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はてなキーワード: 利益とは

2012-02-16

http://anond.hatelabo.jp/20120216122136

魅力がないとかじゃなくて、確実に競争上不利になるからでしょ。

利益不利益もないニュートラル状態近傍だったらみんな普通に産むと思う。

今は明らかに超スーパー不利だから産まない。

それを少しでもニュートラルに近づけるだけでも意味あると思うよ。

要は、PFが1以上になるようにPR、勝率を調整すればいい

PFプロフィットファクター)=(総利益÷総損失)

PRペイオフ・レシオ) = (利益平均値 / 損失の平均値

PFPR勝率の関係は次の通り

PFPR × 勝率 / (1?勝率

50勝50敗は勝率50%

これでPFが1以上になるようなPRならいいわけ

この場合ならPRが1以上になれば勝率50%でも勝てる

まりリミットストップより大きければね

逆にPRが1以下でも勝率カバーするトレードでもいいわけ

PFが1以上になるような組み合わせなら

キャラーは損小利大でも勝率カバーってのが多そうだけどね

629 名前:Trader@Live![sage] 投稿日:2012/02/16(木) 10:42:59.30 ID:R2KbVFSp [2/2]

PFPR × 勝率 / (1-勝率)だった

因みに自分場合勝率75%、PR0.5

結果PF1.5が去年1年の成績

大まかにだけど

勝率カバーして資産曲線は右肩上がりで終わった

2012-02-15

俺の方が間違っているのか

安藤至大という経済学者残業規制を厳しくすべきでないという記事の中で

労働者サービス残業を認めるのは将来的な利益が得られるから今は我慢しているのだみたいなことを言っていた

これを読んでものすごく違和感を感じた

労働者立場は非常に弱い

経営者クラス医者みたいな立場なら話は別だが、ほとんどの労働者は変わりがいる

単純労働者なんてまさにその典型例だ

サービス残業で有名なIT業界プログラマーは吐いて捨てるほどいる

5時になったらタイムカードを押して、そのまま仕事を続けてくださいという経営者側の指令を断ろうものなら、

すぐに退職に追い込まれ、代わりの者をあてがわれてしま

朝日新聞の記事でも経営者の言うことには従わないとという理由でサービス残業をしている人が半数近く上っていると書かれていた

どこからどう見ても安藤至大の言っていることは間違っているように思うんだが、俺の勘違いなんだろうか

http://anond.hatelabo.jp/20120215113007

非モテ女の鬱憤晴らしと思って放置してたらいつの間にか女性の総意みたいな扱いになっててびっくり。

そしてそれに踊らされちゃった人たちが男女どちらにも存在するんだよね。

女性社会に出れば自分利益につながるとそれが素晴らしい世界の入口だと錯覚してしまった人たちが。

2012-02-12

http://anond.hatelabo.jp/20120212115433

逆逆

将来お先真っ暗ww

http://www.strike.co.jp/matrend/software.html

みたいに市場自体が成長率が0%もしくはマイナス成長に近いwww

更にSE(笑)だらけで給料は平均年令高くてクソ高いからw

どこも利益率1,2%もしくは赤字という状況www

NECとか富士通も潰れそうだよwwじじいばっかだしwww

誰がこんな市場未来を見てるんだよwww

から出来るSEからソーシャルゲーに逃げ出す。

ソーシャルゲーに優秀な人・技術が集まる

ソーシャルゲーがより一層栄える(しかも皆若い)

の流れになってんの。

SI業界終わってるよwマジで、どこも老害ばっかwww


グリーとか見てみろよww

本業の方が儲かるのに何で儲からないサブビジネスはじめなきゃなんねーのよwww

2012-02-11

http://anond.hatelabo.jp/20120211222549

批判の対象をもう少し広げて「人の錯覚を利用して不当な利益をあげることができるビジネス」とすると、おそらくケタ違いのビジネスもあるのでしょうが

その商売がソーシャルゲームにされている種の批判を受けているかといえばそうではないようには思えます

http://anond.hatelabo.jp/20120211120237

元増田です。

一番の理由は、「ソーシャルゲーの何が悪いかわからない」という、(おそらく内側の人間の)発言があるからだと思うよ。

ゲームが本当に面白くてハマっている人=金払いのいいヘビーユーザー」と「だまされてだらだらとハマっている人=厳密な意味でのカモ」を峻別することが可能なのか、ということです。

両者とも行動上はプロスペクト理論上において区別はできない(と思われる)のですが、運営側からすると区別が可能であり前者が多いという事実がある、

もしくは前者が多数であるとしておくことが会社の体裁としてよろしい、ということであれば「何が悪いのかわからない」といういしきでいることはそれほど不思議ではありません。



同じようなビジネスで、ソーシャルゲーと比べて相対的に高い評価を与えられていてバランスがとれてないビジネスがあったら教えて。

分配金の多い投資信託の販売方法などは、これに近いものではないでしょうか。

「先に得るであろうお金をより身近なお金に重きをおく」という錯覚を利用しているという意味においてですが。

また、社会的に高い評価を得ているかは疑問なのですが、被害者が多い=とりあえず成功はしている、ということを理由に一例としてあげておきます



批判の対象をもう少し広げて「人の錯覚を利用して不当な利益をあげることができるビジネス」とすると、おそらくケタ違いのビジネスもあるのでしょうが

その商売がソーシャルゲームにされている種の批判を受けているかといえばそうではないようには思えます

http://anond.hatelabo.jp/20120211183241

エルゼビアって結構ヘイト稼いでいるのなw

いろいろ突っ込みどころはあるが、

第一点として、エルゼビアの製品の料金は高すぎるということ。

第二点として、論文誌の「抱き合わせ」が広く行われているために、図書館はある論文誌を購読しようとするとき、興味のない他の論文誌もセットで買わなければならないこと。

第三点として、公的資金による研究に対して政府フリーアクセスを要求することを禁じる法案(たとえば米国議会で審議に入る Research Works Act など)を支持していること。

第三点については心底どうでもいいのでここでは触れない。

第一点と第二点は独立する問題ではない、というか「単刊購読は高くつき、何誌かのパッケージでは割安になるが、いらない雑誌も取ることになる」というジレンマを別の角度から見ているだけであって、結局「利益率高すぎ。もっと安くできるだろ?オラオラ」という一点に尽きるのではないか

学術雑誌世界は、定価があってないようなもので、一応最終頁に価格印刷されてはいるが実際にその価格で買うユーザーほとんどいない(まったくいないかもしれない。今まで聞いたことがないので)。これは「抱き合わせ」によるものもあるが、ACSとかの学会誌であっても会員には規模に応じて大幅な値引きがなされるのが常態だからである。このような場合に「高すぎる」と簡単に言っていいのか。お前んとこの図書館が貧弱なだけじゃねえの?

また、マイナー雑誌メジャー雑誌も大して変わらない価格供給しているということもある。公開されているプライスリストを見ればわかることだが、エルゼビアでは、雑誌価格を支配しているのは、医学分野は高いとかそういう一般論を除けば、(分野のマイナーさや雑誌ダメから類推される)発行部数ではなく、重さである

なにより、商業誌学会誌より高いのはべつにエルゼビアに限ったことではなく、つまりワイリーだって他の会社だって学会誌より高いのであって、それはもう商業誌なんだから仕方ないという他にはない。それがイヤだから掲載料を取るというのでは、商業誌メリットって何なの?と言わざるを得ない。

そんなことより問題にされるべきなのはマイナー学会誌業務委託という形で取り込み、自社のブランドになった途端に購読料を引き上げるというエルゼビアの営業手法である。と、思うのだが、だからといってどうしようもない。前が安すぎたというのもあるし。

以上ぐだぐだ書いてみたが、元記事は同意できる点もあり「これだから数学者は」と思う点もあり、非常に面白く読めました。翻訳ありがとう

情報の値段:論文出版社学者ボイコット

2012年2月4日

The Economist


雪崩は、たった一粒の小石によって引き起こされることもある。

1月21日ケンブリッジ大学数学者 Timothy Gowers が、

長年に渡ってエルゼビア社の論文誌をボイコットしている理由について、ブログに書いた

オランダ本社を置く同社は、一流誌 CellLancet をはじめとする定期刊行誌を2000誌所有している。

ノーベル賞数学版とされるフィールズ賞を受賞した Gowers 博士は、この状況を望ましくないと考え、

今回のブログ記事が他の学者ボイコットに参加するきっかけになれば、と望んでいた。



実際、それが起こった。

Gowers のブログに感化されて、数学者 Tyler Neylon がオンライン署名サイトを設置し

そのサイトを通じて研究者2700人以上(訳注日本語執筆時点では5300人以上)が署名し、

自分研究をエルゼビアの論文誌に投稿せず、エルゼビアに投稿された論文を査読せず、エルゼビアの編集作業にも協力しない、と誓約した。

その数は、数学者表現を借りるならば、指数的に増大している。

実効性をともなっていくとすれば、大出版社にとってこれは、革命をつきつけられたようなものである



Gowers 博士による非難は3点に集約される。

第一点として、エルゼビアの製品の料金は高すぎるということ。

第二点として、論文誌の「抱き合わせ」が広く行われているために、図書館はある論文誌を購読しようとするとき、興味のない他の論文誌もセットで買わなければならないこと。

第三点として、公的資金による研究に対して政府フリーアクセスを要求することを禁じる法案(たとえば米国議会で審議に入る Research Works Act など)を支持していること。



エルゼビア側によれば、これは誤解を招く言い方だと言う。

同社の経営状態はよすぎるほど良好なのは確かだ。

2010年には、20ポンド収益に対して7億2400万ポンド11億6000万ドル)の利益を得た。利益率は36%。

しかし、同社の Director of global academic relations の Nick Fowler は、

購読料水準は業界の平均であり、ここ数年の値上げ幅は他社より低いとしている。

Fowler 博士によれば、人もうらやむエルゼビアの利益率は、同社の効率的経営の結果以外のなにものでもないという。



Neylon 博士による動議は、より広い文脈での学者出版社の衝突の表れのひとつと見ることができる。

その衝突は、オンライン出版の台頭によって、ますます鮮やかに描き出されてきた。

学者情報の自由と流動性に重きを置く文化に属しており(そもそも論文の査読と編集を無償で行っており)、

商業出版社との付き合いには、これまでも難渋してきた。

出版社情報へのアクセス課金して利益を最大化しようとする組織であり、

同時に権威ある論文誌の(すべてではないにしろ)ほとんどを掌握しているかである



一触即発の状況は長年続いていた。

2006年には、 エルゼビアが出版する数学論文Topology編集委員会の全員が、アクセスの囲い込みと料金高騰への懸念を表明して辞任した。

ドイツ出版社シュプリンガーによる論文K-theory編集委員会2007年に解散した。



多くの人は、ことが荒立てられるまでにこれほど長くかかったことに驚いている。

学者インターネットもっとも早く取り入れた人々であり、

出版社をそのサイクルから追い出すことができる環境は十分に整っていた。

実際、商業出版代替物をつくろうとする動きは何度か起こった。

コーネル大学ウェブサイト arXiv (X はカイの音のギリシャ文字を模しており、「アーカイブ」と発音される)は1991年にできた。

研究者は、まだ論文誌で出版されていない物理学論文をそこに投稿することができ、

日々数千件を越える論文投稿されている。

Public Library of Science (PLoS) は2000年にできた。

そこでは生物学医学の分野でフリー論文誌が7誌出版されている。



こうした動きへの熱意があったにも関わらず、伝統的な出版社の支配が続いたことには理由がある。

arXiv論文は、公開後に容赦ない批判にさらされることは確かなものの、投稿前に正式なピアレビューは行われない。

したがって品質はまちまちである

PLoS は一部を寄付金でまかないながらも、論文1件あたり2900ドルの掲載料を課す。

これは著者の負担となり、金策に悩む大学にとっては無視できない金額である

少なくなりつつあるとはいえ、電子版のみの出版に対する偏見もある。

ウェブ出版は紙よりも権威が低いと見なされがちなのである



こうしたことが重要なのは大学と個々の研究者が、出版した論文の数と掲載された論文誌の名声に応じて評価されるからだ。

ともすれば新しい道具に挑戦することが期待される若手研究者は、その前に既存権威ある論文誌で出版しなければならない。

さもなければ、発言力もなく昇進もない。

そして、新しい論文運命を決める力のほとんどが権威の高い論文誌にあるために、「権威」の定義は少しずつしか変わらない。



商業出版社は、たとえば読者ではなく著者から料金をとるなどといったオープンアクセスアイデアを試そうとしている。

しかボイコットが広まっていけば、ことは急激に進展する可能性もある。

けっきょくのところ、学者出版社を必要としている以上に、出版社には学者が必要なのである

突然失脚する直前まで、えてして体制側は無敵に見えるものだ。

来たる学術の春にはご用心を。

http://anond.hatelabo.jp/20120211143458

バブルが弾けるとしたら規制が入ったときだろうなと思う。

政治家への利益供与が何らかの形で滞るか、バックの先生が失脚するかじゃないかなぁ。

あとはまぁ技術者が逃げてグダグダになるかだと思う。

今は「有名なあの人がいるから正しいんだろう!」くらいのノリで、その他の疑問を握り潰してみんな集まってる感が強い。

何人かそういう人が抜けたら、「あれ?やっぱり正しくなかったの?」みたいな雰囲気になって一気にシュリンクすると思う。

それまでにいかエンジニア社畜化して離れられないようにするかが会社にとって勝負かも。

2012-02-10

http://anond.hatelabo.jp/20120210031809

利益を独占しないで還元しますよっていう姿勢を見せないと納得しないだろうな。

まあ、必ずしも納得させる必要は無いとも思うが。甘やかすとつけあがるやつもいるしな。

2012-02-09

http://anond.hatelabo.jp/20120209154830

横だが

その件では

奴隷労働者が欲しいワ〇〇社長みたいな人間

・普段はそういうクソ経営者大嫌いな左派人間

が同陣営で手を組んでるから異様だよね




奴隷人件費下げて儲けのチャンスにしたい」

「多文化共生社会を実現して日本人を押さえつけたい」

っていうそれぞれの欲望で利害一致と言うか




どっちも

日本社会未来の為を思えばこそ!」とかいう心にも無い嘘をつくのと、

それ実現したとき刹那的利益より後のことは全然考えてない

のが共通点

2012-02-07

年金受給者は反日売国奴

国がどうなろうと後の世代が苦しもうが知ったこっちゃない、自分利益けが大事なんだという利己主義者だ。

年金を受け取るのは保険料を収めた正当な対価だなんて言う言い訳詭弁しかない。

法で定められた制度に従ってるだけだから何も悪く無いと言うのなら、議員年金の優遇も何一つ問題が無いということになる。

国家国民に大きな負債を強いる歪んだ制度はそもそも出発点から間違っていたことを認めて改めて行く必要がある。

間違いを認めずに思考停止のままズルズルと問題を引き伸ばして来てしまたから、その歪みが年金に対する社会不安として現在と将来に大きくのしかかって来てしまっている。

ついでに、親の年金で生活するようなニートに至っては売国奴を通り越して国賊だぞ

ネット掲示板愛国を語る前に自分自身の反日行動を改めろ。

日本の将来を思う愛国心があるなら親には年金の受け取りを放棄させろ。

そして代わりに親の生活は自分が働いて支えてやれ。

年金なんて言う亡国制度を破棄するためにもお前らの愛国心が試されるぞ。

2012-02-06

財政に対する学習無力感

円高とデフレ

これがあるから若者給料は上がらず、国の借金は相対的に増え続け、景気は悪くなり続ける。

なのに、円高もデフレも何も有効な対策を打たないまま、財務省野田総理マリオネットのようにコントロールし、消費税増税実施しようとしている。借金の実高も、消費の冷え込みも承知の上で、それでも増税をするんだ。なぜ? 貯金財産もない若者には「死ね」と言われているようにしか聞こえない。

けれど、きっと財務省日銀のえらい人は、そんな素朴な疑問に対しても、僕の想像もつかないような専門用語で、哀れむように、蔑むように、理路整然と解説して「だからインフレターゲット政策は誤りなのですよ。私たちの啓蒙が足りませんでしたかねえ」というような顔をするのだろう。いや、彼らにそんな暇はない。どうせ説明を求めても「愚民に説明しても無駄だ」くらいの心持でいるのだろう。

そして、今の円高とデフレ放置している理由は、僕の理解を正直超えている。財政なんちゃら学的に見て、それが妥当からなのか?

それとも、インフレ暴走することで、査定が下がることを恐れているのか?

デフレ政策を維持し続けてきた大蔵日銀OBメンツを守りたいからなのか?

デフレによって、相対的に自分給与退職金天下り先で手に入る金を維持増加させたいのか?

デフレによって、天下り先が維持される原因が生じ、それこそが彼らにとっての利益なのか?

全くわからない。だが、物心ついたときからデフレ不況と、財務官僚に国民の声なんか届かないという無力感に、影に日向に僕はさいなまれ続けてきた。

そして、財務官僚は増税反対論を敷くマスメディア論客に、税務調査で脅しを掛けるという。

権力を使ってまで、若者雇用を間接的に殺してまで、増税がしたいのか。

この構造は、霞ヶ関奥の院、密儀の神殿で、長老の如き老人たちの手で行われており、所詮、僕のような若い庶民には、何の異議申し立てをしても無駄なのだろう。

そして、無理に騒ぐ人間には、権力を使って合法的に圧殺するのだろう。そして、彼らは若者の声を「愚民どもが扇動されているな」とあざ笑いながら、政治家を言いくるめ、マスメディアを脅して、増税を押し通し、不景気を招くのだろう。そして彼らは、天下り先で高い給与退職金を得て、仕事のない若者を横目に「努力が足りない」と呆れながら、安楽な余生を過ごすのだろう。

この20年、好景気とやらを殆ど見たことのないまま、どこかの頭のいい老人たちの手によって、僕らは翻弄されてきた。それに異議申し立てをする能力も手段もないまま。

ハシズムが勃興する理由の一つは、この学習無力感を癒す可能性が僅かでも感じられたからだろうと僕は思う。頭のいい大学のセンセイなんかは「それはナチスやファシスタ党の勃興と同じ理由だ、眼を覚ましなさい」とご丁寧に忠告してくれるのだろう。

でも、もう遅い。この国に刻み込まれた、学習無力感反動が、これから荒れ狂うだろう。暖かい場所で、オーソリティ給与を得てきた大学のセンセイの言葉は、実にむなしく響くよ。

2012-02-05

http://anond.hatelabo.jp/20120205193458

例外なく悪化してるなら経営環境のせいと言えるかもしれませんし、単なる業績不振であればどの会社もそうなので、おっしゃることも一理あります

しかし、いろんな業種見渡してもなかなか8000億円赤字というのは少ないのと、例えば製造業でもコマツファナックのように利益を上げている会社もあるので、やり方しだいなのかなと思います逆境でも儲かる方法を考えるのがビジネスです。

Re: 落日パナソニック

先日パナソニック決算報告があり、2012年3月期の利益予想が7,800億円の赤字になったという発表がありました。 http://av.watch.impress.co.jp/docs/news/20120203_509787.html

また、1月28日週刊東洋経済では、「落日パナソニック」という特集が組まれていました。この特集が組まれた段階では、赤字額がまだ 4,000億円の段階でしたが、それでも絶望的だという論調で書かれていました。

実際社内ではどうなっているのか、またどう受け止められているのかについて書いてみます

社長レースについて

社内ではほとんど話題になりません。社長が交代する、しないについても全く興味がない様子です。タブー視されているのではなく、単に関心がないだけのように見えます

雑誌に書かれているとおり、確かに津賀専務の評価は高いです。大鉈を振るう改革を進めるので、反発も強いですが、きちんと数字を出しています。ただし、本社で「年齢が若すぎる」という声が出ているかどうかはわかりません。否定できないほどには、パナソニック年功序列です。

余談ですが、 p27 に掲載されている「津賀が新工場を閉じるべきと発言したら、取締役会修羅場になり、席を立つ取締役まで現れた」というのはかなりリアリティがあります。普段の社内会議も、机を叩いたり叫んでみたりで、相手に威圧感を与えて意見を通そうとする人がいますから...

テレビ事業の失策について

プラズマテレビへの傾注が今の事態を招いたとしていますが、これは疑わしいと思っています。少なくとも、液晶メーカーが軒並み赤字になっている中、パナソニックプラズマを早期に撤退して液晶に注力していたらよかったかというと、それはわかりません。ただし、2010年尼崎第三工場は、減損処理をしていることからもわかるように、失策だったのでしょう。

「まるごと事業」の空虚について

32ページからはまるごと事業に関して、事業部間の対立などが書かれています。これはパナソニック社内ではとても有りそうな話です。

まず、予算や人員が事業部単位で割り当てられますから自分の事業部の利益を最大化しないといけません。そして、事業部感で連携する際に「どちらがやるかはっきりしない仕事」は、拾ってしまうだけ損になります。極端に言えば、事業が失敗したときに、いかに相手に責任を取らせるかを考えて仕事をしている向きもあります

それから、紙面では「部門間の身分差」について書かれています。私の実感では、まず大阪が本流で、それ以外は傍流扱いです。事務職はわかりませんが、技術職では「ハード屋」と呼ばれる、電気回路などのエンジニアが偉く、次に「機構屋」、最後に「ソフト屋」が来ます工場生産技術者の地位もハード屋より低いでしょう。それぞれがお互いに責任をなすりつけあっている風景はよく目にします。また、重要な決定はほぼハード屋だけで行われ、その決定にソフト屋が従うことになります

このような状況でいくら「まるごとソリューション」と叫んでみても、うまくいかないのではないかな、と思います

水道哲学について

33ページに「水道哲学」について軽く触れられています。そこには「松下幸之助によって提唱されたが、今や乗り越えるべき過去であるはず」と書かれています

しかし、社内ではまったく逆で「松下幸之助が言ったことは、時代が変わっても常に正しい」と繰り返し叫ばれています水道哲学も、かなり強調されるテーマです。ですから最近でも「ボリュームゾーン戦略」や「中所得者向け商品」と名前を変え、いかに数を売って利益を出すかに力点が置かれてきました。もっと言えば、09年度の不振高所得者層に注力しすぎたからで、水道哲学無視した結果であり、松下幸之助精神に立ち返らなければならないといったムードさえ漂います

ですから、高度成長の価値観から抜け出せていないのは確かですが、社内ではそれで上手くいかないのは「やり方が悪い」からであり、「水道哲学そのものが悪い」という考えには決してなりません。

中村邦夫という聖域について

役員の人事がどう決定されているのかは全くわかりませんので、社内で中村会長がどう扱われているかだけ説明します。

端的に言うと、「松下幸之助が亡くなったあと傾いていた松下電器を立てなおした救世主」という扱いです。研修でも歴代社長の中では、松下幸之助の次に長い時間をかけて説明されます中村会長大坪社長の業績も、やはり比べられます。そのような中で、求心力を発揮するのは難しいのかもしれません。

この会社もうだめかもわからんね

その他、雑誌に書かれている中長期的な将来の話はわかりません。ただ、最近大坪社長の象徴的だった一言があります。それは、サムスンとLGに有機ELテレビ商品化を先行されたことについて、「サムスン、LGが2012年中に有機ELテレビを発売すれば、我々は出遅れることになる。遅れて出す以上、商品のスペックで負けるということがあってはならない」と答えたことです。 http://av.watch.impress.co.jp/docs/series/ce/20120117_505035.html

日本企業の負けた原因は、スペック技術力ではないと思っています戦略の誤り、組織的な非効率を見なおさず、「商品力で負けないようにする」とだけ答えるのは滑稽です。

かつては平均年齢35歳だった会社も、今では45歳です。自己資本比率は30%を割り込みましたが、今なお社内に危機感は感じられません。サムスンアップルを例に出し、赤字会社ばかりではないことを述べると、「彼らだっていつまでも儲かるとは限らない」「円高だから」「雇用を守るという社会的責任がある」となります。今回の赤字決算のことを話したら、「それでも営業黒字で、会計上の赤字でしょ」という返答が周りの社員から返ってきます年功序列ですので、課長になれるのはだいたい40歳を過ぎてからです。

どうしましょうね。

2012-02-03

マクドナルド利益の積み上げ方を想像してみる】

①セットメニューは3つを単体で買うより20円くらい高い

②店内が寒い暖房費削減、暖かを求めさせる、回転率向上?)

椅子が堅い(居心地悪くして回転率向上?)

ハンバーガーチーズバーガーがメニューに載ってない

(値入率50%近いって金子さん言ってた。頼まれたくない?)

⑤店内と言う環境価格に含まれているのなら3人に2人はお持ち帰りだから小さく儲けが上乗せ??

2012-02-02

現在若者は最も恵まれているという論調から見る深刻な世代の溝

 某サイトに掲載されたコラムが発端となり、ブログSNSに飛び火し、基本的に若者は恵まれているというスタンスで進んでいる論調。

現在社会インフラが高度で合理化され、過去自分たちが費やした苦労や時間とは比較にならない容易さで、クリック一回で実行できる社会

そこで高い代償を支払わずに、ゆるい連携を持って生活する若者は恵まれている、しかし熱が感じられないので、過去経験から「夢」と「積極性」を持つことをアドバイスする。

私がこれらの論調に生理的嫌悪感を感じてならないのは

過去の苦労(問題)は現在未来の苦労(問題)より大きい

という点、過去は苦労したが未来は明るいという楽観的な先入観はもう通用しない時期に来ているのに、発展した未来インフラや生活様式に気を取られ新たに発生した問題が見えていない。

見えていないというより「更に発展した未来で解決可能」又は「過去の苦労に比べればやさしい問題」と考えているのでしょうか。

社会基盤が発展すれば、価値観生活水準が変わりますと言えば、誰もが同意するでしょうが、負の発展(規模の縮小)は誰も経験していないのです。

例えば90年代まで若者アイテムとして誰もが持っていた車、車離れが叫ばれて久しいですが、都市に住んでいる若者における車の必要性が低下し、代わりに携帯電話PCを持つようになっただけです。

しかし車の購入・維持に比べれば遙かに購入が容易な端末なのに、PCを持っていない人が大勢いる。00年代初頭における我が国のITインフラ整備率は世界一位ですが、現在は目も当てられない状況です。

 PC購入するだけの収入がない若者携帯で何をしたか現在ではスマートフォンでかなり情報収集が便利になりましたが、ガラケーと呼ばれる国産端末におけるネット探索能力は前者と比べると劣悪で、利用者は検索エンジンで何かを調べるというより、遙かに狭い範囲でしか活動できなかった。新聞も購入していない、TVも見ない、社員として収入が確保できる30代以上は例え不慣れでもPC位なら即金で購入する事が出来るので、ある程度のリテラシーを培う事が出来ますが、その機会さえも与えられていない。結果情報を持つ人と持たない人の間の格差が広がる。所得が低くなっても相対的な幸福度は昔より高いという人は、かつての新聞とTVから情報を得ていた経験から言うのでしょうがインターネットで必要な情報を素早く調べて理解するというのが基本となった世の中で、流動的な情報ニュースより固定化されている公的・私的な各制度アクセスにおいて絶望的な差が生まれている。利益が1与えられるか99与えられるかの差でなく、0か100かの差で生きなくてはいけない。この問題に最初に晒されたのが現在の20代後半。

 今の大学生PCを所持することを半ば義務化されていますが、業務で使用できるレベルOfficeを使えると認定される資格を持っている人は、2割居ないでしょう。ですが、職安に出されている求人ほとんどはOfficeを最低限使える人間を求めている、でも資格を取れるレベルで教えてくれる高校や大学ほとんどない。高卒は自力で学ばないとスタートラインにさえ立てない。しか採用基準は厳しくなったのに、現在働いている社員になんら教育を施さない、Excelで文章作成する事の何が悪いかのかさえ分からない。

 収入は、小泉改革以降合理化され、事務職は派遣で構成され収入は捨扶持レベルの15万円程度、それでも仕事があればマシと言えるかもしれませんが、今後は労務環境の国際化によって事務職そのもの国外外注されるのは確実。そして発生する人口減による国内市場の縮小、70年代に隆盛を誇った着物業界の現状の様な事態が各分野で発生するでしょう。

 中年が考える未来は必ず発展し、解決されうるものとして存在していますが、今後の日本が進む道はその真逆しか言いようがない。中流のホワイトワーカーは営業を除いて全滅し、高所得者移民の導入を要求する、対して単純労働者は仕事を取られまいと反対に回る、すでに同じ事が発生している会社もあるでしょうが、これが社会全体で常識となるのに何十年もかからないでしょう。

更に合理化され、余計な費用を払わずに生活できる世の中、しか収入は少ないのに、最低限のインフラをそろえないと就職さえままなならない世の中、企業では仕事を一から教えてくれないので、自費で各種の専門校に通い勉学する日々、収入のすべてをつぎ込んで遊びなんて全くできない20代、当然お金が足りないので脛を齧れる人は脛をかじり、齧れない人は何年もアルバイトをして費用を捻出して、職歴なしというハンデを背負い戦う。大人は新卒ですぐ就職することが全てでないと高説を垂れるが、そんな人間を雇う気は無い。

 昔あった問題と今の問題、問題という意味では等価値で、その大きさは当人には判別できない。過去にとらわれているのはどちらだと。

戦前に生きていた人達は、次の世代に多くの機会を与えましたが、その世代は次の世代に機会を与えない。というのは言いすぎですかね。

http://anond.hatelabo.jp/20120202115356

パラッと読んだがびっくりするぐらい面白くない頭でっかちなことばっかり書いてあるブログ

こんなとこにアク禁くらうまで粘着してたというお前のレベルも同時に知れる

そこで戦わされてたんであろう「議論」の程度もお察し




結論から言うと

ブログ主の「アク禁&議論切り上げ」はお前ら2人にとって利益のある大変いい判断だから

お前も粘着はもうやめてもう少しマシなことに時間を使え

そうすれば今より頭が良くなる

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20120201-OYT1T01195.htm

この社説はなんなんだろう。

だが、顧客囲い込みや利益を優先し、通信量増大への対策で失態を繰り返せば、利用者に見放される。肝に銘ずるべきである

ドコモ社員はこんなこともわからないバカである。という事が言いたいのだろうか?

とっくの昔に、設備対策も打ち出しているのに。

 

ひとことで言うと、『失態を繰り返すべきではない。』に集約されると思うが。そんなことは、わざわざいうようなことではない。

とすると、この社説というものは何が言いたいのだろうか?

 

もっと具体的に、どこそこのメーカーが良い働きをしているから組んだらどうか?とか

何々の設備が老朽化しているから、改善したらどうか?とか

具体的なプランはないのだろうか?

 

社説とは一体何だろうか?

2012-01-31

http://anond.hatelabo.jp/20120131024144

 エロ同人事実上黙認されるもの

 

いやちょっと待てw

一つ上で書いたことは今回のディズニーの件とは関係ないですよ。まず、著作権が存続している間は著作者人格権どうこう以前に著作権上の問題が当然存在しまから同人活動は決して合法ではありません(多くは親告罪ですが)。また、商業キャラを用いて利益をあげた場合商標権侵害となるケースがほとんどだと考えられます

一方で、著作者人格権を根拠として商業/非商業わず創作活動を制限するケース、つまり「俺のキャラの性生活を勝手に描くなんて侮辱だ!やめてくれ!」というような法的主張はあまり聞かない気がします。その辺まだちょっと詳しくないですが(※1)。著作権商標権のみならず人格権についてもきちんと主張しておかないと、何十年後か、著作権の切れた自分キャラクタが合法的に好き放題レイプされてしまうかもしれません。

また、あくまで一般的「エロ表現の話をしたのであって、「首を刎ねて殺す」という表現は全く別ですよね。

他人の著作物虐殺するなど常識で考えて許される表現ではない、どうあれ侮辱的な表現であると私は思うのですが、その認識がどんどん薄らいで今回のように「ディズニーが訴えないならミッキーの首を刎ねても悪くないよね、作者さん叩いてごめんね」なんてめちゃくちゃな認識が広く蔓延してゆくと、いつか本当に「自分の作ったキャラクタの首を刎ねられたくない権利」が消滅してしまう可能性も考えられるのです。だから我々は、断固として「そういう問題じゃねえ!」と叫ばなければいけません。



ありましたね。

4-4.同一性保持権/Webで著作権法講義

性描写がない作品を元にして、性描写を内容とする作品を作成、販売したことを理由に、同一性保持権の侵害を認めたケースがあります東京地判平成11.8.30「どぎまぎイマジネーション」事件)。被告は、同人文化の一環としての創作活動であり、違法ではないと主張しましたが、退けられました。

同一性保持権については著作者の『意に反して』とされ、著作者の主観的意志がキーポイントになります著作権者死亡後の争いにおいては、その意志を推測するしかありません。故に、うっかり事実上黙認したまま死んでしまうと、別に意に反してなかったよね!という既成事実が形成され、同一性保持権を失ってしまう可能性があるでしょう。

一方、名誉声望保持権ではその名の通り著作者の『名誉又は声望を害する』行為について禁じています。よって、著作者の死後、該当行為特に名誉を傷つける行為ではないという認識が一般的になれば、社会的状況が変化したと見なされ権利が消滅する可能性があります

しつこいようですが、知財関係の権利はきちんと行使しないで黙っていると、権利を失ってしまうということが往々にしてあるのです。

http://anond.hatelabo.jp/20120130160859

それ言っちゃうと18禁同人なんて100%アウトだろw

基本的にはアウトですよ。

但し現在、著作者の遺族が名誉声望保持権を根拠にエロ同人を訴えて勝てるかどうかは疑問です。

(著作者が存しなくなつた後における人格利益保護

第60条

 著作物を公衆に提供し、又は提示する者は、その著作物の著作者が存しなくなつた後においても、著作者が存しているとしたならばその著作者人格権侵害となるべき行為をしてはならない。ただし、その行為の性質及び程度、社会的事情の変動その他によりその行為が当該著作者の意を害しないと認められる場合は、この限りでない。

『その行為の性質及び程度、社会的事情の変動その他によりその行為が当該著作者の意を害しないと認められる場合』という表現、この部分で争うことになるわけですが、エロ同人事実上黙認されるものになってしまったということを『社会的事情の変動』とみなすことができるかもしれません。

まり、皆が皆事実上黙認していたがために、「勝手エロ同人創作されることを嫌がる権利」が社会的に消滅してしまった可能性があり得ます

また同様に、著作者が生存中にこのような形の権利侵害を提訴していなかった(事実上黙認していた)ことを根拠に、死後においても著作者の意を害していないものと判断される可能性もあるでしょう。

知財関係の権利というのはこのように、本来持っていたはずの権利でも、きちんと主張してゆかないと消滅してしまうことがあるんですね。

今回の騒動をみると、同人活動は当然認められた権利だと思っている人がずいぶん多いですね。今も昔も、ずっとグレーゾーン行為だというのは常識だと思っていたので、なかなかに衝撃的です。

2012-01-30

ディズニーが訴えなくても、ミッキーの首を刎ねると逮捕される

かもしれない。

この騒動、「ディズニーが訴えないなら問題ないな」的な空気で終息しそうな気配だが、そういう問題じゃないよというおはなし。

著作権著作者人格権

まず、著作権とは別に存在する権利、「著作者人格権」というものがあります

著作者人格権 - Wikipedia

著作者人格権(ちょさくしゃじんかくけん)とは、著作者がその著作物に対して有する人格利益保護目的とする権利の総称である著作物には、著作者の思想や感情が色濃く反映されているため、第三者による著作物の利用態様によっては著作者の人格利益侵害する恐れがある。そこで、著作者に対し、著作者の人格利益侵害する態様による著作物の利用を禁止する権利を認めたものである

今回の問題では、日本においてミッキー著作権の一部が既に切れている可能性を以て適法であるとする意見が散見されますが、実はこの著作者人格権に関しては、保護期限に関する規定が存在しません。

ベルヌ条約6条の2(2)が著作者の死後における著作者人格権保護を要求していることから、著作者の死亡後も、著作者が存しているならば著作者人格権侵害となるような行為を禁止するとともに(60条)、一定範囲の遺族による差止請求権名誉回復措置請求権の行使が認められている(116条)。

まりミッキーに関する著作者人格権現在も法的に保護されているということになります

同一性保持権と名誉声望保持権

著作者人格権として具体的に保護される権利として、この2つが挙げられます

同一性保持権(どういつせいほじけん)とは、著作者人格権の一種であり、著作物及びその題号につき著作者(著作権者ではないことに注意)の意に反して変更、切除その他の改変を禁止することができる権利のことをいう(日本著作権法20条1項前段。以下、特に断らない限り、引用法令日本もの)。

 

著作物が無断で改変される結果、著作者の意に沿わない表現が施されることによる精神的苦痛から救済するため、このような制度が設けられていると理解されている。もっとも、元の著作物表現が残存しない程度にまで改変された場合は、もはや別個の著作物であり、同一性保持権の問題は生じない(「パロディ事件」(第1次)、最高裁判所判決昭和55年3月28日)。

著作物の改変を伴わない場合でも、その利用態様によっては表現が著作者の意図と異なる意図を持つものとして受け取られる可能性がある。そのため、著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、著作者の著作者人格権侵害する行為とみなされる(著作権法113条6項)。例として、美術品としての絵画風俗店看板に使用する行為などが該当するとされている。

要するに、著作物に対し、著作者が傷つくような変なイメージを付けたり改変したりしてはいけないよ、ということですね。

親告罪刑事罰

知財関連の権利特に著作権に関する諸権利については、多くが親告罪であることが知られているかと思います。つまり、被害を受けた権利者が提訴しない限りは犯罪とならないし、賠償請求すらもできない。だからディズニーが提訴しないなら問題ないよね、という意見。これも散見されますが、誤りです。

実は、著作者人格権侵害については刑事罰が定められており、しか著作者死亡後の名誉声望権侵害は非親告罪なのです。(※下線部追記:著作者の生存中は親告罪です)

(著作者が存しなくなつた後における人格利益保護

第60条

 著作物を公衆に提供し、又は提示する者は、その著作物の著作者が存しなくなつた後においても、著作者が存しているとしたならばその著作者人格権侵害となるべき行為をしてはならない。ただし、その行為の性質及び程度、社会的事情の変動その他によりその行為が当該著作者の意を害しないと認められる場合は、この限りでない。

第120

 第60条又は第101条の3の規定に違反した者は、500万円以下の罰金に処する。

第123条

 第119条、第120条の2第3号及び第4号、第121条の2及び前条第1項の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。

まり、『その行為の性質及び程度、社会的事情の変動その他によりその行為が当該著作者の意を害しないと認められ』ない場合ディズニー社の意向に関わらずお縄になるリスクがあるということです。

実際に逮捕なんかされんの?

まぁ、実際にディズニーの意向を無視して逮捕されるかというとこれは怪しいですね。そういうケースを聞いたことがありませんし、実際のところ大丈夫なんじゃないですか。しかしだからと言って、これが合法でクリーン行為だなんて事は決してない、というのは当然のおはなしですね。あえて非親告罪とされているというのはそういう意味です。

まりどういうことなんだってばよ

著作者人格権は、著作者の死後、著作権保護期間が切れた後も保護されます。作者が死んで著作権が切れているからといって、作者の意に反してキャラクタ侮辱する自由は決して「当然認められる」ような権利ではありませんし、刑事告発される可能性があります。首を刎ねるという表現が『著作者の意を害しない』と言える理由を明確に説明しなければいけないでしょう。

アニメキャラクタのファックを描くことはもはや黙認されてしまい実際の権利行使もそう簡単にはいかない状況ですが、社会通念上「殺害」という表現が「ファック」以上にキワドイのはもちろんのこと、首を刎ねるというのは特に侮辱表現であるとされる可能性が強く考えられます

作者は「悪いことをしていない」と言える明確なロジックをもって、それができないなら「悪いことをしている」という自覚と覚悟を持って、同人活動をした方がいいですね。認識が甘すぎます



おまけ: 本当に詐欺だったの?

ディズニーからの正式な抗議ではなかっただろうことは想像できます

著作者死亡後の差止請求権は著作者の孫までの遺族にのみ認められており、ディズニー社にはその権利存在しません。また、今回のような場合出版権にも関係しません。

差止請求権

第112条

 著作者、著作権者、出版権者、実演家又は著作隣接権者は、その著作者人格権著作権出版権、実演家人格権又は著作隣接権侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。

(著作者又は実演家の死後における人格利益保護のための措置)

第116条

 著作者又は実演家の死後においては、その遺族(死亡した著作者又は実演家の配偶者、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹をいう。以下この条において同じ。)は、当該著作者又は実演家について第60条又は第101条の3の規定に違反する行為をする者又はするおそれがある者に対し第112条の請求を、故意又は過失により著作者人格権又は実演家人格権を侵害する行為又は第60条若しくは第101条の3の規定に違反する行為をした者に対し前条の請求をすることができる。

故に、ディズニーからの要求としては法的根拠がなく、不可解です。(繰り返しますが、それとは別に誰かから刑事告発される可能性はあるんですよ)

ディズニーから訴えられるとすれば、商標権についての争い=商業的活動に限られると思われ、無償での同人活動には民事では関与できないものと考えられます

2012-01-29

宇都宮市職員係長クラス年収が1000万だという。

やつらがそれ以上の利益を市にもたらしているのか知りたい。

2012-01-27

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利己的な遺伝子リチャード・ドーキンス

・われわれは生存機械--遺伝子という名の利己的な分子を保存するべく盲目的にプログラムされたロボット機械なのだ。この真実に私は今なおただ驚き続けている。私は何年も前からこのことを知っていたが、到底それに完全に慣れてしまえそうにない。私の願いのひとつは、ほかの人たちを何とかして驚かせてみる事である


・「乗り物」(普通個体)とのその中にいてそれを運転する「自己複製子」(実際は遺伝子)の間の区別について、わたしが明確な考えを持ち始めたのは、ようやく1978年になってからだという事情がある。

自然淘汰単位として競合する遺伝子個体の間の見かけ上の論争(故エルンスト・マイアを最後まで悩ませた論争)は解消されている。自然淘汰単位には2種類があり、その二つの間に論争はない。

遺伝子自己複製子という意味での単位であり、個体ビークルという意味での単位である。両方とも重要なのである

・「利己的な遺伝子」のもうひとつのいい代案は「協力的な遺伝子」だったかもしれない。それは矛盾してまったく正反対のように聞こえるが、本書の中心的な部分は、利己主義的な遺伝子の間におけるある種の協力を主張しているのである

このことは遺伝子のあるグループ自分たちの仲間を犠牲にして、あるいはほかのグループ犠牲にして栄えるということを意味するわけでは断じてない。

そうではなく、各遺伝子は、遺伝子プール-ひとつの種内で有性生殖シャッフルの候補となる遺伝子のセット-に含まれるほかの遺伝子が作る背景のもとで、自己利益を追求しているとみなされる。こうしたほかの遺伝子は、天候、捕食者や獲物、生命を支える植物や土壌細菌が環境の一部であるのと同じ意味で、それぞれの遺伝子が生き残る環境の一部なのである



ローレンツの攻撃、アードリーの社会契約、アイブアイズフェルトの愛と憎しみ、もこのような問題を論じているといえようが、これらの本の難点は、その著者たちが全面的にかつ完全に間違っていることである。彼らは進化の働き方を誤解したために、間違ってしまったのだ。彼らは進化において重要なのは個体ないし遺伝子利益ではなくて、種ないし集団の利益だという誤った仮定をおこなっている。


・ダーウィニズム理論の現代的説明の驚くべき結果のひとつは、生存の見込みに対するささいな作用進化に多大な力を及ぼしうることである。これはこうした作用が影響を及ぼすのに使える時間たっぷりあるからである


・おそらく群淘汰説が非常に受けたのは、ひとつにはそれが、われわれの大部分が持ってる倫理的思想や政治的思想と調和しているからであろう。

進化を眺める最良の方法は最も低いレベルに起こる淘汰の点から見ることだ、というわたしの信念について述べなければならない。

・複数の誤りが進化に必要不可欠だという説と、自然淘汰が忠実な複製に有利に働くという説は果たして両立するものだろうか?われわれは自分進化産物であるがために、進化漠然と「よいものであると考えがちだが、実際に進化したいと「望み」ものはないというのが、その答えである進化とは、自己複製子(そして今日では遺伝子)がその防止にあらゆる努力を傾けているにもかかわらず、いやおうなしに起こってしまう類のものなのである

化学的手段を講じるか、あるいは身の回りたんぱく質物理的な壁をもうけるかして、身を守る術を編み出した。こうして最初の生きた細胞が出現したのではなかろうか。自己複製子は存在を始めただけでなく、自らの容れ物、つまり存在し続けるための場所をも作り始めたのである



・海中を気ままに漂う彼らを探しても無駄である。彼らは当の昔にあの騎士のような自由を放棄してしまった。今や彼らは、外界から遮断された巨大なぶざまなロボットの中に巨大な集団となって群がり、曲がりくねった間接的な道を通じて外界と連絡を取りリモートコントロールによって外界を操っている。彼らはあなたの中にもわたしの中にもいる。彼らはわれわれを体と心を生み出した。


遺伝子が決定論として批判されるような強い意味でのその創造論制御したりしないことは、誰にも理解できることだ。われわれは避妊手段を用いるたびに何の努力もなしに(そう、かなり簡単に)、それらを否認しているのである

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