はてなキーワード: セーフティネットとは
性風俗は女性への性搾取だからやめろ!好きこのんで性風俗産業に従事している女性は存在しない!
なんて言ったところでそもそもの問題である米兵のレイプ問題の方は全然解決してないじゃん。
性風俗産業と性犯罪率の関連性についてはまともなデータがないのは事実だけど、
ガス抜きがあったほうがいいのは自然な考えだし実際そういうものが厳しい国のほうが日本より性犯罪が多いじゃん。
風俗に従事しないと生きていけない女性がいるのも事実だけど、それはもうセーフティネットの議論だし、
そんなことを言いだしたら男性の底辺や障害者はそんな受け皿もなく刑務所へ行ったり死んだりしている。
累犯障害者にもそういう話があったよね。
でも、そういう話は今回の話とは全然違う。
「生活保護? テメエにくれてやる福祉なんぞねえ、ブラックでも底辺でもはいつくばってでも働け」
「働けなくなって壊れたら用済みだから家族にでも養って貰え。家族から見捨てられたら士ね」
家族というものを持たない男にとって、働いているということは、ホームレス状態の論理学における裏でしかない。
だから、家族と言うものを手に入れるためには、どれだけの犠牲を払ってでも
家庭を得るために女の気を惹くためのメリット(容姿、会話能力、豊かさ)を手に入れなくてはならない。
【刑法第???条 《友達が25歳の時点で100人以下であることに関する罪。》 ① 25歳の時点で、出生と同時に国民に配布される友達手帳への名簿記載が100人以下であるものは、1年の刑務所生活後、死刑とする。 ② 友達が少ないことを肯定する思想を広めることを目的とした運動、及び、言論活動を行ったものは、即刻死刑とする ③ 友達が25歳の時点で100人以下であるものは、国家治安管理省によって、犯罪者予備軍と定義される】 (2030年10月施行)
超人間主義と呼ばれる思想が、日本の思想界を席巻し始めたのは2020年代の後半くらいからだった。「友達が、いない。恋人も、いない」そう言って、孤独感にさいなまれて犯罪を起こす青少年が増えたことをきっかけにして、その思想はマスコミ、学者、政治家、ジャーナリスト、作家等、様々な知識人たちによって広がり始めた。
その後、ある政党の政治家が、「トモダチ手帳に関する法律」を国会に提出し、どこの政党の反対もなく可決されたことをきっかけに、全体の中の一つにすぎなかったその思想は、強烈な絶対性を帯び始めた。もともと、孤独な学生たちを「犯罪者予備軍」と定義し、一人で昼食を取る学生を私的に抹殺していた自警団の存在もあったため、この法の成立は、友達のいない人間を公的なシステムに則って抹殺可能にしたがゆえに、人々にある種の安心感をもたらした。自警団は、一人で昼食を取る学生を私的に抹殺する正義として人々に歓迎されもしたが、たまたま一人でいた人間を抹殺してしまうというミスもあったため、少なからず批判にさらされていた。だが、自警団は、「一緒にランチ」というデリバリーフレンド会社―― 1回千円で、一緒に昼食を食べてくれる人を派遣することで利益を得ている会社 ―――と癒着しており、その政治力に守られることで、逮捕を免れていた。「一緒にランチ」は、自警団の存在を強調することで、自らのビジネスを拡大し、どうしても一人で昼食を取らざるをえない人を搾取したのであった。これと同時に学生たちの間では、ただで安心して食事ができる行為として、「便所飯」が流行した。2028年には、「日本の便所飯スポットベスト100」という本がベストセラーになり、また、便所飯をする学生の生活を赤裸々に綴った「青春・便所にて」が直木賞を取った。「便所飯」によってビジネスチャンスが奪われることを恐れた「一緒にランチ」は、密かに友達手帳と呼ばれる電子機器を開発し始めた。「一緒にランチ」は、友達手帳を最大限に生かした、超人間主義社会を構築することを通じて、多くの利益を上げることを企てたのである。彼らと繋がりのある政治家は、ある時は自警団という暴力装置を背景に、政治家に「トモダチ手帳に関する法律」への合意を求め、また或る時は、国民に巧みな話術でこの法律への支持を求めた。
「友達手帳に関する法律は、絶対に必要なものであります。人間を、人間的に評価するための最もよい尺度としては、所得でも、地位でも、学歴でもなく、友達の数が、一番良いのではないでしょうか。また、近頃の、友達がいないことを理由とした青少年の犯罪は、非常に目を覆いたくなるものであります。友達のいない人間は、危険であります。いまこそ、そのような人間を、明確に国家が『犯罪者予備軍』と定義して、25歳の時点で排除するべきではないかと私は考えます。そうしますと、日本の治安は、格段と良くなると私は信じております。昨今の不況を背景にして、我が国政府は、大量の国債発行を通じて、財政出動政策をとってまいりました。しかし、その利払いおよび、国債返還に追われ、我が国の財政状況は非序に逼迫しております。従いまして、いまこそ、効率的で、小さな政府を作り上げるためには、皆様方の相互扶助を通じて、少しでも積み重なる社会保障関係費を引き下げたい、と我々どもは考えております。そのためには、やはり、友達を多く持ち、困ったときのセーフティネットにする必要があります。従いまして、やはり、25歳の時点で友達の少ない方は、我々の目指すべき社会を作り上げる上での、非常に厄介な、阻害要因になるのでございます。彼らは、犯罪者予備軍、及び、効率的社会実現のための邪魔ものでございます。ただ一つ、役立つとしたならば、そうした友達のいない人間をスケープゴートに、することで、社会の活性化を図れると言ったところでございましょうか。そう考えると、彼らを社会の絶対悪から必要悪に変えるこの制度というものは、なんとしてでも必要なのであります。国民の皆様の、理性的な判断を、心待ちにしております」
10代で出産したって、自殺したって、援助交際したって、何もかもが「人に迷惑かけなきゃいいんじゃない」と言われるまでに善悪が相対化された日本において、ただ一つの「例外」として、絶対的なものになったのは「友達を多く作らなければ、ダメになる」という価値観だった。すでに、長引く不況により物質的価値観の崩壊が進んだ社会を生きる大衆は、脱物質的価値観として友達と恋人を求めた。彼らは人との繋がりを重んじない日本のエリート階層に対するルサンチマンを、超人間主義を掲げる新政党、「日本人間党」を支持する運動を通じて昇華するようになった。もともと、現政権党からの離党者が大半を占めていたこの党は、「一緒にランチ」等の企業を支持母体に、政権奪取以前から多大な権力を政界に及ぼしていたが、2029年8月30日に起こった政権交代劇により、その権力を確固たるものにした。こうして日本人間党は、これまでの「ねじれ国会」と呼ばれる状況から、この選挙によって参議院・衆議院の両院で過半数の議席を獲得するようになり、いかなる法律であっても成立させることが可能な状況に置かれたのであった。
こうして絶大な権力を獲得した日本人間党はほとんど独裁的といってもいいほどの政治を行い、非人道的な法律をいくつも成立させていったが、熱狂した大衆はそれを丸ごと受け入れた。特に、「トモダチ手帳に関する法律」への支持は絶大で、どんなメディアが世論調査を行っても、国民の100%が支持しているという調査結果が表れた。机上の空論ばかりを唱えていた学者たちは、大衆の人気を取るために、「もっと、外にでて友達作ろう」という極めてリベラルな立場に次々と転向した。また、友達がほとんどいないひきこもりたちは、自らを社会の邪魔ものと決めつけて、「トモダチ手帳バンザイ」の遺書を書き記して自殺していった。こうして、学歴でも、所得でも、地位でもなく、人間的に人間を評価する尺度としての友達の数を批判する者はいなくなった。2030年の10月1日に法律は施行され、この日以降に生まれた子供には「トモダチ手帳」が配布されることになった。これ以後、親は子どもが25歳までに100人の友達が作れるような環境を確保すべく、様々な要求を学校に突きつけた。学校側は、そうした親の心理を利用して、卒業までに何人の友人が作れるかに関する実績をホームページで紹介し、入学者集めを行った。学生たちは、ただひたすら、人間関係作りに専念するようになっていった。
在特会などで暴れる人を輩出しているのは、自由競争社会でとくに優れた点はないとして選別されず、かつ弱者救済のセーフティネットからも緊急を要しない救済対象とされ選別されない、二重の意味で選別から漏れた層なのだよね。
弱いけど自分の足で立ち上がれる、とみなされ放置されてる(白タグ弱者)けど、立ち上がり方はわからず、教えてももらえない。「緊急を要する弱者(赤タグ弱者)からみたらそれは甘えだ!」と断罪するのはかんたんだけど、当事者にとってみれば苦しいことに変わりはないよね。
20世紀の左翼はこういう層(白タグ弱者)に対して「君らは救われる者ではなく救う者なのだ」とかいうてオルグをかけ、自信と存在価値を与えることで手っ取り早く救済し、さらには自陣営の裾野を広げる、ということをやってきたのだが。
現在のサヨクは在日コリアンや、米軍基地周辺住民などのメディア写りの良い弱者ばかりに赤タグを出してリソースを集中し、この層に対しては白タグで放置したり、さらには「何も行動しないのは邪魔しているのと同じ」としてわざわざ敵に回したりしてる。苦しんでいるのを放置してれば、とりあえず役場に行けば保証してもらえる日本国籍というモルヒネで苦しさを紛らわす行動に出られても仕方がない(保証してもらえないケースもまれにあるけど、そのときは別途赤タグが出る)。西側同盟国政府や、第二次大戦時枢軸国政府の非道や無為が原因で弱者になってるところに赤タグが出やすい傾向にある現状ならなおさらのことだ。
正直なところ、サヨクの側の彼らに対する認識が「敵」もしくは「自分の足で立てるくせに立とうとせずケアを要求する白タグ弱者」ではなく「当方のリソースの都合上永久に失われることになる黒タグ弱者」に切り替わらない限りネトウヨの増加、跳梁跋扈を押しとどめることはできないと思う。
きちんとオルグしていけば朝日新聞の例でもあったように転向してくれるだろうし、ちょっと前増田であった「兄と新大久保で合った」の話にしても、増田弟が増田兄の弁が立たないなどと小馬鹿にしたせいでその小さな悪意が社会の中で大きく育ち帰ってきて新大久保の皆さんに襲いかかっていたわけで、増田兄の優しさと弱さに気づいた時点で増田弟が手をさしのべればよかっただけなのだ。しばいたらたぶん2倍3倍に増えて戻ってくるだけだと思う。
まあサヨクさんがそれをやりたがらない気持ちもわかるのだけどね。若さと、時間と、行動力だけはあり余っている層をオルグして自陣営に引き込むと、現在ネットで歴史認識がーとかほたえているだけの人の陣営内序列が相対的に低下するからね。
文春新書の『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』が話題だ。著者の今野晴貴氏は、POSSE(ポッセ)という労働NPOを作り、1500件もの労働相談を受けてきた。仕事を通じて心身を壊してしまった若者から、ブラック企業の悪行を耳にしている人物である。
そのような活動によって、命を救われた人もいることだろう。そのこと自体は価値あることであることは間違いない。ただし、傷つく社員の立場から呼びかける対策だけでは、たぶんに対症療法的になりがちになるのが惜しい。
例えば、ブラック企業誕生の背景には、経済のグローバル化の影響などがあるはずだが、本書ではそういった経済的な要因への考察がなく、それに基づく労働者の未来に対する助言もない。
読後感がよくないのは、ブラック企業の醜悪さに吐き気がしたからではなく、こういう問題の捉え方だけでは救われる人は多くないのではないかという漠然とした不満のためだ。資本主義社会では、競争が基本原則であることは変えられない。セーフティネットは不可欠だが、セーフティネットの論理だけで全体を覆うことはできない。
「すべての日本企業はブラック企業となりうる」という企業敵視が強すぎるのではないか。良し悪しや倫理的な判断は別として、まずは現実に起こっていることを幅広く見て、そこに関わる会社や経営者がどういうインセンティブで動いているかを要因分析し、それを根本から変えさせるアプローチを取るのでなければ、企業批判は空回りし実効性はあがらない。
結論ありきの企業批判がマズイのは、真の「問題」を捉え損なうからだ。本書は典型的なブラック企業として、あるIT企業とアパレル企業の2社の例をあげている。そして共通点として、入社してからも終わらない「選抜」があることと、会社への極端な「従順」を求められることを問題視している。
しかし「選抜」と「従順」の何が悪いのか、落ちこぼれてしまった人の悲惨な例を読むだけでは、いまひとつ判然としない。ITとアパレルという競争の激しい業界において、この時代に生き残るためには「選抜」も「従順」も必要な手段であり、それに耐えられる人だけが働けばいい。
これを問題とする視点は、「普通の人が(無理をしなくても)生きていけるモデル」をあらゆる企業に当てはめようとする、一種の非現実さから来ていると考えられる。
私企業であるユニクロの店舗が、激務で高給な一握りの「スーパー正社員」と、その指示に忠実に従う数多くの「普通以下の契約社員やアルバイト」(薄給ですぐ辞める)で構成されていることに、なんら問題はないはずだ。それが顧客の満足や、世界的な競争力につながってもいる。
仮にユニクロの店員がすべて、そこを訪れる客よりも高い給料を保証されつつ、「選抜」にも「従順」にもさらされていない正社員であったら、客はどう思うだろう。価格は2倍に釣り上がり、商品は売れず倒産することになる。
もしかすると、「日本人を正社員で雇い、ゆとりある労働環境で働かせることができない会社など出て行け。潰れてしまえばいい」と考えている人がいるかもしれない。しかしユニクロが潰れれば何万人もの雇用が失われ、外資の同じようなSAPが市場を席巻するだけだ。
「ブラック企業」問題が解決された世の中とは、どんな状態になっているのか。すべての企業が普通の人を温かく受け入れてくれる世の中を望んでも、絵空事だろう。ハードワークで高給を得たい人も、労働時間と給与がそこそこの人も居場所を見つけることができる「雇用の多様化」が現実的な目標ではないか。
そのためには、まずは「嫌なら辞められる」人を増やす世の中を作ることである。これを実現するためには、セーフティネット付きで雇用の流動性を高めることが必要だ。解雇規制を緩和し、企業に負わせている過重な社会保障を軽減することで、起業や雇用を増やすことが考えられる。
優秀な人材が集まらなくなれば、企業はやり方を変えざるを得ない。経済合理性で動く企業を動かすためには、このようなアプローチしかない。しかし、企業を敵視する本書には、このような視点がないどころか、逆の手段を取ろうとしているように見える。
例えば、「労働組合やNPOへと相談し、加入し、新しいつながりを作る」ことがブラック企業をなくす社会的戦略としているが、強い組合が総合電機メーカーのリストラを阻止してきたことを考えても、流動化と逆行する方法が全体を改善するようには思えない。
また、「『正社員であること』を唯一の解答として与えられてきた若者」に、正社員になっても安定が保証されない現実を「残酷としかいいようのない事態」としているが、バブル崩壊から20年も経とうというのに、そんな甘い「解答」を持った若者などいるのか。
本書には「有益な若者」という表現が何度か出てくるが、いくら有名大学卒でも、人文系出のお嬢様を多くの企業は「有益な人材」と見なしていない。ここに学生と企業の大きな認識ギャップがあり、職場とのミスマッチが起きる一因にもなっている。こういう点についても、現実の企業の視点を冷静にとらえて、多くの若者が本当に救われる助言をしてもらいたいものだ。
大都市よりも小都市になればなるほど婚前交渉経験者率が高まる、という驚きの結果 http://bit.ly/WFYhMO
『地方の方が大都市部より中絶率が高い理由としては、地方圏では、未婚男女にとって、
性的な異性関係以外の刺激的な娯楽に乏しいからという点が指摘されることもあるが、
未成年だけでなく総数の中絶率を見ても、同様の傾向が認められる』
都道府県別デキ婚率 http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/7270.html
2.若年女性人口が過多であるほど処女率が高く、男だらけだと処女率低い のソース
不詳あん分に用いた平成22年国勢調査の人口 http://www.stat.go.jp/data/jinsui/9.htm
19歳~25歳のうちに人口が女>男になる京都府、大阪府、兵庫県、奈良県
参考文献
処女はダサいとメディアが煽る アンソニー プラトカニス , エリオット アロンソン 著『プロパガンダ』 http://amzn.to/UUMWsI
周りの空気に引きずられる 山本七平 著 『空気の研究』 http://amzn.to/10DZMk9
注;ここで条件分岐。
まわりはみんな彼氏が出来てSEX経験済である ⇒ 処女は男性から選ばれない女性で恥ずかしい
何の問題もないのに一度も彼氏ができない結婚してない女性が多い ⇒ 処女であることが悪いとは思わない
という思想変化が起こる。
人口維持の観点から女性の出産機能・母性保護のための労働立法を撤廃することは出来ず、
それ故に男性と女性の待遇が均等になるのは限定的な場面に留まり男女間賃金格差は構造的に永久に埋まらない。
少なくない割合の女性にとって結婚はセーフティネットであり、B.の環境では未婚女性への配慮が働き
その空気が近くの人達に感染する ニコラス・A・クリスタキス著『つながり 社会的ネットワークの驚くべき力』 http://amzn.to/YkQJEp
15 人中、11人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0 非常に面白い視点。実証の面でやや不安ありか? 2011/1/23
・・・内容は多岐に渡るが、特定地域の特定集団だけに起こった感情の集団暴走の例、オバマ大統領が地すべり的な勝利を大統領選挙で収めた例など、非常に興味深いものばかりであり、純粋に四方山話としても楽しめると思われる。
処女厨騒動の事、書いてるでしょ?
冷静さを失う ギュスターヴ・ル・ボン 著 『群集心理』 http://amzn.to/10ITsrP
(「断言・反覆・感染」こそが群集を動かす・・・お前のやっていることは同じではないか、というツッコミは無しで(笑))
そして空気に洗脳される キャスリーン・テイラー 著『洗脳の世界―だまされないためにマインドコントロールを科学する』 http://amzn.to/VQAKdS
(↓首都圏女性と京阪神女性の認知ウェブが違うことがわかります)
892. Posted by 2009年06月30日 19:09
好きでも無い奴に処女捧げてる奴は間違いなく蔑まれるし
そもそもヤッてる子なんか1割もいないわ…
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1278944.html
※ちなみにリンク先によると東京都の高校3年生の性交経験率が女子46.5%です。
ところが全国的に見ると高校生女子の性交経験率は23.6% http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2460.html
3.大卒女性の処女率は高く、その次に高卒女性、次にその他、の順で低くなる傾向
実家暮らし女性の処女率は高く、一人暮らしだと男を連れ込める分やや低い?傾向
収入が低い女性ほど処女率が高く、稼げる女性ほど非処女が多い傾向
同性の友達が多いか友達がいない女性ほど処女率が高く、異性の友達がいる女性ほど非処女が多い傾向
(男性が少ないほど、同性としか会話しないorできない女性の割合は高まる)
以上のソース
http://www8.cao.go.jp/shoushi/cyousa/cyousa22/marriage-family/mokuji-pdf.html
http://www8.cao.go.jp/shoushi/cyousa/cyousa22/marriage-family/pdf-zentai/ref1.pdf
都道府県別男女別大学進学率 http://www.stat.go.jp/data/nihon/zuhyou/n2201800.xls
都道府県ごとの単独世帯人口=不詳あん分に用いた平成22年国勢調査の人口 http://www.stat.go.jp/data/jinsui/9.htm
都道府県別 賃金構造基本統計 http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001011429
異性との交際経験がない男性の収入は低い傾向 http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2451.html
4.都道府県の1歳単位の未婚率(例 島根県の23歳女性の未婚率など)はここから導きます
都道府県、年齢別、男女別の未婚率
http://www.stat.go.jp/data/kokusei/2010/users-g/qa-1.htm
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/Csvdl.do?sinfid=000012460669
(人口はこちら http://www.stat.go.jp/data/jinsui/9.htm のものを使います。15歳以下も掲載されているからです)
(男性側は(日本人+外国人)*(日本人+外国人の 大項目コード1未婚率)=日本人未婚男性+外国人未婚男性)
(女性側は(日本人)*(日本人のみの 大項目コード2未婚率)=日本人未婚女性) この両者で未婚者男女比を求めていきます
なぜ平成22年のデータを使うかというと、発表されている最新の処女率が平成22年のものだからです。
http://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou14_s/chapter2.html#2
18歳~19歳 68.1% 20歳~24歳 40.1% 25歳~29歳 29.3%
30歳~34歳 23.8% 35歳~39歳 25.5%
ちなみに
平成22年当時の18歳~39歳 日本人女性人口は 16,331,482 人
首都圏(東京都&神奈川県&埼玉県&千葉県) の 日本人女性人口 4,918,095 人
中京圏(愛知県&岐阜県&三重県&静岡県) の 日本人女性人口 1,893,306 人
京阪神(京都府&大阪府&兵庫県&奈良県) の 日本人女性人口 2,460,065 人 (これで18歳~39歳日本人女性人口のうち56.77%)
北海道 の 日本人女性人口 691,027 人 (これで18歳~39歳日本人女性人口のうち4.23%)
福岡県 の 日本人女性人口 691,624 人 (これで18歳~39歳日本人女性人口のうち4.23%)
(計 56.77% + 4.23% + 4.23% = 65.23%)
平成22年当時の18歳~39歳 【未婚の】日本人女性人口は 8,298,789 人 このうち処女は 3,043,983 人
首都圏(東京都&神奈川県&埼玉県&千葉県) の 未婚日本人女性人口 2,598,758 人
中京圏(愛知県&岐阜県&三重県&静岡県) の 未婚日本人女性人口 901,417 人
京阪神(京都府&大阪府&兵庫県&奈良県) の 未婚日本人女性人口 1,297,005 人 (これで18歳~39歳日本人未婚女性人口のうち57.80%)
北海道 の 未婚日本人女性人口 357,791 人 (これで18歳~39歳日本人未婚女性人口のうち4.31%)
福岡県 の 未婚日本人女性人口 371,703 人 (これで18歳~39歳日本人未婚女性人口のうち4.48%)
(計 57.80% + 4.31% + 4.48% = 66.59%)
首都圏、中京圏、京阪神、北海道と福岡県を除いた都道府県の日本人未婚女性は33.40%で 2,772,065 人
首都圏は高校3年の時点でJKの半数が非処女、中京圏は首都圏より都市規模が小さい上に男だらけ、
京阪神、北海道と福岡県を除く都道府県は処女率が仮に高いとしても人口規模が微細過ぎて
定数 3,043,983 人にはまったく届かない。都市規模が小さくなるほど性体験が早い規則性も有りますし、
京阪神よりも男女比が男側に偏っている(女性の人数に対して男性の人数が多い)地域が少なくない。
平成22年10月1日時点での未婚者男女比(女100)(← 年の離れた男性との結婚、などで総人口は女>男でも未婚者人口は男>女になる)
地域 19歳~22歳 23歳~25歳 26歳~30歳 31歳~34歳 35歳~39歳 (縦軸)19歳~39歳 (縦軸)23歳~29歳 (19歳~39歳 総人口男女比) 首都圏 111.98% 115.69% 129.41% 147.42% 163.26% 129.52% 121.83% 110.03% 中京圏 110.16% 123.99% 146.14% 168.04% 192.54% 139.43% 133.69% 110.64% 京阪神 103.38% 106.27% 112.95% 123.63% 137.36% 113.86% 109.03% 99.30%
平成22年10月1日時点での 19歳~45歳 日本人男女人口差
首都圏 477,626 人の男性過多 中京圏 165,999 人の男性過多 京阪神 91,451 人の女性過多
札幌都市圏 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AD%E5%B9%8C%E9%83%BD%E5%B8%82%E5%9C%8F
札幌市の人口構成 https://www.city.sapporo.jp/toukei/jinko/juuki/juuki.html#ku
福岡都市圏 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E5%B2%A1%E9%83%BD%E5%B8%82%E5%9C%8F
福岡市の人口構成 https://www.city.fukuoka.lg.jp/soki/tokeichosa/shisei/toukei/jinkou/tourokujinkou/TourokuJinko_kubetsu.html#01
xvideosで股開いて腰振ってるかもしれない奥さんが嫌なら、取るべき行動は一つです。
雇用が悪化して税金と保険料の負担が高まり、女性を取り巻く環境は厳しくなる一方ですが、
まともな奥さんが欲しい、地位と収入のある男性を関西に誘導せざるを得ない(遺憾)
おまけ
松本人志 「大阪の女は日本一Hさせてくれない。盛り上がることは盛り上がるがHはやらせてくれない。昔からずっとそう。」
アダルトビデオで日本中で素人女性をナンパして、即本番、DVD商品化交渉をして、「かわいい・顔出し・本番」の三大要素を次々と実現させている
関西方面でおそらく100人以上の感染者を見た新型ウィルスですが、一部(ごく一部)WEB上で、日常的に異性との性的接触のある人間はある種の免疫系が安定しているので、新型ウィルスに感染しにくいはずだなんて見解が流通している。
21. 福岡人 2006/11/15(水) 23:51:02
37. 関西女2回生 2006/11/18(土) 22:01:34
>関西人の俺ですが、関西は特に高校ぐらいまでは相当に女が固いです。
確かに!私は今でも 処女です。
http://www.kyoto-u.com/lounge/discuss/html/200611/06110012.html
とりあえず日本で女は戦前まで大学進学を許されていなかったのは歴史的な事実。
「レディーファーストはピストルの弾除け」と言う日本限定ネットの都市伝説を信じている人?
元々漫画がこれだけ発達しているのは日本だけで、海外の創作と言ったら主に小説だが
女性作家による女性向け小説なんて昔から欧米で山ほど存在するわけだが。
終身雇用が崩壊して男性の収入が安定的なものではなくなったため、止む無く働きに出ないといけない女性が社会進出しやすいようにシステムを整備すべき
女性にとって結婚はセーフティネットなのか女性も働きに出ないと行けないのかどっちなんだよ
「女性にはこうあって欲しい」という願望というフィルターを通して女性を捉え、
なんてすんなよ。
誰もiphone持たせろなんて言ってないけど…?
税制改革&社会保障制度の見直しが議論に上がっている今だから、大野更紗氏の「困ってるひと」に寄せて、再び想うことを書いておきたい。
大野更紗氏が語る現状のセーフティネットについて、社会保障の手続きの難解さを「モンスター」と呼んでいる。何故か?…それは
「何がどうなっているかわからない」からなんです。制度の構造や仕組みが理解できれば「モンスターだ」なんて誰も思わない。「何がどうなっているのか」が、まったくわからない
から。
「日本のセーフティーネットはスカスカ」―『困ってるひと』著者・大野更紗氏が語る社会保障の“現実” (1/4)(BLOGOS編集部) - BLOGOS(ブロゴス)
改めて拝読して、ため息以外に何も出てこなかった。自分たちのいる荒野があまりに広大かつ迷路のようだからだ。
引用が長くなるが、
ところが、この制度を利用するためだけでも、毎年更新が必要です。その度に大量の書類をそろえなければならない。…
自分の体が動かない状態、役所まで出向けない状態で、延々とお役所の窓口ジプシーみたいなことをしなければならない。この制度をひとつ利用するだけでも、「困ってるひと」には大変なことです。そのほかにもさまざまな制度がありますが、一つひとつ自分が何を使える可能性があるのかを調べるだけでも、書類の山と格闘しなければならない。
:
自分がそういう状況に陥って、「ここまで大変な状況なのに、どうしてこれまで誰も何も言わなかったのだろう」と非常に不思議に思いました。そこで、よくよく考えてみると、「ここまで大変」だからこそ、実際に当事者になってしまうと「生きているだけで精一杯」で、物事を整理するとか、発信するとか、助けを求めるといったことができなくなってしまうんです。それが日本の社会制度の現状がモンスターたる由縁かなと思います。
まったくその通り。ここで、
比較的動ける難病患者・ネットに明るく情報収集し易い・家族の支援が得られる・主治医も難病支援の制度に詳しい
VS.
病状が重篤・独居・ネットにも明るくなく頼れる友人もいない・主治医すらその手のことまで知らない
この2種類の患者に、かなりの格差が生まれることを知る人は少ないのではないだろうか? お若くて頭の回転の早い大野更紗さんですら、書類の山、制度の複雑さにお手上げ状態だったのだ。
病状が重く、鬱状態にも陥り易い、難病患者にお手軽な方法は「無い」。手帳というのもないので、いわゆる「障害者」支援への手の届きやすさとは大違いなのだ。
お役所も制度を使う人がいなければ、運用する前例がつくれないため、経験やノウハウが蓄積されないですよね。使う側も電話をかけて「前例がないので」と一旦断られてしまうと、それであきらめてしまう。
なぜ「あきらめる」のか? 気力が続かないからなのだ。もう窓口で相談するだけで体力気力を消耗疲弊し、担当者が否定的な言葉を発しただけで、その次の方法を考える気力など残らないのだ。
難病患者の人たちというのは、わたしを見ていただければわかるとおり、見た目でその辛さや、障害の度合いを判断することはむずかしいですよね。こうした「見えにくい障害」は、現行制度の中では、判定の過程で障害を軽く見積もられがちなんです。そういうシステムになっている。3つの分類にきちんと収まらないために、いわゆる「制度の谷間」といわれる部分に落ちてしまうのです。
これこそが問題なんだと思われる。
最新の推計で
数値で見ると、約10倍の違いだが、個別に見ると実は、亡くなっている方も半端ではないのを考慮にいれていない。
難病患者のほとんどは、見た目は健常者と全く区別がつかない。手も足もあるし、普通に歩ける人もいるし、リウマチ患者の方と似ていると言えば分かりやすいかもしれない。気をつけて見ると、指の関節が変形していたり、というのと同じレベルだ。
ちなみに自分は7年前に全身性強皮症と診断されたが、見た目は元気、上から下まで気をつけて見てもどこも健常者と変わらない。手指を触わると、え?と驚かれるぐらい硬い。寒冷刺激でレイノー(指先などに血液が行かなくて真っ白や紫色になること)が出ても大概手袋をしているので分からない。マスクをしていても、最近インフルエンザが流行っているのでまったく周囲と違和感がない。
そういう自分も大野更紗さんと同様、診断ジプシー約半年。たらい回しの末、とある大学病院の膠原病内科で「たとえ、精密検査で確定診断できても、今の医学ではどうすることもできない」と確定診断すら断られた。
夫とともに絶望しせめて静養のためにと引越しまでしたあと、ネットで研究班の存在に辿り着き、窓口のドクターにメールで相談できた。そこから一気に、確定診断、治療方法を決めるための検査入院。ステロイド剤投与量が決まって、するすると症状が回復した。今は一定量のステロイドと血管拡張剤が、自分の身体を見かけ健常者にしてくれている。
そうじゃない同病者もかなり多く、自分は半年と言えども、確定診断が早かったお陰で内臓病変までの進行を免れた口なのだ。指に潰瘍もないし、模範的患者とも言える。もちろん、薬の副作用や、細々した不具合は置いておくとしてだ。
なんだかんだと言って自分には何も変える力はないけれど、忘れたくないのは、自分が「困ってるひと」になって初めてイロイロな気づきがあったこと。感謝とまでは言わないが、これは大切な財産かもしれないと思っている。
経済成長で全体のパイの大きさを何とかして大きくしようと努力する人たちがいて、かつわたしたち側というか、制度や社会保障とか「困ってるひと」の問題について考える側は緻密なパズルを組み合わせていく
大野更紗さんがそうおっしゃっていたとおり、パイを大きくすることも勿論必要かもしれないが、パイの切り分け方をもっと真剣に考えて欲しい、切り分けたパイの運び方も考えて欲しい、切にそう思う。そのために自分にできることは何なのか?今の迷いはそれだ。
現状、現場では
それを切り分ける側も、もらう側も、明快に解るような指針なるものが必要なんだと思う。
大野更紗さんがおっしゃるセーフティネットが「スカスカ」の意味を実感できている人がどれだけいるだろう? セーフティネットの隙間からこぼれ落ちている人が一体どれだけいるのか自分には把握できない。同じ難病患者でも、症状が軽ければ気付かずに過ごしてしまうところだろう。
しかし、居るのだ。実際に「困り果てている」にも関わらず、命に関わるかもしれないにも関わらず、見捨てられている人達が。福祉を受ける側にも「格差」があり、症状が重篤なほど本人は何もできず、何かをする術も知らず、それでも生きているしかない。そんな人達をすくい上げることが、今後私たちにできるのだろうか?
この数値は行政が把握して受給票を発行している人数 (横道だが、たまたまご近所で同じ病気の方が2人いて、確定診断されたときにはすでに「間質性肺炎」という重篤な内臓病変が進行しており、立て続けに亡くなったばかりだ) であり、実際の人数は不明だ。
「健康で文化的」とまでは言わない。憲法に謳われている「最低限度の生活を営む権利」が侵されたとき、「命」の不公平さを感ぜずにはいられない。
大阪維新の松井が「死にたきゃ一人で死ね」とか言ってて、半分は道理なんだが、そもそも日本では「苦しまずに合法的かつ確実に自殺する手段」がないんだよね
一人で確実に死のうと思ったら極めて確実性の高い毒物を使うしかなくまず違法。普通に入手可能なレベルの薬物とか首つりとか入水とか練炭とかは確実性が低く、下手に失敗すると後遺症。一番確実なのは誰かに殺して貰うことだが、当然それを頼んだ相手が殺人者になってしまう。
この国では死ぬより酷い絶望に追い込まれても、人様に迷惑掛けずに心安らかに死ぬことすら許されず、究極のセーフティネットである「死」すら機能不全を起こしている。
自殺権が法的に担保されない理由は簡単で、まともじゃない国では死ぬより辛いという程度でホイホイ死なれたら搾取する支配者側が困るから、まともな国の建前は死ぬより辛い状態に陥ったら国が助けるというのが前提だから。そういう意味では松井の発言は半分は道理だが残り半分は政治家として論外でもある。
といっても死ぬほど絶望した人を助けるのって(犯罪者とかそういう観点抜きで)国が全て何とかなるものでもないし、究極の自由権としての自殺権ってのは検討されてもいいんじゃないかなぁって気がする。
そしたら"違法な"自殺者が年間3万人ほどいるのが、"合法"化したら30万人くらい死ぬことになりかねないし、その9割は(何ともならないものではなく)国の不作為によるものだろうけど。
ちなみに(終末医療における安楽死ではなく健康な人が精神的絶望により生命を終わらせる権利という意味での)「自殺権」が法的に認められている国は存在する。スイスとか。
死刑の賛否を問う話題でホームレスの話題を出して「ホームレスは放置すると死ぬけど?」と言ってきたから「それにはまず放置されているという前提が必要な訳だが、実効性はともかく政府が別に何もしてない訳じゃないんだが?」と言ってる訳なんだが。
自分で論点をひっくり返しているのにまだ気が付かないのか?
閑話休題。
俺はホームレス救済に実効性がない理由は、それ以前に生活保護の制度を始めとしたセーフティネットがきちんと働いてないからだと答えている。だからセーフティネットをきちんと動かすためにはどうすればいいか考えるべきだとは思っている。
貧困問題は個別問題を潰すのはもちろん有効だが、そもそも社会構造に根ざす話であることが多いので、将来的に総論としてどういう方向に話を持っていくのかという議論が必要だと考えているのでな。
http://anond.hatelabo.jp/20120526091039 続き
https://twitter.com/sasakitoshinao/status/206228386853560324
なんか「Studygiftは<公>だと思ってたのに<私>だったのか、騙された!」とか言ってる人が何人かいるが、公の意味をこれからもう一度再定義した方がいいと思う。そうやって怒ってる人は公がどこかから神のように降ってくる存在だと思っていないだろうか。
https://twitter.com/kirik/status/206229674295181312
いや、公を誤認させてはいかんでしょ RT @sasakitoshinao なんか「Studygiftは<公>だと思ってたのに<私>だったのか、騙された!」とか言ってる人が何人かいるが、公の意味をこれからもう一度再定義した方がいいと思う。そうやって怒ってる人は公がどこかから
https://twitter.com/sasakitoshinao/status/206228646128656384
公は天から降ってくるものでなければ中間共同体が勝手に担ってくれるものでもなく、今後は<私>の無数の集合体、<私>がつくるさまざまな仕組みの集合体によって<公>が成り立つという方に考えを切り替えないと。
https://twitter.com/kirik/status/206230378468487169
先生、public というのはきちんとした定義のある言葉です。ご主張は理解しますが、今回の事例でそのような理屈は通らないと思いますよ。 RT @sasakitoshinao 公は天から降ってくるものでなければ中間共同体が勝手に担ってくれるものでもなく、今後は<私>の無数の集合体、
https://twitter.com/sasakitoshinao/status/203695743184273409
おっしゃる通りです。情報は開示されてる。家入さんという個人の信頼でも担保されてる。詐欺じゃないでしょ。 RT @fox_m @sasakitoshinao 単位とらなかろうが旅行に行こうがそれをひっくるめお金出す人の選択の自由はあるという話を佐々木氏は言ってる気がするんだけど。
https://twitter.com/sasakitoshinao/status/206751155445956608
私は家入一真という人は、おおくの人が批判するように欠点もたくさんあるのかもしれないけれど、彼が追い求めている価値に共鳴している点で全幅の信頼を置いています。
https://twitter.com/sasakitoshinao/status/206752926461476865
そんな担保などあるわけないでしょう。すべては個人の意見。客観など幻想にすぎない。 RT @maitreya_K 公私とか自助公助とか、そういう切り口自体が佐々木俊尚さん、あなたのセルフサービスの問題意識と見受けられます。その見方はいったい何によって担保されているのでしょうか?
先ほどTwitterに連投したStudygift問題についての論考です。以下、少し整理して転載します。
一連の議論を見ていて思うのは、個別包摂と社会包摂がごっちゃになってしまっていませんか?ということ。社会包摂とは生活保護などの公的扶助をはじめ、誰もが平等に享受できるセーフティネット。個別包摂は、個人的なつながりの中でのセーフティネット。
たとえば隊長の「就学希望児童助成を軽いノリでやるな」という記事もそのひとつで、社会包摂としてはこの視点はそうだろうと思う。しかし個別包摂にまでそれを求めるのか?ということ。
■家入一真さんの例の件で願うことなど: やまもといちろう http://bit.ly/KArAfU
個別包摂なんて、親戚のおいちゃんおばちゃんに金出してもらうのと同じレベルで、単にそれをネットのオープンな場所でやってるだけ。だから「出したい人が出せばいい」と私は書いたわけです。そういう家族単位、知人単位、ソーシャルグラフ単位の個別包摂の集合体が、公的扶助などの社会包摂を補完していく可能性があるから。
だから個別包摂で、後から「なんだお前退学してたのか!」「男女関係からんでんじゃないの?」とかそういう話が出たとしても、おっちゃん(支援者)と姪(被支援者)の間で話せばいい話。「ほんまに復学する気があるのか?」「おまえ結婚しても学業続けられるんか」みたいな、そういうレベルの話。
そしてこの社会的包摂と個別の包摂の混同は、実のところ河本準一氏の生活保護騒動にもつながっている。「息子が支援(個別包摂)できるのに生活保護受ける(社会包摂)のはけしからん!」と。河本氏にあなたは個別包摂を利用せよと求めている。だったらなぜStudygiftの坂口さんには個別包摂によって支援を受けることを許さないのか? 二つの問題の根っこは、ここで実はつながっている。
Studygiftは皆が見える場所でやってるからけしからん、目に入らないところでやってくれという意見もあるだろう。まるで全員に門戸が開かれてるように誤解させるのはけしからん、と。だがこうした個別包摂でさえも可視化されてしまうのがネット時代の恐ろしいところなのだ。そしてこの可視化時代に、妬みや誹りや恨みの対象となるありようはそこらじゅうに可視化されている。今までは知らないで済んでいたことが、全部見えてしまう。これはある意味たいへん苛烈な時代だ。
しかしこのような個別包摂の試みは今後も次々出てくるだろう。個人間送金が簡単になればさらに加速する。私はその多様化は社会包摂を補完するありかたとして否定すべきでは無いと思う。今回のStudygiftは拙速なのは事実だが、そういう試みの最初の小さな一歩にすぎない。
ネットを活用した個別包摂のセーフティネットに対して「うまくやりやがって」「詐欺だ」と怒る人たちは今後も増え続けるだろう。それは避けられない。たとえばこの記事などが典型だ。
■仮に僕膣と学籍詐称が無くてもstudygiftは駄目だよな http://bit.ly/KAuGAA
無償のリスペクトが応酬されているだけの評価経済社会に留まっていれば、問題は起きなかっただろう。だが評価経済と貨幣経済が結びつくことで、評価=カネということが実現してきている。これは大きな波紋を投げ掛ける。
すべての人々が平等に包摂されるような時代は最早やってこない。そういう包摂は戦後社会でも平等幻想でしかなかったが、その幻想さえも剥ぎ取られる時代になってきている。だからこの問題への怨嗟は今後もなくならないだろう。しかし社会亭包摂とは何かということをもう一度考えなければならない時期に来ている。
自らを助ける者が助かるだろう。しかもその「助かる」有り様は見えてしまっている。だったら自らを助けられる者だけが助かればいいのか? そして、自らを助けられない者をいったい誰が助けるのか? これはコミュニタリアリズムとリバタリアニズムの対立にも繋がってる。だからここから本当に真っ当な政治哲学的な議論が始まるのかもしれない。
そう期待したいけど。
いのうえ とーる 私もこれを全く社会包摂で語って批判する人が多いことに最初から不思議でなりません。説明不足である問題点を除けば、売りのある人、自分がいいなと思った人を援助することは不自然でもなんでもないわけですし、そこに不公平だと文句をいうのはおかしいと感じます。だから、わたしは批判のほとんどは単なるそういう行動ができない人の嫉妬にすぎないと思えるのです。
上田 康之 ぼくも佐々木さんの言わはることに賛成なんです。同棲してたとか、退学してたとか、どーでもええ話やと思います。
勝手にやりゃええ話やと思います。
ただ、隊長の話と少し似てるんですけど、なにぶん対象が「子ども」なんで「顔を出して、実名も晒して、学校に行きたいけどいけないというプライバシーを晒すことが、どれだけの苦痛を将来において背負うことになるのか」ってのが少しだけ気にはなりました。
この子は20歳超えた子ですし、その点は理解してるかもしれないですけど。
最上 雄太 Twitterにも幾つかレスしましたが、別に悪意も変な扇動をしようという気もないのは伝わりました。
寄金 佳一 星野智幸さんが小説家らしいさすがの感性で語っています。「私たちがバッシングし、叩こうとし、殺そうとしているのは、「俺」なのだ。自分なのだ。」と。
http://hoshinot.asablo.jp/blog/2012/05/26/6457416
で、悪意がないのにこういった事を本気で書かれているのにヤバいな、と思いました。
不特定多数と知人の区分けが無意味と言いつつ、個別包摂と社会包摂に分けて考えろっていう起点自体が無茶苦茶ですよね。
先の「無視すればいい」という発言もそうですが、本質が全く見えてらっしゃらない。
今回こういう騒ぎになっているのは、一言で言えば「当事者に納得感が無い」からですよね?
この納得感というのは言うまでもなく必須要件であり、また今回の「当事者」は支援をする側される側だけじゃないですよね。
皆まで言いませんが、仲良しごっこも同好会ノリで楽しくやるのも全然いいんですが、迷惑かけないでって事です。
おおつね まさふみ これは「おっちゃん(支援者)と姪(被支援者)の間で話すようなトークを、単にネットという開けた場所でやってるだけ」って言われるだけのような……
おおつね まさふみ 「社会的包摂と個別包摂はネットで差別される。前者について発言するのは自由だが、後者については言論の自由は制限される。理由は◯◯だ」の、理由の部分がなんだかわかりにくいので、そこを聞きたい所。
川岸 義明 今回の件で、就学希望児童助成自体が世間的に眉唾に思われたのであれば....個別包摂,社会包摂に関わらず、痛い話だなぁと...支援者がそれを正しく区別できるのでしょうか....よくわかりませんが...
Kanehira Takashi 学費援助の件では、否定派と肯定派の対立軸がすぐに出来て、両者を包摂するとしたら、弱者を助けたい人(肯定派)の役回りになりそうです。生活保護の件でも、否定派と肯定派の対立では、やっぱり弱者を助けたい肯定派が、否定派に地道な説得をすることでしか包摂が来ない気がします。否定派は日本版ティーパーティーに見えます。閉塞感があるとさらに狭い方にいくのだなと。歴史を振り返ると、女性参政権を勝ち取った人はなんて偉いんだろうと想起したりもします。
くらます りょういち 個別包摂の試みというのは、ずいぶん前からありますね。いわゆる「○○ちゃんを救う会」。海外で手術受けるのに○千万円必要です、みたいな。
しかし、その「○○ちゃん」の情報が、もし事実と異なるものであったとしたら。それがお金を集めた後に明らかになったとしたら。
はたしてそれは「おっちゃん(支援者)と姪(被支援者)の間で話せばいい話」で済むんですかね。
上田 康之 くらますさんの【「おっちゃん(支援者)と姪(被支援者)の間で話せばいい話」で済むんですかね】は、それで済ませたらええんちゃうかなぁ。
もし、その子が将来、極道になったとしても、文句言わんと、それ込みで支援したろうって思ってやったらええんちゃうかなと思います。
はやし りょう 社会的包摂と個別包摂を区別してるんじゃなくて、資金の集まり如何に依らず目的を達成出来ない可能性を明らかにしないまま支援名目で投資を募ったのが叩かれてる原因じゃないですか?社会的包摂と個別包摂で区別して云々って論調が通るならば極論すれば「ばれなきゃオレオレ詐欺ってOKなの?」って話になりますし。
今回の件は何がよくて何がだめだったのかを議論してブラッシュアップを図るのが第一で、論じる人の社会的な関係性に論点ずらすのは単にこのネタつかってプロレス見せてるに過ぎないと思います。
おおつね まさふみ それだと「支援もしないし、興味もないけど、紛らわしい弱者風の錯誤でカネ集めているのは見過ごせないから個別包括をネットのオープンなところで主張する」という人だって居てもいいよね。
はやし りょう おおつねさんの発言がStudygiftをウェブで展開する事の意義だと思います。意見を述べている人の立場を以て「あなたには発言する権利がない」というのはもう本当にナンセンスですよ。そんな主張は第一次世界大戦でもう過去の遺物になってるんだから、知的なブラッシュアップに社会的立場とかホント混ぜないでほしい。
芝尾 幸一郎 個別包摂の取り組みだったら、金くれ http://kanekure.ssig33.com/ と言うサイトで良い気がします。そして、現にこのサイトは別に炎上していない。個別包摂の例なら上のサイトの方が適切な気がします。
金くれ
kanekure.ssig33.com
松本 孝行 社会が面倒を見るのか個人が面倒をみるのか、それを河本さんの話だけで語るならいいですが、studygiftを混ぜてしまうと、とたんに焦点がぼやけてしまいます。その問いかけはたしかに社会起業家やサッチャー・レーガンの社会福祉削除の話とも関連して、非常に重要だとは思います。しかしstudygiftの話はまた別問題です。それに私的な援助ができるのはジャストギビングなどもあるわけですし、なにもstudygiftがダメに成ったから全てダメになるということはありません。むしろ、今回の件は私的な寄付という行為へのハードルを上げたと思っています。
とにかく論点はそこじゃないと思いますよ。
荒巻 里江 個別包摂と社会包摂の区別以前の問題では…? 被支援者が嘘(あるいは誤解を招く言葉)を堂々とサイト上に掲げ、お金を集めようとしたことは、仮に悪意が無かったにしろ問題のある行為ですよね。そして「お金を出したい」と思わせる為の嘘に気付けば、いくら身内のおっちゃんと言えど腹が立つのではないでしょうか。そしてそんな嘘に騙されたおっちゃんの存在を知った周囲が、姪を批難するのは至極当然の流れだと思います。私には佐々木さんが「騙したのが身内のおっちゃんなら何ら問題ない」と仰られているようにしか見えないのです…。そんな馬鹿な話がまかり通るのであれば、世の中の詐欺は無くならないでしょうね。
稲畠 康 概ね同意ですが、個別包摂とはいえ間にサービス提供事業者(本件ではLiverty)が入っている訳で、「おっちゃん」と「姪」の間で話せばいい話と言う下りに疑問があります。
小林 啓一 私も次長課長の河本さんの件とstudygiftの問題はほとんど同じく(Twitter風に言うなら公式RTする様に)感じていました。
これって例えば子供が自立した夫婦の片方が亡くなった時、残された方が再婚する事に親族が反発してしまう話と同じと考えています。
つまり日本社会では成人でさえ個人としての自立が得られず、私で解決すべき問題と公で解決すべき問題の線が引けない、判断できない。
しかもそれに対して、それこそ非当事者が当事者の問題にずけずけと土足で入り込んで、さもしたり顔で持論を押し付ける。
こういう嫌らしい社会にしない様、個々人の当事者性を高めるにはどうしたらいいでしょうかね・・・?
佐々木 俊尚 叩きやすいものを叩く。叩かれてるものを擁護すると、「今さら何擁護してるんだ佐々木は、バカじゃないの?」という反応が湧き出てくる。ドヤ顔で勝ち馬に乗る連中が大量に湧き出てる。
おおつね まさふみ 「誰にでも叩く理由があれば叩く自由は有るよね?」って話なんですが、批判者ウザいっていう話だったのかな?
河村 明 当事者でないものはもの言うな、という考え方は当事者性を高めるのと、逆のところにあるような気が...違和感を感じました。
荒巻 里江 少し気になったのですが、佐々木さんは『問題点を指摘して批判すること』と『ただやみくもに叩くこと』を一緒くたにされてませんよね??? studygiftに対して批判的な意見は『すべて悪だ』と思われてませんよね??? 汚い言葉を吐き捨てるだけの人間も勿論います。しかしstudygiftを批判している人間全てが、ただ勝ち誇りたくて、ドヤ顔をしたくて、運営側に行動を起こしている訳ではないのです。佐々木さんに言わせれば『これは当事者だけの問題だから周りが口を出すな!!』ってことなのかもしれませんが、(揚げ足をとるようで非常に申し訳ないのですが、)もしそうであるなら『非当事者である佐々木さんがstudygiftに関して擁護的な意見を述べられたこと』にも違和感を感じざるをえません。個人的には、改善すべき点を完全に無視して、盲目的に運営側を擁護されるのは少し危険なのでは、と思います。
Shuichi Asai 恥ずかしながら、個別包摂という言葉は初めて聞いたのですが、「個別」と「社会」という分け方が、そこまでデジタルにできなくなってきてるのではないでしょうか。人の姪のことでも、親しい家族以外の人でも、アドバイスする可能性があるでしょ?インターネットでおおっぴらにやられると、なんでも身近に感じてしまうんですよ。コンプガチャ問題も、同じようなもんでしょ。みんな、コンプガチャなんてやっていないのに、嫌悪感を持つ。インターネットに人間がいる以上、このような現象が避けられないので、これを考慮してリスクヘッジするか、覚悟して強行突破するしかないのではないでしょうか?
Shuichi Asai あと「ドヤ顔で勝ち馬に乗って、したり顔している連中」は佐々木さん側にも沢山いますよね。
木下 孝二 生活保護の件、社会包摂の不正利用という1事例にすぎない。学費の件は、個別包摂を依頼する側の本人、仕掛人の当事者性が不足してましたね。「投資」ではない借金や資金支援というのは財布の中身やネガティブ情報も十分に相手に晒す必要がありますから、パブリックな場で募集しようとすれば当然それらを全公開する覚悟が要る。中途半端に情報量を抑えようとしたから、支援要件としての情報量を満たせなかった。
木下 孝二 やまもと氏は「学業支援という未成年中心の支援に機微情報全公開の手法はふさわしくない」と述べていてそれに同意するわけですが、佐々木さんも述べている既存のクローズド(親類)から一歩だけ進んだ、クローズドなソーシャルグラフ上での支援というのが、「一歩先のネット時代の支援」の形ではなかったかと思います。studygiftはいきなり全公開ですから、ちょっと勇み足が過ぎたかなという印象です。
最上 雄太 確かに叩く事自体が目的の人も散見されるので、イライラされるのも、ニュートラルを保つのが大変なのも分かりますが、勝ち馬とかドヤ顔とかいう言葉が出てくる事自体に驚きです。叩かれてるとか周りがどうとかではなく、それこそ極めてニュートラルな視点から感じた事を僕は言っただけですし、ほとんどの方も同様なのでは。論点ずれるのでこの辺にしておきます。
佐々木さんの論考には賛同しかねます。なぜなら、佐々木さんが個別包摂という概念を持ち出すのであれば、Studygiftでは支援者と被支援者との関係が、おじさんと姪のような信頼性が担保される関係には無いからです。ネットの時代の個別包摂だからといって支援者に寛容を求めるのは、支援者にはあまりに酷な話でしょう。
そもそも包摂とかコミュニタリアリズムとか、そんな複雑な概念で論考するような深刻な事案でしょうかね?私には小難しい言葉を意図的に多用して御自身の主張「出したい人が出せばいい」の正当性を守ろうとしているようにしか読めないのですが。
やまだ まさゆき 個人的には「親戚のおじさんが、懇意にしてるキャバクラの女店を持たせたいけど、身銭で賄うんじゃなくて、「この子の夢を叶えてあげたいので、ちょっと金をくれないかな」って言ってきたって印象。
てめーの女なんだからてめーで金出せよって思うし、どうみても「かわいそう」だからじゃなくて、下半身問題にしかみえないのを「かわいそう」という綺麗事を全面に押し出そうとしているから問題視されているのだと思う。
「ばれなきゃオレオレ詐欺ってOKなの?」という書き込みがあるのだけれども、studygiftで今回提示されている案件は血液型占いを本気で信じている人だって「あー・・・これは」って気づくくらいの作りになっていると思うのね。オレオレ詐欺なんか比較にならないくらいにユルいというか最初から、ぐぐたすで有名になったおねーちゃんがiPhone持ってインドなうにお金出してね☆(・ω<)だっていうのは誰の目にも明らかなのに綺麗事で押し通そうとするから、切り込みPermalink | トラックバック(1) | 11:15
・深く関心を持たれなくなっている
・「真面目に相手をしたらバカを見る`バカにされる」
みたいな土壌があって、何か問題があっても、まぁあいつらならやりかねないと思われてるから。
「嫌なら見るな」といって好き勝手していると`誰も彼らについて真面目に扱わなくなる°
当然自分達が困ったことになっても’弁解しょうとも誰も真面目には相手しない°普段「ネタだから流せ」と言って好き勝手に他人をネタにしてるんだから丶少なくとも彼らが人の態度にケチをつける資格はない°無理解や丶無責任な発言を責めることも許されない°他の人がやりすぎをたしなめてくれることを祈るしかない°
だから私は河本には全く同情しない°というかツイッタ‾の発言は気持ちはわかるがアホとしか言いようがない°
生活保護に関する誤解や丶片山らのポピュリズム’それからおそらく吉本も関わっているであろう暴カ団による生活保護制度への寄生などがうやむやになり丶セーフティネットの議論が間違った方向に進みかねないことには危惧を感じる°
だが河本の窮状については理不尽だとは全く思わない°あえていえば`吉本やそれを持ち上げ続けたテレビの責任であり`スケープゴ‾トにされてあわれ`と思うだけ°
そういう意味ではるかぜちゃんの意見は子供らしくて素直とは思うが単純すぎる°
これは放映側と視聴者のバランスの問題でぁる°もう河本をたたくな`だけで治まる問題じゃない°何らかの形で吉本の作りぁげてきた「何でもネタ化して真剣な議論をあざわらう空気」にはストップをかけねばならぬ°
河本を救いたければょり大きな問題にふみこむべきだし`そこをちゅうちょするなら河本を見殺しにするのはさけられない°
しかし’このネタを最初に取り上げたセブンは’これ刋「生保」「吉本」「ネット民の思考停止」などの火薬庫であることをどれほど自覚できていただろうか゜
長文書いといて何だけど、ここに書いてることを正しいとは全く思ってない。
小泉純一郎、竹中平蔵、中川秀直、森喜朗、河野太郎、片山さつき、野田佳彦、前原誠司、細野豪志、福山哲郎、古賀茂明、玄葉光一郎、岡田克也、藤井裕久、仙谷由人、渡辺喜美、江田憲司、橋下徹、中田宏、御手洗冨士夫、新浪剛史、米倉弘昌、奥田碩、柳井正、孫正義、渡邉恒雄、渡邉美樹、高尾剛正、ホリエモン、池田信夫、藤沢数希、東浩紀、Chikirin、小飼弾、大西宏、馬場正博、飯田泰之、伊藤元重、大田弘子、芹沢一也、荻上チキ、山崎元、ビートたけし、田原総一朗、池上彰、辛坊治郎、三宅久之、宮台真司、高野孟、藤巻健史、平沢勝栄、山本一太、江沢民、習近平、盧武鉉、李明博
経団連、みんなの党、大阪維新の会、民主党、自民党、公明党、はてな民
TPP推進、原発反対、小さな政府、ベーシックインカム、法人税引き下げ、消費税増税、新自由主義、嫌韓中、親米
グローバリズム、弱肉強食、自由競争、平成の開国、規制撤廃、市場開放、老害、坂本龍馬、民営化、市場原理、自己責任、ガラパゴス、構造改革、官から民へ
麻生太郎、安倍晋三、石破茂、平沼赳夫、長島昭久、城内実、西田昌司、谷垣禎一、中川昭一、石原慎太郎、三橋貴明、中野剛志、関岡英之、青山繁晴、櫻井よしこ、勝谷誠彦、金美齢、小林よしのり、佐藤優、田母神俊雄、高岡蒼甫
たちあがれ日本、国民新党、(民主党、自民党)、チャンネル桜、2chまとめ
TPP反対、憲法9条撤廃、自給率アップ、嫌韓中、原発推進、保守
靖国神社、国防、核、尖閣諸島、ナショナリズム、愛国心、君が代、日の丸、天皇家
福島みずほ、亀井静香、志位和夫、鳩山由紀夫、中井洽、保坂展人、田中康夫、長谷川憲正、植草一秀、湯浅誠、田嶋陽子、ひろゆき、副島隆彦、きっこ、天木直人、森永卓郎
TPP反対、福祉、原発反対、大きな政府、沖縄基地県外移設、反米、格差是正
私は、とてもじゃないけど自分に自信がない。
facebookで、昔の友人たちがTHE☆リア充な写真を上げてると、
よくもそんなことができるなあ、自分に自信がある人は人生楽しそうだなあ、と思う。
私にだって恋人もいて、多くはないけど友人もいて、同じような写真を上げることもできる。
けれど、異常に他人の目が気になるのだ。
「うわー、あの程度の人間のくせに、リア充気取っちゃうんだ?」と後指さされるのが怖くて仕方ない。
こんな風に自己肯定感を持たざる者は、人生を気楽に楽しめない。
いつから持たざる者だったのか、思春期のころからずっと、劣等感の塊だった気もする。
持つ者は、いいなあ。私だって、自分で自分にOKを出してあげられる人になりたい。
けど、私は他人と比べて劣っているところがたくさんあるのを知ってるし、
それを無視できるほどプライドが低いわけじゃない。
そう、矛盾するようだが、私は私のことが好きだ。プライドだけは一人前なのだ。
自分のことが可愛くて仕方がない。だから、誰よりも上位でありたい。
こんな私のセーフティネットは、冴えないけれど気心知れた恋人だ。
自分で自分にOKを出せない代わりに、恋人から自分にOKを出してもらえる。
それは、無条件だ。親兄弟よりも強烈に、今の自分を承認してくれている気がする。
もし、恋人がいなかったら、と思うとゾッとする。
あ、だから自分は絶えず恋人を切らさないことに、ずっと懸命だったのか。
自己肯定感を持たざる者の特徴に、対人関係=上下関係としか捉えられない、
っていうのがあるんじゃないかと思っている。
私は先輩・後輩と接するのは、まったく平気だ。しかし、同年代の同性がすごく苦手。
上でも、下でもないと、どう接していいのか分からない。
その中でも、自己肯定感に満ち溢れた人種に対しては、尋常じゃないルサンチマンを覚えてしまう。
似たような人いないかな。
今月結婚する。今まで2chで「結婚は人生の墓場」という例もたくさん見かけてきた。自分の親もずっと不仲で数年前離婚した。だから「結婚しなければ」というプレッシャーがあったわけではない。それでも今月結婚する。
もちろん、この人と結婚したい、そう思える人が見つかったからだが、それまでの間「結婚したいと思える人」を探していなかったといえば嘘になる。それは、なぜだろうと考える。有り体に言えば「結婚願望があった」ということなのだろうと思う。でも、なぜ結婚願望があったのかは、未だに自分でもよくわからない。
昔から一時的な恋愛にはあまり興味がなかった。寂しいという感情が薄く、性欲もオナニーで解消するほうが合理的だと考えていた。クリスマスにかっこいい彼氏彼女を引き連れて街を歩くといった、恋愛をファッションと考える向きもあるけれど、そういう嗜好性も僕にはなかった。だから、寂しさと性欲のためにいつか終わりを告げる関係性に時間を投資するのは無駄だと思えた。
それでも女性とつきあったことはある。当然、好きだな、と思ったからだが、しかし一方で好奇心(セックス含む)の延長線上、あるいはいつか結婚するためのコミュニケーション力研鑽としてつきあっていたようにも思う。十代の恋愛なぞ、互いがどんどん変化していく中でズレが発生してしまうものだと思うし、どうせ長続きはしないと思ったからだ。実際に長続きはしなかった。それでも、それぞれと数年は付き合ったけれど。
つまり、恋愛願望はかなり薄いが、結婚願望はそれなりにあったということになる。たぶん単純に安定志向だとか、そういう話で片付けてもいいのだけれど、せっかく結婚するのであるから、もうすこし自分の内面を掘り下げてみたい。
結婚したいと思ったのは、両親の失敗例があったからかもしれない。どんなに経済力があっても、夫婦の仲がダメでは家庭はダメだということを理解しているからかもしれない。だから、ちゃんと夫婦仲がしっかりした家庭を作って、なにか「仇」みたいなものを取りたいと思っているのかもしれない。
あるいは、諸々の事情からもう僕には実家がないからかもしれない。僕には何かあったとき「帰れる場所」「セーフティネット」はもうない。ならば、自分の手で作ってしまえ、と思った。僕にとっての「帰れる場所」、あるいは僕の大切な人間にとっての「セーフティネット」を、自分の手で用意したいと思った。生きていく上での何よりも大事な「インフラ」を自分の手で創り上げてみたいと思った。自分のために。あるいは自分の大切な人のために。
単純に、結婚ということにも興味があった。なぜ人は結婚するのだろう?結婚してみるとどうなるのだろう?という好奇心だ。自分は体験主義者であり、世の多くの人が行っている「結婚」をいうことを、自分自身の身で確かめてみたかった。たとえば好きな人と一緒に生活したいのならば事実婚でいいとも思うし、わざわざ結婚届にサインし証人のサインまで取り付ける必要はない。配偶者控除もなくなりそうな感じなのだし、税制上も特に影響はないと言って過言ではない。
でも結婚する人はいる。なぜか。古くさい社会習慣に引きずられているからか?しかし、僕の知人の中には、とても過去の習慣に引きずられてはいないような人も結婚したりしている。しかもどうもそういう人の結婚は幸せそうだし、なにかとても「芯」のようなものを感じる。錯覚の可能性は十分にあるのかもしれないし、自分こそがまさに古くさい社会習慣に引きずられているのかもしれないけれど。そういう意味で、とにかく不可思議で、よくわからない何かを解明したい、という思いがある。
結局未だにわからなくて、それを整理したくて、だからこんな文章を書いてみたりもしたけれど、結局わからないままだ。どれぐらい分かっていないのかというと、「結婚おめでとう」といわれても、何がおめでたいのかよく分からないほどだ。
「就職おめでとう」「転職おめでとう」のように、面接にでも合格した扱いなのだろうか。もしくは、大きな船出の無事を祈っての「おめでとう」なのかもしれない。こんな風に、ひねくれた、とんちんかんな事を考えてしまう程度に、分かっていないのだと思っている。結婚したからと言って「大人になった」「これで一人前」とは、特に思わないからだ。結婚しても、ダメな人間などたくさんいるからだ。むしろ結婚していない人間のほうが、無知無謀ではない、という解釈すらあり得るのが今だからだ。
人は長期的には、自分を否定できない生き物だから、もしかしたら僕も幸せな結婚生活をするうちに「結婚できない人間はダメじゃねーの」と言い出すこともあるのかもしれないし、もしくは結婚に失敗して「あんなものはやっぱり人生の墓場だった」と言い出すのかもしれない。
ただ、これだけひねくれた人間と結婚を決意してくれた人間を、幸せにしたいと強く願っているし、ついでに僕も幸せにしてもらえるといいなあ、と思える程度には、脳天気な心持ちだって、もちろんあるのだ。
そんなわけで、今月結婚する。自分で読んでもさっぱり意味の分からない文章を、ここまで読んでくれた方ありがとうございました。
僕個人としては「儲けすぎなんじゃね」なんて思ってないよー。今回の騒動においても自分のスタンスはない。
ただ言説するなら、倫理的視点でとらえた方がよりしっくりくると思う。
共産主義の意義と役割については、もうえんえんと資料があるのだから、突っ込みすぎないけど、社会的利益が多くの人に享受されることを願いという視線において、共産主義が儲ける行為を倫理的に否定しているとは考えられない。そうでなくてどうして資本主義の後に共産主義が訪れると語る人々が現れるのか。
また、セーフティネット議論を始め、国家としての日本において共産主義はちゃんと仕事をしている。この辺をちょっと踏まえとかないと… 一応まだ共産党もあるし :P
極東アジアの現況と戦後の占領政策を経た私たちが、共産主義を客観的な感覚でとらえずらいのは当然だとおもうけど、共産主義は主流に立ち向かい、理想をかかげ別の立場から議論を呼び込む歴史的役割も十分はたしてきた。ヨーロッパの話とか、まー本当色々あるけど、個人的には、分かりやすいしこの辺を、参照してもらいたい。