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はてなキーワード: 西尾とは

2011-11-10

西尾維新瀬戸口廉也唐辺葉介

少女不十分」について語るラジオ

ttp://www.ustream.tv/recorded/18060735

このラジオ辻村深月西尾維新も読んでるからすごい楽しめました。ついでに、これ観てて、瀬戸口廉也作品と比較したくなった。

他にも禁書外伝とかRetakeとかいろいろあるけどとりあえずは瀬戸口

とりあえず下書き&たたき台。瀬戸口ファンの人のツッコミ期待

・・・と思ってたけどごめんなさい。案だしすらもうまく出来ないで途中挫折。

誰か私以上にもっと詳しく読んでる人がいる筈なので、その人にお願いしたい。id:dodododさんとかに期待。

瀬戸口作品についてネットで語りたくても、

どの本もすぐに絶版なって、Amazon高値つけてしまうので、話せる人がおらんのやー。寂しいんやー。






どちらも「壊れた人=世界から決定的にずれてしまった人」を描こうとしていると思う。

違いは、その壊れた人のどの部分を、どのように描いているのか、かなぁ。

まずカバーしている範囲が微妙に違うと思う。

瀬戸口作品では、西尾維新の「前」と「後」が語られることに重心が置かれているような気がする。

(って、これ西尾維新読んでないとわからんよね。下書き段階なので分かる人だけわかってください。ゆるして。)


「暗い部屋」においては、「少女不十分」の少女が作られていく過程精緻に描くことが中心になっているようにも見える。

Carnival」もゲーム版では「前」段階が描かれる、(そして、7年後を描いた小説版では「後」が描かれている)

ドッペルゲンガー恋人」は「世界とずれてしまった少女恋人」をそばで眺め続ける男性が主人公で、

ここでも、「前」部分、つまり西尾作品みたいに「そういうものだ」と割りきるのではなくて、

少女」の形成過程や、彼女がどのように考えているのか、を遡って理解していく作業が描かれる。




まぁ、「真ん中」部分=ズレを認めて、それを前提に生きることを決心してから生き様を描くこと、

これは意図的に避けられれいるのかというとそういう訳ではない。

ただ、その描かれ方は、西尾維新が期待を込めて読者を送り出した先とは思えないほどキツい。

PSYCHE」においてはこの「本質が変化してしまった人間」を主人公として、その日常淡々と描かれる。

常人には耐え難い光景なのであるが、主人公は幸せそうにしている。読者としても物語シンクロしないと読んでて苦しくなる。

犬憑きさん」においても、冒頭から千石撫子神原駿河ダメなところを足したようなキャラクターで始まる。

絵はすごい可愛いのだけれど、やはり描かれているのは異端者のギリギリの生活だ。

SWAN SONG」とか「キラ☆キラ」は語るときりがないので、完成版でかければいいかな、と。




あと、西尾作品は、壊れた人は、その代償になにかしらの力を持っている事が多い。

力を持たない、「壊れた人」を「ただの、無力な絶対的な弱者」として少女を描いたのは多分「少女不十分」が始めてなんじゃないかと。

一方、瀬戸口作品は「犬憑きさん」と、「CARNIVAL」の学、それからドッペルゲンガー恋人」の主人公を除き、すべて無力である。ただ弱いだけ。

そして、この3つにしても、途中で力を失うか、ソレ以上の強い力に屈服させられることになる。

基本的に、異端者は世界に見つかったら押しつぶされるしかない。常に逃げて、隠れることにしか活路を見いだせない。

それでも負けを理解した上で世界に堂々と喧嘩を売ったのが「SWAN SONG」で(このあたり第三勢力を形成する球磨川禊くんに通じるものがある)

それでも人とつながって行きようとしたのが「キラキラ」で、

ドッペルゲンガー恋人」にいたっては、自分たちのことを世界に認めさせようと働きかけるところまで来た。

ずっと瀬戸口作品を見てきた人間としては、ついに個々まで来たかと感慨深いものがあるけどこれはまた別の話。





あとなんだろ。西尾作品は、世界より人の方が好きだって発想なんだけれど、

瀬戸口作品はどんなに冷たくされても、世界自分たちに厳しくて冷たい社会 が好きで、それを肯定できないんだよな。

まぁ瀬戸口作品の場合殆どにおいて、主人公は家族を拒絶するので、その代わりとなるものを求めざるを得ないという事情がある。

瀬戸口作品の場合エロゲ出身ということもあり、その応えを男女の結びつきに求めるのだけれど、

これが「同レベル同士」であるがゆえに、共依存的な関係になって、現状を打破する爆発力を持たないというのがある。

この図式を崩したのも「犬憑きさん」あたりからで、「ドッペルゲンガー恋人」はかなり壁を越えたカンはある






あと、西尾維新場合は、作品を読み終わった後、未来が開かれているような印象を受ける。

まり世界と向き合う、という部分が重視されており、ある程度結末は「生きる」という方向性で固定されている気がする。

瀬戸口作品の場合は、なんというか、あくまで登場人物の間の対話というか綱引き大事になってるというか。

お互いの間で思う存分対話ができたならそれで満足で、その結果がどうかはそれほど重要じゃないと言うか、むしろ負け戦が多い。

まり綱引きをしたときに、西尾作品の場合は、「生きているものが強い」「頑張って生き抜いてきたものが、弱いものを引っ張る」というカタチになる。

あくまで結果論であり、阿良々木暦とか見てればわかるように、無敵のヒーローみたいな存在を想定しているわけじゃないがうーむ。

ここあとで説明するのか・・・

[] 本来の「もしドラ」はこういう小説だったんじゃないか

長くなったので、先に結論だけ書いておきます

もしドラには2つテーマ性を感じた。(作者的にはもっとあるのだろうけれど力を感じたのはこの2つだけ)

 ・人間出会いや出発点を描く、という意味では素晴らしい作品だと思う。

 ・社会からズレてしまっているor適応する振りをして生きている人の生きづらさとその解放を描く、という意味では中途半端もったいない

全体としては今ひとつだけれど、ものすごく光る要素を感じる作品だったと思う。



というわけで、「小説の読み方の教科書」の次に「もしドラ」の感想を書こうかと思ったけど、

この不思議な「小説」については、単体で語りにくいので、「少女不十分」という「小説」を補助線として使わせてもらいたいと思う。

ちなみに、西尾維新の作品を読んでない人にはわけわからんですがご了承ください。





ものすごく読みたくなる西尾維新少女不十分」感想文 http://zeark969.blog38.fc2.com/?no=2968

私はこの感想読んで、少女不十分よりもむしろむしろ「もしドラ」を読み返したくなった。

(というか少女不十分の内容としては不適切だと思っている。少女不十分は「難民探偵(白)」のようなものなので、こっちも読んで見るよろし)

はてなベテラン小説家としては新人として「少女不十分」を書いた結果がもしドラなんじゃなかろうか、と。

 

僕は本作以外に西尾作品を知らないが、西尾維新の作品がいくつも映像化されていることくらいは知っている。

まり、できるのだ。

西尾維新だってシンプルな文章と無理のない展開でベストセラーとなり、映画化されるレベルものを仕上げるのは容易なはずなのだ。

ではなぜそうしなかったのか?

それはこの作品が小説家を目指していたかつての西尾維新の半自伝的内容であることを思えばすぐに答えは出てくる。

しかしたら今よりも小説に対して真摯だったかもしれない時代の話。

西尾維新はこの作品を絶対的に小説としてだけ存在させたかったに違いない。

間違ってもいつものように高く評価され、メディアミックスされないために、あえて未熟な箇所を多く設置したのだ。

少女不十分が新人の作品だとしたら、おそらく三ページも読まれない内に棚に戻されてしまうだろう。

西尾維新という安心ブランドがあるから、読者は多少の違和感は覚えつつも読み進めてくれるのだ。

そして気づく。

普通に書けば一行で済む文章に、比喩暗喩、掛詞、反語、反復、倒置法、隙あらば韻を踏もうとするなど

数々の言葉遊びを仕掛け、自分小説を支えてくれたファンに精一杯「活字」で恩返しをしてくれていることに。

そこに筋の通ったストーリーなど必要ないことに。

これこそ本作が絶対的に小説でなければならない理由だ。

10年かけて築いた信頼関係がここにある。

僕は本作以外に岩崎作品を知らないが、岩崎夏海の作品がいくつも映像化されていることくらいは知っている。

まり、できるのだ。

岩崎夏海だってシンプルな文章と無理のない展開でベストセラーとなり、映画化されるレベルものを仕上げるのは容易なはずなのだ。

ではなぜそうしなかったのか?

それはこの作品が小説家を目指していたかつての岩崎夏海の半自伝的内容であることを思えばすぐに答えは出てくる。

しかしたら今よりも小説に対して真摯だったかもしれない時代の話。

岩崎夏海はこの作品を絶対的に小説としてだけ存在させたかったに違いない。

間違ってもいつものように高く評価され、メディアミックスされないために、あえて未熟な箇所を多く設置したのだ



もしドラ新人の作品だとしたら、おそらく三ページも読まれない内に棚に戻されてしまうだろう。

ハックルという安心ブランドがあるから、読者は多少の違和感は覚えつつも読み進めてくれるのだ。そして気づく。

普通に書けば一行で済む文章に、比喩暗喩、掛詞、反語、反復、倒置法、隙あらば韻を踏もうとするなど数々の言葉遊びを仕掛け、

自分自尊心を支えてくれたはてな村住民に精一杯「活字」で恩返しをしてくれていることに。

そこに筋の通ったストーリーなど必要ないことに。これこそ本作が絶対的に小説でなければならない理由だ。

10年かけて築いた信頼関係がここにある。

本来はこういう小説だったんじゃないかと思う。





少女不十分に対する批判と、もしドラに対する批判って、文章力「以外」ではほとんど同じだと思う。

ご都合主義だとか、作者の自慢だとか、作者のこと自体が気に入らないとか、これが本当だったら俺の人生は何なんだ、とか色々。

テーマも似てると思う。 

少女不十分の少女みなみであるし、少女不十分の主人公は岩崎夏海であり、

あるいは、少女不十分の少女岩崎夏海であり、少女不十分の主人公はドラッカーである

(この「混在」のせいで、読者からすると「ドラッカー」の価値がわかりにくいを通り越してドラッカーなめてるような小説に見えるのはご愛嬌。)



そういえば、岩崎夏海がめずらしく西尾維新化物語をほめていたのが結構印象的だった。

http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20111006/1317885951

しかし読めばわかるが、彼はその褒め方について化物語面白さを全然語れていないと思う。的外れもいいところだと思う。

多分、それはもっと本質的な部分で感動させられたのだろうけれど、猫物語(白)の羽川翼のように、

化物語自分本質を付いているということを、それにゆさぶられることによって見えた自分の核の部分を見つめることを避けたのかも知れない。

彼はジョブズについても的はずれな分析とか論評を書いているが、

意外とブログに書いているとぜんぜん違う部分で本当にジョブズに救われたような部分があるのではないか

彼が的はずれなことを書いている記事ほど、彼がその対象に本当に揺さぶられてるんじゃないかとおもう。

この人は結構こういう「出会い」の体験を何度もしている人なんじゃないだろうか。

ぎりぎりの所でなにかと出会って救われたり、出会い自分を飛躍的に変化させる、ということを、体験から理屈を越えたレベルで信じているのだと思う。

(この部分に思いを馳せないと、この作品には、つながりとして「?」を感じてしまうことになると思う。)

ブログを読んでいても、この人は「真の教師」を求め、自分も誰かにとってのそれでありたいんだろうな、という点はよく伝わる。

もしドラ成功後は、デュルケムの言うところのアノミー自殺に対抗するためだろうかその傾向を加速している印象だ。(あまりにも空回りしている印象があるが)





もしドラ」も、正直ドラッカーについてすべてを理解できているようには感じなかった。

ただ、その必要はないんだ、と思う。それは学者仕事で会って読者の仕事ではない。

むしろ化物語ヒロイン阿良々木暦出会うことで、生まれ変わりを果たすように、

みなみドラッカーコミットしていく過程自分をみつめ、劇的に変化する。その部分が大事なんだと思う。

経営学者としてでもなく、社会生態学者としてでもなく、一人の人物としてドラッカー出会い

そこから何でもいいか自分物語に必要な何かを学び取り、自分自分で救い、クソッタレ世界の中で生きていく。

そういう「一人の人間の、出発までの話」を書こうとした部分はすごいと思う。

私はそういう意味で、この本は「ドラッカー入門書」という言葉は正しいと思う。まぁドラッカーに限らずの「出会い入門書」と言いたい。

先に感想を書いた「小説の読み方の教科書」は少し茶化したような書き方をしたけれど、もしドラは本当に「小説との出会い方の教科書」と読んでもいいと思う。

(もちろんもしドラは「出会い方」しか教えてくれないので、その後の「斬り結ぶ」方法や「深める」方法などは別の書物を参考にするべきだが)




「成長ではなくて出会いを描く物語」「劇的な結末ではなくて出発点を描く物語」「恋愛や友情以外でも人を変える出会いはある点を語った話」という点に絞ってみれば、この作品はかなり素晴らしい作品だと思う。(逆に前者側の評価指標で見るとすごい低評価になる)

作者がもしドラ成功した後すぐ別のところに興味が移ってしまうあたりを見ると(的はずれなことも多いけれど)

おそらくこの人はそういう「出会い」や「出発」を求めてやまないタイプなのではないかと思う。

正直アニメでもなんでも、ありきたりな結末には飽き飽きしているので、むしろこういう「強烈な出会い」や「強い動機の出発点」を描ける点を大事にしてほしいなと思う。

時代的にも、大人が語る将来や成功といったものにはネガティブイメージがつきまとう。

大事なのは、そういうつまらないゴールを目指してごちゃごちゃやる話とか、決断主義もののような、義務感で戦うみたいな話じゃないと思う。

ゴールはよく分からなくても、スタートせずにはいられないような強烈な出会いを描くことなんじゃないかと思う。

大人が読んだら無責任で、危険な話かもしれなくても、まずワクワクさせられるスタートをこそ、読みたいと思う。





ここから蛇足。それにしても・・・

ここまでわかってた上で、要するに結末部分はおまけだ、というのはわかっていても、まぁラストはひどい。笑えない。

あれは物語カスにする要素であったと思う。蛇足どころの話ではない。この結びによって、この話そのもの茶番になっている。あまりにも若者馬鹿にしている。

出版社ダイヤモンド社でなければこの部分は書かなかったのではないかと今でも信じたい。

もちろん、作家としては新人の彼が、出版社の意向を無視して好きな様に書けるわけではなかっただろう点は承知している。

から、この作品については特に序盤については高く評価しつつも、次回作以降の期待を込めて全体としては低い評価を付けたいと思う。

そういうわけで、私は序盤と中盤以降で、別の作品とまでは言わないが、作者の本質は序盤にあると思っているため、

作者がその「結末」を持って、「序盤」部分の書店員の行動を正当化したあれは、全く理解できなかった。  http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20110812/1313128129

作者自身が、序盤と結末をつないでしまうこの感覺が私には今でも理解出来ない。どういうつもりなんだろうか・・・




結論 うまくここに接続出来なかったのでやや唐突ですがご了承ください

良くも悪くも40歳のこれはオッサンでないと書けない、40歳のオッサンの感性で書かれた話だと思う

この作品を理解する上でドラッカーの知識は全く必要ないが、ある程度の人生経験というか前提を共有できることは必須だと思われる

少女不十分」が、西尾作品を読んだ人でないとほんとうの意味で感動出来ないように

(彼の10年の積み重ねや作品傾向を知らないと、作品の芯の部分に心から共感できず、ただのお話に読めてしまうのと同様に)

もしドラ」という作品がほんとうの意味でわかるのは、ビジネスの良いも悪いも知った40過ぎのオッサンではないか

はいま21歳だけれど、この小説を今の時点で本当にわかったとは言い切れないので、コレ以上はなんとも言えない。





次はfateかPersona4の話をしたいと思いますzeroじゃなくてstay/nightの話ね。

本当はもしドラのもう一つのテーマであろう「生き辛さ」について書きたかったのだけれど、

正直もしドラはコレについて十分に描き切れた作品だとは到底言いがたいので、それはPersona4fate stay/nightにまかせる。

2011-05-19

http://anond.hatelabo.jp/20110519101520

いやいや、西尾Fateデビュー/発売時から大人気だったじゃねえかw

おまえの中でFateがバズった時期っていつなの?

西尾ブレイクしたのは化物語アニメ化ときなの?



あと、誰もCLAMP的なものをサブカルだとは言ってないよね。

矢沢あいサブカルだと言ってるんだけど。

もしかしてCLAMP矢沢あいの区別がつかないの?

赤松健荒木飛呂彦の区別がつかないレベルの低能なの?

http://anond.hatelabo.jp/20110519022558

サブカルが滅びたように見えたのは2005年のその時点では正しいけど、今はサブカルらしきものがやっとこさ顕現してきたじゃないか

西尾維新らのそれとか、fateとか。最近でいうと四畳半何とからへんから続くノイタミナ枠の作品なんかがサブカル者のアンテナに引っかかってるようだし、2005年頃丁度サブカル枠でバズってた攻殻機動隊3D映画になって二次的ブームを迎えている。

東のエデン流行らなかったし批評に耐えうるほど出来た作品じゃなかったけど、「女性層を意識した」という言い訳もあるとおり、女性サブカル者も徐々に増えてきつつある。(と、いいなあ)

テレビアニメ劇場版アニメが分断され、後者サブカル者に向いていたりするのは2005年くらいの時点では想定も出来なかった事態だと思うよ?

いやまあ、本田透さんという人がリアルタイムオタクをやっていて我々の感覚と非常に近い位置にいいる、ってのは結構重要なんだけど、2011年時点で『電波男から引用はちょっと拙い。

今は本田透さん自体がラノベを書いてたりそのラノベ実写映画化してる程度には時代の流れがおかしくなってる。2005年ハルヒアニメ化)以前のラノベ市場とそれ以降では萌えの形式も変わった。サブカルだったはずのラノベがむしろメインストリームになってる。(西尾らのそれはサブカルだって印象だけどな)

らきすた以前では日常系がこれほどまでに「オタクの居場所」として機能するなんて思いもよらなかったろうし。

という訳で、狙いは良かったんだけどもう一ひねり欲しかった所。

今日猫村さん」とか「進撃の巨人」とか「おやすみプンプン」、「3月のライオン」とか「ドリフターズ」あたりを絡めて再考してみてくれ。

2011-01-20

西尾厨のための『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん

まーちゃんこんにちわ。私はよくいる感じの美少女女子高生です。ツンツンしています」

みーくん「こんにちわ。私はよくいる感じの男子です。ルックスはぶっちゃけ美形です

まーちゃん「なんですあなたは? 勝手に人の家に入ってきて」

みーくん「僕だよ、まーちゃん

まーちゃん「うにっ☆ みーくんだったのか♪ みーくん大好きー」

みーくん「『うにっ』って言うのはやめてください」

まーちゃん「分かりました。ところでみーくん、私以外の女と会話しないでください」

みーくん「そんな無茶苦茶言わないでください、人類の半分は女性なんですから

まーちゃん「無茶言ってすいません、美少女のなりをしていますが昔は暴君と呼ばれていましたから

みーくん「お前は何を言っているんだ?」

まーちゃん「ところでみーくん、そろそろいつもの決め台詞を言ってください」

みーくん「例の決め台詞ですか?」

まーちゃん「そうです実写映画も決まったことですし皆さんにみーくんのキャラを見せてあげましょう」

みーくん「見せましょうか」

まーちゃん「お願いします。いつものように適当なことを言って、最後に『戯言だけどね』と言ってみせてください」

みーくん「何を言っているんですか?」

まーちゃん「戯言です。ところでみーくんはよく怪我をしますね?」

みーくん「はい

まーちゃん「無茶をしないでください。この前などは手の指を全部逆向けにポキッとやって全指骨折したね、嘘だけど」

みーくん「嘘をつかないでください」

まーちゃん「そういえばみーくんには鏡写しと言っていいほどに強いつながりを持つ人物がいましたね」

みーくん「ああ、一巻には登場しませんけどね」

まーちゃん名前は確か……零――」

みーくん「それは違います、いい加減にしてください」

まーちゃん「いいじゃないですか、ラノベ界は全コピペ以外はなんでもありのアルティメットルールですよ?」

みーくん「嘘ですよね?」

まーちゃん「だいたい西尾だって上遠野にでてきそうな合成人間ばりの怪物がたくさんでてきましたし、上遠野にしてもぶっちゃけJOJOじゃないですか。『明日って今さ』なんてモロですし」

みーくん「JOJOだけじゃないでしょ」

まーちゃん「え?」

みーくん「え?」






終わり

2011-01-04

http://anond.hatelabo.jp/20110104124502

なのは化物語は、エヴァハルヒほどオタクに「語りたい」と思わせる作品ではない。

もちろん、放映当時はそれなりに長文記事が出ていたし、今でも話題にはなるけど、

純粋アニメの出来が良かったから売れた、というのが大きい。

エヴァハルヒのほうが凄いと言いたいわけじゃないよ念のため)



あと、「化物語」の信者は作品よりも原作者西尾維新についていて、

化物語ヒット以前の戯言シリーズの頃から西尾信者エロゲにおける型月厨のごとく扱われている。



2作品がどんな風に語られているか知りたければ以下。



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2010-11-16

http://anond.hatelabo.jp/20101116135419

あのパート西尾作画凄かったよねー

なんでエロ目的女性アンドロイドを「ガイノイド」って言うんだろう

と疑問に思ったまま調べてなかったこと思い出したわ




http://anond.hatelabo.jp/20101116135541

だからそれメーカーごとの違いやん!

おれそこまでわかってないから

アンドロイドちゃんの実際今出来ることとこれからを教えてよ

2010-10-26

面接する側の話(エロ編)

飲食店普通のチェーン系カフェ)で店長やってる増田です。29歳です。

バイト面接をやってると変な方々が沢山いらっしゃいます。

そんな話。


私が働いてるお店は、男女比で言えば1:9と圧倒的に女性の方が多いですが、エロ系のお店ではありません。

若い女性メインターゲットとしてるカフェなので、面接志望者も女性が多い。

アルバイトの応募条件は大学生以上で、現バイト在籍者の平均年齢は23歳くらい。



履歴書性癖を書く女

履歴書の特技欄に『フェラ・69が得意です。』とか自信満々に書いてる女。

経歴欄や志望理由欄は普通に書いてある。

面接時に私があえてその特技部分に触れないでいたら、そのまま面接終了。

不採用


裸体写真履歴書に貼る女

履歴書写真欄に全裸プリクラ

頭にきたので「この写真常識的に考えてふざけてますよね」と問いただしたところ、

大真面目な顔で「私、裸には自信があるんです。(面接の)短い時間インパクトを残したかったので」と。

不採用

不採用者でも通常は履歴書は返却していないのだが、履歴書は持ち帰って頂いた。


面接中に服を脱ぎだす女

個室で面接してると『この部屋少し暑いんで上着脱いでもいいですか?』と尋ねられた。

『どうぞ、どうぞ』というとそのまま一気に上半身裸になりやがる。

『服着てください!このままだと面接できません!不採用になりますが!』というと、渋々服を着始めた。

不採用

これ以来、個室で異性と二人きりで面接するのはやめた。

変なやつに訴えられでもしたら怖い。勉強になった。


採用を条件に肉体関係を提案する女

日本テレビ西尾アナ似の大学生

『このお店が大好きで、どうしてもこのお店で働きたいです!もし採用して頂けるのなら・・・。わたし、店長さんに一晩体を捧げる事も大丈夫です!』と言われた。

あきれ果て、返答に困り『はぁ・・・』と曖昧な受け答えをしたら、『私、本気ですよ!』とおっしゃる。

採用

今はとても真面目に頑張って働いてくれてる。

ちなみに採用の見返りは要求してません。私ヘタレですから。われながら勿体無いと思う。


大人の玩具を装着した女

たしか20代後半くらいの女性

面接途中、机の下から変なモーター音。

徐々に荒くなる呼吸とかすかなうめき声。

『あ、コレ!AVでよくある展開だ!』と思いながらも、この件に関しては何も聞くことができずに面接終了。

面接終わった後、どっきりカメラか何かかと疑ってしばらく周囲をキョロキョロしてしまった。

不採用

あれは絶対にエロ玩具使ってたに違いない。







私みたいな普通ブサイク男にまで色仕掛けしないとバイト採用されないのか。

そんなに日本不景気なの?馬鹿なの?死ぬの?

2010-07-27

続・頭が悪い人が好むキーワード(?) 抽象的編

・「お前がな」

鸚鵡返しパターン自分の頭を使わずにブーメラン出来るし、使われた相手からの反論はよっぽどじゃない限り来ないため、

頭が悪い人が「言い返した気になりたい」時に重宝する、低コスト高リターンの魔法の飛び道具。

もちろん、相手が自己矛盾に陥ってるような時ならば正当な手段である

余談だが、頭が悪い人は自己矛盾によく陥りやすいため、頻繁に鸚鵡返しをされる傾向にある。そのため自分が攻撃手段として使う時も、

何も考えずに使ってしまうことがあるように感じる。



・「こんな所で発言している人間が~」

ちゃぶだい返しパターン。会話している前提を覆すため、発している方は正論を言った気になれる魔法のトラップ

増田なんかで書き込んでるお前らって本当に陰湿だな(増田にて)』

ちなみに、発した瞬間、自己矛盾に陥ることに気付いている人間は少ない。



・「いや、○○だから△△なんだろ」

言葉遊びの入れ替えパターン。具体例:『頭悪い人って、自分自分のこと馬鹿だって自覚出来ないよね』→『自覚出来ないから馬鹿なんだろ』

何も生む事の無い、魔法トリック自分言葉で言い直す(再定義する)ことに快感を覚える人間が好んで使う。

あと西尾とかラノベ好きな人もよく使う。楽しいよね、言葉遊びって。



・「じゃあ、仮にお前が…」

感情論に訴えかけようとするパターン。方法そのものは間違いでは無いのだが、出てくる「仮に」が、

なんともハチャメチャなのが多い所を見ると、正しく感情論で訴えることが出来る人間は少ないと思う。

攻撃したつもりになれる魔法の剣。

ちなみに論理整合性を重要視する人間感情論を重視する人間は、絶対に同一の議論に参加してはいけない。賢いほうが去りなさい。



・「例えばさ…」

例を挙げるのは構わないけど、何で挙げる例がハチャメチャなんですか?

そもそも、それは元の話題で伝わらないような難しさなんですか?専門的分野の話題でも無い限り、

例を挙げるなんて無駄無駄。共通して無い点もあるし、そこを突っ込まれるなんて分かってるんだから。

TENGA使ったこと無いのにTENGAの気持ちよさを批評したら駄目なの?例えばさ、一流野球選手プレイ選手でも無い解説者が批判してることあるよね』

素直にTENGAの話で喋りなさい。違う話を映す魔法の鏡。



前回

http://anond.hatelabo.jp/20100623040336

2010-04-11

http://anond.hatelabo.jp/20100411022119

もともと、異端であることをよしとするマイナーなこの分野の作品をとってメジャー系の書き方と比べられてもなぁ。

西尾はあれでいいんだよ。

西尾が受け付けない理由

盛り上がってるし、知り合いも西尾ファンだから何冊か読んでみた。

結果、この作者はちゃんとストーリーキャラクターを描くことが出来ないんだと思った。




登場人物が誰も彼も、いわゆる「西尾節」で喋る。

彼らはあくまでも「西尾代弁者」であって、小説は「西尾って感覚アウトプットするもの」で、

要するに、西尾のファンが西尾ブログを閲覧するのと何ら変わらないと思った。

だから、それぞれのキャラクターから全然「生きてる」感が伝わってこない。



別に、それでも良いんだけどね。

そうそう、漫画とかアニメとかも見てみたけど、小説の口調まんまで喋ってどーすんの?

言葉に出すと違和感バリバリに感じる。誰かストップかけなかったんだろうか。

2009-11-06

はてサって陰謀論が好きだね。

          ____

       / \  /\ キリッ

.     / (ー)  (ー)\    <デストロイヤー級はパルパティーン議員陰謀d:id:sionsuzukaze:20091105:1257437463

    /   ⌒(__人__)⌒ \

    |      |r┬-|    |

     \     `ー’´   /

    ノ            \

  /´               ヽ

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 ヽ    -一””””~~``’ー?、   -一”””’ー-、.

  ヽ ____(⌒)(⌒)⌒) )  (⌒_(⌒)⌒)⌒))

          ____

        /_ノ  ヽ、_\

 ミ ミ ミ  o゚((●)) ((●))゚o      ミ ミ ミ   <だっておwww

/⌒)⌒)⌒. ::::::⌒(__人__)⌒:::\   /⌒)⌒)⌒)

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|     ノ     | |  |   \  /  )  /

ヽ    /     `ー’´      ヽ /    /

 |    |   l||l 从人 l||l      l||l 从人 l||l  バンバン

 ヽ    -一””””~~``’ー?、   -一”””’ー-、

  ヽ ____(⌒)(⌒)⌒) )  (⌒_(⌒)⌒)⌒))  

なんでクローン戦争以前に大金かけてそんな軍艦を作るわけよw

独立星系連合の脅威を予測してたからこっそり金を流用して作った?

共和国官僚にそれだけの柔軟性があれば、パルパティーン皇帝即位する必要なんかなかったんだよ。

ああ、ひょっとして、はてサさん達お得意の「独立星系連合もオーダー66も全部パルパティーン陰謀のせい」って陰謀論か。

教科書にはそう載ってるけど、実は何の史料的裏づけもないの知ってた?

単に反乱に成功した新共和国の連中の言い分が教科書に載ってただけ。

大体そんな陰謀する能力があるのなら、皇帝になんかならずとも既に銀河支配してるも同じじゃねえかw

教科書には惑星破壊によるオルデラーン大虐殺なんて載ってるが、オルデラーンの爆発は明らかに自然現象

オルデラーンの惨劇が帝国政府によるものといってるのも反乱軍共和国政府指導者の主張以外に何の根拠もないんだよね。

単にレイア・オーガナがそう言ってる以外の証言は皆無。

オーガナはヴェイダー卿の娘で複雑な家庭環境にあったせいで心がねじくれちゃってる。

西尾先生が言うように、歴史を見るときには歴史を作った人間の成育歴から考えないといけない。

というか軍事に詳しい人ならわかると思うけど、当時の政府軍の全火力を結集しても惑星破壊なんて無理。

つまりオルデラーン大虐殺は、勝者である新共和国が敗者である帝国押し付け妄言

教科書に載ってることなんかうそばっかだよ。

したがって、教科書にあるパルパティーン帝の陰謀ってのも、まるで信用できるものじゃない。

同時代史料をちゃんと読み解けば、議員時代のパルパティーンは非常に穏健派だったことがわかる。

タカ派として振舞うようになったのは、議長になってからだよ。

それも官僚の腐敗やジェダイの反乱など、崩壊しつつある銀河文明を立て直すために合えて強権的に振舞ったと考えるのが自然

議員時代から周囲を騙して私服を肥やしていたなんてのははてな左翼らしい下種のかんぐり。

遠い遠い昔、はるかな銀河の出来事だからといって、歴史学学のイロハは守れよ。

ここからわかるのは、少なくともこの時代には「巡洋艦クルーザー)」や「戦艦」「フリゲート艦」といった艦種が現代同様に引き継がれていることである。

何で大昔の出来事なのに現代の名称が引き継がれるんだよ!

タイムパラドックスだろ!

はてサのアホさを考えるに連中は人間じゃなくグンガンかイウォークに決まってる!

2009-10-07

つばさキャット 其の弐

ツボった!

西尾の本が良いのか、アニメ脚本が上手いのか判らんけど

2009-10-06

http://anond.hatelabo.jp/20091006203319

物語シリーズパクリ企画なんだから勘弁してやれよ

もう西尾の引き出しは枯渇したんだよ

傷ときのこ

 傷物語がびっくりするほどタイプムーンな件。

 と、いっても設定だけで、キャラクターの人柄は、少しもきのこではない。

 そのへんが面白かったりするのだが、正義命題とか、そのまんま出し過ぎじゃないでしょうか、西尾さん。趣味に走りすぎです。

 もう逆に、タイプムーンゲーム化するとよいとおもう。

2009-08-14

http://anond.hatelabo.jp/20090814210238

しらねーよ。俺は単に西尾維新ほどに売れている作家ならばもっと沢山未読の本も持ってるもんだと思ってたって言ってるだけだ。

もしかして西尾の発言について言ってるの?それならもう一つのトラバの人が言ってる通りに、少なくとも引用したコメントは単なる雑感的なものだと思うよ。

2009-08-03

西尾維新好きが鼻につく

なんでだろ。

西尾維新が好きな人って「自分はちょっと違う」みたいなオーラを出してて鼻につく。



お前らが読んでる、お前らが好きなアレやコレやは、西尾先生がもうパロディに使うレベルなんだよ的な。

正直、西尾維新好きと話をしていると、非常に不愉快だ。

2009-05-31

並ばないで食べられる美味いラーメン屋

いまいち増田の効率的な使い方が思いつかないんですけど、とりあえずこんな感じに使ってみようかと。

1 トラックバックでこのリストへの追加の店を受け付ける

2 元の日記元増田編集し直す

3 並ばないで食べられる美味いラーメン屋情報が蓄積する


増田でやる意味あるのかこれ。なんか他にいいやり方あったら教えて下さい。


増田で定期的にコンテンツを強化していったらどうなるか興味があるので、定期的に少なくとも元増田

リスト更新していく予定です。

エリア名 ラーメン店名 最寄り駅 ラーメン・店の特徴(タグみたいなもの)

記述してます。 


東京都内

江戸川区

澤@小岩 豚骨魚介 限定


足立区

もりや@竹の塚 博多豚骨 田中商店弟子 2009年新店

潮の風@竹の塚 鶏+魚介潮ラーメン

武藤製麺所@竹の塚 鶏白湯+鶏清湯ラーメン


台東区

江戸きん@浅草秋葉原現在移転準備中) 武蔵系列 超濃厚豚骨野菜 豚骨粉砕器

つし馬@浅草 青森津軽煮干しそば 田中商店系列

弁慶@浅草 背脂チャッチャ 老舗

与ろゐ屋@ あっさり醤油ラーメン 老舗

博多らーめんいのうえ@浅草 博多豚骨ラーメン

遊@鶯谷 名店王子伊藤の息子の店 煮干

元祖一条流がんこラーメン八代目@末広町 がんこ系 醤油ラーメン 味濃いめ


荒川区

ぶらり@日暮里 鶏白湯+鶏清湯

神名備@西日暮里 鶏魚介清湯 塩


北区

西尾中華そば@駒込 醤油ラーメン 重曹2009年新店 凪別業態 限定

自家製麺伊藤@赤羽 角館伊藤 王子伊藤息子 遊の弟 煮干


板橋区

元@蓮根 一本気スタッフ 塩 限定 2009年新店


文京区

初代けいすけ@本郷味噌ラーメン


千代田区

大至@御茶ノ水

お茶の水大勝軒@小川町 東池袋大勝軒系列の中でも優秀且つ穴場

磯野@神田


中央区

もといし@神田 豚骨魚介 二郎インスパイア焼きラーメン ダイニング けいすけ系 2009年新店

ますたに@日本橋

東京citynudele本丸亭@東銀座

井上@築地 東京醤油ラーメン


豊島区

生粋@池袋

瞠@池袋 豚骨魚介ラーメン

黒ナベ@池袋 富山ブラックラーメン


新宿区

ぼたん@高田馬場 博多豚骨 大塚本店

渡なべ@高田馬場 豚骨魚介 ラーメンコンサルタント 渡辺樹庵

海神@新宿 アラ出汁ラーメン

克味@曙橋 なおじの別業態 超濃厚豚骨 天下一品 2009年新店

こうや@四谷 支那そば ワンタン


渋谷区

嗟哉@初台 豚骨魚介 塩ラーメン 玄さんの弟子

渋谷三丁目@渋谷 世田谷英の他業態 豚骨

渋英@渋谷 こちらも世田谷英の別業態 豚骨

凪@渋谷 豚骨



港区

秀@赤坂 博多豚骨ラーメン

草原@赤坂 たま醤油 味噌 辛 カレーチーズ

五行@西麻布 焦がし味噌 ダイニング

参○伍@六本木 豚骨魚介 濃厚 鶏 塩 つけめん 2009年新店

西麻布博多チムそば@広尾 博多豚骨


中野区

好日@中野 醤油ラーメン 無課長



武蔵野市

音麺酒家 楽々@吉祥寺 鶏魚介塩 ダイニング



立川市

UMA@立川 豚骨魚介パイ包みつけ麺 ダイニング 2009年新店

つばさ家@立川北 横浜家系 豚骨醤油

羽村市

いつ樹@羽村 アラ出汁豚骨


埼玉県

春日部市

井之上屋@春日部 鶏+魚介の塩

蝉時雨@春日部 豚骨魚介 濃い目

平九郎R@春日部 博多豚骨+α 2009年新店

仁矢@北春日部 博多豚骨 2009年新店

一ノ割大勝軒@一ノ割 永福町大勝軒

イヨマンテ@武里 味噌


越谷市

椿せんげん台店@せんげん台 西新井椿のFC店 豚骨魚介

北越谷@天狗 背脂チャッチャ+定食屋

ラーメン専門店こしがや@越谷 佐野実支那そばや系 支那そば

嘉助@越谷 麺彩房系 豚骨魚介

めいげんそ@南越谷 豚骨魚介と塩つけ麺 2009年新店


川口市

喜楽々@東川口 鶏白湯+季節の創作+デザート


草加

栄龍軒@松原団地 丸長系 醤油

DEBARI@草加 東池袋大勝軒系 醤油

清水屋@草加 軽めの博多豚骨

つけめん眞司 其のニ 草加店@草加 三郷の眞司支店 豚骨魚介 2009年新店

大ふく屋@草加 せたが屋プロデュース 豚骨煮干濃いめ 2009年新店

麺座風水@谷塚 豚骨魚介

2009-05-30

日本文系、とりわけ法学部教養がない。

(この手の本を読んでいる人が、読んでそうな本を他にも挙げてほしい)


日本文系、とりわけ法学部教養がない。


理系学生書斎安藤忠雄建築事務所研究所)みたいな資料の山だとしたら、

文系(特に法)学生書斎立花隆ネコビルwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww


規模だけでなく質でも文系(特に法)は見劣りがするね。

何度か連中の自宅に招かれたから、ちょっと参与観察してみたんだ。

冗談半分でさ。

仔細に文系 (特に法)学生本棚とか見てみると、これがもう滑稽なんだwwwwwww


面白いから蔵書タイトルを全部メモしたんだけど、

まずいきなり机の上に開いた状態の宮台真司権力の予期理論』!(笑)

プゲラを抑えるのに必死だったぜ。


続いて 何度も読んだ形跡のある伊藤柴田司法試験論文対策即席要点集(笑)。

お前サル かよ、それでも人間かよ、って問い詰めたくなったね(苦笑)。


他にもオママゴトみたいな社会学大辞典(笑)

カントマルクスをはじめとする岩波文庫300冊程度(笑)(日本語であって原文ではない)

オクスフォード英英辞典シソーラス(笑)

小林康夫『光のオペラ』(笑)

我妻民法(笑)佐藤憲法(笑)前田刑法商法(笑)新堂民訴法(笑)

山本国際法(←物凄い日本語w)

○○学がわかるシリーズ(プッ)

ソシュール言語学講義』(笑)

ダンスマガジン(お前ホモかよww)

スティグリッツ経済学 (笑)(しかも原文じゃなくて翻訳

ウィトゲンシュタイン論理哲学(笑)

アリストテレス詩学(笑)(せめてギリシャ語で読めよな)

フーコー『知の考古学』(笑)(「パンのように売れた」ベストセラー

三島由紀夫文庫(笑)

仏露独蘭伊中国語辞典(笑)

トクヴィル(笑)大江 健三郎(笑)コーポレート・ファイナンス(笑)ドストエフスキー文庫(笑)西尾行政学(笑)

柄谷行人文庫(笑)フロイトの技法(笑)Yale Law Journal(笑)ハンナ・アーレント(笑)浅田彰(笑)『構造と力』(笑)

別冊ジュリスト判例百選(笑)大前研一ワラシェイクスピア文庫(笑)

田中行政法(笑)中公『世界歴史』(お前高校生かよw)マンデル貨幣理論、(笑)

岩井克人ヴェニスの商人資本論』(プッ)


女子大生(特に法)が読む雑誌と大差ないMarie Claire(笑)

magazine litteraire(笑) Cosmopolitan(笑)Critical Inquiry(笑)

Le Monde(笑)The London Economist(笑) American Economic Review(笑)

Fortune(笑)Foreign Affairs(笑)Yale Law & Policy Review(笑)

The New England Journal of Medicine、Michelin(笑)


これだもんねぇ。

他にも数百冊 持っていたようだがあとは推して知るべし。

で、トドメ


ピーター・ドラッカー(笑)


ピエール・ブルデュー(笑)


フォーリン・アフェアーズ(笑)


ハーバードビジネス・ レヴュー(笑)


知の論理!!(笑)


もう俺その場で大爆笑。

プゲラー止まらなかったぜwww



参考までに連中の持ってた理系テキスト挙げようか。


ま、予想通りだけど、杉浦・ 解析入門(高校4年生の一般教養にはいいかもね)

岩波講座・現代数学の展開 (なぜかモジュライ理論、Lie環、Weil予想、コホモロジーw)

リーマン・アティヤー・岩澤・シュバレーヴェイユセールブルバキ・ウィーナーなど書店で目につくもの(持ってるだけね、知的ファッション

The Cell教育ママに 買わされた赤い電話帳ね)

東京化学同人分子細胞生物学』(ゲノム解析ブームの名残だろうな)

岩波数学辞典第3版(お前、万引きしたヤツだろ?これ)、

ノイマンゲーム理論経済行動』(笑)

プリゴジーヌ『散逸構造』(笑)

ファインマン 物理学講義(笑)


これだもんねぇ。

他にも何十冊か持っていたようだがあとは推して知るべし。


で、トドメ


日経サイエンス(笑)


ニュートン(笑)


大学受験過去問東大京大理系)(笑)


数学セミナー!!(笑)


もう俺、こんな連中と面識あるなんて、恥ずかしいね。

あいつらよく平気で外を歩いてるもんだ。

せめてNatureくらい読めよな、

文系(特に法)なんだからさwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww



2008-11-29

Re: anond:20081129093133 または伝言ゲーム

http://keiesworks.blog122.fc2.com/blog-entry-255.html

なぜか元の元が消えているのでgoogleキャッシュ

http://72.14.235.132/search?q=cache:http://keiesworks.blog122.fc2.com/blog-entry-255.html&hl=ja

以下、わかりやすく翻訳しても長くて読みにくいのは変わらないので自分の読み取った結論を3行で書くと。

  • モノが違うんだから、原作アニメは違っていて当たり前。売るために同じにしたいみたいだけど。
  • 何を語るか、ではなく、どう語るか、で見るべき。それが今の時代だろうが。
  • 富野村上は全然違う。新房山本はまだ違っているけどやりにくい時代のなか先に進んでいる。見ている側、追いついてるか?

まあ、2ちゃんねるアニメ板界隈ではそれほど新しい主張ではないな、と翻訳しおわってから思ったけど。

では。

原作至上主義」のふたつの定義

  1. 作る側が原作に忠実であろうとすること。
  2. 見る側が原作に忠実であることを期待すること。

問題の提起

まあ、原作至上主義って言ってもいろいろ視点はあるよね。

  1. 原作(マンガとか)とアニメは見た目が違うよ
  2. 見た目が違うのに、原作をそのままアニメコピーなんてできないよ
  3. 見た目が違うのに「同じ作品だよ」と言って商売することが求められているよ
  4. 作る側も「同じ作品にしたいよ」「俺の作品にしたいよ」と言う人がいるよ(他にもいるかも)
  5. 見る側も「作品から生まれた発想を見たいよ」「なるべく忠実に再現してほしいよ」という人がいるよ(他にもいるかも)。

原作至上主義」って、これらの問題が混ざり合って出来てるよね。一応仕事だからこんな話があるのは知っていたけど、正直気にしだしたのは、noir_kかくかたりき改めnoir_kはこう言ったエントリに煽られたから。日だまりスケッチ×365とかかんなぎとかに関して「原作アニメのあいだ」とも呼ぶべきものが問題にされていて興味深かった。世の中わかった気がした偉い人が「統計学的な分析」とか「メディアが違うことを無視した分析」してるけど、この人は誰だかわからない、ってことは別にしてとても興味深いよ。

自分なりにまとめると、id:noir_kが「原作至上主義」について言ってることは、

ていうことだよ。

なので、この人の言いたいことはともかくとして、自分もその流れで「原作至上主義」について考えてみるよ。

批評」が利用する原作アニメの「間(あいだ)」という「ギミック

批評」って、見る側がするものだと思われがちだけど、作る側もするんだよね。作る側の批評というのは、過去アニメ作品とかアニメ以外の作品について、「批判」することなんだけどね。ガンダムエヴァンゲリオンはもちろん、アニメ以外のテレビ番組とか、ネットとか映画作品とかゲームとかコミックとか小説新聞美術作品とか、そのへんを「批判」するってこと。

みんなわかるとおり、今アニメを作る側の「批評」ってこんな感じだよね。

また、この辺が「新房昭之」「山本寛」あたりから始まる、ってのもみんなわかると思う。

まあこのへん「批評的な営み」って言うのかな、これ、

  1. 原作アニメがもの(メディア)として違う
  2. だから、表現としても原作アニメは違ってくる
  3. だから、アニメ原作を忠実に再現することなんか不可能
  4. でも今は原作アニメは同じものとして扱いたい(「横断可能性」)
  5. だから、表現として違うとか再現不可能とかそんな話は忘れる。

という流れを「忠実に反映」してると思うよ。

ちなみに、引用のうち、実写映画の技法、特に画面の構図とか物語の構成とか色合いとか撮り方編集の仕方に関する演出とか、に関するものは、それ出来るところが先にやったもん勝ち、っていう実情があるよ。

今はメディアミックスの時代だから、アニメ作る側も、原作アニメを同じものとして作ることが求められている。でも原作アニメって、片方は印刷したもの、片方は画面で音がついて動くものとして別のものなんだから違うものとして考えようよ、ってid:noir_kが「原作至上主義」に対して言ってることってなかなか良い意見だと思うんだ。

これらは仕掛けとして考えれば同じもので、見る側作る側はこの仕掛けを通じて共犯関係になる。そして「原作アニメが同じものとして作られるものだという空気」が、これらが、なにかを考えて作られたものだな、とみんなに思わせる目印になっている。この目印を越えて、今のアニメの演出が進むことで、アニメを作る側も見る側も、新しい批評が出来るとわたしは思うよ。

物語構造分析(未満)

こう書くと、ストーリーって重要な要素を忘れているのではないか、と言う人もいると思う。ただ、ストーリーって編集という演出の産物なんだよね。で、ストーリーは「ある内容」を「どう語るか」にあるわけだけだけど、「ある内容」ってもともと5から20個くらいのパターンしかないから、そこを評価しても仕方がない。「どう語るか」は批評対象になるかも知れない。ニューヨーク9.11テロを題材にした物語は無数にあるけど、それをどの視点からどのように語るかということが重要だということ。うっとうしく社会学で語ると、これが「批評空間」世代と「東浩紀宇野常寛ゼロ年」世代の差異だということ。後者はおもいきり戦略的に「物語論」へと反動的に回帰しているように思われるし。言い換えると、「表現論」派と「物語論」派がいるよね、ということ。

世代が新しくなってるから、「表現論」派の肩身がきわめて狭くなるのは当たり前だよね。現に、自分は「コードギアス 反逆のルルーシュ」が「表現論」的な演出を自粛した作品だと思っているし、そのあらわれとして「物語論」派から支持を集めることに成功してるし。そして、このアニメ2008年を代表しうるアニメだからね。

アニメーション歴史の忘却

アニメって、他のジャンルと比べても忘れられる度合いが例外的なほどに高いように思う。半年前のアニメさえ鮮明に思い出せないことの方が多い。これは何故だと思う?

それは、異常なまでに「物語」と「登場人物」(声優とか声優演技のしかたも含めて)が似ていて、なんか同じものの繰り返しになっているから。

アニメ以外の、コミックとかゲームはよく知らないんだけど、コミックを例に取ってみようか。まあコミックも簡単なパターンで作られているようにみえる。でも、「美術小説に関して明らかに規範的なテクニックを持っているのにもかかわらず、下手くそな画で馬鹿げた物語を語っている」漫画家が確かに存在しているのね。おまけに、存在しているのみならず人数も多い。

けれども今の時代、経済構造の都合でアニメ業界はそれができない。「原作のないオリジナル作品が作れない」っていう意味ではなく、「オリジナルなものが抑圧される」という意味で。俗っぽい例えだけど、「優れた直木賞」は受け入れられても「中途半端芥川賞」は抑圧されるということなんだよね。だから、ほとんどの作品が忘れられていくのは当然の事態なの。(より正確に言うのなら、「直木賞」と「芥川賞」の差もなくなっているし、アニメ歴史の問題というより、今アニメを作る人が信念を持って「特化」しようとすると、淘汰されるということかな。でも「特化」なんて言えるようになったのが90年代に入ってからのことなので、奇妙なねじれがあるようにみえるんだよね。この「ねじれ」を作家主義が引き受けたこと、そしてインターネット社会が同時的に誕生したこと、これが、「アニメーション歴史におけるヌーヴェルヴァーグ」〈山本寛の談〉と呼ばれる事態なのかな、とわたしは考えるよ。)

原作至上主義」は正しいのか、間違っているのか。

現代のメディアミックス時代における、アニメ作る側の「原作至上主義」、インターネット社会におけるアニメ見る側の「原作至上主義」。

相対主義を標榜するほどナイーブでもないので私見を述べると、どっちも間違ってる。

アニメ作る側がいくら「原作」を「模倣」しようが、メタフィクションパロディ引用自己言及、そして実写の早い者勝ち引用ゲームからは抜けられない。アニメ見る側がいくら「原作アニメはこんなに似てる」と言おうが、根本的にそれは異なるものだから。根本的に違うものなので、いくら似てると言っても意味がない。それとも、類似点を言っていればヘーゲルの時代に戻れるとでも思っているのかしら。

ヘーゲル小説のことを「市民社会ブルジョワ的な叙事詩」と定義した。要するにアニメの場合、「表現論」派に対して、世界の全体像の提示を旨とする「物語」派が復権するということは、奇しくもヘーゲルへの回帰をも意味するということ。言い換えればこれが「市民社会」論・「公共性」論・「安定的な社会秩序」を懐かしむことにつながると言うこと。でも、懐かしがって出来た物語は「秩序の混乱・解体→回復」という説話の構造でしかないし、その物語は「売れる=消費される」社会の現状維持的な肯定。果たして、それでよいの?

富野由悠季村上隆

ひっそりと深夜に放送されるアニメを作るのも見るのもまっぴらごめん、と言う態度は適切だし、ましていい大人、常識的な社会人が、という話なら正しい振る舞いでもある。

ただ、昔の人が反語的に言うような、アニメステータスシンボル(「オタクのしるし」とか)以上の存在価値を持ち得ないという議論は、あまりにも不毛で、杜撰で、素人じみている。富野由悠季まで戦略なしに不意に言うのを聞くと、断固として反論する必要があると最近思っている。そして逆に、圧倒的な「アニメコミック」表現に関する戦略性(プレゼンテーション歴史的な文脈づくり)で欧米諸国を震撼させた村上隆のような現代美術家に対しても、最近では諸手を挙げて肯定することは出来なくなっている。

富野ペシミズムと、ペシミズムの盗用により現代美術世界で名だたる作家となった村上隆

新房昭之山本寛

なんにせよ、この2人が、行き詰まっている現状でぎりぎりの戦略をとっていることは胸を打つ。この固有名詞が、アニメにやってくる。決して2人とも現状を抜け出すことには成功していない。2人ともテクニックはあるけれど、状況を突破するほどの何かを示してはいない。

でも、新房はテーマとの暴力的な遭遇(西尾威信小説アニメ化)によって現状を何とかしようとしており、山本アニメ作りと同時に言論活動を展開することで、自己弁明しながらも新しさを模索しているようかのようにみえる。

そして、まちがってもそれらは、『ef -a tale of melodies.』(※監督大沼心、監修:新房昭之)や『かんなぎ』のような作品で実現されているとは思えない。両者で見るべき点は、妥協および「過度な演出によるスペクタルで視聴者の恐怖心を煽ること」以外にないのではないか。

それから

けれども、「過度な演出によるスペクタルで視聴者の恐怖心を煽る」というとき、その恐怖心こそが、富野村上には見いだせないものであって。

くだらないテーマの指摘とか、原作アニメが違うだとか、ありふれた技法を指摘するだとか、歴史的にあれと似ているとか、そんな指摘は新房や山本が恥じらいながらも表現しようとしているものにまるで追いついていないのよ。

2008-11-24

天才の描写

ここ最近ミステリと言っていいのかよくわからないけど、推理小説みたいなのをいくつか読んだんだけど、多くの小説でいわゆる「天才」が描写してあるんだよね。基本的に自分は天才じゃないから、天才の描写って難しいと思ったんだけど、どう書けば天才らしく見えるものか考えた。


すべてがFになる―THE PERFECT INSIDER (講談社文庫) 森 博嗣

真賀田四季という天才の女性が出てくるんだけど、いくつもの人格を抱え、常人の思考の及ばない世界にイッちゃってる。「7は孤独な数字」とかパズルのような謎かけの好きなんだけど、思考パターンというか考えている事の世界があまりに違いすぎて、逆に天才ぶりが感じられないような気がした。

犀川創平も設定上は天才なんだと思うんだけど、真賀田四季がすごすぎるので彼女に振り回されている感じで、どうにも天才と言って良いのかわからない。西之園萌絵もさくさく暗算したりしてこれはこれで天才なのかもしれないけど、役回り上犀川より思慮が及んではいけない立ち位置なので、思慮が浅すぎるお嬢様像が前面に出ていて、かわいそうではある。すごい桁数の掛け算とか計算できるのは果たして天才なのかどうか良くわからなかった。天才を描写する際に計算はそんなにいらんかもと思った。比較による「天才」の表現というのはありだと思うのだが、誰をどこまで落すか、誰をどこまで上げるかは難しいとも思った。


文庫姑獲鳥の夏 (講談社文庫) 京極 夏彦
魍魎の匣文庫版 (講談社文庫) 京極 夏彦

本編では、京極堂が天才とは一言も書いてないような気がするけど、逆に「天才」を強く感じさせる京極堂。人の話を聞いただけで全てを見通す。凡人が見えないところが見えている。それを言葉で「天才」と言わずに筆力で感じさせられる。それが京極堂のすごいところだと思う。ただ、願わくばもう少し早く、気づいてる事を言って欲しい。もったいぶりすぎて死人が増えてる。


容疑者Xの献身 (文春文庫) 東野 圭吾

天才石神と天才湯川の会話で、「天才」を感じさせる手法かもと思う。かなり専門的な数学の話を二人の天才がするのだが、数学を知らない人にどう天才ぶりを伝えるのかは難しいと思った。逆に数学を知っている人にこの話が天才に見えているのか興味があるところ。すごいトリックを考える天才とそれを読み解く天才という構造は好敵手同士がお互いを高めあうと言う意味で、天才を描くのには良いのかもしれないと思った。警察がアホなのが必須な条件かも。


クビキリサイクル―青色サヴァン戯言遣い (講談社文庫 西尾維新文庫)西尾 維新
クビシメロマンチスト人間失格零崎人識 (講談社文庫 西尾維新文庫)西尾 維新
クビツリハイスクール戯言遣い弟子 (講談社文庫 西尾維新文庫)西尾 維新
サイコロジカル 上 (講談社文庫 西尾維新文庫)西尾 維新
サイコロジカル 下 (講談社文庫 西尾維新文庫)西尾 維新

いわゆる西尾維新の「戯言シリーズ」。西尾維新名前は知ってたけど、文庫本になっていたので初めて手を出してみた。最初の一冊では「戯言」というのが意味がよくわからない。五冊読んだ頃、ようやく「戯言」の雰囲気がつかめてきた。そういう自分は鈍いのかもしれないと思う。

シリーズを通して、どちらかと言うと「天才」が連呼されているがあまり嫌味が無い。

シリーズを通して「ぼく」の戯言を越えて真実を語る哀川潤に強く「天才」を感じた。哀川潤と比較され、完膚なきまでに毎回「ぼく」は貶められる。その貶めぶりは見ていて清清しいくらいで、気持ちよく哀川潤の「天才」ぶりが引き立つ。だが、哀川潤煽りは基本的に「天才」では無くて「請負人」。

むしろ「天才」と言われる久渚友の天才ぶりは最初の一冊ではあまり伝わってこない。サイコロジカル死体を見て、不気味な笑みを浮かべる久渚に「天才」を感じた。凡人の自分は読み返してやっと言える事だが、この時点で久渚は全てを見通していたんだなとようやくわかる。この「全てを見通した感」が、小説においては一番「天才」を感じさせられるんじゃないかと思った。暗算で多くの桁の計算ができたり、チェスが強かったりするよりもそれは効果的だと思った。

ラノベなんて」という気持ちをみじん切りにして、一気にラノベ信者に転宗させられそうなくらい魅力的なシリーズだと思う。

2008-09-22

はてなは村じゃない、巨大なゴミ屋敷だ。

http://d.hatena.ne.jp/nishiohirokazu/20080918/1221708888

正答率5%ってwwwwwww

なんなの?

馬鹿なの?

死ぬの?

はてなGeek(笑)コミュニティの方々ってずいぶん優秀なんですね(苦笑)

これだからLisperは…みたいな事言ってる奴もいるけど、西尾Python使いじゃんwwww

一部に捨てアカでファビョっている奴もいるみたいだが。

http://q.hatena.ne.jp/1221971933

http://q.hatena.ne.jp/1222004858

http://gnews.x0.com/20080921_231233/

質問者は優秀すぎて非常識だと思いました」ってWWWWお前が無知で無能なだけだよ。馬鹿で自分が、馬鹿って気付けないくらいのな。

「質問の方がおかしい気がしません?」ってだいたい、そんなこと聞いてどうすんの?

ここは発言小町か?んん?

西尾が優秀だからなんなの?知らなくいい理由になると思ってる?

努力しなくて良い理由さがしているだけだろ?お前は?

安心したら、そこで成長止まっちゃうよ?いいの?

こういう奴に限って、ネット上ではなぜかアクティブなんだよな。

S/N比を下げる貢献をいっぱいしてくれる。

はてブとかもろにそうだし。無意味ネガコメ大量生産してくれる。

まぁ、馬鹿馬鹿同士、馬鹿じゃない事を確認したいんだなぁと思った。馬鹿の中だと相対的に馬鹿じゃなくなるもんね。

だから、S/N比を下げる馬鹿情報を量産しているんだなと思う。

そうやって、ネット馬鹿情報だらけにして、馬鹿馬鹿であることに安心して生きていける馬鹿ネット社会無意識的に作ろうとしているんだなぁとおもった。

これじゃ、まるで、ゴミ屋敷だ。

ゴミ屋敷の住人がゴミ囲まれて安心するように、馬鹿ゴミ情報に囲まれて安心するんだと思った。

これをゴミ屋敷理論として提唱したい。

まぁ、それはいいとして、はてな2chはそんな連中が集まってゴミだらけにするゴミ屋敷だと思った

2008-08-28

anond:20080828215951

死語死語として生き続けるんですよー、と初代所長の西尾先生が言ってた わけがないだろボケ

2008-07-04

面白いもつまらないも人それぞれだろ

「潜在的につまらない人」ってあほか。このひとは、生来とか絶対的価値観とか、どうもファシズム的思考がある危ない人物なようだ。

そもそも大多数にとっては西尾某だろうがあまちゃんだろうがつまらない、というかただの痛いやつでしかないっての。楽しい、つまらないは人それぞれなんだ。そして同じ人でも時間が違えばその価値観も違ってくる。これは当然のことだ。

たとえば例の西尾氏にとって面白かった発表でも、彼が同じ内容をそのまま二回目きいたとしたら面白いとは思わないだろう。でも、初めて聞く人にとっては面白いと思う人はいるだろう。人の成長も人それぞれであり、ある時点でみんなが面白いと思う観点をつくったとしても、成長の早い人はそれがつまらないものになっているというのは、普通にあることだ。技術的なことでは特にそうだろ。

- 転職ならen
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