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はてなキーワード: 神話とは

2012-02-09

http://anond.hatelabo.jp/20120209173523

神話は「虚構」、「物語性」と言ってもいい。虚構をうまく使えば、自分で考え出す知恵をもつ右脳が活発に働くといわれる

ここが既に虚構なわけでなかなかレベル高い

 真実神話とどちらかが大切なのではなく、どちらも車の両輪のように大切にしなければならない。

 想像の中で過ごしている人がいたらそれはロマンチストではなくて現実対応できない人である

 逆に現実ばかりに眼がいって理想を追わないのは人間として淋しい。

 小説や詩歌などでも感性だけの作品はつまらないし、知性だけの作品も読めない。

 例えば、童謡で説明すると、野口雨情の「シャボン玉」は感性だけで鑑賞することができる。虹色に光るシャボン玉が空に飛んでいく姿はそれだけで絵になる。ところが、これが子供が亡くなった時の哀しみを思い出しながら描いた作品だということを知れば(つまり知性で考えれば)作品が二重になって見えてくるはずである長野県中野市中山晋平記念館には「雨情が旅先で二歳の娘の病死を知らされ、その悲しみを詩に込めた」と解説してあるという。

 ただ、娘が亡くなったのは詩ができた二年後という説もあるし、歌手高石ともやは「間引きの歌」と考えている。ある人から間引きで死んでいった子どもの歌だ」と聞かされたのがきっかけだ。高石の父親が生まれたのは、間引きが行われたこともある岩手県の山の中。高石も極貧の中で誕生した。父親はとてもかわいがってくれた。が、自分間引きを考えたこともあったのではないか、という(『唱歌童謡ものがたり』岩波書店)。

 感性だけで鑑賞するのも知性だけで解読するのも双方が必要だ。

 理性だけだと他人の痛みが分からない。感性想像力がなければ分からない。ルソーが『エミール』でいうように「ひとり想像力のみが我々をして他人の苦しみを感じさせる」のである

http://www.toyama-cmt.ac.jp/~kanagawa/father/shinwa.html

言葉には事実、虚構、ウソ、禁句がある。

 神話は「虚構」、「物語性」と言ってもいい。虚構をうまく使えば、自分で考え出す知恵をもつ右脳が活発に働くといわれる。

 最近日本人事実を理解する左脳しか動いていないようだ。

 一戸当たりの家具・道具の数や一人当たりの貯蓄高が世界一多いのに、夫婦の対話時間が一日わずか二分三十秒、世界一少ない。テレビなどの情報考える力が失われ、同じ流行に流される。そして富山県は生活統計から日本一豊かだといわれるが、実感とはほど遠い。

 金持ちだけど、心が貧しい。

 左脳から出る言葉ナイフのように切り刻むだけである

 右脳言葉を使って豊かな人生を送るべきだ。

http://www.toyama-cmt.ac.jp/~kanagawa/father/shinwa.html

2012-02-05

オールアナッシングな起承転結神話

ゲーセン系」の議論は一通り出たと思うけど、同時に引っかかった点がある。


創作=悪みたいな図式はもちろん存在しない訳で、

ゲーセン系の話に噛みついた人はあくまでも「泣ける」と安易に感動した人に向けられたものである

それを「感動しちゃ悪いんですか!?」って逆ギレしていた感じ。


確かに個々の感じ方は様々でいいけど、安易に「面白い」「つまらない」を言いすぎる風潮があるかもしれない。

「ここの〇〇が面白かった」「あそこはよかったけれども、この点がよくない」とか

一人一人が根拠を持っていればあそこまで大きくなることもなかったとは思う。

要は「全肯定」か「全否定」かしかいから溝は埋まることはないってわけ。


ただ、物語の読解力や全体を見る力は全体的に低下しているのかもしれない。

圧倒的に「自分が理解できない=つまらない」だと思っている人が多い。

それはあくまでも「個人」が理解できないものなのに、「全体」が理解できないと思って

感想レビューに「最悪。見る価値(読む価値)なし」とか平気で書き捨てるのはどうなんだろうと思う。

それも「全肯定」か「全否定」しかできないから起こる現象なんだろうか。


その流れでよく言われるのが「起承転結がなってないから最悪」という言葉

確かに物語の基本は起承転結かもしれないけど、必ず起承転結があるとは限らない。

それをまるで鬼の首をとったかのように言い張るのはどうかと思う。

しかしたら、学校教育起承転結を重視するあまり

作文も起承転結小説映画も全部起承転結じゃないと理解できない頭になってるんじゃないだろうか。

頭に「結」を持ってくる論文が書けないという子も、「起承転結」に囚われてるんじゃないだろうか。

それもこれも「全肯定」か「全否定」かしかできないのと関係があるんじゃないだろうか。



正直自分でもどうまとめていいかからいか増田に書いた。

そこまで真剣に考えている人が少ないなら少ないなりに何らかの傾向が見えたらと思ったけれども

やっぱり「安易な感想の出回るネットは愚者のたまり場」になっちゃうのかな。

2012-01-29

今頃鏡音三大悲劇の一『悪ノ』シリーズ

または希望絶望連鎖について書き捨て。




『悪ノ』シリーズって何ですか

音声合成DTM製品VOCALOID2 CVシリーズ」の第二弾である鏡音リン鏡音レン」を用いて作られた一連の楽曲作品。詳しくは検索

小説とか漫画とか劇化もされてるようだけどそっちはノータッチなので除外。なんか詳細設定とか山のようにあるらしいけどあくまで元動画とその歌詞情報源を絞る。

核となっている曲は『悪ノ娘』と『悪ノ召使』の二曲。

前者はある国で暴政を敷いた愛らしい王女革命によって倒されるまでのことを歌った歌、後者はその王女に仕えた召使い視点から同じ一連の出来事を歌ったもの

YouTubeとかに死ぬほど転がっているのでこの文章を読む人にはできれば聞いといてほしい。ネタバレを含むので。『悪ノ娘から先に。

英語版ならEnnという人? が歌ってるやつの歌詞が好きだな。情報量が多くて。



なぜ『悪ノ』シリーズを取り上げるんですか

身も蓋もない言い方だけど「売れてる」から

ニコ文化中高生とかOTAKU中心に大人気とは知ってましたが劇って。コミカライズくらいまではわからんくもないが劇。

ファンとはいえそこまでのめり込むほどか。何がそんなに優れてるっつーかウケてるのだろう、という話です。

「優れてるからウケてるんじゃねーよ」というお話はあるでしょうがまあそこはおく。ぶっちゃけ「優れてない」点はいっぱい挙げられるし。

たとえば物語終盤の交代劇とかバレねーわけねーから常識的に考えて、とか。

・仮にも国のトップなんだから、立てるならもっとマシな影武者を立てるのが普通というもので、脱がした瞬間バレるようなのに気がつかないとか革命が総崩れしかねない。

  いや史上の狂乱というのは往々にしてそういう熱狂が高じてもはや狂気〜みたいな面があんだろうことは否定しないけど、そんなの後世には物好きな歴史家とかにケツの毛までひんむかれるレベルまで分析されるのが当然なんだからさ。恥ずかしい性癖が伝わっちゃってる為政者が今どんだけいると思ってんの。読んでないけど正直小説版にはクビ落としてから替え玉と判った革命軍の偉いさんとか偽史として押し通してきた『召使』側の話を証明しちゃったアマチュア研究家とかが裏で始末されるドロドロとかがきっとあった! と信じている。三次創作

・本物も見物に戻ってくんなよ。そこでバレたらすべてがガチで水の泡よ。危険すぎるだろ。

…とか、突っ込みどころはとってもたくさんあるわけなんですね。文化ルーツしっちゃかめっちゃかだとかそもそも歌詞ちょっと拙いとかね。

にも関わらず、絶賛者とかいっぱいいる作品でもあるわけで。合唱とか英語版とかあって再生数すごいし。

何がそんなに人を酔わせるのかしら。それがロマンスというものなのか。

いやねーだろ。これロマンスじゃないじゃん。中世騎士物語とかほんのちょっぴり読んだことあるけどコレジャナイ感すごいじゃん。

三大悲劇って言われてるけど悲劇ですらねーだろと言いたい。少なくともwikipedia曰くの古典主義的・新古典主義的「悲劇」では絶対ない。

それでは「これ」は何なのか?



ウケた要因の私的解釈

まあアレじゃん。ジェンダー界隈でいう性役割意識がどうこうとかあと男の娘ブームとかなんかそんな。

あとこれ国家の皮をかぶった家庭悲劇なんですよね。一種のセカイ系というか。

このお話は王家に生まれた男女の双子のうち女が王家に残されて(おそらくは凄い抑圧とか受けて)暴君になって、男はどっか養子とか?出されて召使いとして戻ってきたつーことになっていますが、男をイエに残して女はよそに嫁がせるつーのがどっちかというと鉄板ですよねこういうの。

「なんでそんなことになっちゃったの」というのはきっと小説版とかが政治派閥抗争がどうのとかに絡めて辻褄つけてると思うのでおいといて、「よくこれでウケたな」ってーのをですね。

この作品は基本的にすごいストレスを(受けたくないに決まってるけど)受けなくてはならない人間が見るとツボに来るようにできてるんスね。

よく何かこう、最近の若者は〜的な文脈で、男が女っぽくなっただの女が強いだのと言われますよね。いや印象だけど。自分の観測範囲内の話だけど。観測範囲内でもいい加減下火っていうか言い古されて説得力がアレな言説だけど。

少なくともこの作中ではまさに男がやるようなことを女がやっているわけで、そこんとこのギャップがウケてるっていうのはあると思うの。

鏡音リンってキャラクタ的には妹系ってんですか? 笑顔がかわいくてドジで〜みたいな感じだと思うんだけど、それが女故子ども故の残酷さみたいなのを全力発揮してるあたりのギャップもあると思う。

そう、彼女は良い為政者ではない。聖母聖女は齢14で「お金が足りなくなったなら〜、愚民から搾り取れ〜♪」なんて言わない。普通の女でも言わない。

彼女はむしろ聖女みたいな女に恋人取られたら相手の国ごと潰して復讐する程度にはやりたい放題の女のコ☆です。

しかもそのレベル人格破綻者まで「最初は無垢だった、ホント彼女は悪くない」的な補足が入るわけです。これもウケたツボだろう。

イエのあれこれとか人間関係でむっちゃ我慢とか強いられてるけど正直破裂したい、けど破裂したらあとが面倒だけど破裂したいけどあああああとか思ってる人間にはとてもツボ。

破裂したい人間がなぜ破裂しないかって、破裂すると崩壊するナニカがあるわけで、この王女の話は破裂してナニカを崩壊させてしまったってことなので「ああ、あんな風にならないためにも我慢がんばらなきゃなー」とか、「私がしてきた我慢は正しかった!我慢しなきゃああなってた!ざまあwww」とかいろいろと解釈できて美味しい。

それだけなら単なる破滅劇なんだけれども、これを悲劇にするのが王女と対になる召使い存在ですね。『悪ノ召使い』は『娘』よりもあとに発表された作品ですが、何千回単位だった再生回数を100万くらいまで押し上げたらしいっす。

「顔の良く似た」召使いは(内緒になってんのか知らんが)召使いってことになってるが王女双子です。これをまず物凄く突っ込みたい。王家の血縁が人に使われる側に回ることのあり得なさとか。でもまあそれはいい。

召使いは破裂しそうな王女のそばであれこれ世話を焼くわけです。王女の命令なら惚れた相手も暗殺してくる。それくらい自分を殺している。

ある意味王家という枷つけられてる王女と完全に同類なわけですが、召使いはそれほど人格破綻してないというか暴君的な方向に爆発しそうではない。

彼には「王女のため」という大義があるからです。彼が背負っても良かったモノを彼女に背負わしたら歪んでしまった、王女がこんななってるのは彼にも責任がある。

からその責任を果たすためなら、ほんのちょっぴりの「自分」も捨てられる。盲目的に尽くせる。

完全に「家庭なるもの」の中で板挟みになるガキそのものですね。あとほんのりとした近親愛。これがツボをつく。

オチはもうその最たるものですね。自分を殺して殺して殺して…の召使いは本当に自分を殺してしまう。王女はその代わりに助かる。

要は例えば機能不全気味家庭のお子様らには神話のように美しい物語だということですおわり。



鏡音リン・レンなるソフトは作中やファン間でも双子ってことになってますが公式的には「鏡に映るもうひとりの自分」的な感じではっきり双子ではないらしい。

というのもなんかこう、意味深ですね。

「破裂したい自分」と「尽くしたい自分」の両面のような感じ。



怖ェなーと思うのがこの作品が世界規模ですごい再生回数稼いでるという事実

機能不全家庭の子どもにばかりウケてるわけじゃねーとは思うが、でも例えば上で述べたような「この身代わりはあり得ねーだろ常考」みたいな意見はたぶん野暮としてブーイング浴びるだろうし、きっと小説版あたりで「そうするしかなかったんだよ…」みたいなことが切々と説かれていたりして要するに反論として封殺されることが明らかなわけです。

実際には例えば召使いの行動として「二人で一緒に逃げる、最後まで王女のそばにいて守り通す」みたいなのがあっても良かったはずだし一昔前なんてそれで逃げ切れなくて死んじゃってーみたいなのが悲劇テンプレ化してたような時代があった気がするんですが、そうならない。

何というか、すごい絶望的で、しかもその絶望絶望のまま肯定されて同類間で共有されてる感がする。

そういう方法絶望連鎖して伝播しているような感じがするのです。



何が気に入らないの?

漫画家とり・みき氏の言葉(の引用引用)だけど、こういうのがある。

人が涙を流すのは必ずしも作品の出来とは関係がないのだ、と。

 かつて自分が何かに感動した時にできた涙腺回路のようなものが頭の中にはあって、そこにピタリとはまるような場面だの言葉だのを見聞きしてしまうと、涙というのはどうやら自然に流れる仕組みになっているらしいのである。歳をとると涙もろくなるというのは、つまりそういう回路のパターンが増えているからではないか

個人的にこれは結構ガチだと思っているんだけど、一点だけズレてる部分がある。

ここで書かれてる涙腺回路の起動スイッチである「感動」っていうのが、自分個人に限っていえば何か崇高なものに触れて心を動かされたとかではなくて単純に傷つけられたときのことを指すようになってんのね。

まりこの文章に則って言うと、自分はある一定の場面とか言葉だのを見聞きしてしまうと自動的に繰り返し繰り返し傷つくようになってしまっている。

恐ろしいことなんだけれどこの「回路」が結構強固で、俺はこいつを潰しておかないと日常生活が送れないっていうレベルでいろいろと不便。具体的にいうとAED講習で実際の救命現場の録音(子どもが突然心停止して倒れたそばで手当てする人とか救急車呼ぶ人とかその子名前を狂ったみたいな大声で必死で呼び続ける母親の声)聞いたときとか、アレ本当は命が助かる感動的な場面のはず(「とりあえずはもう大丈夫です」まで録音されてたはず)なんだからすごくイイ話だと理屈では思うしわかってるんだけど生々しいやりとりそのものがあまりにもショッキングでしばらく「親子」みたいなキーワードで突然ぼろぼろ泣くようになって本当に困った。もうすぐ一年になる例の津波関連も未だにいろいろな場面でダメージ。直に被災したわけでもないのに。

閑話休題

から例えば映画とか小説なんかで「泣ける」みたいのを売りにしてるのは基本見ない。

そういう作品は大体が回路起動ツボを外していて(かつ、他の例えば大爆笑回路の起動とかには結びつかないので)白けるが故に、そしてごく少数の作品は客観化が十分でツボ自体から適切に距離を取れるが故に、涙腺回路起動までに結びつくことは滅多にないんだが、それでも見ない。

何が楽しくてそんな自傷行為をせねばならんねん。

でも例えばナイフは指を切るだろうとかわかるけど、この作品で泣くようになるだろうとか普通は読んだり聞いたりするまではわかんないわけじゃん。

で、『悪ノ』シリーズも回路の起動スイッチになってしまったので、困ったなー。と思っている。前述の録音ほどの威力はないしもうだいぶ整理して削いだんだけども未だに人前ではこの曲聞けねえ。

あの召使い台詞で泣かねー奴は人じゃねーみたいなコメント動画についていたりして、それを「気持ちはわかる」と思ってしまう。

気持ちはわかるけど、実際問題召使い馬鹿だし王女馬鹿でみんな馬鹿すぎて救いようがないと思う。「崇高なもの犠牲になる」みたいな楽しみ方は視点が狭すぎて阿呆だと思う。

いろんな人が感動してファンになって翻訳とかされてるのはわかるけど、作品としては全然優れてないと思うのです。

他の作品と比較してどうとかではなく、あの物語自体にもっと洗練の余地があるということ。

そして洗練されるとたぶんあれは悲劇オチ(と取ってつけたようなハッピーエンド後日談)じゃなくてちゃんと喜劇にもなれたはずだなー、悲劇にしてももっとレベルの高い悲劇になれたはずだなーと思うということです。



何を望むの

物語の洗練」を。

機能不全家庭の傷なめ的なものでなくて、もっとちゃんと救いとか絶望とかが欲しい。

あわよくば希望を手に入れて、それを連鎖させて伝播させたい。

具体的にいうとこのネタ小説でも書いてそれで旅行のためのおこずかいとか稼いでみたいんだけども、まあおこずかいにならなくてもいいから二度と回路起動スイッチにこのネタで手を触れられる奴がいなくなるように自分でパテを塗っておきたい、そのために小説を練ってみたい、ということでした。

すでにやってる人いるけどねそれ。舞城とかね。でも最近なんか舞城も振るわないっていうか、「その先が欲しいんだけど!」みたいなあたりで止まっちゃってる感するからね。ジョジョノベライズ期待してます

人月神話って1975年、俺が生まれる前に書かれた本なのな

多段下請け構造の下部では、技術持っていてもお金が入ってこない。

そんなんじゃ、一部の変人を除いて技術力で食おうって気は失われていく。

ちょっと勉強してこうしたらよくなるのになんて気づこうものなら煙たがられ。

いくら勉強しても収入には結びつかない。

出来る人は当然そういう会社からいなくなって海外ベンチャー自分で食う道を選ぶ。

結果、下請けソフトハウスに残る人材の質なんて知れてる。

負のループだ。

人月神話って1975年、俺が生まれる前に書かれた本なのな。

40年も経とうというのに。

http://anond.hatelabo.jp/20120127061544

2012-01-21

事実創作か、それが問題か?

ゲーセン出会った不思議女の子の話をめぐって、事実創作の垣根についての議論があるようだけど、それに関して思うのは、かつてプロレス界で「ガチヤオ」議論が話題となったこと。そんときからモヤモヤしてることについてちょっと書いてみる。ガチとはガチンコ真剣勝負)のこと、ヤオとは当然八百長のこと。



プロレスにおける「ガチヤオ議論」の中で、「いわゆる『リアルファイト』系をうたう格闘系団体は、本当はヤオなのにガチっぽくやってるから腹が立つ。ヤオなら最初からヤオと言え、その意味では開き直ったプロレス系団体の方がよい」と怒る人たちがいた。レッテルと中身が一致していないと、我慢がならない性格なのだろう。「プロレスは、楽しくするためにヤオだと分かった上で見る人も楽しんでるから、あれでいいんだ、素晴らしい」というプロレス擁護をするプロレスファンがいた。

そういうのを聞いて、とても悲しい気持ちになった。ガチヤオかなんてレベルしかプロレスを語れないプロレスファン、というものに。多分、プライドの高いレスラーは、傷ついていただろう。



トップロープからダイブしても、ヤオなら痛くないとでも言うのか? 開始5秒で体痛くなって、ホントは立てたかもしれないけどかっこわるいから寝てました…とかでもガチならそれで満足か? 格闘家プロレスラーと平均すればどっちが長生きしてるだろうな? 試合に筋書があるって、筋書きがあるから誰でもできるとでも思ってるのか? 手に何も持たず、パンツ一枚の身一つで、30分で数万人の人間を沸かせる仕事、できると思うならやってみせてくれや。



プロレスだろうがリアルファイトだろうがリアルファイトのようなプロレスだろうが、それが人前で演じられるなら、問題は、見てる人間の心に刺さるかどうか、それだけだろうが。詰まらないリアルファイトは詰まらないプロレスと同じように詰まらないよ。心に刺さる試合の向こうには、リアルだろうがプロレスだろうがとてつもない苦労があるわけで、その集積が形をとって表れた奇跡に、見てるものはただ頭を下げるだけだろう。プロレスなら楽だろうって、ほんとに失礼な話だ。



だいたいなあ、事実創作かという議論が、もうレベル低いんだよ。どこか非現実的でとてもありえなさそうな、それでいて今の時代のどこかにそんな話がありそうでやっぱりなさそうな話が、この時代のある一定数の人間の心に刺さったというのが、ただの事実なわけだろう。それ以上に何か確定して言えることなんて、最初から無い。もともと「小説」なんてシステムができるまで、「物語」というのはおおむねそういうものだったわけで、大多数の人の心に刺さり言い伝えられていく中で変質してやがて固まっていく昔話や神話がそうであるように、大げさに言えばそれは民族記憶みたいなもんだったんだよ。それで何か問題があるのか? 沢山の人が、こういう話があって欲しいと思い、誰かがそれを形にした。それが奇跡なんだ。



ゲーセンに書かれた話が事実かどうか、当然オレは知らない。ただ、書き手が人間性のある面をとてもよくつかんでいて、それを文という方法で形にする能力に長けているということ、今という時代の空気をよく吸っており、ある方面のサブカルチャーに十分な造詣があることはよく分かる。……たとえばデビューした頃の村上春樹のようなもんだ。そして、それが仮に創作だとしても、そのレベル創作は、書き手の人生の幾ばくかを注ぎ込まないと生み出すことはできない、ということも分かる。書き手は、自分の書きたいことを、一番読み手に届くだろう方法で世に出した。素晴らしいことだよ。よく書いてくれた。それだけで、オレは充分満足だ。書き手自身は、書きたいことの10分の1も書けなかった、届けたい言葉を書ききることができなかった、などと、いま嘆いているかもしれない。それもいい。どれだけ生きても、ことばなんてそもそも100分の1も他人に届かない。そんな中で、あいつは自分人生を絞り出しながら、100分の2か3か、誰かに届く言葉を生み出すことができた。よかったじゃないか。「彼女」も「どこか」で喜んでいるよ、きっと。



あれが事実であろうがなかろうが、オレはアレを批判する人間よりは、アレを書いた人間と一杯やってみたいと思う。絶対その方が面白い、それは断言できる。少なくとも、ああいものを読んだ人間の取るべき態度というのは、事実かどうかを論じるとか、創作ならそう書かないと卑怯だと匿名批判するとか、そういうことじゃないだろうと思う。大体、そんなやり方で人の心を動かせると思ってるなら、やってから言え、と。



それとも「オレにはできないけど、そこそこの書き手なら誰でもできるレベル」とでも言うか? それなら、できるという「そこそこの書き手」に頼んでもいい。そういう人間を探して、試しに書かせてみてから言ってくれ。そんな書き手がいればな。



から、アレを読んだ人間が、書き手に届けるべき言葉は、次の二択だ。

「ありがとう」

・「チラシの裏に書いてろ」

それ以外には、ない。言うまでもないが、当然オレは前者だ。

…で、お前はどうなんだ?




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2011-12-31

[]dododo3

渋沢

渋沢栄一 算盤篇 論語

城山三郎伝記文学選 3 雄気堂々

論語と算盤 現代語訳 (ちくま新書 827



ドラえもん

ドラッカー先生リーダーシップ

モンキー・D・ルフィの「D」はドラッカーだった

ドラッカー会計の話をしよう: 林 總

ドラッカー入門 -万人のための帝王学を求めて

柳井正わがドラッカー経営

乱気流時代経営

学習する組織 -システム思考で未来創造する

ドラッカー先生の授業 -私を育てた知識創造実験


書店チェック>

ホメーロスイーリアス物語

ホメーロスオデュッセイア物語

仙洞御所 -カラー宮廷の庭-∥三島 由紀夫

学習する組織 -システム思考で未来創造する

神話法則 -ライターズ・ジャーニー-(夢を語る技術 5

神山健治映画は撮ったことがない -映画を撮る方法試論

ためらいのリアル医療倫理

ケン 有川 浩

神話法則 -ライターズ・ジャーニー

体制維新大阪都 橋下 徹

キャリアアンカー

自分仕事をつくる

なれる!SE -2週間でわかる?SE入門

アバタールチューナー -クォンタムデビルサーガ

シュヴァルツェスマケン 2 無垢なる願いの果てに

マブラヴオルタネイティヴトータル・イクリプス 5 蠱主の細瓮

マイマイ新子と千年の魔法

工場日記

E・ホッファーの著作など

石原吉郎全集



<なぜドラッカーマネジメントは許容されるか>

なぜ彼は渋沢栄一尊敬するか→知恵を授けるといえば聞こえはいいが、ぶっちゃけ侵略行為。他人を変えようとしている

でも彼はブレークスルーを起こした。マネジメント概念そのものイノベーションとなった。

もしドラでいう似非ではない本当の意味での真摯さとは何か?

=彼の目的が「人の幸せを実現する」ということであり、その成果によってのみ判断される覚悟を持っていた。そのための知識や経験も当時は最先端

 あと彼自身がそれをやろうとしなかったことも大きい。「傍観者」に徹し、あくまで提言や助言に徹する。

2011-12-27

[]今週の図書館ピックアップVol1

“現代家族”の誕生幻想家族論の死 - 岩村 暢子

近代家族のゆくえ―家族愛情パラドックス - 山田 昌弘

キネ旬総研エンタメ叢書 アニメプロデューサー仕事

火の神話学―ロウソから核の火まで - 大塚 信一

候文明史 - 田家 康

宝くじ文化史: ギャンブルが変えた世界史 - ゲイリー ヒックス

蛙鳴(あめい) - 莫 言;

メモリー・ウォール (新潮クレスト・ブックス) - アンソニー ドーア

平安文学でわかる恋の法則 (ちくまプリマー新書) - 高木 和子



今まで図書館おすすめ特に小説系は外したことが殆ど無いので今週も期待。

[]3

アカウントにあった残り。神話とかもう読まないんだろうなぁ。子供の頃読んでおけばよかったよ

アーサー王物語 (偕成社文庫) - ジェイムズ ノウルズ

ギルガメシュものがたり (大型絵本) - ルドミラ ゼーマ

インド神話マハーバーラタの神々 (ちくま学芸文庫) - 上村 勝彦

図解 北欧神話 (F-Files No.010) - 池上 良太

ケルト神話―女神と英雄妖精と (ちくま文庫) - 井村 君江

ギルガメシュ叙事詩 (ちくま学芸文庫) - 矢島 文夫

北欧神話 (岩波少年文庫) - パードリック コラム

ギリシアローマ神話―付インド北欧神話 (岩波文庫) - ブルフィンチ

中世騎士物語 (岩波文庫) - ブルフィンチ

斉藤洋の「ギリシア神話」 - 斉藤 洋;

ギリシア神話 - 呉 茂一

[]2

http://anond.hatelabo.jp/20111226142435  から。read it laterに登録するためなんや。堪忍してくれ。

本屋でチェック

ビジネスマンのための「行動観察」入門 (講談社現代新書) - 松波 晴

日本基準とIFRSから考える 原則主義の会計力

受験脳の作り方―脳科学で考える効率的学習法 (新潮文庫) - 池谷 裕二;

上場ベンチャー企業の粉飾・不正会計、失敗事例から学ぶ―ケースブック - 門脇 徹雄

エスケープ・ベロシティ キャズムを埋める成長戦略 - ジェフリー・ムーア

ライフサイクル イノベーション 成熟市場+コモディティ化に効く 14のイノベーション - ジェフリー・ムーア

文明論之概略 - 福澤 諭吉

福沢諭吉 国を支えて国を頼らず - 北 康利

僕は君たちに武器を配りたい - 瀧本 哲史

ソドムの百二十日

死体泥棒 (星海社FICTIONS) - 唐辺 葉介

草子ブックガイド(1) (モーニングKC) - 玉川 重機

☆☆Venture Deals: Be Smarter Than Your Lawyer and Venture Capitalist - Dick Costolo


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子育て

喝采症候群―独断的パラノイア

子どもの話にどんな返事をしてますか? ―親がこう答えれば、子どもは自分で考えはじめる

10代の子をもつ親が知っておきたいこと

家庭のなかの対話―話しあえない父親のために (中公新書 (779)) - 伊藤 友宣

親業―子ども考える力をのばす親子関係のつくり方 - トマス ゴードン

他者といる技法―コミュニケーション社会学 - 奥村 隆

経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには (中公新書)

ウィーン家族 - 中島 義道

いじめを考える (岩波ジュニア新書) - なだ いなだ

☆「経験学習」入門 - 松尾 睦;


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◆英語

英会話ペラペラビジネス100 - ビジネスコミュニケーション成功させる知的な大人の会話術 [CD2枚付] -

たったの72パターンでこんなに話せる英会話 (アスカカルチャー) - 味園 真紀

自分のことを英語で話すパーソナルワークブック (CD book) - 石津 奈々

1分間英語で自分のことを話してみる (CD付) - 浦島 久


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Kさんおすすめ

無限論の教室 (講談社現代新書) - 野矢 茂樹

北村薫創作表現講義あなたを読む、わたしを書く (新潮選書) - 北村 薫

小論文を学ぶ―知の構築のために - 長尾 達也

知識人とは何か (平凡社ライブラリー) - エドワード・W. サイード

宗教の創造力 (講談社学術文庫) - 荒木 美智雄

不完全性定理―数学的体系のあゆみ (ちくま学芸文庫) - 野崎 昭弘

The Mystery Method: How to Get Beautiful Women into Bed - Mystery

メタマジックゲーム―科学と芸術のジグソーパズル - ダグラス・R. ホフスタッター

薔薇の名前〈上〉 - ウンベルト エーコ

社会契約論 (白水Uブックス) - ジャン ジャック ルソー

クリエイティブな習慣―右脳を鍛える32のエクササイズ - トワイラ サープ

99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方 (光文社新書) - 竹内 薫

科学論の展開―科学と呼ばれているのは何なのか? - A.F.チャルマーズ

メディア論―人間の拡張の諸相 - マーシャル マクルーハン

Loyalists - Peter Taylor


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◆暇があれば読みたい

ついこの店で買ってしまう理由

もっと儲かる全国手書きチラシ実例集

なぜこの店で買ってしまうのか ショッピングの科学

△外食の天才が教える発想の魔術

(バカ売れ販促アイデア

食の500年史 - ジェフリー・M・ピルチャー

創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史 (光文社新書) - 輪島 裕介

もっとわかるアニメビジネス - 増田 弘道

新書で大学の教養科目をモノにする 政治学 (光文社新書) - 浅羽通明

Talking to Terrorists: Face to Face with the Enemy - Peter Taylor;

体系的に学ぶ 安全なWebアプリケーションの作り方 脆弱性が生まれる原理と対策の実践

要約 ケインズ 雇用と利子とお金の一般理論 - J・M・ケインズ

自由の条件I ハイエク全集 1-5 【新版】 - 個人主義と経済秩序 ハイエク全集 1-3 【新版】

資本主義と自由 (日経BPクラシックス) - ミルトン・フリードマン

愛国者は信用できるか (講談社現代新書) - 鈴木 邦男

羽月莉音の帝国 8

羽月莉音の帝国 9

武器としての決断思考

パブリック

ザ・ゲーム -退屈な人生を変える究極のナンパバイブル

わかりやすいマーケティング戦略 新版 (有斐閣アルマ) -

もうダマされないための「科学」講義 (光文社新書) - 菊池 誠

社会心理学 - 藤原 武弘

贈与の歴史学 -儀礼と経済のあいだ-

仕事の経済学

人事と組織の経済学

経験と教育 (講談社学術文庫)

暗黙知次元 (ちくま学芸文庫)

出現する未来 (講談社BIZ)

組織の経済学

フィールドブック 学習する組織「5つの能力」 企業変革をチームで進める最強ツール

フィールドブック 学習する組織「10の変革課題」―なぜ全社改革は失敗するのか?

1932-37年――続・精神分析入門講義 終わりのある分析とない分析 (フロイト全集 第21巻)

現代フロイト読本 1

超実録裏話 ファミマガ 創刊26年目に明かされる制作秘話集

政治家の殺し方 - 中田

就活の神さま~自信のなかったボクを「納得内定」に導いた22の教え~

英語で意見を論理的に述べる技術トレーニング

エロティックジャポン

数量化革命

ザ・マーケティング―「顧客の時代」の成功戦略 - レジス マッケン

新装版 メディアマッサージである -

太陽のあくび (メディアワークス文庫)

国家〈上〉 (岩波文庫) - プラトン

☆ニコマコス倫理学 (西洋古典叢書)

ソクラテスの弁明ほか (中公クラシックス (W14)) -

吉田松陰 - 川口 雅昭

気違い部落周游紀行 (冨山房百科文庫 31) -

ガダラの豚 1 (集英社文庫)

歴史〈上〉 (ワイド岩波文庫) - ヘロドトス

「科学的思考」のレッスン―学校で教えてくれないサイエンス (NHK出版新書) -

☆報酬主義をこえて(叢書・ウニベルシタス 704)

☆中国化する日本 -日中「文明の衝突」一千年史

学習する組織 -システム思考で未来を創造する

☆よいこの君主論 (ちくま文庫)

絶望名人カフカ人生

銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎

承認欲求―「認められたい」をどう活かすか? - 太田 肇

取材学―探求の技法 (中公新書 (410)) - 加藤 秀俊

単一民族神話の起源―「日本人」の自画像の系譜 - 小熊 英二

暇と退屈の倫理学 - 國分 功一郎

[新訳]南洲翁遺訓 - 松浦 光修

人間の限界 (岩波新書 青版) - 霜山 徳爾

大英帝国衰亡史 PHP文庫 - 中西 輝政

逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー) - 渡辺 京二

☆まんが医学の歴史 - 茨木 保

騙されないための世界経済入門 - 中原圭介

君たちはどう生きるか (岩波文庫) - 吉野 源三郎

社会学入門―“多元化する時代”をどう捉えるか (NHKブックス)

データはウソをつく―科学的な社会調査の方法 (ちくまプリマー新書) - 谷岡 一郎


未来形の読書術 (ちくまプリマー新書) - 石原 千秋

こころ』大人になれなかった先生 (理想の教室) - 石原 千秋

プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか? - メアリアン・ウルフ

小説の読み方~感想が語れる着眼点~ (PHP新書) - 平野 啓一郎

アート・オブ・コミュニティ ―「貢献したい気持ち」を繋げて成果を導くには

「分かりやすさ」の罠―アイロニカルな批評宣言 (ちくま新書) - 仲正 昌樹

経済学という教養 (ちくま文庫) - 稲葉 振一郎;

プラクティカル産業組織論 (有斐閣アルマ) - 泉田 成美

経済学思考の技術 ― 論理・経済理論・データを使って考える - 飯田 泰之

訳者解説 -新教養主義宣言リターンズ- (木星叢書)

論理で人をだます法 - ロバート・A・グーラ

この世で一番おもしろいミクロ経済学

キケロー弁論集 (岩波文庫)

歴史哲学講義 (上) (ワイド岩波文庫 (225)) - ヘーゲル

弁論家について〈上〉 (岩波文庫) - キケロ

情報の文明学 (中公文庫) - 梅棹 忠夫

続・発想法 中公新書 (210) - 川喜田 二郎

考える技術・書く技術 (講談社現代新書 327) - 板坂 元

知的生産技術 (岩波新書) - 梅棹 忠夫

知性の磨きかた (PHP新書) - 林 望

神話の法則―ライターズ・ジャーニー (夢を語る技術シリーズ 5)

人蕩術皆伝―人蕩術とは人たらしの術である (致知選書)

新装版 孫子(上) (講談社文庫) - 海音寺 潮五郎

現代文正法眼蔵 1 (河出文庫) - 道元

空海の夢 - 松岡 正剛

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小説

白い雄鹿 - C.W. ニコル;

鯨捕りよ、語れ! - C.W. ニコル;

誇り高き日本人でいたい - C・W. ニコル

特務艦隊 (文春文庫) - C.W. ニコル

バンビ――森の、ある一生の物語 (岩波少年文庫)

猫のゆりかご (ハヤカワ文庫 SF 353) - カート・ヴォネガット・ジュニア

スローターハウス5 (ハヤカワ文庫 SF 302)

原点回帰ウォーカーズ (MF文庫J)

バニラ A sweet partner (スーパーダッシュ文庫)

犬憑きさん 上巻 (スクウェア・エニックスノベルズ) - 唐辺 葉介;

塔の町、あたしたちの街 (ファミ通文庫 お 4-4-1) - 扇 智史

どろぼうの名人 (ガガガ文庫 な 4-1) - 中里 十

ふわふわの泉 (ファミ通文庫) - 野尻 抱介

さびしい王様 (新潮文庫) - 北 杜夫

戦争の法 - 佐藤 亜紀

歯みがきつくって億万長者―やさしくわかる経済の話 (チア・ブックス)

戦争を平和にかえる法

ゲド戦記(6点6冊セット) (岩波少年文庫) -

細雪 (中公文庫) - 谷崎 潤一郎

ペインティッド・バード (東欧の想像力) - イェジー コシンスキ

犬憑きさん 上巻 (スクウェア・エニックスノベルズ)

2011-12-16

レイプセックスの区別を男性がするということ

レイプセックスの違いについて、調査協力者は一様に線引きに苦しんでいた。

しかし実は話は極めて単純で、答えはスタート地点にあったのだ。はじめにレイプを「女性の望まない性的行為」と定義した以上、「男性にはセックスレイプを区別することはできない」という結論しか導き出されない。

「そんなことになったら、訴えられたら全部レイプになるのか?」という反論があるだろうが、その通りである

ある性的行為レイプかそうでないかを決めるのは、その行為に参加していた女性の意志だからである

我々男性は「こういうやり方をすれば、相手がこう言えば、こういう反応をすればセックスだ」という基準をどうにかして見つけようとしてきたが、それらはすべて類推にすぎず本心とは限らない。

我々男性にはセックスレイプの区別はできないのだ。

だとするならレイプを減らす方策は、男性は全て潜在的にレイピストになる可能性を持っていると考える他にない。 序章でセックスレイプの違いは女性が望むか望まないかである定義したが、そう定義しなければならない理由はここにある。

性交に際して女性合意があったかどうかが問題になるのは、自分の行った性行為レイプでないことを確認したい男性の側の事情にすぎない。

それはレイプ被害者のための判断基準ではなく、100%レイプ加害者のための判断基準である

そして合意さえあればセックスであるという基準があるからこそ、「セックスさせなければ山中に置き去りにするぞ」などと言って無理やり合意を取り付けるという卑劣レイプが生まれたり、最終的な合意さえ得られればいいのだからレイプでも満足させてやればいい」という新たな神話が作られることになるのだ。 もうひとつ補足するならば、「訴えられたら全部レイプになるのか?」という発言は「女性が気分次第で男性レイピストとして告発することができる」という不安から生じている。

しかレイプの虚偽告発率は2%にすぎず、「その他の暴力犯罪における虚偽告発率とぴったり一致する」(Brownmiller1975=2000:314)というデータもある。

そもそもそれ以前に、そんな風に訴えられた人が我々の周囲にいただろうか?ここで考えたいのは、我々の周囲にレイプ被害者が見当たらないことが強姦神話の保持されている理由のひとつになっているだろうということだ(Lさんが強姦神話を持っていないことは、レイプされた知人の話を聞く機会があったことと無関係とは思えない)。

そこには、自身の周囲にレイプ被害者が見当たらないことをもって「レイプはない」と判断する人が、同時にレイプ虚偽告発者が見当たらないのにもかかわらず「訴えられたらレイプだな」と怯えるという矛盾した心理構造が見える。そのような反論が生じる理由は、訴えられる事そのものを警戒しているというよりもっと深い部分で、性行為に関する意志決定権・主導権を女性に明け渡したくない、明け渡したら何をされるかわからないという男性不安がそのように発言させていると考えることができる。

ましてここで問題にしているのは「レイプ定義」であって、「レイプが実際にあったかどうか」や「それをどう処罰するか」ではないのだから、そのような反論は論点を見誤っていると言わざるを得ない。

2011-12-03

ITお仕事

先日、TBS番組夢の扉+」を見ていた。TBSの中で視ているのはこの番組だけだが。先日のテーマは「小さな町工場から日本製造業を支える!」というもので、職人集団「チーム等々力」の免震テーブルの開発について綴られていた。

番組を視ていてかなり違和感を感じたんですね。

確かに、各職人技術はすごい。ああい職人技が日本を縁の下の力持ちとして支えているのも事実だと思う。例えば、新幹線の先頭ノーズはあれは職人手作業じゃなかっただろうか?

違和感を感じたのは、「職人大学教授の求めているモノを理解出来ない」という点だった。結局番組では理系大学出身の技術者が、大学教授の要求(要件定義)を職人に分かるように図面に起こした事になっている。

それでいいんだっけ? 図面になっている物は作れるが、図面を起こす事が出来ないということだろうか?

我々IT技術者は、顧客のまだ具体的になっていない要求をヒヤリングするところからまり、要件定義をし、設計し、実装し、テストし、納入し、運用保守をする。だから顧客専門用語技術も分からなければならないし、情報技術も分かっていなければならないし、運用保守コストも考えなければならない。それに情報技術進歩が早いにもかかわらず、分野によっては製品寿命20年とかいうのもあるから、新技術だけ知っていても話にならない。

違和感を感じたのはそこなんですよね。

「チーム等々力」の方々は、いい製品を作るかもしれないけれど、IT業界的に言えば、コーディングだけ、という事に。否、それでも範囲が広い。コーディングは一種の「設計」でもあるから、範囲はもっと狭い。

そういえば、ITで「制作・製造」ってどの部分を指すんでしょうね。もしかしてコンパイルリンクしている時間だけかも。なにしろ、コーディング設計の一部であるから

自分は、顧客の要求をヒヤリングするところから運用保守まで全てに関わっている。ヒヤリングしている時点でどう実装すれば良いか、どう保守するか、保守のための実装はどうするか、を考えながら顧客と接している(ここでいう実装とは、ハードウェアも含む)。

しかし、最近はそういう案件も少ない。

かなりゼネコン化されているので、元請け仕事を取ってきて、こちらに仕事を発注する事になる。その時点で、かなりの情報が欠落している。元請けの方は、顧客(この場合エンドユーザー)の専門が分からないまま受注している事が多い。その上、実装を分からずに発注してくるから、かなり困る。結局、元請けに対し、かなりの懸案事項が発生する事態となる。顧客に対してこの設計では足りないとか、設計に対し実装不可能とか。それをいちいち指摘しないとならないが、これが時間がかかる。

こういう案件がたくさん来ると、今度は実装出来る人間限界が出てくる。なので、実装するのをさらに下層の外注ソフトハウスに出すの事になるのだが、今度はこれが、エンドユーザーの事が分からないため、なんだかよく分からないブツが上がってくる。その上、金の切れ目は縁の切れ目だから運用保守に関しては全く考慮されていないブツ。もちろん、中には優秀な外注さんもいて、すばらしいコーディングブツが出来上がってくる事もあるが、そういう人に出会える確率は万分の一程度か。

そこへ追い打ちをかけるように、コスト低減要求と短納期要求、仕様変更人月神話

顧客の頭の中を覗く人、顧客の要求を情報技術者向けに翻訳する人、翻訳されたものを実装する人、実装されたモノをテストする人、テストし終えたモノを納入・設置する人、運用保守する人、がそれぞれ分業・連携取れていないのが、現日本IT産業の姿です

デスマーチになるわけですよ。

最近は自社の社員も質が下がってきていて、Windowsしかいじれないとか、統合開発環境内でしかブツが作れないとか、コンピュータがどう動いているかイメージ出来ないとか、果ては、顧客専門用語が分からない、というのもいる。ソフトハウスに至っては、作ったはいいが、作ったモノに対してデバッグ出来ないとか言い出す始末。

というわけで、就活生には、ITお勧めしない。もし、プログラミングだけしていたいというのであれば、メーカーではなく、小さなソフトハウス就職した方が良い。でなければ、顧客と対等(同等)の(製品)知識と、新旧情報技術対応出来るだけの能力が必要とされるのである

2011-11-25

[] 自分ネットでは団塊世代であるという自覚をもって生きよう

ラノベ批評家マニアによりジャンルマニアック化して荒廃する!!」

SF「その道は10年前に俺達が通った道だ!!」

ミステリ「その道は50年前に俺達が(以下略)」

純文学「その道は100年前に(以下略)」

古典「その道は1000年前に(以下略)」

神話「その道は5000年前に(以下略)」

絵画「その道は12000年前に(以下略)」

祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり

あー書こうと思ってたことを先越された。

http://d.hatena.ne.jp/si-no/20111124/1322144982

ゲームセンターでは、上級者が初心者を駆逐するような空気を作ったせいで、格闘ゲームというジャンルそのものが縮小した」と聞きましたが、今のインターネットも上級者しかいないゲームセンターみたいな窮屈さを感じるんだ。

まぁそういうことです



真性さんに端を欲する「俺達のインターネットの終末と最後希望」だけれど、もうこの手の話は食傷気味だ。

(真性さんのエントリだけ例外。あれはいものだ)

だって、もう全く同じような話を延々と続けてきたのだから

みんな、インターネットにかんする窮屈さや空気の停滞は感じてた。

でも、今まではこの話しを直接するのを避けて、

「俺たちの」ゲームセンターやら「俺たちの」アニメの衰退という少し狭い範囲で代理戦争をやってた。

でも、内容は上で言われている「俺たちのインターネット論」は所詮ゲームセンターについて語るのとほとんど同じなんだ。

それが、ついに真性さんというカリスマの記事によって、インターネット全体の話として持ち上がった。そーいうことだ。



はいえ、結局は「俺たちの遊び場」の興隆と衰退の話をしているに過ぎない。

同じような問題は、違った場所で、すでに何度も繰り返されている。

ただそれぞれの当事者が、別々のものだと考えて、別々に騒いでいるいるに過ぎない。

ただそれぞれの当事者にとって切実な問題であるにすぎない。

何度もくりされる、避けようのない道なのに。




今のインターネット自分にとって最適ではなくなった。ただそれだけだ。

それに対して、自分たちで自分たちの望む場を作ったり、場を再び盛り上げようという程の気概はない。

所詮そういう奴らは内田樹のいうところの「下流志向」、つまり、「消費者意識から抜け出せないのだ。

ただ要求するだけなのに建設的な意見を言ったつもりになって満足し、

結局それを作り、与えてくれるものがなければ自分たちには何も出来ない。今度は批判して憂さを晴らすだけだ。

やってることは自分たちにとって最適であった過去を嘆くばかりである

新しい動きをただ自分にとって最適でないという理由だけでこき下ろし、批判する。若くして老害の出来上がりだ。

老害とは過去にしがみつく亡霊のことであるが、なぜそれが生まれるかというと、

消費者意識から一歩も脱却せず、自分の狭い目線から一歩も離れず、過去を望みつつも過去から何も学ばぼうとしないからだ。




「俺たちが○○を作った」「俺たちが○○だった」

勘違いしてはいけない。自分たちは、たまたま興隆期、全盛期に運良く立ち会っただけに過ぎない。運が良かっただけだ。

自分たちはただのネット団塊世代にすぎないのだ。最初から無茶が聞いただけだ。それが許されただけだ。

そんなものインターネットの本来の姿でも何でもない。インターネットでできることはそれだけではない。

嫌ならさっさと逃げ出せばいい。別の対象を見つければ良い。

とにかく、自分が望んでいるものだけは既に無い。自分を肯定してくれる「俺達のインターネット」はない。それだけだ。




っていうかさ。ネット団塊世代として、十分すぎるくらい貯蓄貰ったべ。財産築いただろ?まずその棚卸しようぜ。

もう社会やら世の中が自分を肯定してくれなくたって、十分老後を自活していけるだけの蓄えはあるだろ?

ネットで作った友達とか、そこで得たやり取りが経験になってんだろ? 

その財産を元でに、自分たちの遊び場くらい作れるだろ? 自分で何とかしろよ。

なってなかったらそりゃお前のせいだ。 インターネット生活保護はない。神様もいない。

幸運ネット団塊世代に生まれていながら、何一つ築いて来なかったなら、それはただの怠慢だろ?

サボってた奴が、偉そうになにかい資格までは「俺たちのインターネット」でさえ許してないと思うぜ。





自分たちより若い世代は、ネット興隆期も全盛期もしらない。そういう幸運環境を与えられなかった。

その中で、必死自分たちの生きる道を探そうとしてんだ。俺らよりずっと立派にやってるよ。

下流市民たちだってけなげなもんだ。

ソーシャルゲームやらニコニコなんぞというもので満足しようと自己暗示かけてんだ。

自分たちの欲求を極限まで制限したり変形させたりしてなんとか適応しようとやってんだ。


蓄えがないところから自分たちの生きる場所をつくろうとやってる連中に対して、邪魔はすんな。

それなりに理解しようと努力するか、それができないならクチをつぐんでただ見てろ。

そいつらのやってることがダメだとか間違いだとか言うなら、自分たちが示してやれよ。

過去の回想とかいう非現実的で、企画力ゼロ妄想垂れ流すんじゃなくてよ。

別にからでも自分たちに最適な潮流を生み出しても構わないんだぜ?

ただそれは、今までみたいにクレクレ君としてじゃなく、自分らで作り出すべきだろ。




もう俺たちは、社会インターネットに何かを期待してるだけの幼年期を卒業させられてんだよ。

とっとと与える側、期待させる側、なにか作る側にとりかかれ。いつまでブヒブヒやってんだ。





追記。私もこれについて全く理解できてない。この部分理解してもう一回「俺たちのインターネットの終わり」について考えてみたい。

私も「どうせ終わりなんだから深く考えるな」「全体が終わっても俺は生き残れるからどうでもいい」って乱暴に考えてた。

でもこの衰退はどういう形だったのかってのはもうちょっとまじめに考えたほうがいいのかもしれない。

ttp://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2011/11/post-474d.html

わたしは「危機」について分かっていない。本書では、「危機(crisis)」「暴落(slump)」「バブル崩壊(collapse)」が同じ意味で使われている(ように読めた)。景気循環の下降局面なら「危機」、資本限界効率が急落し、みんなが現金を欲しがっている状態を「暴落」、さらに過剰投資(=バブル?)が行過ぎて、期待収益ゼロ以下になることを「バブル崩壊」と呼んでるみたい。いわゆる「バブル崩壊」は、そんな景気循環から外れた、日本だけの極端な現象だと思っていたが、ケインズも指摘しているくらい「予見されたこと」なのだろうか

2011-11-22

「主人公が」残念なラノベが読みたい

「スキあらば病む」というか「スキがあれば壊れる」というか、薄氷を踏むように日常を過ごすやつがぐーなのです

ついでに主人公の狂気が伝染したり悪意を呼び寄せたりするとなおよし。CARNIVALのパーフェクトエンディングとか大好きです

どうあがいても絶望、みたいな作品が読みたい。もっと絶望したい。いや自分はしたくないか絶望してるひとを眺めたい。

死を直接的に道具につかわずに(究極的にはつながっているけど)絶望を描ける作品はないだろうか。ラノベでなくてもいいのでプリーズ




とりあえず「はがない」はあわなさそうなのでやめました。

主人公がまとも&臆病で周りだけが残念な話については、はてなとかtogetterで間に合ってます

というかこの類型でハルヒを超える作品があると思わんし。(ここ釣りポイントネ)

http://anond.hatelabo.jp/20111119082328

これは感想というか、はがないがこういうふう作品だったら読むという妄想。せっかくの設定が癒し系になってるのはもったいない

もうこの作品が俺的に面白くなるためには、もうちょっと人数増やしてバトルロワイヤルするしか無いと思っている。





俺の妹がこんなに可愛いわけがないは、作品の展開はともかく、私の妄想に適した設定なので面白い。殺しあえー。

今は空色パンデミックとギフテッドを読んでる。

パンデミックは設定読んで期待してる。まだいろいろ足りないけど、病状が悪化していくという設定があるため期待が高まる。俺的にはゆっくりまーちゃんを創り上げて行って欲しいんだけれど、絶対俺の期待は裏切られるんだろうな。あれ、絶望してるのは俺?

ギフテッドはもうちょっと絶望感が欲しい。

ココロコネクトピンチではあるけど、抜け道がありそうな(結末がポジティブで終わりそうな)感満載で乗り切れない。

ラノベじゃないけど桂明日香作品(神話ポンチとか)はもうちょっと盛り上がれば私好みなんやけんど尺たりねー。

略称が俺ガイルなのかはまちなのかはっきりしない奴は、ちょっと主人公が残念さに自覚的すぎるのが微妙だけど、まぁあり。

(^ω^)は私にとって不要な要素が多すぎるという難点に目をつぶれば、とても私好み。良い感じで絶望感が漂っています。まぁ規模が大きすぎて読み手に直接ズシンと来ないけど、雰囲気は大好き。私のスキな要素だけ抽出したエッセンシャル版が欲しい。

怪物王女は展開が全然進まないから読むの中断したけどいまどうなってんの-。

読むのが足りない。やっぱり古橋さんの作品に頼るしかないんかしらという状況。古橋作品さえなければそもそもラノベにはまったりしなかったのにくそう。



そう言えば、ベン・トーの作者さまは、ベン・トーの前にはなかなか面白いの書いてるじゃないですか。私の好みにかなり近いです

森田季節様にも期待してるけどいまんところちょっと違う。なんなんだろうなぁ。





応答。オススメありがとうございます

さやのうたはすごい期待したけどなんかダメだった。というか最初から詰み終わっていて、そのあとは蛇足って感じしかしない。私は絶望に至る過程がみたいのであって、絶望の向こうはどうでもいい。絶望は確認するものではなく、その侵食と抗い、最終的に負けるまでの間に何かを考えさせてくれるものだと思ってる。純愛とかどうでもいい。というかめちゃくちゃあれのどこが純愛分からん、むしろ不純だと思う。

中村恵里加大好物。ただ、ダブブリは後半がイマイチきじゃない前半は大好き。ソウルアンダーテイカーのほうがすきかも。

イリヤ絶望というよりは無力感みたいな感じでちょっと肩透かしだったかも。男舐められすぎじゃね?

幽霊列車とこんぺい糖」と「丘ルトロジック」頂きます扇智史浅井ラボはチェックします。

十文字青薔薇のマリア全然肌に合わなかったけどそれ以外にオススメある?

はがない、さすがに読まずに語るのも限界あるみたいなので、あえて最新刊だけ読んで感想書きます。間の保管よろしく。



まとめ。

えーと今のところ。はがない7⇒幽霊列車⇒丘ルト⇒塔の町⇒いつも、心に剣をのじゅんで読んでいく予定。割り込みオススメ募集。

実は月10冊ペースくらいでしか読めない&積んどくあるので感想遅れそうですがご了承ください。

はがないは借りる宛あるので一番手幽霊列車比較的早く早めに読むと思う。丘ルトはだいぶ後かなー

しかし古橋作品とソウルアンダーテイカー読み返したくなってきたってのが一番大きいな。困ったw

2011-11-15

http://anond.hatelabo.jp/20111115025455

DQFFは元々ゲームだけで十分ストーリー性が高い。

メガテンストーリー性高いし、突っ込んだ所を知りたければゲーム独自の裏設定より一般的なネタ神話伝承など)の知識が必要。

どれも「ゲームやるだけじゃストーリーよく分からない、裏設定集で補足して楽しむのが前提」と言うロマサガとはタイプが違う。(ウィズは知らん)

RPGの話なのにアーケードゲーの話されてもなあ。

アーケード格ゲー全盛時代だし、アーケード格ゲーゲーム内でストーリーを語らないのはデフォ

イベント長々と入れてプレイ時間長くなったら回転率悪くなる)

2011-11-04

RPGオワコン

RPGの話をする。

RPGっていっても、テーブルトークRPGMMOとかじゃなく、ドラクエFFみたいな俺が青春を費やしたやつだ。

ストーリーってもう出尽くした気がするんだよね。

かつては、ストーリーに出尽くしなんかないと思ってた。

小説だって映画だってストーリーが出尽くしてなんかいない。

もちろん、定番のネタというのはあるけれども。

でもさ、思えばRPGにおけるストーリーの制約はけっこう厳しい物がある。

その最たるところが、戦闘、勝利、目的達成!という流れだ。

町の平和を守るとか、そういう小さな目的から世界を救うといった大きな目的まで、その流れに沿って話を進めないとならない。

ハード媒体進化によって、グラフィックや容量に制限はなくなった。

いくつもの国があり、それぞれの国にはいくつもの町があり、それぞれの町には何百人、何千人、時に100万人以上の人間が住む大都市まで登場する。

そんな世界では、一人の魔王勇者が倒せば諸問題が全部解決する、なんてことはありえない。

現実と同じくらい複雑な世界では、その世界の諸問題も現実世界の諸問題同様に複雑で、誰か一人をやっつければ解決するほど単純なものではない。

独裁者魔王、そういった一個人をラスボスにすることが出来ないとなれば、ラスボスは超存在とか概念となる。

スーファミ時代から、いやファミコン時代の後期からそういう傾向はあったけどさ。

でも、そういうのってしっくりこないんだよね。

昔話、神話で刷り込まれた勇者魔王を倒すっていう基本のストーリーははやっぱり強力。

そういう単純な話、敵をやっつけて一件落着というラストに落とし込めるような、箱庭的な小さな世界観ゲームのほうが結局面白い

「世の中には善と悪だけじゃなくて、偽善やら偽悪やら、善のつもりで悪をしてたり、その逆だったり、頭じゃわかっても憎しみは消せなかったり、いろいろあるんだ」

などと説教されても

「うるせーバカ」

なっちゃうだろ?

最近になって、糸井重里MOTHER3の開発が頓挫した理由を「大作主義に陥ったため」と説明した理由が理解できてきた。

フラッグシップハードRPGは大作である宿命が義務付けられている。

グラフィックは美麗でないといけないし、美麗なグラフィック古典的で単純なターン制では許されない。

誰得な複雑でわかりにくく珍しさだけで楽しくもないシステム抱き合わせさせられる。

世界は壮大でないといけない。

ヒトの数だけ思惑が存在し、国家の対立がないといけない。

敵の目的も壮大でないといけない。

ちっぽけな主人公の存在世界の大きさに押しつぶされてしまうのだ。

(じゃあ主人公をちっぽけじゃなく、特別な存在にすればいいのか?そんな特別な存在感情移入できるのか?)

ずいぶんと後に、ゲームボーイアドバンスMOTHER3が発売された。

物語の全てが小さな島のなかで進行した。

人類が生き残っているのはその小さな島だけだった。

家族物語として始まりラスボス家族だった。

それでも、大作を目指してしまった痕跡と言うか、いろんなものを詰め込み過ぎた痕跡が見え隠れして、MOTHER2ほどの面白さがなかった。

もっと、自由で、子どもの心で遊びたいんだ。

「他の犬は知らないかもしれないけど、君達が世界を救ったこと僕は知ってるよ」

と言ってもらえるような冒険がしたいんだよ。

2011-10-25

日本ITはなぜ終わったのか』を読んで

http://ascii.jp/elem/000/000/643/643497/index-2.html

↓はその通りだと思う。

 このような日本新陳代謝グローバル化の遅れの背景には、日本企業組織特性がある。日本製造業戦後、高度成長したときは、欧米技術をまねて、低賃金生産することができた。

ただ、↓と言ってしまうのは微妙に思える。

首相や閣僚に実質的な決定権がなく、官僚が「ボトムアップ」で決めたことを承認することしかできない。

首相決断」により郵政民営化も、原発の上からヘリで水を撒く事も出来た。首相レベルの決定権は今も強大なものが有ると思う。

官僚が優秀であるはいえ、ここを縦横無尽に使いこなせるような立場にある政治家など近頃では皆無に見えてしまう。




誤解を恐れずに言えば、なぜ決定権を持つ人間が決定できなくなってしまっているのかというのが、




現状の「女性の風潮」に逆らえない




からではないかと私は邪推している。

現状の女性からすれば負け犬にはなれないし、

婚活に勝ち残らなければならず、

村のようなコミュニティ破壊されたので一人で子育てせざるを得ず、

旦那給料を【未来永劫として確固としたもの】に仕上げさせなければならないプレッシャーが有り、

ご近所様からも【ちょっと上の立ち位置を築かなければならぬ】プレッシャーすら有る中で、

養育費、お受験代、年金、老後の資金を工面するために

旦那には【絶対に冒険してもらっては困る】のであって、

まだ高度経済成長期に築かれた【幻想成功神話】を再び旦那に具現してもらわなければ困るのであり、

ゆえに日本社会的に【挑戦】してもらっては困る世界が出来上がる。

(近所やら知り合いに偉そうに出来なくなるから




女性収入を得るとか、

女性同士で血みどろの自慢合戦を辞めるとか、

男性としてもそういった女性に騙されない方向へ進み

「寝た子を起こさない」発想から「協力」というコミュニケーションとして高い次元へ進まなければ

単なる中国属国になってしまいかねない。

今、勝ち組でも10年後に負け組と同一の立場に置かれてしまうかもしれないという算段を持って今後の方向を検討出来る場が欲しいと思う今日この頃でした。

今はもうグローバル経済戦争に負けちゃった、という認識で、

戦後焼け野原というゼロからスタートと割り切った感覚で進められないものでしょうかね・・甘いかな。

2011-09-30

http://anond.hatelabo.jp/20110930095737

江戸時代まで日本の「神道」で最大勢力誇ってたのは稲荷信仰だよねとか、いわゆる国家神道(伊勢派)系の創世神話全然関係ない菅原道真(天神様)が信仰されまくりとか、そもそも明治の強制改宗まで日本全国神道といったらわけのわからん土着信仰だらけだとか、明治に入ってから政治的に神道が再編されるにあたっての伊勢派と出雲派の争いとか、神道歴史観点で見るのもそれはそれで面白いけど、宗教としての神道的には黒歴史とまでは言わないにしろ割とアレじゃないですか。都合悪いっつーか。

からこう、神道側の人はとりあえず古事記(創世神話)→本居宣長国家神道みたいにホップステップワープで扱うのがお約束になるし、反神道側の人からすりゃわざわざ扱うほどのことでもないし、第三者的な視点でおもすれーとか言ってるのって民俗学者くらいじゃないですかね。

2011-09-23

はてなでは、どうして 教えてくん かまってちゃんが、出ないのか?

認識の問題だからかな

教えてクンと思うから、教えてクン。かまってちゃんだと思うからかまってちゃん

という面もあるのか、その態度が発生を助長しているのだとしたら、教えてクンかまってちゃん認定する人は、実は出てきてほしい?出てきたら嫌がりたいから?

何かを過剰に嫌がるというのは、過剰に嫌がりたくて嫌がっているのではないか、というと 意味のわからないパラドックスが一つできてしまう。

これは、興味深いか

過剰に嫌がってるからと言って、好きだというわけではないのだろう。過剰に何かを嫌がりたいのだ、しかし過剰に嫌がると、発生を誘発したり、過剰に発生したりするのだ。

過剰に嫌がらない、または嫌がらない態度が望ましい

望ましいのは、わかってるけど、ついやってしまう、やってしまから、また発生する 発生するから 嫌になる 嫌になるから 嫌だと言ってしまう 嫌がるとますます発生する 延々繰り返し エンドレス神話

2011-09-18

http://anond.hatelabo.jp/20110904165823

ここは、あとで編集で消せるから、見る人いるかどうかわからないけど、コピペしてみよう。

少し前に書き込もうとした里親虐待告発ブログへの文章

何言ってるかわからないとか、つっこみ来るんだろうか・・・

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こんな前のに、わざわざコメントするのも、変かもしれませんが思った事があります

鋭い舌鋒大変素晴らしいと思います

しかし、実親でも一緒ですよw

これくらいの細かい見方を、実親には向けられてないようですが、ブログ主さんの実親の方はそんなんじゃないんだと思いますしかし、これだけの鋭さを里親全体に向け、里親団体の矛盾里親制度矛盾を個人の里親の人や志望の頭が足らないような無邪気さを持つ人に向けるとしたら、実親についてこちらのブログにあるポエムだって、実親のわかりにくい虐待や異常心理の犠牲になった人たちにとっては、親という神話宗教を補強している、やめてもらいたいと思わない事もないですよ。

しかし、それは受け取る側の問題だと認識するしかないわけですよ。

別に自分の親の素晴らしさや良さを表現して悪いわけはないし、虐待する親がいたとしても、虐待しない親もいる、愛情深い親も居る

それは、事実して受け入れないと仕方ない部分としてあきらめるわけですよ。

里親制度と実親制度は違ってる部分が大いにあり、里親制度は公費を大量に使ってます。実親制度場合は、制度としてさえ認識されてません、それが当たり前で古来より続いてきたものから・・・

しかし、社会責任というのは、近代国家理念からいうと、どちらの制度の不備に関してもあるはずです・・・

かばかりの、はっきりした暴力や死に至らしめるような虐待という形で、現れない限り、実親というのは、自然愛情を持って子供に接する事ができる人、子供の事を思わない親は無い、などという事になってしまうわけですよ。

ここで挙げられていた里親の下心的(性的ないみじゃない)なもの、全部自分中心、感謝されたがる、押し付けがましいなど(このとおりの言葉ではなかったかもしれないけど)、全部実親の”一部”にも当てはまります

あきらかに、営利目的ものと、人格障害的な里親と、ただの無神経な人や、人間エゴからくるものと、それぞれ分けて考えないと、的確な批判とは言えないのではないでしょうか?

このエントリコメントしてる里親の人のコメントを見ると、確かに犬猫となら問題なくやって行けるかもと思ったり、子供精神的に依存しそう(というか考え方が既に依存してる)な人もいました。

しかし、トイレの水を飲ませたりはしないでしょう。

それと同じにしないでくれ~!!と言いたくなるのでしょう。

書いていて、途中で気付いたり、よくまとまってないですが、実親でもこの程度の人はいます虐待と関係ない部分で。

愛情というのは自己から同性愛へそして異性愛へと進むとか、言われてます

エゴを含まない愛は無いし、愛情根底には自己愛があるとも言えるのではないでしょうか?

(本能的な愛情の、と言うべきかもしれませんが)

中には、そんな本能的なものではなく、思慮深い愛情を持っていて、自分家族や関係ない第三者的な人にも、関われる人もいるかもしれませんが

普通に可愛い可愛いと何か小動物を愛でたり、子供を愛でたりする単純な本能的な温かさを持つ愛というか、そのようなものを持つごく普通の人について。

それを普通と言ってしまってはまずいのかもしれませんが、所謂大衆的愛、里親になりたがるような頭が足らない、知的レベルも高くない専門里親になる知識も根気も無いような層についてです

なぜ、このブログを読むかというと、児童虐待は強烈な人権侵害でもあり、里親制度構造卑劣さとともに、許すべからざる行為であるという事もありますが、

この↓記事などの秀逸さに啓発されるからでもありました。

http://xxxxxxxxxxxxxxxxx(伏字にしときます)

こういう事は里親に限らずだからです

今のここの記事でも、実の親への健全愛着愛着障害と決め付ける、とか、その子供を可愛がった人を悪く言う事の説明をみて、ああなるほどなと思いました。

私は長年ずっと離れて(避難して)暮らしていて経済的にも関係のない実親から、故人を悪く言うFAXを私と利害の対立していてかなり理不尽な事(住んでいる建物を住んでいる状態で立ち退かせたいから壊した。他の賃借人は全部無料で追い出した。私は出るに出られなかった。壊すまでの期間が2ヶ月無かった。私が調停を申し立て法律に則った交渉をと言っていた)をしてきた業者を経由して送って来られ、驚いていたら(その他の内容も異様だったため)、業者と一緒に鍵を無断交換し、施錠して置き鍵もせずに、ドアに「カギをとりかえましたので、連絡下さい。xxxxxxxx(携帯番号)両親の名前」が書かれ私をフルネーム呼び捨てにした紙が貼ってある状態にされました。

警察が民事扱いとして中途半端に介入したので、余計混乱したし、東京日弁連会長宇都宮弁護士家賃を払ってない人たちがされた鍵の無断交換で、不法侵入と器物損壊で告訴状を出していたと知ったので、検察告訴状を持って行ったら

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「親を告訴するなんて」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

と言われ受け付けてもらえませんでした。

FAX建物破壊画像など http://goo.gl/P1GMG

弁護士宇都宮弁護士と違って弱者救済を謳っているところには結構酷い人もいました。

アパート保全をするという事で電話相談で話した弁護士が紹介した弁護士は、保全できないと言いましたが、後でそこと関係ない弁護士には「おかしいな、仮処分申請出せるはずなのに」と言われました。相談時に借家が壊されて損害賠償請求した訴訟の資料も持って行って話しているので余計おかしです建物を壊しても何の権利侵害してないんだったら、その訴訟で勝たないはずだからです保全するのは保全命令を出す地方裁判所保全課で弁護士仮処分申請を出す手続きをする事ができるだけで、自分保全命令は出せないですが、仮処分申請は出せるし、私にある権利をないもののように説明するのはおかしです

相談してたのに壊されたなんて、おかしいのに、どこも取り合わないし、親は全力で業者の味方をするし・・・

他にも某巨大掲示板では、親から逃げている人の情報交換のスレッドがあります。どこまで本当か証明はできないですが、UR保証人無しで入れるなどの情報住民票ロック方法も出てました。

里親はいくら虐待しても追っては来ませんが、実親は追ってきます虐待しておいて年老いたら当たり前のように介護要員としようとするらしいです。親が職場大学院嫌がらせ(本人は嫌がらせではないというらしい)来て辞める事を余儀なくされたり、お金をせびりに来たり、子供の名義で借金したりするという書き込みもありました。(真偽の証明はできてませんが)

そこで見た書き込みで「家族と言うのは宗教団体に似ている」というのがありました。

以下コピペ

73 :名無しさんお腹いっぱい。 :2006/10/02(月) 12:03:11 ID:bMrFeuQL(4 回発言)

家族というものは、宗教団体に似ている。

健全宗教団体に生まれたら、健全洗脳を受け、

自立しつつも他人に思いやりを示せる人間になる。

ところが、運悪くオ○ム真理教のようなカルト教団に生まれてしまったら、

自立させないように、間違った洗脳を受ける。

家庭においては、教団=家族教祖=親、信者子供という形式を取る。

カルト宗教家族の場合洗脳は、

親の教えこそが常識で、子供は親に際限なく尽くすべきという洗脳をする。

子供がその教えに反抗し、自立しようとすると、教祖である親の呪い言葉が聞こえてくる。

カルト宗教場合は「地獄に落ちる」「教えに逆らうと天罰が下る」、

家族においては「親不孝者」「お前は悪い子だ」といった呪い言葉が頭をよぎり、

親に逆らうことに罪悪感を感じる。当然、心情的には逆らわない方が楽である

子供が、そうした呪い言葉をはねのけて自立しても、

脱退した信者を追いかけて連れ戻そうとするかのように、どこまでも追いかけてくる家族もいる。

洗脳が完全に解けて、「親が間違ってたんだ」とはっきりわかる子供もいれば、

結局、罪悪感と奇妙な居心地の良さから家族のところへ戻っていく子供もいる。

もちろん、一生何の疑いも抱かず、有害洗脳をされたままの子供もたくさんいる。

日本はまだまだ、親や教師の言うことをきくのが良い子とされる意識がある。

こうした土壌が、子供を行き詰らせる原因となっている。

.

.

里親の批判になぜ啓発されるかわかりました。

里親愛情に含まれているエゴ完膚なきまでに叩きのめすからです

トイレの水を飲ませるというほどの犯罪的な酷さ(犯罪的じゃなく証明されれば犯罪として捕まるはずですが)ではなくても、エゴの部分を指摘するのを見て、啓発されるものがあったんだと思います

力の強いものエゴは往々にして肯定されがちなので。

里親というもの矛盾は、制度営利目的で利用する人以外にも、親と言う立場になりたい人による犠牲や迷惑もありますが、そのあたりの滑稽さ(こっけいさ、笑えるって事です)を考えると、”親”というものの全体を皮肉る事にもなるのではないかと思います

しかし、こちらでは、実親に対しては、大甘な視点視線を送られているので、まあそういうものなのだなぁと思うわけです

滑稽さというのは、親のエゴも身内なら許して貰えるのに、里親だと許されないかです。(こちらのブログ理屈ではそうなっているように読めます。)

そのあたりが、実は血縁関係にある実の親子でも、親は子供エゴ押し付け許してもらっている、という事実を浮き上がらせているように思えます

2011-09-10

人を試すタイプの話について

1年前のブコメレスポンス

tomo-moon

どうでもいいけど事業に失敗したと言う男にそれでもいいと告げて

『嘘だよ、事業は至って順調。君は心が美しい女だ今すぐ結婚しよう』とか言われて

「私を担ぎやがって」と相手をボコボコにしないでいられる自信はない 2010/10/18 14



これはすごくまっとうっていうか、当たり前っていうか、

そもそも相手を試すような行為ってのは大変無礼なことであって、

「事業に失敗したという男」のお話で言えば

もし女が「それでもいい」と言った途端に




男はその場で五体投地して

「ごめんなさい 

 人を信じられない僕の醜い心が君を試すようなことをしてしまいました

 でもこんなことをするのは一生でこれっきりです

 もし愚かな僕に愛想が尽きていなければ

 どうか結婚してください」

という展開が当然来るわけで




「事業に失敗したという男」のお話でいうと

女が「お金ないならサヨナラ」と返答するルートしか描かれないか

男が土下座するパートが省かれるだけで

本来は土下座までが当然の前提として読む側が担保してるものなんだけど

どうも最近そうではない





人を試す話は大変魅力的モチーフなので

神話にも逸話にも民間伝聞話にも山ほど出て来るけど

一方的に試しても謝らないでいい例外的パターン神様か殿様が疎遠な下層民と接するときぐらい。

(その時は謝る代わりに褒美を下げ渡すんだけど)




親しい仲の人間を試した話では

「おお!お前を疑ってしまった!許してくれ!」っていうパートが必ずあるし

人を試すお話の本当のカタルシスパートはここであって

試しをパスしなかったバッドエンドルートなんてただの裏ルートに過ぎない。




であるのに昨今はなんだか

人を試したり操ったりする所の方で興奮する人が増えたので

「試したら案の定でした。終わり。」みたいな話が増えてしまった。

多分それと関連して、

「人を試したい」「人を操りたい」みたいな欲望が

無礼である、醜悪である、という根本的なことすら了解してない人が増えた。





話に取り止めがなくなってきたのでヨブに合掌してここで終える。

2011-09-01

http://anond.hatelabo.jp/20110901191240

たとえば兵器の名称や、歴史上の偉人の異名、有名スポーツ選手の渾名、

神話宗教に出てくるあれこれだとか、魔術結社で使われるあれこれだとか、

そういうものはどこでもだいたい似通ってるわけで、

男が考える「なんとなくかっこいい言葉」ってどこでも一緒なんだよ。

エターナルフォースブリザード」なんだよ。

2011-08-24

http://anond.hatelabo.jp/20110824030254

狙いは悪くないと思うがまだ少し偏ってるな。補足したい。

普通の人は、大義名分が無いのに嫌韓だけで大声を上げられるほど、恥知らずではありません。普通の人は、マスコミゴリ押しだけで大声を上げられるほど、正義感は強くありません。普通の人は、両方がそろった時に、恥知らず正義漢に変身するのです

恥知らずというのは偏った見方だろう。かつてジャパンバッシング国旗を焼いたアメリカ人たちとそう違わない。ある種の保守主義の形ではある。はてサだって口を開けばラッダイト運動だとかで勇ましい奴がいるけど、せいぜい同じレベルだろう。もちろん、今更保護貿易主義は流行らないとは思うが。

×:マスコミテレビは公共物だから偏向は許されない

不偏だなんて無理だってば。いつでも多数派の真ん中人生なんてあり得ないんだから自分が少数派の偏向さんになることもあると心得ましょう。

たとえ実際には空疎神話だとしても、放送法というものがあるからフジテレビは(その他のテレビ局も)その法律によって、国家から電波の使用権を得ている。常に批判はされうる。もっとも俺は、この際だから放送法のほうを解体してしまってもいいと思うけど。

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