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はてなキーワード: 無宗教とは

2017-04-21

信仰とは何なのか

私は特定宗教信仰していない。

教会結婚式を挙げ、子供七五三には神社祈祷をしてもらい、多分死んだらお寺でお経を読まれるであろう、ある意味典型的日本人だ。



今日とある宗教団体若者達と話をする機会があった。彼らの身分学生で、あと何年かすれば社会に旅立って行く子達だ。

彼らに会いに行ったのは仕事の付き合いで、正直気乗りするものではなかった。私の仕事について講義をし、簡単ディスカッションを行うといった内容だ。

仕事柄、こういった講義の依頼は大学専門学校などから年に何度か受けているのだが、今日講義ディスカッションを受けた学生の質は、非常に高かった。そして私が感じた率直な思いは、「こういった形で出逢わなければうちの会社に欲しいところだ」というものだった。

彼らの団体に対する依頼を受けた事で、彼らは私をその宗教理解のある人、つまり味方であると捉えている。私に対しては自分信仰さらけ出してもいいのだと信頼をしている。しか申し訳無いが、私は別にその宗教に対する理解者では無いのだ。ただ信仰を持っている人達だという理由で避けたり差別すべきで無いという精一杯の倫理観で引き受けたにすぎない。



結果今、私はひとり思い悩んでいる。

素直で、熱意を持って私の話に耳を傾けてくれる優秀な彼らを心から信頼し、受け入れる事が出来ない自分に。

頭のすみに「得体の知れないもの」という一抹の不安が引っかかり続けている自分について。


私の会社にはクリスチャンがいる。しかし私を含め誰一人、その事で不安になるものは居ない。よく行くカレー屋のインド人ネパール人かも知れない)はヒンズー教人かも知れないが、だからどうしたといった感じだ。優秀なプログラマであればヒンズー教人のインド人を雇う事に躊躇はしないだろうし、親戚の婆ちゃんが頻繁にお寺にお参りに行く事を微笑ましくさえ感じている。


しかしこれが新興宗教となると気持ちが一変する。私の中の警告アラームが鳴り出し、倫理観で抑えようにも抑えきれずにいる。そしてこれは私だけの感覚で無いと確信さえしている。

仮に今日会った彼らの事を社員説明し、将来彼らを雇うと言ったら反対する者が一定数いるだろう。反対を押し切って入社させれば、「退職します」と言いだす者も出てくるかもしれない。

この差は何なのだ。なぜ受け入れられる信仰と、受け入れられない信仰が、無宗教である私の中に既に形成されているのだろうか。

そんな事を考え続けいるのだが一向に答えが出ない。

2017-04-02

まれの良し悪しに運を持ち込む考え

世の人々が、文化民族を問わずに広範囲で考えることだと思いますが、ふと考えてみると、

この発想そのものが、あの世とか、輪廻とか、そういったものに関わる宗教的な発想ではないか

もしそういったことを意識しないのであれば、生まれには運もへったくれもないはずだ。

無宗教を謳う人間でも、多かれ少なかれ、このような想像をしたことはあるのでは。

特に結論はないのだが、そんなことを、ふと思った。

2017-03-19

なぜ私は無宗教に生まれ育ってしまったのか

無宗教の人って、何か達観した気にでもなっていて、信仰を持っている人たちに対して冷笑的であることすらあるけれど、

何も信ずるもの無く死んでいかなきゃならないって、それこそ地獄だろう。

人間皆すぐに等しく死ぬのだから、神と死後の世界を信じて自ら殉教できるくらいに強い信仰を持った人のほうが、よほど幸せに違いない。

まぁ、今更、何も信じる気になどならないが・・・

2017-03-05

無宗教だけど御神体が欲しい

おれの御神体として何がふさわしいだろうか

右手側にUCCのブラックコーヒーペットボトルがあるので

とりあえずこれを最初のおれの御神体にするか

でもゆくゆくは

由緒ある感じのもの

とにかく長い年月存在しているようなもの

風格のあるもの

やわらかいのに刃物銃弾でも貫けないもの

かざすと変身魔法を発動するもの

暗いところでは見えるけど明るいところでは逆に見えないもの

常に広範囲バリアを発動してるので妖魔を近寄せないもの

などなどにどんどん乗り換えていきたいと思う

2017-02-19

日本キリスト教原理主義共産主義革命するしかない…好きな方選べ

家族カルト宗教洗脳されたせいで家庭が崩壊した

父親単身赴任 母親毎日カルト

毎日地獄だった

いつも異常な母親に怒鳴られていた

金も騙し取られていたと思う

それもこれも何もかも日本神道大乗仏教クズ共が悪い

こいつらが異教徒や多宗派に寛容なせいでカルト日本蔓延した

本当に許せない

教徒弾圧してきた歴史があるヨーロッパカルトは少ない

今なら宗教は毒と言った毛沢東さんの気持ちがわかる

宗教多神教ゴミ

こんなものを讃えるのはクズ偽善者

日本一神教無宗教の国になって欲しい

はっきり言ってやる

教徒弾圧しない宗教なんて弾圧されるべきだ

芸能人カルト洗脳されるニュースを観るたびに身体を引き裂かれるように苦しくなる

カルトだけは絶対に許せないし

カルトに寛容な宗教すらも許さん

2017-02-16

どうやら日本人は「宗教」が「社会」の下に含まれものと考えているようだけども

人類はいわば物心がつくとともに原子的な宗教を持ったといえるし

世界中どこの民族部族を見ても殆ど社会において宗教存在する

宗教人間社会のつながりはそれだけ密接である

本邦においても天皇を祀り仏教のやり方で人を弔うのだから、十分に宗教社会が融合している

社会宗教関係は、社会宗教宗教社会と言ってもいいほどのもの

日本人宗教嫌いだとか無宗教だというのは、その実とても排他的自分たち宗教を持っているということにすぎないのである

2017-02-15

無宗教信仰こそ盲信しやす

宗教が悪いんじゃなくて、宗教排他性とか盲信することとか、そこからくる暴力性や無理解がいけないんだと自分は思う

から無宗教な人こそ、宗教は悪だとか、自分は真に理性的人間だとかといいたがる人が多い気がする

でも自称無宗教宗教が悪だと唱える人は、それこそ無宗教信仰に取り込まれてるんじゃないか

自分が考えていることこそが真実だと盲信してるその姿こそ、宗教狂信者と似ているんじゃないだろうか

大切なのは自分が何を信じ、正しいと思っているか自覚し、そのうえで他人のそれを許容することなんじゃないか

それは無宗教だと考えている人でも、何らかの宗教に属していると思っている人でも同じだと思う

もちろん、無宗教でも宗教を信じている人でも、それができている人は既にたくさんいるんだろうけど。

そもそも日本に住んでいる時点で儒教やら仏教やら神道やらがごった煮になった常識や慣習のような何かを信仰してる気がする

宗教って難しいね。こういう話しをすると特大ブーメランな気もしてきてしまうし。

でも宗教が悪いんじゃなくて、それを盲信して人に迷惑をかけるのがいけないんだと俺は思うわけですよ。

反対にいえば迷惑かけなければ何信じてても、本人が幸せならいいんだよきっと。

2017-02-09

仕事」って宗教だということに気づいた

仕事を休んでいて心身ともにリフレッシュしてたら、ふと「仕事って宗教じゃね」ということに気づいた。

辛いことでも頑張らなきゃならないって社会的容認されているのもどこか宗教での修行みたいだし、飲み会で芸とかやるのも宗教儀式っぽいなあ、と。

なんとなくのイメージだけど欧米では仕事プライベートが分かれてるってのも、キリスト教とかの宗教が根強いから、逆にそういう雰囲気容認されているんじゃないかと思う。日本みたいに(自称無宗教者が多いと、仕事自分宗教にしちゃって、その教えから外れると厳しい処分が下るってところがまさに宗教裁判みたいだなあって。

宗派がいろいろあるから一概には言えないのだけれども、日本では「働け!」という価値観が当たり前のように共有されていると思う。もちろん資本主義社会からそうってのも分かるし、読んだことないけれどもプロテスタンティズムとかが背景にあるのだろうとは思うのだけれども、そういう学術的な背景とは裏腹に、普通に働く社会人たちの宗教心って「仕事」教みたいなところにはないだろうか。

仕事」をしていれば御利益に預かれるとか(これは普通か)、「仕事」できつい目に遭わされてもきっと報われるとか、「仕事」の教祖社長とか上司とか)に自分の人間性を無視しても従わなければならないとか、家族より「仕事」が大事とか、「仕事」のために人を殺すとか、はたまた「仕事」に殉じるとか、いろいろと言いようはあると思う。

今の社会にはこのいろんな宗派がある「仕事」教にだんだんと染まらない人たちが出てきて、でも「仕事」教の教徒もまだたくさんいるからいろんな軋轢があるんだと思う。

食っていかなくちゃならないか仕事をしなければならないんだけど、「仕事」教からは逃れたいなあと思った。

2017-02-01

葬式の話でこれだけ盛り上がるの、なんだかんだ日本人でも信心深い人が多いのかね。無宗教言いつつ心の底に色々あったり。

とは言えあれだけの情報で「サイコパス」とか書けちゃう人は怖いというか心配だな。診察受けた方がいいかもね。

[] #14-1「生活教」

「やあ、マスダ」

「あ、センセイ。どうも」

俺が通学でよく利用するバスで乗り合わせる人で、何度か見かける内に話すようになった。

センセイといっているが俺が勝手にそう呼んでいるだけで、この人が実際は何をやっているかは知らない。

バスに乗っている時だけ話す間柄だし、必要以上の詮索は無用からだ。

新聞を読んでいるんですか」

「ああ、地方新聞だね。このテの媒体は前時代的という見方をされているが、日々の情報を消費していくものとしては案外まだまだ現役だよ」

そう言われて、俺も気になって横から覗いてみる。

すると、その中に気になる話が載っていた。

新興宗教……」

「ああ、『生活教』ですか。この町を中心に最近よく耳にしますね」

最近にわかに注目されている「生活教」。

その教えは、例えば「外界には悪魔がいて取り付いてくるので、帰ったら手洗いうがいをして浄化しよう」だの大したことじゃない。

だが、この宗教が徐々に広まっていき、なぜか信者の数も増えていっているのである

「いずれ何かやらかすんじゃないか不安になりますよ」

「マスダ、何の根拠もなしに批判することはいただけないな」

「俺は無宗教ですし」

「神も信じない?」

「俺にとっての神というものは、突然の下痢に見舞われたときトイレに無事たどり着くまでの間だけ信じるものです」

「なるほど、まあ私も似たようなものだが」

その時、バス停アナウンスが入った。

いつもセンセイが降りている場所だ。

「まあ、この『生活教』が現状これといった問題事件が起きていないなら、ひとまず静観しておくといい」

センセイはおもむろに立ち上がるとドア近くまで歩いていく。

バスが停まると、そのまま降りていった。

つの間にか支払いは終えていたらしい。

「キミも自分が何に属しているか関係なく、宗教の在り方や意義というものを一度は考えてみるといいかもしれない」

そう言うとセンセイは手をヒラヒラさせ、そのまま振り返ることもなく歩いていった。

宗教の有り方や意義……」

センセイにとってそれが何かは知らないが、それはまた次の機会に聞こうと思った。

から胡散臭すぎて距離をとっているつもりだったが、センセイもああいっていることだし静観しておくことにしよう。

だが、俺がそうであっても、“他”がそうだとは限らないことは薄々分かっていた。

(#14-2へ続く)

2017-01-27

やっぱジャップってとことんジャップなんだな

http://anond.hatelabo.jp/20170122155908

これの反応が「それこそ少数派だ」「うまくいくわけない」みたいな反応だらけ、たとえそうであっても「そういう流れになればいいな」みたいな反応はなし。

マジでジャップセロトニン足りなさすぎだろ、少しはポジティブになれや、メキシコ人みたいにまでならなくてもいいからさ、なんでジャップはわざわざ現実を厳しくしたがるわけ?しか無宗教のくせに。

どうせそれが頭のよさやモラルにつながってるとかいうんだろ、その代替自殺大国という結果じゃ意味ねーだろうが。

ああ、こんなネガ全開の日記書く俺も十分ジャップだな。

2017-01-12

天皇制なんてなくたって別に問題は生じないだろう

香港とかシンガポールとか台湾とか、それらしいものアイデンティティを支えていない国はたくさんあるだろ

付け加えるとヨーロッパ先進国は大抵の人が無宗教だし。

そういえば韓国だって韓民族」ってだけだよね。宗教キリスト教だけど。

2017-01-11

カルト新興宗教にハマったら後から別の宗教を上書きしないと治らない

代表的カルト、何とか協会とか何とか会。

一度教義を信じると、頭で違うとわかっても心の底では信じてしまっているので抜けられない。

抜けるために監禁する業者もあるがボッタくりだし効果はない。

仏教キリスト教の中に専門で抜けるための説教してくれるところがあるのでそこに頼む。

頼んだ先がカルト可能性もあるのであくまで古くからある主流派のところにお願いする。

カルトにハマる前の日本人特有のフワっとした自称無宗教状態には戻れない。

カルトから抜けた後は、敬虔仏教徒キリスト教徒として生きてください。

創価学会を抜けた人のブログおもしろい ※追記

ぐぐったらたくさんあるんだね。

読んでて思ったこと。

創価学会の教えは現世利益追求みたい。宗教って死後の世界に救いを求めるものが多いもんだと思ってたけど、どうも創価学会題目を唱えることが現世利益につながるという教えらしい。他方、死後どうなるかについては割とあやふや

・上の教えの結果、脱会者が口をそろえて言うのは、「題目を唱えても何にも幸せにならなかったよ」ということ。題目唱えてたのに病気になったとか、受験に落ちたとか、熱心だったあの人も今は無年金だ、とかそういうのが多い。

・この点、死ぬまで幸福になるかどうか分からないキリスト教うまいな、と思った。

・そう思っていても抜けられない人がいるのは、題目をやめることで何か不幸が起こると教えているのが一つの要因らしい。なので脱会者は「脱会しても別に不幸にならなかったよ」と言う人も多い。

・とはい脱会しても信仰までは捨てられず、別の宗教に走る(だいたい日蓮宗みたいだけど)人が多いらしい。ただそこでまたカルトに引っかかる人が多いとのこと。

脱会者による創価学会、熱心な活動をする家族(「バリ活」と言うらしい)に対する罵詈雑言ものすごいけど、結構無理して言っているようにも見える。背骨から出る罵倒じゃないというか、縁を切りたくて必死になってる感じ。

創価学会の集金力はやはりすごいとのこと。一応寄付(「財務」と言うらしい)は任意で、実際に全く支払わない人というのもいるらしい(それでも別に何も言われないとのこと)。ただ、題目を唱えるだけでなく、学会活動を熱心にやることも現世利益につながるという教えらしく、救いを求めて高額の寄付をする人も多いみたい。そもそも100万人信者がいたとして、それが一人頭年2万円支払う(つまり聖教新聞をとる)だけで年200億円の収入なんだからすげーな。

・崇拝の対象日蓮やお釈迦さまではなく、歴代3代の会長理事長)らしい。特に池田大作先生尊敬され具合はすごいらしい。

・上の結果、池田大作先生が亡くなる日(「Xデー」と言うらしい)には創価学会にはかなりの激震が奔ることが予想されるとのこと。

被害者はいえやっぱり人の悪口をみんなして言ってるのは見ててつらいなと思った。



※追記

書き終わってから改めてブログ見て気付いたんだけど、創価学会の教えから脱却するだけだと救いがないなぁ、と思った。

もともと、題目を唱える⇒現世利益を得る、という教えを受け容れていたのに、これをやめるとどうなるか。

「X⇒現世利益を得る」という図式の中で、題目に代わってXに入るものは何なのか、という話になる。

無宗教場合ふつうXに入るのは、努力だとか才気だとか運だとか、そういうものだろう。

しか創価学会脱会した人というのは、割と40代50代の人が多い印象を受ける(違うかもしれない)。脱会してからこれらを積み上げていくのは困難が多いだろう。

そうなるともう疑いを持っていたとしても辞めづらいし、辞めたとしても辛い人生が待ち受けている。

これを救うのはもう別の宗教(それこそキリスト教か?)しかないような気がするんだが、なんとも問題が多い。

2016-12-31

http://anond.hatelabo.jp/20161231134921

 ウィキペディアによりますと、(東京招魂社靖国神社前身

東京招魂社は軍が管轄するものとされ、一般神社とは異なる存在で種々の不安定要素があったために、正規神社へ改めようとする軍当局は社名の変更と別格官幣社への列格を要請し、明治天皇の裁可を得て1879年明治12年)6月4日に「靖國神社」への改称と別格官幣社列格の太政官達が発せられた[32]。もっとも、正規神社となった後も神社行政を総括した内務省職員人事権を有し、同省と陸軍省および海軍省によって共同管理され、しか運営の主導権は財政を担った陸軍省が有する等、神社としては特殊存在ではあった。」

 という話で、明治時代には靖国神社国家は一体だったんですね。政教一致象徴といってよい。戦後において、現憲法政教分離が定められ、また靖国神社は一宗教法人として再出発したので、政府として一宗教団体に対してなんらかの特別意味を課すのは憲法政教分離原則に反する訳で認められないのです。だから無宗教国家慰霊施設が作られるべきだとされるのですね。

 一方で、政治家には信教の自由がありますので、どこの神社・仏閣・教会に行こうとそれは自由です。自由といっても、たとえばオウム真理教の後継団体宗教施設賛同意味訪問すれば、憲法違反批判はされませんが、政治姿勢として批判はされるでしょう。

 今回の稲田防衛大臣靖国神社の参拝については、プライベート稲田氏がどこへ行こうが勝手でしょう。しかし、防衛大臣であり、閣僚ですので、「政府として宗教団体に対してなんらかの特別意味を課す」動きととして参拝を行っているのなら、批判されるのは当然となります。なので、当然私人としての行為なのでしょうから閣僚まで務めている人間憲法知識ゼロとは思えませんので)、ほっとくべきですし、稲村大臣としてもなんらかのコメントを出すべきではありません。なんらかのコメントを出すという事は、防衛大臣としての立場を利用して「政府として宗教団体に対してなんらかの特別意味を課す」ような動きだと誤解されかねません。

2016-12-30

http://anond.hatelabo.jp/20161230072559

神道教義がないかキリスト教とかイスラム教とかと並べて「宗教」とくくるのにはきつい気がする。そこでいう「神」っていうのも大昔の大王(つまり人)だったりするし、かなり異質。



仏教には教義はあるけど、現代日本でやってる「仏教」はほとんど宗教の名に値しない。サンスクリット語で書かれた経典中国語翻訳したもの日本語音読みしてカネ貰うって何それ?って感じ。朗読してる坊主自身不勉強意味が分かってないことが多いし。舐めてんのか。



何より「宗教」ってのはやっぱり人を救うためにある。仏教神道が、無職貧乏人・童貞ハゲチビデブ障害者を救っているのか?というとかなり怪しい。こういう機能日本だと創価学会ぐらいしか担ってない。



まとめると、日本人はほぼ無宗教宗教を持ってると言うときの「宗教」「神」はかなり広い意味で使ってる。

バカネトウヨ日本人無宗教!!!!!1111」

はてな民葬式はい論破。だからネトウヨ馬鹿

  

って流れよく見るけど、だからといって宗教を持っているというのにはおこがましい気もする。

大抵のジャップって信じてるわけでもないし、実際なんか周りに言われるからみたいなジャップ特有集団圧力で単なる手続き的にやってる罰当たりも多そうだし。

無宗教と言うには徹底していなく、宗教を持っているというのには足りない感じ。

2016-12-29

無宗教だと思っていたら、実は内閣閣僚の大半が日本会議という宗教団体団体構成員だったりしますけど。

宗教団体支配される無宗教日本国民

(注)この日記は某勢力によってスルーされて沈められます

2016-11-24

新興宗教胡散臭い6つの理由

全然無宗教なんだけど、ここのところ「仏教入門」みたいなのをいくつか読んでいる。

昔話とか「昔の人も生きるの大変だったのね〜」的なノリでとても興味深いし、

たぶんお釈迦様って「あの人いっつも良いこと言うよね!」的な人だったのかなあーとか想像するのも楽しい

(ちなみに、お釈迦自体は静かに悟りを開いて手の届く範囲で教えを説いた人で、死後に弟子たちが教えを編纂することで、れっきとした「宗教」になった。らしい)



翻って、いわゆる新興宗教というものが無数にある。

新興宗教」の定義は、

日本では、幕末明治維新以後から近年にかけて創始された比較的新しい宗教のことをいう。』

らしい(Wikipediaより)。

で、そういうのって、得てしてものすごくうさんくさい(完全に主観だけど)。

いや、古い仏教うさんくさいこと言ってる部分はあるし、キリスト教イスラム教みたいな世界宗教もかなり怪しいところはある。

けど世界宗教の怪しいところって、時間を経るごとに権力者が良いように解釈した結果ついてきた怪しさだったり、

時代の流れ的にしょうがないよね的な不合理性だったりすることが大半なので(な気がするので)、

教えの本質だけみてみると、「はえー良いこと言う」くらいの気持ちでは理解・納得できる気がするんだ。



じゃあ、新興宗教の「うさんくささ」の正体ってなんだろうか。

暇なのでいくつかその理由を考えてみる。

もちろん信教の自由はあると思ってるので、別にその新興宗教を信じてる人をどうこう言うつもりはないけど

自分自身の中で何が「怪しさ」だと思ってるのか言語化してみたい。



1.教義がわかりにくい

Wikipediaなんかでそれぞれの新興宗教のページをみると、難しくて全然頭に入ってこない。

固有名詞が多いのと、概念的な話が多いのと、仏教系だと漢字が多いからかなあ。

から共感するとか云々の前に、そもそも理解できない。わからないものは「怪しい」と思う。という論理かな?

ただ、聖書とかも自分で読むとかなり意味不明というか回りくどい言い方多いし、「で?」みたいな逸話が多いし

経典なんかもすげーわかりにくいから、「誰でもわかる!xxx教のおしえ」みたいなのがあるといいのかしら。

あ、だから勧誘パンフレット漫画形式のものが多いのか。



2.変な(でかい・奇抜なデザインの)建物を建てている

デートとかしてて会話が途切れた時、「あ、あの建物変わってる!面白いね!」とか言った後調べて

なんとか教本部 とかだとなんとも言えない気分になりませんか。

あれなんで、でかいのはともなく変なデザインなんだろう?

考えられるのは、

・目立たせることで文字通り目を引いて、その宗教に興味を持ってもらいたいか

・でかかったり変わってたりすると、その宗教流行ってる・勢いがあると思わせられそうだから

信徒が多くて、でかくないと収容できないから(?)

お金があるから

お金持ちはアートが好きだから宗教団体がやってる美術館とかあるし)

...あたりでしょうか。

なんか他に理由思いつく人、ご存知の人いらしたら教えてください。



3.政治に介入してくる(場合がある)

結構これはでかいと思う。

仏教でもお坊さんが政治に介入してきた時代は途端にうさんくさくなったし。

ちなみにお釈迦様のもともとの教えでは、

お坊さんは働きもせず、他人からの施しで生計を立てているくらいなんだから政治に介入とかしちゃダメ!って考え方だから

その意味で、お坊さんの政治介入はもともとの仏教的には「間違ってる」。はず。

新興宗教にしたって、そういう過去の経緯を経て(お坊さんは働かずにお布施生活する等)税制かいろいろ優遇されてる存在なのに、

さら政治にまで介入してくると、なんか図々しいなと思ってしまうのかな?

あとその宗教が「この人に投票せよ」みたいな統制ができちゃうからトンデモ政治家当選する可能性もある。

あーでもこれは、候補者演説したり後援会がいたりすることとどう違うんだろう?

候補者理念公約共感たか応援するんじゃなくて、

xxx教の人だから批判応援しよう、ってなってるから違和感があるのかも。



4.やたら他人アプローチしてくる

その宗教に加入せよ も然り、私はxxx教です!も然り、それに興味のない相手空気読まずにバシバアピールしてくる感じが苦手なのかも。

ただ、宗教布教活動は大昔からセットだったし、何を信じるのも自由から別にいいはずなんだけどなあ...。

あれかな、アプローチしてくるのはいいとして、「やたら」ってとこがダメなのかも。

胡散臭いというか、興味のない相手に対して「しつこい」「鬱陶しい」って感じかな。



5.非科学的なことを言い出す

これは世界宗教にも一部言えることだけど、

「こういう考え方をすると、心に拠り所ができて、何もないときより精神的に安定するよ」はわかるけど

「これを信じないと不幸が起きるだろう」

「これを信じて実践する者のみが幸福になる」とかになると胡散臭さはぐっとアップするよね。

「霊波が」「オーラが」とか、「波動」「飛行」とか言い出すとまじでやばい

ちなみにお釈迦様の肩ばかり持つわけじゃないけど、お釈迦様の教え的には

絶対的な超越者などいない」「常に合理的であれ」って感じだから、かなり地に足がついててほーと思った。



6.献金を迫る(?)

政治介入についてもそうだけど、信仰すること=無欲であること、だと思うからなのか

宗教活動をするのに必要な以上の献金を迫るというのに違和感がある。

というかそもそも、「施し」ってそれに価値見出した人が自発的にするもののはずなので、

月謝とかノルマとかみたいにお金を出せってのはおかしな話だよね。

ただ、今これを書きながら「信仰すること=無欲であること」という前提に偏りがあるのでは?とも思った。

で、信徒個人であれば、その宗教信仰しつつバリバリお金稼ぐぞ!ってマインドの人がいても全然普通だけど、

宗教」それ自体分不相応お金権力を求めて身につけちゃうっていうのが危険だし間違ってるのかな

という考え方に帰着した。少なくとも自分の中では。

なお、檀家制度とか云々で分不相応お金を持ってるお寺がある現状についても、同様の違和感を抱いてます



*****

だいたいこんな感じかなあ。

自分の中でのモヤモヤはだいぶ整理できた気がするんですが、あまり頭が良い方ではないので

他にも大小の理由漏れてるかも。

というか、そもそも別に議論することでもないし、着地「勝手にすれば」って話なんですが

もしなんかあったら教えてもらえると嬉しいです。

2016-11-02

http://anond.hatelabo.jp/20161102085417

増田根底にはおそらく「法律以外のルール(例えば道徳)には原則として拘束されない」っていう考えがあるんだろう(違ったらごめんよ)。

無宗教立場を突き詰めるなら、増田の言い分は正しい。だって道徳(今回であれば「親であれば子に愛情をもって接すべき」)って(神を否定するなら)根拠ないし。

ただそれでも同情コメントが湧くってのは面白い無宗教ってのはなかなか突き詰められないんだろうな。

http://anond.hatelabo.jp/20161102085053

日本の「常識」は、割と教養のある人のそれ(例えば最高裁判例とか)でも、無宗教資本主義ベースからねぇ。

2016-10-14

http://anond.hatelabo.jp/20161013202941

無宗教日本人キリスト教思想に基づいたエンタメを心底本能から楽しめないのと同じような、あるいは英語をいつまでたっても日本語翻訳して読もうとしてしまうような次元問題が、同じ日本人の中でも存在してるんだな

でも時代性ということでいえばそんなん日本人の中でもいくらでもあるか・・・

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