はてなキーワード: 教育とは
日本は女性の社会進出後進国なのに少子化が凄まじいのは知っているよね
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/1500.html
このグラフを見れば解るように、25から30中盤にかけ急激に女性の労働力が下がる韓国と日本は、女性が出産で仕事を辞めて育児に専念し、数年後安い給料でパート労働にならなければいけない社会で、それが少子化の原因の一つ。
不景気で金がなくて子供を産めない、夫婦共働きじゃないとやっていけないのに子供を産んだら仕事が続けられない、子供を産めない状況に若者が追い込まれているから産めないんだよ。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/syussyo06/syussyo4.html
とは書いていないけど。
「私は元々そういう人間であり、母もそれはよく分かっている筈なのに何故そんな事(=子供を作れという事)を言うの?」
でしょ。
元増田は母親に対して別に憎しみだの復讐だのは考えてないと思うんだけど、
こういう解釈をしている人は
元々「女が子無し選択をするのは異常な養育環境で育たない限り有り得ない事だ」「そんな異常な養育をするような親だから憎しみを持っていて当然だ」
と思っているんだろうなあ。
元増田の話は
1・なにかにつけ「途中で投げ出すからダメ」とトライさせてもらえず育った
なんか、よくわからないけどこの解釈が通説で当然みたいなので。
あのねえ
わ・ざ・と、そういう書き方がされてるの
読んでる方はそれぐらい読み取れるし(アナタ以外)
書き手もそれぐらい読み取られることを期待して書いてるの(アナタのような頭悪いのは想定からも対象からもOUT)
元増田の話は
1・なにかにつけ「途中で投げ出すからダメ」とトライさせてもらえず育った
3・その母に「孫の顔も見せてやらねえよ、お前の教育どおりにな!」と言ってやった
だよ
骨だけむき出しに整理しちゃうとね
(3行にまとまるでしょ、あなたの解説はダラダラ長いよ)
でも恨みやトラウマの構造をそんなぶんぬきでシンプルに整理して書いても
書くほうも読むほうも「そうですか」で終わってしまう
そこで元増田は、
1・母に子供の頃から「あなたは飽きっぽい」という忠告を受けて育った
2・なるほど母は正しい、私は実際にそういう人間であることを後年自覚するようになった
3・そんな私の人格を熟知する母よ、何故「子供を育てろ」なんて危険なトライを薦めるのですか、理解不能!
人に読ませる話としても、
母親に実際にぶちまける時の恨み節としても
こうやって少し肉をつけたほうが面白いでしょ
(肉はつけすぎるといやみすぎてそれもまたオエッとなるけどね)
なんで肉をつけると面白いかっていうと
読むほうが話の表面の肉をかき分けて骨子にたどり着くまで
これはジョークの書き方とかも同じ
これじゃ悪意や蔑視は感じるけど何も面白くない
骨だけをシンプルに書くってのはこういうこと
1秒ぐらいして言わんとする骨子に気づく
これらは全部、
読む人が掻き分けられる程度の、嫌味にならない程度の肉を、慎重につけてるわけ
掻き分ける側も、書き手のそういう意図ぐらいは理解して微笑むわけ
それをまー、
一名の人よりずっと頭の鈍い馬鹿クンが
みんなわかってないみたいだから解説してあげるよよく聞いて!」
って、
馬鹿クン以外の全員どっちらけだよ
前提条件:親が裕福で生活に余裕があり、お金があるのになんで働かなくちゃいけないの?という高等遊民タイプのニート向けです。
年老いた両親が生活を切り詰めながら一生懸命パートで働いて生活を支えてるような家庭の場合は、つべこべ言わずに働いて両親を支えられるようになりましょう。
→遊んで食べて寝てるだけで、殺しも盗みもやってないよ?遊んで食べて寝てるだけで悪だと言うのなら休日の日曜日にゴロゴロしてるお父さんも悪になってしまいます。
→憲法解釈の問題になるので詳しくは割愛しますが、勤労の義務は国家が労働環境を提供する義務と捉えることが出来ます。
また、憲法には「全て国民は~」と記載されているので、定年退職したから、或いは主婦だから労働の義務は関係無いというわけではありません。
なので、これは会社勤めで働かなくては行けないと言う意味では無いのですが、若干の後ろめたさがある場合は家の家事でも手伝えば十分です。
→日本は累進課税の国なので所得に応じた納税をすれば義務を果たしていると言えます。所得が0円のニートの場合は当然課される税額も0円で問題無く納税の義務を果たしています。
→現在の普通選挙へ移行して来た流れを考えれば、低所得者・低額納税者だから政治的な意見を言う資格が無いということはありません。
これを否定することは昭和の時代に普通選挙の普及のために尽力した先人達を侮辱することになってしまいますね。
→親が子供の面倒を見ることの法的根拠は、教育の義務と扶養の義務が考えられますが、扶養の義務は未成年に限定などされていません。肉親である限り扶養の義務があります。
まぁ、一般的には年老いた親を成人した子供が支える義務ですけどね。
もちろん、親がもう義務を果たしたと考えてニートを放り出すのは自由ですが、それは他人が口を挟むことではありません。
[[勉強なら他所でやれ | Transistar http://transistar.info/?p=486]]
この学生は、モノづくりがしたいが、スキルがない。だから映画を作る会社に入ってスキルアップしたいがどうも入れる気配がないので、うち(リサレコ)で新卒募集してないかとのこと。まぁふざけてるよねw
でもって、入社する若者はそれを前提に大学は遊びまくるわけで。
なんでこんな若者がいるのだろうか?
話は簡単。入社してから教えてもらうことで、十分世の中わたっていけた世代が教育しているからである。
将来の夢を語らせて何故か作文で発表しろという今の教育。どう考えても時代遅れ。
その夢の為に何かさせんかい!
夢が音楽関係でも、今ならフリーソフトで使えるものなんていくらでもある。
そういったもので、なにか一つでも身になることをさせるべきである。
それをさせない。何故か。そんなものやらなくてよかったからだ。
スキルがつかないわけだよそりゃ。
個人的に、今日本の教育で最も必要なのは議論の時間だと思っている。
自分の意見を言い、それに責任を持たせること。これを教え込まなければならない。
会議一つとっても、責任を放棄したひとりごとを言い、それをお偉いさんがまとめるだけ。無駄。
全員が真剣に責任持って意見を言い合い、とっととまとめる。これが最も必要。
自問自答でも今何をすべきか考えることが出来れば、あんなあほな話にはならないはずだ。
まあそんなことを始めたら、今のテレビで責任持たずに適当にくっちゃべってるアホコメンテーターの居場所がなくなっちゃうので全力でつぶされると思いますがね。
秋葉原のさ、チチブデンキの前の横断歩道あるじゃん。ザコンとドスパラの前に出られる横断歩道。
あそこさ、信号ないんだよね。つまり歩行者はいつでも横断ができるというわけ。
こういう場所って歩行者優先を忘れかけたドライバーを教育するのにうってつけだ。
自分は有無を言わさず横断する。一応車を確認するがとまれる距離であることを確認できたらさっさと渡る。
これまで100回以上やっているが危険な目にあったことはない。
あせってブレーキ踏んでいるドライバーもいるが、信号に向かって突っ込もうとする車のいい抑制になっていると思っている。
また自分が渡ることで、車の流れが止まり他の歩行者も渡れる状況を作り出すことができる。
消費税は一般には逆進性が高いっていわれてるんじゃなかったかな。
小金ため込んで使わずに暮らしてる高齢者よりも、教育その他色々でこれから金を使わざるを得ない現役世代のほうが多く払うことになる。
このニュースについて、ツイッターで「騙された」「これが本当なら橋下を支持するのをやめる」「橋下さーん勉強しろーコラー!」という声が散見された。驚いた。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201202/2012021001065&g=pol
橋下のことを何も知らずに投票したのか、、、相当なお馬鹿さんなんだろうな。橋下のような新自由主義思想を持った男なら、TPP賛成に驚くことはない。
下のキーワードをよく口にする文化人(踊らされてるだけの民衆は含めず)はだいたいTPPに賛成してるから、見分けがつかない人は見ておくと良いよ。
・聖域なき構造改革
・改革を止めたから景気がよくならない
・規制緩和
・法人税減税
・バスに乗り遅れるな
・先送りできない課題
・坂本龍馬
・平成維新
・開かれた日本
・外に打って出る
・市場に委ねる
・これからのビジネスで英語が話せないのは、免許がないのと一緒
・集中と選択
・競争が進むとみんなが豊かになっていく
・自由貿易
・自己責任
・既得権益を潰せ
・老害
・自己責任
・公務員改革
・公共工事削減
・緊縮財政発動
・功利主義
・官から民へ
・ガラパゴス化現象
・国際競争
・神の見えざる手
http://togetter.com/li/254721を読んで、ブコメにまとめるには量が多いので、こっちにまとめる
「生活保護受給者に「社会権」を持たせる必要はない」とか普通に若者が言うしTwitter外でも言う人いますからね。私の周りにも・・・。このような「生活保護バッシング」の今を見てると生活保護を受けてる人の就労は極めて難しいと思うよ。逆にこの状況をみると即時就労する気もうせるのも納得。
そういえば、pukumaだかなんだか忘れたけど、どっかの研究員だかが同じような主張してたなあ
誰かが何かの権利を持っていないことを指して、権利を「与えられていない」と言うか、権利を「奪われている」と言うかでニュアンスがだいぶ違ってきますね。
「権利と義務はバーター」っていう言葉、まあ間違ってはいないけど、「社会権や生存権は納税、勤労、教育の義務とバーター」っていうと変だよね
私ね、思うんだけど、生活保護って労働制にしたらイイと思わない? 1日自転車どれだけ片付けたとか、駅などの公衆の掃除とか。 病気で動けない人以外は参加させるって言うのかな。そしたらそこから社会復帰のキッカケになるかも。
これ自体はベーシックインカムあたりの落とし所のひとつにはなりそうだなあと思う。というのも、そういう制度を導入するにあたって、勤労の代わりになるものは何かさせないとたぶん反発する人は絶対に折れないから。
思い方の問題なので、その人間の生い立ちなどにも関係します。 そこから逃げて、痛い現実を受け入れられない甘えが思考にあるのです。
こういう思想って受験とか他のところでも散見されるよね。特にセンター試験を受けずに入ってきた人らに対しての見方は近いんじゃないかな。「俺たちはこんなに睡眠時間削って勉強して試験に臨んでいるのに、なんなんだあいつらは」みたいなね。ちなみに僕は部活して帰ってきてからの一時間ぐらいの勉強時間だけで旧帝入りました。でも今は親のすねかじりだけどね。甘え乙
というか、根性と気合がないと健常者にすらなれないジャパンマジジャップ。
真の健常な日本人ならB29見てから竹槍余裕でしたってことっすよ(16連射)
精神疾患は甘えって言ってる奴は会社で「なんであいつ休みなんだよ!何も進められないじゃねーか!」とリスク管理していない確率90%
甘えって言ってなくても今の企業ってそんなもんじゃないかなあ 僕がバイトしてた小売は夕方バイト一人とかザラ。代わりいないよ。インフルエンザでも出勤しよう
差別されるのは「される側が悪い」論ですな。
いじめられるのは理由がある。レイプされるような服装してるからだ。万引きされるようなザルセキュリティなのが悪い(ぷんすか
その人は病院ですよね?
僕はウナギだ
ってのはあほらしいけど、「日光を浴びてビタミンDを生合成しましょう!」というと違和感がない。違和感はないが、こういう勝手にできるものを「しましょう!」だなんて言われても鼻くそほじりたくしかなりようがない。そういえばこの人福山雅治が「生活保護は甘えじゃない」って言ったら折れるのかなあ。ただイケ壁殴
いるよ。というか100%除菌できないのになんで売り物にしてるんだ!という意見さえあるよ。小売怖いよ。
その通り。本人のスペックがいくら高くても、採用自体がもうまったく全然ないとか、都道府県によっては数年間そういう状態が続いたりしてた。
…にも関わらず、地元の教育大学の定員が変わるわけではないしね。どうしろ、と。講師世代は本当に報われない。
最近は、若干採用が回復しつつある(団塊世代の退職により)。で、過去からのいきさつや不況のお陰で採用試験の受験者のスペックはいろいろ高くなってる。まあ、優秀な人が教員になってくれるのはいいが、いざ採用されて現場に行ったとき、「ちょっと上の頼れる先輩」世代が全くいない。20代の上はいきなり40代後半とか、そういうレベルになるので、今度は
・基本スペックが違うので、話が合わない
・そのせいで職場のコミュニケーション不足も含め、意識の共有が難しい
・経験や指導技術の継承しなきゃいけないけど、うまく伝わらない
・「ガリガリ仕事したいが指導力低い若者」と「指導力高いが家庭妻子にリソース割く必要からガリガリ仕事したくない中堅」ギャップ
某サイトに掲載されたコラムが発端となり、ブログ・SNSに飛び火し、基本的に若者は恵まれているというスタンスで進んでいる論調。
現在の社会はインフラが高度で合理化され、過去の自分たちが費やした苦労や時間とは比較にならない容易さで、クリック一回で実行できる社会。
そこで高い代償を支払わずに、ゆるい連携を持って生活する若者は恵まれている、しかし熱が感じられないので、過去の経験から「夢」と「積極性」を持つことをアドバイスする。
という点、過去は苦労したが未来は明るいという楽観的な先入観はもう通用しない時期に来ているのに、発展した未来のインフラや生活様式に気を取られ新たに発生した問題が見えていない。
見えていないというより「更に発展した未来で解決可能」又は「過去の苦労に比べればやさしい問題」と考えているのでしょうか。
社会基盤が発展すれば、価値観や生活水準が変わりますと言えば、誰もが同意するでしょうが、負の発展(規模の縮小)は誰も経験していないのです。
例えば90年代まで若者のアイテムとして誰もが持っていた車、車離れが叫ばれて久しいですが、都市に住んでいる若者における車の必要性が低下し、代わりに携帯電話とPCを持つようになっただけです。
しかし車の購入・維持に比べれば遙かに購入が容易な端末なのに、PCを持っていない人が大勢いる。00年代初頭における我が国のITインフラ整備率は世界一位ですが、現在は目も当てられない状況です。
PC購入するだけの収入がない若者は携帯で何をしたか、現在ではスマートフォンでかなり情報収集が便利になりましたが、ガラケーと呼ばれる国産端末におけるネット探索能力は前者と比べると劣悪で、利用者は検索エンジンで何かを調べるというより、遙かに狭い範囲でしか活動できなかった。新聞も購入していない、TVも見ない、社員として収入が確保できる30代以上は例え不慣れでもPC位なら即金で購入する事が出来るので、ある程度のリテラシーを培う事が出来ますが、その機会さえも与えられていない。結果情報を持つ人と持たない人の間の格差が広がる。所得が低くなっても相対的な幸福度は昔より高いという人は、かつての新聞とTVから情報を得ていた経験から言うのでしょうが、インターネットで必要な情報を素早く調べて理解するというのが基本となった世の中で、流動的な情報ニュースより固定化されている公的・私的な各制度のアクセスにおいて絶望的な差が生まれている。利益が1与えられるか99与えられるかの差でなく、0か100かの差で生きなくてはいけない。この問題に最初に晒されたのが現在の20代後半。
今の大学生はPCを所持することを半ば義務化されていますが、業務で使用できるレベルでOfficeを使えると認定される資格を持っている人は、2割居ないでしょう。ですが、職安に出されている求人のほとんどはOfficeを最低限使える人間を求めている、でも資格を取れるレベルで教えてくれる高校や大学はほとんどない。高卒は自力で学ばないとスタートラインにさえ立てない。しかし採用基準は厳しくなったのに、現在働いている社員になんら教育を施さない、Excelで文章作成する事の何が悪いかのかさえ分からない。
収入は、小泉改革以降合理化され、事務職は派遣で構成され収入は捨扶持レベルの15万円程度、それでも仕事があればマシと言えるかもしれませんが、今後は労務環境の国際化によって事務職そのものが国外に外注されるのは確実。そして発生する人口減による国内市場の縮小、70年代に隆盛を誇った着物業界の現状の様な事態が各分野で発生するでしょう。
中年が考える未来は必ず発展し、解決されうるものとして存在していますが、今後の日本が進む道はその真逆としか言いようがない。中流のホワイトワーカーは営業を除いて全滅し、高所得者は移民の導入を要求する、対して単純労働者は仕事を取られまいと反対に回る、すでに同じ事が発生している会社もあるでしょうが、これが社会全体で常識となるのに何十年もかからないでしょう。
更に合理化され、余計な費用を払わずに生活できる世の中、しかし収入は少ないのに、最低限のインフラをそろえないと就職さえままなならない世の中、企業では仕事を一から教えてくれないので、自費で各種の専門校に通い勉学する日々、収入のすべてをつぎ込んで遊びなんて全くできない20代、当然お金が足りないので脛を齧れる人は脛をかじり、齧れない人は何年もアルバイトをして費用を捻出して、職歴なしというハンデを背負い戦う。大人は新卒ですぐ就職することが全てでないと高説を垂れるが、そんな人間を雇う気は無い。
昔あった問題と今の問題、問題という意味では等価値で、その大きさは当人には判別できない。過去にとらわれているのはどちらだと。
戦前に生きていた人達は、次の世代に多くの機会を与えましたが、その世代は次の世代に機会を与えない。というのは言いすぎですかね。
犯罪の弁護人は、世界で全員を敵に回そうとも被告人の味方であることを求められる。こんな厳しい仕事を進んでやる人が一人でもいるから、裁判の正当性が担保されるのだ。それを理解していない筈はない。単純にポピュリズムというか、衆愚主義にのっかって(群集の快感原理に訴えかけて) 弁護士会への懲戒請求を煽る。
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2012/01/28/kiji/K20120128002522420.html にもあるが、結局の所教育問題ってのは誰でも口をはさみたくなるが故に、しばしば間違っていることであっても「正しい」という信念のもとに正当化される。しかし、教育を左右するというのは国の基礎を左右している、という責任感はあるのだろうか(私には全く感じられない)。建っている建物の基礎を変更するんだから、ドラスティックに変更したら、いくら設計図が正しくても工程管理のミスで家が引っくり返ることがある。ましてや、その棟梁が選挙で選ばれる(すなわち、継続性が保証されない)政治家だと言う。
短期的に見ればミクロな世代間格差や想定していない副作用でおかしなことになるだろうし、長期的に見れば右に左にゆさぶられた教育の現場がぐだぐだになるだろう。教育改革は1つのサイクルすら5年、10年という長丁場の覚悟がないと、本来は為しえない難事業なのだ。どうしてもドラスティックに変えたければ、特区や特定校指定などといった「離れ」でまず実験をすべき。これは、別に教育に限った話ではなく、生きているシステムは全てそうだ。
「君たちは何のために学問をするのか 何のためにこの松下村塾に来ているのか?
日本のため人々のためといいますが、具体的にはどういう人々ですか?
的を見ずに矢を放っても的には当たりません 目的のない学問はすべてが無駄になります
何のために学問をするのか、それは学問をしたくてもできない人のためにするのです!
人々のためとはそういうことです 諸君が松下村塾に来るのは 松下村塾にも来れない人々のために来ているのです
それがわかれば一分一秒もおろそかにはできないはずです みんな私の代わりに力のかぎり戦ってください」
吉田松陰の講義は平地にありながら最新の情報に溢れており、藩校である明倫館をしのいでいたとされる。
(松陰と京都で知り合った勤皇思想家梅田雲浜=安政の大獄第一の逮捕者もこの頃松下村塾を訪れ各藩の政治状況を伝えたりしている)
とはいえ罪人の開いた私塾であるから白い目で見られ、上士の子である高杉晋作や久坂義助などは親の目を盗んで通ってくることになる。
(その他の生徒は貧農の子伊藤俊助、足軽の子品川弥二郎、中間の子山県小助など。)
松陰は一方的に教えるのみではなく、様々なテーマを与えて生徒に調べさせ、
順番に教えあい、その時は松陰も生徒となって学ぶ。これは野山獄時代と同じ。
学問といっても磁極を論じたりしているのであるから、しょっちゅう凄まじい議論となり、
先生も生徒も一緒になって朝まで大激論を戦わせたりするのであった。
したがって、松下村塾には遅刻も早退もない。各自の都合で来れる時間に来て、時にはその場で働きながら学ぶといった様子であった。
働きながら学び、学びながら働く。松下村塾は常に熱気にあふれていた。
物置を改造した松下村塾はあまりにせまく、毎日入りきれない生徒が庭にあふれていた。
(桂小五郎はこの時江戸にいて、吉田松陰とは往復書簡による師弟関係)
#薩摩 精忠組#
斉彬復帰後も、改革が第一優先であり
お家争いを防ぐため、「高崎崩れ」の犠牲者救済は、政治的バランスを考慮して後回しにされ、
結局流罪にされた者は2年以上放置されることになる。
この当時は、お家の安定が個々人の身分より優先されるのは、むしろ武士であれば当たり前、という時代だった。
斉彬は参勤交代から帰国し、洋式の事業も見通しがつき、斉興・久光派も落ち着きを取り戻してから
ようやく高崎崩れの流罪者が赦免され流罪からかえってくることに。
斉彬に直訴状を書いた。
書いているうちに、まず百姓の上に胡坐をかき、私服を肥やす役人どもへの怒りにうつり
さらに元凶たるお由羅派をなぜ処罰しないのか、という批判に及び、
勢いはどんどんエスカレートしてついには蛮学に湯水のごとく金を使う斉彬への彈劾となった。
(基本的にこの当時の武士というのは全員無知である。何も知らされていないから当たり前だが。
特に薩摩武士は武芸や忠誠がやかましく、下級武士である西郷は狭い学問でも実力は下の下であった。
だから、目についた農村の貧しさについて、その歴史も理解できず、目の前のことがすべてになってしまう。
西郷はこのあとも、斉彬の意図を全く理解できず、そのくせ忠義と称して暴走を繰り返している
しかしこれでも農村の痛みに気づいただけまだましな方というから、どれだけ当時の武士が
ものを知らされず、また忠義と称して暴走しやすい困った気質の持ち主であったかよくわかる。
江戸時代に行われていた偏った儒学や忠孝の教えでは、基本的にこういう愚か者を作ることしかできない)
→しかし、島津斉彬は彼を用いた。そのくらい「手駒としては仕える」人物だった
「考えは180度違っているが、それは今後の教育でなんとでも変えられる
おいそれと変わらぬのが、そちが持って生まれた無私無欲の心 そこを見込んだ。今日からわしの片腕となってもらいたい」
水戸斉昭さえ制御しようとしていた斉彬は、自分が死んだ時や、動きを制御しきれなかった時の危険については一切考えていなかっただろう。
→私はこの頃の西郷のような直情径行ガ忠義という概念とセットに成った、視野が狭くすぐに他人に攻撃的になる人間が嫌いだ。
西郷に関しては当時のことだから納得はできるわけで、現代でもたまにこういう奴がいるのを見ると吐き気がする。
「これといった目的もなく、落ちているものを探すのでもなくただなんとなく歩いているのですか?
我が国でも風流人はそういうことをしますが、それは楽隠居の道楽です。
あるいは無法者、ゴロツキ、怠け者のたぐいです。
江戸で何もせずに歩いているだけの人間など、挙動不審とみなされしょっぴかれても文句は言えませんな」
「日本の役人は世界最悪と言える 犬が何も考えられないのと同じ」
とまぁこれはいいけど、やれ風呂はだめだの山菜は食えないだの、ヤンキーはほんとにwww
「この1年は何だったんだ…国際社会の常識を知らぬ無知な国が相手だ。
彼らには経緯を持った対話を重ねて教えていくしかない。そう思い私は之までずっと耐えてきた。
しかし彼らは頑として心を開かなかった それがどうだ たった一艘の軍艦を見た途端
向こうは大砲に動揺した 私も相手が怯えるように話した
ハリスよりペリーが正しいのなら、言葉はなんのためにあるのだーーーー!」
#攘夷志士の怖い習慣#
橋下はこの一回の議論で負けたらお金も地位も名声も失うというスタンスで臨んでいる。
相手の勉強をし、データを整理し、バックアップ体制を固め、どうやったら強みを全面に出せるか、弱みを隠せるかの作戦を立て、闘いに出ている。
弁護士スゲーと思わせるところがある。
他方、相手のやる気のなさ。
まず第一に、相手を甘く見てる。
というような序列が頭の中にあって、橋下は政治家ではなく民間人にカテゴライズされてる。
という意識がある。
それに、議論に負けてもまったく痛くない。
反橋下派は、反橋下派のグループ内で生きているので、仲間内での評判さえ落とさなければ痛くないのだ。
たとえば君が代日の丸反対派の中での序列は、どれだけ君が代日の丸を激しく叩くかで序列が決まっているので、いかに日の丸が、君が代が悪かを説くかに固執する。
悪という前提から始まるので議論にならないし、聴衆のジャッジでは負けるのだが、本人達はそれで満足してる。
二番目に、学者はとにかく保留しておくことが好きだ。
現時点で正しいとされていることを覆すことで真理に近づけると思ってるので、たとえ今は正しくても、といって実行に移したがらない。
そもそも、学問を世に還元するより、学問を追求したいから学者などをやっているわけで。
これは自分の個人的が想像だけど、学者の10人に1人くらいは嫌儲思想だ。
50代、60代の古株のなかには、民間就職するなんて資本家の手先になることだ!という理由で学者になった人間もいる。
文系だととくに顕著だったはずだ。
もちろん、学生運動で逮捕までされちゃったような過激な連中は途中で退学しちゃったわけだが、口先は一流、実行力はない、という人間が学者になってる(場合もある)。
あんまり過激だと出世の道もなかったんだけど、社会党が強かった北海道なんかは、思いっきり左派思想でも出世できたし。
科学は科学の発展のためだけに存在するべき、という消極的嫌儲主義。
反原水爆と相性がいい。
共産主義が勢いがなくなり、平和主義と看板を変えはじめたころから歩を同調させている。
まあとにかく、グダグダが好き。
俺が思うに橋下の
「そうはいっても予算と人を引っ張るのは金も労力もかかるし、その原資は税金だし、グダグダ言ってても前に進まないから」
という主張はもっともだ。
それに対して
という反論もありだとはおもう。
ただ、正しいことだから堂々と主張する!悪いのは橋下!
という態度は、橋下に言われた通り、税金で食わされてるのにその態度はなに?
と聴衆に判断されてしまう。
それから、君が代日の丸の強制は教員だけということなので、子供の教育に~という話にできないのも大きい。
嫌なら違う高校に行けばいいって話で、小学校中学校は私立は無料じゃないけどさ。
橋下にだって、突かれると痛い部分はあると思う。
俺は大筋で賛成だけど、大阪の抱える諸問題がクリアされるとは思えない。
大阪都構想で経済の地盤沈下をどうにかできるというわけでもない。
ただ、そこんところは代案がないのなら、聞かせて欲しい、という態度で聞くべきじゃん。
ラックスマン来航(大黒屋光太夫が同行)時に、幕府は慌てて直接蝦夷の国境警備を行おうとする。
さらに最上徳内・近藤重蔵らの調査により、北方警備の怠慢・アイヌ人虐待などの不祥事が明らかになり
松前藩は直轄領にされ、さらに翌年函館奉行の預りとなり、20年あまり藩を召し上げられることになった
※とはいっても、この間にアイヌ人は人口が2割以上減少するなど、それ以上に悲惨な境遇だった)
※今まで騒乱が起こったレザーノフ時も、ゴローニン事件(この時高田屋嘉兵衛がロシアに行く)も、どちらも幕府直轄時代の騒動。
その後返還がかなって34年経ち、去年ようやく松前城の新築が完成したばかりだったが
この松前城はいきなり時代遅れだったりしてどうしようもないので幕府が直接統治して国防拠点としようとする。
「樺太が日露雑居となり函館開港となれば待つ前には荷が重い」という理由で松前藩から土地没収)
(松前藩の言い分としては、幕府にしたって外国船上陸のさいにろくな対応ができていなかったし
そもそも松前藩が十分に対応出来なかったのは、対応の権限が松前藩にない上、情報すらよこさなかった幕府の怠慢が原因であるし、
今まで騒乱が起こったレザーノフ時も、ゴローニン事件(高田屋嘉兵衛)も、どちらも幕府直轄時代の騒動なのだが、そんな道理が通じる幕府ではない)
実際は、函館開港が大きな利権になること、その他蝦夷地に寄港する船舶からの租税徴収権などに目を付けられた形。
松前藩は領土返還、通行税回復を幕府に願い続けたがかなわず明治維新を迎える。
勤勉実直な父と、陽気な母の性格、さらにとびきりの好奇心を受け継ぐ?
(福沢諭吉の命名の所以は清国の法律書「上諭条例」から一文字とっている)
下士身分であったゆえ、身分の壁に悩む。諭吉も父を見て封建社会を憎むようになる。
父は諭吉が2歳になる前に病死。その後福沢一家は中津藩に戻るも福沢一家は言語・風習の違いから疎外されたりもする。
(父の死後も母が常に父の偉さを子供たちに話し続けたため、父の教えは強く受け継がれる)
幼い頃は、家事手伝いや内職をして過ごし、内職名人として有名に。
少年になってから親戚の中村家の養子に(跡継ぎが耐えないための保険にすぎず中村家に養ってもらったわけではない)
中津藩では儒学のみならず「鉄砲とそろばん」の教育にも力を入れていたため諭吉も儒学のみならず算術に大いに才能を発揮する。
子供の頃の諭吉の夢は「日本一のお金持ちになって好きなだけお金を使いたい」であった。
諭吉は西洋文明に出会う前からかなりの合理精神の持ち主であった。
14~15まで一切本を読んだことがなく、当時としては勉強を始めるのが非常に遅かったが
白石塾に入門した時身分制度の障害にぶちあたり、なにくそと死に物狂いで勉強。あっという間にトップに。
しかし能力で抜きん出ても認めぬ身分制度になおさら嫌気が刺していたところで、中津藩にも黒船来襲。
18の時に砲術訓練の名目で長崎行きを志願し、中津を離れ、長崎ではじめて蘭学に出会う。
クリミア戦争は兵站補給、爆薬、衛生学の3つで革命をもたらしたとされる。
ロシアはノーベルの父エマニエル=ノーベルにより機雷を発明したり戦力的には奮闘したが、
産業革命により鉄道輸送を実現したイギリス・フランスとくらべて長期戦において不利を取り敗れる。
アレクサンドル2世は、国家の経済を中世以来の農奴制に依存してきたため産業革命が遅れ
クリミア戦争の敗北を招いたことを大反省し、農奴解放例を打ち出す。
大改革の過渡期には様々な矛盾が一気に吹き出すもので、逆に一揆・反乱・独立運動が続々と起こり
それらの打開策のため皇帝は軍事力を強め、国外戦を起こすにいたり、大改革は、大混乱へと突入していく・・・。
(日本も時間の余裕さえあれば、こういうことを経験できただろうということもできるし
逆に時間の余裕がなかったために、ロシアのような悲惨な流血時間や長い内乱をある程度避けれたと考えるべきか)
現代の愛国心というのが観念的な薄っぺらいものであるのに対し、
間宮林蔵は、この時代の誰よりも日本全土を自分の目と足で実際に把握し抜いた。
さらにロシア船が日本沿岸を海賊のように荒らし回った時に、択捉島で直接砲火を浴びつつ応戦するという経験までした。
ここまでくると、日本という領土に敬意を示さず土足で日本に上がりこむ外国人に激しい怒りを燃やすようになった
(しかし、土地のありがたさを知らず軽んじる人たちにはそう感じなかったのかな?そこまで考えてたらきりないか)
#その他#
昔生きていた人たちが、この本の中では今も生きてる。そう感じられる。これはスゴイことですよ!(安彦良和)
子供の頃から「こういう漫画を誰か描いてくれないかなあ」と、本気でずっと思っていました。そうしたら、ズバリみなもと先生が描き始めて下さいました。「よし!」とばかりに読み始め、「こりゃなかなか終わらないだろうな嬉しいな読みでがあるなあ」と思っていたら、本当に終わらなくて、もうずっと読み続けられて嬉しいことこの上なしです。いつまでも描き続けてください。ちなみに、小学生の頃みなもと先生のキャラをソラで描けるのは、クラスで僕だけでした(京極夏彦)