はてなキーワード: カントとは
色んな考え方の人がいる以上、話し方を聴き手に対して変える必要がある。
哲学科の奴にいきなり経済の素晴らしさを語ったり、電子工学科のやつにカントが~とかいきなり自分のことばで語りだしたって、何が伝わるだろう。
人間は「ある程度理解が得られるであろう内容/話し方」で話すものだ。
だから、読み手に対して自在に変化を遂げ、否定的に解釈されにくい、抽象的な言葉が生き残りやすい。
人はよくわからないと思ってるものに対しては、お互い意見を対立させようとは思わないものだと僕は思っている。
具体的な言葉を用いると、どうしても現実的な様々な解釈と意見が入り混じる。
具体的な話であれば会話がしやすいか?細かいニュアンスの表現が必要とされるがために、それは逆に難しいのだ。
文字だけで、それまで何のコミュニケーションもとらず前提確認も取れず、細かい話をするのは非常に困難だ。
とはいっても、ネットでは主に言葉でコミュニケーションを取らねばならない。
しかし、どんな言葉を使っても(もちろんこの日記も例外にはなれない。)何かしらの否定はされ得る。
僕にとって一番大事な発言者は、ぼくの話をちゃんと聞いて、反応してくれる友達だ。
その信頼感は、ネットを使ってでも、直接会ってでも、電話でも変わらない。
そんなインターネット(と現実)で、からまれたくないし、全力で逃げたいと思ってる3人の馬鹿を挙げる。
発言者による発言の優先度が、僕にとって一番低いのが彼らと言っても過言ではない。
彼らから真っ先に逃げる為に、一度言葉にして確認することにした。
・個人の日記
しかしここで犯罪告白をする人は、新宿とかのでかい公園で犯罪を何千回も叫ぶ(コピペ、RTされる)ようなことをしてるんだから警察に引っ張られてもしょうがない。
やましいことするなら隠れてしないと捕まるのは当たり前。そこくらい知恵使えと言いたい。
主題違いに突っ込む馬鹿。
十分な議論ができる環境ではない(コメント欄でどれだけの納得が得られようか。)のにも関わらず、1から議論しようとする人。
offでお茶会でも開け、と言いたい。
・ブログ
「間違ってるやつは正さないといけない」「間違ってるやつが正さないのは傲慢だ」「間違ってるやつは攻撃していい」というロジックを君が使うなら、「そう言う君が間違ってるから君を攻撃していい」「そういう君が間違ってるのに直さない、傲慢だ」「そういう君は(略)攻撃していい」と僕が言うことも正しい。
そんなループに見ず知らずの名無しさんとラブラブランデヴーしたくないから、僕は全速力で逃げる。できる限り自由にやりつつ、できる限り君と関わらないような人間になる。
僕はこの人には何も言いたくない。目視し次第とにかく逃げる。
相手の知識を、括として無視し去ってしまう場合に、無知が絶対に強い。」
という一文がある。
文脈はともかく(そんなではいけないのだが、)僕はこれは本当にそうだと思っている。
ぶつかったら負け、の戦いからは、逃げることが負けないことなのだ。
僕はそいつと戦わないから、勝たないが、負けない。戦いたくもない。
いやいや、過小評価できない(付き合えば十分に面倒くさいことになる)から逃げるのだ。
僕にとって、勝つよりも、負けないことの方が重要だ。
僕は、類は友を呼ぶという言葉も信じているから、出来る限り自分自身が3人の馬鹿にならないようにしたいと思う。
僕にできるのは、僕を変えることだけだ。
これが僕の最大限だ。
あるいは俺のチラ裏。
反フジテレビ勢力の勝利条件=【フジテレビが偏向報道を行わなくなる】【フジテレビが番組でステルス宣伝を行わなくなる】だよね?
……となるべきだよね? でも実際にはそうではなく:
……となってる。勝利条件の達成のためなれば味方につけるべき花王に対して、反フジテレビ勢力はボイコットという行動に出ることで、花王の態度をいたずらに硬化させているようにしか見えないのよね。これ、花王はもう絶対、反フジテレビ勢力の味方にはなってくれないでしょ。
いや、そういえば花王は最初からフジテレビを支持するとか言ってたな。はなっから反フジテレビ勢力の味方にはなり得ないスポンサーと言える。じゃあ反フジテレビ勢力が打つべき次の一手は:
じゃねーのか?
んー、これならまだ理解できる。これ、つまり、反フジテレビ勢力は花王を見せしめにしてるってことだね。「お前らもフジテレビからスポンサーとしての手を引かないとこうなるぞ」的な。あるいは、反フジテレビ勢力にとって花王は目的ではなく手段だとも言える。カント大先生は空の上で怒ってるかもしれない。地上でも「目的のためには手段を選べ!」思想の皆様が冷やかな目で反フジテレビ勢力を見てるかもしれない。
となると、反フジテレビ勢力の正念場は花王デモ後ってところか。ここでいかに多くのフジテレビスポンサーを味方につけられるかが勝負。それこそ花王も含めて味方につける勢いで行くべき。逆に留意すべきは「第二の花王」への対応。「偏向報道を行うフジテレビのスポンサーは許さない!」という態度を外に向けてアピールし続けていかない限り、「第二の花王」への対応次第では反フジテレビ勢力は「反・偏向報道」という錦の御旗を失いかねない。
なんか、前提が全然見えないのでお前が何を言いたいのかわからん。
人間の何について何の根拠をもって4種類に分類しようとしているのか不明。
お前が、解剖学を根拠にしているのか心理学を根拠にしているのか社会学を根拠にしているかによって科学的かどうかが決まる。
「丙午」(60種)は科学的な事になる
お前が、数学を根拠にしているのか、歴史学を根拠にしているのか、民俗学を根拠にしているのか、五行や風水、陰陽を根拠にしているのか、オカルトを根拠にしているのかで科学的かどうかが決まる。
因果関係や相関関係の複雑さが分母に現われるのだから、分母に文句を言うのは非常に科学的だと思うが。
人は他のいかなる動物よりも慎重に研究されてきたが、彼らが一つの種あるいは人種と見なされるべきかどうか、有能な調査者の間にも多様な意見があり、どれもあり得そうである:2(ヴァレイ)、3(ジャッキノー)、4(カント)、5(ブルーメンバハ)、6(ビュフォン)、7(ハンター)、8(アガシー)、11(ピカリング)、15(ボリセントヴィンセント)、16(デ・ムーラン)、22(モートン)、60(クロフォード)そしてバークによれば63。この判断の多様性は人種が種として認められるべきではないと言うことを意味しない。しかし、人々は連続的に変わっていき、はっきりとした区別がほとんど不可能なことを表している。
で、ほかのレス見てるとABO式血液型分類のことを言いたいらしいが、ABO式単独では日本人の2/3ぐらいしか分類できないんだよね。
というか、ABO式だけで分類すると輸血ミスるわ。
すでに、Rh式も一般的に使われているだろ?
血液分類法が100種類以上存在する現在において、ABO式単独なんて微妙すぎるんだよ。
さらに、ABO式だけ見ても、亜型って種別が存在する。
ちなみに、俺は普段はO判定されてたんだけど、血液検査でA型に振れたことがあって、調べた結果A3辺りじゃないかな?って感じ。
まぁ、亜型含めなくてもボンペイ型を独立型とするならば5種類になってしまうわな。
異性とのロマンチックな関係を夢見まくりと言う点で女性のスイーツ族に近い。
オタクとか腐とかリア充とかDQNなどという表層的カテゴリを横断して存在する。
おれはこれに対して、恋愛だけ特別なんてこたねぇよって話をしたいだけだから、擁護はお好きにどうぞ。
恋愛だけ「特別に」二次元で置換可能とか、バカバカしくて話にならないって言いたいだけだしさ。
本当に無理やりな方向で笑える。
仮にSFを疑似体験できるとして、それは現実の何を置換するの?
ホラーとかSFはエンタメとして割り切って、恋愛だけ疑似体験にマジになんの?
支離滅裂でしょ。
なんで、恋愛だけ「特別」なのよ。
恋愛にロマンチックな感情やイベントやエンタメ性や理想主義を求めれば求めるほど
三次元の立場は不利になる。
今まだ太刀打ちできるとしても、技術の進歩と同じぐらいの速度で生物が進化出来ない以上
技術が進歩したときには、外装からオタク的な特徴が廃された二次元というものが出来てくる。
そうなると、これから逃れられるのは恋愛自体と折り合わない人間だけだ。
異性とのロマンチックな関係を夢見まくりと言う点で女性のスイーツ族に近い。
オタクとか腐とかリア充とかDQNなどという表層的カテゴリを横断して存在する。
今はオタクカルチャーに近い人間以外は二次元のナントカカントカと距離があるが
恋愛妄想が好きな種の男女は未来では軒並み二次元にからめとられて行くだろう。
遠くない未来、
個人主義でロマンチック主義の個体達は恋愛ソフトにずっぱまりで終生大変幸せに独身で生きる。
一方で恋愛に興味ないとか没入できないタイプの個体達が、まあ「現実」の中に生きて子供を産み育てる。
後者はやがて断片的に「イエ」的価値観などを復活させるだろう。
今いる人類は全部「恋愛」に免疫があった人間の子孫なんだよ。”
日本で始球式をすることも決まっている、話題のサンデル教授の本『これからの「正義」の話をしよう』を読んだ。
シリアスゲーム的な考え方だと思った。押し付けがましくなく、それでいて熱意がある。
ダン・アリエリーの「予想通りに不合理」では、行動経済学として人々の社会規範と市場規範に焦点を当て、さまざまな実験を通して規範の適用の仕方を検証している。
サンデル教授はこれまで社会規範の適用されてきた社会に市場規範を適用するという最近の風潮を危惧している。
それは、アメリカのみならず、諸先進国においても同様だろう。GDPでは幸福は測れないということだ。
そうした現状で、公正な正義を一人一人が認識しようとすることは社会の幸福への試金石になるかもしれない。
宮台真司の推薦文にもある通り、サンデル教授はコミュニタリアン(共同体主義者)だそうだが、一部のコミュニタリアンにとっては違和感のある呼ばれ方だそうで、その原因は「正義は個々のコミュニティが好き勝手に定義したものに過ぎないという相対主義的見方を表しているように思える」からだそうだ。
つまり、コミュニタリアンと呼ぶ側(功利主義、自由主義)がコミュタリアンの物語の探求という考え方を見落としているということだ。
NHKの白熱教室を観た方はわかると思うけれど、サンデル教授は功利主義、自由主義、そして共同体主義を実際に起きた問題や思考実験によって人の正義と自由、正義と権利、自由と権利といった問題を焦点に繰り返し問題提議、検証していく。
5章以降のカントの示した人生観やロールズの考える自由は、より具体的で、わかりやすく、刺激的だ。
人生観で特に印象的だったのは、マッキンタイアの「物語の探求としての人生を生きる」という考え方だ。
自由を追い求める考え方は目的論を独善的とみなす。しかし、現実的には人々は人生という物語を解釈している。
自由に選択できることが真の意志の尊重とするが、
物語の探求という生き方は、アドベンチャーゲーム、ロールプレイングゲームのようにマルチエンディングのような、または、SF的な多世界解釈に近いと思う。
そして、それは強烈だ。これからの諸問題との対峙する時、コミュニタリアンの正義に対する捉え方は安易な自由や平等主義よりも解決への熱意を持っている。
サンデル教授は功利主義、自由主義、共同体主義という選択肢を検証し、最終的にトゥルールートとでもいうように納得させる形で共同体主義への道筋を示した。
心理学者のミハイ・チクセントミハイによって提唱されたフロー体験というものがある。
フロー(英語:Flow )とは、人間がそのときしていることに、完全に浸り、精力的に集中している感覚に特徴づけられ、完全にのめり込んでいて、その過程が活発さにおいて成功しているような活動における、精神的な状態をいう。ZONE、ピークエクスペリエンスとも呼ばれる。その概念は、あらゆる分野に渡って広く論及されている。
チクセントミハイが見たところによれば、明確に列挙することができるフロー体験の構成要素が存在する。彼は8つ挙げている。
2. 専念と集中、注意力の限定された分野への高度な集中。(活動に従事する人が、それに深く集中し探求する機会を持つ)
4. 時間感覚のゆがみ - 時間への我々の主体的な経験の変更
5. 直接的で即座な反応(活動の過程における成功と失敗が明確で、行動が必要に応じて調節される)
6. 能力の水準と難易度とのバランス(活動が易しすぎず、難しすぎない)
フローを経験するためにこれら要素のすべてが必要というわけではない。
(フロー:wikipedia [ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AD%E3%83%BC ])
目的論的な解釈や考え方はフロー体験を促しやすいのではないだろうか。
自己実現理論(じこじつげんりろん)とは心理学者・アブラハム・マズローが、「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生きものである」と仮定し、人間の欲求を5段階の階層で理論化したものである。又、これは、「マズローの欲求段階説」とも称される。
2. 安全の欲求(safety need)
3. 所属と愛の欲求(social need/love and belonging)
4. 承認の欲求(esteem)
5. 自己実現の欲求(self actualization)
の5段階に分類した。
自己超越
マズローは晩年、5段階の欲求階層の上に、さらにもう一つの段階があると発表した。それが、「自己超越」(self-transcendence)の段階である。 自己超越者(transcenders)の特徴は
1. 「在ること」(Being)の世界について、よく知っている
5. 深い洞察を得た経験が、今までにある
6. 他者の不幸に罪悪感を抱く
9. 聡明である
10. 多視点的な思考ができる
11. 外見は普通である(very normal on the outside)
マズローによると、このレベルに達している人は人口の2%ほどであり、子供でこの段階に達することは不可能である。 マズローは、自身が超越者だと考えた12人について調査し、この研究を深めた。
(自己実現理論 :wikipedia [ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E5%AE%9F%E7%8F%BE%E7%90%86%E8%AB%96 ])
フロー体験や自己超越といった段階は、ただ安易な自由や平等を考える以上に、個々人が社会で生きる目的を認識することが重要であることを示しているように思える。
※立候補者に不満がある方は被選挙権を行使してください。そうでなければ「ぐぬぬ」とでも言っていてください^^
※記者会見による発表のみ。
職歴:不動産鑑定士、政治倫理学者、童話作家
株式会社日本経済研究所代表取締役飯能支店長
政治団体「東西冷戦後又左右のイデオロギーの終えん後、イデオロギーを超えてカントの『永遠平和のために』の反改憲論をよく読み、ヒットラー的自由な解散権の恐怖と核爆弾、徴兵制を目指す改憲を政治的強さの立場から絶対阻止する団体(略称:カント平和で親ナチ的改憲阻止最高裁訴訟会)」代表
佐賀県生まれ
最終学歴:日本大学大学院法学研究科政治学専攻博士後期課程指導認定満期退学(ただし、多くの大学・大学院を経ているため詳細はwikipediaを参照されたい。一般的には橋大と東大卒をアピールしている)
参考:前都知事選政権公約放送 http://www.youtube.com/watch?v=G1CR1LbGsSc
職歴:日本共産党元参議院議員、党中央委員会政策委員会責任者(政策委員長)、常任幹部会委員、医師
「革新都政をつくる会」より立候補の要請を受け、2月9日に都知事選への出馬を正式に表明
東京都世田谷区生まれ
最終学歴:東北大学医学部卒業
政治的な見解はwikipediaで
職業:ワタミ前会長、学校法人郁文館夢学園理事長、岸和田盈進会病院理事長
みんなの党推薦での立候補が噂され一度は否定したが、2011年2月15日に「政党の支持を受けない」と無所属での出馬を正式表明
最終学歴:明治大学商学部卒
出馬の理由としては自分の培った経営能力を企業を超えた枠組みで活かしていきたいことを挙げた。公約の一つとして「高齢者が安心して年を取ることのできる社会の実現」としている。また、高校生の10人に1人を1年間留学させる構想などを教育改革として語った
昨年放送されていた、マイケル・サンデルのNHK白熱教室は非常に面白かった。そんな折、NHKの白熱教室番組で解説をされていた小林正弥氏が、「サンデルの政治哲学」という新書を出されていたことを知った。早速読んでみたところ、あまり理解が及ばなかったカントの部分であるとか、サンデルより他のコミュニタリアンと呼ばれる思想家たちのことも書いてあり、とても勉強になった。
そのうちにサンデルよりも氏がどのような研究をされているのか興味が出てきて、他に書かれているものを大学の図書館で調べてみた。小林氏はどうやら「公共哲学」というものを日本に根づかせようとされているらしい。堅苦しい哲学というよりも、実践を本分とする「公共哲学」にも興味を持った。そこで、昨年出版された「アクセス公共学」という本を図書館で借り、小林正弥氏の論文を読んでみた。「日本政治の公共学」という興味をそそるタイトルである。
だが読み進めていくと・・・
そこには驚くべきことが書いてあった。
少なくとも、以下に引用する文章(それは論文の最終節にあたる)が、サンデルのjusticeを解説されていた人の書くものとは到底私には思えなかった。私には以下の論文のjusticeがよくわからないし、これが日本の公共哲学なのであればそのようなものは・・・とも思わないでもない。少々長くなるが、はてなユーザーの賢明なるみなさんに、ご意見を賜りたい所存である。
この民主党中心の連立政権(社民党と国民新党との連立)は、脱官僚と政治主導、そして地方主権を主張し、対等な日米同盟を公約に掲げた。また、成立した鳩山政権は「友愛」と「新しい公共」を理念として掲げて、地球温暖化問題についてCO2排出量の25%削減(1990年比)という鳩山ビジョンを提起して世界の喝采を浴びるとともに、東アジア共同体のビジョンも提起した。
これらの政策公約の多くは、自民党政治、特に55年体制におけ二重十恩顧主義政治体制や家産官僚制の問題を摘出し、その抜本的改革を企てるものである。鳩山首相は「友愛」の理念を掲げていたから、それは「友愛公共革命」への期待を生んだ(小林2010)。そして、その所信表明演説や施政方針演説は、「友愛」と「新しい公共」の理念を掲げる拡張高いものであり、いわば政権の公共哲学を宣明したものだった。これは、理念が政治を動かすという可能性を示したという点において戦後日本政治においてほとんど初めての出来事であった。政治において、「善」に関わる理念が明示されたという点において、この公共哲学は、マイケル・サンデルが主張するような意味において、コミュニタリアニズム的な性格を持っていた。
(中略)
さらに、日米関係においても、新政権は総選挙のマニフェストで「緊密な日米関係」を掲げていた。鳩山政権は、普天間の基地移設問題について、自民党政権が合意していた沖縄県内の辺野古移設案を変更して、鳩山首相は可能な限り県外・国外移転の可能性を探った。これは、永年にわたる日米恩顧主義における対米追従外交に代わって、沖縄の負担を軽減するために主体性を持った政策を提起しようという試みだった。
(中略)
しかし、鳩山政権は首相自らが設定した2010年5月という期限までにそれを実現することができなかった。県外移設の可能性を追求したもののアメリカに拒まれて、結局は辺野古案に回帰して日米合意を行い、反発した社民党の連立離脱を契機にして、発足後8ヶ月余りという短期間で崩壊したのである。その主因は鳩山首相と小沢幹事長をめぐる「政治とカネ」の問題と、普天間基地問題をめぐる混迷だった。しかし、普天間問題において外務省や防衛省は、いわば米官連携に即して、県外移設案の追求に対して非協力的だった。ここにも現れているように、鳩山内閣においては「政治≒公共」に対する「国家≒官≒公」の反発や抵抗があったということができる。残念ながら、こうして「公共的公」は確立せず、「公共」的な政権は「官」の抵抗に遮られて崩解してしまったのである。
僕が雪村に出会ったのは、大学の研究室の新入生歓迎会のときのことで、そのとき歓迎する側にいたのが僕で、歓迎される側にいたのがいっこ下の雪村だった。
彼女は、長くきれいな黒髪の落ち着いた女の子で、お嬢様という感じではないが、どこか品のある立ち居をしていた。
僕は彼女とは別のテーブルにつくことになり、でも彼女のことが気になったのでたまにそちらの方へ目をやったりしていたのだけれど、ちゃんと正面に座って話す機会は、ひとつ上の先輩がくれた。
「真田くん、ちょっとこっち来てよ」と先輩が僕を手招いて呼んだ。「この子エーティーフィールド張ってて、俺ひとりじゃキビシイよ」
それで僕は、彼女の向かいに座って話をした。雪村は聡明で、控えめで、微笑みながら人の話にうなずき続けることができるタイプの女性だった。
でも僕は自分のことが話したいわけではなくて、彼女のことが聞きたかった。僕はゆっくりと、何か自分と合うような話題がないかと探した。彼女の趣味は読書で、好きな作家は恩田陸(←「ああ、あのガチホモミステリの……」)。よく読むのは講談社ノベルス(←今にして思えば恩田陸は講談社ノベルスとあんまり関係ない気がする)。映画も好きで、好きな監督はスタンリー・キューブリック(←『バリー・リンドン』)とピーター・ジャクソン(←『乙女の祈り』)。ピクサーとジブリも好き。好きな漫画は『夢幻紳士』『百鬼夜行抄』『うしおととら』『タブロウ・ゲート』……。まともにやったゲームは『ファイナルファンタジーX』くらいで、時間のカウンタが止まるまでやって(←大学受験が終わってから暇だったようだ)、「全てを越えし者」を倒すところまではいったとか。あと何かのレースゲームは前に進めなくて諦めたという。
僕はといえば、好きな作家は星新一で、好きな映画は『ショーシャンクの空に』で、好きな漫画はジャンプとチャンピオンとヤングジャンプとヤングマガジンとスピリッツとモーニングだった。僕はその程度の文化パワーの人間だった。
雪村は本当に本が好きで、暇なときには一日一冊くらいのペースで読んでいた。「『雑食なのでなんでも読みます』とか言うやつは信用できねえよ。そういうやつは絶対に大して本を読んでない」と吐き捨てる友人が僕にはいたが、雪村は本当に雑食で、ノンフィクションを除けばなんでも読む女の子だった。小説も漫画も。
その新入生歓迎会の日は、友達が帰るというので、彼女もそれについて早めに帰っていってしまった。僕はもっと残っていってよと頼んだけれど、穏やかに断られてしまった。
次に僕が彼女と話をしたのは、それからしばらく後の教養の授業のときのことで、雪村は教室の最前列に座って、社会学だったか文化人類学だったかの講義を無視してペーパーバックを読んでいた。
勇気を出して隣りに座って(←勇気を出したのだ)、何読んでるの、と彼女に訊ねた。雪村は手に持った本の表紙を見せてくれた。G.R.R.マーティンの『玉座をめぐるゲーム』だった。もちろん僕にはまったくわからなかった。
それからも僕は、折にふれては勇気を出して彼女に話しかけていった。レポートがあるので……と断られてひどく落ち込んだりもしたけれど、ついに僕は彼女を連れて名古屋城にデートにいくことに成功した。名古屋城はつまらなかったけれど、彼女といるのは楽しかった。
これはおもしろかった。本当に。
それからも授業で隣りに座ったり、食事に誘ったりして、僕らは付き合うことになった。僕は実家に住んでいて、彼女は下宿をしていたので、よく彼女の家に泊まって二人で本を読んだり、映画を見たりした。本山にゲオがあったので、近所でレンタルができて助かった。
でも不思議なことに、幸せなことはそんなに長く続かないもので、僕と雪村が二人で東尋坊を見に旅行に行ったとき、泊まった旅館でカニを食べて一緒の布団で寝たあと、彼女は僕の知らない何かに引っ張られて、僕が寝ているうちに布団を出て服を着替えて旅館から脱げ出して、東尋坊の先から海に飛び降りてしまう。
東尋坊では死ねないという話があるけれど、やっぱりそれは嘘で、飛び降りればちゃんと死ぬ。雪村がそれで死んだのだから間違いない。
彼女を失った僕は悲しくなって、雪村が死んだというそのこと自体よりもむしろ雪村が僕に一言も告げずに死んでいったことに鬱々と悩んで、こりゃだめだ、このままじゃ何も解決しない、と思ってそのまま十五の夜ばりにバイクで走り出す。でもそのバイクは別に盗んだものじゃないし行き先もきちんとわかっていて、僕は一直線に福井まで行って、雪村と同じように海にダイブする。そして生きて浮かんでくる。本当に死にたいのなら、そのための飛び降り方をしなければならない。
病院のベッドでしばらく暮らすことになった僕は、とりあえずアマゾンで小説と漫画と学芸書とDVDを注文しまくって、それを片っ端から消費する。雪村が生きていたときにはこの女はまたなんか読んでんなあとしか思っていなかった僕が、いまさらになって雪村の触れていたものたちに目を向け始める。村上春樹を、伊坂幸太郎を、恩田陸を道尾秀介を舞城王太郎を僕は読む読む。雪村のようにペーパーバックをぺらぺらとはいかないが、翻訳者に感謝しながら、ヴォネガットをカポーティをフィッツジェラルドを読む読む。福満しげゆきを藤田和日郎を増田こうすけを読む読む。カントを、デリダを、ヴィトゲンシュタインをホフスタッターをドーキンスを読む読む。そんでDVDはよく考えたら病室じゃ見られねえなと思ってそのままジャケットだけを眺める。いいじゃんアマデウス。時計じかけのオレンジ。タクシードライバー。
そして読みたい本をあらかた読み終えてしまったので、そろそろ家に帰ってDVDでも見るかと思って僕は退院する。退院するために荷物を片付けてきれいな服に着替えて、もう忘れ物はないよな、と思って振り返った病室に雪村がいるのを見て僕はびっくりする。
「いまさら化けて出てんじゃねーよ」と僕は言う。
でも雪村は生きていた頃と同じ顔で、僕がさっきまで寝そべっていた病室のベッドに腰掛けている。いつもと同じように黒い服ばっかりを着ていて、別に幽霊だからって白いベッドが透けて見えたりはしない。
「いやーいいじゃん。嬉しいでしょ」と雪村は言う。
そんな口調じゃねーよ。
id:hokusyuのエントリ(http://d.hatena.ne.jp/hokusyu/20101120/p1)は、偉そうな雰囲気を醸すのが上手なだけで中身は空っぽである。正確には引用部分はまともであるが、自分の言葉で語り始めた途端にあれあれあれ?となるのである。そんなエントリに釣られたブクマ(http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/hokusyu/20101120/p1)もひでえ。まさに衆愚というべき状況。
そもそもid:hokusyuはid:finalventが何を問題としているかをまったく理解できていない。そしてその原因は主に言葉の定義と用法を屁理屈でゆがめているからなのである。
本文にあるように
暴力装置 暴力を発動するため、諸機関が配置されていること。最高に組織化された政治権力である国家権力が、軍隊・警察・刑務所などを配置している状態などに用いる。現代ではこの装置が巨大化し、独走する危険性がある。
ここでおわりなのだ。定義として国家権力のみが暴力装置と呼ばれる。そのほかのもの(軍隊・警察・刑務所など)は暴力装置ではない。なぜならこの定義における主語は「国家権力」であり、「軍隊・警察・刑務所など」ではないからだ。ゆえに「軍隊・警察・刑務所など」を「暴力装置」と呼ぶことは適当ではない。
切り口を変えてみよう。暴力は発動される。その主体が誰であるか?「軍隊・警察・刑務所など」が、国家権力の名のもとで暴力を発動することはあっても、「軍隊・警察・刑務所など」が、それ自体として独自に暴力を発動することはできない。なぜなら国家が支配のために「暴力を独占」しているからである。そしてその「暴力の独占」という状態に対してのみ、「暴力装置」という言葉が用いられるのである。ゆえに「国家権力」を「暴力装置」と呼ぶことは適当であるが、(追記:その上で)「軍隊・警察・刑務所など」を(追記:国家権力と同じように)「暴力装置」と呼ぶことは適当ではない。「国家権力がその暴力を発動するために配置している実力組織」なら妥当であろう。
だいたい、政治学や社会学の専門家らしき人たちが「自衛隊は暴力装置?当たり前でしょ?」ってみんないっているのに、お前は「社会学」の何なんだ
「専門家”らしき”人たちが”みんないってる”」だって。自分の頭で考えてないって自分でいってんだから世話無いね。
まあ、ブコメで「これが正統的な理解」だとか、「良記事」だとか言ってるカスどもは、恥じた方がいいよ。さらっとこんな言葉がでてきちゃう人の言葉を信じるだなんてね。
くさったみかんを見つけたら、これはくさっている、と言うべきなのだ。
追記 - (お、ブコメで釣れた!)
id:usataro これはひどい finalvent氏の「暴力装置」の用法は社会科学での一般的な用例を踏まえてない「俺様ルール」。「「軍隊」を「暴力装置」と呼ぶことは適当ではない」なんて議論がどこにあるのかご教示願いたいものだ。衆愚とか笑止。
社会科学での一般的な用例を踏まえてない?じゃあ、あなたの言う「社会科学での用例」が間違ってるんじゃない?ちなみに『「軍隊」を「暴力装置」と呼ぶことは適当ではない』という議論は、いま、ここにある。私がそう考える根拠は示したつもりだから、是非、反論をどうぞ。
追記2 - (ブクマがつくと見ちゃうね!)
id:hokusyu これはひどい 「など」と「のみ」の違いについて数分考えてしまった。/"「国家権力の名のもとで暴力を発動" 観点はいいと思うので、そこから「じゃあクーデターは?」ってアプローチしていくと、カントロヴィチに辿りつくかもね
いや、「辿りつくかもね」じゃなくて。そして「じゃあクーデターは?」じゃなくて。「など」がかかる範囲が「軍隊・警察・刑務所などを配置している状態」までなのか「最高に組織化された政治権力である国家権力が、軍隊・警察・刑務所などを配置している状態」までなのか議論する?
そんな話をしてもしかたないから、補足として、『「国家権力」を「暴力装置」と呼ぶならば、「軍隊・警察・裁判所など」を「国家権力は暴力装置である」というのと同じような意味で「暴力装置」と呼ぶことは適当ではない』と言っている。「国家権力」と「軍隊・警察・裁判所など」はその性質に決定的な違いがあるだろう?(なんだったっけ?そう「暴力の独占」だ。)それを同じ「暴力装置」という言葉で混同してしまうことは「暴力の独占」という意味を理解していないということにならないか?それとも「軍隊・警察・裁判所など」は、国家権力と同じように「暴力の独占」をしているのか?でも、そうすると「国家権力」のところででてきた「暴力の独占」はどうなる?全然独占してないじゃん。あれ?矛盾しない?
っていう、話なんだけどね。変なところがあれば、指摘して欲しい。考え直すから。
もちろん自衛隊も軍も警察署も裁判所も、国家権力の名の下で「暴力」を行使する(自衛隊の最高指揮官は内閣総理大臣だし、ほかの機関だって同じような仕組みになってる)。でも、国家権力を「暴力装置」とよぶなら、それら(軍隊や警察署や裁判所など。もちろん自衛隊も)を「暴力装置」と呼ぶことは妥当ではない。「暴力の独占」の意味がみえなくなってしまうから。それだけの話なんだけどなあ。間違わないでね、『国家権力を「暴力装置」とよぶなら』だからね。
草食系とか非モテとかそういう談義が大変盛んで、みんなモテたいんだろーなと思うんだけど。
ふと、わたしは一石を投じてみたくなった。それは「どこ」での話なんだろうか。
かくいうわたしはマジでモテない。ルックスは並以下だし、少々学歴は良いものの「とーだい」というレベルではなく、
女の子の好む話題など到底出来ない。テレビは見ない、読書オタク、少々創作文芸も嗜むという
いわゆる「文学部によくいるアレ」である。趣味は一人酒と喫茶店巡りだ。
もちろん、読書が好きな人間がまともな青春など送るわけがなく、中学高校と大変に恵まれない日々を生きて来た。
あんまり恵まれなさ過ぎて、蔵書が日々増えた。いわゆるオタク趣味のような仲間の作れるジャンルではなかったため
独り黙々と本を読み、文章を書いて暮らして来た。高校時代、女性と話した時間は断言できるがゼロである。
男女問わず、友人と話した時間で1時間行くかも怪しい。グループワークの必要な授業が何より嫌いで修学旅行は不参加だった。
そんなわたしだが、現在既婚者である。
というのも、わたしは大学では「モテた」とは言えないまでもそこそこ女性と縁が出来たのだ。
わたしの通った大学では「文学に詳しい」とか「ドイツ語が出来る」というのは、そこそこのモテ要素だったのである。
大学に入ったわたしはとりあえず、文芸サークルに入ってみた。折を同じくして、自作小説がとある文芸賞の佳作に引っ掛かった。
これで、人生にバーストがかかった。「なんかすごい奴」という風評が立ったのである。
わたしの挙動不審な喋り、垢抜けない服装、無駄な知識量などは尊敬を持って世間に受け入れられた。いわゆる「何かの間違い」である。
ひとたびそうなってみると、世界は全く変わって見えた。わたしは「原著で読むカント勉強会」を主催してみたり、
「物語論を読み込む会」を主催してみたり「サルトル再評価勉強会」を主催してみたりと、ニッチジャンルの帝王と化したのである。
自分で雑誌を主宰してみたり、あるいは「同人誌」(本来の意味での)を主催してみたりとまさに文学部、リア充大学生活を送った。
最終的には自主ゼミを二つ持ち、見事フル優で大学を卒業した。その勢いで就職は奇跡と呼ばれるほど良い場所に決まった。
あの時のわたしは輝いていたと思う、今でもたまに大学生活を夢に見ては枕を涙で濡らしている。
その後といえばわたしは就職前に学生結婚し、赴任地となった職場では見事スタートダッシュに失敗したかと思えば追走も空しく
見事なる「職場のキモい奴」として単身寮でゴミのような暮らしを送っている。(ヨメは介護の都合でついてこれなかった)
筆で食う、などという野望はとっくに四散し、その後は送れども送れども何の賞にも引っ掛からず。
ダイガクインニイキタイシゴトヤメタイオレハクリエイティブナニンゲンナンダと呪詛をはきながらはてなを汚して暮らしている。
職場の飲み会があれば何とか逃げる手段を模索し、定時になればそわそわと落ち着かず、モテるとかそういう以前に
まず人間関係が無い。いわば、高校時代に見事逆戻ったわけである。支店にテポドンでも落ちればいい。
要するにどういうことかといえば、人間には向いた場があるということだ。
ある場所ではクズであっても、ある場所では輝ける人材ということも決して少なくない。
モテたければ、「自分を変える」というのも一興だが、「環境を変える」というのも一つの手である。
要するにわたしは今すぐ環境を変えたい。「辞職届・書式」で検索しながら酒を飲む夜は今夜で最後にしたいのである。
人間というものは栄光の時期がひと時でもあると、その後の凋落が圧倒的に耐え難いものとなる。
誰でも、探せば特技の一つくらいはあるはずだ。「モテる」というのは「場に合っている」という意味である。
本は月10冊くらい読む。(もちろん漫画は含まない。好きな作家は、ありがちだけど村上春樹)
残念ながら東大行くような天才ではないが、まあバカではないと自分では思っている。
しかし、ちょっと興味ある分野のコミュニティを覗いてみると、みんなものすごいペースで難解な本を読んでいる。
インターネットで公開された「読んだ本リスト」を見ると、「カントの純粋理性のなんちゃら」「ポスト構造主義のなんちゃら」って本が、2、3日に1冊の勢いで追加されていく。
ツイッターでは、「今日はヘーゲルを読んだけど、この概念って誰の何に似てるよね」といった呟きや議論が毎日のように投稿されている。
自分も興味持って、哲学の本を買ってはみたものの、1カ月かけてやっと「なんとなーく」分かった程度だった。
原著の翻訳なんて、最初の1文からしてもう意味が分からないこともある。
「みんな最低限このくらい読んでるべきだよね?」的な名著が少なく見積もっても100冊はあるみたいだが、1カ月に1冊ペースで読んでも8年かかる。きっと8年の間には、また読むべき本が増えているだろうから、一生追いつかないのが目に見えている。
実は俺はものすごいバカだったんじゃないか、と不安だ。
あんな難しい本を2、3日で読めてしまうのが普通なのか?
それとも、ざっと見てなんとなく全体が分かって、興味ある章を拾い読みする程度だったりするのか? それなら俺も頑張れば3日で出来るかもしれないが、そんな適当な読み方で、身のある知識になるとは思えない。
実際みんな、どの程度理解しているんだろう?
やっぱり俺がバカなだけなのかな?
「人の心を傷つけてはいけない」という間違った考え - はてこはだいたい家にいる
http://d.hatena.ne.jp/kutabirehateko/20100424/Conscience
http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/kutabirehateko/20100424/Conscience
gouk 人生 (傷つくのは心ではなく自尊心である、という某御方のお言葉を愛してやまない//利他主義はアイデンティティの構築が難しい(自尊心が傷付いたことをひた隠す)傾向はあるかもね。で、正義や他人に依存しやすい) 2010/04/26
celaeno_w こうした「正義の対立」は陣営の強化を招き、勝つために結局「受け入れてくれる人(同じ感性の人たち)への依存」を必要とすると思うのだが、はてさて。 2010/04/26
quix_que ホラー, いつまで続くのこれ? 2010/04/26
steam_heart 「人の心を傷つけてはいけない」「人の心を傷つけてもよい」はどっちも但し書きがあります、という何か。 2010/04/26
godfrey 思考 純粋理性批判のススメ、と読んだ。カントは嫌いではないが自分には合わない。 2010/04/26
y_arim mental health, メタブクマに続く この文章の第一の宛先ははてこ氏ご自身だろう//昨年来共依存やAC関連の書籍を読みあさってきたが、その内容に合致している(ex.他人の喜怒哀楽に責任は取れない)。わかりにくければ「ゲシュタルトの祈り」でぐぐれ。 2010/04/2621
tatsunop communication, 心理 「人の心を傷つけないようにした方が大抵はよい(方に進む)」のであって、考え方の正誤の話にするのに違和感。/ この人の喩えからいつも「善なる狂気」を感じてしまうのはなぜだろう。 2010/04/26
manysided id:felis_azuriさんid:akira-2008さんは誤解されてる。はてこさんは本当に悪意ない。悲しんでるかも。確かに具体的な自衛手段と聞くと構えてしまうけど、例えば私が被害者のための具体的な法廷戦略を書くのと同じじゃないかな 2010/04/25
tikani_nemuru_M 本エントリでの「破壊的な行為、明らかに邪悪な行為」とは文脈上ポルノのことだな。要するに、良心に従い勇気を持ってポルノを否定しましょう、というのがこのエントリの趣旨ですね。そういう「良心」はいらない。 2010/04/25
kyo_ju 2010/04/25
PledgeCrew コミュニケーション これは一般論じゃなく特定の人らに宛てた文では。宛先が違えば論理も変わる。生きるには「自己肯定感」だって必要。宛先外にも届くのはしかたないがその辺も考えて読むべき。確かに「信者」を集める危険性はあるけど 2010/04/25
akira-2008 コミュニケーション この文章のどこから『性暴力からの具体的な自衛手段』を読み取ったらいいのか、どうしても分からない。/ひょっとしてここ?>『あなたはあなたの行動と良心に責任を持たなければなりません』 2010/04/25
chochonmage orz・・・ぷぅ 「はてな」じゃなくて「アメブロ」の「水伝エントリ」の流れかと思ったら違うんか。お安い自己啓発本が次々発売される理由がよくわかった。 2010/04/25
narwhal 社会, 表現の自由 それはそうだろう。 2010/04/25
white_rose コミュニケーション, メンタルヘルス とても大事なお話。/答えが出ないなあ。どこのレベルで切り替えるのが標準的で、どこが理想的なのかわからない。自分のが標準からもずれてるのは確か。 2010/04/25
ohnosakiko これ単体では普通に正しいことが書いてある。ただ「被害者はいないという大きな男の人たちへ」他の記事で繰り返し言っていた「怖いからやめてね」「傷ついている人がいるのを忘れないで」論法を思い出すとさ‥‥‥ 2010/04/2528
letterdust コレジャナイロボ買ってきた親に泣き喚いてお互い“困ったちゃん”になるのがうちの家風。/「良心」を更新し続けるのは案外ハイスペックが要求されるので「人を傷付けない」ルールの方が適合性が高いのも事実。 2010/04/25
simplemind 凄く良く分かる。でも大事な人を傷つけたくないって気持ちは間違ってない。自分の行動は相手の反応で、相手の行動は相手の真意で計ってもいい。逆はダメだけど。人は神様じゃないんだから矛盾してもいいんだと思う。 2010/04/24
hatesenID ひとりごと 記事の内容そのものは同意。但し発言者が「我こそが悪人を畏れ入らせる黄門様」という意識を常に暗にチラつかせる人間でなければだが/とまれお言葉に甘えて今後とも私は私の良心に基づいた思想・言動を貫くとしよう 2010/04/24
minazuki6 2010/04/24
tyw 2010/04/24
hal9009 そうそう、だから嫌だといい続けるのは全然正しいこと。全く同様にそれでも描きたいやつが描き続けられるのは重要なことなのさ。現に描き続けるかは別にして。隠蔽は常に物事を歪ませる 2010/04/24
EnogunoCap はてこ タイトル見て「えええー!」と声を出してしまった。良心は鍛えていくもの、という点に共感。/良心が水戸黄門だとしたらちょっと面白いな 2010/04/24
http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/kutabirehateko/20100424/Conscience
celaeno_w 「アンドロイドの人権」は忘れて読むべき文章なのだろうなぁ。でもまぁ、流れが繋がっていると思われても仕方が無いタイミングとタグではある。 2010/04/27
gouk (他人を傷つけないという信念を貫くこと自体は別に構わんのよ。それを「正義」とか「誰かの為」であるって勘違いさえしなければ。きついこと言うと犯罪被害受けて泣き寝入り=社会的悪事の肯定という二重苦だから) 2010/04/26
hal9009 彼女の主張の有様が一方的であるが故にそれを認めうる規範はどうとでも言えるものでしかありえないというあたり共有されるべきはそれなのだということを逆説的に良く示しているエントリだと思うのだが 2010/04/26
tikani_nemuru_M id:PledgeCrew [性暴力からの具体的な自衛手段]タグをつけているのは本人ですよ。「良心」も前のエントリの文脈をひきずっているのは事実。当初は好意的に読んでいましたが、はてこ氏の不誠実にはあきれはてました。 2010/04/26
godfrey メタブ 正確に言うと、自分には合わない、というか、その時期は過ぎたんだよな。カント凄い、と思ってから、ニーチェは凄い、って思った人なんで。/少しずれてるのかな自分…そんな読み方ができるくらい幅広い話って事で。 2010/04/26
y_arim メタブクマの翼, メタブクマに続く id:akira-2008氏へ:まず、これはid:manysided氏のブログタイトル「あなたは悪くない」に通じる話。「人の心を傷つけてはいけない」的考えのひとは自尊心が低い。性暴力被害に遭っても自分を責めるんですよ。(つづく) 2010/04/26
gouzou 人生 2010/04/26
tatsunop communication, メタブ ここの考察で妙に納得。/ こっちの方が落ち着くのは言葉が通じてる感からなのか。 2010/04/26
manysided id:akira-2008さん何度も検査し膠原病でもHIVでもないのに私は免疫不全http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/doramao/20100422/1271926601 はてこさんも持病がある様子だし思うことがあるのでは。もちろん何もなくても病気はおこりますが 2010/04/26
tyw 2010/04/26
PledgeCrew id:akira-2008 DVや虐待、性暴力とかの被害者で「自己肯定感」の欠如に悩む人とかも多いのでは。そういう人らがこの文の対象でしょう。本人はハイクで「親子関係こじれてる人たち」と書いてる。id:tikani_nemuru_M それは邪推 2010/04/25
lisagasu 近い将来はてこさんが「もしも被害者はいないという大きな男の人たちが『あなたの魂に安らぎあれ』を読んだら」という小説をダイヤモンド社から出版してベストセラーになっても私は驚かない。そんな感じ 2010/04/25
kanose 黒い大野さんが出てきていて楽しい!/id:ohnosakiko いろいろな人が自分の話を読んでくれるのが楽しい!みたいな気分から、話をどんどん広げてるんですかねー 2010/04/25
youkokitty 2010/04/25
akira-2008 http://d.hatena.ne.jp/kutabirehateko/20091229/1262062312 からぐるっと回って着地点がここ。ある意味で納得。 2010/04/25
basicchannel 知彼知己、百戰不殆。不知彼而知己、一勝一負。不知彼不知己、毎戰必殆。 2010/04/25
ohnosakiko 「陵辱ポルノは暴力です」という被害者の訴えから、もはや何をどうとでも言える変幻自在のポジションへ。「いい話」で納得している常連と文脈知らずに感心してる人多数。こりゃ面白くて書くのがやめられないわけだ。 2010/04/2531
hatesenID もぐってひとりごと 読み返すほど「この人はこういう偏った思想でしか生き延びる術を持たない”可哀想”な人なんだから責めちゃ気の毒かも」て気持ちになる…けど、「弱者と見做して手加減」は私の倫理に於いては最低の侮辱なんだけどな 2010/04/25
angmar ↓「嫌なら読むな」が許されたら一連の議論の土台が崩れそうなんですが。 2010/04/27
inukorori 犬のメモ 何言ってんだかよくわからないのだが「レイプものは脅迫」は「勝手にメタメッセージを読み取って不快にな」ってるわけじゃないの? 自分の視点の違いを許すなら他人のも許したほうがフェアだと思うんだけど。 2010/04/26
simplemind 「読まずにスルー」は勿体ない。相手の主張や話法が不快ならそう書けばいいし、自分の中の不快を呼び覚まされたらそれと向き合えばいい。勝手に投影して相手にぶつけちゃマズいけども。 2010/04/26
kanose にぎやかだなー 2010/04/26
quix_que 誰へともなく 勝手にメタメッセージを読み取って不快になるくらいなら読まずにスルーという選択肢はないのだろうか。|その不快は自分の中の何かを投影してるんだよ、まで言うと自分も同じ穴の狢だけどね。 2010/04/26
daydreamday hatesenID id:hatesenID 「たまに少しは反撃すべき」? あなたがそんなにしょっちゅう「攻撃」されてたんですか? あなたが一方的にクスクス指差して哂ってるだけかと思ってました! 2010/04/26
tatsunop メタブ, communication ありむーの説明自体は納得だけど、対象をそう絞ってない上に別エントリから続く文脈のせいで、別の筋も通しているような違和感というか恐怖感が。 2010/04/26
godfrey ひっそりメタブ この方の論に全て賛同できる訳ではないが…別に話を広げる事は悪いことじゃないし、書くのが楽しいっつーのも良い事ではないの。一貫性に疑問を持ったからって、そこからグダグダ邪推して言うのは感心しないわ。 2010/04/26
y_arim メタブクマの翼 (つづき)id:akira-2008 あと、これはデートレイプやDV、性的虐待からの自衛手段と考えるとわかりやすいかと。「あなたの愛する人があなたを深く傷つけ」ることに対しては、相手を傷つけてでもNOをつきつけねばならない。 2010/04/26
akira-2008 id:manysidedさん。100字では書ききれないので、ハイクかエントリにします。id:PledgeCrewさんにもコールもらってるし(明後日には) 2010/04/26
manysided 暴力の連鎖を言葉にするのは難しい。誰でもなるけど性被害を受けるとデートDV,DV,更なる性被害を受けやすい。被害者の問題ではなくターゲットを選ぶ加害者の問題//id:tikani_nemuru_Mさん上から目線すぎ。村長じゃなく尊重を 2010/04/26
tyw 2010/04/26
letterdust 先天性空気読めない症の私には本文にあるというメタメッセージが読み取れなくて、たぶんずれたネガコメしてるんだろうけど☆を付ける人もいるしまあいいや。 2010/04/25
ohnosakiko >id:hatesenID 楽しみましょう。いろんな意味で。/>id:kanose 批判を無力化する為に微妙に話の重心をずらしているように見えます(確認したら秋まで考えたらと言われた)。でも本人の中では一貫しているっぽい。ミラクル! 2010/04/25
hatesenID ブコメ感想, 私信用コール id:ohnosakiko そんな混乱状態も岡目から眺める分にはある意味面白い光景だったりしますが、のんびり面白がってると「弱者様」の手頃な喰い物にされる一方ですし、たまに少しは反撃すべきなんでしょうかね…でもなあ(悩 2010/04/25
tikani_nemuru_M id:manysides 各エントリやコメ欄での議論の文脈を追って見ていると、はてこ氏の議論はgdgdだというだけのこと。各エントリごとにポジションが違ってげんなり。多面体やふらんちぇす子はポジションが一貫しているぞ。 2010/04/26
paradichlorobenzene 心理 タワー。元エントリ参照 2010/04/26
simplemind 他人の内心を勝手に決定するのは良く言って失礼悪く言えば暴力。他人の内心を推量するのは優しさと思いやり(とあえて言う) 2010/04/26
y_arim メタブクマの翼 akira-2008氏にあの言い方は釈迦に説法どころじゃなかった……//id:EnogunoCap 文章の受取人のひとりにはぼくも含まれているので(AC的な意味で)//しかし単純に創作論に適用すると「お前を傷つけてでも描/書く」宣言の補強に 2010/04/26
EnogunoCap id:y_arimさんは勉強家だなー。感心した。 2010/04/26
manysided \id:tikani_nemuru_Mさんの周りでは人はおとなしくなると思う。権威的と感じさせる何かがある。あと経験談→性暴力被害者を名乗ると叩きやすいともの凄い量のコメントトラバ殺到する。罵倒中傷多いからこっちも防衛的にな 2010/04/26
godfrey ↓それは良心じゃなくて合理化、と言うのも邪推か。どんな立場からでも、他人の内心を勝手に決定するような物言いには良い気分にならないよ。そこは等しく批判されて良いはず。自分もやってしまう事だけれど。 2010/04/26
Paris713 id:hatesenIDさん、私の良心も楽しんでいいって言ってます。 2010/04/26
narwhal はてなタワー これはよいタワー。 2010/04/25
hatesenID コール返信, 賛同・共感 id:ohnosakiko アア!大野師匠素敵!惚れた!そ、そうか、楽しんでいいのか…!(覚醒)大野さんはこういった問題に真摯に取り組まれてる方なので叱られたらどうしようと思ってたのですが。私も真摯に楽しむとします…! 2010/04/25
manysided id:felis_azuriさんhttp://h.hatena.ne.jp/manysided/9234094670007551313で答えてもらったので。ちなみに何の勧誘も頼みもされていないです。罵倒多いコメントトラバ殺到時に、悪意ある罠的な曖昧質問されて丁寧に答える余力は私でもない 2010/04/26
hatesenID ブコメ感想 id:tikani_nemuru_M 否定を呼び掛けているものがポルノならまだしも、「”可哀相な私”を傷つけている(ように思える)すべてのもの」を拒絶しようとしてるのがいっそ傷ましい。そんな圧倒的弱者や強者など存在しないのに 2010/04/25
minazuki6 2010/04/25
white_rose メタブ 揉め事タグをつけたい感じに 2010/04/25
kananaka メタ, 心理 叱られたい(叱られることに飢えている?)人は想像以上に多いようだ、という感慨というか嘆息。まぁそれこそが、誰かの基準に頼る心理や『あなたのワンダーランド』の『裁判官』不在の証明なのか。 2010/04/25
felis_azuri なるほど, 興味深い 『「いい話」で納得している常連と文脈知らずに感心してる人多数。こりゃ面白くて書くのがやめられないわけだ』/ 腑に落ちた。/id:manysided、何の話か解らない。脈絡のない話を突然持ち出すのは遠慮してもらいたい。 2010/04/25
simplemind 独り言 まあ傷つくのは嫌だし怖いし、だから議論するのは凄く怖いけどね。コメントやブコメ書くのだって毎回どきどきです。 2010/04/27
hatesenID コール返信 id:godfrey さん、私も内心を決めつけるのは大嫌いだし、それは「最低の侮辱」と思っています。本当はちゃんと問い質したい。でも彼女は「私を怖がらせないで。察して」と言い続けてきた。人同士が誠実に向き合う>メタ 2010/04/26
manysided 自衛と関連付けて邪推誤解してるからあえて書いたのではと私は推測id:tikani_nemuru_M氏、ご自身ははっきり本人と誠実に対話しようとしないのに誠実さを求めるのはおかしいかと。参考にhttp://h.hatena.ne.jp/manysided/9236557579127983182 2010/04/26
godfrey id:hatesenID 強者と弱者の定義に疑問を持つ事は構わないし、相対化を試みる事も構わない。(自分も良くやるし)でも、相対化は圧倒的な暴力にもなりうる。それを考えた上でやってくれ、と言う人はいると思うよ。 2010/04/26
chochonmage はてな 「良心」についての「山上の垂訓」が行われる場所というのはここでよろしいのでしょうか? 2010/04/26
anigoka 落石注意はてこ山 2010/04/2516
angmar ↓そういうのを自分中心ていうのかなあ。自己完結的というのなら分かるが。そしてまあ自己満足的な部分もあると思う。少なくとも他人を認めてないわけじゃないでしょ。 2010/04/27
daydreamday hatesenID, これはひどい id:hatesenID えっ、だからこの大元のエントリはあなたに対して向けられてるんですか? 私はちゃんと我慢してるもん、悪いのは全部はてちゃんなんだから!(涙目)ってことが言いたいんですか? 2010/04/27
simplemind id:y_arim 「人の心を傷つけてはいけない」的な人がすぐに自分を責めるのは自尊心が低いんじゃなく世界観が自分中心なんだと思うよ。悪いのも自分、正しいのも自分。他人を認めてない。ACじゃなくてもそういう人は居る 2010/04/26
hatesenID コール返信 には時に傷つけ合う必要もあるのに。それでも彼女の言い分をのんで、私は己の良心に背いてまで口を噤んできたのに、今になってこんな風に云いだされた事に困惑してるんです。「反撃」すべきかどうかはまだ考え中です 2010/04/26
manysided http://h.hatena.ne.jp/manysided/9234094665341585150多様性を認める社会じゃないと抑圧のツケはまわってくるhttp://h.hatena.ne.jp/manysided/9236557571185959991 http://h.hatena.ne.jp/manysided/9258653369577124450 http://h.hatena.ne.jp/manysided/9258653402460912836 2010/04/26
narwhal はてなタワー 2010/04/25
kyo_ju 2010/04/27
the_end-of_the-world 独り言 面倒だから端的に言うけど信教の自由とは19条の宗教的側面という点で表現の自由と双子であり法的性質を除けば制約も同じで重畳的に解釈されるから一方だけを主張して他方を否定することは原理的に不可能 2010/04/26
hatesenID ブコメ感想 なんでいきなりここで保守とか信教とかいう話が出てくるんだ?(驚愕混乱) 2010/04/26
inukorori 犬のメモ 表現の自由とは即座に批判される自由(もちろん義務ではない)だし、布教する自由としての信教の自由とは即座に布教を断られる自由だと思うんだけど、誰が信教の自由を認めてないのかしら。 2010/04/26
simplemind ↓愉快犯とは言わないが私にも詐術に見える。それは対等な対話を避けてるから。「教えてあげる」態度を避けて「私の話を聞いて自分で考えて」になってる。結局は一方的。少なくとも議論の態度としては不誠実 2010/04/26
tikani_nemuru_M ↓繰り返します。はてこ氏の議論はエントリごとに自分に都合の良いように立場を変えていると判断しているのです。防御的な論法には思えません。むしろ愉快犯的な詐術に見えます。「げんなり」というのが正直なところ 2010/04/26
manysided 表現の自由を主張するのに信教の自由も認めないのも矛盾では?id:tikani_nemuru_M氏ポジションとは多少保守的ということ?保守的な人は多いし性暴力性差別を考えると逃れたいが日常では保守に縛られ矛盾だらけ。皆そうでは 2010/04/26
saloth_sar 本文とは無関係 コメント欄閉鎖+トラバ拒否+ブックマークコメント非公開+メッセージ不使用+はてなブックマークの存在を忘れる。マジオススメ。 2010/04/26
EnogunoCap id:manysidedさん!いますぐネコを撫でに行くんだ!! 2010/04/26
ricksrick はてこブックマーク - はてなブックマーク - はてなブックマーク - はてなブックマーク - はてなブックマーク - はてなブックマーク - はてなブックマーク - はてなブックマーク - 「... 2010/04/26
zaikabou kanoseさんのブクマだけ見て、まーたやふーぶろぐあたりから面白い人見付けてきたのかなー、と思ったら、はてな上のリアルタイムな話だったでござる… 2010/04/26
simplemind はてこさんの喩えで言うなら、対話したいと思ってドアをノックしたら「私は頑張って言いたい事は全部書いたので、あとはご自分でお考えになって」ってドアを閉められた感じかな。意見が違う人と話すのも楽しいのにね 2010/04/26
kanose ネットで文章を書いて、読んだ人からいろいろな意見をもらっている状態から、「好きなこと書いて何が悪いの?」と思ってしまうような人は、ネットで文章書かないほうがいいと思う… 2010/04/2615
hatesenID ブコメ感想 「好きなこと書いて何が悪いの」……それ、そのまんまお返ししてもいいかな……?/この話に絡んだ一人として云わせてもらうと、私は対抗も勝負も別にしたくなくて、ただ「対話」してほし”かった”だけなんだけどな 2010/04/26
manysided 前から思ってたんだけど、はてなは論文発表の学会じゃないんだから。好きなこと書いて何が悪いのと。そもそも議論求めてない場合もあるし。だからダイアリ書きたくなくなる。「はてダ投稿拒否症」という自主規制が嫌 2010/04/2615
ohnosakiko 登山記念 黒い大野さん出してみたけど良かったのかしら。って今頃もう遅いけど。/↑「好きなこと書いたら悪い」って誰かが言ったのかな?公開したものについてあれこれ言われるのは皆同じ、というだけの話だと思うけど。 2010/04/26
anigoka なにこのやまこわい 2010/04/26
knighthalt メタブ 2010/04/27
irukanoirutaro はてな, ブクマタワー 何このブクマ無間地獄は。もうブクマ使ってレスし合うのやめたら。 2010/04/27
simplemind id:angmar 確かに「自己完結的」が適切でした。「子供の自我を認めてない親ほど自分を責める」という例を想像してましたが「私が傷ついたのは君が悪い、君が傷ついたのは君が悪い」という俺様論法と混同してたようです 2010/04/26
ohnosakiko 独り言 被害者vs非被害者(or規制賛成vs規制反対)の話ではない。布教が悪いわけじゃないし、個人的には内容で賛同できる点もある。でも話法(文体にあらず)に誠実さを感じなくなった。文章のファンだったからすごく残念。 2010/04/26
ekken この階段はどこまで続くのか。元記事も途中のブコメも読んでいないけど、興味あり。 2010/04/26
inukorori 犬のメモ もちろん「批判される自由」とは「私の思うように批判される自由」ではありません。「中傷」には「それは中傷です」と言えばいいだけではないですか。相変わらず信教の自由を持ち出してくる理由がよくわからないな。 2010/04/26
manysided 被害者がどれだけ叩かれるかわかってない。布教されて嫌なら断ればいいだけ。わからない時点で断定するのは失礼だし中傷の理由にならない。うんざりなら読まなきゃいい。対抗して政治活動すればいい。内容勝負でね! 2010/04/26
steam_heart この手の話にはどうしても「畜生道徳」が絡むのな。 2010/04/26
http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/21095675
RanTairyu 2010/04/27
simplemind 独り言 そういえばコメント欄に私がブコメに書いたのと同じ事書いてる人がいてビックリ。偶然も有り得るからパクるなとも言えない。はてこさんにも捨てIDで私が書いたと思われた気がする。誤解は解けたのだろうか。やれやれ 2010/04/27
hal9009 ひゃっほう!w 2010/04/27
torin 揉め事 タワーはトップさえ取れば途中のログ読まなくていいって偉い人が言ってた/上のタイトルに偽物が混じってるよ!頑張って探してね! 2010/04/27
steam_heart 2010/04/26
hmmm # |ω・)…… 誰かまとめ作ってください…。 2010/04/26
http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/21095675
white_rose メタブ タワー 2010/04/27
nekora なんだこりゃ。女絡みは積み上がるなー。 2010/04/27
まーそーです。でも我々の場合、民主主義っつっても立憲民主主義なので、憲法の部分でなんか粘らないと、本当にダメな民主主義になってしまいます。
構造主義は内田樹の解説本くらいしか知らないんですよね。構造と(差異で一個一個区別される)要素は一体で切り離せないということと、「作者がどう思ってるかではなく、どう読者に読まれるかが重要だ」という理解しか持ってないのです。
私が読んだことのある哲学者といったらベンサムとミル(功利主義系)とカントとヘーゲル(ドイツ観念論系)とフッサールとハイデガーとレヴィナス(現象学系)で、構造主義とはつながってないんですね。済みません。(そういやこの前大学の頃の『全体性と無限』のメモ書きをはてなダイアリーに要約しました。大変でした)
構造主義に批判されている実存主義もよく分からない世界です。(wikipediaにはハイデガーには実存主義に大きな影響を与えたと書いてあるが、現存在のくだりだろうか)
僕は法の人ではなく、テクスト論の人でこの分野に関しては専門じゃないから
すごーくいい加減な理解でなんか書かせてもらいます、ごめんなさい。
ただ、戦略としては「ブン殴られる」とか「殺される」とか「奪われる」のような
「客観的危害」(だれがどー見ても危害加えてますよね?)というようなものに「危害」を留めず
「主観的危害」(見てるだけで不快だ、チンコ出すんじゃねえ!)に拡張する論調がメインじゃなかろーか。
これが行き過ぎた例が楳図かずお自宅騒動で、「不快原理」なんて言葉が使われたりもする。
「わいせつ」を規制する論理基盤はこの辺りだったおぼろげな記憶。
そして、「麻薬」だけれども。
ミルの流れを真っ直ぐに受け継いでいる一派、要するにリバタリアンと呼ばれる人々は
個人の使用に限って(麻薬の使用が「個人の使用」という限定された根拠で語れるか否かは別の論点)
麻薬を解禁すべき、という主張をしている。また同様に「売春」なんかもそうだよね。
この論点は「麻薬は社会にとって色々マズイ」とか「売春自由化するとエイズがマジヤベー」とか
その辺をぶっ飛ばしてはいるけれど、自由主義者の根底としては「麻薬はアリ」のはず。
ただし、社会の上で公共の福祉にどこをどーやっても引っかかってくるからやっぱり規制はしゃーねえか、
みたいなのが「自由主義者と麻薬」の間の関係で、麻薬に関しては例えば「アヘン戦争」を見てもわかるとおり
「公共の福祉」が規制の論理基盤に成り得ているんじゃないかと思う。
むしろ、この議論の場合中心的なイシューは「自殺」になるんじゃないかな。
すげえ自信ないんで誰かクリティックしてくれ。
そして、「他者の介在しない個人や、他者を越えた社会や集団・組織を対象にする倫理や法」
というものは、僕の知る限りカントが最後だった気がする。現在は構造主義以後の世界なので、
この手の「根本原理」とか「正義規則」みたいなものについては、「無い」と答えるのがわりと普通。
実在論としての法とか実存的法理論、みたいなものを研究してる人が全くいないわけじゃないと思うけれど。
とりあえず、現在の研究者は「人権」っつーものを横目にチロチロ見ながら、「文化は相対的ですよ、善悪なんかないですよ、ぼくにゃーなーんにもわかりゃしねーんですよ」とビール飲みながら学生に愚痴るのがデフォかなーと。
哲学と単に言っても大体は「西洋」哲学なので、東洋人的感覚からすると「何当たり前のことグダグダいってんの?」とか「んなわけねーじゃん、バカなんじゃねーの?」ってのはありがち。その例は典型的な後者だよな。そんな薄っぺらい論理で「自然より人工がいい」と言われても、東洋的な感覚からは納得しようがない。
それに、ヘーゲルは学者の間でもわりと評価が分かれる。おれの指導教官は(さすがに異端だろうが)全否定だった。曰くヘーゲルは「太陽系の惑星の数は(キリスト教で)完全な数字である"7"なのだから、第8の惑星(海王星)は存在するはずがない」などとのたまう愚か者であって、あんなゴミクズのような書物はすぐに捨てたほうがいい、らしい。ゴミクズ・・・増田の2万円・・・
まあ・・・哲学は学者によって主張もスタイルも全く異なるので、同じジャンルに放り込まれていてもそれぞれが全く別物と考えるべき。題名や著者名でなんとなく買うようなやり方は避けるのが財布のためだろう。哲学を内側から利用する人(論文を書くなど)でない限り、「プラトン、アリストテレス、カントもヘーゲルもベルクソンも読んだ上で初めて、言ってることが吟味できます」みたいな読み方(つまり、フツーの読み方)は時間効率的にほぼ無意味に近いわけだから、立ち読みして興味を惹かれたもの以外、無味乾燥な屁理屈としてスルーするのが得策なんじゃないかなあ。