はてなキーワード: 空手とは
齋藤孝ではこうは行かない。彼は見た目の通りインテリ眼鏡って感じだが、
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20111013/1318467309 (世の中ってのはこういうもんなんだ。私は私の好きなようにやるぜ)
のあとに
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20111013/1318467309 (最後は根性よ!自分が正しいと思うことを貫いてたらきっとみんな分かってくれる)
という記事を書く、その流れの完璧さにもう萌えが止まらない。さやかとあんこがイチャイチャしているようにしか見えなくて困る。
わたしこういう人物像が大好物どまんなかなんだわ。
いや、憧れるじゃなくて、自分もそうなるのだ、ならなくてはいけないと決意する。
自分をそういう人たちと一体化させて、同じように行動し、同じように思考しようと普段から務めるわけだ。
まぁたいてい自分は強くなったけど誰も周りはついてこないってオチになるよね。
そうやって張り詰めた生き方をしている人が、ふと孤独を実感する瞬間でうおおって興奮する。
そんな時に、ちょびっと不安を覚えながらも、自分は間違ってなんかいないと涙を拭いながら、
夜中に一人でボールを磨いたり、魂の書を読み返したり、家族の位牌なんかと会話したりとかね。
さらに、実は一人じゃなかった、数少ないけれど、自分を理解してくれる人がいたってことがわかる瞬間が続くと・・・鼻血出そうになる。
さらにさらに、そういう子が、仲間と一緒に挫折を乗り越えて何かに到達するってなところまで来ると・・・
もうベタでもなんでもいいよ。これぞ物語だよ。すべてを許せる気分になるよね。
最も有名なシーンは「SLUM DANK」の赤木とメガネ君だと思う。
あの時のメガネ君が輝いて見えた、あるいは涙で霞んで見えたのは私だけじゃないはず。
いまこういう熱血シーンは少年漫画ではできなくなって全部少女が行うようになってる。
「少女ファイト」とか「ロウキューブ!」とか「ゼロの使い魔」とか、
「神のみぞ知る世界」の空手娘とか、作品名忘れたけど剣道部のポニーテールの主将さんとか。
最近で言うと「輪るピングドラム」のりんごちゃんとかもあのまま貫いてたらいい感じだね。
「真剣で私に恋しなさい!」の川神一子なんかもすごく良い感じ。
とにかく私はこういうのが好きなんだ。
そういや「百年の孤独」とか軒並みSFって、スケールや壮絶さが全然ちがうにせよ大枠ではこういう話だわね。
こういった、今は「女の子の特権」みたいな印象がある話を、女でない、若者ですらないオッサンが頑張ってる。
これを新たなムーブメントとしなくてどうするよ。
「働きマン」でもあったじゃん。50歳からの女子高生と恋愛する物語を企画して成功する話が。
お前ら「うさぎドロップ」みて、ニンマリしただろ? オッサンになっても人生終わりじゃないよ。むしろこれからだよ。
そう言ってくれてるように思える。応援しなくてどうするよ。
こういうのが大好きな私にとって、「もしドラ」という作品がいかに期待を裏切るクソ小説であったかは分かっていただけるかと思う。
多くの人がもしドラを「良質の百合」と表現した。私もそのとおりだと思う。途中までは完璧な展開があった。
来るべきラストシーンへの期待に胸をふくらませ、ドキドキしながらページをめくったわけだ。
そういう話じゃねーからコレ!
「ナルキッソス」やってんじゃねーんだよ。「いつから半分の月がのぼる空」になったんだよ。
そういう物語をやれる構成じゃなかっただろうが。なんでいきなり路線変更してるわけ?
おとなしくスラムダンクやってりゃよかったんだよ。「本当、女子高生は最高だぜ!」で何が不満だったわけ?
「小説の読み方の教科書」で「筋書きを予想しながら読むべきではない」ってドヤ顔で書いてたけどそういう問題じゃねーよ。
筋書きはぶっ壊せばいいってもんじゃないんだよ。読者の予想を裏切れば良いってもんじゃないんだよ。
それならそれで、納得出来るだけのものを書けなきゃいかんのにできてないやん。
夕紀の死を支えるだけの備えなんて物語のどこにもなかっただろうが。徹頭徹尾二人の物語だったろうが。
書かれていない行間からチームメイトとの絆を読み取れっ・・・てそりゃねーわ。
わけがわからないよ。これコミック版でどうにかなるのかよ本当に?
彼にはまだ「この結末」が書けなかったのだと考えた。
逆に考えるんだ。ハックルさんはまだメガネ君がいない未完成、つまり一番美味しい状態だと考えるんだ。
「空手小公子 小日向海流」というヤンマガで連載している漫画がある。俺はヤンマガで真っ先にこの漫画を読む。とにかく月曜日が待ち遠してく仕方ない。
この漫画が始まった頃は「はじめの一歩」と似た構図な気がしてちょっとしたらすぐ終わるのかなーと思っていたが、意外と続く。というかこの漫画、今は最高におもしろい。
なぜかを考えてみると、やはりある一人のキャラが最高に味があって憎めないキャラだからと思う。
そのキャラは南広樹。主人公、小日向の先輩に当たるキャラだ。物語序盤は一種のお笑い担当的なポジションかと思いきや、回が進むにつれて段々とマジな試合をする機会も多くなり、今では欠かせないキャラだと思う。
多分、作者もこのキャラが最高に好きに違いない。
このキャラは先にも書いたように物語序盤はマジでギャグ担当だった。外国人格闘家のジェラール・ベルトランという選手と戦うことになったとき。相手はプロのトップファイターで(リアルの世界で言えばK-1で活躍するような選手)南が絶対に勝てるワケない相手。しかし南はトランス状態に陥るキノコを食べて試合に臨んでおり、その影響もあって実力以上の動きを見せて、ベルトラン戦を勝利で飾った。
試合展開はホントギャグ要素が多かったが、ハラハラドキドキさせる試合展開がこのころからあった。
このキャラは試合に勝てるかどうか分からない部分が非常に多いので、読んでいて「次、どうなるのか!?」という気分にさせてくれる。主人公の小日向や、最強キャラの武藤や濱田なんかは、ある程度試合の展開が読めてしまう。しかしこの南は先の展開が読めない。天才型の選手ではなく、じっくりと練習を重ね、相手を研究し尽くし、万全の状態で試合に挑む。このあたりが何か人間臭くて非常に感情移入できる。
そして南はそれだけの選手ではなく、潜在能力も高い。南のディフェンステクニックは所属する流派の中でも随一で、一目置かれている。また鏑木重蔵によって、相手に対して絶対の覚悟で試合に挑む精神も身につけた。
回が進む毎に、確実に南の試合部分が長くなっているので、もしかしてコレはいずれ南が主人公になるんじゃないかな等と思っている。
昨日、会社で鏡開きをやった。去年末から出張していた2人が帰ってきてプロジェクトチーム15人全員揃ったので、プロジェクトリーダーの〇〇が少し遅めの鏡開きをやろうかと提案してきた。〇〇の実家のご近所さんにもち米農家がいて毎年そこのもち米で鏡餅を作っているらしい。今年はチーム全員に食べてもらいたいと、〇〇が特製の大きな鏡餅を作って持ってきていた。
風呂敷から取り出した鏡餅はそれはそれは大きくて測ってみると直径で1mくらい、厚みも10cmほどある。それを見て皆大喜び、子供のような笑顔でおおーでかいーと感想を漏らす。
ここで〇〇が「ちょっとあそこの椅子二つ持ってきて」といい、目の前に隙間を開けて並べられた椅子に鏡餅を置いた。
「よしっ割るぞ、みんなよく見とけ!」と〇〇が言い全員ざわつき始めた。いやいやハンマーやら包丁やら無いですよ、てかここまで大きいならノコギリいるでしょなどと話していると、〇〇は瓦割りのポーズでシューシューと息を整え「ぜいっ!!!」と勢いよく腕を振り下ろした。
空手をやっていて細身だがかなり筋肉質な〇〇の腕がモチを二つに割った、本当に見事だった。
分厚い辞典を何冊もまとめて地面に落としたような低くて鈍いドゴッという音が響き渡る。
ゴトゴトと椅子から転げ落ちた二つの半円と飛び散るモチの破片。
そして同時に折れた〇〇の腕の骨。
だがその瞬間を見ていた人は全員、骨が折れたとは分からなかった。
あんなに大きく分厚い鏡餅が変わり果てた姿になったのを見て全員が驚きのあまり一瞬静まり返って、すぐ後に拍手喝采歓声の嵐になった。
昼ごはんは〇〇が割ってくれたモチを切り分けて、やはり〇〇がもって来た味噌や野菜を給湯室で調理して雑煮にして食べた、美味しかった。
柔らかく口当たりはなめらか、でも餅の風味がしっかり感じられ味噌との相性もばっちり。
全員が絶賛していると〇〇が脂汗垂らしながら「よかったぁ、みんなに旨いもん食わせることができて・・・、じゃ、ちょっと病院に行ってくる、後片付けよろしく」とタクシーを呼んで出ていってしまった。
3時間後、〇〇から電話があり「ごめん入院だ、ポッキリ逝ってた。全治4週間。それにしてもモチを喉につまらす人はいるけど、モチで骨を折った人はいないだろうなハハハ」と冗談を言っていた。
まあ、元気そうでよかった。
追記 19:36
石原裕次郎、松田優作、高倉健、矢沢永吉、尾崎豊みたいな男カリスマが最近居ないなと思った。
水嶋ヒロのハイスペックさや石川遼の高収入さを羨む人は居るみたいだけど、カリスマとは違うし。
真似したくなんのがカリスマだ。ムーンウォークにしろ、"なんじゃこりゃあ"にしろ。
母の同級生に優作かぶれが大量発生して、優作が空手やってるから俺も空手やる!みたいな奴が居たらしい。
クラプトンに心酔しすぎてギター始めちゃったりね。その時代版の中二病だよね。
今の学生が憧れてる男って誰なんだろう?と思った結果、マンガやアニメのキャラなんじゃないかと思い至った。
スラダン読んでバスケ部に入ったとか、テニプリ読んでテニス部入ったという友人が実際に居るし。
スポーツマンガにかぶれるのは一応真似ができるからいいよね。
でもファンタジーに憧れても真似はできないよなあ。頑張ったって魔法は使えないし、コスプレぐらいしかできない。
ん?これのせいで「容姿全盛時代」になってるんじゃね?
30歳を間近に控えて、唐突に総合格闘技を始めてしまった。
まぁ、まず道場に行くわな。
するってーと、皆さんがいる。こいつらがまた、いい人たちなんだこれが。
道場全体にただようほのぼのオーラ。指導員のプロの方は流石の風格なんだけれども、
アマチュアクラスの人たちはほんとに奥ゆかしい。全力でチョーク極めた後に「大丈夫ですか?」とか
お互い気を使いあう間柄。まぁ、スパー中はガシガシやりあうけどな!
「みんなで強くなって楽しんで旨いビール飲もうぜ!」みたいな空気がたまらない。
ジュードーやってた時の「奥襟寄越せクソが!」「うっせぇ、背負うぞウド!」みたいな
あのキリキリした感じとは全く別で非常に楽しい。「あわよくば折れろ!」と思いながら変な角度で足払いを打ち込んでくる奴もいない。寝技戦は詰め将棋的要素が強く、スパー後の感想戦がやたら面白い。
もちろんおっさんなのでそこにはビールがつく。ちょううまいんだこれが。
ぶっちゃけてスポーツってものに最早いい感情は抱いてなかった。今でも高校部活は気が狂ってると思っている。
柔道推薦で高校に行くっていうことは「故障したらお払い箱」ってことで、
腰や膝辺りを壊してしまって無残に高校を去っていく同輩をたくさん見てきた。
競い合い精神を磨く、なんていうけど断言して私立の部活で精神なんか磨けない。
おまけに、ごく一部の大成した人間以外は名ーんにも残らない。大学まで行けて、就職まで出来た俺は
本当に幸運だったと思う。高校辺りでケガ→ドロップアウトの流れに乗ってしまった奴は
往々にして人生からもドロップアウトしていった。下手に体力と技術があるものだから、その後は本人にも他人にも
かなり悲惨なことになった例が多い。
それに引き換えて、ソーゴーはとても良い。
色んなバックボーンを持った人たちが、お互いに和気藹々と技術を交換しあう。
極真がローを教え、柔道が内股を教え、ボクサーはフックを教える。
皆一線級を退いた人たちだが、とても真摯に、何より楽しくシバき合える。
例えば、純粋極真空手の人VS純粋柔道の人だと8割方柔道が勝つ。
しかし、タックル切りを覚えた空手家相手だともうわからない。総合で一番戦績のいい柔術家だって
打撃ルールでは面白いほどカモにされる。(当たり前のことなんだが)
だから、みんな相手の技術と経歴に敬意を払うし、尊重しあえる。
いい年こいたオッサンが「だからさー、ゴゴプラータはさぁ」なんて真剣に討論出来るのが超楽しい。
柔道、空手、ボクシングなんでもそうだけど、基本的にモノを言うのはフィジカルだ。
しかし、柔術に関しては相当頭脳戦の要素があり、練習すればするほど強くなるのである。
断言するけど、30歳から始めても普通に強くなれる唯一のものが寝技、それも柔術式の寝技だと思う。(レスリングはちょっとフィジカル寄り)つまり、誰がやっても楽しいのだ。
そんなわけで、最近流行もしぼみつつある総合格闘技人口がまた伸びて欲しい。
そのせいなのか何なのか、私より大きいのに私より素早くて変幻自在である。
こっちが一歩進んでけん制の突きを出してる間に、背後に回りこみながら手や足や後頭部に3、4発打撃を入れ終わってる。
きっと気づかないうちにオープンゲットしてるに違いない。
ベースは中国武術の動きなのに、不意に伝統的な空手やフルコン系の空手、果てはボクシングっぽい動きを混ぜてくる。
必死に打撃をかいくぐってタックルしてみても、あっさりがぶられたり引き込まれて寝技で仕留められてしまう。
さて、かく言う私の魂のスーパーロボットはマジンガーZなのだが。
残念ながら超合金Z製のボディではないためほとんどの攻撃に耐えられず、いつもあっさりと倒されてしまっている。
せめて目から光子力ビームでも出れば、そこそこ勝負にはなると思うのだが。
精進したいね。
http://www.nytimes.com/2010/05/02/opinion/02edmundson.html?scp=2&sq=pink%20floyd&st=cse
「じゃあ、学校を出たら、何をするつもり?」
卒業を間近にしたバーモントの田舎の大学で、少なくとも十数人のクラスメイトに、私はこの質問を聞いてまわった。友人たちの答えに、私はとても安心した。特に何もないさ。羽根をのばすんだ。ぶらぶらするかな。考えたいことが色々ある。まずはゆっくりするよ。1974年だった。誰もが、そういう風に話すのが当たり前の時代だった。
実際のところは、友人たちは本当のことを教えてくれなかったのだ。見方によっては、とんでもない嘘をつかれた、とさえいえるかもしれない。卒業式の日までに、同級生のほとんどは、ロースクールや大学院に進んだり、ニューヨークやサンフランシスコで、クールで貴重なインターンシップをはじめることがわかった。
でも、私の場合は、本当にゆっくりすることにした。5年のあいだ、私はあちらこちらを点々として、何もしなかった。正確には、どうしても必要だったとき以外、できるだけ、何もしなかった。タクシーの運転手、映画フリーク、コロラドの山男、バーモントにあったクレージーなヒッピー学校の教師、映画館の支配人(これは、ほとんど仕事がなかった)、船の乗組員、ディスコのドアマン、そんなことをやっていた。
そのなかでも、ジャージー・シティの音楽プロダクションでやったステージクルーの仕事が、一番思い出深い。職場はルーズベルト・スタジアム、芝生席もいれると6万人を収容する、古い、化け物みたいな箱だった。トラックからアンプを引っぱりだし、ステージに設置する。6時間かそこらしたら、トラックに戻す。これを私は、グレイトフルデッド、アリス・クーパー、オールマン・ブラザーズのライブでくりかえした。クロスビー・スティルズ・ナッシュのステージは、ちょうど、ニクソンが大統領を辞めた日の夜だったのを覚えている。けれども、私にとって、一番思い出深い仕事での一番の思い出は、ピンクフロイドが出演した夜に起きた。
ピンクフロイドは、サウンドに相当のクオリティを求めていた。ステージ上のアンプは、縦にも横にも、周囲を威圧するほど積みあがり、パリ・コミューンのバリケードのようだった。それだけでなく、スタジアムの高い位置3か所にも、ピンクフロイドはアンプを集めて設置するよう要求した。それで、私は午前中ずっと、オンボロスタジアムの階段で、どでかい木製のアンプやら配線機材を運びつづけた。
仕事はもうひとつあった。パラシュートの形をした絹製の白いキャノピーが、ピンクフロイドのステージには必要だった。設置には6時間かかった。私たちが聞いたところでは、キャノピーを使うのははじめてで、ピンク側のスタッフも、どうしたらいいかよくわかっていなかった。設計図らしきものはあったが、あまり役にたたなかった。だが、「アメリカの知恵」をもってして、キャノピーはなんとか屋根の形に膨らんでくれた。「アメリカの知恵」とは、つまり、ロープをあちらこちらにひっぱったり、手当たり次第に結んでみたりした、ということである。
ピンクフロイドのライブは夜10時にはじまった。ところが、私たちが死にそうになりながら運んだアンプからは音が出なかった。たくさんの人がアンプの上に座ったか、蹴ったか、配線を切ったかしたのだろう。アンプのタワーが沈黙をつづけるなか、ピンクは自分たちの仕事をし、観客は公演の終わりでライターに火をつけた。そして、私たちは、3時間かけてアンプをバラして、トラックに戻した。階段上に残ったアンプは、私たちが作業を拒否したので、お互いをいくらか罵ったのち、ピンクのスタッフが回収した。
あらためていうと、ツアースタッフとステージクルーの間には、ほとんどの場合、何らかの対立があったのだ。あるとき、たしかクイーンのライブだったと思うけれど、クイーン側のスタッフ5人と私たちのクルー十数人が殴り合いになった。すると、騒ぎを聞いて駆けつけたセキュリティまで、喧嘩にくわわった。だいたい、バイカーギャングだったり、空手の黒帯だったり、そういう連中だ。ツアースタッフの方はそれなりにがんばったけれど、ついに勝てないとが分かったらしい。ひとりが、シャンパンをケースごと持ってきて、回し飲みをはじめた。それで、みなが酔っぱらい、幸福感にひたった。
ピンク側のツアーマネージャーは、キャノピーをそっと降ろして、きちんとたたみ、元の木の箱に戻すよう求めた。しかし、キャノピーにはヘリウムガスがたっぷり詰まっていたし、さらに栓がどこにあるのか、誰にもわからないことが問題だった。また、キャノピーをステージに固定した際、私たちがあらゆるところを馬鹿丁寧にきっちり結んだおかげで、それをほどこうとしたら、水夫たちの集団だって頭をかかえたに違いない。誰もが疲れていた。酒を飲んだ人間は、使い物にならなくなった。そして、もう朝4時になっていて、家に帰るべき時間だったのだ。
空飛ぶ枕をどうやって片付けるか、みなで作戦を練るうちに1時間が過ぎた。だんだん、大学のゼミのようになってきた。そこに、私たちステージクルーのチーフ、ジムが登場する。ジムは、私たちはジンボーと呼んでいたのだけれど、お人好しのバイキングの親玉のような人で、どんなときも、何があろうとクルーを擁護した。ギターケースを落っことした私を怒鳴りつけるスティービー・ニックスに、エドマンドソンに怒鳴る権利があるのは俺だけだと、大声で抗議してくれたこともある。そして、ピンクフロイド屋根事件のときも、ジンボーは危機的状況で自分がいつも期待されていることをした。つまり、行動を起こしたのだ。
ジンボーはステージのすみに忍びより、ポケットから折りたたみナイフを取り出して、聖なる屋根を地球につなぎとめているロープのひとつを切りはじめた。私たちクルーの3、4人も、同じことにとりかかる。「おい、なにをしてるんだ!」ピンクフロイド側のチーフが叫んだ。「お前らをぶちのめして…」そこまでいってから、かれはジンボーの手にナイフがあること、クルーの数人も同じだと気付いたのだった。2、3分後、私たちはロープを皆断ち切った。
最後の太いロープが切れたとき、大きなため息のような音がした。すぐには何も起きなかった。また少し待ったけれど、何も変わらない。
しかし、キャノピーはついに上昇をはじめた。白くて柔らかい、贅沢な雲のように飛んでいく。そのとき、地平線から太陽が沸きあがり、キャノピーの絹地も、薄く、柔らかな緋色にかがやいた。熊が腹の底から笑うような、ジンボーがいつも通りの笑い声をあげた。私たちも一緒になって大笑いする。ピンクフロイドのスタッフも同じだった。私たちはまるで、終業式を迎えた日の、学校の子どもたちのようだった。私たちは裸のステージから、大西洋の先へ静かに流れてゆく絹の屋根を見つめていた。何人かは手を振った。
「じゃあ、学校を出たら、何をするつもり?」35年が過ぎて、大学の教師になった私は、自分の学生に同じ質問をする。今日の学生たちは、あまり隠し事をしようとはしない。そして、ロースクールにメディカルスクール、ジャーナリズムやビジネスでの学位、中国での研究留学、日本で英語教師をすれば相当のお金になることなど、いろいろと話してくれる。そういう彼らを、世間は肯定するだろう。
そう、私も学生たちにはとても感心している。だがその一方で、心配もしているのだ。かれらは、決心を急ぎすぎてはいないだろうか。もうすこし落ち着いてみたり、ゆっくりすることも、やってみたらどうだろう。私はそう考えずにはいられない。そして、空に消えた白い絹のキャノピーを私は思い出す。まだ今も目の前にあるかのように、私はそれを見ることができる。私は手をあげて、それを指し示したい。学生たちにも、見てもらいたいのだ。
* 「スプーンねじきり」 - 本人曰く「スプーン曲げは難しいから。」
* 「ビールをジョッキで3杯一気飲みした後30回転しても目が回らない男」
* 「ペットボトルで空を飛ぶ」 - エアを詰めた業務用ペットボトル数本を背中に背負って噴射し、キリモミしながら空を飛ぶ[1]。
* 「エアバッグで空を飛ぶ」 - ハンドルの上に座り、エアバッグを膨らませて空を飛ぶ。「ハンドルでナニしちゃう男」として紹介された。
* 「0cm読書」
* 「手んぷら」
* 「ドライアイス食い」
* 「指ドリル・指ペンチ 」
* 「小指1本突きダンボール穴あけ」
* 「扇風機舌止め」
* 「三歳児の服を着る」
* 「爆裂ゴム手袋鼻息割り」 - 医療用ゴム手袋を頭から被り、鼻息で膨らませて割る。失敗する事も多い。
* 「高熱たこ焼き串いらず」 - たこ焼きを指でひっくり返す。
* 「高熱おしぼりヒラリハラリ」 - 次々と投げられる沸騰した湯に浸したおしぼりをかわし続ける。
* 「360°敵だらけ」 - 360°から放たれる枕を『マトリックス』の様に華麗にかわす。
* 「本気(マジ)キックネバーギブアップ」 - キックを受けても痛がらず、逆にキックを打つ人の方が疲れる(らしい)。
* 「熱々流しそうめんハシいらず 〜次の人ごめんなさい〜」
* 「ドキドキメジャー寸止メジャー」 - メジャーを巻く時に水が入った風船ぎりぎり目の前で止める。
* 「かんしゃく玉ホッピングヒョヒョイのヒョイ」 - かんしゃく玉を潰さずにスタートからゴールまで行く。
* 「鋼鉄レバーギブアップ」 - 空手経験者のレバーブローを我慢する。
* 「高卒電話帳破り」 - 電話帳を破る。本来は「高卒」でなく「高速」であったが、滑舌が悪い為に聞き間違えられた。
* 「ラベラーヌンチャク高速貼り」 - ラベラー(値札貼り)2つを紐で繋いだものをヌンチャクのように振り回しながら牛乳パックにバーコードを張っていく。
* 「高速わんこ飲み」
* 「高速目覚まし止め」
* 「高速ほえすた祭り」
* 「高速大工さん」 - すばやく釘を打ち、板の上を銀色にする。
* 「高速真っ黒」 - ホワイトボードを水性ペンで全てを真っ黒にする。
* 「高速チラシはさみ」
* 「高速踊る大交差点」 - 全方向から来るミニ四駆を欠かさず受け止める。
* 「トイレットペーパー高速巻取り(上級者編)」
* 「高速ねんど潰し」 - ねんどを1分以内で潰してシートをねんどだらけにする。
* 「スプーンねじきり」 - 本人曰く「スプーン曲げは難しいから。」
* 「ビールをジョッキで3杯一気飲みした後30回転しても目が回らない男」
* 「ペットボトルで空を飛ぶ」 - エアを詰めた業務用ペットボトル数本を背中に背負って噴射し、キリモミしながら空を飛ぶ[1]。
* 「エアバッグで空を飛ぶ」 - ハンドルの上に座り、エアバッグを膨らませて空を飛ぶ。「ハンドルでナニしちゃう男」として紹介された。
* 「0cm読書」
* 「手んぷら」
* 「ドライアイス食い」
* 「指ドリル・指ペンチ 」
* 「小指1本突きダンボール穴あけ」
* 「扇風機舌止め」
* 「三歳児の服を着る」
* 「爆裂ゴム手袋鼻息割り」 - 医療用ゴム手袋を頭から被り、鼻息で膨らませて割る。失敗する事も多い。
* 「高熱たこ焼き串いらず」 - たこ焼きを指でひっくり返す。
* 「高熱おしぼりヒラリハラリ」 - 次々と投げられる沸騰した湯に浸したおしぼりをかわし続ける。
* 「360°敵だらけ」 - 360°から放たれる枕を『マトリックス』の様に華麗にかわす。
* 「本気(マジ)キックネバーギブアップ」 - キックを受けても痛がらず、逆にキックを打つ人の方が疲れる(らしい)。
* 「熱々流しそうめんハシいらず 〜次の人ごめんなさい〜」
* 「ドキドキメジャー寸止メジャー」 - メジャーを巻く時に水が入った風船ぎりぎり目の前で止める。
* 「かんしゃく玉ホッピングヒョヒョイのヒョイ」 - かんしゃく玉を潰さずにスタートからゴールまで行く。
* 「鋼鉄レバーギブアップ」 - 空手経験者のレバーブローを我慢する。
* 「高卒電話帳破り」 - 電話帳を破る。本来は「高卒」でなく「高速」であったが、滑舌が悪い為に聞き間違えられた。
* 「ラベラーヌンチャク高速貼り」 - ラベラー(値札貼り)2つを紐で繋いだものをヌンチャクのように振り回しながら牛乳パックにバーコードを張っていく。
* 「高速わんこ飲み」
* 「高速目覚まし止め」
* 「高速ほえすた祭り」
* 「高速大工さん」 - すばやく釘を打ち、板の上を銀色にする。
* 「高速真っ黒」 - ホワイトボードを水性ペンで全てを真っ黒にする。
* 「高速チラシはさみ」
* 「高速踊る大交差点」 - 全方向から来るミニ四駆を欠かさず受け止める。
* 「トイレットペーパー高速巻取り(上級者編)」
* 「高速ねんど潰し」 - ねんどを1分以内で潰してシートをねんどだらけにする。
ttp://impactokyo.net/impact/index.shtml
米国サンディエゴで1971年夏、武道有段者の女性がレイプされるという事件が起こった。その道場の師範やほかの生徒達は、彼女が自分の身を守ることができなかったことは、道場の恥だと言った。しかし、同じ道場のマット・トーマスには、道場がその女性の期待を裏切ったように見えた。その道場で鍛錬している男性たちと違って、女性たちは武道の型を習うだけで、練習試合に参加しなかった。
だから、実際に襲われたときに彼女が自分の身を守る用意ができていなかったことは当然に思えた。彼はこのことに幻滅を感じ、直後に道場を去った。
翌72年、彼は女性グループから頼まれて護身術を教えることになった。彼は女性への暴行例を調べ、被害者の90%が地面に押し倒されていることを知った。柔道・剣道・空手の有段者だったので、様々な武道での経験を取り入れたが、ほとんどの武道の技は、立った姿勢で仕掛けるため、もっと効果的に女性が身を守れる技を編み出す必要があると考えた。また、実際に暴行を受けたときに、効果的に身を守ることができるようになるためには、生徒達は教室でも全力でぶつかる必要がある。
そこで、暴漢役の男性講師がケガをしないように、防具を改良し、現実的な状況設定で、全力でぶつかることのできる護身術のシステム(モデル・マギング)を考案した。
女性たちが襲われたときに使える選択肢を増やすことで女性に自信を与えることが、インパクトの基本的目標である。
単に護身術としてだけではなく、私生活や仕事においても応用できることに気付く。
ある生徒は、「インパクトで学んだことは、人生の様々な場面で役に立った。困難な状況におかれて、指導力を発揮するのに有効だった」と、語っている。
全米4万人以上の卒業生のうち50人以上が習った技術を使って加害者をノックアウト200人以上が暴力的状況を回避、何百人もの女性が暴力的兆候を察知して危険を回避したと報告しています。
恐い。恐い。マジ恐い。
理系や童貞旦那を小バカにしてる女が増田にあれやこれや得意顔で講釈を垂れる訳です。しかも理系のテリトリーである、はてな/増田で。
ファッション的な事は俺は知らん。まあ身奇麗にするのは良い事だ。アドバイス出来るほどの能力をもった人が恋人であったり妻であったりすれば、お世辞抜きで、サイフの中身まで踏まえてアドバイスしてくれるなら助かるよね。うんうん。そういう女の人も悪くないね。
で、その能力を持ってるのは良いとして、
・25歳童貞
・細マッチョ気味。
・足短い、頭でかい
・真っ黒な剛毛
これらがどうファッションに関係してくるわけ?まあ外見プラス滲み出る内面を踏まえてアドバイスが必要という話もあるかもしれないけどさ。元彼、そして今、夫なんだろ?それをわざわざ表明する意味はどこにあるの?理系には解らん。ましてや、ここは誰もが見てる所だし、どちらかというと理系の人間の割合も多い場所。こんなところで特定する材料を出すってのはどう言う事?何やら気が付いて修正しているようだけど、ブクマのページは修正されないんだよ。
そしてまたご親切な事に、この増田ってのはもうあちこちにコピーされてる訳。手動ならまだしも、ブクマが集まった増田を自動的に収集して、ページを作っちゃうサイトなんかもあちこちにある訳。ここを修正したって何の意味も無いんだよ。「高専から国立大学理学部化学科に編入、修士卒の元彼」でググってみろ。もう修正できないサイトがあちこちにあるぞ。
理系だからって別に威張れるもんじゃない。むしろ、理系だけしか取り得の無い人間も居る訳で、服装やら最低限の事を満たしていない人間もたくさんいる。そういう人間にアドバイスしてあげようという気持ちも解らんでもない。まあ親切でアドバイスは結構な事です。ただネットでやる必要がどこにあるのか。
じゃあ、服好きのオシャレさんに、ネットで特定されるとどう恐いか教えてあげようかな。
もう旦那さんはすでに特定されていてもおかしくないです。まあされていないとしても時間の問題です。っつーか1人に絞れちゃう。もうコピーが拡散しているからどうしようもない。
そんで特定内容が恐いです。まず25歳童貞。それをカミさんにバラされる。一般的には男としては屈辱ですよ。まあ事実なので特に隠す必要も無いですけど、半分バカにされている書き方で言われていますから、これは悲しいです。カミさんに童貞哂われてるんですから。
本人はともかくとして、職場の人にバレちゃうと悲しいですよね。いや別に25歳まで童貞だったとか、初めての人と結婚したとかそういう事は別に悲しくないんですよ。そういうのをバカにするような人もいますけどね。何が悲しいって、カミさんがペラペラとネットで書いてる事が悲しいですね。しかも得意気にです。そういうカミさんを持っているというアホな旦那になるわけですよ。
親友や仲の良い同僚、信頼関係のある上司から「お前、大丈夫か」って心配されちゃう訳です。まだ声をかけられるなら良いんですけどね。
あと、子供ね。いつか将来、子供が親に聞くわけですよ。どういう進路でやってきたかって。高専~国立大学編入~修士で卒業ってのは高専を卒業する人にとってはワリとポピュラーな生き方ですけど、該当する人がとても少ない訳です。しかも電気や機械分野ならともかく化学系は少ない。そこから編入する人だって多くて1/4程度。しかも空手経験者。もう特定の人しかいない訳です。ちょいちょいと検索したら、今回の話題にたどり着いてもおかしくない。
さらに恐いのが、恐らく旦那さんは実名で検索すれば、いくらでもヒットする人間のはずです。高専から編入して修士までいる人というのはバリバリ研究やってるはずなんです。だから論文だの学会関連のサイトにいくらでも名前が出ているはずです。もちろん、経歴なんかもどこかにおいてあるかもしれません。研究室の紹介なんかで高専からの編入組で、空手やってます押忍!なんて書いてあったら、もう全てが繋がっちゃう訳です。もう旦那さんは晒しものですよ。
適当に書いたら、それっぽいページが出て笑いました。http://www.nagaokaut.ac.jp/j/kosen/students/05-01.html たぶん違うから載せちゃうけど、こういうのはいっぱいある。
本当は検索して調べてみようかなとも思ったんですよ。化学系の高専は少ないですから。さしあたって長岡や豊橋あたりから攻めてみようかなとも思ったんですが、ちょっと調べたらすぐに出てきそうで恐くなってやめました。さすがに自分でそこまで誘導するのは気が引ける。
検索で見つからなくても、化学系+空手部(or格闘技)で各所の高専のサイトをチェックしてもいいんです。
高専の学生課は親切なので、「**中学の増田と申します。僕は化学系学部を希望しています。出来れば国立大学に編入して頑張りたいです。スポーツも頑張りたいです。空手をやっています」的な事を書いて、学校についての質問、進路の話を相談すると、あら親切、増田少年が描く進路を歩んできた先輩を紹介してくれたりします。
あ、そういやmixiの方は大丈夫ですよね。そっちはまだ見てないけどさ。
ほら、もう実名と今回の話題の旦那さんがリンクしちゃいましたよ。増田が、経歴について修正しちゃったから、リアルな部分を隠した事が確実になりました。
もう旦那に謝ってもしょうがないです。もう消す事が出来ないですから。恐いですね。でもしょうがないですよね、自分で書いたんですから。
増田でよかったですね。2chとかだったら、もうすでに実名出てたかもしれません。あっちで話題にならない事を祈りましょう。
内容としては、10の団体が15分ずつ自分たちの事業をプレゼンして、そのあと茶話会で仲良くなりましょう!みたいな構成だったんだけど、30分たって最初の2つの団体のプレゼンが終わった段階で、居たたまれなくなって帰ってしまった。
社会起業の第一義的な意味は「社会の問題点をビジネスの手法を使って解決する」であるはずだし、それこそが社会起業の意義だのだろう。つまりビジネスによって得られるマネーよりも、ビジネスによって社会問題を解決し、その功績、貢献度合で成功の如何が測られる。
営利目的企業の活動からはこぼれおちた、社会問題を鋭く射抜いたような、それでいて洗練されたビジネスプランを以て今日のプレゼンが聞けるのだろうと期待に胸を膨らませて会場に着いたのだが、
▼何が不満だったのか?
実際にそこで行われたプレゼンは、ビジネスモデルや具体的なプランなどなにも関係のない、NPOとボランティア団体のマイクパフォーマンスだった。
最初の団体は、父親支援事業。「父親であることを楽しむ生き方」の理解浸透を目指して勉強会、父子旅行を企画しているというもの。要するに「お父さんがんばろう!」と言いたいらしいのだが、これのどこらへんがビジネスや社会変革に繋がってるのかわからなかった。
二つ目の団体は「ニート、ひきこもりの体力づくりのサポートを目指す」NPO。
10分くらい、代表が元ひきこもりの体験、それを空手で克服したことをしゃべっていた。残りの5分で、パソコンと空手の出張講師の話をして終わった。
俺はここで退席。
残りの8団体のプレゼン概要を見ても、エコ、教育、障がい、いじめといった市民運動家のファッション左翼どもが好きそうなテーマのオンパレードで全く魅力を感じなった。たぶんその後の団体にも強力なビジネスプラン、ユニークなアイデアなんて絶対ない。断言できる。
シンポジウム自体の進行にも非常に問題がある。ひとつのプレゼンが終わると、矢継ぎ早に次のプレゼンに移る。つまり、15分のプレゼンの後には一切質疑応答の時間などなく、いったいなんのためのプレゼンなのだろうか。社会起業家同士のフィードバック、意見交換が今シンポジウムの目的のひとつのはずなのに。 すべてのプレゼンが終わったあとに15分だけ質問たーいむ、ってふざけてんのか。
300人くらいくる、と書いてあったが100人もいなかった。関係者を除くと何人いたのか。
どれだけ社会の為になる「良い」ことをやったことろで、それが収益性と直結しないと後世に残るシステムなんて築けるはずがない。カネがインセンティブになってることかそういうことじゃなくて、ちゃんと利益を出せるような仕組みを作ることでその組織が存続していく。こんなことを彼らに言うと「お金じゃなくて、やることが大事なんだよ!」とか言われるのかな。「社会起業」っていう新しい言葉を手にして喜んでる非営利団体にはヘドが出る。
過去の社会起業ビジネスコンテストを見ても、ボランティア団体の「ああ!私たちこんなにボランティアしてるぅ!!」合戦だった。
ベンチャー企業を創造、組織化、経営するために起業という手法を採るんなら、まずビジネスモデルの話をしろよ。
カンボジアに行って林檎の木でも植えるほうがよっぽど「社会起業」だ。
今振り返ってみて、あそこで行われていたモノはなんだったのだろうか。もしあれが今流行りの「社会起業」の正体なのだとしたら、おれが勘違いしてたってことなのか。
http://anond.hatelabo.jp/20090303025404
あなたがされていることは、客観的に見て「パワハラ」「セクハラ」と認められているのだから、誰に言ってもダメということはない。ただし、現上司はダメだ。使い物にならない。嫌がらせしている男がかなり年上ということは、その人に対して影響力のある人物は、そのさらに上に居ることになる。もう、かなり上のほうになってしまって、あなたが直接話せるような相手ではないかも知れないが、まずは「男が入社したとき上司だった人」を探そう。新人だったときに仕事を教えてくれた人なら、なお良い。あなたから見れば、その男は「最初から会社に居た」人間なのだけれど、その男にだって新人だったときはあり、頭の上がらない相手がいる。その男を抑えられる人物を探すんだ。そして、たとえ社長であっても「男の振る舞いを止めてくれ」と訴えに行くんだ。その際には「セクハラ相談室」に上司から圧力がかかったこと、セクハラ相談室を頼ると上司の圧力がひどくなるということを話して、男に影響力のある○○さんに話をしてくれるよう頼んで欲しいと訴えてごらん。仕事をするのが面倒な部署なら、相談者が解決法を持ってきたら飛びつくはずだ。
残念ながら、社内に男を止められる人がいなかったら、裁判にしますとセクハラ相談室で言おう。そしたら、「まあまあ、そこまですることはないだろう」とようやく調整らしきものをしてくれるようになるだろう。上司の評判は地に落ちるかも知れないが、自業自得だから気にしないでいいよ。
ただ、こういう問題は簡単な解決法があるにはある。ただし、それをやったら、今度は社内での、あなたの評判がどうなるかわからないので、一応、やり方は書いておくけど、実行する際は慎重に。
運動部の知り合いとか、いかにも「強そうな男」を会社に呼んで、その男に「私のカレシです。空手4段なんですよ。もし、私に何かあったら仕返ししてやるとか、いや、冗談ですけど。それは」と、さらっと言っておくとね。そういうネチネチ系の男は勝手に(やばいこと)を想像して逃げる。
精神の問題を持ち出されると、個人的にはその「公正さ(フェアネス)」という概念にも少しケチをつけたくなる。「公正さ」という概念は、何を基準にその「公正さ」を論じるかによって非常に恣意的に結果を操作できる概念だから。そしてその「基準そのものの公正さ」を論議することがしばしば置いてけぼりにされがちだから。
格闘技の世界では、かつて「『最強』とは何か」論議においてこれが問題化した。「何でも有り(ノールール)」の競技を作って最強を決めようとすると、その「何でも有り(ノールール)で一番強い競技(いわゆる総合格闘技)の選手」が優勝してしまったから。「何でも有り(ノールール)」という事自体が実は一つの『ルール』でありうる、ということを、大会が終わるまで(終わってからもまだしばらくは)みんなが気づいていなかった。つまり「何でもあり(ノールール)」というルールは実は公正(フェア)ではなかった、というワケ。
確かに1対1で「タックルから寝技、打撃」という総合格闘技の戦略は最強に近いコンボである。だが1対2や刃物有りの状況ではあまりに無力なことは自明だ。浜辺で決闘(つまり完全に相手が丸腰だと一目瞭然で分かっていてかつ1対1が保証されている状況)なら総合格闘技スタイルは最強だが、新宿の裏通りで自分の身を警備して貰うなら多分『空手界最強』とかの方が頼りになる。「不浄を避ける神事(血の出る打撃は不浄、地のつく足で上半身攻撃も不浄、足の裏以外の場所が地につくのは不浄=ナックル禁止、上半身への蹴り禁止、ダウン即敗北)」の世界では、当然ながら横綱の体型・能力と相撲の闘い方が最強ということになる。現実の世界というのは「何でも有り(ノールール)とは限らないという意味で何でもあり」なのであって、ノールールというルールの公正さは実は怪しいものだったのだ。
とりあえず現代社会で「男」と「女」は闘いの条件が違い、ルールが違う。どちらが大変、とか最強とかいう議論には意味がない。家庭という異種格闘技の場においては、闘う双方が納得できるルールを策定する以外の「一般的に公正(フェア)なルール」など無いからだ。増田氏が「男100くらいでやっと公正」だと考えるのは自由だしウチの家では双方がそれで納得しているんだとただ主張したいだけなら問題無いが、それが一般的で普遍的な異種格闘技ルールなんだと主張したいのだとするとそれは反発を受けるだけで意味がないだろう。多分そんなルールで「フェアにゲームをプレイしよう」と言っても、誰も乗らないと思う。