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2014-07-08

見たくもない映画を見て、読みたくもない本を読むべきか

観劇趣味とは言っても現代劇が好きでシェークスピアとか興味ないのに、見てないとなんか観劇を語れないみたいに言われて悔しい……

とかみんなあるよね。

いや、劇なんか見たことないけど。

映画が好きで……」

(なんか言われる)

「いや、邦画が主で」

(なんか言われる)

寅さんちょっと釣りバカ日誌ならテレビで……」

ちょっと否定される)

北野武座頭市くらいなら……」

(名作を押さえておけ的な発言)

ていうかね、好きな物見てたらいいよ。

人それぞれ。

2014-05-29

たまこラブストーリーについて気になったこと

俺も非常に感動したんだけど同時に気になったことをツラツラと。


1.おじいちゃんの入院

ストーリー上、たまこともち蔵を二人っきりにするために犠牲になったとしか思えないが、

アニメ本編でたまこが肉親の死に深いトラウマを抱えているのを知っているだけに

もうちょっと上手いやり方は無かったものかと思う。

大事には至らなかったとは言え狼狽するたまこを見るのはツラい。


2.みどりちゃんはそんな悪い子じゃない

1のアオリを受ける形になるが、みどりちゃんが餅をノドに詰まらせる照れ隠しギャグをやるのが

らしくないような気がする。彼女がそんな無配慮なことをするだろうか?


3.誰もいない学校

終盤、学級閉鎖で誰もいない教室たまこがもち蔵を待つシーン。あれ他の教室には生徒がいるんだよね?

学校全体が閉鎖されてるんだったら入れないはずだし人気なさすぎてちょっと不思議

特にラストみどりちゃん、かんなちゃんが校庭?の木に登ったりしてるけど

あれって他の教室の生徒から見たら北野武キッズ・リターンで校庭で走りまわる安藤金子みたいな事になってるのかな。


4.距離感

3の後、たまこ出町柳付近から京都駅まで疾走する訳ですが

やはり舞台となった土地に住んでる者としては、一体どんだけの距離走るんだよ…と思ってしまう。

あと駅ビルに圧倒される描写もあるけどアレもなぁ…。たまこの普段の生活範囲がかなり狭いのかなぁ…



まとめ

上記4点はストーリーの中〜後半にあるのがポイント

数多く作品を見てる訳ではないが、どうも京アニストーリーテリングには問題があるんじゃないかと思う。

印象として話の序盤は登場人物の一挙手一投足が実に丹念に描写され、見るだけで満足するんだけど、

そのおかげで疎かになったストーリー進行が後半になるにつれて破綻しているように感じられる。


また背景に実在風景を描いて、作品世界を身近に感じられるのは良いとは思うが

上の3,4で書いたように、ストーリー後半にはそれが足枷になって現実でもフィクションでもない

摩訶不思議空間に放り込まれるので、富士樹海で方位磁石が狂った様な気になった。入ったことはないが。

作品聖地で暮らされてる皆さんはそんな経験ありませんかね?


でもラストシーンが最高だったから今まで書いたことは結構どうでも良いんですけどね。

2013-10-15

どうしてみんな松本人志映画を作っていると勘違いしているのだろう

最新作「R100」について、いわゆる松本信者松本人志の初期の天才性を高く評価している人ほど酷評をしているようだ。

わたしも松本天才性を認めるにはやぶさかではないし、今でもその根本的な特異な才能は初期のころとそれほど変わってはいないのだと思う。

なのに何故今は往年の信者にすら見放されているのか。

彼にとっての不幸は、キャリアの初期において本来ならば理解困難なそのユニーク感性浜田という相方存在により広く「革命的に面白い」と認識されてしまったことにあるのではないか

彼の特異性は、その驚異的なまでの無知さにある。

ベストセラー遺書」を読んだことがあるかたはわかると思うが、彼は全くと言っていいほど「引用」「参照」ということをしないし、そもそも何かを学ぶという意識が皆無なのである

彼が面白いと思うこと、新たに生み出しているギャグというのは、全て彼自身が見ている範囲、彼自身のみから考えられる範囲でのみ構築されたものであり、すなわち常にゼロからひねり出しているものなのである

それゆえ初期のお笑いの活動においては全くもって斬新なネタコントを繰り広げていたのであるが、これはたまたま彼の感性が作り出すものが、浜田存在により、たまたままだ笑いとして理解可能な範疇であったかである

松本感性は、人を笑わそうとしてしてのものではなく、あくまで自分面白いと思えるものに対しての探求であり、それが世に受けていたのはたまたまに過ぎない、というか相方ブレインなどによるものだ。

彼が映画に手を広げたのは、単に表現手段のひとつとしてであり、テレビ舞台ラジオ漫才コントといったバリエーションひとつに過ぎないのであろう

しかし残念ながら映画というものは単なるいち表現手段としては完結しない。映画ひとつの作品として存在するためには、その背景に膨大な参照と引用必要で、そもそも映画という形式自体が映画文法そのものによってなりたっているのである

北野武映画監督として確固たる地位を築いているのは、北野は彼なりに映画というものをとことんまで理解し、その理解の上に自分なりの映画というものを構築し、時にはあざとくも映画の文法を逆手にとって鑑賞者に媚を売ることすら厭わないかである

松本人志既存映画映画として観ていない。初期のネタづくりのように、自分感性に対して何か生み出してくれる材料としてしか観ていない。しかもそれすら自分しかからない理屈によるものだ。

繰り返しになるが、映画というのは膨大な引用と参照によってなりたつものである既存映画と全くの連続性がないとしたらそれは既に映画ではなく、実験映像であり百歩譲って実験映画である

松本の、自分の得意な感性によってのみ構築された映像は、そういうわけで映画ではない。しかも独自にひねり出してきたのであろうそのコンセプトは映画の中では陳腐もので、車輪の再発明にすらなっていない。

映画を名乗りたいのであれば、まずは映画を知らねばならないのだが、残念ながらそれは彼の唯一の天才である無知と完全に相反するものなのだ

から少なくとも、今後の「R100]の評価は映画としての枠を外して評価されるべきものなのでないかと思う。

その評価に何らかの意味があるかはわからないが。

2013-10-14

R100

笑いには、爆笑を取る笑いと、シーーンとさせる「すべり芸」という笑いがあると思うんです。

で、松本人志の笑いはどちらかと言うとすべり芸だと思うんです。

今までの映画爆笑を取るというよりもすべってる映画だとだったように思うんです。

で、その究極のすべり映画が今回のR100ということで。

 

これはこれで狙った通りの反応だと思うのですが、ビジネスとしてはどうなんでしょうねぇ?

から爆笑を期待しているお客さんも多いと思いますが、「すべる」事を狙っていてその通りに

すべっている事も評価してあげないとね。

 

北野武はこの映画をどう評価してるのか気になるな。

2013-09-12

エグザイルは自信満々で狙っているだろうけど、もうその時期はおっさんだろうから落選

AKB48も、もう駄目だろう。さすがに旬は過ぎてる。

モモクロももうつらいところだろう。もういい年になってるはず。

モーニング娘は4周ぐらい廻ってまだいるかもしれない。

SMAP微妙だな。いるかもしれない。いやいそうだ。

ベッキーは全力でねじ込んできそう。

北野武からむだろうけど、年齢的にどうだろう。やばいかも。

坂本龍一もなんだかんだでいそうだな。総監督とかちんぷんかんぷんな感じで。

サザンのひとも参加したそうだが健康状態が不安だし、外人に売れていないだろうから却下

BZはいそうだな。皮の短パンはガイジン受けしそう。

松田聖子もいそう。娘と一緒に歌うとかそういう付加価値をくっつけて。

BEGINとかはじめちとせ沖縄系は残りそう。

BOOMボーカルもいそうだ。実は関係ないくせに沖縄枠で。

カタカナとかアルファベット2文字系の女性歌手もウォーミングアップしてるだろうなぁ。誰だか区別付かないけど。

倖田來未(どうしても ぎょうだくみ と読んでしまう)も偉そうなポジションから歌いたがりそうだ。よくわかんないアカペラとかで。

さだまさし これはいそうだな。なんとなく。

おだかずまさもいるんだろうな。 あのへんの人たちが再結成して世界中おいてけぼりにしそう。誰それ?みたいに。

ゴジラウルトラマンおっさん思考でぶち込んできそうだ。とんちんかんクールジャパン

それならガンダムとかそういうのも突っ込んできそう。


オリンピック開会式想像してたら、なんか嫌になってきた。それはたぶん恥ずかしいからやめてくれよ。

だって7年って小学校卒業したうえに中学浪人1年間できる期間だものね。もう想像つかんわ。

2013-09-07

英語が出来るようにならない

始めに言っとくけど、途中で何度か話変わるから

アメリカ研究しに留学してきて1年経って全然いまだにしゃべれない。毎日家帰ってから時間くらいシャドーイングとかしてるし、研究室は俺以外みーんなアメリカ人だし独り身で日本語しゃべる機会ないのに英語しゃべれるようにならない。

言わしてもらうけど、卒業大学国立トップ集団大学医学部俺様医者だし。頭良いはずなのよ。英会話はべつに特別してなかったけど、医者になってから英語論文とか読んでたし。

でもしゃべれないわからない。どれくらいわからいかって言うと、昼飯みんなで食ってるときにみんなが何言ってるかわからなくて「俺の目の前で俺の悪口言ってんじゃねぇの?」て思うくらいわからない。

となりの研究室おっぱいの大きいインド系の女の子かわいい、でも、食事に誘いたいけどマジ無理。誘うまでは英語力いけそうな気がするけど2時間とかしゃべるとか吐き気する。ゼッタイ時間半くらい沈黙になる。

 

でもさーしょうがないと思うんだよね。「語学留学」で来てる人たちも大してしゃべれるようになってねぇし。日本人英語しゃべれるようになるなんて無理だよ、無理。言語として違い過ぎ。みんな大抵言うんだよ、「日本教育が会話重視じゃないのがいけない」って。そんなことねぇって。日本語ヨーロッパ言語と違いすぎるから、文法からやんないと簡単な会話も無理なんだって

これが一個おれが言いたい事。日本人英語しゃべる、無理。

 

ほんで次に言いたいのはなんでみんなやたらと英語しゃべりたいって言うのって話。おれはしょうがいから今やってるよ。だってアメリカに住んでるもん。一応偉くなりたいからここで結果残さなきゃいけねぇし。来たくなかったけどボスが行けって言うからしょうがなかったんだよ。

でも、こんなツライこと好き好んでやんなくたっていいじゃん。なんなのみんな、意識高い系?ジスイズペンかいって白人の男とフォーリンラブしたいわけ?大体、北野武とか英語なんか片っ端も出来なくたって金獅子賞とかなんとかいうのとってるし、田中とか下村とか明らかに英語できない感じでもノーベル賞だし。ノーベル賞英語なんかできなくったってとれるっぽいし。要は相手が通訳雇って話したいと思うような偉い人になるのをまずは目指せって話よ。

 

最後はこれ、一番言いたいこと。結局どうやって英語勉強したら良いのん??ごめん、めっちゃ知りたい。

いろいろ英語学習のmethodとか調べると大量に方法論が出てくる訳。明らかに教材買わせようっていう宣伝から、なんだかよくわからない経験談みたいのまで。どれも自信満々にこうしろああしろって書いてあるけどどれが一番良いわけ??なんでそれが一番良いって言えるわけ?俺ら医療業界は「プラセボ対象比較試験」ってのやってどの治療法が一番効果があるのか汗水たらして調べてるんですが?個人的な体験なんてとっても質の低いエビデンスなんですが?? なんで同じ事教育界はしないの?あるいはしてるけど俺がしらんだけなの?プラセボはさすがにきついかもしれないけど、コホート研究とかしないの?シャドーイング公文式のどっちが優れてるのか結果を比較した研究をみてみたいんですが?

だって政府はこれからTOEFLを基準として英語教育の見直しするんでしょ?英語教育推進するんでしょ?要はめっちゃカネ使うんでしょ?そんでさすがに効果のない方法に力入れるってわけにいかんでしょ。だからカネ使う前にどの方法論が一番効果があるか調査しろって話よ。

話がズレた。とにかくおいらは英語話者の女の子ねんごろになりたいから、そのための英語を身につけたい、そしてそのためのちゃんと根拠のある英語勉強法を教えてくれって言っているのよ。

2012-02-05

ルーピー改名するらしいが

選挙って確か通称で活動できて、通称が書かれた投票も有効とみなされるんだよね?

たとえばビートたけし立候補したら、本名の「北野武」はもちろん「ビートたけし」でも有効票になるはず。

となると、仮にルーピー改名したとして、次の選挙ルーピーと同じ選挙区に「鳩山紀夫」という「通称」で別の誰かが立候補したら、「鳩山紀夫」と書かれた票はどっちが獲得するんだろう?

そもそも申請が認められないかな?

2012-01-04

綾瀬はるかの『ICHI』がクソすぎ

ソ映画だとわかってて見たのにそれでも見てられないぐらいの凄さだった。

一応全部見なきゃいけないと思い録画して早送りしながらなんとか最後まで見た。

メモする価値あるぐらいのクソ加減だったので以下備忘。


綾瀬はるかが全く演技をしない

他の映画での綾瀬の演技を見た事がないので断定できないが

おそらくはそもそも度を越えた大根なのだろう。

が、『ICHI』では演技が下手っていうレベルを超えているのでまるで演技する気がないように見える。

一瞬何か意図的な演出なのかと思ってしまうほど演技をしない。


だいたい綾瀬演じる市は

極度に感情も表情も乏しく能動性の無い女、というつまんない人格に設定されていて

ほとんどのシーンでただ周囲の人の話を無表情無反応に聞いてるだけということになる。

こんな役を大根にやらせるので、本当に「ただ立ってるだけ」「座ってるだけ」をしていて、演技する気がさらさら無い。

(このただ座ってるだけの女にオッケーをだす監督も凄い。

 そんなのモブでもあっちゃいけない筈だが綾瀬は主役だ。)


アイドル映画ならもっと必死に頑張るような役をあてるべきで、

そういう役ならちょっと大根でも客もわかってるので楽しめる。

静かな役なんかだけはやらすなと言いたい。


まりの異様さに「こいつなんなの……!?」と違和感を覚えるのも最初だけで、

視聴者はすぐに市がどうでも良くなる。

他の登場人物も全くキャラが立ってないにもかかわらず。

まり映画全体がどうでも良くなってくる。

眠くなるのとも違う新感覚


お話幼児向け以下

悪役は中村獅童演じる「万鬼」という剣客が頭目の不良グループだが、

この万鬼は顔の火傷で仕官出来ないのを悩んでるだけのしょっぱい奴で

万鬼党は狂気破壊衝動で暴れるだけの、バカが好んで描くタイプの悪役。

経済観念すら乏しくわざわざ住み心地悪そうな岩場に男だけで住んでおり

唯一の寄生である宿場無意味殺戮を始めるようなアッパッパーから

話の溜めもクソも何も無い。


悪い親分のところに市が上がりこんで行って

下手に出たりとぼけたり脅したりするような駆け引きも全く無い。

ほとんどショッカーレベルの悪役なので中学生以上だとシラフで見ていられない。

日曜朝の30分戦隊物でも『ICHI』よりはマシな脚本を書いている。マジで


(一方、善良な民衆側の宿場の顔役は復帰直後の窪塚洋介がいつものあの抑揚で演じているが

 全てが意味不明な『ICHIワールドの中では大変好感の持てる常識的なアンちゃんに仕上がっている。

 この映画を見た人間はみんなちょっと窪塚洋介を好きになれる。)


多分時代劇も全く知らない

・八州周りが宿場にやってくると街道民衆が総出で土下座大名か。

・八州様を宿場の顔役達が供応してるところに脈絡も無く万鬼党襲来。

 よりにもよって八州様の目の前で住民の殺戮を始める。

時代劇ではヤクザと結託するワル八州が珍しくないので、

「やや展開が無茶だけど万鬼党に抱きこまれてる八州だったかー」と思って見ていたら

 血刀下げた万鬼党は震える八州の胸倉を掴み「見なかったことにしろよな!」恐喝


無頼の主人公が八州周りを殺しちゃうトンパチ展開も時代劇では稀にあるが、

田舎ヤクザが八州周りを単純に脅しつけて帰す展開は何気に史上初なんじゃないだろうか。

カツアゲ現場を目撃した下級生ぐらいのノリで扱われる八州様。

脚本書いてる奴〇ね。


そもそも市は盲人なのか?

綾瀬演じる市はただ杖持って伏し目がちにしてるだけ。

盲人の剣客、という役作りが物凄く大雑把に、

1「ちゃんと盲人の挙動研究し真似する」

2「その上で自分なりの市の癖を作る」

だとして、

1すらやる気が全く無い。


歩き方も話掛けられたときの反応も何もかもが健常者。

一応目をはっきり相手に向けないことだけはしているが

内向的な市の性格なので多分目が見えても同じような動作になる。

平時でも修羅場でも、耳や全身で周りを窺う演技がまったく無い。

製作陣にも綾瀬にも多分その発想すらない。

市の挙動は常に、ただ物事への反応が鈍い重度の鬱病さんかなんかにしか見えない。


というか、これさあ、製作陣は盲人を描く気なんか無かったんじゃないか

なんか意図があっての事か、単にめんどくさかったのか、なんだかわからないが。

(少なくとも市の盲目設定を取り除いても『ICHI』には全く支障が起きない。

 ただの性格暗いいじめられっこ女剣客、で成立する。)



また、斬り合いだったら斬り合いで、

どんな大根でも大根なりにやるような、

息を詰めたり飲みこんだりするような演技も綾瀬は全くやらない。実力伯仲の命懸けの斬り合いでも。

クールビューティとかそういう問題ではなく、もはや製作陣は脳や神経に障害がある。

こいつらが持ってる感情演出手法は目の端からポロリと流れるふざけた一粒涙だけ。

映画の山場に凄くいい加減なラッシュで明かされる市の過去

 ダイジェストレイプされる市の目の端から同じ涙がポロリと流れるのはもう完全にギャグ


殺陣シーンが無茶苦茶

酷すぎる。

下手とかじゃなくてもはや意味不明

監督剣劇なんてもんに全く興味が無い上に勉強する気すら無いのが雄弁に伝わってくる。

ピンポン』の卓球シーンでもスローモーションの絵さえあれば

動きの流れにケレンミ・リアリティどっちも求めない凄い奴なのはわかっていたが

ICHI』ではそういう酷さが悪化している。


例によって綾瀬はるか大根を越えた大根であるうえに

その綾瀬の棒みたいな動きばっかりクローズアップする撮り方するので

もうどういう攻防なのか誰にもわからない動きをする。

手傷を負うシーンは必ず腕や腿がアップになって服が破れるカットで説明し

どういう流れでそこを斬られたかは多分考えるつもりすらない。


時代劇を見てれば殺陣の下手糞な役者なんかはいくらでも出てくるし

アクション映画見てれば動きの悪い役者もいくらでも目にするが

ICHI』はそういうのとは次元の違うことが起きている。


スローモーションでバチャバチャと血を出すのだけはお気に入りみたいで、

 市も蹴られて盛大に血を吹くがあれはどう見ても内臓破れてるレベルの量。

 何も考えて無いからどうでもいいんだろうが。)


主役は大沢たかお

市が能動性皆無なので

実質的な主人公は大沢たかお演じる浪人

稽古中の事故母親に怪我させてから真剣が抜けなくなった」という

万鬼の顔面コンプレックス匹敵するぐらいしょーもないトラウマでグジグジ悩む男で

万鬼党との戦いに加勢しては刀と鞘を持って「抜けないいいい」とパントマイムをするのが持ち芸。


毎度渾身の力で刀を抜こうとするが

鞘が磁石でくっついているかのように1ミリも抜けない。

いや、真剣が抜けない」ってそういうことじゃないだろ。

この演技指導した奴も素直に従う大沢たかおも、脳腐ってんのか。



一応筋を最後まで書くと

この浪人は市に「心を閉ざすな!」とか説教をして

それを綾瀬はるかはお得意の何も演技をしてない「本当の無表情」で聞き流し、

でもなんか心が動いて戻ってきて

大沢と相討ちになった万鬼にごっつぁんトドメを刺します。

宿場は救われた!終わり。


だんだん浪人に惹かれていった(ような描写は乏しいので鑑賞者が補わないといけないけど)市の脳裏一杯に

フラッシュバック的に大沢たかお笑顔が映し出されるとこが感動シーンの最高潮ですが

盲人の市がどうして浪人の顔を知ってんでしょうね。

そこは聞き覚えた声とかかつて握った手とかで演出しろよと感じます

前述の通り市の盲人性を真面目に扱わない製作陣にはどうでもいいことだった。


やっぱり市の性格おかし

根本的な間違いとして、

盲人という重要感覚器が一個閉じてる主人公に、

更に自閉的な性格をあててしまったらどうにも話が成り立たない。


もともとの勝新太郎座頭市

なんだかんだ言いつつ相当な世話焼きで、

腰は低いけど欲も意地もあるし優しいしよく怒る。

性根の悪いヤクザからかったり脅したりもする。

これぐらい濃い人格が噴出してくるから目の見えない体と釣り合いが取れる。

北野武座頭市だって勝版とは相当に色々違うが、

 主役の人格はやはりアクの濃い悪い奴になっている。)


いっぽう綾瀬はるか座頭市

中学生が初めて書いた小説の主人公みたいにおもしろみのなーい傷心由来の内向的性格

こんなもんを目の見えない体に入れたらそりゃ話が動かずつまらん事になるのは当たり前。

監督脚本は何考えてたんだろう一体。

おわり。

2011-08-23

フジテレビデモに出くわして色々考えさせられた

1974年に開館した「船の科学館」が、今年9月末で本館展示を休止する。

近くの日本科学未来館には3回ほど行ったことがあるし、お台場メディアージュの中にあるソニーエクスプローラサイエンスにも1回行ったのだが(どちらもオススメ)、船の科学館は一度も行ったことが無かった。

ので昨日行ってきた。

 

原子力平和利用」という言葉意味が変わってしまった今となっては複雑な思いで見る、原子力船むつの1/50模型。 

スクリュープロペラを持たない(!)超電導電磁推進船なんて研究があった(日本が完成させ、そして消えていった)という驚きの事実

「バルバスバウ」といえば某バーチャロンを思い出すけど、本当はそれは船首構造名前だったということ(http://p.tl/mNmu)。

ラジコン模型しか知らない水陸両用ホバークラフトの実物が、人を乗せて航行/走行している映像

 

駆け足で見たのだけど、船に詳しくない私でも色々と興味を持って知識を得ることができて、とても面白かった。

休止前の特別料金で、ふつう700円のところ200円なので、興味と時間がある方はぜひ行くといいと思う。

 

それはともかく。

 

 

いったん本館から出て南極観測船宗谷」を見学しようとすると、道路側にとんでもない数の(何百人単位の!)人が集まっていた。

ぽつぽつと日の丸を持っている。

 

そう、噂の「フジテレビ抗議デモ」が、今まさに出発しようとしていたのである

まりの人の多さに呆気にとられて、私は宗谷の甲板からデモの列を最後尾まで見届けてしまった。5人1列に並んで、最前列スタートしてから最後尾がスタート地点を通るまで、30分以上。どう少なく見積もっても1000は下らない人数だ。

 

主催者発表では参加者は6000人、デモに好意的でないスポニチ報道

でも4000人が参加したとされている。

 

とにかくそれだけの人数の人たちが、

フジテレビ偏向報道をやめろー!」『やめろー!!』

韓流ブーム捏造をやめろー!」『やめろー!』

「私達はK-POPなんて聞きたくないぞー!」『聞きたくないぞー!』

シュプレヒコールをあげながら行進しているのである

 

この光景は衝撃的だった。

 

どんなデモにせよ、多くの大人が団結して主張をしながら行進するのはそれだけでインパクトがあるのかもしれない。でもその主張が

冤罪を許すなー!」とか

日本農業を守れー!」とか

米軍基地移転反対ー!」とか

原発を止めろー!」とか

そういうものならまあ、そういう主張の人が頑張っているのだな、と理解できる。でも今回は違う。

 

もちろん、一般に偏向報道はよくない。私もアナログ停波以降はフジテレビを(テレビを)見てないし、フジテレビが善良なテレビ局だとも思わないし、『HEY!HEY!HEY!』をたまに見ると必ず韓流懐メロの特集をやっていてつまらないなあとは思っていた。それに、普段から韓国製」の買い物は避け、できるだけ国産を買うようにしている。特に韓国製のCD-RDVD-Rは非常に質が低いのだ。韓流スター名前ペヨンジュンしか知らない(KARAメンバー石川梨華パロディみたいな顔の子がいるのは知ってる)。言うまでもないけど、竹島日本領土である

 

けど、ポイントは「フジテレビ韓流ゴリ押し」なのか?

それに反対するために、何千人もの人がお台場デモ行進をしてるのか?

しかも、多くは外見的にごく普通の老若男女が!

 

ネット情報を「テレビでは報道されない真実なんだ!私たちが立ち上がらなくちゃいけないんだ!」と盲信した中高生が集まっちゃうならまだ分かる。でも私が見た限りでは、参加者は本当に老若男女で、300人に1人くらいは、私と同じくらいの年齢(20代)の、おしゃれな今時の女性もいた。おじさん・おばさん・お兄さん・お姉さん・そして親に連れられてきた子供も。

 

そのデモでの主張が、「フジテレビ韓流ゴリ押し反対」でいいのか?

日本は、大丈夫なのか??

 

 

…これが、私の第一印象である

しかし第一印象はそれが正当なものである吟味されねばならない。

 

 

(1)「もっと重要な問題があるだろう」

 

彼らへの評判をネットで探してみた。よくあるのが、「テレビがどうこう言う前に、主張すべきもっと重要なことがあるだろうよ」というものだ。

 

でも、この批判って、既に他の「もっと重要なこと」のためにアクションしている人にしか、言う資格はないはずだ。

自分twitterとかネット勝手なこと言ってるだけなのに、実際に体で活動してる人を言葉だけで「それをやるならこっちをやれ」というのは、単なるネット弁慶じゃないか

 

はいえ実は私も、その批判に共感しないではない。

というのも、正直、民放の放送内容がどうこうよりも、領土問題だとか、人権侵害救済法案外国人参政権という、それこそ韓国とも関係大ありな政治問題のほうがずっと重要だと思うからだ。

 

ただ、思うに、そういう政治重要事案じゃないからこそ、これだけ多くの人が集まったのかな、とも思う。

韓流ゴリ押し反対」というのは、政治的なようでそれ自体は政治問題ではなく、「公共的な性格をもつ国内民間企業への批判」にすぎない。だからこそ、特定の政党に関与したり変に利用されることなく、これだけの人を動員できたということはあるだろう。日本人の多くが「政治」より「テレビ」に関心を持っているという事実も、今回の動員に味方した。

 

「もっと重要なことがある」と言っても、「もっと重要なこと」にはどうしてもキナ臭い政治が絡んできて、ネット上でさえこんな大きな潮流を作れないだろう。その意味では、対韓国政治問題のとっかかりとして大きなデモを行うには、むしろ今回のテーマベストだったとすら言えるのかもしれない。

 

(2)「嫌なら見なきゃいい」

北野武さんや岡村隆史さんはこういう批判をしたらしい。

これに対する再反論は、もうすでに定式化されているようだ。

作家・深水黎一郎さんが簡潔に整理しているが、簡単に言うと、

 

テレビ局は<公共の>電波を独占して使っているのだから勝手な偏向放送をしておいて『嫌なら見るな』は通用しない」

 

ということ。

嫌なら見なきゃいい、と言われる前から私は確かに見てないのだけど、見てもらってる側がそれを言っちゃいけない。放送法という後ろ盾もあるのだからテレビ局にはそれに基づいた良心的な経営が求められるのは当然だろう。ただし、ただでさえテレビ不遇の時代に、自局グループの商売を有利に進めようとするのは営利企業としては当然で、そのへんは線引きが難しいところではある。

 

 

(3)陰謀論

フジテレビ抗議デモは、原発から目をそらすための陰謀だ!」。

こういうツイートmixi日記は複数あった。どんなところにでも陰謀論はあるものだ。面白い

 

 

(結論)

デモを批判する理由は私にはない。

しかし「韓流ごり押し」に対しては、私はどう考えるべきなのか?

政治的問題に関しては比較的冷静な狼板をのぞくと、「ブームってそういうもんだろ」という書き込みを目にした。

確かにそうだと思う。

韓流ブーム捏造、なんていうけど、ブームなんてたいがい作られるものだ。

結局今回の問題は、それが誰の目にも「行き過ぎ」「ごり押し」と捉えられるほどのものになってしまったという所にあるのだろう。

私としては、前に書いたように、「竹島は守るべき」「人権侵害救済法案危険」と思っているし、他にも例えば、「在日外国人犯罪者の偽名報道は反対!!!である。その点だけについて言えば右翼であるのかもしれない。

ただ「反フジテレビ」については、何とも言えないのだ。

だってフジテレビから韓流を引いたからと言って、番組面白くなるとも企業体質が良くなるとも全然思えないのだもの

それに私は、そもそもフジテレビがあっても無くても、まったく困らない。

とりあえず現段階では、「フジテレビがこんなにバカなことをやってるよ~」とネット上に確かな情報拡散させておけば、それで十分という気もする。

デモに参加する気には、とてもなれないのだ。

 

 

追伸

今回のデモを妨害しようと、大音量で君が代を流していた右翼街宣車がいたが、ああいう品位のない国歌の利用には大反対だ。

2011-02-24

彼女映画クローズ」のDVDを買っててショックだった

彼女DVDを何枚か買ってたんだが、その中にクローズ2があった。

ヤンキー映画とか縁遠い感じの彼女だったので正直びっくりした

「なんか実家で前作を見たら面白かったから。」だそうだ。


あのさ、常々思ってたんだけど、昨今の日本DQN推奨風潮なんなの?

教師がヤクザの娘だったり、ヤンキー集団の高校野球だったり、そんなの見ておもしろいの?

まぁ、面白いんだろうけど。

でももっと他に表現することがあんだろ、とか思うのはおかしいの?

僕はヤンキーが頑張る話より、普通に頑張ってるヒトの話が見たい

ヤンキーヤクザの方がドラマチックなの?

普通に頑張ってるヒトの話、そんなことも表現出来ないほど日本エンターテイメントは腐ってしまったの?

なにその設定ありきみたいな話。


別にヤンキーに対してそれほどコンプレックスがあるわけじゃない。

これ言うと歳がばれるけど、中学生の頃はご他聞にもれずそういう漫画を見て育った。

ゴリラーマン」「ビーバップハイスクール」「クローズ」「カメレオン」「しょうばく」「今日から俺は」「ろくでなしブルース」「グレアー」

ボンタン(笑)はいてくわえ煙草たいのがかっこいいと思ってた時期もあった。

今思えば恥ずかしい限りだけどね。


だけど、そういうのって、決してエンターテイメントはなかった。

どっちかというとアングラサブカルだよ。

任侠映画と同じ。

そいつらにはそいつらの倫理感がありますよ決してマスではないしそれを万人にわかってくれとは言わないけどまぁ僕らはこれがかっこいいと思ってんすよ、みたいな。

そいうのが良かったし、そういうモノだと思う。

北野武映画だってそうじゃない。

それをエンターテイメントの土俵に引っ張りだして、青春ドラマ昇華させちゃう日本すごい。

見境いない。

んで、それが高視聴率たたき出しちゃって。

アホかと。


青春野球漫画なら絶対「プレイボール」や「キャプテン」の方がドラマチックだし、誤解を恐れず言うなら「かっこいい」。

おまえらが学校さぼってゲーセン言ってようがタバコ吸ってようが喧嘩で怪我しようが知らんがな。

自業自得だろうよ。

教師は教師で、そんなんにかまってる暇があるなら、もっと意識の高い生徒に力注げよ。

バカを救うなとは言わないけど、そこに焦点当てる意味わからん

なんだこのヤンキー賛歌。

純粋に聞きたい

かっこいいか


まぁ、結局「振り幅」の話ってのはわかってんだよ。

かにマイナスからゼロへの方が1から10への振り幅よりは大きく見えますよ。

幻想ですけどね。

だけどさ、なんだろうあん、納得いかないのは、それをこうも大風呂敷広げてやりますか、と。

トレンディードラマ(ええ、死語でしょうけども)でやるならもっと違う方法があるんじゃない?

もっと言わなきゃいけない事ってあるんじゃない?

だって、あれ見てヤンキーに憧れるやつはいても、こうなっちゃいけないな、もっとおれ頑張ろう!って思う奴はいないよね。

例えばさ、負の部分テーマしたドラマとかだと「不倫」を題材にしたドラマとかあるよね。

そういうのがアリというか、まだいいなって思うのは、結局帰結するところが否定だから

美化してるところが多少あっても、結論で肯定してるドラマってそう多くないと思うの。

まぁ、そんなドラマ見ないからもしかしたら多いかもしれんけど、そこはソースないのでわからん感覚

でも、「不倫賛歌」みたい映画ドラマばっかだったらどうよ。


なんかさ、わかんないけどさ、「努力」とか「青春」を描くのに、ヤンキーじゃなきゃできないってのは情けないよ。

そんで、それをバカみたいに賞賛してるヒトたちも情けない。

から彼女のことちょっとショックだった。

言ったけどね。ショックだったとは言わないけど、僕はこう思うよって。

めんどくさい彼氏だよね(笑)

2011-01-15

芸と強さということについての考察

お笑い芸人水道橋博士が、何かの番組で、「面白いということは、強さなんだ」ということを言っていた。

つまり、強いということが、面白いことであるという。

この強い(強さ)とは何か。

それは、私は純粋な狂気であると思う。

例えば水道橋博士師匠であるビートたけしの芸には強さがあり、それは内在する純粋な狂気がもたらしている。

そしてその狂気は、タレントとは別の北野武としての映画作品により顕著に露呈している。

一方、最近の新しいお笑い芸人、あるいは創作者一般でもいいが、この強さ=面白さという要素が弱化してきている。

それはなぜか。

しい世代には、古い世代の持っていた純粋な狂気が不在しているからであり、それにかわってイノセンスが補填的な力として代用されているからではないか

イノセンスとはピュアさであり、素直さでもあり、また己の弱者性ということでもある。

そのようなイノセンス的な芸というものは、フレーム破壊したり、新しく一から構築するといった力はなく、あくまでも従来のフレーム踏襲したものであるにすぎないことが多い。

けっきょく、イノセンスというのはそれそのものが甘美なものであるから、そこから目新しくて力強い面白さが発揮されることはないといっていい。

2010-09-13

☆瓜田さんの武勇伝まとめ(ソースはすべて本人ブログ) ver.5.0

■血筋

織田信長末裔 (※「あの本能寺だって落城するんだぜ」と本人談)

・父は元ブラックエンペラー総長

■才能

・ちょっと勉強すれば東大法学部も余裕。弁護士代議士もなれる。

自分の描いた絵がピカソ作と間違えられたことある

北野武を抜いた。映画を何万作も見てる○○会長からも全世界映画の中でブルーベリーが一番と評価された

ムーン海外レーベルからオファーあった

・金主いたら富豪になれる

■信念

・今後一生2chは絶対見ない。2ch潰す(※紙にプリントアウトしてもらったログを読むのはおK)

アウトローは俺以外語らせない

・億の金を積まれても 兆の手形を見せられても 俺は自分の信念を取る。

■強さ

・outsiderでは相手を必ず破壊する (※大谷選手の負傷情報皆無)

・都内某所のアームレスリング大会で勝った(※大会時間場所等の情報皆無)

ムエタイ試合ハワイチャンピオン級の奴の足を折ったことある

エンセン村上などの格闘家レスラーはみんな坊や(※他にもエンセン村上は弱いアピール多数)

・誰も見てない路上駐車場前田さんとストリートファイトしたい

■人脈

都知事と会食した

自民党に頼んだので、2chはもうすぐ検索エンジンから消える

格闘技雑誌に対して「○○総裁に話もっていくぞ」

■逸話

・0~3歳までスーパーへ行く度にカツアゲしてた →7才にして丸井カードを持ってた

・16才で東京制覇した(※16才の少年が1千万都市を制覇したのは史上初)

脳内麻薬が異常に出てる特別な人間だから5日寝ないとか可能(注:不眠の公式日本記録は4日と9時間

テレビゴールデン出演のオファーを蹴った(注:オファーがあったのは早朝5時台)

・後輩のケジメで自分で指をかみちぎった ・オウムの幹部を監禁した

区役所通りを走るベンツセンチュリーを片っ端から金属バット破壊した(※目撃情報や噂は皆無)

・「オメガトライブ」梶秋一のモデルである

2010-07-07

見た目はキモオタ頭脳キモオタ

俺の見た目はキモオタそのもので、ほぼ90%の人間が俺をアニメエロゲが好きなオタクだと思っている。まぁ実際少しはアニメエロゲも好きなんだけどさ、何もそれだけってわけじゃない。みんなが普通に聴いていそうな音楽も聴くし、みんなが普通に見ていそうな映画も見る。特に好きな音楽ロックで、日本語ロックではBUMP OF CHICKENRADWIMPSが好きだ。映画北野武が一番好きだけど、アバターアリス・イン・ワンダーランドシャッターアイランドのような大作も好きだ。でも一番好きなのは洋楽を歌うこと。英語の発音はとにかくカッコいい。厨二病みたいなものかもしれないけど、これだけは誰にも負けたくなかった。毎日とは言わないけれど、自分の部屋で時間があれば、好きな洋楽(Red Hot Chili PeppersGreen DayWeezerNIRVANAOasisBlurColdplay)の歌詞を見ながら、英語の発音を真似て歌った。特にレッチリの曲は何曲か完璧に歌えるようになった。英語の曲が完璧に歌えるというのは本当に気持ちがよかった。

この前、学校で目立つタイプの奴らが俺をカラオケに誘った。

そいつらはニヤニヤしながら「XXく~ん、カラオケ行っかない?」と俺に聞いてきた。

俺は「あぁ、いいよ」と言った。レッチリを歌おうと思った。

そうしたらそいつらは「えっ!?ウソ!?行くの?マジで!?www」と、俺の顔を見ながら、何故か全員で爆笑していた。俺はその反応で、そいつらが何を期待しているのか理解した。

きっとそいつらは、俺の風貌がキモオタであることから、こいつは一般的な歌が歌えない、アニメソング萌え萌えソングしか歌えないと思ったのだろう。普通の歌が歌えないキモオタと、普通の歌が歌える自分という比較をしてまず一回優越感に浸り、そしてその後アニメソングを歌う自分をバカにすることでもう一回優越感に浸ろうとしていたのだと思う。俺は何だか無性に嬉しかった。

カラオケにつくなり奴らは「XX君早く歌ってよ~得意な萌え萌えとかいう歌を」とニヤニヤしながら言ってきた。俺は迷わずレッチリを入れた。『By the way』。アンソニーの美しいサビと途中の高速ラップが素晴らしい歌だ。その後もガンガン洋楽を入れた。Green DayNIRVANAOasisMaroon5、一曲しかしらないけどModest Mouseも入れた。奴らはポカンとしていた。当然だろう。今までアニメソングしか歌わないと思っていたキモオタが、実は洋楽好きで、洋楽を歌えるだなんて夢にも思っていたんだろう。しばらくヘラヘラしていた奴らは、やがてあからさまに「あー…」とか「うぜ…」とか言い始めた。彼らからその言葉を引き出すことが出来て、彼らを苛立たせることが出来て、俺は本当に嬉しかった。

カラオケが終わって俺と奴らは外に出た。奴らは明らかに苛立っていた。

奴らのうちの一人が俺に言った。「お前、マジうざいわ。明日からお前のこと『ウザ夫くん』って呼ぶから」

確かに僕はウザいのかもしれない。でもお前らも充分ウザいぜ。

そして僕は一人に帰路についた。

どうしてみんな、見た目で人を判断するのだろう。見た目と内面乖離してちゃいけないのか。家に帰る途中で僕は少し泣きそうになった。あーぁ、楽しい。あーぁ、つまらない。あいつら全員死んじゃえよ。と俺は一人心の中で愚痴った。

唐突に俺は閃く。

確かに、見た目で判断されるのはつらい。人は中身なんてみないし、「なんで」という思いは増すばかりだろう。

でも、だからこそ、そういった予定調和空間をぶっ壊すことが出来るのだ。クラスの意地汚い連中や、見た目がキモオタなやつはアニソンしか聞かない、アニメエロゲしかやらないと思っている連中。そういった奴らが予想している展開を外して、そいつらを異次元に連れて行けるのだ。そいつらの予想を崩して、奴らをしらけさせたり、苛立たせたりすることが出来るのだろう。そんなこと、一般人には出来ない。キモオタの顔を持つ、俺にしか出来ない。

そう考えると、俺は唐突に心の中に爆弾を隠し持っている気がして、何だか無性に嬉しくなった。跳ね上がるぐらい嬉しかった。数分前まで鬱状態だったのに、急に躁状態になった。躁鬱病か?って一瞬思ったけど、何でもかんでも病気で片付けるのはやっぱ間違ってるぜ。

俺はこれからも、そういった空気空間、疎外感があったら、それをぶっ壊していきたい所存です。

2010-06-22

処女厨リスト

岡村隆     「結婚するなら処女の方が断然いいと思ってる」

中居正広   「汚れの無い女性が良い」「処女がいいっすよ処女!」「処女としか絶対結婚しない」

中村俊介   「処女じゃないと嫌だ」

松井秀喜   「嫁にするなら処女がいい」

北野武     「色んなチンポ入れられちゃったのが良くないんだね」

高田文夫   「(処女は)一生物ですもんね」

立川談志   「やっぱり同じ買うなら傷物(非処女)買うよりは、いいサラ(処女)買いてえだろ」

橋下徹    「0(処女)か1(非処女)の世界なんですよ」

秋元康    「女優タレントは食べてきたけど、なんで高井麻己子と結婚したかというと処女だったから」

市川海老蔵 「海老蔵結婚を決めたのは彼女処女だったから(友人談)」

小島太一   「安心した。(ラブプラスの)寧々さんはやっぱり処女だったと声を大にして叫びたい」 ←【NEW!!】

カカ      「童貞処女のまま結婚しようと約束した。今僕らが幸せなのは長い我慢のおかげだろう」

2010-05-29

処女厨リスト

岡村隆     「結婚するなら処女の方が断然いいと思ってる」

中居正広   「汚れの無い女性が良い」「処女がいいっすよ処女!」「処女としか絶対結婚しない」

中村俊介   「処女じゃないと嫌だ」

松井秀喜   「嫁にするなら処女がいい」

北野武     「色んなチンポ入れられちゃったのが良くないんだね」

高田文夫   「(処女は)一生物ですもんね」

立川談志   「やっぱり同じ買うなら傷物(非処女)買うよりは、いいサラ(処女)買いてえだろ」

橋下徹    「0(処女)か1(非処女)の世界なんですよ」

秋元康    「女優タレントは食べてきたけど、なんで高井麻己子と結婚したかというと処女だったから」

市川海老蔵 「海老蔵結婚を決めたのは彼女処女だったから(友人談)」

小島太一   「安心した。(ラブプラスの)寧々さんはやっぱり処女だったと声を大にして叫びたい」 ←【NEW!!】

カカ      「童貞処女のまま結婚しようと約束した。今僕らが幸せなのは長い我慢のおかげだろう」

2010-03-30

北野武TBS生放送番組TBSを批判! TBSアナの顔引きつる

ttp://news.livedoor.com/article/detail/4684087/

「すごい! TBSアナウンサー亀田のパンチが入った事しか言わないから、普通に画面見てないと亀田圧勝かと思っちゃうよ」(北野武 談)

確かに、TBSアナウンサー亀田の攻撃がヒットした事ばかり伝えていた。そんな北野さんの発言に対してスタジオ安住紳一郎アナウンサーは「まあ一応、日本人選手のパンチをメインに見ていたという事もあると思いますけど……」と、顔が引きつりつつ苦笑い。

インターネットユーザー北野さんの発言に対して大絶賛。「この歯に衣を着せぬ言いぶりはさすがたけしw」や「日本だからこそ公正公平にやってほしかったね」という声があがっている。出来事を正直に公平に伝えているのが、アナウンサーではなくコメディアンというこの実態。なんとかならないものか。

2010-03-18

ttp://www.enpitu.ne.jp/usr6/bin/day?id=60769&pg=20080925

いまの時代は夢を持っているやつのほうが、

なんの夢もないやつよりよっぽどいいとされてるじゃない。

だって、夢を持っているんだからって。

 

でも、現実は同じなんだよ。

いま何もやっていないことに変わりはない。

それなのに、いまの時代は強制的に夢を

持たせようとし出したから、夢のないやつが

それを社会のせいにして、ナイフで刺しちゃったりするでしょう。

でも、夢なんて持たなくていいんだって

言わなきゃいけないんだと思うよ。

 

下町だったらさ、

いいんだよ、お前バカなんだからで終わるから(笑い)。

別に、人に誇れるものなんてなくていいんだよね。

ないやつだっているし、ない自由だってあると思うよ

 

北野武

2010-02-22

結論:BI議論はキモイ

http://www.asks.jp/users/hiro/66376.html

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.asks.jp/users/hiro/66376.html

賛成派

1. なんかキモイ人たちが集まってキモイ盛り上がり方してる

はたから見てるとオタクっぽい人たちが集まってオタクっぽく内輪で盛り上がってオタクっぽく「俺たちは正しいんだけど世の中はわかっちゃくれないチェケラッチョ」ってほざいてるだけでのなんら発展性も将来的な進展もなさそうだしとっとと選挙出馬して落ちて馬刺しなっちまえ豚ども声のキーたけえんだよお前ら

2. 略称がキモイ

BIってなんだよ最初見た時国際バカロレア資格かなんかかと思ったよなんですか日本もうダメなんでフランスアメリカにでも逃げましょうってかそれどこのキチガイちきりんだよBIってバカインポッシブルの略なのか? グーグル先生で「BI」検索しても出てくるの「ビジネスインテリジェンス」ばっかりだぞ向こう二十ページ「ベーシック」のべの字もでねぇベーシックどころかマイナーマイナーじゃん北野武の『HA-NA-BI』にすらSEOで負けてるぞこれはそのまま貴様らのクズさだよもうベッカムでいいんじゃん。ベッカムで。

3. 叩かれた時の反応がキモイ

まるで疑似科学批判批判批判者みたいに「だからソレが間違ってるんだってば」とか!あのね疑似科学批判はいいのそれなりに正当性が実証されてるからでもベーシックインカムはまだいろいろよくわかんないのなのに説明もせずはてブで正しさ超自明みたいな態度でいけばそりゃ残念なニート扱いされて切り捨てられてもしゃーないっつのはてブで語るなブログで語れ説明しろよ努力しろよ勉強しろよしてるヤツはいいが他人の尻馬に乗るヤツは落馬してさくらしゃぶになっちまえ


懐疑派

もういいよどうせお前らも「内輪で盛り上がってるバカどもを喝破する俺カコイイ」とか思ってんだろこの中二病キメエんだよ 

オトナは汚い。夢だけは過剰にみせてくれるくせに叶える段になると急に「自己責任」だの「お前の努力がたりない」など言い出して責任逃れをはじめる。

どうせベーシック・インカム社会未来永劫訪れないし人類はいくら待っても火星に到達しないしロボットは五十年立っても不気味の谷を越えられないくさってやがる早すぎたんだ……。それをわかってて汚いオトナどもは口先だけつっつきだして、飽きられてきたな感じたらポイして別のこと語り出す。わかってるはずだ、君はそれが理解できているはずだ。見ないフリすんなよわかんないフリすんなよ盲か貴様ベーシックなんたらの議論する前にレーシック手術受けた方がいいんじゃないか? 

しかたない。

オトナどもが汚い以上しかたない。

俺が貴様らに唯一に無二の幸せゲット策を伝授してやる。

耳ン穴かっぽzipてよう聞けや。



死ね

2009-05-28

書いてみて自己解決

 頭の中がゴチャゴチャとして整理がつかない。どうしていいか分からない時は書いてみるに限る。この整理のつかない状態に、自分なりの道筋をつけてみようと思う。まずは、原因から整理してみる。その理由は至って単純で、実は考えるまでもない。それは、ここ最近自分インプットされたある考えが、自分のそれと大きく異なっていたからだ。その力が強すぎて、自分の思考の一部を壊し、今も尚、消化しきれずにいる。つまり、ぼくは今、自己否定の渦中にいる。自己の否定は息苦しくて嫌なものだが、それを避けたとしても、いずれそれと同等の重みの現実が、身に降り掛かるだけだ。現実として降り掛かった時、何らかの責任を取るのか、今自己否定の辛酸を舐め、自分なりの落としどころを見つけておくのか、そのどちらかだろう。こういう時、ぼくはどちらかと言えば、後者を選択する事が多い。そして今回もまた、後者を選択しようとしている。

 では、ぼくは何をインプットしたのか。それは、自分尊敬する人の圧倒的な経験を元に語られた、そして自分以上に真実を見つめ続けた人物の、それこそ身も蓋もない現実に関する考え方だった。「人は殺生をしないと生きていけない。飯を食わないと生きていけない。食った飯を排泄して生きている。」それは北野武の本にある言葉だ。昔だったら、スゲー事言ってるなぁと感心したかもしれない。しかし今は、ここで言われている言葉意味が深いところで分かってしまう。分かってしまうからこそ、現在自分は否定され、固めていた思考構造の一部は壊された。それはまた、自分の甘えと弱さを炙り出した。つまり、この生存の競争とさえ言える社会を生き抜いていく上で必要な自分武器を、鞘に収めたままでいようとした自分が浮き彫りにしたのだ。本当は刀を抜く覚悟もなく、人に加害する事も無く、こと無かれでやっていく事が通常の自分の性質を、人は「甘い」といった。どうやら、流して聴いていたその指摘の意味が、今ごろになって分かったようだ。ただ、長年の間に染み付いたこの性質は、人に加害するという事を辞さない態度を簡単に受け入れられるはずはない。その理由こそが、自分そのものなのだから。つまり、この気付きは、なかなか消化される性質のものではないのだ。武の言葉は痛い程、自分を炙り出した。つまり、この不安は、自分の性質が、意志の力でコントロールしようとする方向に反発し、不自然な形を感情や態度に表し、元に戻ろうとする感情の発露なのだ。その不安が、その違和感が、自分の方向性を拡散し、混乱を招いている。ぼくはそこに気付けていなかった。

 そうした混乱が、自分の見ている世界を歪ませている為、ここで無理に前進してみたところで、ぼくの見るもの全てから、本当が失われるだろう。その味気なくて偏見に満ちた世界をぼくの現実にしてみても、空虚で詰まらない思いをするだけだ。つまり、自分の壁にぶつかっている時の弊害は、その盲目さにある。それは、言葉イメージの渦に飲み込まれ、フラフラとうろつき回っている無自覚なピエロのようだ。

 そこに気付いているかどうかは、自分と向き合う事を選び、自己に何らかの変化生じさせようとする者にとっては、必要不可欠な事であるのだ。この壁をどう越えるのか、或いは越えられないのかは、まだわからない。いずれにしてもこの問題には、自分なりの決着をつけておく必要があると信じる。

 鞘に収めたまま、今となっては錆付いている刀を使うということは、自分が頑なに守ろうとしていた何かを失う高い可能性を意味している。その拒絶とどう向き合うのか。そこで失われるのは、安全だろうか、信用だろうか、希望だろうか。それらにしがみ付くのは、自分本能である。そしてそれらを脱ぎ捨てようとするのもまた、本能である。こういった、理性ではどうにも思い通りにならぬ自分という存在を支配するのは、意識とは別物のようだ。現時点の僕は、自分そのものを守ろうとする働きかけが強いのだろう。それは弱さとも言い換えられよう。それについて、どこで自分に折り合いをつけるのか、この思考の反芻に決着をつけるのは、思考と試行から生み出される果実の味を自分で知る他はない。

 多くの抵抗を乗り越えた人の精神は強い。目の前に起こる現実自分と周囲による織物のような必然と知っているから。その必然に働きかける事の意味と作用をよく知っているから。舵を取る方向が定まったのなら錨をあげて出立する。気負いのない、自分現実に即したやり方で。

2009-03-28

http://anond.hatelabo.jp/20090328174540

つか、たけしが少なすぎるんだよ。

映画監督としての北野武なら7000人越えるコミュがあって芸人としてのビートたけしなら3000人程度のコミュもあったんだけど。

2008-12-29

日本人だって同じ人間

ヨーロッパ日本がどう認識されてるかというと、日本すげーとは思われてないですな。ワーカホリックお金持ちで、というのが一般的。それも微妙意味で。日本っていうと、手を合わせておじぎしたりする、いや、それ日本じゃないからって。ネット的には、なにかと日本すげーってなネタが出てきますがね。ま、そんなことはない。

年寄りになると戦争の話をする。こっちも知識がないわけじゃないからお付き合いします。飲みながらね。国によるが、第二時大戦んときは日本はよくやったんだという人もいる。あるいは、地下鉄に乗っていたらいきなり絡み出すジジイもいる。国による。

ネットではアニメマンガという。まあ、たしかにそうです。人気です。若い人には特に。それから北野武映画。そして何よりも今あついのが、風雲たけし城。タケシキタノはサイコーだという。

でもこれは、日本すげーっていうんじゃない。ああ日本人人間だなって共感されている。仕事ばっかりしててお金持ちなだけが日本人じゃなくて、自分たちと同じように感じて、恋愛もして、そしてバカもやって笑ったり。なんだ、おんなじ人間じゃんって。日本のものが若い人たちにうけているって、そういうことだ。

そういうソフトイメージが広まりつつあるっていうのは、すごくいいことだと思う。風雲たけし城ひとつで会話ができて、僕もバカをやりながら、そして友達も作れる。だから、マンガにもアニメにも、そしてビートたけしにも風雲たけし城にも、心から感謝している。本当だよ。

だけど、これって日本すげーって意味じゃない。人間人間だって当たり前のことを言っているに過ぎない。ま、それはそれで凄いことでもあるが、でも勘違いしちゃいけない。日本だって普通の国だし、日本人だって普通人間だ。日本すげーっていうのじゃない。

別方面から。たとえば日露戦争。いまでもトーゴーって叫ぶジジイがいます。あのころイギリス極東日本同盟しただけでも列強は驚いたそうだが、日本ロシアに勝ったというイメージ(その実質はともかくとして)の影響力は当時かなりのものだった。そこから、第一次大戦後のウ゛ェルサイユ会議では、英米仏伊の次が日本だった。明治維新からたかだか50年、よくやったもんだ。そこは、別に卑下してみせることはないと思う。

でもね。日本すげえってのはみっともないんだ。アメリカすげえと露骨にいうアメリカ人は痛い、イギリスすげえと態度で示すイギリス人はおちょくりの対象フランスすげえと頭が高いフランス人は嫌われ。それと同じこと。日本すげえと思うのは個人の自由だが、それでなお普通でいる。過度に卑屈にならず、たかぶらず。この感覚が大事なんじゃないか。

2008-11-01

http://anond.hatelabo.jp/20081031194514

>「発表の場」としての個人サイト絶滅する。

さすがに絶滅はしないと思うなあ。極端化はすると思うけど。

↓この人の意見に近い。

 

http://www23.big.or.jp/~nag/naagle/archives/2008/11/post-105.php

 

たしかにはてなでホットエントリー化すると、すごいヒット数を稼げるけど、

かーずSP」とか「カトゆー」とかにリンクされるほどの影響力は無いと思う。

 

力の足りない人間が寄り集まって作り上げるコンテンツは面白いけど、

一流の人間が作り上げる魅力には結局敵わないだろう、というのが俺の持論。

天野喜孝pixivに、さだまさしmyspaceに、篠山紀信flickrに、北野武youtube

投稿を始めるようになったら、その意見を認めなくもない。

2008-10-19

僕はビートたけしが大好きで、著作は、絶版になったものまで探して読んでしまう。映画は、北野武監督作品では『その男、狂暴につき』しか見たことがないんだけど、近いうちに全部見ようと思っている。『オレたちひょうきん族』のビデオとか、『オールナイトニッポン』のテープも、どうにかして手に入れたい。

この間、こんな夢を見た。

ビートたけしヤクザの組長で、僕がたけし組長の運転手、ということになっていた。一丁前に、ベンツベタだけど、夢の中でも“ヤクザベンツに乗る”ということになっている)なんか運転させてもらっている。たけし組長は黒いスーツサングラス。後部座席に座っている。顔がルームミラーに映っていて、すごい迫力。映画『HANA??BI』のビートたけしだ。ちょっと怖いけど、かっこいい。なんだかうれしくて、自然に背筋がピンと張った。ていねいに運転しようと思った。

「おい、おまえ。暇だから、そこのコンビニ適当文庫本、2,3冊買ってこい」

「はい」

車を路肩に駐車して(なぜかコンビニ駐車場ではない)、小走りにコンビニに入って、急いで本を選んで、レジに持っていった。愛想のない店員が、レジを打っていた。動きもダラダラと面倒臭そうだし、あげく、文庫本の値札シールをはがすのに失敗して、本に汚いシールの跡をつけた。それなのにまったく表情を変えず、気に留める様子もなく、そのまま袋に入れようとしている。あんな汚い本を持っていったら、たけし組長に怒られる。もしかしたら殺されるかも…。

馬鹿!おまえ、なにしてんだよ!シールの跡、汚ねえだろ!」僕は今、運転手とはいえども、ヤクザの一員なんだから、躊躇せず、すんなり文句が言えた。「なんとか言えよ!」

「あー」店員は相変わらずの無表情で、「あーすいません」

かなり頭にきたけど、外にはたけし組長を待たせている。モタモタできないし、相手にするのをやめた。

「覚えてろよ!」

コンビニを出て、車に戻って、

「組長、聞いてくださいよぉ。コンビニの店員のやつが…」

事情を説明すると、たけし組長は、

「よし。今晩、やるぞ」

かっこよかった。

その夜、数台のベンツで、そのコンビニの前に乗り付けた。店員を脅しつけて、全員縛り上げて、店を締め切った。なぜだかわからないけど、そのコンビニの奥のほうには、畳敷きで床の間のついた和室があって、宴会用の長いテーブルまで置いてあった。売っている商品も魚の切り身とかが多くて、コンビニというよりもスーパーの食料品売り場のようだ。

店の商品を使って料理の準備をし、いや、気がついたらもう準備されていて、たぶん組員であろうスーツ姿の人たちが20人くらい席についていた。よく見ればそれはたけし軍団で、見たことのある顔ばかりだ。すぐに宴会らしきものがはじまった。

時間かが過ぎて、宴会がほどよく盛り上がってきたころ、突然、警察が踏み込んできた。みんな、蜘蛛の子を散らすようにパーッと逃げた。オレも逃げなきゃ、と思ったけど、なぜか逃げ方がわからなくてオロオロしていた。その時、グレート義太夫が、裸に白いブリーフ一枚という姿で、両腕を上げて、「ワーッ!」と言いながら、窓から庭(なぜかコンビニに庭がある)へ逃げていった。それを見て僕は、なるほど、あんな風に逃げればいいんだ、と思って、義太夫さんのあとを追おうとしたんだけど、いくら探しても靴がない。そんな非常時に、なぜ靴を探そうとしたのかわからないけど、靴を置いて逃げることがやけに心残りで、ギリギリまで探していた。だけど、どうしても見つからなくて、仕方がないから裸足で庭へ出て、走って逃げた。

そこでいきなり場面が切りかわって、僕は車の助手席に乗っていた。車を運転しているのは、なぜかうちの母。場面はかわっても、なにかから逃げていることに変わりはないようで、山の中の峠道を、すごいスピードで走っている。なにしろすごいスピードだから、カーブにさしかかるたびに対向車線に飛び出して、もう、本当に危ない。タイヤがキーキー鳴っている。

「かあちゃん落ち着けよ!線からはみ出るなよ!」

何度も叫ぶんだけど、母はまったく気にも留めない様子で、表情は真剣そのものだ。それは、“事故を起こさないように気をつけている”真剣さではなくて、“ 絶対トップに立ってやる!”という真剣さだ。と言っても、他に走っている車はいないようだし、わけがわからない。

どういうわけか、対向車線を走っているのは車ではなくて競馬馬で、しかも5,6頭が横に並んで走っている。道路はきちんと舗装されているのに、なぜか土ぼこりが舞っていた。

夢にはまだ続きがあったような気がしたけど、すっかり忘れてしまった。なんだ、これは。別にどうでもいいんだけど…。

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