はてなキーワード: 過去とは
温厚な眼に秘めたる決意。
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伝説となった男
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そりゃ東電は原発事故の被害者を全力で救済すべきで、風評被害も含めて手厚く補償しないといけないと思うよ。予測できない事故だから免責なんて、そんな主張をするつもりはない。
でも俺がもし、決定権を持つ立場だったら、たとえば2006年の時点で福島第一の津波対策に予算をどのくらい出せたか?津波にさらわれない位置に予備電源を移動させる決断ができたか?自信がない。
今回の津波は、「過去にあのあたりで何度もあった」という人もいるけど、実際にどのくらいのがあったのか検索してみると俺の探し方が悪いのか三陸海岸の津波とか861年?のとかがヒットするだけだ。三陸海岸とはまるで地理的条件が違うし、過去最大の津波が38mだからそれに耐えられるようにしろって、福島第一に38mの津波が来るようなら三陸海岸は100m超えちゃうよ。1000年以上前の津波なんて文献が信用できないし(昔の人は何かと大げさだからね)逆に言うと1000年以上来てないのに対策するって決断できる?俺にはできない。
共産党が津波の危険を指摘していた(http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-03-02/2006030201_01_0.html)というのも、これ予備電源が流されちゃうよって内容じゃないよね。実際に起こったトラブルを予言しているわけではない。正直言ってアカの手先のおフェラ豚が訳のわからないことを言ってるぜ、と思ってしまいそう。津波が来るような地震ならどうせ緊急停止しているんだし、引き波なんて1時間もすれば収まるんだからそのあと取水しても間に合うっての。っていうかピンポイントで「地下に予備電源があると冠水したときやばいよ」って指摘だったとしても、どうかな、ポンプがあるから冠水なんてしませんpgrってところだろう。
これは俺の個人的資質に欠けるところがあるからかもしれない。想像力に重大な欠陥があるせいかもしれない。でも自分が東電の立場になったら同じ事故を起こさないと断言できるかどうか、自信がない。
http://anond.hatelabo.jp/20111110111334
これの従弟だけど補足してみるよ
元増田の記事を読んで心配してくれた人のために現在の状況を書くと、従姉は退院して仕事復帰、従姪は平日は俺の家で預かり週末は従姉の家に戻る形で生活することになっている
生活費についてはこちらから特に援助はしていないが、従姪が俺の家にいる間にかかる費用を請求してないので、その分は浮いているはず
一緒に暮らしていない元増田が把握していなかったことを補足する
従姉のところの問題の源は元夫のDVと虐待
娘が気に入らないことをしたら「母親なんだから躾けろ」と妻に命じて体罰を強要
号泣したところで慰めて自作自演で娘の好感度稼ぐというのが従姉の元夫の手口
これを人間関係全方位で展開して孤立した相手を自分に依存させて支配していたわけだ
従姉は自分が子供に手を上げたことをとても悔いていて罪悪感をもって娘に接している、従姪は虐待された記憶を打ち破って何とか母親を愛そうと頑張っている状況
従姪は幼い頃母親が身体に触れようとするとビクッとなって目を瞑るような状態で、心や体が弱っている時にはその傾向が特に強かった
病気になった時など、母親が側にいるとリラックスできないので看病は他人に頼まざるをえない状況だった
親戚とはいえ恋人でも夫でもない独身一人暮らしの男性に娘の身の回りの世話を頼んだり、契約社員が正社員に仕事休んで自分の子の看病してくれと頼んだり、そういう選択をせざるをえない時点で崖っぷちなのは子育て経験がある人は想像できると思う
この手の話で従姉が凹んでいたのは母親スキルの低さを実感してよりも、虐待の結果を再認識してしまうからという理由が強い
時間の経過と共に母子関係も少しずつ回復していき、最近ではお互いうまくやっていけてるんじゃないかと思っていた従姉と従姪だが、そこで従姉の入院事件が起きた
距離をおいた途端に従姪の体調が良くなったことから、従姪にとって母親と一緒に暮らしていることがストレスだったことが浮き彫りになってしまった
それに従姉が気が付いてショックを受けたところに元増田が居合わせたわけだ
後に従姪もそのことに気がついて精神的にずいぶん荒れた
本人の認識では、拒絶意識は過去のもので今は母親のことを好きでいるつもりだったので精神的ダメージが強かった
その後話し合った結果、少し距離を置きながらゆっくり母子関係を回復させた方がいいだろいうということになり、現在の週末のみ母娘で暮らすという方法いこうということになった
あれは目の前で母親が倒れてショックを受けている従姪を元気付けるため無理してやっていた時期の話なので、365日継続できるものじゃない
もう10年かそこらくらい、ラーメンズや、小林賢太郎単独の舞台や作品を見ている。
この間も最新作の「うるう」(小林賢太郎の演劇作品、KKPに分類されている)を観てきた。
もちろん、彼らしい、素晴らしい作品だった。彼が38歳のおじさんに片足突っ込んでいる年齢とは思えないくらいの体力を舞台から感じられて、ファンとしてすごく嬉しかった。
でも、思うところがある。
ここのところ、小林さん、新しいことやってない気がする。
Potsunen、小林賢太郎テレビは同じ仕組を使って新しい話を繰り出してることが多い。(もしかしたら目立つので多いと感じるのかもしれない)
うるうもそう。まだ東京公演と大阪公演が残ってるはずだから、ネタバレは避けるけど、僕はこの舞台の随所に散りばめられた「笑い」は彼が「創りだした」「過去の手法」を使ってる部分が多かったと感じた。
僕はもうそろそろ小林賢太郎がつくりだした「新しい」「表現方法」を使った「笑い」を見たい。
そして、うるうを観て、小林賢太郎は、自分で自分自身を収束させようとしているのかなと感じた。
過去自分が創りだした手法を用いて表現し、客席を笑わせる彼を観て、自分も声を上げて笑いながら、ふと、そう思った。
僕の杞憂かもしれないけれど。
いうなれば、ロックバンドの解散前みたいな感じだ。ライブで昔の曲をやり、昔からのファンはしみじみする。解散ライブではそのバンドの集大成、総集編みたいなセットリストで〆る。
ラーメンズ本公演が何年もやらないのは、ファンとしては当たり前のことだ。いつまでもゆっくり待ち続ける。
上に書いたことは僕の思い過ごしであればいい。切に願う。
ちなみに、僕は「男女の気持ち」が一番好きなコントです。
<雪菜だけじゃなく、きっと武也も依緒も気づいてた。
俺の中で、いつまで経っても、かずさが思い出に昇華されてないって。
それでも武也や依緒…やその他無関係な奴が、俺を励ましたり、雪菜をけしかけたりしてたのは、もう一つの真実には気づいていなかったから。
俺がずっとかずさのことを忘れてないことに、 雪菜が今でも傷つき続けてるって、こと。
俺と同じくらい、かずさのことを知ってるから。…俺と同じくらい、かずさのことを好きだから。
だから、俺の中のかずさの存在を見逃すことができないって、こと。
きっと、俺の心に入り込もうとするたびに、中にいるかずさの記憶と目があってしまってたんだ
俺がむりやり抑えこんでも、笑ってみせてもそんなの雪菜にとっては、ガラスに描いた絵のようなもの。
つまり、それってさ…
俺はもう二度と、一緒に歩いていくことができないって、そういう、ことなのかな?
世界でただ一人、小木曾雪菜とだけは。
相手が雪菜でないのなら、俺はきっと、いつかかずさを忘れられる。
どうすればって…そんなの簡単だ。
かずさのことを胸に秘めたまま、忘れないまま、新しい恋を始めてしまえばいい。
だって、その時、俺の横にいるひとは、俺が無理して笑ってるなんて気づいたりしないんだから。
俺が時々、過去を思い出しても、そのせいでつらい気持ちになったとしても、きっと何も知らず、笑顔で励ましてくれる。
だからそのうち、心が少しずつ彼女で埋められていき、かずさを思い出す痛みが薄れていき、いつか彼女が一番に置き換わる。
「知らないことが幸せなこともある」って、あまり俺の好きじゃない言葉なんだけど、でも、その言葉通りに時間が全てを解決してくれる。
…相手が雪菜じゃなかったら。
だけど、雪菜とは、その過渡期が過ごせない。
俺が過去を思い出したら、俺がつらい気持ちになったら、何杯にも跳ね返って、傷ついて傷ついて…
今日みたいに、立ち止まってしまう。先に進む勇気を失ってしまう。
きっとかずさは、もうとっくに俺のことなんか…もしかしたら雪菜のことだって忘れてるかもしれないのに。
なのに俺たちは、勝手に過去の三人にこだわり、そして馬鹿みたいに自滅しあう。
相手を好きなだけじゃ、「どうしようもないこともある」
それは、俺の大嫌いな言葉なんだけど。それでも俺たちは、もう一緒にいないほうが… >
http://diamond.jp/articles/-/16007
何十年か前は人口爆発による資源食糧不足のほうが心配されてたわけで
後知恵で「なんで増やさなかったんだ」というのは滑稽なように思う
たぶんそういう過去の経緯もろくに知らずに書いてるんだろうけど
それと一人当たりGDPスルーして国全体の数字で豊かさを見るのもおかしい
GDPの大きさで豊かさ決まるなら精度やら産業構造今のままで形式的に47都道府県ごと別の国にしたら生活苦しくなるなるとか思ってんだろか
中国もインドも貧乏だし出生率の高い中東アフリカも貧乏な国ばかりなのになぜ人口増加=豊かと思えるのやら
日本国内で見たって高出生率低所得の沖縄、低出生率高所得の東京ってな状況なわけだし
そもそも失われた20年ですら労働者一人当たり成長率は平均2%ぐらいあるわけで50年で総人口が半減しても国全体のGDPは減らないし
あと「人類の5000年の歴史の中で、1人が1人を支える社会が存立し得た事例は寡聞にして知らない」とかかいてるけど
養われる人口が老人だけだと思い込んでるからこういう勘違いをしてしまう
元増が母を許してどうしろと?
結局過去のわだかまりを水に流して(許して)、母の介護をしろということか?
それはさすがに虫がよすぎるってもんだろ。
その通り。本人のスペックがいくら高くても、採用自体がもうまったく全然ないとか、都道府県によっては数年間そういう状態が続いたりしてた。
…にも関わらず、地元の教育大学の定員が変わるわけではないしね。どうしろ、と。講師世代は本当に報われない。
最近は、若干採用が回復しつつある(団塊世代の退職により)。で、過去からのいきさつや不況のお陰で採用試験の受験者のスペックはいろいろ高くなってる。まあ、優秀な人が教員になってくれるのはいいが、いざ採用されて現場に行ったとき、「ちょっと上の頼れる先輩」世代が全くいない。20代の上はいきなり40代後半とか、そういうレベルになるので、今度は
・基本スペックが違うので、話が合わない
・そのせいで職場のコミュニケーション不足も含め、意識の共有が難しい
・経験や指導技術の継承しなきゃいけないけど、うまく伝わらない
・「ガリガリ仕事したいが指導力低い若者」と「指導力高いが家庭妻子にリソース割く必要からガリガリ仕事したくない中堅」ギャップ
先日パナソニックの決算報告があり、2012年3月期の利益予想が7,800億円の赤字になったという発表がありました。 http://av.watch.impress.co.jp/docs/news/20120203_509787.html
また、1月28日の週刊東洋経済では、「落日パナソニック」という特集が組まれていました。この特集が組まれた段階では、赤字額がまだ 4,000億円の段階でしたが、それでも絶望的だという論調で書かれていました。
実際社内ではどうなっているのか、またどう受け止められているのかについて書いてみます。
社内ではほとんど話題になりません。社長が交代する、しないについても全く興味がない様子です。タブー視されているのではなく、単に関心がないだけのように見えます。
雑誌に書かれているとおり、確かに津賀専務の評価は高いです。大鉈を振るう改革を進めるので、反発も強いですが、きちんと数字を出しています。ただし、本社で「年齢が若すぎる」という声が出ているかどうかはわかりません。否定できないほどには、パナソニックは年功序列です。
余談ですが、 p27 に掲載されている「津賀が新工場を閉じるべきと発言したら、取締役会が修羅場になり、席を立つ取締役まで現れた」というのはかなりリアリティがあります。普段の社内会議も、机を叩いたり叫んでみたりで、相手に威圧感を与えて意見を通そうとする人がいますから...
プラズマテレビへの傾注が今の事態を招いたとしていますが、これは疑わしいと思っています。少なくとも、液晶メーカーが軒並み赤字になっている中、パナソニックがプラズマを早期に撤退して液晶に注力していたらよかったかというと、それはわかりません。ただし、2010年の尼崎第三工場は、減損処理をしていることからもわかるように、失策だったのでしょう。
32ページからはまるごと事業に関して、事業部間の対立などが書かれています。これはパナソニック社内ではとても有りそうな話です。
まず、予算や人員が事業部単位で割り当てられますから、自分の事業部の利益を最大化しないといけません。そして、事業部感で連携する際に「どちらがやるかはっきりしない仕事」は、拾ってしまうだけ損になります。極端に言えば、事業が失敗したときに、いかに相手に責任を取らせるかを考えて仕事をしている向きもあります。
それから、紙面では「部門間の身分差」について書かれています。私の実感では、まず大阪が本流で、それ以外は傍流扱いです。事務職はわかりませんが、技術職では「ハード屋」と呼ばれる、電気回路などのエンジニアが偉く、次に「機構屋」、最後に「ソフト屋」が来ます。工場の生産技術者の地位もハード屋より低いでしょう。それぞれがお互いに責任をなすりつけあっている風景はよく目にします。また、重要な決定はほぼハード屋だけで行われ、その決定にソフト屋が従うことになります。
このような状況でいくら「まるごとソリューション」と叫んでみても、うまくいかないのではないかな、と思います。
33ページに「水道哲学」について軽く触れられています。そこには「松下幸之助によって提唱されたが、今や乗り越えるべき過去であるはず」と書かれています。
しかし、社内ではまったく逆で「松下幸之助が言ったことは、時代が変わっても常に正しい」と繰り返し叫ばれています。水道哲学も、かなり強調されるテーマです。ですから、最近でも「ボリュームゾーン戦略」や「中所得者向け商品」と名前を変え、いかに数を売って利益を出すかに力点が置かれてきました。もっと言えば、09年度の不振は高所得者層に注力しすぎたからで、水道哲学を無視した結果であり、松下幸之助の精神に立ち返らなければならないといったムードさえ漂います。
ですから、高度成長の価値観から抜け出せていないのは確かですが、社内ではそれで上手くいかないのは「やり方が悪い」からであり、「水道哲学そのものが悪い」という考えには決してなりません。
役員の人事がどう決定されているのかは全くわかりませんので、社内で中村会長がどう扱われているかだけ説明します。
端的に言うと、「松下幸之助が亡くなったあと傾いていた松下電器を立てなおした救世主」という扱いです。研修でも歴代社長の中では、松下幸之助の次に長い時間をかけて説明されます。中村会長と大坪社長の業績も、やはり比べられます。そのような中で、求心力を発揮するのは難しいのかもしれません。
その他、雑誌に書かれている中長期的な将来の話はわかりません。ただ、最近大坪社長の象徴的だった一言があります。それは、サムスンとLGに有機ELテレビの商品化を先行されたことについて、「サムスン、LGが2012年中に有機ELテレビを発売すれば、我々は出遅れることになる。遅れて出す以上、商品のスペックで負けるということがあってはならない」と答えたことです。 http://av.watch.impress.co.jp/docs/series/ce/20120117_505035.html
日本企業の負けた原因は、スペックや技術力ではないと思っています。戦略の誤り、組織的な非効率を見なおさず、「商品力で負けないようにする」とだけ答えるのは滑稽です。
かつては平均年齢35歳だった会社も、今では45歳です。自己資本比率は30%を割り込みましたが、今なお社内に危機感は感じられません。サムスンやアップルを例に出し、赤字の会社ばかりではないことを述べると、「彼らだっていつまでも儲かるとは限らない」「円高だから」「雇用を守るという社会的責任がある」となります。今回の赤字決算のことを話したら、「それでも営業黒字で、会計上の赤字でしょ」という返答が周りの社員から返ってきます。年功序列ですので、課長になれるのはだいたい40歳を過ぎてからです。
どうしましょうね。
「ワンピースはドラゴンボールを超えた」という人もいるけど、ちゃんちゃらおかしい。
★
もちろん今のところ、ワンピースの人気は高いけど、それはただ流行っているというだけ。
どうせ連載が終わったら、「ワンピース?ああ、そんな漫画もあったな」という感じになってしまうよ。
連載終了後も根強いファンがいて、ゲームやグッズが発売され続けるドラゴンボールにはぜったいなれないと思う。
★
★
★
ある漫画がロングセラーになれるかどうか、これを決めるのはみんながその漫画を何度も読み返すかどうかにかかってる。
もし読み返されなかったら、すぐに忘れ去られてしまうだろう。
★
アニメ「イカ娘」は2期が製作されたのに、「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」はされてない。
まあ、作ってもよかったんだろうけど、もし俺妹2期が放送されたとして、イカ娘2期の場合と同じ高さのテンションでそれを迎えられる人って多くないと思う。
「ああ、そういえば俺妹とか、あったなあ」という感じだろう。
★
俺妹の1期放送中は各話を何度も繰り返し観た人も、いざ最終回を迎えた後では、俺妹に対する興味が失せてしまった、という人は結構多いはず。
たまに観返しても、「あれ?こんなアニメだったっけ?もっと面白かった気がしたが・・・。」といった違和感を覚える。
★
この原因は、そもそも俺妹というアニメが「最終回が気になる」タイプのアニメだったからだ。
視聴者は、「主人公と妹が仲良くなれるか??」という緊張感を最終回までずーっと引きずってきた。
しかしいざ妹が素直になったのを観ると、その緊張感は消えてしまう。
★
むしろ近年まれに見る傑作だった。
ただこういう種類のアニメは、最終回後に観ると面白さが半減してしまう。
「ペリーヌ物語」なんてのも好い例だ。
★
逆にイカ娘は、緊張感がぜんぜんない。
しかも各話独立のため、1期全体を通した一貫性というのも無い。
だからみんな、純粋に1話1話が面白いという理由だけでイカ娘を観ていたはずだ。
こういうタイプのアニメというのは、放送が終わっても何度観ても面白さは変わらない。
★
★
基本的に、俺妹のような「最終回が気になる」タイプのアニメは、最終回が終わった後は忘れら去られることが多い。
ただし例外的に、最終回が視聴者に欲求不満を残すような終わり方をするアニメは、何度も観返される。
たとえば「あしたのジョー」。
あるいは「エヴァンゲリオン」。
こういうアニメは最終回を迎えた後も「いつも心のどこかに引っかかっている」ということになる。
だからみんなふたたび観る。
★
2つ目の例外として、「まだ続きがありそうな終わり方」をした漫画は、何度も読み返される。
たとえば「スラムダンク」。
もしこれが「桜木が全国優勝して終わり」とかだったら、読者はみんな心から満足して、その漫画のことをきれいさっぱり忘れたはずだ。
あるいは「ドラゴンボール」。
悟空より強い敵はまだまだたくさん出てくるんじゃないかと思わせる。
鳥山明さまの終わらせ方は本当に上手いと思う。
★
★
さて問題のワンピース。
読者は「いったいワンピースとは何だろう?」と気になりながら読んでいる。
そしてシャンクスとの再会も気になるところ。
★
こういうありったけの伏線を張っておいて、いざ最終回を迎えてすべての伏線が回収されるとき、その満足感は計り知れないが、逆にその分だけ、えらく気の抜けたことになってしまう。
だからふたたび読み返そうにも、「ああ、ひとつなぎの大秘宝ってのはつまり4つの〇のことなんだよね。」などとわかっていたら、面白さ半減もいいとこだ。
★
みんなの中にはこういう反論があるかもしれない。
「私はアラバスタ編は何度読んでも泣けるよ」という人が。
しかしそれはワンピースという漫画がまだ「終わっていない」からだ。
しかしいざ終わってしまえば、「過去の漫画」になってしまうだろう。
それがワンピース。
今に不満がないのに、過去をぐちぐちと後悔するのは暇だからだよ。
とりかえしのつかぬ世界
二度と返らぬ宇宙
永遠に流れ去りゆく夢
冬の夜の酒場で
酒を酌み交わした友人達
何一つない闇の夜空を飛ぶ飛行機
永遠に過ぎ去りゆく夢
とりかえしのつかぬ
二度ととりかえしのつかぬ夢
浦添の夏の闇の中に
咲き狂う菜の花
闇の中に浮かぶサトウキビ畑
そして時を忘れた愛欲の時
すずめ達がさえずり飛びかう夜明
幼き日に住んだ家から
夕方の空に立つイチョウの大樹
すずめ達がさえずり飛びかう夕方
二度と返らぬ日々
蚊取り線香の匂う小さな部屋
日に日に暑さを増す夏の夜ふけ
二度と返らぬ人間達の日々
懐かしい人間達の日々
過去も
現在も
未来も
いとしさに気も遠くなる人間達の夢
気の遠くなった私は
限りなく広がる虚空に溶け込む
かつてしたたか酒に酔った私は
上石神井の静かな夜道を歩いていた
今、したたか酒に酔った私は
二度ととりかえすすべもない夢を
夢見つづけている
この今も又
二度ととりかえしのつかぬ夢であれば
今、したたか酒に酔った私は
夢を見続ける
ただの好奇心で聞くんだけど
あなたは5年その芸風でやってて自己紹介も何度もしてるという。
その芸風が特徴的なログとか過去の自己紹介のログとか5個ぐらいザッと貼ってもらえない?
ちなみに俺も3年ぐらいは増田やってる。
木村政昭氏の地震予測を一部の人が知って偉く驚いてるようだけど、なんか過剰評価にしか見えないので。
TwitLonger — When you talk too much for Twitter
ざっとネットで調べても、どうも木村政昭氏の地震の目理論というのがよくわからないんだけど。ちゃんと見るものを見ればわかると思うんですけど今はパス。
精度を調べると、多少見たところ「少なくとも一般の利用者にとっては現時点でそんなには高精度じゃない」というのが私の結論。
せめて 科学的・論理的な姿勢で原発の廃止を求める原発懐疑派のブログ ネット反原発派の極北・「@tokaiama 東海アマ管理人」氏の地震予知は真実かデマか? 並みにチェックしたかったんだけど(これでも本来不十分だけど少なくとも東海アマの予測がでたらめであることだけははっきり分かる)、そこまではできなかった。
ざっと見たところ、東海アマのレベルよりは比較にならないほど当てになる可能性は否定できなかったが、上記ブログにあるような「木村先生が阪神淡路大震災以降、ほとんどの地震の予測に成功されていて、」っていうのは「え、ホントかいな?」というのが私の見解。
まず、見てみよう。
彼の公式サイトのうち、2011/3/11のもっとも直前2011/02/18の日本列島地震予測図だ。
2007年には一度予測していたはずの、三陸沖の予測が書かれていない。
木村説に基づく私案 (2009年8月6日公表)にも、やっぱり三陸沖はない。
そして、2011/3/9、後から「前震」であったとわかった地震直後
これの目があったと突然言っている。
目があったと言っている。しかし、それまでの上記引用すべての図と違うように見えるのだが。
2011/3/9の前震の予兆と2011/3/11の予兆を取り違えることはあってもおかしくはないかもしれない。また、この比較だけをもって、地震の目理論の中身をデータと比較して検討しなければ「地震の目」理論そのものの妥当性(多少なりとも役に立つかもしれない、という可能性も含めて)を否定することはまったくできない。が、現時点で「木村政昭氏は2011/3/11三陸沖地震を的確に予想していた」と言われると、まったく予測してなかったこと断言できる情報には欠けるが、的確な予想が出来ていたというのは無理ではなかろうか。実は予想してたんだけれども政治的理由等で隠していたとか言われたらちょっとまぁ私には手に負えないが。
で、本当はもっと過去の予測と実績を予測履歴と比較すべきなのだが、ぱっとぐぐっても私には見つからなかったので、
みつかったうちの最も古い前述の「木村説に基づく私案 (2009年8月6日公表)」でみてみよう。
このうち、台湾付近(2009±2)のは当たってれば来てるはずなので、とみてみると
NEIC: Earthquake Search Results
…なさそうに見えますが。M5.5以上検索。2009/8/1~本日。当たっていればLAT21付近にあるはずなんですけど(このシステムのデータ漏れがあったらわかりませんが)。そんな地震があったというエビデンスがあったら教えてください…。他のは予測期間が終わってないんで判定できませんが。。。
千葉周辺はなんか最近の他の学者が言ってるのと似てないこともない気がしますので、これは当たるのかもしれません(既に311余波で起こってたりします?)
鹿児島南東沖はまだ予測範囲終わってませんが、気象庁 | 震度データベース検索とかで見る限り、鹿児島震度1以上で震源地とマグニチュードが一致するものは見当たりません。
で、2011/8/9版をみると
随分変わってますね。
まぁ、3/11で大きく事情が変わったとかいうのが地震の目理論に当てはまるかわかりませんが(311でまったく過去のデータが使い物にならなくなってたとすると多分私が見た数ページからして地震の目理論はたぶん、当分の間精度ががくおちです)。
#過去のは図から抜いてるだけで予測を撤回してないって話だと過去のも全部並べて重ねないと予測の意味がだいぶ減ってしまいそうですが)
外れが多かろうとも、一定の精度があるのであれば、まぁ備えることに無意味とは必ずしも言えないので、私が見た限り、「東海アマみたいに信じるのがバカ」レベルであるという判断はできませんでしたが、警戒情報として参考にするならともかく、現時点であまり祭り上げるのはどうだろうかと思うわけですが。
また、上記検証では理論の正しさは何も検証してないので、この理論の今後についてもなんら評価してませんので、将来この手法が精度を上げて実用化される可能性を否定するものではありません(とりたてて肯定もしませんけど)。
某サイトに掲載されたコラムが発端となり、ブログ・SNSに飛び火し、基本的に若者は恵まれているというスタンスで進んでいる論調。
現在の社会はインフラが高度で合理化され、過去の自分たちが費やした苦労や時間とは比較にならない容易さで、クリック一回で実行できる社会。
そこで高い代償を支払わずに、ゆるい連携を持って生活する若者は恵まれている、しかし熱が感じられないので、過去の経験から「夢」と「積極性」を持つことをアドバイスする。
という点、過去は苦労したが未来は明るいという楽観的な先入観はもう通用しない時期に来ているのに、発展した未来のインフラや生活様式に気を取られ新たに発生した問題が見えていない。
見えていないというより「更に発展した未来で解決可能」又は「過去の苦労に比べればやさしい問題」と考えているのでしょうか。
社会基盤が発展すれば、価値観や生活水準が変わりますと言えば、誰もが同意するでしょうが、負の発展(規模の縮小)は誰も経験していないのです。
例えば90年代まで若者のアイテムとして誰もが持っていた車、車離れが叫ばれて久しいですが、都市に住んでいる若者における車の必要性が低下し、代わりに携帯電話とPCを持つようになっただけです。
しかし車の購入・維持に比べれば遙かに購入が容易な端末なのに、PCを持っていない人が大勢いる。00年代初頭における我が国のITインフラ整備率は世界一位ですが、現在は目も当てられない状況です。
PC購入するだけの収入がない若者は携帯で何をしたか、現在ではスマートフォンでかなり情報収集が便利になりましたが、ガラケーと呼ばれる国産端末におけるネット探索能力は前者と比べると劣悪で、利用者は検索エンジンで何かを調べるというより、遙かに狭い範囲でしか活動できなかった。新聞も購入していない、TVも見ない、社員として収入が確保できる30代以上は例え不慣れでもPC位なら即金で購入する事が出来るので、ある程度のリテラシーを培う事が出来ますが、その機会さえも与えられていない。結果情報を持つ人と持たない人の間の格差が広がる。所得が低くなっても相対的な幸福度は昔より高いという人は、かつての新聞とTVから情報を得ていた経験から言うのでしょうが、インターネットで必要な情報を素早く調べて理解するというのが基本となった世の中で、流動的な情報ニュースより固定化されている公的・私的な各制度のアクセスにおいて絶望的な差が生まれている。利益が1与えられるか99与えられるかの差でなく、0か100かの差で生きなくてはいけない。この問題に最初に晒されたのが現在の20代後半。
今の大学生はPCを所持することを半ば義務化されていますが、業務で使用できるレベルでOfficeを使えると認定される資格を持っている人は、2割居ないでしょう。ですが、職安に出されている求人のほとんどはOfficeを最低限使える人間を求めている、でも資格を取れるレベルで教えてくれる高校や大学はほとんどない。高卒は自力で学ばないとスタートラインにさえ立てない。しかし採用基準は厳しくなったのに、現在働いている社員になんら教育を施さない、Excelで文章作成する事の何が悪いかのかさえ分からない。
収入は、小泉改革以降合理化され、事務職は派遣で構成され収入は捨扶持レベルの15万円程度、それでも仕事があればマシと言えるかもしれませんが、今後は労務環境の国際化によって事務職そのものが国外に外注されるのは確実。そして発生する人口減による国内市場の縮小、70年代に隆盛を誇った着物業界の現状の様な事態が各分野で発生するでしょう。
中年が考える未来は必ず発展し、解決されうるものとして存在していますが、今後の日本が進む道はその真逆としか言いようがない。中流のホワイトワーカーは営業を除いて全滅し、高所得者は移民の導入を要求する、対して単純労働者は仕事を取られまいと反対に回る、すでに同じ事が発生している会社もあるでしょうが、これが社会全体で常識となるのに何十年もかからないでしょう。
更に合理化され、余計な費用を払わずに生活できる世の中、しかし収入は少ないのに、最低限のインフラをそろえないと就職さえままなならない世の中、企業では仕事を一から教えてくれないので、自費で各種の専門校に通い勉学する日々、収入のすべてをつぎ込んで遊びなんて全くできない20代、当然お金が足りないので脛を齧れる人は脛をかじり、齧れない人は何年もアルバイトをして費用を捻出して、職歴なしというハンデを背負い戦う。大人は新卒ですぐ就職することが全てでないと高説を垂れるが、そんな人間を雇う気は無い。
昔あった問題と今の問題、問題という意味では等価値で、その大きさは当人には判別できない。過去にとらわれているのはどちらだと。
戦前に生きていた人達は、次の世代に多くの機会を与えましたが、その世代は次の世代に機会を与えない。というのは言いすぎですかね。
よくある話の言い換えだけど、持論。
100.1にしようと思ってる。
複利計算で、1年やり続けると、えらいことになってる。
単純計算は誰かがやってくれるとして、ま、いうても
でも0.1を得ようとして頑張ったら突然確変で1とか10とか
得られちゃう時もある。
そんな風にやって5年はたったかな。
たぶん、5年前時点での100から考えれば
軽く1000はいってる気がする。
ーーーーーーーーーーーーーーー
私から見ると、私が直接関わってる人たち、テレビでみる人たちは現状維持が大好きだ。
既得権益の確保だの、今で満足だの考えでそうしているんだろう。
みんな、変化は好きじゃないんだろうか?
改革は好きじゃないんだろうか?
「結局、数年経ってふりかえると郵政は何も変わっていない」と。
「すごい幸運を手に入れる何かを行ったのに、なにも起きなかった。
本来だったらものすごい不幸が起きてることが起きてないことが
改革して、変化してなかったら現状にない悪化をしていた未来があったかもしれない。
変化したからこその現状維持かもしれない。って考えたい。
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現状維持の人たちは、変化を受け入れた結果の最悪の状況、
招くこともあるだろう。
批判し否定し、本件とは関係ない過去の失敗などを持ちだしたり、
重箱の隅をつついてご破算を狙う。
現状維持派は、よく言って今日0.0になるように頑張っている。
それは宝くじに期待するという0.00001がんばっているといえるが。
そんなにがんばらなくていい。
昨日より安定して0.1だけ頑張る。
言い換えると現状維持を認めない気持ち。
ってやってたら、数年後振り返ってみたら
あれれれれ。って思える。
今思ってるから。
前から、ここに書きこみたいって思ってた。
初めて日記書いた。それで+0.1。
bygones kaztc
あれは単に「公務員が仕事サボってる」ってだけだから。正当な理由もなく仕事サボればペナルティ課されるのは当然の話なわけ。
起立命令自体が正当な職務命令で、さらに思想信条の自由の侵害にも該当しないという事は、過去両手両足の指じゃ数え切れない程度には判決が出てるわけで。
とは言っても容認されるのはせいぜいが訓告処分だから、教師側はぶっちゃけ痛くもかゆくもないんだけどね。
ナイーブに考えて、下品で息苦しいのである。
逆に質問なんだけど、じゃあ「上品な政治家」って実在の人で言えば誰?その人は政治家としてどんな実績をあげた?
橋下が批判に対して幼稚な反応するのは、そもそもその批判自体が幼稚だからだよ。
「バカ」と言われたら「何だとこのバカ!」と言い返すのが橋下のスタンス。もちろん、橋下も言い返す相手は慎重に選んでるけどね。