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はてなキーワード: フィードバックとは

2012-02-16

http://anond.hatelabo.jp/20120216115400

横だけど、トレーニーはみんな仮説ぐらいは持ってるよ。

でなかったらトライエラー自体できないです。

やり方が色々あって、不正解が見つかりにくいのがウエイトトレーニングっていうだけのこと。

体調や関節の痛みなんかでもメニューはフレキシブルにどんどん変わるし負荷も変わる。

あなたは回数にこだわってるみたいだけど、セット間の休憩をどれぐらい取るかも凄く大事だし、

ウエイトトレーニングもっともっと大事なのは栄養だったりする。

ツリー読むとあなたは「高負荷」とか「10回」とか「糖質制限」とか、ウエイトトレーニングについて一応は勉強したつもりなのはわかる。

でもその知識ははっきり言ってまだ何の役にも立たないレベル・状態と言わざるを得ない。

何を専門にしてる人なのかわからないけど、「全体感」とか「フィードバック」とかいう用語にしても

血肉になっていないふわふわ感を感じる。一事が万事

どうもちょっと勉強や座学ばっかりで理論倒れ傾向になってる学生さんのような印象を受ける。

その状態でそれ以上本を読んでも人の話を聞いても、自分の手持ちの理屈に当てはまる部分だけ拾うみたいな感じに多分なる。

スポーツでも仕事でも何か、細々つまらない手続き込みで自分で体験する経験あなたブレイクスルーさせる気がする。

http://anond.hatelabo.jp/20120216111638

結論としては、フィードバックできるものはあまりなかった。

基本的には、君が問題にぶつかるまでとにかくやってみるという考え方をしているのはわかった(そしてそれはたぶん間違ってない)。

そして、ぶつかった後の対処として、何かしらの仮説をもって動くタイプではなく、その場で体感できるフィードバックをもって試行錯誤をする人なのだという印象を受けた。

勝手な決め付けかもしれないけど、トレーニングの全体感がある人は、それぞれのトレーニング意味と、なぜそうでなければならないかという自分なりの理屈を持っているように思う。

もちろん経験からくる知識もあるし、いろいろ掘り下げて訊けば何かしらのノウハウも出てくるとは思うけど、全体感を問うような質問では特に面白い話が聞けそうにないなということは感じたな。それがフィードバックといえばフィードバック

http://anond.hatelabo.jp/20120216110406

あるだろうね。でも、その「気づいたこと」を聞きたいわけじゃない。

スポーツ選手インタビューなんかでも、その課題の設定については面白く聞けるけど、「これはビジネスにも応用できると思うんです」みたいな話をされたら興ざめじゃん。

フィードバックフィードバックのための訓練を積んだものが行うか、それができない場合自分自身で行う。これは、フィードバックプロでない人間のやり方まで取り込むべきではないと思ってるからなんだけど。

http://anond.hatelabo.jp/20120216105350

いや、トレーニングから学習フィードバックできる気づきポイントっつーのは多々あるんだけどね

レップ数とは別の視点

2012-02-01

有名アルファツイッタラーのしうまいまいとあさこってぃ

いやーこの人いよいよもってフォロワー数がすごいことなってるね。

ブログ時代からの知り合いなんだけど、

音楽レビューやっていた人がいつの間にかアルファツイッタラーになってた。

男子学生が暇なときにつぶやいて計フォロワー数10万ごえってどうよ。

10万人もフォロワーいる人あんまりいない。

やっぱりまとめブログtogetterの爆発力が凄いね

あれによって一気にフォロワーが増えた気がする。

人気ついったらーになるためには彼にコツを聞いたほうがいいんじゃない

たぶん彼が一番ツイッターでの釣り方を把握していると思う。 

人気のアカウントを二つ所持しているってのはわりと凄いんじゃないかと。

 

しかし知り合いだけに片方のアカウントが女のフリしているのがわりと気持ち悪い。

キャラクターの方向転換がけっこう大胆なので、

なんか色々と知らない人になっていく寂しさ。

そして彼はこれからどうするのか気になる。

欲しい物リスト乞食して、宣伝つぶやきで小金稼いで、

有名人と絡んで、それから得た影響力をどうするのか。

 

今後に注目。

男子学生フォロワー数10万ってどんな気持ちなんだろうな。

しかもそれはすべてインタネットからフィードバック

承認欲求満たされまくるのかな。一度でいいから体験してみたい。

つーか知り合いだけどもう話しかけられないこの感じ。

知人が有名人になるってこんな気分なのかな。分からないけど。

2012-01-25

なんで日本サービス世界規模で流行んないかって、きっと英語のせいなんだろうな

サービスがどんなに優れたものであったとしても、英語圏人間は「アルファベット使わない奴らには言葉通じないじゃん、サポート受けらんないしフィードバックもできないよねwww怖くて使えねーよwww」みたいなところあるんじゃね? 結果、せいぜい日本国内でガラパゴス流行に終わる。

日本人含むアジア人は「英語使えないとグローバルスタンダードになれない!」とか言って英語圏サービスでも頑張って使うけど(そのうちユーザーが増えると日本語化されたりして日本でも爆発的に流行り始める)

から英語圏サービスアジア含む世界規模で流行る。まず土俵が違うんだろうな。言葉ってすごい。

2012-01-15

情報強者という名の病

最近ネットブラウジングをしていてよく考えることがある。



自分はこんなにタブを開いているが読んでいるのだろうか、全て読む必要があるのだろうか、したいことはなんだったんだろうか。

はてブツイッターを見ながらタブでどんどん開いていき、読むのがめんどくさくなったらブクマをはる。なんのための情報集めだったんだろうか。



有益な情報がたくさん見つけられて、興奮する瞬間もある。



『有益な情報』、特にライフハック』と呼ばれるものは”方法論”で、”こうすればうまくいく”とか”これはよんどくべき、やっておくべき”だとか。



そんなこんなで、情報を集めたあと、実際に自分の行動を選択する瞬間がやってくる。

現実に活かす時だ。この時を待っていた。

有益な情報の中から『選択』をする。全てをやる時間はないし、それぞれの情報には齟齬が生じる。そこで取捨選択が必要になってくる。

このとき無意識なうちに心がけてしまうのが、『一番公平で』、『一番万人に通用しそうな』、正しく一番『合理的な』方法情報はどれであるか。



ここで変なのが、はなっから自分』が存在しないということである。合理的というのはいかに自分を消すかということであり、万人に通用するような一般則をみいだすかである自分という文脈を完全に無視している。ある意味自分を否定することから始まる。



もう一つおかしなことがある。選んでいる自分自身は『合理的』・『無私的』かもしれないが、その情報論理の飛躍があるかもしれないし、誰かの主観が凝り固まったものかもしれない。

ここで言いたいのが、論理の飛躍や、主観の凝り固まり情報の質を著しく損なうものであるかといえばそうでもない。

むしろ、強烈に面白いと思われる物、人、情報は往々にしてなんらかの論理の飛躍論理では説明できないなにかを内包している。



面白いというのは価値である。絶対である面白さ=品質である



しかし、面白い情報を集めることに意味があるのだろうか。それらを厳選して、凝縮して、合理的に、無私的に。



集めている段階から自分を殺しているのだから自分の血にも肉にもならないし、なったとしても魅力的ではない。つまり面白くない。

情報の質はそれぞれ高いかもしれないが、それが脈絡なく量となって降りかかって来る頃には無価値となる。



結局人が求めているのは成長と共感である自分自身の成長を感じる、か、自分自身と照らし合わせる、の2択である

その情報が嘘かホントか、合理的か非合理的か、が問題になる情報は少ないし、そもそもインターネットという媒体にはそぐわない。



嘘でもいい。自分フィードバックがあれば。自分フィードバックを求めるためには、インターネットの中に自分を置かなければならない。虚構の固まりの中に。

発しなければ、返ってこない。今受け取っているものはその他大勢に発せられた無価値ものである孤独を催させ、自分を否定するだけのものである



ライフログとしてのインターネット情報を体験に変えるものと信じて。









いつも何気なくインターネットを見ていたブラウザInternet ExplorerSafari。どれもただブラウズ=閲覧という意味を越えている。

もともとそうなのかもしれない。自分自身が入っていかなければならないのかもしれない。インターネット探検家として。



インターネット探検家。私自身、いつもそうありたいと思っています

そして今、卒業して新たな人生を踏み出すあなた方にもそうあってほしい。



インターネット探検家



ありがとうございました。

2011-12-08

社内教育目的と落とし穴

メモメモ

目的は「業務遂行のために必要な知識が足りていないときのギャップを、

それが認識されたタイミングを逃さずに埋める」ことにあります。要するに、知識の「カンバン方式(just-in-time)」ですね。

「必要なときに、必要な知識を、従業員同士が(勝手に)与えあう」ようなプラットフォームこそ、教育システムの目指すところでしょう。

このシステム設計において考慮

べき「落とし穴」は以下の3点。

1.情報を得るのは、色々な意味で、その能力を持っている人である質問者であると同時に、情報信者であることが多い)

2.ソーシャルシステムは、しばしば情報を持っている人をますます情報通にし、情報の足りない人をますます情報から遠ざける結果を生み出しやすい。

3.こうした傾向は、意思決定が中央集権的になっている組織において、より顕著になる。この場合システムには意思決定権者への

フィードバックの敷居を下げるような工夫が求められる。


個々のユーザーを中心としたシステム設計をすることが重要であり、なんとなくFacebookっぽいものをそのまま導入してもダメ

2011-11-29

[] 「なんでやねん」の意義について話したい

いわゆる東京大比較は主題ではない。「なんでやねん」の意義を主張したい。



会話の中で許される応答が否定と肯定の2つしかなかったらと考えると恐ろしい。

私にはとてもじゃないが耐えられない。

きわどい話には、どっかの小鷹さんみたく「え、なんだって?」とスルーするしかなくなるだろう。

阿呆のふりをして、逃げることばかり考えるだろう。

相手の機嫌を損ねたくないばかりに、ヘラヘラ追従するだけになるだろう。

否定の拳をふりあげては、振り下ろす場所タイミングに悩んで頭痛持ちになるだろう。



冒頭の宣言を覆すようでなんだが、やはり東京に出てきて少し戸惑ったことは事実だ。

お互いに肯定ばっかり。だよねー。ですよねー。

ポジティブフィードバックばっかりが繰り返される結果、

あほらしい話がどんどん膨らんでいって、変なノリが形成される。

一度出来上がったノリが、誰も崩せないところまでいって、みんなで赤信号わたるみたいな

「誰も望んでない結末」みたいなのを何度か経験させられた。

相手の会話の途中に異議を挟むと、すぐ喧嘩になってしまうというのもあった。

なんでやねん」さえあれば、と思うことが度々あった。と言うか結局すぐ使うようになった。

こうして俺の大学デビューは結局関西人キャラということになってしまった。




ここからなんでやねん」の意義の説明をする。

ツッコミを期待してのボケとかそういうのは中級者以上の話なのでかんがえなくていい。

もっと初歩的な話だ。「なんでやねん」はそもそもなんのためにあるのか、だ。

なんでやねん」というのは肯定と否定の間にあるものだ。

「貴方の話は聞いていますよ」というメッセージ

「でもポジティブフィードバックは返しませんよ」の2つを兼ねる。

話が脱線したりずれそうになったときに、制止をかける役割を果たす。

その上で、この「なんでやねん」は否定や反論ではないてんが重要である

さらに相づちを打つ側の自己完結的な行動として扱われる。

まり、話し手はこの「なんでやねん」にいちいち応答する必要がない。

否定されたわけでもないから、ただちょっと相手の反応が芳しくないというのを察して、

話のテンポを落としたり、少しコースをかえたりという微調整をすればいい。




なんでやねん」は会話の受けてにとって無くてはならないものだと思う。

なんでやねん」があることによって、相手に相槌を返しやすくなる。

相槌というのはそもそも話し手の会話のテンポコントロールするためのものだ。

「うんうん」「なるほど」「それでそれで」など加速する方向はみなさんもよく使っているだろう。

ただし、減速が必要になる時もあるのだ。

会話の中に、この装置が組み込まれていないと、なにかと困る。

こちらについても「ちょい待ちや」とか「おいおい」とか「そんな阿呆な」とか色々あるけれど

やはり「なんでやねん」が一番便利だ。深く考えずに使っても、あんまりカドが立たない。

漫才とかのせいで、アクション付きの攻撃的な言葉勘違いされているが、

実際は会話のカドを丸め、とんがりにキャップを被せるような使い方をするものなのだ

というような話を今日飲み会で熱く語ってドン引きされました。

話がヒートアップする前に、誰かが「なんでやねん」と言ってくれさえすればこんな事には・・・





余談。

会話が苦手な人は、なぜ自分がそれを苦手としているか、という時に

「心にないアクションをとるのが嫌だ」とか

「相手の意見が理解できなかったり、違和感を感じる時にどう反応すればいいかからない」

ということがないだろうか。特にテンポが速い会話など。

そういう時には、何も考えずに「なんでやねん」という言葉を使うといろいろ捗るぞ。

(もちろん、ポジティブフィードバックのみの会話に親しんでいる方々など、

 少しの制止にも不快感を示す方々もいるけれど、そういう人達とは付き合わなければいい。

 肯定のみの世界で生きるなんて私には息苦しくて耐えられない)



あとね、これはいわないほうがいいと思うんだけどこの際だから言っちゃおう。

他人の話に軽くでも異議を唱えるってものすごい快感なんだわ。最も手っ取り早い自己表現だしね。

逆に、ずっとYesの返答を続けるのってストレスなんだわ。コントロールされてる感じするでしょ。

からなんでやねん」ってのが会話に混じってると聞き手の健康を守る効果があると思うのね。

さらにいうと、「なんでやねん」という反応があるお陰で、話し手側も安心ってのがある。

滑り覚悟ボケてもいいし、ちょっとキツめや喧嘩腰の物言いを「試してみる」ことが出来る。

会話にはいろんな取り組みや駆け引きがあって、はじめて楽しさが生まれる。

予定調和、みんなでニコニコヘラヘラみたいなストレスフルな会話はちょっと私には耐えがたい

2011-11-23

ソーシャルゲームアニメ最初に金を使う人

1 ともだちがいて

2 誰か一人が金を使い始める

3 引きずられ、ポジティブフィードバック連鎖で歯止め効かなくなる

という流れはわかるんだけれど、その最初の一人はなぜ金を使ったし、というのがよく分からん

最初の人は100円だけ、1作品だけのつもりだったのかもしれないから、深く考えずにってことだったのかもしれないけど。

とりあえず「ともだち消費」って本があまり面白くなかったけどタイトルは素晴らしいと思ったという話。

2011-11-10

http://anond.hatelabo.jp/20111021103234

の追記部分移動


追記。

面接では面接テクニック以外で勝負が決まる」って言っときながら、その後書かれているのはどう見ても面接テクニックだろ


という人がいて、読み返してみたら、確かにそんな感じですね。これだけ読んだら就活本と対して変わんねーや。

ただ、話を聞いてる時は、面接の前にもう勝負は決まってるんだなーって話だと思ったんです

単純に私の理解がダメと言うかまとめが下手ですね。所詮Dランのまとめか、と思って笑い捨ててくださいorz


一応自分が理解してる範囲で補足すると

例えば「相手に印象を残そうと思うなら伝えたい事をできるだけ短くて強い言葉に絞る」については

テクニックでもあると思いますが、そうやってピンポイントで言える強みを作るのが大事だという話だったと思います

「説明できる強みを作る」のであって「中途半端な強みをソレっぽく説明する」ではない。この順序を逆にしてはいけないってことを強調されてました。


最後の「就活本読むな云々」についても、これは要するにテクニックがあればなんとかなるという希望は捨てなくてはいけないのに、

こういう本は間違った希望を与えがちだから良くないという話でした。

とにかく、いくらテクニックがあっても、元の部分が大したことなかったら駄目だって話でした。

もちろん、こういうことは就活本に書いてるとは思いますので、就活本否定はちょっとした誇張なんだと思います

このあたりは、社会人の方はならみなさんご存知だと思うので、説明お願いします。

追記2。

追記1を書いた後にこういうコメントが来たので困惑しています

あのねえ、面接の前に勝負は決まっているの。面接で逆転しようとしても無駄

まさしくこれが私が記事で書いていることのはずなのに、どうしてこういうコメントが来るのか心底理解に苦しみます

もう私の書き方根本的に間違ってるのか、実はタイトルだけ読んでコメント書いてる人がいるのか。

自分面接の時もこういう人が相手だと何言っても伝わらないんじゃないか不安になって来ました。

追記3。

どうも冒頭から「印象をよく見せるテクニック」みたいに読めてしまうみたいですね。。。

そうじゃなくて、こういうふうに「印象というカタチで凝縮する」技術が必要なくらい、

素材としての自分を高める必要があるって話だったはずなんですよ。

そう考えると、後ろに書いてあることを前に持って来るべきだったのかな。でもそれだと先輩の話してた順番と違うしな。

私が聞いてた時はすんなり頭に入ってきたのに、私が書くとみなさんにすんなり伝えられない。やっぱり先輩パネェっす。

追記4。

こうみなさんの意見を聞いてあれこれ補足をしているうちに、

たとえ元ネタが良くても相手にそれを伝えるにはたくさんフィードバックもらって修正していかなきゃいけないんだと思いました。

しかし、その一方で、私の拙い文章まとめでもこれだけブコメを得られたということから

やはり元ネタが良いことは、下手な文章テクニックよりまず重要なのかも知れないなとも感じます

先輩が言いたかったのはそういうことなのかな。

追記5。

いろいろ考えたんですが、まず箇条書きにしたのがいけなかったような気がしてきました。

これだと何が一番だいじなのかはわからないですよね。みなさん思い思いのところを返されているみたいですし。うーん。

1000ブクマ達成しました。だからどうしたといわれるかもしれませんが個人的にはとても嬉しいです

読んでくださったみなさん。ありがとうございます。少しでもみなさんの参考になれたなら幸いです

ブクマ増加も落ち着いたと思うのでネタバレすると、

この記事は若手経営者として成功している方のメルマガの内容を自分なりに解釈してまとめたものです

実際にはその人から直接聞いた話しではありません。孟子方式。

ただの、そのメルマガの著者がDラン卒であるのも、私が彼と同じ大学であるのも事実です

しかし、自分のまとめ方が下手くそだったため元ネタで言ってたことが正しく伝わらず四苦八苦しました・・・

私自身は大学ニ年生で、まだ就活に取り組んでいない段階ですが、就職活動体験後にもう一度書き直したいです

2011-11-07

老害に認定されやすい人のロジックの特徴

話が拡散しすぎてたたみきる途中で飽きた。もうちょいテーマ絞りなおしてから書き直します。

久々にこういう「わかりやすい小物」の老害を見て興奮しちゃったんだけど、元記事も消えちゃったみたいでテンションが上がらなかった。

http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/210527



今テキトウに考えただけ。

多分はてなの皆さんは私よりこの問題について深く考えていらっしゃると思います

私の意見に対する批判というよりは、老害に対する皆様方の意見を伺いたいと思います





ここで述べるのはネットにおける「わかりやすい老害」の話です

課長部長まりや、しがないサラリーマンの親が能力もないのに

年だけは喰ってるから偉くなったのだと勘違いして若者に対してわかったような口を聞くアレのことです

能力権力を持ち、既得権益をまもるために政治力を駆使している真の老害についてはよくわかりません。




基本的に「ネットにおける」老害と呼ばれる意見

懐古主義建設的要素が少なく、ただ過去自分を賛美するだけにとどまる」

「世代の分離を強調する(若者突然変異のように扱い、原因も若者押し付ける」

ワナビー(自らの現状が不遇であることを正当化するためにただ現状を否定したいだけ」

などの特徴があると思います

ちなみに老害を設定するということは「若害」もあると思います。「世代の分離」については特に

基本的に老害という言葉ネットで人気なのは、基本的にその反対を意識しない馬鹿が多いからでしょう。

リアルにおいては老害の方が「重要度(影響力)が大きい」ために問題になりますが、

ネットのように、どちらにしろ現実に影響を及ぼさないことを前提とした純粋な議論においては「若害」も吟味されるべきだと思います





一般に老害意見は、それを下支えするロジックおかしいため滑稽に見えるわけですが、

こういう意見をいう人は、そのロジックの脆さに気づきません。

おそらく自分ロジックを点検するという習慣がない。おそらくフィードバックを受ける習慣がないのだと思います

それらしいことを言って、言いっ放しで満足してしまう。

老害と呼ばれるのは、一般にこういう傾向を持つの中年以降の男性に多いからだと思います

自分より立場の弱いものに、具体的には部下や家族に一方的に自分意見押し付けることができる。

あるいは同じレベルの仲間内で何度も同じ議論を繰り返している内に、無条件で自らの意見が受け入れられる錯覚をしてしまう。

などの積み重ねがあり、その「内輪感覺」「支配者の感覺」をフラットネットに持ち込むことで裸の王様ぶりが浮き出るということなのだと思います




1:自分の体験一点主義

2:主張の背景が薄い

3:現在流行へのキャッチアップ力が極端に低い

4:同じ年代のみで群れる(下の世代との交流ゼロ

5:人の意見を否定する際の理由が安易なレッテル抽象的な表現になる。

 (たとえば上の「2」とか。自分で書いてても批判になってないと思う。

  曖昧表現やよく考えられていない安易なレッテルはすぐに循環論法に陥る。

  うちの課長が好む老害ロジックは「若者は自信がない」であるが、

  若者から安心できる環境ではない」「頼れる人がない」というと

  それは「キミタチはプライドが高くて他人に弱みを晒さないだけ」といい、

  「プライドが高いのではなく、そういうプロトコルがない」というと

  「それはキミタチが自信がないからだ」となる。

  実際はこんな単純ではないが、

  自分が主張した理由に対する反論を5回繰り返す間に循環が起きるロジックはたいてい老害による偏見と考えて良い。)

6:安易に箇条書きでまとめを作ってしまうやつも老害の一歩手前






多分、プロフィール公開がないネットにおいては20代の私が書いたことでも「老害」に当てはまる可能性は高い。

このセリフ使う奴はダメだと言われるけど、本当に「自戒を込めて」



老害と呼ばれないために気を付けなくてはいけないなぁ。

とにかく、肯定でも否定でも、問われているのはその意見ではなくて、その意見を述べるとき自分の底力なのだな、と。

よく専門家インタビューの時に、そうそうたる蔵書を背景にしゃべる理由もわかるわ。

主張の背景がヘボいと問答無用老害認定になる。

2011-10-22

今取っているストラテジーが最適かどうかなんてわかりっこない

定石を学ぼうとすること、

正しい情報を手に入れようとすること、

相手の意図を読もうとすること、

最適戦略を選ぼうとすること、

それらは正しいことだ。

でも全部完璧にやろうとしていたら、結局は好機を逃してしまう。

結局のところ、フィードバックから戦略を修正していく能力がいちばん大事なんじゃないかなー、

と思いました。

byとあるRTSer

2011-10-18

ハックルさんに期待すべきでないところ

結論を先に書くと、ハックルさんは批評とか他人にアドバイスするのは絶望的に向いてないと思う。メンタリティガノタと同じだから

ハックルベリー 上村愛子」は検索してはいけない。



現在ガンダムAGEで大勢の人がシナリオ担当日野さんに大人気ない絡み方をするという事例が報告されています

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1670749.html


これについて、一般人の反応は「いい年したオッサンがこんな幼稚な絡み方をするわけがない。こんなの一部の例外」ととらえているようです

子供向けアニメにリアリティ(笑)とか言い出しちゃう可哀想なオッサン達か 馬鹿発見器は今日も絶好調だな

ガノタに憧れてるにわかばっかだろうね ファーストリアルタイムで見てた連中はもう50代だろうし

流石にこんな幼稚なことしないだろうと思いたい

勝手に「俺たちのガンダムを汚すな」みたいな お前のものになったことは一度もねーから



そんなことはないのです。何歳になっても粘着気質な人間粘着なのです

http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20111017/1318836288

自分が正しい答えを知っている思い込みが激しく、

自分脳内の「あるべき姿」にこだわってしまタイプ人間

こういうタイプ人間は、外部のフィードバックを受け入れることがありませんし、

ある時点から自分を叱ってくれる目上の存在がいなくなるので無双状態になります



こういうことを書くと、必ず「ではなぜそのブログにとどまって書いているのか」という方がいらっしゃいますが、それはひとえに、ぼく自身が人身御供となるためです。ぼくが人身御供として進んで被害者になり、K氏の悪辣な所業を身をもって体験することによって、その実相をみなさまにお伝えし、ぼくのような被害者が一人でも減るよう願ってのことなのです。そのためぼくは、今日もここにとどまって、ぼくが受けた屈辱の数々について、ここでみなさまにこうしてご報告させて頂いている次第です

完全に2ちゃんガノタ。頼んでねーから。あと最初からそういうメンタリティでやってる人の報告ほど役に立たないものはないから。

もしドラ成功した理由は、この「アドバイス」の詳細を省略して、単なるドラッカーフレームワークの紹介にとどめたところだろう。

一方の「エースの系譜」はここの部分で彼自身の「ぼくのかんがえたさいきょうのかんとくしどう」をつらつらと書いた結果、世にまれに見る駄作となっている。ハックルファンは必読。





ハックルさんのことは大好きだけど、こういうところは心底気持ち悪いと思う。本当にこの人は「改善する」方向には向かない人だ。

あと、私はガノタが死ぬほど嫌いですガノタにはほんとうにいつもいやなおもいをさせられますガノタ人間のクズです

もし彼らが正しいことを言ったとしても、その言い方やメンタリティがすべてを台無しにする。

例を挙げるとこういうこと。

http://www.bizcre.net/blog/moshidora-seminar.html  

こういうことを言いたかったのだとしても

http://d.hatena.ne.jp/the-world-is-yours/20100420/p2 

http://togetter.com/li/14870

こういう反応が返ってくる。


他人を励まそうとして記事を書いても

http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20111017/1318821702

はてブがあれるだけで 本来の目的を全く達成できない。

そして、このメンタリティの持ち主は、自分アドバイスが受け入れられない時、

うまくイカなかったことを相手にせいにする。自分意見を理解出来ない相手がバカで文章の読み方を知らないとか言い出す。

あげく「私の言うことはどんなに気に入らなくても従いなさい」といってそういう趣旨の本まで出してしまう。死んでほしい。

彼らは「人を助けるということ」という本を100回読むべきだと思う。





しかし、ハックルさんとガノタの違うところは、

ガノタは口だけのクソ野郎ですが、ハックルさんは、己の妄想をちゃんとカタチとして仕上げるところです

これが何を意味するかという点で次の記事に続く。

ガノタだって、間違った情熱をうまく抑制すれば使い所はありそですよね。修正してやりたい。

2011-10-15

烏賀陽という人を見て実名匿名問題について考えてみた

http://togetter.com/li/200637

新世代のひきこもりの姿を見た >烏賀陽




「土俵」について考えてみる

これから土俵という言葉を使ってネットでの会話を考えたいと思う。

会話をバトルに例えると、自分の土俵で戦うか、相手の土俵で戦うか、どちらを選択するかが大事になると思う。

一般に、自分の土俵で戦う場合は、自分経験値が高く、アイテムもたくさんある。相手より有利で安心して戦える。

一方、相手の土俵で戦う場合は、自分経験値が低く、アイテムもない。不利な状況から頭を働かせて互角に持っていく必要がある。



常に有利な自分の土俵で戦えればもちろんいいのだけれど、

相手もバカではないので最初から最初まで自分が有利な土俵にこだわって引きこもるなら、そもそも勝負をしてもらえなくなるケースが多い。

飛んで火にいる夏の虫を相手にする場合以外において、

しんどくても最初は相手の土俵に合わせ、そこからいか自分の土俵に引きずり込むか、という勝負になる。




実名匿名の違いは「土俵の選択権」にあると思う

さて、ネットの会話においては、実名匿名という問題があるが、これは基本的に土俵の選択権に関わる。

実名の強さは、相手の土俵で戦う際でも自分名前ステータスといった道具を持ち込めることにある。聞き手もある程度勝手が通じる人である場合が多い。

匿名は、基本的には相手の土俵で戦うしかない。匿名人間自分の土俵で戦おうとしても、誰も相手にはしてもらえない。

というかそもそも自分の土俵の存在認識してもらえない。自分の土俵で戦いたければ、まずその都度作っていかなければいけない。

非常に面倒くさい。実にめんどくさい。本当に面倒くさい。

いうなれば、匿名シレンジャーであり、実名チョコボの不思議なダンジョンになるだろうか。




実名であることそれ自体には全く価値がない。実名なのにそのメリットを活用できないならむしろ匿名以下

アイテムを持っていなければ、あるいはアイテムを持っていても持ち込まないなら、実名で有ることのメリットは何も無い。

せいぜい普通の人であれば阿呆なことは言わないだろうと期待してもらえる程度なのだから

もしそこに価値があると思っているのであれば

「俺はチョコボダンジョンでもアイテムレベルを常に初期状態のままで挑んでるんだぜ」と自慢している阿呆である

それならシレンプレイすればいいだけの話だ。そうでなくとも、「で、あなたは初期レベルでどこまでがんばれるの?」と聞かれるだけである

それで大した実力がないということになれば、匿名でまともに会話できるようになってから出なおしておいで、と言われておしまいである




それでも、個人的には匿名全然オススメできない  可能なら実名にしたらいいと思う

・・・とまぁ、匿名で、知らない人相手に伝わる話を書こうとすると、本題に入る前にいちいちこういう説明をしないといけないわけです

説明が長くて相手に飽きられたらソレでおしまいだし、説明がピンぼけだったらさんざんに叩かれます

自信のある記事が見向きもされなかったり、たまたま通りすがり人間クズで実にひどいコメントしかもらえないなんてザラです

めんどくさい割に実入りが少ないです。(だからどうしても読んで欲しい時はタイトルとかも考えます。この記事はそれほどでもないかな)

から、基本的に相手を批判したり喧嘩を売ったりする時など、相手のフィードバックがしんどいなーって思う場合を除き、匿名っておすすめできないと思います

あと私みたいにgdgdと前提部分から語りたい暇人なら匿名もありだと思うけど、まぁ一般にはオススメしない。

どうでもいいけどG.A.Wの人とmedtoolzの人とNBONLINEのオダジマンは僕ら増田民のあこがれだと思う。あのくらいカラーを持てたらなぁ・・・



土俵からでてこないでオレオレばっかり言う人は、「新手の引きこもり」と思ってまともに相手しない 興味あるところだけつまみ食いしてポイしよう 

で、土俵の話。烏賀陽というひとはどんなことがあっても自分の土俵から出てこないタイプみたいですな。

正直、相手にする価値がないというか、相手にして欲しくても相手にしてくれないんだからほうっておくしかない人だ。

ネットでは、自分の土俵から一歩もでてこない人間というのは会話する意味が全くない。

ただの引きこもりかソレ以下の存在からだ。

にも関わらず、katsuta66という人は、相手が土俵の外から一歩も出てこない引きこもりであることにすぐ気づいておきながら

それでも相手の土俵で戦おうとするのだろうか。それがパンクロックというものなのだろうか。

リアルが充実している人間は、ネットでもリアルの流儀を貫こうというのか。

それはネットという土俵を理解しないで、自分の土俵で戦おうとしているという意味烏賀陽という人とあんまり変わらないと思う。

っていうか根本的な話をすると、先にちょっかい出したのはこのkatsuta66という人でしょう。撤退戦略取らずにケンカ売るのは30歳までにしろよ。


・・・

・・・・・・



結論 争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない

から、気にした時点で負け。この争いが気になって長々とこういう記事を時点で私も同じ穴兄弟。アッーーー!!

2011-08-31

http://anond.hatelabo.jp/20110830182410

ここで言う文章力ってなんだろね。

ブクマトラックバックがたくさん付くような文章を書く能力なのかな。

だとすると増田での訓練は非常に効果があるだろうね。繰り返すことができて、フィードバックがあるからね。

あとハックルさんの文章力はすごいと思う。

2011-08-30

人とエゴコミュニケーション

http://anond.hatelabo.jp/20110828160011

元増田。 初めて増田を書いてみて色々と辟易しているんだが、それでもコミュ障を減らしたいので書く。

前記事同様、面白いと思ったら、拡散フィードバックいただけるとありがたい。



前記事の要点は、

コミュ障コミュ障と思わないことで、認知が変わり、結果的に行動が変容すること。

何故か認知にばかり目が向けられていたが、認知が変われば、当然行動も変わるだろ…(そうなるように認知を変えたつもりだったんだけどな)



まぁ伝わりづらかったし、あえてあまり触れていなかったポイントがあるので、それを書く。

…俺もコミュ充じゃないし、偉そうなことは言えないんだけどなw 



「人はみな自己中心的エゴを満たそうとして生きるもの

「そしてエゴが満たされた時には、大きな喜びを感じる」 

…人ってそういうもの本質として。

エゴ自分の主張、したいこと、自分が満たしたい欲求」とかにしておく。



お前ら、いい子なんだよな。

から学校校則とかあると、「ズボンはちゃんとあげるべき(キリッ 」とかって守っちゃう。そこに疑いの目を向けずに。むしろ、そこに賞賛の目が向けられるからな。

でもさ、そんなルールどう考えたって理不尽だろ? でもそれをルールは守るべきものっていって、理性で抑えて守っちゃう。

「そんなルール意味わかんねーよw 死ねよw」って思ってるやつはそれを無視してはdisられ…を繰り返す。あるいは、意味カンネ、死ねっていいながら守る。そこでは理性では抑えられてない。

から奴らドヤ顔でにこにこしてんだよ。



…要はお前らってさ、これの連続で生きてきたわけ。

それは親、学校社会友達…なんのせいか分かんないけど。 いじめられてる奴はしたいことなんてデキないだろ。勉強してたら、本読んでたらdisられる。虐待受けてたら親に媚びるようになる。

その結果、理性でもってエゴを抑圧して生きる人間が出来上がる。



そいつには、自分の主張がやがてなくなる。考える、感じることができなくなる。俺はそうだった。

たとえあっても、おれがこれを言ったらdisられる…、あの子の前で右手をあげたらキモいと思われるかも…なんてばっかり考えてる。

…いわば、理性を働かせる天才だよ。常に周りを気にして、考えながら生きてる。



そうやってエゴを押さえつけてる人間に、自己主張が出来るか? 媚びること、迎合すること、付和雷同することしかない、端からみれば能なしとしてしか生きられないだろ。

その結果、エゴを失い、コミュニケーションがとれなくなる。

まず、話したいことがないし、あってもそれを話していいか迷って結局話せないし、前記事にも書いたけど頭を使いながらする会話って続かない(続いてるとき本能に忠実に

考えないで話してる)。 



気持ちが通わない、形式的なコミュニケーションなんてお互いに面白くない。 

逆に、自己主張をすることって、楽しいんだよ。 エゴが満たされるから



…文章書くの下手くそでごめんな。

まぁ、反響があれば、具体的にどうすればいいか、書いてみるよ。

ここまで読んで、前記事振り返って、学び取ってくれると嬉しいんだけど、書き足りないことまだまだあるしね。



やたらきれいにコミュニケーションすることがコミュ障克服みたいに捉えてる人いるけど、

コミュはあくまでも手段だよね。そこもはっきりしないとなー

まぁ例えば他人を否定することでエゴを満たす人間がいるとして、その人がどうすればいいのかについてまではカバーしてないのは事実だけど。

2011-08-23

[] ドラッカー流意思決定

さっきまで読んでた自己決定はどうも古いものが多いせいか意思決定のところが「そんなもん自明だろ」ってかんじだったので

ドラッカーの「経営者の条件」を読んでみた。

途中まではまじめにまとめてたんだけど、途中からドラッカーの文章があまりに格好いいので引用まつりになってしまいました。申し訳ない。



<意思決定のスタート

1 まずはじめに意思決定が必要かどうかを考える

2 必要のない意思決定は行わない、行うべき意思決定は断固として行う

3 意思決定には常にプロセス意識する

4 意思決定に際しては必ず、一般的な問題か例外的な問題かを考える。

5 常に問題の本質を理解するよう務める



<意思決定の中身>

6 意思決定においては、満たすべき必要条件を必ず明らかにしなければならない。

複数の解決案から最善のものを選択するには、4つの基準がある。

第一にリスクである。解決案から得られるものと侵さなければならないリスク比較する。

第二に経済である。解決案のうち、最小の労力で最大の成果をもたらすもの、混乱を最小にとどめつつ必要な変革をもたらすものは何か。

第三にタイミングである。緊急を要するのである。なにか重大事が起こっていることを素式中に知らせる解決策が必要である

第四に人的な制約である。制約条件として考慮に入れるべき最も重要資源が、意思決定の結果を実行すべき人たちである

7 意思決定はとにかく正しい解決策を求める点をスタートとする。妥協するかどうかはその後のことである

8 妥協に迫られテも問題解決のための必要条件は守りぬく

9 意思決定にあたっては常に実行を考える。具体的には以下の4つを必ず決めなければいけない。

  ・実行の責任者

  ・日程

  ・影響を受けるが故に決定の内容を知らされ、理解し、納得すべき人 

  ・影響を受けなくとも決定の内容を知らされるべき人

意思決定において最も困難な部分は必要条件検討する段階であり、

最も時間のかかる部分は、成果をあげるべく決定を行動にうつす段階である

決定を行動にうつすことを最初の段階から組み込んで置かなければ成果は上がらない。

決定の実行が具体的な手順として誰か特定の者の仕事責任になるまでは、いかなる決定もなされていないに等しい。

決定の実効を妨げる恐れのあるもの全員を決定前の論議に責任をもって参加させなければならない。

これは民主主義ではない。セールスマンシップである

やべぇドラッカーさんのセリフ、いちいち格好良い!そこはかとなく俺の厨二病をくすぐってくる文体。






フィードバック検証→次の意思決定へ>

10 常に現場からフィードバックを講ずる。

11 検証は、そもそも意思決定そのものが未検証の仮説に過ぎず、判断たらざるを得ないことを認識して行う。

  つまり事実収集からではなく、まず意見収集からスタートする

人は意見からスタートせざるを得ない。最初から事実を探すことは好ましいことではない。

すでに決めている結論を裏付ける事実を探すだけになる。見つけたい事実を探せないものはいない。

12 意見の不一致を必要なものとして歓迎し、多様な意見を収集する

意見の不一致は3つの理由から必要である。第一に組織囚人となることを防ぐため、第二に選択肢を得るため、第三に想像力を刺激するためである

アリストテレスに発し、初期キリスト教会の原則とまでなった言葉がある。本質における一致、行動における自由、あらゆることにおける信頼である

信頼が生まれるには、あらゆる反対意見が公にされ、真摯な不同意として受け止められなければならない

くわー。もう完全にラノベ地の文だ。はじめて読んだけどドラッカーってすげえ文章が楽しい


13 意見の相違に関して、間を取ろうとしてはいけない。常に行動するかしないかである

14 十分に意見を収集した上で、事実を確認する






まとめ

意思決定とは一連のステップから成るプロセスである

まず行うべきことは、基本的な解決をもたらすべき一般的な問題か、特別な解決を必要とする例外的な問題かの判別である

例外的な問題に見えても、既にどこかで起こったことのある一般的な問題であることが多い。

次のステップは問題の全容の理解であり、満たすべき必要条件の明確化である

然る後に、そっらの必要条件を満たす解決案を得ることである

ここでようやく、誰が何を行い、結果について誰が責任をもつかの決定が来る。そして最後ステップが、意思決定の結果の検証である

関係する者全員から広く意見を求めることが必要である。出された意見に対しては根拠の提示を求めなければならない。

的確な意思決定には多様な見解が不可欠である




いやそんなことよりドラッカーの文章が格好いい。

学校教科書とかも、このくらい格好いい文章だったら中学の時もっとまじめに読んだかも。

あれだ。ラノベ作家の文体で書いた歴史教科書とか読みたい。川上稔さんとか作ってくれないかなぁ。

2011-08-18

http://anond.hatelabo.jp/20110818155831

読書感想文はそもそも作文能力を高めるのについてクソの役にも立ってないだろ。

本人がまず作文能力終わってそうな小学校教師が「思ったままに書けばいいのよ」とか意味不明なこと言って無理矢理書かせてるだけだから

どこがいいとか悪いとかの論理的なフィードバックもない(というかできないんだろう)。

あれは「昔からやってるから今年もやるってことにしとけば波風立たないし、新しい方法考えるのめんどくさいし」というサラリーマン根性の結果でしかない。

2011-07-26

ソーシャルとアングリーバードの不可解

これからソーシャルゲームの時代、らしい。

俺は普通パッケージゲームも大好きだから、あっという間に無くなるとは思ってないが

一部の論証を見るとなんかあっという間に無くなりそうな勢いらしい(笑)

で、パッケージに対しての反駁が「見ろ、アングリーバードはあんなに売れたではないか

ってのを所々で見た。

怪盗ロワイヤルソーシャルだ。それは認める。何しろ、物を取る相手ってのが同じユーザー

ある限りはそれが殺伐とした物であろうとも繋がりが発生するからだ。

なんとか牧場とかも、それが相手の作物をクリックするだけであろうとそれがフィードバック

されるのならばソーシャルには違いない。

だけどアングリーバードは、どうも見た限りでは自己完結の古き懐かしきFlashゲームしか見えない。

ハイスコアを競うったって、昔からハイスコア登録制度はあった。

ソーシャル面白いよと勧められた、ってのもメールパソコン通信とやらの時代、いやそれより

ずっとずっと前から存在してた口コミって至上最古のものと何か変わりがあるのか。

確かにアングリーバード成功したよ。それは間違いない。

だが、ソーシャルゲーム成功したってのがアングリーバード証明されたとは俺には

さっぱり思えんのよ。誰か説明してくれないだろうか。

2011-07-19

http://anond.hatelabo.jp/20110719133024

講義というのはだいたいリアルタイムフィードバックがあったほうがたいていよくなって,今のあなたみたいな優秀な学生が「教官を導く」とよいですな.

2011-07-17

初音ミクLAライブ外国人感想その11

http://anond.hatelabo.jp/20110707195830

 初音ミク現象の持つCGM的側面については、外国人の感想でもしばしば言及されている。しかし、ワールドイズマインならぬWorld is Hers(世界彼女のもの)と題された以下の感想ほど、このテーマを正面から丁寧に描いたものはない。CGMこそ「クリプトン世界にもたらした最大の贈り物」との指摘はとても重要だろう。伊藤社長が主役を演じる世にも珍しい感想、という面からも一読の価値はある。

 urlは以下の通り。

http://www.manganews.info/the-world-is-hers-how-hatsune-miku-is-changing-everything-anime-news-network.html

+++++以下勝手翻訳+++++

世界彼女のもの:初音ミクはいかにして全てを変えたのか

 伊藤博之は自ら説明しようとしていた。

 「ヴァーチャルアイドル初音ミクを生み出した企業クリプトン・フューチャー・メディアのCEOとして、伊藤は人で溢れる大衆文化バンドワゴンの運転席に座っている。そして誰もが興奮しすぎる前に、彼は人々にこのバンドワゴンが何であるか理解させたいと望んでいた。

 「初音ミクは[一つのソフトウエアです」と彼は言う。「YAMAHAが開発したボーカロイド技術を使ったものです。[ボーカロイドは]歌声を作り出すエンジンで、我々はYAMAHAからその技術に基づく製品を開発するライセンスを得ました」

 言い換えれば、ミクのファンであると公言することは、KorgTritonキーボードあるいはフェンダーストラトキャスターギターのファンであるのと似ているのだ。君が応援するのは楽器――PCにインストールしなきゃならないうえに箱にはアニメ風のイラストが描かれているが、でもやはりそれは楽器だ。おまけにボーカロイドというブランドネーム自体はミクや彼女の華やかな友人たちに帰するものというより、むしろ彼らを動かす音声合成エンジンを指している。文字通りに取れば、「ボーカロイドのファン」であるとは、特定ブランドギター弦のファンであるのと同じである

 だが誰がそんな言葉遊びを気にするだろうか? どんな新興サブカルチャーでも、言葉に独自の意味が付きまとうのは普通である今日では「ボーカロイド」はそのイノベーションから花開いた仮想世界全体を示す言葉となっている。ボーカロイドとは作曲家がそのソフトを使って自宅スタジオで作り出した無限レパートリーを持つ曲のことであるボーカロイドとはそれぞれの曲に対応する画像動画ギャラリーであるボーカロイドとはそれらの画像から生まれたあらゆるミームや粗筋であるボーカロイドとはそれぞれ特有のボイスバンクを象徴するキャラクター群のことである。そして誰であれアニメエキスポに参加した者ならこう言うだろう。ボーカロイドとはそれらキャラのあらゆるバリエーションを含む姿にドレスアップしたファン層である

 これこそがクリプトンマーケディング・ディレクター佐々木渉すらも驚かせた口コミ波及効果だ。彼は「ユーチューブニコニコのような動画シェアサイトを通じて[ボーカロイドが]利用されるやり方」に驚いたと話す。「これらのサイトを使って、本当に口コミで仲間の間に広がっていきます。本当に過去に例を見ない[方法で]様々な国で人気を得ています」。つまり、本流エンターテインメントの大半が今なお企業の重苦しい手によって運営されている一方、自力推進型であるボーカロイド本質はあらゆるものをひっくり返したのだ。

 「ある意味、こんな現象相手に取り組む最良の手法を見つけるためもがき続けてきました」と佐々木は話す。「ファンからフィードバックを得るのが最良だと我々は信じてきました……いかに物事に対処するか、ファン層にとって最もよいことのためにどうするかを。急いで金儲けしようとは思っていません」

 クリプトンは、当時まだMP3ですら未発達の技術であり、ユーチューブ誕生に10年も先行し、そしてあらゆるものを可愛いアニメ少女擬人化するアイデアがまだ急増していない1995年設立された。「我々の目的はそもそもボーカロイド仕事にすることでも、[音声合成ソフトを作ることでもありませんでした」と伊藤は話す。「クリプトンは音全般――音と関係するソフト全てを取り扱う企業として設立されました」

 もし伊藤冗談めかして「ミクのお父さん」と呼ぶのなら、彼女の祖父母は最初ボーカロイドエンジン2003年に発表したYAMAHAの面々となるだろう。「そうした技術存在することは知っていましたし、それを使って何かできることがあるんじゃないかと思っていました」と、伊藤は当時について話す。「我々は既にYAMAHAと係わり合いをもっていましたので、彼らと連絡を取りそこから製品を作り出すことができました」

 だが、あたかも完成された合成音声で歌う天使の形でミクが天から降臨してきた訳ではない。彼女の根っこは、伊藤の説明によればとても粗末な形式の音声技術にまで遡ることができる。「日本では[音声合成ソフト結構一般的で、例えば駅などで使われています。そこでは列車の到着がアナウンスされたり、あるいは[乗車している場合]駅名が呼ばれたりします自動応答システムを使う電話はボーカロイドによって動いています」(想像してほしい、ミクの親戚の一人がカスタマーサービス用の電話回線で働く恐ろしいロボ電話であるという事実を)

 「当初[合成された]歌声を使うソフト存在しませんでした」と伊藤は続ける。「そうしたソフトにどの程度の需要があるのか、私には確信が持てませんでした。というか、はっきり言うなら、PCに歌わせることができるソフトを作るのにどんなメリットがあるのか分かりませんでした」

 この疑念こそが伊藤に次の手を講じさせた――それは最終的にはクリプトン歴史で最も賢い一手となった。「2004年、私は最初の[ボーカロイドソフトMeikoを作り、それに漫画風のキャラを付けました。ある人格が歌う[のを真似る]ソフトは人間にとって必要不可欠なものではなかったから、そうしたのです。人々にアピールし人々から愛されるようになるためには人間味を持たせる必要があると考え、そのための最適な手段が漫画キャラのようなものでした。このソフト結構いい成功を収め、そしてもちろん初音ミクの構想へとつながりました」

 そしてその次に起きたことは誰もが知っている。

 おそらく伊藤博之が成功した秘密は、クリプトン創業者である彼が音楽、サウンドエンジニアではなく、ソフト開発者ですらなく、何よりビジネスパーソンだった点にあるのだろう。伊藤は、あなたミュージシャンではないのかと質問されると笑い(彼はミュージシャンではない)、自身が経済を専攻したことを認めた。「音楽とは無関係です」と彼は言う。「ボーカロイドマーケティングに成功するうえで、私は自分が学んだスキルのいくつかを使ったと思います

 アニメエキスポ1日目のキーノート講演で、初音ミクボーカロイドカルトについてスライドショーを使った改まったプレゼンを始める際に、伊藤ビジネスマンとしての本領を発揮した。彼はまず自分が誰で彼の企業が何をしているかについて慣例となっている概要報告を行い、それから公式にクリプトン制作しているボーカロイドキャラクター」(あるいは、厳密に正確さを期するならソフトウエアパッケージというべきか)の一覧を示した。

 2007年8月31日に生まれた永遠の16歳、初音ミクは、今ではショーの目玉に位置している。人気で彼女に次ぐのは鏡音の双子リンとレンであり、彼ら独特の黄色い装飾と少年/少女のペアは、ミクの緑と灰色と同じくらいコスプレ業界では至る所で見かける。だが音楽制作者の視点から見ると最も用途の広い声は2009年製品である巡音ルカのもので、より深い音域と日本語及び英語で「歌う」能力を誇っている。何人かのファンは昔ながらのMeikoKaitoの旗を掲げている。その声は旧世代のボーカロイド技術の上に構築されているが、今なおクリプトンファミリーの中心メンバーである

 クリプトン以外のボーカロイドキャラサブカルチャー世界に入ってきている。たとえば声優中島愛のボイスサンプルに基づき、マクロスFランカ・リーモデルとしたMegpoidや、J-rockスーパースターGacktの声を使ったGackpoidなどがそうだ。より進取の気性に富んだ人々はUtauloid(日本語言葉『歌う』から来ている)と呼ばれるオープンソース音声合成エンジンまでも開発しており、その中で最も有名なのはピンクの巻き毛をした重音テトだ。

 音楽ソフトウエア・パッケージについて、それがまるで本物の人間であるかのように語るのは最初は奇妙に感じられるだろう。しか伊藤最初に作り出した時に予想したように、それこそがこのソフトをかくも魅力的にしている正体なのだ。これらのキャラがもたらした創造性は、伊藤プレゼンで誇らしげに見せびらかした数字によれば、ユーチューブで36万6000件、ニコニコで9万2600件に及ぶボーカロイド関連動画へと結実した。

 そしてこの成長するメタジャンルからあふれ出したマルチメディアコンテンツもある。クリプトンが運営するウェブサイトPiapro(『ピア・プロダクション』の省略形)には、ボーカロイドに触発された45万を超えるテキスト、音楽、及び画像創作物がある。さらに注目に値するのはクリエーターたちがどのように相互に刺激しあっているかだ。コンテンツを共有するポリシーの下、あるPiaproユーザーが音楽を制作すれば、別の誰かがそれを聞いて付随するイラストを描き、さらに別の人がその構想に従って短いアニメ動画作成する。そこでは、サイトルールに従い創始者を適切にクレジットに載せることだけが重要だ。

 何人かのボーカロイドファンはアート世界の彼方まで行ってしまい、エンジニアリングの成果をもたらした。最もよく知られているのは3DアニメーションプログラムMikuMikuDanceで、初音ミクキャラクターモデルを――実際にはどんなキャラクターモデルでも――特定の歌に合わせてリップシンクし踊らせることができる。より繊細な対象を扱っているのがVocaListnerで、本物の人間の歌手によるインプットを分析し、ボーカロイドプログラムのセッティングを自動的にその声にあわせて調整する。思いつきに過ぎない想像の飛躍ですら現実化し得る。初音ミク動画「Innocence」で取り上げられた「Ano Gakki」(『あの楽器』)というニックネームで呼ばれている奇妙な見かけのタッチパネルキーボードも、実際に使える楽器として再現された(それほど野心的でないバージョンならスマホアプリとしてダウンロードできる)。

 これら全てが意味しているのは、ほぼ完全にファンによって運行される賑やかで創造性に富む生態系存在するということだ。究極的にはそれこそクリプトン世界にもたらした最大の贈り物だろう。初音ミクボーカロイドソフトそのものではなく、それらが使われる方法こそがそうなのだ。企業という大領主によってではなく、消費者によって作られた完全なエンターテインメント形式。企業は僅かな道具と規則を与えるだけで、後は椅子に深く腰掛けて次に何が起きるかを見守っている。

 それでもなお、ボーカロイド体験を活気づけるため企業提供するイベントは多数ある。今年はアニメエキスポ日本以外では初となる「ボーカロイドライブコンサート」ミクノポリスホストを務めた。それはステージ上の綺麗なスクリーン投影するCGIアニメーションしかない(ほかならない)が、いい視野角と健全猜疑心の保留があればそのイリュージョンはなお印象的になる。さらに感動的なのはセットリストにある全ての曲が明らかにファンの作ったもの――クリプトンの地下室であくせく働かされるソングライター大量生産した製品ではなく、本物のミュージシャンボーカロイドという媒体を通じて自らを表現したものである点だ。

 だがコンサートはどのような限界が残されているかも暴露した。ミクの魔法は左右双方40度以上の角度では働かなくなった。調整の効かないボーカルは、時に楽器生演奏の下で迷子になっていた。そして音声合成技術のあらゆるイノベーションをもってしても、より繊細な耳にはなおミクが絞め殺されるようなロボットじみた変な声をしているように感じられた。でも、日本では生身のアイドルについてどう言われていると思う? 「アイドルは不完全であってこそふさわしい」。不完全さこそがミクをこれほど魅力的にしている。誰もが進行中の仕事に関与できるからだ。

 どんな未来があるか、誰に分かるだろう? クリプトンは既に英語版の初音ミクソフトが開発途上にあることを約束しているし、日本では新しい改良されたボーカロイドエンジンが開発中だ。それはつまり韓国語ですら歌えるボイスバンクを含んだ新たなキャラの登場を意味している。クリプトンオリジナルボーカロイド製品は、その声に新たな音色をもたらす追加物「アペンド」によって進化を続けている。そしてどこかで我々の誰にも知られていないマッド天才が、ボーカロイド世界永遠に変えてしまうようなアイデアにおそらく取り組んでいる。

 多くの人が知っているように、「初音ミク」という名は「未来最初の音」をもじったものだ。だがボーカロイド文化が広がるにつれ、この名前ますます不正確になっている。彼女はもはや未来の音ではない。彼女はまさに今の音である

+++++勝手翻訳終了+++++

初音ミクLAライブ外国人感想その1「再生の約束」逐語訳

http://anond.hatelabo.jp/20110707195830

初音ミクLAライブ外国人感想その2「再生の約束」フリーダム

http://anond.hatelabo.jp/20110708223459

初音ミクLAライブ外国人感想その3「ミクノポリスのボカレタリアートたちよ、団結せよ!」

http://anond.hatelabo.jp/20110709211718

初音ミクLAライブ外国人感想その4「仮想の歌姫:初音ミクの人気と未来音色

http://anond.hatelabo.jp/20110710234300

初音ミクLAライブ外国人感想その5「オレはAXには行ってないけど、まあとにかく……」

http://anond.hatelabo.jp/20110711212701

初音ミクLAライブ外国人感想その6「ミクノポリス:7月のクリスマス世界征服

http://anond.hatelabo.jp/20110712205546

初音ミクLAライブ外国人感想その7「AX11:ミクノポリスの印象」

http://anond.hatelabo.jp/20110713211501

初音ミクLAライブ外国人感想その8「ミクノポリスコンサートリポート

http://anond.hatelabo.jp/20110714210122

初音ミクLAライブ外国人感想その9「アニメエキスポ初音ミク

http://anond.hatelabo.jp/20110715222900

初音ミクLAライブ外国人感想その10「アニメエキスポ2011(抄訳)」

http://anond.hatelabo.jp/20110716194029

初音ミクLAライブ外国人感想その12「アニメエキスポ2011でのボーカロイド体験」

http://anond.hatelabo.jp/20110719031316

初音ミクLAライブ外国人感想その13「ミク:日本ヴァーチャルアイドルメディアプラットフォーム

http://anond.hatelabo.jp/20110719203237

海外blogに載っていたクリプトンインタビュー

http://anond.hatelabo.jp/20110723142345

2011-07-04

ネット実名界と匿名界に分断していくのかもね。

定義としてはこんな感じ。

行動がリアルフィードバックされるならHNでも実名界の住人(例えばpixiv絵師ニコニコ動画投稿者)で、実名でも中身が伴わず炎上アクセスを稼ぐしか能がない人間匿名界の住人。

実名

匿名




既になっているという突っ込みもありそうだけど、それ以上に「日本ネットでは実名なんて流行らない」という声が大きいと思う。

ただ今の残念な日本ネットを見ているとそうは思えない。

匿名からは既に自ら価値ある情報を作る能力のある人が失せつつある(自ら文章を書くテキストサイトの血脈が絶え、2chまとめブログが隆盛していることがその最もたる証)。

実名からネタを引っ張り、他人の作り上げたものを無断転載したり、記事を悪意的に捻じ曲げて拡散して小銭稼ぎする程度しかできていない今、いつか実名界側から拒絶される日が来ると思う。

実名ネット社会可視化され、非実名ネット社会匿名界全てが2ちゃんねると同等の、アングラで低湿なコミュニティだとみなされる日が。

2000年代テキストサイトはまだ自ら価値ある文章を作り上げていたために、その後ライターへと転進する道もあったが、今の匿名界ではいくら努力して上り詰めてもPV乞食以上のものにはなれなさそう。

ネットネットとして魅力があった時代が終わり、リアルのサブセットに過ぎなくなったとき、誇れるリアルを持てない人間は、他人の足を引っ張ることに生き甲斐を見出すスラム住人に成り下がるような気がする。

追記

同じ人が両方に属しててもいいだろ。

その方が健全。片方を排除しようとするからおかしくなる。

http://anond.hatelabo.jp/20110704155312

説明不足だったけど、実名界と匿名界とは住人が分かれるわけじゃなくて、「自己価値を高める場」と「掃き溜め」とが完全に分断すること。

twitterでは価値のあるものを作り、ポジティブ意見に評価する一方で、2chでは何も作り出さず、無断転載だけして、ネガティブに貶すという使い分けは今でもあると思う。これが加速するとどうなるか?

実名界はより価値のある場になり、匿名界はさらに価値のない場所になっていく。

排除なんてするまでもなく、無価値で見向きもされなくなると思う。

両方に属せる人はそれでも救われる。リアルに拠り所がない人間は、無価値化した掃き溜めで生きていくしかないんじゃないだろうか。10年後にはそういう時代が来ると思う。

追記II

お前の言う「実名」と過去に主にマスメディア出身者がネットで主張していた「実名」ってのは全く違うぞ。

お前の主張では名前web上での言動、表現物に紐付ける識別子だが

過去主張された「実名」はマスメディア認知されている通称は認めるが原則は戸籍上の名前って意味だぞ。

少なくとも奴らはblogpixiv等でのID(文字の羅列)は名前と認めてなかった。

http://anond.hatelabo.jp/20110704231720

雑多に考えごとをアウトプットしたせいで突っ込みどころ満載で悪いけど、たしか実名匿名界って区分はあまりよくなかった。

ただ既に直接「戸籍名」は使わなくても、「識別子」を「戸籍名」と紐付けしている(そして晒されてしまう)人は増えてる。

言いたかったのは「匿名人間人生を暴かれる恐怖があるから名前を隠そう」という今の常識が終わり、「実名を出して活動した方がメリットがある」というパラダイムシフトが起きたら…という話。

「識別子」で活動してる人間はそこに経験値が蓄積されるし、もともと実名社会で影響力を持っている人間匿名社会でも通用するけど、匿名社会だけで生きた人間はずっとLv1のままだよね、っていう。

追記III

b:id:rikzen

まとめブログが隆盛って言っても、元の文章を書いている人は確かに存在しているわけよ。しか匿名で。「匿名からは既に自ら価値ある情報を作る能力のある人が失せつつある」はどうだろう。

まとめブログ転載している元の情報のうち、価値のあるものほとんどが既に「識別子」で公開されてるものだと思う。

ニュース記事やpixiv雑誌を無断転載したネタtwitter揉め事海外の優れた考察なんかに対して、「匿名」の住人があれこれ突っ込んでいるだけ。

既に「匿名」にて意見を表明したり、作品を発表するメリットはない。影響力の発揮という点でもtwitter拡散能力などに劣っていくだろうし、何よりネガティブだったり、多ID工作で誘導できたり問題が多すぎる。

ただその問題の多さは、雑誌pixivの無断転載を「2chから転載」とソースロンダリングしたり、罵倒や個人攻撃を「匿名社会世論」とすることで免責するメリットでもあり、そのためだけに活用されていると俺は思っている。

追記IV

b:id:feita

自分の観測領域だけでモノ語りすぎじゃねえの?2ちゃんねらーだってモノ作り出す奴もいるし、Twitterだって引用なのに自分の発言のごとくツイートしてふぉぼられるような奴もいるし。

狭い観測範囲で語ってるのは否定しないが、2chにもモノを作る人はいないと思っていない。大体、匿名ダイアリーに書くのが好きな人間にその感情が理解できないわけがない。

ただやがて減少傾向になっていくと思う。

理由は2点。まず人は批評に耐えられるほど強くあれない。まして匿名罵詈雑言を受けてしまうと創作意欲が失せてしまうだろうし、調子に乗った「お客様」発言を咎める人間もいない。

「修正が遅いから、他の誰かが互換ソフトを作ってもいい」そんな何気ない一言MMDを開発終了に向かわせたように。

もう1点。マイノリティを排除したがる今の2chの風潮。大多数が「嫌い」「オワコン」だと主張したモノに対しては言わせておくしかない。擁護すると「社員だ」「工作だ」などとレッテルを貼られるのがオチだ。

自分の好きなモノを貶す人間は許せない」ならまだ分かるが、「自分の嫌いなモノを持ち上げる人間も許せない」という人間が非常に増えたんじゃないかな(これも観測範囲の問題だと言われそうだが)。

粘着質な少数に嫌われてしまうと何をやっても叩かれてしまフィールドで作品を発表する価値はないし、作品を発表する人たちは現実側に軸足を置く人間のみ相手にするようになっていくと思う。

そういう例として、非モテタイムズ暴言事件におけるソラノートや、キメこな騒動におけるカオスラウンジがある。彼らは匿名側の非難を受け続けているが、それを無視して現実側で活動を続けようとしている。

そしてその結果、どうなるかはまだ分からない。ただ、俺には何も―匿名の住人が渇望するような因果応報は―起こらないんじゃないかという予感がある。

個人的にこの2つの事件が、匿名側の影響力が失墜し、実名側の発言力こそがモノを言うようになる第一歩なんじゃないかと思っている。(もっと以前からあったのかもしれない。炎上には大して興味がないので引き出しがない)

やがて現実に影響を及ぼせなくなった匿名側はより弱い人間を狙い、学生のショボい罪を粗探しし糾弾し、個人情報祭り上げて鬱憤を晴らすような集団になるんじゃないかなとも。

2011-07-03

http://anond.hatelabo.jp/20110703231245

童貞とか素人童貞とかでひとくくりにできるものじゃないよね。

いわゆるリテラシーの問題。AV風俗プレイ鵜呑みにして、それが正しい性のありかただと誤解してしまう。

要するにただの馬鹿

童貞素人童貞)には、良い童貞と悪い童貞があると思う。

良い童貞は、童貞からこそ間違ったことをしてしまうんじゃないかという謙虚な心構えがあって、

常に力加減を調整し、女の反応を伺い、自身のテクニック向上にフィードバックさせようとする。

悪い童貞は、AV風俗こそが性のイデアだと思ってる。

拷問高速手マンを痛がる彼女に「お前不感症じゃね?(風俗のあの子はコレで感じて潮まで吹いてイッてたのに。)」とか言ったりする。

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