はてなキーワード: 努力とは
自分が思うほど、相手が思ってくれないほんとうの理由
他でもない、この女性は私自身であり、この物語は私の経験してきたことです。
あなたがたの多くがそうであるように、私は、男性に愛してもらうためには何かしなくてはならないと考えていた。
私は、与える愛こそすべてだと思っていた。そして、運の悪いことに、私はそれがとても上手でした。
私は男性に愛情をたっぷり与え、彼も私のことを愛してくれていると思い込んでいました。
ところが実際には、彼は私が与えているものを愛しているにすぎなかったのです。
私が男性にほんとうに愛されているという気がしなかったのも、不思議ではありません。
別れようと言い出したのが私のほうであったときさえ、利用され、だまされたような気がしたものですが、それも不思議ではありません。
愛される以上に愛することで、「間違った男」と愛しあうことになったのです。
つまり、私はどれだけ愛されているかと気をもむのに忙しくて、自分がどれだけ愛しているかはまったく考えていませんでした。
彼が私のことを「自分にふさわしい女性」と思っているのか、と心配するのに忙しくて、彼がわたしにふさわしい男性かどうかは考えていませんでした。
そのために、私は愛していても、好きにはなれない男、あるいは仲よくやっていけない男、つまり「間違った男」と関係を持ってしまいました。
というのも、私は自分が相手をどれだけ思っているかということに注意を払っていなかったからです。
そして相手に、ほんとうは私のことをどう思っているかと考えるチャンスを与えませんでした。
私は愛する男性に「自分を売り込む」のに忙しくて、彼が自分から私を欲しいと思う隙を与えませんでした。
私の中に住んでいた、父親に見捨てられた女の子は、「私」が「私だから」という理由だけで、男性が「私」と一緒にいたいと思ってくれるなんて信じられませんでした。
ここでいう苦労人とは、進学するお金がなかったり、家庭環境にめぐまれなかったり、いろいろとめぐり合わせが悪くて、自分の判断や努力以外でのっぴきならない境地に立たされた人のことです。
まず、苦労人であることは特に触れられることがない限り隠しておきましょう。別に自慢することではありません。
苦労人であることやそれによって得た経験やスキルは評価の対象になりません。
とても残念なことでありますが、あなたが引退して、成功者インタビューを受けるときまで、そのエピソードは封印しておくのがベターです。
苦労だったり、他人の失敗に巻き込まれたり、天災に巻き込まれたりした経験は、自分にとってプラスではありますが、水平飛行の人生を送ってきた人からみれば、特異値をもったスキルや考え方は脅威です。ツメは隠しておきくことをおすすめします。
苦労したタイミングで、徹底的に誰かに助けられるような状況ならば、問題がないのですが、苦労人は、その苦労をなんとかぎりぎりで克服できたのではないでしょうか。克服できたことは大変大きな自信につながります。自信は持っていいのですが、この自信もそっと胸のうちに秘めておきましょう。
どん底から見てはいけないものがあります。水平飛行の人生を送っている人たちの不平不満です。
車で歩行者突っ込んだ人、バスジャックしちゃった人のように感情の高まりがすべてをリセットさせる方向へ暴走しかねません。しかし、そのくらいのことで世の中は変わりません。より多くの水平飛行の人生を望む人がいるからです。
恵まれてくると、生きる困難に立ち向かうためでなく、どうでもいい人生の枝葉のことに対して不平不満をいうようになります。
そういう人に近づかないことは重要です。近づかなくてもインターネット上の交流サイトでは、見たくなくても見かけてしまいますので、情報の取捨選択には過分に注意を払ったほうが、余計な気持ちのフラストレーションを発生させることもなくいいと思います。
水平飛行中の人の悪事を偶然にも目にすることがあるかもしれません。しかし、これはあなたにとってチャンスではなくトラップです。
あなた自身がかかわることは何のプラスにもなりません。義侠心や正義感から何かしらのアクションを起こしてしまうかもしれません。
それは、災いを招く以外のなにものでもありません。積極的に応援しない立場をとるのが今後のためです。
あなたのコツコツした積み重ねよりもむしろ、降って沸いた幸運のほうがはるかに効率がよかったりします。
幸運があったら、大切な人とこっそりと分け合ってください。人に見せてはいけません。
あと、あわてる必要はありません。われ先にいった人は次の信号で止まって待っています。
一日に寝る時間も、一回で食べれるごはんもお金持ちでも貧乏人でもそんなに変わりません。健康食材を食べても死ぬ人は早死にしますし、ジャンクなものを食べて長生きする人は長生きします。
一人の人が管理できるものの絶対量は決まっています。たくさん持ちすぎるととそれを管理することに時間と手間をとられて楽しめません。
死ぬときは手ぶらです。持ち物を少なくしておかないと残った人に迷惑をかけることもあります。
大切な家族といっしょにご飯が食べれることのような他愛もないことが実は一番のしあわせだったりします。そんな他愛もないことからすら見放されてしまったかのように思い込みがちです。
そのくらいの幸せならば、ちょっとしたきっかけで、ふっと幸運が沸いてくるのではないでしょうか。
それでも、へこたれそうなときは、あなたが祖国やふるさとの一員であることを思いだしてください。あなたが締めるネジが、あなたが読み取るバーコードが、必死に打ち込むプログラムコードが、「ありがとうございます」という挨拶が、あなたの運ぶ荷物が…、私たちの国を地域を作っているのです。このような考え方は、戦後の日本ではタブー視されてきたかもしれません。苦しいとき、つらいときにこっそりと心の中で思い出してください。あなたは一人ではありません。
ぜんぜんアドバイスにもなっていないかもしれませんが、あなたの大切な人をいちばんに思って生きてみてください。それだけです。
以上、送ることばでした。
社会的機関の多くは、自らの氏名を道義的に絶対的のものとし、経済的な費用効果の対象とはしない。
経済の世界では、より大きな成果を得るために常に資源の配分を変える。すべてが相対的である。
しかるに社会的機関においては、より大きな成果などというものはない。より大きな善もない。
目的を実現できないということは、努力を倍加すべきことを意味するだけである。
飢餓撲滅運動のリーダーは、飢えている子供が一人でもいるかぎり、われわれの使命は終わらないとする。
可能なかぎり多くが発育不全にならないだけ食べられるようになれば、
われわれの使命は終わるとでもいおうものならば、リーダーの地位を追われるだけとなる。
しかし、目標が最大化にあったのでは、決して達成されることはない。
それどころか、達成に近づくほど一層の努力が求められる。
なぜならば、最適値を超えるや、得られる成果は指数関数的に小さくなり、必要とされるコストは指数関数的に大きくなるからである。
こうして社会的機関は、目的の達成に近づくほど不満を感じ、より一層活動に力を入れることになる。
さて問題です。
なぜでしょうか。
けっこう前に告発系の記事を書いたのだが、数か月たった今の状況を見てもあんまり盛り上がらなかったようなので反省をする。はてブが10もいかないってのは失敗。んなもん自演で頑張れる範囲だっての。俺ってこういうセンスがないのかな。それとも努力不足なのか。とりあえず反省していこう。
やっぱり面白くないといけないみたいだ。一応やらおんと萌通についての記事を参考としたんだけど、ただ事実を列挙しても相手が小物だったから盛り上がらなかった。これは誤算。コンテンツとして物足りなかったようだ。執拗なまでに証拠を揃えていたので「これが事実なの?」って意見はつぶすことができたけど、同時に「わりとどうでもいい」という感想を抱かせてしまうことなった。やっぱり優先されるのは面白さ。面白くないと犯罪だってニュースに登場しない。もっとアイデアを捻れば良かったと思う。そもそも「記事」として面白くなければ話題にはなり得ないのだ。面白い事実なんて存在しない。解釈と肉付けあってこそ。
記事の書き方もまずかった。個人的な狙いとしては未来のためにソースとなる記事と、その事実がどういった意味を持つかを書きたかった。記事を読んだだけで何が起こっているのか、どう判断したらいいのかが分かるような記事。しかし、これらの二つを組み合わせるのは案外難しい。慣れないもんだからところどころに綻びがあった。それに詳細のリンクを踏んでくれる人は少ないから出来れば一つの記事にまとめるべきだったのだろう。分かりやすくないとまず読んでもらえない。読んでもらっても理解されない。みんな暇じゃない。
盛り上がらなかった要因としては初動の遅さが大きな原因。はてな匿名ダイアリーが注目されるのって、例外なく「影響力のある人が言及して」からみたいだ。俺の記事はそれがあまりに遅かった。おそらく投稿するのが適したタイミングとかあると思うんだけど、それがいまいち分からない。これはもう運だと思う。だから仕方ないといったら仕方ないんだけど、せめてこちらか記事を拡散するように働きかけるべきだった。自演垢ではてブ三つ付けるくらいのことはしないと。まあ俺が影響力があればいいんだけどね。地道に努力しよう。
それと大事なのが愉快犯として突き通すこと。書き手の属性はツッコミどころがある最悪な奴で良い。これを学べたのは一番の収穫。下手に倫理観に則っていても、かならずツッコミどころががある。それくらいなら始めから悪意を込めて、恣意的な記事にすべきだった。私はこう思う。君たちはどう思うか。なんて面倒くさいことはせずに「消えちまえwwww」とか書いとけば良かった。俺はピエロになるべきだったのだ。しかも思っていなくても正義に訴えかけていたら、本当にそんな気がして悪いことをした気持ちになった。これも気を付けたい。ひたすら腑抜け野郎を煽っていこう。まずは自分で草生やして自分が燃えろ。
で、良かった点。これはミスリードを狙ったこと。まんまと相手が引っかかった。別に大した意味はないけどただ気持ちいい。絶対に特定されないからどうでもいいんだけど。これから告発系の記事を書くときもミスリードは採用しよう。なんか悪あがきって感じで恥ずかしいけど楽しいのでアリ。
今後の告発に備えて切り込み隊長の記事でも読み返して煽りのセンスでも鍛えてくる。今思うと、相手が小物すぎたんだよな。どれだけえげつないことを暴露しても、マイナーな人間がやってたら話題にならない。それでも記事の書き方次第では注目されると思うから、今度はまた機会があれば頑張っていこうと思う。書いてみないと分からないと思うけど、たまに話題になる告発系の記事ってわりと難しい。読んだ人に「これはスキャンダルや!!」って思わせるのはそう楽じゃない。あれって様々な工夫がされてある。不勉強でした。
このニュースについて、ツイッターで「騙された」「これが本当なら橋下を支持するのをやめる」「橋下さーん勉強しろーコラー!」という声が散見された。驚いた。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201202/2012021001065&g=pol
橋下のことを何も知らずに投票したのか、、、相当なお馬鹿さんなんだろうな。橋下のような新自由主義思想を持った男なら、TPP賛成に驚くことはない。
下のキーワードをよく口にする文化人(踊らされてるだけの民衆は含めず)はだいたいTPPに賛成してるから、見分けがつかない人は見ておくと良いよ。
・聖域なき構造改革
・改革を止めたから景気がよくならない
・規制緩和
・法人税減税
・バスに乗り遅れるな
・先送りできない課題
・坂本龍馬
・平成維新
・開かれた日本
・外に打って出る
・市場に委ねる
・これからのビジネスで英語が話せないのは、免許がないのと一緒
・集中と選択
・競争が進むとみんなが豊かになっていく
・自由貿易
・自己責任
・既得権益を潰せ
・老害
・自己責任
・公務員改革
・公共工事削減
・緊縮財政発動
・功利主義
・官から民へ
・ガラパゴス化現象
・国際競争
・神の見えざる手
この間生理おわったばっかなのに性欲すごい。
喘ぎ声を想像してはまんこが濡れ、の繰り返し。今日は全裸でオナニーしようと思います。
寒いかな?
お布団の中でやるけど指をまんこから抜いた時とかにお布団に愛液ついたりしないかな?
とりあえず、私立入試は終わったし最近エッチとかオナニー(私の場合一緒w)ヤってないから今日はヤる!
快感に溺れるっ!
こんな事考えてたらまた濡れてきた///
もうヤっちゃおっかな?
や、でも夜まで性欲とっておいて一気にイク。
3回ぐらいイけるように努力する
2週間くらい前の話。
隣駅にある保育園からの帰り道、保育園用のリュックと通勤カバンを提げ、前には約9キロの娘を抱え、「よいしょよいしょ」と地下鉄の階段をのぼりきって(けっこう重かった)、歩かせるために娘をおろしたら娘が転んで泣いた。それを見た通りすがりの見知らぬおばあさんに「悪いママね!ひどいね!」と怒られた。
その翌日の話。
私の見ていないところで娘がお皿を机の上から落として割った。その音に驚いた私が「わ!」と大きな声をあげたら、義母に「お皿落としただけで大声あげるなんて、悪いママだね、こんなことで大声あげるなんて!」と責められた。
この頃、夫の帰りが遅くて家事も育児も一人ですべて抱え込み、仕事も忙しかったが娘のお迎えのために毎日必死になって片付けた。
娘の体調が悪かったが会社は休めるわけなく、なんとか時間を作って小児科に連れて行ったり、とにかく自分なりに色々一生懸命だった。朝起きてから寝るまで疾走している気分だった。
忙しかったけど、娘のごはんは栄養を考えてきちんと手作りしているし、昼間に仕事で一緒に遊べない分、散歩がわりに通園時に手をつないで遠回りしたり、夕食後も娘と鬼ごっこしたりブロック遊びしたり、寝る時は添い寝して絵本を読んだり子守歌を歌ったり。
自分なりに、愛する娘を幸福にする「良い母」になろうと努力していた。
色々とせっぱつまっていた時期だったのもあって、他人に「悪い母」と言われたことに泣くほどショックを受けた。
いまだにこのことを思い出すと腹ただしい。
1歳の子供が歩いて転ぶのは当然じゃないか。それともあれか、転ぶと危険だから歩かせるなとでも言うのか。そんなんじゃ体力の無い子供に育つだろ。
大きな音に驚くのは当然じゃないか。それともあれか、大きな音でも驚かないのが「母親」か。お皿の割れる音にも動じないって、いくらなんでも鈍感すぎるだろ。
怒ったり泣いたり、その結果思ったのは、これから子供を育てていく上で、こういうことは何度もあるんだろうということ。
100のうちの1を見て、それで100を理解した気で口出してくる他人は、きっとたくさんいるってこと。
だから、いちいち怒ったり泣いたりしていても仕方ない。
自分でも「良い母」にとらわれすぎてると思う。
しかし、父子家庭で育った私にはドラマや映画や小説や育児書にでてくるような「良い母」しか知らない。
変な話だが、母親もウンチするのだろうか。母親もオナラするのだろうか。母親も鼻クソほじるのだろうか。
とはいえ、保育園のお迎えで娘の顔を見るとホッとするし、娘とのお風呂の時間は楽しいし、娘の柔らかなほっぺをプニプニするのは至福だし、歩くときに娘から手を伸ばしてきて手をつなぐと嬉しいし、とにかく、娘のこと大好きだ。宝だ。私の生きる意味だ。大好きというか愛しているのだ。
ようは、愛する娘のために何かすることは苦にならない。どんな努力も。
寓話を観光資源に転換しようとした際には、売り込み方が変わってくるのでマネジメント的には重要。
吉四六さんとか、遠野物語とか、ある程度観光資源化できる具体的な情報や諸説の取集などやることはいっぱいあるわけで。
目的に沿うような木を探してこないといけない。
この際に、桜の木を探すか桜桃の木を探すかの違いがまず出てくる。
ここで桜の木を探して来たら、桜なんてあの時代にねーよwという事になる訳で、探すのは桜桃の木にしないとならない。
この手の観光資源化は当時の品物とか風俗の展示がセットなので、当然それと売り込みの柱である寓話が乖離しないようにしなければいけない。
とまぁ、全くのフィクションだったとしても、事実により近いだろう情報が無いと酒飲み話にしかならんのよ。
寓話とは多少ずれるが、ディズニーランドのこの手の努力ってのは凄まじいものがあるぜ。
どうやって、実際のアミューズメント・アトラクションに落とし込むかとか。
ノイシュヴァンシュタイン城をモデルに眠れる森の美女の城をデザインし、そこからシンデレラ城をデザインしているわけで、元ネタや築城技術に詳しくないとデザインとかできない。
頑張ったというだけで評価されるのは学生まで
努力が認められなかったって事は成果が見合って無いって事
まあ事実だよね。ここだけ読んだらある程度同意してたんだけど、
精神病持ちのヒキニートの本人がこのツイートを投下した経緯を読んだらまったく同意できなくなった。
ニートだから雇わない、精神病持ちだから雇わないんじゃなくて他の応募者よりも総合点で劣ったから雇われないっていうのを、ニートを正当化しようとする人種って認めようとしないよね。
能力であれ環境であれその人の学歴であれ、ニートに限らずどんな人間も優劣つけて総合評価された上で雇われるわけ。
他の求職者より総合点が劣った場合は雇われない。ではニートに限らず、数多いる求職者はどうやったら企業に雇われるのか。
他の人より、より多くメリットを多く感じさせるための何かを身に付ければいいわけだ。
好き好んでニートなわけじゃないとか言うなら、その期間をカバーできる何かをしていればいい。
精神病だからというなら、精神病である事を加味しても雇う価値がある自分になればいい。
そういうこともせずにマイナス要因とするな、他の求職者と横一列に扱えというのは図々しいとしか言えない。
そもそもニートというのがマイナス要因として扱われるのはニートじゃない求職者がいるからだ。
精神病持ちというのがマイナス要因として扱われるのは精神病持ちじゃない求職者がいるからだ。
ニートに限らず、精神病に限らず、ヤンキーだって成績不良だって遠方住みだってどんな病気持ちだって貧乏だって容姿だって障碍だって、全てマイナス要因にされるんだ。
理由を付けて何もしない事を選ぶのは甘えているだけだ。
わたしが一人でこたつに入っていると母が入ってきて、足を私の足に擦りつけてくる。
足の裏でわたしの足を撫でさする。
気持ち悪くてたまらないので、わたしは母の足が届かない位置に逃げるんだけど、それでも追ってくる。
そして足でサスサスと私の足に触れてくる。
意図がわからないし、娘に対する母なりの親愛の発露だとしても、やりかたが気色悪いので受け入れられない。
母は最近ひんぱんに老後の話をしている。
家系病のリューマチが出てきて、身体の衰えに不安を感じたようだ。
そして、ゆくゆくは私に介護して看取ってもらいたいらしい。
昔あんなに私を疎んで蔑んで軽んじて、私がいくら愛されようと努力しても冷笑して、何度も何度も暴言を吐き、
かわりに不出来の弟ばかり無条件に溺愛して、わざと差をつけて育てたくせに。
今更、文字通り擦り寄ってきたところで、もはや嫌悪感しか沸かない。
今更、「やっぱり老後のことを考えると娘がいるのは心強いわ」なんて言えた口じゃないだろう。
失敗した失敗した、なんで女の子なんか生んじゃったんだろ、うちにはいらないのに、何の役にも立たない…と毎日言ってたのと同じ口なのに。
人間は、他者の行動については、その人の内面(特性など)に原因あると考えるのに対して、自分の行動については、その原因が自分の外側(特殊な事情など)にあると考える傾向があります。この傾向を特に「行為者・観察者バイアス」と言います。例えば、職場の同僚がなんらかの悪い成果を出した場合、僕たちはそれを「努力が足りないせいだ」と考えたりするのに、自分の成果が悪いと「周囲の環境のせいだ」と考えたりします。他者の特徴については、色々と触れる機会があるものの、他者の置かれている背景(事情)というのは、理解する機会がなかなかないことが原因なのかもしれませんね。そう思うと、周囲の人に対して、自分の置かれている立場や状況を、しっかりと説明して理解してもらう努力も必要ということが見えてきます。
わかっててもハマる・・・。悔しいビクンビクン
円高とデフレ。
これがあるから若者の給料は上がらず、国の借金は相対的に増え続け、景気は悪くなり続ける。
なのに、円高もデフレも何も有効な対策を打たないまま、財務省は野田総理をマリオネットのようにコントロールし、消費税の増税を実施しようとしている。借金の実高も、消費の冷え込みも承知の上で、それでも増税をするんだ。なぜ? 貯金も財産もない若者には「死ね」と言われているようにしか聞こえない。
けれど、きっと財務省や日銀のえらい人は、そんな素朴な疑問に対しても、僕の想像もつかないような専門用語で、哀れむように、蔑むように、理路整然と解説して「だからインフレターゲット政策は誤りなのですよ。私たちの啓蒙が足りませんでしたかねえ」というような顔をするのだろう。いや、彼らにそんな暇はない。どうせ説明を求めても「愚民に説明しても無駄だ」くらいの心持でいるのだろう。
そして、今の円高とデフレを放置している理由は、僕の理解を正直超えている。財政なんちゃら学的に見て、それが妥当だからなのか?
それとも、インフレが暴走することで、査定が下がることを恐れているのか?
デフレ政策を維持し続けてきた大蔵日銀OBのメンツを守りたいからなのか?
デフレによって、相対的に自分の給与や退職金、天下り先で手に入る金を維持増加させたいのか?
デフレによって、天下り先が維持される原因が生じ、それこそが彼らにとっての利益なのか?
全くわからない。だが、物心ついたときから、デフレと不況と、財務官僚に国民の声なんか届かないという無力感に、影に日向に僕はさいなまれ続けてきた。
そして、財務官僚は増税反対論を敷くマスメディアや論客に、税務調査で脅しを掛けるという。
権力を使ってまで、若者の雇用を間接的に殺してまで、増税がしたいのか。
この構造は、霞ヶ関の奥の院、密儀の神殿で、長老の如き老人たちの手で行われており、所詮、僕のような若い庶民には、何の異議申し立てをしても無駄なのだろう。
そして、無理に騒ぐ人間には、権力を使って合法的に圧殺するのだろう。そして、彼らは若者の声を「愚民どもが扇動されているな」とあざ笑いながら、政治家を言いくるめ、マスメディアを脅して、増税を押し通し、不景気を招くのだろう。そして彼らは、天下り先で高い給与と退職金を得て、仕事のない若者を横目に「努力が足りない」と呆れながら、安楽な余生を過ごすのだろう。
この20年、好景気とやらを殆ど見たことのないまま、どこかの頭のいい老人たちの手によって、僕らは翻弄されてきた。それに異議申し立てをする能力も手段もないまま。
ハシズムが勃興する理由の一つは、この学習性無力感を癒す可能性が僅かでも感じられたからだろうと僕は思う。頭のいい大学のセンセイなんかは「それはナチスやファシスタ党の勃興と同じ理由だ、眼を覚ましなさい」とご丁寧に忠告してくれるのだろう。
でも、もう遅い。この国に刻み込まれた、学習的無力感の反動が、これから荒れ狂うだろう。暖かい場所で、オーソリティと給与を得てきた大学のセンセイの言葉は、実にむなしく響くよ。
自己啓発セミナーを主催してる人に悩み相談をしたらだいたいこういう答えが返ってきた。
→誰か自分のモチベーションを上げてくれないかなあ」と待っていてもダメ。他人のモチベーションを高める存在になるべし
もう少しポシティブになりたいです
→ポジティブな考え方の人にはポジティブな出来事ばかりが起こり、ネガティブな考え方の人にはネガティブな出来事ばかりが起こる。
→スピードを出すほど世の中の流れにスムーズに乗れる。スピードを出すのを躊躇する人ほど、流れに乗るタイミングがつかめなくて立ち往生する。
わぁい。
でも、これってすごく誠実な答えだと思う。
「仕事が出来る人はどういう人間で、できない人はどういう人間である」と言うことはわかっているのだから、
なりたいものになるための努力もできない奴が、何者かになれるわけがないってちゃんと突き放してくれてるんだよね。
個人特定されるかも知れないけど、構うものかと
学科選択の際にはそれなりの理由があったりする
両親の離婚や自身の障害、友人・恋人とのいざこざといった、ありきたりなものだ
「自分と似たような境遇の人を救えたら」が出発点なのも、ありきたりだ
多くの心理学科の学生がそうであるように、大学院進学を経て臨床心理士の資格を取得を目標としていた
そのために勉強を重ねてきた
3年次の学期末である最近、将来就こうとしている職業に疑問符が付くようになった
1時間数千円のカウンセリングや心理療法を行なって、それがどうなるというのだろう
何をもって治ったとして、何をもってクライアントがよしとするだろうか
それは、心理学を学んだ人間がやらなければならない問題なのだろうか
自殺者数は上昇傾向にあるという調査結果がある
仕事や学校においてストレスを感じ、何らかの病気や障害に悩まされる国民も増えてきている
だけどその人達に何が出来るというのだろう
医者が薬を出す以上のことは、本当は何もできないのではないだろうか
結局は本人は自ら血を吐くような努力をして克服することでしか、解決しない問題だと思う
だから、最近は自分が目標とする職業の必要性が分からなくなってきた
生活が成り立たない事も不安だ
この国においては、心理職はそこまで安定した職業ではない
職の数自体が少なく、非正規が多く、給料も平均して低い
それに比して学ばなければならない事は非常に多く、一生涯にわたって研究と学習に追われる
にもかかわらず非常に狭き門であり、途中で失敗したならば取り返しのつかない事態となる
「自分と似たような境遇の人を救えたら」という程度の、自分のわがままで進めるような道ではない
小学生が持つような、弱く曖昧で現実を見ていない願望なんて捨てなければならない
第一、そこまで他人を救いたいわけでないだろうに
自分と似た境遇の他人を救うことで、自分が救われた気持ちになるからか
それとも、誰かを救うことで自尊心を高めたいのか
そうであることを否定出来ない自分は、どれほど人間を侮辱しているのだろうか
しかし、一般企業に就職するという道を選ぶというのも逃げなのだろう
ただ単純に、院試勉強や将来の安定がないから嫌だということから逃げている
「あれだけ院に行くと行ってたのに今更進路を変えたら」のような
他人から見損なわれたくないという下らない自尊心が生まれて、嫌になる
これが、何処にでもいるような心理系学科の学生の考えてることだ
どうしたらいいんだろうか
まずお前からして「日本人」という大きすぎるくくりで語ってるじゃねーかw
「もうちょっと、もう一段階でもいいから、ものの区別ってモンをみにつけて、より正確に物事を見る努力」をするべきはお前のほうだっての!
そう思いたいんなら思っとけばー?
元から痩せ体質の女性をのぞけば、普通の女性は肥満を予防するために
栄養バランスやカロリー計算、運動、エクスサイズいろいろやってるし
外見に磨きをかけるということはアタックする相手に敬意を示しているということ
努力続けるつもりがないなら女性達もあなたにセックスしたくなるどころか
敬意など払わないだろうし友達にもなりたくないだろうな
努力していないデブスであってもネットに書き込むだけでたくさんメールが来る
プロフィールは適当でも構わないし、男なら明らかに着そうにないプロフィールでもメールが来る
一方、男はデブス相手でもモテるための努力をしないとセックスすることすらできない
雰囲気イケメンになれるようにおしゃれをし、表情筋を鍛え、運動をしないとデブスですら見向きもしない
女に振り向いてもらえるようにお金を稼ぎプロフィールを充実させる必要だってある
しかも、それだけでなく、デブス相手であっても楽しませるように努力をしないとメールの段階で「はい。さよなら」となることすらある
とはいえあまりにデブな女性だと出会う段階で断られることがあるので、やせる努力というのは必要かもしれない
でも、それは大多数の痩せている女性にとっては関係のない話だ