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はてなキーワード: 次元とは

2012-02-09

結局RPGは一本道ゲーのほうが需要あると思う

ここでの一本道というのは、EDひとつしかないという意味ではないことに留意

  • そういう「ページめくるだけじゃ話の続きが読めない障壁」は、自由度それ自体も適合する。つまり、「何をすればいいかからない」「どこに行ったらいいかからない」「欲しいものが見つからない」現象は、ワクワクを高めるのではなく不快要素でしかない。これらはプレイヤーお馬鹿さんだと突きつけられる現実でもある。
  • 冒険をしている」気分が欲しいのではない。「自分の思うように進んでいる」気分が欲しいのか。

2012-02-05

http://anond.hatelabo.jp/20120205115143

1クラスの上限が40人だと、1学年が41人になると20人と21人のクラスになるのね。

先生が3人以上になるとき事情もわかった。thanx。

そういえば、高校の恩師は、3年間の研修センター飛ばしになっていたわ。

素行とか実力とかそう問題じゃないんだな。

団塊ジュニアに合わせて、教職員の人数を増やしました

           ↓

しばらく増えちゃっていますが、生徒はどんどん減ります

           ↓

期限付き採用で足りない分はしのぎ、採用抑制しま

個人のがんばりとは別次元の「仕方ない」で、先生になりたい若者運命は決まってしまうんだな。

2012-01-27

http://anond.hatelabo.jp/20120127174235

次元の低い話に首を突っ込んで偉そうに語る人






というのはどうなんだろうか・・・

自転車置き場の議論というのか・・・

2012-01-21

ニュー速末期のゴミスレたち

○○にありがちなこと

○○の思い出

○○の魅力

○○な奴の特徴

嫌韓ウヨサヨジャップ

馬鹿発見器身糞炎上

トンキン民国グンマー味噌陰湿ピカ毒土人うどん堪忍袋地域対立

禿庭茸林檎泥スマホ対立

社畜オラァニート親戚の襲来ババァゆうちゃん

女叩き童貞セックスリア充

野球サッカーきのこたけのこATMT

ゲハ売り上げ

ソフマップ麻呂画像×○○×

DQNやりチンご冥福メシウマ

PC自作時期が悪い

牛丼カレー原価厨

テレビ自動車不要

アニメ次元声豚エロゲ

ハーバー丼俺の母校イケメンエリートニュー速

学歴職業年収ボーナス

チビデブハゲ

AKBの○○「」ヲタ「うぉぉぉ」

2012-01-20

http://anond.hatelabo.jp/20120120150936

一般の非線形の話してんの?変数次元は?

「2つ」って言ってるところからして非線形かつ2次元の想定だと思うけど。

線形2次元かつ方程式3つ以上なら、直線が囲む面積と一般化逆行列の特異値かなんかの関連とかありそうだけど。

2012-01-18

みんな涼ちんのことが好きだから使ってるわけじゃないのね・・・

私はめっちゃ好きなんだがなー。アイマス動画の話。


とある動画にて涼についてこう述べていた。

アイマス動画の全部のアイドルランキングを付けるとしたら下位になるだろうな

 しかしそれはアイドルとしての話だ。動画としての使いやすさとは違う。

 貴重なツッコミ属性だし、本当は男なのに女と誤解されるというネタにもなるし

 ぎゃおおん!は動画アクセントになる。

 シリアス男前なところも見せれるし、ボケを止めて話を進めてくれるし

 弄られ属性はあるし、非常に優秀なキャラだと思う。

 会話シーンでは必須といって良いレベルだな要するに適材適所ってことだ。」

ポルナレフさんなみの過労ぶりですなぁ・・・人材真剣な枯渇。あまとうさんではダメなんですか?(ダメです




なるほど、好かれるキャラというよりは、実用的なきゃらなのね。

まぁ確かに女ばっかりで2828動画を作ると、コアなファンにはバカうけだが

やれ私の好きなカップリングじゃないだの、百合きめえだのうるさいし、

ヘタレ男というのは、女主体の会話を作るさい、本当に「作り手にとっては」便利なんだろうな。




「第一、可愛い女の子にいじられたり蔑まれたり脅迫されたり見下されたり振り回されたりって、

 これ全部ご褒美だろ、と私は本気で思っている

 私が変われるのなら本気で変わってくれと思っている。

 まぁ涼は涼で他の人に代われるなら変わって欲しいと思ってそうだがな。残念だが次元の壁は極めて高い」

ワロタ

2012-01-17

本日の記事についての意見です

ツイッターからの流れで書きました。偶然ご覧になった場合意味不明だと思いますのでスルーしてください。

では、昼間の河野さんの記事について、思うところを申し上げます

「どっちが正しいか勝負しましょう」なんて気はありませんので、ひとつ意見としてお読みいただければと。

まず前提をいくつか。

1 ご承知とは思いますが、当該記事 marketingis.jp/archives/1594 の内容にのみ異議があり、河野さんご自身の人格存在を否定する意図はありません。もしそう取れる発言があればお詫びします。特に河野さんが気にされたツイートは、確かに非難のニュアンスがこもったものになっており、あらかじめお詫びいたします。

2 ツイッター上では実際の知人友人もいらっしゃいますが、好き勝手なことを書きたいので、一応は匿名でやっております。「いや、直接連絡を取って口頭で」ということであれば、別途ご連絡申し上げます

3 私は企業サービス企画の人間で、以前はネット広告担当していました。物書きではありませんので、文章の質についてはご勘弁を。また、ダイレクトマーケティング経験しかありませんので、産業全体については私見を超える言及はできません。

以下、本文です。

まず、お気に障ったと思われる「終わった教」についてですが、もちろん、タイトルの「4P時代は終わった」についての言及です。

ここは批判というよりも反射的な嫌悪感がありました。

「○○は終わった」「これからは○○だ」「201X年は○○が来る」という言葉で危機感を煽ってコンサルだのセミナーだので稼ぐ方がいますが、反射的に「またか」と思ってしまったための言葉です。私は河野さんをネット上の断片的な上方しか存じ上げないにも関わらず、勝手にそうした類だと分類してしまったことは軽率で、たいへん失礼いたしました。

本文について。

私には4Pが終わったという意見表現?)には同意できません。記事を拝読しても、終わる終わらないの問題ではないのではないかと考えます

少し具体的に。

記事中で“ひとつは「バランスが崩れた」こと、そしてもうひとつは「Pが増えた」ことです。”と書かれていますが、この2つには違和感を感じます

まずバランスについて。元々、4Pの要素間のバランスは均等ではないと考えています

ダイレクトマーケティングでは商品が売れるための要素として「市場4:商品の良さ4:広告2」の比率であるいう考え方がありますダイレクトマーケティングに長年従事してきた者としては、これは数値的にも実感的にも、実際にそうであると考えています

通販的には、広告というのはあくまで受注を目指すものですから4Pに置き換えれば、概ねプロダクトの方がプロモーションの2倍重要である、と考えられます

他の業態を見ても、4Pがそれぞれ比較等価に扱われてきたと思えませんし、業種や手法によって比重は異なるのではないでしょうか。

ならば、その比重の変化を4Pという考え方が終わる終わらないという話につなげるのは、少し無理がありませんか?

プライス比重が高くなっているというご意見には異存ありませんが、安売り競争とは別の次元成功する企業も少なくありません。

4つの要素の比重の変化そのものが当然であるならば、プライス重要性の向上という現象は、4Pという考え方そのものの有効性には無関係であると考えます

次に、セス・ゴーディンの引用河野さんが加えられた「P」のリストですが、「Philosophy」以外は、従来の4Pを構成する要素のひとつ、あるいは4Pとは元々異なる切り口で語られていること、ではないでしょうか?

前者であれば4Pを深掘りしたことになりますし、後者であればそもそも4Pでは除外された考え方ですから、これらも4Pそのものの否定には繋がらないと考えます

ただ、「こういう要素が重要だよね」という意見表明であれば、なるほどほとんど同意です。あ、ほとんどと言ったのは、全部について熟慮していない程度の意味で、一部同意できないことは意味しません。

ご存知でしょうがマーケティングは色々な構成要素が複雑に絡み合っていますから、1つの切り口で都合よくすべてを考えることのできる方法はありませんよね? 4Pもそれらのひとつに過ぎず、終わった終わらないという意見適当ではないと思ったわけです。

で、最近の「終わった」「来る」に辟易していたところに、河野さんの記事を拝読し、反射的に軽い気持ちで陰口を叩いてしまった、という次第です。

最後に。ツイートで言いたかったこととは離れますが、糸井さんの件も気になりました。

糸井さんの広告観ですが、「この広告でどれだけ売れたかとか、そういうことじゃない。俺と組んだら一回遊べるぜ、ってこと」(要約)という、広告そのもの価値を置いた考え方でした。これはなぜか10年以上前プロレス雑誌に掲載されていた糸井さんのインタビューでの発言なので、ご存知かどうかわかりませんが。

こうした広告観に立てば、いま売れてます、というコピーは確かに広告の“文化的”な意味での衰退とも取れます。少なくとも糸井さんは楽しくはないことでしょう。

が、これがプロモーションの相対的低下を意味するとは思えません。だったら「いま売れてます」的なコピープロモーションすればいいし。嘘や違法は論外ですが、これまでのメジャー広告手法が仮に力を失っても、他の方法はあります企業担当者や意欲ある広告会社の方は、そこに真剣に取り組んでいますよ。

以上、長文失礼いたしました。フォローしましたので、今後また何かの折にでも建設的な討論でもできればと思います

2012-01-04

綾瀬はるかの『ICHI』がクソすぎ

ソ映画だとわかってて見たのにそれでも見てられないぐらいの凄さだった。

一応全部見なきゃいけないと思い録画して早送りしながらなんとか最後まで見た。

メモする価値あるぐらいのクソ加減だったので以下備忘。




綾瀬はるかが全く演技をしない

他の映画での綾瀬の演技を見た事がないので断定できないが

おそらくはそもそも度を越えた大根なのだろう。

が、『ICHI』では演技が下手っていうレベルを超えているのでまるで演技する気がないように見える。

一瞬何か意図的な演出なのかと思ってしまうほど演技をしない。




だいたい綾瀬演じる市は

極度に感情も表情も乏しく能動性の無い女、というつまんない人格に設定されていて

ほとんどのシーンでただ周囲の人の話を無表情無反応に聞いてるだけということになる。

こんな役を大根にやらせるので、本当に「ただ立ってるだけ」「座ってるだけ」をしていて、演技する気がさらさら無い。

(このただ座ってるだけの女にオッケーをだす監督も凄い。

 そんなのモブでもあっちゃいけない筈だが綾瀬は主役だ。)




アイドル映画ならもっと必死に頑張るような役をあてるべきで、

そういう役ならちょっと大根でも客もわかってるので楽しめる。

静かな役なんかだけはやらすなと言いたい。




まりの異様さに「こいつなんなの……!?」と違和感を覚えるのも最初だけで、

視聴者はすぐに市がどうでも良くなる。

他の登場人物も全くキャラが立ってないにもかかわらず。

まり映画全体がどうでも良くなってくる。

眠くなるのとも違う新感覚




お話幼児向け以下

悪役は中村獅童演じる「万鬼」という剣客が頭目の不良グループだが、

この万鬼は顔の火傷で仕官出来ないのを悩んでるだけのしょっぱい奴で

万鬼党は狂気破壊衝動で暴れるだけの、バカが好んで描くタイプの悪役。

経済観念すら乏しくわざわざ住み心地悪そうな岩場に男だけで住んでおり

唯一の寄生である宿場無意味殺戮を始めるようなアッパッパーから

話の溜めもクソも何も無い。




悪い親分のところに市が上がりこんで行って

下手に出たりとぼけたり脅したりするような駆け引きも全く無い。

ほとんどショッカーレベルの悪役なので中学生以上だとシラフで見ていられない。

日曜朝の30分戦隊物でも『ICHI』よりはマシな脚本を書いている。マジで




(一方、善良な民衆側の宿場の顔役は復帰直後の窪塚洋介がいつものあの抑揚で演じているが

 全てが意味不明な『ICHIワールドの中では大変好感の持てる常識的なアンちゃんに仕上がっている。

 この映画を見た人間はみんなちょっと窪塚洋介を好きになれる。)




多分時代劇も全く知らない

・八州周りが宿場にやってくると街道民衆が総出で土下座大名か。

・八州様を宿場の顔役達が供応してるところに脈絡も無く万鬼党襲来。

 よりにもよって八州様の目の前で住民の殺戮を始める。

時代劇ではヤクザと結託するワル八州が珍しくないので、

「やや展開が無茶だけど万鬼党に抱きこまれてる八州だったかー」と思って見ていたら

 血刀下げた万鬼党は震える八州の胸倉を掴み「見なかったことにしろよな!」恐喝




無頼の主人公が八州周りを殺しちゃうトンパチ展開も時代劇では稀にあるが、

田舎ヤクザが八州周りを単純に脅しつけて帰す展開は何気に史上初なんじゃないだろうか。

カツアゲ現場を目撃した下級生ぐらいのノリで扱われる八州様。

脚本書いてる奴〇ね。




そもそも市は盲人なのか?

綾瀬演じる市はただ杖持って伏し目がちにしてるだけ。

盲人の剣客、という役作りが物凄く大雑把に、

1「ちゃんと盲人の挙動研究し真似する」

2「その上で自分なりの市の癖を作る」

だとして、

1すらやる気が全く無い。




歩き方も話掛けられたときの反応も何もかもが健常者。

一応目をはっきり相手に向けないことだけはしているが

内向的な市の性格なので多分目が見えても同じような動作になる。

平時でも修羅場でも、耳や全身で周りを窺う演技がまったく無い。

製作陣にも綾瀬にも多分その発想すらない。

市の挙動は常に、ただ物事への反応が鈍い重度の鬱病さんかなんかにしか見えない。




というか、これさあ、製作陣は盲人を描く気なんか無かったんじゃないか

なんか意図があっての事か、単にめんどくさかったのか、なんだかわからないが。

(少なくとも市の盲目設定を取り除いても『ICHI』には全く支障が起きない。

 ただの性格暗いいじめられっこ女剣客、で成立する。)





また、斬り合いだったら斬り合いで、

どんな大根でも大根なりにやるような、

息を詰めたり飲みこんだりするような演技も綾瀬は全くやらない。実力伯仲の命懸けの斬り合いでも。

クールビューティとかそういう問題ではなく、もはや製作陣は脳や神経に障害がある。

こいつらが持ってる感情演出手法は目の端からポロリと流れるふざけた一粒涙だけ。

映画の山場に凄くいい加減なラッシュで明かされる市の過去

 ダイジェストレイプされる市の目の端から同じ涙がポロリと流れるのはもう完全にギャグ




殺陣シーンが無茶苦茶

酷すぎる。

下手とかじゃなくてもはや意味不明

監督剣劇なんてもんに全く興味が無い上に勉強する気すら無いのが雄弁に伝わってくる。

ピンポン』の卓球シーンでもスローモーションの絵さえあれば

動きの流れにケレンミ・リアリティどっちも求めない凄い奴なのはわかっていたが

ICHI』ではそういう酷さが悪化している。




例によって綾瀬はるか大根を越えた大根であるうえに

その綾瀬の棒みたいな動きばっかりクローズアップする撮り方するので

もうどういう攻防なのか誰にもわからない動きをする。

手傷を負うシーンは必ず腕や腿がアップになって服が破れるカットで説明し

どういう流れでそこを斬られたかは多分考えるつもりすらない。




時代劇を見てれば殺陣の下手糞な役者なんかはいくらでも出てくるし

アクション映画見てれば動きの悪い役者もいくらでも目にするが

ICHI』はそういうのとは次元の違うことが起きている。




スローモーションでバチャバチャと血を出すのだけはお気に入りみたいで、

 市も蹴られて盛大に血を吹くがあれはどう見ても内臓破れてるレベルの量。

 何も考えて無いからどうでもいいんだろうが。)




主役は大沢たかお

市が能動性皆無なので

実質的な主人公は大沢たかお演じる浪人

稽古中の事故母親に怪我させてから真剣が抜けなくなった」という

万鬼の顔面コンプレックス匹敵するぐらいしょーもないトラウマでグジグジ悩む男で

万鬼党との戦いに加勢しては刀と鞘を持って「抜けないいいい」とパントマイムをするのが持ち芸。




毎度渾身の力で刀を抜こうとするが

鞘が磁石でくっついているかのように1ミリも抜けない。

いや、真剣が抜けない」ってそういうことじゃないだろ。

この演技指導した奴も素直に従う大沢たかおも、脳腐ってんのか。





一応筋を最後まで書くと

この浪人は市に「心を閉ざすな!」とか説教をして

それを綾瀬はるかはお得意の何も演技をしてない「本当の無表情」で聞き流し、

でもなんか心が動いて戻ってきて

大沢と相討ちになった万鬼にごっつぁんトドメを刺します。

宿場は救われた!終わり。




だんだん浪人に惹かれていった(ような描写は乏しいので鑑賞者が補わないといけないけど)市の脳裏一杯に

フラッシュバック的に大沢たかお笑顔が映し出されるとこが感動シーンの最高潮ですが

盲人の市がどうして浪人の顔を知ってんでしょうね。

そこは聞き覚えた声とかかつて握った手とかで演出しろよと感じます

前述の通り市の盲人性を真面目に扱わない製作陣にはどうでもいいことだった。




やっぱり市の性格おかし

根本的な間違いとして、

盲人という重要感覚器が一個閉じてる主人公に、

更に自閉的な性格をあててしまったらどうにも話が成り立たない。




もともとの勝新太郎座頭市

なんだかんだ言いつつ相当な世話焼きで、

腰は低いけど欲も意地もあるし優しいしよく怒る。

性根の悪いヤクザからかったり脅したりもする。

これぐらい濃い人格が噴出してくるから目の見えない体と釣り合いが取れる。

北野武座頭市だって勝版とは相当に色々違うが、

 主役の人格はやはりアクの濃い悪い奴になっている。)




いっぽう綾瀬はるか座頭市

中学生が初めて書いた小説の主人公みたいにおもしろみのなーい傷心由来の内向的性格

こんなもんを目の見えない体に入れたらそりゃ話が動かずつまらん事になるのは当たり前。

監督脚本は何考えてたんだろう一体。

おわり。

2011-12-30

「悪くないだけ」の人のために協力したり動いたりしてくれる人がどこにいる?

http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-119.html]

悪い悪くないなら悪く無いだろう。

でもそれだけですよね。そこ開き直ってどうするの? あなたが目指してるのはそのレベルでいいの? 

それで他人から共感をえて、他人を動かしていくためにはどういう物語を作れるんですか?

バカじゃないの?ってかばかじゃないの?


この人はただの傍観者であるが、実際に就活デモをやっている人が、この程度のヌルい感覚でやってないことを祈る。

何か物事を動かそうとするときに問われるのは「悪いか悪くないか」というような低次元レベルじゃない。

どうすれば、他人を巻き込んで、活動をもりあげていけるか、だよね。

サークルのノリで社会を動かせると思ってるなら、今すぐ解散しておとなしく就職活動始めてください。

ってかバカじゃないの?



こういう理想の割に、身の振り方が小さいのは、悪い意味でのロマンティストって言うんです。

採用する側としたら、あーこういうやつ採用したら、大きな事言う割に大した仕事しないんだろうなー、って思うの。

ただ無能な奴より、熱心でやかましい無能者は最悪だよ。

2011-12-27

[]2

http://anond.hatelabo.jp/20111226142435  から。read it laterに登録するためなんや。堪忍してくれ。

本屋でチェック

ビジネスマンのための「行動観察」入門 (講談社現代新書) - 松波 晴

日本基準とIFRSから考える 原則主義の会計力

受験脳の作り方―脳科学で考える効率的学習法 (新潮文庫) - 池谷 裕二;

上場ベンチャー企業の粉飾・不正会計、失敗事例から学ぶ―ケースブック - 門脇 徹雄

エスケープ・ベロシティ キャズムを埋める成長戦略 - ジェフリー・ムーア

ライフサイクル イノベーション 成熟市場+コモディティ化に効く 14のイノベーション - ジェフリー・ムーア

文明論之概略 - 福澤 諭吉

福沢諭吉 国を支えて国を頼らず - 北 康利

僕は君たちに武器を配りたい - 瀧本 哲史

ソドムの百二十日

死体泥棒 (星海社FICTIONS) - 唐辺 葉介

草子ブックガイド(1) (モーニングKC) - 玉川 重機

☆☆Venture Deals: Be Smarter Than Your Lawyer and Venture Capitalist - Dick Costolo


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子育て

喝采症候群―独断的パラノイア

子どもの話にどんな返事をしてますか? ―親がこう答えれば、子どもは自分で考えはじめる

10代の子をもつ親が知っておきたいこと

家庭のなかの対話―話しあえない父親のために (中公新書 (779)) - 伊藤 友宣

親業―子ども考える力をのばす親子関係のつくり方 - トマス ゴードン

他者といる技法―コミュニケーション社会学 - 奥村 隆

経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには (中公新書)

ウィーン家族 - 中島 義道

いじめを考える (岩波ジュニア新書) - なだ いなだ

☆「経験学習」入門 - 松尾 睦;


ーーーーーーーー

◆英語

英会話ペラペラビジネス100 - ビジネスコミュニケーション成功させる知的な大人の会話術 [CD2枚付] -

たったの72パターンでこんなに話せる英会話 (アスカカルチャー) - 味園 真紀

自分のことを英語で話すパーソナルワークブック (CD book) - 石津 奈々

1分間英語で自分のことを話してみる (CD付) - 浦島 久


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Kさんおすすめ

無限論の教室 (講談社現代新書) - 野矢 茂樹

北村薫創作表現講義あなたを読む、わたしを書く (新潮選書) - 北村 薫

小論文を学ぶ―知の構築のために - 長尾 達也

知識人とは何か (平凡社ライブラリー) - エドワード・W. サイード

宗教の創造力 (講談社学術文庫) - 荒木 美智雄

不完全性定理―数学的体系のあゆみ (ちくま学芸文庫) - 野崎 昭弘

The Mystery Method: How to Get Beautiful Women into Bed - Mystery

メタマジックゲーム―科学と芸術のジグソーパズル - ダグラス・R. ホフスタッター

薔薇の名前〈上〉 - ウンベルト エーコ

社会契約論 (白水Uブックス) - ジャン ジャック ルソー

クリエイティブな習慣―右脳を鍛える32のエクササイズ - トワイラ サープ

99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方 (光文社新書) - 竹内 薫

科学論の展開―科学と呼ばれているのは何なのか? - A.F.チャルマーズ

メディア論―人間の拡張の諸相 - マーシャル マクルーハン

Loyalists - Peter Taylor


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◆暇があれば読みたい

ついこの店で買ってしまう理由

もっと儲かる全国手書きチラシ実例集

なぜこの店で買ってしまうのか ショッピングの科学

△外食の天才が教える発想の魔術

(バカ売れ販促アイデア

食の500年史 - ジェフリー・M・ピルチャー

創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史 (光文社新書) - 輪島 裕介

もっとわかるアニメビジネス - 増田 弘道

新書で大学の教養科目をモノにする 政治学 (光文社新書) - 浅羽通明

Talking to Terrorists: Face to Face with the Enemy - Peter Taylor;

体系的に学ぶ 安全なWebアプリケーションの作り方 脆弱性が生まれる原理と対策の実践

要約 ケインズ 雇用と利子とお金の一般理論 - J・M・ケインズ

自由の条件I ハイエク全集 1-5 【新版】 - 個人主義と経済秩序 ハイエク全集 1-3 【新版】

資本主義と自由 (日経BPクラシックス) - ミルトン・フリードマン

愛国者は信用できるか (講談社現代新書) - 鈴木 邦男

羽月莉音の帝国 8

羽月莉音の帝国 9

武器としての決断思考

パブリック

ザ・ゲーム -退屈な人生を変える究極のナンパバイブル

わかりやすいマーケティング戦略 新版 (有斐閣アルマ) -

もうダマされないための「科学」講義 (光文社新書) - 菊池 誠

社会心理学 - 藤原 武弘

贈与の歴史学 -儀礼と経済のあいだ-

仕事の経済学

人事と組織の経済学

経験と教育 (講談社学術文庫)

暗黙知次元 (ちくま学芸文庫)

出現する未来 (講談社BIZ)

組織の経済学

フィールドブック 学習する組織「5つの能力」 企業変革をチームで進める最強ツール

フィールドブック 学習する組織「10の変革課題」―なぜ全社改革は失敗するのか?

1932-37年――続・精神分析入門講義 終わりのある分析とない分析 (フロイト全集 第21巻)

現代フロイト読本 1

超実録裏話 ファミマガ 創刊26年目に明かされる制作秘話集

政治家の殺し方 - 中田

就活の神さま~自信のなかったボクを「納得内定」に導いた22の教え~

英語で意見を論理的に述べる技術トレーニング

エロティックジャポン

数量化革命

ザ・マーケティング―「顧客の時代」の成功戦略 - レジス マッケン

新装版 メディアマッサージである -

太陽のあくび (メディアワークス文庫)

国家〈上〉 (岩波文庫) - プラトン

☆ニコマコス倫理学 (西洋古典叢書)

ソクラテスの弁明ほか (中公クラシックス (W14)) -

吉田松陰 - 川口 雅昭

気違い部落周游紀行 (冨山房百科文庫 31) -

ガダラの豚 1 (集英社文庫)

歴史〈上〉 (ワイド岩波文庫) - ヘロドトス

「科学的思考」のレッスン―学校で教えてくれないサイエンス (NHK出版新書) -

☆報酬主義をこえて(叢書・ウニベルシタス 704)

☆中国化する日本 -日中「文明の衝突」一千年史

学習する組織 -システム思考で未来を創造する

☆よいこの君主論 (ちくま文庫)

絶望名人カフカ人生

銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎

承認欲求―「認められたい」をどう活かすか? - 太田 肇

取材学―探求の技法 (中公新書 (410)) - 加藤 秀俊

単一民族神話の起源―「日本人」の自画像の系譜 - 小熊 英二

暇と退屈の倫理学 - 國分 功一郎

[新訳]南洲翁遺訓 - 松浦 光修

人間の限界 (岩波新書 青版) - 霜山 徳爾

大英帝国衰亡史 PHP文庫 - 中西 輝政

逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー) - 渡辺 京二

☆まんが医学の歴史 - 茨木 保

騙されないための世界経済入門 - 中原圭介

君たちはどう生きるか (岩波文庫) - 吉野 源三郎

社会学入門―“多元化する時代”をどう捉えるか (NHKブックス)

データはウソをつく―科学的な社会調査の方法 (ちくまプリマー新書) - 谷岡 一郎


未来形の読書術 (ちくまプリマー新書) - 石原 千秋

こころ』大人になれなかった先生 (理想の教室) - 石原 千秋

プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか? - メアリアン・ウルフ

小説の読み方~感想が語れる着眼点~ (PHP新書) - 平野 啓一郎

アート・オブ・コミュニティ ―「貢献したい気持ち」を繋げて成果を導くには

「分かりやすさ」の罠―アイロニカルな批評宣言 (ちくま新書) - 仲正 昌樹

経済学という教養 (ちくま文庫) - 稲葉 振一郎;

プラクティカル産業組織論 (有斐閣アルマ) - 泉田 成美

経済学思考の技術 ― 論理・経済理論・データを使って考える - 飯田 泰之

訳者解説 -新教養主義宣言リターンズ- (木星叢書)

論理で人をだます法 - ロバート・A・グーラ

この世で一番おもしろいミクロ経済学

キケロー弁論集 (岩波文庫)

歴史哲学講義 (上) (ワイド岩波文庫 (225)) - ヘーゲル

弁論家について〈上〉 (岩波文庫) - キケロ

情報の文明学 (中公文庫) - 梅棹 忠夫

続・発想法 中公新書 (210) - 川喜田 二郎

考える技術・書く技術 (講談社現代新書 327) - 板坂 元

知的生産技術 (岩波新書) - 梅棹 忠夫

知性の磨きかた (PHP新書) - 林 望

神話の法則―ライターズ・ジャーニー (夢を語る技術シリーズ 5)

人蕩術皆伝―人蕩術とは人たらしの術である (致知選書)

新装版 孫子(上) (講談社文庫) - 海音寺 潮五郎

現代文正法眼蔵 1 (河出文庫) - 道元

空海の夢 - 松岡 正剛

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小説

白い雄鹿 - C.W. ニコル;

鯨捕りよ、語れ! - C.W. ニコル;

誇り高き日本人でいたい - C・W. ニコル

特務艦隊 (文春文庫) - C.W. ニコル

バンビ――森の、ある一生の物語 (岩波少年文庫)

猫のゆりかご (ハヤカワ文庫 SF 353) - カート・ヴォネガット・ジュニア

スローターハウス5 (ハヤカワ文庫 SF 302)

原点回帰ウォーカーズ (MF文庫J)

バニラ A sweet partner (スーパーダッシュ文庫)

犬憑きさん 上巻 (スクウェア・エニックスノベルズ) - 唐辺 葉介;

塔の町、あたしたちの街 (ファミ通文庫 お 4-4-1) - 扇 智史

どろぼうの名人 (ガガガ文庫 な 4-1) - 中里 十

ふわふわの泉 (ファミ通文庫) - 野尻 抱介

さびしい王様 (新潮文庫) - 北 杜夫

戦争の法 - 佐藤 亜紀

歯みがきつくって億万長者―やさしくわかる経済の話 (チア・ブックス)

戦争を平和にかえる法

ゲド戦記(6点6冊セット) (岩波少年文庫) -

細雪 (中公文庫) - 谷崎 潤一郎

ペインティッド・バード (東欧の想像力) - イェジー コシンスキ

犬憑きさん 上巻 (スクウェア・エニックスノベルズ)

2011-12-26

http://anond.hatelabo.jp/20111226222323

フェミニズム的な発言する男性ツイッターにもはてなにもおおぜいいる。

でもな。「弱者男性」の自覚がある男は、男性の論者には目もくれずに真っ直ぐ女性ターゲットにするんだよ。面白い現象だねw

それは「フェミニズム」が女性のためにあるものからですよ。

一方の性(女性)のための男社会批判運動からです。



フェミニズムはあらゆる人間の問題をすべて解決するような全体主義ではありません。...フェミニズム目的幸福の実現ではなく、不満の原因になっている男女格差を取り除くことです。権利の獲得と幸福の実現は別の次元ものなので、混同してはいけません。  

   E・バダンテール

http://twitter.com/#!/femibotjp/statuses/150016562575839232

これはそう。 フェミニズムは、全ての人間幸福を実現しようとしている訳じゃないのです。

そして不満は満たされることはありません。 欲望というのはそういうものでしょう。

2011-12-24

認知の微視的構造 リマインダー

リマインドしようにも、これを書いた人(=自分)の学力だと読めない本だったから無理。無理ゲーだった。



第一章

1

認知主義、古典認知主義

意味論的に透明なシステムと結びついた心の概念および計算機モデル意味する。

 この主義の限界を

2

 ・チューリング

 チューリングの形式化が持っている特徴

(1)物理的組織によってではなく、記号操作の形式的特性によるメカニズムの集合全体を包括

(2)そのメカニズムいかにすれば十分に明確化された問題すべてに取り組むことができるか示している

(3)万能チューリングマシンを定義する方法を示している

⇒ 素材は重要ではなく、形式的特性が能力を原理的に保証している

フォン・ノイマンコンピュータを設計し、1960s、ジョン・マッカーシーLISPプログラム言語)を開発。

 ⇒ 研究開発が可能に

A・ニューウェルとH・サイモンが物理記号システムという概念を提出

 ⇒理論的に自覚化・明確化される

3

・物理記号システム

①適切に操作可能なトークンに対して任意に意味を割り当てることができるシステムであり、

②正確にプログラミングすればこの割り当てられた意味論的内容と細かい点においても一致した仕方で行動すると信じられるようなシステム

by 1976 ニューウェル & サイモン

・強い物理記号システムの仮説

SPSS strong-physical-symbol-system

「標準的な記号アトムフォン・ノイマン型の操作を行っている仮想機械は、一般的な知的行為を実現するための直接的かつ十分な手段を持っている」

①仮想機械

現実の物理機械上で実行されるプログラムのみによって存在し、

そのプログラムに我々が命令を与える機械を模倣させるような「機械」

 高級プログラムによって定義されるエミュレータ

フォン・ノイマン型の操作

コネクショニズムとは異なった操作

・記号を割り当てる

・変数を束縛する

・記号列の複写、読みとり、修正

・基本的な統語論パターンマッチング操作

等々

③標準的な記号アトム

「テーブル」「ボール」「愛する」「軌道」「電子」のような語

④一般的な知的行為を実現するための直接的で必要かつ十分な手段

そうした機械は、それを支えている特定のアーキテクチュア(その基盤になっている他の現実的もしくは仮想的機械から)まったく独立に真に知的でありうるのであり、逆に言えば他のアーキテクチュアや機械をシュミレートすることなく真に知的でありうる

 このような主張(標準的なLISPアトムのごちゃごちゃした操作が、知能や思考の本質を構成しうるという見解)が、ニューウェルとサイモンのものだとできる動かぬ証拠は、彼ら自身の実践

彼らの仕事の特徴(例:BACON

 ・規則あるいはヒューリスティックス(発見的手法)の直列的(経験則を用いたも多少は運が左右する⇔体系的)適用に依存している

 ・そうしたヒューリステイックスの大部分が、かなり高いレベルで意識的に内省可能

 ・選ばれた課題領域を扱う

BACON:一連のデータから科学的法則を帰納する(ケプラーの第三法則、オームの法則

BACONに対するいくつかのコメント

BACONが取り組んだデータフォーマット化下のは、人間の労苦

BACONは十分に構造化された課題にしか取り組めない。

 ケプラーの第三法則は見つけられても、ペトリシャーレのカビとバクテリアの関係からペニシリンを発見する事はできない

BACONが展開する知識とヒューリスティックスは、人間のプロトコルや実験記録に大いに頼り、われわれが自分自身の思考について内省する思考のレベルからかなり直接的にコード化されたもの

 ⇒この種の思考は原初的で瞬間的なプロセスの上に後から被せられたもの。理解するということを具体的な例で説明する事には役に立たないであろう

 サイモン等は、人間の思考のすべてがただ一つの種類の計算アーキテクチュアに依存すると信じている。

 しかし、筆者は違う考えを持つ。サイモンラングレイの仕事では、洞察のひらめきといったタイプの認識を表現できない。

 心は、多くの仮想的アーキテクチュアからなる複雑なシステムであると考える

 BACONは、人類の一部のモデル

 知的課題や、感覚運動的な課題のような、なめらかに無意識的に行われるものは無視されている

 古典システムは記号アトムの使用に頼り、コネクショニズムはこれを避ける。

 古典主義者:意味論的に透明なシステムの構築に対して、方法論的にコミットしている人々

意味論的に透明、意味論的な透明性

STS semanttically transparent system

システムの振る舞いについての記号的な(概念レベルでの)意味論記述と、システムの形式的な計算活動の内的に表現された対象についての投影可能な意味論的解釈との間にきちんとした写像関係の記述が可能な場合にのみ、そのシステム意味論的に透明であるといえる」

 きわめて大ざっぱにいえば、あるシステムかSTSと見なされるのは、そのアルゴリズム記述レベル2)における計算の対象が、概念レベルの用語で表現されたその課題の分析の記述レベル1)と同型である場合である

レベル1:計算理論:(高い抽象レベルにおいて)どのような関数が計算されるかについての考え

レベル2:表現とアルゴリズム:それを計算する(具体的な)方法

レベル3:インプリメンテーション:現実の機械において計算がいかにして肉体あるいはシリコンなどで実現されるか)

古典アプローチコネクショニズムの重要な違い

(1)古典理論は――コネクショニズムはそうではないが――統語論意味論を組み合わせた記号システムを仮定している

(2)もし何らかの種類の構造化された表現が利用可能であれば、それらの表現についての計算操作を、その構造に鋭敏に反応するかのような形で規定できる。

 もしそのような構造が存在していなければ、(すなわち、どんな記号表現も存在していなければ、)計算操作を規定することはできない

◎要するに、古典システムは、統語論的に構造化された記号的表現を仮定し、そうした表現の構造によって、それに適用される計算操作を規定するものである


第二章

 古典認知主義に対する懸念

 ドレイファス:古典認知主義の問題は、人間の常識的な知識を表象として再現し表現しようとする形式主義の妥当

 サール:形式的なものと志向的なものとの間に、あるいは統語論意味論との間にギャップが認められる

 この二つの種類の懸念について検討する。

あなたの持っているのはそんなにいいボールじゃないわ。それを私にちょうだい。そしたら私、このキャンディーをあなたにあげるわ」

 この言葉を理解するために、ミンスキーちとパペートは膨大な概念リストをあげる。

 ウィノブラードのSHRDLUでは不十分。

 ウィンストンの、フレームを使ったアプローチも不十分

 ・フレームは、常識がうまく対処している偶発的出来事のすべてをカバーしているとは思えない(バースデーケーキに立つ黒いローソクに、フレームは対処できるか?)

 ・フレームからフレームへの移行を促す規則(メタフレーム?)をいつ適用すべきか、システムはどうやって知るのだろう?

 ドレイファス:互いに関連しあった特徴や可能性のすべてを、文脈に依存しない事実や規則によって形式的に把握するという課題には際限がないのではないか

ドレイファスの二つの主張

(1)身体問題

「このシャンプーが目に入らないようにご注意ください。もし入った場合は、ぬるま湯でよく洗ってください」

 コンピュータは、身体、欲求、感情、共通言語や社会習慣も持たない。だからコンピュータは、この文章が何を洗うように言っているのか理解できない

(2)コード

 人間は自分たちを取り巻く状況がどんなものかを絶えず感じ取ることができる。

 このノウハウは、何らかの知識表現言語によって、一種の知識として表現できるものなのだろうか?

 

 AIプログラム(=言語)が知識を表現する仕方が、現実の課題に対して根本的に不適合だと懸念する。

「強いAI仮説」を、サールは批判する

強いAI仮説:適切にプログラムされたコンピュータは、文字通り認知的な状態をとり、その際プログラムは人間の認知を説明するものとなる

Schank and Abelson 1977の、「ストーリーを理解するという志向的活動をシミュレートしているかに見える特別なプログラム」に対して、「中国語の部屋」を使うことで批判する。

サール:形式的に区別される要素に対する計算操作を行っているだけでは、どんなコンピュータも〈理解する〉ことはできない。したがって、そのような計算操作を規定するプログラムが、心の固有の性質について何かを示すこともあり得ない。

具体例:英語話者が英語を理解することと、中国語の部屋操作者が中国語を「理解すること」の比較

「人間は何も理解していなくても形式的な原理に従うことができる」

 以下、サールの誤りについて論じる

 

 サールに対する仮想反論「脳シュミレーター説」

 脳シュミレータ説:あるりプログラム中国語を理解する実際の中国人の形式的な構造をモデル化したと仮定すると、そのときそのプログラムは間違いなく真の中国語の理解を構成したことになる

↑(サールの再反論)

(1)脳の形式的な性質は志向性を構成しない(三章にて説明)

(2)脳の形式的な性質が志向性を構成しないのは、ある種の素材だけが思考を支えることができるからである

 ↑(アナロジー

 光合成光合成の形式的な記述を手に入れても、素材が違えば光合成は再現できない

 では、思考をもたらすような脳の物理的性質とは?

  :外因的および内因的な刺戟に対して脳に大規模な変動が引き起こされること


↑(コメント

中国語の部屋』が大規模な構造的変動を必要としないシステムなら、中国語の部屋による反論は無効

 微視的機能主義

 機能主義は、心的状態の本質を、

 入力、内的状態の変換、出力からなるプロフィールと同一視した。

 (適切なプロフィールを持つシステムはどんなものであれ、その規模や性質や構成要素にかかわれなく、当の心的状態を実現するであろう)

↑(批判)

中国国家脳のような)心的状態を実現する見込みがないようなシステムも、「入力、内的状態の変換、出力」のプロフィールを持つシステムへと組織することは可能であるよように思われる。

 こうした極端な寛大さは、機能主義の立場を掘り崩してしまいそう

・問題は、「入力、内的状態の変換、出力」の系列をどこに位置づけるか

×大まかなレベルに位置づけ

  ⇒感覚質の欠如、極端な寛大さ

ライカンの「小人機能主義」

○微視的機能主義

・機能主義の批判はゲシュタルト盲に陥っているのでは Lycan 1981

ゲシュタルト

 :機能的な構成要素があまりにも大きい、極度に小さい、それらしくない等であるために、そうしたものからなるシステムに志向性を帰属させるという考えに抵抗するということ

ライカン「小人機能主義」

 :機能的な下位システムは、それがエージェントのために何をしているかということによって同定される)

 微視的機能主義

  :システムの内的な機能的プロフィール(内的状態の変換)を、

   内容や目的に関連づけからはかけ離れた用語で

   記述しようとするもの

   ・処理ユニット間の形式的な諸関係を記述する

   ・諸関係が得られたとき、システムには大規模で柔軟な構造的変動が引き起こされ、またそれによってさまざまな創発敵的性質が得られるようになる


第三章

 認知科学における民間心理学の役割はあるのかないのか

「民間心理学

 :自分や他人が、信じたり、希望したり、恐れたり、欲求したりしているということについての日常の理解

 民間心理学は、行為・運動を説明するときに、信念や欲求という表現を用いる

チャーチランド & スティック

「民間心理学は、人間の行動に先立つ内的原因についての素朴で原初的な科学

 民間心理学問題点

(1)民間心理学は、偏狭な、特定の人々に限定されたような理解しか与えない。

 民間心理学は、子供狂人外国人を前にすると、まごついてしま

(2)民間心理学は停滞したまま、なにも生み出さず、長い間ほとんど変化も進化も発展もしていないところが他の諸科学と異なる

(3)民間心理学は、これまでのところ科学の主要部分にうまく統合されていくような徴候をまったく示していない。残念なことに民間心理学は自然を神経生理学的ないみで妥当な要素にまで分割することには関心がないようである

 最近の分析哲学

  :頭の状態に関する科学理論というゲームと、民間心理学というゲームを比較することが、そもそも不適当なのではないか

Daredevil believes that Electra is dead.

Mary hopes that Fermat's last theorem is true.

 のthat以下を、心的状態の内容と言う。

 心的状態が考えられる傾向

  :われわれの心理学的状態が、本質的に、周囲の世界がどのような状態にあるのかということによって決まるのではなく、

  われわれにとってどのように見えているかによって決まる

 ↓(言い換え)

 我々の意識や無意識に何らかの形で影響を与えられないものはどんなものであれ、

 本質的に我々の心的状態の正確な限定に関わることはあり得ない

⇒我々の心的状態が現に持っているような内容を持つものは、われわれ自身のあり方ゆえであって、

 知られていないかもしれないような周囲世界の事実とは関わりがない……☆

・双生地球……☆に対して疑いを投げかける

双生地球で、「海に水がある」と発話される。

地球A:海にH2Oがある

地球B:海にXYZがある

 この違い以外は同質だとする。

 すると、

 地球上の発話と双生地球の発話は、それぞれH2OがあるかXYZがあるかによってその真偽が決まる

(たとえば、地球Aの海にH2Oがなくて代わりにXYZがあるとしたら、地球Aでの発話は偽になる)

 もし意味が真理条件を確定するのだとすれば、

 自然種に関する表現(水、金、空気など)を含む陳述の意味は、

 単に主体の限定的に規定可能な状態に言及するだけでは十分に説明できない……☆に反して

二つの選択肢

(1)心理学的な内的要素(地球の話し手と双生地球の話し手に共通)と、

 世界関与的な外的要因(仮定上、二つの地球を越えて不変ではない(H2OとXYZ))の両方によって内容が決まるとする、意味と信念に関する合成説

(2)そういったケース(地球と双生地球のケース)は

  〈心的状態の純粋に内的でまったく心理学的な要素(☆のこと)〉という観念にさえも疑いを抱かせるものであると考えることもできるだろう

プティ と マクダウェル

「頭の中にあるものが、心の状態と因果関係を持っていることは疑いがない。

 しかし、

〈頭の中〉にあるものが心の状態に対して構成的関係にあると考え必要があるのだろうか?」

 筆者

 :あらゆる内容が根本的に世界に関与している(選択肢(2))ということが判明したとしても、

 そのこと自体は必ずしも〈認知科学は心の理解に深く(ことによると構成的にではないかもしれないが)関わる研究である〉という主張を覆すものではない


 その主張に対する仮想反論と、それに対する再反論をHornsbyは行った。

 仮想反論

 :「「行動傾向(心性はこれに随伴して生じるとされる)が二者の間で異なるためには、

 内的構成に違いがなければならない。」

 という考えを保持すべきである」とするならば、

 心的内容は限定的に規定されねばならない(自然種を指示しない)

(「「行動傾向(心性はこれに随伴して生じるとされる)が二者の間で異なるためには、

 内的構成に違いがなければならない。」

 という考えを保持すべきである」までが、プティとマグダウェルの、「頭の中にあるものが、心の状態と因果関係を持っていることは疑いがない」に対応する。)

 仮想反論の詳細

:仮定①:

 二人の動作主の心的状態は、彼らの行動傾向に何らかの違いがある場合にのみ異なる

 (そこに赤いボールがある、と信じなければ、ボールを投げようとは思わない)

 仮定②:

 行動が異なる(すなわち、行動が異なる)ためには、内的な物理的状態に何らかの違いかなければならない

 結論:それゆえ、心的状態に対応する内的な物理的状態に何らかの違いがなければ、心的状態が異なるということはありえない

「(民間心理学的な心的状態を帰属させることは、限定的内容のみに関わることであるという)結論は、深刻な疑義にさらされることになる。

 限定的内容といっても、それを妥当概念として了解できるかは明らかではない」

 なぜなら、

「民間心理学的な内容を(物理的状態に?)帰属させることは、身体的な動きを規定するような頭の状態についての独我論的な研究から引き出すことができるような切り口とは

 まったく違った切り口で現実を切り取ることであるように思われる。

 その具体的理由として、

 ボールをひろうことは、「そこにボールがあると私は知っている」という心的状態と関連するが、そのときの細かな指の動きはそのような心的状態と関連するものではない。

筆者

 :広域的内容を伴うによ伴わないにせよ、

 民間心理学カテゴリーや分類が

 頭の中で起こっていることに関することに関する科学カテゴリーや分類に

 きちんと還元されるなどということは

 とてもあり得ないように思われる。

・民間心理学は、科学心理学と同じゲームを行ってはいないかもしれない

 世界を記述しない信念であり、なおかつ

 ある人が同じ考えを抱いているといえるような別のケースに投影可能な述語が(科学記述の上には)存在しないことも可能

 民間心理学の道具立て(信念と欲求という概念によって、命題的態度を帰属せさるという道具立て)を用いて、心的状態を二者が互いに帰属させあうという日常の慣習(傍点)の目的は?

 :

 他人の頭の内的状態を追跡しようと試みることによって、

 その人の身体の動きを予測し説明するための手段

民間心理学の主要な目的

 :

 世界の中で活動している仲間たちの行動を、(傍点開始)我々が(傍点終わり)理解できるようにすること

(予測したい対象であり主体である)われわれの仲間たちの四つの特徴

①世界に対する感受性、すなわち感覚生得的な原書的概念の道具立てをわれわれと共有している

②世界をわれわれと共有している

③彼らは我々自身のもっと根本的な関心と必要の大部分を共有している

④彼らの思考の有用性は、

(我々自身の思考と同様に、)

 彼らが世界の実際の有様をたどっていることと関わっており、

 彼らの思考作用が、世界の実際の有様に十分適応していると我々が(進化論的な理由から)考えるような目的と関わっている

 この特徴があるので、

「~したい」という欲求さえ同じであれば、

 神経生理学的な詳細は関係なく、地球人にも火星人にも有効。

・民間心理学は、脳の状態の違い(that かなり目の粗い、行動上の違いとしては現れてこないような)に対しては、敏感に対応しないように設計されている

・民間心理学は、個人の間の差異を覆い隠し、

 さらには種の間の差異さえも覆い隠してしまう(長所であっても短所ではない)

 筆者の見解

 :私の見解では、われわれが信念を帰属させるのは、

 行動の全体に一種の解釈の網をかぶせることによってである

 ……関連する行動を可能にするものとしての、

 根底にある物理的あるいは計算論的な構造がどのようなものであれ、

 そうした構造における自然な区分に、網の結び目(すなわち信念と、欲求の特定の帰属)が

 対応している必要はない。

――

 筆者の意見は全体論である。(行動全体に網をかけるから。)

 ということは、Davidson(全体論者)に対するFordorの批判は、筆者の意見にも当てはまるのではないか

<Fordor>

意識の全体論というのは、

命題的態度の同一性――特に志向的内容――が、その認知的連関の全体によって決定される」

 という考え方。

 これに、Fordorは懐疑的

命題pの認知的連関というのは、主体がpの意味論的評価、すなわちその真偽の決定に関係するすべての命題のこと)

われわれは、信念や志向的状態を共有している。が、そのとき、すべての命題認知的連関)を共有しているとは思えない。

 なので、意味全体論はありえない。

 →信念の内容が、その認知的連関に依存するということを否定。

 信念は、その内容をそれぞれ別に持つ。

 外延的意味論の一形態に賭ける

:信念がその状態を獲得するのは、脳の状態が逐一、世界と因果関係を結ぶことによってである

「ある生物が『牛』という概念を持とうと持つまいと、その生物は『馬』という概念を持ちうる」

</Fordor>

筆者

 :Fordorの間違い

 全体論は、もしそうであれば、人間の心の理解が芋蔓式に進んでくれるのにという、いわば願望。

 Fordorが軽蔑したものの通りに進んでくれるかは別問題。

Fordor:バラバラになったブロックを一つの全体に組み合わせるやり方が、全員同じになるはずがない。

筆者:一つのブロックの組み合わせ全体を理解するために、各人が別々のやり方でバラバラにしている

 全体論という言葉の使い方が違うから、Fordorの批判は筆者には当てはまらない(という、批判をかわすための節)


 一章3節での、チャーチランドによる民間心理学批判に、今では応答できる。


(1)民間心理学は、狂人や言葉の通じない相手には使えない

(2)民間心理学は、長い間停滞している不毛な学問である

(3)民間心理学は、神経科学ときちんとつながっていない

(3)に対して、

 民間心理学の関心事は、他の主体の顕著の行動パターンだけを可能な限り効率的に分離することである神経科学とつながることを目的とはしていない

(1)に対して、

 民間心理学の道具としての適用範囲は、仲間。狂人の理解は、そもそも目標としていない

(2)に対して、

 民間心理学の目的は限られたものである

 なので、その中核部分が時間的および地理的な次元を越えて相対的に恒常的であり続けてきたことは驚くべきことではない。

整理。

 心的状態に関するわれわれの常識的理解と民間心理学は、違う。

 民間心理学には、きちんとした定義がある。

 これまで「民間心理学」として使われてきた言葉の、新たな用語法:「素朴心理学」、「メンタリズム的な理解」

 因果関係と、構成的関係の区別

構成的関係

 :

 研究の主題と何らかの形で密接に結びついているということ

因果的に関係

 :

 因果的に関係している様々な要素は、それほど密接に思考と結びついているわけではないので、

 それらの要素を差し引いてもそれによって思考という観念そのものが存続しえなくなる

ということはない。

チェス盤がなくなっても、チェスの続きは打てる。石を駒に見立てたり、口頭で)


・広域的内容の理論認知科学は心を解明しえない

・消去主義的唯物論:民間心理学が、心に関する科学に対して歪んだ影響を及ぼすのではないか民間人は自分自身の心を知らないと、消去主義的唯物論は思っている


科学(物質、プログラム

(構成的関係)

科学と心とを結びつける構成的関係。その得難さが二つのスタンスの対立を生んでいる。が、どちらの立場も同じく、認知という地形に同じ隆起とくぼみを見ている。

では、構成的関係とは何か。


構成的関係←→因果関係

構成的関係:研究の主題(この場合は心)と、何らかの形で概念上密接に結びついていること

因果的関係:因果的に関係している様々な要素は、それほど密接に思考と結びついているわけではないので、それらの要素を差し引いても、それによって思考という観念そのものが存続しえなくなるというひとはない

(駒はなくてもチェスは打てる)

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http://anond.hatelabo.jp/20111224030108

例えば自分ならこう説明する。

BL同人誌において「蔵馬×飛影」と「飛影×蔵馬」はずいぶんと意味合いが違うらしいですよ。

どっちがタチでどっちがネコかはわからんけど。

交換法則が成り立つかどうかは考えないとダメなんです。

次元が一緒になればいいっていう考えも、例えば「人妻×独身男性」と「妻帯者×独身女性」をイコールで結べるかっていったら違うでしょう?

自分感覚を数論に落とし込めるかどうか、数学物理学化学に使えるかどうか、それは逐一慎重に考えてからじゃないといけませんね。」

と言ったところで、小学生じゃ「せんせい、BLってなに?」だと思うけども。

2011-12-21

http://anond.hatelabo.jp/20111221164458

いいけどさ、開放型ヘッドホンで満員電車という組み合わせはナシというのは、どうなのよ?

程度問題として、カナル型使って漏れるなら、まぁしゃーないかとは思うが

どの辺に各個人の許容範囲があるかは知らんが、配慮した上で漏れちまうのと 無配慮でいいというのは別次元だと思うんだが どう?

2011-12-16

http://anond.hatelabo.jp/20111216131211

妻と女友達、同僚女性社員だけで満足できるのか、次元が低いな。

あらゆる女性を寵愛してこそ男。

一人の女性にだけ尽くすとか、自分が能無しだと宣言してるに等しい。

2011-12-06

俺が30になって分かった結婚できない理由

コミュ障からだわ。

いくらブサイクだろうが、低年収だろうが、低身長だろうが、低学歴だろうが、ほんと関係ないわ。コミュ能力さえあればいい。

 

ただ、コミュニケーションとひとことで言っても色んな要素があるのが分かった。

話し方、話す内容だけじゃない。服装や髪型コミュ能力の一つということも分かった。趣味の選択そのものコミュ能力なんだと思った。要は、どれだけ他人に興味があるかってことなんだろうな。他人に興味があると、それだけでモテる要因になるみたいだ。

「他人」の解釈を間違えた俺は転落した。

他人ってのは、テレビネットの向こう側とか次元の向こう側とかじゃなくて、自分のまわりの人間なんだなあ。

2011-12-04

クレームで最大の問題は「ものすごさ」ではなくて「数」だ

http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20111203/p1

を読んで思ったこと。薄っぺらいなー。




クレーマー対応したことがない人からすれば、クレーマークレーマーしかないのだろう。

せいぜいしぶとさとか、声の大きさ(暴力雰囲気)を元に、ものすごいクレーマーかそうでないクレーマーかを区別するくらいだと思う。

ものすごいクレーマー」といったところで、自分ちょっと気分が悪くなる程度で責任はないから気軽なものだ。

むしろ、上の記事のようにブログネタになるぞ、と喜ぶ人さえいるのだろう。

「うわぁ」と嘆いてみせる俺格好良いっすね。しかめ面してブログを書いただけで何か仕事したつもりとか社会に貢献したつもりとかだったらウケる。

「うわあ」と思ったなら仲介に乗り出してくれてもいいのよ?上の人はおそらく考えもしなかっただろうけれど。

いつぞやの痴漢をみかけて延々としたり顔で分析している社会学者みたいなのもいたけれど、まぁお気楽なもんだと思います

大阪では「自分の利害が絡めば」仲介してくれる人いるんだけどね・・・

あ、別に上の人が悪いって言ってるんじゃないよ? それが普通であって、期待しすぎてもがっかりするだからしてないよ?ほんとだよ?

でも、私らからしたら、「普通の人」ってクレーマーと紙一重で、そう大きな違いはないと思ってるんですよね。

あんまり無邪気に「クレーマー」と自分を分けて考えてる人は、まぁ幸せに生きてるんだろうな、とニマニマしますということくらいかな。




実際に対応している側からすると、

引用先のクレーマーは忙しい時でなければまぁよくあるタイプで、危険度でいえば大したことはない。

誰が見てもやばいくらいに手に負えない客はむしろ楽だ。

ものすごいクズ」の対処責任は私にはないし、屑だと思える相手なら、杓子定規対応しても心が痛まない。

私らは、システムの範囲内でできる限り誠実であろうとはするだけだ。システムの範囲外の人でもいい人ならば多少気を使う。

だが、システムの外側かつ態度の悪いクズ人間にはただ突っぱねるだけ。

困ったら上司に投げればいい。本当のクズ相手なら上司に投げても怒られない。




そんなことより私らにとって一番問題なのは

似たようなクレームが大量に寄せられるときだ。それがつまらない些細なことで、かつこちらで対応できないようなことだとすごく困る。

子供おもちゃ関係とか、システムインストール周り、それから故障などは精神的にかなりクるものがある。

大事なのはこうしたクレームを減らすことおよび、クレームが来ても重大な問題にならないようにすることだ。

から

「どういう理由でクレームをかけてくるのか」

クレームをする人はどういうことがわかっていないのか、誤解されやすいのか」

「深刻なクレームになりやすいのはどういう問題か」

などが意識される。

もちろん門外不出なのでここでは書かない





とにかく数とリスクだ。

数を減らすことが大事。あとリスクがでかいものを避ける工夫だ。

ちなみに最大のリスクは「システムとして決められていること」そのもの無視したり乗り越えることを要求されることである

システムを揺さぶることは許されない。そういうのを無邪気に要求する人が一番危険なのだ

たとえばデカイ損害が起こって100万円要求されたとしても、システム側に金額で対応する仕組みがあればある程度は許容される。

しかし、「一切金銭面での解決を禁じる」となっている場合、要求が50円だったとしてもそれはすごいリスクが高い。値引きとかもそう。

最近アウトレットで買い物するのに慣れたせいか量販店での買い物でクレームつけて値引き要求する客もたまにいるが、

そういう場合は、全額返金して商品を引きとってでも応じない。それがシステム的な対応である

そのくらい対応システム化しているから、経験のない人間でもクレーム対応ができるのである。そのありがたみを理解すべきである

ちなみに「全額返金して商品を引きとる」と言ったらたいてい引っ込む。

個人と個人のやり取りであればもっといい代替案を示せるが、それを量販店の、量産型クレーム対応者に求める奴は、阿呆である

×野家で、牛肉があるんだからとメニューにないものを頼むバカがいるか? 

超高級ホテルでコースメニューをやめて牛丼を頼むことはできるかもしれんが、×野家でコース料理を頼むことはできないんだよ。


そういう訳で、このコメントは論外。

クレーム対応という次元で見れば、店員側にも非があるかもしれない。「もっと上手いやり方」もあるだろう。

そういうことができないのが現状であり、そのシステムの是非を論じるならともかく、

大して現状を把握しないで適当に喋ってるのがまるわかりで不愉快

中途半端な理解で、理解者、擁護者として振る舞う人って、ある意味敵以上に厄介だと私は思う。

私は、システム側を何とかして欲しいと思うけれど、こういう人が中間管理職とかにいると「現場で何とかしろ」で話が進まなくなるのだ。のだ。





その意味で、クレーム対応は昔と比べるとはるかに楽になっているらしい。

昔のクレーマーは、そもそも「システム」の存在考慮できない人が多かった。

こちらはシステム存在を前提に、自分に許された範囲内で対応をする。要するにこちらはただのシステムの端末にすぎない。

ところが、相手は自分を決定権をもった人だと思っている。

そのために、こちらの「誠意」とか「人情」に訴える人が多かった。

前提自体がわかってない。わかろうとしない。

無効としてはまっとうに交渉をしているつもりでも、こちらとしてはただのボケ老人の戯言と同じだ。

今でもたまにいるけれど、「ボケ老人」のカテゴリに該当する人は本当に大変だ。





えーと話が飛びまくってわかりにくくなったのでまとめ。

システムを揺らがすのは第一に数。 

第二に無邪気にシステムからの逸脱を求めてくる客。「裸の王様」における子供やね。

あれ一見良い話みたいだけれど、ただの考えなしで言ったなら最悪だよ。「王様は裸だと言った子供はその後どうなったのか」をよむといいよ。

fromdusktildawn?という人が言ってるのは「ものすごいクズ」というのはそういうのを指すのであって

ただ単に頭の悪くて暴言をはく客は別にたいしたことない。

そんな事言ってたら、はてブなんかとうの昔に潰れているでしょう。私は潰れるべきだと思ってるけどね!!

2011-12-01

日常系作品というのは中二病系作品よりはるかやばい感じがする

厨二病という概念が無かった時のことを想像する。中二病という言葉が廃れ、死語になった時代想像する。


極端な話、ナポレオンが登場しなければ、「俺はナポレオンだ」という形の妄想存在、成立し得ないのである

そしてまた、本物のナポレオンが「俺はナポレオンだ」といったところでそれはちっとも狂気ではない。ただの事実にすぎない。

だがナポレオンという人格の型が社会にあるイメージを流布させてから「俺はナポレオンだ」という妄想を持った病人は、

それは社会のもったイメージを過剰にないし不当に自己の中に取り入れてしまった個人である

ナポレオン、という人間像が全く意味を持たなくなった、たとえば現代においては---これはナポレオンに限らず、現代においては英雄的個人とか、社会に対して極めて大きな意味合いを持つ個人というものが極端に存在しにくくなってきた。

からこそ、こういう形の誇大妄想はしだいに影を潜めてきたのだと私は思っている。

だが私は多少先を急ぎすぎたような気がする。

上記は30年前に書かれた文章である


厳密な意味での中二病とは誇大妄想狂のことであろうと思う。

30年前では中二病とは上で言う「ナポレオン妄想」であったのだろう。

現代ではナポレオン妄想と違って、現実妄想を託せる人物や背景がいないことから

マンガアニメラノベという最初から仮想で都合の良い舞台の、都合の良い主人公に、己の誇大妄想を託すようになった。

ただでさえあやふやなフィクションに、さらに自分妄想をかぶせるのだから、強度は脆い。

それをほんとうの意味で信じきることができるほど緻密に設定を行い、現実の制約を超えてそれにのめり込むのなら、

かつての妄想狂と比較にならないくらい深刻な症状ということになる。

現実適応するために、そこまでやらなければならないヒトというのが確かにいたのだと思う。

それだけ現実が狭量で、現実であること、正常であることを強く求められてきたということだと思う。




ただし、「中二病」という言葉が広がったことで少し事情が変わった。

妄想するくらいは、若い頃には自然とかかるはしかみたいなものだということが認められるようになった。

結果として、大半の場合、実際は仲間内だけで通じる演技のような形で共有し、

みんなで妄想狂ごっこ、神経症ごっこをすることで、ほんとうの意味神経症になることを防いでいるようだ。

一人で抱え込んでいると、ほんとうの意味で深刻な妄想狂になってしまう。

そうならないように、明らかに嘘とわかる底の浅い世界観、共有可能なレベル妄想を行い、それを開示し、消費していく。

つの妄想を掘り下げていくことを防ぐため、数やバリエーションものをいわせて、必要以上にのめり込まないようにする。

キチンと2次元であることを強調され、間違っても現実と混同されないように配慮された上で、効率よく妄想して、効率よく消費して、できるように特化した作品や媒体が数多く出るようになった。





ところが、こういうのを見ているとちょっと不安になる。

日常マンガ」が人気…現実離れのステキ空間

http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20111129-OYT8T00833.htm

よく知らないのだけれど、大丈夫なのかこれ? 中二病よりさらに深刻な何かの臭いがするぞ。

多分5年くらい遅れてる議論だと思うので、もうネットの中には答えがあると思う。

みなさんは日常系というものをどう捉えているのか、そしてこれの功罪部分についての解説をしていただきたいと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20111201002805

勝者だの敗者だのと言う次元の話は誰もしてないぞ

2011-11-27

http://anond.hatelabo.jp/20111127055045

そうなんだ。大変だなぁって思いました。

裏でイジメられてるんじゃないかとか、仲悪いんじゃないかとか、贔屓されてるorハブられてるんじゃないかとか思わせる表現はマズイと思う。

だったら徹底的に無難な方向になるんじゃないの。

ただ、これはあくまでも実例とは関係ない 一般事例として聞いて欲しいのですが。

芸能関係って無難でいいんでしたっけ?目立ってなんぼ、飛び抜けてなんぼ、だと思ってましたが。

やっぱり、どこの業界無難って大事なんですね〜。

女の子アイドルだと色いろあるのかもしれませんね。3次元は奥が深いです。また1つ勉強になりました。ありがとうございます

http://anond.hatelabo.jp/20111127033350

次元の人は違うのかな。写真より握手券か・・・写真大事な段階で2次元なのか・・・

 

次元場合、そのショップ様とのお付き合いでも

ショップ様?ごとに特色を出していってるわけじゃねっすか。

ショップだって自分の所で買ってほしいから、売れそうな絵柄を指定するわけっしょ。

主じゃないとりあえず、なら、とりあえずなりに、いろいろ遊べばいいのにとも思うし・・・ 

まゆゆさんが右上の丸の中で欠席状態とか?遊び方はいろいろあると思う。

できるかどうかわからないけど・・・定価で2枚買うともう1枚ついてくるキャンペーンとかで枚数コミットする代わりにいいのとってもらうとか。

なんだろう 難しいのはよく分かるんだけど・・・なんか、おんなじ感が・・・ とりあえずというか、

こういうのでいいんだ・・・的なさびしさを覚えました。どこもお金ないんだろうけどさ・・・写真とかグッツとか、いいの欲しいじゃん。

売れないんだろうけど、この曲、レトロで笑えて、いいと思うんだけどなぁ。(本来のアイドルソングとは別の意味で)

もったいない

次元に詳しい先生 ふとミタのですが 2次元坊やの僕には

http://watarirouka.com/news/index.html

ショップ別 特典の 構図 の違いがわかりません・・・

これじゃぁ、コンプ目的で複数買いの需要を喚起できないんじゃないだろうか?

ギャルゲーの特典でももう少し考えてショップ色を出すと思うのです・・・

次元だとこれで、違いがわかるのでしょうか?2次元が特徴出し過ぎなのかなぁ

2011-11-21

視点の移動日記

 いつぞやの出勤日、ベルが鳴ってもなかなか帰ろうとしない上司は、どういう思いでなのかは計り知れないがサービス残業を自ら行うタイプ人間だった。憶測するに、仕事の遅さその更に上の上司に怒られるのが嫌でがんばっていたのか?それとも家に帰るより会社に居た方が良かったのか?はたまた評価を気にしてなのか?不明は不明だが、その上司の部下である私は、自分が先に帰る事をためらった。

 なぜなら「上司が終わらずにやってるのになんで帰るんだ」と嫌な感情と共に叱責されたという過去があるからだ。愚痴を挟むと「勝手残業しないように」とか言われてはいるのだが、やはり無給奉仕はい人間関係なので「何かお手伝いする事はありませんか?」と申し立てる人間である事を精神的に強要されていると感じている。

 そこで、怒られるよりは無給奉仕をするという選択肢を選んだ自分は、よそよそしさを隠し切れてはいなかったと思うが上司の周囲をうろうろしながら仕事を頼んでも良さそうな雰囲気を醸す。ここで極端に正直者な自分はなかなか本意に反して「何か手伝う事はありませんか?」と聞けない事がくやしい。なぜなら本当はやりたくなさそうな態度でそんな事言うなよって思われるのが怖いからだ。なかなか表情や態度、声色まで本気でその労働契約上の約束以外に時間帯で「何か手伝う事がありませんか?」とその文面その言葉の本当の意味、本来の乗せるべき意思を乗せて発する事は自分にとってなにかこう難しい事なのである

 これができる人は本当に羨ましくも思うのである

 しかし、元来明るいプラス思考自分にとってまたとない気分の悪い、居心地の悪い空間である。この不快感は体験としては絶好のチャンスでもあるのでとにかく色々な視点で考えられないか?また後で今の状況をなるべくありのままに思いだして再体験できるように勤めてみた。この同じ時間日本中でサービス残業を悲しみながらしている皆の気持ちを創造しながら。

 嫌な事があった時、その嫌だった体験を話す相手がいる人は幸せ者だ。逆にだれにも話す相手がいない人の悲しみとはどんなものだろう。忘れるしかないのかもしれないし、ただひたすら貯めているのかもしれない。

 嬉しい事があった時、その嬉しかった体験を話す相手がいる人は幸せ者だ。逆にだれにも話す相手がいない人の嬉しさとはどんなものだろう。

 わかりたい。

 自分約束が好きだし、約束に反する事は嫌いだ。

 だからこそ約束を信じられなくなった時の気持ちや、信じられなくなった人も気持ちはとても痛い。

 他人の気持ちがもっと解れば自然とそして楽しく上司に使ってもらえるようになると思う。

 なんだか奴隷根性の様だがいかんせん自分だって会社依存しお互いに利用しあっている関係だ。

 そして、人生に楽しみを求める以上。楽しさは約束がどうのこうのとは別次元存在する物だから

 あなただって頼まれた事だったとしても楽しければ必要以上にやってしまったりした経験の一度や二度はあるだろう

 どんな事でも考え方次第で楽しくなると自負している以上。今日経験ブログネタ、思考のネタにしようと思った

 瞬間

 楽しい物になる。そして楽しんでやっていれば、命令した上司だって楽しい気持ちに少しは向くだろう

 ただ、今日サービス残業をやり始めてから、その“楽しい”という気持ちに視点を移動させるまでに

 けっこうな時間がかかってしまった。

 思っているだけでは、また同じ事を繰り返すとの懸念から、そこはさすが文化

 文化する事によってこの概念、この意思をここに残し、一つの感覚構造として今のこの精神状態を

 またそうなった時に思い起こしやすくできると思った。

 さぁ次! また、イヤでイヤでたまらないサービス残業を暗黙の内に求められる機会がくるのを楽しみとしようと思いつつ

 筆を置く


 いつか、年がら年じゅうサービス残業なんですけどって人の視点も転換してみたいが、まずはここまででいいや

 ではでは

 @awaikumo

2011-11-18

http://anond.hatelabo.jp/20111117180419

ま~~~~~~~~~~~~~~~だ

五右衛門やTRPGの話をするの?

盛大に自爆した話題をもう一回持ち出すのはやめようね。

こっちが情けでしつこく突っつかないことの意味勘違いしないように。

馬鹿相手のグダグダ会話を少しでも建設的に善導したいからつつき続けてないだけだよ。





お前のここまでの馬鹿ならではの右往左往をまとめてあげると

小説感想TRPGの話で食って掛かる

あくまで小説の話とその感想であること、

TRPGは未プレイであること、

TPRGではまた別の環境や展開があろうということ、

全て最初から一貫して&馬鹿が耳を貸さない分だけ何回も何回も断り続けてるのに

TRPGでは能力に発動確率があるって言ってるだろ!」

TRPGの設定の話をキチガイそのものの態度でわめき続ける。




突然ルパン三世で例えはじめる

「五右衛門は何でも斬れる」という

根っこから間違った知識を下敷きにしたうえで

「何でも斬れると思えるぐらいの凄腕」と「本当に何でも斬れる」の区別がつかず

五右衛門と魔人は同じように考えるべきだと吠える。




合間合間に必ず「TRPGではこんなことがあったよ!」

「そのゲームはやってない」「今の話とも関係ないよね」

とやんわり何回言ってもすぐ「TRPGでは~」がはじまる。

よっぽどそのTRPGプレイ体験が誇らしい楽しい思い出だったのだろうけど

他人にとってのその話のニーズについて察することが出来ない典型的コミュ障

自分がやったTVゲームプレイエピソードを延々喋り続けて同級生を退屈させるオタクってクラスに一人は居ましたね。

そもそもこのアホが食って掛かってきた理由も

ボボボ、ボクチンの楽しいTRPGプレイの思い出にケチをつけられた気がする!」という頓珍漢な感情に端を発するので

論点はフラフラするし論陣もめちゃくちゃ。

こんなのがウジャウジャ寄ってきたのであろうゲーム主催・運営してた架神は実にお疲れさん。




馬鹿の一連のトンマな勘違いが晴れればあとは簡単な話

以上のような

頭悪いゲーム中毒キモオタ

会話にならない欠点脱線論陣崩壊について

一個一個厳しく修正してあげた末に、ようやく話が簡単なところに戻ってきました。

喜ばしい。あほらしい。




次元や五右衛門のような達人が居ても、その能力を活かさない物語なんざ、普通にあるだろって話だよ。

最高効率ではない」って突っ込み意味あんのか?

そうだねw

俺は小説感想の一部として、より良いと思われた運用を書いただけだよ。

「そんな感想意味あるのか?」ってこれはただの俺の趣味だよ。




そ・れ・で?

俺の趣味が何か?

2011-11-17

http://anond.hatelabo.jp/20111117171604

勝手勘違いもここまで来ると酷いな、本当に。

もう少しで魔人になれるんじゃないか

認識の強制能力」を身に着けてさ。


もうネタバレ気にせず話すが。

作品中メタ視点でTRPGの駒として描写されてる一刀両の運用が、「僕の考える最高効率ではない」って突っ込み意味あんのか?

次元や五右衛門のような達人が居ても、その能力を活かさない物語なんざ、普通にあるだろって話だよ。

から

まりあれか。

ルパン三世」に次元と五右衛門がついてるのに、ピンチになるのおかしいって言ってる感じだよね。

と書いたんだ。

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