の彼女がいることも話していた。将来結婚しようと考えているとまでは言わなかったけど、彼女と別れる気だとも言わなかった。始めソフィアは、いいよいいよ気にしないよ、と言っていたんで、さばさばした性格なのかな、と思っていたが、たぶん無理をしていたんだと思う。今年の正月くらいからおかしくなった。彼女と別れてくれ、といい始めた。油断すると人の携帯を盗み見たりしてそうで、信用できない。うそばっかりいっているような気がした。ある日、ソフィアが俺のPCを勝手にいじって、マイピクチャーに入れていた日本の彼女の写真を見ていた現場を押さえた。それでも言い訳しようとするのを見て、一気に熱が冷めた。
別れると言うとソフィアはわーわー泣いたが、きもいとしか思えなかった。一方で罪悪感もあったんで、友達関係は続けたし、一回でいいから俺の故郷を見たいという彼女を、夏休みの終わりくらいに日本に連れて行ってもあげた。東京を案内してあげたり、たまたま親と妹と妹の2歳の娘が沖縄に旅行に行っていたんで、合流したりした。家族は俺が白人の女の子を連れてきたんで面食らっていたようだが、まあまあ楽しんでくれた。でも恋愛感情はとっくに冷めていたんで、セックスとかなし。沖縄の最後の日に一発だけやっちゃったけど、ちゃんと外に出した。
俺は無事卒業して、カナダでポスドクの口が見つかったんで、さっさと引っ越した。ソフィアはまたわーわー泣いて、愛してる、一緒に行ってもいい?、ウエイトレスでもなんでもしてがんばるから、と言ったが、はっきり言ってうざい。ストーカーはやめてくれ、俺には俺の人生がある、彼女と結婚もしたいし、ときつく言うと黙りこんだ。
それからはたまにメールで連絡を取る程度。ちなみに彼女とは毎日電話している。数週間前に、ソフィアがクリスマス休暇はどうするの、と聞いてきたんで、当然日本に帰るよ、と言っておいた。本当はアメリカにいる彼女に会いに行くつもりだ。てか明日出発。しばらく音沙汰がなかったんだけど、今朝、ソフィアからメールが来た。じゃーん、日本行きのエアチケット買ったよ!二か月分のお給料を使っちゃった!会いたい!って・・・・ありえない・・・
悪いけど会えない、クリスマスは日本じゃないとこに行くから、と返事を送ったら、光速でヒステリックな返事がきた。ひどい、どうして、どうせアメリカに行くんでしょ。しかも、「日本にわざわざ行くのは、直接会って妊娠を報告するつもりだったからなのに。今4ヶ月。私カトリックだから堕ろしたくない」・・・・・・。呆然。確実に嘘ついている。今まで何回も中に出して妊娠しなかったのに、あの一回で妊娠とかありえないわ。ここまで嘘で塗り固めてまで俺を引きとめようとするのを哀れだと思うと同時に、もしかして本当だったらと思うと怖い。ソフィアは日本に来る気で、それも心配だ。日本語はおろか英語もおぼつかない。どうしようか。
オチとかなくてごめんね。まじで困ってる。
ululunは、何で俺の心に響くブクマを書くのだろうか。
このエントリを斜め読みしてそう言えば、俺も同じ境遇かも、ということで思考停止していた。
そしたら、ululunのこのブクマ。
2008年11月19日 ululun 水着に着替えなくても海は楽しめるが、どうしてもというならヨーロッパの温泉保養地とかいけば体型コンプレックスがばかばかしく感じられるからオヌヌメといっておく
落雷に身を貫かれたような気がした。
そうだ。
ヨーロッパの温泉保養地へファーストクラスで連れて行き、三つ星ホテルで軽く1987年もののワインを傾けながらランチを楽しんだ後、自分の体型を気にせずに温泉に水着で入っているおばさんを見せ付ければいいのだ。
もしくは、クルーザーをチャーターして、どこまでも限りなく紺碧の空が広がる地中海の海岸に連れて行って、トップレスで体をこんがり焼いている中年ぶとりのおばさんを見せ付ければいいんだ。
「ほら、何も恥ずかしがる事は無いだろ」って。
近くの市民プールに連れて行って、ほら恥ずかしくないから水着になれば、とか、そんな発想しか出来なかった自分に、俺はもう絶望した。
彼女は、そんな小さくまとまった俺に欲情する脳内物質の分泌が、かなりの低レベルになっているんだ。
普通に付き合っていても、年々その物質の分泌が減衰していってもおかしくない。
俺自身から何かを言われて心が震える事が減っている彼女は、さらに、彼女自身も肉体の衰えから水着を着たくなくなっている。
しかも、どんどん中年太りになり、ビール腹になり、加齢臭が漂う俺が、「水着になれば?」
年々彼女が水着になる難易度は上がっているのに、自分は何もせずに、「彼女が水着に着替えない」と嘆く俺。
それは女としての彼女が終わっているんじゃない。
それに気づくきっかけになったコメント。
ululunありがとう。
WHOのタバコ対策の現状についての報告書(http://www.who.int/entity/tobacco/mpower/mpower_report_full_2008.pdf)より、"Regulation on smoke-free environments"の"Indoor Offices"がYESの国を書き出してみました。
アルジェリア、ベナン、ボツワナ、ブルキナファソ、エリトリア、ガンビア、ギニア、マダガスカル、マリ、モーリシャス、モザンビーク、ニジェール、ナイジェリア、南アフリカ、ウガンダ、ザンビア、ジンバブエ
バーレーン、ジブチ、エジプト、イラン、ヨルダン、クウェート、リビア、モロッコ、パキスタン、ソマリア、アラブ首長国連邦、イエメン
オーストリア、ベルギー、エストニア、フィンランド、フランス、ドイツ、アイスランド、アイルランド、イタリア、リトアニア、マルタ、ノルウェー、ポルトガル、ルーマニア、スロバキア、スペイン、スウェーデン、トルクメニスタン、イギリス
カンボジア、クック諸島、ニュージーランド、シンガポール、ベトナム
WHOの「タバコ規制枠組み条約」(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/treaty159_17.html)というのがあり、わが国を含め152ヶ国が批准しています。この条約の第2回締約国会議において、タバコ規制のガイドラインとして職場の禁煙が全会一致で採択されています。
http://www.mhlw.go.jp/topics/tobacco/jouyaku/071107-1.html
http://www.nosmoke55.jp/data/0707cop2.html
http://www.mynewsjapan.com/reports/680
「しかし、その発言はパラオ代表の反対演説やニュージーランド代表の反論を招き、議長を務めるドイツ代表からは、議決をとってもいいが、141対1で否決されると思うが、と諭されて、日本代表団は提案をひっこめていました」
その結果、最重要課題であった受動喫煙防止問題をはじめ、議案は満場一致で原案通り認められた。
「残念だったのは、国際的に重要な会議なので各国からはメディアも多数取材に訪れていたのに、日本のマスコミは全く姿を見せず、
法的規制なんてこれまでの日本の喫煙慣行からは無茶に思えるかもしれませんが、実際には上記の通り、すでに規制を実施している国が軽く50ヶ国以上あります。
いわゆる喫煙所のコミュニケーションが有益(だった)としても、今からそれを理由に喫煙を始めることはおすすめできません。何年後かわかりませんが、近い将来日本でも法規制がかかったとき、そうした喫煙のメリットはなくなります。残るのはタバコ依存になった身体だけです。
新大学生や新社会人も多い時期、誰も「たばこを吸うことの利点」を教えてくれなかったのような誘惑もあろうが(俺こういうのタバコ会社のPRじゃないかと疑ってるんですよね)、ロボコップの日本語版風に言っとく。
「タバコに手を出すな」
本当だ。消えないうちにグーグルキャッシュからサルベージしておこう。
パスカル『パンセ』
ライプニッツ『単子論』
ジェイムズ『宗教経験の諸相』
レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』
ブーバー『我と汝・対話』
ライル『心の概念』
デュルケム『自殺論』
キャンベル『千の顔をもつ英雄』
ポランニー『大転換』
オルテガ『大衆の反逆』
オング『声の文化と文字の文化』
ポパー『推測と反駁』
フロム『自由からの逃走』
デリダ『グラマトロジーについて』
ペンフィールド『脳と心の正体』
ソンタグ『反解釈』
フランシス・フクヤマ『歴史の終わり』
ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』
イーグルトン『文学とは何か』
ガダマー『真理と方法』
ダマシオ『生存する脳』
クワイン『ことばと対象』
マッキンタイア『美徳なき時代』
ツリー内主要エントリ
長いから全部は読んでないけど、ごめん。
紛争地域ももっと豊かになるだろうにと思ったりする。
去年のイスラエルによる爆撃でレバノンの観光がズタボロになって
打撃が深刻だということをご存じない?
もちろん、環境面でも問題になったけど。
http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/environment/2091274/761103
まずは次のデータを覚えておいてください。
1、 1355万円
2、 1570万円
3、 1427万円
4、 1572万円
5、 1112万円
6、 574万円
世の中は金がすべてだろうか。
金がなければ、電車に乗って会社に向かうこと自体できないし
タネ銭がなければ金儲け自体を進行することが出来ない。
====================
「カネ」がそんなに悪いのだろうか?といつも思う。
「もったいないよな。これを企業に売り込んで
例えば広告として使ったり、大金持ちの結婚式のイベントとして売り込めば
紛争地域ももっと豊かになるだろうにと思ったりする。
====================
カネまみれで生きることは確かに美しくしくはないし、
近寄りがたい印象が強い。
平和な社会が見えてくると言う矛盾。
「カネ」という道具は使い方によっては争いにもなるし、
平和の道を作ることができる。
誰もが欲しいくせに、「カネ」というトーンは、
====================
例えば金持ちは手にしたカネを贅沢に使い、
ビジネスを大きくするためにさらに投資する。
一般の感情からはそんなに儲けたいのか、と思ったりする。
しかし、ある程度の富を手にしたらその富を回転させて
再生産を繰り返すのが理想の姿。
嫌なやつといったイメージ。
送り込む作業をする人間というのは
社会のために生きていることになる。
金儲けがいいとか悪いとかを真剣に考え抜いたとしても、
明日になって買っておいた宝くじがあたったりすれば
嬉しくてしょうがないのが人間の感情。
世の中のほんの一握りの人間にしか微笑んでくれない現実が
=========================
今年ももう終わり。
あと1週間もすれば門松に変わる。
ここ何年かで経済面で大きな事件といえば
ライブドアショックを忘れることができないでしょう。
当事者にとってはまだ終わっていない問題です。
ライブドアの堀江社長もヒューザーの小嶋社長も、つい2??3年前までは
「成功者」として「格差社会」の頂点に君臨していたわけですが、
気まぐれなマスコミからは今は忘れ去られようとしています。
奢れる者は久しからず。
=======================
こう見てみるとここのところメディアを騒がせている
「格差社会」という仕組みも、
実は勝者がずっと勝ちつづけるわけでも
ないことが見えてきます。
格差に怒りを感じてしまうことも事実。
しかし、格差社会というものが今一つピンと
来ないところがあるのも事実。
============================
この言葉自体や、振りまいている人達に抵抗感を感じてしまうのは、
どうもうまく仕掛けられている、といった感覚。
今は本当に格差社会なのか、という疑問がふつふつと沸いてしまう
のです。
このあたりの分析は「新平等社会」(山田昌弘著)で詳しく解説されていて、
なんでもかんでも小泉改革のせいにしてしまう短絡ぶりに
疑問を投げかけている。
「希望とは努力が報われると思う時に生じる、
絶望は努力してもしなくても同じだと思う時に生じる」
この言葉が紹介されていて
「1990年頃まではほとんどの人が希望を持てる条件が揃っていた」
と書かれていたが実際には努力が報われないことも結構多かった。
とくに企業が安定していた頃は実力よりも
「社内政治」??会社で生き残ることだけしか頭にない人間が
結構威張っていて、それを思えば能力がないくせに権力だけは
昔はよかったというけれど、安定していた昔はそんなに良かったか、
とも思う。
企業奴隷として生きることを強いられた時代。
私も初めて就職した会社を辞めるとき、周囲から「この世の終わり」と
いうような脅しを受けたけれど、今思えばあのまま奴隷人生が
生涯の価値基準にならなくて良かったと思っています。
====================
「格差」の一つの正体には他人の成功に対するねたみもある
のかもしれません。
テレビを見れば自称「セレブ」が信じられないような生活を送り、
自分もいつか、と夢を膨らませる。
「勝ち組」という虚像に対する憧れや絶望感を感じながら日々を
生きさせられている嫌な感じ。
羨ましくも「うまくやりやがって」という、モヤモヤした感情。
====================
ところで最初に見てもらった金額は
ある企業に勤める社員の平均年収。
会社名は何かと言うと
1、テレビ朝日
2、TBS
3、日本テレビ
4、フジテレビ
5、テレビ東京
7、永谷園
(MSNマネー企業概要より)
格差社会を憂いている人達が、社会の最も頂点に存在している皮肉。
普段給料が高いと批判をされている銀行でさえテレビ局には勝てない。
納得できる企業。
それを消費者が支払い、デフレで賃金が押さえられている今でも、
テレビ局には大量のカネが流れ込む。
勝者で居続ける大手マスコミの商売道具であるという一面。
彼らは競争相手が少なく勝ち組の代表。
郵政省からの天下りと談合に守られ、生涯が保障されている人たち。
=====================
しかし、彼らを支援しているのは結局は我々で、
たとえば亀田兄弟。
亀田を持ち上げ、批判し、また持ち上げ
何をやっても思考回路停止のままついてきてくれる
視聴者の皆様のおかげでTV局員の高額報酬が
永遠に約束されております。
職員に代わりまして、わたくしが御礼申し上げます。
====================
何か言い出したらロクなことはない。
「地方の時代」と言う言葉が使われた時代があって、
そう言っている割には自分の会社は東京のど真ん中にあって、
地方の実態なんかにはこれっぽっちも興味のない連中が発信をしていた。
「女の時代」と言う言葉が使われた時代もあって、
そう言っている割にはマスコミ各社の役員に女はどれくらいいたのか。
====================
「格差社会」は多分真実でしょう。
また、「格差」は仕方がないという言葉を、
今の時点で一応成功している企業の経営者なんかが
語っているのを見るとカチンとくるけれど、まあ真実の声でもある。
いちいち振り回されるのもまた腹が立つ。
勝利者が集まる空っぽの洞窟。
は敗北者という「勝者の視点」。
物凄く狭い価値観の中で、勝った負けたと騒いでいる状態。
====================
「格差社会」というキーワードも、観測地点を変えればその通りだったり、
そうじゃなかったりするわけです。
例えば障害者に対する援助の打ち切りは格差の助長だと思うけれど、
というレベルの問題に関しては格差でもなんでもない。
そんなもん知るか。
一方では消費社会をひたすら煽る。
====================
人間味を殺ぎ落としてまでも効率よく収益を上げることが正しい経営、
という価値観に影響を受けた経営者が増えたからかもしれません。
メディアの振りまく「成功イデオロギー」だけしか選択肢が無くなった不幸。
これが格差社会の正体。
====================
―「弱者」というものが、常に「エリート」によって「発見」されるという、
これまた古典的な構図による。
ネットカフェ難民、ニート、年金生活者、在日コリアン……というように、「エリート」同士の
政治闘争に利用できる、明白な「弱者」だけが「発見」されていく。
「エリート」は「弱者」を利用して政治的なライバルを攻撃し、「エリート」内の階段をのぼる。
「弱者」のなかにも、それを見透かして、政治的な「利権」を手にする圧力団体の
ようなものが出てくる。両者は共犯関係にある。―
http://miyajima.ne.jp/index.php?mode=res_view&no=56#nmjp57
====================
彼らの将来を間接的に奪ってるんじゃないか。
「かわいそうなあなたたち」という視線は絶対に救いにはならない。
「自分は不幸だ」「悪いのは世の中だ」と彼らに煽られても
誰もチャンスも仕事も金も持って来てくれないぜ。
特にあいつらは。
====================
□石原慎太郎に心ひかれる自分がある。
□オリンピックやサッカー・ワールドカップでは心から日本を応援する。
□中国や韓国はいやだと思うことがある。
これらのコピーの上に「以上の項目が半分以上当てはまる人は下流的である“!」
ある種のバイアスのかかった人達の『商材』であることがなんとなく見えてしまう。
==================================
問題は、以前ほど未来に対しての安心感が
ないまま日々を送らないといけないこと。
もう一つは、一度企業社会のコースを外れてしまうと
なぜ嫌うかというと、そういう決まりだから。
なぜそういう決まりかというと、そういう決まりという決まりだから……………
======================
「リトル・ミス・サンシャイン」という映画を今年見ました。
出場するために車でニューメキシコから
「エンターテイメント」としての役割を背負った作品が
圧倒的に多い。
そういったファンタジーものとは別に、
現実のつらさを描いたのがこの作品。
しかし生徒は集まらず本人はビンボー。
2種類のうちでは敗け組の方。
成功コンサルタントの裏面を皮肉的に取り上げていて
この映画を見ると「ギクッ!」とする人も多いのでは?
「オレたちはみんな、敗者だ!」
映画の中で誰かが叫ぶ。
アメリカ人がみんな勝っているわけじゃない。
アメリカ人自身が「成功を追いかけ続ける敗者」で
あることをうすうす解っている。
その成功をありがたがる「いいお客サン」である日本人。
====================
アメリカ型を追いかけるのが難しい理由としては、
日本とアメリカとのマーケットの大きさの違いがあると思います。
抱えるのに加えて、英語圏全ての地球規模で
ビジネスの勝負ができる条件。
日本との環境の差は無視できない。
もしあれだけ大きな市場があれば一発くらい狙ってみたくなるし、
多少のリスクは背負ってもいいかなと思う。
しかし、一発でかく儲ける戦略を取るには
====================
億万長者を生み出すベンチャービジネスのからくりの一つを見てみると、
株式を上場して上場益の恩恵に浴するという戦略があります。
強引な売り込みを仕掛け、訴訟をいくつか抱えて裁判沙汰に
なってたとしても、株式上場で金が手に入れば
それでOKとする考え。
もちろんその戦略があたればバンバンザイだけれど、
上場できなければ会社は破綻。
いつのまにか今の世の中基準になってしまった。
多くの人が抱えていることは、こんなことをしてまで
金儲けをしなきゃいけないのかよという感情。
====================
ビジネスの成功者として華やかな世界の人達がよく取り上げられる。
しかし例えば、スナックの経営で儲けている人とか、
絶対にメディアでは取り上げられない。
彼らは「成功の法則」からは外れたところにいる透明人間。
結局のところ、巷に言われている「成功」とはメディアで
成功にも本当は色々あることは知っておいて損はない。
=========================
成功するというのはすばらしいし、
誰もが「勝ち組」になりたいのは正直な気持ち。
しかし、「勝ち」とか「負け」とかはどっちでもいい
勝つこともあれば、負けることもある。
「勝利」を維持するためのノルマと無理な目標設定。
責任だけは日々大きくなるくせに何も決定権を
持たしてもらえない状態が幸福とはいえない。
====================
この先、我々はもう一つの成功者を
生み出す必要があるんじゃないかと思います。
多分「格差社会」ということに関しては
我々が試されているんでしょう。
冷静でいられるのか。
この世は金が全てか?
ノー。100%ノー。
「カネが全て」だけでは人の感情や行動にも
限界があるという事実。
=====================
格差と言う割には日本社会はかなり「のし上る自由」のある国で、
世襲制度がイギリスとかフランスよりも強くないという現実もあります。
エスタブリッシュメントは『永続性のある権力と威光の階層』を
意味するのですが、イギリスなんかは貴族社会ですから綿々と
この手の権威が継承されてきています。
しかし日本にエスタブリッシュメントと言われる存在はほとんどなくて、
歴史的に見ても「下流の人間」がのし上れる社会でもあります。
ということは弱者が強者にだってなれるということ。
しかし「欧米的なもの」が進んでいて自由である、
という、でたらめばかりを言ってきた連中は、
この手のことには触れようとしない。
=====================
カンボジア型成功でも好きなのを選べばいいのです。
「あがり」を生み出す思想からの脱出を。
====================
アントニオ猪木の逸話の中で、こんなのがあります。
どうしても敵わない相手に押さえ込まれて、
全く体が動かない状態になった時、
小指の一本でも動かせないかともがいてみた、
という話。
とにかくもがいてみる。
すると小指の先から徐々に動かせるようになっていく。
そして小指が動くようになったら今度は手が動かせないか。
手の次は腕。
そして足、という風に少しずつでも抵抗をしていく。
うまく行かないときは絶望感に襲われてしまうけれど、
小指の先から暴れてみることを考える。
誰もが出来る小さなレジスタンス運動。
結局「勝者」とはこういうことを少しでも考え、
実行できる人だと思う。
====================
冒頭に見てもらった年収を稼ぐ人達がつくる「社会の常識」が
いつのまにか社会を支配してしまいました。
彼らの生活基準がいつのまにかこの世の幸福になり、
そこから外れたら敗北者。
東京のごく狭い範囲で起こっていることが
しかし、絶望ばかりでもなくて今までよりも
時代が変わっているのも事実。
親が金持ちで、格差の頂点にいる勝者。
絶対に負けない人達。
ところがこんな事実がある。
現在コンビニが全国で4万店。
歯医者が7万店。
つまりスタートして四分の一は消えてなくなる。
社会環境が完全に変わり、今までのやり方が通用しなくなったのも事実。
これまでアウトサイダーだった「オタク」が巨大なマーケットを作り、
今はかつての「負け組」が勝つ時代でもあるというのは本当でしょう。
つまり今年までの負け組が来年には勝ち組にもなれるということ。
====================
今年の終わり。
この日記を読んでいる方は残りの数日間、
ふと一人になった時、こんなことを考えてみてはどうでしょう
自分にとって金より大事なことは何なのか。
これがこれから先のあなたを成功に導く。
金より大事なもの。
自分の子供。
古本屋でやっと見つけた本。
家族。
大枚をはたいて買った骨董品。
一人になる時間。
いつも通う喫茶店の窓際の席。
成功。
愛車。
クリスマスのこの日。
その何倍も不幸を感じる人間がいる。
元々クリスマスなんて家族と静かに過ごす日なのに、
いつのまにか孤独や不幸が通常よりも
増幅してしまう日になってしまった。
つまらない言葉)の正体は結構こんなことじゃないでしょうか?
他の突出した人間と比べて勝手に不幸を感じたり、
「負け組」を探し出して、勝手に見下しているだけだったりする。
カネ以外のものに対する情熱を持っていれば、
この先の時代はあなたは有望。
今の時代の「成功」はまもなく消え去る。
時代は変わる。
「オレだって」「私だって」という野望が
結構受け入れられるのが、日本社会です。
そのためにはカネよりもまず「情熱」という
革命用の武器を手にする必要がある。
美しい人生を手に入れるために、心に情熱を!
== == == == == == == == == == == == == == == == == == == = == == ==
== == == == == == == == == == == == == == == == == == == = == == ==
Gladys Knight and the pips - Neither one of us
http://jp.youtube.com/watch?v=1p57xtVXEAM&feature=related
デヴィッド・サンボーンバージョンも好きだけれど
ボーカルものもやっぱいい。
ドラマチックな盛り上げ方に時代を感じるものの、
いまこれがやれたら結構かっこいい
トレンドばっかり追いかけないで、この路線で勝負すればいいのに。
Dean Martin, Gladys Knight & The Pips
http://jp.youtube.com/watch?v=3thV0XGJlEE&feature=related
グラディスが太った安室ちゃんだった頃の映像
"Memphis Soul Stew" King Curtis & The Kingpins (Live)
http://jp.youtube.com/watch?v=6WHcWu-1iUg&feature=related
ファンク系は司会までラップノリでグルーブしまくっているところが
超かっちょいい。
Jaco Pastorius- Soul Intro- The Chicken (Live 1982)
http://jp.youtube.com/watch?v=RJfiYdQcQtc
ソウルつながりでジャコ。
ドラムのピーター・アースキンの髪の毛が健在な頃で
やってしまった例。
http://jp.youtube.com/watch?v=9wQKl2P7Ql0
最後は東京に戻って
さんまの番組でのデイヴィッド・サンボーン。
「Smile 」はポール・サイモンの曲(サンボーンのライブ盤での曲)
じゃない方のスマイル。(ナット・キング・コールが歌っていた。)
この映像は以前ユーチューブで削除されていたので、
もしかしたらもうなくなっているかも。
(さんま。お前は判って聴いてんのか?)
それでは皆さん、よいクリスマスを。
ポルトガル、スペイン、南仏、イタリア、もちろんギリシャ、それに北アフリカ沿岸とか。さり気無くトルコ人も食う。大体「欧米キリスト教圏でも地中海沿岸を除いて」とか良く書いてあるけど、少なくとも欧州から地中海沿岸国除いたら半分になっちゃうっつの。アングロサクソン連中とゲルマン人が食に蒙昧なだけなのにさ。
しかしあの「タコは日本人とギリシャ人しか食わない」という都市伝説は何処で生まれたのか。やっぱメリケンとエゲレスというタコ食わない連中だけが日本人にとっての「外国」だった頃だろうかね。あとアジアでも中国とインドの二文化大国が食わないのはでかいかもしれん。