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2012-02-16

http://anond.hatelabo.jp/20120216110406

あるだろうね。でも、その「気づいたこと」を聞きたいわけじゃない。

スポーツ選手インタビューなんかでも、その課題の設定については面白く聞けるけど、「これはビジネスにも応用できると思うんです」みたいな話をされたら興ざめじゃん。

フィードバックフィードバックのための訓練を積んだものが行うか、それができない場合自分自身で行う。これは、フィードバックプロでない人間のやり方まで取り込むべきではないと思ってるからなんだけど。

2012-02-11

これからがんばる苦労人に送ることば

ここでいう苦労人とは、進学するお金がなかったり、家庭環境にめぐまれなかったり、いろいろとめぐり合わせが悪くて、自分の判断や努力以外でのっぴきならない境地に立たされた人のことです。

まず、苦労人であることは特に触れられることがない限り隠しておきましょう。別に自慢することではありません。

苦労人であることやそれによって得た経験スキルは評価の対象になりません。

とても残念なことでありますが、あなたが引退して、成功者インタビューを受けるときまで、そのエピソードは封印しておくのがベターです。

苦労だったり、他人の失敗に巻き込まれたり、天災に巻き込まれたりした経験は、自分にとってプラスではありますが、水平飛行の人生を送ってきた人からみれば、特異値をもったスキルや考え方は脅威です。ツメは隠しておきくことをおすすめします。

苦労したタイミングで、徹底的に誰かに助けられるような状況ならば、問題がないのですが、苦労人は、その苦労をなんとかぎりぎりで克服できたのではないでしょうか。克服できたことは大変大きな自信につながります。自信は持っていいのですが、この自信もそっと胸のうちに秘めておきましょう。



どん底から見てはいけないものがあります。水平飛行の人生を送っている人たちの不平不満です。

これを目にすると本当に馬鹿馬鹿しくなります

車で歩行者突っ込んだ人、バスジャックしちゃった人のように感情の高まりがすべてをリセットさせる方向へ暴走しかねません。しかし、そのくらいのことで世の中は変わりません。より多くの水平飛行の人生を望む人がいるからです。

恵まれてくると、生きる困難に立ち向かうためでなく、どうでもいい人生の枝葉のことに対して不平不満をいうようになります

そういう人に近づかないことは重要です。近づかなくてもインターネット上の交流サイトでは、見たくなくても見かけてしまますので、情報の取捨選択には過分に注意を払ったほうが、余計な気持ちのフラストレーションを発生させることもなくいいと思います

水平飛行中の人悪事を偶然にも目にすることがあるかもしれません。しかし、これはあなたにとってチャンスではなくトラップです。

あなた自身がかかわることは何のプラスにもなりません。義侠心や正義感から何かしらのアクションを起こしてしまうかもしれません。

それは、災いを招く以外のなにものでもありません。積極的に応援しない立場をとるのが今後のためです。



あなたのコツコツした積み重ねよりもむしろ、降って沸いた幸運のほうがはるか効率がよかったりします。

幸運があったら、大切な人とこっそりと分け合ってください。人に見せてはいけません。



あと、あわてる必要はありません。われ先にいった人は次の信号で止まって待っています

一日に寝る時間も、一回で食べれるごはんお金持ちでも貧乏人でもそんなに変わりません。健康食材を食べても死ぬ人は早死にしますし、ジャンクものを食べて長生きする人は長生します。

一人の人が管理できるものの絶対量は決まっています。たくさん持ちすぎるととそれを管理することに時間と手間をとられて楽しめません。

死ぬとき手ぶらです。持ち物を少なくしておかないと残った人に迷惑をかけることもあります



大切な家族といっしょにご飯が食べれることのような他愛もないことが実は一番のしあわせだったりします。そんな他愛もないことからすら見放されてしまたかのように思い込みがちです。

そのくらいの幸せならば、ちょっとしたきっかけで、ふっと幸運が沸いてくるのではないでしょうか。



それでも、へこたれそうなときは、あなた祖国ふるさとの一員であることを思いだしてください。あなたが締めるネジが、あなたが読み取るバーコードが、必死に打ち込むプログラムコードが、「ありがとうございます」という挨拶が、あなたの運ぶ荷物が…、私たちの国を地域を作っているのです。このような考え方は、戦後日本ではタブー視されてきたかもしれません。苦しいとき、つらいときにこっそりと心の中で思い出してください。あなたは一人ではありません。



ぜんぜんアドバイスにもなっていないかもしれませんが、あなたの大切な人をいちばんに思って生きてみてください。それだけです。

以上、送ることばでした。


 

存在感がなくなったGIGAZINE

最近GIGAZINEがまったく面白くなくなって、どんどん存在感がなくなってるのは

周知の通りだけど、最近アクセス解析とかニュースヘッドラインとかの画像

いちいち下品でやばい


http://gigazine.net/news/20120206-headline/

http://gigazine.net/news/20120131-access/

http://gigazine.net/news/20111230-access/


普通に無意味エロ画像なんだけど、

これはパッと見でもいいかPVを増やしたいからなのかな。

こんなことしてでもアクセス稼がないといけないほど墜ちた原因は何なんだろう・・・。


それよりも


http://gigazine.net/news/20111031_gigazine_recruit/


>従来の稚拙な記事を読まれて「あの程度なら自分にも書ける」と誤解しているのであれば、

>後々非常に困ることになりますので、くれぐれも勘違いの無いよう、上記の点を肝に銘じておいて下さい。


とまで書いた求人記事から数ヶ月前経つけど、結局菓子レビューアニメゲーム紹介、

人選がさっぱり分からない(しか無駄に長いから読む気がしない)インタビューと、

劣化したitmediaみたいなガジェット紹介記事と・・・他に何があったっけ。。


でももう叩かれる事もないくらい、存在感がなくなっちゃったよね・・・。

2012-02-06

http://anond.hatelabo.jp/20120205234734

必ずする質問みたいなのは持ってないけれど

・説明してもらった内容で説明が不十分なものもっと細部を知りたい事柄

が多いかな。臨機応変に質問するから気を付けてることとしては、その場にいる他の人にも有益なこととインタビューにならない内容かな。

しないけれどいいんじゃねと思う質問

残業・転勤はありますか?

会社の良くないところを教えて下さい

会社に入ったとき志望動機をおしえて下さい。

とかかな。人事じゃないんならこういう人事に聞きにくいことは積極的に聞いていいと思ってる。

2012-02-05

最近就活してて思うこと

良く説明会で社員囲んで質問するじゃん?

あれで

仕事に対して気を付けていることはなんですか?

・悔しかったことはなんですか?

・失敗してしまったエピソードを話して下さい。

休日スケジュールを教えてください。

とか社員インタビューしてる人がいるのだけれど、意味あるのかね?

質問することが思い浮かばいからひねり出したんだろうけれど、そんな質問するくらいなら他の質問したい人の邪魔をしないで黙っていて欲しい。

笑いを取ろうとしたり場を和ませようとするんじゃなく真面目に聞いてる人がいるからびっくりする。

2012-01-27

村上春樹の猛々しい想像力 (3/3)

Sam Anderson

2011年10月21日

1 - 2 - 3

翻訳は、村上の作品を組み立てる原理だとさえ言えるかもしれない。

彼の作品は翻訳されているだけでなく、翻訳についてのものだと考えられるのである

村上ストーリーにおける至上の愉しみは、とても普通の状況(エレベータに乗っている、スパゲッティを茹でている、シャツアイロンがけしている、など)が

突然非日常不思議電話を受ける、魔法の井戸に落ちる、羊男と会話する、など)へ変貌するのを見ることだ。

言い換えるならそれは、登場人物が存在論的に盤石な立場から完全な異世界へと投げ込まれ、

たどたどしくも二つの世界の間をとりもつことを余儀なくされる瞬間だ。

村上作品の登場人物はある意味でいつも、根底から異なるいくつかの世界あいだで翻訳をしている。

平凡と奇妙、自然超自然田舎と都会、男と女、地上と地下。

言い換えれば、彼の全作品は翻訳の作業を劇に仕立てたものなのだ



村上の車の後部座席に戻ろう。

私たちは東京を離れ、ベッドタウンに入った。

多くの企業本社や、巨大な船のかたちをしたラブホテルを通り越していく。

およそ1時間後、風景は急峻な山道になり、私たちは村上の家に到着した。

木の生い茂る丘の上、山と海の間にある、こぎれいだが平凡な外観の二階建てだ。



靴をスリッパに履き替え、村上に連れられて彼のオフィスへと入る。

自らデザインした小部屋であり、『1Q84』のほとんどはここで書かれた。

同時にそこは彼の膨大なレコードコレクションの住処でもある。

(10000枚くらいだろうが、怖くて実際に数えてはいない、と彼は言う)

オフィスの幅広い壁二つは、床から天井までアルバムで覆いつくされている。

山々に向けて突き出している窓の下、部屋の端には巨大なステレオスピーカーが君臨している。

室内のもう一つの棚には村上人生と作品にまつわる思い出の品々がある。

彼が『海辺のカフカ』で殺人者として想像したジョニーウォーカーを描いたマグカップ

はじめてマラソンを完走したときの、くたくたの彼を写した写真1991年ニューヨーク市にて、3時間31分27秒)。

壁にはレイモンド・カーヴァー写真、グレン・グードのポスタージャズ巨匠の肖像がいくつか。

村上もっとも好きなミュージシャンテノールサキソフォンスタン・ゲッツ写真もある。



私はレコードをかけてもらえないかと頼んでみた。

村上はヤナチェクの「シンフォニエッタ」を取り出した。

1Q84』の始まりを告げ、その物語のなかで繰り返し鳴り響く曲である

作品で示唆されるとおり、渋滞で聞くにはまさに最悪の音楽だ。

それは速く、アップビートで、劇的──まるで普通の曲が5つ、ペンキの缶のなかで決闘しているかのようだ。

同時にそれは熱狂し、ねちねちとした、暴力的な『1Q84』の冒険の主題曲として、もっともふさわしい。

村上はその奇妙さを買って「シンフォニエッタ」を選んだという。

「一度だけそれをコンサートホールで聴いたことがある」

オーケストラの後ろにトランペットが15人いた。変だった。すごく変だった……その奇妙さがこの本によく合う。この物語にこれ以上よく合う音楽は思いつかない」

彼は何度も何度もその曲を聴いて、そして開幕のシーンを書いたという。

シンフォニエッタを選んだのはまったく人気がない音楽だったからだった。でも本を出版してから日本では人気が出た。小澤征爾さんに感謝されたよ。彼のレコードがよく売れたからね」



シンフォニエッタ」が終わると、私は最初に買ったレコードは何か覚えているかと尋ねてみた。

彼は立ち上がり、棚をごそごそと探して、一枚のレコードを手渡してくれた。

「The Many Sides of Gene Pitney」。

カバーを飾るのは、華やかな姿の Pitney。60年代前半のアメリカクルーナー歌手である。はまだらのアスコットタイに艶のある赤いジャケットを着て、髪型は崩れ落ちる波を凍らせたようにみえる。

村上は13歳の時、このレコード神戸で買ったという(当初のものは擦り切れたため、何十年か前に買い直している)。

針を下ろすと、流れ出す Pitney の最初ヒット曲「Town Without Pity」。

劇的な、ホルン即興とともに Piteny の歌声が黙示録的な叫びを歌う。

若者にはつらいことがある、たくさんある/分かってくれる人がほしい/助けてくれよ/土と石でできたこの星が壊れるまえに」



終わると村上は針を上げ、「バカな歌だ」と言った。



1Q84』というタイトルダジャレである

言語をまたいでオーウェル引用したものだ。

日本語では、9は英語のQのように発音される)



1Q84』を書いているあいだ、『1984年』を読み直したかと尋ねてみた。

彼は読み直したといい、それは退屈だったという。

(これが悪い評価だとは限らない。野球のどこが好きかと尋ねた際、彼は「退屈だから」と答えた。)



近未来小説は退屈なものばかりだ」と彼は言う。

「始まりはいつも暗く、雨で、人々が不幸せそうにしている。コルマックマッカーシーの『The Road』は好きだし、よく書けているけれど、でも退屈だ。暗いし、人間人間を食べるし……ジョージ・オーウェルの『1984年』は近未来小説だけど、この本は近過去小説だ」

1Q84』について「我々は同じ年を反対側から見ている。近過去なら退屈じゃない」



オーウェルに親近感を覚えたかと尋ねた。



オーウェルと僕はシステムについて同じ感じを受けていると思う」と村上は言う。

ジョージ・オーウェルは半分ジャーナリストで半分小説家だ。僕は100パーセント小説家だ……メッセージを書くことはない。よい物語を書きたい。自分政治好きな人間だと思うけれど、政治メッセージを誰かに向けることはない。」



はい村上はここ数年、彼にしては珍しく、政治メッセージを大々的に言明している。

2009年、批判のなか彼はイスラエルエルサレム賞を受賞しに行き、そこでイスラエルパレスチナについて語った。

この夏、彼はバルセロナでの受賞式典の機会を利用して日本原子力行政を批判した。

彼は、福島第一は二度目の核災害だとした。

一度目はまったくの被害者としてだったが。



バルセロナの演説について尋ねると、彼はパーセンテージを少し修正した。



「僕は99パーセント小説家で1パーセント市民だ」と言う。

市民として言いたいことはあるし、求められればはっきりと言う。あのときまで原発について明確に反対する人はいなかった。だから自分がやるべきだと思った。自分にはその責任がある」

演説に対する日本の反応は概ね好意的だったという。

人々は津波の恐怖が改革への媒介となってくれることを、彼と同じように、期待していたのだ、と。

「これは日本にとって転機になると、日本人ほとんどが考えていると思う」

悪夢だけれど、変化のチャンスでもある。1945年以来、僕たちは豊かになるために働いてきた。けれどそれはもう続かない。価値観を変えなければならない。どうやって幸せになるかを考えなければならない。お金でもなく、効率でもなく、それは人格目的だ。いま言いたいことは1968年から僕がずっと言っていることなんだけれども、システムを変えなければならないということ。今は、僕たちがまた理想主義者になるべきときなんだと思っている」



その理想主義はどんなものか、アメリカ合衆国モデルケースとして見ているのか、と尋ねた。



アメリカはもはやモデルケースだとは思われていないと思う」

「いま、僕たちにはモデルケースがない。モデルケースを作り上げなければならないんだ」



地下鉄サリン事件阪神大震災、そして今回の津波……現代日本の数々の災害は、驚くほどにまで村上的だ。

地下での暴力的な衝動、深く隠されたトラウマが大量破壊を引き起こすものとして現れ、地上の日常を襲う。

彼は深さのメタファーを多用することで知られる。

登場人物たちはカラの井戸に降りていき、東京の地下トンネルに生きる闇の生き物に出会う。

(彼は別のインタビューで、井戸のイメージをあまりに何度も使って恥ずかしくなったため、8作目以降、できるだけ使わないように心がけたと話している)。

彼は自分創造性も、深さとしてイメージするという。

毎日机に向かい集中力に満たされたトランス状態の中で、村上村上キャラクターになる。

それは、自らの無意識洞窟たる創造性を探検し、見つけたものを忠実に報告する、普通の人物である



「僕は東京に住んでいる。ニューヨークロサンジェルスロンドンパリのように文明的といっていい世界だ。

 魔法じみた状況、魔法じみた物事に出会いたければ、自分の中に深く潜るしかない。だから僕はそうしている。

 魔法リアリズムとも呼ばれるけれども、自分の魂の深みのなかでは、それは単なるリアリズムだ。魔法ではなく。

 書くときには、非常に自然で、論理的で、リアリスティックで、合理的に感じる。」



執筆しないとき自分はどこまでも普通の人だと村上は強調する。

彼の創造性は「ブラックボックス」であり、意識的にアクセスすることはできないという。

彼はシャイであり、メディアにあまり登場したがらない。道端で読者から握手を求められた時にはいつも驚く。

人が話すのを聞くほうが好みだと彼は言う。

実際に、Studs Terkel の日本版のようなものとして彼は知られている。

1995年サリンガス事件があったとき村上被害者65人と被疑者らを1年かけてインタビューし、

その結果を分厚い2冊組の本として出版した。

のちにそれは『Underground』として、大幅な簡略化をしたうえで英語翻訳された。



この会話が終わったとき村上ランニングに誘ってくれた。(「僕が書くことについて知っていることのほとんどは、毎日ランニングを通して学んだ」と彼は書いている)

彼のランニングスタイル個性の延長のようだ。

身軽で、安定していて、実践的だ。

たがいの走り幅がつかめて1、2分たつと、村上自分が単に「丘」と呼ぶところに行ってみないかと尋ねてきた。

それは試合の申し込みか警告のように聞こえた。

そんな言い方をした理由はすぐに分かった。

というのもまもなく「丘」を登り始めることになったからだ。

もはや走るというよりは、急な坂にさしかかって足をとられているというほうが近く、

地面が傾いたランニングマシーンのように感じられた。

道の終わりに向けて一足踏み込むと同時に私は村上に向けて「大きい丘でしたね」と言った。

そこで彼は指をさして、先にジグザグ道が続いており、私たちはまだほんのひと曲がり目を終えたにすぎないということを教えてくれた。しばらくして、二人の息が切れ切れになってくると、このジグザグ道には終わりがないのではないかと心配になってきた。

まるでどこかの村上世界にある無限階段のように。

上へ、上へ、上へ。

しかし、やっとのことで、私たちは頂上に着いた。

海ははるか下に見えた。

それは秘められた巨大な水世界日本アメリカあいだの、人が住まない世界だ。

その日見たかぎり、水面は静かだった。



そして私たちは下りを走り始めた。村上は村を通る道に誘ってくれた。

大通りのサーフショップ漁師の家がならぶ界隈を通り過ぎた(彼はそのあたりの庭に古くからの「漁師神社」があるのを指差して教えてくれた)。

空気は湿っていて塩のにおいがした。

私たちは並んで浜まで走った。

村上がかつて名もない翻訳者だったころセントラルパークでジョギングをともにしたジョン・アーヴィングについて話をした。

セミについても話をした。

何年も土のなかで生き、地表にぽっと出て、わめき、最後の数ヶ月を木の上で過ごすのは、どんなに変だろうかと。

私がおもに覚えているのは、村上の安定した脚のリズムだ。



走り終えて家にもどると、私は村上の来客用バスルームで着替えた。階下で彼を待つ間、食堂エアコンの風を受けて立ち、大きな窓からハーブと低い木のある小さな裏庭を見ていた。



数分後、庭から迷い出た変な生物が私の視界に入ってきた。

最初それは鳥 – おそらくはその飛び方からして変な毛をしたハチドリのようにみえた。

が、すぐに2羽の鳥がくっついているようにみえだした。

飛ぶというよりはふらついているといった感じで、体の一部がそこかしこから垂れ下がっているようだった。

最終的に、それは大きな黒い蝶だと私は結論づけた。

見たことがないほど変な蝶だった。

浮かびながら、異星の魚のようにひらひらしつづけるその姿に幻惑させられ、

私はそれを既知の何かに分類したくなりかけたが、成功することはなかった。

それはひらひらと、およそ村上と私が走った道を引き返す形で、山から海に向けて飛び去った。



蝶が去ってまもなく、村上階段を降りてきて、食堂のテーブルに静かに腰を下ろした。

見たこともない奇妙な蝶に遭遇したことを伝えると、彼は自分ボトルから水を飲み、私を見上げて言った。

日本には色々な蝶がいる。蝶に会うのは変なことじゃない」

2011年10月21日

1 - 2 - 3

村上春樹の猛々しい想像力 (1/3)

Sam Anderson

2011年10月21日

訳注:長文注意。誤訳あったらごめんなさい。教えてもらえたらあとで直します)

1 - 2 - 3

この夏、私は初めての日本への旅行を企てた。

村上春樹の作品世界にほぼ浸りきってやろうというつもりだった。

ところがその目論見は外れることになる。

私は村上の作品の影響下にあるまま、東京に降り立った。

期待していたのは、バルセロナパリベルリンのような街だった。

そこでは、市民はみな英語が達者で、さらにはジャズ劇場文学シットコムフィルム・ノワールオペラロックといった、

西洋文化のあらゆる枝葉に通じている……そんなコスモポリタン世界都市を私は期待していた。

誰かに聞いておけば分かっていたはずなのだが、実際の日本はまったくそんな場所ではなかった。

実際に足を踏み入れることができる日本は、どこまでも頑固に、日本的だった。



そう思い知らされたのが地下だったというのは、我ながらよくできていたと思う。

東京での初めての朝、私は村上の事務所に向かっていた。

アイロン掛けたてのシャツに包まれ、なんの躊躇もなく地下鉄の駅へと降りて行くや否や、

私は迷子になり、助けを求めようにも英語話者を見つけることができなかった。

最終的には(電車を乗り間違え、馬鹿げた値段の切符を買ってしまい、必死のジェスチャーで通勤客を怖がらせたあと)、

どうにか地上に出てはみたものの、もはやインタビューの時刻はとうに過ぎている。

私は絶望して、目的もなくあちらこちらへとさまよい歩いた(東京にはほとんど標識がないのである)。

そして蜂の巣状のガラスピラミッドのような建物の前で途方に暮れていたとき

ついにユキという村上アシスタントに見つけてもらうことができた。



このようにして私は東京の地下の洗礼を受けたのである

まりにもうかつな、アメリカ人的な私は、村上のことを現代日本文化を忠実に代表する人物として考えていた。

実際には彼は私が思っていたような作家ではなく、日本は私が思っていたような場所ではなかった。

そして両者の関係の複雑さは、翻訳を介して遠くから眺めていたときには想像しえないものであることが明らかになっていった。



村上の新作『1Q84』の主人公の一人は、自らの人生最初記憶に苛まれており、誰に会ったときにも、あなた最初記憶はなにかと尋ねる。

やっと村上に会えたとき、私は彼の最初記憶について尋ねた。

それは3歳のとき、初めて家の門の外に歩き出したときのことだという。

彼は道をてくてくと渡り、溝に落ちた。

流されていく先にあるのは、暗く恐ろしいトンネル

そこに差し掛かろうかというとき、母が手を差し伸べ、彼は助かった。

「明確に覚えている」と彼は言う。

「水の冷たさ、トンネルの闇、その闇のかたち。怖かった。僕が闇に魅かれているのはそのせいだと思う」

村上がこの記憶を語るとき、私は既視感とともに心の中でくしゃみをするような気持ちを覚えた。

その記憶には聞いた覚えがある、いや、不思議なことにその記憶自分の中にある、と感じた。

ずっとあとになって分かったことだが、私は確かにその記憶を持っていた。

村上は『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭の脇役に自分記憶を写し込んでいたのだ。



村上を初めて訪問したのは、日本にしてもありえない夏の厳しさの最中

週の真ん中、蒸し蒸しする午前中のことだった。

それは非現実的なまでの災害の余波を受けた夏だった。

4ヶ月前に北日本を襲った津波で2万人が命を落とし、

いくつもの街が破壊され、原子力発電所メルトダウンした。

その結果、電力、公衆衛生メディア政治にも危機が到来した(当時の首相の辞職によって、5年間に5人目の首相が生まれることになった)。

日本を代表する小説家である村上に会いに来たのは、

大作『1Q84』の英語訳(そしてフランス語訳、スペイン語訳、ヘブライ語訳、ラトビア語訳、トルコ語訳、ドイツ語訳、ポルトガル語訳、スウェーデン語訳、チェコ語訳、ロシア語訳、カタルーニャ語訳)について話すためだった。

この本はアジアで数百万部を売り上げ、

まだ翻訳が出ていない言語圏ですらノーベル文学賞の噂が囁かれていた。

62歳にして30年のキャリアを持つ村上は、日本文学最高峰としての地位を確かなものにしている。

疑いなく、彼は母国の表層とかたちを世界に伝える、想像世界大使となった。



そのことは、関係者には非常に大きな驚きだったと言われている。



村上は常に自分日本アウトサイダーだと考えている。

彼は不思議社会環境最中に生まれた。

アメリカによる戦後占領を受けた1949年京都日本の前首都である

「これ以上の文化混交の瞬間を見つけるのは難しい」と John W. Dower は1940年代後半の日本について書いている。

「これほど深く、予測不能で、曖昧で、混乱していて、刺激的なものは他にない」という。

「瞬間」を「フィクション」に置き換えてみれば、村上の作品を完璧に説明することができる。

彼の物語の基本構造は、互換性のない複数の世界に根を下ろした普通の人生であり、

それはそのまま彼の最初人生経験の基本構造でもある。



村上は成長するまでのほとんどを神戸郊外で過ごした。

そこは、さまざまな言語の喧騒に包まれた国際的な港湾都市である

彼はアメリカ文化、とくにハードボイルド探偵小説ジャズに没頭して十代を過ごした。

そうして反逆のクールさを自分ものにし、

二十代のはじめには大企業の序列に入り込む代わりに、髪を伸ばしヒゲを生やして、両親のすすめを押し切って結婚し、借金をして「ピーターキャット」というジャズクラブ東京で開いた。

掃除をして、音楽を聞いて、サンドイッチを作って、酒を注いで、

彼は約10年間をその仕事に費やした。



作家としての村上キャリアの始まり方は、彼のあの作品スタイルそのものだった。

どこまでも普通の設定で始まり、どこからともなく神秘的な真実が主人公に降りかかり、その人生根底から変えてしまう。

29歳の村上地元野球場の芝生でビールを飲みながら、デイヴヒルトンというアメリカ人助っ人バッター二塁打を打つのを見ていた。

平凡なヒットだったが、ボールが飛んでいくのを見て村上天啓に打たれた。

自分小説が書けると気づいたのである

そんな望みはそれまでなかったが、いまや圧倒的なまでだった。

そして彼は書いた。

試合が終わった後、書店に行きペンと紙を買って、

数ヶ月のちに『風の歌を聞け』を書き上げた。

それは名もなき21歳の話し手が語る小さく凝縮された作品だったが、冒頭から村上らしさが見えていた。

アンニュイとエキゾチシズムの奇妙な混合。

わずか130ページで、その本は西洋文化をぶつ切りにして引用してみせた。

名犬ラッシー』、『ミッキーマウスクラブ』、『熱いトタン屋根の猫』、『カリフォルニア・ガールズ』、ベートーベン第三ピアノ交響曲フランス映画監督ロジェ・ヴァディム、ボブ・ディランマーヴィン・ゲイエルヴィス・プレスリー、『ピーナッツ』のウッドストックサム・ペキンパーピーターポール&マリー。

以上はごく一部に過ぎない。

そしてその本には(少なくとも英語訳には)日本芸術引用がまったくない。

村上作品のこうした傾向は日本批評家をしばしば苛立たせている。



村上は『風の歌を聞け』を権威ある新人賞に応募し、受賞した。

そして一年後、ピンボール機を取り上げた次の小説を出したのち、執筆時間のすべてを費やすため、ジャズクラブを畳んだ。



時間のすべて」という言葉には、村上にとっては余人とは異なる意味がある。

30年を経て、彼は僧侶のように統制された生活を送っている。

すべてが作品を作り出すのを助けるように調整されている。

彼は毎日のように長距離を走り、泳ぎ、健康的な食生活を送り、夜9時には床につき、朝4時に起きる。

そして起床後5、6時間は机に向かい執筆に集中する(2時に起きることもあるという)。

彼は自分の事務所を監禁場所だとみなしている。

「ただし自発的な、幸せ監禁だけれど」



「集中は僕の人生もっと幸せものだ」という。

「集中できないとき、人はあまり幸せではない。僕は考えるのが速くないけれど、何かに興味を持てば、それを何年も続けられる。退屈することはない。僕はヤカンのようなものだ。沸かすのに時間はかかるけれど、いつまでも熱い」



そうした日々の湯沸かしが続いていって、世界でも類まれな作品群ができあがった。

30年の歳月を経て積み重ねられたそれには人を虜にする不思議さがあり、様々なジャンルSFファンタジーリアリズムハードボイルド)と様々な文化日本アメリカ)をつなぐ位置にある穴を埋めている。

どんな作家にも、少なくともこれほど深くまでは、埋められなかった穴だ。

時とともに村上小説は長くシリアスになる傾向が強くなった。

シットコム引用もその傾向に調和している。

そして今、とりわげ激しく長い湯沸かしの結実として、もっとも長く、奇妙で、シリアスな本が上梓された。



低く深い声で村上たくみ英語を操る。

彼は翻訳者を通して会話するのが嫌いだという。

なまりは強く、落ち着くべき箇所で動詞の活用が劇的に現れたり消えたりする。

はいえ相互の理解に支障を来たすことはまずない。

特定の熟語("I guess" 「ではないか」、 "like that"「というような」)が、ときたまおかしな位置で使われることがある。

安全言葉いから逸脱するのを楽しんでいる節が彼にはあった。

英語即興の遊びをしているように感じられたのである

私たちは東京にある彼の事務所で席を持った。

その事務所は半ば冗談ながら村上製作所と名付けられている。

数人のスタッフが靴を履かず他の部屋で作業をしている。

村上は青いハーフパンツと半袖のボタン付きシャツで現れた。

彼のキャラクターと同じように、アイロン掛けしたばかりのように見えるシャツだった(彼はアイロンけが好きだという)。

靴は履いていない。

彼はペンギンのある本の表紙を模したマグカップブラックコーヒーを飲んだ。

その本とはレイモンド・チャンドラーの『ビッグスリープ』、彼の昔からお気に入り小説であり、今日本語訳をしている小説でもある。



話を始めながら、私はあらかじめ用意していた『1Q84』をテーブルの上に置いた。

村上純粋にびくっとしたようだった。

その本は932ページあり、ほぼ30センチのその厚みは本格的な法律書を思わせるほどだ。



「大きいな」と村上は言った。

電話帳みたいだ」

1 - 2 - 3

2012-01-26

声優アイドル売りするのもうやめろよ

恋人が発覚するたびに発狂するアイドルオタクアイドルオタクだけど

そういう虚像で声優を売ってるプロデュース側もプロデュース側だろ

生身の人間なんだからそら彼氏ぐらい出来るわ

出来るんだから処女性含めたアイドルの虚像で売上を膨らます手法はもうやめろよ




それをやめるってのはつまり

普通に声優としての演技や歌の技量だけで勝負することになる

雑誌インタビューCDジャケット写真ぐらいは載せるとしても

あくまで1社会人女性としてのことで、

変なコスプレさせたり歳不相応に幼い媚演技とかは禁止して一切させない




そうすると売上やビジネスパイは一度今よりは減るかもしれない

でも「減るからやだ」とかいっちゃいけないんだよ

その膨らまし分てのはまるまる「アイドルオタクたちによる頭おかし幻想の分」だから

そんなもんに責任は取れない以上、そういうのはもうやめるべきだ

「愛生ちゃんは毎日泣いています」じゃねえんだよ

処女の愛生ちゃん」信じてた頭おかしオタクだってブヒブヒ泣いてるよ

その原因作ったのは全部お前達の売り方だろう




健全な商取引の取り止めができるのは売る側だ

2012-01-20

柴田大輔とは

面白かった^^「さらば愛しの大統領柴田大輔氏が監督してます

公式コメントより

独立国家宣言をした世界のナベアツが、大阪合衆国初代大統領に就任!そんな時、謎の大統領暗殺予告が届く。

大阪府警捜査一課随一のアホコンビ早川刑事宮川大輔)と番場刑事ケンドーコバヤシ)が暗殺犯の捜査に乗り出すが…。

次々現れる暗殺犯!操る謎の組織とは!?二人の刑事大統領を守ることができるのか?合衆国未来はあるのか??

特典映像結構ヤバイですね。僕にとっては永久保存版です。

メイキング オブ さらば愛しの大統領

○第2回沖縄国際映画祭舞台挨拶

ギネスに申請!? 関西先行公開初日 舞台挨拶ツアーダイジェスト

○爆笑未公開シーン集(取調べNG大賞、ホルモン飛ばし選手権神埼恵のナベアツ大統領インタビュー、「3」を言う世界の子供たち)

さらば愛しの大統領クイズ世界のナベアツ監督/ガイル/中川家/サバンナ高橋/フットボールアワー岩尾)

○公開直前サミット世界のナベアツ監督×宮川大輔×ケンドーコバヤシ×レイザーラモンRG

○串かっちゃんダンス(初級編/上級編)

予告編TVスポット

出演者

宮川大輔ケンドーコバヤシ世界のナベアツ吹石一恵、釈 由美子、大杉漣志賀廣太郎前田吟宮迫博之仲村トオル水野 透、剛、礼二、高橋茂雄河本準一小杉竜一岩尾望RG

監督柴田大輔 世界のナベアツ

Oriconより

宮川大輔×ケンドーコバヤシ大統領暗殺犯を追う二人の刑事を熱演した、お笑いギャグエンタテインメント独立国家宣言をした世界のナベアツが、大阪合衆国初代大統領に就任。そんな時、謎の大統領暗殺予告が届く。大阪府警捜査一課随一のアホコンビ早川刑事と番場刑事暗殺犯の捜査に乗り出すが…。次々現れる暗殺犯、操る謎の組織。二人の刑事大統領を守ることができるのか!?特典ディスク付き2枚組。

2012-01-17

本日の記事についての意見です

ツイッターからの流れで書きました。偶然ご覧になった場合意味不明だと思いますのでスルーしてください。

では、昼間の河野さんの記事について、思うところを申し上げます

「どっちが正しいか勝負しましょう」なんて気はありませんので、ひとつ意見としてお読みいただければと。

まず前提をいくつか。

1 ご承知とは思いますが、当該記事 marketingis.jp/archives/1594 の内容にのみ異議があり、河野さんご自身の人格存在を否定する意図はありません。もしそう取れる発言があればお詫びします。特に河野さんが気にされたツイートは、確かに非難のニュアンスがこもったものになっており、あらかじめお詫びいたします。

2 ツイッター上では実際の知人友人もいらっしゃいますが、好き勝手なことを書きたいので、一応は匿名でやっております。「いや、直接連絡を取って口頭で」ということであれば、別途ご連絡申し上げます

3 私は企業サービス企画の人間で、以前はネット広告担当していました。物書きではありませんので、文章の質についてはご勘弁を。また、ダイレクトマーケティング経験しかありませんので、産業全体については私見を超える言及はできません。

以下、本文です。

まず、お気に障ったと思われる「終わった教」についてですが、もちろん、タイトルの「4P時代は終わった」についての言及です。

ここは批判というよりも反射的な嫌悪感がありました。

「○○は終わった」「これからは○○だ」「201X年は○○が来る」という言葉で危機感を煽ってコンサルだのセミナーだので稼ぐ方がいますが、反射的に「またか」と思ってしまったための言葉です。私は河野さんをネット上の断片的な上方しか存じ上げないにも関わらず、勝手にそうした類だと分類してしまったことは軽率で、たいへん失礼いたしました。

本文について。

私には4Pが終わったという意見表現?)には同意できません。記事を拝読しても、終わる終わらないの問題ではないのではないかと考えます

少し具体的に。

記事中で“ひとつは「バランスが崩れた」こと、そしてもうひとつは「Pが増えた」ことです。”と書かれていますが、この2つには違和感を感じます

まずバランスについて。元々、4Pの要素間のバランスは均等ではないと考えています

ダイレクトマーケティングでは商品が売れるための要素として「市場4:商品の良さ4:広告2」の比率であるいう考え方がありますダイレクトマーケティングに長年従事してきた者としては、これは数値的にも実感的にも、実際にそうであると考えています

通販的には、広告というのはあくまで受注を目指すものですから4Pに置き換えれば、概ねプロダクトの方がプロモーションの2倍重要である、と考えられます

他の業態を見ても、4Pがそれぞれ比較等価に扱われてきたと思えませんし、業種や手法によって比重は異なるのではないでしょうか。

ならば、その比重の変化を4Pという考え方が終わる終わらないという話につなげるのは、少し無理がありませんか?

プライス比重が高くなっているというご意見には異存ありませんが、安売り競争とは別の次元成功する企業も少なくありません。

4つの要素の比重の変化そのものが当然であるならば、プライス重要性の向上という現象は、4Pという考え方そのものの有効性には無関係であると考えます

次に、セス・ゴーディンの引用河野さんが加えられた「P」のリストですが、「Philosophy」以外は、従来の4Pを構成する要素のひとつ、あるいは4Pとは元々異なる切り口で語られていること、ではないでしょうか?

前者であれば4Pを深掘りしたことになりますし、後者であればそもそも4Pでは除外された考え方ですから、これらも4Pそのものの否定には繋がらないと考えます

ただ、「こういう要素が重要だよね」という意見表明であれば、なるほどほとんど同意です。あ、ほとんどと言ったのは、全部について熟慮していない程度の意味で、一部同意できないことは意味しません。

ご存知でしょうがマーケティングは色々な構成要素が複雑に絡み合っていますから、1つの切り口で都合よくすべてを考えることのできる方法はありませんよね? 4Pもそれらのひとつに過ぎず、終わった終わらないという意見適当ではないと思ったわけです。

で、最近の「終わった」「来る」に辟易していたところに、河野さんの記事を拝読し、反射的に軽い気持ちで陰口を叩いてしまった、という次第です。

最後に。ツイートで言いたかったこととは離れますが、糸井さんの件も気になりました。

糸井さんの広告観ですが、「この広告でどれだけ売れたかとか、そういうことじゃない。俺と組んだら一回遊べるぜ、ってこと」(要約)という、広告そのもの価値を置いた考え方でした。これはなぜか10年以上前プロレス雑誌に掲載されていた糸井さんのインタビューでの発言なので、ご存知かどうかわかりませんが。

こうした広告観に立てば、いま売れてます、というコピーは確かに広告の“文化的”な意味での衰退とも取れます。少なくとも糸井さんは楽しくはないことでしょう。

が、これがプロモーションの相対的低下を意味するとは思えません。だったら「いま売れてます」的なコピープロモーションすればいいし。嘘や違法は論外ですが、これまでのメジャー広告手法が仮に力を失っても、他の方法はあります企業担当者や意欲ある広告会社の方は、そこに真剣に取り組んでいますよ。

以上、長文失礼いたしました。フォローしましたので、今後また何かの折にでも建設的な討論でもできればと思います

2012-01-13

おたくのみちはとおい

物事に熱中しやすい気質が、特定の物象に対して執着に近い形で長期に渡る場合おたくマニアと呼ばれるのだろうけど。



個人的に何かにはまればはまるほど、自分の知識なぞ到底おたくには及ばないと思い知る。

例えば漫画にはまったとする。

漫画を全巻そろえて、設定資料集と画集をそろえて、作者インタビュー雑誌をそろえて、

事前予約でサイン会イベントへいったり、作者の過去作品も全部読了し、

金銭があれば漫画派生フィギアを買い、二次創作同人誌に手を伸ばしたり、

コミケで始発から並んで限定資料集買ったりグッズ買ったり。

・・・それでも足りない。

感想考察サイトを覗いたり、2chの専門スレに常駐したり、それでも先人の知識とその知識を引っ張り出してくる早さに驚嘆する。

「何巻の何ページにだれそれのどういった台詞が!」みたいな程度はまだしも、

「どこそこのマイナー雑誌の数行のコラムインタビューでこういう裏設定」とかまでは極められていない。

ど忘れしていたり、設定は覚えていてもソース元まではすらすら出せなかったり。

そういう状況を見せ付けられるたびに、まだまだ自分おたくを名乗るのもおこがましいと常々思う。

たかが十年では全く。ちょびっとモドキになれたかな?ぐらい。

あと何年したらおたくと名乗れるのか、・・・多分何年経っても知識量と迅速な引き出し力の未熟さに叩きのめされそうだが。




周囲はおたくだというけれど、自分自身でおたくだと思える日がいつか来れば幸いで、

まだまだおたくを目指して歩いていく所存です。

2012-01-06

2012年初頭でのライトノベル関連のニュースサイト考察雑感


ライトノベル総合情報サイトラノベニュースオンライン
http://ln-news.com/

ニュース更新頻度は、まあ普通レベルな印象。今のところオリジナルの企画としては、インタビュー記事が多い。(だが角川系レーベルへのインタビューができていないので、今後はMF文庫Jインタビューもできなくなる可能性も?この辺りは「このライトノベルがすごい!」あたりと事情が重なっている?)

今までのニュース更新を見ている限り、中の人ニュース更新スキルは(まだ慣れていないからか)中途半端な印象が強い。それにライトノベル全般の知識量も半端な印象があり、サイト構築に使っているブログツールの「WordPress」を上手く使いこなしていないようにも思える。せっかく「WordPress」を使っているのにスマートフォン対応用のページが用意されていないようだし。

あと正直なところ、単価が高いアニメ関連商品を除いて考えた場合、1冊の単価が安いライトノベルで商用サイトとして(Amazonアソシエイトだけで)儲けを出すことができるのか微妙ではないかと思うのだが、実際のところどうなのだろう?儲けが出なければ運営が先立たないので、長期間に亘る運営は難しいのではないと思うのが……。

どこかの小金持ち趣味で運営されていることを期待して、それなりに長くは続いて欲しいとは思っています




かつくらWEB(試行錯誤中)
http://katsukura.xxxblog.jp/

こちらもある意味では商用サイト的な存在。元「活字倶楽部」、現在は「かつくら」の編集部が運営されているブログ

ラノベニュースオンライン」と比べると商売気がかなり少なく、雑誌かつくら」を作る上での情報収集的なログみたいな印象が強い。その分、長く安定して運営してくれるようにも感じる。

情報はかなり多め。ただし少年向けライトノベル以外の情報も多く、というか少女向けのライトノベル情報や、若い人に人気の高い作家情報なども多いので、少年向けのライトノベル情報けが欲しい人には、やや不向きなところもある場合も。

しか現在のところ、更新頻度は高いので、チェックしていて損はないところだと思います




ライトノベルを書こう!!
http://lightnovel.jpn.org/

ライトノベル公式サイト更新情報を見るだけであれば、便利なところ。

ニュース過去ログはないみたいなので、情報を遡って探すというのには不向き。




リココのLieと述べる記憶
http://d.hatena.ne.jp/niconico_licoco/

ニコ生ライトノベル関連の放送をやっている方。

ブログ的にはライトノベルニュース専門でもないようだし、情報収集更新不安定なところがあるので、今のところは微妙な印象。




新装版 ライトノベル速報中
http://raitonoberusokuhou.blogspot.com/

更新頻度は高め。ただ公式情報というよりは、個人ブログまとめサイトなどの情報経由でのニュースが多い印象。




最後にこちらを。




気が向いたらのライトノベル週報
http://d.hatena.ne.jp/latio/

年末での更新終了が悔やまれます

自分の中では、ライトノベルのニューサイトスタンダード的なところでした。安定したニュース更新シンプルな記事構成、他では取り上げていない公式サイトからニュースを見つけてくる情報力の高さなど、ライトノベル情報を扱っているところとしては、トータルバランスの高さで隙がなく、非常に優秀なところでした。

ニュース記事のカテゴリー分けも細かく、はてなダイアリー機能を上手く活かして運営されていたので、過去記事の一覧性も良く、便利で完成されていたところだったと思います

下手なライトノベル感想サイトログよりも、大変貴重と思われるニュースログなので、是非ともプライベートモードの解除をお願いしたいところ。まだログの削除をしていないことを期待します。


長い間お疲れ様でした。





自分としては長く見ていた分、「気が向いたらのライトノベル週報」はライトノベルニュースサイトとして完成度の印象に非常に強いです。

ページを開けば、数日分の何個かのニュース記事を閲覧できるシンプルな構成で見れましたし、カテゴリーけがしっかりとされていて、レーベルごと、アニメ情報ドラマCD、部数情報など、キチンと分かれていていました。

基本的にはシンプルな記事構成でしたが、何気なく「関連記事」や「関連リンク情報も加えられていて、その記事で取り上げられていた作品や作者情報の中から関わりの深い最近記事などをピックアップしていたので、これらは他のところでは余りされていない付加情報でしたので、丁寧さを感じるある種の職人的な仕事ぶりだったと思います

復活、または後継サイトの登場を期待したいところです。

2012-01-05

普通の大人になりたくないあなたへ

普通の大人にならなくてすむ方法はそれほど多くあるわけではない。今私の知り合いの女性達は、

大きく二つに分かれているような気がする。とりあえず生活のベースになりうる仕事を持っている人と、

何も持っていなくてそれを探してもいない人のことだ。仕事を探すのは大変だ。比較的頭が良くて向上心がある女達は

パソコンなど新しい技術を覚えようとしている人が多い。

動物達は「棲み分け」と言うもの自然のうちに実行する。 

まり、ある決まった地域、区域に集中していろいろな種類の動物が住むとえさや水が不足し、弱い動物は強い動物

常に攻撃を受けるようになる。それを防ぐ為に動物はさまざまな区域に分かれて住むようになるわけだ。

もちろん「棲み分け」はそれぞれのテリトリー完全に決まっていて、其の場所を確保すれば安全と言うわけではない。

木の上にいる猿は比較安全だが、それでも豹に狙われる。

 この国は人口が、多いから、既にたくさんの成功者がいるような職種にもぐりこんでいくのはかなり難しい。

例えば編集者とかカメラマンなど、もう既に数は足りているどころか、あまっている。先輩達は道を譲ったりなんかしない。

つかんだポストは定年まで決して離そうとしない。そういうところで職を得ようとするのは至難の業だ。

たとえ人気のある出版社に入れても、面白い仕事を先輩達がやすやすと手放すわけがない。

人生に積極的な女達はこの数年、パソコンに進出してきた。パソコンインストラクター

さまざまなソフトを使った事務処理、ゲームプログラム制作、各種インターネットビジネス

そういった女達の進出は目覚しいものがある。女はメカに弱いという常識を逆に利用した「棲み分け」への強い意志だ。

女はメカに弱い、だからパソコンを操りインターネットなどの特性を理解している女はまだ少ない。

それでもパソコンを教えたりプログラムソフトを売り込んだりするときに女のやわらかさは武器になるに決まっている。

有力なコネがない私はそういった分野に進むしかないのではないか

そういうような考えが人間界の「棲み分け」を産むようになる。

そしてそれは大部分が正しい。

この「anan」の特集を読む人たちは、安易な期待をしていないだろうか。

何か、ちょっとした工夫や考え方などで、普通の大人にならずにすむ方法があるのではないかという甘い期待だ。

「毎朝、起きたときに好きな詩集の一節を必ず読み、さわやかなバロックの曲を聴きながら、ナチュラルメイクで、

作りたてのクロワッサンを食べる」みたいなこと、つまり、「日常生活の中でのささやかなおしゃれな工夫」では残念ながら、

人生は何も変わらない。そういう世間的な豊かな生活を楽しんでいるのは、

普通でない」大人たち、つまり具体的に「普通」の人よりも努力した大人達だけだ。普通の大人になりたくない、というのは

まらない人生がいやだと言うことだと思う。日本は変わってしまった。

普通の大人」が「つまらない人生」を意味するようになったわけだが、其の認識はもちろん正しい。

普通の大人」というのは今までの「日本典型的な大人」と言うことだろう。

それなりの会社でそれなりのポジションにいるお父さんを助け立派に家を守り子どもを育てる「おかあさん」というのが

典型的な大人の女の人」だ。それなりの会社でそれなりに働きそれなりの恋人を持つと言うのが「普通の大人の女」だ

其の両方に魅力を感じなくなったというのだと思うのだが、その認識はまったく正しい。

 この2、3年に起こったことだが、この国の「普通」の完全な崩壊証明している。

オウム真理教には「普通」のエリートが多く入信していた。援助交際をする女子高生は「普通」の家庭の娘達で、

神戸の十四歳は「普通」の中流家庭で育っている。テレビメディアはそういったネガティブな人たちを

「特別な環境」に育った「特別な人」だというふうに規定したがっているが、もうごまかすのは無理だ。

もちろん「普通」で幸福に生きている人もきっとまだ大勢いる。特に田舎に多いかもしれない。

だが「普通」が「幸福」だと言う図式はもう存在しない。

普通」はシャープ感覚を持つ若い女の子が忌み嫌うほどに、弱体化してしまった。

それでは普通に成らないためにはどうすれば言いか。コレはもうはっきりしていて訓練しかない。

訓練して特別な技術を身につけないと特別にはなれない。

訓練というと、暗く地味なイメージがある。何か嫌なことに耐えなければならないという先入観があるかもしれない。

それは、なんでも言う事を聞く「普通」の大人を大量に必要とされた貧しい日本の間違ったやり方だ。

この国はごまかしに満ちていて、成功した人に、インタビューで「どんな訓練をしまたか。」とはほとんど聞かない。

「どんな苦労をしまたか」と聞く。

成功した人は、「苦労した人」ということにしたいわけだ。わたしは、24歳で作家としてデビューしたが、

まったく苦労はしていない。今でも苦労なんて全然していないし、苦労なんて一度もしていない。

確かに技術を得るための訓練をするのは単純に楽しいものではない。

語学の訓練を考えてみればわかるが、単調で、忍耐力がいる。ただし、そのことが好きだったら、

それがいくら単調でも「苦労」にはならない。

から長い訓練のためには、その訓練の対象を好きになる必要がある。

どんな人間にも、そういう、長い訓練に耐えられる好きなものが一つぐらいあるはずだ。

それを、見つけることができたかあるいはできなかったか人生はそこで二つに、分かれる。

見つけることはできた人間は訓練が苦にならないから特別な技術を身につけて「特別」になれる。

見つけられなかった人は、特別な技術が何もないから「普通」にならざるを得ない。

「わたしはね、才能はあったのでも努力勉強が好きじゃなかったからこうやってつまらない平凡な人生を送るはめになった、

からあなたにはそうなって欲しくないの、だから今はつらいかもしれないけど勉強しなさい。

今、耐えて、しっかり努力しなかったら私やお父さんみたいに平凡に生きるしかないんだから。」

 そういうお母さんは「努力しなかった」のではない。訓練が苦にならないないかを見つけることができなかっただけだ。

努力好きな人はいない。私も大嫌いだ。だが、好きなことだったら、努力は苦にならない。

訓練ということで言うとたとえば20歳という年齢は既にかなりハンディがある。バイオリニストやバレリーナにはもうなれない。

語学学習を始めるのも遅ければ遅いほど苦労するし、働きながら何か訓練するのは大変だから

25歳という年齢はかなり絶望的だ。30歳になると、せいぜいつまらない人生趣味ごまかすぐらいのことしか残されていない。

趣味というのは魔物だ。「そんなに好きなら趣味でやればいいじゃない」と大人たちは言う。

それも嘘だ。素晴らしい趣味を持っている人はたいてい素晴らしい仕事を持っている。

「特別」な人たちは趣味を必要としていない場合も多い。

まらない仕事をしているが素晴らしい趣味を持っているという人に私はまだあったことがない。

 つまらない人生を送っている「普通」の大人たちは実にさまざまなやり方で若い人に嘘をつく。

「苦労」「努力」「勉強」「趣味」その他にも色々な言葉があって、

学校や家庭やメディアやその他いろいろな場所で、その言葉は囁かれる。

 営業のような仕事に女は向いているのか、女には競争心はあるのか、仕事を持つ女は

どこかさびしそうに見えるというのは本当か、女が普通でなくなると色々な問題が起きることは事実だが、

それはまた別の問題である

 「普通」の大人にならないための方法は簡単だ。好きなことを見つけて、それを誰よりも訓練すること。

  簡単で、しかもそれ以外の方法はどこにもない

2012-01-02

http://anond.hatelabo.jp/20120101182415

違います日本主婦は、頑張っているポイントが間違っているのです。下記を読んでも笑えるかな?

これには笑った。

がんばりすぎる日本主婦(専業、兼業とも)に、もっと力抜け!手抜きしても死なないって、といってあげていいんじゃないのかな



読売ADリポート ojo:adv.yomiuri

http://adv.yomiuri.co.jp/ojo/02number/200309/09toku2.html

変わる家族 変わる食卓真実破壊されるマーケティング常識 岩村 暢子

http://booklog.jp/asin/4326652780

この調査は広告会社アサツーディ・ケイ食卓家族主婦などをテーマに長年、調査研究に携わっている方だそうで。読んでみると、

もともとは広告代理店ターゲット主婦層の状況を調査することから始めてみたら、

それまであったイメージとは違いましたよ、という本です。 フェミニスト必見。

最近主婦の傾向は、アンケートインタビューに回答する

「言ってること(第1ステップ)」と、実際に生活場面で「やってること(第2ステップ)」の乖離が年々大きくなってきており、

若い層ほどこの傾向は顕著になっていることだ。こうした「言ってること」と「やってること」の乖離が、

〈食DRIVE〉調査という同一調査の中で、この3年間に3倍ぐらいになっている。

例えば、

栄養バランスを重視しているので、毎日オカズは肉と魚を交互にして、かつ野菜の多い料理を心がけている」と第1ステップの事前アンケートに答えた主婦>(27歳)は、

1週間の間に魚はホッケを1回出しただけ、後は肉ばかりで、野菜ほとんどない。

第3ステップでその理由を尋ねると「家族が食べないものは作らないから、結局は野菜なども出さない」という回答が返ってくる。

また、「味噌まで自家製を作るほどの手作り派」を自称する主婦(38歳)の日常料理は、

簡単料理や加工品、出来合い総菜ばかりが続いている。

子どもができてから料理は簡単化することを第一とし」、

現在彼女手作りは、味噌作りだけになっている。

「夫に子どもの前ではお酒を飲まないように言っている」と語る主婦(31歳)は、

子連れママランチビールを持参している。

これらを見る限り、アンケートの回答は、

現実今日したこと』『いま持っているもの』など具体的に尋ねたもの以外、ほとんど当てにならないことになる。

事前アンケートの回答と実態の矛盾について尋ねられると、

たまたま、このとき時間がなかったから」「この日は特別で」と答える主婦がいる。

調査期間の1週間の中で「忙しかった」「具合が悪かった」などで、

「いつもはきちんとしているのに、よりによって例外的な1週間だった」と答える主婦が毎回少なくとも3割はいる。

「今週は忙しくて食事の支度に時間がかけられなかった」という主婦(38歳)の多忙の理由は、週3回午前中にしていたテニス

仕事で疲れて夕飯を作るのが面倒になった」と夕食をラーメン屋で食べることにした主婦28歳)の「仕事」は、午後4時に終わる在宅アルバイト

主婦にとって食事作りは、「どうしてもやらなければならないこと」ではなく、

ほかの「しなければならないこと」「したいこと」、あるいは「その日の成り行き」の中で、結果として「作れなくても仕方がない」「簡単に済ませてもいい」

というものになっている。

主婦多忙さを「女性高学歴化」や「女性社会進出」で語る分析は、もはやあまり意味を持たない。



個人的には、これもフェミニズムの実現した社会の暗部だと思っているんですけどねー。

まぁフェミニストには普通にスルーされちゃうんですけどね(w



あと婚活男性むけにいうと、上記のような女性ばかりではないですよー。

私見ですが最近女性、30歳以下の女性の中には異なるタイプ女性も増えてるような印象があります(印象だけですけど)



男女とも過剰な期待をしすぎているということでFAだな。

これも違いますよ。

あなた結婚相手を決めるとき

・相手の収入などの経済力を求める

 女性:92.1%

 男性:30.2%

自分仕事に対する理解と協力

 女性:93.3%

 男性:89.9%

家事育児に対する能力姿勢

 女性:96.0%

 男性:92.0%

http://www5.cao.go.jp/seikatsu/whitepaper/h17/01_honpen/html/hm01020101.html

男性の方は「自分仕事に対する理解」も「家事育児に対する能力姿勢」も

女性ほどは求めてません。

収入に関してはいわんやをやですね。 それと未婚男女の可処分所得に関しては、ほぼ並んでます



追記

「それ、どういう調査なのか書かれてないんだけど…」という指摘があったので、

調査元に関して追記しました。

2011-12-25

[]http://anond.hatelabo.jp/20111224235218

クラスタの問題でしょう。『男が悪い』って叫んでるフェミニストもいますよ。

あるいはあなたが「見ないようにしている」のか。

女が悪いフェミニストが悪いとわめくミソジニーは良く見るけど、男が悪いっていうのはあんまり見ないような。

いやこれは自分が住んでるクラスタの問題か。

akatukikuyaのインタビュー

http://theinterviews.jp/akatukikuya

様々な経験により男性不信でビアン寄りのバイでフェミニストです。

美術大学クラフトデザイングラフィックデザイン卒業です。手に職で食べていけたら幸せです。

会社都合で人員削減の対象になり絶賛職探し中。


男実力以上に過大評価されている。女は実力以下に過小評価されている。

http://twitter.com/#!/akatukikuya/statuses/135384183769022464

なんのために男が存在してるわ本当に解らないわ。女の人生邪魔するさか能がないのか男は

http://twitter.com/#!/akatukikuya/statuses/139776171490557952

女の最大の敵は男。

http://twitter.com/#!/akatukikuya/statuses/139776509861822465

男にとってオールマイティ奴隷女性の区別がついていない。

http://twitter.com/#!/akatukikuya/statuses/136081140837658624

男は死ね。腐ったクズ男ばかりだ。

http://twitter.com/#!/akatukikuya/statuses/135891948421652480

自分(男)中心にしか物事を考えない自己中」

自分(男)が悪いという概念がまるで無い」

自分(男)の事は都合良く忘れている」

「女と“対等”になれない」←「普通の男」と話すときはこの四つを前提として話をしよう(^_-)-☆じゃないと男は調子が良すぎて発狂する。

http://twitter.com/#!/akatukikuya/statuses/135384816806936579

2011-12-21

http://anond.hatelabo.jp/20111221131717

いから「電車内でのシャカシャカ音」=「集団の大多数が不快に思うこと」の根拠を提示してくれよ、数字じゃなくてもグラフでもインタビューでも何でもいいからさ。

2011-12-07

性犯罪以外について、内柴正人さんのインタビューから感じること

――「内柴正人少年少女柔道大会」が延期になった理由は?

「俺、延期にするっていわれただけだし、主催者じゃないから分からない。

幾らかもらえるんだったら、もったいねじゃんってことになるけど、金儲けでやってないからね




――大学ではセクハラに関して調査委員会が開かれている。部員コーチもできず自宅待機なのはなぜか。

「俺、調査してるの、知らないもん。大学にはちょくちょく行きますよ。

まぁ、コーチ仕事じゃなくて趣味のうちだから。部を勝たせても給料が上がるわけでなし

趣味サーフィンするのと一緒ですよ。実績上げたか俺の立場が上がるわけでなし。そもそも勉強大学からね」




――学生と飲みに行くことはあるか。

「ご飯を食べに行くことはありますよ。

お酒に関しては)学生が自らで判断するよ。子供じゃないんだから




 時折笑みを浮かべながら、淡々と質問に答える内柴。セクハラ問題については一切を否定したが、

その目は泳ぎ、動揺は隠せなかった。さらに記者にこうも語った。




「俺は芸能人じゃないから、そっとしておいてほしい。そもそもこっちに帰ってきたのは、

畑をやったりサーフィンをしたり、ゆっくりしたいから。有名になるためとか

お金がほしいか柔道を頑張ってきたわけじゃない。将来的にこうやってのんびりするために、頑張ってきたわけです

現在女子部員たちは内柴からの指導を受けられず、困惑が広がっている。

しかし、当の内柴の口からは、一度も指導者としての熱い言葉は出なかった。(了)




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

インタビュアーはそんな話をしてるんじゃないのに

「金目当てじゃないんだ」という趣旨言葉が何度も何度も出てくる

これは相当お金に執着がある人特有の言動。




こういう喋り方をする人は

何か金銭トラブルを抱えてるか、

過去にかなり貧しい育ちでお金の苦労をしたか

どっちかもしくはその両方。

2011-12-04

http://anond.hatelabo.jp/20110930140849

割と一般的な感覚だと思いますけど。。

 

1、好きなアーティスト

ますけど、私も曲が好きなだけです

もともと音楽全然興味はなかったけれど、別々の場所で聞いてこの歌好き!って思っていたものたまたま同じ人が作っていたみたいで。そこからCDが出ると買う人になっています

インタビューとか音楽の説明とかは聞きたくないですし、この歌の歌詞が好きって言う人にも若干違和感を感じます

芸能人をさして、この人の性格が好きって言うのは関係無い話ですけど更に違和感

2、好きな人

自分の事を好きって言ってくれる、優しくしてくれる、自分を受け入れてくれる 人が好き。そういう時間を与えてくれる人が好き。

ってだけの話だと思いますほとんどの人が。

人間そのものに起因する価値なんてありうるのでしょうか。自分に何を提供してくれるかって話じゃないんですか?それは自分も「何を提供できるか」って事だと思いますけど。

簡単に人を好きだという人に軽く憤ったりもします。相手に受け入れられていると勝手に思って好意をぶつけるってすげぇな。と。

世の中にあれだけカップルがいる事自体不思議で、あの中のどれくらいの人が、恋人が欲しいって言う欲求以上の物でつながっているって言うんだろう。

いやでも、性行がしたい、異性に優しくされたい って気持ちだけで自分の近くにいる人に次々「あなたが好きです。付き合ってください」って言っていくのは、別に悪いことじゃないと思います

2011-11-29

架空20歳が生きる20歳に植え付ける無力感

努力の人」とか「成功者」とかい露骨キャッチコピーで紹介されることは少なくなってきたとは思うが、先駆者的な役割をかつて果した(今成している)人の話というのは実際価値があるものだと思う。奇抜なアイデアや行動力は、若者ビジネスの場をはじめとした様々の環境活躍するのに、大いに参考にしてしかるべき部分が多い。

だけど、そういった人の話を積極的に取り込んで自分の糧にし、成長しようとする若者こそ、知っておかねばならないと考えることがある。それは、成功者がそのスタートラインからつの目的に向けて一定スピードで走ってきたかどうかは危ういことに気付かず、そのせいで自分自身に無力感を抱くおそれがあることだ。

インタビューや講演というのは、少なから商業用に加工された言葉をもって構成された、一連の創作だ。なので、「『○○になりたい』という目的をしっかりもってやり続けてきた」と、数年経って語るのは、いわば後だしである。何十年前、その講演者が若かりしころ。グングンと栄養を吸い、学び、考え、経験し、成長を続けていたころ。そのときから、彼はすでに目標目的を明示的な言葉で固め、自身の未来に向けて据えていたのであろうか。おそらくは違うことと思われる。今になって雄弁に自身の成功や挫折を語る彼が、まさにがむしゃらに走り続けているそのときから、確固たる『人生目標』をくっきりと頭に浮かばせていたとは考えられない。それは「がむしゃら」というべき状態ではない。目的を達成し、まさに次世代の人間たちの先達となるために自分自身の経験を惜しみなく語ってくれるその人は、語るに連れて気付かぬうちに言葉に囚われ、過去自分の脳を急激に現在の状態まで成長させた錯覚に陥っているのだ。

きっと、若さや自信に任せて夢中で走り続けているとき、彼の頭の中には言葉にならない願望や感情の断片が粒子状になったものが多数揺れ動いていたのだと思う。ときにそれらは結集し、一つの具体的な将来像を成したかもしれない。ときにそれらは霧散し、彼の眼を曇らせ眩ませるだけの濃霧にもなったかもしれない。でもその試行錯誤のうちに、ときたまチラつく幻のような自分の真意を認識し、直観を追い続けることで、何年後・何十年後に、粒子は密度を増し、振り返って考えたときに、自分が思い描くべきだった青写真がようやっと形成されるのだと思う。時が経った彼らはその写真認識することで、あたかも若かりし自分はずっと前からそれを知覚しており、それだけを追い求めた健気な青年だったと、過去を振り返るのだろう。これを読んでる人だって、きっと「今になってあのとき自分(彼/彼女)の気持ちがわかった」という経験は何度も何度もしてきたことだと思う。

時が経ち、過去のことを正確に理解し、それを後世のために語り伝えるのは素晴らしいことだと思う。だが、素晴らしいとは言え、今を走る若者に、数年経過後に知覚された経験差し出すのは、残酷だと言わざるをえない。なぜなら、彼が差し出す『私は20歳の頃こうだった』『君等も20歳のときはこうすると良い』は、本当は数十年分の経験を上乗せしたのちに多少薄めることで作られた「架空20歳」だからである

そして、若者がその真似をして自分を知覚しようとしたところで、得られるものたかが知れている。語られる20歳が隠し持つ経験の差は絶対に埋めることはできないレベルにある。先達の語るかつての20歳と、今を生きる自分20歳を比べて思うのだ。『僕は無力だ』と。

若者は、先達が優しさで示し出す架空若者などに、惑わされてはならない。

2011-11-28

http://anond.hatelabo.jp/20111128184145

テレビの街頭インタビューでも「大阪ダメなったら東京でもいこかな」的なこと言ってる人がいたけど、

単なる冗談にしても、東京の方が今既にずっとやばい状態だと思うのになあと不思議だった。

やっぱ日本は広いと言うか、他所の土地のことなんか全然知らないんだなと思った。

大阪でそこまで閉塞感があったというのも意外だったし。

2011-11-07

違う、そうじゃない

http://anond.hatelabo.jp/20110926210435

女の子と話したい、彼女が欲しい、セックスしたい

 違う、そうじゃない。

>見た目をオタクっぽくないようにしたい

こうだ。

通り魔事件が起きて秋葉原で職質を受けるアキバ系人間を写した映像

秋葉原特集みたいなバラエティー番組アキバ系人間インタビューする映像を何度か見るうちに苦しくなってきた。

チェックのシャツ(さすがにズボンインでは無いが)、夏は黒いTシャツ、冬は黒いコート

ポケットがたくさんついたベージュ、カーキ系のパンツ

タイヤメーカーの「幅広、抗菌防臭、軽量、防滑、etc・・・」を謳った靴、自然乾燥に任せきりの天パみたいな髪型

スポーツ用品メーカーロゴが付いた「撥水加工、大容量」のショルダーバッグ…。

利便性、コストパフォーマンス無難さを求めて行き着いた普段の格好が完全にこれと一致したのだ。

この格好で秋葉原に行くとマスコミの格好の笑いものにされて、警察から職質を受けて、アキバ観光に来たリア充隠し撮りされて

オタクきめぇ」とネット晒し者にされるのだと思うとだんだん腹が立ってきて、私はそれまで休日に使っていた服、靴、バッグを全て処分した。

老害に認定されやすい人のロジックの特徴

話が拡散しすぎてたたみきる途中で飽きた。もうちょいテーマ絞りなおしてから書き直します。

久々にこういう「わかりやすい小物」の老害を見て興奮しちゃったんだけど、元記事も消えちゃったみたいでテンションが上がらなかった。

http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/210527



今テキトウに考えただけ。

多分はてなの皆さんは私よりこの問題について深く考えていらっしゃると思います

私の意見に対する批判というよりは、老害に対する皆様方の意見を伺いたいと思います





ここで述べるのはネットにおける「わかりやすい老害」の話です

課長部長まりや、しがないサラリーマンの親が能力もないのに

年だけは喰ってるから偉くなったのだと勘違いして若者に対してわかったような口を聞くアレのことです

能力権力を持ち、既得権益をまもるために政治力を駆使している真の老害についてはよくわかりません。




基本的に「ネットにおける」老害と呼ばれる意見

懐古主義建設的要素が少なく、ただ過去自分を賛美するだけにとどまる」

「世代の分離を強調する(若者突然変異のように扱い、原因も若者押し付ける」

ワナビー(自らの現状が不遇であることを正当化するためにただ現状を否定したいだけ」

などの特徴があると思います

ちなみに老害を設定するということは「若害」もあると思います。「世代の分離」については特に

基本的に老害という言葉ネットで人気なのは、基本的にその反対を意識しない馬鹿が多いからでしょう。

リアルにおいては老害の方が「重要度(影響力)が大きい」ために問題になりますが、

ネットのように、どちらにしろ現実に影響を及ぼさないことを前提とした純粋な議論においては「若害」も吟味されるべきだと思います





一般に老害意見は、それを下支えするロジックおかしいため滑稽に見えるわけですが、

こういう意見をいう人は、そのロジックの脆さに気づきません。

おそらく自分ロジックを点検するという習慣がない。おそらくフィードバックを受ける習慣がないのだと思います

それらしいことを言って、言いっ放しで満足してしまう。

老害と呼ばれるのは、一般にこういう傾向を持つの中年以降の男性に多いからだと思います

自分より立場の弱いものに、具体的には部下や家族に一方的に自分意見押し付けることができる。

あるいは同じレベルの仲間内で何度も同じ議論を繰り返している内に、無条件で自らの意見が受け入れられる錯覚をしてしまう。

などの積み重ねがあり、その「内輪感覺」「支配者の感覺」をフラットネットに持ち込むことで裸の王様ぶりが浮き出るということなのだと思います




1:自分の体験一点主義

2:主張の背景が薄い

3:現在流行へのキャッチアップ力が極端に低い

4:同じ年代のみで群れる(下の世代との交流ゼロ

5:人の意見を否定する際の理由が安易なレッテル抽象的な表現になる。

 (たとえば上の「2」とか。自分で書いてても批判になってないと思う。

  曖昧表現やよく考えられていない安易なレッテルはすぐに循環論法に陥る。

  うちの課長が好む老害ロジックは「若者は自信がない」であるが、

  若者から安心できる環境ではない」「頼れる人がない」というと

  それは「キミタチはプライドが高くて他人に弱みを晒さないだけ」といい、

  「プライドが高いのではなく、そういうプロトコルがない」というと

  「それはキミタチが自信がないからだ」となる。

  実際はこんな単純ではないが、

  自分が主張した理由に対する反論を5回繰り返す間に循環が起きるロジックはたいてい老害による偏見と考えて良い。)

6:安易に箇条書きでまとめを作ってしまうやつも老害の一歩手前






多分、プロフィール公開がないネットにおいては20代の私が書いたことでも「老害」に当てはまる可能性は高い。

このセリフ使う奴はダメだと言われるけど、本当に「自戒を込めて」



老害と呼ばれないために気を付けなくてはいけないなぁ。

とにかく、肯定でも否定でも、問われているのはその意見ではなくて、その意見を述べるとき自分の底力なのだな、と。

よく専門家インタビューの時に、そうそうたる蔵書を背景にしゃべる理由もわかるわ。

主張の背景がヘボいと問答無用老害認定になる。

2011-11-06

日本人ネット企業に対する意識

最近DeNA横浜ベイスターズ買収の話題が世間を賑わせている。

ナベツネは参入を認めたが、最初は反対していた。

「モガペー?聞いたことない。どうせなら大企業松下日立に買収してもらいたい」と。

では、世間はどうだっただろうか。

私が知る限り、テレビインタビュー横浜買収のニュースコメント欄Twitterなどを見ていると圧倒的に反対の声が大きかった。

理由を見ると「胡散臭い」「出会い系」「5年後存続しているか不安」「球団愛などないだろう」などがほとんどだった。

偏見ばかり

いろいろ理由はあったが、やっぱ国民は「胡散臭い」というイメージを持ってるのだ。

業績は好調で資金も潤沢、というニュースに「急激に伸びていて胡散臭い」「急激に伸びた会社は急激に落ちる」というなんら根拠のない批判が見られた。

出会い系課金というマネタイズ方法などが批判されているが、それもおかしい話だと思う。

出会い系に使っているのは一部のユーザーだし、課金システムも最終的に任意で課金しているのだからなんら詐欺でもないし問題ない。

しかし、そういった部分にだけフォーカスする人が多いと感じた。

これは大企業ならこういったことにはならないだろう。そういった部分もあるけど「大企業から安心」という盲目的な信頼感がある。

私が一連の横浜買収のニュースに対する国民の反応を見て感じたのは、日本人ネット企業への嫌悪感みたいなものが強いな、ということである

嫌悪感の背景

ネット企業というのは新しい産業だ。

つの産業として認知され始めたのは10年程前のネットバブルが起こった頃ではないだろうか。

その後バブルは弾けたが、2000年代若者が次々とネット企業を起ち上げ億万長者となった。

その代表格というか、人々の記憶に焼き付いているのがホリエモンことライブドアの元社長堀江貴文だろう。

球団買収やフジテレビ買収騒動など、大変大きな話題を振りまいた。

企業としての動き以外に、彼個人の言動も多いに注目された。

メディアを買収しようとしたことも関係していると思うが、発言は誇張され一人歩きをし、彼は「金の亡者」というレッテルを貼られた。

この頃からドラマネット企業社長などの役が多くなったと当時感じていた。

ドラマの中でのネット企業社長は大概胡散臭い人物で、ヒール役だった。

これはメディア恣意的な演出なのではないかと疑ってしまいたくなるが、国民も同様にネット企業社長ネット企業胡散臭いと思うようになったのではないか

ホリエモンが正しかたか間違っていたかは別であるし、彼のせいにするわけではないが、彼の存在は今の国民に影響を与えた要因の一つである可能性はあると思う。

やっぱり「ムラ社会

ホリエモン存在以前にもっと大きな問題がある。

日本の「ムラ社会」だ。

ホリエモンが必要以上にバッシングされたのも日本に根強く残る「ムラ社会」的考えによるものだと思う。

要は「出る杭を打つ文化」だ。

若くして億万長者になり、歯に衣着せぬ発言をする彼は「出る杭」だった。

設立10年余りで1000億以上売上げるDeNAは「出る杭」だ。

ホリエモンDeNAに対する世間からの評価を見ると「出る杭を打つ」という文化が根強いのだと感じてしまう。

もちろんバッシングすべき部分はあるのかもしれない。しかし、少なくともフェアな目線はそこにはないと思う。

派手な発言をする人、新しい産業、新しい企業、そういったものは「出る杭」なのだ。

国民の多くは偏見にまみれた先入観を持ってそういったものに接しているのではないだろうか。

最初からネガティブな印象を持っていればそれを覆すのは非常に困難だ。

ザッカーバーグ日本に生まれていたら

Facebook創始者のマーク・ザッカーバーグ日本に生まれていたら彼は現在のように成功しただろうか?

それは日本にいる限りノーだと思う。

なぜなら、彼はいろいろと問題を起こした過去があったからだ。

大学ネットワークハッキングし、女子学生の顔をランク付けするサイトを起ち上げたり、アイディアを盗んだとして訴えられたり・・。

これほど打ちやすい杭はないだろう。

彼が日本にいたら、どれだけプロダクトが素晴らしくても「あの会社社長は昔こんなことしてた」と延々叩かれて足を引っ張られまくってたに違いない。

悪いことは悪い。しかし、必要以上に叩く必要はない。

フェアな目線

日本人が持つべなのはフェアな目線だと思う。

新しいものに対するネガティブな印象をまず取っ払うことが重要だ。

新しいことにもっと寛容になるべきだ。

新しい人や新しい企業が出てこなければ日本は衰退していくだけだろう。

坂本龍馬ソニー松下だって最初はいけすかない「出る杭」だったのだろう。

ホリエモンDeNAが将来素晴らしい変革を起こす存在なのかどうかはわからない。

しかし、そういった素晴らしい変革をもたらすかもしれない人や企業が出てきやすい環境を作るべきなのだ。

2011-11-01

http://anond.hatelabo.jp/20111031223226

増田の記事、妹のモナ・シンプソンが描くジョブズは、美しい。

だが、ほんとうのジョブズは、もっと冷酷な人間だったそうです

妹はさすが作家だけに、事実を美しく描くことに長けているけれども、たとえば、

はいつも、一緒に働く人々の恋愛生活を気にしていました。

というエピソードの実態は、

Macintoshの開発中にもスタッフらのガールフレンドや妻たちを酷評することは日常だったという。

だって自分彼女女房の悪口など他者から言われたくはないが ジョブズは他人の思いなどに気持ちが向く人間ではなかったようだ。

だったとしたら、笑えませんか?



ぜひ、ジョブズの妹の弔辞を読んだ後に、このブログ記事を読んでください。

(元の文は長いため、所々を中略している)。

スティーブ・ジョブズの陰の部分に光を当てる!

2010/04/23 by松田純一



スティーブ・ジョブズはいまや世界もっとも有名な経営者でありそして大金持ちのひとりである

アップルの共同経営者LisaMacintoshは勿論 iPodiPhoneといった世界的ヒット商品を生み出したというだけでも歴史に名を残すのに十分だが、瀕死のApple復職した後の活躍たるやまさしくスーパーマンである

しかし彼は常に負の部分を多く持つ人物としても知られている。

(中略)

彼の負の部分、陰の部分とは 誰の人生にもあるであろう例えば青春の一時期…粗野で他人を顧みない言動をする…といったことではない。

私が最も忌み嫌うことは 信頼している人たちを裏切るというその一点にある。

筆者は、ジョブズが人を裏切る例として、まずは、比較的よく知られた、ジョブズ詐欺話を紹介している。

アタリからブロック崩しゲーム機設計を頼まれたジョブズ。彼は親友スティーブ・ウォズニアック一人に仕事を丸投げし、ウォズニアックは48時間設計を完成させた。

ところが1,000ドルという報酬額を隠し、「600ドルをもらったので折半しよう」と言って、400ドルを懐に入れてしまった。

親友を裏切ったジョブズ。後日それを知ったウォズは、泣いたという(多分ほんとうだろう。ウォズは感激屋で、ジョブズが亡くなったときインタビューでも、泣いている)。

しかジョブズは、親友を裏切ったことを「覚えていない」で済ましたそうだ。



また、1978年5月ジョブズの娘・リサが生まれたものの、ジョブズは実子であることを決して認めず、その頃は億万長者だったのに、養育費もまともに払わなかった。

1979年の夏、ジョブズはやっと父子鑑定テストを受けることを承諾したが当時はまだDNA鑑定はなかったものの結果はスティーブ・ジョブズがリサの父親である可能性は94.97%と出た。

しかしそれでも彼は自分の子供ではないと主張し続け養育費を払おうとはしなかった。

リサの母親はやむなく生活保護を受け、裁判沙汰となりようやく養育費を支払うことや医療保険を与えることなどに合意したものの、当の子供に会うことを拒絶し続け父親であることを認めなかった。

ちなみにその後認知和解しているが…。



暴君として振る舞う彼のエピソードもある。

また有名な話のひとつApple社ストックオプションの話題がある。

すでにジョブズApple株式公開を果たしたことでアメリカ有数の金持ちになっていたが、自身の力を見せつけるためか 創業期から苦楽を共にしてきた社員たちの多くがジョブズのひとことでストックオプションを与えられなかった。

新たに入社した社員たちには与えたにもかかわらず…である

なにしろ従業員第一号だったビルフェルナンデスにも恩恵はなかったというのだから酷い話だ。

見るに見かねたスティーブ・ウォズニアックは「ウォズプラン」と名付けたプラン実施する。

それは自分の持ち株の1/3ほどをストックオプションを受けて当然だがもらえなかった人たちに与えるというものだった。

こういう威圧的専制君主ぶりのためか、ジョブズはよくハシゴをはずされるが、彼は、はずされたハシゴの代わりに他人を踏み台にして上を目指すのがお得意なようだ。

1980年ジョブズにとって初の大きな挫折が待っていた。

それは「宇宙をへこましてやる」と豪語までして開発を進めていたLisaプロジェクトから外されたことだ。

この決定は社長マイク・スコットによるものだが、マイクマークラらも賛同していたという。

会長というポジション祭り上げられたジョブズだったが目標を失っていたものの、翌年ジェフ・ラスキンが細々と進めていたMacintoshプロジェクトに目をつける。

そしてCPUモトローラの68000にするよう圧力をかけるなど大幅な路線変更を命じ、様々な口出しをするようになるが ジェフ・ラスキンはなすすべもなかった。

結局ラスキンジョブズと小競り合いを繰り返しながらもAppleを去らねばならなかった。

そのMacintoshプロジェクトでのエピソードが、冒頭に挙げたもの

Macintoshの開発中にもスタッフらのガールフレンドや妻たちを酷評することは日常だったという。

だって自分彼女女房の悪口など他者から言われたくはないがジョブズは他人の思いなどに気持ちが向く人間ではなかったようだ。




そして開発スタッフらと外食に行けばスタッフらはジョブズの態度に目を伏せ恥ずかしさに震えなければならなかったという。

なぜならジョブズには出てきた料理を突き返すという癖というか習慣があったからだ。

自分権力を見せつけようとするかのようになんだかんだと難癖をつけて料理を突き返す。

間違った料理が運ばれてきたわけでもないのに…であるマナーも思いやりも彼にはないようだった。

さらに大金持ちなのに払い汚いことでも知られていたという。

先日ジョブズが通った寿司屋インタビュー記事を読んだが、TBNというニュースサイトの主は、そういうジョブズを「海原雄山」みたいだと指摘していて、笑った。




記事にはこの後、彼がアップルに返り咲いて、彼を引き上げてくれた恩人たちをどのように追放していったかも書かれている。

この辺り、講談社の最新の伝記には、どう書かれているんでしょうね……。



さらに、彼の恐怖政治の実態について。

とにかくAppleの体制を立て直し業績を上げるという目的のためには恐怖政治さながらの雰囲気を社内に作ったことでも知られている。

よく話題になることだが、この頃Apple社内ではジョブズエレベータに乗り合わせるのを怖がり階段を利用する社員たちが目立ったという。

それはエレベータ目的の階に着くその間にクビになることがあったからだという。

エレベーターでいきなり「お前はクビだ」といわれる恐怖。

ヤダヤダヤダ。

考えたくもない。

こんど私が社長と一緒にエレベーターに乗ったら、この話を思い出して、オシッコをちびりそうだ。



筆者は最後に、ジョブズについてこう述べている。

さてAppleに復帰しAppleを盤石の体制にした功績は間違いなく彼にあるし最近ではジョブズも丸くなったという説もある。

まあ、こんな憎まれ口をたたいても何の得もないわけだが、世間にはAppleの躍進を追い風にし諸手を挙げてスティーブ・ジョブズを素晴らしい人物と評価する傾向があるのが些か気になるのだ。

確かにビジネス成功することや金持ちになる…有名になるということが人生目標であってもそれが悪いわけではない。そしてAppleという企業や魅力的なプロダクトも無くなっては困るわけだがスティーブ・ジョブズという人物は正当な理由も無く、理不尽きわまりないことで立場の弱い人はもとより、信頼すべき周りの多くの人たちを不快にし傷つけてきた男であることも忘れてはならない。

( 引用元 http://www.mactechlab.jp/from-mactech-with-love/11840.html )

© 2003 - 2011 Macテクノロジー研究所



なお、こういう文章をはてな転載すると、「筆者乙」などと書かれそうだけど、違いますよ~。

ほんとうは、増田の文章を読んで感動していたのです

そして、こんなに立派なジョブズが、リサの母親と別れた理由は何かを「ジョブズ」「離婚」「理由」などの言葉検索するうちに、一年前以上前のこの記事をみつけたのだ。

妹の弔辞を裏打ちする、面白い記事だと思うけど、どうでしょう

(もしもブログ主の筆者にとって不愉快ならば、すぐに削除するのでご自身のブログにてそのようにお書きください。すぐに指示に従います。)



家族から見たジョブズと、大衆から見たジョブズ

そして、それとかけ離れた、彼と仕事をともにした人々から見た、ジョブズの姿。

異なるエピソードならともかく「スタッフ恋愛に関心を持つジョブズ」のように、まったく同じエピソードですら、正反対の評価になるのだから、なにが正しいのか、よくわからなくなる。

2011-10-27

http://news.livedoor.com/article/detail/5968871/

昨日ワンダと巨像上田文人さんのインタビューよんだばっかりだが  http://www.4gamer.net/games/120/G012071/20111020037/

両者の思想にかなり近いものを感じる。 

ところが、ゲームだとアーティスティックと言われ、芸能だとビジネスと言われる。面白いものだな。

見るべき標準ラインによって評価が180度逆になるっていう。

- 転職ならen
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