はてなキーワード: 新書とは
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いつか、すべての子供たちに――「ティーチ・フォー・アメリカ」とそこで私が学んだこと
いくつもの壁にぶつかりながら
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裸でも生きる2 Keep Walking私は歩き続ける
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前へ ! 前へ ! 前へ ! ― 足立区の落ちこぼれが、バングラデシュでおこした奇跡
20代からはじめる社会貢献: 400社が支援した「社会起業」とは
ソーシャル・ビジネス革命―世界の課題を解決する新たな経済システム
中卒の組立工、NYの億万長者になる
コンビニ食と脳科学-「おいしい」と感じる秘密 (祥伝社新書170)
こんだけ読めばあなたもラ・マンチャ爺さんになれるはず。
図解 わかる著作権 クリエイティブ×ビジネスの基礎知識 - コンピュータソフトウェア著作権協会;
なんでコンテンツにカネを払うのさ? デジタル時代のぼくらの著作権入門 - 岡田 斗司夫
著作権の世紀―変わる「情報の独占制度」 (集英社新書 527A) - 福井 健策
「どこまでOK?」迷ったときのネット著作権ハンドブック - 中村 俊介
ビジネスパーソンのための契約の教科書 (文春新書 834) - 福井 健策
インターネット時代の著作権―実例がわかるQ&A付 (丸善ライブラリー) - 半田 正夫
インターネット時代の著作権―この一冊ですべてがわかる - 富樫 康明
パクリ学入門―ウェブ時代の創造力を鍛える36冊のブックガイド 黒川 芳朱
ヒット商品を最初に買う人たち [ソフトバンク新書] - 森 行生
ものすごくうるさくて、ありえないほど近い - ジョナサン・サフラン・フォア
女性誌によく会って、男性誌には絶対にないもの、それは読者モデルである。(自己啓発書にはあるけどね)
女性誌においてはよく読者モデルのファッション変遷がふんだんな個人スナップと思い入れと共に語られる。そこにおそらく「ライフスタイル」のコアがある。
「ライフスタイル」とは人生を時間軸で見通し、そのいつの局面にも自分らしさを出し、あまつさえそれを他人に認めてもらおうとすること、なのである。
ストレスの研究家によれば、結婚のしたてというのは、近親者の死と同じくらいかそれ以上にストレス値が高い。それをごまかすため、トレードオフになっている事柄を無理やり加算に見せる。
(就活に成功して、そのあとストレスフルな生活を送っている人程、学生にいらぬアドバイスをする現象と似てる)
合理性が何を省くかというと時間であり、感情とその成熟である。プロセスを飛ばしたことへの心理的補償はどこかでなされなければならない。
それが「自分語り」となる。「私の選択は良かった」「自分で選んだ」という物語を他人に向けて語ることになるのである。
自分語りとは、遅れを自覚するモノの自我を埋める作用があるのだ。合理化が取りこぼす微妙な遅れや気持を補うために、生き方語りはもともとあった。
「世間的にはいいこと。これが悪い理由は見つけられない」と頭で割り切っている時こそ言葉は饒舌になる。
自身に満ちていないことこそ、人に認められたい。心から満たされていることに関して、わざわざ他人の承認を取り付けようとはしない。
しかしそれは自分の選択に不安があるとき、失敗を隠すときに、脳内で流れる言語である。言い訳にも似ている。
するとあら不思議。自分が騙せる。その間にも本体の被害は拡大している。これ、なんかに似てると思ったら、大本営発表だった。
後発のものにおいては合理化が進んでいる。後発であるということは、それまでその主題を考えて来なかったということである。
遅れを一気に挽回しようとすると、いきなりかつて誰も行かなかったほど突き抜けてしまうことがある。
極めて稀で目立つ成功者は、確かに才能と同じくらい決断力にも恵まれ、運も味方につけたといえる人も多いだろう。
しかしそういう人の話を大集合させると、奇妙な統一フォーマットが出来る。それは、変化をむりやりにでも即座によかったという、極度のポジティブ・シンキングである。
婚活女子の考えは、染み付いた合理感覚と言うか、しいて言えば男のナンパも同じだけど「不遜な考えを持って、謙遜してことに当たる」ってとこじゃないでしょうか。
後発ゆえの突き抜け感、極度なポジティブシンキング、読者モデルとしての勝間和代、
効率や合理を押しすぎていろんなモノがボロボロ抜け落ちている感、ウザイまでの自分語り、ワナビーの追従。全部当てはまる。
女性ライフスタイル誌はそのまんま自己啓発書である、といったほうが良いかもしれぬ。
しかし女性ライフスタイル誌的な売り方は一時的には爆発的に売れるかもしれないが、永続性はない。
この方式は「旬な読者モデルの使い回し」によって成り立っているのであって、飽きが来たら終わりである。
勝間さんはどこまで了解の上で最近のライフスタイル誌的な本を出し続けるつもりなのか、非常に興味深い。
個人的には「結局女はキレイが勝ち」「恋愛経済学」をピークとして、徐々に勝間写真は小さくなっていることから見て、
そろそろ路線転換をするか、テレビタレントや本業に専念して著者としては目立たなくなるかもしれないと思っている。
ただ、今の芸能人本のエッセイのノリで書かれた新書シリーズはかなりいただけないので、芸人路線で行くのかビジネスマン路線で行くのかはっきりしていただきたい。
このあたりを流し読みして使えそうなところを選ぶ予定
できる人、採れてますか?―いまの面接で、「できる人」は見抜けない 川上 真史
人事のプロは学生のどこを見ているか (PHPビジネス新書) 横瀬 勉
伝説の人事部長が教える!「できる人」「できない人」を見抜く面接術
「小さな会社」でもすぐ使える!「会社を伸ばす人材」を見つける採用面接マニュアル
日本人事 NIPPON JINJI
地域を変えるデザイン――コミュニティが元気になる30のアイデア
元記事
http://yorogame.blog137.fc2.com/blog-entry-513.html
9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。
また、ネットとTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネットの人間がTVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。
そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上位である憲法の重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。
現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法の理念に基づいた行動というのを国民が意識するようになったら、憲法の解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。
そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙で当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民にポジティブな意識、モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVもネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。
そしてネットとTVと新聞の世界を繋げるために、政治家はTVで希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。
大阪の政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。
また考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国等海外で人気があり日本でも知名度の高いこの文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。
私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネットのTV、新聞がどのような役割を果たしているかということある。
TV・新聞といったオールドメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネットが日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から、今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。
まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である。
という見知でこの文章では、各メディア(主にネット・TV・新聞)の主張を捉える。
そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民の感情について考える。
まず、311の地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。
この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。
私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫氏である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。
当然である。原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。
そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。
私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見が交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年~一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会に意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。
その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織が善意でネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTVの比重が大きい人間に、ネットの情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。
だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人が原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人は政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報は政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本のネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発の科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民の意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネットの情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。
原発の科学的情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的の効果を最大化させるために取り得る方法は何か。
国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民は政治に希望と期待などのプラスの感情、モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報を自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。
当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付けが全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。
それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院に入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。
病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語の勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダーに全然アクセスしなかった。
それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当にblogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福を志向する事の美しさみたいなものを学んだ。
話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットのblogにも情報は届くからだ。
そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。
その方法論を私なりに書きたい。
まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法は理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。
また、ネットとTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネットの人間がTVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。
そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上位である憲法の重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。
現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法の理念に基づいた行動というのを国民が意識するようになったら、憲法の解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。
そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙で当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民にポジティブな意識、モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVもネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。
そしてネットとTVと新聞の世界を繋げるために、政治家はTVで希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。
大阪の政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。
またこれらの考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国等海外で人気があり日本でも知名度の高い蒼井そらが社会の理想と希望について語りながら、性的な事を行う映像を創ることもまた効果的であるといえる。
その理屈を使って、ネット上で論じられる著作権問題を憲法が持つ全体の利益という視点を重視して、多少厳密さを欠いたうえで語るなら、インターネット上の無料コピーは日本人が一般的に思っているほど、あまり悪いこととも言えないという理屈も導ける。
ネット上の無料コピーによる、著作権侵害が違法であるといっても、動画サイトで見るのは良いが、ツールを使って落とすのはよくないとかそういうのは根本的に考えたら些末な問題でやってることは本質的には同じとも云える。それを差異があるように演出しているのはあまり社会を善くするという意味は無いと云う事もできる。なぜなら、どのような方法であれネット上で無料コピーにより著作権を侵害するという行為によって逮捕される人は現状、全然居ないに等しいからだ。なのでこのような違法としていて一部はそれを遵守せよ!と感情的になっているがその視点は近視眼的ということもできる。そういったあまり根本的に考えなていない意見によって脅迫をかけるような同調圧力と化していると思う。全体の利益という視点を重視したら、違法としててもろくに取り締まりもおこなっていないやったもん勝ちみたいな、現状の無料コピーに対する意識というのは不自然です。赤信号は場合によっては無視してもいいという意識は誰でももっているように、無料コピーにしても、目立つ形でやった人間以外ととても運の悪い人以外には、取り締まりなど無いに等しいから、やるのは個人の判断で赤信号を渡ることと似たようなこと。という意識を多くの国民がもっていたほうが国家としては健全だと私は思う。その国民の意識に応じて法を変えれば良い。
そのようなそこの浅いときに、脅迫的ともいえる同調圧力意見というのはネットにはありふれていて、その思考方法を変化させるためにも、国家はどうあるべきかという形を分かり易く国民全員に伝えなければいけないと思う。
(終わり)
日本のメディア間の隔絶について 日本のおけるネットとオールドメディアの最適な関係の構築方法の模索
この文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。
私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネット、TV、新聞がどのような役割を果たしているかということある。
TV・新聞といったオールドメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネットが日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から、今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。
まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である。
という見知でこの文章では、各メディア(主にネット・TV・新聞)の主張を捉える。
そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民の感情について考える。
まず、311の地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。
この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。
私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫氏である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。
当然である。原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。
そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。
私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見が交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年~一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会に意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。
その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織が善意でネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTVの比重が大きい人間に、ネットの情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。
だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人が原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人は政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報は政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本のネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発の科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民の意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネットの情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。
原発の科学的情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的の効果を最大化させるために取り得る方法は何か。
国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民は政治に希望と期待などのプラスの感情、モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報を自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。
当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付けが全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。
それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院に入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。
病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語の勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダーに全然アクセスしなかった。
それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当にblogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福を志向する事の美しさみたいなものを学んだ。
話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットのblogにも情報は届くからだ。
そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。
その方法論を私なりに書きたい。
まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法は理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。
また、ネットとTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネットの人間がTVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。
そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上位である憲法の重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。
現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法の理念に基づいた行動というのを国民が意識するようになったら、憲法の解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。
そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙で当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民にポジティブな意識、モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVもネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。
そしてネットとTVと新聞の世界を繋げるために、政治家はTVで希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。
大阪の政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。
また考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国等海外で人気があり日本でも知名度の高い
この文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。
私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネットのTV、新聞がどのような役割を果たしているかということある。
TV・新聞といったオールドメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネットが日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から、今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。
まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である。
という見知でこの文章では、各メディア(主にネット・TV・新聞)の主張を捉える。
そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民の感情について考える。
まず、311の地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。
この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。
私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫氏である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。
当然である。原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。
そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。
私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見が交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年~一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会に意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。
その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織が善意でネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTVの比重が大きい人間に、ネットの情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。
だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人が原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人は政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報は政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本のネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発の科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民の意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネットの情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。
原発の科学的情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的の効果を最大化させるために取り得る方法は何か。
国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民は政治に希望と期待などのプラスの感情、モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報を自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。
当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付けが全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。
それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院に入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。
病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語の勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダーに全然アクセスしなかった。
それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当にblogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福を志向する事の美しさみたいなものを学んだ。
話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットのblogにも情報は届くからだ。
そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。
その方法論を私なりに書きたい。
まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法は理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、Permalink | トラックバック(0) | 04:44
商学部やら文学部の学生が、卒業論文とかサークルの出し物でワンピースを取り上げればそのまんま本になるくらいの勢い。
この手の本を買うときは「書き手のプロフィール」をよく確認してから読むようにしたい。
逆に言えば、一生に一度くらいは本を出したいと思っている人は今がチャンスです。ワンピースとコラボしてなにか本を出せないか企画を考えてみよう。
個人的に最も面白かったのは・・・「モンキー・D・ルフィの「D」はドラッカーだった」 阿部美穂 <ドラッカー学会会員
次点の高校球児が仲間のことで悩んだときは「ワンピース」を読みなさい!! (野球指導書編集委員会) といい、
ドラッカーバブルに乗り遅れた方々が必死に次の寄s・・・コラボ相手を求めてさまよっている様がとても微笑ましいですね。
漫画ワンピースは、これからの時代のビジネスバイブルだ! 徳永 秦 <Amaozn書評が全員身内褒めでかなり気持ち悪い
ルフィの仲間力 『ONE PIECE』流、周りの人を味方に変える法 安田雪 <「社会ネットワーク分析」が専門の教授
「ワンピース」はなぜ人の心をつかむのか―「ONE PIECE」はなぜ売れるのか (ベストセレクト) 富田 英太 <ワンピース=新世代の司馬遼太郎とかねーわ
『ワンピース』に生きる力を学ぼう! 平居謙 <2冊目。この人どんだけワンピース好きやねん
<1万冊を超える読書によって培われた膨大な知識をもとに、独自の研究を重ね、難解とされる古典を現代漫画をもとに読み解いていく手法を確立って・・・。ブログとかあるのかな?
ワンピースの言葉が教えてくれること (ルフィと仲間たちに学ぶ「生き方」の教科書) 方喰 正彰 <プロフィールなし
ONE PIECE STRONG WORDS 上下巻 尾田 栄一郎、 内田 樹 <内田樹のワンピース論は結構面白かった
<ワンピース「世代」>
「ワンピース世代」の反乱、「ガンダム世代」の憂鬱 鈴木貴博 :注目株。そういえば「ガンダム」程読者の顔が見えないのだよね。不思議!
<なぞのコラボ>
高校球児が仲間のことで悩んだときは「ワンピース」を読みなさい!! 野球指導書編集委員会
ONE PIECE 海賊キャラ弁当BOOK (FLOWER&BEE BOOK)
ワンピース最強読解 (ワンピース最強シリーズ) ワンピわくわく研究会
超読解 ワンピースが教えてくれた人生で大切なこと―自分の“宝”を守るために必要なもの 海賊行動学研究会
ワンピース最終研究―海賊王の血脈と古代文明の謎 (サクラ新書) ワンピ考古学研究会
<やおい系の本が出てるけどこれどういう仕組み?>
海賊ゲーム外伝「ゾロ×サンジ ラブディスカバリー」 (POE BACKS)
同人作家コレクション114 光葉 (POE BACKS) 光葉
同人作家コレクション103早乙女神楽 (POE BACKS) 早乙女 神楽
今田まことおまめ (K-Book Comics) 今田 まこと
同人作家コレクション99ケチャップ (POE BACKS) ケチャップ
しかし、考察系が無駄に多いのを除けば、もっともっとたくさん出てもいいのにまだまだ少ないと思う。(ドラッカー関連本はこの3倍くらいある) http://uwasano3.web.fc2.com/druckertyo.html
http://anond.hatelabo.jp/20111226142435 から。read it laterに登録するためなんや。堪忍してくれ。
◆本屋でチェック
ビジネスマンのための「行動観察」入門 (講談社現代新書) - 松波 晴
日本基準とIFRSから考える 原則主義の会計力
受験脳の作り方―脳科学で考える効率的学習法 (新潮文庫) - 池谷 裕二;
上場ベンチャー企業の粉飾・不正会計、失敗事例から学ぶ―ケースブック - 門脇 徹雄
エスケープ・ベロシティ キャズムを埋める成長戦略 - ジェフリー・ムーア
ライフサイクル イノベーション 成熟市場+コモディティ化に効く 14のイノベーション - ジェフリー・ムーア
福沢諭吉 国を支えて国を頼らず - 北 康利
僕は君たちに武器を配りたい - 瀧本 哲史
ソドムの百二十日
死体泥棒 (星海社FICTIONS) - 唐辺 葉介
☆☆Venture Deals: Be Smarter Than Your Lawyer and Venture Capitalist - Dick Costolo
ーーーーーーーーーーー
◆子育て
子どもの話にどんな返事をしてますか? ―親がこう答えれば、子どもは自分で考えはじめる
10代の子をもつ親が知っておきたいこと
家庭のなかの対話―話しあえない父親のために (中公新書 (779)) - 伊藤 友宣
親業―子どもの考える力をのばす親子関係のつくり方 - トマス ゴードン
経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには (中公新書)
ウィーン家族 - 中島 義道
☆「経験学習」入門 - 松尾 睦;
ーーーーーーーー
◆英語
英会話ペラペラビジネス100 - ビジネスコミュニケーションを成功させる知的な大人の会話術 [CD2枚付] -
たったの72パターンでこんなに話せる英会話 (アスカカルチャー) - 味園 真紀
自分のことを英語で話すパーソナルワークブック (CD book) - 石津 奈々
1分間英語で自分のことを話してみる (CD付) - 浦島 久
ーーーーーーーーーーーー
北村薫の創作表現講義―あなたを読む、わたしを書く (新潮選書) - 北村 薫
知識人とは何か (平凡社ライブラリー) - エドワード・W. サイード
宗教の創造力 (講談社学術文庫) - 荒木 美智雄
不完全性定理―数学的体系のあゆみ (ちくま学芸文庫) - 野崎 昭弘
The Mystery Method: How to Get Beautiful Women into Bed - Mystery
メタマジック・ゲーム―科学と芸術のジグソーパズル - ダグラス・R. ホフスタッター
社会契約論 (白水Uブックス) - ジャン ジャック ルソー
クリエイティブな習慣―右脳を鍛える32のエクササイズ - トワイラ サープ
99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方 (光文社新書) - 竹内 薫
科学論の展開―科学と呼ばれているのは何なのか? - A.F.チャルマーズ
Loyalists - Peter Taylor
ーーーーーーーーーーーーー
◆暇があれば読みたい
ついこの店で買ってしまう理由
もっと儲かる全国手書きチラシ実例集
なぜこの店で買ってしまうのか ショッピングの科学
△外食の天才が教える発想の魔術
(バカ売れ販促アイデア)
創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史 (光文社新書) - 輪島 裕介
新書で大学の教養科目をモノにする 政治学 (光文社新書) - 浅羽通明
Talking to Terrorists: Face to Face with the Enemy - Peter Taylor;
体系的に学ぶ 安全なWebアプリケーションの作り方 脆弱性が生まれる原理と対策の実践
要約 ケインズ 雇用と利子とお金の一般理論 - J・M・ケインズ
自由の条件I ハイエク全集 1-5 【新版】 - 個人主義と経済秩序 ハイエク全集 1-3 【新版】
資本主義と自由 (日経BPクラシックス) - ミルトン・フリードマン
羽月莉音の帝国 8
羽月莉音の帝国 9
武器としての決断思考
「パブリック」
もうダマされないための「科学」講義 (光文社新書) - 菊池 誠
社会心理学 - 藤原 武弘
仕事の経済学
人事と組織の経済学
経験と教育 (講談社学術文庫)
組織の経済学
フィールドブック 学習する組織「5つの能力」 企業変革をチームで進める最強ツール
フィールドブック 学習する組織「10の変革課題」―なぜ全社改革は失敗するのか?
1932-37年――続・精神分析入門講義 終わりのある分析とない分析 (フロイト全集 第21巻)
現代フロイト読本 1
超実録裏話 ファミマガ 創刊26年目に明かされる制作秘話集
就活の神さま~自信のなかったボクを「納得内定」に導いた22の教え~
数量化革命
ザ・マーケティング―「顧客の時代」の成功戦略 - レジス マッケンナ
太陽のあくび (メディアワークス文庫)
「科学的思考」のレッスン―学校で教えてくれないサイエンス (NHK出版新書) -
☆報酬主義をこえて(叢書・ウニベルシタス 704)
☆中国化する日本 -日中「文明の衝突」一千年史
承認欲求―「認められたい」をどう活かすか? - 太田 肇
取材学―探求の技法 (中公新書 (410)) - 加藤 秀俊
単一民族神話の起源―「日本人」の自画像の系譜 - 小熊 英二
暇と退屈の倫理学 - 國分 功一郎
[新訳]南洲翁遺訓 - 松浦 光修
人間の限界 (岩波新書 青版) - 霜山 徳爾
☆まんが医学の歴史 - 茨木 保
社会学入門―“多元化する時代”をどう捉えるか (NHKブックス)
データはウソをつく―科学的な社会調査の方法 (ちくまプリマー新書) - 谷岡 一郎
『こころ』大人になれなかった先生 (理想の教室) - 石原 千秋
プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか? - メアリアン・ウルフ
小説の読み方~感想が語れる着眼点~ (PHP新書) - 平野 啓一郎
☆アート・オブ・コミュニティ ―「貢献したい気持ち」を繋げて成果を導くには
「分かりやすさ」の罠―アイロニカルな批評宣言 (ちくま新書) - 仲正 昌樹
経済学思考の技術 ― 論理・経済理論・データを使って考える - 飯田 泰之
この世で一番おもしろいミクロ経済学
歴史哲学講義 (上) (ワイド版岩波文庫 (225)) - ヘーゲル
情報の文明学 (中公文庫) - 梅棹 忠夫
考える技術・書く技術 (講談社現代新書 327) - 板坂 元
知性の磨きかた (PHP新書) - 林 望
神話の法則―ライターズ・ジャーニー (夢を語る技術シリーズ 5)
人蕩術皆伝―人蕩術とは人たらしの術である (致知選書)
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小説
白い雄鹿 - C.W. ニコル;
鯨捕りよ、語れ! - C.W. ニコル;
猫のゆりかご (ハヤカワ文庫 SF 353) - カート・ヴォネガット・ジュニア
☆バニラ A sweet partner (スーパーダッシュ文庫)
☆犬憑きさん 上巻 (スクウェア・エニックス・ノベルズ) - 唐辺 葉介;
塔の町、あたしたちの街 (ファミ通文庫 お 4-4-1) - 扇 智史
ふわふわの泉 (ファミ通文庫) - 野尻 抱介
歯みがきつくって億万長者―やさしくわかる経済の話 (チア・ブックス)
戦争を平和にかえる法
細雪 (中公文庫) - 谷崎 潤一郎
ペインティッド・バード (東欧の想像力) - イェジー コシンスキ
犬憑きさん 上巻 (スクウェア・エニックス・ノベルズ)
以下はショッピングカートに入れておいたけど買わずに削除することにした作品一覧。(☆はAmazonじゃなく書店で買った本)
◆社会
第三の波 (中公文庫 M 178-3)
富の未来 上巻
レクサスとオリーブの木―グローバリゼーションの正体〈上〉
余震(アフターショック) そして中間層がいなくなる
いま〈アジア〉をどう語るか
☆困ってるひと
西洋哲学史 1―古代より現代に至る政治的・社会的諸条件との関連における哲学史 (1)
チーム・ファシリテーション 最強の組織をつくる12のステップ -
チーム・ビルディング―人と人を「つなぐ」技法 (ファシリテーション・スキルズ) - 堀 公俊
白熱教室の対話術
ご機嫌な職場
ゲームストーミング ―会議、チーム、プロジェクトを成功へと導く87のゲーム
ロジカル・ディスカッション
☆ディシジョン・メイキング―賢慮と納得の意思決定術
☆話し方入門 新装版
◆マネジメント論
なぜリーダーは「失敗」を認められないのか―現実に向き合うための8の教訓
◆人事・モチベーション論
「見せかけの勤勉」の正体
モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか
図解 きほんからわかる「モチベーション」理論 (East Press Business)
人を伸ばす力―内発と自律のすすめ
リーダーの値打ち 日本ではなぜバカだけが出世するのか? (アスキー新書)
「働きたくない」というあなたへ
日本人事 NIPPON JINJI~人事のプロから働く人たちへ。時代を生き抜くメッセージ~
会社は変われる! ドコモ1000日の挑戦
働きながら、社会を変える。――ビジネスパーソン「子どもの貧困」に挑む
「発達の最近接領域」の理論―教授・学習過程における子どもの発達
心の仕組み~人間関係にどう関わるか〈上〉
☆わたし、公僕でがんばってました。
◆自分の演出
あなたの魅力を演出するちょっとしたヒント (講談社文庫) -
対話のレッスン
演技と演出 (講談社現代新書)
見城徹 編集者魂の戦士―別冊課外授業ようこそ先輩
「しがらみ」を科学する: 高校生からの社会心理学入門 (ちくまプリマー新書)
パブリック―開かれたネットの価値を最大化せよ - ジェフ・ジャービス; 単行本
「ヒットする」のゲームデザイン ―ユーザーモデルによるマーケット主導型デザイン
◆その他
幸福優位7つの法則 仕事も人生も充実させるハーバード式最新成功理論
残念な人の仕事の中身 ~世界中の調査からわかった「組織で評価されない人」の共通点
ベスト・パートナーになるために―男と女が知っておくべき「分かち愛」のルール
新・絶望に効く薬
千の顔をもつ英雄〈上〉
はじめて考えるときのように―「わかる」ための哲学的道案内 (PHP文庫)
☆料理の四面体 (中公文庫)
結ぼれ - R.D. レイン
あるヨギの自叙伝
◆読み物
☆ダイナミックフィギュア〈上〉
☆ひとびとの跫音〈上〉 (中公文庫)
MOTHER(マザー)―The Original Story (新潮文庫)
☆空の都の神々は (ハヤカワ文庫FT)
ゼウスガーデン衰亡史
生贄のジレンマ
Carver's dozen―レイモンド・カーヴァー傑作選 (中公文庫)
塩壷の匙 (新潮文庫)
☆姫椿 (文春文庫)
☆お家さん〈上〉 (新潮文庫)
ストレンジ・プラス 1 (IDコミックス ZERO-SUMコミックス)
聖なる血 (扶桑社ミステリー) - トマス・F. モンテルオーニ
スノウブラインド - 倉野 憲比古
少年の国―MYSTERY OF NEW RELIGION
ソドムの百二十日
悲惨物語
電子出版だけれど、アメリカができてるからって日本でも簡単にできると思うなよ、と。
もうちょっと、ばかにするだけじゃなくて、日本の出版社の実情とかちゃんと理解してあげようよ。
まぁ今回の訴訟のような、言い訳とも言えないような見苦しい真似をされると、もうこいつらほうっておいて先に進みたい、と思う気もわかるけれどさ。
素晴らしい作品を作れる人のモチモチベーションは大事にしたいです。
津田さんあたりが「僕は裁断されても気にならないなぁ」って言ったってなぁ。
私は別に津田大介の本とか弘兼憲史の本がなくてもいっこうに困らないけど、東野圭吾が本気で本を書けなくなるのは困るんだわ。
彼らが納得して仕事できるように持っていくって目標を早々に切り捨てるのはもったいないでしょう?
あんまり拙速にやると、逆に出版社やメーカーが防衛意識で協力しちゃうかもしれない。
一昔前ののケータイ小説やら今のアニメみたいに「2話ごとに課金」とかが標準になって本より高いかねを払わされるみたいな方式になるのもいやだし、
「ユーザーが買わなくなるだけだろ」っていう意見もあるけれど、「価値のある作品」は少数なんだから、
そららを供給できる所が、出し渋り始めたり、値を釣り上げたらどうしようもない。
いくら他の本が安かろうが、電子書籍で出ていようが、読みたい本がどれもレベル低いとか興味から外れたコレジャナイのばっかりだと困るんです。
すでに本でも星海社新書とか双葉社の一部がひどい事になっていて、これは経営苦しいからその手の読者を掴みに行ってるんだろうなーと思う。
多分今急いで電子書籍はじめてもこういうところしか来ないと思う。
そもそも、今の電子書籍リーダーやらなんやらの普及率がアメリカと日本で違いすぎるでしょ。
スマートフォンの普及率を見て大言壮語してるんですかね? PCユーザーの普及率や利用時間とか見て「できる」と言ってるんですかね?
日本じゃまだ準備できてないよ。 ヘビーなネットユーザーは自分の体感で好き勝手にモノを語ってるけれど、全然無理ですよ?
何を根拠に電子書籍をやれと強弁できるのか、数字を根拠に説得していただきたいところですね。
作者型を情緒的で話しにならないとバカにするくせに、はてな民の大半が、データの一つも持たずに、情緒的に批判してるだけ。笑わせんなボケ。
あれ見てわかると思うけれど、バブル期ですら余程のことがないと成功しないよ?
出版社でもメーカーでもいいよ。今みたいなご時世に、しかも数値的には明らかに低い状況で、
リスクを取って成功する道筋をどうやって立てればいいのか言ってご覧?
今回の訴訟は馬鹿げている。それは間違いない。でもこの話はそこで終わりだ。調子に乗ってそれ以上ピーチクパーチク言ってんじゃねぇ。
そこから一足飛びにさっさと電子書籍にしろとか喚いてるバカを見ると頭痛がする。
確かな需要があるのにやりたくないとでも思ってんのか? 需要なんてないんだよ。
まだ無理なんだよ。バブル期ならともかく、先行投資すら出来る状況じゃないよ。
お前らがそうだからといって、大々的にそっちの流れに移行できると思ってたら大間違いだよ。自分がドマイナーだって認識を持てよ。
その前に「堂々と」こちらのテリトリー侵害をやられたら困るんだよ。おとなしく待ってろ。
生物と無生物のあいだ (講談社現代新書) 福岡 伸一
不機嫌な職場 (講談社現代新書) 河合 太介、高橋 克徳、永田 稔、渡部 幹
臆病者のための株入門 (文春新書) 橘 玲
日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか (PHP新書) 竹田 恒泰
わかったつもり (光文社新書) 西林 克彦
いつまでもデブと思うなよ (新潮新書) 岡田 斗司夫
ツイてる! (角川oneテーマ21) 斎藤 一人
日本を貶めた10人の売国政治家 (幻冬舎新書) 小林 よしのり
脳が冴える15の習慣 (生活人新書) 築山 節
「世界征服」は可能か? (ちくまプリマー新書) 岡田 斗司夫
世にも美しい数学入門 (ちくまプリマー新書) 藤原 正彦、 小川 洋子
TPPが日本を壊す (扶桑社新書) 廣宮 孝信、 青木 文鷹
おめでとうございます!あ、ちなみに、この前東京で偶然出くわした者です。こんなID使う時点である程度ご想像つくかとは思いますが。
ところで、英語はどういった環境で勉強されていたんでしょうか。最近、英語の必要性を痛感しているのですが、水準以上の講師を揃えているところは余り見つからないし、見つかっても費用がとんでもない額ですので……。こっそり教えていただけるとありがたいです。
丁寧なお返事ありがとうございます!
YMCAとは気付きませんでした。なるほど。今行かれている英会話教室は、京都にしかないものなのでしょうか?
職業柄、まいさんの研究内容にはかなり興味があります。ぜひとも当地で成果を上げられ、お裾分けに与りたいです。U先生みたいに一般人にもわかりやすくてためになる本や論文をぜひとも書いて下さいね、って今からリクエストしときます(笑)
2008/06/03 01:03
個人的にはノートパソコンは HP (Hewlett-Packard) のものがご希望に添うのではないかと思います。元々法人向けの商売を主としている会社の製品だけあって、実用性重視の製品構成になっています。壊れにくさについても、噂によるとそれなりに評判はよいようです。
この 4 月に東京にやってきた音楽サークル出身の某君のパソコン選びに付き合ったときも、同様の話の展開から結局 HP のものを選択することになりました。ご参考まで。
値段のことがなければ、私の立場から予想される某社のものを当然のごとく推薦するんですけどね……(いや、客観的にみて上位機種はなかなかいいんですよ、あれは)。
うわあ!ニアミスでした。私も今日の夕方、新宿の献血ルームにいました。
たまたま出張(講演会聴講)帰り(普段の職場は郊外)に新宿に寄っただけだったのですが……。
2008/06/17 21:53
血液は順調に薄くなっているようです。有効数字3桁で約1年前はぎりぎり通過だったのですが、今回は落ちましたから。
まさに最近疲れがたまってます。昨日は座って物書きをしてるだけで動悸がしたりしたんですが、原因は睡眠不足と肩凝りでした。しかも、睡眠不足の原因は自宅パソコンの設定ミス(苦笑)仕事はマイルドなんですがねえ……。
2008/06/18 00:38
ご心配どうもです。まさに昨晩ストレッチをしてゆっくり寝たら収まりましたのでご心配なく。
ちなみに動悸といっても問題にするに値しないものもあるみたいですよ。ストレスがかかるとたまに動悸が起こるのですが、一度心配になって医者に話をしに行ったことがありまして、そのとき医者は話を聞いただけで「それは一過性のものである限りは心配する必要はない」みたいなことをいわれましたし。
それに今回の体調不良も、運動をしたり酒を飲んだりすると収まるようなもので、明らかにストレス要因だったから大して心配する必要がないことはわかってたんです。ただ、それにしては放置して悪化させてしまったというだけで。
2009/02/07 02:34
例の件、おめでとうございます!(そちらではまだなんでしたっけ)
考えたら、はじめてお会いしたときはお互い 10 代だったんじゃないでしょうか。恐ろしい話です……。
ご無沙汰です。ちょっと突っ込み入れさせていただきますね(笑)
個人的には、まいさんはかなり "polite" で "shy" で "indirect" だと思っているので、余り驚かないのですが、いかがでしょうか?(^^;)確かに、まいさんはツッコミも激しいですが、事情がわかるまでは非常に礼儀正しくて慎重、という印象があるのですが……。状況を把握して吸収するのが早いから、日本国内ではあまり目立たないかもしれませんけど、海外では適応にも時間がかかるからそういう面が目立ったのかな、と何となく想像してみました(笑)
発音については、本当にあれは不思議ですね。学会なんかで、その調子のカタカナ英語で質問をして、講演者にまったく理解されないという人をよく見ます。教育程度の高い人でも、'a' と 'o' と 'u' の短母音を区別しようとしない(そもそも区別があることがわかっていない?)、開音節や consonant cluster に余計な母音を付ける、という癖が抜けないのはなんなのでしょうか。この二つの欠点を取り除くだけで、圧倒的に聴き取りやすくなると思うんですけどねえ……。
ちなみに、最近 "English Pronunciation in Use" (Cambridge Univ. Press) という本を見つけて購入したのですが、「なんでこれを学校で教えてくれなかったんだ!」と目から鱗が落ちるような、痒いところに手が届く記述満載で非常に勉強になっています。総じて、欧米の語学教材は言語学的な知見が駆使されていて非常に質が高いですね。それに比べて日本で売られている英語の教材って、言語学的にトンデモな本が余りに多いですけど、あれ、なんでなんでしょうね?新書本一冊読めばわかる程度の間違いが満載な本で金を取るなよ、といつも思うのですが……。
>いつも思うのだが、独身だから/出産したこと無いから/社会人になったことないから、オマエには経験がない/理解できないという言説だけはどうにかならんかなぁ。
「独身なのに/出産したこと無いのに/社会人になったことあるのに、オマエには経験がない/理解できない」と言い返してやればいいんじゃないでしょうか(笑)
>それも論理的には誤謬でして…誤謬を誤謬で言い返すのもモヤモヤしますしねえ。
えーと、一応暗黙の反語のつもりですので……(汗)ギャップを埋めるなら、「よっしゃ、そんなに言い張るならお前の言うとることが正しいということにしといたるわ、せやけどそしたらこうも言えるわな」というつもりでした(^^;)
2009/07/13 21:16
> 私にとってみれば、問題はドイツ人がやったことだということ以上に、世界のどこででもこういうことが現在だって起こりかねない(というか起こってるだろう)というところにあるんだと思うんだけれども、そういう風にはやっぱりならないのかしらん…、などと思うのだ。
よく、広島原爆慰霊碑の「過ちは繰り返しませぬから」が理解できない外国人がいるという話を聞きますね。どうして「日本人」が犠牲者に謝罪するのだと。我々にとっては、考えるまでもなく暗黙の主語は「人類」なので、色々と文化の差というものを考えさせられる話です。
うーん、会津では未だに長州への遺恨があると聞きますし、民族性ではないのでは……。
一つ言えるのは、日本の受けた戦災というと、沖縄を除けば爆撃に限られるわけで、爆撃ってされる側にとってもする側にとっても「敵」の顔が見えないから、される側は感覚的には戦災のように感じてしまうし、した側は自分が無差別虐殺をしたことに気づかないということがあって、しかも日本の場合占領軍が基本的に懐柔策を取っていたからあまりアメリカに遺恨が残らなかったということではないでしょうか?少なくとも、私が祖父母をはじめとする人たちから聞かされた空襲体験は、もっぱら天災のような語り口だったんですよね。
その点、ロシアに対しては、たった一週間戦っただけでもかなり根深い不信感と恐怖感があるような気もしますし。
あと、やはり沖縄では対米感情は本土よりもだいぶ複雑なんじゃないでしょうか。
でも、ベトナムのことはわからないですね……。あれも地上戦よりも北爆の方が主体だったんでしょうか?あるいは民間人にとっては米軍も南北のベトナム軍もどっちもどっちだったから米軍だけに憎悪が向かないとか(とすると、中国人の反日感情が意外に強くない理由も説明できるかも?)。
いずれにしても憶測ですね。
「政治の文化大革命」は、単に「政治文化の大革命」の言い間違えだと思うんですけど、いかがでしょうか?^^;
ところで、なぜか関西に帰ってきていたにもかかわらず、NF のことを完全に忘れていました。顔を出せば良かったですね。と今更後悔。
みたいな話を見たんですけど、無理でしょー。
理想論とか何とかいう前に、システムとしてそんなん実装できないっしょ。
少なくともオレは無理だ。そんな仕組み思いつかない。
これはこないだ読んだ新書の受け売りなんだけど、日本て割とついこの前までそんな感じだったらしいじゃん。
「専門家がアレコレさばいて取りなしてくれて、"一般人"はなーんも知らんとのほほんとしてて良い世の中」。的な。
で、それが崩れたわけでしょ。そういう感じだった世の中を支える要素が崩壊して今に至ってるわけでしょ。
こんなん巻き戻しが効くわけが無い。いや巻き戻せたとしてもたぶん同じように崩壊するルート辿るだけなので巻き戻す意味が無い。
じゃあどうするって、なんつーか避けて通れないのがやっぱ個人がある程度なんとかするルートになってくるでしょこれは。
学習して自分なりに真偽の判断を下すちからを培っていくっていうのもあるけど、
それ以上に「自分集団心理とかにハマってね?」みたいな自省とか客観的な見直しみたいな能力がまず要る。気がする。
「丸投げ」時代に何を丸投げてきたかって判断と責任を丸投げて来たわけで、何をどこまで誰に投げるのかってのを見抜くちからと、
「投げた」という判断の責任自体はどう転げ回ろうと己に帰ってくるってのをちゃんと引き受けることができるような何かがもう今後無いとダメでしょ。
「引き受けることができるような何か」っていうのは個人の能力かもしれないし単に覚悟とかかもしれないしひょっとして何か社会のシステムみたいなのが一枚嚙めそうなところでなんか何とも言えない名状し難きところなんですが。
つうか、Amazon kindle上陸の話な。
電子出版で、Amazonの取り分が55%もあるので論外だとかなんとか。
匿名としてリークさせてる記事があったり、何でそんなことになってるか、なんで出版社はそれが正しいと思ってるか、
(あくまでも友人が出版社につとめていてその話を聞いた中から)説明しようと思う。
迷惑かからない範囲でぼかすし、全ての出版社がそうではないし、危機感を持ってる若手は多いというのも念頭においといて欲しい。
まず、出版の経路から。7割を占めるのが一般書店だ。(残りはコンビニとかね)
それぞれの役割を簡単に振り返っておこう。
出版と取り次ぎだけ補足しておこう。
出版社は、紙に印刷するダケじゃなくて、編集して校正して割付して校了してと、色々調整してくれたり売り込んでくれたりと本当に色々やってる。なので高給取り。
取次が何であるかというと、出版大手5社で3割を占めるとは言っても、細々した出版社が数千社ある。数万ある本屋といちいちやりとりしてらんないので間に挟む。
で、Amazonの55%ってのが一人歩きしても変なので、まず今までの金の取り分を見ておこう。
さ、コレを見てAppleの30%が取りすぎだ!とか言ってた人は少し考えてみよう。
書店や出版社の人がパーセンテージに関してあまり触れないのは、当然この割合が念頭にあるからだ。
小売りや飲食店など、商売をした人ならわかる通り、経路が存在すれば当然その人たちに払うお金がある。
本屋は当然ボランティアじゃない。売ったらお金をもらえるからやっとるわけだ。
1500円の本を売れば、330円が本屋の儲けになるわけだ。取次は120円、著者は150円、出版社が900円。
(実際には金融と揶揄されるぐらいややこしくて酷い事になってるけど、まずは割合で)
よく、取次だとか印刷をすっとばせるから電子書籍は安くできるはずだ!と言われている。
出版社の6割の取り分のうち、紙への印刷が大部分を占めてれば確かにそうだ。でもそうじゃないことが多い。
また取次も8%なので、そんなに減らない。
具体的に1500円の本で考えてみよう。
どうだろう、安いだろうか?高いだろうか?
ただ(出版社は最後まで印刷にかかる経費の割合を出さないだろうけども)印刷諸経費は20%〜30%ってとこだろう。
電子出版なら、出版社の取り分は、さらに削ろうと思ったら削れる。
紙の本より安く売る、55%が取り分だ、かなり豪快に見える。
出版社の取り分が45%になるわけだ。
(希望小売価格から55%を引いた額となっているのは、Amazonが100円セールで売って45円払うわけじゃないよ、と言ってるのだろう)
ここで、日本で受け入れられるであろう電子書籍の希望小売価格を考えてみよう。
紙の新書1500円を電子版1000円で売るのなら、まあ納得してもらえるだろう。
1000円なら、Amazonが550円(55%)、出版社が450円(45%)となる。
ただし、出版社は著者に印税を払うから、450-150=300円(30%)の取り分になる。
ここで「あれ?印刷費は2〜3割を占めてたんだから妥当じゃない?」と思ってはいけない。元々1500円の本だったハズなのだ。
つまり、900円(1500円の60%)のうち、印刷製本が半分を占めていたとしても450円(1500円の30%)が出版社の取り分だった。
これが、300円(1000円の30%、1500円なら20%!)になってしまう。出版社は、努力しなければ達成できない数字だ。
まとめよう。
Amazonは、取次8%+書店22%+印刷25%=55%を寄越せと言ってきている。
これはまあまあ妥当な金額だ。(判型を合わせる手間で5%ってのもまあ妥当)
問題は、電子書籍は安いはずだという圧力から「希望小売価格」を下げざるを得ないことだ。
すると、割合は妥当でも、金額で一冊あたりの儲けが減る。これが難しい。
しかし、自分の出版社だけがkindleから出ないのは怖い。だから、牽制し合う。
(これに小売りである書店との関係だとか、自前の電子書店だとかが絡むと、とてもややこしい)
流石にアマゾン、日本の出版社が飲めなくもないギリギリの金額で攻めてきている。
出版社はイヤなので、55%だとか60%がすごく大きい金額だと思って欲しい。
さらに、電子書籍だからって安くならないよ、とアピールしたい。
それが今Amazon Kindleを巡る出版社の立ち位置になる。
外出先でタブレット・スマホを使うのが便利なのかどうかわからない。
例えば、ちょっとした空き時間、電車の中やスタバでのコーヒー中には、
それをネット機器への使用、ネットだけじゃないけど、に変えると楽しいのだろうか?
ノートPCは持ってるけど、家の中だけの無線LAN使用で、外出先でネットは使えない。
タブレットは持ってないし、買う予定もない。自分がどこでどう使うのか想像がつかない。
ガラケーを使ってる、メールはするけど、サイトを見たりは全くしてない。
みんなそんなにいつもいつもネットにつながりたいのだろうか?
その気持ちがわからない。
その気持ちを教えてほしい。理解できるのかどうかわからないけれど。
どんな便利なことがあるのか、どんな楽しいことがあるのか、教えてほしい。
構成作家・百田尚樹氏の『小説を読む人の少なさについて』の連続ツイートまとめ
を読んで思ったけど
いや、「小説を読む」以前に「小説を探す」時点で技術と言うか知識が必要だと思う。
だって本屋で表紙見ただけではそこに並んでいる小説がどういう内容なのかさっぱり分からないもの。
作家名やら今話題の小説やらを知り尽くしている読書家ならともかく、そうではない、普段小説読まない人が本屋でいきなり小説探すのは難しすぎる。
新書やらビジネス本ならタイトル見ただけである程度内容が分かるのに。
何故出版社は小説本にあらすじ位付けようとしないのか謎。出版不況だと言うのならそれくらい努力しやがれ。
文庫はあらすじが付いている事もあるけど、いちいち手に取って探すのは手間がかかり過ぎる。何とかならんのか。