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はてなキーワード: 感性とは

2012-02-09

 真実神話とどちらかが大切なのではなく、どちらも車の両輪のように大切にしなければならない。

 想像の中で過ごしている人がいたらそれはロマンチストではなくて現実対応できない人である

 逆に現実ばかりに眼がいって理想を追わないのは人間として淋しい。

 小説や詩歌などでも感性だけの作品はつまらないし、知性だけの作品も読めない。

 例えば、童謡で説明すると、野口雨情の「シャボン玉」は感性だけで鑑賞することができる。虹色に光るシャボン玉が空に飛んでいく姿はそれだけで絵になる。ところが、これが子供が亡くなった時の哀しみを思い出しながら描いた作品だということを知れば(つまり知性で考えれば)作品が二重になって見えてくるはずである長野県中野市中山晋平記念館には「雨情が旅先で二歳の娘の病死を知らされ、その悲しみを詩に込めた」と解説してあるという。

 ただ、娘が亡くなったのは詩ができた二年後という説もあるし、歌手高石ともやは「間引きの歌」と考えている。ある人から間引きで死んでいった子どもの歌だ」と聞かされたのがきっかけだ。高石の父親が生まれたのは、間引きが行われたこともある岩手県の山の中。高石も極貧の中で誕生した。父親はとてもかわいがってくれた。が、自分間引きを考えたこともあったのではないか、という(『唱歌童謡ものがたり』岩波書店)。

 感性だけで鑑賞するのも知性だけで解読するのも双方が必要だ。

 理性だけだと他人の痛みが分からない。感性想像力がなければ分からない。ルソーが『エミール』でいうように「ひとり想像力のみが我々をして他人の苦しみを感じさせる」のである

http://www.toyama-cmt.ac.jp/~kanagawa/father/shinwa.html

http://anond.hatelabo.jp/20120209121045

感性の話なんかしてないと思うけどな。

まあ、あれだ。他人の収入採用不採用にピリピリする気持ちはこんな景気だからわかるよ。お茶でも飲もう。

http://anond.hatelabo.jp/20120209120926

申し訳ないが君の感性全然理解できないので話ができない。ごめん。

2012-02-08

http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20120207/1328600080

ハックルファンとして、最近の彼の記事の腑抜けぶりには強い憤りを感じていたが、これはもう限界だ。

おおハックルよ、最近浮気性ぶり、他人の言葉を借りるだけで自分言葉で語る不甲斐なさ、すべてがなさけない。

この頃から比べての劣化ぶりはどうしたことだ。全盛期を思いだせよ。

もっとご自慢の感性で、文章力で、はてなの駄目なところを抉れよ。それができないなら少なくともはてなはやめてしまえ!

http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20080611/1213162474





ハックルベリーに会いに行く」というブログは、

岩崎夏海という人の書いた文章と、はてな民によるツッコミ共振して、

はじめてコンテンツとして意味を成す構造になっている。

最近やらおんなど2ちゃんまとめサイトなどが、

ハックルさんに対する2ちゃん民の記事を取り上げる記事などを取り上げる事案が数件あったが、

正直全然面白くないことからもわかる。

はてな人間が、これだけハックルさんを愛しながらも、

彼のベストセラーもしドラについては、ほとんど興味を持っていないことからもわかる。

ハックルベリーに会いに行く」というコンテンツ

よく知らない外部の人間からみたらただのキチガイしかみえないが、

実際は高度なお約束から、作者と読者の強い相互理解成り立っている、ハイコンテクストな娯楽なのである

時代こそ浅いが、歌舞伎のような伝統芸能の一種と考えるのがふさわしい。

現代風に言うならば、完成度こそ低いが、いや、完成度が低いからこそみんなに好かれる、

アイドルとそのファンのような関係と呼ぶべきものである




アイドルは、読者との間の関係の強さが全てだ。

文章力だの、踊りのウマさだの、そんなものは何の関係もない。

ファンが求める虚像をどれだけ上手に演じられるのか、それが全てである

その点、この岩崎夏海という人物は類まれなる才能を持っている。

彼は、精神科医の診断によると承認欲求赤星巨星といっても良いほど承認欲求に飢えており、

周りなど気にせずマイペースに記事を書いているように見えて、

実際のところは強烈に読者を意識して意識して意識しまくっている。

ハゲって言われただけですぐに傷ついたフリをしてみせるなど、読者に媚を見せることに一切のためらいがない。

しかも、普通このように他者を意識し続け、媚を続けていると、

自己を見失ったり、自己イメージが磨耗して続けられなくなるのが、彼はそうならない。

いかなるメカニズムかはわからないが、彼の自己イメージは尽きせぬ承認欲求供給によって常に明確に保たれており、

日本一ベストセラーを達成しても、常にむっつり不機嫌顔を絶やさず、負のレジリエンシーを維持し続けていた。

彼は、まさにアイドルとなるべくして生を受けたような、選ばれし存在だった。





ところが、最近の彼はちょっとおかしい。具体的に言うと、結婚の発表があったころからだ。

彼のアイドルらしさが薄れてきている。彼自身のスタンスが薄れてきている。

最近の彼の目は応援している観客の方をみておらずなにやら見当違いの方向を見つめているような印象だ。

ありえないことに、「彼が自分の頭で考えたことについて話をしようとしている」ようにすら感じられる。

彼は何か勘違いしているのではないか

彼が人気であるのは、彼個人の思考や目の付け所などは一切関係がない。まして文章力ゴミクズのようなものだ。

それでも人気があるのは、なぜか? 誰が彼を愛しているのか。

記事を更新したら30分以内にはてブを貢ぎに来る愚民どもではないだろうか。

その原点を振り捨てて、新しく進もうというなら、周りくどいことは抜きにして、堂々と宣言するべきではないか

それが我々に対する礼儀ではないかと思う。

礼儀さえ尽くされていれば、我々は彼の変化を心から歓迎するだろう。

しかし今のようなつまらない記事でお茶を濁されるのは、絶対に許せない。





結婚おめでとうございます

ピントのぼけたつまらん記事を書くくらいだったら、家族サービスに徹してください。

その方が、お互いにとって幸せだと思います

今のままだと50ブクマ越えられないと思うんで、しっかりしてください。

50ブクマ越えられないへっぽこ記事を書いてるハックルなど存在する意味ハゲくらいしか見いだせない。

ハゲと言われて傷ついたとか行ってる暇があったら、毛を生やすか、面白い記事をかけ。

そのくらいの根性見せられなくて何がジョブズだ?ザッケローニだ。ふざけんな

2012-01-31

http://anond.hatelabo.jp/20120131130845

これは訓練とかいう問題じゃない

料理なんぞ、訓練でどうにでもなりますぜ?

まぁ、嫁が理系文系かにもよるが、旧帝大学院出てるんなら、どうとでもなるだろ。



感性の問題、いや、DNAの問題だと思う

とりあえず、料理感性でするもんじゃないってことを叩き込むべきだな。

純粋化学として覚えて貰え。



化学実験するときに、レシピ間違えると反応が起こらなかったり、危険な状態になったりするだろ?

料理は実際の所、化学変化の塊なんだから材料の分量や工程間違えると、反応が起こらなかったり、危ない。



そこを理解させれば、レシピ通りに料理してくれるだろ。

レシピ通りなら、当然だがレシピと変わらん味(変わっても誤差範囲の味)になる。



説得できるかは、嫁との信頼関係(笑)じゃねーの?

俺の妻は料理が出来ない

俺の妻は引きこもり主婦

子供はいない

パートに出て貰えればいいのだが、働く気ゼロ

朝起きたらすぐにパソコンにかじりついている

インターネット中毒

妻は料理はしない

料理してもらったことがあるけれど、食えたものじゃなかった

オンチっているんだな

これは訓練とかいう問題じゃない

感性の問題、いや、DNAの問題だと思う

せっかくの食材を大切にする気がない

カレーを作れば水を入れすぎてカレースープ

記載されている作り方のとおり作ってもらえればいいのに、そのマニュアルを読まない

ラーメンもゆですぎてトロトロラーメン まずっ

タイマーかけろといってもかけない

出来ることはお湯を温めるだけ 本当に

俺がいないときインスタントカップ麺ばっかり

あとツナ

お米を炊いてあれば、漬物だけで済ます

ガスを使う料理が出来ない

卵焼きも出来ないときた 焦がす焦がす

さすがに疲れて料理を頼むと

まりにもまずさに残してしま

あなたが味をみないからいけない

あなたが手伝わないからいけない

あなた料理しないからいけない

なぜなんだろう

なぜこうも責められなければいけないのか

一応、旧帝大学院を出るほど優秀なはずなんだが、料理に関しては一切ダメ

出会ったときから俺が料理専門

結婚してから毎日、朝はパンだが、夕食は帰宅してから料理していた

結婚してから妻は主婦オンリー 読書インターネットしかしない

妻は一緒に遊ぶ友達はいない

外に出ていろんな人と交流してくれればいいのだが、話す相手は俺だけ

さすがに疲れた

障害を持った妻だと思って、介護のつもりで今後もやるしかないのか

2012-01-27

http://anond.hatelabo.jp/20120127132638

それはお前の感性投影だろ

さっさと自分の国に帰れよ

2012-01-25

http://anond.hatelabo.jp/20120125182803

ファッション誌を参考にしていいのはファッションに関する常識的な感性を理解してる人間だけ。

それを分かってない奴が参考にするとトンチンカン解釈してクソダサくなる。

掛け算九九を理解してないのに積分とかしようとして独自の謎計算を始めるようなもん。

2012-01-23

http://anond.hatelabo.jp/20120123173958

ふざけんなって言ったところで何も変わらないし、変わらないこともわかっているわけでしょ?

いや、思ってないよ。全体は変わらないけど、私がメッセージを送ったその人にはちゃんと読んで考えたら変わることを期待してるよ。


故に

単に口出ししているだけ。何で口出ししているかと言えば、口出ししたいから。そうでしょ?

は否定する。


別に口を出すことは自由なんだけど、「口を出す」論理と「動かす」論理リンクさせてるのが変だと思うのさ。

は当然にリンクします。もちろん口を出したいから口を出す。

しかし、口を出したいから口を出したことは、動かしたいという動機を否定するわけではない。OK?




動かす人は、動かしてみたいから動かすだけで、たぶん特に目的なんかない。

この考えはどっから出てきたの?あなた感性を述べているだけなら、

あなたがそう思うのは勝手だけれど、私はそうは思いません、以上。


というわけで、この部分はぽかんと浮かんじゃうわけなんだけれど

口を出したい人が口をだす。動かしたい人が動かす。そして動くときには勝手に動く。

まぁ全体的におかしいから多分あなたの中ではなにかつながってるんだろうね。

もうちょっとよく考えて。全体的に感性が走ってるカンジがするよ。

http://anond.hatelabo.jp/20120123161037

横だけど、どういう理屈でそういう主張が出てくるのか分からない

出会ってきた人間が何者であろうと、劣った容貌や卑屈な性根や貧しい感性はなかなかどうにもならないだろうに

2012-01-21

ゲーセン読めなかった。

ゲーセン出会った不思議女の子

というまとめが話題になっているけど、創作だろ、事実だろと言い合っているのもちらほら見られた。

個人的には、創作だろ、と思って、それゆえに途中からスクロールして結末読んだ。

たぶん、ちゃんと読んだら感動するんだろう。

なので内容については批判はしないけど、創作事実として提示することについて感じたことをメモっておきたい。

もちろん、

創作だと分かっているよ、その可能性はあるだろうよ、でもさ、別にいいじゃん、書いてある事が良ければ

という意見があることも分かる。本当はどちらかというと、そのポジションでありたい。


別にいいじゃん、書いてある事が良ければ」よりの考え方である根拠について。

昔、4日間の奇跡という小説を読んで文章あまり上手くないなあと思った。でも、最後まで読んでちょっと泣いた。

創作でも、文章や構成が甘くても、表現しようとするものが確かであれば評価されるべきだろうと思う。

2chまとめでも、イラスト描くようになって同じ趣味彼女もできたけどイラスト勧めてくれた親友が亡くなった話とか、

風俗嬢を好きになって親友と一緒にAV出演の契約をさせられようとしている窮地を救う話とか、

あいうの読めるし、いい話だなーって思う。でもゲーセンは読めなかった。

たとえば、あの話の導入部分で違和感を感じた箇所が二点あった。ちなみにこの違和感は4日間の奇跡の文章に感じたものに近い。

一つは、少女喫煙所で会話をするシーン。もう一つは、イラストと口にした途端、少女が暗くなるというくだり。

細かくは書かないけど、どっちも不自然だった。(そしてそれ以降スクロールした)

些細かも知れない。でも自分小説書いた事ある人なら分かると思う。

登場人物の立場だったら、どういう振る舞いが自然か、自分の好みやご都合主義が混ざってないか推敲する。

作者の偏好や、その状況の想像不足、物語の展開のため仕方なく不自然になってしまったシーン。

創作ならその不協和音を作者の稚拙さということにして、読み進められる。

ん?ここ作者の個人的な好みで展開しているよねってことも、その作者の傾向として許容できる。

だけど、それが現実にあったこととして語られると、その不協和音はどこで解消すればいい。

事実と言われれば受入れ難い展開も「事実なんだから」と否定できなくなる。「事実」にはその強要がある。

あの話は不協和音の方が強すぎた。その不協和音事実というの名のもとに感性への受け入れを強要し、受入れ難いあまりに拒否感を起こさせる。

創作と知っていれば、作者の個性技量ということにして看過することができたのに。

「そうとは言ってもあれは創作」と鷹揚に構えられないのは神経質なだけと言われればそれまでだが。

まあでも、他のまとめを押しのけてああいうのが盛り上がるのは、ギリギリ有り得ない感だからこそかも知れない。

感動したという意見が多いから本当は丁寧に読みたいんだが、なんで創作と言ってくれなかったのか。

映画ドラマ化でもされればハードル下がって見れるかもなあ。嫌がる人多そうだけど。

2012-01-16

一眼レフでオ◯◯ー気持ちいいお( ^ω^ )

写真を撮るようになった。


別に撮影趣味になったわけではない。

日常を押さえて歩くほど暇ではないし、そこまで繊細な感性も持ち合わせていない。

旅行スポーツ観戦、帰省、友人・親族結婚式、…etc.

なにかイベントがある度、カメラを持ち歩くようになった。


昔は写真が好きではなかった。

撮影者は今その瞬間の世界にあえて没入していないと思わせ、実のところ望んで没入することができない、なにか傍観者であることを肯定している人のように思えた。

写真を撮る人は、客観視できることの優位性を示すような、冷めていることを美徳とするような、リアルでない世界の人だと思っていた。

後で写真を見返して、当時を振り返るのは、現実現在からの逃避だとさえ思っていた。


今ならよくわかる。

未来は暗い。

撮影の瞬間に失うリアリティ以上に、現在リアルでない。

撮影の瞬間思っていたことを、その瞬間生きていたことを、確認したい。


写真を撮らなくなったとき、僕は生きているか、死んでいる。

一眼レフでオ◯◯ー気持ちいいお( ^ω^ )

写真を撮るようになった。


別に撮影趣味になったわけではない。

日常を押さえて歩くほど暇ではないし、そこまで繊細な感性も持ち合わせていない。

旅行スポーツ観戦、帰省、友人・親族結婚式、…etc.

なにかイベントがある度、カメラを持ち歩くようになった。


昔は写真が好きではなかった。

撮影者は今その瞬間の世界にあえて没入していないと思わせ、実のところ望んで没入することができない、なにか傍観者であることを肯定している人のように思えた。

写真を撮る人は、客観視できることの優位性を示すような、冷めていることを美徳とするような、リアルでない世界の人だと思っていた。

後で写真を見返して、当時を振り返るのは、現実現在からの逃避だとさえ思っていた。


今ならよくわかる。

未来は暗い。

撮影の瞬間に失うリアリティ以上に、現在リアルでない。

撮影の瞬間思っていたことを、その瞬間生きていたことを、確認したい。


写真を撮らなくなったとき、僕は生きているか、死んでいる。

2012-01-04

2ちゃんまとめさいとでよくやってるオススメって誰がターゲットなんだろ

http://vipsister23.com/archives/5037013.html

たとえば私はこれ見ても、全然アニメDVDを買おうという気にならなかった。

ところが筋トレスレプロテインオススメとかはかなりの確率ポチるんだよね。



で、これ読んでみた。

ハーバード大クチコミは効かない」記事で考えるべき論点3つ

http://kirik.tea-nifty.com/diary/2011/12/post-9dbf.html

● 共通の趣味を持つ友人間での選択肢として

● 一番多いのは「詳しくないけど、必要に迫られて」

● ブランドは長い価値

クチコミというのは「特定の趣味に根ざした友人間での情報交換」よりも、「必要に迫られて買う場合選択肢の増大」の方向へ作用するものじゃないか

刹那的に「いま、求められる情報」「いま買わなければならない商品、サービス」というよりは「そういえば、あいつがあのブランド製品が良いって言っていたような」という情報のトリガ

長い時間をかけて、あまり自分で触らないような例えば幼児おむつに対する評価だったり、航空会社証券会社弁護士事務所など、素人にはぱっと見違いが分からない分野においてより手にとってもらえる可能性が高まるためのフックを作る



以下、特に結論なし。私が思ったことを書いてるだけ。

あと私は口コミを「無個性な多数の紹介をまとめたもの」と捉えているので、そのつもりでお読みください。



なるほどなー、と。特に3つめの「長い価値」ってのは最近なんとなくわかってきたかも。長い価値というか繰り返しが大事というか。

おすすめ漫画」については2ちゃんサイトを見て買うことは殆ど無かったけど、最近ちょこちょこ買うようになってきた。

10回くらい繰り返しいろんなサイトおすすめされるとようやくさすがによんどこっかなーみたいな気分になる。

単にこれがオススメって言われるだけの場合、一回言われた程度では心動かないかも。



これとは別のパターンとして、

去年の11月くらいに、どっかの2ちゃんまとめが、みんなではなく個人のラノベオススメ○選みたいなのを紹介してた。

んで、それが一時的に流行ってたけれど、これについては購入率はちょっとだけ高くなった気がする。

ただし、その人との感性が合うかどうか次第で、紹介車の個性がかなり強く出てるから口コミとはちょっと違うかも?




Amazonの「これを買った人はこれも買ってます」のオススメは、基本的に利用しない。

あえていば、すげえ気に入った作品があって、それのAmazonレビューを見た時、自分と同じような評価をしている人が

「この作品の元はこれだと思う」とか「この作品を読めばもっと楽しめる」とか「この作品を読んだ後これを読むと感動した」

みたいなコメントと一緒に紹介してれば買う。 これも口コミとはちょっと違う気がする。




ちなみに、個人的に好きなサイト管理人さんがおすすめしてる本は、ほとんどノータイムで買う。説明が豊富だしね。

これはもう完全に口コミじゃなくて、セールスとかその人のメディアブランドに属する話だと思う。口コミによる商品ブランドとは違うよね。




結局

amazonレビューはまったくあてにならない。必要なのはクチコミの量じゃなくて、自分スタイルにあった批評者をすぐに見つけられるシステム

というありきたりな結論になるわけで、基本的には2ちゃんまとめって見ても意味ないはずなんだけれど、それでも繰り返しの魔力ってすごいな、とか。

あと、美容系など、自分が全く知らない系はついうっかりポチってしまったりするから怖い。 

「とりあえずないよりはなにかためそう」が一番のターゲットなのかな?

2012-01-01

絶対音感的なるもの

作曲家のような、音楽漬けの生活をしていると、絶対音感を超えて、

ある和音がどのような配分で展開されているか、さらにはその和音を構成する楽器がどうだとかいものまで身につくという。ちょうど、料理の味付けから調味料や具材の味を当てるようなものに近い。



絵にしても同じようなものが言えるのではないか、と考える。

たとえば、トレス疑惑などというものは、普通の人なら似てるものどうしを見せつけられない限りは、見落としているものだろう。

ということは、そういうところに精通している人が、まず気づくのだろう。

さらにはアニメにしても同じだ。動的な構図の類似性を見出すのは、知識と経験と訓練の賜物であるはず。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm16560137

そういう「文法」、あるいはシソーラスのようなものがあったとして、それに気づけるかどうか、そこが感性なのではないかな、と思う次第。

あけおめ

2011-12-26

http://anond.hatelabo.jp/20111226225840

ストレスで思い出したが@francesco3( http://twitter.com/francesco3 )のリツイートを眺めると

確かになんつーか、ストレスまりやすい感性なんだなー、と思うよ。 火に油を注ぐというか。

2011-12-25

今すぐ消えろ!日本カルチャーシーンを「残念」にした戦犯タイプ

ハロー



聖おにいさんオサレというのよりサブカル臭。それも悪いタイプの。

http://anond.hatelabo.jp/20081210172325

とても根が深いサブカルミーハー問題。『このマンガがすごい2010』を読んで。

http://anond.hatelabo.jp/20091216230059

このマンガがすごい!」は罪深い延命装置。もう犠牲者を増やすな!!

http://anond.hatelabo.jp/20111224192828



を書いたぼくだよ。みなさん自意識丸出しでごちゃごちゃ言ってくるんで、胸焼けするぐらい非常に切ない気持ちになりました。なんというかもう……。

「かわいそうだね?」

って言葉しかでてきません(おっと、つい芥川賞受賞作家ネタが飛び出しちゃったよ。やべー、まさかここで芸術に携われる人間だったら絶対にチェックしておくべき、芸術を理解できないやつは興味ないふりして精神防衛していることでお馴染みの芥川賞ネタが飛び出すとは、俺のセンスパねえ)。

はてなブックマーク、およびツイッターの皆様がたは心のホメオスタシス機能をフル稼働させて自分の殻に閉じこもっちゃっていますね。みなさん図星を突かれたことを必死に隠そうとしていますけど、何で等身大自分直視できないのかねえ。

「格好をつけないことで、格好をつけている」

「「ホメればセンスいいと思われる記号」を批判すればセンスいいと見られると思ってる人の典型的批判」

やれやれ。春の熊に全員屠殺してもらいたいよ(センスある村上春樹ネタ)。

ぼくはきみたちの断末魔叫びで心が汚れちゃったんで、ストラヴィンスキーを聞いて洗い流していました。グッドなアートエバーグリーンな輝きでディ・モールト・ベネだね。

ということで、本題。反応を見ていると、ぼくが批判したい対象がイマイチ伝わっていないようなんで、ここでまとめて表明してみようと思う。

これ以上、この惨状を放置しているとホント取り返しのつかないことになるからね。砂漠に水を与えるようなものだけど、何もやらないよりはマシ、かな……。

きみらの軽い脳みそでも理解できるように4つに大別してあげているから熟読してほしい。2010年代はこういう奴らをいかカルチャーシーンから排除するかにかかっているので、宇野常寛さん、荻上チキさん辺りは参考にしてほしいね東浩紀さんは河原で石でも積んでてください。

では、いきますよー。



映画秘宝

ボンクラ」なんていう安っぽい価値観連帯して、「中学生マインド」なんていう恥ずかしい心性を至上価値にしちゃっている一派。やっていることはひよこのオスメスの仕分けみたいなもん。ライムスター宇多丸町山智浩辺りが「いい」といったものを「味方」と見なして手放しで褒め称えて、けなしたものを一緒になって叩けば、「センスあるポジション」にいられると思っている。

「売れてる邦画はテキトーに叩いておけばおk」みたいな頭からっぽな行動も平気でしちゃう。そんで周りも見てもいないのに賛同しだすから目も当てられない。

中身をまともに分析しないで「大沢たかおが出演しているから、これはクソ映画だ」みたいな論理で動いていて、そんで「バカな大衆」と「審美眼のあるセンス抜群の俺」という謎の対比をしだすんだよね。「なぜこういう内容の邦画がいま売れるのか」なんていう深遠なトピックに触れることは一切ないし、考える頭もない。

自分の物の見方だとか価値観だとかが一切抜け落ちた、ゾンビみたいな奴ら。サブカル年長者の金魚フンをやることに、羞恥心の欠片もない。「独自な物の見方をする人間」についていけば、「独自な物の見方をする個性的なわたし」が出来上がると思っている。

彼らの反応は非常にわかりやすい。ちょっと宇多丸ラジオを聞いただけで、習性がまるわかりで、「ああ、この映画はこいつら叩くだろうな」ってことがすぐに判別可能になる。その分かりやすさが蔓延の原因だといえよう。映画リテラシーがないのに、センスいいと思われたいやつらの格好の逃げ場になっている。

そんで、こういう奴って美意識がないから恥ずかしげもなく部屋に映画ポスターをべたべた貼って、ダサいバンドTシャツを着ていたりするんだよね。それでいて、オシャレに過剰なコンプレックスを抱いているから、「無理してオシャレしているやつは上辺だけの中身のない単なるカッコつけで、ちょっとダサいくらいの自分が本当は一番センスいいんだ病」にかかっていて非常に厄介。自分のダサさまで理論武装しなきゃ生きていけないなんて、ほんとに可哀想だ。

この病気を完治させるには映画について語りだすたびに「それ、ウィークエンドシャッフル宇多丸が言っていたことだね」って言い続けるしかないと思う。「あ、その映画町山智浩キラキラで紹介してたやつか」、「昔、みうらじゅんがその映画ネタにしているのを見たことあるよ」でも可。



伊集院光

人生大切なことは、すべて伊集院光ラジオから教わった」とか真顔で言っちゃう恥ずかしいやつら。

映画秘宝系との違いは、映画を見たりする気力も何もなくて、横になってラジオを聞くぐらいの体力しか残されていないのに、自分が第一線にいることを疑わずに最新のカルチャー必死に否定してくる。「最近アニメって萌えばっかりで中身がないよね」って見もしないくせにしたり顔で口を挟んでくるのがこいつら。

自分中年化し、ついていけないことを認めることができなくて、漫画アニメ伊集院が褒めるものけが絶対だと思っている。『わたしは真悟』だとか『アストロ球団』だとかね。

映画秘宝系はまだ自分の足で作品を鑑賞しようっていう根性があるけど、こういう奴らにはそれすらない。平気でCMカットMP3音源違法ダウンロードして、「やっぱり伊集院さんって聡明だよなあ」なんてアホ面下げてる。その続きはもちろん「本当に頭が良い人って伊集院さんのことを言うんだよな。やっぱり人は学歴職業じゃなくて、物の見方で頭の良さが決まるんだよな~」なんて考えいて、「ダメ自分は本当は感性が鋭くて、周りのくだらない奴らよりもずっとずっと頭がいいんだ!」って泣きながら自己肯定をしている。

「人見知りなのは感性が鋭いからだ!」

バイト面接で受からないのは、感性が鋭いからだ!」

住民税を滞納しているのは、感性が鋭いからだ!」

もうなんでもあり。

こういう奴らのためにはっきり言ってあげるけど、「感性」っていうのは行動で示さなきゃ形にならない。布団のなかで自分を慰めるための感性だなんて、ありゃしないよ。ゴミクズよ、もうよせ、こんな不毛自己肯定は。



ビレバン

ある意味一番病気かもしれない。

「センスがいい」というタグを貼られた商品を必死に買い集めて、なんにもない空っぽ自分必死デコレートしようと頑張っている。ビレバン下駄を履かせてもらわなきゃ、外を歩くことすらできない可哀想な人。自分ビレバンから与えられる餌を食べているだけの家畜だってことに気づけない。

こういう奴がセンスいいと思われたい一心カルチャーシーンを引っ掻き回して、むちゃくちゃにしていく。「このマンガがすごい!」で上位に入る漫画悲惨犠牲者なのは、前の記事に書いた通り。

なんにも作り出せない、作ろうともしないくせに、必死に消費物で「ぼくちゃん、クリエイティブなんだじょ!」とアッピールしたい厚かましい愚鈍マリオネットたち。

こういう奴には「お前、ひょっとして浅野いにお漫画の登場人物を気取ってない?」って聞いてみよう。ズレてない眼鏡を何度も押し上げながら、「き、きみぃ、いにお漫画はね、単なるセンチメンタルじゃなくて実験的な手法にも取り組んでいて云々」って聞いてもいない作品論を震えながら語りだすぞ。

さらに「そのボブ、もしかしてつぶやきシローリスペクトしているの?」って言ったら卒倒しちゃうので注意。

もし友人にこの手合いがいたら適度に自意識を潰してあげて、「やっぱビートルズが一番だよな」ぐらいのレベルに留めさせてあげるのが吉。弾けもしないのに部屋に置いてあるギターは、親切心で河原で燃やそう。



つぶやき批評家

そう、お前らだよ。お・ま・え・ら☆

はてブツイッターなどの安全からお手軽に一言批判して、「ふふ~ん、ぼくちゃん、こいつらよりも頭がいいもんね~。見てみて! ぼくこの人否定しているよ!! こいつより頭いいんだよ!! ほら、見ろよ、もっと! 見ろっ、見ろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!」と汚い欲望を身体中の穴から漏らしている。

文字数制限を盾にして根拠もなにも示さずに、自分の頭で否定できる一文をなんとか見つけ出して、「やれやれ。きみはなんにもわかってないね」とただ否定するだけ。熟議に何の貢献もしない、耳を汚すだけのノイズ

大抵のバカなネットユーザーは脳の大部分が「最新情報の暴飲暴食」でスカスカになっているため(俗に言う「グルーポンおせち状態」)、比較検証なんていう基本的なこともできない(本人は「できない」とすら気づいていない。そこを突かれると「時間がないから」「忙しいから」と言い訳して、何も届いていないメールボックスをチェックしだす)。だから、「最後勝利宣言をした人間」に説得力があると思っちゃう。

このような「つぶやき批評家(気取り)」と「情報ジャンキー」はまとめてネット中毒矯正院にぶち込むべきですね! そこで『アルプスの少女ハイジ』でも見せて、少ない情報いかに咀嚼するかを学ばせたほうがいい。こいつら、醜く太っていることが勲章だと思っているからさ。



以上、今すぐカルチャーシーンから撤退すべき害毒な消費者タイプでした。こういう奴らが蔓延っちゃったのは「個性大事」という間違った教育と、「作品の解釈受け手が決める」なんていう甘やかしの成果だと思う。

確かにある程度の解釈は読者に任されるだろうけど、それを理由に笑っても怒っても何しても構わないなんてことはない。それだとスタンリー・キューブリックの『博士の異常な愛情』を見て、原子力礼賛だと思っちゃうようなことを許してしまう。

ぼくのような高い視座に立てているクリエイターって本当に少ない。名前を挙げるとしたら、映画監督紀里谷和明か、小説家岩崎夏海くらいか

特に岩崎夏海の『「小説の読み方」の教科書』は上記であげた連帯のためだけや、センスいいと思われたいだけに消費する行為の解毒剤として最適なので、みんな読みなさい。早く読まないと、時代に取り残されちゃうよ。2010年代クリエイターズバイブルだね、この本は。

みんなもうさ、中身のない自分を無理やり肯定するためにアートを利用するのはやめようよ。空っぽ自分直視して、中身ある人間になるために努力するべきじゃない? ソクラテスプラトンも、みんなそうやって大きくなっていったんだよ。

2011-12-19

http://anond.hatelabo.jp/20111219171337

これは同感。

大体イケメンじゃないと外に出たら行けないみたいな風潮自体異常。

自然体で街を歩く権利自然ものであり、これを制限する合理的な理由は存在しない。

気持ち悪い外見は見たくないとかいう一部のキチガイ女のひねくれた感性なんざ

自然体で街を歩く基本的人権を制限する理由になるわけないし、キチガイの特殊な利益

恣意的に伸張しすぎ。

最近日本が極度なイケメン以外は街に出てくるなという不合理なルールが敷かれている

せいで起きている変な事件もかなり多いと推察されるし、イケメンしか出ていたらいけない

社会健全なわけがない。

今の日本社会思想的にクソ。

2011-12-11

http://anond.hatelabo.jp/20111211230052

感性とか体力とか行けない理由を探すより

行ってみたら?

実際に自分でやってみると、以前と全然印象が違うこともあるよ

訳が分からない「うらやましさ」

会社社員寮にて。

後輩たちが忘年会に行くのを見た。

うらやましい。

自分の代は既に同期の中で仲良しグループが出来上がっていて、そうしたグループ内だけで忘年会をやることになっている。

自分はどのグループにも所属しておらず、誘われない。



先輩の部屋の前にスキー板が立てかけてあった。

スキーから帰ってきたようだ。

休日アウトドアか。

うらやましい。

自分インドア派だから



なんでうらやましいと思うのかが自分でも分からない。

忘年会に行きたければ同期を誘えばいいし、スキーに行きたかったら、スキー板とか一連の道具を買うなりレンタルなりして、スキーに行けばいい。金ならボーナスも出て500万以上の貯金がある。

できるのに、やろうとせず、そしてなぜうらやましがるのか?

自分でも不思議だ。



いや、違う。

自分忘年会とかスキーをすることがうらやましいんじゃない。

忘年会を楽しめる」「スキーを楽しめる」その体力や感性がうらやましいんだ。

正直、忘年会に誘われても酒が飲めないから酒臭いのが嫌だから行きたくない

スキーに誘われても寒い上に、滑れないし、疲れるだけだから行きたくない

でも、自分にとっては苦痛以外の何物でもないこれらを、彼らは楽しそうにこなしているのだ。

社会でより求められる、もしくは、実社会により適応できるのは、私と彼らどちらだろうか?

当然彼らである

淘汰圧は、彼らではなく私を排除する。

このことを無意識に私は感じていて、それで彼ら(彼らの体力や感性)をうらやましいと思っていたのだろう。

2011-12-07

http://anond.hatelabo.jp/20111207000905

リンクエラーが出るんですけど、特別な設定がいるんですか?」

これは、「(他のライブラリが必要な)特殊なモジュール使ってますか?」「環境依存の設定ありますか?」とかを包括した質問かもしれない。

コンパイラオプション関数を使う/使わないって切り替えする奴とかで、まじないとして大量の定義が必要な仕事場はあった)

使ってる検査ライブラリが、ドライバライブラリを静的リンクしてた時、「なんか(インストールとか)必要なの?」って聞いたこともあるよ。

「この○○ってライブラリが参照してる××ってなに?」じゃなくてね。


まぁ、言語仕様は知ってるけど、開発環境仕様は知らないって人、多いよ。

パス概念とか、開発ツールの使い方とかね。

んで、そういう事についての感性が低い人は、確かにいる。

2011-12-06

http://anond.hatelabo.jp/20111206164904

自分場合その好みが、これまでに出会ってきた異性(友人・知人・彼女など)からの影響が強い。とくに嫌いな人。

みんな大体そんな感じだと思うよ。

今まで出会った中で嫌だと思った人に似た顔の人は第一印象で嫌だと感じるので仲良くなれないし、

好ましいと思った人に似た人は第一印象もいいので仲良くしやすいもんだ。



自分けが特別な感覚を持っているとは思わないほうがいい。

ごく普通感性だ。

2011-12-05

ハックルという人物は、いつまでも理解出来ない存在で在り続けてほしい

http://www.4gamer.net/games/000/G000000/20111205001/index_2.html

なんというかね。僕は,理解できないものであり続けるのってとても大事だなっていつも思うんですよ。

そして,そのためにはね。自分自身が理解しちゃダメなんです(笑)だって自分で分からないものは他人が分かりようがないでしょ。

めちゃくちゃなのが良いってことでは決してないんだけどね。でも,「理論」と「感性」の違いというか,「理論」と「感性」の関係ってどういうものが良いのだろうかというのは,昔からの僕の中のテーマ

たぶん,人間が理解できるかできないかギリギリのところで,かつ微妙に説明がつかないところにこそ,ヒット作品って生まれる

簡単に理解できるものなっちゃうと,ライバルが多くなりすぎちゃうし,先に行き過ぎちゃうと,今度は理解できる人がいない。

偶然や運も含めて「才能」と呼ばないといけないんだと思いますよ。才能ってかなり運で左右される部分もあるし。

もしドラだけでハックルさんを理解したつもりになってはいけない。

もしどらは、単に「理解しがたいキャラ」を演じてるハックルさんが、地を出しただけ

我々には想像もつかない存在であるハックルさんが、理解できる部分だけを抽出して示してくれたものなのだよ。



http://ulog.cc/a/fromdusktildawn/11738

謙虚」だとか「偏見を持たない」という表現を選ぶのは、「かろうじてウソでなない範囲で、道徳的に正しく尊敬できる人間を目指しているように見える」という理由からであって、必ずしも「身も蓋もなくリアルに役に立つ」からではないのです

実際に役に立つ自己啓発ノウハウを、できるだけ妥当な評価をするとすれば、たぶん、そういう人たちを「卑怯な手段で成功した」と思いこみたい人から邪悪に見え、「自分成功者になりたい」と思いこみたい人から道徳的で崇高に見えるけど、実際は、そのどちらとも簡単には言えないような、簡単な言葉では表現不可能な技術ノウハウの体系のように思えます

ハックルさんの書いてることはそういうことなんだよ(棒






http://anond.hatelabo.jp/20111115162629

書いた人間だけれど

http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20111117/1321497082

捕捉されてた。はっきり言ってキモいありがとうございます

これは「ハックル」でエゴサーチしているっぽいところが笑いどころ。

ちなみに私はずっと増田で書いているが、書いたことがハックルさんに取り上げられたのは3回ある。常に他の誰かを攻撃する時だった。なんだかねー。




いや、違うか。彼は待ってたわけだ。

fujiponさんの記事を見て、直接文句をいうのではなくて、あえて誰かがその記事に茶々入れるのを待っていた。

そして、機が来たと思って一気にそれを放出したのだ。

その他の自分に対する言及のストックを見ても、こちらの可能性のほうが高い。

彼のPC内にある「こいつだはは絶対に許さないよ」リストとか見たらすごいことになってそうだ。





そんな訳で、彼は機が整うまで待てるタイプなのかもしれない。

いや、タイミングのウマさよりも、エネルギーを貯められるということのほうが重要かもしれない。

彼のわけわからんエネルギーをわけわからん形で貯めて、他の人の考えもつかないヘンテコリン物質を創りだすその性質は、ダークマター(未元物質)さんを彷彿とさせる。

間違いなく小説家よりはアウトサイダーアートとかに向いてると思います

エースの系譜は、ひたすら10年間自分の指導する生徒を使いつぶしながら、自分だけは可愛いマネジャーに手を出してリア充を満喫する監督の話だけれども

あの作品に投影された作者の心境を思うに、どんだけのどす黒い感情が彼の中にあるのか。彼を表現するのに小説という枠は狭すぎるぜ。

彼自身は小説には無限の可能性があるみたいなことを書いてたけど、

乙武さんは、「自由」という言葉を驚くほど軽い調子で口にするが、問題なのは、そもそも乙武さんの「自由」に対する考え方がとても貧弱なところだ。真の自由は「自由に発言させ、自由に考え」る中からは生まれない。発言を規制し、考え方の枠組みを押しつけるところから生まれるのである

多分彼が小説の枠の狭さとか自分執筆能力矮小さに気づいたら、小説をぶっ壊すくらいのことはしてくれると思う。

少なくとも日本小説の枠の狭さに耐え切れずに「小説の読み方の教科書」みたいな本を書いちゃったくらいであるわけだしね。




そんな彼の最新作はこれ

http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20111130/1322621523

僕はページを開いたタブをそっと閉じた。ハックルさんの本気は人類には早すぎる。

小説は正直もういいんで、彼が次にどんな未元物質を生み出すのか今から楽しみでしょうがないです



・・・さて、こう書いた私は彼に何を投影しとるんかな?

http://anond.hatelabo.jp/20111205123401

横だけどどのへんがウザいの?

風俗いかいから話がよくわからん

えっ

風俗とか関係なくこいつの文章のウザさの話なんだけど伝わらないの?

ちょっとビックリ

(俺の感性おかしいんだろうか。)

http://anond.hatelabo.jp/20111204221616

俺だけ、俺が初めて・・・てなことって世の中になかなか無いものだ。

そんで、どうして「俺だけがコレできるんだぜー」っていう気分になりたいのかという気持ちを分析したほうがいいかもしれん。

ほとんどの人が、そこそこの物事をそこそここなす感じで生きてるわけですが、そんな暮らしをする中で楽しいなと思える瞬間はあるわけで。自分が作り出す側じゃなく、使う側でこれすげー!(今で言うヤバイ)とかコレは超イケてる!って思うこともあり。

そのすげー(ヤベー)!イケてる!な物事を友達に「ここがこうすごいんだよ!」って話すのって楽しくないすか?

自分が気づいたすげー(ヤベー)を皆で話しができることがまたすげー楽しいわけなんだけどw

何が言いたいかからなくなってきたけど、どうして「君だけが何かできる」が無ければならないんだろうね?

少なくとも、君に関しては君以外の誰も君の人生を歩めないわけで、君については君以外詳細は知らないわけで、君の感性についても他の人は深くは分からないわけで。

この一瞬は、君の目が見たもの、聞いたもの、感じた感性は君しかからないんだが、そういうのでは駄目かな。

やっぱ、NYでホットドッグ大食いチャレンジして優勝するくらいしたいお年頃か?

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