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はてなキーワード: 停電とは

2016-08-27

東日本大震災で少し被災した特撮ファンシン・ゴジラ絶頂した話

 8月2日にTOHOのレイトシン・ゴジラを観て発狂しそうになった。凄すぎて。そこからもう寝ても覚めてもゴジラのことしか考えられなくなり、気づいたらもうすぐリピートの回数が2ケタになろうとしている。もともと特撮映画大好き人間だったけど、それにしたってこの映画は別格だ。こんなに映画熱狂することは、向こう十年はないと思う。


 とにかく全編渡って大傑作だったんだけど、特に中盤の、夜の東京ゴジラが熱戦を吐き全てを破壊するシーンでは本当に気が狂うかと思った。自分でも理解できない膨大な感情の波が押し寄せてきて内面をひたすら揉みくちゃにした挙句、最終的に途方もない歓喜けが残った。もう完全に中毒になってしまって、ちょっとでも間が空けばシンゴジの熱戦が見たくなって、気づけば劇場に向かってしまう。なんでこんなにこのシーンに惹かれるのか何度も観て何度も考えて、やっぱり自分震災体験が影響しているんだと思った。それに気づいてから、熱線のシーンを見た俺の感情の詳細が大分分かるようになってきた。


 ここでちょっと自分語りをさせてもらいたい。俺は宮城実家東日本大震災経験した。津波での被害は一切なかったが、それでも色々と滅茶苦茶になり、10日くらい避難所生活を余儀なくされた。当日だか翌日の夜に河北新報号外福島のことを知ったときは本当に世界の終わりだと思ったし、いつまで経ってもインフラが復旧しないので、二度と元の生活には戻れないかと思った。震災の日から夜が本当に暗くなった。町に一切電気が灯らなくなることが、これほど恐ろしく、心細いとは思わなかった。だから、しばらくして、ようやく電気が戻って、夜の街に明かりがついたとき、本当に泣きそうになった。元の生活に戻れると実感して、堪らなく嬉しかった。あの夜の光は、俺にとってまさしく希望だったのだ。


 だが、シン・ゴジラはやってくれた。夜の街を照らす光を、絶望象徴へと塗り替えたのだ。


 タバ作戦を踏みつぶしたゴジラ東京侵入する。夜になる。ゴジラ蹂躙される東京は、当然ながら停電する。暗闇に包まれる中、ゴジラ身体の赤い光だけが街に映える(何と美しい画面!)。日本ではもう為すすべがない。アメリカが出てくる。B-2がどえらい爆弾ゴジラを傷つける。そしてゴジラは光り出す。


 東京火の海とし、数え切れぬ人間虐殺したあの光は、何よりもまず俺にとって冒涜だった。311の際に俺が経験した、夜の光に対する感動と希望を、完全に死と破壊で塗り替えたのだ。被災した夜の街に光が戻っている。なのに、その光は日常の復帰ではなく、二度と日常が戻らないことを告げている。俺があの日感じた希望を、ゴジラは完全に踏みつぶしたのだ。そして次に出てきた感情が畏怖だ。俺の中にある希望記憶すらも完全に蹂躙する圧倒的な厄災。本当に恐ろしく、絶対に敵わない、どうしようもない、まさに神の如き存在だと思った。今までもゴジラはさんざん破壊神だと言われてきたけれど、本当に神様だと思えたのは初代ゴジラ以来だった。そして、そこで全ての感情が一転、途方もない歓喜に変わる。そう、今自分が観ているのはゴジラなのだ。VSシリーズ以降衰退の一途を続け、FWという怪作(駄作ではないけど、最終作には相応しくない)を最後に息絶えたはずのゴジラが、こうして、紛うことなき神として復活し、震災実体験で得た感情すらも蹂躙し、塗り替えてくれている。そう、今自分が観ているものあくまゴジラ虚構であり、こんな圧倒的な光景すらも、自分は娯楽として享受することを許されている。何という特権!! 観客という立場にいることが、こんなにも幸福であると、今の今まで知らなかった。


 その後のヤシオリ作戦ももちろん良かった。震災時に揺れや津波蹂躙されてばかりの建物電車が、震災象徴たるゴジラに一矢報いるのは痛快だった。そして、ゴジラ災害が終息した後の、避難所女の子が笑うシーン。泣けて仕方無かった。


 でも、やっぱり、あの熱戦のシーンは別格だった。あれは本当に事件だった。とてつもなかった。っていうか、これだけ言を尽くしても、あの凄まじさを一ミリ表現で来てないと思う。書いててまた観たくなってきた。また行く。何度でも行く。この映画何度でも観たいし、それ以上に、こんな映画をこれからもたくさん観たい。こんな映画を毎年観れるなら、生きるってことがずっと楽しくなる。そういうレベル映画だ、シン・ゴジラは。


 最後に。以上はあくまで俺個人観想だ。間違っても被災者の総意でないことは言うまでもない。結構リアルあの日を抉ってくるので、きつい人もいると思う。

2016-08-23

結局シンゴジラまだ見てないし、映画館には行かないかレンタル地上波放送待ちなので、そこまで自発的に調べる気もない。

なのでなんとなく目に入ってきた関連記事をたまに斜め読みしてる程度の状態なんだけど、それでもちょこちょこと含まれている要素がわかってきた。

変態していくゴジラとか面白そうやんけ、って思う。最初の方めっちゃキモいらしくてワクワクしてる。

ただ、時々出てくる「ヤシオリ」だけまったく単語意味がわからなくて面白い

手法なのか作戦なのか固有名詞なのかもイマイチよくわからない。なんやねんヤシオリって。ヤドカリシオマネキ

検索すれば当然すぐわかるんだろうけど、いずれ見るときの小さな楽しみとしてとりあえず疑問なままキープしておく。

まあ、どこかで正解を見聞きしたらそれはそれで別にいいんだけど。



予想としてはエヴァヤシマ作戦ってのがあった気がするから、そこから取ってヤシマオリジナルの略とか?ヴェルタース・オリジナルっぽくてなんか好きだ。

でもエヴァも結局見ずじまいだから、周りから話を聞いてなんとなく言葉を知ってるだけっていう。

使うと停電するポジトロンライフルってのでグングニルかロンギヌスかゲイボルクか、なんかその辺の槍を射出して月に刺す作戦?ぐらいの雑な認識

2016-08-11

怪獣映画に無縁だったけどシンゴジラ見た

面白かった

ネタバレ注意

20代前半の自分は、ゴジラ、それどころか怪獣映画とも無縁な人生を送ってきた。

上映前にゴジラについて知っている情報といえば

・でかい怪獣

コナンパロディとして出てきた

・なんかハム太郎と同時上映してたらしい

これくらいである。そのため、見るまではどんな話かは全く想像つかなかった。

因みにエヴァは一応見ており、エヴァ好きの兄弟に誘われる形でなんとなく、見に行った。


さて、じゃあそんな人の初ゴジラ感想はというと、真っ先に出てくるのが「ゴジラ本当怖い」という恐怖心だった。

一時期ガンダム格ゲーにはまっていたのだが、戦っている時ガンダムから放たれるビーム系の攻撃は「かっこいー!」とかそんな風に思っていた。ガンダムXサテライトキャノンとかウイングガンダムゼロカスタムビーム必殺技とか好きだった思い出がある。

しかゴジラの口、そして背中から出るレーザー攻撃は見た瞬間、自分は「格好良さ」は全く感じず「恐怖心」に支配された。その攻撃で町が破壊される描写にも生々しさと恐ろしさを感じた。普段他の創作物で町が壊れる描写を見ても大人になるにつれ心の何処かで「フィクションだし」という心の余裕を持っていたのだが、今回はそんな余裕を全く持てなかった。

とにかく怖かったのだ。見終わった後はあのゴジラの黒い形態を極力見たくないと思ってしまったほどだ。(余談だが一緒に行った兄弟は第二形態?の方が嫌だったという。エラの生々しさが嫌だったとか。自分はそっちは嫌悪感を持たなかったので人によって違うんだなと思った)

じゃあ何故そんなにシンゴジラ攻撃は怖く感じたのだろうか…まだまとまりきれてないところはあるが、恐らく1つはその時が夜中だったこと、2つ目はゴジラの圧倒的な生命力破壊力にあったのかもしれない。

夜の中というシチュエーションは非常にリアルで怖かった。地下?で人々がぎゅう詰めになってる中停電になって「あっ!」とか悲鳴が上がる描写には「あの状況で真っ暗になったら怖いよな」と思ったし、後闇の中でゴジラ紫色に光る→ビーム発射描写も印象的だった。2つの描写は夜だからこそ怖さが際立ったシーンだった思う。

後者について、その前の自衛隊攻撃を受けてもケロッとしてるゴジラのシーンの時点で「あれゴジラつえー」とは思った。そこからのあの口と背中ビームである。口の攻撃レーザー状で猛スピードで凄い遠くまで届いて周りを火の海にするし、背中攻撃バンバン米軍飛行機を撃ち落とすし、避けれる軌道でもないし…あの「防護策のない攻撃」と「火の海に包まれ建物描写」は非常に絶望感があった。対処法はゴジラエネルギー切れのみであるエヴァ使徒ビームを守った盾もないし、というかエヴァもいない。あのシーンの恐怖心は希望がほぼ見えなかったというところにあるのかもしれない。ヘリもビームに当たってしまったし…

他のフィクションだと悪役キャラでもこう、ネタにしたり可愛いとか言ったりして愛着を持てたりするが、自分ゴジラを茶化せそうにない。「触れたくないほど恐ろしいもの」という印象だ。コナンでよく少年探偵団はゴジラあんな楽しそうに見てたな!凄いな!と思ってしまった。

シンゴジラでは人々の生々しい死体や血の描写といった直接的なグロテスク描写殆どなく、人々の逃げ惑う姿とか諸外国との駆け引きとか自衛隊攻撃ダメージ0とかそういった、精神的に追い詰めてくる感じの描写が多かったのも印象的だった。2番目に自分ハラハラしたのは核が使用されると決定されたあたりの一連の描写だ。核自体の恐怖もあるし、都民だけじゃなく神奈川千葉疎開させる無理ゲーさとか、総理大臣代理の嘆きとか、「日本世界の同情と支援?を必要としている(うろ覚え)」とか色々な不安要素やどうにもならない感じが怖かった。作中に人間の方が怖いみたいな台詞があったと思うのだがまさにそんな感じ。あの長谷川博己石原さとみが2人で会話している時徐々に引いていくカメラワークも妙に心細さ、不安を煽られた。


他にも人物の描写が良かったとか最後のヤシオリ作戦の所がそれまでの絶望的な描写も合間って凄く熱くなったとか色々雑多な感想はあるのだがもっとちゃんとした言葉で書いている人がいるので割愛



歳を重ねるにつれフィクションで衝撃的な描写を見ても、一歩引いて「自分とは関係ない世界」と考えることで心に致命傷を負わないように出来ていた。が、久々に心に傷を負った気がする。それはゴジラの容赦ない脅威の描写と…後非常にリアル世界観が構築されてることもあって、自分があのゴジラ映画世界で逃げ惑う姿が想像やすい、「もしかしたら関係なくない世界」と思わされてしまたからかもしれない。

そしてそこまで人の感情を揺さぶってきたシンゴジラは傑作だったと改めて思った。

現場実習

気付いたら8月も中盤に差し掛かる今日この頃

やっと一区切りついたので、思ったことや考えたこと(考えさせられたこと)をまとめておこうかなと思い、今この記事を書いています

具体的な時期は書きませんが、3組2交替交替勤務現場実習に参加しました。

業界の種類に限らずメーカーだと技術系(研究開発・開発・生産技術 etc)はもちろんのこと、

事務系(経理営業法務 etc)の新入社員現場実習が必須になっている企業が多いようです。

特に自動車業界の話は有名ですよね。

自分半導体業界ですので、実習内容としては12時間ひたすら製造装置を見守ってトラブルが起きたらその対応を行うというものでした。

最近半導体工場って超高度に自動化されていまして、クリーンルーム内が超絶無機質な感じになっているんですよね。

基本的停電地震でも起こらない限り、24時間365日フル稼働です。耳を澄ませば聞こえてくるのは機械動作音と、時折鳴り響くアラーム音のみ。

これ人間必要ないんとちゃいますか?

と、就職活動工場見学させてもらった時に思ったのですが、装置トラブルを起こすと自力で復旧することはないため、

人間現場で直接対応するしかないのです。ですので、現場クリーンルーム内)には24時間装置監視している人たちがいます

自分はこの人達の中に混じって実習を行いました。

人間にはそれぞれ個性や相性がありますから自分と合う人や合わない人がいて当たり前ですよね。

現場の方は基本的高校卒業してすぐ就職した人が多いです。というかほぼ全員がそうです。

高校卒業してすぐ工場という狭い世界にぶち込まれ、何十年もずっと働いていると、

現場常識=世の中の常識

という勘違いを生んでしまうのかわかりませんが、とにかく語気が強い方の多いこと多いこと(もちろん全員が全員そうではありません)。

特に夜勤シフトは怒号のオンパレードです。耳を澄まさなくても事務所のあちこちから怒鳴り声が聞こえてきます

まあ怒号だけなら別にいいのですが、仕事のできない人を執拗に責め立てている人を見かけた時は、46789488回ほど「辞めようかな・・・」と考えちゃいましたね。

え?君何甘えたこと言ってるの?仕事をしていくうえでそんな考えは甘えでしかないだろって?

すいません。ずっと甘えた世界で生きてきたゆとりなんです許してください。理不尽な怒鳴られ方をするとどうしても萎縮してしまます


怒鳴られる→萎縮する→ミスをする→怒鳴られる→萎縮する→ミスをする→・・・


(´Д`)


これが働いてお金をもらうということか・・・と思い知らされました。

家族の前で一切仕事愚痴を言わず、嫌な顔ひとつ見せなかった父親マジスゲエとつくづく思います

上記の書き方だと、現場で働く方たちのことを悪く言っているようにしか受け取れませんが、

もちろん中には素晴らしく尊敬できる方もたくさんいらっしゃいますし、この人達がいなければ事業が立ち行かなくなってしまうのは事実です。

高校卒業してすぐに就職して、交替勤務で何十年も働き続ける。家族との予定も合わせづらいだろうに。

自分にはこんな生き方絶対にできないし、この点に関しては心の底から尊敬しています

結果的に1日も休まずに実習を終えることができたのは、終わりが見えていたからです。

もし、実習期間が設定されておらず、無期限だったとしたら即辞めていたと思います

みんなが帰宅する時間に出勤する劣等感 is Very Majide YABAI.

幸い上司には恵まれていますが、会社という組織の中で仕事を進めていくうえで、自分が苦手なタイプの人と一緒に仕事をしなければいけない時は必ずやってくると思います

その時にどれだけ上手く立ち回れるか。社会人として大事スキルの一つはそこなんじゃないかなと思います

実習も終わりかけの頃、「お前はもうすぐ終わりでいいな。俺たちは定年までずっと交替勤務だぜ。」と言われ、言葉に詰まってしまうことがありました。

どういう言葉をかけるのが正解だったのか、今でも考えますが正直わかりません。

2016-07-31

3.11当時

会社が休業だったり、停電したり、テレビで家が流されたり

結構クワクしてた

あのワクワクを味わいたい

2016-05-18

湯河原にいて、有事の時どうするんだって言う人がいるけどさ

舛添都知事が週末公用車湯河原の別荘に通っていた件で、ありがちな批判に「そんな離れた場所にいて、有事にどうするつもりだ!」というのがある。

批判の方こそおかしい。間違ってる。

災害の時知事一人にパワーが集中して、知事が居なければ何もはじまらないような災害対応体制だったら、それこそそっちの方が問題だ。

それに知事湯河原ではなく都内にいたとしても、倒壊建物が道を塞いで火事が起きて信号街路灯が停電して、道路が寸断していたら、すぐに都庁に駆けつけられるとは限らないんだし。

公用車で通っていたこと」が問題なんであって、「有事とき問題がある」って論法は、適切でないし、舛添に対する悪意さえ感じる。

2016-05-12

川崎駅付近停電電車が止まって

混雑の状況をスマホ写真撮ってるやつが多数いたんだが

写真撮るのはまあいいとして

立ち止まるんじゃねえよ

つき飛ばすぞゴミクズ

おれじゃないんだけどうんこ漏らしたっぽい

今日川崎駅での停電京浜東北上野東京ライン(とその他いくつかの路線)が死んでたか山手線も激混みで遅延していたんだけど、なんか新橋駅で非常停止ボタンがーとか言って数分停止したり、何も言わずにどこかの駅で2分ぐらい停車したりと言った感じでのんびり進行になっていた。

いっそのこと「30分間動きません」とか言ってくれればホームに降りて休憩するなり別の路線に乗り換えるなりの決断ができるんだけどなんかはっきりしないし待ってればすぐに動くし車内は混雑していて降りるのも一苦労だしって状況だった。

そんな中、少し空き始めた浜松町に着くころ、網棚から固いカバンを乱暴に引きずり出すような音が聞こえた。

平行に並んだ金属棒の棚に、スーツケースの角を擦るような連続音。

「ガリガリガリ」と言うほど雑な音ではなくて「ブリブリブリュ」といった感じの音だったが遅延している電車内でのことだし、誰かが降りる準備をしているのだろうと気にも留めなかった。

数秒後にわかに広がる知ってる匂い悪臭。ふと思い出すさっきの音。「ブリブリブリュ」。

すぐに電車のドアが開き、降りていく数十人と共に匂いは消えた。

今日も誰かが漏らした。

増田うんこ洩らしの記事がまた一つ増えるな、と思った。

2016-05-05

http://anond.hatelabo.jp/20160505085036

製造業で実際にPC-9801が稼働している現場立場からすれば、単に設備投資の余力が無いという問題ではない。熱、粉塵などの過酷現場でも制御コンピュータは確実に動かなくてはいけない。ライン24時間稼働し続け滅多に停止もしない。急な停電後の自動復帰も考える必要がある。制御している機器インターフェース側を改造する必要もある。

このような用途PLCなどの汎用組み込み制御ユニット存在するが、少しづつ改良を加え複雑化してきた現行の生産ラインは個々の機器タイミング取りがシビアで、機器の入れ替えは一か所でもかなりの大仕事になりがちで、影響はライン全体に波及する。今安定して動いているラインリスクは可能な限り避けたいのだ。

そして、自分経験的にMS-DOSで動作しているPC-9801は非常に堅牢マシンだ。機器制御には高度な計算能力必要ないがとにかく動き続けることが大事で、これはWindowsなどは絶対にかなわない。ちょっとプログラム趣味でかじった化学屋の自分でもある程度メンテできるというメリットもある。さらに言えばPC-9821もダメ個人的には1990年ぐらいまでのまだ高価な時代マシンが安定性が高いと感じる。

あの当時のNECは、本当に信頼性の高いマシン製造していた。その後の安価路線に走った途端に不具合が見られるのだが、完全自社生産時代部品の一点ごとに良いもの選択していたんだろうな。

ただ、次第にMS-DOSメンテができる技術者が減少してきた。さすがに時代の流れだろう。マシンが死んだらそれこそ中古マシン差し替えて動かすのが一番安いし確実なのだが、生産技術部から拒否されて新しいシステムを導入させられたことがある。費用も桁が2桁ほど多くなるしお互いに仕事は増えるし正直いって良いことが無いのだが、メンテできない場合更新せざるを得ない。

なお、それほど重要でない設備制御箇所については、自分中古機を手配して故障したマシンを入れ替えたこともある。生産技術畑でない自分でも多少の知識があれば簡単に行えるのに、なんで無駄な金を使う必要があるのだろう。そんな金はもっと別の設備投資したい。

停電時の暇つぶし方法教えてけろ

今度の休日電気止まるんですよね。

何しようかな……

おでかけ? 出不精なのですよ。

図書館? ホームレス臭すぎる。

ネカフェ? ちと味気ない。

ノートPCモバイルWi-Fiルーター、PCも充電できるモバイルバッテリーあるんで、どこへでも行けるよ。

2016-05-01

http://anond.hatelabo.jp/20160428074933

するどい

3.11の時は大規模停電があった、というのが一つのヒントになるだろう

東京でも輪番停電が発生し、在京キー局全国紙のヘッドクオーターにも多大なる恐怖感を与えた

から東京の大マスコミ様も慌てふためいてきずなきずな言い始めた

だが熊本阪神淡路東京に深刻な影響を与えることはなかった

からマスコミの反応はいまいちだ

そう

がんばろう日本とはすなわち、

東京のためにお前ら日本(東京以外)頑張れ、ということなのだ

日本死ねというワード流行ったのもむべなるかなと言えるであろう

2016-04-22

出生率を上げるには、夜間営業禁止

http://anond.hatelabo.jp/20160422123613


停電が起きると、出生率が上がるのは、よく見られる事象

出産可能世帯が家にいればいいんですよ。


あと、アイドル活動禁止も良いかも。

プロの作るかわいい、ではなく、天然のかわいい(子)に目覚めていただきたい。

2016-04-21

熊本市地震日記

4月14日(木)

夜、1回目の地震

部屋の中はめちゃくちゃになったが建物は無事。

夜の間、救急車消防車サイレンが次々に聞こえ不穏な雰囲気

4月15日(金)

朝、近所を歩き回ってみたが、建物被害は意外なくらい見当たらない。ガラス割れていたところが一軒あった程度。ただし、内部はかなり被害があるようだ。

水道は、水圧は弱いが水は出る。

スーパーは、開店していないところと店外で営業していて長蛇の列ができているところがあった。

コンビニは、一部商品が散乱していたりもするが通常営業

水、お茶おにぎりパンなどは売り切れているが、ジュースお菓子などはあり。

夜、朝とは逆方向に出かけてみた。古そうな家一軒に目立ったダメージあり。

開いてる店があったので買物。

4月16日(土)

深夜、2回目の大きな揺れ。

一時的停電するがすぐに回復。その後は停電は無し。いつからだったかは覚えてないが断水。

朝になって近所を回ってみると、ガラス割れているところが何軒もある。

古い家が並んでいるところに行ってみると、前日は目立ったダメージは一軒だけだったのに、壁、瓦、ブロック塀など、あたり一帯にかなりの被害が。家屋倒壊は見当たらず。

前日買物をした店は休みスーパーもたしか休みだった。

この日はたしかセブンイレブンお茶などが入荷してて、600mlぐらいの麦茶を2本購入。地震後の数日間、コンビニ特にセブンイレブンにはかなり助けられた。

4月17日(日)

スーパーは店内での営業のようだったが、入り口に長蛇の列。

歩き回った範囲内のセブンイレブン4店舗はすべて営業トラックが着いているのを見たので、商品は入っては来ているのだろうが品不足。

全部だったかは覚えてないが、他のコンビニ休み。15・16日は、たしかローソンは開いてた。

自販機数ヶ所で飲物購入。お茶・水は売り切れているが、大部分の自販機で甘い飲物なら手に入る。

古くなさそうな塀が倒れているのを二ヶ所で見かけた。古いブロック塀がばらばらに崩れているのに対し、ひとかたまりのまま根元から倒れているのでかなり怖い。

4月18日(月)

深夜にセブンイレブンに行ったら休みだった。

スーパーが通常形態営業開始。ただし営業時間は短い模様。

2リットルの水を1ケース(6本)購入。

4月19日(火)

朝、水道回復。ただし、やや茶色い水が出る。

迷ったけど茶色風呂に入る。

その後まもなく、また断水。風呂に入っといてよかった。

4月20日(水)

4月21日(木)

雨。余震は続いている。水はまだ出ない。

http://anond.hatelabo.jp/20160421110505

最近洋式トイレは電動で蓋が開閉するので、停電時にはトイレのふたすら開けられなくて便器に座れないという・・・

http://anond.hatelabo.jp/20160421105740

関西ならお貸ししましょうか。

私も若い頃はよく払い忘れて停電とかやりましたw

2016-04-19

回答してみる:「テレビ局地震報道の後進性 どうしてアナクロな…

https://note.mu/enkykliospaideia/n/nc971ac77b96c

この話ね。まず、

1 技術が活かされてないと感じる

テレビというメディアは単純な受身型のメディアという面がありますが、最近地上波デジタル放送によって双方向対応したり、サブチャンネルによって各局複数情報を同時放送できるようになってます。でも、そういったことが災害報道では全く活かされないのはどうしてなんでしょう?

なっているのは規格だけ。双方向で送れるのは5つのボタンを押したかどうかだけだし、その情報インターネットがつながってないと送れない。停電しているところに「無事ですか?」ってアンケート送ってそれに対する返事があったりなかったりすることが災害報道で活かせるかというと、ないよりましな程度。

地上波デジタル放送になって、テレビチャンネル複数放送できるようになっているのに、それを活用しないのはどうしてなんでしょう?

複数放送できる規格になっている」だけ。

サブチャンネルは、リアルタイム動画エンコーダ複数持っていないと放送できない。MX複数チャンネル活用しているね。あとは、関東地区キー局関西地区準キー局、あとはプロ野球ホームチームが強いところだと複数エンコーダをもってる可能性があるけど、熊本微妙。使うかどうかわからないSD動画エンコーダを入れるってかなりの経営判断になるし、これを書いた人は2006年位に佐々木俊尚が「2011年新聞テレビ消滅」とまで煽っていたことを忘れているんじゃないかな。実際5年間の移行期間の出費とデジタルTVの普及率次第ではそうなる可能性もあってどこもなるべく安く導入しようと必死だったから。たぶん、双方向データ放送制作設備なんか、もってるところのほうが少ないと思う。

資料をその場でハンディカメラとかで写してくれてもいいんじゃないかと思うのです。

そのアイデア面白いHD化しているのでもしかしたら映るかもしれない。ただし、筆者はたぶんお役所が出している資料がどれだけ読みにくいもの認識の外にあるんじゃないかとも思う。資料PDF役所webサイトに公開されているし、それを再生紙印刷したら、手持ちのカメラを使って録画して見てみるといい。

ちなみに、「どのチャンネルも同じ絵を映している!もったいない」はたぶん担当者も同じことを思っていて、記者会見なんかは余裕のない地方局を中心に代表カメラを出してあとはそれを分配、なんてこともしているけど、これその代表者撮影に失敗しても泣かない、ということとトレードオフなので重要なところほど他に任せられなくなるという問題がある。


2 センセーショナリズムから抜け出していない

被災地悲惨な状況や、困窮、資源の不足を取材したのなら、そこにうまくそれを助けるために私たちが何ができるか、義援金のお願いや救援物資の送り先といったもの情報をうまくセットにして常に伝えるといった工夫が足らない

義援金のお願いは普通にしている。ニュースの〆に流れているカンガルー災害募金(今は別の名前になっているけど)とか、ドラえもん募金とか聞いたことないとは思わないけれど、それがセットになって伝わっていないとなるとちょっと厳しいかもしれない。

救援物資の送り先は基本的には流さない。なぜかというと、救援物資が足りない、と言われてから個人に用意されてもどうにもならないから。そもそも、困窮とか資源の不足の話、今回の熊本地震では、東日本大震災の時の教訓もあってかなり抑制的になっているというか「(届けてくれるところはあるけれど)それが来るまでの数日が足りない」っていう話とセットになっていたはずで、本当にこの人、災害報道見ているのかちょっと怪しいと思った。

3 リソースの配分がおかしいのではないか

延々テレビ局スタジオから放送しているのに、出てくるのは切迫した雰囲気で伝えるアナウンサーと、わずかな地震学者や地質学者系の専門家だけという感じなこと

バラエティ番組情報番組であれほどコメンテーターやら、何やら評論家やらをたくさんテレビ局に呼んで並べているくせに、こういう長時間放送の時にこの人の少なさはなんなんでしょう?

もっと役に立つ人がいるなら呼ぶから、こういうのはその役に立つ人の名前を出してほしい。ちなみに、エコノミークラス症候群とか、避難所がそもそも危ない場合もあるとか、そういう話については専門家を呼んで話してもらうまでもなく共有されている情報だったので、キャスターから直接語りかけられていたよ。

4 正確性が疎かになっていること

テレビはその速報性やリアル感といった部分での競争意識するあまりネットで流れる情報をあまり確認せずにテレビでも取り上げるという愚を犯すようになり、自ら信頼性を下げているのは嘆かわしいことといえるでしょう。

これ、具体的にはイオンモール火災の話だと思う(マンションの接合部はそこがもともと計算した上での設計であろうと今回の地震で壊れたことに変わりはないし、熊本城の瓦は加藤清正設計じゃないよね?)けど、そこは確かにどうにかしないといけない。

はいえ遠隔中継できるカメラを持っている人が山ほどいる時代にそれを使わないのは流石に微妙なので、誰を信用するか、みたいな部分で担保するしかないのだろう。

正直、正確性と速報性はどちらも求められることで、そのバランスは難しい。新聞テレビと比べると、テレビは若干速報性にバランスを振っているし、新聞は正確性にバランスを振っている面はあるので、そこは新聞と併用してほしいとも思う。

2016-04-18

実家被災した

実家熊本市中央区

親は生きている

家も倒壊はしていない

運がよかったのだろう

ただ,親も土日は避難所や車暮らしをしていた

今日はたぶん実家で寝るのかな.


私は関東会社員をしている

私に今出来ることは何か

飛行機新幹線が止まっている今,助けに行くのか?

福岡まで飛行機で飛んで,福岡レンタカーを借りて熊本まで親を迎えに行って,福岡避難させた友人はいる.

ただ,私はそこまでやるのか?そこまでする必要は無いと思った.

私にも仕事がある.

正直,きちんと避難をしていれば,命を落とすことは無いだろうと思う.

迎えに行ってあげられない代わりに,

土日は遠くからLINEサポートをした.

停電が長く,テレビラジオが使えずに情報を得ることが出来ないと言われた.

土日はずっと家で待機をしてテレビ熊本地震ニュースを流しながら

パソコンSNS等の口コミ収集した.

例えば,どこどこのスーパーの何店が開いている,どこどこの湧き水が飲める,

どこどこの避難所給水車がある

とか

親も携帯バッテリーも限られていたため,私が一方的LINE重要情報を送り

親はたまにスマホの電源をつけて確認するといった対応をとっていた

土日ずっと同じ内容のニュースを聞き続けて

ノイローゼ気味になった

土日もさ,寝れたとしても,目が覚めたらやっぱすぐに天気予報地震履歴確認して

避難勧告ホームページを再読み込みするでしょ

ぐっすり休めた気がしないよね

日曜日の午後にようやく電気回復したようだ

安心した.

もう私が情報収集しなくても親が自分で出来るんだって


月曜日にもなると,熊本地震ニュースも少なくなる

会社には熊本家族を置いてきた人なんて居ない

みんな人ごとだな

そんな中で一人なのがきついんだ

そろそろTwitterでも「熊本地震のはなしやめろ」みたいな書き込みが出てきた

被災者叩きみたいなのもたまに見かける

居づらい

私より,熊本被災してる人のほうがつらいのはわかるよ

でも,熊本被災者は周りはみんな共感者ばかりなんだよね

こっちには共感者がいないんだ

私は,余震が少なくなってきたねと親を励ました

けれど親は,嵐の前の静けさとか言うんだ

もうなんて言えばいいんだ

正直,まだ余震が続いていて,今後また地震は起きるのだろうなと思う.

親をどうやって励ましていいかわからない

私は理にかなったアドバイスしかしないタイプから

信憑性のない,大丈夫だよ,なんて言えない

私はもう親を励まし続けるのがつらい

今,親からLINEがきた

「◯◯ちゃんが色々情報アドバイスをくれ,心配してくれることが励みとなり毎日頑張れてるよ,ありがとね」

もうきついんだよなあ

私は薄情なんだよ

親が死ぬことが心配なんじゃない

私が親を励ますことが出来ないことがつらい

私は力がないんだ

はー

どうやったら励ませるんだ

いつになったら地震おわるんだよお

2016-04-16

毎度思うけど、災害停電になってるのに被災者向け情報ネットに書き込む意味がわからないというか。

電気必須フィールドに載せるって不条理漫画見てるみたいだ。

ホーム画面に設定されてるならまだしも、個人ブログをわざわざ検索して大量にあるブログから探し出すのも手間暇掛かるね。

チラシ1枚にプリントしたもんばらまく方がまだ届くんじゃないか?

不謹慎だけど

今の熊本旅行したい。

余震リアル体感したい。

炊き出し料理をたべてみたい。

停電の闇の中で星を眺めてみたい。

なんかもうめっちゃ揺れてる@熊本

少し片付けてた部分もまた崩れた。

一時的停電回復した。

今できるのは増田に書き込むことぐらいだ。

2016-04-15

これが嫌だよ震災報道

NHKですら酷いシーンが多々あったので、民放は一切見ていない。


とりあえずヘリを飛ばす

・夜間の停電時、家屋が倒壊して生き埋めになっている人が多い可能性がある中で、

 爆音のヘリを低空で飛ばす馬鹿

避難民に無理矢理インタビューし、避難民のドアップを無許可放映

庁舎前に集まっていたお母さんにインタビューしようとしたシーンは怒りで震えた。

 小さなお子さんを抱え、ご自身不安に涙されている様子だった。

 無作法に近付いて話を聞こうとし断られていたが、何様なのか。

被災直後に生中継インタビューしたり、

 被災者不安そうな顔を無許可で放映することになんの価値があるのか。

・ああいうのを見てしまうと、避難所行くと全国に晒されそうで行きたく無い。

アナウンサーだけヘルメット

・本当に必要だと思うならカメラマンスタッフもかぶれ馬鹿

空気の読めないアナウンサー

・未曾有の事態に直面していきなりジャーナリストの血が騒いだみたいな

 興奮状態で過剰な報道をするアナウンサーが多かった。

・前述したが、被災者の心情を無視して活動する人もチラホラ。

ちょっとのことを大げさに報道

・全体として大変な事態なのはよく分かるが、家屋の瓦が少し落ちた位のことを

 この世の終わりのように報道する馬鹿

とりあえず言いたいことは

落ち着け馬鹿

2016-03-19

原発再稼働を何故ずさんな計画のまま急いでいるのかやっとわかった

原発必要性を説く人達が一番原発蔑ろにして、ずさんな計画のまま再稼働を急ぐ理由がずっとわからなかったんだけどやっとわかった。


原発は低コスト」という嘘がバレた

まずコレ。原発は低コストってのは、必要安全対策コストを削り、

最低限必要な大規模災害対策立案にかかるコストを削って実現されていたものだった。

それが3.11でバレてしまった。

でも、必要安全対策コストはかけられない。そうしたら低いはずのコストが跳ね上がるのがわかってるから


人口減少が確定している以上、電力需要は下降トレンド

次にコレ。電力需要の低下は節電意識の高まりもあるけど、そもそも電気を消費する人間の頭数が減ることが確定してる以上

節電止める方向に煽ったところで電力需要が下降トレンドから脱却するのは相当難しい。

という事は、「電力需要にこたえるために安定供給可能な原発対応する」っていう

番手抜きで元の鞘に収まる方法が、時間の経過とともに実現しにくくなってしまう。

から、再稼働直後に不具合見つかって二基のうち片方運用停止するような杜撰な計画で再稼働をゴリ押ししてる。


プルサーマル計画とかいう壮大な国家規模の詐欺がバレ始めた

寝言税金食い潰せてたのにそれがなくなりそうだから、とりあえず消費する側だけでも稼働しないと

税金食い潰せなくなるからね。


でもそのうち普通に原発立てられるようになるんじゃない?

だって人口減って海岸沿いで人が住んでない土地が増えてきたら

非難計画なんか立てる必要なくなるんだからナンボでも原発建てられるやん。

安全対策殆ど必要ないから今までの嘘が真になるし、人口減も相まって

どんだけ電力無駄遣いしても停電心配する必要なくなるし、

万が一「ポポポポーン」しても原発労働者シェルターだけちゃんと作っとけば

それ以外の安全対策適当でもいいし、今回の件で誰も責任取らずに済むっていうのもはっきりわかったし

いいことづくめじゃん。

から、そんなに原発再稼働を急ぐ必要ないよ。

2016-03-16

あのときのこと少しずつ振り返る。3.11 14:46~16:30

震災から5年。

あのとき、当時していたmixi日記でこと詳しく記録していたが退会と同時に消去してしまった。

今あのときのことを少しずつ思い出し記録として残しておきたいと思う。


あのとき私は岩手県内陸部で生活していました。

2:46 震度6弱の揺れ

  職場施設作業をしていました。揺れ直後、すぐさま1人屋外に逃げました。

  共にいたのは、上司を含め社員が2、3人とパートのおばちゃん20人くらい。

  社員であるのにも関わらず周囲のことに気を配ることのなかった私は自己中かもしれません。

  こpの2日前にあった震度4の揺れでも1人屋外に逃げ周囲からバカにされました。

  だから今回もバカにされてもいい、とにかく逃げた。

  揺れがおさまらない。

  地面が波打っている。電柱も勢いよく揺れている。近くにあった大きいフォークリフトもガタガタ揺れている。

  揺れがおさまったのはどのくらい経ってから・・・

2:50 職場事務所へ集まる

   停電していることが分かった。

   何がなんだかわからない。

   誰かがラジオを持ってきた。

   宮城震度7大津波警報!?!?!?・・・よくわからない。

   

3:00 同じ東北にある実家心配になり母にメールをする。

   すぐに無事であるメールがくる、母はあのときバイクで夕刊配達をしていた。

   電話はつながりづらいし、ラジオで緊急以外での利用を控えるようにと呼びかけていた。

   そんなときに、東海地方に暮らす、元同僚から電話が、奇跡的につながった。

   無事であることを伝え、「緊急の人がいるはずだから」とすぐに電話を切った。

3:30すぎ 同僚のカーナビ釜石港津波到達を目の当たりにする。

     コンテナは積み木のように、車はミニカーのように簡単に浮かび、流れてゆく。

     「うそでしょ・・・!!!」そんな言葉しか出ない。

     津波という言葉は知っていました。でも当時の私のイメージ高潮のようなものだと思っていました。

     海水が少しずつ、少しずつ、量と勢いを上げて陸に入り込む。

     どうにもならないんだ・・・

3:45 このままでは仕事にならないので解散になった。

   当初の予定ではこの日の夕方スーパー食材を買う予定でいたので自宅には食べるものほとんどない。

   自家用車を運転し、自宅に帰り途中でコンビニに寄る。

   コンビニ停電スクリプラーが作動したようで床は濡れている。

   とりあえず、おにぎりプリッツサラダ味、ビールを手に取る。とりあえず口に入れておきたいもの

   たくさんのお客がいた、会計電卓でだった。

   コンビニを出てから自宅まで6キロ、その間に信号機は3つ、停電しているので、信号機はついていない 

   でも意外と互いに譲り合い事故一つなく

16:30 自宅に戻る。

また今度思い出すことにする。

   

  

  

2016-03-11

あの日のうんこ

2011年3月11日14時46分。その時、自分トイレにいた。大のほうだった。

その日は午前中のリリース判定で4か月以上かけた担当案件承認されたばかり。開放感でいっぱいで、ゆっくり昼食を取ってまったり気分の昼下がりだった。

昼食後にもよおすいつもの習慣に沿って、トイレに入った。


進捗が半分を超えたタイミングで、カタカタという揺れに気づいた。ああ地震かー最近多いな、と思っていたら揺れは収まるどころか持続し、さらに次第に強くなっていく。いつもの地震じゃない、大変だ!と緊急スイッチが入った。なんせいま現在、尻を晒したままだしヤツは尻から離れていないのだ。


下腹に力を込めて残りを排出し、尻を拭いてズボンを上げ、視線を落とした。黄土色のヤツは洋式便器の水に浮かび、23区近郊の地上4階の揺れに同期してちゃぷんちゃぷんと右に左に揺れている。ふと芥川小説にあった、平安貴人の大便を捨てるため水を入れた箱と「これが侍従の糞(まり)であろうか?」という一節が思い浮かぶ。蓋を開けたら入っていたのは香木だっただろうか。

だが目の前で踊っているのはただのうんこだ。さらに揺れは強くなっている。ヤツも揺さぶられ、便器の外にこぼれそうな勢い。ここから出なきゃ。トイレうんこと共に救出されるハメになったら、恥ずかしすぎて死んでしまう。


水を流す。レバーに手をかけた瞬間、水が出るか、そしてそれより大事なのはあふれ出ずに流れてくれるかだ、という不安がよぎったものの、やるしかない。

水は出た。そして見事ヤツを便器の奥に流し去った。逆流がないことまで見届けて扉を開けた。かなり気が楽になった。ここで万が一扉が開かなかったとしても、何も証拠はないのだ。ふはは。


扉は開き、手も洗って廊下へ出た。この時点でまだ揺れているどころか、立っていられないくらいの状態になっていた。

廊下にはうちの上司がいた。こいつうんこしてたなとか思ってるかもしれないが、そんなくだらないことを口にする余裕はどちらにもない。やっとトイレ出入口横の壁に張り付くと、執務室もマシン室も電子ロック解錠されて開け放されており、そこから机上のものが続々と床に落ち、中のメンバーが机に隠れたりしているのが見えた。


揺れがようやく収まってから、全員で外へ出た。大変なことに遭遇しているという実感が湧いてきた。

その後、さっきまでのまったり気分は見事に吹き飛んで、余震精神力を削られながら停電地区からお客様の問い合わせに忙殺され、仕事が終わったのは23時近く。当然電車は動いてないので、多くのメンバーと夜を明かし、翌朝タクシーを捕まえて帰った。

当日の仕事だけでなく地震のものから受けた衝撃も、津波のとんでもない被害も、原発事故も、実家の軽微な被災も、もちろんあの日の記録ではあるんだけど、自分の中では揺れるうんこもあの日の記憶の一部になっているのだ。


震災の思い出として、うんこを語っても許してくれそうなのは増田くらいしかない。クスッと笑ってもらえればそれでいい。


この話は釣りでも創作でもないことは断っておこう。

オチもないうんこ記事を読んでくれた人、ありがとう