はてなキーワード: 友愛とは
ついに30歳になった、なってしまった
20代を週3、4日程度のアルバイトやパートばかりで履歴書に書ける職歴は白紙、特技も趣味も志望動機も全部白紙、なんにもない女と、相成ってしまったのだ
18のころだろうか、急激に足腰の悪くなった母の介護で過ごして恋人もいない
まるで親の介護をしていたせいかという言い方だが親のせいだけではない
勿論30歳にして処女だし異性と手を繋いだ経験すら数えるほどしかない
交際経験は、続いたとして3ヶ月、セックスまですらも行かずに終わった物ばかりなので交際経験なしと言った方が早いだろう
おまけにコロナの関係で仕事をクビになって無職の引きこもり、やることといったら炊事洗濯家事くらいの物でなににもならない
とことんまでクズなのだが、せめて私が20代も前半ならよかった、まだ若いから許された
外に出ないから異性との出会いは完全にゼロだし(これは言い訳だ、どんな状況であれ出会う人は出会っている、)、こうなる前から異性に食事に誘われてもなにを話せばいいのか解らず結局どうにもならなかった
相手に不愉快な思いさせてしまったのだと言うことだけは理解できた、次もまたという世辞が恥ずかしくてみっともなかった
親はコロナが落ち着くまで外にでるのも怖いから、と仕事探しはゆっくりしたらいいと甘やかしてくる
家にいてじっくり面倒を見て貰えるのがうれしいと世辞を言ってくれる
暑くても雨でも寒くても足は痛む、リハビリに付き添いながら、関連書籍を読み込んだが
結局年齢によるもので根本的解決はないとばかりがかかれていた、あえていうなら筋肉をつけることだとわかった
私には実兄がいる、忙しく飛び回っているのでなかなか顔を合わせることは出来ない。それでも出来うる限りは安否確認の連絡をくれている
忙しい中で時間をとってくれて大変ではないだろうか、余り無理をしていなければいいがと思っても私に出来ることはなにもないのだ
そんな兄もまた、今は私家にいて母の面倒を見て貰える方が有り難いと世辞をくれる
それがいけない、甘やかされると甘えてしまう、元来甘やかされれば増長して驕る女なのだけれど
流石に今回ばかりはゆっくりしていていい年齢ではないのことは理解できる
自分は別に人間は恋愛をして結婚しない事を否と論じたいわけじゃなくて、
事実として、もしかして自分は所謂人を愛せない女のではないかと調べてみたことがあった
(あまりにも細分化されており本だけでは解らなかったがそういった人たちのいるお店には人生で立ち入ったことがないので少々怖じ気づいてしまい足を踏み入れることが出来ず、結局よく解らなかった)
それならそれで一人でも生きられるように自立して生きる道を見つけないといけないと思っているわけで
というか、だけどそもそも前提として自立すら出来ていない人間が他者と生きるなんてもっと無理があるんじゃ、と余談だが色々と考えてしまう
私も恋人とまでは言わなくとも会話できる異性くらいはほしいと思っている
だけれど恋愛偏差値のあまりにも低い私は異性と話すとイコール恋愛に直結してしまう
これはいけない、相手に迷惑だ、とそこまで思ったがそもそも今は会話する相手すらいないのだった
それに、いざとなるとなにを話せばいいか解らなくて、会話が終われば酷く疲れて気持ち悪くなってしまう
人と話すと疲れるものなのは当たり前だとは思うけれど、これではどうにも恋愛に発展しようにない
友愛は解る、友人と遊びに行くのは大好きだ
それでも終わって帰れば疲れが出てしまう
その上恋愛としてデートという名目がつくとなにもわからず気持ちが悪くなってしまう、比喩ではなく、戻してしまうのだ(汚い表現になってしまい申し訳ありません)
あまりにも相手に迷惑だと気がついてから、誘われても余りに乗らないようにして今となってはお誘いはゼロで
閑話休題、とくとくと私のどうにもならない恋愛に関して吐露してみたが差し当たっての問題は恋愛よりも仕事だ、お金が必要だ
それは少し寂しいかもしれないけれど生きることは出来る
だけどお金は直接的だ
いまは、みっとももなくも貯金と親の金で何とかなっているけれどかこれからどうする
私にはなにもない、才能もなく、なにも特技がなく、性格もよくなく、粗忽でドジで、人に好かれるタイプではなくそれでいて不真面目だ
親は、恐らく余程のことがない限り私よりも先にいなくなる
いっそ順序が逆であればよいのにと言うのは余りにも身勝手な親不孝だろう
一人、初めて自立しなければならなくなるとき、必ず遠くはないいつかやってくるその時
その時に私に残された者は親の遺産の家が一つと、職歴一つなく自分一人で稼ぐことも出来ない女なのだ
兄に頼る? 忙しくも飛び回って、それでも常にこちらに気を配っている兄弟に迷惑をかけられる筈がない
子供の頃から色々とあった我が家のせいで結婚すら出来ていない兄にこれ以上の迷惑をかけるわけには行かない
私には、認めたくないけれど血縁上姉と呼ぶべき女性がいる、ちなみに父とは数年前数十年ぶりに事故にあったとかで緊急治療室で顔を見てから一度も会っていないが生きてはいると思う
姉は、今生活保護を貰って生きている
親を謗り、兄弟を羨み、自分一人で生きていくと行って夜逃げした姉は今どうしようもなくて、行政を頼って、生きている
それは別に悪いことではない、どうしようもないとき行政を頼るのは国民として正しい姿勢だ
だけどどうしようもなく、私は姉と呼ぶべきその女に自分の未来を重ねてならない
これは完全に私が姉への恨みの色眼鏡で見てしまっていることだって理解している
書きたいことを書いて、羅列も言葉もめちゃくちゃできっと読みづらいことこの上なくて申し訳ない
私には文章を書く才能すらないのだ。なにも特技も才能も継続する力すらもないまま、30歳だ、ハッピーバースデートューミーだ
日々、明日も生きているという事に恐怖する
電車に乗りたい、正しくは乗りたくない
電車を見逃して、見逃して、ぼんやりと過ごして誰も自分も見ていない
雑踏の中でただ一人何時間も何時間も過ぎていく電車を眺めたいと思ったのは、恐らく思い出が美化されているからだ
結局あの時は帰路の電車に乗り込んでいつも通りにただいまといった
あのときはそれが正解なんだと思うと、言った
恋人がいたことはある。複数回ある。その時は、相手のことを好きだと思っていた。でも思い返すと、あれが本当に「人を好きになる」ってことだったのか?と疑問が生じる。
友愛も怪しいもんだ。長く続く友人は踏み込んでこない人で、共通の話題があるときだけ親しくしている。それでいい。付かず離れずくらいの関係が一番心地いい。それ以上を求められると煩わしくなり、離れてしまう。それは、恋人でも同じことだ。
そう考えると、今までの恋人は、多分友愛の延長線上にいただけなんだと思う。好きだと言われたから好きだと返しただけで、友達への感情との違いを答えろと言われたら、答えられない。でも、世間の人を見ていると、友達と恋人は明確に違うみたいだ。なら多分、誰かを恋愛的な意味で好きになったことがない。
フィクションの恋愛は、小説や映画、ドラマで何度も見た。知識として知ってはいるが、理解はあまりできなかった。誰かのことが好きだから、という理由で行動したことは、恐らくない。
その代わり人を嫌いになることもほとんどない。煩わしく思うことはあるが、嫌いとか憎いとか、そうは思わない。そもそも密に関わらなければ、数年経てば存在ごと忘れてしまう。我ながら薄情だと思うが、どうしようもない。
アセクシュアルとか、ノンセクシュアルとか、そういうのも調べてみたけど、よく分からなかった。
たとえ恋愛ができなくても、世間体を求めて結婚することも考えたけど、他人が自分の家にいるかと思うと、多分数年で煩わしさが爆発するなと思った。いや上なしに血という縁がある親族と違って、紙一枚で繋がったパートナーを、そのあとも繋ぎ止める自信はない。
恋愛がしたい。誰かを好きになりたい。たとえ好かれなくてもいいから、誰かを心から好きだと思いたい。芸能人でもアイドルでも二次元でも、誰かを好きになっている人は幸せそうだ。羨ましい。
自分がどこか欠けている気がしてならない。
書くの初めてだから色々まとまってなかったらごめんなさい。
もう自分でぐるぐる考えすぎちゃってよくわかんなくなってきたから、文にでもして纏めてみようかなって。
私は今までほぼずっと女子校的なところに通っていて、大学に入るまで男性との接触がほとんどなかった。
けどまあ自分で言うのもなんだけど容姿は整っているし、何度か告白されたことも、恋愛的なごたごたに巻き込まれたこともある。
そのたびに「あなたが気を付けないのが悪い」とか、「思わせぶりなことしやがって」みたいなこと言われたりする。
女子同士が遊ぶみたいなこと男女でやったらその時点で誘ってると思われちゃうの?とか、全員から狙われてる前提で動かなきゃいけないとか社会やばくね?とか、恋愛と友愛って何が違うんだろう?性愛の有無?別にやろうと思えば友人とだってセックスできるくない?ときめきを感じるかっていったら別に友達にもときめくことない?ふっと気を利かせてくれたときとか、めっちゃあーすき!ってなるじゃん。とか、っていうまずここらへんで躓いてる社会不適合者です。
そんで色々踏まえて考えたんだけど、私はアセクシャル(エイセクシャル?)じゃないかと思っている。
簡単に言うと他人に対して恋愛感情も性愛感情も持たないセクシュアリティのこと。
他人から向けられる恋愛・性愛感情に気づけないのって、自分にその感情がないからじゃない?っていう。
(電車とか路上歩いててとかで性的な視線自体はめっちゃ感じる。正直嫌になるくらい。)
恋愛に関して述べられていること、正直びっくりするくらい理解できないもん。
更に言うとそこらへんの感情がないからか知らんけど貞操観念とか羞恥心とかガバガバにない。全くない。メリットデメリットを天秤にかけて今のところデメリットが勝っていると思っているからビッチになったり露出狂になったりしてないけど、割と素質みたいなものはあるんじゃないかなって自分でちょっと思っちゃったり。
あと恋愛感情が持てないことに対して、「ただ好きな人ができたことがないだけじゃない?」みたいな考えは正直あるし、否定できないと思う。
けどそれはどのセクシュアリティの人に関しても言えることで、ヘテロだと思ってたけど明日突然最高の同性に出会ってホモセクシュアルになることだって全然あり得ると思うから、そういうことだと思う。今自分がどう思ってるか、が大事って考えです。
ただ面倒なことに、私はめちゃくちゃ性欲が強い。びっくりするくらい強い。
休みの日に3回くらいオナっゃうことだってざらにあるし、やらしい夢をみたりもするし、特定の個人に抱かれる妄想だって頻繁にする。
けどじゃあその人に実際されたいの?それ以外の人でもされたい人いる?とか、そういう話になると全然首肯できなくなる。
じゃあセックス絶対したくないのかって言われるとそんなことはなくて、スキンシップ自体は好きだし、なんならフェラしたい(っていうかその時の相手の反応を見たい)なあとは凄い思うんだよね。もう自分でも何が何だか全く分からんわ。矛盾が多すぎない?
そして更に面倒なことに私は友人に対する愛情がめちゃくちゃ重い。こっちもびっくりするくらい。
友人ってカテゴリに一回入っちゃった人とならもう誰とでもセックスできると思う。てか正直上述の通り男友達全員フェラしたいって漠然と考えちゃうことがあるくらい。女子友達はそこまでは思わないな。セックスは全然できると思うけど。ここだけ考えるとただ好きな人できたことないだけのヘテロかバイセクシャル感あって余計よくわかんない。
さすがにこんなこと言ったらドン引きされると同時に変な人にも狙われるだろうしそんなこと言ってないけど。
あと愛されたいけど愛されたくない。これはアセクシャルとは関係なくて自己肯定感の問題な気がする。
好きな人にも好かれたくない。いつ嫌いになられちゃうかわからないし、その時に依存体質な自分が耐えられる気がしないから。
俺の方が上手く書ける気がする、という思いつきでいきなりそこまで書いてしまった増田おそるべし。しかもすっごく評価されてるーーー眩しーーー!
眩しすぎて私浄化されて消えそう。
消える前に、私も今年は沢山小説を書いた(二次創作、オリジナル)ので、少ないけど知見を書いとこ。
なお、私が書いたのは今年前半期に女性オタクにとても流行ったアニメの二次創作と、ボーイズラブでオリジナルのSFもの(といってもあまり現実離れしていない日常系)
1年と少し付き合っていた彼女と別れた。
わたしと彼女は小学6年生からの親友だ。同じ中学に入り、別の高校に入って少し疎遠になってしまったが、わたしが大学で完全に孤立してしまい、小中の頃の友達とまた連絡を取り始めたことをきっかけに彼女とまた仲良くなった。
わたしは人間嫌いで独占欲が強い。友愛と恋愛の区別がつかない中学時代から彼女のことが好きで、他の子と遊んでいるのを傍目で見ながら嫉妬の炎を燃やしていたり、そんな状況でも遊びに誘えない臆病な自分にイライラしていたりした。
高校に入ったタイミングで何かの拍子に告白をした。何の勢いだったかはあまり覚えていないが、彼女はわたしのことを拒絶はせず受け入れてくれた。その後付き合う以前にまず友達として仲が良かったので、特に何ということもなく好き同士であるという事実だけ確認したようだったと思う。今思うとお互い恋愛に疎くどんくさかった。
その後あまり連絡を取らなくなったが、その間彼女には彼氏が出来たり別れたりまた出来たりした話だけは聞いていた。その頃のわたしは別に告白はしたものの彼女と付き合っている訳でもなく友達として仲が良かっただけで十分だったのだが、彼氏を作っている事実に少し妬いた。
人間嫌いの特徴として、「人のことを信頼して裏切られることが嫌なので、最初から相手のことを嫌いな態度を取って予防線を張る」というのがあるらしいのだが、そのときのわたしは思いっきりそれを実行していた。とにかく彼女に素っ気ない態度を取って、自分が傷つかないために距離を取ろうとしていた。
その後わたしが大学に入る頃に彼女は3人目の彼氏が出来て、少ししたところで彼女は一人暮らしを始めた。その行動にわたしは「すぐとは言わなくても、今の彼氏と結婚するのだろう」と思った。また傷つきたくなくて、彼女のことをもっと嫌いになっていようとしていた。
その後わたしが大学3年くらいのころ、彼女と同じゲームアニメが好きになり意気投合した。オタクの話をしている間は彼女の嫌いな部分を忘れていられたので、一緒にイベントに行くようになった。
何度か一緒にイベントに参加し、イベント帰りにわたしが家に帰るのがめんどくさくなってしまい、そのまま彼女の家に泊まることになった。その夜彼女はわたしに告白してきて、懺悔のように今までの心境を語り始めた。
わたしが告白してきたのにその後彼氏を作って裏切った、今の彼氏とも上手くいっているわけじゃない、親友として恋人として好きなのかもう10年以上共にして分からなくなってしまったけど、ずっとわたしのことが好きだ、特別な存在でいてほしい
そうわたしに告げてきた。はやく縁を切ろう、嫌いになってしまおう、と思っていた気持ちが魔法のように溶けて消えてなくなって、その日わたしは彼女の告白を受け入れた。
その日からほぼ毎晩のように彼女とは通話をし、オタクなイベントにも、デートスポットにも、色んなところへ行った。毎日楽しくてとなりにいれるだけで幸せだった。
ただ、わたしはあまりにもちゃらんぽらんな性格で、20代後半に足をかけ始めた今でも社会人ではなくフリーターだった。これがしばらくのわたしの課題で、行動はしないくせにどうにかしなくてはいけないと気持ちだけ焦っていた。
彼女と一緒にいると楽しくて幸せなことばかりに目を向けてしまって、クズなわたしはしなくてはいけないことから目を背けていた。このことについて何度か彼女に相談して、一度距離を置いてほしいとお願いをしたこともあった。忘れっぽい彼女とつらいことからすぐ逃げてしまうわたしの相性があまりにもピッタリで、そのお願いは2日と持たずバカハッピーな日常を始めてしまっていた。
付き合い始めてから1年と4ヶ月ほど、彼女が忙しくなったり、わたしが思い出したかのように自分の状況を思い出したりして、ほぼ毎日続いていた通話も少し疎かになっていた。どんな小さな出来事でも彼女に話していたのに、相談したいことがたくさんあるのにいつになっても言えない。落ち込みやすいわたしは外が寒くなってきて更に落ち込みやすくなっていた。
その頃彼女は会社の同僚とディズニーに行く予定があると話してくれた。わたしは12月の彼女の誕生日に、サプライズでディズニーに連れていってあげようと画策していたこともあり、その1ヶ月前に、たとえアフター6でも、先にディズニーに行かれてしまうのはかなりのショックだった。
その他にも小さなことがいくつも重なり、わたしはついヒステリーを起こし「ちゃんと職に就いたり時間を確保して自立したい、一度距離を置かせてほしい」と別れを切り出してしまった。本当の本当の本当は別れる気はあまりないのだが、0か100かでしか物事を考えられない人間嫌いゆえにこういう言い方しか出来なかった。
やさしい彼女は「前にも一度距離を置こうと言ったのに、離れるのが嫌で見て見ぬふりをしてしまった。前に進みたいと決断してくれてありがとう」と別れを受け入れてくれた。
今後は一度仲の良い友達に戻ると話し合ったが、お互い嫌いでも何でもないのに別れることになってしまってとてもつらいが、全てわたしの責任であるし、少し後悔があっても前に進んでわたしを正さなければならない。
逆上して包丁で刺すというような事件が毎年のように起きている。
というか自分の観測範囲で言うと動物嫌いの人の方がまともな比率は高く、
動物好きの人はたいていどこか頭のネジの外れたちょっと危ない人だった。
この「動物に優しい人はいい人」という思想が単なる日常の井戸端会議なら
「迷信かもね」で終わってもいいが、
その第一条を見ると、「国民の間に動物を愛護する気風を招来し、生命尊重、友愛及び平和の情操の涵養に資する」とある。
難しい言い回しをしてるが、ようするに「動物愛護をすれば国民は優しい人間になる」、だから法律で動物虐待を罰すると言うことだ。
この理論を前提にして、愛護法では動物虐待を禁止したり、動物の適切な取り扱いを決めたりしている。
もしもこの大前提が間違いならば、
どうして動物虐待者を罰していいのか、だいぶ正当性が危うくなってくる。
原作未読、アニメも未視聴。つまり、予備知識一切無しで観てきました。
主人公ヴァイオレットはFateに出てくるセイバーっぽいキャラクタで、彼女が家庭教師として派遣された先は全寮制女子高。
これは・・・地中海のリリアン学園じゃないですか。金髪縦ロールの黄薔薇様いるし。。
ぶっちゃけ、ロサ・キネンシス・アン・ブゥトンと、ヴァイオレット・キネンシス(紫薔薇さま)の立場を越えた友愛の物語がそこにはありました。
全寮制だけに、女の子同士の入浴シーンもあり、1つのベッドで一夜を共にするカップルまで…
お話のほうは、バトルもどんでん返しも無くて、最初から最後まで静かに美しく、そして微笑ましい展開が続いてました。
面白いけど万人受けはしないだろうなあ、と思っていたが、アニメになったら爆発的に人気が出た。
だけど、人気になったら腐女子が出た。
どこだってそうだ。わかっている。
それなのに、びっくりするくらい受け入れられなかった。
大好きな登場人物が、尊敬を抱いている人物と乳繰り合っている。
亡くなった尊敬する人とそっくりな弟に、亡くなった人を想像しながら抱かれている。
愛妻家が明言されている人と、女好きが明言された人が恋人になっている。
隠すつもりもあまりないので作品わかってしまう人もいるかもしれない。
なんだかもう、吐き気がした。
この人たちは本当に漫画を読んだのだろうか?
何をどう解釈したらそうなるんだ?
ファンブックも読んだうえでなぜこうなる?
いわゆる原作至上主義というやつで、基本的に原作・公式以外のものは好きではない。
BLも商業BLという、BLとして描かれ発売されている漫画ばかり読んでいる。
ただ、ツイッターのフォロワーさんや友人などには二次創作を楽しむ人は少なくなかったし、私も(シチュエーション萌えではあったが)目に入れば普通に読んでいた。
そして今までそんなに気にしていなかった「腐女子を嫌う人々」に対する強烈な罪悪感を抱いた。
敬愛や友愛の情を性愛と同じにされたのだから、踏み躙られたと言って構わないと思う。
そんなことで今まで踏み躙られた人への償いになんてならないけれど、本を買うほどのめり込んだことがないので、それくらいしか出来ない。
そして私はとりあえず、BLを避けようと頑張った。
他人の嗜好はどうもできないので、私が避けようと思ったのだ。
カップリングを明記していても、漢字だったりひらがなだったりカタカナだったりするから。
そろそろ私が凍結されるんじゃあないかと思う。
ついでに、フォロワーさんが
なんて言っていた。
こんなにガバガバなのに?
正気?
絶望した。
BLが嫌いな人はどれだけ生きづらいことだろう。
今まで不快な思いをさせてきた人たち、本当にごめんなさい。
に悲しみを覚えている。
きっと半年もしたらもう誰も見向きもしないんだろうな。
そんなのオタクっていうのかな。
3年前から応援してきたものがあっという間に飽きられると思うと発狂しそう。