はてなキーワード: 頓服とは
主に出された順。
ジェイゾロフト→診断された時から最近まで一番長いこと飲んでいたが2年ほど経っても効果はわかんない。副作用なのか吐き気がとにかくひどかった。
リーゼ→頓服で出た。やはり効果はわからないので止めてもらったけど、これもある意味副作用なのか、なぜか肩こりが軽くなったのでしばらく処方してもらっていた。
レキソタン→転院前のクリニックで処方受けたらしい。ごく一時期だったので飲んだことすら覚えてない。お薬手帳に書いてあった日付によると、たしか親友の結婚式当日にもかかわらずどうしても気力が出ずに(祝儀や着替えの準備とかができない)「今日一日だけでもなんとかしたい」と医師に泣きついた記憶だけは鮮明にある。
ワイパックス→頓服で出た。これがなんかいちばん効果がある気がする。飲むと気が楽。
レンドルミン→海外長期出張前に時差ぼけ対策でもらったが、やはり効果は不明。トレドミンとこれを間違えて服用してしまったりするので個人的にはややこしい。
通院が終了して1年たったので書いてみる。
一昨年の夏、パニック障害と診断された。
通勤電車の中で突然激しい動悸、過呼吸、めまい、体の震えがおき汗が止まらない、「早くここから出ないと死ぬ」みたいなので頭がいっぱいになって本気で死ぬんじゃないかと思った。
次の駅で降り救護室で休んで1時間後にはすっかり回復してたけど、病院に行って検査した。
特に悪いところは見つからず。
会社に行って同僚に症状を話すと「パニック障害かもね」と言われた。
ああ、やっぱりかと思った。
その前の年にすでに何回かパニック発作らしきものは経験していた。
電車乗ってるときに無性にそわそわして結局途中で帰っちゃったり、急に「ここから逃げなきゃ」という感覚に襲われたり。
トイレに逃げ込んで30分ぐらいずっと出られないとか(大丈夫と思って出てもすぐ戻ってしまう)、必死でその場所から離れようとして柱に頭ぶつけて気絶したこともあった。
その後雑誌でパニック障害の記事を見てこれなのかもなとうっすらとは思っていた。
結局また2日後くらいに発作が出て、その足で心療内科に行った。
あっさりと「パニック障害ですね」と診断され、朝晩と頓服でソラナックス(抗不安薬)を処方された。
やっぱりこれは病気なのか、いつ治るのか、一生薬飲まなければならないのかと絶望的な気分になった。
「治ります」なんてほんとかよ、と。
電車乗るのつらいから会社行けなくなるのかな、旅行もできないななんて考えてた。
医者はストレスが原因と言っていたが、原因となるストレスが思い浮かばなかった。
仕事はかなり暇、嫌な客やうるさい上司や先輩がどうこうというのもなかった。
ただ今思えば「仕事がないこと」がストレスだったのかもしれない。
ひどいときは2駅ずつ降りてた。
薬はだいたい30分くらいで効くので、家を出る時間から逆算し薬を飲む。
音楽聴いて気を紛らわせたり、始発の電車に乗り座って寝てしまう。
呼吸がおかしくなったときはベンチに座って上半身を太ももにくっつけるような体制でしばらく待つ(この体勢か腹這いになって寝るのが一番呼吸が楽と本に書いてあったから)。
あと突発的なことにほんとダメージ受けやすく「信号待ちです」とか「前の列車で急病人の救護を・・・」なんてアナウンスが入り電車が止まったときなんて冷や汗でまくり。
他にも恐怖だったのが、待つこと、列に並ぶこと。
並んでる途中で「どうしよう逃げられないどうしよう」と何度思ったことか。
もう一生ディズニーランドには行けないと思った。
90分も120分も並ぶなんてできない、と。
東京では大して問題ではなかったが、帰省したときにこれもダメなのかと気付いた。
運行が様々な要因に左右されやすく電車以上に怖い。
親には黙っていたので、車で送ってもらうときはとにかく渋滞が起こらないことを祈ってた。
発作を出ないようにするための生活習慣の改善はほとんどやったと思う。
神経を刺激して発作を誘発するといわれるタバコ、お酒、カフェイン、炭酸飲料をやめた。
セロトニンを増やすため豆類(納豆・豆腐・味噌)や乳製品を積極的に取り米食を心がけた。
あとは十分な睡眠時間の確保、なるべく日光に当たるようにするなど。
発作出るのが怖くて外出しなくなりがちらしいので、なるべく短い距離でも出かけるようにした。
出かけるときは必ず薬と発作の予感を抑える冷水、気を紛らわせるミンティアやガム・アメの類を持って歩いた。
日光浴の効果は不明だけど、食生活の改善はかなり効いたのではないかと思っている。
不安感自体は3ヶ月ほどでかなり薄れ発作の回数も減り、薬を朝晩飲むのは止めた。
仕事が少し忙しくなり飲み忘れることがあったが平気だったということがきっかけだったと思う。
その後はっきりとした発作が起きたのは1回だけだ。
これから先も1年に1回くらい発作は起こるかもしれない。
でも対処法をすでに習得しているし、「パニック発作では死なない」ということを認識しているからもう大丈夫だと信じている。
一昨年の夏にもう一生できないかもと思っていたことをこの1年でできた。
ドライブにも行けるようになった。
今はもう、パニック障害だったことがただの思い出となっている。
二か月前に引越し、新しい耳鼻科を受けたのですが、何故か喘息の認定を受けました。
3年前にも引越し、耳鼻科を変えましたが、そこでも喘息との判定を受けたことがありませんし
1年前に外科で受けた精密検査(心電図、聴診、触診、X腺、血液検、尿検など)でも喘息は告げられず、健康診断を受けても喘息と判断されたことはありませんでした
いづれの検査でも、アレルギー性鼻炎と扁桃腺肥大と言われるだけでした
更には「今まで喘息の治療を受けたことがない!?間違いなく貴方は幼少期からの喘息だというのに、よくも貴方生きて来れましたね。普通死んでますよ。」とまで言われました
因みに、喘息の理由は「ヒューヒュー、ゼーゼーといった喘鳴」ではなく、息をしていないという理解不能な理由でした
息してないなら死んでるじゃん!って突っ込んだのですが、「辛うじて呼吸をしているんだよ」などと言われました
「そりゃあ口内炎だらけで、扁桃腺もはれてて、まともな呼吸ができるはずないじゃないですか、息したら痛いんですよ」
等という私の主張もすべて無視してくださいまして、是が非でも私を喘息にしたかったようです
(素人判断は駄目、医師の判断が優先というのはわかるのですが、論理がサッパリ通っていなかったのです)
(季節の変わり目に喘息の発作は起きる、などと書かれていたのですが、季節の変わり目に体調が悪くなるのは喘息じゃなくても同じでは…?)
それと、私は友人に喘息を持った人がいるので、喘息の発作がどのようなものであるかは知っているのですが、そんなの起きたこともありません
日常生活で自転車で疾走したり、一人暮らしなので部屋で激しく踊ることがあるのですが、全く発作などおきません
煩いと言われるほどに声も大きく、肺活量も普通だと思います
薬に関しても、依然受けていた薬は一つたりとも貰えず、全く別の薬を頂きました(以前の薬は教えてあります)
因みに、今回この医院に通ったのは、扁桃炎と鼻炎を抑えるための薬をもらいに行こうとしただけです
まさかこの様な事態になるとは思いもしませんでした
そして、もらった薬が碌にきかないので、炎症を抑え熱を下げるのに一番重要そうな「ソランタール」という薬剤を調べてみたんですが、喘息患者向けの鎮痛剤で、喘息発作が起きづらく、作用が弱いという情報がありました
そりゃー効かんわってことです
どうも喘息患者にロキソニンなどほかの鎮痛剤を与えると、発作が悪化しやすいそうですが、私はロキソニンを扁桃炎にかかった際、ほぼ必ず服用しますが、全く発作が起きたことはありません
むしろ以前通っていた耳鼻科では、なくなったら貰いに行くレベルでした
どうもロキソニン以外は効きが悪いんですよね
っていうか、ソランタールが頓服扱いなんだけどどういうことなの…
(ロキソニンは一日3錠だった)
別に気にせず飲むけどさ…
お陰でひえぴたはって熱を和らげる始末…
抗生物質はアレグラを頂いたのですが、これも効きがイマイチなんですよね
オラセフが欲しかったのですけど…
まぁ、もうあの耳鼻科には行きません
来週来てくれと言われましたが、あそこ行くくらいなら400円払って前の耳鼻科行った方がマシです
ついでに、前の耳鼻科に行く機会があれば、喘息かどうかは聞いてみようとは思う
絶対喘息じゃないと思うんだけどねー
「言ってることは分かるけど、でも、君の人生のほうが大事なんだから、今は休むことを考えなさい」
と言われた。つまり、休職しろという通知。人事より。
仕事のパフォーマンスが落ちているな、と感じ始めたのは1月くらいからだった。社内に吹き荒れるリストラの嵐。部下が、同僚が次々と去る。そんななか、俺は超重要案件を独りで回してるという理由でそのリストラ対象からはノーマークだった。ただ、頼りにしていた仲間たちが消えていくことで、自分が指示者ではなく、作業者を兼任することを余儀なくされていることは感じていた。まあ、いつもの俺ならそのくらいはなんとかなる、ハズだった。
2月。社内政治は混乱を極め、俺は作業も指示も出来ず、ひたすら社内政治の調整だけを行っていた。ただ、その時はそれがこの先の仕事の成功につながると信じていた。
3月。協力して仕事をしている部署が、まるごと別の会社にたたき売られることになった。頼りにしている担当者も、辞めた。その頃から、焦燥感が強くなっていた。
「このままだとヤバい。確実にこのプロジェクトは沈む」
その言葉だけが、脳裏をずっと飛び交っていた。
4月。さようなら協力部署。これからは君たちとお金の話をしなくちゃいけなくなった。とたんに増えるファクター。代替となった担当者の不理解。焦燥感はより強くなる。そして、人間のリストラが一段落したあと、プロジェクトのリストラも始まった。超重要案件とはいえ、バジェットがでかい。あいつらはいったい何をやっているのか。説明を尽くした。もはや会社上層部の意向一つで潰せる案件ではなくなっていること。いや、潰せはするが、その後の代償はどれだけのものなのか。一応PMの地位にある俺ですら、全容は把握できなくなってきていた。
5月になる直前。α版ができた。だが、中身はボロボロだった。それは当然だ。これだけ引っ掻き回されて、手戻りが大きく発生している。かつ、エンジニアへのディレクション不足が祟って、一番難しい部分は、まるまるリストラクチャリングが必要な状況にあった。ゴールデンウィークの間、「先生」にお願いしてリファクタリングを実施してもらうことになる。「先生」も俺もこの時点で体調はかなり良くない。そして、関係各所へこの「不完全なα版」について、謝り倒し、内情をぶっちゃけ、頼むからプロジェクトを潰さないようにお願いして回る。そんな日々が続いた。
6月。なんとか軌道修正をし、スケジュールを引き直し、俺は指示者と作業者の地位に戻ることができた。しかし、この時にはもう遅かったのかもしれない。
まず、焦燥感で眠ることができなくなった。元々睡眠導入剤を飲んでいたのだが、全く効かなくなる。仕方なく、若干のOD。普通に頓服として処方されるギリギリの量くらいまでで抑えた。薬とは10年来の付き合いだから、そこらへんは分かっている。それでも眠れなかった日は、一度だけお休みをもらうことにした。どれだけ無理を言ってるのかは承知の上だ。
次に、記憶がこぼれていった。症状は2つ。
1つは「仕事中にした作業や指示のことを覚えていない」。割と致命的だが、そもそも鳥頭だった俺は行動を頻繁にログとしてテキストファイルに書き出したり、バージョン管理ツールのログを細かく書くよう心がけていたりしたため「記録」としては残っていた。それでも、記録に残さなかったささいなことは全て消えているし、自分の中で「それをやった実感」が全くないのが恐ろしかった。
もう1つは「自分がどこにいるのか分からなくなる」。よく「私は誰? ここはどこ?」っていう記憶喪失のギャグがあるが、あれに近いだろうか。自分が誰だかは分かっている。俺は、おそらく俺だ。しかし、俺がここにいるのは何故だ? そしてここはどこなんだ? そういう瞬間が訪れる。要するに以前の文脈がぷつんと切れてしまった状態。ほとんどが交通機関に乗っている時に発生しており、しかも日常の往復での出来事だったので、ケータイのGPSなどを使って必死に推測することでオオゴトにせずに済んだ。ただ、一度だけ徒歩での移動中に発生したことがあり、その時は途方に暮れた。同僚と一緒だったため、なんとなく付いて行くことでなんとかなったのだが。
友人のライブに行っても、温泉に行っても、あるいはデカいホールでのコンサートにいっても、考えることは一つ。「今のプロジェクトは、大丈夫だろうか。俺がここで稼働して、先生にここまでお願いして、若手にここは任せて…足りるか? 足らないようならここも俺がやるしかなくて…」無限ループ。しかも、恐らくだがその要件には「記憶の穴」が多数存在していて、きっと何か大事なことを忘れている。
7月。退職を決意した。ただし、このプロジェクトが無事離陸するのを見届けてから倒れたい。そう上司に希望を出した。だが、上司は俺のことをかなり過大評価しており、切り札として残しておきたい気満々らしい。
「こんなにぶっ壊れている人間を置いておく余裕、あるんですか? 使えるところまで無理やり使って、その後希望退職すればあと腐れないんですよ?」
「ダメだ、ボクにはそういう判断はできない。若いんだから、まだ生きて欲しい」
意味がわからなかった。さらに
「このプロジェクトより、君の人生が大事だ。誰か代わりの人間に任せて、休むことは出来ないか」
とも言われた。理解ある上司の、建設的な提案だと思うだろうか。一見、そう見えるかも知れない。だが、俺の視点から見ると、これは違うのだ。
そもそもこの不況下、これだけのバジェットをかけたプロジェクトを潰すには「物理的に」腹を切る人間が必要。だが、その結果がでるのはもうちょっと先のことなのだ。今、俺がこの会社から去ると「物理的に」腹を切る人間がいなくなるのが、困るのだ。
そして、代わりの人間。二重の意味で、代わりの人間を調達するのは困難だ。このプロジェクトはそもそも作業者、指示者、企画営業、そして政治的調整の全てを俺が担当している案件である。作業者になるつもりはなかったのだが、人減らしの結果、そうなってしまったというのが正しい。これを全部やれ、というのは、俺のコピーロボットを作る程度で済むのかどうか。それよりなにより「物理的に」腹切りするべき人間が増えてしまうことを、俺は危惧している。
だからこそ、立ち上がるところまで見守り、上手くいかなかったことを持って腹切り退職。それが俺の願いであった。その道を塞がれたのだ。
そもそも俺は若くはない。アラフォーで体中が悲鳴を上げている。ここらが潮時だと思っていたのだが。
もう一つ。たとえ休職して復活しても、戻るべき部署はなくなっている。かなり強い確信を元に、俺はそう思っている。戻るべき部署のない俺を抱えるこのお人好しな会社はなんだ? …うん、お人好しな訳はない。俺はどう利用されようとしているのか。そこまで想像して、吐き気を催した。
だけど。俺は今やってるこの仕事が好きだ。天職だと思っている。俺にしかできないことをやっていると信じている。ただ、体も心も全く追いつかなくなっているだけで。このプロジェクトを立ち上げて死ぬなら、本望なんだ。でも、それは許されないことだという。
自分の人生なんて、何があるわけでもない。親の面倒を診て、死んだら墓の手配をして、親戚の皆様に「申し訳ないですが独り身のもので」と謝り、日々の楽しみはアニメと漫画程度のもので、それもホントに面白いなんて思っているわけでもなく。どちらにしても、仕事をしている限りは自分の人生なんていうものはないも同然だな、という諦めの気持ちを持っている。
そんな人生と、体を心をこれだけ傷めつけて、まあ概ね再起不能から死の方向へ行く仕事の仕上げ。どっちが大事かと言われれば、俺に取っては仕事のほうがいい、死ぬまで仕事をやらせてくれ、と言いたい。
そんなに人間の命なんて大事か? 俺みたいな壊れかけのbotみたいなのでも大事なのか? 誰にでもリア充のような人生が待っているわけではないんだよ。
それとは別に、残り僅かな体調を整えるために早朝出勤、定時退社している俺に陰口を叩く連中もいるわけで…。そうだね、君たちも過労死ラインを優に超えていることは知っているし、俺もそれを何とかしようとかけずりまわったさ。でも、これだけ人が減らされちゃ、無理だよな…。
どうしよう。どうしようもないか。DEAD END。
毎日が辛くぶっ壊れそうになっていたときに高校のときの友だちの子がいろいろ心配してくれた。
その子とは頻繁に連絡を取るようになり、デートみたいなことも何度もした。
そのうち私が好きになるも、友だち期間が長かったからという理由で断られる。
その後また友達の関係に戻り、今では遊んだりもするまでに戻った。
ただ、以前から引きずっていた鬱の症状がまた悪化し始め、診断書も書かれて現在は通院までしている。
そのことを話したらその子は案の定心配してくれて、何かあったら話聞くからすぐ電話してとまで言われている。
実際週1くらいで電話して話を聞いてもらっているが、それだけで本当に心が休まる。
ただ、ホントは迷惑なんじゃないかと思ってる部分もあり不安だった。
でも全然迷惑じゃないしホントに心配していると言ってくれたのでホッとしてはいる。
何が言いたいかというと、好きとかそういうレベルを通り越して、なんというかお母さんのようにその人のことを思ってしまう自分が今いて、それに困っている。
彼女は優しいし明るいし楽しいし一緒にいると安心と元気を与えてくれるすごく特別な存在に自分の中ではなっている。
付き合っても迷惑ばかりかけてしまいそうだからもうアプローチしていくのは難しいと思っているけど、彼女に今の自分の気持ちはどうしても伝えたい。
それはやはり病気がよくなってからの方がよいのだろうか。
今は日によって浮き沈みが激しく、ダメな日は頓服を飲んで静かに過ごす感じだが、元気な日はバイトもできるくらい。
ちなみに気分変調症と診断されている。
1年半ぶりに体調が悪くなり、大事に飲んでいた頓服の薬が無くなったので、病院に診察を受けに行った。
前は予約するよう言われたので、「予約したいんですけど」と申し出たら「今月は予約枠はいっぱいなので、一般診療の日に来てください」ということだった。人気の病院だから混み合ってはいたが、1時間ほどの待ち時間で診察を受けられた。
で、次の受診日の話を看護師さんとしていたら「予約じゃなくて、一般の日に来てくださいね」と念を押された。それで予約したいなどと言われるのは迷惑なのだと気がついた。
病院を予約するってのは、特別なお得意さん患者ということなのだろうか?
私は病院の予約システムというのは「お医者さんが患者数を制限するためにすること」だと思っていた。外来に患者が詰めかけて3時間待ちになろうとも、「待ちます」と言われれば、お医者さんは診療拒否するわけにはいかない。日によっては、ご飯も食べずに診察ってことになることもあるだろう。だから、時間に余裕をもって診察出来るように、15分ごとに3人とか、1時間ごとに6人とか、決めてしまい、それ以上は診なくても良いようにするシステムだと思っていたのだ。「今日は予約の無いかたは診ません」と大義名分をかざせば、よほどの急患でない限り帰るしかない。歯医者さんに行って予約だけして帰ってくるなどということは日常的にある。
病院に行くのは半日から一日仕事で、病院行く日はほかのことが出来なくて当たり前という、私の感覚が変なのだろうか? ちょっと混み合う病院では、9時の予約で診察時間は11時とかざらにある。今行ってる病院もそうなので、運が良ければ予約するより一般で行ったほうが早く診てもらえることすらある(という話を病院側にすれば、おそらく患者さんを待たせないためのシステムとして予約を採用している相手方とケンカになることは目に見えているので、直接、病院側に話を持ち込めないでいる)。
なぜ、こんなことをくどくど書き込んでいるかというと、病状が思わしくなく、立て続けに通うことになりそうなのだが、また「じゃあ、予約してね」と言われたとき、「私は待ち時間が苦にならないので、一般で行きたいんですけど」と言ってもいいのか確認したいからだったりする。
予約システムがお医者さんのためのものなら、そのシステムにのらないというのは、たいそう迷惑なことであろうし。
予約システムが患者のためのものなら、現状、デメリットしかない私は断ってもよさそうだ。
予約システムってのは、誰のためのものなのだろう?
今日は一時に起きた。最近あまり寝られないし、寝なくてもつらくない。毎日栄養ドリンク飲んでるけど。朝になったので、早朝のうちに出かけないとと思った。家にいてはいけない。外に出ないことはわるいことだ。だらだらしていたら八時近くになってしまっていた。父に頼まれたチョココロネを買いに、パン屋に行った。パン屋のあとはコンビニに行って、それから一度家に戻ってチョココロネを冷蔵庫に入れて(この季節、冷蔵庫に入れないとチョコレートが溶けてどろどろになってしまうのだ)それから少し散歩に行こうと思っていた。そんなだからわたしはとても気の抜けた格好で、鏡を見るとすごく醜かった。パン屋でレジに並んでいるとき、なんとなく嫌な予感がした。そのときは特に気にしなかった。小学校へ向かうこどもたちに「無職! 無職!」と言われているような被害妄想がよぎるが、別に気にはならない。パンを買ってコンビニに行った。食べ物が目に入ると吐き気がする。フリーペーパーが置かれていたのでなんとなく手に取ったら、「汚い手で触るな!」と思われた。たぶん空中が考えたことだ。そこでちょっと、おかしいな、と思った。でもまあ、被害妄想が激しいのはいつものことなのでいちいち気にしてはいけない。と思った。コンビニを出て帰り道、離れたところに男性が立っていた。じっと見てくるわけではないが、どうやら私を監視しているようだ。監視というか、見張り。彼はエージェントだ、直感的に悟った。携帯でだれかに連絡をとっているようだった。その直後、若い女性と小さなこどもの親子連れとすれ違った。彼女たちは私から顔を背けるような、目を伏せるような感じで歩いていたが、それは彼女がスパイであるという何よりの証拠だ。先ほどの男性と同じ組織の仲間なのだろう。こども連れなら私に疑われないと思ったのだろうか、それとも子供がいれば私が彼女に危害を加えないと思ったのかもしれない。とここで、急に何書くか忘れた。一日中もやもやしてぴりぴりする。何だか怖い。ここ最近、自室で人がざわざわする声(音?)が聞こえるような気がするんだけど
気のせい。
頓服の薬は体にきつすぎるし、今日はもう、一回飲んだ。昼間から寝てしまった。
今もう一度飲んだら今夜眠れなくなる。
何かに没頭してないとよからぬことばかり頭に浮かび怖い。
ずっと何かに追い立てられている。没頭していないと何かよくないことが起こってしまう。
部屋に取り込まれる。気が体に入ってくる。
うん、全部気のせい。
そんなものだ。
おなかすいた。なにか食べよう。
そのあとたぶん、コンビニに行こう。
家の掃除やこまごまとした家事、頼まれているサイト作成など、やろうと思っている事は山積みだけれども、それができない。
同棲している彼氏は何も言わないが、晩ご飯さえ用意していない私は罪悪感でいっぱいになる。
新しい仕事についてから3ヶ月、一向に精神的に安定しないのかなにもやれていない。
わたしはうつだ。
最近は薬の治療が一段落して頓服のみで生活しているのだが、たまに、押し寄せてくる波のようにもやもやと薄暗いものが私にせまってくる。
・できないことはあきらめる
・潜在的に決められない状態が好きなのでは(この言葉はショックだった)
・自傷行為なんてだれでも持ってる症状でしょ
・だれだってそんなふうにネガティブな感情はもっているよ
と、言ってくれる。
多分、そうなんだと思う。
彼はこんな私でも全てひっくるめて好きだと言ってくれているのだが、私は常に不安なのだ。
彼がなにをしたらよろこんでくれるのかさえ、わからない。
私なんかに何ができるのだろうか。
あきらめることは、確かに解決の一歩だ。
だけれど、そのあきらめることさえ苦痛なのだ。折り合いをつけて生きて行かなければならないのは自分でも分かっている。
ただ、自分も昨日の昼間に似たようなことを実感したばかりだったから、つい。
頓服の安定剤を飲みながら仕事してたんだが、さっぱり効いてる実感がなくて。
追加追加で薬を足しながら「私もうダメかもしれん」て気持ちと闘いながら仕事してた。
そしたら三時頃にスコンと気持ちが楽に落ち着いて、びっくりした。
「ああ薬効いた」て安堵感と「薬怖い!」て驚きとが半分半分。
私はなんか最初の頃は薬を飲むことさえ怖かったんだけれど……
今はとりあえず、薬でどうにかなるところはどうにかしつつ、ゆっくり自分の調子を戻していきたい。
元増田の方へのアドバイスにはなっていないので、共感したエントリーにトラバさせていただいてしまいました。カウンセリングは受けたことがなく、精神科・心療内科を4軒ほど経験した者として。ドクターショッピングをしたんじゃなくて転居に伴う転院だからちゃんと引き継ぎしてもらいました。
幼少期や生育環境の話は診療中にはしたことがありません。たぶんそのあたりがからむ深刻なPTSDがある場合はカウンセリング(30分で5000円くらいだったと思う)も一緒にと言われるのだと思います。私は軽かったみたいで紹介されたことはありません。カウンセラーは医師とは別に臨床心理士の人が来ているみたいでした。一番最初に受診した病院では、母親との共依存を指摘されたので、その関係で長めに話を聞いてくれることはありました。
「話を聞いて欲しい」という欲求を症状の診察より先に満たすのであれば、確かに「いのちの電話」のような所の方が適切かもしれません。精神科・心療内科でもきっかけになる出来事の話は聞いてくれますが、それは今出ている症状への対応を決めるためのもので、共感したり同意したりというプロセスはないように思います。ただ思い詰めた状態で受診して泣きながら話をしたのを聞いてくれることはあります。自分の場合は話せる環境ではき出せただけでも助かりました。
今は不安発作時・不眠時の頓服を貰いに月1回くらい通っており、うつ・気分障害の治療はしていませんが、その間にあった出来事はなるべく報告するようにしています。先生は考え方の癖や認識の歪みとどう付き合っていけばいいか諭してくれる感じです。
精神科・心療内科にしても、カウンセリングにしても、相性の問題が大きいので(境界性パーソナリティ障害の患者さんの場合は相性に関係なく転院を繰り返す方が多いのだそうですが)、とりあえず一度行ってみる事が大事なのではないかと思っています。
今までの自分の経験から、気をつけることを書いておきます。不調かな、と思ったら読み返す。
<追記>
確かに長くなっちゃいましたね。読んでて疲れちゃった人、ごめんなさい。自分でも読み返して「あれれ?」って思いました。
あまり気にせずぼちぼちいきましょう。
一番ひどかった状態のときも一緒にいたから、何もできなかった時期を容認したまま今に至る。
同じように現在は仕事を探していると言って何もしていない。気分のいいときは家事をしたりネットをしたり買い物をしたりしているけれど、求職活動は特にしていない。
どこまで受け入れたらいいのか、どこまできちんと向き合わなくてはいけないのか、自分にはよくわからなくて、時々甘やかしているんじゃないかと不安になる。時々、共依存なんじゃないかと不安になる。時々、自分がいるからなかなか良くならないんじゃないかと不安になる。
でも、自分がいま一番一緒にいて楽で、安心して、楽しい相手だから、なるべく流されないように、自分のペースを崩さないようにして一緒にいる。
自分の生活をまず見直してみて、もし、自分が無理をしている、我慢をしている、楽しいことが減っている、心がすりへっていると感じたら、少し離れてみることも考えていいんじゃないかな。
こういう時に距離を置くことって、なんだか非人道的に感じてしまうから、すごく罪悪感にさいなまれるんだけど、それで一緒に自分も鬱になっていく場合もあると思うよ。
たとえば家事。
今の生活が「二人だからこそ無理して今この家事をしている」んだったら、家事をサボってしまうか、距離を置くか。
うまく伝えられてるかな……。
仕事して、帰宅して、自分のごはんをつくって、洗濯、洗い物、掃除、そんな流れが、「もし相方がいなかったら週末に回せるのに、今やらなくちゃならない」って義務づけられてると感じるなら、まずはそれを辞めてしまおうよ。
って、一人暮らしのような気持ちで家事をしてみる。相方さんが不満に思って自分で動いたり、「ごめん自分は調子が悪くてできないけど、ご飯つくってもらえないかな?」ってお願いしてくれたら、または「じゃあ洗濯はやっておくから、お掃除はお願いしていいかな?」って言ってくれるようになれば、またちょっと増田の気持ちも変わると思うんだ。
少しずつ分けても相方さんができないなら、それは、「生活ができないくらいの鬱レベル」だとみなして、距離を置くかどうか考えたらいいんじゃないかな。
「仮面鬱」だとか「単なるサボリ」だとか、考えたらキリがないし自分もいやな気持になるよね。自分もそうだよ。今もそういう気持ちと闘ってる。
「今日仕事で疲れたからご飯作れないよ」って言って、「コンビニご飯にしよっか」「今日は自分は食べないからいいよ」「ご飯たいとくからおかずだけなんとかしよう」って言ってくれる相手だからなんとかなってる。
「洗濯は明日するね」って言って、「明日頑張れたら自分がやっとくよ」「うん、ごめんね明日お願いね」って言ってくれる相手だからなんとかなってる。
生活できない相手と一緒に暮らすのは自分がつぶれてしまうから。
少なくとも、ネットだけでも自分からやりたいということがあるなら、少しは大丈夫。ネットすらできなくなって、本当に家に籠り始めたら危険だから。
ここまで読んでくれてありがとう。それで、増田が、そんな今から悠長な気持になれないよ、っていうなら、相方さんの親御さんなり、友人なりに相談して、新しい生活を見つけたほうがいい。「健康な相手を」って思ってるうちに。「自分は犠牲を払っている」と感じるようになってしまう前に。
そうか、親御さんてすぐ考えるのはちょっと安易でした。ごめんなさい。
自分の場合は、相方さんの前の主治医がアタリが悪いように思えた(薬を患者の希望するがままに出すし、頓服と銘打って同じ薬を倍以上出すし、患者本人が規定以上の薬を飲んだって告白しても笑ってすませてしまう)ので、渋る相方さんと話しあって、お医者さんは変えてもらった。そしたら、今度のお医者さんは話もちゃんと聞いて、お薬も規定以上は出さないし、困った時は時間外でも来てよいと言ってくれるし(そういわれると安心して意外に時間外に行くようなせっぱつまり感がないみたい)、規定以上飲んでおかしくなったときの薬は最低限しか出さないし、本人も安定した。
自分も、支えてる間何度も折れそうになったし、いっぱい泣いたし、しんどくて何も考えられなくて、それを周りに努力が足りないと責められたりしたから、まずは増田を楽にすることができたらいいな、と思ってる。共倒れが一番怖いことだと思う。