はてなキーワード: お祭りとは
スマートフォンspモードの不具合で目下お祭り中のNTTドコモ。
どんな言い訳を発表してくるか楽しみにしていたら、
「スマートフォンの普及による通信量の増加でサーバーが能力を超えた」ときた。
相変わらず、自らの誤りは認めませんとも。
内情に詳しい人いわく、真相はバグだらけのソフトウェアを誰も直せないのが原因だって。
ロクな技術者を手配できないのは以前からだったような気もするが、そろそろ臨界のようだ。
spモードに関しては、Xperiaに搭載され大反響を巻き起こしたメールアプリも記憶に新しい。
今回多少ましな技術者に作らせたせいか、見知らぬ他人のメールアドレスにすり変わってしまうという
革新的な出会い系機能が実装され、華々しいサービス停止を披露してくれた。
どうやったらそんなバグ埋め込めるんだwわざとか?
教えてくれ。
私に関してはそんな事実はないです。タイトル以外特に意味はない。
私はちゃんと就活してちゃんと就職してその結果途中でやめて死にかけてますはい。
でもだれか同じようなこと言う奴がいるだろうな、と思うので先に書いとく。
或いは「被爆地にいるのは馬鹿馬鹿しいので、単身東京出てきて死にかけてますが」とかでもいい。
http://ulog.cc/a/kensukeShimoda/11170
「シューカツ」が下らない制度だと思うなら参加しなければ良いだけ。何も強制はしていない。シューカツしないと生きていけないというのは勝手な思い込み。勿論、新卒採用で就職できなかった人間を社会不適合者のように扱う空気には反対すれば良いけど、反対意志の表明方法はやはり「シューカツしないで生きる」しかないと思う。
あーこの人ふろむださんと仲良しさんのね。ゲーム会社の社長さんらしいけどそっちは知らない。
「能力ないやつが選択肢がないのは自業自得」とか言ってそうだな。
ひゃくぱーせんとただしい。
実際、私も賛成だったりする。
私みたく無理して就活して、途中で挫折して死にかけるよりは、
就活自体を投げ捨てて、留学でもして、この先どこで生きていけばいいのかを
就活の枠にとらわれずに考えたほうがいい。
特に就活浪人してる人で、バイト経験やブルーカラー経験がない人は是非何か体験しておこう。
そうすれば、いざというとき、「自分の仕事やめても生きられる」って自信になると思う。
仕事やめてから、無気力状態になって再就職を諦めてバイトで職探ししようと思ったが
「あんたみたく28になってバイトの一つの経験もしたこと無いやつはいらない」って言われた。
高校生とかならともかく、バイトならなおさら30手前の人間を教育するのは
人間関係とかいろいろな問題で面倒があるからできればいらないんだってさ。
最初からバイトの経験があって、あんまり教育しないで良い人を優先してやとうから、俺はバイトでも仕事ないよ。あは。
にしても、このしもださん。
言ってることは正しいんだけど、どえすやなぁ。
本当の望みがわかってないわけじゃなかろうに。わざと分からないふりしてこういうことを言うか。
よっぽど頭悪い人間が嫌いなんだろうなぁ。苦労させられてきたんだろうな。
わかるけど。すごくよくわかるけど。
よくわかってないのに、分かったようなフリしてお祭りみたくプロジェクトの音頭とって、
肝心なところは下に放り投げて、やばくなったら逃亡するような人って私のやめた会社にもたくさんいたからなぁ。
どうせなら、世の中「無意味なこと」でも動いてることがたくさんあって、
「意味がある」ことでも力がなかったら動かないので、この運動は二重の意味でダメくらいに言ってもいいのに。
間違ってても機能した者勝ちで、正義なんて青臭いことやってるからだめなのだ、しかもその正義の薄っぺらい、いろんな意味でクズだお前ら死ね、くらいに罵ってもらえればこちらとしてもやりがいがあるのに、すげえねちっこい書き方。
この人が社長だったらめちゃくちゃ人格的には嫌いだけど頼りにしそうだわ。
天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言われている__人は生まれながら貴賎上下の差別ない。けれども今広くこの人間世界を見渡すと、賢い人愚かな人貧乏な人金持ちの人身分の高い人低い人とある。その違いは何だろう?。それは甚だ明らかだ。賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとに由ってできるものなのだ。人は生まれながらにして貴賎上下の別はないけれどただ学問を勤めて物事をよく知るものは貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるのだ。
この1ヶ月、大妻、歯が無いお爺さん写メ、DS置き引き、マクドの無料券を500枚盗み配布、その他もろもろ、Twitterがバカッターとか馬鹿発見器とかよばれるようになりましたが、自分が思うに、「人は秘密を話したがる」と思うのですよ。
たまたま、手近なツールがTwitterだった、というだけで。
先日のAUのiPhoneの話も、どこぞの店の店長(?)とおぼしき人間が、発表前に情報を流していましたが、結局、「秘密」。やはり秘密は話したいのですよ。それと、「他人が知り得ないこういう秘密を俺は握っているんだ」という優越感に浸りたいのだと思う。
まぁ、私にとってはお祭りが多くて、傍から見てる分には楽しいですけどね。これも「他人の不幸は蜜の味」と言う事なんでしょうかね。それは否定はしません。
お祭りで攻撃する側も(犯罪自慢に対するお祭り以外にも)、「他人を攻撃するのは幸福」という原理からでしょう。自分が正しい、常識とか、そんな事から攻撃してるのでは無いと思うのです。単に「攻撃する事が快感」なだけで、ブログや告知などでいくら反論・訂正等しても、意味は無い。攻撃する側からみて、そんな事はどうでもよくて、「快感だから」ただそれだけだから。
写メとか、某所でのニコ生とか見てると、家から一歩外に出たら、プライバシーが存在しない感がありますね。誰かが自分を見て撮ってるかもしれないし、Twitterでつぶやいているかもしれない。
イタリア語版Wikipediaのプロテストによって日本のネットでも話題になった「通信傍受法」の改正案問題について、誤解が大きいので、簡単にまとめておきたい。というのも、TechCrunch の次の記事「イタリアのWikipedia、『ネット傍受法案』に抗議して自主的に閉鎖」があまりにも極端で、また一般にイタリアが誤解されたままでいることにも耐えがたかったからだ。
http://jp.techcrunch.com/archives/20111006italian-wikipedia-shuts-down-in-protest-of-proposed-law/
前もって断りを入れておくと、イタリアの法制度はもちろん、法律の専門家ではないので、間違いがあれば喜んで指摘を受けたい。また、訳のまずさについてはご寛容願いたい。
さて前段として、話題の法案DDL Intercettazioni(ちなみに、DDLとは”Disegno di legge”の略語で、英語に直訳すると”Design of law”、日本語では単に「法案」と訳すのが適当) で問題になったのは、ネットの規制に関する部分よりも、傍受された通信記録の公開に関する変更についてだった。これまでは裁判前であっても当局と弁護人の合意のもとで通信記録を公開できたものが、裁判中、また事件に関わる部分のみの公開とすることに限定されるというものである。当然、各メディアともこれには批判的な論調を取っているようだ。
最近では、ベルルスコーニが売春婦を政府専用機に乗せていたというニュースが日本の報道でもあり覚えておられる方もいると思うが、これらのことについて話された会話はすべて新聞紙上に掲載された。傍受された通信記録が公開されることの是非についてはひとまず置いておくとしても、こういう背景があることを指摘しておきたい。
そのうえでイタリア語版Wikipediaなどによって、日本でも話題になった部分は次の第29条(24ペ-ジ)であった。
同条の冒頭部分を見れば分かるように、この条文は次の法律の改正だということが分かる。すなわち、Legge 8 febbraio 1948, n. 47 Disposizioni sulla stampa の第8条の改正がこれである。
http://www.mcreporter.info/normativa/l48_47.htm#8
ここでいうstampaとは「出版を目的とするあらゆる様態の、機械的あるいは物理-化学的手段を用いて印刷され、あるいは獲得される複製物」と、ようするに平たく言えば、出版物や新聞等メディア・報道などなどのことを指すのでしょう。たとえば、第5条においては新聞・定期刊行物は裁判所の書記課に登録することなしに出版してはならないとあり、この法律がどういう法律かなんとなくでも分かると思う。
そこで問題の第8条は、一言で言ってしまうと、「訂正請求」”Richiesta di rettifica” を受けた場合、責任のある者は定められた期限内に定められたように訂正を発表すべし、というものだ。
そもそもこの条文の目的は、次のようなものだと理解している。つまり、考えを表現することの自由は、時に、憲法によって保障された他の権利と衝突し、あるいは侵害することもありうる。そのような場合に、速やかに権利を回復することができるようにするためのものである。したがって、客観的な真実性は問題ではなく、当事者にとっての主観的な真実性が問題になると。すなわち、趣旨としてはメディアによる暴力から権利を守ることを狙いにしていることがうかがえる。
http://www.giuffre.it/age_files/dir_tutti/archivio/santalucia_1004.html
これが出版物のみならず、テレビやラジオにも適用されるよう改正されて現在にいたっているのだけれども、ここで注意してもらいたいのは、こう書いてしまうとえらく危ない条文に見えるけれども、実際には1948年以来60年以上も運用されており、メディアがそれで委縮するとか、「メディアが死ぬ」ということは全くないということ。まして第8条の乱用悪用によるメディアの弾圧というものは見られない。
常識的に考えれば、そのようなことがもしあれば、それこそ「表現の自由」の侵害になるはずなので、つまり運用の問題になってくるのだと思うけれども、残念ながら具体的にどのような運用がされているのか僕には分からない(「訂正請求」がどのようなものかは検索すればすぐ出てくる)。ただ、第8条そのものにはたいした問題はないように見えるという点を指摘することしかできない。
そこで、今回騒ぎとなった改正部分は、次の部分であると思う。「訂正請求」の対象となるものとして、
"i siti informatici, ivi compresi i giornali quotidiani e periodici diffusi per via telematica,"
すなわち、データ通信を経由して流布される日刊または定期刊行紙を含む「情報サイト」”i siti informatici” となっているが、はたして「情報サイト」の範囲はどこまでなのだろうか、と。この法律の趣旨や文脈からすれば、例示されているように新聞やテレビニュースなどなどのプロフェッショナルのサイトのことにも読めるけれども、素人のブログはどうなるかはっきりしない。
事実、当初は素人のサイトやブログもこの適用範囲内にしようとしたらしい。たとえば訂正期限を訂正請求後10日以内に延長するとか、罰金を引き下げようといった案も出されていた。
http://www.rainews24.rai.it/it/news.php?newsid=156864
結局どうなったか結論だけ言うと、先述の第5条によって定められている、登録済みのプロフェッショナルによるサイトに対象を限定することで与野党合意となり、落着した。
以下、個人的な感想を書くと、まず仮に与野党合意がなくても、これまで同様の運用がなされるのであれば、それほど心配するような改正ではなかったのではないかという点で、「ブログ殺し」条項とイタリアのネットではあだ名されたようだけれども、そんなことにはまずならなかっただろうと思う。
また、TechCrunchの記事がいかに間違っているか、これでよく分かってもらえたはずだ。第8条を使ってなんでもかんでも訂正請求できるというのは非現実的な妄想ではあるまいか。特に追記部分の、
法案は「正式な報道機関の記事」のみを対象とするよう修正されたもようだ。これがなんらかの改善になっているかはきわめて疑わしい。
http://jp.techcrunch.com/archives/20111006italian-wikipedia-shuts-down-in-protest-of-proposed-law/
というところは、何の根拠があって「きわめて疑わしい」と言えるのだろうか。
なによりこの問題を見ていて思ったのは、これだけインターネットが普及してしまってもなお、「表現の自由」だけを金看板にできるのかという問題についてもっとよく慎重に考えられるべきではないかということ。確かにこの法改正はベルルスコーニ絡みなので微妙なところがあるとはいえ、しかしながらごくごく一般的に考えれば、いくら「本当」であっても「知られたくない流布されたくない事実」というものは誰にでもあるはずであって、よほど悪質であったり問題性の高い場合、第8条が規定するような処置があるいは何らかの助けになることもあるかもしれない。
もちろん、素人目にもこの第8条をインターネットに広く適用しようとするのは筋悪に見えるし、与野党合意で適用範囲をはっきりさせたことは結構なことだと思うわけだけれども、仮にもっとちゃんとした、インターネットを対象とする法律が出された場合、ネットの住民たちはどういう反応を示すだろうか。「表現の自由」の金看板だけではかばいきれない部分があるのではないかと、正直言って思う。
その意味で、イタリア語版Wikipediaの声明は難しい部分があるのではないだろうか。ごく一般的なサイトならまだしも、これだけ有名かつ頻繁に利用されるWikipediaのようなサイトになると、それなりに記述に責任が持たれるべきなのは当然だという意見もあってしかるべきであって、あの声明を肯定しているだけで本当にいいのかどうか。ネットで言われているほど、また信じられているほど簡単な問題ではないのではないか。
お祭り好きのイタリア人のネットにおける「ショーぺロ(ストライキ)」の言い分を鵜呑みにして、その流れに乗っかってしまう前に、色々考えることがありそうに思うのだが。
今さらだけれど。
チャンスの(というかチャンスをものにできなかった)ときだけワァーーッと騒ぎ声が響く。
あの日は協会関係者にいただいた北寄りバックロアーの指定席にいた。自分で買った南自由は人に譲った。
そこにはスタジアムによくいる「ぐだぐだうっせーけどたまに的を射たことを言うおっさん(にーちゃん/ねーちゃんの場合もあり)」の声がなかった。カテゴリーの関係もあるだろうが。
周辺が、とても静かで、もちろんシュートを外したときなんかはワアワアやっていたし決勝点の瞬間は総立ちだったが、とにかく大人しいという印象だった。ゴールのあとの、終了の笛を待ちわびるゆっくりとした手拍子にも、加わる人は少なかった。
ちなみに、ゴールの前に席を立ってしまったかわいそうな人は、見える範囲で二組だけいた。
一番騒いでいたのは中央部。横軸中央の、上から下までのラインだけ、最初から最後まで手が動いていた(席確保の際はあそこから先に埋まって行ったんだろうか)。同心円状でなく、縦のラインが形成されているのが興味深かった。
それ以外の場所は、なんとなく、のっぺりしていた。抽象的な表現で申し訳ない。
今までの代表戦でも「お祭りみたいで楽しそうだなあ」と思ったことはあったが、のっぺりして見えたのは初めてだった。そこが気持ち悪かった。
帰宅してから映像を見ると、飛び跳ねていても声は張ってない若い人たちがいて、ああそういう「楽しみ方」もあるのだなあという感想を抱いた。喉より足が疲れそうだなあ。
日本チャチャチャ、あとは似たような曲目3種類くらいで回していたような印象。
特定の選手が好プレーをしても「(選手名)チャチャチャ」ではなくほとんど「日本チャチャチャ」なのは、
選手の判別がついていないのか、みんなでがんばってるんだから贔屓はしないという精神なのか、と勘繰りたくなる。
南ゴール裏から起こったチャントに北が乗っかっていたのは聞いていておもしろかった。
切れ目ではなくて、一区切り付く前の途中から被さっていっていたように聞こえた。本当のところはわからないが。
ここぞというときの日本チャチャチャに対して、指定席周辺からの「呼応」が極端に少なかった気がする。チャンスのあとの手拍子のしやすいチャントにしても。
バックアッパーからは、時折、手拍子が雨のように降ってきていた。
けれどスタジアム全体で雰囲気を作り上げるには、1階席からの声援がもっとなければいけなかった。
北ゴール裏→バックロアーという「繋がり」が絶たれているのは厳しい。
選手のブログや試合後のコメントで「一体感があった」と褒められていた。
どういうことだろうと考えていた。
終盤、シュートが外れるたびにゴールへの期待感が高まっていく、それは(たぶん)あった。
思うに、ゴールを信じて声を張り上げていたサポーターたちの気持ちと、最後まで諦めずに北側のゴールに攻め続けた選手達の気持ちが、一体となっていた、ということ……なんだろう。
でも、私は、もっと良い雰囲気を作ることができたはずなのにと、思わずにはいられなかった。
気持ち悪いのは私だ。
メシウマとは
メシウマは「2ちゃんねる」などで使われる、他人の不幸に関するニュースに対し用いられるインターネットスラングである。「他人の不幸で今日も飯がうまい」の略称で、「(他)人の不幸は蜜の味」や「幸災楽禍」(春秋左氏伝)等とほぼ同義である。
このメシウマという感覚、通常は、有名人のやっちゃった系ニュースとかでざまぁwwって感じで使われていたんだけど、
最近、この感覚を正義という名の下に甘受している人が多すぎる。そして、それをし続けるとやばい。絶対に精神的に腐った人間に墜ちていく。
つまりあれだ。最近バカ発見器として名高いtwitterを使って、カンニングだの飲酒運転だのの発言を元に、
イイオトナたちがよってたかって祭り上げ、通報し、大学に連絡し、一人の人間を陥れる。
これを、「犯罪」の名の下に行うから、批判してる側も傍観してあきれてる人間も、
全員正義の側だから、安心して批判できる。安心して見下せる。安心して、他人の不幸で飯が食えるのだ。
芸能人のゴシップに夢中になる主婦をバカにする人たちも、このちょっとした正義っていう後ろ盾があると一転。
もう井戸端会議で済むおばちゃんなんぞ比較にならないくらい、残酷な手口で相手を陥れ、それでいて
正義面して良いことやった、みたいな感じの気分で、他人の不幸を愉しむという感覚。
これはかなりヤバい。どう考えても、精神的を濁らせ、腐らせていくとしか思えない。
いくら法律とか道徳とか正義とかを盾にして炎上に乗っかる自分自身を肯定したとしても、
心の底では分かってるはずなのだ。「他人の不幸、気持ちいい」と。
芸能人のゴシップは、自分自身は単なる観客だからまだかわいいほうだ。
そして、大人数だから罪悪感がない。それどころか、正義だと思っている。
そういう炎上記事を「はぁーあ、まったく近頃の学生はがくしゅうしねぇなぁw」
つって読む。
読むたびに、きっと、重要な何かが腐敗していっている。
近所のうるさいおばちゃんと変わらない腐臭が漂いはじめている。
近頃の若者は、っていう、加齢臭ひどいおっさんに近づいている。
ネット上の祭りに参加すればするほど、実際の自分という人間は、
どんどん本当のお祭りから遠ざかっていく。寂しくひからびていく。
それを無自覚にやってるから怖い。
togetterがchromeが固まるくらい重いのと、書いてある内容に同意できてもエタ東となる4時の組み合わせは負けた気分になるので、自分用に。
最初に書いておくと、これはpixiv擁護ではない。というより、擁護できる部分は特にない。
pixivを潰したがっている人たちというのがいて、連日火をつけようと頑張っている。
大体想像できる動機はこんなところ。
ほぼメンツは固定しているので、毎度の騒動で発生源となっているtogetterまとめを網羅的に眺めると、誰が火をつけようとしているのか分かりやすい。
はてブでいうとb:id:sa_tie、b:id:katsura_1、b:id:tailtame辺りが該当。彼らを駆り立てているものは一体何なのか。(なお、エタ東も方向性が違うだけで同類にカテゴライズしている)
もっとも動機が不純だからといって、成すことが正しければ良い結果をもたらすこともあるし、独善が「悪事」としか呼べない暴走を引き起こすこともある。評価は人による。
pixivの新規登録画面は極めてシンプルで、pixiv idの用途については特に記されていない。(※要改善)
登録するとユーザーにはユニークな数字のidが付与されるので、pixiv idはログイン用のみだと考えている人は少なからずいるようだ。
実際にはpixiv id名でディレクトリが作られるほか、スタックフィード(活動履歴)のid、アカウントを共用するpixivブログや、姉妹サイトdrawr(flashで手書きできるサイト)のidとして利用されている。
pixiv idを外部から見られないものとして、個人名を使うなどする人もいて、問題となったことは過去に数度ある。id変更の機能追加をするという話もあったが今のところは実現していない。
今回の騒動の発端となったのはこのpixiv idが画像の絶対パスから参照可能だ、という最初期から判明していたことをid漏洩だと騒ぎ立てたことから始まる。
「idは漏洩したわけではなく、最初期からこのような仕様で、スタックフィードなどからidを参照することは可能だ」と判明したことで、祭りは次段階に移る。
「パスワード総当り攻撃に対する対処がない、悪意あるユーザーがブルートフォース攻撃を仕掛ければ突破されてしまう」と騒ぎ立てた。この辺りからただの言いがかりレベル。
確かに現在のPCスペックの技術の向上は目覚しく、家庭用でもハイスペックなPCがあれば簡単なパスワードであれば数分~数十分で破ることもできるとされる。
が、それはメモリ内で高速に試行できるローカル環境上の話であって、web上のパスワード認証に対して必要とする時間は全く別物という視点が抜け落ちていて、とても現実的ではない。
例えローカル上で10万回/秒でログイン試行できるPCでも、web上のパスワード認証に対しては通信とサーバーレスポンスがボトルネックとなって100回/秒程度のパフォーマンスしか発揮できないと思う。
並列で大量にリクエストを殺到させればサーバーが落ちるだけだし、そもそも膨大なオーダーのログイン攻撃が仕掛けられれば、突破するより前にファイヤーウォールが異常を関知するか、サーバー管理者が気付く。
そもそもイラストコミュニティサイトに対して逮捕されるリスクを犯して潜入したところで、成りすまして暴言コメントを書いたり個人情報を抜く程度で、不正アクセスのリスクにリターンが見合っていないわけで…。
大手ポータルサイトや銀行、携帯キャリア、有料ポイントを運用するネトゲなどであればそれなりに堅牢なログイン構造にすると思うけど、お絵描きコミュニティにパスロックがないというのが即叩き材料になるとは思えないが。
もちろんパスロック自体はないよりはあった方が安心できるのは間違いない。でもセキュリティ専門の人ならまずhttpsでログインできないことを指摘するよね。
admin.pixiv.net他に接続するとグローバルIPからでもログイン認証が出てくるというもの。発覚してから1時間程度はアクセスが可能だった。
あくまでログイン認証画面が出てくるだけで、ID/パスワードが判明したわけでもなく、webのログイン認証に対するブルートフォースは非現実的なのは変わらないが、「クラックされた」「ロジックボムが爆発する」など大騒ぎする。
更に尾ひれが付いて「adminツールが流出した」「バックドアが仕掛けられた」「ログインにキーロガーが仕掛けられている」「アクセスするとウイルスを仕込まれる可能性がある」「今すぐ退会せよ」など騒がれる。
普通に考えれば、そこまで大事になっているのであればサーバーを落とすわけで、実害はないのだろうな、と思うわけだけど「既にハッカーに乗っ取られていて、運営は手も出せないのでは」とまで言い出す人まで。
アイマス2に男キャラが追加されたのをきっかけに「可能性を生み出しただけでアウトなんだよ!」とネガキャンしまくっていた人たちを思い出す。
「セキュリティ問題とギャルゲーを同一視するのは間違いだ」という指摘は正しいけれど、ハッカー映画に影響された「俺の脳内のセキュリティ問題」なんてゲームの世界と大差ない。
admin.ads.pixiv.orgに接続すると「It workssl!」と表示されるもの。これがapacheのデフォルト表示「It works!」と異なることから、「ハッカーに書き換えられた、侵入の痕跡だ」と大騒ぎする。
ads.pixiv.orgは広告関連のサーバーのようで、万が一侵入されていても個人情報が流出する可能性は低いのだけど、「個人情報がマニアに売られている」「カード情報も抜かれている」と騒がれる。
実際にはカード情報は決済代行会社が保存しているようで、アカウントに不正アクセスで潜入しても見られるのはカード末尾4桁のみ。
「IDが漏洩した」という新たな材料で騒ごうとしたものの、実は既出の仕様だったためにパスワード総当りの「可能性」によるセキュリティ問題に切り替える。
そこから管理者ページが外部から閲覧できたことを、管理者権限が奪われた「可能性」があると話を大きくし、どうも全体の根拠が怪しいと分かると「何も言わないpixivは不誠実だ」と批判する。
ここまでサンドバックになってて何も発言せずパスロックを実装するpixivはある意味凄いが、それが付け入る隙をネチネチと探すネットの暇人クレーマーたちの加虐心をくすぐって余計な火種を生んでいることにいつ気が付くのか。
追記:セキュリティ関連については悪意を持ったユーザーに狙われる可能性があることから、表に告知を出さないというのがpixivのポリシーらしく、直接メールで問い合わせれば返事は受け取れるそうです。
不安な方はデマかもしれない情報を無責任に広める前に、直接運営に問い合わせましょう。もちろんパスワードを変えるなど自衛も重要です。
『容赦なき水の戦い、舞台は真夏のサンクトペテルブルグ - GIGAZINE』
http://gigazine.net/news/20110808_water_battle_in_st_petersburg/
はてブで上のページがホッテントリされて、タイトル前半の『容赦なき水の戦い』しか頭に入っていない状態で、
「世界には水源を巡って部族同士が争っていると言われているが、またその手の紛争か」と早とちりしてリンクをクリック。
するとそのページには、都会の真ん中でバケツやペットボトル、水鉄砲などを使い、水をぶっかけ合うお祭りの様子が書かれていた。
そしてページを改めて見て、
「世界にはこの水のために殺し合いまでする人たちがいる一方で、遊びで水をこのように扱う人たちがいる」
「世界の水問題が解決するまでこんな祭りはするべきではない」などという主張は馬鹿げてる。
東日本大震災の後に見られた過度の自粛は、経済を停滞させることも分かっている。
だが、どうしても、自分の中にモヤモヤするものが残ってしまう。
それもこれも、リンク先のタイトルをよく確認せずに勝手に妄想してクリックした自分が悪い。
自業自得だ。
注:加筆修正しました
最近商業BL作品ばっかり読んでるから、たまにはネットで同人作品も読もうかなと思い立って、某ジャンルのサーチから二次創作サイト巡りをしていたときのこと。リンクを辿っていった先に、管理人が韓国人であることを明記しているBL小説サイトがあった。日本語ネイティブじゃないとこれはムリだろと思わせる豊かな語彙の小説や日記・掲示板の内容から判断するに留学生やニューカマーなどではなくて、日本で生まれ育った在日韓国人の方であるようだった。
なんかね、これちょっとびっくりしたんですよ。在日の人もBL書くんだなぁって。
いや、こんなにもアニメや漫画の氾濫する日本社会で生きている以上、日本人だろうが外国人だろうがオタク趣味に染まる人は染まるのが当然だろうし、中にはヤオイや二次創作に興味を持って腐女子や腐男子になる在日コリアンがいるってのも理性では理解しているんだけど。実際目にしてみると、なんかこう、感慨深いものがありましてね。
そうかー、在日のBL好きってのもやっぱりいるもんなんだなー、っていうか他にもいるけど明かしてないんだろうなー、としみじみしてたんですが、途中でふと思い出した。あれ、ちょっと待てよ?よく考えてみれば、数少ないながら今までにも在日韓国人が登場するBLがあったりするし、在日朝鮮人のBL作家というのもいたりするんじゃないの?そういえば私、そういうの読んだことあったような……、と。
というわけで、今回はBLと在日と私というテーマで今まで読んだ作品を振り返ってみようと思う。長いよー。私が以下で言及している作品には18禁のものもありますのでお気をつけください。
倉科るりというペンネームで、商業誌からBLを出版している小説家がいる。正確にはいた、と言うべきかもしれない。著作の中には絶版になっているものも多く、また1996年の『王様の夏休み』を最後に10年以上発刊はしていないようだから。公式サイトにも「倉科るりの商業活動は諸々の事情から不可能だと思います。時間がないのです。」と書いてあるので、今後も商業誌でBL作品を発表する可能性は限りなく低いと思う。
けれど、在日とBLというテーマを語るなら、彼女を外すことはできない。
実はこの作家さんは、コバルト文庫で金蓮花という名義で少女小説も書いている。むしろ金蓮花(きんれんか)というペンネームの方が世間的には通りがいいだろう。私も残念ながら倉科るり名義の本は読んだことがないけれど、金蓮花名義の本は小中学生の頃にわりと読んでいる。『銀葉亭茶話』、『水の都の物語』、『月の系譜』は何度も読み返すくらい好きだった。私が金蓮花=倉科るりというのを知ったのは大学生になってからだったけれど、BL読者やコバルト読者には結構有名な情報だったようで、ネットで検索するとペンネームを使い分けるようになった経緯や、その他もろもろの噂が出てくる。それらの噂がどこまで本当かわからないのでここでは紹介しない。
さて、金蓮花は1962年生まれの在日朝鮮人3世である。東京に生まれ育ち、大学も都内の小平市にある朝鮮大学師範教育学部美術科を卒業した。作家デビューは1994年、『銀葉亭茶話-金剛山綺譚-』で集英社の第23回コバルト・ノベル大賞を受賞したのがきっかけだった。この『銀葉亭茶話』シリーズは、朝鮮半島を舞台に仙人や精霊、竜や虎、人間たちが織り成す恋愛を描いた朝鮮風ファンタジー小説で、仙境にある一軒の茶屋銀葉亭にさまざまな客が訪れ、店主の李月流(り・うぉるりゅ)に身の上話を打ち明ける、という趣向になっている。
『金剛山綺譚』の金剛山は、もちろん朝鮮半島に実在する景勝地金剛山をさす。韓国人や外国人が北朝鮮国内の金剛山観光地区に観光をしに行くニュースを見たことのある人は多いはずだ。『銀葉亭茶話』シリーズの物語に登場する実在の固有名詞は地名だけではない。例えば『蕾姫綺譚』では重要なキャラクターとして李氏朝鮮建国の王李成桂が登場するし、『舞姫打鈴』のヒーローは新羅の英雄金庚信である。
ところで、学校で歴史を習う前に本シリーズを読んだ影響で、私は現在でも「新羅」という単語を見ると反射的に「しらぎ」ではなく「しるら」と読んでしまうし、「李成桂」を見ると「りせいけい」ではなく「りそんげ」と読んでしまう。私にとって、このシリーズこそが生まれて初めて触れた‘朝鮮文化’なのだった。馬鹿な子供だったので現役読者だった小学生の頃は朝鮮半島というのがどこにあるのか知らなかったし(私は当時本気で外国=アメリカであり、世界には日本とアメリカの二国しかないのだと思っていた)、儒教文化だとか在日朝鮮人だとかさっぱり理解できない上に興味もなかったので読み飛ばしていたけれど、雪華(そら)や明蘭(みょんらん)という美しい漢字と不思議な響きの名前、美味しそうなチヂミ、ふわりとチョゴリを広げて鞦韆をこぐ明朗な少女、霊山の天辺に位置する天池(ちょんじ)の聖水……どこか好奇心を刺激する異国のイメージの数々を私は大いに楽しんだのだった。特に金剛山の壮大な瀑布や峰々が鮮やかに染まる絢爛豪華な秋の描写などは、幼心にうっとりするような綺麗な文章だなぁとドキドキしながら読んでいた。金蓮花という作家のおかげで、私は隣国と幸福な出会い方をしたのではないかと思っている。そういう意味で、『銀葉亭茶話』は私にとって印象深いお話なのだった。
金蓮花自身にとっても、作家として第一歩を踏み出したシリーズであると同時に、祖国を舞台にしたロマンスであることを考えれば、『銀葉亭茶話』はやはり特別思い入れの深い作品なんじゃないだろうか。
彼女の著作のあとがきでは、自らのルーツを意識した話題が多い。北朝鮮に観光に行って金剛山の絶景に感動した話、伯母が北朝鮮に帰国した話、親戚が日本と北朝鮮と中国に住んでいるという話、子どもたちの通う朝鮮学校のお祭りのためPTAとして準備に奔走する話など。
そんな彼女がBL小説を書くときは、金蓮花ではなく倉科るりというペンネームを用いた。倉科るり名義の本では特に朝鮮半島と関連のある物語を書いたりはしていないようだ。少女小説のコバルト作家としての自分とをきっちり分けたかったのかもしれないし、儒教を尊ぶ在日コミュニティの価値観からするとさすがにBLを在日朝鮮人と明かしている金蓮花名義で出すのは難しかったのかもしれない。少女小説家としてデビューする際も家族からかなり強硬に反対されたと聞く。少女小説を書いているのがバレて家族会議で土下座までしたそうな。ましてやBLをや。
まぁ、BLを書くときと少女小説やラノベや一般漫画を書くときでペンネームを変えるのはbassoや秋月こお、榎田尤利もやっていることで、金蓮花に限った話ではないけれど、少女小説では在日ネタをふんだんに出していた人がBLではそれを一切出さないというのも興味深い話ではある。
ちなみに金蓮花名義の本に一切男性同士の恋愛や性愛が出てこないか、というとそういうわけでもない。
ここでちょっと萌え語りをさせてもらうと、『銀葉亭茶話』シリーズで私が一番好きなキャラクターは長白君(ちゃんべつくん)だった。彼は、朝鮮半島の付け根、北朝鮮と中国の国境にまたがる山(朝鮮語では白頭山、中国語では長白山)の守護仙人(精霊だったかもしれない)で、シリーズ通してのキーパーソンである李氏(注:男性)に想いを寄せている男性である。李氏に冷たく拒絶されたり、周囲の神仙たちに揶揄されたりしつつも、変わらず李氏に暖かい真心を捧げ続けている好漢なのだ。李氏には他に想い人がいるのでまず間違いなく長白君の恋が成就することはないのだろうが、私は彼の男らしい包容力にときめいたのでぜひ幸せになってもらいたいと思っている。別に相手は李氏じゃなくてもいいから。というか長白君には楓英とか緋鯉の精みたいな豪胆で誠実な男性とか似合うと思うんだよね。
studio may-beを結成して仕事をしている高城響と鷹匠早紀は、BLゲームや乙女ゲームのシナリオライターとして活動している他に、連名でBL小説を書いて出版したり、漫画の原作をしたりしている。音楽業界を舞台にしたBL小説『たぶん、きみが好き』『いつか、翼を広げて』『きっと、空も飛べる』という3冊がマイクロマガジン社から発行されたのは2004年のことだった。この3作は天才指揮者と男性アイドルのカップルを描いたお話なのだが、実は高城響と鷹匠早紀がやっているサイトに長年連載していた大長編小説『KT』を手直しして発表したものだという。
そのサイトの大長編(まだ完結していないらしい)には、脇役として若手の指揮者同士のカップルが登場する。彼らを主人公にした話もサイトには掲載されており、出会いと恋人になるまでを描く『'O sole mio』、体の関係を持つまでに至る続編『hard day's night』、いちゃいちゃらぶらぶしてる『jealous guy』などがある。珍しいことにこのカップルの攻めは在日コリアンである。
『'O sole mio』と『jealous guy』では、攻めが在日であることはストーリーの主軸にはほとんど絡んでこない。民族が違うということよりも同じ夢を抱く音楽家同士であることの方が、この物語の中では圧倒的に比重が大きいのだ。
しかし、『hard day's night』の中ではそれらしいエピソードが挿入されている。演奏会の予定が突如キャンセルされてしまった攻め。晴れがましい仕事を一つ失った原因を、受けに問われた攻めはしぶしぶこう語るのだった。「オレ、在日やん」。BLで、差別に直面する在日の姿が描かれているのは大変珍しい。そもそも在日としてのアイデンティティを持ったキャラクターが登場するBL自体ほとんど見かけないんだけどね。
ところで、この物語の攻めは、大阪出身で関西弁を喋る陽気な男性だ。大らかで人懐っこい。阪神タイガースファン。長身、ガタイが良くて、美男子ではないけれど、受けから見れば十分に魅力的な容貌をしている。そして新進気鋭の指揮者である。実際、読んでいて、彼は魅力的な人物として描かれているように思った。なんとなく関東生まれ関東育ちな自分からすると良い意味で典型的な関西人という印象を受けた。
神経質で繊細、あまり感情表現が得意ではない日本人の受けは、自分と正反対の気質の攻めに惹かれていく。自分にないものを持っている相手を反発心を抱きながらも愛してしまうパターンというのはわりと恋愛物の王道だが、受けが攻めの才能に嫉妬をして苦悩したり、振り切ってもついてくる攻めに苛立ったり、励まされたりと感情をぶつけ合ううちに自分の恋心を認めざるを得ない展開になるというのは微笑ましくて良かった。
BL小説家、檜原まり子の作品の一つに『マリンブルーは密やかに』という小説がある。2008年、講談社X文庫ホワイトハートから発行された。舞台はアジア・オセアニアクルーズ中の豪華客船。そこに乗り込んだ保険会社から委託を受けた調査員の受けと、元自衛官の攻めのラブストーリーだ。
正直なところ、この物語の一番興味深いところは、ストーリーなどよりも受けの両親だと思う。
受けの母親は日本人の医師だった。そして父親は在日韓国人の寿司職人。両親が渡米して、一家がカリフォルニアにいたとき受けは生まれた。医師免許が認められなかった母親は畑違いの仕事をして受けを育ててくれたらしい。後に離婚したようだが、受けの両親の話こそ読んでみたいと思った。寿司職人と女医さん夫婦米国滞在記なんていろいろ波乱万丈なドラマがあって面白そうじゃん。
というわけで、本作の受けは間違いなく在日韓国人の血をひいているのだが、特に在日とか韓国に関するエピソードは出てこない。受けが韓国語を喋ったりキムチを食べるシーンがあるわけでもない。彼が民族的なコミュニティや朝鮮半島に思いを巡らすシーンがあるわけでもない。冒頭、地の文でさらりと受けの生い立ちが説明されているだけで、その後はとくに彼が韓国系であることには触れないまま物語は終わるのだ。
なら別に受けが在日の血を引くキャラクターである意味ってないのでは?と思わないでもないけれど、まぁ深い意味がなきゃ在日がBLに出てはいけないってこともないし、これはこれでいいのかもしれない。なんと言ってもこの作品の舞台はいろいろな国籍のクルーが働く豪華客船なのだから。南太平洋を悠々と航海する船上のキャラクターにちょっとしたマージナルな要素を付与したいと作者が思うのもわかる気がする。船長の喜屋武も、受けと同様にマージナルな人物である。米軍勤務の軍人を父に持つ沖縄出身の男性で、金髪碧眼という日本人離れした容姿だが自らを日本人だと主張する。とても珍しい韓国系の受けや、沖縄と米軍というデリケートなバックグラウンドを持つキャラクターが登場するという点において、このお話はなかなか印象深かった。
『うつしみの花』は、幻冬舎リンクスロマンスから2008年に出版された全2巻のBL漫画である。作者はタカヒサ亨。舞台は飛鳥時代の日本で、有名どころでは葛城皇子(中大兄皇子)、皇極天皇、間人皇女などが登場する歴史ロマンBLである。ちなみに中大兄皇子と受けがキスする場面もあったりする。
主人公(受け)は、百済からの渡来人で金工職人である実父を持つ美少年。攻めは、受けの父親の弟弟子で、乃楽山(ならやま)の麓に住む百済系渡来人であり以前は都随一と呼ばれた腕を持つ金工職人だった。受けが攻めの弟子となるので職人師弟ものBLであると同時に、渡来人と渡来人の子孫が出会って恋に落ちる物語なのである。
職人の村で修行をする受けは、師匠であり恋人である攻め以外の渡来系の職人たちとも交流を持つようになり、技術を磨いていく。いつか攻めの故郷である百済に帰還することを夢見るようになるし、自分たちの存在は発展させ続けていく技術に拠って立つのだという強い自負心を持つに至る。彼らのアイデンティティは明確に百済系渡来人であることにあり、ヤマトにはないんだなーと読んでいて思った。
日本が舞台なのにあえて渡来人のカップルを描くなんて随分通好み(?)だなと思う。こういうのは珍しくて面白い試みだ。同時に、ちょっと私の中の日本人としての感覚が一抹の寂しさというか疎外感を感じなくもなかったような……。この記事のテーマである在日と古代日本の渡来人はちょっと違う存在なのでこの作品には簡単に触れるだけにとどめるけれど、思いがけずヤオイを読んでいて自らのナショナリズムが浮上したという点で本作は印象深い作品だった。私が気にしすぎなだけだけなんだろうけれどさ。
もちろん、健気で頑張り屋な受けとクールで格好良い攻めは萌えたし楽しめた。
ところで、作者のタカヒサ亨は、角髪(みずら)に萌えてこのお話を描いたらしい。わかるわー私もみずら萌えです。特に青年の下げみずら姿は可愛くて良い。不評でなかなか描かせてもらえなかったとのことだが、残念だ。もっと見たかったよー。
ハテブやツイッター、増田2ちゃんねるでコメント下さった方ありがとう。せっかくだし嬉しかったので、いくつかのコメントにお返事します。
恐縮です。ありがとう。
自分のブログではこういう記事を出したことがないのでうまく書けるかわからなかったし、書いたとしてもこの記事だけ場違い感がぷんぷんして浮き上がってしまうだろうと考え増田にしました。悲しいことですが、BLも在日も荒れやすい話題ですから。
私は金蓮花の初期の作品が好きでここ7~8年の著作は読んでないのですが、作品だけじゃなくて作家自身も本当に興味深いなと思ってその動向は注目しています。ラノベ界でも稀な在日外国人であることを明かしている作家さんですよね。まして日本と関係が良好でない国を祖国に持つ人ですから、日本社会で生きる彼女自身、悲しみや自負心を含め複雑な感情はあったんじゃないかなと想像しています。日朝首脳会談が開かれ拉致問題が発覚した2002年、この年に発売された『伽椰琴打鈴』を最後に、彼女の著作の中で一番‘朝鮮’を押し出している銀葉亭茶話シリーズが発行されていないというのは、偶然かもしれないけれどなんとなく象徴的に見えたり……。
確かに文化が違う、価値観や倫理観が異なっている、と強く感じる点はいくつかありましたね。面白いなと好ましく思う相違もあれば、モヤモヤする思いを抱える相違もありました。私の場合、女性の描かれ方や女性の置かれた立場というのが結構気になりました。『蝶々姫綺譚』で、女性が子を成さずに死ぬのは罪である、罰として死後の世界で償わなければならないという設定には、儒教をベースにしたファンタジーだとこうなっちゃうのか、とびっくりしたなぁ。日本や日本よりフェミニズムの強い欧米発のファンタジーじゃそういう設定ってないでしょう。まぁ、当時の価値観を反映させた設定であることが良いという考えもあるとは思いますが、現代女性としてはファンタジーとはいえその世界の女性は生き辛そうだなという感じたのも事実でした。
ネットで読める作品もるし書店や図書館に置いてある作品もあります。個人的に、興味や関心の度合いが在日>BLという人よりは、BL>在日の人の方が楽しめるとは思いますが。
全然関係ないけど、最近アメリカのスラッシュが翻訳されて日本の書店の店頭に並び始めましたよね。日本語で海外スラッシュが読める日が来ようとは思わなかった。嬉しい。
皆さんがどなたをイメージしているのか興味あるなー。私は弱小ブログを書いてますが、Twitterはやっていないんですよ。
韓国人は日本人よりも情熱的、確かにそういうイメージありますよね。こんな記事書いといて言うのもなんですが、家族友人知人に韓国人や在日の人っていないんで実際そうなのかはよく知らないけれど。
確かに作品が面白ければ作家は関係ないというのは仰る通り。私も普段は書き手には興味がないんですが、今回は冒頭で書いた某サイトにはなんだか妙に感慨深くなってしまいまして。
創作の中のマイノリティ、本当に興味深いですよね。読み専なので創作の苦しみは知らないのですが、創作物にマイノリティを登場させる際書き手さんはやっぱり慎重になるんだろうなぁ。セクシュアル・マイノリティが登場するBLは殊にそういう姿勢を求められているジャンルですし。常に政治的に正しいお行儀のよいBLである必要はないと思うけれど、読者が引くような差別的な描写が垂れ流しにされてるBLは読みたくないと思います。私はまだガチでがっつり民族問題を盛り込んだBLというのは読んだことがありません。今後もそんな作品は出ないんじゃないかなと思うし、たとえ出版されたとしても読みたいとは思わないかも、と考えています。娯楽作品には悲惨な差別とか貧困とかの要素は求めていない性質で、どちらかというとイチャイチャ、ドキドキ、ワクワク、エロエロ、アマアマ、ラブラブって感じのノリの方が好きなんですよ。なのでフレーバー的な登場のさせ方や特筆されるような描写がなくても私はOKなんですが、作家がまったくその問題の背景に無知ではキャラクターの魅力的な属性にはできないわけですしね。作家は10調べたことのうち1を書く(100調べたことのうち1を書く、だったかもしれない)と聞いたことがあります。BLを愛する者の一人として、そういうBL作家さんが今まで以上にたくさん出てくれるといいなぁと願っています。
私の両親は二人とも新興宗教を信じている。
父の家系は私の祖父の代から奈良県の某市に拠点を置く某宗教を信じていて、父の兄は祖父の跡を継ぎ、その土地の地区会長?みたいなものをしている。父の兄の子供たち(つまり私のいとこ)も、その宗教の学校に進学した。しかし、父はそこまで信仰心が厚いわけではなく、実家に帰省した際に“おつとめ”に参加するくらいで家では何もしなかったし、私に某宗教のあれこれを説くわけでもなかった。
私が怖いと思うのは、母だ。いや、正確には母が信じるものだ。
母の家系は私の祖母の代から、ネット上でもたびたび話題になる創のつく某宗教を厚く、暑く信心している。母は毎朝、仏壇に向かってお題目を読み上げ、地区ごとに開かれる会合に必ず参加し、選挙前には友人知人に電話をかけ、とある党への投票を薦めている。
そんな母の元で育った私は、小さいころからごくごく自然にその光景を目の当たりにし、母と同じようにそれらに参加していた。
母は私に、周りの友達がみんなが楽しみにしている神社のお祭りへの参加を禁じた。地元の神社へ初詣に行くのを嫌がった。“おそなえ物”を食べたい時は必ずお題目を読み上げさせた。
幼い私は「どうしてなんだろう」と思いつつも、素直に母の指示に従った。
母のことが心の底から大好きだったから。母が嫌がることはしたくなかった。
母が嬉しくなることは進んでしてあげたかった。
しかし、中学生になる頃から“母が信じるもの”の正体がよくわからず、だんだんと怖いと思うようになった。兄に自分が信じる宗教を拒絶された母は、以前にも増してその道へ私を引き込もうとした。
私が悩むたびに、壁にぶつかるたびに、不満を漏らすたびに、自分が信じるものの素晴らしさを語ってきた。
反抗期というのもあったと思うが、単純にその話をすると目の色が変わる母が怖くなり、反発し拒絶するようになった。
「私は宗教が嫌い。何かを信じるのは素晴らしいと思うけど、それにすがっていくのは嫌だ。お母さんが何を信じようがお母さんの自由だけど、私には強要しないで」
何度この言葉を繰り返しただろう。母親はあの手この手で宗教を勧めてきて、私はひらすらそれを拒否し続けた。そのやりとりは、私が家を出て遠い街で暮らし始めても続いた。つい1年ほど前まで稀に、しかし一度その話になると激しい言い合いになるほど繰り返された。
1年ほど前、同居人と住んでいる家にその宗教を信じる女性2人が、某新聞の購読を勧めにやってきた。普段は奥さんとして、母として親しまれているであろう女性たちになぜこの家を訪ねたのかを聞くと「あなたのお母さんに聞いて」と応えた。
その言葉を聞いた瞬間、大好きな母に拳を振り上げたいほどの苛立ちを覚えた。冷たい言葉で女性たちをあしらい、すぐさま母に電話をかけて荒々しい言葉をぶつけた。
「今の家にはまったく関係のない人も住んでいるのに、私に断りなく住所まで教えて!その人が対応したらどうするつもりだったの!もういい加減にして、私はお母さんの信じるものを信じるつもりは全くない!もう二度とこんなことしないで!」
それ以降、母は私に何も言わなくなった。
これまでの経緯をみると誤解されるかもしれないが、私は母も父も大好きだ。兄も含めとても仲のいい家族だと思うし、なんでも包み隠さず家族に話してきた。今までもこれからもこれからだって母は私の尊敬する人の一人だ。
友達を家に連れていった時にあの仏壇と毎朝お題目を読み上げる母の姿を見たらどう思うだろう。
将来、愛する人と連れ添った時に、母があの宗教を勧めたらどうすればいいのだろう。
そもそも、母の信じるものに不快感を覚えたらどうすればいいのだろう。
母が何を信じようが、別にかまわない。
詐欺にあっているわけでも、全財産をふんだくられているわけでもない。
母の人生だ。自由にすればいいと思う。
これはネットの力が大きいと思われる。
代表的なのが
”「ドラエもん」でしずかちゃんのシャワーシーン”
過剰な表現規制に対する反応だ。
当初こそこれは分かりやすい、ショッキングな例だっただろう。
だが、都側はこれに対して冷静に「青少年の環境の整備」を主張してきた。
常識的な感覚ならば、条例の目的がこうした過剰な例を目的とする物ではない事は
あまりに明らかだ。
本来は、もっとグレーゾーンの作品を例として出す検証作業に移行すべきだったのだが、そうした議論は積極的に行われなかった。
(”性的感情を刺激し、残虐性を助長し、又は自殺若しくは犯罪を誘発”に対し
作品の性質上、ある程度のリアリティを持って描写、表現する事が必要な作品とそうではない作品)
また、このドラエもんの例を今だに取り上げる輩は後を絶たず、
当初こそショッキングだった例も都側の対応姿勢を充分に聞く期間を経て
「下らない極論をいつまでも挙げるしか反対の理由を持たない」代表となってしまった。
くり返す輩が後を絶たない事で、反対派の主張は議論に値する内容ではない、という印象を裏付ける結果をもたらしたのだ。
・「非実在青少年」の削除
2月の提出案に尤も大きく反対されたのは
被害を受ける存在など実際には居ない、という事だった。
被害も存在しない、という論だ。
今だにBLを代表に被害者も犯罪者も存在しない、という論を持ち出す人間が後を絶たない。
都側は既にそれは焦点ではない事を明確にしているにも関わらず
規制反対理由としてあげる声が残った。
これは反対派の反対理由が2月の提出案から全く進歩していないことの裏づけでもある。
こうした声の繰り返しは、反対派は規制の本質(目的)を正確に捉えていない、とみなされる結果となった。
自分が振りかざした武器のダメージがまさしく自分に返ってきた例である。
今回の規制は、既存の法律でも禁止されている部分を補完する物である。
逆に言うならば、これまでの規制でも充分にグレーゾーンの作品、雑誌も存在したという事だ。
青少年への購読・購買に自助努力をする時間は充分にあったのだ。
2月の提出案の反対の声を反映し、一般社会の興味も格段に上がった。
これまで漫画に興味のなかった層も
と目を向けるようになったのだ。
当然そうなると、前例の「ドラエもん」や「BL」の反対論のような
全体から見た場合に、問題がある雑誌、作品がごく一部だったとしても
取り上げられる問題のある雑誌、作品が極端に目立ち、認識されるのだ。
戦略としては、こうした世間の目に対して、出版社側は過度な守りの姿勢をアピールとして用いるべきだった。
特に目立つセックス描写の多い、有害図書認定されるような作品、雑誌のハードルを上げ
あるいは18禁という明記を行うなど、販売・購入時の防止策を用意しつつ
同時に、年齢規制を行うべきではないが、グレーゾーンの表現が必要な作品とは違う、とするアピールだ。
一部の成人向け同様の作品を載せた青年誌であり
自分達が読みたい作品、雑誌を奪うな、という利己的な購買層に主張であり
あまりに利己的な自己都合の主張はマイナスイメージの植え付けにしかならなかった。
これらによって一部の「規制の目的に該当しない作品である」という冷静な分析・主張が覆い隠され
「販売・購読したいから規制に反対である」という反対派の構図が出来上がってしまった。
「販売の規制対象にする事で表現を守りたい」という意見などもあったが
それを急に大きくあげつらうこと自体が、”ヲタク”というカテゴリの人々が
また、目的を踏まえた上で条例の内容の是非を論議するのではなく
そうした個人の姿勢を大きく上げる行動こそが、確たる反論が尽きた場合に行われる行為だ。
大雑把に分けたが、これらの行為で反対派は2月から、
長く条例を賛成に導く手助けをしてきた事になる。
おそらく2月当初は反対だった一般の人間が賛成に回った理由も
こうした反対派の行動が原因だろう。
都知事の問題行動があってて尚、都側の完全な勝利だ。
こうした敗因に加担した反対派には、本当に必要な表現の自由の為に
表現の自由の息の根を止めようとしているのは誰なのかを。
理由は4つある。
もうそれだけでどーしようもなくマイナーで、馬鹿みたいにちっぽけな話だ。誰も話なんか聞かない。
ところ変わって宮城県は気仙沼。「かつおフォーラムin気仙沼」が11月28日に開催された。
気仙沼港のカツオの水揚げ量って昨年比で半減してんだよ。で、外国の巻き網漁船を規制するように国に求めてる。
で、知ってた?
日本の文化としては大和朝廷からスタートして、鰹節は言うに及ばず、初鰹なんて小学生でも俳句で知ってる。
エロ漫画が規制される?いやー、日本のカツオを守るための規制ロビー活動の方がどう考えても重要度高いだろ。
とはいうものの、お上の規制(ただし東京都)とは穏やかではない。こりゃマズイのでは。
ゴルゴ13が好きで、1児のパパで、残業が多いけどそれなりに幸せに暮らしている。(北斗の拳が好きなママでも良い)
よーしパパちょっとだらだらネットで情報でも仕入れてみるぞとか(ry
そうしてググって出てくる書店で普通に買えるアレな漫画の数々。
「我が子と同じような年代の少女が(自主規制)されてる……!!」
実際には自主規制されてないというのは、ブラックジョークとしては質が悪くてどうしようもないな。
「ゴルゴとか北斗の拳がこれから読めなくなってしまうのは辛い。でも我が子のことを思えば……我慢するか」
まあ、普通はそうなるだろうな。
いや、普通という言い方は良くなかった。たしかに俺が悪かった。言い直そう。
日本が世界に誇る漫画という文化を理解せず、体制側が恣意的に運用可能な条文を読みもせず、ただ感情にまかせて判断するどうしようもない非文化的な社畜の父親であれば、愚かにもそう結論づけてしまうだろうな。
全く嘆かわしい限りだな。そう言う輩が都民有権者の大半を占めるとは!
「政治とは感情を操ることだ」と喝破したのはソノケンだが、まあそうだろうな。
といってもゾーニングとか自主規制とか窓口とか、落としどころはたくさんあるだろ?
いやね、ベトナム戦争をアメリカは結局のところ勝てなかったと言って良いと思うよ。
でもこれって悲しいけどゲリラ戦じゃなくて大義名分の戦いなのよね。
業界団体でもあれば「俺ゴルゴ読みたいけど娘も心配だから」と説明会だの決起集会だのに顔出したりするだろう。暇で情熱があれば。
ないよね。
言ってることまちまちだし。
「表現規制はお上の規制も自主規制もすれば表現が萎縮して面白くなくなるから反対だ!」
とか言われたらそりゃ親父さんは心配するだろう。
「アレやコレやソレは流石にマズイから規制、でゾーニングを徹底して」
とか言ってるのは良いけど、それ書店とか出版社に話し通してます?ああ、稟議書のフォーマットはこちらです。
ロビイストの方々が「頼むから何もしてくれるな。俺ら動くから」というのは、当たり前のことだろう。
だって仕切る人が居なくてわちゃわちゃだから、じゃあ東京都が規制するか、って話の流れなんだし。
わちゃわちゃっぷりを見せつけてどうする。モネラ界ですらS・セレビシエが仕切っただろ?
御輿が無く、集合場所が無く、各々勝手なことをすることで知られる広島のお祭り騒ぎ。毎度警察密着24時で見かけますね。
俺らがトッコー服着て夜店で買い物も出来ないってオカシクね?るせーよ迷惑とかかけてねーだろ。お祭りだろ。
とはいえ、そのへん判った上でみんな活動なさってるんでしょ?
だってヒラコーのあのコナミとかナムコとかの珍名おっぱいが出てきてクビがボーンの大同人って続き書かないの?諸君私は漫画が好きだ。
を、裏ルートで警察に怯えながら表書きには「文房具」って書いてもらって通販するとか面倒だし。
コレに関しては、どうかなあ。判ってる(人も居る)ような気もするけどなあ。
さて、話変わって同人誌の苛烈な自主規制の件、知ってる?奥付超重要とか。
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/event/2007/05/21/15765.html
いやー、国民の常識っしょ、知ってるっスよ俺らでも。みたいなことは誰も言わない。
そんなの気持ち悪いだろ。
それをコミケ準備会も虎の穴もメロンブックスも骨の髄まで理解している。
俺ら日陰者で、何時潰されるかも判らない。お上の規制はイヤだ、だからそうならないように活動します。
本当に自覚している。
その自覚が、今回東京都の表現規制条例反対と主張する人たちに、はたしてどれだけあるだろうか。
マイノリティが、マジョリティに何かを訴えかけるときに、オマエラは愚かだと言っても鼻で笑われるだろう。
社会通念を作り上げるのは普通のオッサンオバチャンであって、LO読者じゃない。
少数派は諦めろって事か!
ウィキペディアで「空気系」を調べるとあまりの罵倒しっぷりに驚いた。
しかも「けいおん!」「らき☆すた」に限定したかのような書き方。
が、「『セカイ系』では主人公とヒロインが「引き裂かれる」ことにリアリティを見出すのに対し、『空気系』は「引き裂かれることのない」日常空間にリアリティを見出すものとして対比されることもある」という記述はおもしろかった。
しかし、うーん、と思って、そしていろいろ考えた。
本来、「君と僕の関係」に「世の中の流れ」が影響を与える「大河」を逆転させた「セカイ系」。
次に進む物語類型はどんなものになるだろうか?
ハルヒのように、いろいろな構造を抽出して配置するのではオリジナリティがない。
「セカイ系」から物語性を抜いてキャラを立たせたのが「空気系」なら、その逆でキャラクターを抜いて物語だけにするとどうなるだろう。
マンガであれば登場人物は全員黒子。
黒子だけが、セカイの滅亡について語り合って命を張る。
マンガであればおもしろそう、というか芸術性がでてきそうだが、小説にするとなると難しそうだ。
純文学ならありかもしれないけど。
名づけるなら「別セカイ系」とかだろうか。
それならばもう少し時代をさかのぼって、王道の物語をひっくり返してみる。
これを逆転させるなら、勝敗が善悪を規定する「勝てば官軍」類型になる。
それぞれの正義がそれぞれの立場で戦うのではなく、「勧善懲悪」よろしく圧倒的兵力でまず勝って、その後に戦に至った説明がある、という形だろう。
逆にするならパニックが起きて災害が起きる「お祭りで将棋倒し物」だろう。
「空気系」の様相からの展開で、パニックの収拾までは描かない。
かなり刺激的な作風になりそうだ。
冒険への動機は語られるが、冒険したいから冒険しているのが実際であるため逆転が難しい。
しかし、あえて風刺するなら、冒険するまでもない動機があって、それを達成するためにちょこっと冒険するパターンだろう。
これはその実「空気系」にならざるを得ない。
そう考えるほど、「空気系」は何もないがゆえに、物語類型の頂点にたっているようにも見える。
他の類型は様々な色を見せるが「空気系」だけはまさに空気、白である。
ここんとこ用事があったり、オールするのがしんどかったりしてもう半年ぐらい行ってなかったんですわ。
大沢伸一が好きなのでそれ目当てで行ったんだけど、中田ヤスタカも回してたんですよ。
んで客層見てたら、「ヤスタカ見たくて来たんだろうなぁ、あー全然クラブとか慣れてないんだろうなぁ」っていうメンズが(女の子もだけど)結構多そうだということに気づいたので、
クラブデビューへの助けになればと思いマニュアルを書いてみました。
■マニュアルの対象■
クラブに行ってみたいけど、怖かったり、俺みたいな奴がいっても浮くだけなんだろ?って思ってる人。
クラブで踊って、見ず知らずの人と飲んで盛り上がってみたい人。
別に踊ったり、飲んだりしたくないけどクラブミュージックを楽しんでみたい人。
あわよくば素敵な出会いも欲しい人。
これは主観的な雑感なのでアテにはならないかもしれないけど、音楽のジャンルによって客層が全然異なるので、
自分にあいそうだなーって思うのとか、自分の好きなジャンルの音楽はどんな客層なんだろう、とか知っておくと後々のイベント選びに役立つと思うので軽く覚えておくと良いと思うよ。
箱(クラブ)の雰囲気にも左右されるけど。。。
・House,Electro
基本的にカジュアルな感じの人が多いよ。
女の子もギャルは少なめだし、結構芋っぽい娘もいたりする。男は地味な人から派手な人まで幅広く。
一番入りやすいジャンルだと思います。特別な思い入れがないなら、初心者にはオススメしたい。
ギャルとちょっと厳つい男が多いイメージ。男はごつい人多いよ。
ただ、基本的に暴れん坊がいたり、暴力沙汰になったりとかそんなことはまったくないんで、怖がりすぎる必要はないね。
外国人も多数。ジャンルとして大好きなら問題ないけど、そうでないなら無理して最初に選ぶ必要もないんじゃないかな。
客層的にはちょっとコアな音楽好きが多いイメージ。女の子より男の方が圧倒的に多い、とは言わないけど、やっぱり多いね。
自分の世界に入って純粋に音楽を楽しんでる人も多いから、寂しさはあんまり感じないかも。
そういう方向性の人じゃないなら、行ってみると異世界を楽しめるよ。
ここで検索したら全国のクラブイベント情報が簡単にゲットできるぜ!
クラブの場所もわかるから至れり尽くせり、かゆいところに手が届く。
あとはカフェとかクラブの前に置いてるフライヤーを見てイベントを選ぶのもオススメ。
ただ、初めて行くのだったらオススメしておきたい選び方がある。
1.金曜夜か土曜夜に開催されるイベントを選ぶ
2.出来るだけ人が多く集まる箱を選ぶ
3.月一とか隔週で開催されるイベントを選ぶ
1については、翌日が休日のイベントだと人が多く集まるから、その分イベントも大規模という理由。
2は人が多いと疎外感も少ないし、やっぱり盛り上がるから雰囲気をつかみやすい。
3はレギュラーイベントとして開催されてる=有名所が回してる=人気が高い、という理由。
1の補足をすると平日の夜にやってるイベントは(基本的に)大学生ばかりが集まり、なんというかカオスでオススメしない。
学生がDJやってたりすることも多いから、友達と集まって来てる人が多いし、選曲も謎に湘南の風とかかけちゃったりする。(バカにしてるんじゃないよ!)
そして音楽そっちのけでメルアド交換大会みたいになったりすることもあるから、個人的にはいい思い出がないねぇ。
【必須なものリスト】
・入場料+αの現金
だいたい3000~4000円で、ドリンクチケット(アルコール類と交換できる)が1枚付いてくるところが多い。
ドリンクチケットは500円~700円ぐらいで売ってます。チケット制じゃないところでも価格帯は同じ。
再入場不可のクラブが多いので途中でATMに行ったりはできないから、その辺も良く考えて。
・薄着になれる服装
じっとしてる分には厚着でも良いんだけど、踊ってるとかなり汗かくから薄着になれると便利。
というかクラブの中に入るとみんな薄着になるから、浮きたくないなら必須。
後述するけどロッカーに上着は入れておくといいよ。
・靴
当たり前に必要だろって思うかもしれないけど、言及しておくべきことがある。
夏場とか気をつけて欲しいんだけどサンダルだと入場させてくれないので注意。
・身分証
入場時にIDチェックをされるので持ってないと入れません。
・満たされたお腹
クラブの中は食事とか無理だし、持ち込みもできないので予めお腹を満たしておこう。
空きっ腹だと酒も回るし、元気もでないからね。
【あると便利なものリスト】
タスポがあれば自販機で対応できるけど欲しい銘柄がなかったりするしね!
あと、暇なときとか疲れたときはタバコ吸ってると「ポツーン」感を紛らわせられるから1mgのタバコにしておいて、
とりあえず「吸ってます」アピールできるようにしてもいいかもしれない。
・小銭
ロッカー利用時に小銭がないと崩してもらわないといけないので、300円ぐらいは小銭で持っておくと便利。
基本的に22:00~23:00ぐらいから入場可能(詳細はイベントの概要を見てね)なんだけど、あまりに人気の高いイベントだと入場制限することもあるから注意が必要。
初めて行くときは入場時間ぴったりとは言わないけど、早めに入っておくと人が少ないから場内を予習しやすい。
多分、早めに入ると「え?こんなに人少ないの?」って感じると思う。
色々見て回って、お酒でも飲むかタバコでも吹かしながら観察でもしてれば良いよ。
メインDJ(そのイベントの主役DJ)が出てくるのはイベントにもよるけど、概ね25:00ぐらいから。
その30分前ぐらいから人の入りは最高潮に達するから安心してくれ。
クラブに辿りついたら後は入場するのみ!
入場するときにはいくつかチェックされることがあるので、下記に記しておきます。
・IDチェック
未成年でも入れるクラブもあるけど、お酒を販売してるのでだいたい年齢確認されます。
・ボディーチェック
危険物を持ってきてないかチェックされるところもあります。鞄の中も見られるので、危ない物は持ってこないように。
あ、あとペットボトルのお茶とか見つかると没収されるところもあるから注意ね!
ダメなのは「サンダルとジャージ(見たことないから確証ないけど)」なのでそれさえ気をつければ通してくれるよ。
流れとしては、
入り口でセキュリティに各種チェック→別の場所で入場料支払い→ドリンクチケットや入場証の配布後に入場
って感じかな。たぶん初めてならめっちゃドキドキするし、流れもわからないと思うから前の人をチェックしとこう。
別にちょっとわかってないからって追い出されたりはしないから気にしなくて良いんだけどね。
基本的にはコインロッカーなので、不要なものは全部入れてしまおう。
鞄・上着は入れておくことをオススメする。
携帯はご自由に。財布は身につけて持っておこう。
その後はもうご自由に、って感じなんだけど、とりあえずドリンクチケットを飲み物と引換ておこう。
なんかお酒売ってるなーって感じのカウンターがあると思うので、そこでメニューを見て飲みたいものをスタッフに伝えてチケット渡せばOK!
多分、音楽がうるさくて中々メニューが伝えられないから大きめの声でね!
後はテキトーに座ってお酒でも飲みながらまったりしてもいいし、お酒持って歩きまわっても良い。
飲み終わったボトルやカップは、そのへんに放置しておけばスタッフが片付けてくれるから気にせず置いておこう。
【踊りたい!】
フロア(DJが音楽流してるところ)に行って適当にリズムとって体動かしておけばOK!
早めに入場したなら、多分ガラガラだ!心細いなら人が増えてきてからでいいよ!
自分のリズムの取り方に不安があるなら、かっこいいなーって思う人の動きを見ておけばいいよ。
それをマネしておけばまぁ問題ないでしょ。
多分盛り上がって来たころには、それはもうダイナミックに踊りまくってる人がいるから、多少変な動きしても目立たないしね。
そういう盛り上がってるところに行って、周りに合わせて踊っておけば楽しめるんじゃないかな!
外国人集団とか、もう、周り気にせず踊りまくってるし、輪に入ってみてもいいかもね。
基本的にフレンドリーだよ。
フロアの壁側とか後ろの方とかは静かに揺れながら音楽聞いてる人が多いから、君にとってのユートピアだ!
酒でも片手に軽く揺れながら気の済むまで音楽を楽しむと良いよ。
フロアの後ろの方でも良いし、フロアからでてラウンジでも良いから適当に座るか突っ立てたらOK!
基本的に休んでる人に対してクラブは無干渉だから、「ポツーン」ってしてても気にしなくていいよ。
それが嫌なら酒を飲む(フリでもいいけど)かタバコふかしてれば「俺、一息付いてるだけだから!別に寂しいわけじゃないから!!」って大義名分ができるよ!
【素敵な出会いが欲しい!】
マニュアル(9)を参照。
メインDJはおおよそ朝4:00ぐらいには撤収しちゃう。そこからはどんどん人が減っていく一方だね。
メインが終わった途端帰る層は少なからずいるから、そこを撤退の時期とみて帰っても良いよ。
そして5:00ごろにすべてのイベントが終了して、みんないそいそとおうちへ帰っていく。
その頃には朝日が出始めてる。きっとすごい眩しい。そしてクラブの熱気が朝の冷気で抜けていくのが気持ちいい。
僕はクラブから出た瞬間が非日常から日常に戻る感じで、ちょっと寂しいけどすごく好きな感覚だよ。
時間的にも始発があるだろうから、牛丼でも食べてから帰ってもいいし、直帰して眠るのも良いよ。
初めてのクラブはきっと刺激的だと思う。もしかしたらもう2度と来るかって思う人もいるかもしれない。
予想以上に疲れるしね。
だけど、さっきも書いたけどクラブは非日常って言葉が相応しいお祭りだから。
このマニュアルを読んで、「1度行ってみようかな」と思えたならば幸いです。
さてさて、綺麗にまとまったと思ったところで、クラブではどうしてもちらついてしまう出会い(男女のね)という側面に関しても説明しておきたいと思います。
まず注意点として述べておきたいのは、出会い目的と音楽目的では、クラブへ行く趣旨がまったく異なるので、出会えなかったから「クラブ=クソ」なんて考えは捨ててください。
そもそもクラブは音楽を楽しむところなので、イレギュラーな行動を取ることになるんですから、嫌な気分になっても自己責任です。
出会えないのは(自分の)運が悪い・(自分の)間が悪い・(自分の)雰囲気が悪い・自分が悪い、のどれかでしかありません。
このへんについて詳しく説明しておきます。
【運が悪い】
例えば、
などです。
事前に情報収集をしたり、なんどもクラブへ足を運べばある程度はカンで当たりの良いイベントに目星はつけられると思います。
それでも運が悪くて全然引っかからないことなんてザラなんで強いメンタルが必要です。
【間が悪い】
音楽を楽しむことを目的に来ている娘に声をかけるのに避けなければならないことはなんでしょうか?
音楽目的の人はメインDJを目当てで来ていることが多いので、時間帯としてはメインが終わったころからが狙い目となるでしょうか。
それに気付かず、しつこく声をかけたりしようものなら、音楽を楽しみに来ている人に対する最悪のアプローチになりかねません。
時間帯には気をつけましょう。
逆に言えば、メインが回しているときにフロアに行かず、ラウンジなどで休んでいる人は特別こだわりを持っていないということになりますけれど。
メインが始まる前に声をかけるというのもなしではないですが、きっとメインが始まる頃にはあなたへの興味は一気に激減するでしょう。
そこで自分もメイン目的で来たということを伝えられて、一緒にフロアに行くことが出来れば別ですがね。
【雰囲気が悪い】
フロアで女の子の近くにさりげなく行って、踊りつつ、一息ついたところを見計らって話しかけるのは常套手段です。
でもそこで全然楽しそうじゃない人とか、いかにも話しかけたいですっていうオーラが出てる人から話しかけられれば警戒されたり不信感をもたれることは間違いないでしょう。
フロアで楽しそうに踊ってる人を観察してればわかると思いますが、一緒に踊ろう!という雰囲気で話しかけているので、熱気も相まってガードが緩みがちです。
それでもクラブで話しかけてくる人なんて基本的には出会い目的だとわかってる女の子が多いのでガードは固い人が多数ですが。
楽しそうな雰囲気は大事です。
あとはめいいっぱいオシャレをして女の子にうける雰囲気を創りだすのも手だと思います。
【自分が悪い】
例えば全然ギャル男でもないのに、Tranceのイベントに行ってギャルに話しかけるとか。(結構話してくれる場合が多いですけど)
べろべろに酔っ払って半分絡んでるようなものとか。
後は、友達と来てる女の子に1人で話しかけるとか。その子も困っちゃいますよね。
その他にもジャンルの客層と自分がマッチしてないなんてこともあります。
(イベントにギャル男が1人しかいなかったら違和感ありますし、警戒しますよね?そんな人に話しかけられてナンパされるのは嫌ですよね?)
音楽目的なら別にマッチしてない人が来るのは悪いことじゃないし、誰にも迷惑はかけないので気にする必要はないですが、
出会いを目的にイレギュラーな行動を取ってるんですから、そのへんもしっかりと考えましょう。
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これらのことに気を付けつつ、女の子と話が出来ればきっと素敵な出会いが待っていることでしょう!
そもそものクラブの目的を履き違えないように、クラブを楽しんでくださいね!!
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