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はてなキーワード: 卑下とは

2017-05-26

表面上の数値を比較して自分より下の数値が出ている人を卑下。周りを見渡せば自分より高い数値の対象がたくさん居るのに。棚の上。安心して終わり。上を目指さず、下ばっかり見て過ごす毎日。何も始まらない。小さな世界安心したりせず、表面上の数値なんかに惑わされずに虎視眈々とやりたいことをやりたい。

2017-05-17

http://anond.hatelabo.jp/20170517210700

日本のいわゆるエリート層は、子供の時からいかにして「他の人が作り上げて完成した内容をより効率よくやるか」によって人間としての価値を決められて来るからな。

日本Googleを作る」発言も、既にGoogleという完成されたビジネスモデルがあるからそれを効率よくやれば同じように成功できると信じて疑わないんだろう。

アメリカ名門校では経済的多様性を重視してすげー貧乏な片親家庭でも入学枠を設けているけど、日本名門校じゃ金持ち自慢の成り上がりコネ子供を押し込めてるから個性どころか自分たち所属している所得者層以外のことなんてハナから視野に入ってない。

時々フィクサーみたいにコミュ力が異常に高い貧乏家庭出身人間がそういうやつらの中に取り入ることはあるけど、そういう層に入った途端にもといた貧乏人層を卑下して搾取する側に回ってしまう。

日本クリエイティブなんて育ちませんよ。

2017-05-12

キモくてカネがないおじさん問題について

そんなに自己卑下しなくてもいいと思う

美男美女て言われてる人でもよくよくみてみたらキモいことも多い

飯が食えて生きていられることが何よりの幸福だろ

ポジティブポジティブ

2017-05-11

要するに自分自分分身である作品との距離感だよな、と

https://togetter.com/li/1109204

このまとめを見て思った事などを。

年に2-3冊同人誌をつくってイベントで売っています

オフセット100冊刷っては在庫をもてあまし、

1回のイベント10冊売れたら「今日はいっぱい売れた…!!」

という感じです。

少ないながらも毎回新刊が出ると買ってくれる方が数人いて、

たまに感想など声をかけて戴きます

同人作家本人と作った同人誌との距離は人さまざまだとは思うのですが、

作品は大なり小なり自分分身です。

自分から離れた瞬間に客観視できる時もあれば、

いつまでも自分のもののように手放せない時もあります

時に排せつ物の様に自動生成され自分自身作品価値を見いだせない場合もあります

疲れ果てて最後まで面倒を見る気力がないまま入稿してしまときもあります

失恋のショックで作品に入り込めないまま薄ぼんやりと描いてしまうこともあります

が、作者自身がどんな状況であったとしても作品として

世に出せたということはやはり手間と暇と気持ちの労力がかかっています

結果的に、人から見たらちょっと出来の悪い子になったとしても、

描いてるときはそれが最高だと信じて描いてるし、

キャラクターみんな、かわいいな~大好きだな~好き好き~~

と愛しい気持ちを抱いているのでせめて世界でただ一人作者だけは

自分作品を愛して信じてあげてもいいんじゃない?と、自分に言い聞かせるようにしています

もちろんどんなに自分なりに頑張ったとはいっても

どこかしら伝わりづらい表現をしてしまってはいるので、

次にもっと生かしたいなら反省課題分析はすればいいと思うけれど、

そうはいっても「ここのこの表情はすごく頑張って描いたな~」とか

「この空間いい感じ」「この子のこの仕草可愛いな~」「このセリフ言葉選びナイス

「この線すっと引けてる!」「このコマ割り我ながらよくできた」etc

作者だからわかる、世界で作者にしかできない楽しみ方もあるわけですよ。

作者が自分作品を、良くできなかった部分も含めて愛し、信じ、卑下しないことは

自分作品を少しでもいいね、と思ってくれた人、さらにそれを言葉に出して伝えてくれた人、

(結果期待外れだったとしても)お金を出して買ってくれた人に対する返礼でもあると思うのです。

手伝ってくれた人がいる場合、手伝ってくれた人に対しても。

作者が自分作品肯定する事は少なくとも一瞬でも「買うまたは貰う」「読む」という選択を取ってくれた

相手意志肯定する事になるのだと私は思っています

過剰とも思える謙遜や卑下自己防衛というか、自分が傷つかないための防御反応だとは思うので

自分の心の防御も大切ですが、

そのために相手意志を持って選んだその選択を、否定するのって失礼にあたると思うので。

また、作品というのは読者の受け入れるタイミングによっても変わってくるので、

過去にはnot for meだな~と思った作品も、時を経てこれぞfor meだ!ってなることもあるじゃないですか。

面白くないと言われたとしても、それは単に相手タイミングじゃなかっただけ、

not for you だったんだな~、いつかタイミングが合えば、そのときはよろしくね。

くらいに思っていれば良いのではないでしょうか。

そのタイミングは一生来いかもしれないけれど、

その人の今生の人生には必要がなかったのだということなんでしょう。

2017-05-10

http://anond.hatelabo.jp/20170509200253

タイトルだけ見たら誤字かと思ったのですが、

本文でも定員と書いているのでそう覚えているのですね。

店員を定員て書くような人が店員卑下するなんて論外。

あれ、ひっかかってる?

2017-05-02

[]ニートが夢から覚めたとき

私は数か月で高校中退してからバイト歴もなく家にいるニートで、もう三十路目前です。

不登校になるきっかけは、今思えば些細な事の積み重ねでした。

人間関係が築けず孤立したこと、慣れない運動部疲弊したこと、私の珍解答を晒し教師への反感、

ちょっとした病気になって学校を休んだこと、成績が悪化したこと、それで通えなくなりました。

私の小中学校時代の唯一のとりえが学力でした。塾に通っていたのと少しだけ早熟だったおかげでしょう。

コミュニケーション能力が低くとも、どんくさくても、友達が少なくても、性格が少し歪んでいようとも、

学級委員立候補すれば自分場所を確保できました。将来は学問仕事にできればと思っていました。

アイデンティティをなくした当時の私は家で勉強に専念することを考えていました。

すぐに高卒認定をとって、大学受験参考書を揃えましたが、自分継続して勉強することは難しい。

知り合いに会うのが恐ろしくて、制服姿の学生を見るのがあまりにつらくて引きこもります

親と衝突して将来どうするのかと問われても何も答えられません。

昼夜逆転して気がふさぐばかりの私に、そのうち親があきらめたのか静かになり、何もない平穏な日々がやってきました。

このあたりで専門家支援を受けていれば何か変わったでしょうか。

弟の受験邪魔をするわけにはいかないとか適当理由を並び立てて引きこもり続けます

弟は苦労したものの立派に受験をやり終えて大学で学んでいます。家に邪魔者がいても文句の一つも言わないよくできた弟でした。

なにもうまくいかない、自分で決めたことが何もできない、そんな無力感の日々が延々と続きました。

最近日記をつけ始めました。3年間日記を書き続けています。はじめはぼんやりした字で頭がよく回ってないことがわかります

大学へ行くんだというアリバイ作りのためかセンター試験と受かるはずのない二次試験に3回行きました。

願書を出しても勉強せず、数日前でも勉強せず、まったく意味のない、義務的な、自罰的な行動でした。

2年ほど前から運動の習慣をつけています。はじめは家で筋トレをし、それを日記に記録するだけでしたが

そのうち週に何回か外を走れるようになりました。まったく生産性のない生活の中唯一の充実した時間です。

走れる距離スピード面白いように伸びていき、自信をつけました。

一か月前、突然勉強時間が伸びました。インターバルタイマーをつかって時間管理することで

一日2-3時間が8時間勉強できるようになりました。自分努力できるんだと最高の気分でした。


すべては夢でした。一週間前ほど、私の人生にはもはや明るい未来存在しないことを確信しました。

このまま勉強を続ければ有名大学に入れるだろう、どの学部にしようかなどと調べ物をした時のことです。

ひきこもってすぐにはもう、浪人留年は+2年までだという定説を知っていたはずでした。

すでにどの大学でどの学部で何の勉強をしようともそれを生かせる職業につけるはずはありません。

医学部薬学部くらいでしょうがハードルが高すぎて絶望しかありません。

今まではい大学に入ればなんとかなると妄信していました。それを唯一の希望として生活していたのです。

その先の未来のこと、働かなければならないということについて真剣に考えたことはありませんでした。

コンピュータを扱う仕事がいいなと漠然と思っていました。引きこもる前後趣味だったのです。

ひきこもれば時の流れを忘れます。何も起こらない生活は何の記憶にも残りません。

日記を書く前の自分が何を考えていたのか、何をしようとしていたのか、まったくわかりません。

今更大学に行ったって何にもいいことがない、無駄に年を食うだけで、ほかにやることがあるのではないか

そもそも卒業できるかどうかもわからない。大学勉強社会には役立たない。卒業できても中卒の看板大卒に替えるだけ。

職業訓練専門学校に行ったほうがいいのかもしれない、でも大学受験には未練があります

まったく自信を無くし、食欲がなくなり、悪寒と冷や汗、夜は眠れず朝は早く目が覚めます

無意味かもしれないと思いながら机に向かいます不安で真っ黒の頭は計算ミスを繰り返すばかり。

こみあげる吐き気と闘いながら机に向かいます。今すぐにできそうなことは他に見当たりません。

外に出てアルバイトを探すべきなのか、車の免許を取るべきなのか、ぐるぐる問答しながら問題集を解きます

中卒引きこもりという最底辺仕事を探すのは死ぬほどつらそうでした。どこでもいいか大学を出ていればよかった。

怠惰自分に戻らないように勉強を続けます学力が伸びる保証も、今の勉強が続く保証もありません。

そもそも私に仕事が続けられるでしょうか。学校に通い続けられるでしょうか。

継続できない人間に居場所はありません。私は社会で働いているすべての人々を尊敬します。

今年の受験シーズンはまだ始まったばかりです。しか学力を伸ばすには短すぎ、神経を衰弱させながら続けるには長すぎる。

今気づいたのはよかった、そう自分に言い聞かせますがもう分水嶺を越えてしまっているようです。

大学中退という勲章を一つつけるために勉強をしているようなものです。泣きたくなっては外を走ります

気分の浮き沈みが激しいです。この文章を書き始めたときは死にそうでしたが少し楽になりました。


これを早朝に書いてから数学参考書に手を付けたのですが難問を前に気持ち悪くなってしまいました。

タイマー時間がいつまでたっても進みません。難しいことを考えるのを頭が拒否しているようです。早めの昼寝をして今パソコンの前にいます

勉強から逃げているだけでしょうか。つらいことと向き合い続けるのが人生なのに。

受験勉強を本格的にしていると胸を張れるのはたった一か月だけです。なんて甘ったれなんでしょう。

なんらかの支援を受けて今の生活から脱したほうがいいかもと考え始めます

そういうところにいる人たちを私は蔑視していました。今は将来に向け頑張ってる前向きな人たちと思えてきます

私はちょっと休んでいただけで、まともで、自力人生を切り開けるんだと、そういう無根拠な自信がなくなってしまいました。

両親と相談する勇気すらありません。両親は大学へ進めば何とかなると、私はやればできる子だと、そう応援してくれます

ほかの選択肢について真剣に話したことは一度もありませんし、考えたこともありませんでした。

から覚める前までは楽しく勉強していたのに、昨日までは何とか机にかじりついていたのに、嘘みたいです。

中学生のうちに取った英検二級、去年のセンター7割、何の意味もありません。

日曜日には模擬試験を申し込んであるのに、行かない理由ばかり探してしまます

インターネット無限時間を吸い取る悪魔ですが、ほかに相談する相手がいません。


追記 5/2 20:50

少し楽になりました。今は大学を目指してもいいのかなと少し前向きになれました。

放送大学や夜間は全く考えていませんでした。さっさと仕事を見つけろということですよね。

どんな仕事があって、どんなふうに仕事を探して、どうやって住むところを見つけて移動手段を確保すればいいか、恐ろしくてたまりません。

こんな人生になってしまったんだから泥水をすすらなければならないのはわかっています。今まではその覚悟がありませんでした。

何とかもがいてみようと思います。何かあったらまたよろしくお願いします。


追記2 5/3 10:25

明日から心を入れかえようと決意したものの、夜はやはりつらくて、身の丈に合わない努力は無理なのかなあと思いました。

運動部練習についていけなかった時のように、急に受験生のまねごとをして疲れてしまいました。

死ぬ気で努力したら何とかなる、の美談の裏には死人がたくさんいて、自分もそちらのほうに入っているようです。

人の何倍も努力することはできず、十年取り返すことは不可能で、自分なりのささやか幸せをみつけなければいけない。

朝起きたらコメントが増えていて驚きました。

対人スキルが全くないのはその通りで、弟と母親しかまともなコミュニケーションがないまま十年です。

この十年かつての同級生と会ったことはただの一度もありませんが、実際にはこの田舎地方都市)で立派な社会人をやってる人も多いはずです。

今すぐに仕事を探そうと考えられないのは彼らに会ってしまうのではないかという恐怖からだと思います

プライドが高すぎるのもその通りです。大変な仕事をやっているひとたちを蔑む感情自分にはできないと卑下する感情とがあります

文章がそれなりに見えるとしたら推敲時間をかけているせいでしょう。

気づいたのだから今すぐ動かなければならない、でも何をすればいいのかと途方に暮れる。

昨日から自分文章と皆さんのコメントを何度も読んで廊下をうろうろしていて、無駄時間を使っていると焦りを募らせる。

勉強をしていても受験生はこれを一年二年の間にやっているんだろうとか、もっと難しい問題集を解いているんだろうとか焦ってばかりでした。

私は世の中にどんな仕事があるのか、どんな能力が求められているのかも知りません。

大学を調べて思ったのは、いろんな学部いろんな学科があって、それを自分選択しなければならないけど、

どれがどんな職業につながるのか、あるいはつながらないのかが全くわからないということでした。

新卒なら何を学ぼうとポテンシャル採用されるのでしょうが高齢では直接仕事につながるスキル資格を得なければ。

それでもどの道にもつながっていないような気がして絶望したところです。

前までは漠然いい大学に進もう、ほかに道はない、高校勉強をしないで大学に入って何になる、そんなことを考えていました。

今すぐに働くなら受験はあきらめるのか、それでいいのか、決断を後回しにすれば全部失うとわかっていて、それでいて動けずにいます

行政相談窓口は今日はやっていないようでがっかりしてしまいました。

やっていそうなところがあったので今からちょっと行ってみますプリントアウトして持っていけばいいでしょうか。


追記3 5/3 12:50

ついて初めてゴールデンウィークだったか気づきました。これだからニートはいけない。

それでも気分がよくなって人間は日の光と休憩が必要なんだと実感します。

何も解決せず進んでいないけど心が晴れてきました。


追記4 5/3 20:10

どういう風の吹き回しか今日は母と焼き鳥屋へ行きました。酒の席は生まれて初めてのことです。

酒が入って口が軽くなったので腹を割っていろいろ話しました。今までこのように話したことはありませんでした。

私はずっと何も言わない家族を、腫れ物に触わるような扱いをされているのだと疎外感を感じていました。

干渉すれば反発してやる気を失うと思ってずっと見守ってくれていたそうです。

試験直前になって勉強しているのかと聞いてくる父親が嫌いでした。直前までずっと我慢していたそうです。

急に外を走り出した事について何も言われた記憶はありませんが、好ましく思っていたそうです。

この一か月の勉強も私が孤独だと思い込んでいただけでした。

親の心子知らず、親を非難するわけではありませんが機能不全家族という言葉が思い浮かびます

しか一般論として、子供ひきこもりになったときにどういう対処をすべきなのかは当事者の私にもわかりません。

いまは生きる活力があるからこそ将来を悲観しているわけですが、今までは生ける屍で諦めてしまっていました。

やっと勉強ができるようになったのだから続けてほしいというのが母の希望です。

今日はぐっすり眠れそうです。まったく勉強しなかったけれどいい一日でした。

2017-04-27

http://anond.hatelabo.jp/20170427115540

ラジオ局営業職なんてそんなにいなそうだけど、大丈夫(笑)

ラジオ好きだから頑張って欲しいけど、難しいよねぇ…広告効率という意味で、かなり厳しいとは思う。

お布施とかチャリチャリンとか言って自己卑下してるけど、オタクラジオの太いファン向けにDJCDとかイベントで儲けるってのは意外と全うな気がする。

TBSとか聴取者年齢層のせいか聴取率は高いと言っていてもスポンサーはショボい。ニッポン放送は割りと大手スポンサーを捕まえている感じはする。いつまで続くかは知らないけど。

2017-04-26

あーもういい加減にしてほしい。お互い30超えてるんだよ? 「私一人じゃ寝れない人間から」って知るかボケ! そんな駄ドラマみたいな台詞声に出して言う人間初めて見たわ! ばーかばーか! 勝手にやってろよ、でも俺を巻き込むんじゃねえっつってんの! 君に届けこの思い! 届け!!!

もう嫌なんですー自分卑下してるくせに卑下してる自分のことが世界で一番大好きなクソナルシスト女どもに付き合うのはー。大抵部屋の本棚浅野いにお漫画が置いてあるんだよーなんなんだよあのいにお率はよーうんざりだもう何もかもうんざりだ腕が洗濯板みたいになってる女ももういいようんざりだよ本当に明日都内ラブホが一斉に潰れて男は交尾したら金玉一個づつ落ちる生物になってればいいよ俺を含めて

CA社員くらいちんちん主導で生きられれば楽になるんですかね。無理だー虚しいー。俺を含めた全てのクソどもが一週間で死に絶えますように。

2017-04-24

日本の終わってるところ

日本以外知らなさすぎて日本卑下するところ

 

井の中の蛙大海を知らず ではなく

 

井の中の蛙大海を怯れる

 

こういうことわざ無い?

日本の終わってるところ

日本以外知らなさすぎて日本卑下するところ

 

井の中の蛙大海を知らず ではなく

 

井の中の蛙大海を怯れる

 

こういうことわざ無い?

結婚学校っての見てたんだけど

さっきフジでやってた「結婚学校」っての見てたんだけど。

「どうせ、結婚できない男子をディスるような番組なんだろう、見たくないかな」

と思いながらも見ちゃったんだけど。

それに出てた顔隠してた方の男がチョー空回りなわけよ。

張り切ってパーティー出向くんだけど、撃沈みたいな。6万のジャケット買ったのにさ。

カムカするのは、全員こいつのことを下に見たような構成だったんだよ。ま、いつものことだけどさ。

そしたらさ、卑下するしかないじゃん。「僕は誰にも見えてない」とか言うのよ。

でもさ、彼女いたって「私の彼氏チョー面白くない」とか言われてるのはよく見るし

結婚してたって「真面目が取り柄の面白くない旦那」なんて言われてるのもよくいるわけよ。

こいつが目指してる向こう側だって、「他人から見えてないやつ」、なんてゴロゴロしてるっての。

どんなやつだって、誰かからは見えてない。

偉そうに「チェリーボーイ」呼ばわりしてたクサレフジTVスタッフだって、誰かにとっては全く存在感なんてないし、

今この瞬間に死んだって、あっそって思う人間が大多数なんだよ。

なんかムカついて、今日は眠れないかもしれない。

空回りしてたけど、なれないことして、チョー頑張ってた。

「でも僕って見えてないですよね。見えてますか?ハハ・・・

彼女作って、クリスマスとかバレンタインとか計画して楽しんでみたい、だって

おい。言っとくが、女という生き物は、そういうお前を「つまんない男」と認識するぞ。

つまんない糞女が、お前のような勇者に対して「つまんなーい」っていうのだよ。

あーむかつく。

なんでオレはこんなにムカついてるんだ???

2017-04-18

無職被害者意識

私は現在無職である就職活動をしている。

新卒で入った会社を数ヶ月で辞めた。所謂第二新卒」という括りである

第二“新卒”という呼称は入っているが、新卒ほどの価値はなく、月とスッポンである

就活にも苦労している。


最近ふと思うことがある。無職ニートも含め)の人って、なんか被害者ぶってない?と。

私もきっとそうだった。というかまだそうかもしれない

辞めた会社いかに劣悪な環境で、心身ともに苦しめられて、

嫌な上司がいて…としんみりした顔で話すと、皆「それは辞めて正解だよ」とか

退職できてよかったね」とか言ってくれる。

自分のことをブラック企業被害者ということにしていた。

確かにブラック企業で大変な目にあっていたのは事実だ。

だが、その会社を選んだのは紛れもなく自分自身である

新卒時代もなかなか内定が出なくて、卒業間近に決まり既卒になりたくない・もう就活したくないという

藁をもつかむ思いで入社した会社だ。本当に藁だったが。

内定が出なくてそんなに追い込まれた状況を作ったのも自分自身だ。

今の時代会社レビューを見れるサイトなんて沢山あるし、調べれば回避できたことを

就活がしたくないという思いから怠ったのも自分自身だ。


ツイッターとかで、就職できずに既卒になった人の意見を見ると、就活システム企業文句を言っている。

確かに新卒一括採用問題視されている部分もあるし、実際の内容と違う求人情報を載せる企業は完全な悪だ。

でもそういう箇所に突っ込みを入れるのって、なんか、どうなんだろう。

『国のせいで就職ができません』みたいな。

労働条件に関しては少しずつではあるが改善されてきているように見えてるが、

就活システムに関しては当分このままだろう。

あと自分のことを「コミュ障」「人見知り」「クズ」とやたら卑下している。

自分欠点自覚しています。そのせいで就職ができません』という言い訳に見えてくる。

いや実際にそうなのかは知らないけど。思い返せば自分がそうだった。

ブラックで働いていた」ということで退職したことも無職であることも正当化しようとしていた。


何が言いたいのかよくわからなくなったが、自分含め被害者意識のある無職

本当に何かの「被害者であることは間違ってはいないと思う。

だってそう言っている人には「大変だったね」「もっと簡単就職できるようになればいいのにね」と

共感してあげることができる。仲間だし。

でも被害者からといって何か許されることがあるわけではない。

世の中には働かなければいけない決まりがある。職に就く必要がある。

お金を稼いで納税する義務がある。

大多数の人は就活を経て会社に勤めている。そしてそれが常識になっている。

就活している人は働きたいという意志をしっかり持っている。

なんとかしてこの制度を変えていく気概がないなら、

クソみたいな慣習を受け入れて頑張るしかないんだ。

2017-04-12

残業禁止を叫ぶ雑魚

残業禁止議論をすると、いつも「残業するやつは無能」とかいい始める輩が表れるけど、

毎回、必要以上の努力が出来ない雑魚がイキってるな(笑)しか思わない。


君ら、そもそもを勘違いしてるようだけど、仕事ってのは本質的に不合理なものだ。

ルーチンワーク化された事務"処理"なんかの話ならまだしも、企画や開発や営業なんかの新規開拓する業務本質的合理化不可能だ。

そのあたりを上手くやるためのいろんな上手い方法(統計学ビッグデータ機械学習なんやかんや)もあるけど、それを使いこなしたところで本質的合理化が果たせるわけではない。

どうやったって最後最後には、解があるのかわからない中で総当りで潰していかなきゃならないような泥臭い非合理にぶち当たる。

しかも、その泥臭い総当りは必要最低限の努力であって、「新規開拓する」ためには総当たりの外側に対して、如何にアタックしてくかが重要になる。


勝手に悦に浸って残業する人を見下す雑魚。お前らのその残業への卑下の裏返しは、残業をしたくない(できない)、必要じゃない仕事をしたくない(できない)自分性格に対するコンプレックスだろ。

直接には自分業務関係ないようなことにもとりあえず興味を持って手を広げてみるとか出来ないだろ。

お前らのほうがよっぽど会社にとってお荷物だと思う。


なぜ君たちは、必要以上の努力がいらない、お得意の合理化()で業務を完結できる一般職バイトにならずに、総合職を目指してしまったんだろう…。




最後予防線引いとくけど、体や精神ぶっ壊すような長時間労働の話は別だし、経営側の問題でクソみたいな業務が糞詰まりになった挙句残業の話とは別な

2017-04-11

http://anond.hatelabo.jp/20170411123656

その気持ちよーーーくわかる。私も自己評価がとにかく低い女性と6年(!)付き合って、先月結婚した。増田が書いてあるように、「どうせわたしなんか」という文句を筆頭に卑下してくるので、「いい加減に直せ!」と度々大喧嘩することも。しかし、なんだかんだ笑った顔が好きなので、最終的に許してしまっていたが、やはり疲れる。かなり疲れる。それでも自己評価を低くしてはいけないと懇々と諭したおかげでちょっと改善されたが、それでも卑屈になるので諦めた。「はいはい」と聞き流すようにした。ただ言いたいだけなんだと。

全然答えになってないけど、これから一生一緒にいるということえを冷静に考えて、無理と思ったらきっぱり別れたほうがいいよ。大丈夫そうなら受け止めるしかない。時々怒りながらね笑

2017-04-09

地方が何で退屈かわかった

最近京都から群馬高崎移住したんだけど、

とにかく地方は住みやすい。

スゲェ住みやすいのに、

地元人達卑下する気持ちがわかったよ。

群馬イメージ風評)ってスゴイものがあるから

最初ビビってたんだけど、高崎は言うほど田舎じゃない。

レベル感で言うと福島郡山くらいかな。

駅前には大きなヤマダ電機高崎本社)もあるし、郊外にはもちろん巨大なイオンもある。

飯屋は多いし、コンビニ普通にある。車社会からから離れても商業施設は沢山ある。

そもそも、関東から関西に移り住んで田舎定義が変わったんだけど、

関西に越して「横浜田舎っすよ〜」って言うとかなり失笑をくらった。

個人的にはホンキで横浜田舎だと思っていたんだけど、

関西に住んで田舎田舎ってことがわかった。

これはどういうことかって言うと、

田舎とはマジで何もないところ。

小学生の頃、夏休みにじいちゃんばあちゃん家に行くと思うんだけど、

その時に夏休みどっか行くの?って聞くと「田舎に帰るー」って大抵答えるけど、

田舎=おじいちゃんおばあちゃんの家で、そもそもそこが横浜だったオレからすると、

田舎の正しい概念を正しく感じられないまま育った。

たまにガチ田舎帰省する友達ホント羨ましかったのと同時に、

田舎」って何??!って混乱する自分もいた。

当時は、横浜で生まれ育った身からすると、

東京と比べてって田舎という認識が強くて、

じゃ、東京の何と比べてってのが何となくしかからなかった。

けど、横浜東京関西高崎に越してきてはっきりと言えるのは、

先進的な文化が生まれない街を田舎と言うんだなと思っている。

横浜はちゃんと知れば近代的な文化ジャズとかレゲエとか)はあるし、

今思えば十分退屈しないと思う。

で、今いる高崎生活する分には何不自由しないしないんだけど、

(美味い飯屋もメチャ多い!)ホント退屈なのよ。

何と言うか、ただ生かされているというか・・

増田積極的サブカルに参加する方じゃないけど、

これまで参加しなくても参加していたんだなと、副流煙的な・・

街はサブカルを含めた空気が創り出し、

それを五感のどこが満たされていたから退屈しなかったんだなと

思う今日このごろ。

地方活性化させるには、

高崎みたいな観光資源がない街は特に

文化創造に力を入れるべきだなと思った。

文化のないところにはステキ若いやつらも集まらないし、

住みたいとも思わないよね。

やっぱり、ステキ若いヤツらが

世の中を担っていく必要があるんだなと

戒めと期待を込めて。

2017-04-03

http://anond.hatelabo.jp/20170402171317

面白い文章だね。

でも、あなたの持ってるアニオタ像って90年代のまま止まってるんじゃないかな。

ポスト・トゥルースの鏡に映っているのは他者ではなくあなたの顔のほうでしょう。

あなたの30~50点という評価は正解ですよ。

そして100点評価他者もまた正解ですよ。

あなたは単に00年代10年代を経た多様性時代についていけてないだけのような気がします。

このような文章他者卑下して自尊心を保つようなこと、もう今はしなくてもいいんだよ。

2017-03-30

無能アピールしつつしれっと結婚してる人

増田とかブクマカとかにもいるけど

「私なんて〜だよ。凄いね」とか言ってる奴が結婚してるのほんとうざいか自分のこと卑下しないでくれる

2017-03-23

http://anond.hatelabo.jp/20170322210304

知らなかったことを知ったとき知ったあとで行動すべきを考えること反省することを子供のようだ幼稚だというのならもうなにもかもやめたほうがいいとおもう

文字どおりなにもかも

あなた小学校卒業してから気づきや学びや反省努力をしたことがないのか

中学生以上は「起きる前のことを想像して対策を練りこれまでの歴史上起きた閉塞的結果に陥らないよう行動すべき」と考えているのか

小学生がするようないじりで恥ずかしい思いをしたということに限って小学生比喩を出したのなら

小学生時代田舎で過ごした都会で過ごしたというような人間が異なる環境に出たとき

小学校でやらなかった?」という引き出し方で問いを受けたら経験不足を幼稚と卑下するのか

それはそのいじりそのものとかわりなくないか

2017-03-11

ディズニー自虐はもうたくさんだ

今日モアナを見てきた。

アクション満載で面白いし、歌もいい。

映像もとてもきれい

ただ、私に一番残った感想


また自虐ネタかよ!!!

ディズニーお得意の自虐ネタかよ!!!!!!


です。

最近ディズニー作品には「プリンセスは歌って踊って動物とおしゃべりするんだろ?」「突然歌い出すのはやめてくれよ」(意訳)というような、かつてのディズニー作品皮肉るようなセリフが出てくる。

もちろんディズニー現代に合ったプリンセス像を模索していることを知っているし、その改革はとても偉大なことである

でもさ、もういい加減自虐するのやめない?

その自虐ネタ何回も聞いたよ。

リライアブルじいさんの話レベルに耳タコだよ。

何回も自虐されるとげんなりするんだよ。

Twitterとかで美人自撮りして「まぢ私ブスすぎ…つらたん…」とか、絵師過去絵再投稿して「過去絵下手すぎてつらいわー糞絵だわー 」とか何度も言ってたらイライラしない?

少しなら笑いになるけど、何度も繰り返されると卑下しか聞こえない。

さらに、もし映画を見ている人が昔の作品も大好きだったら?

子供の頃に抱いたあのプリンセスへの憧れは間違いだったのか?

昔の作品が好きな私はあざ笑われる存在なのか?

もっとディズニー側は自虐ネタをただ単に笑いの要素として入れているのであって、過去作品全否定する意図はないし、ましてやファン否定するつもりなんて全然ないのだろうけど、どうしてもそんな想いがよぎってしまう。


時代に合わせてスタイルを変えていくのはいいことだし、自分意志で道を切り拓くプリンセスの姿はとても素敵だと思う。

でも、あなた黒歴史だとした作品愛する人がいることを忘れないでほしい。

純真運命を信じて生きるプリンセスときめいた私をどうか笑わないでほしい。

2017-03-10

お願い。ADHDの人と残業原則反対派は一呼吸置こう

今、ADHDの人と残業反対派で、話が噛み合っていないことが問題になっている。まだやってんのかと思うころかもしれない。手斧スター手裏剣の投げ合いを見ていると疲れてそこから離れたくなるよな。

だがもう少し聞いてほしい。続く過労死運輸業界の疲弊を経て、今ようやく「さすがに労働環境について検討し直さないとまずい」という認識が広まってきたところだ。すぐには解決するわけがないので焦らず妥協案を探る話し合いをゆっくりとでも続けてほしい。

今回主語が大きくてすまない。二者択一ではないということは承知している。

ただ、本来労働者会社」という枠組みで協力し合っていいはずの労働者同士が、現在弱者強者」もう少し正確には「ADHDに多様な働き方を派 対 それでも残業ダメ派」が争点となっている。どうしてこうなった

と、せっかくの話題が膠着してしまったことが悲しかったので、一連の流れを見返してみたら原因が分かった。

この問題残業禁止派は

個人責任を論じても効果はない。会社社会全体を変えなければ解決しない問題であるという認識を皆が持つ必要がある

と考える。他方、

普通の人を守るためならマイノリティ黙殺しても仕方がない、それが労働規則だ」という多数意見を見るとは思わなかった

発達障害者の切実な状況について気を遣いながら書かれたエントリに対して、定時帰りを絶対善視する人たちのブコメ酷薄さが恐ろしい。「残業禁止強者ルール」というのが図らずも証明されてしまってるのでは。

ADHD側に主眼を置いたコメントにも多くのスターがついており、「交渉決裂」の様相を呈している。が、そうではない。単にハテブが100文字しか記入できないからお互い齟齬が発生しているだけなのだ。ここで諦めずに折衷案を探していけば、仕事ができる人もできない人も今よりずっと働きやす環境になるので、長くなるが聞いてほしい。

一連のトピックを追う。昨年10月頭の長谷川秀夫教授残業100時間超で過労死は情けない」等の話題を通過した後、このあたりから始まる。

2016-10-16「長時間労働撲滅運動」には賛成できない http://www.outward-matrix.com/entry/2016/10/16/120846

という内容だ。同時に

人を奴隷のように扱うような企業には反対

とも書いており、お?分かってる人か?と一瞬思わせるが、この人はその少し前に、

問題105時間という残業量それ自体にあるわけではないのです。自分が心から打ち込め、周りともいい関係を築き、素晴らしい人に囲まれているような環境であれば、残業を何十時間しても苦にはなりません。http://www.outward-matrix.com/entry/2016/10/08/113552

という言葉を残している。ワタミ等多くの例があるが、このような人は「自分ができることは人にもできる(できない奴は無能)」と考える傾向がある。疲弊している人や弱者に寄り添う方針とは相容れないように思う。そこでブコメ欄は次のようなものとなる。

このエントリ言及して、同日に次のエントリが上がる。

2016-10-16 会社員には「長時間労働をする自由」など必要ない http://dennou-kurage.hatenablog.com/entry/2016/10/16/173609

これらは先のブコメを追認しており、残業反対派の言いたいことをうまくまとめてくれている。

そして先日、上記を引きとる形で次のエントリが書かれた。

2017-02-24 残業禁止強者ルールなのでは、という話 http://syakkin-dama.hatenablog.com/entry/20170224/1487937935

ここで幾つかの食い違いが出てくる。
  • どうも、効率の悪い人です。それ、効率良く働けるマンしか生き残らないよな。
  • 「え、職場についていけないなら辞めればいいじゃん。無能なんでしょ?」そういう声も聞こえてくる気がします。

まず「無能はやめろという方向のブックマークコメント」はごく少数でしかない。先の2エントリ計、約750コメントの内7つ前後判断が難しいコメントがあるので)。獲得★スター合計、TOP10の1,800個に対し10前後

時間を区切って生産性上げろよ」「効率上げろ」と仰る皆さん

同様に先の2エントリ中にこの方向のブコメは同750中24前後。獲得★スター合計、TOP10 同じく計1,800個に対し16個前後

ここで『残業禁止強者ルール』という重要言葉が出たわけだけど、上に書いたように「無能は辞めろ」「効率上げろ」といった個々人の弱さを責めるコメントはごくわずかだった。

(「残業をしないということは弱者はクビにされる。つまり無能はやめろと言っているのと同義ではないか」という方向から意見かもしれない。しかし私はこの前提が正しくないと考えている。理由は最下部に書く)

前の方のエントリで書きましたけど、効率よく仕事する皆さんにボッコボコにされた悲しい経験があります

とあるように、このエントリには自身の別記事のやり取りでの経験が尾を引いているようだ。(あの記事かな?と思うものはあったが特定できなかった)

であれば当該記事との関連をもう少し明確にしないと、やはり「何の話をしている?」となりついて行きにくい。

このエントリには次のようなハテブコメントが付いた。

これらのコメントを受けて

発達障害者の切実な状況について気を遣いながら書かれたエントリに対して、定時帰りを絶対善視する人たちのブコメ酷薄さが恐ろしい。「残業禁止強者ルール」というのが図らずも証明されてしまってるのでは。

とのコメントが付く。これは大事な一文なので、続くエントリのあとで合わせて追記する。

2017-2-26 ADHDと「残業禁止ルール」の相性の悪さについて http://menhera.jp/2064

前提が間違っている。

先に記載された通り「労働ダンピングは許せない」は一連の流れにおいて主内容ではない。ダンピング言及したコメントは先の2エントリ12前後/約750コメント。獲得★スター合計、50個前後/TOP10計1,800個。

「噛み合っていないんですよ」と言うのであれば、まず自身が噛み合わせてから話し始める必要がある。

「"仕事が遅いからといって労働ダンピングは許せない"というコメントに対する反論」とするならば正しい。だが、その一部分を主題とせず「一律の残業禁止は是か否か」という大元の流れを自身で呼び寄せたにも関わらず「(全体の話は置いておいて)私は今回ADHD特性をより詳細にお伝えすることで"労働ダンピングは許せない"という人への反論します」という内容でしかないのであれば、そちらがズレている。

はてなで”普通”の人を守るためならマイノリティ黙殺しても仕方がない、それが労働規則だ。という多数意見を見るとは思わなかったね。

残業禁止強者ルール」でのブコメ発達障害者の切実な状況について気を遣いながら書かれたエントリに対して、定時帰りを絶対善視する人たちのブコメ酷薄さが恐ろしい。「残業禁止強者ルール」というのが図らずも証明されてしまってるのでは。

マイノリティーにも多様な働き方を」という主張は正しい。だがここで使うのはズレている。システムとしての安全策を構築するのではなく"弱者自己努力でなんとかしよう(時間はあげるから)"と言っているようなものなのだから

ADHD側の話題が徐々にずれてきているから「主題残業例外を認めるか否かだよな?答えは、ADHDでも例外は認めない。個人責任を負わせてはいけないから」と主題への返答をしたのに「私は全体のことについて話しているのではない。私自身のことに目を向けてほしいのだ」「マイノリティーを黙殺するのか」という方向にもっていっている。

全体の流れを追って話をしている人たちからすると、いきなりポンと話を支流へ飛ばされてしまうと面食らうんです。えっと…今急にその話題に飛ぶの?その話も確かに大切だけど、主題をもう少し詰めてからでないとややこしくなるよ、と考える。

なぜ話が飛んだんだろうか?カドカワさんに「めっちゃいっぱいPV集めたら書籍化」って言われたから無理やり話題を引き入れたのかな?と一瞬勘繰ったが、いや違う、思い出した。

ADHDの人って「途中から話に割って入ってしまう。今言わないと忘れるからという傾向があることを。ああそうか、と自分の中では納得がいって、別に喧嘩するほどのことじゃないなと安心できたんですが、どうでしょうか。

そうでなくても、いちいち全体の流れなんか把握してらんないのでちょっとずれたこと書いてしまうということは誰しも思い当たるふしがあると思う。だから自分の話も聞いてほしい」と思ったり、話がポンと飛んでしまったりすることがあるのは仕方がないけど、同時に、いきなり話題が飛んだことについていけない人がいるのもまた仕方のないことであり、そのことをもって「心無い人たちだ」と思うのは間違い。

このポンと飛んだ話から「言いたいことは発達障害者の切実な状況についてである」を第一に考えられた人はえらい。一方で、他の人がそのことを本当に理解できていなかったかというとそれもまた違うと思う。

話がずれているな、と感じるとき人がすることは二手に分かれる。話題を元に戻すか、一旦主題は置いておいて副題へ移るかだ。しかしこの時点では主題煮詰まっているとは言い難く、このタイミングで副題へ移ってしまうのは主題が疎かになる可能性があった。こうした理由とハテブの100字制限もあり、「ADHDの置かれた立場という副検討課題」よりも主題に対してのコメントが多くなってしまったのだと思う。

残業禁止個人仕事の進め方の話をしてるんじゃなくて、「赤信号は止まりましょう」位のルールの話で。赤信号で止まるのは視覚障害者に厳しいから止まらなくても良いことにしてくれという事にはならないだろう。

そう。視覚障碍者への対応を考えなければいけないのは明らかだが、まずは主題「赤信号は止まる必要がある」という原則を皆が共有する必要がある。しかし「全員が止まるなんて無理」という意見が出ているので「いや、やはり赤信号では全員が止まらなければいけない。なぜなら」という話を進めていく必要がある。

ADHD側が阻害されたと思うのと同様に、根幹の話し合いを疎かにすると以前から話を進めていた残業反対派も進行を阻害されたと感じてしまう。

ADHD管理職をやっている者なんだが http://anond.hatelabo.jp/20170227161628

このエントリでせっかく素晴らしい知見が得られているのに

  • なんかなあ。別に誰も「定常的に一定効率を出せないやつは死ね」なんて言ってないと思うんだけど。問題は「残業規制するのはADHD疎外だ」って主張だよ。それはまちがってる
  • 最初の話は多様性を認めろじゃなくてサビ残認めろだったよな。サビ残と戦おうとしてる人を強者扱いしてかわいそうなADHD物語作ってたよな。多様性認めなかったのどっちだよ。俺は雑な話をしたくないだけだ。

と、内容に直接触れたものではないコメントが最多の支持を得ることになってしまった。この反応は、率直に言うと「"過労死を防ぐ"という核心部分のために残業規制を話し合っていたのにADHDの人に全部持っていかれてしまった……」という"悔しさ"みたいなものかもしれない。そして「ADHDの人にも関係あること話してるのに黙殺だって言わないでよ」と。なぜなら、その残業問題主題にはADHD仕事ができない人も当然内包されているから。どういう意味だろうか?

まり、こう。

仕事ができない人はクビになる」と怖がってるけど逆だよ。現状「周囲に助ける時間的余裕がないから、仕事ができない人に厳しい」んだよ。全体の残業が減って時間的余裕がある世の中の方ができない人へも優しいよ。

夢のある予想だが、しょせん理想に過ぎないだろうか?

ここで一度話を切ります。次の増田では、上記理想論を含め当初から出ている多くの疑問点について一つ一つ答えてみる形で進めます。続けて読んでもらえたらうれしいです。→http://anond.hatelabo.jp/20170310204122

もうひとつ

一番最後エントリ1000ブクマを超えている。ハテナ民がブクマをする理由はこうだ。「うわー長文だしなんか難しそうだな…でも"知らないままで置いておくわけにはいかない"。ポチっとな(後で読む)」。そう、後で読まない。ともかく、皆発達障害の人を見ないことにしてれば良いなんて考えてないんだよ。知っておかなければいけないと分かってるんだよ。

残業規制問題の盛り上がりはまだ始まったばかりで、発達障害、その他沢山の課題順次考える必要がある。そのときADHDについて日々書いてくれている人たちが強力な助っ人になるので、どうか焦らず、でも止まらず書き続けてほしい。

2017-03-01

ブスが嫌い

これを書きたかった。

正確に言うと苦手。

なぜなら怖い。

自分自身がブスなので、上司などにちょっと優遇されると、ブスの妬みが怖かった。

可愛い子が享受するのは受け入れるものだけど、ブスが享受するのは気にくわないのだろう。

可愛い子は私が多少良い思いをしていたとしてもつまらない嫉妬をしないから、例えば他人から良く言われた時に妬まれないように自分卑下しなくて良いので楽だった。

また、ブスでもヒエラルキーの上層に位置していたい子は、私なんかとつるみたくないのであからさまに避けたりする。

でも可愛い子は自信があるのでそういうことをしないのだ。

一緒にいても勝手に周囲が違うグループだと判断するからなのか知らないが余裕があるのだ。

可愛い子は性格が良い子が多く、ブスは性格が悪い子が多い。

なのでわたし可愛い子が大好きです。

ちなみにわたしはブスなのでご覧のとおり性格が悪い。ほらね。

2017-02-16

私は夢小説なら神になれるんだよって思うという話。

前提

属性】夢が好き。

【議題】『こんなブスをキャラくんは好きにならない』

結論】お前が神になるんだよ!!!

本文

夢的な話題最近ひっついてくる、『キャラはこんなブスなんか好きにならねーよ』というやつについて。

これが夢sageなのかキャラsageなのかあるいはどっちもsageなのかはよくわからないけど、現実自分顔面偏差値ってそんなに重要???っていうのが個人的感想です。

だって架空世界でしょ。架空と言うか、パラレルと言うか、つまり自分がいる世界とはまた別の世界の話なわけで。

別世界で、自己投影するにしたって、現実自分のまま取り込まなきゃいけないってルールどこにもないぞ!

っていうかジャンルによってはたぶん死ぬ猶予なく死ぬ

だったら多少可愛かろうが多少人を殺せようが多少強かろうが、それはそれとして別世界のIFの自分で良いじゃん。

いや、夢=夢主は自分、と確固として主張してるわけじゃないけれど、とにかく夢主=自分だと思ってる人へのエールね、エール

(すごい余談だけど、自分顔面偏差値を鑑みて夢ないわー、って言ってる人、作品へのトリップ力が凄いから私よりも夢技能高いのでは?とたまに思う。私は現実自分そのままで入ることは想像もしたことなかった)

私は自己投影もするし神投影も出来る最高に訓練された夢者だよ。10選手からね。

いま打ち間違えて100年選手って打ったけどそれだとほんとに神だわ。私が神だ!!!

そう!『私が神だ!』も出来るんですよ、夢小説ってのは。

もちろん、人形ごっことして全部が好き勝手出来るわけじゃないけれど(少なくとも私はキャラクター勝手に動いて泣いたことは何回もあるというか好きに動かせた経験の方が少ない)、BL書き手さんでよくある『こいつとこいつの恋愛模様を眺めたい』って感覚、夢の人も持ってる方は割といます。うん。

ここで重要なのが、別に『夢主=自分』の方を馬鹿にしているわけでもないってことです。

たまにこれ勘違いされるんですよね。なんでだろ。被害妄想強すぎる人が多い。

いやそうなる歴史もあるから一概に駄目だとは言えないんですけど、とにかく私は馬鹿にしてません。

誰かの好きなもの馬鹿にはしたくないし、そもそも私は自己投影して書いた夢小説はある。それを黒歴史だとも思わないというかめちゃくちゃ面白いと思ってるよ。

話を戻すと、『あのキャラがこんな恋愛をしていたら』『あの人がこんな人に出会ったら』というのを夢でもえがけます

というか、答えが無いんですよ。【原作人物A】だとしても【オリキャラB】を当てた際の反応に正解はないので、原作で見ることが出来なかった表情だってBと一緒なら見せてくれるかもしれない。可能性が無いわけじゃない。そういうのを探っていきたくて書いてる人も中にはいるんです。

なもんで、たぶんそう言う人達は『【夢=自分】だけではないよ』って言いたくなるんだと思います

だって夢と一口に言ってもたくさんあるし、それが除外されて(=蔑にされて)たら悲しくなるよ。自分が好きな傾向なら猶更。

から声を出すし、声を出すと『自己投影じゃない人に自己投影馬鹿にされた!』って声が上がるし、あーもーにっちもさっちもいかないぜ!

まぁそんなこんなで、夢の中では正解がない。

まり神になれる!

神さまと言うことは美少女だって美男子だってナイスミドルだって思いのまま!

普段騒がしいあの子が静かな喫茶店マスターに見せる表情はキミだけの物!

そういうノリで書いてることわりとある楽しい

BLだって『もしかしたら』という意味で正解なんてないかもしれないだろうけど、だいぶそれが強いと理解してもらえたら私は嬉しい。

から現実自分をブスだと卑下しなくていいし、ブスだからって見向きもされないなんて呪詛自分に掛ける必要はないし、正直夢は楽しいぞ!

男主×男性キャラとか、あるいは男主友情とかもあるしね。

動物夢主もあるし、金魚だってあるしな!可能性は無限大だよ。

から自分のことをそんなにブスだって言わなくたっていいんだよ!

二次創作の中では君は何にだってなれるんだよ!

現実との落差?そんなん気にすんな!

自分アバター人格投影して且つアバターは別人なんて、オタクには手慣れた基本技能みたいなもんでしょ。

ネトゲとかSNS使用する絵アイコンとかも考えればアバターなわけだし)

それと一緒だよ。

最後

まぁそれでも無理だって言うならせめて『夢なんて』とか『夢小説なんて』とか『夢みたいなものと一緒にするな』という感じの意識は薄めてくれると嬉しいかな。

『夢と一緒にするな』じゃなくて『夢と一緒にすると探し辛くなるからやめてくれ』とかの言い方なら角も立たないと思う。

さすがに自分の好きなものsageられてる、あるいはsageられた意識を感じ取って、凸はしないけど悲しくならない人はいないと思うよ。

二次創作に貴賤はないと思うんだ。

貴方だって、よくは知らない上澄みでジャンルのことを語られて尚且つdisられたら心の包丁持つでしょ?こっちだって包丁を持ち始めたくなることはあるんだよ。

終わりに物騒なことを言ってすまんね。

それじゃあ、ここまでありがとう

2017-02-15

舞台「孤島の鬼―咲きにほふ花は炎のやうに―」(ネタバレ注意)

とんでもない作品だった。とんでもない体験をした一週間であった。


まず先に言うと、本作品は『ミステリー演劇』だった。

それは原作推理小説カテゴリーされているからとか、原作者江戸川乱歩だからとか、そういう理由じゃない。

私はその解説、および回答を以下に記すのだけど、それは完全なるネタバレです。

もう知らなかった頃には戻ってこられない、作品を殺す系のネタバレ

なので、未観劇の方には本当に読むことを勧めません。

本作は素晴らしい完成度の傑作だし、舞台演劇でここまでのミステリーを作り上げるのは絶対に容易じゃない。

また、私はエグいほど容赦なくネタバレしていますので、正直自分ももう二度とミステリー演劇は鑑賞できない脳になってしまったのでは…と震えております。

(なので、読んでほしい気持ちがあって増田に書いているものの、観劇済みの方も生半可な気持ちではネタバレを読んでほしくない。六道の辻で迷い不幸だと感じている方にだけ、光が届けば良い。)

まり未観劇でネタバレを読むということは、人生の楽しみを自らの手で一つ潰すということ。尋常じゃない損失です。

本作はDVDの発売が決定しています。

公式DVD予約サイトhttp://www.shop-ep.net/east_park/shopping/a04020102/iid/0000000001746/

(発送日未定。予約は3月末まで)

めちゃくちゃ好評だったので、あなたの周りにも購入している人が居るはず。そして恐らく「見せてほしい」と頼めば喜ばれるはず。布教したくなるタイプの作品なのです。なので数ヵ月後DVDを鑑賞してから、是非また読みに来てください。

「数ヵ月なんて待てねーよ!」って方は、妥協点として2015年に他の演出家さんで上演されたものを見ることができます。

こちらは未観劇のためなんとも言えませんが、おそらく2015年版は絶対解けない「超ハードモードの『ミステリー演劇』」か、『ミステリーではない普通演劇』の可能性が高いと予想しています。でもまぁ全く観ないでネタバレ読むよりは絶対良い。

たぶんDVD売ってるし、3月になれば我らがdアニメストア殿が配信してくれます。

https://anime.dmkt-sp.jp/animestore/CP/CP00000660

高いチケット買って劇場に行くか高いDVD買うかしか選択肢がなかった時代を生きてきた作品の取捨選択にすごい苦しんできた勢なので、dアニさん月額400円でこんだけ見れるとかマジ神過ぎ。最初目を疑った。(WOWOWさんにも感謝していますが、うちTV無いから見れないんですよ…そもそも家にあんま居ないし。お金なら払うのでスマホでもWOWOW見れるようにしてください。)

原作「孤島の鬼」を読むのも手ですが、本作はある意味では『原作本質を描いている』けど、ある意味原作とは全くの別物』です。だから舞台版のネタバレは、舞台版を観てから読んでほしい。

そして、せっかく未来の楽しみを潰してまでネタバレを読んでしまうのだから、その前に『ミステリー演劇』の推理に挑戦してほしい。

一人で解くのは超ハードだと思うので、できれば仲を深めたい方と一緒に。(私が今回の回答に至るのに協力してもらった友人の数は4人です。内1人は原作を読み込み一緒に推理してくれました。)

ぼっちの方も安心してください。本作はめちゃくちゃ面白かったので『2017年版の感想』も、ネットの海に転がっています。そこから辿り着くことも不可能じゃないはず。鮮度のいい印象論の良さも、一晩寝かせた感想の良さもあるので、いろいろ漁ってみてください。

あと私は推理した一週間の思考ログをほぼすべて残しているので、トリックがわかってからログを読み返してみたら翻弄されている自分がめちゃくちゃ面白かった(当時は睡眠不足神経衰弱で瀕死でしたけどね)。間違ってはいないけど騙されている。そんな楽しさもあるので、ぜひ推理に挑戦してみてください。

そして私がまだ解いていない謎の答えを見つけられたら、ぜひ教えていただきたい。

また、運良く本作を劇場でご覧になられた皆さま。感想はもう書き残しまたか

公式がwebでアンケート回収もしています。送ると抽選で非売品舞台写真もらえます。私もとても欲しい。

本作は、『感想を残す』ところまでを含めて作品です。せっかく運良く観劇できたのだから、140字で良いから書き残しておきましょう。

できれば思いの丈をすべて書き出しておくと良いです。『他者に感想を伝えようとした人だけが、謎解きの後に得られる感動』があります。(※個人の感想ですが!)

この感動を、本作品が本当に素晴らしい江戸川乱歩原作舞台化であったことを伝えたくて、読んだら作品を殺すことになるようなネタバレを恥を忍んで書いています。

私はソワレ観劇後、徹夜で翌昼に感想書き上げました。これが私の沼への一歩だった訳ですけれども、これを書き残しておいたお陰で、謎が解けた時に私の回答を出すことができました。

一度ネタバレを読んでしまうと、もう観劇で感じた感想書けなくなると思いますので、本当に一言で良いから感想書き残しておいてください。ついでだから公式アンケートに答えて非売品写真当てましょう。当たったら私にも見せてください。

最後に公式各位。

ネタバレにあたる部分は私の個人的ミステリー体験なので、これが公式解とは主張断言しません。

と言うか、理由なき見落しと、自分の能力ではどうしても咀嚼できなかった部分(言葉スムーズに脳に入ってこなくて読解しながら観劇することができなかった原作には無いシーン)があったので、私のネタバレは不完全です。他にも拾い損ねている箇所がポロポロ出てくる。逆転する可能性が大いにある、お粗末な推理

ですが、キャストの皆さまが最後までネタバレに配慮されていたのに、ネタバレを公開し誰かに読んでほしいと願うことが、浅間しいようにも感じています。

ネタバレ注意喚起に約2000字程裂きましたので、どうか堪忍してください。

p.s.オリジナルマグボトル購入しました。作中に赤い色が無かったのでデザインも綺麗だし購入したのですが…紐解いてみるとなかなか意味深なグッズですね。とても良い記念品になりました。


それでははじめます。

導入


無人の屋敷に風が吹き込む

暗転

まったく光のない深い暗闇から男性の声が聞こえる

「不幸ということが、私にもよくよく分って来ました。本当に不幸という字が使えるのは、私だけだと思います。遠くの方に世界とか日本かいものがあって、誰でもその中に住んでいるそうですが、私は生れてから、その世界日本というものを見たことがありません。これは不幸という字に、よくよくあてはまると思います」

暗転明け

無人だった屋敷に白髪の男性が立っており、書物を音読していた。

彼は自身について取り止めなく独り言つ。

彼……『私』を語り部とした、物語がはじまる。


まず本作の初見の私の感想と回答は、下記増田で参照できる。

http://anond.hatelabo.jp/20170206104211

ミステリーとして解いた今読み返すと相当ブッ飛んだ納得の仕方をしている。自分の妙さについて今までなんとなく感じていた部分が浮き彫りになりすぎである。こわい。

当時も気持ち的にスッキリはしたけども、<もやもやした原因が『認知を歪められている感覚』だったのに、「それは作者の願いだよ!」という犯人動機の『妄想』では、『論理的解決』にまったくなっていない>ので、悶々とはしていた。

作り手側は演劇を魅せるプロだが、観客は演劇を観るプロだ。伊達や酔狂でやっているわけではない、こちとら真剣に観ている。

認知を歪められている感覚』なんて中途半端ものは見過ごせない。

ちゃんとトリックを暴きたかった。

そこからずるずると私は沼に嵌まっていき、推理のためにガチで眠れない一週間を過ごすことになる。

そもそも、舞台「孤島の鬼―咲きにほふ花は炎のやうに―」の何がミステリーなのか。

それは、本作品が叙述トリックを駆使し、とある真意』を隠しているということにある。

しかし私の目下の推理動機は、トリックを逆手に取った『簑浦も諸戸も幸せになれる最適解』にあった。どうしても二人を幸せにしたかった。

そのために以下のことを行った。

そしてひたすら二人が相思相愛ではないという可能性を潰し、相思相愛である可能性を見つけ出す作業


解説『簑浦も諸戸も幸せになれる最適解』①

箕浦の白髪

二人の愛の一番の障害は、箕浦の白髪化=「箕浦は同性愛を『生理的』に受け付けられない」という点。

これが諸戸が箕浦の前にあらわれることがなくなった原因だと思う。彼がどんなに誠意を尽くそうとも、これだけはどうにも覆すことができない。

しかし、実は原作では白髪化したタイミング=直接的な原因が諸戸に襲われたことのみだとは明記されていない。

そして舞台でも、実はめちゃくちゃぼやかされている。

冒頭、語り部である『私』が自身の体験した恐怖について語ろうとする。その時にまるでトラウマが呼び起こされるかのように喉元を掻く仕草をする。

後半井戸の奥、深い完全なる暗闇の中、水位が増して死の恐怖に襲われた時。『私』佐藤箕浦も、諸戸と石田箕浦と同じマイムを行って移動し、水位が増しだすと喉を掻いて苦しみ悶絶する。

これは、白髪化するほどの『生理的』な恐怖が、諸戸に襲われる前から強烈にあったという解釈にできる。

では逆に、諸戸に襲われた後の恐怖はどうだろう。助八さんの救助が来て、生死の恐怖は去った。丈五郎の恐怖も去った。では諸戸に犯される恐怖はなくなるか? 普通に考えれば、自分を襲ってきた相手が側に居るなんて恐怖しかない。第三者が居るから安心だなんて暢気になれる訳がない。(学術的根拠を略していることは恥じています)

箕浦は、諸戸に襲われた時にあれほど恐慌したのに、襲ってきた相手が側に居てもケロっとし過ぎなのである脱出できた時なんて笑いあっていたりする。

これらによって、「箕浦は同性愛を『生理的』に受け付けられない」ということを否定できる可能性が、十分にある。

同性愛への拒絶:あの夜まで

生理的』に受け付けられない訳じゃないのなら、箕浦の同性愛への拒絶はどこからくるのか。

実は学生時代の箕浦は、同性愛を拒絶していない。

諸戸が触れるままにさせ遊戯を楽しんでいたと言っているが、これってちょっとエッチではないですか? 私は『もてあそぶ』というよりも、遊廓でのお戯れみたいな印象の方が強かった。エロかった。

…脱線した。ともかく同性愛を否定する、拒絶する描写が無い。

ましてや「あつい手だね」というセリフは、諸戸と佐藤箕浦の両方が同時に口にする。

これは原作では諸戸が言い、簑浦も『私も同時に、火のような相手の掌を感じた』とある

あの夜、諸戸と箕浦は、本当は同じ気持ちであったのではないか。

同性愛への拒絶:あの夜から

しかし大人になった箕浦…いや『私』佐藤箕浦は、頻繁に同性愛を拒否する。

そして井戸の中、「今こそ、僕の願いを容れて、僕の愛を受けて」と請い願う諸戸を「あさましい!」とはね退ける『私』佐藤箕浦。

実はこのセリフ原作には無い。そして学生時代のあの夜は諸戸の方が言っていたセリフなのだ

「君は浅間しいと思うだろうね」と。

箕浦に『同性愛を持つ者は異人種』だと一番最初に植え付けたのは、他ならぬ諸戸であった。

そしてあの夜、「『私』は諸戸との関係はこれで終わったと思った」。

もし、もし諸戸が、自分で自分の気持ちを否定してしまわなければ、二人が結ばれていた可能性もあるのではないか?

『箕浦』の存在

あの夜の後、箕浦が大人になりSK商会に勤める場面から「過去の『私』」石田箕浦が登場する。

大人になった『私』佐藤箕浦は同性愛嫌悪感情を見せるが、石田箕浦は同性愛嫌悪していない。

諸戸が自分に恋していることを頭では理解しているが、そもそも同性愛をわかっていない。だから諸戸からの熱視線性愛アピール)をまったく感知できないし、諸戸からの接触に応えること・握手を求められた手を握り返すことができる。

スポットライトが当たらないところでの石田箕浦と諸戸は、まさしく「諸戸と簑浦は何か変だ」状態熱視線を送ったり触れようとしたり羞恥の色を見せたりする諸戸に、石田箕浦はまったく気付かない。A.T.フィールド固すぎ)

絶望的に脈ナシな究極のノンケ

原作の簑浦とはかなり印象が違うそう(私は一度推理完了するまで未読を貫く主義のため世論であるが)。

簑浦と箕浦、原作とは名前漢字が異なるし別人か? いや、そうじゃない。無意味な改変は絶対に起こらない。「虚偽の事柄を事実として書くことはアンフェア」だからだ。印象が違うなら、『変えた理由』と『変えても原作の簑浦を成立できる理由』がある。

石田箕浦が登場する前。佐藤箕浦が諸戸との関係は終わったと思ったあの夜。諸戸が泣きながら請うた内容は以下だ。

「君は分っていてくれるだろうね。分ってさえいてくれればいいのだよ。それ以上望むのは僕の無理かもしれないのだから 。だが、どうか僕から逃げないでくれたまえ。僕の話し相手になってくれたまえ。そして僕の友情だけなりとも受け入れてくてたまえ。僕が独りで想っている。せめてもそれだけの自由を僕に許してくれないだろうか。ねえ、簑浦くん、せめてそれだけの……」

諸戸が願った内容、これまんま石田箕浦じゃん……

石田箕浦は諸戸を友人として深く信頼しているし、井戸の中でなんて一緒に死ぬことすら受け入れている。諸戸の願いを、字面通りに叶えている。

しかし周知の通り、諸戸が心の内で望んでいたのは、彼の『死にもの狂いの恋』を受け入れてもらうことだった。

諸戸の望みと願い

諸戸は自身について怖れている描写が多々あった。それは自分の素性と性愛対象が『普通と違う』ことでもあったし、『父に命じられたから行っていたはずの不気味な研究にいつしか諸戸自身不思議な魅力を感じはじめていた』ことも大きいと思う。

強い劣等感を抱えた自意識と、強い罪悪感をもたらす超自我

我と我身を醜いと卑下すればするほど、美しいものを強烈に求め、美しくあるべきだという観念に囚われる。

諸戸の心の内の葛藤が『手記の秀ちゃんと吉ちゃん』そのものに見えた。諸戸の望み(イド)と願い(超自我)は大きく解離している。

箕浦が写し取ってしまった『同性愛を持つ者は異人種』という価値観、『親友という姿』は、諸戸が持つ美意識刷り込みだった。箕浦にとって諸戸は、本当に「美しい青年」だったのだ。

『私』と『箕浦』

石田箕浦は本当にクセのない、まっすぐな好青年だった。諸戸の理想とする『普通』がそこにあるように見えた。そして原作の簑浦とは印象が異なる存在

これはつまり、簑浦のイドと超自我のようなものが、『私』佐藤箕浦と石田箕浦に分かれて表現されているのではないか。一人の人間を二人で演じ、二つの存在(語り部の『私』と、簑浦のイド)を一人が演じているのではないか。

彼らの箕浦の分担は、紀州の孤島に着いてから大きく変動し反転してゆく。

井戸の中で諸戸に襲われ、完全に石田箕浦から佐藤箕浦に替わったのは、諸戸が望んだ存在が友人ではなく恋愛対象としての箕浦だったこと、そして諸戸の手によって「諸戸の理想とする『普通』」が壊されてしまったこと…『私』になった石田箕浦にも諸戸の姿は獣のようだと評されている。学生時代のあの夜に諸戸が否定をしてしまったこと、それの繰り返しだった。

『私』の恋心

そして秀ちゃんへの恋心を諸戸に恥ずかしいものと責められる場面。実はあれは原作だと簑浦のモノローグによる言い訳タイムとなっている。諸戸はそもそも丈五郎に捕まって、島に到着して以降会っていないというのだ。正確にセリフを覚えていないが、原作未読の私でも、最初に秀ちゃんから手紙を受け取ったシーンに諸戸が居ることに強い違和感を感じた(そして友人が原作では諸戸が居ないことを確認してくれた)。

よくよく考えれば変なのである。箕浦に恋慕を寄せる諸戸に責められる筋合いはない。初代に操を立てるなら諸戸の恋に応えることも恥ずべきことだし、諸戸に気を遣う必要だって本質的には無いのだ。(まるで『アイドル恋愛しちゃいけない』理論だ。)

ではなぜ超自我ポジションである石田箕浦ではなく、諸戸が責め立てるのか。

箕浦の美意識は諸戸の影響を強く受けているから諸戸の姿をしていたとも捉えられるが、それ以上に、常識的な葛藤だという以上に、箕浦の心の中に諸戸を慕う側面も幾ばくかあったから、秀ちゃんに恋する自分と、諸戸を慕う自分で対立したことを表現していないか。

佐藤箕浦はもちろん初代にも秀ちゃんにも惹かれているが、彼が箕浦のイドのポジションであるならば、諸戸のことも結構好きだった。(イドでなく単なる『私』なのだとしても、諸戸を見つめる視線に愛憎のような熱が込もっていたし、)諸戸との会話に深山木が入ってきたとき「早くないですか!?」と驚くのは二人の箕浦で、石田箕浦一人だけが言うと単純に時間が早かっただけに聞こえるが、佐藤箕浦も合わせて言うことで「諸戸との会話に邪魔をされた(もっと諸戸と話したかった)」かのような邪推ができてしまう。

海岸で諸戸を見付けるのも石田箕浦ではなく佐藤箕浦だ。

そして諸戸が握手のために差し出した手を『箕浦が握り返さなかった』時。諸戸は驚愕の表情で『私』を見る。見つける。実は、物語の始まりを告げる運命が廻りだすような音楽が流れて以降(犯人だと疑って諸戸の家を訪ねて以降)、諸戸が『私』を初めて見たのが、この『箕浦が握り返さなかった』時。

握り返さないのは、握り返すことに意味が生じてしまうから石田箕浦は諸戸の恋をまったく感知しない。そんな石田箕浦が握り返さないわけがない(実際に、諸戸に見つかってしまった『私』が顔を背けた瞬間、石田箕浦は手を握り返す)。つまり学生時代のあの箕浦が、心の中にまだ居たということ。

諸戸にとってはそりゃあ嬉しいことだろう。彼はそれ以降箕浦に話しかける時、佐藤箕浦を見てから石田箕浦を見る。ここからどんどん、『箕浦』の行動を表現するのが佐藤箕浦へ移行してゆく。

すれ違う二人

一度は友人として、諸戸と共に死ぬことも受け入れた箕浦。

しかしその結末を自らの手で潰す諸戸。

逃げながら箕浦は吼える。「死んでたまるか!」と。箕浦は白髪化するほどの生死の恐怖を体験したばかりだ。

諸戸に襲われるも未遂に終わり、命が助かることに深く絶望する諸戸。

井戸を出た二人は笑いあう。諸戸は箕浦が白髪化するほど生理的同性愛を受け付けないのだと認識したように、箕浦の白髪を見て泣いているように笑う。

そして箕浦の前に現れなくなった諸戸は、気持ちを遺して逝くことで最期にまた箕浦へ大きな傷を残す。


解説叙述トリックを駆使し隠された真意

先述の通り、私の推理動機叙述トリックを逆手に取った二人が相思相愛であったことの証明にある。

からくりが解ってみると、どうってことない・ただ上演されているものそのままに過ぎないのだけど、ここに辿り着くまで本当に一週間ひたすら睡眠時間を削って悩んだ。二回目に観劇した時などは、とにかく正確に推理するためにありのまま最前列からガン見してきたのに、どうあがいても悲恋という現実に心が折れそうになった。マジで。実は二回目に最前列観測した時よりも、初見H列サイドから観劇した時の方がイイ線いってたよな(納得の仕方はブッ飛んでるけど)と思う。

で、共に推理していた友人が先に原作叙述トリックに気付き、簑浦と諸戸のBLは成立しているという解を出してくれたので、二回目の絶望した記憶で観劇を終えるのもなんだし推理はやめて初見のつもりで観劇しようと思って向かったのが三回目の観劇。最後尾辺りの補助席。

しかし驚くほど新たな発見がまたどんどん出てきたうえ、深山木のセリフによって私は舞台も叙述トリックを使ったミステリーなのだ確信してしまう。

これは原作にもあるセリフらしいのだが、深山木がトリックについて思わせ振りなことを言うシーン。そのセリフが完全に『叙述トリック説明』になっていたのだ。聞いた瞬間、震えが走った。

本作がミステリーであると気付けるように、最初から以下の違和感と解法が提示されていた。

さて。ここで疑問に思われることがあるだろう。なぜ叙述トリックを使用しているのか? 隠したいものは何なのか?

この件について私は非常に貴重な体験をする。

本作の大好評っぷりと、推理に明け暮れ神経衰弱している私を心配して、友人が本作を観劇してくれた。三回目観劇の日、偶然スケジュールが合って友人2人(友人Aと友人Bとする)と一緒に観ることができた。終演後、私はわくわくしながら二人に感想を求めた。

友人A「箕浦殴りたい……不快過ぎて体調悪くなってきた……」(※意訳)

当時、箕浦殴りたい勢は最大勢力に感じた。過激箕浦擁護派も0ではないが、大多数が箕浦(おそらく『私』のみ)に不快感情を持っていた。冗談ではなくガチで友人Aが苦しそうにしており、私も初見後は物凄くモヤモヤしていて苦しみがよくわかるので、少しでも気が晴れないかと友人Aと対話することになる。

不快感を分解していく。

友人Aは非常に言いに難そうに、しかし押しかかる不快感から助かるため、意を決して打ち明けてくれる。

友人Aも不快の対象は『私』にあり、その根源を追ってゆくと友人自身が「『拒絶』されるのが本当に無理」だから、諸戸を拒絶しているのに側に居た『私』を悪だとした。

増田「拒絶することを『悪』だとするなら、今『拒絶を拒絶』している友人Aも悪だということになるでしょ? 友人Aは悪なの?」

結局友人Aには私の初見感想を読んでもらい、加えて私の心の闇()もひっかかった話をしたことで、とりあえず翌日出社できるレベルには不快感が晴れたと言ってもらえた。良かった。

さて、私は友人Aと対話して思った。「もしかして江戸川乱歩のやりたかったことってこれでは?」

感想を書いた方ならわかると思うのだが、感じたことや思ったことの根拠を話そうとすると、自身についての話、しかも心の闇()の部分を語らないとどうにも説明できなくなってしまう。

私も推理ログ含め大量に書き残したが、心の闇()を除いても、暗闇マジ怖い体験とか、無意識下の生理的拒絶は実在するよ体験とか(思えばこいつが二人の恋の一番の障害だった)、とにかくネガティブ体験談バンバン出てくる。

共に推理原作解読した友人も、舞台の感想を書こうとしたら闇にぶち当たって、書くのを控えようとしていた。( このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

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