「アイドル映画」を含む日記 RSS

はてなキーワード: アイドル映画とは

2018-08-21

anond:20180821141938

60年代までの邦画は凄いから騙されたと思って観とけ

とんでもない役者たちが凄まじい演技でしのぎを削ってる

ベタ過ぎるけど黒澤・小津・溝口とかね

ヌーヴェルヴァーグとかその頃の邦画模倣や誇張だよ

他だと小林正樹岡本喜八あたりは今見ても凄まじい

ただここまで遡らないとマトモな映画が出てこないのは暗澹たる気持ちになる

で、70年代映画テレビに負けて階段下りるようにレベルがガクガク下がってく

80年代に入るとアイドル映画ジブリ映画といった演技のえの字もない稚拙映画に支持が集まるようになる

これに加えてバブル崩壊以降はテレビたまたま当たったもの劇場版粗製乱造されだすようになる

この頃に邦画は完全に死んで今も死んだまま、失われた20年じゃなくて失われた30年だな

今も変わってないでしょ?年間興収ランキングアニメアイドル映画テレビシリーズ劇場版ばかり

ドラマはシラネ

2016-09-02

咲-Saki-実写化を考える

実写版ちはやふる面白かった。実写化の噂がある氷菓もちゃんと丁寧に作れば面白くなりえると思う。

でも実写版咲-Saki-は何をどうやったら面白くなるのか見当がつかない。

 

例えば、忠実にっつってピンクや赤や紫のカツラをかぶってカラコン入れた超ミニスカート女子が目にCGの炎を浮かべながら麻雀を打つ図というのを想像したら、これはもう何をどう頑張っても寒い

 

個人的な好みだけど、現実的じゃない髪色や髪型キャラ現実世界を歩くのが好きじゃない。ワックスでがっちり固めて原作と同じ髪の形にしたりとかも。

別に髪の色とかを原作そのままにしなくても、そのキャラらしさは出せると思う。漫画アニメから成立するものというのは確かにある。

 

髪や語尾等は突飛な感じを抑えて、部活にかける思いとか仲間との交流とか試合の緊張感の雰囲気なんかを前面に出して、部活青春群像劇として描くのがいいかもしれない。

咲-Saki-本編というよりもシノハユっぽい感じで。けどその場合麻雀試合をどうしたものか。

地味な競技であっても、たとえばポーカー勝負スリリングに描いた名作映画なんかもあるにはあるので、面白く描くのは不可能とは言わないが難易度はかなり高い。そもそも麻雀ルール認知度が低い。花や炎や電気アバターのようなケレン味あふれる演出は、麻雀を知らない人にもどちらが優勢か、どれくらい相手が強いのかを分かりやすく示す役割も大きい。観客やチームメイトリアクションでどうにかなるだろうか。不可能ではないとしても、作る上での難易度さらに上がりそうだ。理想を言うなら、実写版るろうに剣心殺陣くらいのケレン味バランスが望ましいのだけど。

 

あれこれ書いたけどまあ無理だろうなとは思う。きっとコスプレアイドル映画だろうなとも思う。B級映画も嫌いじゃないのでそういう楽しみ方もできなくはないかもしれないけど、原作が好きだとちょっとキツい。

いちおう公式サイトは時折チェックするつもりではいるけど実写版を見るかっつったらたぶん見ません。

実際に見て面白かったりしたら教えてください。

 

終わろうと思ったところで1つ思いついた。ドラマを4話の後に劇場版というのが、4話のドラマがそれぞれ清澄編・龍門渕編・風越編・鶴賀編で劇場決勝戦とかだったらちょっと面白そう。そしたら見る、かも。

2016-07-15

http://anond.hatelabo.jp/20160714102559

もしかしてテーマっていうもの勘違いしてない? いや勘違いは言いすぎかもしれないけど、自分範囲を狭めすぎてない? ケチをつけたいんじゃなくて、もったいない映画は娯楽派の自分としては思います。なのでテーマ部分の内容について余計なおせっかいなどを書いてみる。

まず、映画に限らず、テーマっていうのは観客・読者が自身で見つけ出すもので、○○をテーマにした映画からそのテーマを楽しまなくちゃ理解しなくちゃダメ! て法はない。

そして物語作品は何もワンテーマ・ワンアイディア限定して作られてるわけじゃないのだから見出しうるテーマは多様に潜在している。だからもっと自由に好きなように観ればいいのでは?

初代ゴジラなんて設定からして明確に反戦反核テーマなんだけど、街を破壊し人々を殺戮するゴジラを観客が応援することは間違ってない。いや矛盾してるし間違ってるかもしれないけど、それでかまわないっしょ。

例えばゴーン・ガールを楽しんだ独身自分からすると、あれは結婚生活の話としてではなく性別すら関係なく「他人コントロールしたがる人」の邪悪さの話、人間に対する興味の話としてみてた。羊たちの沈黙冷たい熱帯魚みたいにある種のヒーローアイドル映画的な楽しみ方というか。もちろんこの見方強要するわけじゃないよ。

そもそも作品におけるテーマ至上主義は行き過ぎると、不謹慎不道徳作品をそれに理由批判することになる。ファイト・クラブテロリスト肯定の話で許せない!とかにいっちゃうわけ。そりゃテーマで善し悪しを決めるんだからそういう視点にもなりかねないよね。そうやってテーマを中心に考えると、結局はテーマの正誤を考えることになってしまう。ゴーン・ガール結婚生活の話だから面白くない、という考え方で、ネタバレまで検索しながら作品を探してるともしかして結局はそういうところに行き着いてしまうのではないかなあ、と。

もちろん内容が思い出せないとかつまらなかったのは好みの問題なので仕方ない。けどそこで(メインで扱われていると思われる)テーマが切実でないか意味がない作品、と考えを限定する方向に向かうのは結局は行き詰まりなんじゃないの、ということね。例えば増田的な見方で考えれば、他人人生まで消費し着飾った自分演出するゴーン・ガール主人公は究極の反消費社会反資本主義反面教師と捉える余地もあるのに、自分でそれをオミットしちゃっているのではとか、お節介ながら思ったりしました。(こんなこじつけはやろうと思えばいくらでもなんにでもできるのであまり意味はないかもしれないけど)

自分にとって切実なテーマを追い求めるのは重要なことだろうけど、それ以前に物語テーマを語る説教じゃなくて物語のものを楽しむものなんだから優先順位を変えた方が楽なんじゃないかと思う。

もう虚構物語に興味が持てなくなってるとかだったら仕方ないけど、ネタバレ検索して映画を探すくらいだからまだ物語自体を欲求してるんだろうから、どうせならたくさん楽しめた方がいいんじゃないかなあと思うわけです。そうじゃないなら、嫌味ではなく素直に実用的な情報を得る方がいいんじゃないかと思います

2016-03-13

http://anond.hatelabo.jp/20160313020618

日本日活を中心に昔から任侠映画が盛んだったから、抵抗感があまりないんだと思う。

任侠映画には当時の大人気俳優が出演してた。だからアイドル映画的な側面もあった。

一方アメリカではゴッドファーザーなどがあるが、マフィア映画は意外と少ない。

仁侠映画と、じゃあ現実暴力団に対する考え方や見方の違いはあると思うし、実際に近隣に暴力団の人がいて

その人と何らかのかかわりがあるか無いかでも違いはでてくるはず。

寛容だ、抵抗感がないというのは、映画漫画ゲームというファンタジック世界に対してだけで、

現実暴力団に対しても同じということはないはず。

2015-11-27

東京に出たいと思うようになった原体験

僕が上京したいと思うようになった原体験中学時代にあると思う

当時オタク世界に浸かり始めた僕の住んでいた地域では民法が2局、フジ日テレしか映らなかった(今もケーブルテレビに加入しない限り2局のままだが)

当然深夜アニメなんてまったく観れないので

書店で取り寄せてもらっていた月刊アニメ雑誌の中にある「○○アニメ化!」なんて記事は遠い世界のものだと諦めていた

テレビ東京系列放送」という文字を悔しい思いで見ていた

今のようにネット上で気軽にアニメが見れるサービスは普及していなかった、もしくはあっても知らなかったし、我が家スカパーにも入っていなかった

そんな日々を送る中購読しているアニメ雑誌ひとつ記事が目に飛び込んだ

「○月○日、深夜26時より『フジテレビ系列』で放送開始」

やったぞ!フジテレビならうちの県でも映る!

もうかれこれ15年くらい前の話になので正確に覚えてはいないが

そのアニメ別に原作が好きだったわけでもないし、内容に興味があったわけでもない

しかし、僕はこのアニメのファンになろうと決意した

アニメ雑誌ネットで話題になっているあのキャラやこのキャラの「現物」を見ることができなかった僕にとって、そのフジテレビ系列てで放送する深夜アニメは、(オタク)社会自分を繋ぐ蜘蛛の糸のような儚い希望だったのだ

で、迎えた放送当日

だいたい予想つくと思うけど

新聞テレビ欄に載ってなかったのを「アニメから載せないんだろう」と超解釈して夜更かししていた僕の目の前に突きつけられたのは

本日放送は終了しました」の画面だった

その後「いや…全国の小学生が夢中になったポケモンデジモンですら再放送しかやってなかったじゃないか…きっと一週遅れでやるに違いない」

としばらくテレビをチェックするも一向に放送する気配はない

そしてうちの県ではこのアニメはやらないんだと気づいた時僕に残ったのは強烈な憎しみだった

うちの県で放送してくれないフジテレビアニメ会社?側に対する憎しみもあったが

それ以上にフジテレビ電波に乗って確かに来ているはずのアニメをあえてカットする地元に対しての憎しみが強かった(現実的にはそんな単純な理屈ではないが当時の僕にはそう感じられた)

このクソ田舎には僕のような気持ち悪い異端を許容できないのだ

田舎の枠からはみ出すものを望むことは許されないのだ

そう言われている気がした

その反面簡単にオタクコンテンツを浴びるように触れることができる東京には

僕みたいなキモヲタでも存在を許される場所として強烈な憧れを抱くようになった

あのときの想いは、見きれないほどの深夜アニメ放送されている東京関西に住んでも、ネットアニメ見放題の時代になっても、そしてなんだかんだで地元に戻ってきてアニメなんかまったく観なくなった今でも残っている

アニメ経済効果無視できなくなり、町おこしアニメなんか作ってアニメに媚びたり

放送してないアニメ映画田舎ではまずありえないほどの観客動員数を記録しブッチギリ映画ランキング一位をとっていたりするのをみて

「ざまあみろ」

という気分になっている

(そもそも15年前だったら県内の映画館では例のアイドル映画は放映されることはなかっただろう)

…とまあ長くなったけど

とにかく僕の「東京コンプレックス」といってもいい東京への憧れは

いろいろな原因があるけれど、大元をたどればこのとき経験なんじゃないかと思う

2014-05-13

ワイおっさんアイドル映画を観て泣く。(「百瀬、こっちを向いて。」の感想)

百瀬、こっちを向いて。」という映画を観に行った。

平日仕事終わりの劇場だったからか、男性客が数人。おそらく皆、主演の早見あかり(元ももいろクローバー)目当てで来た客だろうと思う。

大多数の事情しらない方に簡単に説明すると、早見あかりとは、今をときめくアイドルももいろクローバーZ」の元メンバーである彼女が「女優になりたい」と言って脱退した後、「ももいろクローバー」は「ももいろクローバーZ」に改名し、あっという間にブレイクした。

その、早見あかりの、女優としての初主演映画が、この「百瀬、こっちを向いて。」であるバラエティ番宣はしているものの、TVCMもない、露出もそれほど多くはないこの映画を観るために劇場にやってきた片手で数えられそうなぐらいの男性客が、すべて彼女のファンであることは疑いようがない。

私もそうだ。というか、私こそがそうだ。

普段はもっぱら洋画しか観ないのだが、今回ばかりは

「どうせつまらないアイドル映画だろうけど、まあファンだし」

早見あかりがかわいく映っているシーンが1つでもあれば、すべてを許そう」

これぐらいの、かなり後ろ向きな姿勢で、お布施のような1,800円と2時間弱を投じた。

結果。

私は、この低予算の「アイドル映画」に、まんまと心を揺さぶられてしまった。

恥を忍んで告白するが、少しだけ泣きもした。

主演の早見あかりのファンであるということを差し引いて観ても、見どころのある映画だったと思う。

私は、映画館には月に2~3回足を運ぶ程度の「普通の人よりは少し観ている」レベル映画ファンだ。今年観た映画の中では、「ダラス・バイヤーズクラブ」「ウルフ・オブ・ウォールストリート」「アクト・オブ・キリング」の3本が良かった。この3本は、誰にでも「一見価値あり」と勧められる、いわゆる「名作」だったと思う。なんだか上から目線で話しているような気分になってむず痒いが、他に言いようがないから許してほしい。

上から目線ついでに、さらに不遜な言い回しを続けさせてもらうならば。

今回観た「百瀬、こっちを向いて。」は、正直に申し上げて、今、例にあげた3本の映画のような「名作」ではなかった。

「そんなことは観る前からわかっている」

と言われるかもしれない。

「そもそも、アカデミー賞ノミネートされるような映画と比べること自体、間違っているじゃないか」

とも。

確かにそうかもしれない。

アイドル映画なのだから

私の目で見てもわかる、演者若さゆえの演技の拙さ。不必要に思えるカメラのブレ。

また、簡単にあらすじを説明すると、「恋人はおろか、同性の友人すら少ない引っ込み思案の男子高校生が、ひょんなことから百瀬という同級生と、恋人のふりをすることになる」というところだろうか。

ネタバレなるかもしれないが、この後の話の展開は、あらすじを読んだときに「きっとこんな話になるんじゃないか」という予想を超えることはない。名作と呼ばれる低予算映画インディー映画にあるような、驚くような展開も見られない。

この映画は、もしかしたら「佳作」ですらないかもしれない。

それでも、私は、この映画をとても面白いと思った。

好きだ、と言ってもいいと思う。

作中。主人公は、早見あかり演じる百瀬陽の、物憂げな、どこか捨て鉢のような横顔を眺めながら、恋人のふりを続けるうち、少しずつ、彼女のことが本当に好きになってしまう。

私は、その姿を見ながら、どこか懐かしい気持ちになっていた。月並み言い回しを重ねるならば、

「浸っていた」

と言い換えてもいいかもしれない。

ここで述べておきたいのが、私が「懐かしい気持ちになった」というのは、主人公が「いつの間にか百瀬を好きになってしまった」という主人公の心の動きについてではないということだ。

確かに、若い時分は、青年期や壮年期にくらべ、幾分恋に落ちやすい傾向にはあると思う。人は突然恋に落ちる。それも、深い穴の中に落ち込んだ後、見上げるような形で、いかに自分が深みにはまっているのかということに気付く。

しかし、それはいくつ年を重ねたところで同じことだ。異論はあると思うが、私は「いくつになろうとも、いつの間にか人を好きになってしまう」ものだと思っている。例え恋人家族がいたとしても。まあ、これは余談だが。なんにせよ、この点に関して「懐かしい気持ちになった」わけでは、決してない。

私が「懐かしい気持ちになった」のは、主人公が「ただただ横顔を眺め続けることしかできない」ところについてだ。

年を重ねれば、女性を1対1のデートに誘うことも、「かわいいね」とお世辞を言うことにも慣れる。けれど、最初は誰だってそうではなかった。

好きな女性の顔をまっすぐ見ることができない。話しかけることができない。手を握るなんて、もってのほか。ただただ横顔を眺めている時間けが過ぎていく。そして、彼女は私のほうを向いているときでも、どこか遠くの、誰かのことを考えている。

百瀬、こっちを向いて。」は、恋する女性の、美しい横顔を眺め続ける映画だ。

横顔を眺めながら、彼女の気持ちを推し量る。

もちろん答えなんて出ない。

何を考えているかからない。

それでも、その横顔の美しさに惹きつけられて、目を離すことができなくなる。

またしても、陳腐言い回しを用いることを許してほしい。

この主人公はまるで僕だ。

つないだ手を握り返すこともできない。涙を流す女性の肩を抱きしめることも、追いかけることもできない。憎むべき相手に殴り掛かることもできない。引っ込み思案の少年

そんな少年が、なけなしの勇気を振り絞って、自分の思いを伝える瞬間が美しい。

もっとも、現実の私には、そんな瞬間はついぞ訪れたことはないけれど。

いや? あったか

あったかもしれない。

--------------------

最後にいくつか。またも不遜な言い回しになるがご容赦願いたい。

物語に驚くような展開は見られない」と書いたが、抑制のきいた台詞回しや、いくつかの場面における演出については、思わずニヤリとさせられた。また、原作にないいくつかの要素やディテール、終盤の展開については、どれも物語プラスの方向に向かわせる気の利いたものだったと思う。

そして、何よりも早見あかりについて。

彼女の表情、わけてもその横顔の美しさが無ければ、凡百の青春映画しかならなかったのではないか?」とすら思わされるほど、彼女の魅力こそがこの映画の推進力・吸引力にだったと思う。私は映画を観ている2時間弱で、完全に魂を持っていかれ、引ったくりにあったような心境で劇場を後にした。

文中、やや蔑称のような形で括弧つきの「アイドル映画」という表現を使ったが、これは、「登場人物の美しさこそが物語屋台骨であって、これが欠けると作品自体が成立しない」という広義の意味合いを色濃く含むことを強調しておきたい。

--------------------

http://momose-movie.com/

公式サイト

最初に表示される早見あかりの横顔を美しいと思ったなら、この映画には劇場で観るだけの価値がある。

「早見さん目当てで見始めたが、途中からすっかり百瀬のファンになっていた。」というのは、画家山口晃コメント早見あかりが、現代日本において5指に入るであろう美術家が「今、一番美しいと思う女性」と評する女優であるということを末尾に指摘しておきたい。

2014-01-03

5 : 名無募集中。。。[] 投稿日:2010/10/02(土) 00:52:58.62 0

背は高いほうがいい

脚は長いほうがいい

胸は大きいほうがいい

なんで顔だけ小さいほうがいいっていう風になってるんだろうね

6 : 名無募集中。。。[] 投稿日:2010/10/02(土) 00:53:50.12 0

昔は顔そのもの重要で大きさなんてどうでもよかった

当時のアイドル映画見ると主役のアイドルよりも脇役の方がスタイルがよかった

2013-09-04

マスダ80年代女性アイドル論~薬師丸ひろ子

これまでの記事。

80年代女性アイドル格付

マスダ80年代女性アイドル論~松田聖子論

マスダ80年代女性アイドル論~中森明菜論

マスダ80年代女性アイドル論~小泉今日子論

マスダ80年代女性アイドル論~インターバル


脇道から入りましょう。

資生堂松田聖子デビュー以来サポートしてきた企業でしたが、『Rock'n Rouge』の時に聖子はカネボウのCMに出演し、カネボウの業績が大きく伸びるきっかけになっています(『Rocn'n Rouge』の歌詞唐突に"pure, pure lips"と入っているのは口紅のCMに用いられたからです)。このことについて、当時、資生堂からは聖子を裏切り者扱いする声もありましたが、聖子をイメージキャラクターとして徹底して囲い込まなかった、資生堂戦術ミスでしょう。カネボウは一時期、資生堂に追いつき追い越せで急成長するのですが、元々は紡績会社であり、旧部門を整理しきれず、経営資源を集約化できない決断力の無さを「ペンタゴン戦略」と言い繕っていましたが、そのことが結局、命取りになりました。好調だった化粧品部門は今は花王の子会社です。

先年、アメリカではコダック社会社更生法適用を申請しました。写真フィルム業界は事実上日本2社、アメリカドイツがそれぞれ1社の寡占市場で、高収益を見込める市場だったのですが、ご存じのとおり、デジタル技術の普及によって市場が壊滅しています。その変化に対応しきれなかった、ということでしょう。

生物学では適者生存と言いますが、パラダイムの変化が起きる時に、真っ先に滅びるのは最適合していた強者です。似たようなことは生物史においてだけではなく、経済歴史文化においても起こっています

日本映画大国です。アニメーション映画も含めて年間400本以上制作されていますが、制作本数が割合多い方の国であるドイツの制作本数を日本人口に比例させて置き換えれば300本程度なのですから、相対的にも日本映画産業好調な国だと言えます。この映画産業が壊滅的に縮小したのが70年代であって、言うまでもなく、これはテレビの影響です。どこの国でも映画産業模索時代を迎えていたのですが、世界市場を持つアメリカ映画しか生き延びることは出来ないのではないか、そういう見方もありました。そのアメリカ映画でも従来の大手映画会社による支配が大きく崩れ、独立系の新進の若い映画人たちが大量に参入し、映画産業を立て直してゆくのも70年代のことです。ルーカススピルバーグらもそういう人たちでした。

日本映画製作会社大手五社のうち、日活はロマンポルノに特化し、大映はテレビドラマ向けの撮影所だけが存続しました。東映松竹東宝映画製作会社としては規模が大幅に縮小して、「洋画の興行」と不動産事業で何とか生き延びていたような時代です。日本映画はそのまま衰退していたとしてもおかしくはありませんでした。こう言う状況を受けて、70年代末期には独立系の志のある映画人、新興の映画製作会社市場に参入しています。代表的な企業としてはキティフィルムで、80年代には『うる星やつら』や『銀河英雄伝説』の制作で知られる、アニメーション制作スタジオとして有名になりましたが、元は映画製作会社で、『限りなく透明に近いブルー』を映画化しています

もうひとつ、大きな足跡を残したのが角川書店角川春樹事務所)です。薬師丸ひろ子はこの両企業の黎明期の作品に関わっています。そういう意味では日本映画復興を象徴する女優でした。


角川春樹事務所映画製作に乗り出しのは、本を売るためであって、メディアミックスの先駆けでした。メディアミックス戦略映画産業にとって荒天の慈雨となったのには理由があります。角川のように、映画出版、両方に関係していれば、グロスで元が取れればいいわけです。極端な話、映画の興行は赤字でも、本の売上で補えるなら、映画を作る意味はあります映画単体の採算ラインでは撮れなかった映画も撮れるようになりますし、制作費の規模自体が拡大するわけです。角川春樹映画人ではなかったからこそ、新しいビジネスフォーマットを提示することが出来たのです。

角川映画嚆矢は『犬神家の一族』ですが、『人間の証明』『野生の証明』と大作を毎年制作しました。この頃は、映画になりやす原作を選んでいましたが、本を売ることも目的ひとつなので、原作になる本は長ければ長いほどいいわけです(それだけ売れますから)。80年代アニメーション映画化した『幻魔大戦』は作品の長さで選んだきらいがあります

角川映画テレビCMをどんどん流し、サウンドバイトなコピー流行語になりました。『人間の証明』で言えば「母さん、僕のあの麦わら帽子、どうしたんでしょうね」です。続く『野生の証明』のキャッチフレーズが「お父さん怖いよ。何かが来るよ」でした。「母さん」の次は「お父さん」なのでしょうか。これは劇中、薬師丸ひろ子が演じる少女セリフのままです。


薬師丸ひろ子は『野生の証明』の一般オーディションを経て、デビューしています。当時14歳中学2年生です。どういうつもりでオーディションに応募したのかは分からないのですが、当時東京在住の女子学生にとって、あまり深い意味はなく、応募したのかも知れません。と言うのは、『野生の証明』で名を売ってからも、高校に進学するまで、薬師丸の芸能活動は抑えたものだったからです。当人も親も、深く考える間もないまま、日本中の喧騒に巻き込まれていった、その中で「普通であることを一生懸命守ろうとした、そういう感じです。

アイドル映画に出ることは多いのですが、薬師丸の場合は映画に出た後にアイドルになっています。その映画アイドル映画ではなく、日本映画界が渾身の力を込めた大作『野生の証明』で、監督スタッフキャリアがある人たちで、共演は高倉健という、新人デビュー作品としてはこれ以上はないほど、グレードの高い環境でした。おそらく薬師丸は今もってデビュー作ほどの環境に恵まれた現場は他には知らないでしょう。

彼女は日本映画界の最後王道を通って女優になった人です。アイドルとしてデビューしたわけではありませんが、彼女は日本中に知られ、彼女の台詞日本人なら誰でも知っているまでになりましたから、そうなってみれば彼女は角川映画資産です。彼女と言う資産をどう展開するか、それがその後の角川映画課題になりました。

薬師丸は学年で言えば松田聖子よりは3学年下になります。けれどもデビュー自体は2年早い。80年代と言う時代が聖子によって、聖子と共に輪郭をくっきりと明瞭にしたのだとしたら、薬師丸はその前に、登場した人です。70年代の色彩を持っている、だからこそ選ばれた、ということになります

70年代は学園闘争の時代が終わり、ノンポリティカル雰囲気が前面に出てきた時代ではありますが、成長がすべてを癒すのだとしたら、その果実がまだ蔓延なく行き渡っていない時代です。国民意識の総中流化が完成する一歩手前、むしろその完成が近かったからこそわずかな差違が表層に反映された時代でもあります。その時代に逢って薬師丸は本当の中産階級が持っていた無意識象徴する存在でした。

無意識は持てる者の特権です。異端は常に、自分が他と違うことを意識させられます無意識はいられないのです。薬師丸には70年代若い世代、それも東京山の手若い世代無意識が濃縮された形で詰め込まれています。薬師丸は男女の同級生の中で自然にリーダーシップをとる女子の役を多く演じているのですが、そのような存在無意識存在できたのは70年代東京だけだったでしょう。80年代には女子の商品化が進み、いずれの女子も商品としての自分無意識でいられることは出来なくなるのですが、70年代はまだマルキシズムの残り香のようなものがあって、ある意味都市部では若い女性の意識がニュートラルであることを許された最後時代かも知れません。

から薬師丸にはどこか、連合赤軍日本赤軍の流れみたいなものを感じます。彼女が政治見解として左翼的マインドを持っているということではなくて、ノンポリティカルであるがゆえに、マルキシズムの持っていた理想のようなものの流れを維持して、そこから生じた文化的な派生の中に身を置いている、そういう印象があります

それが以前言った、薬師丸にはジュヴナイル的な匂いがある、というものの正体です。

薬師丸は『野生の証明』以後、言ってみれば角川が彼女の鮮度を維持するために『戦国自衛隊』でカメオ出演させた他は、初主演で本格的に芸能活動を開始したのが、1980年公開の『翔んだカップルからです。高校2年生になっていました。この『翔んだカップル』は相米慎二の初監督作品でもあり、制作は角川ではなくキティフィルムです。やがて90年代にかけてそれぞれのジャンルで主流を担っていく人たち、そういう人たちが80年代最初期のこの時期に、ジュヴィナイル路線で台頭してきた、エポックメイキング意味がこの今ではほとんど知られていないこの作品にはあります。翌年、相米監督と薬師丸は『セーラー服と機関銃』で再び組むのですが、特に演技指導が厳しいことで知られる相米慎二洗礼を受けて、それだけに日本映画の最も濃厚な部分を最初から薬師丸は味わったことになります

今、『あまちゃん』で共演している尾美としのり主人公天野アキの父親役)とは『翔んだカップル』以来の付き合いで、尾美としのりもまた80年代日本映画界のジュヴナイルルネサンスの中心にいた俳優です。尾美としのり大林宣彦監督作品にほぼ漏れなく出演していて、大林監督は「彼は私の作品の署名のようなもの」と述べていますが、薬師丸が続いて出演した『ねらわれた学園』の監督大林宣彦です。

大林監督70年代後半、ホリプロに起用されてアイドル映画を撮っていますが、80年代以後は角川映画の印象が強い人です。『時をかける少女』は原田知世主演のアイドル映画でありながら、同時に自身の代表作品である尾道三部作の中核をなしているように、相当に監督側に委ねた撮影になっています(だからこそ今なお『時をかける少女』はアイドル映画の枠を超えて傑作として継承されているのですが)。

ねらわれた学園』は角川映画プログラムクチャとして初めて手掛けた薬師丸主演映画です。原作は当時の10年前の世相を背景にしていますが、それだけにジュヴナイル雰囲気特に強い作品です。この映画は、大林監督の名を売ると同時に、主題歌松任谷由実の『守ってあげたい』もヒットしました。松任谷由実の第二次黄金時代きっかけになった作品です。ただし楽曲の完成度自体は、第二次黄金時代に入る前、むしろ低迷期の方が出来がいいのですが。

この、『守ってあげたい』という楽曲も、ジェンダーフリーという意味において非常にジュヴナイル的です。ここでは女子は守られる側ではなくて、守ってあげたいという主体的な立場に立っています。こうして考えてみると80年代少女商品化の進行は、供給者としての少女立場を強めるのと同時に、主体的な消費者としてジェンダーとしての女性立場を弱めたのではないかという疑いが濃厚になってきます

私は薬師丸を理系的と言いましたが、薬師丸の映画キャラクターの10年後、20年後想像してキャリアのある姿は思い浮かべられるけれども、専業主婦ではおさまりがつかない、そういう印象があります。しかし松田聖子の場合、当人の生き方別にして、パブリックイメージとして結婚して主婦になって物語にエンドマークがつく、そういう側面を強化した面もあるのではないでしょうか。


一般にはアイドルとしての薬師丸のキャリアは続く『セーラー服と機関銃から始まります。ここから彼女は主題歌担当することになったからです。

角川映画は主に大作路線を手掛けていましたが、大作では数が作れません。これ以後、薬師丸らを主演に据えて、小品を季節ごとに提供してゆく、そういう手堅く儲ける路線に転化しました。薬師丸にとっては主演映画連続でしたが、初期の現場環境の完成度の高さに比較すればむしろ規模が縮小した感じもなくはなかったと思われます

歌手としての薬師丸の特徴は、中音域を含めてファルセットで歌い通すということで、本来のファルセット意味合いとは異なる用い方をしています。単に高音域をカバーするというのではなく、美空ひばりが「七色の声」と言われるように、歌唱に表情をつけて楽曲としての魅力を強める意味合いがあります。全編をファルセットで歌ったアイドルとしては天地真理がいますが、非常に嘘っぽい。そういう印象があります。薬師丸の場合は幸か不幸かファルセットも地声に近い印象があって、嘘っぽさはないのですが、表情に乏しい分だけ分かりやすい上手さもありません。

上手い下手で言えば、今聴くと異常に上手いなと感じますし、当時も上手いとは思ってはいたのですが、歌唱世界観が合いすぎて、印象に残らない、個人的にはそういう感じがあります

鉛筆で例えるなら原田知世は2Hで薬師丸は2B、松任谷由実がそう評したことは以前に述べましたが、薬師丸はわりあい線が太い、それが持ち味であるのに、薬師丸は歌唱では輪郭をぼやかしていますリアリティが無い。歌の題材も10代の少女不安げな感じをテーマにしているのですから、それが世界観に沿っているというならばそうなのですが、輪郭が細いのではなくて薄い、引っかかるところがないのです。ファルセットは本来、「引っ掛かり」として用いられるものですから、それで押し通すのは、強弱の表情が歌唱から無くなってのっぺりとなってしまうことを意味しています。非日常常態化すれば日常です。

彼女の楽曲では『Woman~"Wの悲劇"より』が比較的その弊害を免れているのは、歌詞が生々しい情事を歌っているからです。実態が生々しい情事であるからこそ、そこで用いられた詩的な表現が美しく浮かび上がりますし、薬師丸の加工的な歌唱現実の中のファンタジーにとどめられていて、現実と言う力を持っています。『探偵物語』や『メインテーマ』では、あら、きれいね、で終わってしまう、その傾向があります

器楽として美しいだけに、表現として弱いのです。

角川映画主演作品で主題歌を薬師丸が歌う、と言うのがアイドル薬師丸の代表的なフォーマットであるとすれば、実はそれに相当するのはシングルでは4曲しかありません。『セーラー服と機関銃』『探偵物語』『メインテーマ』『Woman~"Wの悲劇"より』だけです。『Wの悲劇』を最後にして、彼女は角川映画角川春樹事務所を離れ、それ以後も、主演映画主題歌を歌うというフォーマットは続きましたが、そこから先はもう、アイドルとしては取り上げなくてもいいでしょう。

続く

http://anond.hatelabo.jp/20130904155640

2013-02-08

http://anond.hatelabo.jp/20130208114051

萌えで売ってる」と言えるのは、キャラ萌えメインコンテンツとして、その魅力を最大限に引き出すために、ほかの要素を犠牲にするような作品だと思ってる。昔で言えばアイドル映画とか、アニメなららき☆すたみたいな日常系のやつとか。

萌えキャラの不自然さを鑑みれば、萌えキャラが出てきた時点でその魅力を最大限に引き出すために他の要素は犠牲にされていると言えるんじゃね?

らきすたで線引きする意味わからん

2012-01-04

綾瀬はるかの『ICHI』がクソすぎ

ソ映画だとわかってて見たのにそれでも見てられないぐらいの凄さだった。

一応全部見なきゃいけないと思い録画して早送りしながらなんとか最後まで見た。

メモする価値あるぐらいのクソ加減だったので以下備忘。


綾瀬はるかが全く演技をしない

他の映画での綾瀬の演技を見た事がないので断定できないが

おそらくはそもそも度を越えた大根なのだろう。

が、『ICHI』では演技が下手っていうレベルを超えているのでまるで演技する気がないように見える。

一瞬何か意図的な演出なのかと思ってしまうほど演技をしない。


だいたい綾瀬演じる市は

極度に感情も表情も乏しく能動性の無い女、というつまんない人格に設定されていて

ほとんどのシーンでただ周囲の人の話を無表情無反応に聞いてるだけということになる。

こんな役を大根にやらせるので、本当に「ただ立ってるだけ」「座ってるだけ」をしていて、演技する気がさらさら無い。

(このただ座ってるだけの女にオッケーをだす監督も凄い。

 そんなのモブでもあっちゃいけない筈だが綾瀬は主役だ。)


アイドル映画ならもっと必死に頑張るような役をあてるべきで、

そういう役ならちょっと大根でも客もわかってるので楽しめる。

静かな役なんかだけはやらすなと言いたい。


まりの異様さに「こいつなんなの……!?」と違和感を覚えるのも最初だけで、

視聴者はすぐに市がどうでも良くなる。

他の登場人物も全くキャラが立ってないにもかかわらず。

まり映画全体がどうでも良くなってくる。

眠くなるのとも違う新感覚


お話幼児向け以下

悪役は中村獅童演じる「万鬼」という剣客が頭目の不良グループだが、

この万鬼は顔の火傷で仕官出来ないのを悩んでるだけのしょっぱい奴で

万鬼党は狂気破壊衝動で暴れるだけの、バカが好んで描くタイプの悪役。

経済観念すら乏しくわざわざ住み心地悪そうな岩場に男だけで住んでおり

唯一の寄生である宿場無意味殺戮を始めるようなアッパッパーから

話の溜めもクソも何も無い。


悪い親分のところに市が上がりこんで行って

下手に出たりとぼけたり脅したりするような駆け引きも全く無い。

ほとんどショッカーレベルの悪役なので中学生以上だとシラフで見ていられない。

日曜朝の30分戦隊物でも『ICHI』よりはマシな脚本を書いている。マジで


(一方、善良な民衆側の宿場の顔役は復帰直後の窪塚洋介がいつものあの抑揚で演じているが

 全てが意味不明な『ICHIワールドの中では大変好感の持てる常識的なアンちゃんに仕上がっている。

 この映画を見た人間はみんなちょっと窪塚洋介を好きになれる。)


多分時代劇も全く知らない

・八州周りが宿場にやってくると街道民衆が総出で土下座大名か。

・八州様を宿場の顔役達が供応してるところに脈絡も無く万鬼党襲来。

 よりにもよって八州様の目の前で住民の殺戮を始める。

時代劇ではヤクザと結託するワル八州が珍しくないので、

「やや展開が無茶だけど万鬼党に抱きこまれてる八州だったかー」と思って見ていたら

 血刀下げた万鬼党は震える八州の胸倉を掴み「見なかったことにしろよな!」恐喝


無頼の主人公が八州周りを殺しちゃうトンパチ展開も時代劇では稀にあるが、

田舎ヤクザが八州周りを単純に脅しつけて帰す展開は何気に史上初なんじゃないだろうか。

カツアゲ現場を目撃した下級生ぐらいのノリで扱われる八州様。

脚本書いてる奴〇ね。


そもそも市は盲人なのか?

綾瀬演じる市はただ杖持って伏し目がちにしてるだけ。

盲人の剣客、という役作りが物凄く大雑把に、

1「ちゃんと盲人の挙動研究し真似する」

2「その上で自分なりの市の癖を作る」

だとして、

1すらやる気が全く無い。


歩き方も話掛けられたときの反応も何もかもが健常者。

一応目をはっきり相手に向けないことだけはしているが

内向的な市の性格なので多分目が見えても同じような動作になる。

平時でも修羅場でも、耳や全身で周りを窺う演技がまったく無い。

製作陣にも綾瀬にも多分その発想すらない。

市の挙動は常に、ただ物事への反応が鈍い重度の鬱病さんかなんかにしか見えない。


というか、これさあ、製作陣は盲人を描く気なんか無かったんじゃないか

なんか意図があっての事か、単にめんどくさかったのか、なんだかわからないが。

(少なくとも市の盲目設定を取り除いても『ICHI』には全く支障が起きない。

 ただの性格暗いいじめられっこ女剣客、で成立する。)



また、斬り合いだったら斬り合いで、

どんな大根でも大根なりにやるような、

息を詰めたり飲みこんだりするような演技も綾瀬は全くやらない。実力伯仲の命懸けの斬り合いでも。

クールビューティとかそういう問題ではなく、もはや製作陣は脳や神経に障害がある。

こいつらが持ってる感情演出手法は目の端からポロリと流れるふざけた一粒涙だけ。

映画の山場に凄くいい加減なラッシュで明かされる市の過去

 ダイジェストレイプされる市の目の端から同じ涙がポロリと流れるのはもう完全にギャグ


殺陣シーンが無茶苦茶

酷すぎる。

下手とかじゃなくてもはや意味不明

監督剣劇なんてもんに全く興味が無い上に勉強する気すら無いのが雄弁に伝わってくる。

ピンポン』の卓球シーンでもスローモーションの絵さえあれば

動きの流れにケレンミ・リアリティどっちも求めない凄い奴なのはわかっていたが

ICHI』ではそういう酷さが悪化している。


例によって綾瀬はるか大根を越えた大根であるうえに

その綾瀬の棒みたいな動きばっかりクローズアップする撮り方するので

もうどういう攻防なのか誰にもわからない動きをする。

手傷を負うシーンは必ず腕や腿がアップになって服が破れるカットで説明し

どういう流れでそこを斬られたかは多分考えるつもりすらない。


時代劇を見てれば殺陣の下手糞な役者なんかはいくらでも出てくるし

アクション映画見てれば動きの悪い役者もいくらでも目にするが

ICHI』はそういうのとは次元の違うことが起きている。


スローモーションでバチャバチャと血を出すのだけはお気に入りみたいで、

 市も蹴られて盛大に血を吹くがあれはどう見ても内臓破れてるレベルの量。

 何も考えて無いからどうでもいいんだろうが。)


主役は大沢たかお

市が能動性皆無なので

実質的な主人公は大沢たかお演じる浪人

稽古中の事故母親に怪我させてから真剣が抜けなくなった」という

万鬼の顔面コンプレックス匹敵するぐらいしょーもないトラウマでグジグジ悩む男で

万鬼党との戦いに加勢しては刀と鞘を持って「抜けないいいい」とパントマイムをするのが持ち芸。


毎度渾身の力で刀を抜こうとするが

鞘が磁石でくっついているかのように1ミリも抜けない。

いや、真剣が抜けない」ってそういうことじゃないだろ。

この演技指導した奴も素直に従う大沢たかおも、脳腐ってんのか。



一応筋を最後まで書くと

この浪人は市に「心を閉ざすな!」とか説教をして

それを綾瀬はるかはお得意の何も演技をしてない「本当の無表情」で聞き流し、

でもなんか心が動いて戻ってきて

大沢と相討ちになった万鬼にごっつぁんトドメを刺します。

宿場は救われた!終わり。


だんだん浪人に惹かれていった(ような描写は乏しいので鑑賞者が補わないといけないけど)市の脳裏一杯に

フラッシュバック的に大沢たかお笑顔が映し出されるとこが感動シーンの最高潮ですが

盲人の市がどうして浪人の顔を知ってんでしょうね。

そこは聞き覚えた声とかかつて握った手とかで演出しろよと感じます

前述の通り市の盲人性を真面目に扱わない製作陣にはどうでもいいことだった。


やっぱり市の性格おかし

根本的な間違いとして、

盲人という重要感覚器が一個閉じてる主人公に、

更に自閉的な性格をあててしまったらどうにも話が成り立たない。


もともとの勝新太郎座頭市

なんだかんだ言いつつ相当な世話焼きで、

腰は低いけど欲も意地もあるし優しいしよく怒る。

性根の悪いヤクザからかったり脅したりもする。

これぐらい濃い人格が噴出してくるから目の見えない体と釣り合いが取れる。

北野武座頭市だって勝版とは相当に色々違うが、

 主役の人格はやはりアクの濃い悪い奴になっている。)


いっぽう綾瀬はるか座頭市

中学生が初めて書いた小説の主人公みたいにおもしろみのなーい傷心由来の内向的性格

こんなもんを目の見えない体に入れたらそりゃ話が動かずつまらん事になるのは当たり前。

監督脚本は何考えてたんだろう一体。

おわり。

2008-03-13

宇宙一詳しいデビルマンのあらすじ 1/4

この記事は、たにゅ: 宇宙一詳しいデビルマンのあらすじミラーとして、記事作成者本人が投稿するものです。

本家の記事は、しばらくしたら消えます。

この記事はデビルマン祭りに便乗した記事です。祭りについてはまとめサイトを参考に。→http://howaan.hp.infoseek.co.jp/

ナス夫妻」ってのは、だんな(那須博之)がデビルマン監督担当、妻(那須真知子)がデビルマン脚本担当なので、この記事の中ではまとめてそのように呼んでいました。

はてな匿名ダイアリーの文字制限があるみたいなので、4分割します。

宇宙一詳しいデビルマンのあらすじ 1/4

http://anond.hatelabo.jp/20080313111254

宇宙一詳しいデビルマンのあらすじ 2/4

http://anond.hatelabo.jp/20080313111227

宇宙一詳しいデビルマンのあらすじ 3/4

http://anond.hatelabo.jp/20080313111147

宇宙一詳しいデビルマンのあらすじ 4/4

http://anond.hatelabo.jp/20080313111011

-------------------------

0.00.30 暖炉の前で餓鬼2人(黒髪と銀髪メッシュ)が字のない絵本を読む。

0.01.00 「アキラ!おまえも仲間になれ!」仮面をかぶる。かぶってまた絵本を読む。

0.01.30 怪物の絵本のアップ 回想シーン終わり

0.01.50 CG画面に移り、タイトル画面「DEVILMAN」

0.02.00 学校の校庭 トラックでは陸上部が長距離走、内側ではハードル練習。

0.02.15 ひょろひょろのもやしっ子が二人、アヒルのように両手をぷらぷらさせながら走ってる。

0.02.20 黒髪のもやしっ子がトラックの真ん中でいきなりころころと転がる。そしてハウーンウンウンと唸る。

0.02.30 銀髪メッシュもやしっ子は10メートルほど進むが戻ってきて黒髪の隣で足踏み。で、結局走っていく。その間ずっとアヒル走り。

0.02.45 黒髪が銀髪を見つめる。銀髪は何をやっても一番という設定らしい。アヒル走りで長距離の練習をしている陸上部員の方々の横をダッシュ。

0.03.00 黒髪、校門の前に来たスポーツカーに乗る。運転者は銀髪。見つめあう黒髪銀髪。この時点で笑いをこらえるのに必死な私。もちろん、オヤジの免許を変造、という原作のシーンは無し。

0.03.15 二人がやってきたのはショッピングモールであることに二回目で気付く私。中学校の中庭かと思っていた。

0.03.20 向こうからヒロインが走ってくる。手を振り腰を振りミキちゃ-んと応える黒髪。以後、三人の会話。黒髪とヒロイン相思相愛お気楽コンビ、銀髪は無表情という設定らしい。

0.03.45 「同じ顔なのに・・・」というヒロイン。反す刀で「他人でよかった」というヒロイン。顔が似てる他人という設定らしい。

0.04.00 銀髪の後姿。銀髪以外の景色は暗くなる。素人目にもしょぼい効果。画面は暗転。この画面のどこに十億円が・・・

0.04.10 牧村家の表札を数秒間見せられる私達。そういえば原作ヒロイン苗字は牧村だった。晴れてる。玄関に花がある。やっぱり花がある。車庫は車と花がある。で、このシーンは何を暗示してるのかなと聞いてはいけない雰囲気。

0.04.25 黒髪は天涯孤独ヒロインの家に引き取られているということをわざわざ説明してくれる。同時にこの黒髪は致命的に滑舌が悪いことが判明する。アメンボ赤いなあいうえおとかやったのか?北島マヤさんみたく。

0.04.31 ヒロインの父(以下ヒゲ)が庭で新聞を読む。庭で?目を悪くしちゃうよ。と思ったらいつの間に曇ったんだ?10秒前に見せた新緑の木漏れ日は何だったんだ?

0.04.40 ケーキを作るヒロインに黒髪がなぜ朝っぱらから?と聞く。ヒゲがおまえのケーキだ、という。

0.04.50 黒髪のためにサプライズパーティーをやるつもりだったのにヒゲのバーカ、と、わざわざフランス料理のコック長のコスプレをしながら言うヒロイン。バレバレですがな、という突っ込みは言ってはいけないらしい。どうやら、

0.04.55 さっきから新聞を手に何かやりたがっていたヒゲ。ごめーんと新聞に半分顔を隠すヒゲ。ああこれをやりたかったのね。家族の団欒を描きたいらしい。

0.05.20 家族そろって朝食。このシーンにどんな意味があるの?団欒ね。団欒。それにしても不味そうに味噌汁を口にする黒髪。

0.05.30 いつの間にか学校、輪になって黒髪をリンチしている生徒さんが3人いる。

0.05.45 銀髪には絶対手を出すな、俺がゆるさねぇといって生徒さんたちに向かっていく黒髪、ひょろひょろしてます。ダッシュをしたいのか、やられまくっている感を出したいのか、中途半端です。

0.05.55 クビを左右に振る黒髪。こういう小動物みたいなところに腐女子は惹かれるのかなーと思っていつつ、きっとこれはリンチを表現したいんだろうと解釈する。

0.06.05 口を半分あけたままぐわぁと叫んで仰向けになる黒髪。ああ、倒れたのね。

0.06.10 三人で順番に発言しながら黒髪を罵る生徒さん。

0.06.15 画面下方からいきなり新たな生徒さんがにょきっと出現。「中学のとき、・・・」とその生徒さんが語り始める。何が起こったのかわからない私達。

0.06.20 後頭部で画面をジャックしていた生徒さんの上半身が正面から移る。回覧板みたいなものを左手に抱えている。(以下回覧板

0.06.25 黒髪を虐めると銀髪がキレるよ、と説明する回覧版。交互に会話する不良な生徒さんたちと回覧板

0.06.30 いきなり回想シーン。口をポカーンとあけたまま植木バサミをちょきちょきする中学時代の銀髪。キレているシーンなんだろうと推測してあげる私達。

0.06.40 銀髪が黒髪を虐めた奴の指をちょきっとする。切られた指をいじったあとその指を放り出して救急車を呼ばせる黒髪。黒髪が銀髪の暴走を止めたらしい。

0.06.55 回想終わり。指を切られたのは実は回覧板だった!って、黒髪に指をいじられたことは無視してます。黒髪のおかげで助かったとか言ってます

0.07.05 回覧板が、銀髪に手を出すな、とか言ってますが、私達は聞いていません。回覧板の髪型に注目。後頭部に数本のエクステンションがくっついてます。金がないから数本だけなのか?と突っ込んではならず、ピアス中途半端エクステンションがこの監督の言う不良なんだろうと解釈してあげる私達。

0.07.15 手にしていた回覧板を見せながら説教する回覧板。光が反射して回覧板の内容がいまいち見えない。

0.07.20 ベンチプレスをやる黒髪。正しいベンチプレスの方法を誰にも教えてもらえなかったらしい。

0.07.30 屋外にバーベルを置いても錆びないのか、と心配する私達の疑問に応えるかのように、運動場から黒髪を見つめるヒロイン

0.07.35 中腰になって右手で顔を覆い、そこから去る黒髪。

0.07.45 どのようにリアクションしていいのか分からないヒロインは運動を続ける。

0.07.50 今度は女のいじめられっこ登場。体育館裏でいじめられてるぞ。やっぱり交互に発言するいじめっ子(女)

0.08.00 ヒロインが戦わなきゃ、とか言ってハンドボールを投げて、いじめられっこ(以下、川本さん)を助ける。

0.08.25 口をあけたままヒロインを見る川本さん。やっぱり口をあけたままりりしい表情を作ろうとするヒロイン。ティーシャツの下はブルマーなのか短パンなのか、この太ももは黒髪銀髪コンビよりもりっぱだな、でも奴らよりもはるかに節制の跡が見られるので高感度アップだぜヒロイン、と思う私。

0.08.30 ティーシャツの下は短パンだった!でもこのヒフク筋とヒラメ筋は運動未経験者の足だな。と思う私を尻目に川本さんの手を取る。約20秒かけてその場から立ち去る。

0.08.50 誰かの足。

0.09.06 銀髪の足だった。銀髪が教室に入る。スイマセン、とか言っちゃってる。

0.09.20 黒髪の顔を見てキレる銀髪。キレて鉛筆を折る銀髪。いじめっ子の生徒さんたちは三人で机ごと後ろに下がる。ギャグシーンなのかシリアスシーンなのかの判別はつきませんでした。

0.09.30 銀髪をなだめる黒髪。銀髪はちゃんと口を閉じてるぞ。高感度アップだ頑張れ銀髪。

0.09.40 やっぱり口を開けっ放しでシリアスなせりふを言う銀髪。親父が死んだ。

0.09.45 親父が死んだ、といった瞬間にスポーツカーに乗り込もうとする二人。

0.10.00 銀髪から渡されたヘルメットビデオ再生機を被る黒髪。近未来っぽさを出したいのだろうと推測。原作が提示した『「現代」の「あなた」の日常が壊されていく恐ろしさ』を描くのは辞めたんだね。ちなみにこの先近未来っぽいシーンはほとんどない。

0.09.55 だから車の鍵にピーポ君のキーホルダーをつけたり、小指を立てたまま鍵を回したりするとこのシーンがシリアスなシーンなのかギャグなのかが分からなくなるんだよ。

0.10.00 動画再生中。銀髪のお父様らしき人がいる。胸骨のあたりに手を当てたままポーズを固定して告白。

0.10.40 南極で新しいエネルギー資源を見つけたと思ったらデーモンでした、と。

0.11.05 私も何千人もの職員もデーモンに体を乗っ取られましたよ、と。もちろん、その後、「何千人もの職員さんたち」は出てきません。

0.11.10 銀髪のお父様の別荘に到着。

0.11.30 家に入り、思わせぶりに部屋のドアを開ける。大きな内臓になってしまった人発見

0.11.35 ああ、あああぁ と、言う黒髪。多分叫びたいのだけど腹筋が足りないのだと推測。

0.11.50 駄菓子屋で売ってるスライムみたいなのの中でピコピコ動く人はデーモンに合体されたオヤジだと銀髪が告白。

0.11.55 合体ってなんだよ、と聞く黒髪。さっきの動画デーモンに体を乗っ取られたって説明したことをすっかり忘れている監督さん。

0.12.17 叫ぶお父様を無視してしゃがみこむ銀髪。俺もデーモンに合体されたんだ。と告白。

0.12.40 ころしてくれよ。by銀髪

0.12.45 ナイフを黒髪に手渡す銀髪。

0.12.55 もみ合う二人。

0.13.00 銀髪が吹っ飛ばされる。黒髪よりも遥かに体力があるという設定を忘れたんだね、監督さん(以下ナス)。

0.13.15 お父様が気になる黒髪。口を開けてぼーっと見入る。その後姿を銀髪が見つめる。

0.13.20 お父様の中から輝く精子が出てきて黒髪のおなかの中に着床。

0.13.50 黒髪がデビルマンになる。後ろからお父様が近づく。

0.14.00 勇者アモンが復活したぞーとか言って喜ぶお父様。

0.14.05 目を開けてモフワーというデビルマン

0.14.20 戦闘開始して数秒でお父様が砕け散る。

0.14.30 滅びろ、デーモンとか言ってます。

0.14.40 ドラゴンヘッドノブオみたいなペイントを顔にした黒髪に変身。猫背になって左肘を前に出し、「アイーン」と「今何時だろう」の中間のポーズを取る。以降、このポーズは何の脈絡もなくしょっちゅう出てくるのでデビルポーズと呼びます。

0.14.45 よーく見ると背中から三十センチくらいの羽が生えてます。

0.14.55 銀髪がサタンになってます。忠に浮いてます。なぜか指の形が阿弥陀如来です。

有名な糞台詞開始

0.15.00 黒髪「おまえ、きれいだな。」 

0.15.25 黒髪、さっきなんのためらいもなく殺したくせに「おれがころしたんだよな」

0.15.35 黒髪「アハーおれデーモンなっちゃったよ」(因みに「ちゃ」にアクセントがきます。今風の発音?)

0.15.40 銀髪「違うよ、デビルマンだよ」(「ビ」にアクセントがきます。今風の発音?)

0.15.50 黒髪「デビルマン?」(同じアクセント

0.16.10 銀髪「体はデーモンでも心は人間だ」と言いながら降りてくる。黒髪の手を取る。ちょっと声を大きくして「ハッピーバースデーデビルマン!」

0.16.15 数秒間もやしっ子二人の上半身を見せられると、突然画面が変わり、私服の黒髪がどこかの部屋で、うつ伏せになってる。糞台詞終わり

0.16.45 目覚めて、夢かと一息、ヒロインに呼ばれる。ああ、ここは自宅だったのね。

0.16.50 ヒロイン、ひげ、ヒゲの妻から中古バイクプレゼントされる黒髪。ちなみに、この一家の演技は、休日にやってた戦隊ものに出てくる被害者のご一家の演技を彷彿とさせます。特に母親演技が。

0.17.20 謝る黒髪。

0.17.30 ストーカーヒロイン笑顔を大きなビデオカメラで撮影する。

0.17.35 黒髪らしき人がバイクを運転、その後ろにヒロイン

0.17.50 制服のまま海沿いを運転。どこへ行くのかはもちろん分かりません。全てにおいて脈絡がないからです。

0.18.00 校庭に到着。オープニングで観た校庭。

0.18.20 あのさあ、もし俺が人間じゃなかったら、とかいう台詞はもうちょっと深刻ぶって発音した方がいいと思います。せっかくヒロインが、え?人間?と熱演してるのに。

0.18.25 回覧板回覧板を持って走ってくる。

0.18.30 不良な生徒さんたちが黒髪を囲んでいます。(だから何の脈絡も・・・)

0.18.35 あ、囲まれてるのは銀髪でした。相変わらず交互に発言する生徒さん。

0.18.50 走る黒髪(アヒル・・・)。さっきの回覧板は「銀髪が不良に捕まった!」と言いに来たのですね。

0.18.55 黒髪が止めろと言う。銀髪が両手をポケットに突っ込んだまま去る。

0.19.00 起こった不良たちが交互に黒髪に攻撃。黒髪よける。

0.19.10 回覧板ヒロインが走ってくる。

0.19.45 黒髪が不良を蹴り倒す。(ワイヤーアクションスローモーションを使ったしょぼいアクション有り。)それを見た回覧板が「何で?」

0.19.55 制服のままデビルポーズをとった黒髪の後姿を見て「かっこいい!」とヒロイン

0.20.00 海沿いを走るバイク

0.20.05 岩のアップ。岩の向こうから黒髪登場。

0.20.15 岩の上には回覧板がいた。「何書いてんだ?」ってどこにも絵を描く道具が見えませんが何か?(背中で隠れていたらしい)

0.20.17 海女さんのアップ。

0.20.20 回覧板スケッチブック

0.20.30 延々と雑談回覧板は絵が好きなんだってさ。

0.20.55 銀髪が「俺は悪魔なんだよ」と言ってきたときのことを夢に見るんだってさ。そりゃそうだ。ほんの数分前、サタンになってたしね。

0.21.05 ささやきながら「銀髪には気おつけろ」(「お」ってのが今風の・・・)と回覧板

0.21.20 白い髪の悪魔っぽいイラストと銀髪がオーバーラップ

0.21.25 イラストを見ながら口を半開きにする黒髪。

0.21.30 海、海女さん、岩、回覧板、黒髪、という構図。

0.21.55 回覧板と黒髪に友情が芽生える。

0.22.00 ストーカーヒロインを撮影。

0.22.15 月を背景にデーモン登場。詳細不明、羽が見える。

0.22.20 自室にいる黒髪。黄色いTシャツを着ている。ロゴ「A」。(本名アキラだから)

0.22.30 黒髪のひとりごと。敵がほしい、戦いたい。

0.22.35 アモン、アモンと女が呼ぶ。どうやら天井裏にいるらしい。というかトミナガアイです。シレーヌきました。

0.22.45 足元からずずーっと頭までシレーヌを写す。レオタードっていうか肩紐のないスクール水着で、色は白。白い羽のカツラを被っているのだけど、前髪からも側頭部からも真っ黒い髪が登場。うーん、草なぎ剛

0.22.55 トミナガのウォーキング。本職。

0.23.00 おまえは誰だ?→おまえが生まれた場所に行けば分かる。 ってどうやって移動するのだろう。ここ、屋上だし。

0.23.20 行こう、と手を出す富永(手には白い手袋)。黒髪、その手を取ろうとする。

0.23.30 この10秒を使って、トミナガの手を取ろうか取るまいか迷っている演技をしたかったんだと思う。

0.23.40 黒髪の手を取ったまま後ろ歩きをするトミナガ。いかに歩いてもウォーキング

0.23.45 カツラからばさっとCGで羽が生える。

0.24.00 ヒロインが黒髪を探し回る。屋上も探す。黒髪はいない。というか、移動シーンはきっと省くな、こりゃ。

0.24.25 トミナガが落とした羽毛がわんさか残ってる。ヒロイン、それを手にとって見つめる。

0.24.30 ノブモードになった黒髪。CG無しのトミナガと対峙。

0.24.50 やっぱりモデル歩き。スタイルがいいっていうけど、スクール水着でおなかのぽっこり感が強調されてる。というか、妊娠してんのかよ。僕の恋人の方が遥かにおっぱいが大きいし腹も引っ込んでるぞ。ヨガやれ、ヨガ。私の恋人は毎晩一時間ずつヨガをやってるぞ。

0.25.05 トミナガが、「おまえは人間なんだな、滅びろ」と言いながら空手風のポーズをとる。そして飛ばずに走る。

0.25.10 バトル開始、トミナガと黒髪が、ヤアとかオオとか言う。(棒読み

0.25.30 全身CGモードになるトミナガ。無表情。それに応じてデビルポーズをとるノブオ風の黒髪。

0.25.40 黒髪も全身CGデビルマンになる。

0.25.45 空でバトル。

0.26.00 羽が飛び散ったと思ったらデビルマンビルに叩きつけられる。

0.26.10 バトル再開したと思ったらデビルマンが地面に叩きつけられる。

0.26.40 空中戦が再開したと思ったら、トミナガがデビルマンのおなかを爪でこする。

0.26.55 地面に叩きつけられたデビルマンが吐血。それを見守るシレーヌ

0.27.35 「だみだ」(ダメダと発音したいんだと思う)という黒髪(変身が解ける。)滅びろ、と言って手を翳すトミナガ。

0.27.40 真っ暗な画面、扉が開き、銀髪登場。「シレーヌ」と叫ぶけど、カツゼツが悪いので聞き取れた人はほとんどいないと思う。

0.27.55 銀髪の別荘の庭に黒髪が横たわる。目が覚めた黒髪と銀髪が雑談。主に黒髪と融合したデーモン本名アモン)について。

0.28.30 銀髪「シレーヌはアモンが好きだったんだ。アモンに会いたかったんだよ。」(この発言はスルー

0.28.45 黒髪「おまえどうして俺の居場所がわかったんだ」銀髪「デーモンだからだよ」(だってさっきサタンだって見せたばっかりだしね) 二人が無言で歩く姿をスローモーションにして延々と上映。(だってアイドル映画だしね)

0.28.20 二人の会話。銀髪「デーモンはナガナイヨ、アギラ」(デーモンは泣かないよアキラ、と言いたいのだと思う。カツゼツが・・・)

0.29.35 閉店間際のカフェでくつろぐ二人。店員さんが掃除をしてる。

0.2945 デーモンは弱い生き物だから他の生き物と合体する、とか言ってます。原作の設定を捨てた理由は明らかにされてないです。それにしても黒髪は不味そうに物を口にする。

0.30.25 俺はヒロインを守るためにデビルマンになった、とか言ってます、黒髪が。え?デビルマンになったのは強い意思があったからじゃないの?ヒロインを守ろうってまだ襲われてもないじゃん。原作みたいに風呂場で襲われてないじゃん。

0.30.30 そう思わないと、耐えられないんだよ、とか言ってます。そのあとも口の締りの悪い二人が運命がどうとか言って会話してます。(この「耐えられない」ってのが何か推測できませんでした。)

0.30.50 黒髪、朝帰り。それを待つヒロインが一言、「不良!」この監督にとって朝帰ってくると不良なのです。

続きます→http://anond.hatelabo.jp/20080313111227

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん