「引越し」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 引越しとは

2017-03-23

http://anond.hatelabo.jp/20170323055504

お腹が弱いトイレヘビーユーザーかつ最近は痔持ちだから、進学する学校、受ける企業トイレを毎回チェックしてる。

給与いくら良くても、やりたい仕事でもウォシュレットない会社は無理…給与が低くてもいいから個室がたくさんあって、綺麗でウォシュレット付きのトイレがある会社じゃないとマジで働けない。それくらい最近は痔が酷い。

引越しする時の物件も一番にトイレの状況をチェックしてる。

2017-03-22

抱っこ

子どもの3歳がもうすぐ終わる。たくさん話すようになった。文法単語不明瞭で、時々何を言おうとしているのかわからないけど、一生懸命に話そう、伝えようとして言葉を口にしている。

さしすせそは、「しゃししゅしぇしょ」。話の内容は、ときどき、空想現実が混ざり合う。私によりかかりながら、私と手をつなぎながら、「あのね」「ねー、おかあさん」と話しかけてくれる。温かい。小さなハンドタオルですっぽり包める手のひらが、やわらかい

子ども児童館と、すべりだいと、ヒーローと、両親に手をつながれながらジャンプをすることと、抱っこが好きだ。

すっかり忘れていた。手をつないで歩けるようになっていたことを、当たり前だと思っていた。2歳のころはすぐに歩き疲れて、抱っこをせがんできた。1歳のころ、0歳のころはずっと抱っこだった。

ベビーカーを嫌がって泣くので、買い物に行く時は抱っこひもを使って抱っこしたり、おんぶしていた。子どもは抱っこをせがむくせに、抱き上げると動き回ろうとする。あちこちに手を伸ばしたり、髪をひっぱったり、頭突きしたり。眠る時は全身の力が抜けて、いつも以上に重たくなる。

前に子どもを抱いて、背中荷物を背負って、両手にもうひとつ荷物を持って…。スーパーへ買い物に行くだけなのに、ぜえぜえ言っていた。そのまま、アパート階段をのぼって…。引越し先には実家義実家もなかった。友人を作る余裕もなかった。

当時、整体師には全身の骨が歪んでいるし、姿勢が悪いから腹も出ていると言われた。睡眠不足で髪はすかすか、目の下にはくま、余裕がなくていつもよれよれだった。しゃんとして身綺麗なママさんを見ると、自分が恥ずかしくてしかたなかった。夫はもう少しなんとかならないのかと、呆れていた。褒められたところなんて、ひとつもなかった。

疲れがたまると、子どもが泣いていても、体が動かなかった。自分までめそめそ泣いていた。いい大人なのに。小さな子どもに、「どうしてよ」「ちゃんとしてよ」と叫ぶこともあった。

バカじゃないか。小さな子どもに何がわかるというんだ。子どもが何かできなくて、それがなんだっていうんだ。当たり前だ。私が見守って、ひとつひとつ教えてあげなくちゃいけないのに。何もできなくたって、あなたを嫌いになったりしない。そう教えてあげなくちゃいけないのに。大丈夫だよ。何も心配ないよ。そう言って、抱きしめて、笑顔で、安心させてあげなくちゃいけないのに。

ごめんね。お母さん、もっともっとがんばればよかったね。毎日疲れた顔でいたね。そんな顔したお母さん、嫌だったよね。お母さんの叫ぶ声、怖かったよね。

笑顔でいたら、もっともっとあなたも楽しかたかもしれない。安心たかもしれない。ごめんなさい。

こんな母親の私に、子どもは両手を広げて「抱っこして」という。丸っこい腕とお腹と、小さな手のひらと、全身で「抱っこして」という。抱きしめると、足を広げて背中にまわす。この子は、全身で私を抱きしめてくれている。私はこの子を抱き上げてはいるけれど、抱きしめてはいなかった。抱きしめていたのは、私ではなかった。このままじゃダメだと思った。「かわいいね」「大好きだよ」そう言いながら、子ども背中を撫でるようになった。子どもはより一層、抱っこをせがむようになった。「だーいしゅきー」と言いながら、笑顔で、両手を広げて。「お母さんも、大好きだよ」と言って、子どもを抱きしめる。子どもの小さな体が、温かい

母親は無条件の愛を与えなくてはいけない。頭ではわかっていても、いつも自信がない。自分という人間は、欠陥だらけだ。ほかのママさんたちに比べると、恥ずかしい。無条件の愛を与えてくれるのは、いつも子どもだった。私は母親で、だから子どもを愛しているのだと思っていた。子どもは愛されるだけだと、勘違いしていた。子どもはいつも私を愛してくれていた。

の子が大きくなったら、いずれ「抱っこして」と言わなくなる。抱きながら歩くことも、だんだんできなくなる。

今はきっと特別時間だと思う。

服を脱がせて、着せ替えさせる。あせもは?かゆいところはない?痛いところはない?自分で着るというさまを、見守る。小さな指がボタンを探すところを、見つめる。

飲みたい、食べたいというものを目の前に与えて、食事をするさまを見る。両手でパンを持って、小さな口をいっぱい開いてかじりつくところを見る。スプーンですくったご飯を、ぽろぽろこぼしながら口に運ぶところを見る。

さな手で軽くなった牛乳パックを持ち、コップに恐る恐る注ぐさまを見守る。コップに牛乳いれられたの、よくできたね。うん、できたの。○○ちゃんがやったの。そうね、がんばったね。上手にできたね。こぼしたら、タオルでこうやって拭こうねと教える。

手をつないで、子どもが転ばないようにゆっくり歩く。道沿いのちょっとした段差の上を歩きたがる。花を見るたびに、お花きれいだねと言っていたら、子どもも「お花きれいねー」と言うようになった。

さな手の温度で、眠たいのか疲れているのか、わかる。歩き疲れた子どもが、「抱っこ」と言う。子どもが望む限り、ずっと抱っこしたい。

2017-03-21

引越し先に照明が無かったので色々買ってきた。

今ってもうほとんどLEDに置き換わったんだね。蛍光灯なんて一個もなかった。丸いシーリングライトLED

昔は高くてLEDなんて考えられなかったけど今は安くなったな。

蛍光灯蛍光灯で好きなんだけど。

2017-03-18

引越しめんどい

もう本当にめんどいしんどい

ガス水道電気の開始の連絡しんどいオートロックマンションから停止の時にメータ確認の立会いが必要しんどい

引越先は新築から各社住所登録データがない。しんどい

引越日にネットつかえねーなー。しんどい

電話全然繋がらない。しんどい

引越しめんどくせー。

2017-03-17

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.「おはようじょ」って何ですか。

「何ですか」と言われてもなあ……。

おはよう」と「幼女」をかけた挨拶だろう。

“そういった性癖・嗜好・病気などの人たち”が集まる匿名掲示板でよく使われている挨拶だよ。

そこから波及してネットの色んな所で使われ始め、ここ匿名ダイアリーでもよく見かけるようになったな。

ここでの用法としては、以前に私が回答した「ねこみこれいむあいしてる」と似たようなタイプだな。

後はせいぜい投稿者なりの、関連した一家言を適当に言う位だ。

君にも「ご近所さんはいただろう?

別段仲良くもないが、近所なので顔を合わせるときがあって、その時は軽く会釈なりする。

時々、何をしているかからないが、何らかの工事をしている音が聞こえる。

作っている料理匂いが漂ってきたりする。

その人たちが引っ越しの準備をしているとき、何の感慨もないけれど「ああ、あそこの○○さん引越しするんだ」という、見たまんまの感想を思わず言ってしまうような存在

おはようじょ」も似たようなものだと考えてくれたまえ。



Q.噛んでいるガムの処理に困っていつも飲み込んでいたのですが、大丈夫なのでしょうか。

いい質問だ。

結論からいえば、便として出てくる。

もし君がその日ガムしか胃に入れていないなら、きっといつもの色と違う明らかな便が拝めるはずだ。

私も子供の頃はガムをよく飲み込んでいたが、ある日の便はツートンカラーだった。

いつもの色と、私が食べていたガムの色が見事に分かれつつも、ひとつに繋がっていた。

その時、私はバリウムを飲んで白いウンコが出るといった話を思い出していた。

それと似たようなものだと思って大して気にも留めていなかったが、いま考えるとヤバかったなと思うよ。

分かっていると思うが、くれぐれも真似しないように。

下手したら厄介なことになる。

君がネット人生を切り売りするような思い切りの良さがあるタイプだとしても、決して真似はするなよ。

東京通勤圏内の、いい感じの地図路線図がほしい

けど無い

 

ああ、これはいい感じだ!っていう地図、無い

 

何がしたいかと言えば、引越し先を見つけたいんだ

穴場を発見したい

 

主要駅と駅の時間距離みたいな図も無い

 

路線図がある

道路はあまりいらない

ランドマークが分かりやすく表示されている

時間的感覚がわかりやすい(地理的に近いけど電車で行ったら遠いみたいな)

 

ないなぁ

 

いっそ自分で作ろうか

東京って駅何個あるんだろう

 

___

 

googlemapは期待してたけどなんか見づらいねあれ

あれをベーストレスする感じで自作したほうがいいか

もしくは、路線図ランドマークや区堺や移動時間を書き込んだほうが早いか

 

めっちゃ暇があればプログラム組みたいんだけどな

◯◯駅を選択したら

主要駅までの時間が一覧で出てきて

タブ切り替えでそれがマッピングされるみたいな

会社の最寄り駅をタップして検索すればうまあじ

2017-03-16

FX・株】底辺トレーダー家賃作戦

投資に限ったことではないが

一時的に儲かったとして、賃貸などのベースとなる生活費を上げるかどうかは悩ましいところだ

運用している金というのはレバレッジにもよるが、最悪ゼロになるリスクも有る

そのときベース生活費を上げすぎていると簡単破綻、苦しいことになる

 

もちろんゴールしてもいいくらいに稼いでいるのであればこんな心配すら必要ないだろうが

トレードは長期戦だ

資金を増やしてる途中で引っ越すこともあるだろう

 

そこで考えた作戦ルール

 

引越し先の家賃の25ヶ月分をまず用意する

そして25ヶ月以内に単利で2倍を目指す

1年あたり約50%だ、この比率は人によって下げても良い

(たとえば、家賃の25ヶ月分の2倍を用意して、1年25%でもいい)

これができれば、運用のみで家賃が賄えることになる

 

もちろん運用がうまくいかないリスクが有る

口座内が25ヶ月分から減ってきたら、本業や別口座から継ぎ足すか、引っ越すかだ

このジャッジは四半期単位でもいいし、半年単位でもいい

 

逆に、運用が予想以上に上手くいって50ヶ月分貯まったとしたら、また別のところに引っ越してもいい

そのなルール

 

気をつけたいのは、家賃が入っている口座=運用対象となるため、全額を入金することはできない

あと、引っ越し資金は別途用意しておくこと

 

でもまあ、たとえば250万円だったら、1日5000円稼げばいいわけ

1日ノルマ0.2%程度、トレーダー気取ってるならもちろん余裕だよね?

2017-03-15

フリーランスギブアップして扶養に入った話

フリーランスとして、個人事業主の届けを出して2年間くらい過ごした。

働けているうちはよかった。事実婚の夫に援助されつつもどうにかやれていた。

ただ、本格的に身体が動かなくなって、働けなくなったら「どうにかやれていた」反動が「税金」という形で返ってきた。

前年の所得税住民税国民年金保険料国民健康保険料、それから税金ではないけれど、奨学金一種)。

国民健康保険料に関しては、多分確定申告記載が足りなくて、前年の3倍近い額を請求された。

GW23区内で引越しをしたので、同じ名目税金を両方の区に納めなければいけないこともあった。

身体も動かず、精神がずたぼろになった状態請求書の山ができた。

夏、泣きながら扶養に入れてくれるよう夫に頼んだ。頭を下げたくない実家にも頭を下げた。

秋に籍を入れて名字が変わった。あらゆる公的書類の上から自分名前」が消えていった。今でも夫の名字で呼ばれることには慣れない。

生きることに関する意識レベルを下げた。「生きてさえいればいい」というところまで下げた。

とりあえず、今はわりとゆっくり生きている。

2017-03-10

家族の中で私だけが異質らしい

「俺がお前の普通に会話が出来るのは、俺がお前に気を使って会話の内容を選んでるからだ」


ついさっき父親に笑って言われた言葉だ。

家族構成は父母私弟の四人。十年以上前離婚して私は母親に引き取られた。

お金問題があったので両親は離婚しているだけで会っていたし、諸事情離婚後に年単位で同じ家に住んでいたこともある。


父は切れやすく、母はその愚痴を私に話す。弟は、特に何もしてなかった気がする。

自立する前は両親の間にはいって仲裁をするのはいつも私の役目だった。


好き勝手やってきた自覚はある。

その代表高校を辞めたことだ。国から奨学金高校に行ってた。払うのは卒業後の私だ。

単純に借金をしてまで行く意味を見出せなかった。

田舎なので私立は滑り止めで受けてた。行きたかった市立高校には少しだけ偏差値が足りなかった。

じゃあ一つランクを下げようとしたら当事の担任から「お前の学力だったら受かるけど、ここを受験しろとは勧めらない。そういう校風だぞ」と止められた。ものすごくお世話になった担任だった。今でも恩師だと思っている。そんな人が止める学校を受けようと思えなかった。

結局ランクをもう一つさげた。すると運の悪いことに偏差値もガクンと下がった。

私は少し足りないだけなら挑戦したかったけれど、母親に「私立に行くお金は無い」といわれ結果として行きたくもない高校に行くことになった。

そのこともあいまって結局辞めてしまったのだと思う。私自身ここは後悔していない。

両親の猛反対を押し切って高校をやめたとき約束を一つした。専門か短大が四年大、どれになるかはわからないけど、高認取って進学するよ。

最終学歴ちゃんと塗り替えるよ、と。

数年掛かったけどフリーターをしながらなんとか無事高認を取ったとき、弟が大学受験だった。

母親に言われた言葉は「弟が受験から一緒に進学しないで」当事の私はもっともだと思った。

別に普通から逸脱してしまったのだから一年ぐらい遅れてもいいや、と思った。「別にいいよ。私のまだ進路決めれてないし」と。


弟が受験を失敗した。滑り止めも受けていなかった。それはまぁ、仕方が無いことだとも思う。

来年チャレンジするよ、という弟。母親には「次は待たないからね」とだけ言った。

後に弟が「ほんとは大学受かる気なんてしなかったんだよね。受験の頃から専門学校行きたくてさぁ」と言い出したことに殺意を覚えたけれど、それは今回は流す。


犯罪心理学勉強がしたかった私は家から通えそうな大学を調べ、受けたいところを一つ見つけた。

ここなら一人暮らししなくても実家からなんとか通えるだろう。家のこともできるし、なんとかなる。

偏差値は高く、しか予備校に行くお金も無い私はとにかく友人知人に教科書参考書を貰ったり、勉強を教えてもらったりしてた。

当事は大学キャンパスの中でバイトをしていたので大学生の知り合いに訪ねたりもしてた。

しかバイトから帰宅してみると母親電話越しに声を派って喧嘩している金切り声が聞こえてきた。相手は大体父親だ。

電話が終わった母親に呼び出されて言われた言葉は「うちは解散するので貴方たち二年後には自立してください」

当事は百年に一度といわれる不景気真っ只中。ことが順当に運べば二年後は私が大学二年の秋になる。

三年生から就職活動が始まるのに、そんな中で追い出されるなんて溜まったものじゃない。

「私四年大行きたいって言ったよね」と喉まででかかった言葉は「お母さんもうお母さんやめたい」と泣きながら溢した母には言えなかった。


結局私も弟も二年で終わる専門学校に行った。犯罪心理学が学べる専門学校は無く、まったく別に進路を選ぶことになった。

自分で決めた学校なので後悔はしていないが、母のあの言葉が無ければどうなってたのかな、と思う。

母を解放してあげなければならないのだ、と思ったあの頃の私に一言伝えるなら「お前が背負う必要はどこにもなかったよ」とだけ伝えたい。

なぜなら二年以上たち弟が正社員として働いているにも関わらず、家をでたのは私だけだったからだ。


専門学校の進学と同時に父親に頭を下げて家を出た私は、今も一人暮らしを続けている。

二年後の卒業との時「私はあなた言葉に従って家をでたけれど、弟はどうするの?ちゃんと解散するんだよね?」と母に聞けば「弟ちゃんはまだ仕事が決まっていないから」

弟の就職が決まったときに「就職決まって何ヶ月だったの?家は解散しないってことかな?引越ししないの?」と聞けば「引越しはするよ!あんたも早く残してた荷物取りに来てよ」

弟を言い訳にし、次は飼っていた犬を言い訳にし、最終的に母が私に言った台詞は「お母さんはでていけなんて言ってない。あんたが勝手に出て行ったんでしょ」だった。

一人暮らしをして、知ったのは自分母親洗脳されていたことだった。

上京した友人は「いやーインフルかかったって親に電話したら次の日にはおかゆとポカリ黒猫で届きましたね」と言った。

別の友人は「奨学金は私の名前で借りてるけど、親が払ってくれてるよ」と学生生活を楽しんでいた。

年末年始に犬の顔を見に帰った私が母親に言われた言葉は「あんたが帰ってくると金が掛かる」だった。服なんて強請ってない。化粧品だってだってない。そんなもの買う余裕があるならご飯が食べたかった。食費を世話になって言われる言葉がこれなのかと思った。

スナックコンビニバイトしながらなんとか生活をやりくりして二年頑張った。付き合いが悪いといわれてもクラス飲み会に参加する余裕が無くとも、なんとか卒業目標に頑張った。

無事に卒業し、一人で生活を回していたけれど、体調を崩しどうにもならなくなった。

母に戻りたいんだけど、と伝えれば今までの喧嘩はどこへやら「戻っておいでよ」と言ってくれた。

泣きながら話し合った。

私は「弟にも許可取らなくてどうするの。貴方一人で決めても安心して戻れないよ。弟と相談しなくていいの」といえば「弟がなんと言ってもあなたが戻ってくればいい」と言ってくれた。

洗脳されてたなんて錯覚だったのかもしれない、私がひねくれてただけなのかもしれない、と思った。


後日母親に伝えられた内容は「弟ちゃんが貴方に戻ってこないで言ってるからうちにはこないで」だった。


泣きながらの話し合いはなんだったのかと思った。母が母であることを辞めれるようになんとか自立した私より、寄生している弟の方が優先されるんだな、と思うと情けなくて情けなくて一人で泣き喚いた。


一人暮らしをしてから、何かと私を助けてくれたのは父親だった。

月に一度は連絡をくれ「ご飯は食べれてるのか」「生活はやっていけてるのか」と心配をし、父も母にお金を渡しているので財布は厳しかったと思う。それでも、時には食費を送ってくれ、時には夜行バスの乗車賃を肩代わりしてくれ、何かと自主的に世話をやいてくれた。

「お前は自分から言い出せないだろう」と。

母親から聞かされていた父は「浮気をする」「殴る」「すぐ怒鳴る」「すぐきれる」「女癖が悪い」他にももっとたくさん愚痴を聞かされていた。

そのうちのいくつかは私も目にしているけれど、少なくとも私に手を差し伸べてくれる父は、母よりもずっと親だったように思う。

「毎月やってあげれるわけじゃないけどね」「出来るときだけしかできないけどね」と言いながら、何かしら声をかけてくれたのは父だった。

から自主的電話が合ったことは一度も無かったけれど。


今も現に父には金銭的にとてもお世話になっているので食事に連れて行ってもらうことが多い。

冒頭の台詞今日食事で言われたことだ。

父は「お前が変だから母親も弟もどうしていいかからないんだ」「俺がお前と会話できるのは俺が会話を選んでるからだ」となんの悪気もなく言われてしまった。

から見た私は、私が変だから関係おかしくなったんだ、と思っているんだなと思うと涙が止まらなくなった。


父は知らないのだ。私が本当は大学に行きたかったことも、それを諦めた経緯も。父がいなくなってからずっと、私は常に弟よりも優先順位が低かったことも。私がどんなに頑張っても、何をしても、何もしない弟の方が愛されていたことを。

父は知らないのだ。


からすれば両親や弟の方がずっと変なんだよ。

私の知ってる親は、小学生の子供を残して毎日パチンコには行かないんだよ。

責任を問えば「またそうやってお母さんのせいにして!」と自身発言責任を認めない母親は変なんだよ。

私の影に隠れてなんの責任も背負ってこなかった弟が「言うことを良くきく子」と評価されているのも、私のとってはなんか違うんだよ。

家族の中に優先順位がついてるのってすごく変なんだよ。

でもこれを伝えても「お前が一番じゃないことが気に食わないんだろ」って言われてしまうことも変なんだよ。


つらい。私が変だからおかしいのかと思うとつらい。

これって最初からいなきゃよかったのと同じじゃないか


追記:20170312

まさかこんなにたくさん反応されるとは思っていなくて驚きました。

トラバ(ここでは枝?になるのかな)やブックマークコメントでお言葉を下さった方ありがとうございました。

私とは違った視点意見や、厳しい言葉などはっとさせられるコメントもありました。

また家族以外の言葉意見を目にしたことで少し前向きになれました。ありがとう

上記はあくまで私の視点であり、両親や弟から見れば私はおそらくろくでなしなのだと思います

両親も変だな、と思いますが私もきっと変なのだと思います。変でも別にいいじゃんと思っているか家族の中で浮くのだと思います

悔しくて悲しくてやるせなくて泣きながら書いた誤字脱字誤変換(今見返してみると本当に酷いですね。笑)まみれの吐き捨てでしたが、色々な意見をいただけて吐き捨ててよかったと思いました。

病気が治ったら(鬱等のメンタルヘルス系ではないです)バリバリ働いて家族とは少し距離を取ろうと思います。犬ももう死んでしまったしね。

なんというか、何回言うんだよって感じなんですけど、厳しいのも優しいのも、同調するのも、全部コメントありがとう。色々と救われました。

根性だして頑張ります

2017-03-06

引越して床が抜ける心配毎日していてつらい

漫画が千冊ほどあって、引越しとき不動産屋さんに相談したら

木造でもそうそ床抜けいか大丈夫」と言われ安心していたけど

鉄骨1K築30年で歩くとキシキシいったり風圧で部屋のドアがガタガタいったり

とにかくよく音が鳴る家で今はまだ本棚が無いから床がもっているだけで

本棚が届いて組み立てて本を全部納めたらスポーンと行くのではとか

でもこの前「床は重みで抜けるわけではなく、床がたわむだけ」というのをみて

とりあえず定期的に床にビー玉でも転がしておけばいいのかとか

あと2DKくらいの部屋の住人が死んで約6tの本やDVDでいっぱいだったというのをみて

それならうちの部屋は1Kとはいえ少し広めだから3t弱くらいならいけるのかなとか

そもそも高所恐怖症から余計に落ちること考えてしまうんだなぁ

もう15年近く前に買ってた雑誌に「古本屋で本を買わないで」という主張に賛同した漫画家さんたちの名前が連なってるページがあって

その後にも大好きな漫画家さんが「できれば漫画は売らずに処分して欲しい」と言っていたりして

なので基本的古本屋へは行かないようにして本はゴミで出していたし、周りにも広めていたりしたのだが

先日10年ぶりくらいに引越しをすることになってもう面倒くさくなってとうとう手を出してしまったぶっくぉふ

本当にずっとアンチぶっくぉふで生きてきたのにとても屈辱的だったのだけれども

同居人が「ぶっくぉふに本売るけどおまえどうするよ」と言われて考えることをやめた

とても便利だった

あと、よく考えたら私はとても貧乏なので古本屋を利用するのは仕方ないかなって思った

少しでもお金にかえたいという気持ち全然まったくなかったけど

最終的に2,500冊ほど売って8,000円くらいにはなったのでただ捨てるよりは良かったと思った

あと貧乏人は時間が無いので出張買取とかちょう便利

漫画家が生きていけないからと自分生活犠牲にするのも違うなって

自分生活が豊かになったらで良いかなって

(豊かになる予定もないのだが)

2017-03-03

http://anond.hatelabo.jp/20170302172738

同棲を解消した。

はじめに彼と出会ったのは、大学でのことだった。イケてるかイケてないかで言えば、イケてるグループで、彼はその中でイケてないほう、という微妙立ち位置

でも話題の中心にいる様子から、会話が上手なんだな、というのが第一印象。顔立ちは特徴がなくて、でも笑うと顔が中心に集まってちょっと面白い


私はその頃、ちょっとモテていた。だがそれは私が可愛いと言うわけでなく、理系学部に通っている女子という希少価値だけでモテていた。中高とオタ活に勤しんでいた私は死角だらけで、モテ期の状況に浮き立っていたのは間違いない。

そんな私は付き合いもしないのに男の子の家をフラフラ出入りする飛行少女だった。しかも今思い出すと、過剰なスキンシップはするくせにやることは一切やらせない、しか露出度が高い(だいたいショートパンツはいてた)。タバコお酒匂いをさせて授業にでていたクソめんどくさい存在

私は数少ない女子グループに嫌われ、完全に孤立していた。

そんな時に、件の彼からデートに誘われた。映画デートだ。あんまり名前の知らない映画。たしか妻夫木聡がでていた。私はノーとは言わない日本人らしくデートについて行って映画を見た。淡々とした描写なかになんだか悲しい気持ちになる作品で、でも退屈でもあった。幸せの着地点が見えないと不安から作品をきちんと見れない私は映画に集中出来ずにいて、それで、ふと隣をみたら彼は泣いていた。

多分、それからちゃんと彼と話をしたと思う。彼はサブカルに詳しく、また高校時代出会ったBUMP OF CHICKENに触発されて音楽もやっていた。私はBUMP OF CHICKENの曲は流星追っかけるやつくらいしか知らなくて、アルバムを借りて聞き込んだ。

初めてのライブハウス体験は彼と一緒だった。今はもう解散しているロックバンド。小さな箱で、音楽聴くというよりは体に叩き込まれた。フェスにも行って、日帰り弾丸ツアー疲れたけど楽しかった。

私は男の子の部屋を転々とする飛行少女はやめて、一人暮らしの彼の部屋に入り浸りになった。やがて私は自分の物を持ち込んで、大学にもそこから一緒に通うようになっていた。半同棲状態。月に一、二回家に帰るのがせいぜいだった。

お互いに告白なんてなかったけど、キスをして、セックスした。

初めてだったけど、一度体を許してしまえば、後は猿のようなもんで、自堕落大学生活を送った。

やがて社会人になって、私はなんとなく彼と同じ県に就職して、引越して、なんとなく同棲スタートした。家は先に部屋探しに動いた私が借主になって、彼が転がり込んでくる。まえと逆だね、と笑った。

でも、やっぱりなんとなくで始まった付き合いは続かない。

彼とはちゃんと付き合い始めたわけでもなくて、約束とか、そういうのがあったわけじゃなかった。

同期との付き合いとかいって、帰ってくるのが遅くなって、新卒給与をつぎ込んだ車に知らない女を乗せてる姿をみて、携帯電話ディスプレイされるメール通知の名前が女の名前で。

そんな時に、私は妊娠していることがわかった。ご飯を炊いた匂い気持ち悪く、お腹はなんだか詰まったような感覚があって、そういや生理が来てないな、と一人で妊娠検査薬を買って、妊娠がわかった。その日も同期との飲み会だといってた。

私は自分の腹をしこたま殴った。でも意外に命はしぶとく、私は諦めることにした。

私がどうしたものかと頭をぐるぐるさせている頃に、彼は彼の中で結論が出たようで、『別れよう』と告げられた。告げたあとは彼はずっと泣いていた。泣きたいのは自分の方だ、と思ったけど私からはとくに何も告げず、そのまま同棲は解消となった。

彼の私物が引き上げられると部屋はいやに広く感じた。

私はその後いろいろ産婦人科にお世話になり、全身麻酔を打ってゲロを吐きながらお腹を軽くし、

いまは普通に社会人を続けている。

しかし、彼がよく聞いていたフジファブリック聴く度に、好きだと伝えなかった後悔に苛まれる。志村の新しく歌声を聞けないことと同じくらい、彼はもう遠い人なのである

2017-03-02

マイホームなんて欲しくなかった

去年の2月、急に夫が住宅展示場へ行こうと誘ってきた

寝耳に水

それまで賃貸に住んでたけど、一軒家だったのでそこまでの不便はなかったし

私も軽い気持ちで一緒に行った

その後、夫が真剣なんだと気づきちょっと焦った

え?ローンとか大丈夫って



住宅展示場中古物件を見たりして

金額的には中古かなぁ、って話してた

けれどいい土地が見つかり、中古デメリットを鑑みていつの間にか新居を建てることになった



そこから夫の要望でたくさんのメーカーを見て

週末は1日で3物件見学とか

住宅メーカー見学とかそれで終わらないからね

自社で建てるメリットとか説明を長々と聞いて

もうどこがどうだったとか頭がごちゃごちゃになりながらまた翌日とか

しんどいよね

しかも2歳児と未満児連れだからね...



まぁ結局地元工務店で建てることになって

大手より融通が利くからと何度も何度も打ち合わせした

年内に建てたいからって超過密スケジュール



設計図の段階で、私には気になる点があって指摘した

けど夫と設計士さんにスルーされた



壁紙もたくさん山のように見て、選んで

私が選んだ壁紙採用されたのは結局1箇所だけ



建設中、私が図面を指摘した箇所に問題が出てきた

「ほらややっぱり」と思ったけど、2人は私が指摘していた事すら覚えていない

私、打ち合わせに居る意味あったのかな??




引越し

夫がネットで大物家具を買って自分達で搬入組み立てた

引越し疲れでそんな何十キロを持ち上げる体力がなく、私のせいで無垢床がへこんだ

夫にすごく怒られた

壁を傷つけてまた怒られた

子どもらにも、床を汚すな、テーブルを汚すな

すんごい口うるさい

鉛筆類を持たせたらちゃんと見てろ、とか

無垢床が傷つきやすいとか分かってて自分希望だけで採用したんだから、その責任は夫だろうと思う

子どもらに罪はない



家具類も新居に気持ちが大きくなったのか、身分不相応な高級品をそろえて

クレジットカードの引き落とし金額に足らないからと私に無心してきたり

ローンも、会社賃貸への手当てがもらえなくなるとは知らずに計算していて

生活費減らさないとやってけない」と言い出す始末

はい 一気に3万5千円生活費減りましたけど

はははっ

それなのに夫はまだ買い物ばっかしてる



キッチンの水撥ねの跡が気になるとか

もう生活できないじゃん

一方、夫は家づくりブログまで始めて、オフ会とか嬉々として行ってるよ

泊りがけでね

こっちは子ども夜泣きで参ってるのに、それでもお構いなし

友達には会う度に「痩せたけど大丈夫?」言われてる



ローン返済のために来月から働きに出るつもりだ

今までは「子どももまだ小さいんだし、下の子が3歳になるまでは働かなくていい」とか言ってたのに

今じゃ「扶養内で?フルタイムガッツリ働いたら」だって



確かに新居は暖かくて快適だけど

夫の規制が多くて気持ちが休まらない

こんなんじゃ賃貸の方がよっぽどよかった



「夢のマイホーム」って夢のままの方がいい事もあるね

ちなみに「家欲しい」なんて私は一言も言っていない

2017-02-27

から徒歩x分、◯◯駅からx分、っていうのが可視化できるサービス

無いよね

 

から徒歩x分っていうのは確か不動産の人?が実際に計ってるって聞いたか

そもそも実現不可能な気がするけど

例えば「渋谷駅まで20圏内の駅全部」みたいな可視化API使えばできそうなんだよなぁ

乗り換えN回みたいな表示も含めて出来そう

 

できそうだけど、無い

無いし、作るにはそこそこ面倒くさい(半月は掛かりそう)

精度も問題になるかもしれない

おまけにカネになる気がしない

あーそりゃ無いわ

 

誰かどこかの鉄ヲタ作ってくれないか

引越し先考えるときに使いたい

 

___

 

あれ、家から◯◯駅まで何分かはGoogle経路使えば割と行けそうじゃね?

でも網羅的にはできないから、ポイントポイントになるよね・・

2017-02-25

節約のために引っ越ししよう」が理解できない

一人暮らしベースだけど。

だってどう考えても引越し費用をペイできない。

よっぽど高いところから安いところへ引っ越さない限り。

仮に8万の部屋に住んでいる人が7万の家に引っ越したとして、年間12万の節約になる。

関東引っ越ししようとすると、だいたい敷金1月+礼金1月+1ヶ月目の家賃前払い+仲介手数料0.5-1月+保険と鍵代で不動産屋に払うだけで30万近くかかる。これに引越し業者への払いが入れば、35万くらいは必要になる(仮に礼金なしでも28万くらい)

これを家賃差額だけでペイしようとなると3年近くかかる計算になる。

3年もあったらむしろ稼ぎ方ーを変える方に注力したほうが良くない?

2017-02-24

引越しNHKに解約の電話をかけた。

引っ越しして数年、古いテレビ引越し時に捨ててしまって持っていない。

もちろんその後もテレビを買うこともないままだった。

NHKどころかテレビ自体を全く見ないまま5年以上視聴料を払い続けている。

今回引っ越しするにあたり、契約もいい加減きれいにしようと思ってのことだ。

電話は感じの良い女性対応してくれた。

テレビはいつ捨てたのか、領収書はあるのか、その後テレビを購入し視聴していた時期はないか

ワンセグ等、テレビを視聴できる機器は持たないのか。

全部ないです、と答える。実際ない。

ワンセグはもしかしたらスマホが見れるのか?でもアプリも設定もよく分からない。

機器として可能だとしてもわざわざ設定して見る気もない。

いかげん解約したい。

電話口の女性は「後日担当者から折り返します、平日の10時~17時で都合の良い時間帯などは」と聞いた。

ずいぶんと限定された日時の範囲うんざりしつつ、対応可能な日時を答えた。

まったく視聴してない。機器もない。視聴しないまま数年来支払いを続けた。だから解約する。

これで解約できないはずがないだろう。そう思いながらも微妙不安

もし解約にゴネられたら、ネタとして盛大に広めようと思う。

2017-02-23

安全だっていうなら福島に住め」

いやそりゃ無理だよ

引越しとか大変じゃん放射能関係無く

福島野菜普通に買ってるわ

2017-02-21

首都圏引越してきた田舎民は

親しみを感じるという点から地元食材ばかりを買うようになる

あんなに地元から離れたがっていたくせに…

2017-02-20

ダウン症利用者わがまますぎてヘルパーがどんどん辞めていく

フェイクあり。文章へたなんで許して。もう我慢限界の話をひとつ

高齢過疎地域のある町。そこそこスーパーもあるし、特急時間かければ都心アクセスできるむかしのベッドタウンの話。

そこの訪問介護事業主がまいってる。

48歳のダウン症利用者わがまま暴言、癇癪、過度の引越し癖(本人の母親障害年金生活保護お金を求めて利用者に近づくため(DV歴あり)事業所近くに逃げるために引っ越してきてる事態)、クレーム難癖つけてヘルパー人格攻撃

心疾患併発で体調不良もあるのにガイドヘルパーを呼びつけ何度も外出(止めても行くとわめき警察まで呼ぶ)、近隣住民にこのヘルパー虐待されたとか叫んだり被害妄想公衆の場で叫んだり・・・

体調不良でやめていったヘルパー、1日でこの人気に入らないから変えてって言われてやめたヘルパー、いっぱい この5年で100人以上と。困難物件らしく役所もどこの事業所もこの利用者を受け入れないらしい

利用契約断るように行った事業主は本人に泣き喚かれて「いなくなったら困る死んでやる市役所講義しに行くんだ」と永遠の人的リソースを夢見て叫んでいる。役所に言ってもどこも受け入れないから頼まれる始末。事業主がずっとかかりつけでいたがとうとうストレス心労で倒れた。このままどうすればいいのか。役所は市内に受け入れる事業所いからって見放してるし、最近市長室にまで乗り込んでクレームを伝えに行ったらしい・・・トラブルばかりのこの利用者はひどいモンスターとなった。もう施設しかないのに行きたくないってずっといってて限界まで事業主は面倒見てひっぱってきた。こらもう、施設で消えてもらうしかいね。うんもうこんなんで人生終わるのもおかしいし介護福祉関係人間が重病にかかるだけの日本4ね

2017-02-12

鉄道文化がここまで衰退した理由

週末に親切な大人と会話する機会があったので聞いてみたが、車文化しろバイク文化しろ、一回ボロボロになったのは珍○団といったクソどものせいだと嘆いていた。

私が小学生高学年以来当時趣味の1つにしてた鉄道趣味が滅びつつある理由がまさにそれなんだよ。

無秩序人口が増えたせいで暗黙の了解崩壊した、珍カスならぬDQNオタク名乗りをするようになって、やがて自治がうまくいかなくなった結果、

一般人から企業もろとも白い目で見られるようになり、結果、趣味が衰退していっている。

2000年代前半にはすでにそういった問題が起きていて、2010年代特に東日本大震災以降の車・バイクオタク消費旋風が引き金になって鉄道趣味はひどく腐敗した。



話変わるけど、私の小学校時代で今住んでいる神奈川北東部引越す前の大阪高槻在住時代の思い出を思い出そうと思う。

友人から忘れるように言われたので覚えていないが、今や引越し後とは比べ物にならないように貧しかったのかよく家に引きこもっていた。

1994年以前と言う(私が今年で32才になるから)あまりに昔のことなのか、引きこもり時代趣味について漫画小説アニメ以外覚えていない。

実は両親は以前からつい何年か前まで共働きで、父親地方公立大卒業の中堅か底辺作家で、引越し後はつい十年前前後まで公務員(定年退職)だった。母親は準勝ち組的な職業(定年退職かつ無転職)だったが、いい大学卒業生とは思えないほどのスケバンか不良体質で、男勝りの性格なのか偏差値のいい高校に通っていたときでさえいじめられていたこともある。(無論、不良になったり、なんとか院のお世話になったこともない)ちなみに転校はしていないと言う。

事実小学生時代にまともなドラマの代わりに不良・アウトローものアニメドラマビデオ一家全員で見ていたりしていた。内容は決して小学生に見せるべきものでなかったと思う。父親も内心呆れていたのではないだろうか。

記憶違いもあるかもしれないが、家にある当時の手記を読む限り、2000年代価値観でもオタクといえるほどに一家全員がサブカルにはまっており、ゲームオタク向けアニメなんかは神奈川引っ越した直後から見ていたと思う。

私や妹(1才違い)の幼少期と青春時代もそれで、まともな大学かつ偏差値の低くない高校(ちなみに小学校中学校偏差値はかなり低かったと思う)を出た人とは思えないほど中高生時代ある意味やさぐれており、中二病とかこじらせるような年代とかになれば同級生学校に隠れて所謂不良やギャルサー交際していたりもしていた。(一方的偏見を持たれた母親とは違って私と妹の場合中学生高校生時代の不良によるいじめに便乗したのに何も咎められていなかったというのが不思議。乗り気でなかったから救われたのか?)

要するに、元キ○ガイの子は元キ○ガイだったということ。



ちなみに、私は数年前に自ら当てたギャンブルの当たり金(両親側も過去大金を当てたにもかかわらず)を巡って家庭内トラブルになり、お金と引き換えに住む家を追い出されている。初めは1キロしかその家とは離れていなかったが、旧年の年の瀬に両親側がURに転居したようで5キロも離れてしまったようだ(別居しているだけであって、帰ってくるのは問題ないようだ)

2017-02-09

http://anond.hatelabo.jp/20170104002230

刺激を受けやす環境に身を置くといいかも。

自分も、自分を出すのが苦手で、他のものに興味持てなかったけど、転職引越し東京に来てからだいぶ人間味を増したって言われた

2017-02-06

私を、一人称呼びする関西人が嫌い

同級生引越しを機に二人称が「貴方から、「自分」になった。

きっと、関西に出たら「自分」と言いなさい。ということだろうと思う。

そう思うが、友人間で「自分増田ホッテントリしたんやてぇ?」とか言われるとムカつく。

とにかく、受け付けない。

http://anond.hatelabo.jp/20170205130343

2017-02-02

過去わたしに言いたいこと

大学4年生。春から院生。専攻は言ったら特定されるくらいニッチな分野。日本語の関連論文探したらうちのゼミ卒業生名前ばっかり出てくる。バイトは2つしてる。春からは減らしたいけど。正直言えばもう今だって減らしたいけど。

これが現状。

学会の準備とか論文執筆とか(まだ慣れなくてひとつ文書くにもすごく時間をかけちゃう。早くたくさん書けるようになりたい)資格試験の準備とか(指定科目の単位を取れば受験資格がもらえるよ系のやつ。かっこいいから取るけど正直将来は履歴書資格欄を埋める以外の役には立たなさそう)、あと引越しの準備で非常に忙しい。これだけならまだマシなんだけどこれにバイトが2つ捻じ込まれてる。増田眺めてほーんとか言ってる場合じゃない。けど、どうしても論文以外の文章を書きたい気分だし書かなきゃずっと考えっぱなしになっちゃうから書く。


未就学時の幼いわたしへ。

きみはどうしようもないブスだ。親はブスと言いつつも可愛がっていいブランド服とか着せてくれるけど豚に真珠とはまさにこれ。馬子にも衣装とすら言えない。祖母は「整形すれば大丈夫よ」とか言う。大丈夫じゃねえよ。

でも、案ずるな。成長とともに自然にマシになるから。今だって美人とは言えないけど、平均的な女の子って感じの顔立ちにはなれてる。高校に上がる頃から親とかも「あんた可愛くなってきた?」みたいになるから。案ずるな。

それから、2歳の頃にあなた自主的公文に行きたいって言い出して親に通わせてもらってたけど、それはめちゃくちゃ英断。2歳でその英断ができるあなた神童。結局あなた高校2年くらいまでずっと公文を続けることになるし、そこで培った学力だけでなく、継続したという事実が今のわたしを形作っている。

でもな、将来の夢「りんご」って、お前りんごにはなれねえよ。椎名林檎だってまだデビューしてないだろ


小学生わたし

過去の一時期まで、わたしはずっと小学生の頃が人生ピークだと思っていた。そう思っていたくらい、小学生わたし生活は充実していた。そのまま元気に生きて。でもね、ピアノもっと楽しく弾いていいものだし、楽しく弾けるまでは苦しいけど、もうちょっと努力してもよかったんじゃないかな。あと、男の子もっと優しく接してあげなさい。かわいそうでしょ。噛んだりしちゃだめ。


中学生わたし

髪、伸ばした方が可愛い気がするよ。あともうちょい痩せろ。デブまではいかないけど、いや、やっぱデブかも。あと3kg落とすだけで大分よくなるよ。体育が苦手で辛かったね。高校に入ったら周りが似たり寄ったりの運動音痴だらけになって体育が楽しくなるからちょっとだけ我慢しな。

今になって思い返すとあなた友達ほとんどいなかったし、時々嫌がらせとかされたりしてうわぁって感じだけど、そのことで一切気に病むことなく、ひとりでも明るく生きてたのは本当にすごい。でも、授業中に授業内容を理解してるわけでもないくせに関係ない私語でギャーギャー騒いだり生意気な口を聞く子たちが本当に嫌いで心底死ねと思っていたよね。その嫌いな気持ち死ねと思う気持ち、口や行動に出すべきではないけど、でも、大切にしてね。そういう尖った感情も、成長につれて抜けてしまものひとつから。今、わたし偏差値でいうと10〜50くらいのアホな中学生の面倒を見るバイトをしてる。彼らはまさにあなたが嫌いな子たちと同じ雰囲気を纏っている。うるさい。でも、わたしはあの子たちが可愛くて仕方ない。年上の余裕ってやつかもしれないけど。ウザい死ねと本気で思えるのは今のうちだけだから、精一杯憎みなさい。

高校生わたしへ。

つらいことがあります。どうしようもないことです。でも、少しだけ。もう少しだけ、あなたに行動力があれば、同じ結果でもまだマシな気持ちになれたかもしれない。いずれにせよ、その出来事は避けられません。あなたはしばらくそれを引きずる。でも、あまり悲しみすぎないで。忘れないでいることは大事だけど、ずっと覚えていることはずっと悲しんでいることではない。あまりにも大きすぎて周りが見えなくなっているかもしれないけど、あなたの周りには素敵なもの楽しいことも溢れている。それも、忘れないで。セーラー服自転車に跨るのが楽しかったこととか。セーラー服自転車なんて、高校生ときしかできないサイコーキラキラしたやつだから、存分に走り抜けてね。坂道キツくてヒーヒー言ってると思うけど、まあそのうち慣れるよ。

あと、海辺は風が強くてすぐスカートがびゃーってなるから、ちゃんと中にスパッツなり短パンなり履きなさい。

あと、勉強、サボらないでよね。あなたのおかげで今のわたしハチャメチャ苦労しています。そんなんだから第一志望落ちるのよ。でも、あとでいろんな意味で落ちといてよかったって思うようになるから、それはそれでまあいっか。


大学に入ったばかりのわたしへ。

初めての一人暮らし、慣れないことだらけだろうとは思うけど、ちゃんと部屋の掃除とかしてね。第一志望ダメで後期滑り落ちてきたところに進学したからって、あんまり腐らないように。ここにも面白い学問がたくさん転がっています。やりたかったことへの道が閉ざされたからって盲目にならないように。そもそも道を閉ざしたのは己の勉強不足なんだし。

途中、突然鬱病になります。腕はずたずた、酒に溺れ、暗い部屋に一日中引きこもって動けなくなります。鬱になることは仕方ないとして(?)、現実的アドバイスをしておくと、剃刀とかカッターでのリスカはやめといたほうがいい。明らかにうわっリスカ痕じゃんみたいなのが残る。まあ時間が経てば綺麗になるけど、それでも近くで見たらまだわかっちゃう。じゃあ何ならいいのかっていうと、百均でノコギリ買ってきなさい。それで、ギコギコしちゃだめ。腕に叩きつけろ。簡単に流血するし、皮膚が切れるだけじゃなくて単純に打撲の衝撃も加わるからダメージは大きいけど、百均クオリティのおかげで傷は深くならないし、一つ一つの傷が小さい点だから治りが圧倒的に早い。治ったあとも綺麗。ノコギリを使いなさい。

そのうち、目が覚めます

自分自分人生主人公であることを思い出して、主人公らしく生きてください。

いいところとだめなところを挙げていったらだめなところのほうが多い人間ではあるけど、それでも、わたしあなたを愛しています。これからも愛し続けられることを望んでいます

http://anond.hatelabo.jp/20170201183400

新卒社会人になるとき、親がやたらと紙の手帳もっとけっていうから最初の2,3年は毎年買ってた

でもよく使ってたのは引越し直後でいろいろ物入り・役所手続きとかがあったときくらいで、

それ以降基本ひっきーの自分には無用の長物に成り下がった

結局6月以降は真っ白

そんで買わなくなった

会社を辞めたら、どうなるだろう?

会社辞めたい。会社辞めたら、どうなるだろう?

まず、このアパートを出て実家に帰ることになるから住民票を移さなきゃ。

自転車20分の市役所まで行くのが面倒だな。

近くの地銀わずかだが、金融資産があるから、それを解約して、普通預金に戻さないと。

何日に引っ越すかにもよるが、光熱費最後の支払いをこまごまとやらないと。

引越しに当たって、冷蔵庫洗濯機は捨てないとな。

実家には既にあるのだから

他にも、実家のスペースの都合上、大きなもの(机とか)は捨てる必要がある。



ああ、いろいろ考えていくと面倒くさい。

会社辞めるのも苦労するな。

それでいて、給料は出ないんだから、やっぱり会社は続けよう。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん