2014-08-20

東大卒アラサー独身ニートが語った「働かない理由

学生時代同級生で、30になるのに一切働かない奴がいる。

仲間うちでは成績はピカ一だった。当時から分厚い洋書バターナイフでも入れるかのようにサクサク読みこなしていた。

名家の出で、父上は元官僚にして実業家、今は経営の実権は兄上に移っているといい、当人家族生活費を出してもらって、都内に一軒家を借り、使用人を2人も置いて悠悠自適生活をしている。

仕事もしないで何をしているのか不思議だが、膨大な本を読み、コンサートに足しげく出かけ、実家コネを使って外国人主催パーティに出入りしたり、芸者遊びまでして、本人は多忙なつもりらしい。

家族は彼が働かないことは全く気にしていないようだが、30にもなって独身でいることこそを問題視しているらしく、しばしば縁談を持ちかけては断られているようだ。

 

だって、君だって、もうたいてい世の中へ出なくっちゃなるまい。その時それじゃ困るよ」と言ってみたことがある。

その時の答えが、これだ。

「世の中へは昔から出ているさ。ことに君とわかれてから、大変世の中が広くなった様な気がする。ただ君の出ている世の中とは種類が違うだけだ」

「そんなこと言っていばったって、いまに降参するだけだよ」

「僕の知ったものに、まるで音楽のわわからないものがある。

学校の教師をして、一軒じゃ飯が食えないもんだから、三軒も四軒もかけ持ちをやっているが、そりゃ気の毒なもんで、下読みをするのと、教場へ出て器械的に口を動かしているよりほかにまったく暇がない。

たまの日曜などは骨休めとか号して一日ぐうぐう寝ている。だからどこに音楽会があろうと、どんな名人外国から来ようと聞きに行く機会がない。

まり楽という一種の美しい世界にはまるで足を踏み込まないで死んでしまわなくっちゃならない。僕から言わせると、これほどあわれな無経験はないと思う。

パンに関係した経験は、切実かもしれないが、要するに劣等だよ。パンを離れ水を離れた贅沢な経験をしなくっちゃ人間甲斐はない。

君は僕をまだ坊っちゃんだと考えてるらしいが、僕の住んでいる贅沢な世界では、君よりずっと年長者のつもりだ」

私は重い言葉で「うん、いつまでもそういう世界に住んでいられれば結構さ」と返すのが精いっぱいだった。

 

 

かく言う私は、成績はこの男にはるかに及ばなかったが、大学卒業後は首尾よく銀行就職することができた。

しか関西支店に配属され、順調にキャリアを積んでいたつもりだったが、あろうことか初めてつけられた部下が客の金を使い込んでいたことが発覚した。水商売の女に入れあげたというのだ。

そんなバカみたいな話が今どきあるものかと思ったが、後の祭りだった。

部下が懲戒免職になったのは当然として、詳細は書けないが客というのがややこしい相手だったため、マスコミに勤め先の名前を出さないために私までが詰め腹を切らされる羽目になった。

 

前後して妻が最初の子死産するという不幸にも見舞われた。もともと体の丈夫な方ではなかった妻は、それをきっかけに病に伏せったり起きたりをしばしば繰り返すようになった。

ちなみに妻は藤谷美和子という女優若いころにそっくりの美人だと言われるが、私には何のことかわからない。

 

いろいろあって気づいたら一千に近い借金を背負い、文字通尾羽打ち枯らした状態で東京に戻ってきた。

率直に言えば、いくらかでも金を無心することはできないかという内心の希望を持って、この古い友人のところを再び訪れる気になった。飲みに誘われたので付き合った。

そんな酒が美味いはずはない。本心を切り出せないまま、私はいつに増して饒舌になった。雰囲気はみるみる険悪になり、私ははっきりと相手が仕事をしていないことを咎めるようなことを口にした。

 

「君はさっきから、働かない働かないと言って、だいぶ僕を攻撃したが、僕は黙っていた。攻撃されるとおり僕は働かないつもりだから黙っていた」

「なぜ働かない」

「なぜ働かないって、そりゃ僕が悪いんじゃない。つまり世の中が悪いのだ。もっと、おおげさに言うと、日本西洋関係が駄目だから働かないのだ。

第一、日本ほど借金をこしらえて、貧乏震いをしている国はありゃしない。この借金が君、いつになったら返せると思うか。

そりゃ外債ぐらいは返せるだろう。けれども、そればかりが借金じゃありゃしない。日本西洋から借金でもしなければ、とうてい立ち行かない国だ。それでいて、一等国をもって任じている。

そうして、むりにも一等国の仲間入をしようとする。だから、あらゆる方面に向かって、奥行きをけずって、一等国だけの間口を張っちまった。なまじい張れるから、なお悲惨ものだ。

牛と競争をする蛙と同じことで、もう君、腹が裂けるよ。その影響はみんな我々個人の上に反射しているから見たまえ。

こう西洋の圧迫を受けている国民は、頭に余裕がないから、ろくな仕事はできない。ことごとく切り詰めた教育で、そうして目の回るほどこき使われるから、そろって神経衰弱なっちまう

話をしてみたまえ、たいていは馬鹿から自分のことと、自分今日の、ただいまのことよりほかに、何も考えてやしない。

考えられないほど疲労しているんだからしかたがない。精神の困憊と、身体の衰弱とは不幸にしてともなっている。

のみならず、道徳の敗退もいっしょに来ている。日本国じゅうどこを見渡したって、輝いてる断面は一寸四方もないじゃないか。ことごとく暗黒だ。

そのあいだに立って僕一人が、なんと言ったって、なにをしたって、しようがないさ。

僕は元来怠けものだ。いや、君といっしょに往来している時分から怠けものだ。あの時はしいて景気をつけていたから、君には有為多望のように見えたんだろう。

そりゃ今だって日本社会精神的、徳義的、身体的に、だいたいのうえにおいて健全なら、僕は依然として有為多望なのさ。

そうなればやることはいくらでもあるからね。そうして僕の怠惰性に打ち勝つだけの刺激もまたいくらでもできてくるだろうと思う。

しかしこれじゃだめだ。今のようなら僕はむしろ自分だけになっている。

そうして、君のいわゆるありのまま世界ありのままで受取って、そのうち僕にもっとも適したものに接触を保って満足する。

進んでほかの人を、こっちの考え通りにするなんて、とうていできた話じゃありゃしないもの――」

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