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はてなキーワード: 宮本武蔵とは

2018-05-21

anond:20180519135420

宮本武蔵五輪書意識高い経営者はよく引用してるけど

 

人気の高い戦国武将らが書物を書いてないからそういう孫子孟子みたいな「これだ」ってのはないんだな

2018-04-08

anond:20180318203608

宮本武蔵が有能か無能かって話みたいなもんで

自己都合でどうとでもなる

2017-12-17

若い頃はワルだったけどいつの間にか偉そうに本とか書いてる人

元祖宮本武蔵だと思うと、なぜあんな人気があるのかわからなくなる

2017-12-08

anond:20171208065942

とりあえず奇跡を起こしてみればいい、宮本武蔵ブルースリーを蘇らせてはどうだろう

2017-11-20

岡山といえば桃太郎

愛称だけで岡山空港とわかる」が条件 岡山県空港愛称募集 来年3月開港30周年 - 産経WEST

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.sankei.com/west/news/171119/wst1711190029-n1.html

桃太郎岡山起源説は在野の研究者の主張に昔の県知事が乗っかっただけのもの学術的な根拠は限りなく薄弱。

起源を主張したがる某国みたいだが定着してしまったので今さらどうしようもない。

宮本武蔵小説では岡山出身になってて宮本武蔵駅であるけれど実は兵県出身ということでほぼ決着がついてる。

黒田官兵衛ゆかりの地ともいうけれど、これも無関係ということでほぼ決着。

他にも金太郎の墓だとか那須与一の墓だとか日野富子の墓だとかいろいろあるよ。

2017-08-07

歴史人物女体化させるのはいいんだけど

出来ることなら別名にしてほしい

FGO宮本武蔵ちゃんっていう最高にかわいい娘がいるんだけど、名前武蔵のせいでまず頭に浮かぶのは刃牙武蔵なわけよ。

で、なんとかそれを振り切って、カタカナムサシって呼べばいいんだとおもってムサシにするとポケモンロケット団がでてくるわけよ。

もう結局、画像をみて何も考えずに本能だけで発射するしかないわけだ。

(追記)

どうでもいいけど、理想真名女の子っぽい名前のやつ。

恋姫の孫権理想蓮華って呼べばいいから。

ここで母親名前とか引いてしまうともうどうしようもないんだけどそれはまた別の話。

2017-05-13

http://anond.hatelabo.jp/20170513151635

流石に、踏ん張って何度も「もう1回!」と粘りに粘ったけど結局勝てなかった吉田vs甲野の対決と、柳を一緒にしちゃう時点で「イデオロギー」にまみれた、ナナメ視点の人なんだろうなーっていう。

武術ハードトレーニング必要なら、宮本武蔵は天下無双になれなかったろ。あの時代ハードトレーニングって概念いから。

2016-12-30

ちくま文庫宮本武蔵パロディ小説を読んだのを思い出して

石川淳だったかと思って調べてみたがそれらしきものがない

宝蔵院に飛んで行って茶漬け食う下りは覚えてるんだけど…と調べてたら

ふとそう言えばあれ忍術じゃなかったか?と思い出し調べてみると織田作の猿飛佐助だった。宝蔵院の下り武蔵勘違いして覚えてたらしい

あと佐助って北条忍者だっけと思ったらそっちは風魔小太郎だった

2016-09-03

歴史勉強になるマンガの一覧が知りたい。

歴史的舞台を描いた漫画っていっぱいあるじゃないですか。

フィクション分が大きいとか小さいとかあるけど。

でも『るろうに剣心だって花の慶次だって歴史の一面を描いていていくら勉強になると思うんです。

それで、やっぱり歴史勉強するなら歴史漫画だなって。

ほら、大抵の歴史漫画ってなんやかんや擦り付けてくるじゃないですか。

よっぽどケツをぶっ飛ばしたのって『イングロリアスバスターズ』か藤崎竜の『封神演義』くらいだと思うんですよ。

なんかこう、オモシロくて、なおかつ歴史勉強になるマンガを教えてください。

RED

舞台開拓時代アメリカ(一部、明治維新後の九州

登場する実名の人物:グローバークリーブランドアメリカ大統領

修羅の刻

舞台:平安~近代までの日本(一部開拓時代アメリカ

登場する実在の人物:宮本武蔵他多数

アンゴルモア

舞台元寇時の対馬

登場する実在の人物:宗氏

ヴィンランドサガ

舞台11世紀ヨーロッパ

登場する実在の人物:スヴェン1世他多数

2016-01-22

http://anond.hatelabo.jp/20160122134653

バキのピクルや宮本武蔵はどういう扱いになるんだろう。

物理的な意識としては古来生きていた記憶体験を引き継ぐはずなので、他者からみると同一だと思う。

一方で、表現があってるかはわからないけどクオリアとしての意識は死者のそれとは違うんだろうか。

単細胞意識もつとしたら、

人間も個人としての意識と、細胞それぞれの意識があって、個人は意識集合体みたいなイメージなのか?

2015-11-14

刃牙の迷走と高岡英夫

グラップラー刃牙から続く一連のシリーズは、原始人が出たかと思えば剣豪宮本武蔵現代に復活した。

何故ここで宮本武蔵なのかというと、作者の板垣恵介武道家高岡英夫に傾倒しているからに他ならない。

高岡英夫氏はゆる体操DSといった概念で身体研究分野で一躍有名になった人である

まだリラックスをすることが競技パフォーマンスの向上に繋がると考えられていなかった時代に、時代に先駆けてリラックス有用性を説き、リラックス法としてゆる体操を発案した。

その後はDSディレクトシステム)という難解な概念で、オカルトチックになったと批判されることもあった。

嘗ての刃牙というと、脱力という言葉殆ど出てこなかった。技と筋力こそが強さを決めるという考えがあったように思う。

しかし、シリーズ二作目のバキくらいから脱力による強さの向上という概念が出てきた。

郭海皇という登場人物や、愚地克己の脱力によるマッハ拳、さらにはバキのゴキブリなどから明確に路線の変化があったように思う。

この辺りから刃牙における高岡英夫の影響が強くなった。

そして現在宮本武蔵に関しては、高岡英夫の影響が色濃く出ている。

まず、高岡英夫氏は宮本武蔵という人物にひどく入れ込んでいる。宮本武蔵五輪書や人物画を見て、いかに彼が優れているかという事を一冊の本にした事もある。

刃牙の最新シリーズ刃牙道において、84話から85話にかけての宮本武蔵の動きはまさに高岡英夫提唱している理論である

脱力による加速、踵での踏み込み

板垣恵介氏は気持ちコロコロ変わるから、書いている内容も変わるという事がよく言われるが、長きにわたって高岡英夫の影響はは日増しに強くなっている。

今後、刃牙シリーズで強い登場人物が出てきたり、登場人物が強くなった時は、半分くらいが高岡英夫の影響だと思って問題ないと思う。

2015-10-31

夜の公園ラジオ体操第1をする

夜の公園ラジオ体操第1を始めて3日が経った。

とりあえず三日坊主クリアした訳だ。めでたい。

今日金曜日なのでいつもだったら週末に向けて気が抜けてダラッとしていたが、エイヤッ(IT業界語)と公園に行ってきた。

そもそものきっかけは、はてなブックマークラジオ体操話題を見ていたのが記憶に残っていたという点は大きいと思う。

ただ、常駐先で一挙手一投足を監視されながら定時まで嵐のように仕事をするとヘトヘトだし、緊張状態が続くので体が

凝り始めたというのが大きな理由だった。「追い込まれてもヘラヘラ笑っているIT超人」みたいな人がたまにいるが、

なるほどああいタイプはしぶといだろうなとようやく理解出来た所もある。

本当ならば、夏休み小学生のように朝日を浴びながら体操すれば心にも体にも良いんだろうが、現状でも基本定時帰り

とは言え6時起きで通勤しているので、現実的には厳しい。では帰ってきてからリラックスモードに入る前にパパッと

着替えて3:16の体操をこなしてくればいい。

音源は落ちていたが、自分の逃げ道を防ぐためにiTunesStoreで購入。200円。

一日目。体操を終えてみると「なぜこんな事に?」という疑問点が出てきた。ウルトラマンである

二日目。ある程度一日目の疑問が解けた。

三日目。かなり腑に落ちた。

アニメ刀語主人公の姉であり、「天才」「化物」の鑢七美(やすりななみ)の特技は「見稽古である

大抵の技は一回見れば覚える。二回見れば盤石。

もちろん筆者は単なる凡人であってフィクション天才とは比較にならないが、経験とは馬鹿にならない物で宮本武蔵

五輪の書における「観の目」的な物が自動的に整理される。パターンの見切りが早くなる。おそらくゲームをあまり

やらなくなったのもその辺が原因だと思う。

まずかなりの人はラジオ体操学生時代以来やっていないと思うし学生時代に苦になった人は余りいないと思う。

筆者も運動神経は鈍い方だったが、特に苦にはならなかった。ただ、中年の身では余裕だと思っていたが、結構しんどかった。

思い出したのは、小学校時代運動会保護者のやっていたラジオ体操だったのだが、それがなんだか子供心に無様に見えた。

早送り気味のチャップリン映画のように、挙動がせっかちで芝居がかっているように見えたし、テンポも遅れている。

それからテレビで見た芸人ラジオ体操。余裕綽々で始めるが体操が終わってみると、半ヤケ気味に満員電車の中で

まれたように髪は乱れメガネがズレてシャツズボンから出ている。オーバーアクションでもなかなか面白かったのを

記憶している。

おそらく原因は二点あって、一つは「年を取ると感情抑制が甘くなる」という点があると思う。

動作に感情を込めると間違いなく「力む」のだが、その力みがぎこちなさや無駄な動きに繋がっている。

から感情豊富オタクの言動は芝居がかっているし、機械的動きが必要楽器演奏で情感を作り出す音楽

やっている人は動作が軽やかで年を感じさせない。多分ラジオ体操もうまくこなすと思う。ただ、オタク

例えば弓道のような精度を高めてくスポーツにハマれば感情を込めない動きがマスター出来るだろうし、

作品を作る方の漫画家も反復作業が膨大に発生するので技は磨かれるだろうが。

それで連想したのは「料理愛情」と言うけれど愛情感情から品質にムラがあるのでは?

プロとしてそれはどうなのかな?古来から言葉なのかな?と軽くググると、起源

1980年代オールナイトフジの「結城先生の真夜中のお料理教室」や料理番組「夕食ばんざい」などに

出演していた料理研究家結城貢キャッチフレーズとある最近言葉だった。

どうも、どこかで「愛情を込めて歌う」という文章もあった気がするが、「心を込めて歌う」という表現の方が一般的だし、

理にかなっているような感じがある。感情を込めて歌うとロックのように力んでがなり立てるような歌い方になるか

まともに歌えなくなるだろうし、心を込めるというのは丁寧にやるということでクラシックオペラ的な歌い方とまでは

行かないまでももっと純粋歌唱力問題になるのでは、とここまで考えて、筆者自身「心を込める」という言葉

どういうことかということを厳密に理解していないなと思い、またもやググってみたが、「いかに相手に真剣に向かい合うか」

という文章があって「一期一会」的だよなと思ったのだった。

それから整理してみると、どうも感情量を増やすような構造に嵌められている気もするが、穿ち過ぎかも知れない。

閑話休題。二点目。

3日目で詳細まで分かったがラジオ体操は「前半は緩いが、ドンドンしんどくなる」ということだった。

一番始めの「腕を前から上にあげて大きく背伸び運動」。これは緩い。ここで大抵のおっさんは油断してしまう。

粛々とこなして、「前下に曲げます!柔らかく弾みをつけて3回そして、うしろそりぃぃ」。ここで「あれ?俺テンポ少し

遅れてね?」。

クライマックスはその後の「身体を回しましょ~(`・ω・´)!!」からコンボ上半身グルグル回す。クラクラする。

漫画キャラクターを笑えなくなった。三半規管が弱まっているな……。動作も遅れ気味だ。

続けて「足を戻して両足飛びぃ~」。クラクラしている中、暗い空間ジャンプする。なるほど。これが目眩か。

SFセンスオブワンダーが目指している領域ゲームデザインに興味のある人ならおなじみのカイヨワの

「遊びと人間」における「眩暈(イリンクス)」。4分類(他は「競争アゴン)」「偶然(アレア)」

「模擬(ミミクリ)」)のうちではやや過小評価ではないか?

3:16程度の運動ではもちろん脂肪は落ちないだろうが、体がほぐれる効果はあると思った。年を取るほど

挙動範囲の狭い動きをしなくなるので体がこわばり凝り固まっていく。腹回りの脂肪も感じた。少し甘味は控えようと思う。

2015-03-20

「同時期に生きていると思わなかった歴史上の人物2人」日本国内

「同時期に生きていると思わなかった歴史上の人物2人」海外の反応|暇は無味無臭の劇薬

一休宗純(1394-1481)と北条早雲(1456-1519)

雪舟(1420-1506)と毛利元就(1497-1571)

宇喜多秀家(1572-1655)と井原西鶴(1642-1693)

宮本武蔵(1584-1645)と松尾芭蕉(1644-1694)

十返舎一九(1765-1831)と大久保利通(1830-1878)

葛飾北斎(1760-1849)と伊藤博文(1841-1909)

2014-10-09

フリースタイルラップと形状記憶メンタル

フリースタイルラップリズムに合わせて歌詞即興で作るのだが、リズムに乗ると不思議言葉が浮かんでくるそうだ。競技かるたリズムをとってカルタ記憶するらしい。リズムにどんな意味があるのか?

その謎をとくカギは「グルーヴ」にある。ブラックミュージック理解日本人がまず躓くのが「グルーヴ」という概念。それはただ機械的なリズムに乗ることではなく、体感とのシンクロ要求される。

この理解困難な概念に対するわかりやすい喩えが心拍という名の音楽だ。ケージ4分33秒音楽になるなら心臓だって音楽になる。君は心臓や呼吸に音楽を感じるかい環境音楽的ワークってやつだ。

その先駆けは現代音楽家Pauline Oliverosだ。いまや小学校音楽教科書にもその種のワークが載っている。ゆとり世代以降の人間なら記憶にある人も多いはず。

心臓リズムを感じるには目を閉じて心を静かにする必要がある。一種の瞑想だ。心拍が分かったら今度はそれに合わせて身体を揺らしてみよう。揺らすと心拍が変わる?そこが難しい所で、

心拍に干渉しないまま身体を揺らしていく。この感じがまさにグルーヴなわけ。がむしゃらに即興演奏すると必ず体感に干渉してしま体感迷子になる。ムードをぶち壊したらセックス台無しである

まり機械的にリズムに乗るだけでなく、体感シンクロすることで自然リズムが生まれてくるわけである。身体がそんなふうにできている。それがグルーヴジャズにおけるスイングも同様だ。

グルーヴあるリズムリズムマシンの作る厳密に一定リズムからは若干のズレがある。そこに生演奏の味わい深さがあると言われるが、正確に言えばズレかたに体感が反映されているから味わい深く感じる。

リズム一定さやズレ自体には別段深い意味はない。あくまでもリズム一定性やズレはグルーヴ副産物にすぎない。「世界リズムに満ちている」とは某音楽家言葉だが、正確にはそれはグルーヴなのである

音楽以外にも思考や会話にもグルーヴというものがある。相手のテンポを崩すようにワンテンポ遅れた返事や食い気味の返事を返すとかみ合わない感じがするだろう。

からテンポについて行けない人間どうしで深く仲良くなるのは極めて難しい。世の中の「親友」の多くはテンポがかみ合わないのに誤魔化し誤魔化し仲良くしているように見える。

トークのテンポというのはつまるところ、その人なりの言語体感とのシンクロの仕方である。単なる会話の速度ではない。早口でも会話のテンポが遅い人はいくらでもいる。

また、熟練すれば無理に話題テンポを速くできるが、結局は自分テンポで話すのが一番快適なことには変わりないわけである。けだし会話のテンポほとんど先天的である

.

一方、グルーヴには安定性という要素もある。ジャズでは「この人の演奏には安定したグルーヴがある」「安定したグルーヴにはノリやすい」「今回のセッショングルーヴが安定しなかった」

などと言われる。グルーヴが安定しない現象は先ほどの心音迷子になる現象と同じである体感を見失って、形の上でしかリズムに乗れてない状態。それはどうしても演奏に現れ、バラバラでちぐはぐな印象を与えてしまう。

安定性はその人のメンタルを表している。気持ちが不安定ならグルーヴ不安定になる。熟練演奏者なら多少メンタル不安定でも「いつもの体感自体は出せる。

だけど、別の「普段にはない体感」が邪魔をしてきて、演奏に乱れが生じるわけだ。そんななか繊細な感覚をつかまえてグルーヴ表現するのは並大抵のことではない。

演奏家という仕事一般人が考えるよりずっと鋼鉄メンタルを要するのだ。

.

強いメンタルになりたいと誰もが憧れるが、その秘密は形状記憶性にある。本当に強いメンタルとは、ガッチガチオリハルコンメンタルなどではなく、柔軟に形を変えてはすぐ元に戻る形状記憶性にある。

上善如水」を知ってるか?上善は水のごとしと訓読する。最高の善を説いた老子言葉だが、これは最強の心を説いた言葉でもある。

宮本武蔵五輪書で「水を本として、心を水になす也」と言った。水はどんな器にも合わせて形を変える。そんな心を養えという意味だ。

柔軟に適応しすぐ平常心に戻る。その様子はグルーヴから説明することもできる。ハメ撮りの帝王こと村西とおるは、黒木香にほら貝を吹かせた。脇毛で有名なAV女優といえば若い人にも分かるだろう。

村西氏はセックス快楽演奏の乱れで表現したわけだ。どんな演奏にもグルーヴはある。人間体感リズムに同期することでリズミカル運動ができるのである

ところが快楽があるとうまく体感と同期できなくなり、演奏が乱れてしまう。そこをなんとかうまく演奏しようとするところにエロティシズムがある。

現代的に言えば「ローターつけてお散歩」だ。pixivの「平然」タグもこれに関係する。くやビク(悔しいけどビクンビクン)はもう古い。大和撫子は奥ゆかしく「平然プレイ」だ。

そしてこの快楽ゲージがあがっても平静を装う平然プレイにこそ、形状記憶メンタル秘密がある。それはフリースタイルラップにしても同じことだ。

なぜラッパーはあのような無駄攻撃的ともとれるラップバトルをするか?それは戦いのなかでも終止安定したリリックを紡ぎ、安定したライム(韻)を生み出し、

安定したフロウ(歌い方)を展開することを競っているわけである。そんな「動中に静あり」の文化理解することなくただただ攻撃的なディスり合戦をやったところで何の意味もないのである

2014-03-29

テレビドラマ 宮本武蔵

元槍の武術家のおじいちゃんが

宮本武蔵の殺気がプンプンしてるから、ワシの殺気が反応したんじゃ!

お前がただの人だったら、ワシもただの人だった!というシーンが有った。

でも、それを言ったら、おじいちゃんが、ただの人でも

宮本武蔵普通に歩いていけた。

どっちもどっち。なんだなぁと。

ただの人でいることが、社畜でいることが、幸せへの道なんだなぁと噛みしめる。

ぼちぼちな企業に入れたら、社畜普通に生きることが、一番幸せだ。

2013-09-10

個人的に読んでおきたいと思う名著的なものリスト

最近暇なので、ブックオフとかで安く買えそうな所謂古典的名著?的なもの

色々読んでみようかと思った。

んで、「名著」とか「ロングセラー」とかで適当に調べて

なんとなく興味が湧いたやつをピックアップしていった。

適当につらつら書くので、参考にするなりツッコミを入れるなり好きにしてくれ。

あと他にもこれ読んでおけみたいなのがあったら教えて欲しい。

正直ありきたりのラインナップで面白みが無いと言うことは先に言っておく。

学術的?なやつ

一部、古典でも名著でも何でも無いやつが混じっているが、

これはまあ適当Amazon眺めてたら目に入って気にはなっていたので追加した。

「なんちゃら論」的なのは多分挫折しそうだから省いた。

日本小説

そういえば、時代小説とか全然読んだことないなー、と思って

食わず嫌いもあれなのでリストアップしてみた。

あと後半は青空文庫で読めるから金がかからなくてよかった。

外国小説

光文社古典新訳文庫で読みやすい新訳が結構出てるので

それを買ってみようかなと思う。

全部読み終わるのにどれくらいかかるだろうなー

まあ別に義務でもないし期限もないのでのんびり読もうかと思う。

2012-10-02

http://anond.hatelabo.jp/20121001161051

前田慶次宮本武蔵あたりもいれておくれよ。

確かにスサノオも豪傑だよね。

近藤勇なんかも入ってきていいかもね。

芹澤鴨とかも?

弁慶も悪くないけど、弁慶より義経のが総合的に強者な気はする。

しかし豪傑ってイメージじゃないよね、義経

那須与一は弓の名手だけど、豪傑なの?


豪傑って筋肉ムキムキで、180センチくらいあって、大酒くらって破天荒な人ってイメージがある。

辞書的には、

1 才知・武勇に並み外れてすぐれていて、度胸のある人物。

2 ささいなことにこだわらない豪放な人物。また、一風変わった人物。

なのね。

じゃあやっぱ、前田慶次スサノオと芹澤鴨はかなり有力な気がするぞ。

http://anond.hatelabo.jp/20121001172003



本田忠勝は、真面目っ子のイメージが強いから、豪快さに欠けるかなー。

武勇や風格は文句ないと思うけど。

2011-11-22

3人の馬鹿

色んな考え方の人がいる以上、話し方を聴き手に対して変える必要がある。

僕は大学生から大学で例えるけど、

哲学科の奴にいきなり経済の素晴らしさを語ったり、電子工学科のやつにカントが~とかいきなり自分のことばで語りだしたって、何が伝わるだろう。

人間は「ある程度理解が得られるであろう内容/話し方」で話すものだ。

しかネットは「誰でも見れる」。

ターゲット以外の奴が、1人の人の書いたものを読める。

から、読み手に対して自在に変化を遂げ、否定的に解釈されにくい、抽象的な言葉が生き残りやすい。

人はよくわからないと思ってるものに対しては、お互い意見を対立させようとは思わないものだと僕は思っている。

具体的な言葉を用いると、どうしても現実的な様々な解釈意見が入り混じる。

具体的な話であれば会話がしやすいか?細かいニュアンス表現が必要とされるがために、それは逆に難しいのだ。

文字だけで、それまで何のコミュニケーションもとらず前提確認も取れず、細かい話をするのは非常に困難だ。

はいっても、ネットでは主に言葉コミュニケーションを取らねばならない。

しかし、どんな言葉を使っても(もちろんこの日記も例外にはなれない。)何かしらの否定はされ得る。

それはモニターの外も漏れず、どんな時だってそうなのだが。

僕にとって一番大事発言者は、ぼくの話をちゃんと聞いて、反応してくれる友達だ。

その信頼感は、ネットを使ってでも、直接会ってでも、電話でも変わらない。

そんなインターネット(と現実)で、からまれたくないし、全力で逃げたいと思ってる3人の馬鹿を挙げる。

発言者による発言の優先度が、僕にとって一番低いのが彼らと言っても過言ではない。

彼らから真っ先に逃げる為に、一度言葉にして確認することにした。



独白に突っ込む馬鹿

ツイッター

・個人の日記

しかしここで犯罪告白をする人は、新宿とかのでかい公園犯罪を何千回も叫ぶ(コピペ、RTされる)ようなことをしてるんだから警察に引っ張られてもしょうがない。

やましいことするなら隠れてしないと捕まるのは当たり前。そこくらい知恵使えと言いたい。

主題違いに突っ込む馬鹿

・個人の情報ブログ

意見を出すブログHP

十分な議論ができる環境ではない(コメント欄でどれだけの納得が得られようか。)のにも関わらず、1から議論しようとする人。

offでお茶会でも開け、と言いたい。

自分かわいさに相手を否定する馬鹿

ツイッター

ブログ

・この現実世界のどこでも

「間違ってるやつは正さないといけない」「間違ってるやつが正さないのは傲慢だ」「間違ってるやつは攻撃していい」というロジックを君が使うなら、「そう言う君が間違ってるから君を攻撃していい」「そういう君が間違ってるのに直さない、傲慢だ」「そういう君は(略)攻撃していい」と僕が言うことも正しい。

そうなれば、卵が先か鶏が先か、エンドレスループだ。

そんなループに見ず知らずの名無しさんラブラブランデヴーしたくないから、僕は全速力で逃げる。できる限り自由にやりつつ、できる限り君と関わらないような人間になる。

僕はこの人には何も言いたくない。目視し次第とにかく逃げる。

吉川英二の『宮本武蔵』で、

無知はいつでも、有知よりも優越する。

 相手の知識を、括として無視し去ってしま場合に、無知が絶対に強い。」

という一文がある。

文脈はともかく(そんなではいけないのだが、)僕はこれは本当にそうだと思っている。

ぶつかったら負け、の戦いからは、逃げることが負けないことなのだ。

僕はそいつと戦わないから、勝たないが、負けない。戦いたくもない。

いやいや、過小評価できない(付き合えば十分に面倒くさいことになる)から逃げるのだ。

僕にとって、勝つよりも、負けないことの方が重要だ。

からこれからも3人の馬鹿とは無縁の僕でいたいと思う。

僕は、類は友を呼ぶという言葉も信じているから、出来る限り自分自身が3人の馬鹿にならないようにしたいと思う。

僕にできるのは、僕を変えることだけだ。

これが僕の最大限だ。

2011-09-21

高岡英夫流行っているが

最近はてブ高岡英夫関係のエントリが上位に来ているのをよく目にする。

コメントを読んでいると、割とナイーヴに受け止めている人が多いようだ。

別に高岡英夫理論が間違っているとか、体操効果がない、とか言いたいわけではない。正しいかもしれないし、効くかもしれない。

ただ、ニセ科学批判の好きな人が多い一方で、高岡英夫(や、似たようなオッサンたち、さらに言えばスピリチュアルくさいライフハックやら)が割とすんなり受け入れられてしまうのがちょっと不気味なのだ。

最近はどうなのか知らないが、武道格闘技にやる側として関わっていた人なら、高岡英夫の名は小耳に挟んだことのある人は少なくないと思う。一時福昌堂系の格闘技雑誌などによく登場し、ディレクトシステムなる理論だか図面で、色々な達人の動きを分析してみせていた人だ。ヒクソンDSかいうのもあった。人体に色んな線を入れた図面なのだが、こうした図は高岡の特殊能力(?)で読み取られるものらしい。さらに、宮本武蔵DSと称するものを一億だか一千万だか、ものすごい値段で売っていた記憶もある(値段はよく覚えていないが、とにかく破格だった)。

高岡英夫の話は、一見もっともらしい。わたし自身も、一時期興味を持ち、「統一棒」なるすりこぎみたいな棒を買って練習していたことがあるくらいだ。

武道スポーツの話をするのに、東大出のオッサンがソシュールだの持ちだして理屈をつけて語る。しか結構説得力がある。割と賢い目のアスリートたちが魅了されたのにも訳はあるのかもしれない。

しかし、もっともらしい理屈を語るだけなら、この世界では珍しい話ではない。理屈の筋が通っていることと、実際にスポーツ理論として機能することの間には、かなりの溝がある。

格闘技ファンの中では伝説的な怪しいオッサン、堀辺正史(追記:名前間違えてました、スイマセン)だって、初期の頃の本はとても面白かった。多分中国拳法理論を色々継ぎ接ぎして組み立てたのだろう。特に伝統武術系をかじったオタクの心には、グッと掴む不思議な魅力があった。その後の堀辺氏の凋落ぶりは、格闘技ファンなら誰もが知るところである

吉丸慶雪なども、理論だけならかなり魅力的だ。理論書好きの武道オタクにはたまらないものがある。わたしも持っている。

この辺のおもしろさを全部認めた上でなお、この人達が実際にこの理論に基づいて強いのか、あるいは弟子たちがこの理論で強くなったのか、というのは、全然別問題だ。

武道スポーツ理論書というのは「ツボ」があって、そこをうまく押す文章を書けば、ある種のオタクアスリートをひっかけることは容易いのだ。

中国武術系などは、理論が非常に発達していて、とても面白いのだが、この理論通りにできるかというと、必ずしもそうではない。理論実践につなげる訓練がないと役に立たない(ただ分析の役には立つ)。この辺は「戦う編集長山田英司氏などがよく語っているところだ(山田氏には直接お目にかかったことがあるが、別に達人ではないものの、本当に強い。トリックと口ばっかりの中国武術家では全然ない。普通に喧嘩の強いオッサンだ)。

 

大分話がズレてしまったが、高岡英夫も似たような部類のインチキくさいオッサンだということは、よくよく認識しておいた方が良い。

繰り返すが、彼の理論体操が無効だと言いたいのではない。実際意味があるかもしれない。少なくとも読んでいる分には面白い面白いからこそ危ない。おまけに彼の商売は相当えげつない人間的にはまったく信用ならない人物だと思う。

ついでに言えば、堀辺氏も、本人は(若い頃は)本当に強かったのだと思う。動きのキレが確かに違う。しか別に彼は、彼の理論で強くなった訳ではないだろう。また、その後のコロコロ変わる態度や凋落ぶり、道場生に対する不埒な行いの噂を聞けば、人間的には信用ならない人物に見える。少なくともわたしなら近寄らない。ビデオは見たいが。

 

ゆる体操ビジネスに効く!とかノセられているライフハッカーたちは、その辺をどう受け止めているのだろうか。

ニセ科学は許せなくても、科学の名を冠したり、科学くさい言葉遣いをしていなければ、一転無防備なのだろうか。

科学者が一般書を書くと、せっかく面白いことを書いてきたのに、最後の章で哲学やら政治思想のようなものを書き始めて、これがびっくりするくらいナイーヴで幼稚なことがある。それと同じようなものなのだろうか。

 

全部わかって乗っているなら止めないし、実際個人的には、高岡のようなパチくさいオッサンが多少世の中にいるのはむしろ面白いと思ってはいるのだけれど、運動音痴科学好きのライフハッカーが、ナイーヴコロコロ転がされているのだったら、他人事ながらちょっと心配だ。

せめてニセ科学に対するのと同じ程度の警戒心は持った方が良いんじゃないか

あるいは、それくらいの寛容さとテキトーさを、ニセ科学にも適応してやってくれないかインチキくさいものが多少あった方が世の中面白いし、高岡にコロっとやられている人をこうして眺めるように、ニセ科学にまき上げられている人たちも「アホやなぁ」と「寛大」に眺めてやったらどうだろうか。

いやまぁ最後はイヤな言い方してごめんなさいだけれど。

 

2010-03-17

http://anond.hatelabo.jp/20100317141717

だから、「セクハラ行為・性暴力行為を「たいしたことのない、やってもかまわない娯楽」として扱う作品」が野放しにされている現状はおかしい、と

「異議申し立て」しているんだろその増田は。

それなら性犯罪に限らず、ありとあらゆる暴力や私的復讐なんかを肯定するようなものは排除すべきだよね。

宮本武蔵だって人を斬ることで肯定されてるんだからダメ

戦国時代ものだって戦に勝つことによって英雄視されてるんだからダメ

変身ヒーローものだって、少年漫画だってほとんど全てダメになる、っていうかダメにしなくちゃいけなくなる。

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