はてなキーワード: 改善とは
まさにその通りで、テレビ版エヴァンゲリオンのシンジ君なんかは最終話で「僕はここにいていいんだ!」って叫んでおめでとうと言われていた。
だが「お前はお前」っていうのもまた事実で、自分探しの旅をしちゃう人間っつーのはコンプレックスが自意識の内側にあって、それを改善しなくてはいけない(けどなかなかできない)ってジレンマに陥っている状況にあるんだよね。
要は、自分のコンプレックスを(他人からの承認を経ずに)肯定しちゃうのが一番手っ取り早い、って気づくと一歩大人になれるわけだが、この増田がそうであるようになかなか天上天下唯我独尊モードになれる人間も少ないようで。
貧乳はステータスで希少価値だが、非モテもステータスで希少価値だぜ? お前はそのままでいいんだ。もてようとする必要はない。(誰に言ってる)
http://anond.hatelabo.jp/20100209065146
↑の元増田です。
一晩経って、もう一回見てみたら、こんなにブックマークとコメントがついてかなり吃驚。しかもまだ増え続けてるし。
コメントをくださった皆様、ありがとうございました。
よもや注目の記事に登場してしまうとは思いもよらず.....。
何人か指摘してくださっていますが、元記事に書いたことが、アフリカ大陸全土に当てはまる訳ではありません。
あくまで、僕の住んでいる、アフリカ大陸某国の、某地方(都市、と呼ぶには随分田舎かなぁ....)での、僕の主観です。
客観的なデータに基づく物でも無いですし、論を構成するに値する物では無いと考えています。
ガーナの例を引いてくださった方がおられましたが、ガーナ羨ましいなぁ。人が陽気なのは一番です。
ここはもうちょっと人が暗いかも。気に入らない事への報復が結構陰湿だったりすることもあるので。
それから、
「結局、全部人のせい」
と書いたのだけれど、僕も同じように上手くいかないことを人のせいにしている。
「こいつら、言い訳ばかり、人のせいにばかりして、自分の仕事全然しないから、上手く行かないんだ」
というのは、僕の仕事が上手くいかないことを、「彼らのせい」にしているに過ぎないんだよね。
どうやったら彼らをその気にさせて、やる気にさせられるか、色々試行錯誤してはみるものの、中々上手く行かない。
それだけ信頼関係を築けていないと言うことも理由の一つだと思うし、それは即ち、表面的にしか彼らを理解出来ていないということに他ならないと思う。
それこそ自分の力量不足に起因することなので、人のせいにしているヒマがあったら、まだまだ改善を検討せよ、というところだと思います。
話しは戻りますが、沢山着いたコメントを興味深く拝見しました。
このちょっとした思いつきに、こんなに反響を頂戴してありがたく思っています。
全く同じ人間がいないように、意見・感想が多様にならざるを得ないことを再認識しました。
「『私』と『あなた』は違うものである」
という所を出発点に始めなければならないんですが、忙しさにかまけていて、ちょっと最近疎かになっていたかも。
同じ言葉を話して読み書きする人間同士だって、一つの事象に対してこれだけの意見が出てくるわけで、まして違う言語で生きている人たちとは、感覚的にわかり合えなくて当然。
上に書いた出発点に立ち戻って、もっと地道なコミュニケーションが必要ですね。
もっとも、これを実践するには、相当自分に余裕がないとまずいんですが。
流石に銃弾が飛んでくることはないけれど、各種テロはまだ時折発生しているし、道路封鎖・投石・放火、なんてのが挨拶代わりになることも無いわけではない状況で、そうした余裕を持ち続けるのには相当のエネルギーが必要です。
でも、まぁ、良い方向に転がるようにしてみたいと思います。
実はそろそろ一時帰国なんですが、今回は、そんなタイミングで諸々の所作を考え直す良いきっかけになりました。
コメントをつくてくれたみなさま、トラックバックをしてくださった皆様、本当にありがとうございました。
さーて、帰ったら最近の日本の状況を肌で感じて楽しみたいと思います。
温暖な気候に慣れた身としては、それも心配.....。
うまく学校になじめなくて孤立して、不登校になって受験も失敗して、そんなダメな私にも居場所が出来た!とすごく嬉しかった。
女だから書きこむのはいけないことだと思ってずっとロム専だったけど、スレを読んですごく笑っていた。
そのうちまとめサイトが出来てきて、面白い記事だけを読めるので、そっちばっかりに行くようになった。
その中にも女向けのスレだけを集めたサイトが出来てそこで初めて書き込みをした。すごく緊張した。
レスがついて、本当にうれしかった。実生活では体験したことがない嬉しさだった。
それから、女だってばれないようにこっそりネタ投稿に乗ってみたりしていた。それでも読んだ記事に対して書き込む数は圧倒的に少なかった。
ネットへの依存は深くなったけれど、息抜きにもなって、実生活はむしろ上手くいくようになった。初めて、大学でオタクであることを共有できる友人にも出会った。
このころ、スイーツ(笑)という言葉が流行りだして、この界隈のスレが増えた。私はその論調に何の疑いもなく同意した。
彼女たちは自分とは違う人種だし、コミュ力、容姿では尊敬に値するけど、彼女たちよりたくさん本を読んでいると思ったし、彼女たちよりは勉強に対して真摯に取り組んでいると思った。
また、この人たちにも改善点がある、叩かれる理由がある。2ちゃんのスイーツ叩きは仕方ないことだ、と思っていた。
今度は※が出来た。これはスイーツ(笑)と違って、イケメンとブサメンで対応を変える人に範囲が広がった。これには疑問を感じたが、概ね同意した。
自分自身に当てはめてみて、イケメン、ブサメン、どちらにも全く平等に接してきたかと言われれば、きっぱりイエスとは答えられない。
しかし、外見で人を判断するのはいけないことだ。だから同意。※は不当で叩く権利がある。ブスな自分も嫌な思いをしてきた。
ただ、きれいな容姿に惹かれるのは当然のことじゃないのか?思想は叩けないんじゃないのか?
また、注目を浴びる立場の女性には、容姿を評価するレスが目立ってついていた。また、不幸な事件の被害者さえも評価の対象になっているのを度々目にした。
自分もやってるのにどうなの?と思った。容姿に関して何か思っても言動に移してしまっている時点で※に批判はできないだろう。
そして今、女叩きが流行っている。女のこういう人、ではなく女全体だ。これはどうにも賛成できない。
論旨は簡単に性交渉をする人たち、専業主婦(予備軍)を非難するものだが、その中に女であることを非難しているものが増えてきた。
「女は~だから。」「女は~能力がないから」「女は~のことしか考えないから。」と具体例に当てはめていく。
明らかに的外れなことでも、支持を得る意見がいくつかあった。しかも、それらの書き込みは非常に悪質な誹り言葉にまみれている。
不快だけれど、自分がスルーすれば話は終わることだと、ずっと見て見ぬふりをしていた。そういうレスがつきそうな話題は避けて、面白いネタレスばかり見ていた。
そしてまとめサイトで女性だとわかる書き込みが取り上げられると否定的な書き込みがなされるようになった。
とくに感動系の書き込みは「妄想乙」「創作だろ」と言われるようになった。
これは感動系の持つ性みたいなものなんだろう。女だから、叩かれているわけじゃないんだろう。
女叩きだって書き込む男性の周囲にいる女性が性格が悪いから、うっぷんを晴らしているだけで、本心で思っているわけじゃない。
※だって環境が不幸だと主張しているだけで別に特定のだれかを叩いているわけじゃない。そういう人の性質、それを許す社会を叩いている。
スイーツ(笑)だって目立って商売をしていたから、茶化したくなっただけだろう。
これらのレスは黙ってスルーすればいいだけで、自分が影響される必要はないんだろう。
自分が女に生れて、不細工に生まれて、日本に生れて、うまく社会にコミットできなくて、ネットに依存して、努力が足りなくて、こんなネタにマジになっているのが悪いんだろう。
そしてこういう風に反省すれば許されると思っているのがいけないんだろう。それでも誰かのせいにしているところがあるのがいけないんだろう。
自分が、まさに女みたいな、被害者面した文章でしか、今の風潮に抗議できないのが悔しい。これじゃあ伝わらなくなるんだろう。
とにかく早く女叩きの流行が収まって、昔みたいに安心してネタを楽しめるようになる時が、早く来ることを祈ってる。2ちゃん大好き、やめる気はねーよ。
すんげーあってると思う。
モテる為に何かやってた訳じゃないだろうしな。
正直モテないやつの今までの人生はつまんない、ありきたり、別にその人じゃなくてもいいよって感じ。
そしてそれを面白く伝える術すらない。
だって会社や学校と家を往復、休日は何をしているわけでもなく、
かと言って話す事と言えば不満や他人の悪口ばかり
ま~ここで言えば女が悪いとか非モテ自慢とかそういう話?
いや、お前がつまんねーのが悪いんだよ、と
そしたら帰ってくるのがわかってるよ。。と落ち込むか開き直りのどっちかときたもんだ。
改善がありえない。
もう終わってるよな。
いうなればそんな奴らは大量生産品な訳じゃん、しかも質も良くないし見た目も良くない。
んで大量生産品を高く売りさばく術すら持たないってこった
そして更に営業すらしないし
そりゃ売れる訳ないじゃん。売れ残って当然だよな。
理想的な状態ではない、という意味での「どこかに問題がある」だわね。
我々は常日頃からその問題を追い求め、少しずつ改善していく必要がある。
・金権小沢
・くるっぽう鳩山
・乗数効果知らずの菅
・普天間迷走の岡田
・マルチ商法山岡
・賛成票とヤジのために存在する小沢チルドレン
こいつらが消えてくれたら絶対民主に入れるわ
で、効率化のためには、測定と評価が必要で、
問題改善の為には問題が特定されることが必要だと思うのね。
見える化ってのは、あくまで「測定」の中の一手段であり、
「問題発見」の為の過程だと思っているわけです。
うちの会社で「見える化」を導入しようと言うへんな動きが出たの。要するに見える化そのものが目的だって話。
これっていわゆる手段が目的化してるんじゃないだろうか。
案の定、たかだかTODOリストを作るとか、社内の全作業をボードに張り出すとか
そんなことばかりを一生懸命やって、ちっとも業務が効率化されないね、とか言ってるの。
当たり前じゃん、目的が効率化じゃない活動をやって、なんで効率化が実現するのさ。
副次的な効果として発生するかもしれないけれど、明らかにそれを期待するのは無駄が多いでしょ。
ところがうちの部長、社長に見える化を提案した張本人だったせいか
いつまでたっても、活動の羅列にこだわるのね。
で、無理やり成果を報告するためか、ホント細かい作業まで全部書かせることを強制して来たの。
何時にだれそれから電話受けましたとか、何時にトイレ行きましたとか。
何時から何時まで同じ部署の○○さんと話をしてましたとかまで。
このせいで、みんなずっと席に座って黙って仕事するようになっちゃった。
雰囲気悪くなったし、昼食時も、職場のグチばかりで楽しくなくなっちゃった。
そのくせ、ちゃんと活動してるかを報告するための会議みたいなのを毎週やらされるの。
そのために資料も作らされる。もう何がしたいのか全くわからない。
もちろんその結果、かえって大幅に成果が下がることが確認できたのは成果かもね。
言っとくけど見える化そのものが悪いとは全く思ってないよ。
実際、見える化にこだわらずに、業務効率化に成功してる部署もあった。正しい見える化は偉いんだ。
でも、間違った「見える化」はすごい迷惑だった。
学校を卒業してから、ひとりで自営業をしていたが、なんだか寂しくなったのと、売上が落ちてきたので思い切ってバイトを始めた。
私は、コミュニケーションが苦手で表面上の付き合いは十分に、それこそリア充かって位に出来るものの、一歩でも学校や会社を出てしまうとメールや電話での連絡をどうすれば良いのかわからず、プライベートでの友達付き合いをほとんど経験した事がなかった。
ここでなんとかそういった所を改善、あわよくば彼女なんか出来たらなと思って数カ月間過ごした所、なんだかモテ期がやってきた。
職場の女の子が頻繁に話しかけてくる。休憩時間をできるだけ合わせてくる。一緒に帰ろうと誘ってくる。
女の子の親しい友達は私とその子をくっつけ様としてくるし、「あの子、君の事が好きらしいよ。」なんて話も聞かされてしまった。
女の子本人の方も色々な相談をしてきたり、かなり積極的にアピールしてきてくれたので、新年会の後に私から告白し、付き合う事になった。
しかし、それから1度のデートもしないまま1週間でフラれてしまった。
彼女の理想と事前に考えていた私の実際の性格が随分違った為に「やっぱり好きじゃないと気がついた」とはっきり電話で言われてしまった。
突然言われた訳ではなく、何日か前というか付き合って3日目位から既に雲行きが怪しい気がしていたのでショックでは無かったけど、それと同時に自分でも色々気がついた。
・コミュ力不足による会話途切れを防ぐ為に、心にも無い事を色々と口にしていた。これにより彼女の中の私の人物像を大きく崩してしまった。
・今まで良い男が居なくヒドイ目にばかりあってきたと、草食系の私に相談してきた彼女だけど、好きなタイプはやっぱり遊びが上手い肉食系の男だった。
・彼女もそうだけど、私自身も彼女の事はそこまで好きになってはいなかった。告白したのは周りの雰囲気に押されてしまったところがあった。
最初の会話途切れを防ぐ為の言葉は、私としては冗談のつもりだったのだけど、彼女は言葉通りに受け取ってしまう人だったので、本当に失敗した。
表面上のコミュ力だけではやっぱりボロが出てしまうんだなと痛感させられた。
肉食系の男共のあの直接的な表現力は二十歳を超えてからでも身に付けられるものなのだろうか。
それが必ずしも良いものとは言えないけど、一刻でも久々に彼女が出来たのが嬉しかった分、今回の出来事は正直少し悔しい。
それでも簡単な会話で振られてしまうのならば、簡単な会話で振り向かせる事も可能ではないのだろうかと、前向きな考えも浮かんできている。
一週間で自分を生き返らせる方法「Three good things」
ttp://kosstyle.blog16.fc2.com/blog-entry-1109.html
「まいにち、就寝前に、その日にあった『よいこと』を三つ書き出し、これを一週間続ける」
PRESIDENT ( プレジデント ) 2010年 2/15号より
だけ。
たったこれだけで、うつの改善に驚異的な効果を発揮するのだそうです。
はあ…
まずは少しだけ言わせてください。
WindowsMobileは確かに遅いしもっさりしていますが、あれはあれでしっかり使い物になってくれたのだと思いました。
私がiPhoneに対して過度の期待をしていたというのもあるのかもしれません。
故にiPhoneの欠点が個人的にものすごい欠点に見えてしまうのだろうなと思います。決してiPhoneだけが悪い、WMだけが悪いというわけではありません。どちらも欠点もあり利点もありという感じでした。ここでは思ったことを書いていこうかなと思っています。主観だらけであまり好ましくない印象を受ける方もいらっしゃるかと思いますが、何かございましたらコメントしていただけるとうれしいです。
まず前代のWMはWILLCOMのWS011SH、アドエスを使っていました。アカデミックパックの割賦契約で機種代金実質0円というわけで前々代のWS004SHから即機種変。やっとケータイサイズになったなあとしみじみしていた記憶があります。
ただどうしても重い! WMだから、そしてPHSだから仕方のないことかもしれなかったのですが、とにかくもっさりでした。周りからはiPhoneいいよという評判もたくさん来るし日に日にiPhoneに対するあこがれが強まっていって1月下旬、ついにiPhone for Everybodyキャンペーンで購入です。
まず思ったところは、日本語入力がし辛い…慣れと言われればそれまでなんですが、これまでポチポチと押した感触のあるキーボードに慣れている私にとってはとっつきはじめは「ん?」と言ったところでした。今は大分早く打てるようになっています。(相変わらず誤字は多いですが)
フリック入力も練習中ですが今はアドエスの名残でローマ字入力が主です。ポチポチ感のBluetoothキーボードでないですかね…プロファイルが対応していないので無理なようなのですが…
そして日本語入力があまり得意ではないようで、これはMacのことえりでも同じようですがなかなか思うように変換してくれません。連文節変換はまだしも、普通の動詞の活用でさえも変換してくれないときには少し驚きました。前代のアドエスはATOKを採用していてなかなか変換に困ることは無かったからです。
それじゃあせめて単語登録を…と思いましたが、iPhoneには単語登録機能がないようで…連絡先に登録した名前は変換候補に出てくるようで、そこら辺の細かい配慮はあるようですが、もう少し基礎基本側の細かい考慮が欲しいです。
ジャストシステムからATOKiPhone版の発売が考えられてるみたいなのでもし製品化されるようならばこれはたいした問題ではないと思いますが…
シングルタスクというのも非常に苦しいです。個人的に多少サクサク感を犠牲にしてもマルチタスクは欲しいと思っています。特にSkypeをするとき、ホームに戻るとSkypeは切断、ここはSkype側がプッシュなどの策を打つという形でも対応できると思いますが、せめてメッセンジャー系のアプリケーションだけでもマルチタスク機能が欲しい。他は特にアップル純正のソフトウェアはよく考えて作ってあって続きから作業がしやすくなっていて良いからですね。
上の二つが主に感じたiPhoneへの不満です。しかしながら決して悪いところだけではないということをここでもう一度言っておきます。サクサクと操作できる感覚はアドエスではあり得なかったものですし、SMS/MMSのデザインもなかなかおもしろくて好きです。また近くにランチに行きたいと言うときにここまで簡単にお店が探せるアプリを搭載したものは、私が知っている限りではiPhoneが初めてです。
まとめるとiPhone、もとい開発元のアップルは細かい配慮がたくさんなされていて使いやすい点も多いですが、主に日本語入力など基礎固めの部分が弱いと感じました。
続いて気づいたことを。
WMからiPhoneに変えて、WMのころはそれなりに無料のソフトウェアで充実した環境が築けるものだったなと感じました。
App Storeでは無料アプリも充実していますが、それよりもシェアウェアの多さに驚きました。またWMで無料で手に入れられたソフトの機能を完全に再現するにはシェアウェアを購入する必要があるということも合わせて感じました。
私はTwitterを使っていますが、アドエスのころは「ちーたん」というクライアントに大変お世話になっていました。新着リプライには音が出るように設定して他の作業を一緒にアドエスの中で行うこともしょっちゅうでしたが、それでもWMはマルチタスクに対応していたのでもっさり感はぬぐえないものの他の作業から切り替えて返信ということも出来ていました。
一方iPhoneでは他の作業をしているときに通知してくれる方法と言えばプッシュ機能です。しかしこのプッシュ機能、無料で使えるクライアントはなかなか無く、シェアウェアのみプッシュに対応といったものが多いです。愛用のEchofonでは\600という他のソフトに比べて少し高めの値段…ということで今現在はフリー版を使っています。
mixiの日記投稿、閲覧などの機能がほとんどフルに使える非公式のアプリケーションもWMはカンパ歓迎のフリーウェアのものを使用していましたがiPhoneではその機能をそろえるにはシェアウェアを使う必要がありました。
違う視点から見ればソフト開発をしている人が開発資金を調達しやすくなったのかもしれません。そう考えればだいたいのソフトウェアで設定されている100円から300円ほどの値段ならばそう大金でもないし負担してもいいのではないかなとも思います。あくまで個人的見解です。いいソフトを作るにはお金も必要でしょうし、そう考えれば無料のアプリケーションがWMに限らずiPhoneでも使用できるというのは大変幸せな状況なのかもしれません。
またiPhoneはもともと電波の掴みが悪いという話は巷で聞いてはいましたが、やはりそれは間違っていなかったようです。
家の中の同じ場所で圏外と5本を繰り返すのには少し困っています。これはiPhoneが悪いのでしょうか、ソフトバンクのネットワークがいけないのでしょうか。
機内モード(停波モード)にして数秒して元に戻すとまた5本つながるのでこれだけは不思議でたまりません。特にWiFi接続時が弱いみたいですね。
蛇足ですがWiFiも当初調子が悪かったのですがそれはルータが問題だったようで設定により改善できました。
続いてはiPhoneではなくソフトバンクに対してですが、今特に困っていることその2はソフトバンクのネットワークが3Gネットワークにしては遅いこと、またよく切断されることです。
エリアも狭いですし、DoCoMoと比べるのはいけないのかもしれませんが身内がDoCoMoなもので、どうしてつながらないのかときたまイライラすることがあります。
あまり主観的すぎる言い方は避けたいのですが、通信の質と料金で考えるとWILLCOMの方が良いかもしれません。
PHSはエリアが狭く、また通信も決して早いものではありませんが、しかしエリアが狭い、基地局に穴があるという前提で作ってあるのか、多少圏外になってもパケット通信が維持されるという機能がついています。(あくまでアドエスの話なので全機種がそうとは限りません。) またそれでいてパケット通信料が10万パケットまで1050円、どれだけ使っても3800円というのは安価でしょう。多少mixiをチェックしたりするだけではなかなか10万パケットを超えることはありません。通話料もホワイトプランの約半額ですし、そういった理由で私は月々5000円を切って利用していました。
また通話音質はPHSと比べると格段に下がります。特にソフトバンクは音が悪い気がします。
不等号で表すといい順から WILLCOM > DoCoMo > SoftBank でしょうか。AUは使ったことがないために分かりません。
なかなか通話はしないのでそこまで困ったことではありませんが…。
そして最後は超・個人的な初見ですが、SoftBankの店員さんはWILLCOM、DoCoMoに比べると応対があまりよくありませんでした。
(ここは私の見解なので「自分の応対してくれた店員さんは応対が良かった!」という方はお許しください。)
まずiPhoneの説明をお願いしたときも無愛想でiPhoneの操作法をあまりよく理解していませんでしたし、DoCoMoやWILLCOMでは店内に入ると店員さんが用件を聞いてくれるのに対してSoftBankでは、私が行った数店舗においてですが全て何もしていない店員さんはただ立っているだけでした。
契約時に応対してくれた店員さんは少々突っかかる物の言い方が気になりましたし、事務処理が遅くなかなか契約できないし…というわけでさい先の悪いスタートを切ってしまいました。
WILLCOMの店員さんもDoCoMoの店員さんも教育が行き届いているという感じが漂っていてしっかり応対してくれたので好印象でした。DoCoMoがNo.1の理由も一つにはそれがあるかもしれません。もちろん元独占企業という強みも十分でているかと思いますが。
言うことが一貫せずに後半からは表題とは全く関係ないものになってしまいました。欠点ばかり挙げてしまったようですが、iPhoneはこれはこれで満足しています。ただ未だに密かにDoCoMoからSIMが出て次回のAppleのアップデートでDoCoMoとSoftBankが選べるようにならないかな、などとあり得ないことを考えています。(iPadSIMのDoCoMo参入も言われてるみたいですし可能性があるかも!?)
最後までお読み頂き有り難うございました。
それでは。
はてブとか眺めてるとさ、PGとかSEについての記事がめちゃくちゃブクマされたりするじゃん?
SE系はやばい、だとか、PGとはこうあるべきだ、とかそういう話とかすゲェ人気じゃん?
その中でも、SEとかPGは普通の職とは違うとか、一般人には厳しいとか、ただのサラリーマンじゃないとか、やけに特別視されてるような記事がやけに多くない?
僕自体はSEではないけど、なぜか友人たちにSEとかPGがとても多いのね、だからよく話を聞くの。
そうすると、やっぱり俺らの仕事は普通とは違うからみたいな感じなのよ。普通とは違う話なんて全くしてないのに。
例えば、よくある残業がやばくて家帰れない系の話。そりゃ残業はどこもあるよ。逆に残業が無い仕事の方が少ないでしょ。
でも、さすがに帰れるでしょ?っていわれるけど、それは会社全体、部全体、課全体、個人個人でそういう方針で動いて、業務を効率化して、無理やり帰ってるに過ぎない。
僕の仕事はどっちかというと肉体系といわれる、でも頭を使わないわけじゃない。出社前の段階、前日時点からすべて次の日の段取りを決め、無駄な時間を減らすではなく無くす。そういう感じ。
そこで彼らはいう、俺が早く終わっても周りが終わらないと進めないし、コンパイルやら計画の変更やらもあると。
それは業界や会社自体が成熟していない、成熟を目指してないからといわざるをえない。
事前準備や導線、物の配置、情報の流れ、それらは研究されつくしているのか?
帰れなくてもいいという前例ができてしまったことで、それに甘えているのではないか?別に帰れなくてもいい、と。
それに帰れない帰れないと文句いう割に、出勤時間を早くして早く上がろうと考えている会社すら少ない。
毎日、5時置き8時出社でも死にませんから。
また、勉強が大変だ、仕事の合間や家に帰ってからもやらなくてはいけない、じゃないと覚えられない。
それもどこも当たり前だろ、と。というか、仕事の合間に勉強するな、と。仕事中は仕事をしろ、と。
ちょっと調べれば、読むべき本っていうのはゴロゴロ出てくる。100冊ぐらいでてくる。
でもさ、そういう本が存在するのって、IT系だけじゃないでしょ?
僕のいる業界だって読むべきといわれてる本は山ほどあるし、取るべき資格、覚えておくべきこと、山ほどある。
IT系じゃない友人もやっぱり、そういうリストみたいのを持ってた。
それにPG系の人たちって勉強の仕方も各々でバラバラではないか?同じ会社、同じような仕事内容で学び方がバラバラだから、個々にムラが出る。
そのムラは個性ではなくて偏り、なのになぜそれを放置する。ありえなくない?
電話に出る事しかできない奴と、メモを取ることしかできない奴が一緒に仕事してるようなもんだろ?上手くまわるわけがない。
仕事中もわかないことがあるから調べながら、聞きながら、考えながら、動かないとだし。
いやいやいや、調べ方、聞き方、考えろと。
取り掛かって中断して調べて、また中断して調べて。最初に全部、計画して頭ん中で組み立てて、わからなそうなとこはまとめとけよ先に。
調べながらコード書くって非効率過ぎるだろjk。
人に聞くってのも考えろと、自分がひとりの人に5分間話を聞いたらそれは5分の喪失じゃなくて、最低でも自分と相手で10分の損失だぞ?
仕事中に、twitterやったり、息抜きと称して2ch眺めるとか論外だろ。
そういうとこからアイディアが・・・とかいうけど、そこから出るアイディアが消費した時間以上のものを生むんですかね?
そんなことするなら、手を動かしながら周りと雑談した方が幅は広がるよ。
プログラマどうのこうのとかいってるやつに限って、他の仕事をまともにしたことがない奴がいる。
立ち仕事はしたことない。接客もしたことない。営業もしたことない。肉体労働もしたことない。事務もしたことなければ、電話応対もまともにしたことないし、早朝の仕事も無い。
それで、自分たちはどうのこうの、って説得力皆無ですよ。
はっきりいって、隣の芝は青い状態としかいえない。
たとえブラックじゃなくても、帰れないよりきつい仕事、勉強量が半端ない仕事、そんなの山ほどある。
PG、SEの人たちは、ネットで非常に声が大きい。でも、声が大きいだけ。
実際は、日本中に何千万といる、普通に普通のサラリーマンでしょ。特別でも何でもない。
いつまでも、SEやPGは特別だと思ってるから、業界も会社も変わらないし、個人も変わらない。
どんな業界も慣習を見直して、効率化や一般化、を進めてる。君たちには、それじゃロボットじゃないか、と思うかもしれないようなことをどこも必死に進めてる。
教育から、役員の会議まで、カチコチとしたものに向かってるけど、悪いことだとは思ってない。それで業務が改善されれば、頭を使える時間が増えるから。そこからまた始まる。
って、なんかよくわかんなくなったけど、僕が言いたいのは、
だけど、それを認めないからいつまでも変わらないし、変われないんだよ。
ということだけです。
http://anond.hatelabo.jp/20100129222703
最悪な夕食だった
いつもは自炊しているんだけど今日は面倒になったので途中駅で降りてご飯を食べてきた。そしたら隣の席に座ってた女性2人の会話がクソ過ぎて引いた。
彼女たちは最近行った合コンが最悪だったって振り返っているみたいだった。男性側幹事が高学歴を連れてくるとか言ってたから、2人はすごく期待して参加したのに、来た男性陣がぜんぜん高学歴じゃなくて、これじゃ詐欺だったと嘆いてた。彼女ら曰く「○○大って言っても○○学部だったらエア○○大卒じゃん。その学部で○○大卒とか言うなってのwww」とギャハギャハ笑ってた。こう書くとネタくさいけど、でもギャハギャハとしか表現できない笑い方だった。
なんていうか、合コンが残念な結果だったって話は良くあることだし愚痴ったっていいと思うけど、レストランとかで大声でする話じゃない。席変えて欲しかったけれど出された料理の半分くらいはもう食べていたし、仕方ないのでさっさと済ませてしまおう。そう思ってなるべく話を聞かないようほかの事を考えながら食事をすすめていたら、彼女らは何と「でもエア○○大卒の癖に私たちレベルと一緒に食事できたんだから向こうは感謝すべきなんだよね、本当は」って言った……。
もう、口にした文言どころか声質さえ覚えそうってぐらい引いた。そこまで言う彼女らのご尊顔を拝してやろうと思って(座るときにチラ見したくらいで、その時まではっきりと見ていなかった)隣の2人をよく見てみた。そうしたら、そこには30代前半かな?と思えるごく普通の女性2人が座ってた。別に美女でも醜女でもない、どこにでもいそうな、(30代なのが合っていれば)年相応の女性たちだった。
え、と思った。
同僚とかにいそうなごく普通の人たちに見えるのに、なぜそんなに上から目線なの。感謝って、男性陣は何に感謝すべきなの。エア○○大卒って何。
久々に"本気で引く"って体感をした。ここ数分の会話は周囲もなにげに聞いていたようで、皆さんチラチラ2人を見ていたけれど、彼女たちは気にする様子もなくギャハギャハ笑ってた。
それなりに品のよいレストランなんだけれど、なんという胸糞……。
彼女たちの人となりが知れるな、と思った。加えて、出会いの芽を自ら踏み潰していってるのに気付いてないんだなとも思った。あんな会話を公共でしていたら周囲からどう思われるか、彼女たちには想像もつかないんだろうな。
叩かれるようなことを書くと、
自分も、まあ
「うーん、教養バックグラウンドがこれだけ違うと、腹を割ってしゃべろうとしても、微妙なニュアンスとか伝わらないだろうなー」
と思って、相手を「見くびる」ようなことは、私も内心では、よくしてしまう。
ただ、まあ、結局は、1対1で会話しはじめてから20分からそこらぐらいで、相手の雰囲気をみて判断することだ。
大学名とか、出身学部とかで判断をする、というのもその判断素材の一つにすることはよくある。
でも、それはあくまで、「腹黒い私」だということを一応は自覚しているし、結局は、判断材料の一つにしかならない。
会話をしてみる。
相手の反応を見てみる。
結局は、そこが全て。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
1
いままで私が付き合った人はみんな大学を出てないが、彼女らはみな、とても賢かった。
「大学」というシステムによって認められることのなかった賢さは、あまりにも数多く存在している。
ただ、その一方で、三流大の人の多くが「???」となる話題でも、東大と京大の知人は特に問題なく理解するとか、そういう露骨な事態が発生して悲しい気分になるようなことも、現実に、なくはない。悲しいことだけれど、傾向性とか、確率論的な話としては、それは確かにあるのだよね。
しかし、
そういう確率論的に悲しい事態を、積極的に肯定し、再強化してしまうような言説を採用して、その世界観の中で生きてしまう、ということはやはり悲しい。
社会はそこまで単純にできていないし、学歴によって人を判定する、という方法は、単に判断コストを少し低くするアクション以上のこととしては使えないし、使うべきではないとは思う。
学歴ヒエラルキーは、学歴ヒエラルキーを肯定するような言説を受け入れてしまう人の数によってその性質を強化させてしまう。
世間が、学歴ヒエラルキーの意味をもっと「弱く」受け取るような世間でありえたならば、学歴ヒエラルキーの意味も、実質も、大きく変る。
18才のときにどういう成績を取ったかということの意味も、たぶん、ある程度はあるだろうけれど、
それ以上に、
18才以後の日々を、どういう人と会話をして、どういう人と議論をして、どういうふうな楽しさを生きてきたか、ということは、おそらくその人のあり方を大きくかたちづくる。
でも、学歴やキャリアによって、人の交流が分断されれば、人のあり方は、より大きく分断されてしまう。それは決して明るい事態ではないと思う。
事実である、ということを認めることと、
その事実を肯定するという態度を選択することは、
はっきりと区別されなければいけない。
でも、この区別を行うことの意味を「大学名」で人を笑ってしまう女性たちは、理解していないのだろう。
とても、残念なことで、とてもあたまのわるいことだと思う.
*
あたまのよい人が、恵まれない社会的境遇/キャリアにいる、ということはいくらでもある。
まえに、某えらい人が、「あれほどの人が、こんな三流大学の准教授やってるなんてもったいない」とか言っているのを聞いていて、
それはそのとおりだな、と思いつつ、
その一方で、
「いやー、でも、この人の知性って、一流大学教授とかになるタイプの知性とはもっと別の知性なんだよなー。」とか思い聞いてもいた。
ものすごく専門的で、何がすごいのか素人にはさっぱりわからないけれど、本当にごく少数の専門家にだけにしか理解できないような、厄介なタイプのマニアックな専門性をもった人とかって、大出世するか三流で終わるかのどっちかだもんなー、とか思って聞いていた。
社会システムは、知性を峻別するための効率的な構造を、それほどきちんとした形でもっていない。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
2
話を逆の方面から見てみてみよう。
「勉強すれば、いい大学に入れる」というような、「努力」が意味をなすエリート主義よりも、
より一層、どうしようもなく、タチの悪い恣意性に満ちていている。
「あたまがいい」とされている人が会話して「あ、こいつ、ちゃんと、あたまいいじゃん。」と思われた人しか、救われない。
とてもどうしようもないことを私は発言している。
「東大だろうが、慶応だろうが、スタンフォードだろうが、ほんと、バカな奴は、バカ」という言説を支えることは
決して、ホメられたものではない。
「そういう、おまえさんは一体どれほど、頭がいいんだよ?ノーベル賞でも取れんのか?カスが。」
「あの人は頭が良い」という感覚は、究極のところ、人々の主観に支えられている。
(IQやら、偏差値などというのは、人々の主観を定量化するために、近代になって発明された中途半端な道具でしかない。)
誰かを良いと思い、誰かを悪いと思う。
それは結局、人をフィルタリングすることでしかない。
「わたし」という恣意的な世界観のうちに、他人を巻き込んでしまう。そういうことだ。
「わたし」によって恣意的に作られ、人をフィルタリングする世界観は、
決して、多くの人を幸せにするものではないだろう。
もしかすると、今の学歴システムよりも、遥かにタチが悪いかもしれない。実際、そうだろうと思う。
「わたし」が他人をフィルターするシステムと、学歴ヒエラルキーのような制度とを比較したとき、
学歴ヒエラルキーがいかに欠点を持ったシステムか、ということは知られているが、
「わたし」が人をフィルタリングするシステムの欠点は、他の人には知られていない。
自らの人物鑑識眼に自信を持つ人は多いが、
多くの人の人物鑑識の自信は、それが、学歴システムよりもわかりにくく、複雑なシステムであることによって
批判されずに済んでいることによって保たれている場合も、多いだろう。
私は、自らのオリジナルな人物鑑識能力が、学歴システムと比べられた場合、
平均的には、質の悪いものであることを積極的に認めてもよいと思っている。
「学歴ヒエラルキー」やその代替的制度としての各種の「キャリア」システムは、ものすごく欠点が多い。
今後、よりよく改善していくことが常に期待されるのでなければありえないほどに、ダメなところの多い制度だ。
しかし、それでも、今現在、多種多様に存在している他のシステムよりも、相対的によく出来たところも多い制度であることは、認められてもよい。
たぶん、徒手空拳で戦闘をするよりは、近くの棒切れ拾って戦闘したほうが、ずっと勝率があがる、という程度のものとして、学歴システムは「マシ」である。
そのような制度と比べると、私の人物鑑識能力など、徒手空拳に等しい。
でも、私は、これからもオリジナルな人物鑑識能力を採用し続ける。ほぼ間違いなく。
それは、「わたし」の人物鑑識のフィルターが、わたしにとって心地よいからに他ならない。
そして、私自信の見つめる世界が、私にとってよりよいものになるように、努力してゆくことだろう。
それは、他の人がよいことだと思うかどうか、ということとは、直接には交わらない。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
3
自由恋愛の相手、というものは、結局は「わたし」たちの話である。
それゆえに「わたし」に根拠を持たない世界観がそこで導入されるとき、人は驚く。
「え、ちょっと待って?あなたが好きなんだったら、学歴とか重要なの?」
と思ってしまう。
自由恋愛とは、そのような制度として構想され、社会的にぼんやりと共有されている。
それもあって、恋愛において学歴を問題にすることは、ひどく滑稽に映る。
「おまえら、なんなんだ」と思ってしまう、ということはそういうことだ、と思う。
まあ、こんなうだうだとした話をしなくても、「おま、何様wwwシネ、カス」で終了クオリティの話だとも思ったのだけれども、
なんか書いてしまった。反省。
(長すぎて増田じゃねーな、と思ったので、こっちにも転載すた。)
http://d.hatena.ne.jp/maskin-monotonicity/20100130
そうなのかー。ありがとう!
長文は他者拒絶つーか、なんか、ぼんやりしてると書いちゃうんだよね。習い性。ごめんよ…よく、長いって言われる…
id:sagonohashi 付き合ってみてつまらない人間はいないんだと最近やっと分かった。(つまらないのは相手の心を閉ざさせてしまったという事)/みんな意外といい奴だし、意外と残念な奴だから先入観で好いたり嫌ったりしたくはないものだ
それはそのとおりだとおもつた。
でも、腹を割って話せる距離感を図るまでにかかる時間や、距離の取りやすさ・取りにくさ。相手に心をひらいてもらうまでに必要な「時間」はけっこう個人差が出るよなあ、と思った。そういうことを考えると、誰からも「はなしやすい」って言われる人ってすごいよね。
id:md2tak 個人的には自分がどれくらい頭いいか分かればいいかな。それが分からないと自分がどの程度の頭のよさまで判定し得るのか分からないから。
うーん、頭の良さって、そんなに単線的じゃないかも……。
長妻厚労相「『イクメン』『カジメン』という言葉を流行らせたい」-参院予算委
ttp://aromablack5310.blog77.fc2.com/blog-entry-8301.html
潰れかけてるうちの会社の業績改善のため会社は何をすべきかというアンケートを全社員から取ったら、メールやネットを(それらは業務の妨げになるので)使えなくするという意見が出て来て驚いたことを思い出した。なんていうか頭が悪すぎるのかねー、理解できんわ。
今までの人生は「何もせず過ごしてきて、悪かったと気付いて自己嫌悪。」それの繰り返しだった。
「自己嫌悪」だけで終わってしまって、改善しようとしないのは良くないことだと理解していたのに、今までずっとそうして生きてきたもんだから改善するのは面倒で難しいことだと思っていた。
でもいま私には勉強がある、良い大学にいって、好きな職業につきたい。出来れば好きな女と毎日一緒に寝たい。その夢が私に勉強させる。
「何がいけなかったんですか?
能力は十分にあるはずです。
不採用は無効・・・っ無効だ・・・」
と班長のようなことを喚かれたので困った。
私に再面接を実施する権限なんてないしね。
確かに今の面接って一人ひとりに不採用の理由告げてないのでこういうことはたまにある。
私の判断に絶対間違いがないかとか言われると困る。
そもそも、一定の基準はあるにしても○×問題じゃなくて直観的なものだからなぁ。
で、その基準が古くて、こういう問題に対応し切れていないのも確か。
ただこれについては2点言いたいことがある。
1点目として、それなら後から親が言うんではなくて、自分でアスペルであることを明かすか
アスペルであることを明かさなくても、自分の短所長所を認識してそれを述べてもらえれば
十分対応できる問題だったのではないかと考えている。(無知ゆえの誤解である可能性は否定しない
母親にも同じようなことを回答した。納得はしてなかったけど意外とあっさり引き下がった。
邪推だが、この人は他の会社でも同じようなことをしているのではないかと思われる。
2点目として、仕事でも理由を言われずに無理難題を言われたり断られたりすることは多々アル。
むしろよほどのことがない限り理由を言われることはない。というか理由いわれたら終わりだ。
そのため、上手くいかないときに自分で理由を考えてフォローしたり次から改善すること、
さらにいえば先回りしてその理由をつぶすという仕事が求められる。
少なくとも彼が希望していた職種ではそうだ。
それが出来ないからアスペルガーだというのならば、希望職種を変えるか、
彼の持っているデメリットをしのぐメリットを示して欲しかった。
とはいえ、今後も同じような問題があるとめんd・・・不誠実な対応をすることにもなりかねない。
個人的には少し勉強してみようと思った。もちろん部署の人にに聞いてみようと思うが、
> これは戦争に負けたからどうにもならないのでしょうか。
何を言っているのだろうか?
自国の力のみで自国を守れるだけの防衛力を持つことを放棄しているからこそ、どうにもならないのである。
気分はだいぶ改善して安定してきたけど
選ばなきゃいけない場面とか質問されたりすると答えられないこともしばしば。
家事をしていてもあり得ないミスをする。アウトプットがおかしい。
人の顔はなるべく視界に入れたくない。
身近な誰かを追い詰めるところまで責任を求めなきゃならないものなんだろうかという点では少しは同意できなくもない。 程度問題だが。
法的には要介護ってことがわかってて放置すれば保護責任者遺棄罪に問われるわけだけど、老いによって認知症等になった人ってのは普通は治ることは無いわけで、家族愛だのなんだのといった精神論ではどうしようもない負担になることは珍しくないのが実状だと思う。
まともにまわりを認識出来ないような人の幸福な生活ってどんなものだろう。
介護を一方的に放棄するのは許されることじゃないけど、その負担をどこにもっていくかってのは改善の余地があるのは確かだと思う。
女性がオバチャン化すると、独特のジェスチャーが出現する。
「アラー!」と一緒にもよく使われると思われるんだけど
ベタなセリフでいうと「ねえねえ、オクサマ聞いた!?」の時に手首のスナップきかせて平手をパタパタやるやつとか。
嫁(30)が、最近これをやるようになった。
本人もオバチャン化を自覚してるらしい。(が、別に改善しようとは思わないらしい)
この間、嫁の運転でナビに座ってたら、このオバチャンジェスチャーオンリーで、
駐車場の整理係と、見事にかなりの長文を通じ合ってた。
割り込みとかも、これでやや強引に了解を得てさくっとしちゃう。
強ぇ、と思った。
多分、「アラー!」にも、ミーちゃんに有無を言わせず餌を食べさせる「強さ」があると思う。
自分がそのパートさんをそういう行動に向かわせていると気づかないのか……。自分の行動はすぐに改善できるのだから、人のそれを改善するより簡単だろうに。
昔内田樹が「教育良くしたいと思うなら教育のことは教師にまかせて部外者は黙ってろヴォケ」と書いてた気がする。
確か街場の教育論だったと思う。教育については知らないが就職活動については全く同意見だ。
就職活動も一緒で、どいつもこいつも自分の思い込みで好き勝手書きやがってフザケンナとしかいいようがない。
採用の人間とどんだけ会話したのか。 「今年」就職活動してる奴とどれだけ会話したのか。
何だかんだいってソースが自分と自分の周りにしかないのであれば、偉そうに就職全体を語るなよ。
そりゃどんだけいっても自分語りでしかないんだよ。
そして、それは明らかにまともな議論の邪魔をしてるんだよ。
もちろんその中に正解の種はあるのかもしれないよ。
でも問題は正しいかどうかじゃなくて、どうやれば今の問題を少しでも前に進められるかだろ。
ドイツもコイツも「俺の素晴らしい就職活動体験を見て」しか言ってない。いい加減にしろ。
これは俺の自分語りですサーセン。テレビのコメンテータと一緒で
マジメにこの問題にコミットしないでえらそーに語る芸をやってるんで
苦笑しながら聞いてください。間違ってもマジで受け取らないで」
って書いとけ。気持ち悪いんだよお前ら。Railerだか隠れフェミニストだか知らないがどっちも氏ね。
とりあえず、就職と採用と別々に分けて考えろ。出来れば学生と採用側の相互関係としてみる目を持つこと。
もっといえば、その視点をもちつつ、現場やデータを持ち寄って考えてくれ。
どんな話し合いの場でも、自分に閉じた話をする奴なんて一番効率が悪くてうんざりする。邪魔。
大学生だった頃、ぼくはかなりとんがったやつだったと思う。
とんがるといってもとても格好いいとはいえないとんがりかたで、世界を敵にまわしているような、一人で戦争をしているような、敵意を剥き出しにして斜に構えるような、そんな生意気ながきだった。
自分の好きなものだけに触れて、世の中間違っていると言い張った。
作り出される自分のアイデアが、とても素晴らしいもののように思えて、それだけに夢中になってあれこれと作った。
ハードボイルドの主人公のように両肩で風を切って、ギャングのように何か面白いものはないかと物色しているような、そんなたぶん二十歳ぐらいの自分を思い出すとなにか冷や汗が出るような気がし、その一方で、なかなかに冴えていたなとも思う。一切を閉ざしてしまって、自分だけの世界に閉じこもって、世の中のものをせっせと自分の世界に取り込んでいたような気がする。
ほとんど誰とも話さずに過ごし、たぶん話していてもかなり機械的な反応しかできなかったと思う。その頃のメールの下書きのテキストが残っていて、それを読むと、官僚的というかガチガチな隙のない文章を書いていて、なんだこいつはサイボーグみたいな文章を書くやつだと、なつかしくなって笑ってしまう。
その文章の中にいる二十歳のぼくはいつも完全武装なのだ。
そんなことになってしまったのは大学一年の頃に起こった事故のせいで、ある事件をきっかけにぼくは人間というものが信じられなくなり、社会を敵にまわすようになった。数ヶ月は立ち直れず、それでも本を読んでいるうちにだいぶ立ち直っていき、読書欲に駆られながら読みふけるうちに、復帰していた。
好んで読んだのはハードボイルド。
チャンドラーとか、ジャック・ヒンギスとか、ギャビン・ライアルとか。
ハードボイルドを読む人なら、この手の小説が汚れきった社会を渡り歩く勇気(社会に絶望していたのでそういう勇気を必要としていた)をもたらしたこともわかりやすいと思う。ぼくはあろう事か、ギャングや、探偵や、元軍人や、スパイに社会との渡り合いかたを教わってしまい、いつも鞄のなかには拳銃が入っているようなそんな心地で、復帰していったのだ。
それは今からしてみれば、常時戦場にいるような緊張感で、そんな状態でまともな会話など出来るはずもないし、たぶんしても鋭すぎる態度で、相手を居心地悪くさせてしまっただろううと思う。それでもギャングだが、探偵だか、スパイだか、元軍人気取りのぼくは、そんな完全武装であちこちを歩き回り、あれこれと色々作って、仲間に見せたりしていた。
それは今から見ても、あの頃に作ったものはすごかったと思うほどで、錯覚ではあるのだけど、本当にたったひとりで世界を相手に戦っていたのだと思うし、シャープで甘えがなく、手を切りそうなほどの切れ味あるものたちを作っていたのだと思う。
だから、こう言いたい。
完全武装の時代もそんなに悪い時代じゃなかったって。
その当時にどのように世の中と接していたかと言われて、ふと思い出した言葉がある。
著名なSF小説「ニューロマンサー」の続編「モナリザ・オーバードライブ」の解説にその言葉はあって、それらの作品を評して「鏡に覆われた(ミラーシャーデッド)表層」と言っている。
この感覚。
ガラス越しという言葉があるのだけど、それよりもシャープな感じで、こちらの表情が見えないようにスモークガラスで覆っている感覚。そして、社会もスモークガラスに覆われていて、お互いが冷たく冷淡で、それが日々すれ違っているのだけど、完全に別け隔てられている。
あちこちのバイトを短期でまわって、世の中のいろいろな風景をスパイしながら(そういうつもりだった)、いろいろに世の中の仕組みを知っていくようになった。会話をしなければならないところでは当たり障りのない、そしておそらくかなり素っ気ない会話を交わし、とても冷淡にその体験だけを盗んでいくスパイのように働いていた。
もちろん、その短期バイトをあちこち回ったことが、のちのちまともに社会に出て、効率的な現場のまわしかたみたいなところでとても大きく効いてくることになったのだけれども、誰もが短期なだけにコミュニケーションらしいものは皆無で、煙草を吸いにいってせっかく話す機会があっても、他の誰かがはなしているのを聞いているだけという、なんという非コミュ。
あの当時のぼくはとてもプライドが高く、口を開くにしてもなにか高級な事を言わなければと思っていたように思う。例えばハードボイルドの主人公のようなセリフなど、いま思えば、現場にまったく必要のない言葉以外話したくなかったのであるが、結局の所それは自分の我が儘で、自分の価値観以外のコミュニケーションを仕事場でさえしたくない、もしくはそれをしなくて良いようアンドロイドのように、時間貸しのロボットのように、ただ効率的に現場をまわすにはどう動けばいいか、だけを考えていたように思えてくる。
ボトルネックを事前に発見して、誰も気づかないうちにそれを埋めていく、それで今日の作業は30%ぐらい効率化できたと悦にいる。そんな毎日。それはリアルシュミレーションゲームのように思えていたし、コミュニケーションなどなくとも、出来る遊びではあった(そしてこの経験はのちのち凄まじい威力を誇った)。
しかし、その当時のぼくはやはりゲーム感覚で、いつでもスイッチを切ってさよならできる現場でしかなく、ミラーシャーデッドどころか、液晶パネルの中の駒でしかなかったのかもしれないと思ってしまう。
そんな事をしているうちに、交通誘導の仕事をやってみることにした。
これは簡単に言えば、工事現場に立っている警備員で、たぶんやってみないとわからないが世の中の潤滑油的な仕事である。仮設の信号機でいいのではないかと言われれば、まあ、そうかもなのだけど、ぼくはその辺の議論はどうでもいいし、もう交通誘導をするはずもないので、あんまり関係がない。
で、いきなりやってくるのは、研修。
法定で4日だったかの研修が義務づけられているとかで、ひたすらに、交通誘導がどんな仕事かをたたき込まれる。そこで言われるのは、ひたすらに危機対応、そして、顧客である工事現場の人たちを守るか。酔っぱらい運転で工事現場につっこんでくる車から顧客を守るのが、交通誘導の第一の責務だとか何とか。まあ、ねえ、顧客だからねえ。
そうやって始めてみるしょっぱなに言われた。
「あれさ、お互い遠くに立ってるじゃない。互いに孤独で。8時間とか、12時間とか。そうするとね、話せないから、上手くいかないと不満がたまってどんどん上手くいかなくなるんだ。そうするとたいへんだよ。向こうはぷりぷり怒ってさ」
これはチームワークなのだと、コミュニケーションなのだと、ぼくはあなたのことを信頼していますと伝える事が重要なのだ。あなたが怒らないように、要らぬ誤解を抱かないように、あなたがぼくが心配ないというシグナリングをしなければならないんだって、あの赤く光る棒を振りながら、ずっと伝えなければならないんだと、それはプレッシャーだったのではあるのだけど、それまでの自分とは違うことが価値があるのだということを、思い知らされた事ではある。
交通誘導に業務効率化する要素などなく、どうやってチームワークをよくしていくか以外に改善点はない。そういう意味では完全コミュな仕事であり、ぼくはあんまり自信がなかった。
それが初めての集合で、煙草を吸っていて結構くせがありそうな人に言われた。
ぼくは、どれだけハードボイルドな世界でショートピースが標準か語りたかった。
「香りがいいんです。それでくせになっちゃって」
「どれ、吸わせてよ。うわ、きつ、なにこれ」
その人は笑う。
「缶で吸ってたときもあるんです。あのときは肺に穴が開いたのがわかりました」
ぼくはきっと「ショートピース野郎」と記憶されたことだろう。それでもその瞬間に、ミラーシャーデッドが融けたのを感じた。ぼくの世界に入ってくる人がいた。確かにさりげないのだけれども、それで勇気づけられたのは確かだ。
そういう感じ。
その瞬間に、一緒に仕事をする人々の世界観もわからないとと思って、一瞬にしてぼくのミラーグラスは破壊された。
同じ人と同じ現場になって、その頃はきつい両切り(ショートピース)はやめていて、もうすこし穏健なロングピースになっていたけれども、その人は、仕事が終わってヘルメットを長時間かぶっていたせいで髪型がめちゃくちゃになっていたけれども帽子をかぶって、自転車に乗る。
そういって、現場から明るくたちさる。
あの職場で、いろいろな人々と、その職場を暖かくする事にどれだけ尽くしただろうか。誰もがその底辺で生活しているわけだし、いつの間にか、それは自分の片足だけつっこんだ居場所になりかけていた。世界がガラス越しではなくなったのこの職場だったし、それはなにか守らなければならない暖かいチームワークの場所だった。
底辺などというべからず。
その後の十年近いキャリアを通しても、素晴らしいチームワークだったと断言できるし、この1/5000ぐらいの荒涼とした、無生産な現場は大量に見てるし、基本的に言えるのは底辺ほど効率的で、上層ほど無能であるということだ。のぼるほど無能になっていく。
機能不全とすべての罪は上層にあるのだけど、わかっているか。
ちょっと言い過ぎた。
ぼくが言いたいのは、底辺を経験してすばらしく暖かく機能的で、ここは問題がまったくない、ということなのだ。ここには何の問題もない。すばらしい経験だった。ぼくの非コミュも解けた。
貴族趣味なぼくは結局ほぐされて、そして紹介で別の職場に入ることになる。
本格的な就職に近い形で、人事のトップに笑われる。
「いや、こんな真っ白な履歴書を見るのは初めて」
その履歴書は真っ白だろうか?
数こと話すと人事の最高責任者は頷く。
じゃあ、採用するけど、明日からちゃんときてね。
配属されたのは実務の最精鋭部隊が集まっている部署で、そこで、笑い合いながら、冗談を言いながら、学びながら、いろいろ効率的なオペレーションを学んだ気がする。それで、特別なプロジェクトが立ち上がって、それにたったひとりで派遣されて、その現場監督(ただし、実権はまったくなし。不安にさせるな)で、まったく見知らぬコミュニティーにぶち込まれる。
「山崎まさよしさんに似てますよね、雰囲気だけ」
「あー、そう言われたのは初めてで」
(ブルースは好きなんだけどねえ…)
そうやって、あ、これで大丈夫なんだ、これで上手くいくのだと、そう安心した。