「社会起業家」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 社会起業家とは

2012-01-21

[]社会起業  ドン・キホーテのすすめ

貧困の終焉2025年までに世界を変える

貧困のない世界を創る




働きながら、社会を変える。――ビジネスパーソン子ども貧困」に挑む

いつか、すべての子供たちに――「ティーチ・フォー・アメリカ」とそこで私が学んだこと

社会を変える」を仕事にする 社会起業家という生き方



いくつもの壁にぶつかりながら

「カタリバ」という授業――社会起業家学生が生み出す “つながりづくり”の場としくみ

誰が世界を変えるのか ソーシャルイノベーションはここから始まる

働き方革命あなた今日から日本を変える方法

人を助けて仕事を創る 社会起業家教科書

チェンジメーカー~社会起業家が世の中を変える

社会起業家という仕事 チェンジメーカーII

辺境から世界を変える ――ソーシャルビジネスが生み出す「村の起業家

裸でも生きる――25歳女性起業家号泣戦記

裸でも生きる2 Keep Walking私は歩き続ける

“想い”と“頭脳”で稼ぐ 社会起業・実戦ガイド20円」で世界をつなぐ仕事




社会起業家スタートブック――自分社会を活かす仕事

世界を変える人たち―社会起業家たちの勇気アイデアの力

社会起業家の条件 ソーシャルビジネスリーダーシップ

プロボノ―新しい社会貢献新しい働き方

未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家

クレイジーパワー 社会起業家―新たな市場を切り拓く人々

NPOで働く

ゼロからはじめる社会起業

社会貢献でメシを食う

世界を変えるオシゴト 社会起業家になったふたりの女の子の感動物

世界を変えるデザイン――ものづくりには夢がある

放浪ニートが、340億社長になった!

ユナイテッドピープル 「クリックから世界を変える」33社会起業家の挑戦

ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを

あなたには夢がある 小さなアトリエから始まったスラム街奇跡

前へ ! 前へ ! 前へ ! ― 足立区落ちこぼれが、バングラデシュでおこした奇跡

20代からはじめる社会貢献: 400社が支援した「社会起業」とは

社会起業家教科書

社会起業家―「よい社会」をつくる人たち

ソーシャル・ビジネス革命世界課題を解決する新たな経済システム

中卒の組立工、NYの億万長者になる

コンビニ食と脳科学-「おいしい」と感じる秘密 (祥伝社新書170)




こんだけ読めばあなたもラ・マンチャ爺さんになれるはず。

2011-12-08

http://anond.hatelabo.jp/20111208103258

外国の「行動」だって実ってるわけじゃないしねー。

そう思うとリスキーなだけで余計何もしたくなくなるわ。

まだ社会起業家の活動とか注目しといて土日ボランティアでもたくらむ方がマシ。

2010-02-03

http://anond.hatelabo.jp/20100203002134

そういうのって、いわゆる「社会起業家」の範疇になるのかな。

身体障害者の場合は1.5%枠が法律で定められていて、課徴金&社名晒しという制裁措置もあるけど、その結果起こっているのは身体障害者3級の奪い合いって状態だからなぁ。

2009-08-07

社会起業支援サミット2009@早稲田 レポート

感想を一言で述べると、クソだった。茶番と換言してもいい。

 

 内容としては、10の団体が15分ずつ自分たちの事業をプレゼンして、そのあと茶話会で仲良くなりましょう!みたいな構成だったんだけど、30分たって最初の2つの団体のプレゼンが終わった段階で、居たたまれなくなって帰ってしまった。



社会起業とは

 社会起業の第一義的な意味は「社会問題点ビジネスの手法を使って解決する」であるはずだし、それこそが社会起業の意義だのだろう。つまりビジネスによって得られるマネーよりも、ビジネスによって社会問題を解決し、その功績、貢献度合で成功の如何が測られる。

営利目的企業の活動からはこぼれおちた、社会問題を鋭く射抜いたような、それでいて洗練されたビジネスプランを以て今日プレゼンが聞けるのだろうと期待に胸を膨らませて会場に着いたのだが、



▼何が不満だったのか?

 実際にそこで行われたプレゼンは、ビジネスモデルや具体的なプランなどなにも関係のない、NPOボランティア団体マイクパフォーマンスだった。

 最初の団体は、父親支援事業。「父親であることを楽しむ生き方」の理解浸透を目指して勉強会、父子旅行を企画しているというもの。要するに「お父さんがんばろう!」と言いたいらしいのだが、これのどこらへんがビジネス社会変革に繋がってるのかわからなかった。

 二つ目の団体は「ニートひきこもりの体力づくりのサポートを目指す」NPO

10分くらい、代表が元ひきこもりの体験、それを空手で克服したことをしゃべっていた。残りの5分で、パソコン空手出張講師の話をして終わった。

俺はここで退席。




社会起業=カネにならないボランティア

 残りの8団体のプレゼン概要を見ても、エコ教育、障がい、いじめといった市民運動家ファッション左翼どもが好きそうなテーマオンパレードで全く魅力を感じなった。たぶんその後の団体にも強力なビジネスプランユニークアイデアなんて絶対ない。断言できる。

 シンポジウム自体の進行にも非常に問題がある。ひとつのプレゼンが終わると、矢継ぎ早に次のプレゼンに移る。つまり、15分のプレゼンの後には一切質疑応答の時間などなく、いったいなんのためのプレゼンなのだろうか。社会起業家同士のフィードバック意見交換が今シンポジウム目的のひとつのはずなのに。 すべてのプレゼンが終わったあとに15分だけ質問たーいむ、ってふざけてんのか。

300人くらいくる、と書いてあったが100人もいなかった。関係者を除くと何人いたのか。




社会問題ビジネス

 どれだけ社会の為になる「良い」ことをやったことろで、それが収益性と直結しないと後世に残るシステムなんて築けるはずがない。カネがインセンティブになってることかそういうことじゃなくて、ちゃんと利益を出せるような仕組みを作ることでその組織が存続していく。こんなことを彼らに言うと「お金じゃなくて、やることが大事なんだよ!」とか言われるのかな。「社会起業」っていう新しい言葉を手にして喜んでる非営利団体にはヘドが出る。

 過去社会起業ビジネスコンテストを見ても、ボランティア団体の「ああ!私たちこんなにボランティアしてるぅ!!」合戦だった。

 ベンチャー企業創造組織化、経営するために起業という手法を採るんなら、まずビジネスモデルの話をしろよ。

 カンボジアに行って林檎の木でも植えるほうがよっぽど「社会起業」だ。



 今振り返ってみて、あそこで行われていたモノはなんだったのだろうか。もしあれが今流行りの「社会起業」の正体なのだとしたら、おれが勘違いしてたってことなのか。


 兎に角、ひどくテンションが下がってしまった。友達を連れていかなくてよかった。

2009-07-30

社会貢献を詠う人は、リア充/モテが多い

世の中に「社会貢献」を重要視する人がいる。

たとえば先進国サポート日本課題改善への取り組み、ボランティア活用全般、などなど。社会起業家と呼ばれたり、NGO/NPOだったり、あるいは政治家を志す人だったり。

そういう人は多くの場合、コンプレックスがない人が多いように思う。つまり「自分」に対しては満足しているから、「それ以外」への貢献に繋がるのだろう。

もてなかった人は「もてる」ことを重視し、金銭的に恵まれなかった人は「金銭」への飽くなき渇望があることが多いように思える。これは、肌感覚経験則なので、一般論ではないかもしれない。

周りで「日本のために政治家になるんだ」とコンサルやっている友人は大手企業の2代目で常に恋人がいる。「社会のために○○するのだ」と海外大学の飛び出していった友人は日本にいる時からモデルのような恋人を作り、親は官僚だったり。あるいは外交官になった友人は・・・以下似た感じ。

もちろん例外もある。というかけっこう例外もある。でも、傾向としてそのような風に感じる昨今です。

2008-08-07

NPO,ソーシャルベンチャー,シュウカツ

自分もその一人だったのですが、

社会起業家になりたい、ソーシャルベンチャー的な事業をしたい」という学生が増えてますね。

こうした一種の「ソーシャル」ブームに対しては、

自分もその中にカテゴライズされるようなことをしつつ、

なんとも言えない違和感を感じてきました。

それは社会起業とかそのものへの違和感というよりも、社会起業を志すという学生立ち位置のへの違和感自己批判も含めて)と言えるかもしれません。

そこらへんのことについて、ちょっと考えながら、書いてみたいと思います。


社会的な問題に関心を持つことは、学生にとって昔から定番、誰もが通る道と言えるかもしれません。

卒業して社会に出ることが、大多数にとってイコール社会人」となることだということも

実際は知っていながらも、「社会人になるんだったら良い会社に入っていい給料貰えるんだったらそれに越したことはない」と

薄々思いながらも、そうした「平凡な一市民」である自分を認めたくないがために

社会人ではない社会との関わり方」を探す。いわゆるモラトリアム時代の自分探し

アート系は昔から一定数いただろうし、世界放浪系も根強い人気。

そして最近トレンドとして社会問題に関心を持つことがその一つとしてあるのだと思います。

一昔前はNPO流行っていたけれど、それはソーシャルベンチャーとちがい

「金儲け」へのアンチ的な立場を取ること

すなわち「俺は金儲け至上主義とは決別する、お金なんか欲しくない」と言った立場を取ることが

現実的には不可避な世界でした。NPOって専業職員とかでも本当にびっくりする位の低賃金で働いていて

やりがいのある仕事だからお金なんて、、」という姿勢は

なんだかんだいってやはり自己犠牲、そしてそこからくる自己愛的な要素がどうしても漂ってしまうところがあります。

現実的には経済的にも満ち足りていてサークルとか恋愛とかのほほんと過ごす学生にとって

NPOに興味がある。お金ではなく世の中の為に俺は生きる」っていうのは

言ったもん勝ちで、大学内に留まっているうちは先生にも、友だちにも、近所の人にも

真面目で正義感があって、それにちょっと「サラリーマン的な平凡じゃないアンチ的姿勢」風味もあって

なかなか気持ちのいい自己規定として安易に使えるところがありますが、

いざシュウカツが始まる頃になると、そうした「NPO学生」達の立場は怪しくなってきます。

いままでのほほんとキャンパスライフを過ごしてきた学生にとって

月数万のNPOなんて、いざ考えてみると、就職なんてまっぴらな仕事場だっていうことが

次第にわかってきてしまう。

「俺はNPOだ」って言ってたけれど、

もし本当にNPO就職したら

今まで通り「偉いね」と言われる為の友人との飲み会に参加するお金すら捻出するのが厳しいかも。

正直、「電通」の前には負けちゃうかも。とか。

美味しいものも食べたいし、デートもしたいし、異性にもてたい。

そうしたことを「自己犠牲」で捨てちゃうのは、正直ちょっときつい。。。。と

NPO学生」は自分のいくべき先問題に直面します。

ある程度の本気な人達、負けず嫌いな人達は、華やかな世界に泣く泣く別れを告げ、NPOへ。

しかし大多数の学生は、「やっぱり自分は世間知らずだったわ」と素直に白旗を揚げたり、

NPOに戻る為にもまずは社会勉強しなきゃ」と言った形で正統性を維持しつつ

アンチ姿勢で接していたはずのシュウカツ戦線へと合流する。

そんな現実がありました。

ソーシャルベンチャーの出現が(学生にとって)画期的だったのは

お金儲けもしていかないと社会貢献も出来ないじゃん」と

お金儲けを肯定するという姿勢の転換に成功したこと。

そのことで学生たちはNPO流行の時よりもハードル低く

自らを「普通お金儲けするだけのサラリーマンじゃないんだ」と

規定しつつ「社会に良いことも大事だけど、そのためにもお金儲けも大事だよ」と、

良いとこ取りのポジショニングができるようになった。

もう少し言うと「うすうす卒業したら普通就職するかもしれないし、

本当はお金ないと酒も遊びもできないよなー」と言った学生等身大の本音を

うまく表に出さずに、「お金儲け」や「企業ではたらく、就職する」を保証しつつ

「俺はお金だけに生きるんじゃないだ」という

「かっこいい」姿勢をより安易にとることを可能にした、と言えるのではないでしょうか?

ちょっとまとまってないけど、とりあえず。

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