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はてなキーワード: 九州とは

2022-01-14

食卓椅子から微動だに動かない、手伝わない、などの九州男性行動様式非難するようなツイートを見ると「ウッ」ってなる

吾輩は不器用である

母親自分で取り仕切りたい人間である

自主的に動いて手伝おうとするとものすごい拒絶を受けるので、何をすれば良いか指示を仰ぐとめんどくさそうに、または実に横柄な態度をとられる

母は私の一挙手一投足が神経に触るようだ

共同作業のそりが壊滅的に合わないので棲み分けた方が平和なんだなと思い、私は家事関連のことに一切手を出さなくなった

作業系の相性が悪すぎるだけで仲は良いので、スマホ電子機器類関連の操作サポートをしたり、肩もみやマッサージなんかをするととても喜ぶのでそういうところで貢献するようにしてる

母が喜ぶと私も嬉しい

正月帰省してきた立ち回りの器用な妹に、私の怠惰な態度を非難的に思われたんだろなという場面が多々あった

長年の母との生活の中でできた折り合い点なんだけど説明するのもめんどうだし、ちょっと手伝ったらやっぱり「そうじゃない」とか否定されて、わたし

わたし発達障害のこどおばです

かなしい

2022-01-03

anond:20220103105306

ワクチン並みの低脳低知能はなんでわざわざ都会にくるんだ?痴漢が多いか痴漢対策の多い地域なんだし、田舎とか九州に行けばいいだろw

痴漢冤罪の件数が多いデータ出せよ

2022-01-02

うちの雑煮味噌汁と言われた

九州出身の父が作る雑煮豚汁に餅を入れたものなんだけど、食べ応えあるし正月に詰まりやすい腸もおかげでするするだしで気に入ってたのに

これが結婚3年目の夫に味噌汁と呼ばれているのでちょっとモヤってしたって話。

夫、京都とか東京名家の出とかじゃなくて全然平均的な庶民だし、雑煮なんてめちゃくちゃ種類あって、みんなそれを雑煮って言ってるんだから味噌出し汁お餅入ってたら雑煮でいいやん雑煮って呼べって思った。明日夫に言おう。

2022-01-01

やりたいことをやれる会社に勤めてるけど婚活のために転職する

今勤めてる会社は居心地は良いし裁量大きいし、自分が主導した自社サービス自分の成果として売り上げ的にすげー伸びてて、やりがい的なものはすごく感じる。

九州しま20代なんで平均から考えるとまあそんなに給料が安いとも思ってないけど、

コロナ渦で東京フルリモート求人が増えた今転職ガチれば給与的にはもっと上狙えるのはまあその通り。

具体的には年収400万半ばくらいから600万代のところへの転職金融資産とか副業とか諸々入れたら多分実際は700くらいいくかな。裁量小さくなるし業界的にもあんまり興味ない感じ。

体感してるけど現状だと俺高卒だし結婚相談所婚活パーティじゃほぼほぼ足切り要因なんだよね、なんなら婚活イベントとかだと正直半分以上は参加資格すらない。

(よくあるのは、大卒なら年収500万以上、大卒未満なら600万以上、みたいなところが多いイメージ)

転職で多少忙しくなるのはわかってるけど、『20代年収○百万円』とかないと俺なんて視界にすら入らないんだよね。

昔は合コンとか多少あったけど周りの結婚とかコロナで気軽に飲みに行くとかないと今の時勢だと俺くらいの人間恋愛結婚っていうのもなかなか厳しく感じる。

男は稼ぐべきだってジェンダーロールを捨てたところで、それで異性に好かれるわけでもないし、その先に待ち受けているのは社会的孤独とかゴールまでのマスが全て空欄の人生ゲームみたいな末路なわけで、

「そういう人生を受け入れる価値観を持とう」なんて言ったところで、40代50代になった自分がそれを辛いと感じないわけがないと自分にはわかる。


まあ俺が人間的に魅力がなくてモテないのが悪いって言われたらその通りなんだけど、結局俺みたいなのが将来的な孤独から逃れる手段ってこれしかないんだよね。

勉強して実務で実績積んで、転職市場で勝ち抜いて、職場でもまた戦って……

現状金になんて全然困ってないし、現状でも収入の半分以上は貯金してるレベルだし、強迫的ですらあると思う。

こういう感覚デフォモテてる人にわかるかなぁ。

2021-12-29

追記 死ぬのを延期し続けていたら結婚してた

死ぬのを延期し続けていたら結婚してた

https://anond.hatelabo.jp/20211226230142

上の記事を書いた増田なのだけど、思っていたより反響があったのでブコメに上がっている疑問点に可能な限り答えたいと思う。内容の重複するコメントが多かったので、要旨を丸める。

Q 本当に死にたい人間はこんなに精力的になれない、婚活結婚もしようとしないはずだ。

A 友人は、婚活をしていたし、結婚もしていたし、国内外旅行にも行っていたし、資格勉強をし、亡くなるほんの数か月前に簿記2級に合格するような知性とバイタリティを持っていたし、貯金もあった。だが、死んだ。

 活動的であるかどうか、「自分が生きると思わせてくれる何かがあるかもしれない」という一縷の望みに賭けて努力する(婚活資格取得)かどうかということと、死にたい気持ちは全くの別物であることを理解されたい。寧ろ努力した結果、報われなかった、あるいは何らかの果実を得たものの「やっぱり生きたいと思えなかった」と落胆することで死に一歩近づくことがある。

 そしてこれは言っておかなければいけないことだと思うけれど、「本当に死にたい人間なら」というのは、単に「私の観測範囲内では」という話に過ぎない。実際のところ、死にたい人間多種多様だ。

 希死念慮者は死によってでしかその意思肯定されないのか、それは違うと思う。希死念慮者は、「死にたいという気持ちを抱えた生きた人間」だ。単に自分の想定に沿わないからといって「ニセモノだ」という話をされたのでは、サバイブした事例の話は出来ないことになってしまう。

Q 2019年破産申請が通り、仕事がうまくいかなかったにもかかわらず2020年にはバイクを買って数か月も働かずに旅に出られるだけのお金が貯まるのか?

A 裁判所から破産の決定が下りたのは2019年だが、相談をしたのは2018年であり、相談時点で全ての債務の返済及び利息の加算は停止する。その為、2年近く給与を貯蓄し続けることが出来た。仕事がうまくいかなかったのは、単に自分無能さに嫌気がさしているということ。私は歩合の無い普通サラリーマンなので、無能でも減給になったりはしなかった。

Q わざわざ妻を「ひときわ美人」だと書く必要があったのか?

A 実際ひときわ美人から。もはや生きることにうんざりしていた私は、「まあ、この人でも良いかな」みたいな妥協をしてまで他人と付き合う気はなかった。なので、ひときわ美人だったことはやはり俗っぽいけれど重要な点だったと思う。しかし最も重要なことは、このエントリは妻も監視しているということ。

Q 2020年年末から新潟経由スタートで南下」し「冬の北海道バイクで走破」は、積雪によって不可能ではないか

A 年末という書き方が悪かったと思う。これは「12月」と読みかえて欲しい。当時、新潟から日本海沿いに寒波下りてきていた。私は寒波から逃げるように日本海を南下したので、日本海では積雪に遭遇していない。九州では、大分九重連山積雪に悩まされたが、それは乗り切ることが出来た。また、東北北海道については春に入り雪解けを待ってから上陸したので、「冬の北海道を走破」はしていない(春季でも所どころ積雪はあったが)。

Q これは理解ある彼くん案件ではないか

A 実際に行動を起こした(自殺未遂、友人の自死、発信し続けたこと)という点において、漠然死にたいと思うだけで気付いたら理解ある彼くんが人生リードしてくれたという案件とはフェイズが違うと思う。

 が、「人間を救えるのは人間しかいない」と結んでいるように、一度袋小路に陥り自力では抗えないほど閉塞してしまった人生は、理解してくれる(しようとしてくれる)他者によってしか救われないと思う。犬も歩けば棒に当たるみたいなことが伝わってくれれば嬉しい。

Q 首を吊っても縄が切れることはあり得ない。

A 私の場合、購入して数年経った中型犬用のロープを用いたので、劣化していたことと、そもそも中身がスカスカだったこともあり切れたのだと思う。また、これは私が体験談を聞いた範囲での話だが、縄が切れて首吊りが失敗する事例は割とあるようだ。

Q 「遺書は、私に書かされたものではないことを示すために、自宅に届いた携帯料金の請求書の裏に書かれていた」ってどういうこと?

A 友人がわざわざ自宅から持ってこなければ、通常、携帯料金の請求書は手に入らない。そういう紙の裏に書くと、遺書自発的に書かれたものである(私に無理やり書かされたのではない)という事実裏付け証拠になる。

Q ホテルで死のうとするなんて、ホテル側に迷惑だと思わないのか?

A 誠に申しわけございません。

Q 実話? 創作

A この種の疑問に回答しても栓ないと思うけれど、実話。読んでくれてありがとう

2021-12-28

ポリコレが嫌なやつ

九州に住めばいいと思うんだよね

住み分け概念を持てばいいのでは?

九州にだけ表現の自由とかあればいいじゃん

太い実家で引きこもってる自分の話

いつも、ちょっとだけ人より出来が良かった。

足が遅いのとアトピー以外で人にコンプレックスを抱いたことはなかった。

幼い頃の写真を見ると、親からめちゃくちゃ愛された子供に見える。物心つかない頃から遊園地旅行や、色んなところに連れて行ってもらっていたようだ。高校生までは毎年夏にはキャンプや父方の実家九州に連れて行ってもらってた。

家はそこそこ裕福寄りで、持ち家もあるし、相続予定の土地もあるし、奨学金もなしに大学も出た。

それでも父が嫌いだ。尊敬出来ない。

理不尽で気まぐれで、常に顔色を伺ってご機嫌を取らないとすぐ怒鳴る。

子供の頃は「こんなに怒られると言うことは自分が悪いのだろう」と思っていたが、13歳を越える頃には「いや、こいつの言ってることが無茶苦茶なだけだ」と思うようになってた。

父と仲がいいと思ったことは一瞬たりともない。父に本音を話したことは一度もない。介護をしたくない。葬式を出したくない。

気まぐれで「受験料は自分が認めた一校分しかさない」などと言い出したり。

それ以外の無茶苦茶も重なって本命校が受けられなくなったり。

お前は馬鹿馬鹿だと罵るくせに親戚に私の偏差値を自慢したり。

アトピーいじめられストレス性の胃腸炎を患い、結果的不登校になった私を、三和土に引きずり出して「明日から学校に行くから許してください」と言うまでビンタしたり。

それを全部忘れて「お前はいじめられても頑張って学校に行ってた。えらかったな」と言ったり。

父なりに私を愛してはいるのだと思う。

ある犯罪被害に遭った結果、通常の社会人生活は送れなくなった私のために、父は独立して会社を作った。日常ルーティンさえしていればそうそう食いっぱぐれない会社だ。

何の興味もない仕事である。でも私のために作られた会社なのだから、私が継がねばならない。

幸い、人よりちょっと出来がいいのは継続していて、根幹業務も総務もIT関連も、ほぼ全部自分が取り仕切っている。

会社に入って10年。「そろそろお前がこの会社のことを考えておけ」と言われた。

じゃあ、言わせてもらおう。

この会社が建った後、近くに鉄道の駅が出来ることになり、地価は年間15%上がり続けている。そしてこの仕事は八割リモートでこなせる仕事だ。出来ればこの会社実家を潰しビルに建て替えたい。一時的現金は無くなるが10年で投資額は回収出来るし、両親の老後資金は確保出来る。建物相続するにしても、ローンが残った状態の方が有難い。

そして、私が別の場所マンションなりを購入し、その中の一室を事務所に割り当て、基本はリモートワークにしたい。現状、主力社員無駄遠距離から通勤しており、彼の家の近くか中間地点にオフィスを移したい。

ともかく、今の家は売るか建て直したい。

と言うか、実家の離れを改装した私の住処がひたすら不便なのだ。部屋数は多いし広さも十分あるのに水回りがクソ過ぎる。台所にはガスもなく、冷蔵庫廊下にあって、何故かワンルームユニットバスがついていて、洗濯機置き場がない。洗濯は、毎回実家まで持って行っている。

(※ちなみにこの改装は、全て父が勝手に執り行った。さらに言えば、最初台所どころか風呂トイレもなく、「外階段を使って実家までくればいい」と言っていた。ふざけんな。慢性胃腸炎で週に三日は下痢してるって言ってるだろうが。)

10年、この環境でやってきたのだから自分の好きなように建て替えるくらい許されるだろう。

そう言ったら目を白黒させていた。どうやら彼は、私がこの家を大層気に入ってると思っていたらしい。

文句を言わなかったから」

言ったのに聞き届けなかったんじゃないか。「せめてトイレだけはつけてくれ」と言った次の日に、勝手ユニットバス発注していたのだ。

「そんなことは考えていなかった」「今のは聞かなかったことにする」

考えろと言ったのはそちらだ。

リモートワークと言ってもこの情勢が続くとも思えない。まだお前の考える時ではない」

なるほど。じゃあ、私はこの件については放棄する。勝手にしてくれ。

「そうは言っていない」

考えるなと言ったのはそちらだ。

「考えなくていいとは言っていない」

何がしたいんだ、お前は。

久しぶりに大声で喧嘩した。

彼はそう言う人間だ。私のために金や労力は使うが、それに対して私が100%望み通りの反応をしないと否定してくる。

パソコンが動かないから見てくれ」と言われて、彼の想定外解決法を提案すると拒否する。そう言うタイプ人間だ。

自分しか興味ないのだ。だから不登校の私を殴ったし、泣きながら学校に行った私は、彼の中で「父の叱責を受け止め、強くなった我が子」に改変されてたのだ。

いつもはストッパー役になる母もいない状況で、私と父は延々とヒートアップしていく。

双方、無駄に頭が回り口が立つので、口喧嘩に決着がつかない。親子なせいか論理の組み立て方も似ている。

ずっとずっと言いたかたことを言ってしまたかった。勢い任せで言ってしまたかった。

「そんなに気に食わないなら、実家玄関で首吊ってやってもいいんだぞ!!! どうせ死のうとしたのは二度や三度じゃないんだから!!!

言いたくはなかった。自殺未遂に取り乱した父と母の顔はよく覚えてる。家を二回も買い替え、それぞれ多額のリフォームを行い、私が死ぬまで家に引きこもって過ごせるようにしたのは、間違いなく「我が子に死んでほしくない」という親の愛だ。

知ったことじゃない。

そんなもんはどうでもいい。

お前らの身勝手押し付けなんかどうでもいい。そんなもんはいらない。この世界から逃げたかった。

でもお前らが死んでくれるなと何度も言うから、そのためにいくら金を積んでも惜しくないと言うから

「じゃあ、仕方ないから、親の金が無くなるまで生きててやろうかな」と思っているだけなのだ

我慢して、お前らの愛情を受け止めてやってるだけなのだ

父はすんっと黙り込み、罵り合いは終わった。

きっと彼とは死ぬまで理解し合えない。彼は私に何の興味もないくせに、私のことをひどく愛している。

そんなものはいらなかった。私が苦しいつらい悲しいと泣くのを理解してほしかった。

2021-12-26

死ぬのを延期し続けていたら結婚してた

 今年のうちには死のうと思っていたのだが、あれよという間に結婚していた。妻と出会ったのはほんの半年前のことだ。

 そうして2021年ももう終わりに近付いてきたところで、希死念慮もとりあえず脇においておけるレベルになっていることに気付いた。

 経緯をはてぶにでも簡単に書き残しておくことで、誰か必要な人に届けば良いと思う。

 

 私はかなり重度の希死念慮の持ち主だ。

 元来、基本的に薄っすら死にたい気持ちを抱えて暮らしてきた。健常の人には中々理解されないことだが、「生きているだけで苦痛なのだ

 学生時代挫折連続でそれはそれなりに辛いこともあったけれど、普通サラリーマンとなり受験就活といった目下の目標を見失った後は気を紛らわすようなものもさして見当たらず、ずっと「一体、何のために生きているんだろうか?」という気持ちに苛まれてきた。

 私には、生きるのに理由必要だった。

 趣味でも、仕事でも、誰か大事な人の為に生きなければいけないでも、何でもいい。生きる苦痛を贖うだけの理由必要だった。

 そして特に趣味はない。そういうものを探す努力もしてみたが、見つからなかった。元々無能社会不適合なので、立身出世を夢見て仕事にまい進することも出来なかった。婚活をしてみたけれど、お恥ずかしいことに誰にも愛されることは無かった。

 

 誰にも求められず、自分さえ何のために生きているかからないまま東京で過ごす日々は着実に心を擦り減らしていった。

 婚活出会う女に金を遣っているうちに貯金の残高もなくなり、やはり自分のように価値のない人間が愛されるにはカネが必要なのだと思った。そして、はやりの言葉でいえばFIREをしたいと熱望するようになった。

 リスキー投機を繰り返し、あっという間に2千万円という多額の債務を抱えてクビが回らなくなった。

 首を吊った。失敗した。縄が切れたからだ。次はもっと丈夫な縄でやろうと誓った。

 いずれにしても、「実行できた」。希死念慮を持つ者の中でも、思い描くことと実行することには大きな隔たりがある。「オレは本当にいつでも死ぬことの出来る人間なんだ!」という思いを確かにし、ずいぶん勇気づけられた私は、破産手続きをすることにした。

 法テラスに連絡して弁護士破産手続きを進め、裁判所から「お前の破産を認める」という通知が来たのは2019年も半ばに差し掛かった頃で、私は30歳になっていた。

 「破産」という言葉の強さに、「これが不幸の底だったら良いな」と少し楽観的に思っていた私だったが、そこから坂道を転がり落ちるように不幸が立て続けに起こった。

 

 職場上司暴力を振るわれ警察沙汰になったり、身内が亡くなったり、別の身内がニュースになるような事件当事者になったり、海外で車にひかれ、その勢いでインフルエンザに罹り入院したりした。短い期間に事故って負傷したり損害を負ったことも一度や二度ではない。

 もちろん仕事がうまく行くようなことはないし、婚活をしたって破産者で更に未だ債務のある人間を愛する異性なんているはずもなかった。

 そうして鬱々としているうちに、そういう態度に愛想の尽きた友人たちの多くは私の下を去り、余計に孤独を深くした。

 もう何をやってもこの人生は上手く行かないと悟り、いい加減に死んだ方が良いと思った私は、前回の失敗を活かしAmazonで丈夫な大型犬用のリードを購入した。

 

 そんな折、婚活仲間として意気投合し、一緒に遊んでいるうちに希死念慮を打ち明け合うようになり親しく付き合っていた友人から連絡が来た。私の数少ない、大事親友だ。

 それは、「一緒に死のう」という申し出だった。「さもなければ一人で死ぬ」という話だった。

 

 結局、思うところあった私はその申し出を断った。その代わり、友人の自死を看取ることを約束した。

 看取る。つまり友人が自死に失敗したときには、私が殺すということだ。

 私も自殺をしくじった人間だ。自殺の恐ろしいところは、死それ自体ではない。失敗して、欠損した心身で生き残ってしまうことだ。

 少しでも苦しまずにいけるよう、寄り添っていたいと思った。何があっても味方でいると誓った友人が君にはいて、クソみたいな人生だったかもしれないが、孤独ではなかったと思っていて欲しかった。

 

 そして友人は死んだ。ホテルの一室で首を括った。傍らには私がいた。

 私は、服役することを覚悟していた。調べる限りにおいて、類似事件はみんな実刑になっていたからだ。

 しかしそうはならなかった。友人が書き残した遺書に、しきりに私のことを庇うような言葉が書かれていたからだ。遺書は、私に書かされたものではないことを示すために、自宅に届いた携帯料金の請求書の裏に書かれていた。

 そして遺書には、友人の大事な人に私がメッセージを届ける役目を託すという旨が書かれていた。

 

 警察から解放された私は、確固たる希死念慮を携えて、友人に託された遺書に書かれた内容を遂げていった。遺族や友人に会い、顛末を伝えた。

 会うのを拒んだ人もいたし、友人の死で心が落ち着くのに時間を要した人もいたが、おおよそ「これ以上はもうできないな」というところまで遂げるのに、半年以上の月日を要した。

 

 昨年2020年年末私自身、満足していた。

 私は友人にとって特別存在になることができた。それだけでもう、苦しんで生きた甲斐があったというものだ。そしてもう私の生きる意味も役目を遂げた。

 ここから先にあるのは、更に苦しく孤独未来しかないと思った。私自身の心ももう、本当に限界を迎えていた。

 

 もういつ死んでもいいと思っていたが、最後にせめてやり残したことを全て終えてからにしようと思った。

 

 早々に死ぬのなら、もう働く必要はない。

 職場から逃げ出し、仕事を放り出した私は、ブログにこれまでのことの経緯を書き残した。ずっと書きたいと思っていた小説も書き上げた。それはほとんど誰にも読まれることはなかったけれど、別にそれで良かった。

 そしてバイクを買って、旅に出た。行きたかった場所を見尽くし、この国の何処を探しても希望の無いことを確認して、そして、友人と同じホテルの一室で、ドアノブに首をかけて一人で死のうと思った。

 

 不幸中の幸いなことに、破産してから特に散財していなかったお陰で手元にはいくばくかのカネが貯まっていた。コロナ禍のお陰でホテルも安かった。

 東京から一旦新潟に出て、冬の日本海を南下し、九州を一周し沖縄へ行った。東北を抜け、北海道反時計回りに一周し、小樽フェリーに乗って新潟に戻り、東京へ帰って来た。

 大雨の日も雪の日も、風の日も氷点下の日も、宿が見付からない日もあった。凍った道も崩壊した険道も通ってきた。スリップして転ぶことも凍傷で手足が紫に腫れる日も、腱鞘炎や捻挫で痛みに堪えて走った日もあった。だが、東京で死んだように生きるよりずっとマシだった。とにかく前に進み、少しでも多くの景色を見て、希望が無いことを確認しようとした。

 そうして全ての都道府県を見て回り、日本を一周し終わったのは、今年2021年の春頃だ。

 数か月にわたる旅の間、SNSにその模様を呟いていると、当地に住むフォロワーの人たちが声をかけてくれて物資提供してくれたり、ご飯を奢ってくれたり、宿をとってくれたりした。

 

 本当に有難いことだったが、それでも今後に希望を見出すようなことは無かった。

 多くの人は「生きて欲しい」と言ってくれたけれど、だからといって彼らが私の人生責任を負うこともなければ、依然として私は孤独だった。

 私は罪を背負っていて、債務があって、仕事はない。

 日本中を探し回っても希望が落ちていなかったように、今後そういう類のものが現れることは無いだろう。それを確認し尽くした、と思った。

 旅の間見たどんな絶景も私の心を埋めることはなかった。景色は、しょせん景色しかなかった。

 

 旅が終わって数日もしないある日、近所に住んでいるというフォロワーの方から連絡をもらい、会うことにした。

 私は彼女のことを何度も見たことがあった。ひときわ美しく、人前に立つ仕事をしている人だった。

 彼女は、「あなたファンです」と言った。ブログも、Twitterも、配信も、全部追っていて、そして旅が終わる頃になって、私の生活を追えなくなるのがイヤになってしまったらしい。そして彼女は、「私は、あなた人生責任を負う覚悟があります」と言った。

 だが、私はブサイク陰キャコミュ障無職借金破産非モテ希死念慮役満人間である彼女のような聡明で美しい女が、私のことを好きになるはずはない。分かり切っていた。

 しかしまあ、騙されても奪わるもののない私は、彼女の言うがままデートを重ねた。そうして数か月経った頃、気付いたときには結婚し、主夫になっていた。

 

 だからといって希死念慮がすぐに消えるわけもなく、「自分はきっとこれからも生きていけるのだろう。妻と一緒なら乗り越えていけるのだろう」と思うのにはそれなりの紆余曲折と妻の説得があった。だが結局、女に拾われて節操なく生きることになってしまたことに変わりはない。

 人生塞翁が馬みたいな感じだ。こうなるのには奇跡のように途方もない強運が必要なのは間違いないが、しかし一つ言えることは、私は、「ぎりぎりまで死ぬのを延期していた」ということだ。

 私はこの人生をもはやどうでも良いと思っていたが、ひとまず「とりあえずこれをやる」というものを探し、死ぬのを何度も延期した。

 死ぬ前に、小説を書き上げようと思った。仕事を放り投げて旅に出ようと思った。ブログを書こうと思った。Twitterやキャスをやろうと思った。とりあえずなるべく他人と会おうと思った。

 そうして何度も何度も死を僅かずつ、ほんの少しずつ延期していなければ、妻が私を見つけることは無かっただろう。

 そして妻の人生もまた尋常ものではなく、私に共感を覚えるような深い悲しみを抱えている人だった。そして友人の死と、私がその死に向かい合っていたことが、パズルピースのように奇跡的に当てはまりネットの海から掬い上げられた。

 自分のことを特別にして求めてくれる誰かに愛され生きることは、思っていた以上に私を楽にしてくれた。

 妻は、私が友人のことを悼み続けることを許してくれるし、妻にとって私は、今のところ良い主夫として何とかやれているみたいだ。来年の春には新しい職場で働くことが決まっている。きっと無能者扱いされると思うけれど、きっと大丈夫だろうと思えるくらいにはなった。

 

 私は、希死念慮者として暮らして長い。

 だから死にたいなんて甘えだとか、問答無用に生きるべきだとか、大事な人が悲しむだとか、生きてることに感謝しろだとか、そんなトンチンカンなことを言うつもりは毛頭ない。

 一度「死ぬルートに入った人間を掬い上げるのは本当に困難だし、何の代償も支払うことな他人人生を救うことなんて、基本的には誰にも出来ない。

 私は、自分が友人にしたことを後悔していない。友人のことは救えなかったし、最期孤独にしなくて良かったと今でも思っている。

 

 だけど、もしこれを読んでいる人の中に死にたいと思っている人がいたら、死ぬ前に、何か言い訳をしてみて欲しい。

 明日マックの新商品が出るから今日はとりあえず生き抜くだとか、私みたいにお金と体力が尽きるまで放浪してみるのも悪くない。映画を見まくって、芸術に触れて、ときには創ってみて、食って寝て、会いたい人に会って、未練が残らないように、ギリギリの本当にギリギリまでやることを見付けて、やり尽くして、それでも未だ死にたいと思うのなら、好きにしたら良いと思う。

 その最期の一瞬までに、これを読んだあなたのことを誠実に見てくれている誰かがいて、手を差し伸べてくれることを切に願う。

 そしてあなたの大切な誰かが自分の前から去ろうとしているときは、遠慮がちに手を差し伸べてみて欲しいと思う。

 人間人間を救うことは出来ないけれど、それでも人間を救えるのは、人間しかいないので。

追記】2021/12/29

https://anond.hatelabo.jp/20211229194627

2021-12-24

anond:20211224163152

九州特殊だよね。あの地には性教育必要だね。

男女で教育の分断を行うメリットがあまり思いつかないというか、男女両方に同様に性教育を行う方がダイバーシティ多様性観点からよりスムーズだとは思うかな。

女子意識問題の末端の表れに過ぎないだろうから

anond:20211224160913

九州では男尊女卑で、東大京大に行ける子でも九大に行く傾向があります

さらなる女子意識向上、男女平等の為に女子教育必要ですね!




さら性教育なども、女性とだけを集めて行う部分が大事ですので

女子に特化して教育する学校社会的任務は年々重たくなっています

2021-12-23

anond:20211223090854

博多に行くと

・小柄で童顔の可愛らしい橋本環奈川口春奈

長身小顔美女西内まりや

いっぱい歩いててビックリするよな



九州一円500万人の中でも選りすぐりの若い女性が集まる。

2021-12-22

東急ハンズに対するイメージ

九州在住なんだけど、東急ハンズに対するイメージの差が大きい。

俺は東急ハンズってブランド力高そうなイメージがあったけど、関東とか関西の人はそんなに評価してないのな。

2021-12-17

大学サークル見学しに来た1女に地元を聞いたら

「一応九州です!」「みんな知ってると思うけどあまり答えたくないです」と言うので、ワイ寡黙デブオタク(有名で答えられない?治安が悪いイメージのある北⑨州市か?)と思いつつ口を噤んでいたところ、隣の小賢しい陽キャが「水俣じゃね?」と叫んで全てがおしまい(完全にビンゴ、即座に1女退散、部員誰もLINE交換できず)になった

九州とある地方では消費税込みのことを

消費税オメコミと言うらしい。

真偽のほどは謎。

2021-12-14

anond:20211213182433

九州とか西日本田舎教員なのかな?

自分身の回りのケースしか知らないのによくもまあそこまで言い切れるな

恥知らずにもほどがあって見苦しいわ

2021-12-13

日本沈没の最終回に怒ってる

日本沈没最終回を観て猛烈に苛立ってる。

不満はたくさんあるが、一番言いたいのは「日本」の捉え方について。

Q:「日本沈没」というタイトル北海道九州以外が沈没しました。この場合の「日本」とは、どこを指しますか?

A:本州

B:北海道九州

こんな問題を出された気分。

裏を返せば、どちらかは日本に含まれていない。

道民自分は、テレビでこんな光景をよく目にする。紹介するのは東京の有名店ばかり、地方紹介は辺鄙場所か、地元民も食べない食べ物ばかり。自分にとっては、新宿渋谷の人混みや通勤ラッシュの方が珍百景である

北海道日本じゃないんですか?

九州日本じゃないんですか?

本州さらに言えば関東東京けが日本なんですか?

皆さんどう思ってるんですか?

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