はてなキーワード: 習い事とは
ボーッとしててもそれなりに生きられる国にしろや!
ボーッと高卒でも家族持てるくらいにしとけや!将来わからんけどなんとかなるわ〜って安心を国民に持たせろや!国も企業も生まれてから死ぬまで俺らをチューチューする事しか考えてないのにそれらを掻い潜って自助で自分で勝手に成長して「生産性」のある人間であれと。それが出来ないのは自己責任って世の中や。
はい。
就学前「保育園の空きはないです」「増田くんはうちの幼稚園には合わないみたいです」
小学校入学「週5で習い事」「得意を見つけて『好き』で生きていこう」
思春期に外見をまともにできないと人権喪失なのに「校則校則〜オシャレすんな!あ、ズボンとスカートは選んでいいよ」男子「???」
大学行く金がなくて奨学金で行けば「贅沢!(自衛隊パンフレットを渡しながら)」
大卒で手取り14万の仕事にしかつけない→「せっかく奨学金借りたのにその程度の仕事しか見つけられないのが悪い」
「アンガーコントロールできない?クビ」「セルフケア、セルフプロデュースできないと社会人としてダメ」「自己啓発、成長、詳しくは固ツイで」「成長したいならブラック企業行こう」
風呂無し物件しか借りられない→「そういうの好きなんだよね?」
結婚、子育て→「自分達の力で何とかしろ。なに?子供手当だとこのポルポト!!家庭は全ての基礎です標準家族最高!全部親の躾が悪い!」
老後の不安→「2000万投資で貯めとけ、貯めないやつは馬鹿。あ、年金開始年齢あげとくから」
賃金上げてくれ→「賃金上げたらゾンビ企業が昇天してまうやろ!ひとでなし!」
コロナが不安→「5類にするから自分で身を守ってね。あ、マスク取って?コロナのお金余ったから型落ちのロケットとかアメリカくんから買うわ」
これは釣りだろうけど、うちの母親に似てる思考だし習い事も同じだった。結局最後まで身に付いたのはピアノとヴァイオリンと英語だけ。開成や筑駒、東大なんて無理でMARCHに進んで地方公務員やりながら趣味で市民オケ入ってる。
母子家庭なのに俺を祖母に預けて仕事掛け持ちして、高校に入るタイミングで突然倒れて死んだ。back numberの手紙って曲のPVを見ると「習い事を掛け持ちさせ、金を稼ぐために自分に構わず、いきなり死んだ母を恨む息子」と言う風に解釈しちゃう。
猛烈自己嫌悪。
面倒でやってなくて、郵便の転送も切れてて、免許の更新をすっかり忘れてた、、、
家族でお出かけしてて、自分が運転してたんだけど一時停止違反でパトカーに止められて免許証を見せたら「これ期限切れてるよ」
それまでお巡りさん「悪いねー、ルールはルールだからさー。周りに車がいないことを確認して進行してるのはわかったけど、しっかり止まってなかったからねー」なんて笑顔で気さくに、何なら少し申し訳なさそうにしてたのに、免許証を見たら一瞬で顔がキリッとなって無線をとり「交通、交通、無免許運転です、至急こちらへ」みたいな感じで一気に緊迫ムードに…
本当にうっかりで、最近いろんな手続きもマイナンバーカードでやってたから気づいてなかった、、
おそらくうっかりが認められると思うんだけど、もし故意の無免許運転と判断されたら25点加点で2年間免許取れない、、、
警察官も試験場の人も「確実なことは言えん」「故意と判断される可能性もある」と脅しかけてくるからめちゃくちゃ怖い、、
とりあえず、その判定結果まで2〜3ヶ月かかるとのことで救済措置の仮免許証を発行してもらう手続きへ。
失効から半年〜1年は仮免許から本試験となるんだけど、本試験が大変。
学科は飛び込みで受験できるんだけど、技能が全然枠が空いてないみたい3ヶ月くらい先だと。
マニュアル車なんて運転してないからオートマ限定にするとしてもそんな厳しくみられたら無理よ。
不合格でもどこが悪いとかのフィードバックはないし、次の技能試験がまた2〜3ヶ月後とか、詰み…
さらに技能受かったとしても自動車学校で講習を受けてから再度試験場へ行ってからようやく免許証発行とのことで最短でも3ヶ月はかかるよとのこと。
試験場の窓口の人2人に聞いても、自動車学校行った方が早いよとのこと。
まじかー
まじかー
仕事しながら行くのつらい、、
幸いにも電車通勤で車は週末に家族でお出かけくらいにしか使ってないからまあいいとしても、ちょっとした移動に車使えないの不便すぎる、、
(地方都市在住)
妻は普段運転するが、運転自体は好きではなくいつも自分が運転。
そして土日の子供の面倒は自分がみることが多く、いつも車で出かけたり、習い事送迎してたからそれもできない、、
妻よ、ごめんなさい、、
20万円あればいいとこ旅行したり美味しいご飯食べられるのにね、、
みなさん、引越し後の免許証の住所変更と、免許の期限更新は絶対に忘れずに!
以下追記------
いやー、みなさん。辛辣なご意見や同情、ありがとうございます!
本当に自分が情けない。
普段は安全運転で妻からは「もっと早く走れ!」って言われるくらいなんだけどね、、
一時停止のとこもめちゃくちゃ見通し良くて10キロ以下くらいにはなってたと思うけど確かに止まってはなかったです、はい。
と言われもう情けなくて悔しくて、、
免許証、和暦表記だけで平成で書かれてもわからんし、2人目産まれたり引越したり転職したりと、忙しくて全然気にしてなかった、、
40歳。先日、ちょっと大きな病気が見つかり、早ければあと3~4年、平均余命は7年らしい。
動揺してたがようやく受け入れられたので、人生を振り返ってみる。
高校卒業後、公務員として10年程働いたのち、零細工場を立ち上げた父は家族のために朝早くから一生懸命働いていた。
バブルの一時期を除いて業況は厳しく、社長である父の給与が出ないこともザラで、最後は父の体調悪化もあって会社を畳んだ。高齢でもあり潮時だったのだろう。
財産は田舎の一軒家が残ったのみで、現預金はほぼない。年金も雀の涙だ。
大学進学を希望し叶えられなかった母親は、多分にもれず学歴の信奉者になった。厳しい家計の中でもいろいろな教育機会を与えてくれたと思う。自分自身、小学生の頃から大学には行くものだと思っていた。
3人兄弟で、家族仲はものすごく良好。皆父を敬い、自分より若い家族の面倒をみる文化だった。
私は、高校卒業後、MARCHに入学すると同時に、町工場に正社員として入社し、大学卒業後は大手銀行に就職した。
一国一城の主である父を強く尊敬していた反面、自営業の苦しさを目の当たりにしたことで、安定している大企業、それも賃金の高い業種を希望したためだ。
仕事はかなりハードだったが、その分野では業界専門誌に乗るような大きな仕事もいくつかできた。
それなりに充実していたが、年次や職務階級で比較され、上意下達の社会で定年までいることに疑問を感じ、30代なかばで転職した。窓口や融資ではなく、ちょっと特殊な分野のキャリアを積めたことが追い風になった。
転職先は、とある業務に特化した金融機関で、銀行と比べると規模も小さいが、自己責任の名のもとに大きな裁量も与えられた。予てから温めていた新マーケットの開拓を推進した。
完全な裁量労働であり、朝夕の子供の送り迎えと、家族で食卓を囲めることが本当に嬉しい。
まだ銀行に残っている妻の給与は知らないが、時短勤務でも700万円程度はもらっていると思われるので、世帯年収は2000万円を超える。
週末は子供と一緒に博物館巡りや、動物園・水族館主催のイベントに参加したり、一緒にレゴブロックを作って過ごしている。
外食はほとんどしないし、車も持っていない。服はジーユーやGAPで買う。
私も妻も趣味がいくつかあるが、いずれも特にお金がかかるものではない。あと先日購入した築古のマンションは5000万以下だった。
主な出費は、年老いた両親にそれなりの仕送りをし、子供がやりたいといった習い事は時間が許す限りさせていること。
ということで、読んでムカつく人も多いと思うけど、自分としては家族や運に恵まれ、幸せな人生だと思っている。
で、今般余命を意識するようになって感じたのは以下の3つ。
①健康は金で買えない。体を大事にして、健康なうちに、旅行とかやりたいことをもっとやるべき。
学歴がすべてを解決するものではないことは百も承知だが、やりたいことの幅を広げ、強力なセーフティネットであることは確かだと思う。
そして教養のある人間と共に過ごす時間、一緒にする仕事は非常に刺激的である。勉強をしないで「勉強なんて意味がない」なんて言うのはあまりにもったいない。
③人生は運や縁で左右される面が非常に大きい。それらを引き寄せるためにも、周囲の人を愛し愛されることが大切。
他者をけなしたり否定することに時間を費やすのではなく、異なる視座や意見を持つ者を認め、受け入れられるものは受け入れるべきだろう。
そして、残念ながらごく少数存在する「関わるべきではない人」には、批判はせず、距離を取るようにしよう。
春から習い事を初めて、その都合で特定の曜日の同じ時間にあるコンビニに行くようになった。
最初は普通に買い物をして、行かない週もあったりで、でもなんとなく常連、みたいなかんじ。
夏頃セブンのとある冷凍パスタにどハマりし、1週間分買って帰るみたいな客だったため、シフトリーダーのお姉さんから「いつもありがとうございます」と声をかけられるようになった。
次の週に「これ美味しいですか?いつも買ってるから気になるんですよ〜」と話しかけられ、これは裏で蟹クリームとかあだ名つけられてるなと恥ずかしくなった。
だんだんパスタには飽きが来たけど、その日の夕飯や好きなキャラの食玩、新商品のお菓子を買ったりして、その度にレジでスキャンしてる間に雑談をしてくれた。
秋になると「どうして◯曜日にいらしてるんですか?」とか「オーナーがコロナになって時短なんです〜」みたいなことを話したり、たまに習い事が休みだったりすると「先週いらっしゃらなかったですね!」と言われたりするようになった。
年が明けて「◯◯(よく買う食玩)の新商品入りましたよ〜」とか「今週の新商品のお菓子はこれです!」とか話しかけてくれるようになって、ついに「お姉さん年齢聞いてもいいですか?」と言われた。
(可愛らしいお嬢さんだなと思っていたけど一回りも年下だった!)
こうして一つの店舗に通い、段々と話すようになり、心を開いてくれるようになる過程がどうぶつの森のマスターであったり、あさみちゃんを思い出した。
いつもありがとうございます。
実家太いエリートと結婚して何不自由ない駐妻暮らし(家事はメイド、送迎付き、学費や習い事は会社持ち、夫が忙しくてもイケメン外国人運転手や若いワーホリ日本人と性的にも充実した日々)からの転落は興奮します
タイトル通り。
加えて私ら親はオッサンとオバハン。
唯一の救いは、お互いに安定した収入がある事。
だが、その額は決して高くは無い…。
残るのは微々たる物しか無い。
給料日当日、払うものを分けて薄っぺらくなった自分の給与封筒を持った夫が言った。
「…俺は支払いの為に働いているのかもしれない…」
それでも、楽しみながら節約レシピを参考にしては、新しい物に挑戦してみたりする。
作ったげようか?!もやしは安いし!」
そんな私に長女は穏やかに
「いいね、美味しそうだね」と答えてくれる。
そこに縦にも横にも急成長している男子が返答する。
「んじゃ、オレは肉」
だが、確かにもやしだけでは栄養がと考えさせられ、仕方なく肉を自分以外の家族全員分を買いにスーパーへ走るのである。
そんな毎日に、金を貯めるなんて余裕は本当に無かった。
この十数年の間に受験やら入学、卒業、そんなイベントの度に幾ばくかの貯金も底をつくことを繰り返して来た。
だから、タイトルにある家を買うなんて事は、夢のまた夢であり、憧れでしか無かったのだ。
それに、オンボロ貸家で暮らすこの日々は、不便もあったがそんなに悪く無かった。
近所の人に恵まれた事や、小さいながらも庭がある事。
薄すぎる壁のおかげで外の音もよく聞こえる。
夫の車の音もしっかりと聞こえたし、子供達の登校時の笑い声や、帰宅途中の元気な足音、すずめの鳴き声、行き交う人々の何気ない雑談。
私の住む地域は降雪量がそれなりにある場所で、冬はどうしたって厳しい。
何よりもしんどいのは夜、眠りにつこうとする時だ。
家族全員が眠りについてから、家事を終えた私は下の子の布団に入る。
この時点で寒過ぎる。
ストーブはついているのに、冷気がものすごい勢いで入ってくる。
そっと下の子の頬に手を当てると、もう冷え冷えになっている。
生きてるよね?!のレベルで、腹の動きを見て呼吸を確かめてしまうほどだ。
今でこんなに冷たくなっていては、夜中はどうなるのか。低体温になってしまうのでは無いかと不安になり、居ても立っても居られず冷気の入る場所を探り出す。
ここだ!と思ったのは、やはりドアの隙間。
一応クッション性のあるテープは貼られているものの、年数が経って冷風が吹き出しているでは無いか。
パッと部屋を見渡したら、使ってなかったマフラーが落ちていた。
我が家の2歳になる女児は、物色職人として日々働いている為、色々な所に色々な物が引っ張り出されている。
いつもであればヒステリックグラマーと化して片付けておくのだが、何度閉まっても出てくるマフラーを諦めていたのが幸いだった。
挟めてやった。
ものすごい発明だ、冷気には長い布だと自己満足し、さて寝るか…と思ったのも束の間、布団に入ろうとした私を吹き付ける更なる冷気を感じる。
確認。
ああ、もうダメだ。
ドアの四方全てから冷気が出てやがるとがっかりした。が、そんな事で諦める私では無かった。
外気温とほぼ変わらなくなった居間に行き、工具箱からマスキングテープを取り出す。
そしてドアの隙間という隙間にマステを貼りまくり、冷気・シャットアウト!!
何この達成感。
diyってこういう事なんだ、癖になりそう(後に違う事を確認)
自信を持って布団に入る。
後は安眠するだけでは無いか、冬に圧勝したと思ったその時だった。
………鼻が寒い…
下の子もやはり温まって来ない。
なぜ…?
せっかく入った布団から上半身を出し、ティッシュの切れ端を片手に冷気を探る。
「ヒュ〜〜………」
微かに冷気の音がする。
どこだ…どこなんだ…まさか…
そう、ドア横にあるコンセントの穴から、冷気どころか寒風が流れ出ている!!!
けれど、コンセント自体劣化していて、そこにテープを直張りする勇気など無かった私は、おもちゃ箱や授乳クッションを積み重ね、言うなればブルーメン音楽隊工法で冷気を横に逃す事にしたのだ。
寒い事は変わらないが、直接当たるより良いだろう…。
眠さも寒さも限界だった…。
もう布団に入るのは何度目だろうか、
二度と朝まで布団から出るまい。
「テーレーレーレーレーーレレーーー♪」
手は届かないだろうと確信していたが、今、上下逆になって足で延長を押すのはきっと無理だよなと色々悩んだ末、布団から出て行った。
ただの厄日だったかもしれない。
だが、私は決意した。
家買うと。
手を加えるにしても、また小金が掛かる。
潮時だ…。
きっかけはそんなこんなで、家を買いました。
今月とうとう引越しです。
嬉しいのと、寂しいのと、冷気への苛立ちと…
この気持ちを残しておこうと思い立って、書いてみた次第です。
ここ数年あるアイドルグループを好きになって追ってるんだけど、メジャーアイドルは実家が太くなければ難しい職業になっているように思う。
アイドルに限らず芸能界は貧しくても一発逆転が可能な世界というイメージがあった。もちろん二世タレントとか裕福な家の子も多いけど。
オーディションを通してグループへの加入が発表されると、オタクが学校やSNSを探したりするんだけど、最近は小学校や中学から私立に通っているような子が多い。
あとオーディションの時点で個性という名の秀でた特技があることが重要視されているようにも思う。つまりあらゆる習い事をさせてもらえる家庭の子ということでもある。
実際現役のメンバーにはピアノやバイオリン、水泳、書道などたくさんの習い事をしていてそれを特技として活かしている子やそうでなくても帰国子女、幼い頃から私立に通う子が複数いる。
アイドルと言うとスキャンダルが命取りとなる。恋愛はもちろん、不倫とか飲酒喫煙とか。
リスクを少しでも潰すためには、問題行動を起こさないような、一般的な教養があって事務所のルールをきちんと理解し守った上で素行に問題なさそうな子=親がまともそうで且つ高度な教育を受けていそうな子を合格させることになる。
最近加入する子、10代でもコメントとかしっかりしてて、今どれだけ歌やダンスのスキルがあるかよりも自分で考えて言葉にできるか、自律的な行動がとれるか、とかが重視されてるのかなと思う。スキルはレッスンでなんとかするから余計な問題起こさない良い子を選んでるのかな。
幼い頃から、同級生から親から親戚から習い事の先輩後輩から勝手に嫉妬されて攻撃されつづけてきた。おかげで自己肯定感はまったくといっていいほど消え去り、それでもなお懸命に生きているだけでまた嫉妬されて攻撃されている。
私は私にできることをしているだけだ。手探りの子育て、実家の助けも借りずに限られた予算内でメンタル壊しながら頑張っている。それなのに、親の遺産がごっそりあって多数の親戚と助け合い、4人の子を留学させたりしている人になぜ嫉妬されてマウント取られなきゃならんのだ。お前の方がどう考えても上だろうがよ、世間的には。お前の夫、東大卒でニッ○の管理職だろ。ふざけんなよ、なんでそんなステータス上段なのに下段の私を「嫉妬」で攻撃すんだよ。たかが、うちの子がピアノの腕前で上回っただけじゃんかよ。それ以外全部負けなんだよ、なんだよ嫉妬って。
私はあいつを妬んだことなどない。自己肯定感がないからだ。だから今まで有効的に振る舞ってやったが、これからはとことん蔑んでやる。クソババアめ。何がたまには会いたいだ。面と向かってマウント取りたいだけだろうが。私があいつに唯一勝ってる身長で、見下げてやる。面と向かって怒らないからって調子に乗ったことを後悔させてやるからな。