はてなキーワード: 比較とは
判り難いw
あの後「労働」と「出産」の比較に流れていたけど、本筋は「行政が書かれてるような思想を実現する」の方だったのね。
別増田に返事した横に、それは読めないわ。
随分と回りくどいことしてたね。
手段が、強制かばら撒きかは知らんけど、【政治が少子化問題を高く評価すべき】が議論の本筋であったと。
それを最初から言っていれば、大分議論の方向は違ったんじゃね?
これからでも遅くないと思うから、政治がどのように「出産」を増加方向にすべきか議論するか。
政治が方向付けを行えるのは、優遇(負担免除や、施設割引)とか、税制の変更(子供のいない成人に税負担を求める)とかだよね。
学費免除とか既に動いているけれど、そういうのも子供を産むことの負担を軽減する効果が、わずかばかりある。
ちなみに、優遇方向や、(市井の共通認識として)高い評価を与えると、労働よりも出産の方がバリューが高くなる可能性もあるけど、それは論じないよ。
またぞろ、ややこしくなるからね。
一応別の増田なんだけど、序列そのものが問題なのではなく、序列を金で表現する必要がないという話でしょ。
比較は必要。
な、なんで…?
全く別の横だけど。
比較は必要。だけどその比較の尺度は市場価値を根拠にしていない。今のところ金以外に労働の価値を比較する尺度が流通していないから金を尺度として使わざるを得ない。
労働の価値は市場が決めるのに、市場価値を根拠にしていないから、意味がないって話でしょ。
その尺度は、「絶対」なのか「相対」なのか、「絶対」としたら、他の労働価値はその絶対基準でどの程度なのか、定義する必要あるよね。
一応別の増田なんだけど、序列そのものが問題なのではなく、序列を金で表現する必要がないという話でしょ。
比較は必要。だけどその比較の尺度は市場価値を根拠にしていない。今のところ金以外に労働の価値を比較する尺度が流通していないから金を尺度として使わざるを得ない。
それだけのことじゃん。
他に適切な尺度があるのに金を尺度として使用しているということなら問題だけど、金以外に労働を評価できる尺度が確立されてないからなぁ。
複数の人から疑問を呈されてもやめらんないあたり
序列意識が物凄く根深い人なんだなと感じる。
あなたは「主婦労働を尊重せよ」といいつつ何故か執拗に尺度を求める。
そこに突っ込まれると「誤解だ」「悪意の誘導だ」といい
主婦労働の市場価値の低さを示されると「市場で測るべきでない」とまで逃げを打つのに
すぐ戻ってきて「尺度が必要だ」と叫ぶ。
「主婦労働は〇〇(社会のある職業)よりも上」という足場を欲している。
日本は女性の社会進出後進国なのに少子化が凄まじいのは知っているよね
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/1500.html
このグラフを見れば解るように、25から30中盤にかけ急激に女性の労働力が下がる韓国と日本は、女性が出産で仕事を辞めて育児に専念し、数年後安い給料でパート労働にならなければいけない社会で、それが少子化の原因の一つ。
不景気で金がなくて子供を産めない、夫婦共働きじゃないとやっていけないのに子供を産んだら仕事が続けられない、子供を産めない状況に若者が追い込まれているから産めないんだよ。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/syussyo06/syussyo4.html
検討を行いましたが、今回につきましては購入を見合わせることにしました。
理由は複数ありますが、主な理由は「納得に至れなかった」ためです。
当方としましては、「提示された見積もり自体に不満を持つ理由はない(そもそも他所も含めて初であり、比較対象がない)」「大きい買い物のため熟慮して買いたい」「結果補助金等で不利になるのは止むを得ない」と再三告げたはずですが、それに対する返事が「でも補助金がないと損ですよね」「減税がないと損ですよね」とばかりでした。
「補助金や減税のために買うのではない」とまで告げたにもかかわらず、「でも補助金が~」「減税が~」の繰り返しで、挙句「いくらだったら大丈夫ですか」と、熟慮したいこちらの意向を一顧だにしない姿勢で、決算期という時期であるにしても強引さが目立ち、信頼関係の構築というには程遠い状況でした。
上記を踏まえて検討しました結果、商品面、価格面では検討の範囲においておおむね納得できるものでしたが、心情面において、このまま拙速に商談を進める事への不安は大きく、「熟慮して納得の上買いたい」という自身のポリシーからすると金銭的不利は承知の上で現時点での購入は見合わせるのが望ましいとの判断にいたりました。
以上、上記理由等ご確認ください。 なお「ではいつ頃なら」との問い合わせについてですが、現時点では未定、または不定でございます。
ここでの一本道というのは、EDがひとつしかないという意味ではないことに留意。
いや…。本当に分からない?
俺を嫌いなのは分かるが、俺は別に変なことは言ってないからもうちょっと冷静に考えてみてほしい。
google社員の年収が高いのは、googleが儲かるビジネスモデルを持ってるから。
スタートアップが高い給料を提示するのは、ベンチャーキャピタルとかの金がガッポリ入っているから。
同じスキルを持っていても、儲からないビジネスモデル(労働集約型のSIerとか)の会社にいれば年収はそこそこだよ。
そして労働者が会社を選ぶ基準は年収だけではないので、「googleに余裕で入れるレベル」で年収1000万が「高すぎ」とかいう判断は普通できない。
あからさまに無能力の底辺労働者とかバイトとかならある程度単純比較可能だけど、少なくともそういうレベルの話ではないのは明らか。
意味不明…。
単にズレたことを言うのは「皮肉」にならないと思う。
全く別の論点に軽重をつけて初めて「論点を絞り込む」ということができる。
同論点上の複数タスクの重み付けだね。
そんなのするのは当たり前で、元増田ももう一人の人もそこは否定してないよ。
というのは、大間違いなんだ。
この場で間違ってるのはあなただけで、元の話の理解を間違えてる。
元増田さん
Aさん(とする)
それぞれ全く別の論点であって
当然「どっちが重要」などと軽重をつけられることではない。
Aさんの言ってることは当たり前だよね。
同じ論点上なら「こっちが重要」って言える。
違う論点だったら「こっちが重要」は有り得ない。
別々の論点のどっちを重要と思うか、なんて個々人の立場や主観だから。
例えば「町内のハトの糞害をどう解決するか?」っていう論点上なら
効率や糞害発生経路を精査していけば多分答は出るし。
でも「ハトの糞害をどう解決するか?」と「一番好きな鍋料理は何?」という別論点同士や
「ハトを実力排除する」と「キムチ鍋」という別論点上のタスク同士は、
これは比べられない。
どっちが重要とかそういう話や順位付けは成り立たないよね。
…っていうのが元増田さんとAさんのやりとりで、
元増田さんも「そうだね、これは例が悪かった」と返答して円満に解決してる。
失礼だけどあなたは上記の2人のやり取りが内包する論理を一切理解できなくて
ただ「物事の優先順位をつけるべきだ!」みたいな
掘り下げの浅いところで話をしてる。
確かに韓国ではプチ整形というなの立派な整形が流行しているようだが、自分の場合は整形には激しく抵抗がある。
親からもらった体に傷をつけたくはないし、なによりその行為によって自分が自分を完全否定するような気になる。
だけど周囲からの評価は低かった。親も兄弟と比較すると劣っている自分のことをそれとなく認めていた気がする。
外見がダメなら内面、能力、他の面で何とかなるものはないだろうかと必死になった。一応一人でも食っていける。
最近までそんな事は思い出さなかったが、当時の音楽を何度も繰り返し懐かしいなあと思って聞いていたある瞬間。
思い出してしまった。
もてなくて片思いばかりしていてふられてばかりで、それ以前もかわいいとは言われたことが無く過ごした幼少期。
だから、
実際、今日昼のテレビで「ヒルナンデス」という番組をやっているのを観てて思ったんだが、
ぶっちゃけ、最近のテレビって、庶民に新しい何かを提供するって機能を完全に放棄して、
今まで恋人とか家庭の価値だった部分にずかずか踏み込んできて、掠め取ろうとしてるよね。
なんで昼から他人のキャッキャウフフ見なきゃいけないんだと思うけれど、
あれって多分擬似的にでも内側に入り込んだ感覚をモテルなら相当楽しいんだろうな。
視聴者からすれば、テレビのキャッキャウフフと、目の前の異性やら家族やらとの付き合いで
どっちが楽しいかを選択できる状態になってきてる。
ぶっちゃけ、普通の人間が、金にも話術にも優れたテレビの人間と勝負して勝てますか、と。
というより、AKBに限らず、こんだけ視聴者に媚びまくってくれるテレビがあることを考えたら、
それと比較して、恋人とか家庭とかを苦労して持っても、割に見合わないよね。
恋愛とか家庭の価値ってもういろんなところにアウトソースサれまくってるし、
余計な幻想抱かなければ、実質的な価値って勝間和代が言ってる内容くらいしかないんじゃないかな。
個人的に結婚したい相手はいるのだが、正直、「得るもの」を期待してやるもんじゃねーな、と。
どっちかというと、単に相手が好きだからいっしょにいたいとかそういう話であって、
それってただの優越感じゃないのか?
元記事の、(世の中には~な人もいるのに)を(もし自分が~だったら、もし~がなかった・いなかったらと思うと)に置き換えてみ。
それは家にお母さんが居て、お母さんが料理を作ってくれる人だったからだ、
食べ物に困らなかったのは、お父さんが家計を支えてくれていたからだ、
気が滅入っていた時に嫌な事を忘れられたのは、彼女がいつも通りの明るさで接してくれたからだ、彼女がいつも明るいのは彼女の親御さんや友達の影響だ、
身勝手で打たれ弱い自分を許せたのは、あの時彼女がキレて、そして許してくれたからだ、
等々、実在する不幸な人との比較なしに、自分の境遇を幸せに思えるはず。
「世の中には~な人もいるのに自分は(貴方は)...」って言い方がよくされるのは、自分より辛そうな状況の人を見た時に、世の中ではそんなことも起こりうるのかと、自分の現在の境遇を再確認する人が多いからだと思いたい。
そこには差別意識はない。ただ未知の事例に驚いて、自分の生における奇跡を感じているだけだ。
自分の価値観では辛いことが、ある人の価値観では幸せだったりする。
アイドルに恋い焦がれてヲタ芸に走った結果童貞のまま死んでいった男とか、
ホストに金をつぎ込んだ結果借金地獄に陥った女が、必ずしも「不幸」とは言えない。
個人の嫉妬やら高慢やら下らない執念やら疑心暗鬼やら言葉の綾が絡み合って増幅したせい。
やれあいつよりはマシだ、
やれ俺こそ至上・異論は認めないだ、
やれあの方は私を見下してこんなこと言ってるんですよ!だ、、、
貧困も格差も原因を突き詰めていくと、土壌や遺伝子や情報量の違いで、各人の罪ではないんじゃないかと思う。
本当は各人の違いを尊重して単純に助け助けられしながらわいわいできたらいいのに。