はてなキーワード: 明治通りとは
タクシードライバーをやっている関係で、いろんな人と会話をする。
おねいちゃんや、ビジネスマン、小学生から高齢者、政治家や芸能人。だいたい天気のような他愛のない会話が多い。
少し前、少しイケていない感じの会社員が新宿に近い明治通りで乗せた。
客 乗っていきなり「話をきいてもらえますか?」
こんな話の切り出し方は初めてだ。「なんかあったんですか」
客『4月からいままで3ヶ月、会社で仕事を干されてしまったんです。雑用程度のことしかさせてくれなくなったのです。」
俺 理由もなくですか?
客 4月に風邪で辛くて休ませて欲しいと電話したら、認めてくれなかったのですが、私は出勤しなかったんです。
そしたら部長が怒って、私に仕事を与えるなという指示が出て、現在に至ります。
今の会社ひどい会社だと思いませんか。 実は転職するつもりでこれから面接なのです。
俺
東南口(Flags前)を出て、甲州街道沿いにてくてく歩く。右側の高い位置に道路、左側に汚い飲み屋が続き、それが過ぎると家具屋とかギター屋がある。ギター屋の横には下着屋もある。明治通りとの交差点に出て、渡って新宿高校側へ。新宿四丁目のビジネスホテル街の昭和の雰囲気もいい。一泊2000円で泊まれる。そこから新宿高校前を通るとすぐ新宿御苑の横の道へ。歩いていくと四谷三丁目まで比較的すぐ。
東口を出て、騒がしい交番の前を通り、アルタ前の左側の混んでいる道を抜けて靖国通りへ。フルーツ屋の角からの道は、あやしいお店とか楽器屋とか、布とか売ってて、真ん中にはホームレスが拾った漫画雑誌を売ってるごちゃごちゃした雰囲気で楽しい。歌舞伎町一番街の門を越えると焼肉屋とか飲み屋が続き、コマ劇があった広場へ。うろうろしてると客引きに声をかけられるけれど、比較的まだ安全なゾーン。となりのさくら通りとか区役所通りのほうが危ない人たちが闊歩してるイメージ。むかし高校のときにさくら通りの飲み放題の店でややぼったくられた。歌舞伎町を見たら戻って区役所の横からゴールデン街へ。ごちゃごちゃした小さなお店が並ぶ。時が止まったかのような人たちが毎日飲んでいる。ゴールデン街を抜けてすこし行くと花園神社。危ないという話もあるけれどお祭りやってるときは楽しい。
南口を出て信号を渡り、動く歩道がある高島屋への道を歩く。2階からは向かいにあるハンバーガー屋とかジーンズ屋とかが見える。高島屋をつっきり、ハンズの横の道から外に出て、紀伊國屋のところまで行って代々木方面を見ると代々木まで300mと書いてある看板があり、近いなあと思える。ちなみに代々木駅の階段はかなり急だ。橋を渡りサザンテラスに行くと、並ぶドーナツ屋が見える。francfrancなどのお店もあるので駅に戻る方向に歩く。駅に近いところに地方物産館みたいなのがあり、その逆側はカップルが座る植木になっている。
西口を出て、地上に出ると右側に小田急ハルクにはいったビックカメラが見えるのでそこにいく。ビックカメラは比較的最近できたけれど、いいお店。夜遅くなると誘導されて出ることになる。2階あたりには耳栓売ってるスポーツ用品店とかがある。そこを出ててくてく南に歩いていくとヨドバシカメラ。その昔、新宿には淀橋浄水場というのがあった。ヨドバシ、というのはここの地名のこと。ビックカメラなどができて見劣りするけれど、それでも新宿西口と言えばこれ。そこから歩いてひたすら行くと都庁の後ろに新宿中央公園がある。都庁できれいな夜景をみた後は、公衆便所の上で飲みましょう。
西口を出たら、旧さくらやの横の東口との連絡路方面へ。そこで立ち止まるとあやしいビデオを売る店、ペットを売る店、謎のスーツ屋、などの間に入るところがあり、そこが思い出横丁。10席も座るところがないようなお店が焼き鳥とかうどんとか売ってる。道が狭くて素敵な店が並ぶ。便所は共同。思い出横丁を出て青梅街道沿いに東へ行って南側を見ると高層ビルが並ぶ。だいたいの高層ビルは屋上だけ開放しているので、展望台にいって夜景を見よう。それぞれのビルの高さが見える。その高層ビル群から少し北の道へ入るとこちらも時代に取り残されたような民家が並び、その歴史を感じる。大阪の阿倍野と飛田の間を思い起こさせる。
自分のブログに書いても誰もたどり着かないので、ここにも書く。
僕の知り合いに天才がいます。今日、ばったりとその人に会ったので、その人の話しをします。
頭がいいな、賢いな、と思う人はたくさん知っていますし、とても性格が良い人は少し数が減りますが知りあいに何人かいます。ですが「この人は天才なんだ」と思わせる人はその人だけです。彼だけは他の誰とも違うのです。
彼は大学の先輩で、3年生の春休みに出会いました。そのとき彼は5メートルくらい離れたところに立って、とても難しそうな話しをしていました。連続体仮説がどうの、とか、そういう話し。話しの内容はよく聞きとれませんでしたが、ぎょろっとした大きな目と、視線がまっすぐ前を向いたまま微動だにしなかったことがやけに印象に残っています。
僕は4年生から研究室の後輩として彼の指導を受けました。彼が天才であることと、教育者に全く向いていないことは指導を受けるようになって3日でわかりました。彼は、研究室の誰もが答えの糸口すら見いだせない問題に、ものの10分足らずで解を与えることができました。10分のうち、8分は問題がなんであるかを彼に説明することに費やされました。それを聞いた彼は、20秒ほど黙り、そして解を述べました。そして、1分ほどまた黙り、なぜその解が正しいのかを30秒で説明しました。問題によって10分が5分だったり、たまに数日かかったりしましたが、おおよそこんなものでした。
要するに、問題を理解した瞬間、彼には答えがわかってしまうのです。彼によると「答えが降ってくる」のだそうです。
彼は修士課程の2年生でした。4月中旬ごろに、システム開発をやっている会社の内定を取ったということを彼から聞いたとき、「よく○○さんに内定をだす企業がありましたね」と軽口をいいました。てっきり彼が冷やかしで就職活動をしているのだと思っていたのです。彼が博士課程に行くのだと決めつけていたのです。しかし彼は真面目な顔で「本当だな。なんとか死なずにすんだよ。」と答えました。彼はよく真顔で冗談を言うので、そのときの僕は笑って受け流したのですが、後から助手の先生に「彼は××社にいくらしいね。」という話しを聞いたときには、少し混乱しました。本当に就職するということを理解するのにおそらく10秒ほどかかりました。そのあと、彼でも混乱することがあるのだろうか、という疑問が浮かび、きっと無いだろうな、という結論を1秒もかからずに出しました。
彼はとても順調に研究成果を出し、最後の数ヶ月に同級生たちが苦しむのを尻目にあっという間に論文を書いて卒業していきました。その年は、学部の卒業式と大学院の卒業式が合同で行われましたが、彼の姿はありませんでした。風邪をひいて休んだのだと彼の同級生は言っていました。
その年の初冬、僕は彼に再会しました。彼に声をかけられたとき、僕は彼が彼だと確信を持てませんでした。彼の顔から表情は失われ、頬が少しこけ、彼が天才であるというただ一点のために発せられていた存在感がすっかり消え失せていました。僕は驚きました。人が10ヶ月もしないうちにこうも変わるのかと。
彼と僕は、明治通りから少し奥に入ったところにある喫茶店で30分ばかり話しをしました。日曜日の原宿だったので喫茶店は人でいっぱいだったのですが、僕たちが入っていったときに、たまたま学生とおぼしきカップルが席を立ったので僕たちは運良く座ることができました。なぜかBGMにモーツァルト作曲のオペラがかかっていて、それがひどく間の抜けた空気をあたりにまき散らしていました。
はじめの10分間、彼は黙ってコーヒーを飲んでいました。僕は本当に彼が彼なのか、まだ信じられずにいました。学生時代の彼はとにかくよく喋りました。話題の90%が研究の話しで、残りの10%が最近寝た女の子の話しでした。その90%の部分で僕は彼に嫉妬を感じ、残りの10%でもっと嫉妬を感じました。
一度僕は「なぜそんなに色々な女の子と寝られるのか」と彼に聞いたことがあります。そのとき彼は「女のほうが数が多いからじゃないか。」と真顔で答えました。ぶん殴ってやろうかと思いました。
・・・きっかり10分して彼は深いため息をつき、そして口を開きました。
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彼はやっと絞り出すといった風で口を開いた。
「とてもシンボリックな話しがあるんだ。」
間の抜けたモーツァルトを聞きながら、僕は何も言わずに次の言葉を待った。
「俺の会社は昼寝をしたら怒られるんだ。」
僕の言うことを無視して彼は続けた。間の抜けたことや間違ったことを僕が言ったと感じると、学生時代から彼はいつもそれを無視した。
「自慢じゃないが、俺は生まれてから大学を卒業するまでの22年間毎日欠かさずに昼寝をしてきた。それも、毎日午後4時ぴったりに寝て、15分後に目が覚めるんだ。まあ、たまに3時45分に寝て4時10分に目覚めることもあれば、4時30分に寝て4時40分に起きることもあるんだが、それでも昼寝していることには変わりない。とにかく俺がいいたいことは22年間毎日昼寝をしてきたということだ。」
壮大なんだか、アホらしいのかよくわからない前フリだと僕は感じていた。たぶん両方だろう。
「俺が一番他人に誇れるのは集中力なんだ。俺はその集中力を6時間完璧に維持することができる。逆に考えると、6時間しかもたないんだよ。きっかり6時間たつと、俺は猛烈に眠くなるんだ。そこで、15分間だけ眠るんだ。すると、また頭が冴えて6時間集中できるんだ。集中している間は、食事をとろうが、テレビがついていようが、100%の能力を発揮できているんだ。それは俺にとってとても幸せな時間だし、親も教師も研究室の助手だって悪い気はしなかったと思う。俺は1日に2回あるその6時間で、テストで良い点をとり、研究成果をあげ、そして女を口説いていた。」
彼が集中力の途切れる夜10時までにセックスを済ますのか、それともセックスにはその集中力が必要ないのかを考えながら僕はうなずいた。
「そして、その22年間の幸福な習慣が終わりを迎えたんですね。」
「そう。そうなんだ。この話しを聞くとたいていの理系の男はこういうんだ。半分の時間が失われたんだねって。昼寝した後の6時間が集中できなくなったと考えるわけだ。でもそれは違う。習慣が崩れるというのはそういう簡単な話しじゃないんだ。1たす1が2という計算ばかりやってきた連中がそういう発想しかできないことには憐憫の情を感じないわけではないが、違うものは違う。答えはな、ゼロなんだよ。全てが失われてしまうんだ。」
彼は淡々とそう言って、言い終わると小さくため息をついた。学生時代、彼は最もため息から遠いところに存在していた。だが今は違っていた。ため息で作った洋服があったら、今の彼にはとても似合うだろうなと僕は考えた。
「昼寝をしなくなってから、何かが狂い始めたんだ。俺が言うことに誰も耳を貸さないんだ。集中力が失われてしまっていても、いままでと同じように正しい答えを出しているはずなんだ。問題が何なのかを理解し、そして解が閃く。解が正しいことを確認するためにしばらく考えて、解が正しい理由を言う。何も変えちゃいない。自分で言うのもなんだが、解が間違ってるわけじゃないはずなんだ。周りの連中が俺の言うことを無視するもんだから、さすがに不安になって後で何度も考えたよ。間違えてるんじゃないかって時間をかけてとても慎重に考えた。でも、やっぱり正しいんだ。俺は混乱した。」
そのときの僕は、彼の話しが安っぽいミステリー小説のようになってきたとだけ感じた。そうじゃない。今の僕にはわかる。彼が言っていたことはとても本質的なことだったんだ。
「俺はイライラしたよ。俺を無視して1時間、ときには3時間もかけて無駄なおしゃべりをして、そのあげくに出す答えがなんとも唾棄すべきものなんだから。そして、俺はその唾棄すべき答えに従って仕事をし、唾棄すべきものを世の中に排泄するんだ。」
話している彼も、とてもイライラしていた。とても無表情だったし、異常なほど淡々と話していたが僕にはわかった。彼のイライラの原因は、間の抜けたBGMのせいでも僕のせいでもなかった。たぶん。
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そして、今日、彼にまたしても原宿駅のそばでばったりと出会いました。前回出会ったときは昼下がりでしたが、今日は夜の10時をまわっていたと思います。
彼に声をかけられたとき、僕は彼が彼だと確信を持てませんでした。彼は宗教家のようなとても穏やかな表情をしており、すこし肉付きがよくなっていました。
「筋トレを始めたんだ。」
「この間会ったときはすまなかったな。俺の愚痴ばかり聞かせてしまったな。」
「いえ。」
「本当にあのときの俺は幼かったよ。まあ、あの状況は遅れてきた五月病だったんだな。」
彼は頭を掻きながらそう言いました。
五月病が結局のところなんなのか、いまだによくわからない僕は曖昧にうなずきました。
「久しぶりに会ったんだ。お前さえよかったらちょっと飲んでいかないか?」
あまり気乗りしなかったので、とても丁寧にお断りをしました。ちょっと疲れて胃の調子が悪かったことと、次の日の仕事の量を無意識に計算したんだと思います。
「なんで、○○さんは就職されたんですか?てっきり僕は研究の道に進むんだと思ってました。」
別れ際に、ずっと疑問だったことを思わず聞いてしまいました。聞いてから自分のデリカシーの無さに少し辟易しましたが。でも彼は特に嫌そうなそぶりは見せず、思慮深くしばらく考えてから、
「うん。まあ、そうすべきだったんだよ。いま振り返れば正しい選択だったと思ってるよ。」
と答えてくれました。彼は薬指に指輪をしていました。
彼と別れてから、花粉症対策でいつも着けているマスクを外して僕は深呼吸をしました。もう3月も中旬。春の匂いがとても濃密だったことに驚きました。いつもそうであるように、とても間の抜けた春の匂いでした。
http://anond.hatelabo.jp/20081210230300
私も経験しました。
セットを1つ注文した所、紙袋2つで渡されました。
買い物帰りで両手が塞がっているため、手さげ袋にまとめて欲しい意向を伝えた所、
「袋が2つ以下の場合は、手さげ袋はお渡しできません。」と言われてしまいました。
そこで、既に買物袋を3つほど持っているため、
物理的に持ち手のない袋を2つも持てない点を説明の上、
再度お願いしましたが返答は同じでした。
それでも、流石に持ち帰れないのは困るので、
手さげ袋を購入させてほしいとお願いした所、
ようやく袋を出していただけたのです。
商品をいただくタイミングで100円をカウンターの上において立ち去ろうとしたところ、
はき捨てるように「お金はかかりませんのでお持ち帰りください。」と言うのです。
流石に腹が立ったためそのままお店を出てしまいましたが、
一向に店員がお金を返しに追いかけてくる様子もありません。
その方は黒い制服を着た中年の男性の方でどうやら店長さんのようでした。
この対応から推測するに、当初一律で紙袋2つ以下の場合は、
手さげ袋を渡してはならないと通達されていたのではないでしょうか。
その後、あまりに評判がよくないため希望者には手さげ袋を渡すよう修正したと考えられます。
根本的に問題なのは、CSRとしてのエコをHPでも店頭でも謳っているのに、
その実、実際にその費用を負担したのはお客側である点です。
元々、マクドナルドの包装は、
・ドリンクが倒れないようにする型紙
・片手で持てるビニールの手提げ袋
この効用を企業側で取り除いたにも拘らず値段を据え置いているのであれば、
これは実質的な値上げに相当します。
大手スーパーなどでは
・マイバック持参の客には値引き(もしくはポイント当のサービス)
のどちらかを行っています。
有料といった形でお客さんに費用負担を求める点をきちんと説明する。
もしくは、協力いただく方には企業側が費用負担してサービスを提供する。
これはどちらも誠実な対応であると言えます。
また、お客さんに対して今までと同等のサービスを得るための選択肢も提供しています。
マクドナルドの手法は、実際は経費削減で自社の利益のための行為であるにも関わらず、
表面を「エコにご協力ください。」とさもお客側の選択であるかのように偽装しているのです。
更に、「ドリンクが袋の中で倒れない」という今までのサービスを受けることもできなくなっています。
また、実際のCO2削減量に関しても、HP上で年間6200トンのCO2削減を目標に掲げていますが、
これは、多数の店舗を抱える飲食チェーンとしては高い目標とは言えません。
ローソンのCO2削減の年間目標は約6万トン、マクドナルドの10倍近くです。
また、その削減の手法も、LED照明の導入や、店舗の空調・冷蔵システムの改善、
共同配送による配送回数の見直しなど、企業努力、地球環境のための投資とも言える取り組みです。
もちろん、これらの取り組みは電気代・配送費等を抑えることで
経費削減を目指した側面もあるでしょうが、
投資による経費削減は企業活動としてまっとうな選択であり、誠実で高い目標です。
「現在のパティ調理器が“創業当時!971年)のもの”と比較して56%CO2削減」
夜。新宿から明治通りをてくてく歩いて家に帰る途中、大久保交差点のあたりで自転車に乗ったおばちゃんとすれ違った。
すれ違いざま、おばちゃんが、やたらとデカい声で何か叫んだので、なんだこの野郎文句あんのかよと振り向いたら、自転車に乗りながら携帯電話で話しているようだった。
その叫びが(多分)韓国語で、そういえば大久保駅から大久保交差点に歩く時にすれ違う韓国人も声がでかくてうるさいな、と思い出した。
なるほど、これはつまり韓国人というのは声がデカくてうるさいのだ。俺の経験からいって間違いない。
そうだ、ネットで見たぞ。確か唐辛子の食い過ぎがカプサイシンで韓国人は声が大きく激しやすいのだ。確かそうだ。
あいつらは世界で自分が一番偉いと思っているからな。まったく韓国人はけしからん。まったく。
そうおもってプンスカしながら歩いていると、そういえば高田馬場駅近辺にいるワセダの学生も声がデカくてうるさいな、と思い出した。
待てよ。大久保通りですれ違う韓国人ってのは若い……多分大学生くらいのヤツが多いな。しかも酒を飲んでいる。
そういえばワセダの学生もよく酒を飲んでいる。つまり酒を飲んでいる大学生というのはうるさいのだ。
まったく酔った大学生ほど迷惑なものはない。けしからんな。
いやでもバスの中で集団を形成しているワセダは酔ってなくてもうるさいな。
あいつらは世界で自分が一番偉いと思ってるのだろう。ワセダ程度に入ってエリート気分だ。
ワセダかどうかわからないが、うるさい大学生風を見たらワセダだと認定することにしているので多分ワセダだろう。
学習院女子大なんかは実におしとやかだ。おしとやかな女子大生風を見たら学習院女子大生だと認定しているので間違いない。
酔っぱらいといえば団塊は本当に声がでかくて迷惑だ。電車の中でうるさく騒いでいるのは大抵団塊だ。
あいつらは世の中で自分が一番偉いと思っているので実に態度が悪い。けしからん。
だいたい団塊はすぐ最近の若者はマナーがなってないとか言い出すが、電車の中でマナーの悪いヤツといえば8割が団塊だ。俺の経験からいって間違いない。団塊は酒臭く煙草臭く、さらにはセンスの悪い香水やらポマードやらの悪臭を撒き散らし、満員電車の出入り口付近で意味もなく足を踏ん張っては流れを悪くし、腕を組んで新聞を読んでは肘を周囲を攻撃する。団塊は最悪だ。
サラリーマンといえば新入社員ほどうっとおしいものはいない。まさしく社会の空気が読めていない。
どこにでもあるようなくだらない人生論や会社論を声高に喋る。自分が世界で一番不幸か、あるいは頭がいいと思っている。
実にみっともない。これだからゆとりは。
入社5年目くらいの先輩が一緒にいるともう最悪で、吐きそうに陳腐な人生訓やライフハック(笑)を説教風に語り続ける。
あれじゃあ鬱陶しいのは新入社員じゃなくて先輩のほうか。28くらいのヤツはなんて呼ぶんだ? SPA!世代?
ちょっと会社に慣れたくらいで世界のことがなんでもわかったような顔をしていて、非常に馬鹿らしい連中だ。
そういえば老人もうるさいんだよな。耳が遠いせいか声がでかいんだ。
それに動きがスローで邪魔。バスが時間通りに運行しないのは大抵老人のせいに違いない。
だいたいあいつらは世界で自分が一番偉いと思っているから態度が悪い。
それに比べればよく言われる中高生や子どもなんてのは別にたいしてうるさくない。
まてよ、俺が乗る真っ昼間や深夜の電車の中にはそういうガキどもはいない。いても少人数で疲れ切っているので騒がない。
つまり、夕方や夜の早い時間、朝なんかではうるさいんじゃないか。そういえば昔はうるさいと思っていた気がする。
じゃあやっぱりけしからんな。でも幼女は世界の宝だ。中国人ももっと幼女を生産するべきだ。
しかし腹を立てる対象が増えすぎて散漫だな。結局日本人はみんなうるさいのか?
いやそもそも俺が怒っていた対象は韓国人のはずだ。よくわからんな。
そこまで考えてたら家についたので、とりあえずワセダが悪いことにした。
その後、おーいお茶でちょこらびーびーを流し込んだ。胃の奥底へ。私の中枢へ。私の体躯へ。きらびやかな体躯へ。
永遠に。
そして即座に起き上がり、シャボンの泡の向こう側に夕日を眺め、満足げにシャムネコを撫でる。撫でる。永遠に撫でる。撫で返す。撫でられる。
Terry Rileyの音楽を聴きながらゆっくりと歩き出す。向こう側に行くためにだ。そうでなければ私は歩かないかもしれない、いやぁ、きっと理由なんて必要ない。
向こう側へ行くことに、いや、踏み出すことに理由など必要ない。
歩けるのだ。可能である。
行くのだ。だから私は一歩足を踏み出し二歩目も踏み出す。止まらない。これが人間の性なのか、と思う。
思わずにはいられなかった。東北まで二キロ。夢見心地。
気づかぬうちに10年、20年、あの頃からずいぶんと遠くまで来た。あの頃の自分が創造していた大人ではない。子供の部分はまだ残りつつ、遠くまで着たなと涙ぐむ。
この先どうなるのだろうかと思いながら、だが遠くまで来て、もう戻れないのだと、また違う涙が黄金の目に貯まる。
貯金はすり減りながらも、涙は貯まっていく。
だが、その涙も乾く、夜景を眺めながら、私はあの日、シャワーを浴びてから自宅を一歩踏み出した。
明治通りを走り、新目白通りを走り、外苑東通りを走り、四谷三丁目に驚き、信濃町に安らぎ、赤坂御用地で冷たい空気を感じた。
Roppongi,Akasaka,Kasumigaseki,Kokyo,Ginza,Kanda,Ochanomizu,Iidabashi.