はてなキーワード: 通貨とは
最近iOS、Android向けの「神界のヴァルキリー」というゲームをやっている。いわゆる「ソーシャルゲーム」に属するもので、数百枚に上るカードを武器に一本道のシナリオをこなすというタイプのゲームだ。これが最近バージョンアップしたのだが、その中で、今まで無制限に上昇可能だった能力値を19999に制限するという措置がとられることになったのだが、ところが、この際に既に制限値を超えたプレイヤーに付いては値を引き下げないと発表した。まだ始まってそれほどでもないゲームだが、このために、スタートダッシュでアイテムを購入して能力値を上げた一部のプレイヤーが事実上最強の状態にとどまることになり、単に強いだけならともかく、ランダムマッチのPvPや魔女を倒す協力プレイがあることなどから、プレイヤーの間で反発を買うことになった。通常こうしたゲームでは、最初にある程度制限を行い、徐々にそれを解放していくのだが、サービス運営側はなぜか最初に制限を設けておらず、その点は十分問題がある。ただ、これは、そもそも運営の問題ではなくて、ゲームの仕様の問題ではないかと思うのだ。
先日App Annieというサイトが発表した数字で、日本のガンホーによるパズルズ&ドラゴンズが売り上げ一位になったと話題になった( http://blog.appannie.com/app-annie-index-social-networking/ )。ここで二位になり、その前までは一位だった"Clash of clans"は、日本で流行っている(とされる)カード収集型ソーシャルゲームとは全く違う。プレイヤーは防衛用に街を作り、兵士を生産し、その兵士でゴブリン村攻略のシナリオを進めたり、ランダムマッチのPvPを行う。いわゆるFree2Playなので、参加は無料だが、ゲーム内通貨であるGemを有償で購入することでゲームを優位に進めることが出来る。ただ、ゲームに出てくるキャラクターはバーバリアンだとかアーチャーだとかごく普通のものが10種類ほどあるだけ、街作りも壁や砲台を立てる地味なものだ。ゲーム開始当初の難易度は高くなく、設備や兵士の生産は短い時間で出来る。レベルが上がれば利用できる設備も増え、その代わり時間もかかるようになる。基本的に無料でも進められるが、Gemを利用するとこれらの生産が短時間に行えるようになるという仕組みだ。逆に言えば、Gemにはそれしか機能がない。レベルが上がると街作りに必要な条件が厳しくなるのでGemが必要だが、それ以外は特に利用することもない。ランダムマッチもレベルに合わせて行われるし、選択権もあるので、突然強いプレイヤーを倒さなければいけないこともないし、そこからの修復も簡単に出来る。要するに、金をかけた所で、他のプレイヤーを圧倒することはほとんどないのだ。
その一方、「神界のヴァルキリー」や、それに近いゲーム(この前に「海賊ファンタジア」という、同じくカードの強さがものを言うゲームもやっていた)は、金をかけた分が、そのまま強さに反映する。通常入手できるカードはほとんど能力が無いに等しく、R(レア)とかSR、HSRと呼ばれるカードを入手するかしないかが、プレイヤーのゲーム進行を左右することになる。「神界のヴァルキリー」に至っては、強化用のアイテムも有償で購入することも出来る。強力なアイテムの入手はプレイヤーのレベルと関係なく機能するため、ゲーム開始時点からいきなり最強になることも可能だ。
こういう仕様は一見筋が通っているように見えるが、課金システムとゲームが強く絡んでいるため、一歩舵取りを間違えるととても面倒なことになる。レベルの解放やカードの入手率の変更が、そのままダイレクトにプレイヤーに影響を与え、どういう変更を施そうが、大抵の場合に有利/不利がどこかで発生してしまう。発生するだけならまだしも、有償サービスの利用者まで巻き込んでしまうため、センシティブな不満が出やすくなる。つまり、ゲームの仕様変更で不満が出るのは、単に「運営が悪い」という話だけではなくて、ゲームの根本的な所に欠陥があると思わざるを得ないのだ。
正直言って、こういうゲームばかり開発されている現状は、少し心許ない。パズドラをやれば認識は変わるのかもしれないけど、それでも、しばらくこの波は止まりそうも無いし、こうした欠陥に気づかない限り、残念ながら疲れるような騒動はしばらく続くのだろう。
227 ソーゾー君 [] 2013/03/09(土) 00:08:52 ID:Zvx2kqmU Be:
1763年、ベンジャミン・フランクリンがイギリスを訪問した折、イングランド銀行の頭取から新大陸の植民地が繁栄している理由を聞かれ、
彼はこう答えた。「その理由は簡単です。植民地では、我々は自分たちの貨幣、いわゆる“殖民券”と呼ばれている紙幣を発行しています。
それは、商業と工業の需要に合わせて発行されます。そうすれば、商品を生産者から簡単に消費者に渡せるのです。
この方法で自分たちの紙幣を作り、その購買力を保証すれば、我々の政府は誰にも利息を払う必要などないのです」
この新しい紙幣の誕生と流通は、必然的にアメリカ植民地がイングランド銀行の管理下から離脱することを意味していた。
彼らが牛耳っている英国議会は1764年に「通貨法」を決議し、アメリカ植民地の各州が独自の紙幣を発行することを禁じ、
イギリス政府への納税には、すべて金と銀を用いるように植民地各州政府に強要していた。
228 ソーゾー君 [] 2013/03/09(土) 00:11:00 ID:Zvx2kqmU Be:
「わずか1年の間に、植民地の状況は様変わりした。反映の時代は終わり、
経済はひどく衰退し、町中に失業者が満ちあふれるようになった」
植民地の人々は一定額未満の少額の納税はお茶やその他の産品で行っていられたのだが。
通貨法は失業と不満を人々にもたらした。自分たちで紙幣が発行できなければ、
植民地は英国国王ジョージ3世と国際銀行家の支配から抜け出す方法を永遠に封じられる。
これが、アメリカ独立戦争を引き起こした最大の原因なのである」
229 ソーゾー君 [] 2013/03/09(土) 00:14:28 ID:Zvx2kqmU Be:
アメリカ建国の立役者たちは、イングランド銀行が英国の政治を管理していることや人民の不公平を生んでいることを
明確に認識していた。33歳という若さでアメリカ「独立宣言」を起草し、
歴史に名を残した第3代アメリカ大統領のトーマス・ジェファーソンは次のような警世の一文を残した。
「私有銀行がアメリカ合衆国の通貨の発行権を握ったならば、彼らはまずインフレを作りだし、
それから一変してデフレにすることで、国民の財産を奪うだろう。ある朝、子供たちは目を覚ますと、
自分たちの家やかつて父親たちが開拓してやっと手に入れた土地がなくなってしまったことを思い知るのだ。」
231 ソーゾー君 [] 2013/03/09(土) 00:17:09 ID:Zvx2kqmU Be:
それから200年が経った現在、ジェファーソンが残したこの言葉をふたたびめにすると、
彼の予見が正しかったことに驚きを禁じえない。
今、アメリカの私有銀行は、国家の通貨流通量の97%を発行し、
アメリカ国民は銀行に44兆ドルという天文学的数字の借金をしている。
彼らは、ある朝起きると、家と財産を失っていることを知るかもしれない。1929年と同じように。
アメリカの偉大なる先駆者たちは、英知をもって熟慮し、歴史と未来を見すえた深い思考の結果、
「議会は通過を製造する権利と通貨の価値を設定する権利を有する」
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/kokusai/1343051395/
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/movie/10043/1353851390/l50
プレイし始めたきっかけ は App Store で売っていたのを見たのか、ネットの記事を読んだのかどちらかだと思うが覚えていない。
ただ人気が出ているということは知っていた。
人気の高さから当初2011年頃にリリースされたものだと勘違いしていて、購入時点でリリースされてから1、2ヶ月しか経っていなかったことを知ったのは大分後になってからだった。
まさか1年間ほぼ毎日ゲームを開くことになるとは思わなかった。
何がこのゲームをここまで魅力的にさせるのか?
自分なりに考えた結果をここにまとめておく。
本当は自分のブログに書こうと思ったが、最近のブログの方向性とかなり異なる内容のため増田に書かせてもらう。
長文を読みたくない人は以下の要約だけ読めばいい。
実力と運のバランスがほどよく、課金により圧倒的優位に立てるわけでもないのでユーザは公平感を感じてプレイできる。
覚える要素が少ないため、少しブランクが空いてもすぐにプレイに復帰できる。
魔法石という課金通貨を頻繁に配布するため、ユーザは常に課金時と同様のユーザ体験をしている。
そのため実際に課金したときに期待するユーザ体験と実際のユーザ体験にギャップがなく、不満を感じることがない。
システム障害時にもお詫びとして魔法石を配布するため、普通は大きくユーザ体験を損なうようなシステム障害が逆に良質なユーザ体験を提供する機会に変わっている。
常時開催されるイベントにより、単調になりがちなパズルゲームを飽きさせない運営の工夫がなされている。
著者のスペックは以下の通り。
このゲームのいいところは、あまりモンスターが強くなくても、パズルの腕と、落下してくる玉の色の運次第では割と勝ててしまうところにある。
実力だけでもそこそこ勝ててしまうからパズルの腕を上げて勝ち上がるというプレイも可能だし、運だけでもたまに勝ててしまうのであまり頭を使わないギャンブル的なプレイもできる。
パズルの腕がよく、かつ運がいい場合だとかなり難しいエリアでもクリアできてしまう。
逆に若干格下のエリアをプレイしていていも、気を抜くとたまにやられてしまう。
札束で殴るゲームなど揶揄されるように、ソーシャルゲームにはとにかく課金すれば誰でも勝てるという印象があった。
パズドラは課金だけでは勝てないようなゲームバランスになっている。
例えば課金専用のモンスターガチャ(ランダムで強力モンスターを入手できる仕組み)でしか入手できない「神」タイプという種別のモンスターがいる。
これらは確かに強力だが、決して最強ではない。
パズドラではモンスターでパーティを組むため、やみくもに強力なモンスターだけを使うよりも相性のいいモンスターで編成した方が強力なのだ。
また、たとえ強いパーティを作るとしても、ある程度のパズルの腕がないと結局勝つことができない。
実力のみのゲームだとプレイヤーとしての腕を上げ続けなればならないのでずっとプレイする必要がでてくる。
逆に運のみだとただのくじびきと変わらないので、ギャンブルに興味がない私はすぐ飽きてしまっただろう。
課金したからといって実力も運が無関係にならないというところも魅力的だ。お金で簡単に強くなれるゲームなら努力してプレイしようと思わないだろう。
このあたりの「公平さ」も魅力の一つである。
パズドラは覚えなきゃいけないことが少なく、ちょっとブランクが空いてもすぐに遊べる点が魅力だった。
大作RPGや複雑な話のノベルゲームは途中でブランクを空けると設定や伏線を完全に忘れるのでもう話についていけなくなる。
シミュレーションゲームはパラメータの意味や敵味方のユニットのスペックなどについて全て把握していないとまともなプレイができない。
FPSはスポーツと一緒なのでプレイし続けないと腕が落ちてやっぱりまともなプレイができない。
そういう「ゲーム疲れ」を感じて近年あまりゲームをプレイしなくなった。
かといっていわゆるカジュアルゲームのようなあまりに単純なゲームだとすぐに飽きてしまう。
このゲームで覚えるべき情報量は自分にとっては楽に記憶しておくことができるレベルだったので、仕事で忙しくブランクが空いてもすぐにプレイに復帰できた。
パズルの方法と所持モンスターの能力、あとは目標とするプレイフィールドの難易度を把握するだけでプレイができる。
モンスターの能力も、HP、攻撃力、回復力、スキル、リーダースキルの5つしかないので覚えやすい。
ガチャやコンティニューなどを行うには、「魔法石」と呼ばれる課金用通貨が必要となる。1個60-85円ぐらい。
私が驚いたのは、この魔法石をこれでもかというぐらいばら撒くことにある。
まず、毎月のように行われるイベントで魔法石がプレゼントされる。
1日1個が1週間から10日ぐらい続くので、月に大体5-10個近く入手することができる。
それだけでなく、パズドラではシステム障害時にもお詫びとして魔法石をプレゼントする(通称詫び石)。
障害の規模にもよるが、大きな障害のときは10個もまとめて配布する。
私にとって何より衝撃的だったのがこの「詫び石」システムである。
この運営方法により、ユーザである私はシステム障害を期待するようになってしまった。
こんなことは業務システムでは全く考えられない。
通常業務システムにおいて障害が発生した場合、ユーザは苛立ち、怒りの電話やメールを運営者にぶつけてくる。
ユーザにとってシステムが稼動し続けることは当たり前のことであり、障害などもっての他なのだ。
運営側は障害により若干の収入が減るかもしれないが、UX(ユーザ体験)を下げるどころか上げるということに成功しているのだ。
私のような無課金のユーザでも、常に手元には魔法石が余っている。
だから、課金ガチャを回したりコンティニューしたりということが気軽にできる。
これが何を意味するかというと、課金した状態のUXがゲームプレイにおける日常として組み込まれているということである。
もし私があるとき気が変わって課金をしようとしたときでも、課金したらどういうユーザ体験が待っているかを課金する前に十分把握しているのだ。
期待するUXと実際のUXのギャップが非常に小さいため、課金しても不満を覚えることはないだろう。
もっとも、この驚きをゲーム開発会社に勤める友人に話したところ、「今のソーシャルゲームでは当たり前」と言われたので昨今のゲームに詳しい人には驚くことではないのかもしれないが。
もう一つ、私が驚いたことで友人に「それも普通」と言われたことがある。
パズドラでは常にイベントを開催していて、イベントが開催されない期間が存在しない。
現在だと常時最低でも2つのイベントを同時開催していて、これらは月曜に開催され、2週間行われる。
開催期間は2つのイベントで1週づつずらされているため、ユーザからは毎週新しいイベントが開催されているようにみえる。
ゲーム自体はパズルを行うだけのシンプルなものなので、こうして工夫で飽きさせないようにしているのだろう。
先述の友人の話によると、ネットゲームにおいてはイベント開催が非常に重要らしい。
特に日本は文化的に年間行事が多いため、これらに合わせて緻密にイベントスケジュールが組んでいるようだ。
パズドラはゲームデザインだけでなく、運営も驚くような工夫がなされている。
私がこのゲームをプレイしていたのも、この運営の方法を研究したかったからという側面もあった。
運用・運営という側面はゲームだけでなくITシステムやレストラン・ホテルのサービスなどあらゆる場面で重要ではあるが、あまり一般の人には注目されない。
こうした「舞台裏」にこそ成功の秘密があるのだということをあらためて認識した。
なぜ丸一年が経過したタイミングではなくこの時期にこんな文章を書いているかというと、最近プレイしていないからである。
引退というわけではないが、気持ちとして一区切りついたのでこうしてまとめてみた。
理由はすごく単純で、ここ1、2ヶ月でモンスターのドロップ率とスキル成長率が大幅に下がった(と感じた)からである。
ドロップ率2倍でもほとんどドロップせず、スキルアップ率2倍時にスキルが全く上がらないと、さすがに砂に水をかけているような気分になって急速にプレイに疲れてしまった。
227 ソーゾー君 [] 2013/03/09(土) 00:08:52 ID:Zvx2kqmU Be:
1763年、ベンジャミン・フランクリンがイギリスを訪問した折、イングランド銀行の頭取から新大陸の植民地が繁栄している理由を聞かれ、
彼はこう答えた。「その理由は簡単です。植民地では、我々は自分たちの貨幣、いわゆる“殖民券”と呼ばれている紙幣を発行しています。
それは、商業と工業の需要に合わせて発行されます。そうすれば、商品を生産者から簡単に消費者に渡せるのです。
この方法で自分たちの紙幣を作り、その購買力を保証すれば、我々の政府は誰にも利息を払う必要などないのです」
この新しい紙幣の誕生と流通は、必然的にアメリカ植民地がイングランド銀行の管理下から離脱することを意味していた。
彼らが牛耳っている英国議会は1764年に「通貨法」を決議し、アメリカ植民地の各州が独自の紙幣を発行することを禁じ、
イギリス政府への納税には、すべて金と銀を用いるように植民地各州政府に強要していた。
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/kokusai/1343051395/
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/movie/10043/1353851390/l50
基本的な戦法は、「同じ文字で攻め続ける」です。始まる言葉が少なく、終わる言葉が多い「ル」攻めが基本ですが濁点が有効なら「ズ」の方が効果的です。
それで攻め続けるだけで、だいたいは勝てるはずです。
しかし、逆に自分が「ズ」攻めを食らったときのために「ズ」で始まる言葉を羅列しておくです。
そして取っておきの「ズ」で始まって「ズ」で終わる言葉
相手が中級以上のしりとリストならば「ズ」攻めを使ってくるかも知れません。「ズ」攻めを食らい続けて散々つぶした後に「ズ」返しをする戦法が最強です。
再びid:maeda_a氏へのお答え
世の中,かなりの話は『程度問題』だと思うのですよね
なんでこの指摘がこっちに向くのかな。ハイパーインフレは絶対に起きない、と曰わった浜田センセこそ、程度問題を無視しているじゃありませんか。こちとら、絶対に起きないわけじゃない、たとえば財政マネタイズ期待が広がったケースなら起こるよね、と反証したまでです。ぜひとも浜田センセにおっしゃってください、程度問題のテーマに関して「絶対」とか言わないでください、と。念のため付け加えるなら、「絶対」ってのは程度にかかわらず常に、という意味ですから。
「財政マネタイズ」という(通貨の信認とか構造改革とかと同じように)おどろおどろしい,そしてたいていの場合に空虚な言葉というのは,黒か白かはっきりするよな定義のある話ではなく…
では、「財政マネタイズ」ではなく"globally non-Ricardian fiscal policy"と言うことにしましょう。そう言い換えても、こちらの論旨には何の変化もありませんので。定義はWoodford見てください。
バーナンキがQEとはglobally non-Ricardian fiscal policyだなんて認めたら、それは財務省とFRBのアコードの変更ですから、それこそレジーム・チェンジということになって期待はジャンプするんだ、というのがリフレ理論からの帰結でっせ。アコードに変わりはないとの認識を持ってもらうためには、バーナンキはQEがglobally non-Ricardian fiscal policyであるとは認めるわけにはいかなかった。もちろん、globally non-Ricardian fiscal policyを明示的には認めなかったとしても、たとえば米国債の価格維持政策を採っていると見られれば、ああアコードは変わったんだなあということになるでしょうが、それは言葉そのものに意味が無い「言霊」だという話ではないでしょう。
インタゲレンジの可変性だけ縛ったところで、fiscal policyがRicardianかどうかは変わりませんからねぇ。FRBの場合、アコードはfiscal policyが悪くてもlocally non-Ricardianに留まることを意味してますし、ECBの場合、マーストリヒト条約において各国のfiscal policyがRicardianであることを求めてますし。日本の場合、今のところは財政がRicardianであろうと皆が認識している(例:下記リンクでの浜田センセのご発言)わけですが、それは何のルールにもなっていない(みんな大っ嫌いの財務官僚のビヘイビアの結果でしかない)ので、その明文ルール化なんかがいいんじゃないかと、個人的には思いますです。といっても、Ricardianの具体的ルール化だった財政構造改革法が少なからぬ「リフレ派」の目の敵にされてたように、これも難しいんですけどね。最終的には凍結されちゃいましたし。ま、純然たるRicardianだとインフレ圧力がまったく生じない(はずな)ので、locally (non-)Ricardianであるようなものがうまく設定できたらいいんじゃないでしょうか。
それは失礼しました.
世の中,かなりの話は『程度問題』だと思うのですよね.「財政マネタイズ」という(通貨の信認とか構造改革とかと同じように)おどろおどろしい,そしてたいていの場合に空虚な言葉というのは,黒か白かはっきりするよな定義のある話ではなく.インフレ税ないしシニョリッジというのが財政に寄与するなら,実はどの国も常に「財政マネタイズ」してると言えるのかもしれない.日銀乗換は日銀引受と違うという強弁だって『程度問題』でしょう.
『程度問題』ともう一つ私が念頭に置きたいキーワードは『言葉より行動』です.人が何を言うかよりも,どう行動するかが重要.「市場関係者がこう言っている」よりも「市場がこう動いた」の方が確か.市場だってもちろん間違えるが,「メディアが取材したシジョーカンケーシャの言葉」なんてのは,ほぼノイズにすぎないですよね.
http://anomalocaris89.blog69.fc2.com/blog-entry-208.html にあるとおり中央銀行の独立性は別に金科玉条ではない.財政マネタイズも,まあ今のところは「やってはいけません.これは中央銀行にとって神聖不可侵な教義です」という振りをするのがお約束となっている,くらいの意味だと思っています.実際は100%か0%かの話ではなく,行動を見れば少しはやっていると見えなくもない.
ヘリコプター・ベンが,サマーズと組んでヘリコプターマネー政策を実施しても,さらに,購入した国債をロールオーバーし続ける(日銀乗換に当たるものを無制限に増やしていく)と発表しても米国債が暴落なんかしなかったのは「財政支出をやって,猛烈に通貨発行を増やしてますけど,財政マネタイズじゃないですよ〜」と言った言霊のオカルト効果ではなく,もっと単純な市場予測(米国債を売ると損をする可能性が高い)の結果でしょう.
で,リフレ政策で肝要な期待(expectation)ってのは,人々の気持ちとか意思とかじゃなく,まさにそういう『将来についての市場予測』のことを言っているに過ぎません.「それを財政マネタイズと呼ぶかどうか」という曖昧な話じゃなく,「政府が今後どう行動するか・その結果どう行動すると得か」について市場が予測した結果.それがリフレ派の言う期待でしょう.だから,「中央銀行の独立性」「財政規律」とかいう「意図を表すレトリック」なんかではなく,例えば「いつまでに何を買う」「いつまでにいくら支出する」と言った具体的な行動の予測に資する情報によって(のみ)市場は動く.まあ市場予測に影響する気分(センチメント)というのはあるでしょうし,それは言い方で動いたりするのかもしれませんが,それはむしろ「すぐに修正される予測のズレ」を表す言葉でしょうね.あんまり重要でない.
これも『程度問題』ですね.デフレに(少なくとも例えば賃金や企業の収益や税収にとって)はっきりした害があって,5%や10%のインフレにそれほどの大した害が知られていない.なのに,デフレを止めるための日銀への介入でさえこれほどの大騒ぎになる.
そこで,インフレを止めるような介入がそんなに容易だと市場が予測するなら問題でしょう.
すいません.誤読してたので訂正(どっちにせよ,根拠のない無茶な介入は簡単じゃないだろうと思うんですが…)
これも『程度問題』ですね.インフレ恐怖症の方々はもとより,リフレ派でさえ反対するような「引き締めを妨げるような介入」がそんなに簡単なら確かに問題でしょうが…
追記:一つの担保としては,日銀にも政府にもそう簡単に方針を変えられないような歯止めを法制化しておくことでしょう.曖昧な「日銀の独立性」という言葉が指す内容がどういうものか,例えば「中期的な望ましい物価水準は政府と日銀の合意によって定める・それを達成する手段は日銀の専管事項」という趣旨の条文を日銀法に入れるとか.え,法律なんか政府がインフレにしたくなったら簡単に変えられる? そうかなあ…程度問題ですが,法律がない場合より「簡単」ではないと思いますね.
まあ,既に書いた通り,債券市場参加者の「声」とか,割りとどうでもいいと思ってますんで…
追記: インフレ目標と,日銀の(上記のような)独立性の法制化は,ひとつの歯止めとして市場の期待を安定化するのに有用だと思います.
社会インフラの必要分はすでに整備されつくし、生活に必要な物資も遍く普及し、しかもきわめて安価になってきた。そして労働者人口が減少傾向にある。こういった社会では、需給ギャップはどうしても起きてしまうため、デフレとなり、そしてそれが世界に先駆けていれば比較論的に通貨価値が上がっていくため、通貨高を招く。これは必然のように思う。
社会インフラの必要分はすでに整備されつくし、生活に必要な物資も遍く普及し、しかもきわめて安価になってきた。そして労働者人口が減少傾向にある。こういった社会では、需給ギャップはどうしても起きてしまうため、デフレとなり、そしてそれが世界に先駆けていれば比較論的に通貨価値が上がっていくため、通貨高を招く。これは必然のように思う。
このとき、そこそこのキャッシュフローのある家庭では実のところ、より快適な生活が可能になる。だが将来、もっとデフレそして不況が長引いていくと予想もするので、おいそれとは貯金を使えない。幸いデフレで商品価格は安いので、ちびちび使っていくことになる。
しかし、このとき弱者はどうなるか。ありついた職は労働時間が長いわりに給料はむちゃくちゃ低い。働く先があるならまだいい。働く先を見つけられない家庭は生活保護に走る。かくして生活保護申請が急増し、財政負担はますます重くなる。赤字国債発行高が急増していく。もう持たないとすれば、間接税を増税し、欧州並みの25%以上を目指すしかない。しかしそれをやると消費が細り、さらに不況がひどくなるだろう・・・。生活保護世帯がまた急増してくだろう。
昨年までの自民党から民主党政権まで、こんな感じの推移と予想だったのではないだろうか。
これを解決するにはどうしたらよいのか。
いまの安倍政権で実験しているのは、次のような目途であろう。まず金融緩和を大規模増とし、財政支出を進め、デフレをむりやりインフレに持っていく。それが土地や株の資産インフレをまず起こす。企業や家庭の資産価値(担保価値)が上昇し、消費・投資がしやすくなる。インフレ期待が上がれば先んじて借金やモノへの転換が有利となる。不況から脱することで、雇用が上昇し、働ける弱者への金回りが良くなる。生活保護から脱却する。社会保障費が減少していき、財政負担圧力が低下するため、思いきった間接税増税を実施する必要性が薄まっていく。
これはあくまで実験だ。こんな風にうまく行くかどうかは分からない。というのも、十分行きわたった商品はやはり不要だし、労働者人口が減少していることも現実だ(団塊世代が既に引退しはじめている)。いまだ無いが今後誰もが欲しがるであろう商品やサービスが生まれてくるまでは、政府支出で引っ張る。子育て支援体制を整備することで、出生率を下げることなく、女性労働人口を増加させる。引退した団塊世代の働き口を整備する。そういった取組みで乗り切ろうとするだろうが、はたしてうまく行くかどうか。移民拡充による労働者人口増は、話にも上っていない。
またうまく行きすぎたときも問題となる。1986年~92年に起きたような、調子乗りがまた湧いてくるかもしれない。あのときも急激な円高に対応するために、急速に金融緩和を進めたため、土地をころがせばころがすほど儲かる仕組みが出来上がってしまった。社会批判に負け、総量規制、金融引き締めをまた急速にやったため、ハードクラッシュをお越し、企業のみならず、人もたくさん死んだ。
たとえばゼロ金利解除を匂わせたりして、海外の人が通貨円を買う量を増やせば円高に働く。
しかし、通貨とは特殊な形の中央銀行の債務、広義の政府の発行する国債の一種である。
つまり、海外の人が円を買うというのは海外から借り入れをしていることになる。
日本国債・通貨円が相対的に海外からより多く買われる=海外からの純借り入れ増加=経常黒字(貯蓄超過)の抑制
と結ばれるのである。円高になればこれまでより多くの輸入が可能になるという考え方は、
個人が銀行から借金をすればこれまでより沢山の消費が出来るようになると考えるのに等しい。
そして、借金をすれば金持ちになって裕福な人生を送れるというのが間違っているのと同様に、
円高になれば日本が資産力をつけ購買力を高めた、それで内需が拡大出来る、という考え方も間違っている。
借り入れは所詮はいつかは返さないとならないものである。いつかは海外の人が円で何かを買う。
消費や輸入もそれを見越した量しか出来ない。円高で内需拡大は無理な相談なのだ。
それどころか、円が買われるという通貨による借り入れは返済要求が集中する危険もある。
高額紙幣で来店する客もいるから、千円札とか小銭とかも一定量用意しなければいけないし、
両替のボリュームが多ければ、両替手数料を要求されるケースもある。
店が終わったら、自販機内の紙幣貨幣をカウントしなきゃいけないし、
毎日なのか2日に1日かは知らないが、銀行に売上を入金しなきゃいけない。
また、強盗団の襲撃リスクもゼロじゃないし、店員による売上ネコババの心配もある。
こういう「ラーメン作りに直接関係ない事柄」に、ラーメンバカ(褒め言葉)の労力を
煩わせるべきじゃない。
一応、SUICA、エディ、ナナコ、ワオン、iDの各種類に対応するようにする。
それでも「現金は持ち合わせてないが、俺はラーメン食べたいんだ」というワガママ客が来た時には、
「隣の隣にあるセブンイレブンに行ってください」と案内する。
そのセブンイレブンでは、ナナコで以てラーメン屋の食券を買えるようにしておく。
電子マネーが世界一発達し、また、コンビニも世界一発達している日本なら、
そして、こういう店舗が徐々に広がっていけば、日本は世界で最初に
でも、こういう店舗って、財務省的には「日本銀行券の法定通用力の否定」だから、
面白くないだろうなあ。
なんらかの法律を見つけ出して、
「日本銀行券での支払いを認めない店舗は違法」と指導しそうだ。
あるいは、税務署がその店を徹底的にマークして、脱税容疑でしょっぴいたりして。
「アジア各国では、自販機は街中に置けない(壊されて現金を持ち去られる)」
とされてきたが、やはり便利なので、或いはアジアも人件費が上がっているので、
徐々に普及してきている、ということだろう。
しかし、それでも現金持ち去られのリスクで、普及スピードが遅いのかもしれない。
電子マネー規格をアジアに移出して、それとセットで自販機も普及させる。
インターネットの世界はアメリカに世界標準を取られちゃいましたが、
こういう電子決済の世界では、日本が世界標準を取れるチャンスがまだ残ってる。
全員貧しかったら再分配もやりようがないけど、富める者がいるってことはやり方次第では再分配の原資はあるわけで。
通貨政策の役割は原資がある状態を作る(あるいは少なくともその邪魔をしないようにする)ところまでで、富の偏在はまた別の政策で何とかする話。
韓国ができるかどうかは知らんけど。
失業率が歴史的な最低水準にあり、実質所得が大きく伸びている中で、それでも解決できない貧困は、通貨政策以外で解決しないとならない。
そうとも限らんよ。どこの国だって通貨安を追求するにも限度がある。
「2弾3弾もはできん」のが日本だけってこたぁないっしょ。
だいたい、今は円が高すぎるし円高の進行も早すぎたんで、調整は必要だよ、どっちみち。
円高進めば進むほどいい、1ドル1円になーれとか思ってるわけじゃないでしょ?
1ドル95円を目指すなんてのはほんの調整。別に絶対的に円が安い水準じゃないし。
いや、だから。他国と同じだけの通貨安政策をしたら、その他国はさらなる通貨安政策をするだろ。
いまこの1弾はいいとしても2弾も3弾もはできんぞ。
国内に雇用が増えて日本人の購買力が増えるなら、円がボロボロになっても何の問題も感じない
円がボロボロになるくらいでそれらが実現できるなら、是非ボロボロになって欲しい