はてなキーワード: 交差点とは
きのう(2012-01-31)のこと。
投稿用アドレスが被害にあわれている某ブログのであいけいサイトの
(実際には伏せ字ではありません)
http://u*******g.blogspot.com/ (←追記:このブログはスパムメールの被害者です)
私の最寄駅は京王線の○○○です。
逆援助してくれる独身の35歳以下の方で、土・日・祝祭日を除く平日の午前10時頃、○○市○○○にあるパソコン専門店の「ピーシーデポ○○市○○○店」まで、車で迎えに来てくれる方の連絡をお待ちしています。
ピーシーデポの場所は、○○街道から○○街道に入り、○○街道の○○○入口を右折すると、すぐ信号のある交差点の左側にあります。
ナビで、東京都○○市○○○2丁目と目的地を設定すると、ピーシーデポの近くまでルート案内すると思います。
パソコンでメールをしていますので、お返事が遅くなる場合があります。
そこにメッセージをのせるとは頭いいな(??)
女性がそのメッセージにアクセスする可能性は低いかもしれないけど
○○市ってどこの都道府県かな→東京都だ(検索しなくても文章をよく見ましょう)
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/haiteku/haiteku/haiteku1.htm
台北には何回か行ってるけど、今回は2011-2012の年越ししてみた。
ガイドブックにあんまり乗ってなかったことを中心にメモっておきます。参考にでもなれば。
空港周辺のバス停に幾つか止まってから、高速に乗り、台北市内に入る。市内でまた幾つか止まって、民権西路に着く感じ。
http://tombi00.sakura.ne.jp/taiwan2/taiwan121.htm
を参考に…
自分のたちは、101の東側、永春駅の少し南の駐車場で見た。そんなに混み合ってなく、見やすかった。
↑このあたり
自分たちは、永春駅あたりからタクシーで民権西路付近に帰った。市政府付近の道が混みまくり。運転の上手い運ちゃんだったので、なんとか抜け出したけど、頑張ってMRTに乗っても良かったかなとも思う。
(淡水と書いてましたが、北投ですね、、、すいません。)
正直言って、授業を受ける教室の右側の人は迷惑してるんじゃないか、と感じた。
彼の周りに座っているのは聴講のおじいさんと、ギャルっぽい女の子とちょっとチャラそうな男だ。
聴講のおじいさんが座っている位置に、この授業が始まったとき私の席があった。でも私は3週間でそこに座れなくなった。
彼がしょっちゅう鉛筆やノートや教科書を落としたり、あうあう言ったり、先生の言葉を遮ってゲヘゲヘ笑うからだ。
まじめに授業を受けたかった私にとってはそれはひどく苦痛で、授業妨害以外の何でもなかった。
なので彼があうあう言っているのを無視してノートをとり続けてみると、ギャルっぽい子がなんとかする。
驚いたのは、それに嫌な顔一つしないということだ。
彼女はまじめに授業を受けているとは言いがたかったけれど、あうあう言いだすとすぐに鉛筆やなんかを拾う為に席を立つ。
なので、3週間我慢した。拾ってあげた。しょっちゅう教室を出入りするのを手伝った。困ったように唸っているから。
でも1週間で授業に行くのが嫌になった。2週間で授業行く時吐き気がするようになった。彼に注意して教室中の視線を浴びた。3週間目も行って2回休んだ。
ちょっと気分が楽になったのでまた行くと、やっぱりあうあうしていた。先生に相談して、こっそり席を替えてもらった。
自分は間違ってたのかなーとずっと気にしつつ、半年以上経った。
その間も彼はニタニタゲヘゲヘ、教科書を落とし、先生の話に割り込んで怒られ、困ったような顔で唸っていたけれど。
今日ちょっと遅く帰ったのだけれど、彼が玄関を出るところだった。加配の先生とか、善意で車椅子を押してくれる人がいなかったのか、一人。
もしかして声かけられるかな、とちょっと身構えてしまった。彼はいつも、玄関で人がいると、困ったように唸って手伝わせるから。一人の日なんて見たこと無かったくらい。
そこで私は先生に呼び止められて、話が始まると、彼はさっさと出て行ってしまった。あれ?と思って、ちらりと横目で見ると、すいすいと車椅子を動かしている。
話は二言三言で終わったので少し距離をとって駅までの道を歩くと、彼も同じ方向だった。
交通量の多い交差点をすいすいと車椅子で渡って、エレベーターも一人で難なく乗って、私とは反対方向の電車に乗り込んでしまった。
いつも彼がここまでの過程を加配の先生や善意の生徒に手伝ってもらっていることは知っていた。
「ここぼぐできひんえん(ここ僕できひんねん)、だいへんやねん」と、誰も聞いていないのに声高に叫んでいたのに。できるんじゃん。
どういう反応していいかわからない。車椅子動かすのが大変なのかもしれないということは分かるけど、自分でできないっていつも言ってたじゃんか…。
大変だというのなら分かるけれど、漫画なんか読みながら車椅子押してるんだもん。大変なんだなって同情できないよ。心が狭いんだろうか。
そろそろ彼が嫌いになりそうだ。
そういえば前回書いたとき、こういう学校ってどんな学校?って聞かれてた。昼夜開講制の単位制の学校。
民度が低いんだからしょうがない、と言われたらそこまでかもしれない。偏差値も高くないから。自分も頭がいいわけじゃない。
そもそもとして、そういうところで授業を受けることを求める自分が間違っていたのかもしれない。もう、何が正しいんだか考えたくもないや。
用事を済ませたあと、怖くない先輩として有名な俺は、後輩と部員ではないが後輩の友達という院進学を控えた女子大生一緒に談笑。
ひとしきり語り合った後、「何かあったらアレだし(どれだよ?)、連絡先教えて」と女子大生に声をかける。
厳密にいえばナンパじゃないかもしれないが、ナンパを始める前はこんなメアド交換の申し出もできなかった。
ナンパなんてしない(できない)けどサークルやバイト先で彼女を作ってる奴らは、これくらいのことは平気でできてたんだろうな。
コミュ障の俺はナンパという迂回路を経なければ、ここまで来れなかった……。
自宅への帰路、レザージャケット、デニムのショートパンツと黒タイツに身をつつんだスタイルのいいメガネっ娘を発見。女子大生のこともあり、深追いすることもないかとそのまま帰宅しようとしたが、「それは逃げじゃないか?」という内なる声に気がついて、追いかける。交差点の信号で見失ったが、おそらくこの先のスーパーで買い物だろう(手ぶらでバッグも持ってなかったので駅までは行くまい)。案の定、店内で再度見つける。店内の照明でようやくはっきり顔を見たが、造形はまあまあであるものの、ニキビで肌荒れがひどい。これは行かなくてもいいか、という気もしたが内なる声にまたもや叱咤され、店を出た後を追いかける。今度は交差点で追いつき、信号待ち。
「こんばんは、すごくきれいな人だったんでご挨拶しなくちゃと思って」
「あはw…・・・(照れ笑い)」
声をかけるとたいていの人ははにかんだ笑顔を見せる。嬉しさ30%、恥ずかしさ70%というところか。
娘「いえ、まだ何もやってないんで」
娘「いや」
娘「いや、彼氏のところで」
俺「あ、彼氏いるんだ?じゃあ、メル友だけでもなって(「そりゃこんなに可愛かったら彼氏いるよね」くらい持ち上げれば良かった)」
娘「彼氏が怖い人なんで」
俺「彼氏、メル友くらいはいいよって言ってなかった?」(某ブログからパクリ)
俺「じゃあ、番号教えるから一度だけでいいんで記念に連絡ちょうだい」とメモ渡す(あわてて書いたから字が汚い、何とか読めるだろう)
俺「よろしくね。突然話しかけてごめんね。怖かった?」
娘「いいえ大丈夫ですw」そう、非モテが声かけたくらいで女の子は気分を害したりしないのだ。
俺「じゃ、またね。レザージャケット決まってるね」
ちなみに俺は、割と読書家でフェミニズムやジェンダー論もある程度読み込んでいる。この知識とナンパという行動が矛盾してるのかどうか、いまの俺にはまだわからない。
なんか「車道を走るのは危ない」とか言ってるバカばっかりで笑える。
歩道を走ってるほうが、自転車にとっても危ないんだけど、その危険性は自覚しにくい。
歩道を走ってる自転車は「安心」できる。自転車にとっては、歩道を走ってるから、という安心のもと、安心して駐車場の出入口や交差点などの危険地帯にノーブレーキで突っ込んでいく。クルマにとっては、車道を自転車が走っていない状態で、安心して横断歩道や、一時停止の交差点や、駐車場の出入口に首を突っ込む(そして自転車と交錯)。およそ7割の自転車-自動車の交通事故、およそ9割の死亡事故がこのパターンと聞く。もちろん、母数の問題があるから相対的に危ないかどうかは不明だけど、「歩道を走ってれば安心」は単なる幻想。
車道を自転車が走ってるのは、「怖い」という感情がある。それは確かだろう。だけど、いくらなんだって見える相手に向かって突っ込んでくバカはいない。クルマにとっては、路上駐車をよけるぐらいの気持ちで避ければいい話で、それをしない根底には本質的には「メンドクサイ」というクルマ側の怠慢がある。あとは、一部のクルマは自転車に前を走られるのが気にいらないらしい。これは本質的にクルマ側の問題として解決してもらわないといけない。自転車で前のクルマ(裏道なので30km/hぐらい)について走ってても追い越そうとしたアホグルマは人のいないところで事故って死ね。
自転車が車道を安全に走るにはいくつかコツがある。そのコツのうちのかなりの部分は、「他のクルマにとって予測しやすい/他のクルマの選択肢を狭めて判断を助ける動きをする」ということ。例えば、路側帯ではなく車道側を走ることによって自分の存在を目立たせたほうが、クルマ側の「メンドクサイ(からこのまま直進して側方を通過しよう)」という感情を抑制できる、とかいうコツもある。これがわからないあまったれた自転車乗りが多いということにも問題がある。国内の自転車メーカーは、顧客に媚びた自転車ばかり作ってないで、ちゃんと教育する責任を負うべき(もちろん一義的には親の責任だが、その親が甘ったれているので)。
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ariyoshihiroiki 有吉弘行
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asahi_seibu asahi seibu
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kenichiromogi 茂木健一郎
脳科学者。クオリアを研究。アンチからオルターナティヴへ。社会の前に自分を革命せよ。英語人格 kenmogiもよろしく。ken mogi @ qualia-manifesto. com (スペースを消して下さい)
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TDR_PR 東京ディズニーリゾートPR【公式】
東京ディズニーリゾートの情報をお伝えする公式アカウントです。イベントやチケットの情報、リゾートの過ごし方がもっと楽しくなるお知らせ、パークを身近に感じられるつぶやきを発信します。リプライへのお返事はこちらからはいたしかねますのでご了承ください。
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kano9x 狩野英孝
皆さんの心のオアシス的存在、狩野です(^_^)v
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asahi_digital asahi_digital
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wwwwww_bot 笑ってはいけない
30分に一回ぐらいネタを投下する全自動bot 笑ったら負けを認めRTしてあげてください 引用元:笑ったら~スレ/その他2ちゃんねるより 作者:@shiho_666
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twitter上で名言と思ったツイートや本で読んだ名フレーズなどを管理者が『独断と偏見で』集めたbotです。おおむね出典は記載していますがツイッターの性質上、必ずしも正しいとは限りません。WEB上に出回りすぎているものは作者特定が困難なため作者不明にしてあります。
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moegacha 萌えガチャ
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asahi_joblabo 朝日新聞社 働く女性応援プロジェクト
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ota324 太田光代
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as from 1/6 2010~ ☆島崎藤村の国語の美しさに魅せられた家族のためにつけたHNです。労災問題と精神医療問題を考える各会の活動をしています。 新主権者の会HP(2010年3月開始)http://yoshiok26.p1.bindsite.jp/syukensya/
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そこは既に見渡す限りの人の波だった。
地震の時もそうだったが
京浜急行のホームは入場制限が開始され、
過去の同様の事例でもそうだが
全くと言っていいほど整理や誘導をしない。
見てるだけで恐ろしくなるような大量の人の密集列は
ただ日本人特有らしい「ミンドの高さ」「従順さ」とやらに頼って維持されている。
踊り場と踊り場の間に階段があり、
あそこが転んだり雪崩れたりしたら怖いと思うが
そこに人を立たせない程度の整理もしない。
老若男女がじっと同じ方向を向いて辛抱して待った。
ホームに電車が入るたび、待ち行列の先頭から一定数だけホームに入れるが、そこでも粛々としたもの。
誰1人として制止を無視したりしない。
これは地震の時も今回もそうだ。
だが徐々に
そして完全に
電車自体がホームに入ってこなくなる。
そこから更に30分ほど経った頃、
断片的なアナウンスによると、
どうももっと前の駅で「人が溜まりすぎて危険な為電車を発車出来ないで居る」という。
人が溜まって危険なのに電車を止めたらもっと人が溜まるのは子供でもわかる。
何故電車を止めなければいけないのか。
全ての乗客が集中しだした京急が仕事を投げたら全てがクラッシュするにもかかわらず。
「危険な為」というが、
誰一人として駅員に逆らわず怒らないこの羊の化身のような民衆が
どこかの駅で「危険」になったとすればそれは
ホームどころか改札の10メートル前で止められても
大変な人口密度で立たされっぱなしになっても
どこかの駅の馬鹿駅員が無計画に列を進めてホームを人で溢れさせるかしたのである。
品川駅改札前の人の大群は、先頭は2時間以上待っていると言うことだったが、
ここでついに駅員が、「この改札は人が集まりすぎて危険なので〇〇側改札へお回りください」と言い出した。
これはよくある欺瞞の指示だと言うことがぴんと来た。
きっと、〇〇側改札に回ったところでホームには入れない。(この予感は当たっていた。)
電車が止まって群集を解散させなければいけなくなったが
誤魔化しの指示でなし崩しに人をばらけさせようと考えたのだ。
ここでさすがに列の中ほどの1人の男が
「ふざけるんじゃねえぞ!今更なにを言ってるんだ!」
「でたらめのことばっかりしやがって!」
と
スピーカーの駅員を言い負かすぐらいの声量で
周囲をアジるような感じの声を上げだした。
が、怒声をあげたのは彼だけだった。
見渡す限りに詰め込まれて待たされた人達の中で、彼1人だけ。
(彼は行儀がいいとは言えなかったが、
ここまでくるとむしろ
彼のほうが人間味のある正気の人間なんじゃないのかという気もした)
例によって〇〇側改札がどこで、どう進むのが望ましいか、
などのアナウンスや誘導が一切ないので
「あぶないよー!ちゃんと誘導して!」と叫ぶ女性もいたが、やはり誘導はなかった。
あれだけのストレス状況で一切押し合わないという、群集の高いモラルのみに頼った移動が始まった。
これが4時半位で、
駅から溢れ出し駅を取り囲む人の群れはとんでもない密度と大きさになっていた。
5時半ごろには完全に東京を通り過ぎ、雨も風もやんだ。
しかし溜め込んだ乗客に責任感を見せる様子のない電鉄各社は運行を再開しない。
JRなどは「線路内に障害物が入った影響で…」などと口実を作った(JR利用客は誰も信用しないいつものアレだ)ようだが
京浜急行などは線路になんの障害もなかった(確認済み)。
「人が多くて危険」というアホのような理由で運行を再開させない。
鉄道会社と言うのは代替がしにくい、独占企業・専売企業のような存在である。
「人が多い」状況は電鉄会社が努力して運行を再開する以外では解決しないのに
それをするのを嫌がって、なんと8時半まで運行を再開しなかった。
高い金を払って泣く泣くタクシーに乗り込む人もいたが、タクシー待ちもとっくに長蛇の列である。
運行が再開しても、
「危険なので入場制限をします。駅から離れてお待ちください」等と
ボンヤリしたことだけをスピーカーで繰り返し、
自ら作り出した超大量の帰宅難民の消化に意欲も責任感も見せない京浜急行。
「待っていてください」以外何の指示もアナウンスもしないのだ。
1時間待っても電車が少なく、人も少しも減る様子がないのを眺めていると
駅の交番を通して
「品川駅京浜急行は大変混雑しているので、並んでも長時間電車に乗れません」
という放送。
今更言うな、の二回目だ。
「お待ちください」「お待ちください」と散々言って
その後、勝手に隣の駅「北品川」まで徒歩で移動したところ、電車には簡単に乗れた。
要するに品川駅が、上層部と現場の思考硬直・怠慢で麻痺していて、
せっかく運行している電車すら満足に生かせていなかった。
なにしろ北品川に来る電車はどれこれも、混んでいないのだ。電車によってはスカスカ。
品川駅駅員どんな入場制限をしているのか知らないが、
辛い思いをして待っている大勢の人間を少しでも早く多く救うことより
人の波の整理・誘導の苦労を嫌ったに違いない。
当初、現場駅員の数が平時と変わらなかったのも印象的だった。
改札前の切符センターなど、大量の人員が中に居る部署がある筈だが
切符業務などなくなっているにもかかわらず現場応援に来ていなかったような。
(これは確認していないので、あとから応援に来ていたかもしれない)
品川駅から溢れ出し、大交差点の対岸まで溢れていた人たちは今どうなっているだろうか。
チンタラ運行とポンコツ誘導・入場制限に阻まれた人達がまだ帰れないであそこにいるのじゃないだろうか。
まさかあの人達を見捨てたまま、電鉄会社が「本日の運行は終了しました」などと言っていないだろうか。
心配だ。
http://d.hatena.ne.jp/riyot/20110710/1310309043
http://yaraon.blog109.fc2.com/blog-entry-2780.html
私は荻窪駅徒歩n分圏内に住んでおり、毎日荻窪駅を利用している者です。
さて、ピングドラムなるアニメの主人公らの自宅があり、あずささんがインタビュー中に迷い込んでしまったとのことで、聖地と化す可能性が高い荻窪駅周辺。既に多くの方が聖地巡礼と題し、荻窪駅周辺を探索してらっしゃるそうです。
電車によるアクセスが良いため、今後も巡礼者が増えることが予想されます。荻窪在住の者として、これは非常にうれしいことです。しかし、聖地巡礼にまつわるトラブルの話も絶えませんので、荻窪もそういったことに巻き込まれないかと心配されます。
当然、マナーは守っていただきたいですね。これはどこに巡礼する場合でも同じです。ですが、荻窪の場合は特に、通行の妨げだけはなさらぬようにお願いしたいのです。
それってマナーのうちに入るよね?と思われるかもしれませんが、人が多く、道が狭い荻窪駅周辺でこのマナーを守るのが難しいのです。
荻窪駅は1日あたり延べ15.5万人(JR 8.5万人+東京メトロ7万人)が利用する駅ですので、新宿駅や池袋駅ほどではないにしろ、人が多いです。荻窪駅はJRの他の駅と違って南北が線路によって分断されており、荻窪駅そのものが南北を介する通路となっている関係で、駅そのものの利用者は鉄道の利用者だけではありません。
さらに、専業主婦の方が大勢暮らしていらっしゃいますので、朝と夕方のラッシュのみならず、昼間の時間帯もかなり人が多いです。
荻窪駅周辺は、基本的にすべての道が狭いと思った方がいいです。アニメに登場する場面は往々にして車の通行が多く、ガードレールで守られた安全地帯は2人がすれ違うのがやっと、という狭さです。
つまり、1人立ち止まるだけで、すれ違うことすら難しくなるということです。
例えば、アニメと同じ構図で荻窪駅南口2番出口の写真を撮影するためにはカメラ屋の前で構える必要がありますが、この位置はガードレールで守られた領域の中でもかなり狭い方です。立ち止まるだけでも通行の妨げとなってしまいます。それでいて、駅前ということで通行する人間の数が非常に多いです。通行を妨げられた住民は逃げ場所がありませんので、ここで通行を妨げることは多くの住民の反感を買うことになります。
旅館西郊もOKストアも、ガードレールの中からの撮影になります。特にOKストアは目の前が環八通りということもあり、通行人の数はかなり多いです。
通行を妨げてはならない理由は、地域住民から不審者が増加したとみなされた場合、(良い、悪いに関わらず)巡礼者そのものが排斥対象となってしまうことが予想されるからです。
これは過去に発生した抗議運動からわかるのですが、地域住民は自分の子供が安全に過ごせることが一番大事であり、これを脅かしかねない事態には断固反対します。例えば、荻窪駅南口前を通る道路は片道通行ですが、両面通行化する計画が過去にあがっていました。道の幅は両面通行するには十分でしたが、住民の反対にあい、今もなお片面通行のままです。反対の理由は、両面通行にすることにより車の通行が増大し、それに伴って(主に子供の)交通事故が増加することが懸念されるからでした。
何が言いたいかといいますと、これほどまでに慎重な方々が大勢いらっしゃる中で、巡礼と題して不審な行為を敢行する勇者が増加傾向にあると発覚したら、不審な行為をはたらいていた者のみならず全巡礼者がただではすまないということです。これは荻窪に限らず、人口の多い地域における聖地巡礼が孕むリスクです。
通行を妨げ、カメラで特定箇所の写真だけをバシャバシャ撮るというのは、撮っている本人が思っている以上に不審な行為に見えます。少なくともアニメを見ない、インターネットも使わない層の方が、特定箇所に集まって嬉しそうに同じものを撮影する方々(しかも面識は全然無い)に対して悪いとは思わなくても「何をやっているんだろう…」と不審に思うことは、想像に難くないでしょう。
巡礼者が歓迎される対象になるには、とにかくマナーを守ること。怪しまれるようなことは慎むこと。そして、その上で地域住民の方に感謝されることです。
撮影スポットに人があまりいない場合は撮影をすぐさま終わらせ、その場からすぐに立ち去ってください。
撮影スポットに人が溢れかえっている場合は、荻窪近辺の店で適当に時間を潰したのちに再チャレンジしてください。
残念なことに、撮影スポットの多い南口には時間の潰せそうなメジャーなお店があまりありませんが、北口や西口にはそれなりに有名なお店が並んでいます。
(他に良さげなお店があったら追記します)
とても過ごしやすいマイナーなお店もたくさんありますが、それはぜひともご自分で探検していただければと思います。
ほんとうにびっくりするのだが、TLを見てると仕事に対する不満や愚痴をつぶやく人が本当に多い。
本人がどういうつもりで公然とそういう行為にでるのかはわからないがハッキリ言っておこう。
金額とか適当なんだけど、たぶん、そう外していない。
今の年収から下がる、というケースもありうるかもしれないが、ここで言いたいのは「これから上がるかもしれなかった年収が上がらなくなる」可能性についてだ。
今いる会社の人事(小さい会社だと直属の上司かもしれないし社長かも知れない)は、あなたのツイートを見ている。俺は絶対に探してみる。エンジニアとかだとかなりそれは容易い。
そして、自社の不満や与えられた仕事に対して不満や愚痴をこぼす人間に対して誰が昇給を考えるだろうか。
今の職場に満足していないあなたは転職を考えているかもしれない。でも、間違いなく、面接先の人事はあなたのツイートを見ている。俺は絶対に探してみる。そしえt「こいつがウチに来て、ちょっとでも気に入らないことがあったら、それを垂れ流されるんだ」と思ったら、まず採用しないだろう。もし、あなたが第三者的にもあきらかなスキルを持っていたとしても、その値は叩かれる。なぜならば、そんなツイートをする人間にそこまで払わなくても、どうせ他にいくところはないとわかっているからだ。
「いや、俺、そういうツイートは匿名アカウントでやってるし」と思っているあなた。いや、そんなの無理だって。あなたがそう思ってなくても、フォロワーあたりたどっていけばだいたいアタリがつくから。
不満や愚痴をいいたくなるのはあなただけではない。みんなそうなんだ。どんなに偉い人だって絶対にそういう欲望にかられる瞬間があるんだ。でも言わない。言うと思考停止するから。不満や愚痴は人が問題に直面した際の終着点のひとつなんだ。だから、そこから改善はない。グッとこらえて、どうしたらその不満や愚痴を言いたくなる状況を改善できるかを考え、実行する。それが成長への道なんだ。
だから、愚痴や不満をTwitterのような渋谷のスクランブル交差点のような場所で公然と垂れ流す人は評価されない。だから年収も上がらない。だからツイートする度に年収が下がる。
我慢してみろ。まずはそこからだ。
http://anond.hatelabo.jp/20110518225550
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今回の訪台では気合いを入れて台北觀光護照 (Taipei Pass) なるものを購入してみた。バス・捷運に乗り放題で5日間有効券の場合700NT$。台北は市内交通が安いので、ぶっCHAGE元を取るためには相当ヘビーに使い込まなくははらずそれほど割安ではない。しかし悠遊卡のように残高を気にする必要がなく、また一日票のようにバスが別件バウアーになったりしないので精神的に楽だろうと思っていたのだが、後から振り返るとそれは大いなる間違い・セザールであった (後述) 。
台北の原宿 (ホントに地元の人がそう呼んでいるのかは知らない) ・西門町に来てみたが、時間が早すぎたのか店は開いてないわ人はいないわと散々だったのでスタバで休憩しただけで引き上げてしまった...
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読めないんだけど、WiFi充実してまっせ的な
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アニメとかゲームが充実しているヲタショップビル。ビルは開いていたが、各ショップはほとんどが開店準備中だった。早すぎたんだ... っ!!
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http://www.fastpic.jp/images/059/4945101504.jpg
余談だが台北のスマフォ普及率は異常。もはや誰もフィーチャーフォン (笑) なんぞ使ってなかったと云ってもいいくらいで、ほとんどの人はHTCかアップルを使っている。Xperiaもよく見かけたが、Galaxyを使ってる人を見たのは6日間で2人だけだった
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USと同じくメニューにはトール 〜 しか掲載されていないが、頼めばショートも出してもらえる。60NT$。日本より安いがUSより高いんだNE
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なんか見覚えのある看板
どう考えてもバスで行くべき場所にあるんだが、観光スタート直後でまだ若干ビビッていたため捷運の忠孝新生站から15分近く歩いて到着
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コテコテなプランだが鼎泰豊に来てみた。人が多く、入店したい旨どうアピればいいのか解らずビビるが、なんのことはない、入り口にいる店員さんに声をかけると「ニホンジンデスカ? 」と云われるので満面の笑みでハイッと応えればおk。写真付きのメニューと伝票を渡されるので、自分の順番を待っている間にじっくりと喰いたいものを選ぼう。
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テキトーに選んでみた麺
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小籠包。メニューには10個入りと記載されていたが、半分にもできますと云われたのでそうしてもらった。味は新宿髙島屋で喰うのと変わらんw
ちなみにテーブルを担当してくれたカワユスな店員さんが歯列矯正していて超絶に萌えた (私は歯列矯正フェチである) 。この後気づくのだが、台北では実にたくさんの人が歯列矯正しているようで、体感遭遇率は東京の数十倍以上。フェチにとっては天国であった
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やっぱり東京より安いですね。あと、サービスチャージがかかるんだNE
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御手洗は二階にある
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鼎泰豊からすぐのところにある永康15。マンコかき氷が美味いらしいので来てみた
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キウイとイチゴとマンコのかき氷をチョイス。写真では解りにくいと思うが、量が尋常じゃない (丼に入ってるくらいの大きさをイメージしていただきたい) 。こんなに喰えるかボケー級の憤りを感じなくもないが、食べ始めてみると常軌を逸する美味しさにザクザクと食が進み、結局 完食してしまうのであったw
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喰い終わったのでバス停への道すがらパチリ。台湾はNexus Sも売ってるしWP7も選べるしでスマフォ天国でございますね
さて、九份へ出発するタイミングでいよいよ、ビビッていてもしょうがないのでバスを使い始めることにした。バスを避けていてはどこへ行くにも捷運の駅を基点に移動しなくてはいけなくなるので非効率である。どのバスに乗るかの判断はiPhoneのマップに任せればよい。現在位置から目的地までを経路検索すれば乗るべきバスの番号までガイドしてくれる (都市によってはバスの時刻や料金まで表示されるが、台北ではそこまで詳しくは出なかった) し、乗車中も現在位置を表示しつづけられるので「どこだここわ」状態にならず心強い。これから海外各都市へ旅行される諸兄においては、事前にその都市内の2地点間で経路検索してみて、どこまで詳細に表示されるかを確認しておくことをお勧めする。
台北のバスで当初解らなくて困ったのは、乗車時に支払う (もしくは、カード探知機にピッとかざす) のか、降車時に支払うのかの区別の仕方である。旅の後半でやっと気づいたんだが、運ちゃんの頭上に「上車収票」もしくは「下車収票」と表示されていて (上下車収票と書いてあって、上下の文字は片方のみが点灯している) 、上が乗車時、下が降車時であった。これを発見するまでは他の乗客の真似をしていたのだが、ジモティーですら間違えるくらいだったのでけっこう困った。
そして、ここで台北觀光護照の問題が出てくる。これ、バスも乗り放題だから小銭用意しなくていいぜイエーイなどと驕り高ぶっていると、対象外区間でテンパることになる。今回の旅だと九份へ行くバスと、淡水でのバスは対象外であった。で、台北觀光護照が使えないならいくら払えばいいんだ、という話になったときに運ちゃんとコミュニケートしなくてはいけない。大事なことなので何度も云うが、バスの運ちゃんに英語が通じたらラッキーである。結論としては、悠遊卡を残高に余裕を持たせて運用する者が勝ち組である。
http://maps.google.com/maps?f=q&q=25.110092,121.845276%20%28224台湾新北市瑞芳区瑞金公路%29
目指す地点はここ。経路検索で指示されたとおり、捷運の忠孝復興站近くのバス停から1062番に乗り込む。上記のとおり台北觀光護照が通用せず、いくら払えばいいか解らずテンパるが、運ちゃんが料金表の102という数字を指さして教えてくれたので、110NT$を投入 (お釣りは出ないし両替機もないので硬貨の持ち合わせがないと悲劇。悠遊卡を使う方が圧倒的に楽である) 。
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1062バスの車窓から。高速を降りると町並みがどんどんアニメみたいになっていって期待が高まる
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なんだか知らないけどそこかしこでジブリ音楽のオルゴールCD的なの (千尋に限らず) が流れている
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豎崎路をいったん通り過ぎてさらに進むと展望台みたいに開けたところに出る。この眺めを見ながらの告白であればフラれても悔いはないだろう
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ごちそうを味わいます
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〜 つづく 〜
ごめん、やっぱやめとく、なんかあんまり紹介とかそういうのってちょっと、と言いました
友人からの返事は短いものでした やっぱりなw 大丈夫、冗談だから!w
思い出します あれは小学生の頃です プールの時間の前 塾に行く前
なんだかとても情けなくなりました
どうして、おれ、この年で、恋愛も出来なくて、友達にも小馬鹿にされて、こんな、みじめで、
いつまでも子供のまま置いていかれて、寄ってきた女は気持ち悪いやつで……
まともな恋愛も出来ないなんて。
黒髪ちゃんへのメールの返信は投げやりになっていました そして文章は攻撃的になっていました
「うん」
「うんってw 遊びませんか?」
「忙しいんで」
「そうですか(´ ・ω・`) …なんか、わたし、怒らせるようなことしました?(´ ・ω・`)」
こんな具合のやり取りが増えていきました
「ごめんなさい」「怒らせたんなら謝ります」なんだか黒髪ちゃんのメールはストーカーみたいです
めんどくさい処女って こういうことか
そもそもどうしてそんなことを信じていたのでしょうか
童貞がこんなに駄目で気持ち悪くてクズみたいなんだから、そりゃ処女にも駄目で気持ち悪いクズもいるよな
あははははは
もうよく分かりません、頭が混乱しています
どうしておれはいつまでもこんななんだ 処女厨は子供時代を思い出しました
漫画、ゲーム、アニメ、サッカー部への入部、流行の音楽、バラエティ番組、女の子と遊ぶこと……
処女厨が楽しそうなものに興味を示すと そんなもの駄目! 不良になるよ! と叱られました
ライトノベルだとバレないようブックカバーをつけて 自分の部屋で読むのです
それから、塾帰りにバレないようにゲームセンターに行くこと と インターネット これが彼に許されたものでした
処女厨は、頭のどこかで、恋愛をよくない、不良のやることだと思っていたのかもしれません
そして同時に、漫画や、TVや、恋愛を、自由に楽しんでいるかっこいい男の子や可愛い女の子を心底憎んでいました
リア充たちは大勢の友人に囲まれていて、キラキラして見えました
いつも楽しそうです
自分のような人間に、キモいと言ったり、非常識なわがままを無理に通したり、ずるい手段で成功を手に入れたり……
それに連中はミーハーです 流行ものにすぐ飛びつきます 気をつけていればだまされないようなデマにすぐ引っかかります マスコミの仕掛けた罠にすぐにハマります 下らないものをすぐに買いあさります
バカです、じぶんより
そんな、「スイーツ」の女が告白してきても、そしてそんな女が絶世の美人でも好きにならない自信がありました
ライトノベルにもいろいろありますが、処女厨の好きな物語は、いつも主人公はヒロインと結ばれてハッピーエンドをむかえるのです
ヒロインは、主人公だけを好きになり、喧嘩をしながらもなかよくすごします
処女厨が好きになるのはいつも 生身の人間ではありませんでした
彼は今まで、おれは結婚もしないし、趣味もあるし、これが自分の人生だと割り切って生きていました
一人の世界を作り上げ、すばらしい作品を生み出してきたアーティストもいます
そして処女厨はお兄さんを思い出しました 昔、彼の隣にいたのは兄です
でも兄は、整形手術をしてイケメンになり、日のあたる人生を堂々と生きています
死んでしまいたい。いなくなりたい。消えてしまいたい。消えてしまいたい。
黒髪ちゃんも本当は気持ち悪いメンヘルビッチ予備軍だったんじゃん。
なんであんな、喜んで、おれ……
そういえば、おれ、黒髪ちゃんにドキドキしたんだよな……
それまで苦しい気持ちで混乱していた処女厨は、何故だかこんなことを思いつきました
もう一度あの子に会ってみよう
処女厨は、メンヘルビッチだった黒髪ちゃんに告白する気はもはやありませんでした
でも、もう一度黒髪ちゃんと会って、ちょっとでもドキドキできたら……
そう思った時の彼は、高揚した、なんだか嬉しい気持ちを取り戻しました
それでも処女厨はそのあと、二、三回メールをしました 今暇ですか、遊びましょう、飲み行きませんか?
返事は、ありませんでした
危ないからと事務所から出されました 電車は止まってしまいました 処女厨は行き場を失ってしまいました
たくさんの人がいます
本当にたくさんいます、急いで歩いているのやら、人並みに飲まれそうなのやら、手をつないでいるのやら
歩いている人は茶髪が多いです そして、立ち止まっている人は携帯をさわっている人が多いです
なぜだか知りませんが、処女厨は、黒髪ちゃんに会いたいと思いました
後悔にまみれたその記憶を自分の手で書き表すことで、私は二度とこうしたものに手を出さないことを自分自身で確認しようと思う。
独身の頃からそういうものに興味はあり、海外で日本では禁じられている薬物に手を出したこともあった。
ただ、同行者はそれを吸ってとても楽しそうにしていたが、私には一向に効き目がなく、その体験はただ、
私に「あちらの世界」への憧れをかきたてるだけのものだった。
それには依存性はほとんどなく、何年もの間、それを欲しいと思ったこともなかったし、
一生必要ないと思っていた。ただ、「あちらの世界」への好奇心だけは私の心に根深く残ったままだった。
私はたまたま合法ハーブという語をインターネットで見つけ、好奇心からそれを調べた。
現在に日本では禁じられていない成分のみを用い、幻覚作用や覚醒作用をもたらすものということだった。
建前としてはお香としての使用を前提にしており、その煙を吸引することは推奨していない。
もちろん、それはただの建前であり、それらのサイトや関連Wikiにはその吸引体験が
多く綴られていた。
私は甘く見ていたのだ。
過去にそれに類するものを服用してまったく効果があらわれなかったこと。
そして、アルコール程度の影響で終わるのではという根拠のない自信。
夜22時30分。私は近くの街にあるその店の門を開いた。
暗い照明。ガラスケースに収まり怪しい光をはなつ「合法ドラッグ」のパッケージ。
「なんにしますか」カウンターの奥にいたのは、Tシャツにキャップをかぶった
私は「あまり強くないものを」と頼み、Wikiである程度名前が知られていて評判のよいものを
選び、それを買った。喫煙具と合わせて5700円。高いけれど、もちろん無理な価格ではない。
店の奥にはソファとテーブルがあり、その場で吸えるようにもなっている。
どうしてその場で吸おうと思ったかは分からない。家よりも安全だと思ったのだろう。
大きな間違いだった。
慣れない手つきで買ったばかりのふわふわした葉(かすみ草の花のようなものもふくまれていた)を
紙に巻き、火をつけた。要領は海外でやったときに知っていた。深く煙を吸い込み、
30秒ほど息を止めてゆっくりと吐き出す。
もう一度同じように吸った。何度も、何度も。ジョイント一本分、草が燃え尽きるまで全て吸った。
好奇心がわき、それからの身体的な変化を記録しようと思い、iPhoneを取り出した。
文字をフリックで打つが、まず指にしびれを感じだし、すぐに視覚がおかしくなってきた。
指を動かすが、目に映る像がワンテンポ遅れている。徐々に体中にジーンという
しびれが広がり、耳に聞こえる音が暴力的なまでに大きくなってきた。
10:35
電気がくるかんじ。
パルスが短くなっていく。
ビーン
という音
目がよわくなっていく。
あ
電気のビーンという音が
してると思ったら。
ここの照明の響く音でした。
耳が良くなるって本当だったんだね。
音がすごい立体感を帯びてきた。
十分すぎる時間はあったが、私は怖くなった。
このままでは帰れなくなるほどに、自分の状態は
悪くなるのではないだろうか。
後悔。後悔。
私は光のあふれかえる街に飛び出した。
うるさい音を発しながら私の横を通り過ぎていく。
見知った道はまるで違う道のようで、私は駅に行くために
駅へと急いだ。
足が思うように動かず、気づくと外界からシャットアウトされるほどの
思考の大波が私を襲う。今ものをなくしても分からないぞ、やばいな、と
私は頭の片隅で思った。
今の私を外から見ると、とてもまともには見えないだろう。
妻にだってわかるに違いない。
電車に乗った。
電車の中は混んでいて、においがとてもひどかった。
ドアの脇に立っていたが、どうにも足がふらついてカクカクする。
そして、すぐに思考の大波。
乗り過ごしたら万が一にも帰ることはできないだろう。
自分の体が電気の粒に分解されて、寄りかかっている壁に吸い込まれるような感覚。
心細い、あまりにも心細い。何も支えるものがない。
もう涙があふれ出そうだった。
なんてことをしたんだろう。愚かだ。あまりにも愚かだ。
警察に保護されるようなことになったら妻はなんて顔をするだろう。
ずっとずっと妻のことだけを考え、かろうじて残った正常な感覚を
かきあつめるようにして、私は電車に揺られていた。
時間の感覚が遅い。ずっとずっと考え事をしていたように思ったが、
着かない。着かない。私は焦った。
鞄の中に吐いた。周囲の目が突き刺さるのを感じたが、
その時扉が開き、私は転げるように電車を出た。
帰らなければ。妻と子どものいる家に帰らなくては。
あと10分、私の足よ動いてくれ。私の脳よ導いてくれ。
引き出し、ゴミ箱に捨てた。こんなもの、二度とやるものか。
一歩、一歩、改札を出るのもやっとこさ、私は家への道を
ふらふらしながら歩いた。
家の手前でまた嘔吐感に襲われ、また吐いた。
そして。
妻は私を出迎えてくれた。ほっとした顔を覚えている。
私は謝った。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
妻の顔が凍りついた。
妻は驚き、悲しみ、倒れている僕の横でワンワン泣いた。
「そんなに私と別れたかったのか」そういって泣いた。
なにも妻は悪くなかった。日常に不満もなかった。
ただ、好奇心だけでわたしはしてはいけないことをしてしまったのだ。
感じた。涙が出た。止まらなかった。
そのまま気を失うように眠った。
翌朝、私の思考は元に戻っていた。
少し頭が重いが、普通の状態だ。
寝室では妻と子どもが眠っていた。
私はこっそりと二人の横に身を横たえ、もう一度眠った。
それから、妻は長らく口をきかず、私はただただ、謝りつづけた。
もう二度とこのような愚かなことをしないこと、何度も何度も謝った。
妻は言った。「しかしこのことを許したわけではありません。絶対に許しません」
妻はつづけた。
「違法か、合法か、そんなことは関係ないの。こういうものは、あなたの何もかも、今まで積みあげてきたいろんなことを、
あなたが善良な人であったことさえも、一度に奪ってしまうかもしれないの。」
子どもが起き、私たちは三人で外に出た。
子どもがその日、はじめて私のことを「パパ」と口に出して呼んでくれた。
また涙が出そうになった。
妻はずっと泣きつづけ、泣きつづけて、
その間私は彼女がしなければと言っていた
家事をやった。戻ってきた私に妻はひとこと
「ありがとう」と言った。
私たちは寝息を立てている息子の横に、
いつもしているように枕を並べて寝そべった。
妻に許可を取り、そっと体を抱き寄せて眠った。
薬物が体を駆け巡り、蝕みだしてからずっと、私は自分が手にした幸せを全て手放してしまうことを恐れた。
そして事実、それは極めてリアリティのある話になってしまった。
実際のところは分からない。しかし私は絶対にもう手を出さない。
妻と子どもと暮らすこと。今の仕事。そして数十年後の、妻とのささやかな夢が、
何よりも大切なのだ。それが、一瞬にして水泡に帰す。そんなものには
二度と手を出さない。私は強く心に決めた。
これまでよりも、よい夫で、よい父でありたい。
私の誇れることだった。
戒めのために、わたしはこの記録を残す。
電車の中で吐き気と、思考の洪水に飲まれながら私が打ったEvernoteへの記録を結びに。
毒
だ。これは
毒だ。
捨てる。
捨てる。駅についたら。
現在の法に照らし合わせて問題はないはずだし、自分が快適に生きられる範囲でやればいいと思います。
私が不慣れで、しかもこういうことをやるのに適した環境にない、それだけのことです。
いくつかご意見をいただきました。セッティング、環境を作れてないのがよろしくない、と。
思えばそうした状況から一時的に逃避したかったのかもしれません。
だから外にしました。もちろん、それがド素人の甘い選択であったことはいうまでもありません。
トんでいる状態で徒歩計20分、電車に乗って10分という帰宅への道のりを辿らなければならない、
その焦り、帰れないのでは・ばれるのでは・様子がおかしくなって警察を呼ばれるのでは、という
ネガティブな思考が悪い方向に私をもっていたことは十分にありえることです。
そもそもバッドトリップだったのかもわかりません。ただ、私は自分の身体の変化がおそろしくなった。
やってくるものに抗い、平静を保とうとした。それが嘔吐感をもたらしたのかもしれません。
それに身を任せていたら楽しかったのかもしれませんね。
妻がそういう考えで、その妻を大切にしたい私にはできないものなのだ。
そういう気持ちでいます。
日本のネット界隈の嫌中国報道は痛ましく思っている。思っていた。
椅子が爆発するだとか、米がプラだとか、ビルが倒壊するだとか、そんなことはどうでもいい。
僕がこの国に住んでみて感じた事はそんなことじゃない。
なぜ、そんぜそことが起こるのか、本質はなんなのか、僕の見た中国。
それを書く。
この国は今、まさにバブルだ。
高度経済成長に乗っかって、金が乱れ飛び、バブル時代の象徴のようにデコラティブな超高層ビルが並び、地下鉄は縦横無尽に市内を走る。
カルチャーを伴うようなものでもなければ、買えないものなんてほとんどない。
国が先進国の仲間入りを果たさんがために、成長にじゃぶじゃぶ金を使っている。
だが、人は違う。
これが全く経済の成長に追いついてない。
列に並ぶ、降りる人に道を譲る、前の人を押さない、脚を投げ出さない、弱者に席を譲る
こんなことも、本気でわからない。
高層ビルで働くホワイトカラーは、そのエレベーターの開くボタンを後から来る人の為に押しておくことを知らない。
どこの街角にもファミマやセブン、ローソンがあるが、列に並ぶ、たったそれすらもわからない。
「なぜ?私いそいでるのよ?譲ってよ。当然でしょ?」
家の寝室のドアの立て付けが悪いと業者を呼べば、布団や家具にカバーをかける事も無くいきなり大理石に電ノコを入れ始める。
終わった後にはうずたかく積もった砂埃の山に頭を抱える。
レストランで注文をする。
運んで来ればまだましだ。3回に1回は必ず何か忘れる。
おもしろい話がある。
中国でオーダーしたものが出てこない時、「早くもってこい」といっても出てこない。
「もういらない」と言えばいい。5分で出てくる。
いちいちイライラさせる。
もっと世界を知れば、そんなこと気にならないのかもしれない。
清潔(に見える)な新しい地下鉄に並ぶ時、誰が後ろから突き飛ばされることを予想できる?
舗装されて交通量の多い交差点をわたる時、誰が信号無視の車両を予想できる?
誰がドアマンのいるレストランでコックが厨房でシャンプーしてると想像できる?
何もかも不釣り合いだ。
分不相応だ。
そう思ってる。
基本的に、他者を思いやる、想像する、ということができない。
そう感じる。
さて、釣りタイトルだが、今朝、例によって地下鉄に乗っていた。
上海の2号線は朝、ひどい混雑だ。乗車率で言えば東京の山手線以上、田園都市線以下といったところか。
いつもは上のような理由でイライラするのが嫌で、タクシーで出社している。
自宅から会社まで日本円で250円くらいだから、その方が精神衛生にいい。
だが、今朝は早く目が覚めた。
背中を押され、体をぶつけられ、眉をしかめながら電車に揺られていたわけだが、そのひどさといったら日本人には絶対理解できないだろう。
他人なんかどうでもいいんだ。自分の乗る場所を確保できればいい。そんな人間の集まりだ。
脚をふもうが、肩が女性のほほを擦ろうが、鞄が誰かの胸を圧迫してようが関係ない。
やっと車内のアナウンスが降車駅を告げた。
こっちの人間は、自分が降りるときは、列車がつく前にドアの前に移動しないと気が済まない。
日本人なら、どんなに混んでいても、並んで降りれば降りられないなんてことは無いと知っているのだけれど、そんなことは皆知らない。
これはマジだぞ?
もう少しも動くスペースがないのに、無理矢理肩をこじ入れてドアの前に行こうとする。
僕はその時目の前に数人の人がいたので、お行儀よく並んでいたのだが、後ろにいた中国人の目にはそれが「降りない」と映ったようだ。
僕を突き飛ばしながら肩をぶつけてきた。
すると、そいつ、「やんのかおい」と言わんばかりの顔で睨んできた。
笑える。
キレた。
振り返るや胸ぐら掴んで思いっきり殴ってやった。
嘘だ。そんなにうまくいかない。ただのサラリーマンだ。中学は卓球部で高校は美術部だ。
胸ぐらつかんで列車に押しもどしてやったら、後ろから誰かに後頭部を殴られた。
一瞬、中国人が日本人に対して集中攻撃を始めたのかと思ったが違った。
仲間だ。仲間がいた。向こうは2人だった。
後頭部をうしろからガンガン殴ってくる。それ自体は全然痛くない。拳なんかより頭蓋骨の方が固い。
知らない、そんなことはどうでもいい、それよりこいつ、この今胸ぐらつかんでるこいつ、こいつは許せん。
そこで殴ろうとしてとうとう止められた。
駅員に。
羽交い締めにされながら「てめーこっちこいこの野郎!」そんなことを喚いていた気がする。
内心ホッとしてたか?そこまでひ弱じゃない。
どんなにボコボコにされてもごめんなさいと言わせてやる電車に乗るマナーを教えてやる!
無理だった。
その後引き離されても挑発してくる。
上等だおい。
ジェットリーよろしく胸をはって薄ら笑いを浮かべて、手のひらを上に向けてクイクイっとしてやる。
こいよ。マジでぶっとばしてやる。
まぁ、そんなこんなで、僕は眼鏡を失った。
「秦八郎」という眼鏡職人の作ったお気に入りの眼鏡だった。レンズも含めたら4万円はするだろう。
この国で落とし物が見つかる事は無い。
先ほど吉祥寺の眼鏡屋に問い合わせたら秦八郎氏はもうその眼鏡を作ってはいないそうだ。
早起きは3文の得?
4万円の損失だ。
これから中国に旅行に行ったり、赴任したりする人がもしかしたらいるかもしれないので言っておく。
あいつらに他人は見えていない。
嫌中国多いに結構。思う存分やってくれ。おれも嫌いだ。
飯もうまいと思おうとしたし、うまい飯を探した。あるわけがない。
いい人も沢山いる。ホントに親切だ。
だが、そんな人ですら、「列に並ぶ」ことができない。ドアを支えておくことが出来ない。
これが文化の壁だ。
最後になったが、地震の被災者とその二次被害者に心からお悔やみを申し上げる。
救援物資を待つ長蛇の列をニュースで見ると、涙がでそうになる。
ようやく、原発事故も収束の兆しが見えてきたのだろうか。ぼくの知り合いでも東京から脱出した人も多くいて、感受性が強いというのはたいへんだなぁ、と冷静を装っている。このへんはもはや「誰をどれくらい信じるのか」というイデオロギーにも似た問題であり、ぼく自身としては「さすがに東京で死人が出るほどの事態になれば政府も『逃げろ』って言うでしょ、常識的に考えて」と思っているので、自宅で淡々と週明けの仕事を待っているという状態だ。ガソリンがないので週末の日課になっていた映画のレイトショーにも行けない。そもそも上映しているのかどうかも知らないけれど。
それまで意識していなかったけれど、震災当日にほうほうのていで帰宅してからというもの、ぼくはテレビに釘付けだった。通勤中はラジオとTwitterで常に情報を入れていたし、寝室でもUstreamでNHKとTBSを2窓で開いていつの間にか眠りにつくという有様だったのだが、今日、それが途切れたとき、猛烈に不安になった。終わってしまう、と思った。
ぼくは完全に、震災報道中毒になっていた。不安と恐怖を摂取することに慣れてしまい、あまつさえ快楽さえ覚えていたのかもしれない。以前は震度3などという地震がくれば文字通り震え上がっていたぼくだが、毎晩余震に揺すられるうちに「今回は警報が間に合ったな、今回は外れだな」などと緊急速報を値踏みしたりしている。
ネット上にはさまざまな情報が流れている。政府の中途半端な情報開示に憤る人、独自の論で不安をあおる人、美談に触れて涙する人。そうした人々を追いかけ、共感したり、ひとり嘲笑したりしている。
思えば911のときも3日間くらいテレビに貼り付いたが、あのときはすぐに日常に戻ることができた。言うまでもなく、それは対岸の火事だったからだ。
今回、東京は絶妙な距離感にある。最悪の事態が発生すれば、ぼくの日常が吹き飛ぶかもしれない。幸い今のところ身近な人に具体的な被害が出ていないこともあって、この事態がたまらなくスリリングなのである。
仙台空港が飲み込まれていく、あの壮絶な津波の映像が、スペクタクルのプロローグでしかなかったなんて、あのとき誰が思っただろう。
「町は壊滅しています」「死者・行方不明者が1万人を越えることが確実と見られます」なんと魅惑的なセリフなのだろう。
新幹線で数時間の土地で原発が爆発するなんて、誰が想像しただろう。
そのスリルに拍車をかけるのが、計画停電だ。信号機が消え、交差点を徐行するバスやタクシーの緊張感たるや、まるっきりスクリーンの中だ。エレベーターが止まって自室の7階まで階段で上がる経験なんて、もう二度とできないかもしれない。うきうきしてしまう。
今の刺激に慣れてしまえば、あとは倦怠の日々が続くだけだ。聞くところによれば、計画停電は夏すぎまで続くのだという。面倒でたまらない。経済だって下降するだろう。そんななかで、いったいいつまで被害者の冥福を祈ったり、知らない土地の復興を祈ったりすればいいというのだ。原発の処理には数年かかるというじゃないか。2万人も死んだっていうじゃないか。それを忘れることなんて、できるわけないじゃないか。
冗談じゃない。もう何も楽しめない。もう何も楽しめない。
ネットが繋がってたんで情報集めてたけど、なんか今はどーでもいい話ばっかりだ。
悲しい話も泣ける話も怒れる話も恐れる話も、全ては今この状況を生き抜いて、それからでいいやと思ってるし、まわりの皆もそう思ってる。
ぶしつけだけど、地震発生から今に至るまでの流れを書いていこうと思う、こういうケースもあったよってことで、今後の参考になればいいな。色々ありすぎたんで、出来る限り簡潔に書きたいんけど、よくわからんかったらごめん。仙台在住の会社員の場合
■3/11以前
地震発生の4日前くらいから、大小あれど地震が多発していた。地震にもだいぶ慣れてしまって、ちょっと揺れたくらいではなんとも思わなくなっていた。
■3/11
その日も忙しく仕事をしていた。14:46(らしいな)に大地震が発生。最初は「揺れる揺れる」とケタケタ笑っていたが、尋常ではない揺れと長さに社長が「逃げろ!」と一喝、書類棚からは中身がぼんぼん飛び出している。あまりの揺れに立つことさえ難しかったので、手すりを使って飛び降りるように階段を降りた。会社がビルの6階にあるので、降りてる途中でビルが潰れて死んでしまうんじゃないか、と思った。ようやくビルを出て、市営バスの広大な駐車場に避難する。同僚たちと「やー恐かったねー揺れたねー」なんて言いながら笑っていた。辺りを見るとビルやマンション、止まっていたバスがコンニャクのように揺れていた。新幹線は線路の途中で止まっていたし、SS30(なんか仙台では高い方のビルね)のアンテナがボッキリと折れていた。社長や上司に「宮城県沖地震と比べてどっちがヤバい?」と聞くと「今回の方がヤバい」と言っていた。揺れが収まってから会社に戻り、防寒具、貴重品、飴玉やお菓子を運びだした。電話も何も繋がらないので、お客さんと連絡が取れるはずもなく、津波が街まで到達するという知らせをパトカーから聞いたので、今日は解散ということに。社長の「明日はいつもお通り出社して片付け方すっとわ、そんじゃみんな気つけてけえってな」という言葉で僕らは散った。その日僕は車で出社していたので、車を停めていたヨドバシカメラの立駐に向かった。停電のために料金所が使えず、無料で出庫することが出来た。しかしながら、道路はかつて見たこともないような大渋滞で、とても車で帰れるような状況ではなかった。自宅の方向が一緒の上司と歩いて帰ることにした。発電機が付いた信号以外は全部止まっていたので、輪をかけて渋滞がひどくなっていた。日本革新党連合会という右翼の街宣車が自慢の拡声器で交通整理をしていた、ちょっと泣けた。やっとこさNHK前までたどり着き、街頭テレビをみると、津波が漁村をさらう映像、製鉄所が轟々と燃えている映像、とても信じられない禍々しい映像が映っていた。この時はじめて自分たちがどんな状況かわかった。またしばらく歩く。歩行者の列の中、泣き叫ぶ赤ちゃんを抱えたお母さんがいて、周りの人が赤ちゃんに毛布を掛け直してあげたり、フードを深く被せてあげたりしてお母さんを助けてあげていた。仙台泉線という道路をひた歩いた。通りに面している建物は本当に悲惨だった、車屋の窓は割れ落ち、マンションのレンガ風の壁が崩れ落ち、歩道は隆起して歩くのが困難だった。ふと一人のおばあちゃんが、僕らに声をかけてきた。なんでも旦那さんがいる老人ホームに行きたいのだが、道に迷ってしまったようなのだ。上司と僕で老人ホームを探して、職員さんに事情を説明しておばあちゃんを保護してもらった。またとぼとぼと道を歩く、その時はだいたい17:00頃で、場所は虹の丘というところを歩いていた。後ろから上司を呼ぶ声がする、上司の息子の同級生が僕らを見つけたので、車で送ってくれるということらしい。仙台駅から8kmほど歩いただろうか、膝も腰も股関節もヘロヘロ、昼飯も少なかったから疲労困憊だったから、すごくありがたかった。上司の家に着いて、玄関を開ける。中は酷い有様だった。まず靴箱が倒れていて中に入れない。隙間をくぐり抜けて中に入ると、引越しでもしたのか?と思うほどにタンスはずれて、食器は床に散らばっている。家の中に奥さんがいないことを確かめると、周辺の捜索を開始した。もちろん携帯は使えない、仲の良いご近所さんのところにもいない、車もない。上司は途方にくれていた。避難所にいるのではないかと思って小学校に行っても、まだ小学校が避難所としてすら使われていなかった。集まっていた人々は口々に「あんなに会議したり予算割いたりしたのに対応が遅すぎるよ、なにやってるの」と不満を漏らしていた。いよいよ不安になって上司宅に戻ると、ご近所さんを見つけた。上司の奥さんや家族と一緒に駐車場の端っこで、車の中でエンジン焚いて非難している、とのことだった。再会した上司と奥さんは、やれ書き置きしろだの、そんな暇ねぇだのと喧嘩をしていた。まぁ生きててよかったじゃん。そこからは上司の車で家に送ってもらった。車中で「明日仕事行けるっすかね?」と聞くと、奥さんに「なにいってんの!行けるわけ無いでしょ!」と言われた。続けて「仙台空港だって津波に飲み込まれてんだよ!」と。正直耳を疑ったが、カーナビのテレビをみると、本当に仙台空港が飲み込まれていた。愕然としたが、今まず自分が生きることで本当に精一杯だ。この先何を食って、どう生きるか、そればかり考えていた。やっとこさ家につく。時間にして19:00頃だろうか。一寸先はどうなっているかわからない最中に送ってくれた上司には頭が下がった。家も家族も無事だった。唯一、警官の兄が帰ってきていなかったが、無理もない。両親はろうそくを灯してラジオを聞きながらソファに横になっている。地震後すぐに片付けをしたらしく、家の中はそんなにぐちゃぐちゃになってはいなかった。この時までは、まだ水道とガスは来ていたが、それから2時間ほどでその2つとも供給は止まった。停電で冷蔵庫が使えないので、残っていたアイスを溶ける前に全部食べた、この日の晩飯はこれで終えた。自分の部屋の本棚やギター、パソコンのモニターが倒れている。この部屋にいたらきっと怪我をしていたことだろう。今後高い本棚を使うことはやめよう、そう思った。当時、情報を得る手段がラジオとツイッターしかなかった。携帯は電池が切れるし、電気が来てないので、充電のしようもない。車なら充電できるし、テレビも見られるし、エアコンで暖も取れる。そうしてエンジンを焚きながら携帯電話を充電した。他の家でも皆そうしていたようだ、おそらく皆この日に結構な量のガソリンを無駄にしたはずだ。車内でツイッターを使い、連絡が取れる範囲の人とは連絡をとった。十分に充電をしてから、この日はリビングに布団をしいて寝た。
■3/12
7:30ころ、両親たちの支度の音で目覚める。父は出勤で、母は介護施設に預けられる。父の車に便乗して出社することにする。この日は道もさほど混んでおらず、ストレスなく走ることができた。しかしながら道路の状態はひどい、アスファルトが隆起し、ひび割れて飛び出し、橋のつなぎ目は例外なくずれ、その度車を突き上げていた。周りでは緊急車両が忙しく走り回っている。街中の交差点では警官が交通整理をしていた。父曰く倉庫にしまわれていた新車両のパトカーも投入されていたらしい。父が勤める署内も人員が遺体回収に駆りだされ、人は少なかったようだ。つまり、今の宮城県警は非常に手薄だということだ。程なく会社に着いたが同僚は誰もいない。上司に連絡するも「ん、こなくてもよくなったんだわ」とのこと。せっかく来たのに。。。と思いつつ、昨日置き去りにした車を回収する。すでにコンビニや携帯充電所には長蛇の列が出来ている。しかし、いずれのコンビニも開店している様子はなかった。開くかもわからないコンビニの前に、長蛇の列が出来ていた。ご苦労なこった、と思いつつ、家路についた。家に帰ると少し様子が違う。電子機器のキーンという音がした。電気が復旧したいたのだ。冷蔵庫も電子レンジも炊飯器もポットもテレビも使える!そう思ってテレビをつけたが、我が家はケーブル回線を使っているため、テレビを見ることができなかった。まぁ、飯が炊けるだけ全然ましだ、と少し安心し、することもないので昼寝をする。昼寝から起きると両親が帰ってきていた。両親の晩飯は昨日ひねり出しておいた水で米を炊き、だるまストーブで温めた味噌汁を、僕は買い置きしてあったカップ麺を食べた。食後、会社にカップ麺を備蓄していたことを思い出し、回収しに行くが施錠されてしまい、カードキーも使える状態になく中にはいることができなかった。そうしてこの日は終わった。
■3/13
この日はだいぶ暖かかった。月曜から出社する。という話になっていたので、社員間で連絡をとりあうという事になったが、やはり連絡が取れなくなる人がいた。取引先がパソコンと僕達ごと東京にさらって仕事をさせようとしている、なんて不穏な話があったので、どういう事なのか聞き出したく会社に行くことにした。もちろん誰もいなかったので、近くに住んでいる役員の家に直接行くことにした。程なくして役員がやってきて、「○○さんと〇〇さんの家に行って出社の旨伝えてくる」「じゃあ俺は〇〇さんと〇〇さんとこ行ってくるわ」と打ち合わせをして、それぞれ足で人を探し回った。昨日とは打って変わって道路は大渋滞。スーパー、コンビニ、ガソリンスタンドには凄まじい行列ができている、どんなに小さな店でも必ず人が並んでいる。幸いバイクで動いていたので渋滞に悩まされることはなく、それぞれの同僚の家を回っていく。家を訪問するたびに「水はあるかい?ごはんはあるかい?家にまだ水があるから持って行きなさい、お菓子もあげるから」といろんなものをもらった。物乞いするつもりは全くないし、荷物が多いと動きが鈍るので多少困ったが、ありがたくいただくことにした、非常にありがたく、申し訳なく思った。福田町、というところに住む同僚のマンションに行く途中、45号線を走った。テレビでよく見た七ヶ浜の石油コンビナートの煙が見える。下から見上げる黒煙は、テレビで見るよりもずっと巨大だった。結局その福田町に住む同僚は留守にしてあり、申し送りすることはできなくなった。バイクはガソリンを使いきり、リザーブも残り僅かのところでぎりぎり帰宅することができた。下手にガソリンを使い切るものではなかった。。。電話回線は徐々に回復しているものの、自宅ではまともに受信できなかった。山一つ高いとなりの団地まで移動すると快調に電波が入ったため、そこの空き地でしばらくツイッターやメールなどをして連絡を取り合った。その日の夜、高校の先輩からメールが入った。ガソリンが無いので余っていたら実家まで送ってほしい、ということだった。場所が若林の古城、という所だったため、命に関わるかもしれない、と思い迎えに行くことにした。そうして国道4号線沿いにある先輩の住むマンションに到着した。津波が近くまで到達したことを伺わせるように、外は磯の臭いをさせていた。マンション内はところどころ天井が崩落しており、危険な状態だった。ひとまず先輩を預かり、実家である富谷町まで移送した。帰り道、片田舎にあるガソリンスタンドに目をやると、夜中の11時にもかかわらず2km程の渋滞ができている。みな翌日の開店を待って行列をなしていた。それほどまでに、皆ガソリンに困っているのだ。家に帰って程なくすると、兄が大地震以来はじめて帰ってきた。荷物をとりに戻ったのだという。どうやら兄は南署管内の本部にいるらしく、大変忙しいのだそうだ。「コンビニ、ガソリンスタンドでは暴動、略奪が起きている。通報が無いだけでいろんなところで起こっているから気をつけるように」と言われた。加えて「テレビとかラジオでは荒浜に2~300の死体って言ってるけど、そんなもんじゃねーからな、1000は余裕で超えるぞ」とも言われた。報道やネットでは綺麗な部分しか出ず、礼儀正しい、とか、皆冷静だ、と言うが、実際はそうでもない。避難所では大人が子供の食料をひったくり、灯油やガスボンベから目を話したスキに盗まれた、という話もこの日に多く耳にした。風呂に入らぬまま3日目となり、体はベタベタ、髪にワックスも付けてないのに自由自在にスタイリングが出来るようになっていた。パンツも変えていなかったので久々にパンツをかえることにした。不潔な状態でも大分慣れたが、さすがに辛い状況ではある。
■3/14
この日は出社日だった。2名を除く社員13名が揃った。それぞれ、家族の安否や地震後どのように過ごしたか、スーパーの情報や給水所の情報、ライフラインの復旧状況などを話し合っていた。それぞれ親類が漁村に住んでおり、連絡がいまだに取れないなどの不安を抱えながらも、冗談など言い合いって気丈に笑っていた。取引先との連絡も取れ始め、ほとんどの案件が震災で中止になったが、スーパーの広告だけは違った。3/25折込のチラシを打つとかなんとかで、制作することになったらしい。広告なんて打たなくても客が来る今、被災者である僕らがこのチラシを作るのはおかしいだろ、そこに載ってる商品、ホントは俺達が欲しいのに、なんて苦笑いをしながら「ま、仕事は仕事だから」と言ってスケジュールを組んでいた。忍耐強いのか、ただの奴隷なのかよくわからないけど、この震災を生き抜いて、生活を立て直すには今の仕事を守るしか無いのだと、そう思った。職場の周りは電気と水道が通り、そこかしこで炊き出しが行われていた。と言っても、もちろんお金はかかる。皆行列を作っておにぎりを買ったりしていた。上司がたまたま仕込み中の店を見つけ、一番乗りで150円のカレーを食べることができた。ルーがすごく緩かったけど、とても美味しかった。行列をつくっているとなりの店を尻目にカレーを食べていると指を刺されたり、じっと見られてすごく居心地は悪かった。ここ数日、袋を持って歩いているだけで、じっと見られることが多くなっていた。この地に住む誰もが行列や順番待ちに飽き飽きして、一様に殺気立っているのを感じる、もちろん、これを書いている今も。家に帰って、ダメもとでテレビをつけると、綺麗に映像が映し出された。ケーブル回線が復旧したようだ。あまりの嬉しさに僕は叫んだ。大地震があった日以来、大きな画面でテレビを観ていなかった。鮮明な映像で見る自分の住む街は、目を背けたくなるほど酷い有様だった。友人達と遊んだ思い出の浜や、そこに住む人々も、家も、跡形もなかった。自宅から30分もない距離にある街が、ただの更地になっている映像を見て、一瞬息が止まったのを覚えている。繰り返し流れる遺族の叫びと、デリカシーのないインタビュー映像になんだかとても疲れたので、また昼寝をする。目を覚まして、今度はネット回線のチェックをした。ネット回線も復活し、とにかく喜んだ。この数日何があったか無我夢中で調べたが、なんとも空っぽな情報で溢れかえっていた。「被災者のために歌を歌います、これしかできないけれど」みたいな話や「このツイートが感動した」とか「被災した人たちも頑張ってるんだ、私も頑張って仕事しなくちゃ」とか「東京のどこそこで買い占めが起きてる」とか、被災地の皆が今のいま命を長らえるための情報はほとんど無かった。人が死んでんだぞ、おそらく死者はこのまま1万を超えるよ。そんな状況で、なんで美談みたいな話が出るのか全く意味がわからなかった。似たような話をテレビでも流すようになった。出来れば、そんな感動話みたいなものは震災から立ち直ってからにして欲しい、この震災は過去の話ではなくて、現在進行中だ。
■3/15
そして今日も出社だった。取引先との話に決着がつき、必要な人員以外は招集があるまで自宅待機することになった。相変わらずの行列や渋滞。未だ風呂にも入れていないしなか、東京では食料やガソリンの買い占めが起こっているという報道がずっと流れていた。おまけに噂の雨ときたもんだ。もし噂なのか真実なのかよくわからない話を信じるとすれば、僕は雨に打たれたのであまり健康上よろしくないことになるのではなかろうか。シャワーを浴びる環境などそうやすやすとはない。今被災地では口伝での怪しい情報に困り果ててる。どうすればより長く生きられるかシビアに考えている。手元にある食料や物資、燃料はひっ迫して、移動することひとつとってもリスクが高い、離れた親戚を引き取りに行けない人もいるし、安否確認さえ取れないでいる人もいる。出来ることなら、物資の補給場所や時間、量についても出来る限り詳細に教えてほしいし、より苦しい人たちの所へ、より多くの物資を届けて欲しい。原発に関する情報も、政府や報道は本当に正しい情報を教えてほしい。この状況で命を長らえるために、正確に判断するための情報がほしい。どうか、どうかひとつ、よろしくお願いします。。。
業務の前に書店に寄ることが、半ば習慣化していた。
人の声の重なりのような、妙なざわつきを感じる。
地面が揺れていることに気づいたのは、その後だった。
一昨日の余震だろうか?それならばすぐに収まるだろう。
生まれて初めて体験する激震が、我が身を、そして店全体を揺らしたのは、そんな甘い考えが脳裏をよぎった瞬間のことだった。
本を買うより、身の安全の確保が第一だ。
店を出る瞬間に、視界の片隅だけに見えていたものだけど、その光景は良く覚えている。
激しく揺れ動く地面と同様に、あまりにも落ち着きのない思考が私を動かしていた。
だけど私は運が良かった。ガラスが割れる軽やかな音に気づけたから。
目の前で、ガラス造りの街灯が落ちて地面に砕け散った。
あと数秒、私の走りが早かったら、危なかったかもしれない。
まずは身の安全の確保だ。最優先事項にやっと気づいた私は、元々いた書店の入り口近くにある金属の柱にしがみつく。
建物の近くにいては倒壊に巻き込まれるのではないか、という考えもあったが、倒れそうには見えない外見のビルであったし、何よりも、屋根があった。
何かが落ちてきても、屋根があれば最悪の事態を免れることが出来るだろう。
一息ついて油断した、その瞬間を見逃さずに追撃するかのように、それはやってきた。
もっとも、どんな覚悟も、あれの前には無意味だったと思う。
視界に入るもの全てが揺れ動いていた。地面が左右に揺れる、というのを視認したのは初めてだったと思う。
地鳴りと悲鳴が重なる。震度表には「立っていられないほどの揺れ」という表現があるが、まさにそれであった。
銀色の柱にしがみつき、身体を支えること以外、何も出来なかった。
勇気ある人は、危険な位置にいた女の子たちを比較的安全な場所へと誘導していた。
その後、ガラスの街灯がまたひとつ落ちた。ガラスの破片が散らばったけれど、気にしている余裕はない。
私は死ぬのか、この世は終わるのか。本当にそう思った。
長い、長い、私の体感では3分ほど、実際はもっと短いだろう(これを書いている時点では正確なデータがないのです)、
だけど長い地震が終わって、私の思考はまた落ち着きのないものへ切り替わっていた。
そうだ、職場に行かなければならない。
揺れが収まり、身動きが取れることを確認すると、私は職場のビルへと向かった。
エレベーターは動かない。12階立建てのビルの3階に職場はある。
階段の壁は一部が崩れ、破片がそこらに落ちていた。非常灯がなかったので、昼と言えど薄暗かった。
それは階段だけではく、各階でも同様のようであった。日の光が差し込むだけ、階段よりは明るかった。
ドアを押しあけ、オフィスへ入るとほぼ同時に、余震が襲いかかった。あの本震の直後の余震である。実際にどれほどの震度の余震だったのか、これも現時点ではわからないけれど、本震と同じくらい強いものに感じた。
「危ないから入ってきちゃ駄目!」と悲鳴に近い声が私に掛けられたけれど、入ってきてしまったものは仕方ない。
オフィスの中にいた他の方々とともに、私は机の下に身を隠した。
自ら飛び込んできた私はともかく、朝から働いていたオフィス内の人々は、突然の、しかも未曾有の大きさの地震を受け、憔悴しているようだった。
それから、階段を降ってビルを出て、一度は近くの小学校へ避難した。しかし、地域の方々の避難が最優先であるため、解散の命令が出るまで、私たちは歩道で待機していた。
その間も余震はまるで容赦しない。地面が揺れる、街灯や電線が揺れる。大きな看板が地震で壊れていて、たくさんの人が携帯電話で写真を撮っていた。
本震の最大震度が7と聞き、やっぱりね、とか、宮城県沖地震かな、などという話題が上がった。少量ながら雪が降り始めて、とても寒かった。
地震保険の話があった。我が家には適用されるのだろうか。いや、それよりも我が家は無事か。
携帯電話を操作して、自宅に電話をかけるも、繋がらない。当たり前のことだった。
それからしばらくして、今日のところは解散、ということが上司から伝えられた。私は家まで歩いて帰ろうとしていたけれど、同じ方向に住まいがある同僚がいたので、家の近くまで送っていただくことになった。
車道は当然のように渋滞していた。加えて、一部を除いて、信号も動いていない。
仙台市中心部から郊外へ移動しようというのだから、渋滞に巻き込まれるのは致し方ないことだ。30分で100メートル移動出来たかどうか、ということもあった。
正直に言えば、自宅まで徒歩で戻った方が、早く家についたかもしれない。しかし、車で送って頂いて本当に良かったと思う。
そう思う理由はいくつかある。ひとつは、複数の人とともに移動することによって、不安や恐怖と言ったものを少しは紛らわせたということ。また、車にはラジオが搭載されているから、最新情報を確認することが出来たのも大きい。外気を遮断し、暖をとりつつ移動出来たというのもある。被災直後から、仙台市内には断続的に雪が降り、吹雪くことさえあったから。
最終的なマグニチュードが8.8であるという報道を聞き、私たちは笑うしかなかった。この地震で亡くなった方が出るかもしれない、という話題にもなった。これを書いている今現在、確認されている死者は1000人以上であると聞いている。ここまで多くの方が亡くなってしまうとは、あの時、思いもしなかった。
移動中、私は家族が心配でならなかった。特に、自宅にいるであろう、母。我が家は築25年の木造住宅である。自宅が倒壊してしまったのではなかろうか、それに母が巻き込まれてしまったのではないか、心配で心配で溜まらなかった。
同乗している同僚は、2歳のお嬢さんを心配していた。夫の実家に預けているのだが、連絡が取れないのだという。
私も母との連絡は取れない。「頼りがないのは良い証拠」であるという、この場にはまるでふさわしくない故事を信じるしかなかった。
被災直後であるから、携帯電話は全く役に立たない。それはとうに承知していても、家族の安否を確かめたいというのは当然のことだ。電話はとても繋がりにくかったが、幸い兄との連絡はついた。それから、機械に疎い家族が見るかどうか分からないが、災害伝言板に書き込みをしておいた。
車に乗っていても、余震は我が身に伝わる。窓から見える外では、多くの人が歩いていた。結婚式の最中だったのか、よそ行きの格好のまま避難する人、スーパーのビニール袋を被る人、クリーム色のカーテンを纏う人、様々いた。
1、2時間も経つと、日が傾き、徐々に日の光が失われていった。明かりがあるのは車ばかりで、どの店、どのビル、どの建物も真っ暗なままだった。唯一、警察署だけは明るかったけれど、自家発電装置はいつまで持つのだろうか。
これだけの巨大な地震であるにも関わらず、高層ビルの倒壊がなかった、このことはすごいことだと思う。
しかし、それは外見の話だ。どこも大なり小なりの被害を受けていて、壁が崩れたり、窓ガラスが割れたりするのは当たり前、水道管が壊れて、水が溢れだしている家もあった。
3時間半ほどの時間を掛けて、自宅の近くまで送って頂いた。ここからは、歩いて帰ることになる。
外はやはり寒かった。実際の気温だけではない。街のどこにも光がない。駅の近くにある大きな交差点、そこの信号は機能していたけれど、他の信号は依然光を失ったまま。これまで車で通り過ぎてきた光景と同じく、街のどこにも灯りはなかった。
この夜の空は、山中で見るもののようだった。星座が確認出来るくらい、綺麗な星空。あまたの星がいつもと同じように、黒のキャンパスの上で煌めき、瞬く。暗い街並みといつにも増して美しい夜空を、私は生涯、忘れないと思う。
さて、この地震では、かなり多くの方が避難所での生活を余儀なくされている。
我が家はかなりましな状況であるということを、ここで記しておく(こうやって被災最中に手記らしきものを書いている時点でお察しの方も多いだろう)。
何せ、不自由なことは多いものの、自宅で生活が出来ているのだ。現在、これを書いている3日目の朝も、白いご飯を食べ、暖かな野菜のスープを飲み、ゆで卵まで頂くことが出来ているのだから。
4時間かけて自宅まで戻ってきたが、電気はついているはずもない。もしかしたらみんな、避難所にいるのかもしれない。あるいは……。
最悪の事態を思い浮かべながら、玄関を開ける。ただいまと誰もいないかもしれない家に声をかける。返事はすぐに戻ってきた。
家族は全員、茶の間にいた。みんな、無事だった。そのことに安堵の息を漏らしつつ、私は茶の間に入った。
意外なことに、茶の間は暖かだった。捨てるつもりでいた石油ストーブを物置から持ってきて動かしていたのだ。停電していても暖が取れるのはありがたかった。さらに、ストーブの上にやかんを置けば、時間はかがるがお湯が湧く。パンを置けばカリカリに焼ける。外は氷点下にまで冷え込む中、石油ストーブで外から身体を暖め、お茶で内からも暖める。とても幸せなことだった。これを呼んでいらっしゃる皆様には、是非一家に一台、石油ストーブの購入をお勧めする。
家の中には、父、母、兄、それに近くに住む親戚の小母さんがいた。小母さんは、この地震で誰とも連絡が取れず、また誰も帰ってこないという。家の中は地震で家具が散乱しており、中にはとても入れない。一人でいるのも不安である。そのため我が家に来たのだという。
自宅へ帰って来た頃、時刻はもうすぐで8時を迎えようとしているところだった。こたつの上には大きな蝋燭が立てられていて、その脇にラジオが置かれていた。懐中電灯もあるにはあるが、あまり明るくないので、部屋全体は照らせない。そのため、トイレに行く時等、移動する際に使われていた。
そういえば、自室に小さなライトがあるのを私は思いだした。いつだかに、ゲームセンターのUFOキャッチャーで取ったものだ。おもちゃに近いが、電球ではなくLEDなので、大きさの割には強い光を出す。
本棚が倒れたため、本で埋め尽くされ、足の踏み場がない部屋へ行く(自室の荒れ方がまた素晴らしかったので、出来ればお見せしたいところであるが、この時既に携帯電話の電池が切れていた。残念である)。机の引き出しの中にライトはあった。スイッチを入れると、白い光が散乱した部屋を照らした。
また、その時の私は、黒いタイツにストッキングと随分冷える格好をしていた。荒れ果てた部屋からジーンズを引っ張りだして着替えた。ついでに、タオルケットと毛布を茶の間へ持ち出した。
茶の間に戻り、ライトで辺りを照らしてみせると、蝋燭や懐中電灯よりも広い範囲をより明るく照らせたので、当座はこのライトで部屋を照らすことになった。裸火がなくなり、火事の可能性が低くなったのでひとまず安心した。
余震は断続的に続いていた。これを書いている今もそうだが、大小の関係なしに、何度も何度も地震に遭っていると、いつも地面が揺れているような感覚に襲われる。恐怖が完全に拭われることはなく、むしろ大きい余震があるたびに増大していった。
母は、少し昼寝をしようとしていた時に地震に見舞われたそうだ。これほど大きな地震であれば、逃げることをまず第一に考えそうなものだが、母は42型の液晶テレビが倒れないか心配だったらしい。テレビを支えつつ、近くの柱にしがみついて、本震を耐えきったそうだ。
兄は仕事をしていた。オフィスの中にあったパソコンは全て倒れて使えなくなったそうで、しばらくは仕事にならないだろう、それどころか解雇されるのではないか、と心配していた。
父もまた、仕事をしていた。スーパーでカゴ集めのパートをしている父は、地震の瞬間に店内にいた。これは危ない、と思い、しかし出口からは遠い場所にいた父は、普段は閉じられたままのガラス張りのドアをこじ開けて外に出たという。後から聞いた話によると、父の勤務地のスーパーは、天井が落ちてしまったそうだ。
ラジオから聞こえてくる男性の声が、この地震による被害の状況を伝える。泉区で家がひとつ倒壊した、壁に挟まれて死んだ人がいる、火災が発生した、津波で何もかも飲み込まれた……。いつもの夜のラジオなら、軽やかな音楽や楽しげに話すDJの声が漏れてくるのに、今宵は厳しい現実と、それを乗り越える手段が、無機質に流れ出ているだけだった。
私が自宅に帰宅して、1時間ほどして、親戚の小母さんの娘さんが帰ってきた。
この時、電話はまともに使えなかったが、メールやインターネットならば使用可能な状態にあった。
機械音痴らしい小母さんは、メールを打てない。私が代わって、娘さんに「小母さんは我が家にいる」との内容を打ち、送信したところ、娘さんはすぐに我が家に駆けつけた。それまでは近くの避難所を当たっていたらしい。
娘さんの勤め先は、長町にある。我が家は仙台市泉区に位置しており、長町とはかなりの距離がある。娘さんは同僚の方から自転車を借り、ここまで帰ってきたのだった。それまでに1時間半の時間を要したそうだ。
午後の10時頃に、小母さんの旦那さん、つまり小父さんが帰ってきた。小父さんは地震発生直後に車に乗ったのだけど、ひどい渋滞に巻き込まれて、この時間に帰ってきたのだという。実に7時間もの時間をかけての帰宅だった。
先にも述べたが、被災はしたものの、我が家はかなりましな方だった。屋根瓦が吹っ飛んだり、壁に多少のひびがはいったりはしたけれど、とりあえず住める状態にはあったのだから。停電していて茶の間以外は真っ暗だし、ガスも当然止まってはいるけれど、この時点で水道は使用できた。トイレも流せる。これだけで、精神に随分と余裕ができた。とは言っても、時間が経つにつれて水圧は低下していき、2日目の昼には断水になってしまうのだけど。
しかし、断水前に風呂に水を貯めておけたのは良かったと思う。おかげで、今のところ、トイレの水には困っていない。流石に大しか流せないので、そこらへんの節約は必要だ。
とにかく、電気とガスが使えないのが痛い。そうは言っても、ライフラインが回復するまでは今ある環境で耐えるしかない。母に菓子パンを食べるように勧められたが、遠慮して、お茶だけ飲んでいた。……皮下脂肪が厚いので、少しの間飲まず食わずでも耐えられる。
夜の11時を迎えたところで、両親に就寝するように言われた。どうせ、余震が続いて眠れないので、次の日の夜明け、6時50分頃まで起きているつもりだったが、せめて横になるように、と言われたので、茶の間の畳の上に体を横たえた。今夜は座布団が枕の代わりだ。寝転がり、目をつぶるだけで、少しは休むことができる。
形だけの就寝をし始めて1時間。日付が変わった後、ふと母の携帯電話を見てみると、2、3時間前まであった電波がなくなっていた。メールやネットならば使えたのに、それすら出来ない。ラジオ以外の情報獲得手段がない。ニコニコ動画やユーストリームでNHKの放送をしている、とラジオは伝えていたけれど、そんなもの役に立たない、と思った(もちろん、まだ電池のある携帯電話等を持っている人には重要なのだと思うけど)。ちなみに、家に帰ってきた時点で、私の電話の電池は切れてしまった。
日の出まであと6時間。ラジオは伝える。どうか日の出まで、希望を持ってと。ラジオは伝える。現実を。荒浜に、200から300の遺体が流れ着いたとの報を聞き、涙が頬を伝った。
3時か4時になった頃、NHKのラジオが音楽を流した。2曲流れて、1曲は確か「カノン」だったと思う。そのおかげがどうかは分からないが、私は少し、眠ることが出来た。余震がある度に起こされはしたものの……。
長い、長い夜を過ごしているうち、私はひとつ思いついた。
被災している最中から、忘れないうちに、体験談を記しておこうと。
携帯電話は使えない。iPadは不向きだ。だから今、pomeraを使って書いている。我が家にて、単4電池を使う懐中電灯等もなかったから、こうやって書いている。
これは被災してから2日目に書き始めた。現在荒削りながら、被災当日のことを書き終えて、5日目である。出来れば電気が繋がった3日目のことまで書いて、増田に上げられれば、と思う。私なんか、とてもとてもましな方だったけれど、千年に一度とも言われる天災の体験談は書いておかなければならないと思った。……エゴイストで申し訳ない。
また、普段は趣味で小説のようなものを書いているので、そのような表現があり、読みにくい箇所も多々あったかと思う。このことについてもここでお詫びする。
私が住んでいる仙台市泉区のとあるところでは、3日目で電気が繋がり、4日目で携帯電話の通話及びメールが使用可能に、そして現在、5日目の朝にネットが復旧した。
246から道玄坂、ハチ公前を左折して公園通りをNHK前までのわずか数百mの間に、
マンガ喫茶、アイドル、バイト募集サイト、出会い系、ギャル向けのモバイルサイト、etc。
当然、駅周辺は常に渋滞。本来なら幹線道路のはずの246も渋滞気味。
もちろん今に始まった話じゃないんだが、こういう宣伝トラックを仕込んでる連中というのは、
意図的に渋滞を巻き起こしていることについて、どう思ってるんだろうか?
あと10台同じサイズのトラックが渋谷をぐるぐる旋回し始めたら、おそらく駅周辺の交通は完全に麻痺する。
というか、今も既にそうなりかかっている。
ああいうトラックって、交差点に長く留まって人目を集めるために、ほぼ全ての交差点を右折するルートを設定してるんだと。
トラックにとっちゃ、渋滞してるほうが通行人の眼にとまるわけだから広告効果もあるだろう。
でも、そういうトラックが常にレーンをふさいでるおかげで、自家用車だけじゃなく、バスやタクシーも
「アドトラックで効果的な屋外広告を!」なんて売り込んでる代理店や、それにホイホイ乗っかるようなアホな広告主は、
自分たちの宣伝が街に不快の種をばらまいてることについて、どう思ってるんだろうか。
ま、どうでもいいんだろうな。
不快だ。
この前の歩行者天国再開時、例の事件があった交差点で、花や折り鶴、ペットボトルの山を撮ったもの。
これに、その前で張り込むマスコミを嫌悪するコメントをつけている人も。
でも、そういう諸々の感情抜きで見れば「何このゴミの山」という感想しか出てこない。
翌日、秋葉原へ行く機会があったので寄って見た。そのままだった。汚らしいポイ捨ての山だった。
そもそも拝み終わったら持って帰るようにすれば、あんなことにはならない。マスコミより先に非難されるべき人間がいる。自己陶酔の極みで後々のことが考えられなくなっちゃってる者たちだ。
なぜ放置して立ち去るのだろうか。あのまま勝手に朽ちていくとでも思っているのか。自分以外の誰かに後片付けを押し付けてそれで満足なのかと。
地元の人が後片付けをする場合、供物が放置されていることに気づいても、その日すぐってわけにはいかない。心情的にやりづらいのだ。結局最短でも翌日まで放置され、その間ゴミがそのままになってしまう。
秋葉原の歩行者天国を試行実施から本実施へ移行するには、秩序を高い状態で維持することが重要なはずだ。なのにこんな無秩序のゴミの山作っちゃったら街の雰囲気が台無しだ。
死者を悼む気持ちは分かる。しかしここは墓地ではない。気持ちだけで十分だ。供物は要らない。どうしても供えたいのなら、帰るときにちゃんと持ち帰ってくれ。
せと弘幸Blog『日本よ何処へ』:☆言論・表現の自由を守るシンポジウムのお知らせ
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/52628816.html
http://ameblo.jp/doronpa01/entry-10767938965.html
都条例の漫画、アニメの件での表現の自由規制に反対デモを真っ先にするのが、在特会、瀬戸弘幸らってのは、サヨクのお株がまた奪われたな。
在特会代表の桜井誠は、「公権力による表現規制を絶対認めないぞ!」って言っている。こういうシュプレヒコールのデモもするんだろうから、サヨクは本当にお株を奪われたな。
公権力による表現規制反対というサヨク側の専売特許であるかのように思われいたのを、在特会、瀬戸弘幸らが真っ先にデモをするとか、それほど日本のサヨクは弱体化しているってことだな。映画プライドの件を思い出せば、サヨクが表現の自由を重視してないのは明らかだが。
公権力規制のデモでさえも、一番行動力があるのが在特会、瀬戸弘幸らって、日本のサヨクは本当に終わってるのではないのか?日本のサヨクは公権力規制でさえもデモもできないヘタレだらけで、役立たずのゴミどもだな。
表現規制反対とか言ってるサヨクは、ネットで言ってるだけだろ。ネットで言うだけでなく、サヨクならデモくらいしてみろよと思うが、今のサヨクってもうそんな力がないからね。サヨクって在特会をネットで叩いているだけで悦に入っている役立たずだしな。
サヨクが未だにしているデモって、全共闘の時と同じ米軍基地ハンターイ!と、戦前からある労働問題ばかりだね。硬直化したサヨクは、もうダメだね。
瀬戸弘幸は「私はエロに関してはかなり寛容」とか言って、表現規制をするなって言ってるね。瀬戸弘幸はエロの規制問題に関わってきたんだと。ネットで表現規制反対とか言って悦に入っているサヨクよりも、よっぽど現場で経験してきたわけだね。
桜井誠は思想に関係なくデモに参加できると言ってるから、この真っ先に公権力規制反対デモをする桜井誠のデモに、サヨクは頭を下げてでも参加してこい。
http://ameblo.jp/doronpa01/entry-10767938965.html
なお、今回のデモ前集会およびデモ行進は思想の左右を問わずどなたでもご参加いただけます(ただし、主催者側の指示に従えない方のご参加は拒否いたします)。
http://ameblo.jp/doronpa01/entry-10767938965.html
【日時】
平成23年1月15日(土)
14:30集合 15:00出発
【集合場所】
http://www.kaigishitsu.jp/room_akihabara.shtml
※ デモ前に瀬戸弘幸氏主催による『東京都の青少年健全育成条例改悪反対シンポジウム』 が同ホール(7階)にて開催されます。シンポジウムの詳細については下記<シンポジウムご案内>をご参照下さい。
【デモコース】
修学旅行前日にインフルエンザになり、アラサーになるまで京都にも新幹線にも無縁だった人間が京都へ行ってきたよ!
東山から四条三条へ北上後、大宮や壬生を回り、島原へ南下し、西本願寺から京都タワー~豊国神社という徒歩旅。
どこもそうだったけど、四条大宮から壬生へ抜ける細い路地を歩いていたら1kmない距離なのに6、7軒は寺があった
路地を歩いているとそこらじゅうに小さな社があった
条例で高層ビルが建てられない為とは知っていても、京都タワーから一望できる眺めが凄い
都内と違って空襲で焼き払われていない分だけ古くからの家をそのまま使っている感じ
あらゆる人種が居る
交差点でクラクション音に驚いて顔を上げたが、酷い時は数分に3、4度クラクション音がなっていた
首都圏ではどんなに渋滞していようとクラクション音をそうそう聞く事はなかったのでびっくり
それから交差点を観察しながら歩いてみたら、赤信号なのに3、4台右折していく感じだった
そして対向車が切れず右折出来ないで居るとクラクションを鳴らす感じ
車の流れがあって多少無理でも曲がる事はあれど、完全に赤信号なのに数台は堂々と右折していったのでびっくり
都内でトイレットペーパーが無い駅はほぼ見かけないのに対し、京都駅は普通にトイレットペーパー無かった
その代わり備え付けのトイレットペーパー販売機があった
盗難はあれどトイレットペーパーを備え付けない店は無いという勢いの首都圏に対して
京都はただ単にトイレットペーパーすら売りつける商魂逞しい土地なのかどうか・・・
総武線内で席に座った全く無関係の隣あった男女3人全員iPhone弄ってて吹いた位なのに
阪急では携帯弄り率が低かった(弄ってる人いたかいないかレベル)
とはいえ京都駅は左によって右を空けていたり、観光客が多いとそうでもない模様
京都駅だったらごめんなさい、と前置きして三条川原町等三条通りかなと
阪急や他の地下鉄が乗り入れていて、京都駅が伊勢丹だけなら、ここは大丸阪急高島屋に色んなブランドの店が有
病院へ入った時に喋っていると周囲からの目線が軽く刺さるような雰囲気になった
これが噂の・・・と思った
しかし観光地を周っていると観光客慣れしているのか色々親切に教えてくれた
昔の話をしてくれたり、資料を貸してくれたり、いい人たちだなと感じた
新宿とは違ったでかさ、東京駅と比べてはいけないが、番線数やダンジョン度は東京の方が数倍上
都内の景観を無視しきったカオスな立て方のでかさではなく、なんでこんなオブジェクト作った?的な
恐らく普通の人が混雑した清水寺金閣寺銀閣寺を周っても、人の山過ぎて綺麗という観念が薄くなると思う
なんだただの普通の寺か~で終わる可能性大
仏ヲタ的には金閣銀閣は触手に触れず、広隆寺だの東寺だののがクるだろうし、
歴史ヲタなら平安鎌倉江戸末期とおいしすぎる上、ヲタスポットは断然人が少ない
勿論景色は綺麗だし料理は美味しいけれども、一般人はリピーターになるレベルまでは行かない気がした
本当に碁盤の目、ここは行き止まりだろ・・・という道こそどんどん突っ込んでいくと古い町なみが拝める
道が行き止まりにならない事を容易に悟れるはず
そのうちいつの間に寺の裏門へ出たりして、この界隈の人しか知らないルートを発掘出来る楽しさ有
殆どの人は一日バスフリー利用券(500円)で回っている模様だが、バスは平日でもかなり混雑している
観光案内通りにバスに乗ると混みまくるので、自分で適当に接続ルートを探して乗るとかなり空いていた
例えば金閣寺行き、駅と接続しない祇園から乗るとスカスカで座れたり・・・みたいな
ただ基本、街中の観光名所がかなり歩ける距離なので、ちい散歩やブラタモリするのがおススメ
湯島から上野までとか表参道から渋谷までとか、遠くて秋葉原から上野まで、みたいな距離
壬生寺に幕末京都の古地図が売っていたので、かなりブラタモリが出来る
寺は拝観料を取られるので(200~1000円程度目安)多く回る人は寺一つ頭千円で持っておいたほうがいいかも
高い見積もりかもしれないが、絵馬や御朱印、お守り収集や国宝観覧をするなら足りない位
カメラは撮影禁止の場所も多いが、撮影可の場所もあるのでカメっこは必須
しかし弥勒菩薩が居る広隆寺や平清盛像のある六波羅蜜寺や風塵雷神屏風の建仁寺はスムーズに入れた
どうしても土日なら土曜日に有名所へ