はてなキーワード: 大学受験とは
苦痛0の生活で快楽10を享受するのと、努力するコストを払うことで快楽20が得られる状況どちらがよいか、って時に、実は20を得ようとする人は社会的に結構少ないのかな。
立場として、
(これって③と④は20を得る価値を質的に取り扱ってる時点でだめじゃん、とか思ったってのはさておき、)があるとして、自分は③かなーとか。みなさんはいかがでしょうか。
で、考えてみるとそもそも人生ってのは普通に生きているだけど、痛ましい苦境を強いられているわけじゃん。飢えたり、健康管理だったり、そもそも社会にでて他人とつながりを持たないといけないこととかさ。だから、基本、苦痛値がはなから10ぐらいのしかかってるんだよね。
で、たとえば、ニートになってる人とかってどういう真理なんだろーって話をしていたのだけど、社会から自分を切り離すことで、基本苦痛値を5下げれるなら、その結果、快楽が5下がってもいいかなーみたいな感じなのかなって。
とはいっても、人間はまったく楽しくもねーままに生きるってのはちょっと耐えられない話であってね。たぶん、最低快楽欲求値ってのが、一応、あると思うのよ。まあ、10とかさ。
ニートがわりとひょうひょうと生きていけちゃうのって、社会ちょー豊かだからなんかなって。つまり、おれらが人として文化的最低限の暮らしをするための社会的インフラがあれば、その最低快楽欲求値みたいなのは余裕でジャンプできちゃうの。ほら、テレビとか、とくにインターネットのおかげでね。
むかしはさ、といってもおれはそれをしらないんだけど、何か快楽を得ようとするのに支払う対価ってのがけっこーでかかったんだよね。なんか面白い本探すのときには、いろいろ読んで漁るような努力コストを支払わなきゃならんとこを、インターネットは、口コミなんつって、世界中のひとで、その探すコストうすーくシェアしあうことで、努力にともなう苦痛値を下げてくれるし、タダ乗りだって許してくれんの。資本主義は競って価格競争とか技術革新してくれるしさ。
だから、社会と断絶して基本苦痛値みたいなのを0に近づけつつも、最低快楽欲求値はちょーらくしょーで越えてんぜーっていう。
同居人がね、おれは別にサラリーマンになって、適当に働いて、家帰って、インターネットしてるだけで幸せなんだよねーっていうのさ。「さとうプロ(あだ名)にとって生きるってなんですか?」「死なないことだねー」って。
彼にも昔は、あったんだと、承認欲求とか、自分のこのくらいの人間にはなるんだぜ、おれは、みたいなラインが。でも、ほどほどの努力で大学受験してみると、日駒レベルのとこに入学してて、いままでの人生では、自分の望む結果を最低限のコストで得られてきた彼にとってはじめて、ギャップができたんだって。そんで、いまは、そういうのもだいぶ薄れたとか。とはいえ、年々、基本苦痛値ってあがってくるわけじゃんか。25歳なら25歳相応の立場が求められたり、圧力かかったり、そもそも仕事にも就き辛かったりするし。さらにいえば、支払える努力コストの上限も下がってくる。体が動かなくなってきたりとか。このままでいいのーって気になったんだが、そうして、快楽が減っていっても、最低快楽欲求値を割るにはずいぶんあるし、まー、いいだろ、って感じなんだと。
以上、世界っておもしれーなーって思った話でした。(雑)
「早慶付属中に行く意味」と題してインターエデュに300を超えるコメントが付いています
ttp://www.inter-edu.com/forum/read.php?1644,2373792,page=1
息子は現在、中高大の学生生活を楽しみに受験勉強を頑張っています。
わたしも、子どもには大学受験に縛られない有意義な学生生活を謳歌してほしい、と希望しております。
経済的にも、子沢山ではありますが、十分大学卒業まで問題ないと考えていました。
「早慶付属上がりということは、文系学部がほとんどだ。文系と言う事は、仕事は基本的には、営業だ。
営業は実力勝負で、学歴なんて関係ないし、これから文系学部は早慶とはいえ厳しい。
就職の時ちょっと有利なだけで、人脈と言ったって、昔ほど有用でもないし、
人脈を利用できるできないは本人次第だ。それに、子ども全員早慶など付属いかれたら、
経済的に大丈夫か?今の収入が続く保証はないんだぞ。青春を謳歌するためだけに、
大金を払うつもりはない。中高私立にするなら、大学は、東大、東工大、医学部とまでは、
全く希望していないが、せめて国立理系にするのを条件にしてくれ。
本心では、公立中→都立高→電通大とか首都大の理工が一番ありがたい。
とにかく、私立中高にいかせるのなら、どこでもいいから国立理系以外ダメ。
早慶付属は絶対に認めない、コストパフォーマンスが悪すぎる。これからは、理系以外ダメだ。」
何とか説得しようとは思っていますが、どうしたらいいのでしょうか? 」
公立中高一貫が乱立し始めたので、
ここの家の父ちゃんが言ってることは半分正しいと思うけれども。
1月だったのは確かだけど、第3週じゃなかったっけ。
私は10年前にセンター試験を受けた。英語の試験にリスニングは無かった。
8割以上得点でき、国立大学に現役合格できた。4年で卒業して就職して今に至る。
こうして書いてみると、就職まではレールの上を走るように順調にやってきた。
高校の先生はまずそんなことは言わないけれど、
社会に出ると(いや正確には学生時代も)、「浪人経験のある人はメンタルが強い」と言う人がよくいる。
浪人して大学に入るということは、若いうちに失敗して、乗り越えたということだから、と。
私が現役だと知っていてそれを言うということは、
「現役合格で苦労知らずのお前はちょっとメンタル不安だよね」という意味だと理解していた。
私は、ずっと腑に落ちなかった。失敗を回避する能力、努力よりも、失敗することの方がそんなに良いことなのか?と。
両親は、私は受験勉強中スランプに陥るたびに、「浪人してもいいんだから、リラックスしなさい」と励ましてくれたけれど、
本当は浪人させるほどのお金なんてなかったはずだ。やっとの思いで大学を卒業させてくれたし、私も奨学金を借りた。
高校生の頃にもそれを分かっていたから、何が何でも現役で合格するつもりだった。
あの努力、プレッシャー、親に余計な負担をかけさせたくないという気持ちが全部無になって、苦労をしらない人間になってしまうの?
若い頃に失敗する方がいいの?親のお金を使ってする、失敗体験が?
そりゃあ、社会に出て会社に損失を与えるような失敗をするよりはマシかもしれない。
なら尚更、いずれ失敗の許されない世界に出て行くために、失敗しないことを考える人間である方が良いのではないか、と。
お察しの通り、私はそういう下らないことで嫌味を言われる程度の人間で、また下らないことに頭を悩ませる程度の人間だった。
まさか毎日そんなことを考えていたわけではないけれど、最近やっと気づいた。
確かに私は、18、19歳で失敗を経験し乗り越えられる人間ではなかったな、と。
大学受験で不合格になるという、今思えば何でもないと思えるようなことでも、きっと乗り越えられなかったと思う。
という風に。
そう思うと、すっと楽になって、
「私はあの時は確かに弱かった。けど、今は違う。」と、堂々と言えるだろうと思った。
そして、もうそんなことを言われないくらいには、ちゃんと社会人をやっていると思う。
今日の試験がうまくいった人もそうじゃない人も、道は長いから、明日ものんびり頑張ってください。
おわり。
努力は過信を生まない。これは、自分の大学受験時のことだが、最初の教科が思ったより問題が難しくもう駄目かと思った。しかし、この一年頑張ったという思いが、「最後までできるだけやろう」と思わせた。努力こそが本当の自信につながっていくのだろうと思う。
・努力は必ずしも報われない。
努力すれば成功するとは限らないが、成功する者はみんな努力をしている。努力が報われるかどうかがわからない中で、努力し続けるということは非常に難しいことである。
・努力は他人には見えない
自分が努力しているということは自分を相当見てくれている人以外はたいてい気づかない。ふつうの人間はその人の今までの肩書きを見るのが普通である。努力することはけっこう孤独な作業である。そして、努力したかどうかというのは自分自身にしかわからない。
・努力にもやり方がある
努力の方向性を間違えると「木に縁りて魚を求む」といった状況になりかねない。極端に言うと生物の成績を上げるのに歴史の勉強をしても意味がない。
・努力と結果
努力は結果を得られるためのプロセスに過ぎないが、努力すること自体は非常に価値のあることである。
努力できるかどうかさえその人が置かれた環境に左右されうる。努力ができるというだけでけっこう恵まれている方である。
僕は、高校時代かなりの苦労をした。精神的に追い詰められ、立っているだけでやっとの状況でふらついていた。他人が怖く、知った人以外の顔がまともに見れなかった。黒板を見るのもやっとの状況だった。そのような精神状態で、勉強もまともにできず、大学受験にも失敗した。
そこから、浪人生活が始まった。1年間予備校に通い、ほんの少しの親しい間柄以外の人とはしゃべらず、昼食の時はトイレで震えていた。それでもどうにか精神状態を保ちながら、どうにかこうにか生活を続けていった。ときどき親にも受験で失敗したことをせめられるようなこともあった。それでも高校時代よりはましかなと考えながら毎日予備校に通った。
そして今年、幸運にも難関大学に入学することができた。少しずつ他人の顔が見れるようになってきたし、友達もできた。
高校時代にそういう状況だったことは親にも言っていない。周りも気づいていないと思う。でも、自分にはわかっている。自分自身には「よく頑張ったな」と言ってあげたい。
同級生を見ていると、結婚までは簡単だが、子供を持つまでには大きなハードルがあるのだなと思う。
基本的に共働きが多く、妻の勤め先が優良企業でない限り充実した育児環境は整えられない。
非優良企業でも妻が仕事をやめるなら育児はできるが、夫への大黒柱圧力が高まるし、
妻としてもせっかくしてきた大学受験や就活の努力をふいにするのは惜しいのだろう。
結局、夫が一人で家族を余裕を持って養える高収入で妻が専業主婦願望の強い女か、
妻が育休制度の充実した優良企業に勤めている場合しか、子供を産み育てる手立ては無いのだ。
必然的に子持ちの同級生は特別優秀だった奴らばかりということになる。
結婚だけならほとんどしているのだが。夫婦で年収500万ずつ稼げば、世帯年収1000万。しかも夫一人で同額稼ぐより税制面で有利。
元々大人しい性分ではなかったが高3から浪人時代、ひどく荒れた。
合否発表の日は郵便がくるのが嫌だと郵便受けに石を詰めたり郵便物に火を付けようとしさえした。
家の鍵が掛かっていれば玄関を蹴破って家に入り、ムカつくと大声で罵詈雑言を家族に浴びせ窓さえ蹴破った。
全て落ち浪人時代も2chの大学受験板ばかり見てその受け売りで再び受験に望み、
親がたまたま複数日程を出願した大学のみ合格し不承不承入学となった。
バイトが決まらないとか学校が遠いとかこんな田舎に住みたくないとか不平不満や罵詈雑言はあるものの
週三日学校に行けばいいとかで単位もそこそことって4年はゼミはとらないそうだ。
かといって家で見る限りskypeのようなボイスチャットで遊んでいたり、
mixiで偽アカウント作って「釣り」をしてボイスチャット仲間と観察して夜遅くまで遊んでいる。
義務的に最小限に学校に行って帰りに銀座や表参道など高級菓子店で自分の為にケーキを買ってきて(ふらっと買える)そういう生活がしたいという。
これから試験があるそうだが傍から見て一科目だけも受からないだろう。
就職活動だって大学受験と同じに一覧表があってその通りに受けていけばいいと思っている。
公務員ならスケジュールが予めある程度予測できるが、民間はそうはいかない。
これからまた弟が荒れて家の中が文字通りめちゃくちゃになると思うと、
ちなみに各種機関に相談したが、「xxについては○○へ」とたらいまわし状態で本人に病識がないと病院も受信できない。
また(住んでいる)家を捨てて家族でどこかに逃げろといわれるがそうして残した家で失火したら誰の問題になる?
引っ越して縁切って終わりにはならない。
大学を卒業して言語学校に留学してそれから社会人になったので、社会人経験はあなたよりずっと少ないです。そしてまた26歳の時に結婚して子供を産んだばかりなので会社も辞め(させられ)て今は無職です。フリーターは社会人経験に含まれないんでしょうか、ちょっと驚いています。2人ともパートタイマーで暮らしている友人(海外だけど)もいるからなのか、自分の中の常識が覆された感じです。
あなたはすごく頑張ってると思います。で、ちょっとした提案なんですが、外国語をやってみては如何でしょうか。何故かと言うと、日本破綻の可能性を知っているからです。確かに、この前破綻してしまった某国より日本の負債額は多いんですよね。可能性はとても大きいと私も思っています。英語と北京語辺りができるとどこに行っても不便なく動けると思います。私はどちらも使えますし、他にも(詳細はちょっと書けないんですけど…)。
大学受験をお考えのようですが、学部学科はある程度絞り込んでから動いてくださいね。「難しそうだ」と思う学校を狙っていらっしゃるのであれば、先に関連のある学科のある「手の届く」大学に入って、3年生になる前に転入試験を受けるという手段もありますから、ぜひ試験の難易度だけで大学を決めないでください。国立大学は編入試験どれくらいあるのかな…?私は私学の言語畑でずっと生活していたので詳細はわかりません。ごめんなさいね。私が2年生の時上智の編入試験を受けた人はけっこういたらしいんですが、私は実家の仕事を手伝わなくてはならなかったので受けませんでした。教員や友人にもかなり勧められたけど、通学時間がねえ…。
これ、すごく気にかかりました。私の夫は高卒です。ほとんど人生に重なり合う点があんまりありません(笑)。でも、同じカテゴリにいる人相手では知らなかったことを教えてもらうこともあります。一緒にいることに、そういった分類やラベルがどうかかわるか考えてみてください。むしろ、人格云々の方が重視されるはずと思います。…もちろん、普段過ごす「舞台」がどんなところなのかによって出会う人の質に変化があるのは当然です。それは友人についても同じことですね。ただ、どんな舞台に行っても「信頼関係を築いてから」恋人になり、「その信頼関係を磨いてから」結ばれてください…一度お別れを経験なさっているので実感はあると思いますが、納得のいく人生を!
30歳までに1000万貯めるのが目標。
私はまともな人と再婚できるのでしょうか。
私の今までの人生、聞いて下さい。
高校卒業後、専門学校へ。学費を親に返す為にバイト代を節約した結果、コツを覚え今これだけの貯金が出来ています。
更に「シンプルライフ」に目覚めた為、更に毎月の貯金額が増えました。
結婚は1年間していました。
今とは価値観が全く違います。恥ずかしい過去です。DVで別れました。
時給900円、22時から1000円。
月に9~10万貯金して、年に約100万口座に。
残りのお金は年に2回くらい海外旅行で使います(安いアジアやグアムへ行きます)。
こんな生活を続けながら、彼氏とお付き合いしていました。
お互いに結婚を意識して付き合っていましたが、相手は35歳フリーター(同じバイト)。
絵の仕事をしたいから、バイトしながら絵を書いている、らしい。
結婚したいから就職して、と言い続けていましたが、2年間「するする」と言いつつ活動せず。
頑張って~♪、と思っていたら後日、
「FP3級の資格とる!職業訓練コネで紹介してもらえる事になりそう。月に10万も貰える!」
と言い出しました。
『ハァ?FPとDTPに何の繋がりがあるねん!?ハァ?????』
驚きついにブチギレた私は顔に水をかけて罵声を浴びせました。
その結果殴られました。
そしてその時に
「お前就職就職言うけどなぁ、何がお前に出来るねん、貯金と料理と一人暮らし出来たら偉いんか?ああん?」
と言われハっとしました。
確かに私は何も出来ないです。
後日、この彼氏の前に付き合っていた彼氏からタイミング良く連絡があり、元サヤになりました。
久々に会った彼は1ヶ月前に就職していたのです。付き合っていた当時は派遣社員でした。
29歳・月収手取り15万・ボーナス無し・ローン有・貯金無し・パラサイト
こんな人です。
就職してる~!!
と嬉しくて付き合いました。
この彼氏にも後日
「お前フリーターの癖に何なん?社会経験何もしてない癖に俺に文句言える立場?就職してから文句言ってくれる?」
でも好きなので別れるか迷っています。
この彼氏の母親は教師なので、女は就職して働くのが当たり前という考えです。アルバイトやパートの女性を見下しています。
当時彼に言われて渋々就活し、2回面接に通った事もありますが、1・2ヶ月で辞めました。
それに、就職しても今より手取りは減るし、専門卒でも高卒と一緒なのでボーナスのある会社に28歳で入れるとは思えません。
最近、日本が破綻すればこの貯金の意味も無くなる可能性が出てくると知り、ただやみくもに貯めるだけでは駄目だと思い、バイトを減らしています(だから今の手取りは24万です)。
減らした時間で勉強・読書・自己啓発しています(本とネットで)。
私は読書を殆どした事が無く、学校も授業を聞いて居なかったので漢字が読めません。
本が読めるようになりました。
そして次は簿記2級を受けます(3級は取得済)。これは何となくの理由です。
とにかく「何がお前に出来るねん、貯金と料理と一人暮らし出来たら偉いんか?」と言われ、何かやらないと、と思って適当に選びました。
2級程度で就職出来ると思っていません。
かなり厳しい道のりですが、無理なら無理でいいし、知識にはなるんやし、やってみようかと思っています。
もちろんFランに行っても意味が無いので、国立大学以外に入る気は無いです。
私のようなフリーターで貯金と料理と一人暮らししか出来ないような馬鹿な女でも、いずれまた恋人が出来て再婚出来るのでしょうか。
再婚願望は、酷い言われかたをしたので正直そんなに無いですが、今のバイトもいつ無くなるか解らないので不安です。
自己啓発していると、同じような人としか付き合えないと書いてありました。
そうすればいい人と付き合えるかなと思って。
私がまともじゃないから、相手もまともじゃない、んだと思います。思いたくないけど。
年収は少なくても、身の丈に合った暮らしが出来る人なら良いです。
お付き合いしていた彼氏はあればあるだけ全部使う人だったので、辛かったです。
年齢と共に仕事が変わっていくのだろう。年齢と勤務期間は簡単な目安になるからだろう。
でも、たぶん、それって相当暴力で、その人について向き不向きを精査しないのは管理者の怠慢(?)なのかもしれないと今思う。
といういいわけなんだけど、今自分がどう考えても向いていない仕事を与えられて困っているだからなんだけど。先月の勤務時間は300時間くらいだった。必死で仕事を何とか「こなす」だけでこの結果だ。
もうオッサンもいいところだから中間管理職一歩手前のトレーニングみたいな仕事ではあるのだけれども、残念ながら向いているとは自分で思えない。
今日も終電なので帰ってきただけのことで、できるのならもっと仕事をしていた。休むのも仕事のうちだとおもうけれど。
よく「年下上司、どうおもう?」という記事やら特集を見るけれど、向いてる人はとっととふさわしい位置に行くべきだと思う。
で、向いてない、の正体は、時間がかかるなのだと思う。ある人は「それ」を習得するのに1200時間、この人は300時間、とか個性があることを認識すべきなのだろう。勉強にも言えることだけど。18年間勉強してその結果として大学受験、なんじゃないかと思う次第。
まぁ、もうそろそろ終わりそうなんで、それはそれでいいんだけど。いい形で終われて、もちっと次を自分の調子で目指せる仕事にしたいものだが。
時間がないを言い訳にする人は、仕事も時間がないを言い訳にして、やりたくない仕事はやらない傾向が強いです。
時間がないから書類を出さない。時間がないから片付けない。時間がないから会議に出ない。などなど。
次の担任を持つなり、残った生徒に尽力するなりするだけ。
俺は自分の生活を優先しましたが、それでもまだ8-21時勤務、土日も休みなしの状態から抜け出せないのは、自分の生活をある程度確保したうえで、多少は生徒を優先しているからです。
毎日13時間も生徒のために使う必要はない、と思うかもしれませんが、一日3~4時間の授業と、雑務の時間、部活の時間を除いたら、生徒のために使ってる時間なんて、一日一時間程度です。
もちろん、大多数の生徒は、教師がいなくともなんとかなります。
ですが中には、児童相談所に行くほどではないけれど、家庭でトラブルを抱えていて、誰にも相談できない生徒など、様々なトラブルを抱えた生徒もいます。
そういう生徒にとっては、教師じゃなくとも、身近に相談できる人間がいることが、どれほど日々の生活を楽にするでしょう。そして、他に身近に相談できる大人がいなかったら、教師を志すような人間なら誰でも「自分が聞いてあげよう」と思うでしょう。
少なくとも私は、そういう時間を削る人間を、魅力的だとは思いません。
もちろん、あなたの彼女のように、「忙しさ」を理由に、最低限こなすべきことを放棄している人間も、教師としてダメだと思います。
ただ、彼女を弁護するならば、担任教員というのは、仕事をしないと本気で彼らの将来に関わってきますから。
担任が仕事をしなければ、高校生なら、卒業できません。大学受験できません。下手すればその後の人生が大きく変わるでしょう。
話がそれますが、私は、教師が聖職だとも、教師が偉いとも思っていません。
ただ、生徒たちと同じ場で暮らす大人の一人に過ぎません。
そんな人間が、生徒たちに何か教えられるとしたら、専門教科の他は、「いかに人間的に魅力か」で決まるでしょう。
少なくとも、自分の人生を楽しんでいない、他者(生徒の存在も含めて)に依存しているような人間は、私は魅力的だと思いません。
教員の仕事量の内、授業・部活関係は学校によって大きく変わるところだと思います。
例えば都内でも、一学年一クラスしかないような高校があります。
そういう所では、全学年を一人の教師が教えます。毎回違う授業ですね。
また、10クラスあるような学校では、一人の先生が一つの学年の一つの授業しか見ない、などということもあります。
こちらだと、1クラス週2回授業があっても、同じ授業を10回×2で済みますね。
私の例で言うと、1学年6クラス前後ありますが、学校が習熟度別の展開授業を行っていることと、理系・文系でやっている内容が違うこと、さらには生徒の学力差が激しいこともあり、同じ内容の授業は少ないです。
更に、ベテラン教員の中には、「このクラス教えたくない」みたいなわがままを言う先生も(極希にだと思いますが)いるので、私の場合、全4種類の授業を持っています。
その内、同じ内容をやっているのは、3クラスと2クラスですね。
| 担当クラス数 | 週の回数 | |
|---|---|---|
| 授業A | 3 | 2 |
| 授業B | 2 | 2 |
| 授業C | 1 | 3 |
| 授業D | 1 | 3 |
で、週16コマです。
実際に用意するのは、2コマ分+2コマ分+3コマ分+3コマ分で、10コマですね。
故伊藤和夫の授業をyoutubeで見て、都会の受験生ってこんなスゲー授業受けてたんだと、15年後にカルチャー・ショックを受けたので、田舎の浪人生だった自分が使った大学受験参考書(東大理系96年入学、いまではなんとか研究職)。
内容はスタンダードでよい。
個人的にこれだけで必要十分だと思うし、これだけしかやらなかった。暗記科目とか非暗記科目とか言うけど、試験である以上、数学だろうが物理だろうが暗記科目だと思ってる(日本語の能力だけはどうにもならないけど)。これくらいはマルっと憶えられないと応用もなにもないと思う。浪人生は勉強だけしてればいいから、大学受験の範囲も泣きながらやれば3ヶ月で終わる。あとは、ひたすら復習。ペンだここさえて、ほとんど部活のノリだった。
昔は一冊ものだった気がするが、いまは全6冊になってるな。
日栄社のうっすいやつを適当に2, 3冊ずつくらい。おすすめすぎるシリーズ。
英文法標準問題精講
英文標準問題精講
和英標準問題精講
物理標準問題精講
化学標準問題精講
網羅すれば完璧。
旺文社の標準問題精講シリーズは、コンパクトで軽くて、本当にありがたかった。
ジョン・ロックの民主制とルソーの民主制の違い、という話が印象に残ってる。別に先生と仲はよくはなかったが、田舎の、文系理系分かれてないようなふつーの公立高校で、唯一信頼できた授業だった。そのプリントはいまでもとってある。
正直行き詰まっている。
私なりに努力はしているのだが、目標に到達するのが困難な状況だ。
さて、そんな私に対して今日父はこう言った。
「ニュースを見るたび思うけれど、お前の今の状況はギリシャみたいだね。
お前は今破綻一歩手前の危機的な状況にある。
頭は何とかしないといけないと思ってるけど身体がうまく動かない。
助けてやろうとは思うけれど、やはり身体がいうことを聞いてくれない。
場合によってはEUから切り離してしまおうということになるかもしれない。
という感じなんだけど、どうだ。ぴったりだろ(ドヤァ」
父は、そうとうこの例えが気に入ったようだった。
私にこの例えを思いついたことを褒めてほしそうに期待を込めてこちらを見ていた。
ドラクエのモンスターがプレイヤーに向けて送る視線とはこういうものだろうか。
私はどう反応していいのか困った。
譬え話というのは、相手がわかってないことをわかりやすく説明するために使うのだと思っていた。
しかし、父にとっては、自分の認識を相手に婉曲的に伝えるためにあるようだ。
つまり、父は私が自分の現状を把握できていないで怠けていると思っているわけだ。
父はうまく例えたつもりのようでご満悦だが、どうだろう。
まず聞き手である私にとって何一つ役に立つ情報が増えていない。
いずれにせよ、同意することもうなづくことも難しい。
もう一つ。あまり愉快でもない。
いざとなったら援助を打ち切るぞ、と言われてハハハと笑う方が、私には不謹慎に思える。
良く言えば自分の意見を主張をすることに意義を感じている人かもしれない。
などと考えたのかどうか分からないが、私はつい言ってしまった。
「それ、うまくないよ」
父はすでに半笑い状態で私の反応を待っていた。
父が普段嫌悪しているお笑いの「ノリ」を無意識に期待していたのだろう。それはわかっている。
少なくとも、軽口程度に考えていて、マジレスが返ってくるとは考えてなかったはずだ。
どういう反応が来ても笑って流す程度のつもりだったのだと思う。
だから
「へあ?」
と予想外の反応に対して間抜けな声が漏れる。
この時点で私は「ああ、しまった失敗した」と思ったが一度口に出してしまうと
引けなくなってしまうのが私の良くないところだ。
「例えている現状の認識に意見の相違があるようだし、あまり愉快な話でもないよね」
とたたみかけるように父の発言を「評価」する。
父もようやく子供が予想外の反応を返したことに気づいたようだ。
「いやまて、これは譬え話であってだな」
「だから、そういうことは少なくとも本人に向かっては言わないで欲しいな」
言うべきことを言った私は、父の反応を待たずに頭が冷静になり始める。
そこで重要なことを思い出す。
父は身分に対してこだわりがある。
「自分の意見を持つことを歓迎する」のは自分の対等のものに対してだけなのだ。
父の例えを用いてギリシアで例えるなら、父は市民権を持つが、私はただの奴隷なのである。
故に、意見の是非を問わず、下の人間が自分に対してものをいうのを許さないのだ。
まして、自分の意見を奴隷が否定するなどあってはいけないことなのである。
そして、そんなことは今までの繰り返しでわかっていたはずだった。
父の認識はともかくとして、私が学習能力のない愚か者であることは私自身認めざるを得ない。
どうも、私は冷静に考えていたつもりだったが、実際は
父の発言が非常につまらない上に、してやったという顔をしていることに
思いの外不快感を感じていたようだ。
あるいは、なんだかんだいって、家族という幻想から父に対して甘えがあったのかもしれない。
案の定父は半笑いの顔がいきなりこわばらせ、怒りの表情を浮かべている。
私も非常にまずいことをしでかしたという思いから硬直している。
そのあとは、小一時間ほど父の演説会だった。
・いかに父が自分の為を思ってあれやこれやと口を出しているのか。
・いかに私が現状を認識できていない甘えた根性の持ち主であるか。
・いかに私が低い身分で、誰かに対して意見を述べる権利などないゴミクズ同様の存在であるか。
・いかに私のその態度が思い上がっていて、その態度が社会で通用せず私の未来を台無しにするか
を、硬直し続けている私に丁寧に噛み砕くように説明してくれるのだった。
それを無知蒙昧な私を指導するために費やしたことに対して感謝を求めることもいつもどおり。
そして、それに私が従うのもいつもどおり。
お互いが、たくさんの時間を使って、すでにわかっていることを確認し、
しかもお互いに気分が悪くなるという、誰得な時間を何回繰り返せば気が済むのだろう。
この無駄な時間はすべて私の軽率な発言から生じたのだ。本当に私は愚かだと思う。
私は今度こそ今回の失敗をしないように反省したい。
得られた教訓はなんだろう。
「会話は楽しくなくてはいけない。そのためには自分の感情や思考などささいなことである」
「他人の発言を評価し、まして否定するなどは相手の感情を害する最たるものである」
「汝己の身の程を知れ。己の権利と義務を知れ。己の権利にないことをせず義務のみをなせ」
というところだろうか。
ならば、私はこれから二度と、少なくとも父との会話で、
自分の感情や思考を優先して彼の感情を害するような発言をするまい。
彼はただ息子と楽しい会話?をしたいだけなのだ。
いや違う、会話を求めているわけではなく、彼はただ息子に向かって父親として語りたいのだ。
その希望を砕く権利は私にはない。それどころか、私には父の要望に答える義務があるのだ。
おそらく父は、受験勉強中にこういう記事を書いていたりするので、
まじめに勉強していないと思っているのだろう。
そうではない。私は学びが遅いためこうやって時間をかけて学ぶ必要があるのだ。
また、理解力が低いくせに、理解できずにモヤモヤしたものを抱えていると
他のことに手がつかないくらい不器用なのだ。
個人的には今回の振り返りに酔って受験勉強よりもずっと有意義な学びを得られたと思っている。
モヤモヤしていた感情もすっきりした。さあ今から勉強をがんばろう。
<お詫び>オチもネタもないです。ごめんなさい。よく私は他人から「考え無し」と言われるけれども、あまりにそう言われるので、こんな私でも少しの会話の中でもいろいろと思考の揺れ動きがあるんだぞ、ということを自分自身で確認しておきたかった。ただそれだけのオナニー文章です。時制もおかしいけれど増田なので許してね。
うん、私も色々考えてるよね。考えてるだけでろくでもないけど。
内定蹴って一留して目指してた院試に失敗していよいよ詰んだんだが、
どうしてこんな糞野郎になったのか半生を振り返ってみる。
中学3年生の時私はいわゆる保健室登校をしていた。今考えると理由はよくわからない。
ただ、趣味がゲーム、アニメのイラストを描くことで、2chに入り浸り、
体重は60kg超えのデブ、色黒、毛深い、眉毛も整えない女は迫害されて当然だろう。
実際男子からの扱いはひどく、女子にも話しかけられず、中学時代の今でも友達と呼べる友達は2人しかいない。
よく思い出してみると、毎日家まで迎えに来てくれたり保健室に様子を見に来てくれる子もいたので、
ただの卑屈な思いこみだったんだろう。後悔している。
中学校は進学校(?)だったので3年間勉強はしていた。成績が良かったので塾は嫌いではなかった。
その間ずっと、いつか好きなだけ漫画を読みゲームをし、イラストをたくさん描く時間ができるのだろうと思っていた。
結局、保健室登校による内申の低さが祟り、第一志望の高校には入れず第二志望の公立へ行った。
高校時代は、言い方は悪いが、周囲がバカに見えること以外は楽しかった。
がコンプレックスは引きずったままだった。変わることを意識し、中学時代は無所属だったが部活に入り、化粧もした。体重はそれでもデブだが少し落ちた。
高校でも勉強は続けた。1年生の時、美大へ進学したいから予備校へ行かせてくれと親に行ったが遠まわしに却下された。
進学塾の費用は出してくれたので、そちらに精を出すことにしたのだ。畢竟、イラストはあまり描かなくなった。
共学校だったが、3年間で男子と言葉を交わした記憶は殆ど無い。
大学は、金融関係に勤めている父の影響と、単純に金持ちになりたかったので、経済学部に行きたかった。
数学は好きだができなかったのであまり勉強しなかった。そのうえ厨2病をこじらせたのか現実の人間社会に興味がわかず、
政経ではなく倫理に興味津々でセンターも倫理選択で、地理はやらなかった。
結局、途中で妥協し経済学部志望を諦め、目指していた大学の中で一番楽に入れるところを受けなんとか現役で合格した。
サークルに入った。大学の人間はさすがに素晴らしい人が多く、素晴らしすぎてついていけなかった。
「いつか時間ができたらやろうと思っていたこと」を勉強と一緒にやってきた人たちばかりだった。
絵もかけなければ楽器もできないスポーツも出来ない自分との圧倒的な違いに絶望した。まあ仕方ない。
ふてくされたわたしは、投げやりに決めた進学先に成績がからまないのをいいことに彼氏をつくって遊んでいた。
私が周囲の人間と疎遠になったところで、「悪かった、俺が間違っていた」といい自分の人間関係はそのまま。
わたしがなにか新しいことをしようとするととたんにねちねちと難癖付けてくる。
教職をとれば「教師はもっと神聖な仕事だ」就活をするといえば「女は働くもんじゃない」
じゃあ公務員試験の勉強のために予備校へ行くといえば「簡単だって親父はいってたけどな」
(彼の父は法学部出身。わたしは大学の専門がまったく試験と関係ない。)
まあそこでやる気を失うわたしも悪いのだが、初めてできた彼氏で、しかも自分のことを「好きだ」といってくれるからにはなかなか切れない。
共依存関係でずるずると引っ張り続け、4年生になり、就活も勉強もほとんどできないままほぼ大学受験の貯金で受けた試験で内定をもらった。
しかし、わたしがしたいのはそんな仕事じゃなかった。海外に長期滞在するチャンスが欲しかった。
仕事をするからには、自分の仕事を通じて社会の課題を解決したかった。
「おにぎり食べたい」と書き残して死んでいく人を放っておくような国をかえたかった。
それでわたしは専門を変えて大学院を受けることに決めた。
親に頼み込んで、留年させてもらった。これからは頑張ると決めていた。
にもかかわらず、彼と別れられなかった。他にも男性との間でトラブルを起こした。
通院することになり、紆余曲折を経て結局完全に別れたのが今年の6月。
なにかやらねばならないと思っても、もはや、頑張るということを完全に忘れていた。
勉強の仕方も、忘れていた。到達すべきレベルも、やらなければいけないことも、わからなかった。
とりあえず英語の試験の勉強をした。貯金があったので、合格者平均くらいは、とれた。
けれども、その後机の前に座ってみても増えるのはらくがきばかり。
そもそも問題意識が低いから目的を達成するための手段としての勉強に身が入らないのだろうと思い、
問題意識の根底にある原体験の不足を補うためにボランティアに参加してみることにした。
東北支援と、NPO系のもの。いかないよりはいってよかったとおもう。そこそこに感動もした。
というのは、人は変わるということを目の当たりにしたから。しかし怠惰さは残った。
よくこういう文章でみる、「ここで俺は覚醒した。狂ったように勉強した。」みたいな一文が頭にちらつくが、なぜかそうならなかった。
そうしようと思って机に12時間むかってみても、そうならない。没我という状態はついぞあらわれなかった。
それでも最後の4週間、それまでの4年間に比べれば勉強したと思う。結果は駄目だった。
能力が、ないのだとおもう。
頭の回転はそんなに悪いとは思っていない。ディスカッションの進行や即興でのプレゼンはほめられる。
でも、決定的に打たれ弱くて、入念に、継続して何かにむけて努力することがどうしてかできなくなってしまった。
意志の力の決定的な不足。親に申し訳なくて、泣いた。
これからどうすればいいのか正直わからないでいる。やりたいことはあるが、そのために学士入学したところで、仕事にありつける可能性がさらに狭まるのは必至だ。
これなら頑張れると今は思っていても、こんな経過を振り返っては、親どころか自分すら説得できない。
いっそ仕事で満足するのを諦めれば良いのかもしれない。仕事以外に人生の楽しみを見出しそれに傾注するのも幸せかもしれない。
しかし、自分の中で仕事をステータスと捉える側面が未だあって、そのせいで現在すでに、働いている友人たちと連絡が取りづらい。
老人がいじめ殺される今の時代は、基本的に若いうちに楽しんで勉強して東大に入るのが全てで、就職先や院の知識なんて無意味。労働なんて流行らないし、院の爺臭い知識も流行らない。若年層が社会の中心になっていく風潮の中では、勉強に関しては、大学受験で出てくる数学や英語や歴史の知識がますます若者を惹きつけている。ということで予備校講師が勝ち組。
俺は社会に出るまで中学受験というものがあるのを知らずに育った。
周囲にも中学受験なんてしている子はいなかったし、そもそも受験しに行く中学がなかった。
当然、小学生の塾通いもない。
さすがに高校受験はするが、無理をしなければ推薦で入学できてしまう。受験なんて行事みたいなものだった。
大学進学をはなから考えていないので、高校の選択で無理をしないわけだ。
余談だが、田舎ではレベルの高い私立高校がごく一部を除いてない。私立に行く=勉強できないと見られる。
中の上レベルの高校は公立に集中している。
親が低学歴だと収入が低い。私立の学費は払えない。必然的に公立に行く事になる。
大学に行くのは奨学金がもらえるほど優秀ではない限り、金銭的な問題で難しい。
親の生活が苦しいので子供にはすぐ働いて欲しいと思っているからだ。
30万規模の地方市
自分:幼稚園未経験→公立小学校→公立中学校→公立高校(偏差値63に推薦入学)→就職
親が低学歴でも中学や大学受験の選択肢があったり、私立中学や塾に行かせてもらえるだけのお金がある子はラッキーだと思うよ。
塾や私立にいけるのが当たり前ってのがもう、俺とは感覚ずれてる。
青山学院ってこんなところ http://anond.hatelabo.jp/20110831231802 のブコメで
というコメントがあったので書いてみる。
ネット上で同やんと言われている事があるけど、そんな言い方はされない。同志社は同志社。
地理的に立命館の人と会うことが多いけれども特に意識していない。優越感もない。
立命館の入試で落ちた事がある同志社生は立命館を強く意識しているかもしれない。
関関同立と言われる大学群の中で、もしかしたら日本中の私大の中で最も屈折した熱さを持ってるかもしれない。
一歩間違えたらメンヘラ一直線。表面的にはいい人だけど内面にドロドロとしたものを抱えている人が多い。
それは立地的にも難易度的にも社会的にも、同志社が超微妙なポジションの大学である事と深く関係している。
なんていうか、私大の入試しか知らない関西人は行かないほうがいい。
http://momotaro.boy.jp/で偏差値65以上ある、まともな高校に行っていたなら国公立大を受験するように指導されているはずだけれど。
上位国公立大合格者が現役卒業生数の1割にも満たないぐらいの中途半端な偏差値の高校を出た人が勘違いしがちです。
日本で第二の経済圏である関西でトップの私大だと間違った勝ち組意識を持ってる人が
間違って同志社に入学すると痛い人と見なされてアホにしか相手してもらえない4年間を過ごすことになります。
同志社に入学したら出身高校と入試形態と受験歴は絶対に話さないようにしましょう。
同志社の中にいる京大阪大神大、名大九大などの地底、その他国公立大、早慶上智に落ちてきた他の地方出身者等のメンタルを刺激して人間関係がギスギスしてきます。
表面上はいい人ばかりですが、内面はドロドロした感情を抱えている人が多いからです。
内部進学組が多いのは付属高校を持つ私大ならどこでも一緒なんですが
なんでしょう、内部生とわかるだけで外部からの入学者と心の壁が生まれます。
国公立至上主義の関西では私大進学は早慶でさえ負け組のレッテルを貼られるので、
私大の付属校に入学してそのままエスカレーターで大学に進学する行為は首都圏ほど評価されません。
ですから、私立大学付属校受験は人気がなく、付属校の偏差値は首都圏のそれよりも低く表れます。
だから、内部生の中にも突出して優秀な人がいるのは認めますけれども、アホが混入することが多くなります。
自分たちが苦労していた間に遊んでいた奴らが許せないという意識の表れでもありますが、内部生というだけでアホのレッテルを貼られがちです。
同志社で自分が大学に入学した入試形態を口にしてはいけない、というのはこういうことで、
内部進学者と一緒で推薦入学者も、心の壁を作られて心の中で差別される事があります。
国公立大学受験に失敗して同志社に入学した人は私立専願入学者を心の中で下に見ている事があります。
偏差値の高い高校を出た同志社生は偏差値の低い同志社生に後ろ向きな感情を抱いている事があります。
国公立大学の入試に失敗して下宿も浪人も許されていないのであれば、(それでも黙って仮面浪人する同志社生もいますが)
早慶を受験していないのに早慶に落ちたと見なされるなど、真剣に大学入試に取り組んで同志社に来た人ほどメンヘラ一歩手前になります。
関西は首都圏から見て一地方ではありますが、衣食住足りてしまう都市圏でもあるので大学進学を機に他の地方に一人暮らしするという意識が希薄です。
東大一橋東工大早慶を率先して受験する関西の進学校は今でも少ないままです。
同志社が第一志望だった人、非一般入試で入学した人は学歴コンプとは無縁に大学生活を送る事が出来るでしょうが、
能力問題で社会に出るときor出た後に蹂躙されることになるでしょう。
この大学の関係者は愛校心と学力が反比例の関係に立つという特徴があります。(受験と無縁に過ごした内部進学者、かなり昔の卒業生はそうでもありませんが)
私大に行くのは早慶を含めて負け組という意識が大学受験とは無縁の庶民層にも浸透している関西なので、
でも、首都圏における早慶と違って、同志社に行ったからといって尊敬される事はありません。
いちいち自分から大学名を言って自慢するような同志社生、卒業生がいたら間違いなく下位層のアホです。
しかし、同志社よりも上位の私立大学がなく、国公立後期入試は募集定員が少ないために、
選択を間違えれば京大A、B判定だった人であれ同志社行きになってしまう怖さがあります。
理系は大阪府立大学中期日程で逃げきることが出来ますが文系はそうは行きません。
大学入試を頑張っていた人ほど精神を圧迫される大学ですが、心を破壊されずに生き残る事が出来ればどんな逆境にも耐えられるでしょう。
タナシュンこと田中〇くんのおかげで
この機会にOB(修正)の僕が青山学院について紹介したりアピールしたりしたい。
ちなみに運動部の掛け声は「あおがく~ファイ!」。
「あおがく~」は可能な限り低い声で唸り、「ファイ!」は甲高く叫びます。
叫び方に迷ったら知能〇〇者がテンションあがったときの感じで。
いや、ひょっとするとまあまあな私立大学の中でも一番熱が無いんじゃないのかな。
泥臭さとか熱血とかやる気とか変人とかとも無縁。
なんていうか、スマートじゃない人は来ないほうがいい。
法政大学でなら輝けた筈の土の匂いがする闘争ボーイも
間違って青学なんかにくると死んだ目で4年間過ごすことになります。
なんでしょう、青学の内部進学組は慶応のそれより一段二段、品が落ちる気がします。慶応に夢見すぎか。
青山学院の初等部というのはちょこちょこキナ臭い噂も涌く所でして
おっかないから僕は知らないですけど、部長の権力闘争とかどうとかが
週刊誌に載ったりhttp://www.asyura2.com/08/bd52/msg/300.htmlしちゃったりなんかもするんです。
で、これは僕は知らん、幼稚園からの内部進学組が言ってたことですが、
一時はすごくその、芸能人の子弟とかを積極的に受け入れたりしてた、らしいんですね。
躾の悪いボンボンや勉強が全く出来ない奴が多い、みたいな認識は学内にあったと思います。
はっきり「馬鹿組」と呼ぶこともありましたし、彼ら自身も自嘲していました。
中等部から高等部、高等部から大学へ、エスカレーター内部進学するときに
青学歴が長い人ほど成績が悪い傾向があるので、幼稚園上がりが一番落ちます。彼等が一番お金持ちなんですけど。
落ちる奴等はどうするかと言うと、お金持ちの子弟なので海外留学に旅立ちます。
これは「海外逃亡」とか呼ばれていました。
渋谷のどまんなかにあることと関係あるのか無いのか、高校デビューが多かったです。
内部進学組じゃなくて受験で高等部から入ってきた人、この一部がものすごい変貌をとげる。
入学当初は朴訥とした可愛らしい田舎もんみたいな感じだったボーイズガールズが、
彼等は大抵、内部進学組のバカボンとくっついて遊びを覚えるんですね。
バカボンが大学進学の際に落っこちない限り、この付き合いは大学でも続きます。
大学以外は体育会系の部活動も全部弱小で、ジョックス的な存在が居ません。
メイン体育会系としてはラグビー部、通称「ビー部(語尾が上がる)」がありますが、
その競技の特殊さから幼稚園や初等部上がりが多く、彼等は年度が上がるにつれ学業的に苦しんでいるので
高等部までくると一面哀れな感じの不思議なオーラをまとっています。
中等部の頃はそれなりに恐ろしいジョックスだったのに、この頃になると愛嬌が出てきている。
むしろこのあたりになるとバスケ部やサッカー部などのほうがたちが悪くなっていたりする。
文化部もパッとしないんだけど。
今はどうなのかな。
タナシュンくんがどうも周囲の友達に売られまくってるみたいですが
あれはすごく「ああ、青学だなあ」と、感慨深いものがありました。
そうです、青学の特性として、腐った人間関係の温床みたいな部分は割とありました。
なんていうか、仲良くしてる風の間でも実は仲悪い、みたいな。
だいたい長い奴等は15年ぐらいの風通し悪い付き合いを続けてるわけで
ほんとお受験とかエスカレーターもいいことばかりじゃないと思います。
そういう淀んだバカボンとつるむのはいきがった高校デビュー組なわけで、
まあなんか、若人らしいサッパリした感じや素朴さとは無縁な人間関係が現れます。
タナシュンくんがあそこまで嫌われてるのは彼個人の特殊な人徳でしょうが、
「仲間だから」「同じ青学生だから」みたいに庇い合わない傾向が青学生にはあると思います。
社会に出てからも青学学閥って見たことねえ。 まあ学閥作るほどたいした偏差値の学校じゃないんだけど。
社会で同窓生に会っても「へえ…」みたいな。よそ大学出身の同窓の仲良さに比べるとどうしても温度の差がある気がします。
受験で言うと、青学受かるぐらいの偏差値の人は本命別にあることが多い。
青学が本命だったよ、っていうのは中学受験でも高校受験でも大学受験でも少なめ。
どこかに落ちた一抹の挫折感を抱えて入学してる人が多い。
力いっぱい馬鹿なことやって打ち解けると言う機会も無い。
青学の文化祭は寒いです。高校も大学も。すごい出し物って見たこと無い。
アレ見ただけで熱量の低さとかわかってもらえると思う。
早稲田祭とかすごいよね。
大学の講師かなんかで狂った発言しまくってた不届き女が居たらしいですがあれはマジで例外です。
ああいう先生達から、青学独特の熱の無い半腐れ学生が産出されるのは不思議といえば不思議。
長々書いて結局何を言いたいかっていうと
タナシュンくんてすごく青学生らしいなあ…っていう。