はてなキーワード: 建築とは
「あなた方は無知です。9年前に国王ウィレム2世は親身になって日本のことを心配し、親書を特別船で届けました。親書には世界の情勢が詳しく説明されていたはず。いずれこういう日がかならず来ることを懸命に日本に訴えてきました。それに対する貴国の返事はこんな手紙は二度とよこすな、というものでした。去年私が長崎にやってきた時も、特別船でペリーより依頼された親書と、私の詳しい説明を添えてお渡ししました。一体この1年・・・いや9年の間、あなたがたは何をしていたのですか?」
「今から蒸気軍船を購入しても、航海士はいるのですか?一隻につき訓練された水兵が100人近く必要ですよ。今蒸気船を買った所で港の飾りにしかなりません。戦うつもりならもう遅きに失しています!」
「最初は腸が煮えくり返ったが、今は奴らが可哀想で仕方ない。自業自得だがこれから辛酸を舐めることになるだろう。三百年の付き合いだ、少しは何とかしてやらねばなるまい。本国に手配して蒸気軍船4~5隻をプレゼントしてやるか。今は商売抜きで尽くしてやるさ。この美しい長崎を、列強の砲火から救ってやりたいからな」
#佐久間象山の開国論#
オランダからの密使が来る前から島国の海防の困難さを悟り、大船建造禁止令を撤廃し、オランダより軍艦を購入して海軍を育てる必要性を説いていた(海防八策)彼からみると、阿部正弘の改革はすでに手遅れで勝負にもならない。
その上で黒船の戦力を見抜き、負けても大きな被害にはならないという見込みを立てた。この前提をもとに、1年以内に江戸湾近くの住民を避難させた上で日本側から戦闘を仕掛け、脅しには屈しない姿勢を見せつつ、あっさり負けて戦力差を思い知ることが開国のもっとも望ましい形である、とした。
これは長州や薩摩が外国艦隊と戦争をして開国に目覚め、その後の日本のリーダーシップを握ったことを考えても妥当な判断ではあるが、この時に彼の考えを理解する人はイなかった
→彼の献策は検討されることもなくお蔵入り。
勝海舟、吉田松陰のほか、橋本左内、河井継之助などを門弟として育てる
水戸斉昭は全くの鎖国論者ではなく、貿易でとませることも技術の導入も必要だとは考えている。
他の藩よりはやく大船建築や、蘭学推奨をしていることからも松平定信ほど頭が硬いわけではない。
しかし、西洋船が自由に日本に来ることは反対で、片道貿易などを考えていた。
もちろん、そんな身勝手で一方的な開国案が受け入れられるはずもないのだが斉昭にはそれがわからない。
「自分の都合の良いところだけ取り入れたい」という姿勢は中華思想と変わらないのだ。
そうして意見をはねつけられた不満と怒りを藤田東湖などの側近にぶちまけ
かくして彼の怒りは全国的に攘夷志士として広まっていく。
過激な発言はするがバランス感覚も持つ水戸斉昭の思想のニュアンスは
実は水戸の上層部は保守派がしめており、水戸学が攘夷思想として暴走するのを抑えようとするのだが
これがかえって水戸藩内に深刻な対立分裂を引き起こすことになる。
クリミア戦争の影響で君の航海も何かと苦労が多いことだろうとお察しする
しかし戦に巻き込まれた力を奪われたりしてはならない
相手国を武力で倒すより相手国の信頼を勝ち取るほうが遙かに難しく重要なことだ
1812年、この時もロシアはナポレオンのフランス軍を迎え撃つ大戦争のさなかにあった
こういう時代の気分は必ず伝染する
モスクワと正反対の極東においても日本とロシアが小競り合いから開戦直前の緊張状態にあった
捕虜のみでありながら両国の間に立ち戦争を回避することを決意し
言葉もわからぬ相手とほとんど身振り手振りでこの難題をやり遂げたのだ
42年前のカヘエの奇跡を忘れてはならない このような優れた日本人もいるのd
目的は日本との平和なる国交樹立だ その一点を決して忘れないでもらいたい
ロシア政府も戦争よりも日本を開国させることが重要であると考えればこそ
ちのに事務戦費を削っても我々に送金してくれているのです
三国通覧図説には「日本橋より唐おらんだまで境なしの水路なり」とあります。
海国兵談の末尾にもこうあります「この書で述べた計画を今から幕府が五十年かけてやり遂げれば
鎖国だけが問題だったわけではない。鎖国していてもやりようはあったのだ
六十年前のことならまだ諦めもつくが
これまで幕府は逆コースを撮り続け最も大事な人物ばかりを迫害し殺し続けてしまいました
その人達のおかげでこの国が救われたというのに
二度とこの失敗を繰り返すわけにはイカぬいよいよ国際社会の荒海に乗り出したのだからな
法律の改正によって、建築基準を満たさなくなった建造物を既存不適格と言うそうです。
建築の高さ制限や建築容積も同様に既存不適格を含む建造物が問題となっています。
そして、この既存不適格を逆手にとる計画もでてきました。
将来、都市計画によって、収用されるであろう計画地を含んだ土地に、
売ってしまえば、その計画地が収用されても関係がない、利益さえ出ればいいのだ、
しかししかし、こんな悪事が分かっていても、現行法ではすりぬけてしまう
代表的な計画を紹介します。ただし、これはマスコミには内緒です。面白く取り上げられてしまうので。
「丸紅」「グランスイート」「既存不適格」などで検索してみて下さい。
なにやら、この総合商社は中古マンション価格の騰落率ランキングで1位となったそうですが・・・。
それもそのはずです。
転売されるときはその大事な情報がしばしば隠されてしまうから、
価格が上昇するのも仕方がないのでしょう。
周辺住民がどのように考えればよいのか?
とても難しい問題です。
大規模補修や立て替えの時期に、いずれは顕在化して、その時に慌ることになるのでしょう。
欠陥住宅とか、過労死告発とか、告発系サイト(ブログ)、というのがある。
「単なる被害妄想じゃないの?」とか「言いがかりつけようとしてるんじゃないの?」と、
本来なら、新聞社なりテレビ局なりが、ちゃんと取材に来てニュースにしてくれれば
「大マスコミのお墨付きが付いた」となって、人々も信頼するようになるが、
この手の告発リークに、いちいち付き合っている余裕はない。
(例えば尖閣ユーチューブ事件、あのデータをマスコミに送り付けても、それをまともに
相手する余裕は、マスコミにはない。
この手のリークが、1日に数百件数千件もあるから)
ではどうするか?
ここで提案だが、企業会計に対して監査法人が会計監査して「お墨付き」を出す、
あるいは新築建築に対して第三者機関が施工チェックして「お墨付き」を出す、
「ここに記載されている内容に、相当の蓋然性があります」という「お墨付き」を
有料で出すサービスをしてはどうか?
お墨付きを出す機関としては、マスコミ子会社、弁護士などが考えられる。
地下へ続く階段を下りると、そこには明るくてにぎやかなテナントが入った地下ショッピングセンターがあるはずだった。
階段と地下街を区切る鉄の扉を開けると、節電のために極度に減光された照明がかろうじて灯っていた。
足音が反響した。足音は雑踏でかき消させるくらいの賑わいだったのにここには、私ひとりしかいなかった。
広告用のポスターを飾るであろう装飾が付いた枠には、A4のコピー用紙が貼られていた。用紙には、マジックで雑に手書きされた「禁煙」の文字がおどっていた。
本来は、広告の一等地だっただろうに、今は朽ち果てることないステンレス製の装飾が繁栄をの象徴ではなく、衰退の象徴となっていた。
地下街でかろうじて残っている書店へ足を向けた。
ギリシャ式の建築様式を模した石の装飾が豪華な噴水のある池がコンパネで埋められていた。その上に貼られた1mあたり300円で切り売りされている人工芝がいっそう気持ちを泣かせた。
若いカップルが待ち合わせしたり、子供が泣き喚いていたりして、ここも賑やかな場所だったんのだろう。
かつて店舗だったスペースには、板で簡単な養生がされていて、中をうかがうことはできないようになっていた。
その養生を隠すために貼られた紅白の幕が寂しさに輪をかけていた。
私が過去の賑わいを知らないほかの街からやってきた旅行者ならば、廃墟感に萌えるという感情がわきあがるかもしれない。
しかし、ここがこの街で一番賑やかでおしゃれで最先端をいくスポットだったことを知る身としては、この衰退感は見るに耐えないのであった。
つづかない
国民に等しく医療を提供する--。そんな理念に基づき、1961年に創設された「国民皆保険」から50年。だが、かつて世界一とももてはやされた日本の医療は、疲弊著しい。右肩上がりの成長期はとうに過ぎ、公的保険は低迷する経済にじわじわむしばまれている。節目の年に、「安心」が失われつつある現実を各地に追った。【鈴木直、山田夢留、山崎友記子】
◇長年の「裏技」容認
「6500万円ですね」。札幌市の建設業社長(62)は、社会保険労務士からそう言われて目をむいた。
全国建設工事業国民健康保険組合(工事業国保)で起きた1万人超に及ぶ無保険問題。厚生労働省は昨年9月、無資格で同国保に入り、保険料を逃れてきた事業主らは「時効限度の過去2年に納めるべきだった医療と年金保険料を払う」との清算方針を決めた。6500万円は多い時で30人を雇いながら原則個人事業主の同国保に加入していたことへの「代償」だが、社長は「冗談じゃない」と吐き捨てるように言う。
事態を招いた責任は、一義的には工事業国保側にある。組織拡大を競い、「保険料が減るから」と次々無資格者を誘ってきた。札幌市の左官業の男性(56)は「法人でも大丈夫」と言われて入った結果、今や無保険だ。
それでも社長は30年間、国から一度も指導を受けてこなかった。冬場に建築が減る北海道では、12月に従業員を解雇し4月に再雇用する慣行がある。「常用雇用扱いでなくとも可」。社会保険事務所は社会保険の加入不要とも示唆したという。一部社労士は「裏技」として指南し、厚労省も黙認してきた。
それが昨春、無資格問題が報道され、国は手のひらを返した。社長は昨年末、全従業員を解雇した。しかしなお、6500万円の納付義務は両肩に重くのしかかる。
時効にかからない2年分全額を払わせる清算案は、1人65万円かかる。「公平」を重んじる長妻昭厚労相(当時)の意向が反映された。事情に詳しい民主党議員は「とても払えない。現場を知らない長妻氏の置き土産だ」と批判してきたが、この間同省は「当事者の話し合い」を求めるばかりで調整から逃げ続けた。
無謀な解決策を示しておきながら、事態がこう着するや傍観に転じた厚労省の責任は重い。札幌市は病気の無保険者に一時的な同市国保への加入を認め、協会けんぽ移行後に医療費の返還を求めることを模索するが、移行のメドは立たず、医療費は市の持ち出しとなりかねない。それなのに厚労省は見解を示さず、地方に任せている。
工事業国保の辰川弘敬常務理事は8月3日、監督官庁の東京都から届いたメールに青ざめた。文面に「協会けんぽは過去の医療費を元加入者に請求させる」とあったためだ。
工事業国保が負担した過去2年分の無資格者の医療費50億円は協会けんぽが払う--。この厚労省の清算案に関し、同国保は元加入者が同けんぽへの移行手続きをすれば直接同国保に医療費が払われると解釈し、厚労省もそう認識していた。
ところが協会けんぽ側は違った。個々の元加入者に医療費を請求してもらい、元加入者を通じて同国保側へ返還するつもりだった。「工事業国保は非を認めず、移行手続きも進んでいない」。幹部間にそんな不信感があるためといい、1年が過ぎた今も一円も支払われていない。
「1万人を超す元加入者に今から連絡などできない」。同国保の悲鳴に社労士の内山晃衆院議員(民主)が間に入り、10月末から事態は動き始めたものの、移行手続きを終えた3970人分、19億円の支払いに見通しがついたに過ぎない。
◇「例外」国保に特権批判
工事業国保は左官職、芸者ら同業種ごとに165ある国民健康保険組合(国保組合、343万人)の一つ。国保組合は、単独事業主などの条件を満たしていれば加入でき、その場合は国民健康保険(市町村国保)など一般公的保険には入らなくてもよい。歴史的経緯から、61年の国民皆保険導入後も「皆保険の例外」(厚労省幹部)として存続してきた。
国保組合には公費負担(負担率43%)がある。市町村国保(同50%)並みながら「医師国保」「弁護士国保」など高所得層も混在し、特権視されてきた。建設系も03年に一般の医療費窓口負担が3割になった際、2割に据え置いたところが多く、通院医療費をゼロとしてきた組合もある。09年秋、こうした税金の使われ方が財務省の意向で事業仕分け対象に浮上した。
ただ、けがのリスクが高く、低所得者も多かった建設職人は長らく公的保険から排除され、やむなく仲間で身を寄せ合ってきた。今も「けがと弁当は手前持ち」との意識が強い。建設職人で作る全国建設労働組合総連合(全建総連、約64万人)の勝野圭司社会保障対策部長は「ひどかった建設職人の社会保障を自分たちで勝ち取ってきた」と主張する。
選挙の際、同総連は集票マシンと化す。その成り立ちも相まって、与野党を超え政治との結びつきが深い。
「建設国保は何が何でも守る」。仕分け開始直前の09年10月21日。民主、自民両党から共産党まで与野党幹部が顔をそろえた全建総連定期大会で仙谷由人行政刷新担当相(当時)はそうあいさつし、拍手を浴びた。結果的に、国保組合への補助金は仕分けから外れた。
それでも、無職の人や非正規雇用労働者の急増で「原則」の市町村国保が疲弊する中、「例外」の国保組合には廃止論も相次ぐ。10年秋には仕分け対象となり、厚労省は国庫負担を削減する法案を用意している。
国保組合廃止について厚労省幹部は「私有財産を奪うに等しい」と話すものの、中長期的には衰退するとみる。単独事業主でも税制上有利な法人なら入れず、加入者は減る一方と踏んでいるからだ。
日本の医療保険制度は1927年、工場労働者らを対象とした健康保険が最初。42年に会社員らの健保と統合、今の制度につながっている。一方、農民向けには38年に国民健康保険(国保)が始まった。ただ、56年当時で人口の32%、約3000万人が無保険だったとされ、政府はこれらの人を国保に加入させるため61年に国民皆保険を導入した。
現在は、民間企業の従業員は勤め先が設立した健康保険組合か、会社に健保がない人は全国健康保険協会(協会けんぽ)に入る。
健保組合は設立に700人以上が必要とあって、大企業が多い。保険料率の労使の負担割合を社員が半分を超えない範囲で自由に決められ、出産一時金(42万円)の上乗せや保養所など、特典のある組合も多い。
協会けんぽは中小企業中心。保険料率(労使折半)は都道府県ごとに違う。健保組合同様、病気で休んだ際の傷病手当金はあるものの、上乗せ給付はない。不況で健保組合を解散する企業の受け皿ともなっている。
一方、自営業者や無職の人、一部の非正規雇用労働者は市町村が運営する国保に入る。保険料には地域間格差があり、最高の北海道猿払村(年間13万3682円)と最低の沖縄県伊平屋村(3万907円)では4倍以上の開きがある。事業主負担もない。
現在、医療費の窓口負担は原則一律3割だが、皆保険導入前、90%以上の国保は5割だった。当時の健保は「ゼロ」が多く、02年度まで2割だったのに比べると差がある。国保には上乗せ給付や傷病手当金もない。
スウェーデンの福祉今と昔:
「貧しい人達の家」からサービスハウス廃止まで、その歴史を簡単に記載します。
1920年代:
1918年に、貧困介護法が新しく制定されました。そしてまず国がしたことは、高齢者のために特別住宅計画を立てました。「貧しい人たちの家」と呼ばれた、いわゆる現在の高齢者住宅施設の初期のものであり、建築基準や設備の基準もだんだんと改善されました。
1950年代:
高齢者住宅の基準がさらに改善され、家庭介護援助(現在のホームヘルパーの前身)を受けることにより、自分の家庭で生活が出来るようにしました。ただし、病人または重度の身体障害を持つ者は、以前からの医療手当てを病院で受けていました。
1960年代:
高齢者と身体障害者への福祉施設に対する社会的な見方が、病院治療を主体とした考え方から、個人に必要な介護や擁護はなにかを考えるべきだと変わってきました。それは同時に高齢者住宅施設の見方も変えました。そしてサービスハウスと呼ばれ、それは介護職員がいて必要な時に介護が受けられる、しかも自己管理の生活ができるアパートが多くなりました。
1970年代:
ホームヘルパー組織が設立され、身体障害のある者に対する、補助器具センターも改善されました。身体障害のある人も、自分のアパートで生活できるようになりました。
1980年代:
社会福祉援助法が設立され、援助を必要とする者および障害者等に、ノルマリゼーション、自己決定などについて、コミューンの福祉事務に位置付けることになりました。コミューンによるグループホームの管理が進められました。同時にサービスハウス、シュークヘムの建設は少なくなり、その反面、施設ではなく家庭で高齢者が、介護と医療治療を受けることにより生活出来るようにしました。
1990年代:
経済不況が続きました。そして医療部門を除いた介護部門が、国からコミューンに移籍されました。(1992年のエーデル改革)。当初は高齢者のために、特別住宅が新しく建設されたり、従来の施設が改造されました。しかし、これらの住宅は、痴呆高齢者と身体障害者のための施設となりました。
コミューンは高齢者が家庭で生活できるようにと計画ししましたが、現実には例えばアパートにはエレベーターの設備無いとかの問題が多くなり、改善されないまま今日にいたっています。これは同時にサービスハウスに住んでいた時は、ヘルパーの援助により散歩や買い物など外出できたのが、車椅子利用の高齢者や障害者は外出が出来なくなり、一日中部屋の中に閉じ困れるという状況となりました。これは同時に高齢者が、家庭介護を受けて生活出来る可能性を困難にしました。
2000年代:
高齢者特別住宅(サービスハウス、グループホーム等)の廃止が、早いテンポで進められています。これは同時に家庭介護(ホームヘルパー)が増加し、家族の負担も増加しています。一人住まいの高齢者は社会から孤立させられ、高齢者および身体障害者への福祉待遇は、悪化への道を進み始めました。
http://fukushi-sweden.net/welfare/fukusi.joho/2005/faktaservicehus05.html
http://fukushi-sweden.net/welfare/fukusi.joho/kazoku.kaigo.hakai.04.html
スウェーデンは理想的な福祉を提供している国として神格化されていた
でも、それは昔の話
経済不況とともに理想的な福祉が提供できなくなり、民間への委託など、福祉受給者への待遇悪化など切り下げが始まっている
もうちょいイメージしやすいのでいうと、ちょっと違うけどカイジの地下帝国。
http://gigazine.net/news/20110920_dropwave_game_planner_cedec2011/
これ読んだ時の感想。
「俺はゲーム開発の説明を読みに来たはずなのに、セブンイレブンとかの小売業のセミナーだった
な、何を言ってるのか(略」
発想が完全に小売業。メーカーじゃない。もう一度いう、メーカーじゃない。しかも、セブンイレブンですら苦笑するレベル。
やってることはセブンイレブンと大して変わらない。
小売業としてみれば、商品の価格がぶっ飛んでるだけで、まぁやってることは思わない。
問題なのは、そのぶっ飛んだ価格設定をいかにも良心的価格と思わせようとするその手口だけ。
ククク・・・・ とんでもない
暇を持て余し、友達不足の若者を救済するためこのクルーズを企画した 我々が悪党のわけがない
我々は皆様にゲームと出会いと暇つぶしを一挙に解決するという 未曾有のチャンスを与えているのです
仮想の空間に、独自の市場・独自の流通・独自のレートを作って完全に囲い込まれると・・・。
高いとわかっていても、変だと思っていても、その中でどううまくやるかという考えに変わってしまう。
ゲーム自体が可笑しいとは考えなくなるだろう。
そもそも、エスポワール号と違って囲い込まれてなどいないのだけれど、
そのゲームの中に取り込まれた人間には、自分一人で逃げ出すことは難しかろう。
底辺層になると、ゲームで勝つためではなく、仲間内消費、日々の小さなネタのために消費を行うだろう。そこまでいけば地下帝国だ。
「無理はいけねえ・・・・無理は続かない・・・・自分を適度に許すことが長続きのコツさ・・・・!」
狭い仲間内で閉ざされた状況作りと「この価格でもしょうがない」と思わせるシステムがあれば、
そこで生み出される幻想ってのがコレほどうまく機能するとは思わなかった。
コレほど簡単に、物の価値の感覚が揺さぶられるとは思わなかった。
そして、利根川や班長が意図を隠さずに堂々と表にそれを出し、それをマスコミが褒め称えるセカイが目の前にあるとは思いたくなかった。
どちらも、フィクションだからこそ面白いのだ。遠いセカイだから面白いのだ。悪事を神の視点から垣間見るから面白いのだ。
全部身近で、誰にでもわかるように晒されて、愉快な気分になるわけがない。非常に気分が悪い。
私自身は本土でずっと生まれ育ち、5年に1度くらいの頻度で母と帰省する。
今年も帰った。
やっぱりここは日本ではない、日本の一部とするにはもったいない、と帰るたびに思う。
言葉も食べ物も自然も信仰も思想も建築様式も芸術も町並みも何もかも日本とは違うのだ。
首里城とそれを囲む城壁を何度見ても紫禁城と万里の長城に重なる。
町中あちこちに祭られるシーサーや石敢当は言わずもがな、龍を祭る風習も中国に似ている。
赤塗りの瓦屋根、通路を囲む石垣、路面を覆う石畳も、中国的であり日本的でもあり、両方が合わさって「沖縄らしさ」をかもし出している。
言葉は確かに日本語の一種であり転訛したものだが、日本語との対応関係がわからない語や中国語の残滓らしきものをよく発見する。
食べるものも、豚のあちこちの部位やらヤギ肉やら苦瓜やらピーナッツ味噌汁やらヤドカリやらハブ酒やらグアバやら、
沖縄の人は内地人をそれと見分けられる。私もすぐにないちゃーだとばれる。
雰囲気だけでもなんとなくわかるようだし、しゃべったらほぼ確実に見分けられる。
姓を教えれば決定的に判別できる。
本土から沖縄に移住して3年滞在している友人の通称は「大城」だ。
現地人を装いたいためというが、この沖縄姓を名乗っていても本土人とばれるという。
顔が薄っぺらいからかななどと言っていたが、風格や匂いでわかるものがあるのだろう。
やっぱりここは違う国だ。
比喩的な言い方だが、通っている血が違うのだ。
現在の沖縄人で自分は日本人ではない、日本から独立したいと考えている人は皆無に等しい。
独立して自分たちだけで琉球国家を運営する能力がないことに関する説明は、あまりに自明なのでここでは割愛する。
多分これが標準的な沖縄人の反応だろう。
「国民国家」という枠組みに押し込められて成長してきた結果、
明らかに違う属性を持つにもかかわらず、「日本人」としてのアイデンティティだけが過剰に発達して、
本来の在り様との間に乖離が生じて、アンバランスな立ち位置になっているように思う。
母は、親族と東京でたまに食事をしたり東京にいる兄弟に贈り物をするときは、沖縄料理を選ぶ。
自然と選んでいるのだ。
また冒頭で「沖縄に帰る」と言ったが、母がいつもそう言うのでいつしか私も、
住んだこともないのに、「帰る」というようになった。
これもまた母は意識せずそう言っている。
沖縄という土地自体が「家族のいる場所=帰るべき場所」と認識しているようだ。
意識せず自然体で現れるからこそ、自分の拠り所、ルーツなんだろうなあと母を見ていて思う。
子供のときに読書感想文というのがあって、あれが実にくだらないと、子供心に感じた。だから、絶対に本当のことなど書かなかった。いい加減に書いて、つまり、先生が喜ぶようなことを書けば褒められた。実際に、それで賞状をもらったこともある。ああ、くだらない思い出。
本を読んで、その感想を文章にすることは、自分の考えをまとめる、という訓練としては、そこそこの価値がある。気持ちというのは、なかなか他人に伝達できないものだから、その局所的なものを一般的にする行為は価値がある。しかし、そもそも、人に伝えたい、という気持ちがまず大切であって、「わかってもらいたい」という動機がなければ、文章はけっして良くはならない。その気持ちがない状態で書けば、ようするに入試の小論文に見られる、おきまりの構成、テーマ、常套句の嵐になって、読めるけれど、意味のない文になる。そういったものをいくら書いたところで、それは文章を書けることにはならない。
それよりは、この頃の流行のブログの方が、少しはましだと思う。誰ともわからない相手に(そんな者はいないかもしれないのに)、気持ちを伝えようと前向きになってアウトプットする素直さは、非常に平和的で、社会的で、そして善良である。
自慢したいことや、同情してほしいことや、知ってほしい気持ち、褒めてもらいたい行動、そういうものが誰にもあって、それをこれほど公的かつ私的に(つまり遠いけれど身近で)書けるシステムは今までなかっただろう。この際だから、読書感想文なんかやめて、ブログを学校の先生が読めば良いのではないか。
まず、小説(フィクション)の感想文というのは、小学生にやらせるやらせない以前に、そもそも馬鹿馬鹿しいものなので、これは、教育どうこうの問題ではない。もし、国語の時間に文章を書くことの訓練をさせるつもりならば、小説ではなく、絵画であるとか、古建築であるとか、まったく別分野の芸術に対する感想を文章にさせてはどうか。文章になっているものの感想を書かせると、単に8割はその内容をピックアップするだけで、創造力、文章力の訓練には適さない。出版社に勤めて、本のあらすじを書く仕事を将来するのならば、多少は役に立つだろうか。それ以外に、小説のあらすじを把握する意味も価値もまったくないと思われる。そもそも、本の裏表紙にある「あらすじ」が僕には無意味だ。
一方、ノンフィクションに対する感想文というのは、ある程度、論理的な思考を養う意味では、効果があるかもしれない。受験の小論文で試される学力もここに近い。つまり、求められているものは、論理性、着眼などである。
おそらく最初の目的は、子供に本を読ませること、だったと思われる。僕は、子供に本を読ませる必要は感じない。読みたいものがあれば、必ず自分から読むだろう。それが人間だ。
繰り返しになるが、文章を書くときに必要なことは、読む相手を想定すること。その人に伝わるように書く、という訓練が重要だ。読書感想文は、誰に宛てた文章なのだろうか? いったい何のために書くのだろうか?
togetter嫌いなのでこっちでまとめ
Aさんの発言
原発は単なる巨大建築ではない。特定の思想を体現している以上、それはひとつのカテドラル(大聖堂)と見做さなければならない。とすれば、それを解体するためには、テクニカルな課題を処理する以前に、まずイデオロギー上の戦争に勝利する必要がある。と、これはやはり泥仕合になるわけですね。
脱原発の運動が時にカルト化の傾向をはらんでいるように見えるのは、彼らの敵である原発がどうにもこうにも宗教的な存在だからなのでしょうね。
クルマの馬力だったりCPUのクロック周波数だったりジェット戦闘機の推力だったり、そういう単線的なスペックが大好きな男の子たちにとって、原発の圧倒的なスペックは、やっぱり魅力なのだろうと思う。多少(じゃないわけだが)のリスクがあるにしても。っていうか、あればこそかもしれない。
オレだってクアッドコアのCPUをあきらめていまさら80286ぐらいに戻れって言われたら、やっぱり抵抗するだろうし、原発の中の人たちがあきらめたくない気持はわかります。くやしいよね
F1から撤退して来年からツール・ド・フランスなんて言われても技術者は呆然ですよw
魚類飼育者の中には、とにかくデカい魚が好きな一派がいて、彼らは経済力させ許せばマグロぐらいは飼いたいと思っています。でも、原子力は、あれは鯨です。テクノロジー上の中二病患者でないと、あんなものを水槽に閉じ込めようとは考えないと思います。
に対してBさん
Aさん
Bさん
では自爆テロを崇める人の心証も語れば?
Aさん
原発を崇めることが素晴らしいと言っているのではありません。
Bさん
どれだけの人が苦しんでいるか考えてみたことありますか。想像してみたことありますか。自分がその立場になったらと考えてみたことありますか?
Aさん
Bさん
だから心証について語れば?
Aさん
Bさん
Aさん
Bさん
Aさん
Bさん
すみませんでしたもう何も言いません
Aさん
了解しました
Bさん最後に連投
・本当に無視したければすればいい。出来てないところが弱さでしょ
・ツイッターではこうしたやり方でひとりの人間を追い詰めることもできます。相手の状況など考えませんから
・つぶやきにちょっとした疑問を抱いただけでしたけどね、それがよくなかったならもう何も言いません。
無視したら無視したで文句を言ったり勝利宣言をして、無視しなかったら「傷つけられた」というこまっちゃん。は確実にいる。
こういう誤読する人に対して、「俺が読み方を教えてやる」って言い出しちゃう人の感情もわからんことはないなぁ。
その上で、相手が困ったチャンなのかまともな人なのかを見極めて、問題にならない人には強気に出ることでブコメを稼ぐ例の人の計算高さは見習いたい。
「なんで信じるのか?」の答えは「周りが信じているから」になると思う。
新興宗教ってその内部でコミュニティができてて、そこの中での価値基準が行動原理になってくる。
集金についても、そのコミュニティによって、だいたいどんなもんか相場があったりすると思う。
例が悪いけどお香典とかと同じかんじ。
このコミュニティが厄介で、
選民思考バリバリで、「正しい教えを知っている私たちが周囲の人を救わないといけない!!!」みたいなノリ。
意味の分からない言葉を熱心に唱えるのも、それに価値があると周りが思っているから。
じゃあなんでそんなコミュニティの中に入るかというと、
身内や地震に不幸があった時に、支えてくれたり助けてくれたりした人の影響というのが大きい。
具体的な奇跡や恩恵がなくても、そういう人の言うことを信用しちゃう。
中には折り込みチラシから〇〇さんの教えに感動して!!!みたいな人もいるかもしれないけど、多数派ではない。
結局のところ、入信についても、活動についても、人間の社会性というか、人と人との繋がりに引っ張られているんだと思います。
追記
Amazon.co.jp: 新編 新宗教と巨大建築 (ちくま学芸文庫): 五十嵐 太郎: 本
でも少しづつでも他の枝の議論が取り込まれてて、段々と良い意見になっていってるね。
特にこの辺り。
スリーマイル、チェルノブイリ、福島第一と事故発生時の共通する要因として「完熟した作業員の不足・不在」が挙げられるため、
原子力事業において作業をするものは全て一定の有資格者とすることが望ましく、そのための組織・設備を作るとか。
もっと付け加えるなら、それらを維持するにも相応の資金が必要になるし、当然の帰結として(今回の事故と関係なく)原発は不当に安く提供されていたって話になるけれどね。
ところで。
ダム問題が、ダムの脅威から(土地を追われる住民の)ダム闘争に切り替わっているのは、「国民が納得」に対応するためかな。
その話で行くと、線路や道路、高層建築でさえ、常に闘争は付きまとっているけれど、原発だって闘争はあったんじゃないかな。
そこにラインを引くと「みんなおんなじ」になってしまわない?
問題は、直接的に被害を被る人が反対するかどうかじゃなく(そりゃ反対するさ、しない方がどうかしてる)、
そうしたインフラに対して、社会が存在を許容しているかどうか。
電車もそうだし、飛行機もそうだけど、事故があったからって「なくしてしまえ」とはならない。
水力発電や火力発電も同様で、痛ましい事故が起こっても、「なくしてしまえ」とはならないよ、「きちんと管理しろ」となるだけ。
原発への世論が、私のような一部の人間を除き「きちんと管理しろ」ではなく「なくしてしまえ」に傾いているとしたら、インフラそのものへの不安が期待される利便性を上回ったという事。
普通高校には行ってないけれど、高専卒で大学理学部数学科編入、大学一般入試も経験したので、迷った人へのアドバイスを。
このテーマはネットで検索してみると出つくしているようにも思うけれど、できるだけ具体的な物になるようにしました。
僕自身は高専時代反省点も多いながら充実した生活をした一方、今のキャリアを考えればあんまり意味がなかったので、
あと、高専からの大学編入については自分からはあんまり扱いません。
高専に入る前からこういった考え方の人は自分の進路の合理性について考え直した方がいいと思います。
但し、長岡や豊橋技科大学とかなら編入生が多く、それ用のカリキュラムがあるかもしれないので、話は変わるかもしれません。
※以下「普通高校」と言った場合、「普通高校で学ぶ学習内容」を指します。
1.1 一般科目に大差はない?
高専に行っても現代文、古文、漢文、地理、歴史、倫理、経済、英語、第2外国語、芸術、体育、法学…など
一通り勉強します。授業時間は少なめなんでしょうが、こうやって書くと多いでしょう?
大学入試と言う超絶重要な節目のための勉強をしなくてよいだけましですが、試験もあります。
1.2 専門科目に見えても…
機械や電気、建築で学ぶ専門科目には、低学年では工業(構造)力学、電気回路、流体力学、材料力学等がありますが、
これらの大部分(エッセンス的な意味で)は普通高校の物理でも学ぶことができます。
化学工学についても普通高校の生物、化学で学ぶこととかぶってる部分があるでしょう。
したがって3年までの勉強内容はみなさんが思っているほど普通高校(の特に理系)との間に大きな違いはないと思います。
2.違い
2.1 機会費用を考えよう。
これは本人よりも親御さんにとって重要なことかもしれませんが、
高専から働きだすのと、大学からとでは最短で2年。浪人や院に進学するなどすればそれ以上の間、
年収400万として2年で800万の収入、国立の学費で100万(私立なら200万?)、
就職先の福利厚生(飯付き独身寮など)が充実してたらさらに200万位の差がつきます。
もちろん大学進学でそれ以上の収入が得られれば良いのですが、家庭の経済環境が厳しい人は
2.2 数学は進度が早いけれど…
やはり大学受験がないだけあって演習量は少なめです。僕は教科書の例題を解いただけでしたが定期試験はほぼ満点でした。
また、確率や数列、図形分野はあんまり力を入れません。微積分も一般入試向けの解法をやるわけじゃなく、
専門分野に必要な計算力を養えばいいわけです。もちろん大変ですけどね。
個人的には高専で学ぶ数学についていくよりも、黄チャート(大学受験の為の基本問題集)をマスターする方がずっと大変です。
2.3 ちゃんと統一してほしい。
電気回路を専門科目として学ぼうとすると、早い段階で微分が出てきます。
したがって「この式はこういうもんだと思って」(実際に先生に言われた言葉)学ぶ必要があります。
くさび型のカリキュラムにはこういう弊害もあると言うことです。
もっとも、段階をちゃんと踏む普通高校では物理の加速度、速度、距離の概念を積分を使わずに学びます。
直観的で分かりやすいですが、これはこれで気持ち悪い人もいるかもしれません。
3.その他
3.1 いまどき英語は必須
私たちの時代から言われてきていましたが、今はそれ以上に語学力を売りにする必要がある時代です。
実際私の高専の同級生や同僚にも海外出張や、英語で仕事をする人はひとりずついます。
私もベトナム人に試験のやり直しなどの指示を英文ですることがあります。
3人とも別に英語が得意だったわけではありません。僕は学生時代TOEIC300ぐらいでしたし、
他は僕以下の英語成績でした。
エンジニアとして、英語ができないのは数学ができないくらい不自由なことになると思います。
今はTOEICに力を入れている高専も多いようですので、そういった学校の実績をオープンキャンパスで聞いてみてもいいかもしれません。
3.2 シラバスをゲットしよう
高専に限らず、大学の文学部に行くにしても、まず志望学校名とシラバスでググってその学校で使われている専門書を数冊手に入れましょう。
田舎の人はamazonで買えると思います。数日都会の大型書店(ジュンク堂、紀伊国屋など)に入り浸ったり、その分野に関するライトな本を読むのもいいでしょう。
そしてその本を理解するのではなく、ざっと読んでテンションが上がるかどうかを確認します。微分方程式や、精密な図面を見て、こんなことを学べるんだ!と思えればいいんです。
テンションが上がればその学科に進んでも後悔する確率は下がります。
専門書は高いですが、入学して後悔する事に比べたら数100分の1の損失(進学できればそのまま使用可能)で済みます。
ちなみにもし僕の子供が機械、電気系に行きたいと言ったら、まず製図の本を同様に読ませて、それでテンションが上がらなかったら
とりあえずこのくらい。思いつくところがあったらまた書きます。
7/10追記
いまだにこんな↓独りよがりなレポートを課している教員がいるのか。やっぱり高専はおすすめじゃないかも。
title:高専1年生です。情報処理1のレポートで授業で習ってないし教科書にも載ってなくて困っています。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1366034508
先々週、5年ぶり2回目の台北旅行に逝って北。旅行者として台北という街に感じる魅力はメシが美味いとか時差がほとんどないとかいろいろあるんだけれど、今回改めて気づいたこの街のイケてる点として、街並に感じるゾワゾワ感ってのがある。工場萌えやダム萌えと並列で語れるものかどうかは確信が持てないし、台北だけの特徴というわけでもないだろうけれど。そんなわけで自薦ながらゾワゾワくる写真をまとめた。
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ビンビンきますね
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今回の旅で宿をとったのが士林駅そばのゲストハウス。白菜や角煮で有名な 國立故宮博物院へは士林からバスで。士林觀光夜市へは、士林より1駅南の劍潭が最寄りなので騙されないように
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士林駅周辺の路地とか店とか
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故宮博物院の向かいにあるマンション? みたいなのがすんごく気になった
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博物院の脇に至善園っていう庭園があって、博物院の半券を見せると無料で入れる
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劍潭駅
河を挟んで淡水の対岸にある街。リア充多い。氏にたい
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やっぱりリア充多い。氏にたい
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重建街っていう通りがムッチャ萌えた
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紅毛城っていうスペインが作った城があるんだけどその敷地からの周りの風景
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路地とか河とか
悲情城市。千と千尋。
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ゾワゾワとはちょっと違うんだが、市民大道に沿ってある地下街でなんかイベントやってて、同人誌売ってたりコスプレーヤーが集結してたりしてビビッた。メイド喫茶、執事喫茶もあった
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このエントリーは
東電の免責については不可能だと思う。あの地震と津波が想定外の天変地異に相当するかどうかだけど、実際に自然現象として発生したからには想定外とは言えないわけで。
フランスとか、オーストラリアとか安定的な地塊でM9.0レベルの地震が起きることを予知するのは不可能だろうけど、日本のあの地域でそういう地震が起きるのは構造的に可能なのね。
重要なのは、今回の地震はこれでもまだ、人類史上、最大のものではないということ。
チリ大地震級の地震が日本沿岸で発生するのは地質的に不可能であったのかどうかってこと。起きる可能性は低いと考えられていたけど、それを引き起こす構造的な環境はあったわけ。
たとえばプロの鳶職の人が高層ビル建築の工事現場で、ナットやら金槌やらを下に落とすことは可能性としては低いけど、起こり得る可能性はあるわけ。
落下防止柵などを事前に手当していなくて、通行人がけがした場合、予測不能であったと言えるかどうかってことよ。
政府の地震予知はこの地域であれほど大規模な地震が起きるとは予想していなかったけど、それは地震予知の問題であって、それに沿って見通しを立てていたから東電には責任はないなんてことはないのよね。
横からだが、車種とか要素が色々あるのに、自動車で人括りに出来ないだろ。
危ない不良整備といわれている中古車かって、怪しいと言われる整備会社に出したりしてた。というケースと。
有名メーカーの、大衆車買って、そこそこ二の整備会社にだしてました。っていうケースは別。
土地の条件が、福島のほうが良くないが、福島以外に土地がなかったからという理由で、
今おきている暫定基準とかと同じように 基準引き下げたんじゃない? とか、言われそうなところは色いろある。
逆に、じゃぁ、どうすんだよ?って解答も 当時は今より科学技術力が低かったという背景も考えて
そこを言うよりも、今後どうするかに力を使おうということで、いいと思う。
( 福島には原発が必要だった http://d.hatena.ne.jp/ayua/20110411/1302526954 )
地震、津波、原発事故、風評被害の四重苦だ——。そんな声を、あちこちで聞きます。
原発によっておいしい思いをしてきたんだろう。交付金をハコモノじゃなく安全のために使うべきだった。他県の方はそう思うかもしれません。原発が相双地区(福島県の太平洋側)の一部の財政を潤してきたのは事実です。福島県民ならみんな知っています。しかし、産業が少ないながらも自然との調和がとれた美しい魅力的な土地だというのもまた、福島県全体の共通の認識ではないでしょうか。
大学進学率は、一昨年は47都道府県中40位でしたが2010年には3つ上がって37位になりました。女子だけだと42位で、女子の早婚率は全国1位です。だいたいの女子は高校を卒業するとちょっと働いて結婚する、という流れが福島ではとても一般的でした。県庁所在地の若者は休日になると、片道800円で高速バスに乗り、仙台で遊びます。そんな土地です。学校で一生懸命勉強した人は県外の大学へ行き、首都圏などで就職していきます。「こんな仕事がしたい!」と思っても、会社がないのです。過疎化がどんどん進んでいました。
それでも、福島県民の多くは、原発の誘致にはあまり積極的ではありませんでした。私も内心では反対派でした。土地を提供すれば、交付金が貰える。建築業も潤う。発電所で雇用が生まれる。人が増えれば周辺産業も潤う。でも、よくわからないからなんだか怖いし、毎日のように新聞で報じられる自動停止、手動停止のニュースをうざったいと感じていました。
2年前、福島市で高レベル放射性廃棄物のワークショップが開かれました。放射性廃棄物の地層処分がいかに安全か説明された後、いくつかのグループに分かれ議論する…という趣向でした。経済産業局資源エネルギー環境課長、大学教授、市議、環境エネルギー関連のNPO…そこへ来ていたのはほとんどが推進派で、原子力発電環境整備機構(NUMO)の職員も来ていました。
「もし、絶対に安全なら、あなたの家の下に放射性廃棄物が保管されてもいいですか?」
そう問われ、私は考え込んでしまいました。日本の科学技術を心から信じていましたが、絶対に安全、なんてあるでしょうか?
佐藤雄平知事が原発推進派だった、知事に責任があるという意見もありますが、的外れです。知事は安全・安心を原子力政策の根幹とし、プルサーマルに関しても「凍結を含め考えなければならない」と従来より否定的な考えを示しており、経済産業省での検討会でも原子力安全保安院の分離の必要性を訴えていました。乗り気だったのは双葉郡の立地町と、関連企業たちです。国・東電・立地町長VS県…という構図だったのです。
プルサーマルの導入は遅れに遅れ、国からの核燃料サイクル交付金は打ち切りになり、その後の共生交付金は当初の金額よりだいぶ減らされたものでした。交付金の申請も安全運転を確認してからとされました。
この新聞記事を読んだ当時、私は複雑な思いを持ちながらも、できることならやめてほしい、と思っていました。双葉町は交付金を福祉・教育と、債務返済に充てる予定でした。それほど町の財政は悪化していたのです。しかしそれでもどうにかやめてくれないか、と願っていました。
2010年8月6日、知事はプルサーマルの受け入れを表明しました。
双葉町長「エネルギー資源の乏しいわが国では、核燃料サイクルの確立は大きな課題だ。プルサーマルがスタートすることは意義深い。」
楢葉町長「プルサーマル受け入れの表明は、わが国の原子力政策を推進する上で大きな転換期を迎えたもの。」
昔の資料は手元にないので40年前の様子は私には分かりませんが、プルサーマルでこうなのだから、原発設立当時はもっと歓迎されたのではないかと思います。
そしてプルサーマルの次は、7・8号機の増設案です。「古里の将来を考えた場合、増設は悲願。東電と県の前向きな姿勢に期待したい」これは双葉町商工会長の言葉です。しかしこれら一部の推進派以外は、実に多くの人が原発を「できればなくしたいもの」と思っていました。
もちろん、こんな結末が待っていると知っていたら、もっと強硬に反対していたでしょうし、推進派の意見も変わっていたでしょう。
でも、分からなかった。
40年前から、あの日あの時までずっと。
東京の大手メディアは事故が起こると、一目散に逃げました。でも地元の報道局はずっと被災者の声を伝えていました。そこには原発で働く人やその家族、原発関係者で成り立っていた地域の人たちの声もありましたが、農業や漁業、その他の産業で働くより多くの人たちの悲痛な声がありました。それは複雑な構図ですが、それぞれ生の声でした。
首都圏のために電気を送って、その代わりに様々な恩恵を受けました。
私は福島県民として、東電や国をただ糾弾するのではなく、自分自身の過去を振り返ってじっくり反省し、考えたい。
たとえ賛成派でなかったとしても、なぜ止められなかったのか、よく考えるべきです。
それでも福島は「原発事故のあった土地」として世界中に記憶されてしまいました。残念ながら事実です。県民はそれを受け入れなくてはなりません。そしてそれでも生きていくために、風評被害と戦いながら新たな産業を開拓していくしかない。そう思うのです。
原発は必要なかった。
やっぱり、いらなかった。
原発はやっぱりいらない。