はてなキーワード: 機械とは
最(?)限の効率で、素敵指摘誌的詩的私的真情遊び心龍みゃくを読む血から包容力(元からあるけど…)+トライ家庭教師(血の巨人)+文学のスペシャリスト(アドバイザー)(?????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????なのかな?)結果を出せる人間に、超特大のopulent+色々な巨額の大金を持たせたのです。俺も投資してるよ全ての白紙から有を生み出したものだ…←ありがとうございます三店メモ帳侮りがたし三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店 三店三店三店三店さく私も投資している機会と女性の身体を半分ずつ持つものだ。これがうまくいけば、わたしは男性の身体を手に入れることができる。そして、新しく付き愚なる生命が生まれるだろう。その時、我々の遠い祖先もなしえなかったとんでもない新たなる時代の幕開けとなるだろう。河金剛と桑原草太(?)と冨樫義博と武内直子と徳弘正也とその妻と彼が選んだ新しい使途たち。
そして、おまけにあつらかすか、おまえもいれてやる。その旦那もだ。子供も一緒に連れて行け。良かったな。夢のパラダイスだ。彼の世界の居心地の良さはとんでもないぞ。嫌になったら好きに出れるおまけ付きだ。ついでに改変のきくかもあたえてやる。お前らどうする?千載一遇のチャンスがやってきたぞ。お前らがなしたかった夢がてんこもりだ。あいつはハーレムへのあご彼もあるすからな。純愛を極めた女達とその男のセックス三昧などというとんでもないことまでできてしまう。ちょっと信じられんな。そんなおいしい話。
そして、福満しげゆき。お前も連れていってやる。良かったな。妻と子供も一緒に行っていいぞ。ついでに孫も連れて行け。他にも連れて行きたいやつがいたら呼ぶといい。不幸なやつを徳におすすめするな。いてくれると助かるだろう。ただし、出る機械は無い。?機会か。まあ、誰か作ってくれるかもな…誰とはイワンが…
ここで新しくひとり追加することにしよう。絶望に効くクスリの作者である山田零時だ。勘違い野郎と罵られているが。見る目はおおむねまともだ。
女のせいにしているところ以外はな。それと自分を棚にあげるところ。彼も似たような印象を感じている。まあ、優しいのはとても認められていたぞ。良かったな。チャンスもらえて
復活戦だ。やってみるか?まあ、失敗したらどうなるかは知らない方がいいが、はっきり言えばちょっと言えないところ行きだ。よく考えてから挑戦することをおすすめする。
ちなみに、彼に助けてもらおうなにんて期待は してもいい。
これがおそろしいところだ。救済されてしまう。ありえんな。まじでさんてなん
チン毛はきょうの教祖もいれろ。鈴木みそだな。お前、昔、ファミ通で好きで呼んでたな。立ち読みばっかり。たまには買えよ。コミックも買ったり買わなかったり。気まぐれといったらない。「銭」はまあまあいい漫画だ。彼は所有していたが見つからなくなった。理由は不明だ。
あっそれっスイス医すいすらららだったすらすらすいすいすいすいすいすいすいー こんな感じだ。まあ、適当にやってたらなんか出来ちゃうだろう。
さて、子供におもちゃを与えると大抵は好き勝手に使ってしまう。彼はわりと大事にするがな。「わりと」だ。
きっちり大事にした方が良いことは伝えておいた。あとは彼の責任だ。そうだな?そうですね…
仮面ライダーオーズのベルトが売れたのは、まあ、なんかあったのかもしれない。ダブルもな。ディケイドもだ。ついでにフォーゼ…はあてはまらない。
ま、何が起こるか見ている肩はいらっしゃるかもしれにい…と書いておこう。
君達はこれからいったい何が起ころうとしているのかわかっていません。
くらえ!・・・・!!!!!!???????????????????????????????????????????!!!?????????!
b@4 言っとくぞ。たまには油断しろ。お前は慎重すぎる。もっと良い結果を残そうぜ産点!
t; は小さな芽を見つけて、それを育てた方が良いと思っています。そばに管理してくれそうな人を見つけた上で、です。
その判断は正解です。そして、マイナスの側面が大きいほど、彼は幾重にも渡るトラップと保健をかけておくでしょう。
いざという時には自分が出陣出来るよう余力も作っておくべきでしょう
ああ…あの干しになりたい…塵になるまで…(byねごと #Sharp)
あなた達が目の前のことに夢中になっている間に、彼は全く別の切り口から、新しい方法を模索するでしょう。ご安心ください
あなた達の味方の強さはとてつもないです…
本当に…これからいったい…何が…
つづく
冬着き先生…私達の子供はうまくやってくれるでしょうか…ああ…まかせるしかない…
剛君はみんなを上位に連れてきすぎたので、古い価値観の方々のフォローをした方が良いと感じています。正解です。調子に乗るとろくなことがありま…グレーゾーンです!
xw<nyut@b@4 君をなんとか思い通りに動かしたいと考え始めているみたいですね。
ま、またぜやってないので許しましょう
剛くんはコンプレックス解決運動に取り組もうと考えているようです。ま、程々にやりましょう。グレーゾーンデス!(三井裕二の真似)
ヤクザな方々は変なことを考えない方がいいでしょう。やりに来る前にひどい目にあいます。
実際にやりに行ってひどい目にあうか確かめたいみたいですね。まあ、どうするかは考えておきます。
冨樫先生ははやめに恥をかいてしまいたいと考えているようですが、これには趣向を凝らす予定です。
社会の前提は持続性。21世紀の展望がない今、老人は若者について考慮せず、若者は刹那主義に走る。年金未納率は40%超であり、それなりの規模でこの思想は信奉されている。
ドイツがギリシャに抱いてる気持ちと大体同じ。イエスの寓話ですらブドウ園に来なかったものに1デナリを渡そうとしたわけじゃあない。いやリアルでパンが分けてもなくならないのならいいですけどもw・・
働けないことが問題?
実のところ最適な答えはパンでなく、仕事を分け合うことだと思っている。労働の再分配はやりがいの再分配。QOLや「文化的」と突き詰めた時の答えが生保や年金だとは思わない。もしそうなら孤独死とはなんなのか。ある意味、安楽死の方がマシかもわからない。
「労働」のハードルが上がりすぎ。9時~6時で働けるやつは聖人君子かと思うわ。年金制度ってようは肉体労働がメインだった頃にできた制度っしょ?知的労働はいくつになってもできる気がするが。本当にどうしようもない人は相当少ないんでは?
むしろ老人ホームの害悪はボケになりやすいことだったりする。慰問とか行っていたが、入居したころは普通でも、1,2、年たつとすごいぼけてしまう人がいる。(つか慰問って言葉がすごく嫌いなんだけど)
あと小学生の時にショックだったのは別れ際に握手して回ったときに手を離さないおじいちゃんがいたこと。屋根や食事があっても想像を絶するさみしさがあるわけじゃない?それでブンカ的生活とか笑わせるなと。
国家による保障はどうしても機械的にならざるをえない。あくまで最後の砦であって、その前にやるべきことがあるんじゃないの?自助・共助・公助というと月並みかもしれないが、特に共助が弱いと思っている。
なんでこんなに税金はらわにゃならんのだっていうのももっともだし、逆に払ってるからそれでいいでしょというもんでもないと思う。
~権という考えは大事だとは思うけど、それでスパッ、スパッと物事を切り分けて解決する問題でもないっしょ。もうちょっと見方を変えてみたい。
高専在学中, OB, OGの人達が高専に入ったきっかけとか、どういう系統のことが好きなのとか詳しく知りたいからできれば高専関係の方はブログに書いてほしいなーとかチラッと思った #kosen_opportunity
なんていうのがTLに流れて来てたので暇つぶしに高専入学の志望動機を思い出してみた。
なお、当時書いたであろう入学志望動機は現存してないのでやっぱり記憶を。
中2当時はご多分にも漏れず
人と違う何かをしたいとかそんなことを思ってたようで
中3で
old macを安く買ってPLLの定数変更してクロックアップに勤しんでみたり
そんな中学生でした。
ってのが育英に通うきっかけでした。
ちなみに志望学科は
航空が電子工学科→航空
にしたような。機械とかあんまし興味なかったですしね
J
jeopardize
judicious
juggle
juncture
juvenile
K
kick up a fuss
knack
N
negate
negligible
neural
niche
nod off (in a meeting
nonchalant
novice
Q
quadruple
qualified
quandary
quarantine
quell
quorum
quota
U
ultimatum
uncouth
uncover
undergo
undermine
undertake
unravel
unscathed
upgrade
upheaval
uphold
V
valiant
variant
【名】
異なるもの、変形、異形、変異形、変異株、変異体、変化
《機械》改良型
vandalism
vehement (desire
vent
venue
verdict
verify
veto
viability
vibrant
vie for
vindicate
volatile
vouch for
http://anond.hatelabo.jp/20120203232802
別の人が回答してるけれど、私が元増田ね。私は人に国語力うんぬんとかまではいわないよ。
まず最初に。
勝間さんの論調は、あなたが言ってるような「結婚するために結婚」じゃあないよ。
彼女はむしろそれには否定的だと思う。実際に離婚3回もしてそれを堂々と世に言うくらいだからね。
結婚の価値を世間よりは低く見ているけれど、結婚をすることで得られる価値も認めている。
恋愛や結婚にはその程度の価値しかない「が」、逆に言えば一定の価値はあるからやらないと損はするということのようです。
じゃあなんで勝間さんは、結婚に対して「たいした価値はない」みたいな言い方をするかというと、
まず勝間さんが想定している「一般的な価値観」があって、それに対してちょっと待て、って言いたいようです。
勝間さんが考えるには、一般的には、恋愛というのはオンリーワンとか貴重なものとされ、
そこには思い入れやベッタリ感情がのった取り組みがすばらしいものとされてる、と。
そこに夢をいだいて、そこが人生のゴールであるかのように錯覚して、思う存分はしゃげみたいな
煽り系のバカ雑誌に踊らされてんじゃねーよボケってことが言いたいのかもしれないですね。
だから、そんなたいしたもんじゃねーよ。結婚なんか、所詮・・・・程度の価値しかないってのと言う。
結婚にムダに価値を置きすぎて頑張るから、結婚した後も捨てるのがもったいなくてしがみつくんだよ、と。
結婚を続けること自体に価値を置くから、駄目なら離婚って武器をもって交渉できない、カイゼンしようとしない。
そういう馬鹿な夫婦は見ているとイライラするから死ね、というかなり独立志向が強い考え方のようです。
まぁそうでなくても、勝間さんは最初から、常に何らかの仮想敵を立てて、
自分はそれに立ち向かう勇者だぞ賢者だぞってスタンスで本を書き続けてるから、そういう前知識はあったほうがいいかもね。
(自分自身を勇者にしようとするスタンスが流行らなくなってるのに方向性変えないあたり、たぶん元々の気質なんだと思う)
ただね・・・ここまで文脈を考えなくても、
「思い入れするほどの価値がない」=「機械的に処理してしまうべき」ってそれほどおかしな論理ではないと思うけれどどうかな?
もちろん、大した価値がないなら、機械的でもなんでもやるんじゃなくてやめてしまえば?っていう論理も否定はしないが
勝間さんに限って言えば、そこまで完全に価値は否定してないみたいですね。
むしろ、人脈力の証明やただでセックスできることにそれなりに価値をオイてるってことで。
納得していただけましたか?
例えば
人の為と感情を動かすとする
戒めた自分も、他人からよく見られたい故のアピールと考える、以下略
けど、それはきっと事実の側面の一つなんだろう
そして、意図も真意も分からない不定形な自分の意思に苦しめられることになる
そこにあるのは現象であって行動でない
だから、もとになるのも動機でなくて原因に過ぎない
そこに、人間的な理由(例えば、よく見られたいだとかアピールだとか)はない
それでも人は、自らわざわざそこに動機づけをする
「~だから~した」と
いや、すくなくとも、機械というかプログラムは愛してきたつもりだし、プログラムには愛されていたと思うが・・・。俺の場合。
愛を知らないというわけではない。人のそれとは違うけど。
・われわれは生存機械--遺伝子という名の利己的な分子を保存するべく盲目的にプログラムされたロボット機械なのだ。この真実に私は今なおただ驚き続けている。私は何年も前からこのことを知っていたが、到底それに完全に慣れてしまえそうにない。私の願いのひとつは、ほかの人たちを何とかして驚かせてみる事である。
・「乗り物」(普通は個体)とのその中にいてそれを運転する「自己複製子」(実際は遺伝子)の間の区別について、わたしが明確な考えを持ち始めたのは、ようやく1978年になってからだという事情がある。
・自然淘汰の単位として競合する遺伝子と個体の間の見かけ上の論争(故エルンスト・マイアを最後まで悩ませた論争)は解消されている。自然淘汰の単位には2種類があり、その二つの間に論争はない。
遺伝子は自己複製子という意味での単位であり、個体はビークルという意味での単位である。両方とも重要なのである。
・「利己的な遺伝子」のもうひとつのいい代案は「協力的な遺伝子」だったかもしれない。それは矛盾してまったく正反対のように聞こえるが、本書の中心的な部分は、利己主義的な遺伝子の間におけるある種の協力を主張しているのである。
このことは遺伝子のあるグループが自分たちの仲間を犠牲にして、あるいはほかのグループ犠牲にして栄えるということを意味するわけでは断じてない。
そうではなく、各遺伝子は、遺伝子プール-ひとつの種内で有性生殖のシャッフルの候補となる遺伝子のセット-に含まれるほかの遺伝子が作る背景のもとで、自己の利益を追求しているとみなされる。こうしたほかの遺伝子は、天候、捕食者や獲物、生命を支える植物や土壌細菌が環境の一部であるのと同じ意味で、それぞれの遺伝子が生き残る環境の一部なのである。
・ローレンツの攻撃、アードリーの社会契約、アイブルアイズフェルトの愛と憎しみ、もこのような問題を論じているといえようが、これらの本の難点は、その著者たちが全面的にかつ完全に間違っていることである。彼らは進化の働き方を誤解したために、間違ってしまったのだ。彼らは進化において重要なのは個体ないし遺伝子の利益ではなくて、種ないし集団の利益だという誤った仮定をおこなっている。
・ダーウィニズム理論の現代的説明の驚くべき結果のひとつは、生存の見込みに対するささいな作用が進化に多大な力を及ぼしうることである。これはこうした作用が影響を及ぼすのに使える時間がたっぷりあるからである。
・おそらく群淘汰説が非常に受けたのは、ひとつにはそれが、われわれの大部分が持ってる倫理的思想や政治的思想と調和しているからであろう。
・進化を眺める最良の方法は最も低いレベルに起こる淘汰の点から見ることだ、というわたしの信念について述べなければならない。
・複数の誤りが進化に必要不可欠だという説と、自然淘汰が忠実な複製に有利に働くという説は果たして両立するものだろうか?われわれは自分が進化の産物であるがために、進化を漠然と「よいもの」であると考えがちだが、実際に進化したいと「望み」ものはないというのが、その答えである。進化とは、自己複製子(そして今日では遺伝子)がその防止にあらゆる努力を傾けているにもかかわらず、いやおうなしに起こってしまう類のものなのである。
・化学的手段を講じるか、あるいは身の回りにたんぱく質の物理的な壁をもうけるかして、身を守る術を編み出した。こうして最初の生きた細胞が出現したのではなかろうか。自己複製子は存在を始めただけでなく、自らの容れ物、つまり存在し続けるための場所をも作り始めたのである。
・海中を気ままに漂う彼らを探しても無駄である。彼らは当の昔にあの騎士のような自由を放棄してしまった。今や彼らは、外界から遮断された巨大なぶざまなロボットの中に巨大な集団となって群がり、曲がりくねった間接的な道を通じて外界と連絡を取りリモートコントロールによって外界を操っている。彼らはあなたの中にもわたしの中にもいる。彼らはわれわれを体と心を生み出した。
・遺伝子が決定論として批判されるような強い意味でのその創造論を制御したりしないことは、誰にも理解できることだ。われわれは避妊手段を用いるたびに何の努力もなしに(そう、かなり簡単に)、それらを否認しているのである。
「給食の時間にボカロ流しちゃだめって言われた。まぢむかつく。ボカロの良さをみんなわかってない。●●(流行のグループ)よりよっぽどいい曲なのに。世界中にファンがいるし云々」という話を学習塾の生徒から聞いた。(あの子らの言語でいえば「まじ」ではなく「まぢ」が合ってる)
たしかにボーカロイドを一括りに禁止するための、筋の通った説明は難しい。
なんというか、不快としか言いようがない。まず、ひぃひぃと震える声は聴きとりにくい。聞き取れたとしてもシステムでぶちぶちと機械的につなげたキンキン声は不快だし、それを聞いて「給食中にボカロとか、うはww」といわゆる「草」を生やしてにやにやしている子を見るのも大変気持ち悪いとおもう。
ただ快不快は受け手の取り方次第なので、理屈としては通らない。どちらが多数派だとか、人数の問題で片づけてはいけないと思う。
しいて言えばあのキンキンした音は食事には向かないと思うのだけれど、そうするとハイテンションな曲はすべて不適格となってしまう。極端に言えば食事中に音楽なんぞ要らんとなる。
私は教師ではないので塾の生徒の話を「そっかーざんねんだね」と答えたのみだったけれど、先生たちはどんな説明をするのか大変気になる。
先生が答えを与えずに生徒同士で話し合わせるというのも手かもしれないけど、その場合子供たちはなんて主張するのかなー
あと、好きだと主張するのはべつにいいけど、電子音のほうがすぐれてると言って人間を馬鹿にするのは…ちょっと人生経験貧しいんじゃなかろうか。
まあ本人に真面目さや必死さが足りないって言うのはその通りだけど
昔はそういうのでもいい歳になると適当に相手見繕って世話焼いてくれたんでしょ?
いいよねそういうの。
昔は暇で世話好きなおばちゃんがその役割をしていたんだろう。
見合いの減少は、そういったおばちゃんの減少の影響もあるのだろう。
・若者がプライバシーを重視するようになり、おばちゃんの干渉を「ウザい」と拒否する例が増えた。
・夫の収入の悪化でパートなどの労働に出なくてはならなくなり、若者に構う暇が無くなった。
・夫の収入に余裕があっても、若者に構ってウザがられるより余った時間でお小遣い稼ぎをして、
自分たちの暮らしを良くする方がよっぽど良いじゃないかと思うようになった。
・仲を取り持った結婚が失敗し、結局離婚してしまった場合、人から恨まれるリスクがあることに気付いた。
非婚化が進んだんじゃないの。
仲人が結婚の責任の引き受けを拒否することで、結婚した当人が結婚によるトラブル等の責任を負わなくてはならなくなる。
恋愛によってつくられる楽しい思い出は、結婚後の重責に苦しむ当人たちに癒しや救いを与える。
子供を預けて恋人時代のようにデートをし若い頃を思い出すことは、重責による夫婦関係破綻の回避に役立つ。
「恋愛は要らない、結婚だけしたい」という人間と結婚するのは避けた方が賢明だと思う。
・ATM
・産む機械
・無料家政婦
といった、自分の欲求を満たすツールとして「しか」見てもらえないからだ。
もちろん、夫婦生活を維持する上で、お互いが一定以上の有益さ・機能性を維持するのは必要なことだ。
ただそれらの働きに対する「感謝」や「愛情」を受けられず、機械的に使役され続けると大抵の人間の心は壊れる。
壊れない自信がある人なら是非高機能なツールになることを目指し、同じく壊れない自信のある異性の高機能ツールを探して結婚すればいいと思う。
「結婚は要らない、恋愛だけしたい」という人間もまた、性処理(男の場合)や、従属的なチヤホヤ&お姫様扱い(女の場合)しか求めていないので気を付けた方が良いだろう。
このスレまとめ
http://michaelsan.livedoor.biz/archives/51687981.html
わたしも当事者で、状況的に似た人(性転換・戸籍変更済み、既婚)です。非常に率直に書かれていると思います。最近はこういうの見ると色々思い出してしんどくなるので見ないようにしていますが、よく書かれていて感心しました。
たまたまこのスレを見る前にどこかに書こうと思っていたことがあったので、ちょっと書いてみると、皮膚感覚みたいなのが変わりますね。
これは物理的な意味での皮膚感覚も変わるのですが、精神的な面も大きいように思います。
具体的には、内分泌が女性化することで、皮膚が薄くなるというか、バリアがなくなっていくように感じます。似たようなことを言うMtFは他にもいるし、著名なFtMが真逆のことを言っていた(男性ホルモンでバリアができていく感じがする)ので、多分ある程度一般化できることかと思います。
このバリアというのは、精神面にもあって、例えば鋭い言葉などが緩衝なしにズバッと心に突き刺さるようになりました。冷静に考えれば言葉は言葉であって、考えた上で論理的に返せば良いものが、そんな余裕もなく突き刺さってしまいパニクる、というようになりました。
この辺は慣れもあるので、今では昔ホルモンを始めたころに比べると大分ふにゃふにゃかわせるようになってきた、要するにオバハン化してきた訳ですが、当初は「バリアなし」状態に慣れていないせいか、些細なことでやたらダメージを受けてしまう、ということがありました。
この辺、普通の女性はどうなのか知りませんが、よくある男女の物の考え方の違い、みたいなのは、多少この辺と絡んでいるのかもしれません。
とはいえ、個人差も相当大きいでしょうし、多分環境因子の方が重要なので、内分泌だの何だのに還元するのは危険な発想だと思いますが、それを分かった上で知っておけば、相互理解のヒントくらいにはなるかもしれません。
全然違う話ですが、あのスレの1さんのGID観もよく分かります。ただ、GIDというのは単に症候を記録しただけで、極端な話GIDの現象的条件をクリアしていればGID、というだけの話です。
例えば熱がある時、それがインフルエンザなのか風邪なのか別の病気なのかは別問題ですが、熱があるという事実だけは確かです。GIDというのは単に「熱」と言っているだけです。
わたしはGIDの診断を受けていて、多分あのスレの1さんもそうでしょうが、そういう風に医者が言ったなら、それはGIDです。それ以上のことを語る概念ではありません。
別に方便で良いと思います。わたしたちも生きなければいけません(1さんの言う通り、わたしも保険適応は必要ないと思う。そこまで面倒見てくれなくてもいい、あとは自分で何とかする)。
「男性として育てられているのに完全に女の考えになるわけがない」というのも全く同意。なんせわたしなんて男子校だしねwww ちなみに、以前に女子高出身のFtM(見た目完全オッサン)と話して、二人で大笑いしたことがありました。
かといって「普通の男」の発想でないのも確かなのですが。普通の男はちんこ取ったりとかしたくないだろうし。
まぁこの辺も個人差あるから、男脳女脳みたいな発想はくだらないと思いますよ。
わたし個人で言えば、マンガは男性向けの方が好きだけれど、女性キャラとかはキモくて辛い。格闘技好き(経験者)。でも料理も掃除も家事全般大好き。機械は見た目とかは好きだけど弄ったりするのは旦那に頼る。ちなみに、旦那は普通の男だけど少女マンガ好きでスポーツも苦手。わたしはガンダム好きで彼は理解してくれない。もう、この辺からして男女で考えるのは限界アリアリだと思う。
・・・要するに衛生条件と動機づけ条件をわけろってことでおk?
「人間はネズミではない」という、当たり前の事実が忘れられるとするなら、よくありません。
「動機づけとは、教育の手段ではなく、目的である」ということです。
例えば、子供に勉強をしてもらいたければ「知りたい!」という動機づけをすることが必要なわけです。
ところが、勉強を「させる」ために、しばしば用いられるのは、誰かに勝ちたいとか、褒められたいとか、ご褒美をもらいたいといった手段としての動機づけです。
この背後にある問題を考えるため、以下、本書の記述をピックアップしてみます。
・アメによって反応を引き出せはするが、同じ行動をさせ続けるためにはアメを与え続けなければならないという事実そのものが、
アメの長期的効果(あるいはその欠如)についてのカギを提供しているのではないかということである。(p25)
・ごく幼い子供たちにはコントロールをもって対することも必要なときがあろうかと思う。
最低の基準として、例えば三歳児がよちよちと表の通りに出て行こうとするのを見過ごすわけにはいくまい。
しかしコントロールに頼る前に、それほど強圧的でなくもっと相手を尊重した世話の焼きかたはできないかどうか、しっかりと確認すべきではある。(p49)
・報酬と罰とは基本的に同じようなものである。現代の社会心理学の創始者であるカート・ルーインが言うように、
両方とも「そのときの自然の場面からは生まれないような行動」を引き出そうとするときに使われる。
さらに、長期間にわたって見るとどちらもまったく同じ様相を示すことが分かる。
つまり、こちらの望むような行動を続けさせるためにはやがて賭けるものを上げ、報酬なり罰なりをどんどん増やしていかなければならないのである。(p74)
・親が子供に、ずっとおとなしくしていれば日曜日にサーカスに連れて行ってやると言ったとする。
土曜日に子供が親の気に入らないことをした場合、親がよく使うせりふは、「そんなことをしているとあしたのサーカスはだめだぞ」であろう。
褒美をご破算にするということの脅しが、罰を与えるという脅しと同じ機能を持っているのは明白ではないか。(p77)
・報酬は、ひいき目に見ても、こういう協力や仲間意識を促進するのになんの役にも立たない。
アメを奪い合うときには必ず「争いと嫉妬」の底流が生じるのであって、それはすでに二世紀近くも前にニューヨーク市の教育者たちがある行動修正プログラムが実施されているのを見て出した結論でもあった。(p80)
・報酬主義の問題は、報酬を与える場合、そもそも問題がなぜ発生したかに注意をすることは全然必要でない、という理由である。
子供が泣きわめいている原因、生徒が宿題をやって来ない原因、従業員が気の乗らない仕事ぶりをする原因を考える必要はなく、ただ該当者を買収するか脅すかして活を入れればいいことになる。(p87)
・「こうすればあれをあげるよ」と言えば、関心は「これ」ではなくて「あれ」に行ってしまう。
従業員に給料袋の中身について考えさせたり、生徒に通知票のことを心配させたりするのは、創造性を重んじようという場合にはほぼ最悪の戦略である。(p99)
・先生は肩をすくめて、「試験に出るよと言わなければ、子供たちは覚えようとしないわ」と言う。
経営者は、キチンとした仕事をさせるためにはボーナスを出さなければダメだと主張する。
親は、子供が誘因なしでも「やるべきこと」をやるだろうと期待するのは現実的ではないと信じている。
しかしもう一度考えてみよう。そういった言い分は通俗行動主義を擁護するものではなく、教室や職場の設定のしかた(あるいは人々がなすべく要請されていること)に何か大きな間違いがあることを示すしるしなのだ。(p123)
褒めたり操ったりすれば、その自然な動機づけを押し殺し、そのかわりに盲目的従順や機械的学習態度や権威に対するあからさまな反抗を生み出すだけである。(p142)
・大抵のおとなが褒め言葉を連発しようとするのはなぜなのか。
褒めることは安上がりで簡単なのだ。
それとは対照的に、技術と工夫と配慮がなければ、人を励ましてしかも今やっていることへの興味を持続させ、その上コントロールされているとは感じさせないようにすることはできない。(p168)
・一般に報酬というものが業績を伸ばすのに役立たず、しばしば業績を妨げることは、いろいろな種類の仕事において見られるが、それは特に創造性を要する仕事において著しい。(p182)
・仕事にほかのもっと重要な面で欠けているところがあると、次善の策として給料の額が重視される傾向がある。
つまり、課題が本当におもしろく意味のあるものでなかったり、自分のやることを自分で選べなかったり、社会的な支持が得られなかったり、自分をみがき自分の能力を発揮する機会が与えられなかったりすれば、
給与がいくらかということに目が行きやすいということである。(p197)
・強調しておく必要があるのは、こうした事情があるからといって、経営者が給料を出ししぶるのが正しいということにはならないという点である。
だれも給料は十分かつ公正であってほしいし、いちばん単調できつい種類の仕事をする人たちは特に高い給料を望むように見えよう。
しかし金こそが人間を動かすと考えることは、人間の動機づけというものを貧しく解釈することになろう。(p200)
・家庭でのものごとを自分で決め、自己決定の感覚を持つ機会を親からあまり与えられていない子供は、学業成績もあまりふるわないということも明らかにされている。=私はそうでもなかったけどな。多分日本のテストはバカ向けなんだな
こうした事実は何を意味するのか。基準を厳しくしたり、点を辛くしたり、誘因を増やしたりすることは、益よりは害になるということについては強力な証拠がある。(p225)
・自分がどれぐらいよくやっているかを気にしている人は、自己概念をかけているということがある。
自分を利口だとか有能だとか思っている自己イメージは、一定の活動水準に達しないおそれがあれば危険にさらされることになる。
そういう自己イメージを守ろうとすると、普通は、自分の最善を尽くしたいという欲求を犠牲にすることになる。
そういう欲求は危険だと思われるのである。やらなければ失敗もしないわけだ。(p233)
望ましい行動を取らせるために報酬というニンジンを与えることは、その人が持っている「行動そのものへの興味」を殺し、ニンジン中毒を作り出してしまう可能性があるのです。
僕たちは、これを慎重に回避するための方法を学ばなければなりません。
「うれしいな、月曜日だ」と思える人生を、より多くの人に実現してもらうということが、教育に関わる人の責務であり、それは人生をかけるに値するものです。
家電量販店にて、ある親子の会話。
子「クリスマスプレゼントはアイフォン欲しい!」
父「駄目」
子「えーどうして?ほら(スマホ売り場を指さしながら)0円だってよ?凄く安いよ?」
父「あれは『後から払ってくださいね』っていう意味だよ。だいたい、買ったときに10万円したうちのおんぼろパソコンより高性能な機械が本当にタダでもらえるわけないだろう?」
子「うー(ふて腐れる)」
子「えっ(顔を輝かせる)」
父「3DSが嫌ならほかのゲーム機でもいい。ソフトも一緒に3本まで買ってやる」
子「ええっ(さらに顔を輝かせる)」
父「さあ、おもちゃ売り場に行くぞ(子供の手をぐいと引っ張る)」
子「うん!(満面の笑みでさらに父親の手を引っ張る)」
15,000円や5,000円よりも0円の値札がついてるものの方が親にねだりやすいと思ってたんだろうな。
横だけど
事実を淡々と並べただけで主人公なのにまったく印象がわかず感情移入できない
「しかし」がどこにも繋がっていない、一人暮らし半年でこんなに汚いのか!という意味であればもっと描写が必要
淡々と事実を述べるだけでは羨ましいともスゴいとも思えない、この文章の一番の見せどころは『これはまるで理想の彼女のようだ』なのだからここはもっときちんと描写した方がいい
テキパキと機械的に家事をこなす表現だけではすでにオチが見えてしまう
俺は突然、猛烈にイラついて、美優の頭を瓶で殴りつけた。
ここも見せ場なのだからもっと情感たっぷりに狂気を演出した方が盛り上がる
あと語尾が全て「~だ」で変化が無く飽きる
どこにも感情移入できず、ただダラダラと長ったらしく妄想を垂れ流しているだけで
これはまさしく垂れ流された「文」であり、小説ではないので評価するには厳しい
企業も国際化していかなければならなかったのに、時代の変化にあわせられず、新たなビジネス展開もせずに、国内でなんとか自分らが退職するまでの間なら企業の器が持つだろうと考えて前世代(昭和前半)の資産を食い潰した感じがする。
新しいことをどんどん取り入れよう、チャレンジしようとする人が少なかった。(ITについて社会、周囲を見ると「機械苦手だから」で理解しようとせず取り残されてるよね…)
いわゆる、2代目が会社を潰す、というような社会になっていたように思えます。
それを見た3代目が盛り返すという時期だと思いますが、経済界はともかく、政治が1代目から2代目に移っているだけなので足を引っ張ってくれちゃってるのではないかと。
よって、経済界は国外に逃げますね(逃げてる最中)、日本は空洞化が進み、この先は国内でノマドをやってるより、世界的ノマドが進んで、海外に出られる能力or気力のある人は幸せになれるんじゃないかと。
僕の高校時代の女友達も、そこそこハイレベルな公立大で堅実に勉強していたんだが
残念ながら男好きの性格かつ不美人だったためか、多数の男に色仕掛けで迫って一晩寝ては別れ一晩寝ては別れを繰り返す恋愛をしていて、
最終的には学部内の男に相手にされなくなったそうで、
モバゲーだったかグリーだったかで「勉強ばかりでさみしいの…」と釣った男と卒業後結婚した。
○○(超大手食品メーカ)に勤めてる彼氏だよ!と鼻高々で惚気るのをよく聞いてみたら、通信高校卒の派遣工だった。
今は彼は食品メーカの派遣を切られてこんどは機械メーカに派遣されているそうな。
本人達がそれでいいならいいんだろうが、女性の方が学歴も収入も上の場合って、ちょっとなーと僕は思ってしまう。
でも(不美人とはいえ)ヒモ募集の看護婦の卵がモバゲーやグリーに出会い求めて来てるなんて、ゴミ箱の中から真珠が出たようなもんだよね。
The burnout cycle (Jono Bacon, Nov 2010) (PDF) の一部より。
燃え尽きの最初の段階としてよく見られるのは、自分の価値を証明したいという欲求です。
その根幹には、自分の仕事が軽んじられているという不安感があります。
燃え尽き症候群の患者は、自分の価値を証明するため、より多く働こうとします。
長時間働くことは燃え尽き症候群の初期段階に見られる兆候です。
自分がいかにたくさんの結果を出しているかを証明しようとして、
頑張って長く働くこうとします。
夜遅くまで働きつづけることも珍しくなく、
オープンソースソフトウェアの活動の場合はさらにそれが顕著です。
たくさん働けば自分の価値をもっと分かってもらえるという信念のもと、
午前2時や3時まで働いたりもします。
この段階になると、眠ること、食べること、友達と遊ぶことなどは単なる「娯楽」であり、
自分の価値を証明しようという欲求があまりにも強い状況であり、
より多く働くことが最優先事項になります。
誰かに誘われても、断ることに抵抗を感じません。
また、働きつづけることに抵抗を感じなくなります。
深夜や早朝に働くことは珍しくなく、
この段階では、異変に気づいた身近な友人や家族から、大丈夫かと尋ねられるようになります。
ただやることが溜まっているだけだと言って、彼らの気遣いを聞き入れません。
この段階では、仕事へのこだわりが強くなることにより、
それまでの価値観において大切にしていた、友人や趣味といったものを脇にのけるようになります。
仕事でよい結果を出すことが、成功をはかる唯一の指標になります。
人付き合いや家族と時間を過ごすことが、もはややりがいのある大切なことではなくなります。
むしろそうしたものは、やりがいある仕事へのさまたげになる、と考えるようになります。
もっと働かなければならないから、と言い訳するのに抵抗を感じなくなります。
いつ尋ねてもダメだと言うので、友人から誘われることもなくなっていきます。
この段階では、不信感、狭量さ、攻撃性が顔を出してきます。
同僚がバカでとるに足りないことばかり言うように見え、
どんどん生じてくる問題の原因として、
時間が足りない、同僚が無能だ、仕事の分配が不公平だ、と文句をつけるようになります。
睡眠不足により疲れがたまり、ジャンクフードとカフェインのせいでかなり不健康な状態になっています。
自分を情けなく思うと同時に、まわりは自分のつらい状況を理解してくれない、と感じます。
他人に向かってわめいたり手をあげたりするようになり、
口喧嘩をしかけることが増え、謝罪することに抵抗を感じるようになります。
生きることがつらいと感じるようになります。
他人との接触や人付き合いを最低限に抑え、
燃え尽きが進行していくという感覚をやわらげることが重要になってきます。
酒を飲むこと、あるいは薬に頼ってストレスを解消しようとします。
何に頼るかはそれぞれですが、通常よりも深くそれにのめり込みはじめ、危険な兆候が出はじめます。
友人、家族、同僚からみて明らかにおかしな奇行をするようになります。
本来のその人でなくなったということが、近しい人の目にはっきりと分かります。
身体的に疲れ果て、頭痛、肌荒れ、意欲の低下など健康上の問題が生じます。
対人関係にプレッシャーを感じ、とくに深夜、鬱が強くなります。
自分の人生が、機械的で感情のない歯車の連続のように感じられます。
自分の価値を誇示したいという願いも弱くなり、諦めてもいいかと思うようになります。
より頻繁に酒、薬、過食、異常性欲、その他の奇行、破壊衝動などに逃げ込むようになります。
鬱がさらに進行します。
この段階では、失望感、喪失感、消耗感を感じ、将来を楽観視する理由をほとんど見出せなくなります。
なんか、誰の役に立つのか分からんけど、私が高校生の頃にこういう説明があったら良かったなぁ……とふと思ったので書いてみた。
さて、大学の工学部機械工学科に入学するとしよう。基本的に機械工学科に含まれる研究分野は多い。もちろんそれには理由があるのだが、それでもほぼすべての学生が学ぶ共通の内容があり、機械工学科を卒業した学生に企業が期待するのはそれらの基礎知識である。そういう意味で機械工学は非常に実学に近いと言っても良い。
機械工学科の教員は本当に口を酸っぱくして「四力を身につけろ」と何度も何度も授業の度に言ってくる。古いタイプの教員ほどその傾向は強い。いわく、「専門分野の基礎がわかっている人間が社会では強い」、「四力が身についていなければ学科長が許しても俺が卒業させない」、云々。で、その四力というのは以下の4つの「力学」のことを指す。
機械力学というのはいわゆるニュートンの力学でいう「剛体の力学」で、弾性・塑性変形しない対象がどのように運動するかを扱う。振動工学とか解析力学とかはだいたいこの延長線上で学ぶ。高校の力学に微分積分を足した感じだと思えばいい。
熱力学はマクロで見た気体や液体の持つエネルギーを対象にする。これも微分積分やエンタルピー・エントロピーの概念を除けば高校で学べる物理とそう大差はない。次の流体力学と合わせて熱流体力学というジャンルを構成していることもある。統計力学は熱力学の延長線上で学ぶことが多いが、量子力学とともに挫折する学生が非常に多い。
流体力学はその名の通り気体と液体を合わせた流体の運動について学ぶ。航空関係の仕事がやりたいなら必須。多くの近似法を学ぶが現実にはコンピュータ・シミュレーションが用いられるのであまり細かく勉強しても役に立つ場面は少ないかもしれない。下の材料力学とは連続体力学という共通の基礎理論を持つ遠い親戚。
最後の材料力学は、弾性をもつ(=フックの法則に従う)固体の変形が対象。建築学科とか土木工学科だと構造力学という名前で開講されているが、内容はだいたい一緒。これも多くの近似が含まれる体系で、実際にはコンピュータを使った有限要素法でシミュレーションする場面が多い。とはいえ基本を大学学部時代に学んでおくことは非常に重要。
で、これら4つの科目がどう生きてくるかというと、たとえば20世紀における機械工学の結晶であるところのエンジンの設計なんかにはこれら全部が関わってくる。機械にかかる荷重や振動を解析し(機械力学)、エネルギー効率の高いサイクルを実現し(熱力学)、吸気と排気がスムーズに行える仕組みを作り(流体力学)、これらの条件に耐えうる材料を選ぶ(材料力学)。もちろん就職したあとにこれらすべてに関わることはないし、実際に使える高度な知識を教員が授けるわけではないが、機械の設計に際しては必須の基礎知識ばかり。とはいえ後のように四力から直接発展した研究をしているところはまれで、院試のために勉強したのに後はもう使わなくなった、なんてこともままあるわけだが……。
なお高専からの編入生が入ってくるのは2~3回生なのだが、彼らはすでに四力を身につけていることが多く、運が良ければ通常の学部生からは羨望と尊敬のまなざしを勝ち得ることができる(しかし英語ができないので研究室に入ってから苦労することが多いようだ)。
高度な数学や電磁気学であったり、機械加工や金属材料や設計に関する専門的な知識もカリキュラムに含まれることが多い。みんな大好きロボットは制御工学の範疇で、これは四力とは別に学ぶことになる。ロボット=メカトロのもう一つの必須分野である電気電子系の講義はほとんどないので独学で学ぶ羽目になるが、微分方程式が解ければ理解にはさして問題はない。プログラミングや数値計算などの授業は開講されていることもあるしされていないこともある。とはいえ機械工学科を出てガチガチのプログラマになることはほとんどないし、教えてくれてもFORTRANか、せいぜいCが限界である。さすがにBasicを教えているところはない。……ないと信じたい。
実習や実験がドカドカと入ってくるのは理系の宿命なのだが、特徴的なのはCADの実習。おそらく就職したら即使う(可能性がある)ので、研究室に入る前に一度経験しておくといい。もちろん実際にCADで製図するのは専門や工業高校卒だったりするのだが、そいつらをチェックしてダメ出しするのは大卒なり院卒なりの仕事になる。
四力を身につけたらいよいよ研究室に配属されることになるのだが、基本的に四力を応用した分野ならなんでも含まれるので本当に各研究室でやっていることがバラバラ。隣の研究室が何をやっているのかは全くわからない(もちろんこれは機械工学科だけではないとは思うが……)。そのため学科のイメージを統一することが難しく、どうしてもわかりやすいロボットなんかをアピールすることが多くなってしまう。とはいえそういう「わかりやすい」ことをやっている研究室は少数派で、実際は地味なシミュレーションや材料のサンプルをいじくりまわしているところが多数派である。最近は医療工学系の研究をしているところが増えたらしいが、光計測だったり材料物性だったり航空工学だったり、あるいは全然関係ないシステム工学だとか原子力工学の教員が居座っていることもあるようだ。こういう教員を食わすために機械工学第二学科(夜間向けの第二部ではない)が設立されたり、環境とかエネルギーとかが名前につく専攻が設立されたりすることがままある(昔は学科内に新しく講座を作るにはいろいろと制限があったらしい)。そういうところは(上位大学なら)ロンダ先として利用されるのが常で、そうした研究室を選んでしまった学部生はマスターの外部生の多さに面食らうことになる。
とはいえいろいろ選べるならまだマシな方で、大学によっては計測か材料かしか選べなかったり、工業高校ばりの金属加工実験を延々とやらされたりすることもある(ようだ)。やりたいことがあるならそれをやっている大学に行け、とは機械工学科志望の高校生のためにある言葉かもしれない。
そう、就職は非常にいいのだ。「学内推薦が余る」という噂を聞いたことがある人がいるかもしれないが、まぎれもない事実である(とはいえ最近は上位校の推薦でもガンガン落としまくる企業が増えたようで就職担当も頭を抱えているようだが)。機電系なる言葉が広まったのはネットが登場して以降らしいが、機電系=機械工学系と電気電子工学系、というぜんぜん関係ない2つの学科をまとめてこう呼ぶのは、それだけこの国の製造業でこの2学科出身者が必要とされているということだろう。我らが機械工学科の後輩たちのために、これからも経済産業省には「モノづくり立国」なるわかったようでよくわからないスローガンを推進していただきたい。
inspierd by http://anond.hatelabo.jp/20110929232831
追記:あえて上位と下位の大学の事情をごっちゃにして書いているので、受験生諸君はあまり鵜呑みにせず自分でリサーチするようにお勧めする